艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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イベント辛い~(-_-;)

本編をどうぞ。


第三九話 第三三戦隊再編

変わりの無い独房生活は愛鷹から曜日感覚を失わせ、時間経過すら麻痺しかけていた。

三度の食事は出るが、外から送られてくるのはそれだけ。

読書も音楽鑑賞も全く何も与えられず過ごす日々。退屈を通り越してもういっそのこと死んでしまった方がいいのではないか、とネガティブな思考にも陥りかける。

死を選びかけると、必ず青葉のあの叱責が脳裏に蘇った。

諦めムードの自分に喝を入れてくれた青葉の言葉は、面会前まで腐っていた自分に多少気分を持ち返させてくれていたが、何もしない時間だけが過ぎると生きる事すら退屈になりかける。

江良から補充された薬を時々飲みながら、独りぼっちの寂しさを噛み締める。

 

慣れていたはずだったのに……一人っきりなんて気にならないはずだったのに……。

 

査問会議も開かれず、自分を独房に閉じ込めたまま無為な日々が続いているように思えた。

自分の事を誰もが忘れてしまったような気分にもなる。

人間にとって恐ろしいのは「死ぬ事と忘れ去られてしまう事」だと何かで聞いた覚えがあった。

全くもってその通りだった。

自由の身になれるなら、自由になりたい。

塀の中になるのは嫌だが、もうそうなってしまった時は受け入れるしかない。

極刑が言い渡されなければ、自分は軍刑務所で余生を過ごすことになる。

悔しいが生きている事が出来るのなら、刑務所の中で生涯を終えるのも案外悪くないのではないか?

我ながら多少自棄気味な事を考え付く。

 

変わりの無い日々があとどれくらい続くのだろうか……。

 

独房には窓がないだけに外を見る事は出来ない。

空を見る事が出来るだけでも、多少は違うと思うのだが、完全な密室である。

皆は元気かな、と第三三戦隊仲間の顔が脳裏に蘇る。

 

同時に大和の顔も最近頻繁に浮かび上がる様になった。

 

理由は自分でも分からない。

しかし、縁を切る事は不可能な存在であり、何かしらの形で何かを終わらせなければならない気がしていた。

だが何をすればいいのだろうか。

空っぽになりかける頭は答えを出せずにいた。

 

 

提督執務室に集まった一同の顔を見て有川は結果を告げた。

「デーン元帥直々に愛鷹への処遇を下された。

他艦娘への傷害行為による給与一カ月間の七五パーセント減俸と出撃禁止、及び謹慎三日間。

査問会議及び軍法会議の必要なし。

以上だ」

その言葉に青葉と大和、三笠、鳳翔、谷田川が顔をほころばせた。特に大和は嬉しさのあまり涙が溢れた。

安堵した様に武本も溜息を吐く一方で、有川に尋ねた。

「どれくらい骨を折った?」

「俺の骨全部かもな。本当に大変な減刑だったぞ。

本来なら最低三カ月は執行猶予付きの懲役刑が妥当ではないか、と言う元帥を説き伏せるのに随分苦労した。

青葉、お前のお陰だ」

「お役に立てて嬉しいです! 何かあったらまたよろしくお願いします」

「こら」

調子に乗った様に言う青葉を三笠が苦笑交じりに窘める。

安堵する武本は有川に顔を向けて問う。

「決め手はやはり」

「ああ、葉巻に含まれていた成分を検査した結果、かなり特殊な薬物が混入されてた」

「どんな効果があるのですか?」

尋ねる谷田川に有川は頭をとんとんと人差し指で叩いた。

「脳の自我を一定時間一部退行させる一方で、高興奮状態と五感の向上、人間としての攻撃性を極限にまで高める。

まあ、いうなれば何かトリガーになるモノがあれば一瞬で相手を圧倒する程の戦闘力を発揮させる訳だが、一定時間過ぎると極度の虚脱状態にもなる。

サルに投与した際の実験データがあった」

「まるで北欧神話のバーサーカーですね。

 

一度攻撃性を発揮すると忘我状態で鬼神の如く戦うけど、その後は虚脱状態になるって言う。

下手をすれば肉親まで襲うから、バーサーカーだけは独りぼっちで戦わさせられ、王たちもバーサーカーを護衛にした事は無かったと」

 

腕を組んで例える青葉の言葉に有川はああ、と頷いた。

「検出された薬物は特に捻ったネーミングじゃない、ベルセプタンって薬物だ。バーサーカーの古ノルド語やアイスランド語読みの『ベルセルク』といろんな薬に付けられている『~プタン』を合体させただけのネーミングさ。

それでこの薬物なんだが昔、中東の軍事国家の秘密都市で開発研究が行われていた。

兵士に投与する事で部隊の戦闘力を上げる、って算段だったが流石に危険性が高すぎて実際に投入される事は無かった。

 

ところが軍事国家で民主化のクーデターが起きた時にデータが方々に流出しちまってな。

そいつを入手したある反政府テログループが使った事がある。

投与された戦闘員で政府軍部隊をボコボコにしたは良いが、投与された戦闘員が自分の仲間まで攻撃しちまったせいでそこそこの規模があった組織は、狂戦士化した自分たちの仲間と撃ち合う羽目になって結果自滅している。

諸刃の刃以上にヤバい奴だ」

「天龍さんの話だと、相手を斬り捨てりゃいいと言ったら、急に襲ってきたって」

思い出したように言う青葉の言葉に大和と武本が何かに気が付いた様な顔になる。

「バトルロワイヤルを始めてやらされた時に受けた指示と大体同じだ」

「そうでしたね。確か『お前を殺しにかかる奴を斬り捨てればいい』だったはず」

偶然か、それとも天龍の挑発的発言が似ていただけだったのか。

今の愛鷹は落ち着いているが、憲兵の銃撃を受けた傷の手当てを受けている時、極度の虚脱状態に陥っていたのを武本は見ている。

「艦娘を襲わせ、三人を殺害させた後、殺人罪で起訴、失脚が狙いか」

「ほぼ故意に行わせたも同然ですから、有罪判決必須ですね。最悪極刑もあり得る」

三笠と鳳翔の言葉に青葉が戦慄した表情を浮かべる。

「どうにか防げたはいいが、これで諦める連中じゃあないでしょうね。次の手を打つはずだ。」

顎を揉む谷田川に一同は頷いた。

「次にどんな手を打ってくるか、それが分からん。艦娘の中に協力者がいる、と言うとこまでは一応掴めているが、それが果たして誰なのか」

「……絞り込めるとしたら、比叡さん、香取さん、鹿島さん、香椎さん、橿原さん、大淀さんかも」

該当しそうな艦娘の名前を上げる青葉だが、鳳翔が首をかしげる。

「もし容疑者がその六人だとして、動機が不明ですよ。

私が見て来ている限りでは愛鷹さんは嫌われ者だった様ではないですし、誰とでも丁寧に接する人だと思ってます」

いつもの静かなトーンで言う鳳翔の言葉に、青葉が気まずそうな顔になる。

ラバウルで愛鷹が霞と満潮とで蒼月を巡って喧嘩してしまったのを知っているからだ。

霞とは残念ながら和解する前に霞が戦死してしまったが、満潮とは霞が戦死した戦いの後、和解してそこそこ付き合いが増えていたから、満潮は容疑者に上げにくい。

そもそも満潮はまだラバウル基地にいるからこっちの現状を知らないはず。

「とにかく俺は探りを続ける。別の仕事もあるが、なあに、くそ野郎は追い込んでみせるさ」

任せておけ、と一同に少しばかり口元を緩める有川に大和が視線を向けるが、何も言わなかった。

「愛鷹は謹慎処分ですが、寮に閉じ込めるのは流石に愛鷹のメンタリティーへのダメージが大き過ぎるかと。

艤装装備は一切の許可を出さずのフリーハンド状態のまま三日間我慢で」

謹慎期間中の処遇を提案する谷田川に武本は頷いた。

「それで行こう」

 

 

解散となった一同だが武本は青葉を呼び止めた。

何の話かな、と青葉が武本と二人きりの状態になると、武本がデスクの引き出しからUSB七個を取り出し、青葉に差し出した。

「愛鷹くん本人の提案である第三三戦隊編成替えの話をUNPACCOMと付けておいた。

これが指令書だからみんなに配っておいてくれ。愛鷹くんのは青葉くんが預かっておいて欲しい」

「編成替え、ですか? 誰か新規参加でも?」

そう尋ねる青葉に武本は首を横に振った。

「瑞鳳くんは第三航空戦隊から第三三戦隊付き空母として配置換えだ。同時に第六戦隊第二小隊は第三三戦隊に移籍。

蒼月くんは第六三駆逐隊から正式に第三三戦隊直轄艦に移籍し、第六三駆逐隊は解散。日本艦隊統合基地直轄艦の深雪くんと夕張くんも第三三戦隊を原隊とする。

皆は所属する原隊から派出と言う形で第三三戦隊を形成していたんだ。

実のところ第三三戦隊は『他の艦娘との戦闘教義に適合出来ない即応予備部隊』の面もあってね、書類での編成上は旗艦の愛鷹くんだけしか固定配備された艦娘がいないも同然だった。

再編成で全員の原隊を第三三戦隊にすることが決定した」

 

他の艦娘と戦闘教義に適合出来ない、か。

確かに青葉は第六戦隊で改二化されたのが最後だったから、第六戦隊の部隊運用上「唯一の非改二艦の青葉自身の技量任せ」で強引に艦隊行動していた事があったのは否めない。

夕張はワンオフ、深雪は何でも屋と二人とも明確な原隊が無く、蒼月は一応第六三駆逐隊所属と言う原隊はあったが、同僚の紅月戦死後単艦所属状態だった。

それらをすっきりまとめ直したと言う訳だ。

 

七隻編成になるのが少し解せないが、恐らく誰かが戦闘不能になった時はその穴埋めとしてのバックアップメンバーという事だろう。

妹の衣笠と正式に第三三戦隊へ編入されるのは嬉しい話だった。

艦隊防空に関しては愛鷹、航空対潜哨戒は自分と言う役振り。瑞鳳は必要に応じて航空戦力による艦隊支援に徹すると言うところか。

 

三日間の謹慎が解かれたら、愛鷹は準備の終わった改艤装を装備して部隊は揃う。

戦艦と充分渡り合える火力向上を受けた愛鷹が喜ぶ姿を、青葉は見てみたかった。

 

 

独房のドアが開き、女性憲兵が入って来ると愛鷹は少し虚ろな目を向けた。

「中佐、あなたへの処分が決まりました」

「もう決まったのですか」

やけくそ気味に返す愛鷹は、どうせ自分の知らない所で被告人抜きの法廷判決が下されたのだろうと思った。

軍では時に被告人抜きでの法廷が行われることがある。

そう言うので自分の処分は決まったのだろう。

「中佐への処分は、三日間の一切の艤装の着用禁止、と言う形での謹慎処分と、一か月の七五パーセント減俸となりました」

「他は?」

「ありません。以上が中佐への処分内容です。ここから出ていいんですよ」

 

「……本当に?」

 

あまり感情を大きく出さない愛鷹の顔に、驚きが誰でも分かるレベルに現れた。

大罪を犯しながらこれだけの軽処分? 自分は夢でも見ているのだろうか。

 

「あの……」

何を言えばいいのか分からない愛鷹が唖然とする中、憲兵は愛鷹の手錠を外した。

「御咎め無しではありませんが、ここにいる必要はもうありません。

中佐は自由の身ですよ」

微笑を浮かべて言う憲兵に愛鷹は言うべき言葉を見つけられなかった。

何かの罠にも思えたが、言われるがままに靴を履かされ独房から愛鷹は出された。

独房の外に出ると、両手を前に組んだ大和が笑みを浮かべて立っていた。

「私は……」

「いいのよ。もう大丈夫。皆が帰りを待っているわ」

そう言って大和は自分の背中を軽く叩いて、去って行った。

 

三日間の一切の艤装の着用禁止が条件となった謹慎処分を言い渡された愛鷹は、厳罰とはとても言えない自分への処遇に自分でも信じられない気持ちばかりで、暫く独房のある建物の中の廊下で惚けた様な顔のまま壁に寄り掛かっていた。

一か月間の減俸は貯金で何とかできるし、謹慎期間の三日間程度は休養として受け入れれば問題なしだ。

現実を体が受け入れて来るまでずいぶん時間をかけた後、やっと愛鷹は足を一歩踏み出せた。

取り敢えず独房から解放された愛鷹がやりたくなったことは入浴だった。独房入りしてからこっちシャワーの一つ浴びてない。

制服も洗濯だ。少しばかり汗臭くなった気がする。

その前に天龍、木曽、皐月に謝罪をと思うが、謝罪に行くには今の自分は綺麗ではない。

身を清めてから行くべきだ、と自分に言い聞かせるとまずは寮へと向かった。

 

 

急にいなくなった自分の詳しい話は伏せられていたのか、巡洋艦寮に戻って来た愛鷹を見た足柄は随分驚いていた。

「どこへ行ってたの?。皆心配してたのよ、貴女の事」

「ちょっとした厄介事が起きて、その対応に駆り出されていただけです」

即行の嘘だったが、足柄はそれ以上聞く事もなかった。

「ねえ、今夜みんなでまたトランプゲームしましょう! リベンジしたいわ」

「いいですよ。三日間の休暇が出ているのでゆっくりしていられる時間は少し余裕があります」

そう言えば騒動の直前、カードで足柄は自分に大敗していたな、と勝利至上主義とも取れなくもない足柄のプライドをかけたリベンジ戦に愛鷹は快く受けた。

 

足柄と別れ、やっと自室に愛鷹は戻った。一週間も経たない間だったのに懐かしさすら感じる部屋は埃が溜まっている所もあり、掃除が必要だった。

ハイタカはまだここに居を置いているらしく、止まり木周りには獲物の残りが落ちていた。

ベッドの脇には完全修理が終わった内装型主機が揃えて置かれている。

掃除ペーパーやハンドクリーナーなどで部屋の埃を綺麗にしていく。

ついでに出しっぱなしだった本やごみ箱の中のコーヒー缶、メモ用紙の紙屑と整理整頓からゴミ箱の中のごみをゴミ袋に入れ、ベッドのシーツも張り直す。

シーツを張り、試しに一〇円玉を落としてみる。

 

「……九・九センチ、ってところか」

 

跳ねあがる一〇円玉の高さを見て、愛鷹は少し不満顔になる。

別に海軍教育隊で叩き込まれる、「ベッドのシーツは一〇年玉を落とした時、一〇センチ以上跳ねる程しっかり張れ」と言う訳でもないのだが、時間もある訳なのでもう一回整える。

初めてこの教育を受けたのは、やはり五年前の施設時代だが、跳ねなかった時の教官の制裁は忘れようがない。

苦い思い出ならいくらでもあるが、あれは今思うとまあまあマシな方だ。

何で旧海上自衛隊の教育隊で行われるのと同じ様な制裁を施設時代も受けたのかは正直解せないが、あの時の教官は日本人だったから、偶然自衛隊形式になったのかもしれないし、国連海軍直轄艦隊と言う世界中の礼儀作法を叩き込まれたうえで配属予定の自分達には、必要なしごき、だったのかもしれない。

 

張りなおしたシーツにもう一度一〇円玉を落として満足いく高さまで跳ね上がると、よし、と頷き、タンスから着替えとバスタオルを出して、一人浴場へと向かった。

流石にこの時間帯なら、誰もいないだろう。

シャワールームで汗を流し、石鹸で手足を綺麗にし、髪の毛もシャンプーで洗う。

体を洗い終えたらタオルを巻いて浴場の浴槽に浸かった。

タオルを体に巻くのは、自分の裸体を見られるのが恥ずかしいと言うのではなく、施設時代に受けた鞭打ちの傷跡隠しだ。

背中には実はかなり痛々しいレベルに鞭で何度も何度も打たれた時の傷跡が残っている。

他の艦娘が偶然見かけたら何の傷跡だ、と仰天するのは間違いない。

想えば浴場の湯に浸かった事は、自分の顔を見られる訳には行かない関係上、一度も無かっただけに、気持ちが非常にリラックス出来た。

いつもシャワーで済ませていただけに、浴場の湯船につかるのは気持ちがいい。

独房入りしていた時に溜まりに溜まり込んでいた疲労やストレスから、すべて解放されていく気持ちだ。

解放感から気持ちが良くなるところか、眠気すら感じてしまい、すこしウトウトしてしまった。

 

「あのー、起きてますか?」

不意に半分寝ていた自分に声をかけられ、愛鷹は驚きながら訪ねて来た相手を見返した。

比叡だ。

「ひ、比叡さん」

「湯船で寝ちゃうと、危ないですよ? 寝るならベッドで寝ましょう。お風呂上りに寝るベッドの睡眠は気持ちいいですよ」

自分の顔ははっきりと見てしまっている割には、ノータッチな比叡に多少驚きを感じながらも、言う事には間違いはない。

「お体の具合は?」

「時々倦怠感が酷くなる事はありますけど、手術を受けてちゃんと治療しましたから、大丈夫ですよ」

持ち前の朗らかさで返す比叡に、少し安堵のため息を吐く。

「まあ、術後経過は必要ですけどね」

「比叡さんなら、乗り越えられますよ。頑張って下さい」

自分に出来る励ましに比叡は嬉しそうに頷いた。

レベル4のロシニョール病患者の比叡と違って、もう引き返せないレベル5の自分。

 

せめて比叡は長生きしてほしい、それが愛鷹の願うところだった。

 

「で、大和さんに顔はそっくりですけど、体格が全然違うあなたは?」

少し不思議そうに聞く比叡に、やっぱりそうなるか、と諦観半分に愛鷹は溜息を吐いて答えた。

「愛鷹です。沖ノ鳥島の戦いで一度比叡さんとは艦隊を組んだことがあります。

実は大和の……一卵性双生児の妹ですよ」

完全に嘘だが、一卵性双生児と言う隠れ蓑なら、比叡相手には誤魔化せるはずだ。

本当は大和の遺伝子を基にして、人為的に受精卵に改良を施されたもう一人の大和、なのが自分の正体だが。

「……瞳孔の開き具合的に嘘言ってませんか?」

割と真剣な眼差しで自分の目を見て言う比叡に、愛鷹はやけに勘が良いな、と少し驚いた。

「私が嘘を?」

「瞳孔の開き具合、瞬きの回数、嘘を言う時人が良くやる挙動ですよ」

「よく見抜き方を心得てますね」

微妙に警戒心を上げながら返すと、比叡は軽く笑って答えた。

「一時期、練習戦艦として新しい子達の教導職をしてたことがあって、嘘をついている人の特徴って言うのを香取さんから教えて貰っていたんですよ。

……この体じゃ、もう前線に出るのは無理かな……練習戦艦の職に戻るのかな」

「レベル4なら望みはまだありますよ」

口調はいつもと同じ静かめだが、励ましたい強い気持ちから愛鷹は少し顔を俯ける比叡に言葉をかける。

寂しさすら感じる笑みを浮かべ比叡はありがとうございます、と一礼する。

「でも、ちょっと怖いんですよね……手術は上手く行ったとは言え、完治したかは分からない。

知らない内に悪化した状態で出て来たら、と思うと、時々すごく怖くなることがあるんですよ」

「ロシニョール病は……知らない内に病が更に悪化していた、っていうのは普通にありますからね」

 

私の体がそうなのだから、と内心で呟いた。

時期が近付いているのは分かっていたが……来年には自分は死ぬ。

どの道テロメアももう持たない。

 

「ロシニョール病に侵された艦娘の恐怖、本当に計り知れないモノですよ」

「何か知ってそうな口ぶりですね?」

顔は穏やかだが、目は鋭い比叡の言葉に愛鷹は半分白旗を上げていた。

「私はレベル5ですから。来年には……比叡さんとお別れです」

名前と同じ仰天声をよく上げると聞く比叡だったが、愛鷹の言葉に神妙な表情で聞く。

「もう……ダメなんですね、愛鷹さんは」

「ええ、来年には私はもう死んじゃうんですよ。戦の弾に当たってではなく……。

海の藻屑にならずに済むと言うのは、良い事なのか悪い事なのか……」

「人間を含む生物の祖先は海から来たんですよ? 海に還るとも取れるじゃないですか」

「海に還る……か。私もその一人になれるのかな……」

何気なく呟いた一言に比叡は首を傾げた。

「大和さんの双子の愛鷹さんだって当然その一人でしょう。違いますか?」

すると愛鷹は顔を俯けた。

何か気に障る事を言ってしまったか、と比叡がやっちゃったかと自分の失敗に思わず慌てかけた時、愛鷹が呟く様な小声で聞いてきた。

「比叡さんは、クローンでも人間だ、って思いますか?」

「クローンって、オリジナルの遺伝子から同じ動植物を複製するクローン技術の事ですよね?

人間のクローンだって、『複製人間』って事になるし、ちゃんと人間の文字が入っているんだから人間でしょう」

その時になって比叡は気が付いた。

もしかして、愛鷹さんは……。

 

「あ、愛鷹さんって……まさか」

「そう、そのまさかの通りですよ」

 

静かに答える愛鷹に比叡は言葉が出なかった。

顔を上げて、比叡を見る愛鷹の顔には悲しみが浮かんでいた。

「ロシニョール病に罹ろうがかかるまいが、どの道私はもう長くないんですよ。

寿命の進み方は私も知りませんけど、普通の人間で言えば来年で……九〇歳くらいになるのかな……。

大和の遺伝子いじって強引に一年で一五歳分年を取ってますから。二年目からは普通に一年に一歳なのか、それとも引き続き一五年加算なのか。

どだい、テロメアも来年には擦り切れてしまってる。艦娘として役立たずになっているでしょう」

「クローンの艦娘……SF映画の世界みたいですけど、現に愛鷹さんは私の目の前にいる。

 

そうですか……来年にはロシニョール病だけでなく、寿命の限界でも、愛鷹さんはいなくなっちゃうんですね」

「私としては、同じロシニョール病に罹る比叡さんには、それだけに諦めず長生きしてほしいんですよ。

既に治療の術がないレベル5の私……でも、比叡さんには長生きできる可能性の余地がまだ残っているレベル4。

長生きできる可能性がまだあるのなら、その可能性に比叡さんは縋り付いて欲しい。戦争が終わっても尚生きていて欲しい」

そう静かながら、願いを込めた言葉をかける愛鷹に比叡は複雑そうな表情を浮かべる。

「戦争が終わるまで長生きできたとしても、私には帰るべき家も、故郷すらも無いんです……。

深海棲艦の攻撃で海にあった私の故郷は、燃えながら沈みました」

「沈んだ?」

どう言う意味だ、と愛鷹は眉間に眉を顰めた時、昔深海棲艦の攻撃で日本初の洋上のメガフロート都市が破壊された惨事を思い出した。

 

確か今から二〇年程前の西暦二〇二九年。

東シナ海に建造されたメタンハイドレート採掘洋上プラントも兼ねた、メガフロート都市「海の希望」が深海棲艦の攻撃で破壊された。

備蓄されていたメタンガスの誘爆で大火災が発生しメガフロートは火の海と化し、さらにメガフロートの基礎部分まで破壊された結果、メガフロート自体も崩壊。

自衛隊や在日アメリカ軍、海上保安庁、更にはたまたまEEZ(排他的経済水域)を航行していた中国海軍の駆逐艦から遠洋漁業の漁船まで駆けつけて、懸命な救助作業が行われたが、海上にまで炎が溢れて救助は難航。

二〇〇〇人程の民間人が救助されたが、多くの住人は脱出できぬまま崩壊するメガフロートと共に沈み、三万人にも及ぶ犠牲者が出た。

比叡は、その時の生存者だったのだろう。

崩壊するメガフロート、漏れ出した化学燃料で燃える海。逃げ道を失った多くの民間人が焼き尽くされた。

その地獄を比叡は生き延びた。

以前愛鷹が見た人事ファイルなどで比叡は「頑張るから見捨てないで」と叫ぶことがあったそうだが、もしかしたら故郷を破壊され、家族を失った時の自身の体験が基になっているのかもしれない。

 

「帰るべきところがないなら、私は海の上で死ねるのならむしろ本望かもしれません。

金剛お姉さまには伝えてないけど、もし病で私が死んだら海に散骨して欲しい、って思ってます。

愛鷹さんは死ぬとしたらどこがいいですか?」

そう尋ねる比叡の言葉に愛鷹は少し間をおいてから答えた。

「陸です。陸でその時を迎えたい。出来れば……誰かに看取られながら」

 

誰も自分の事なんか気にもしてくれなかった施設時代とは違う、誰かに看取られながらの死。

今考えるのは不謹慎極まりないかも知れない。でもいずれ訪れる未来に心の備えをしておきたい。

 

「看取られながら……ですか。辛いことがあっただろうから私は愛鷹さんの詳しい過去とかは聞きません。

もし私が長生き出来るなら、愛鷹さんの最期を看取る一人になる事を約束しますよ。

 

……こんな事を言うのって、すごく失礼極まりないかもですけど、愛鷹さんの望む最期を見届ける人が欲しい、と言うのなら私は長生き出来る努力をしたい。

いや、長生きしなきゃいけない理由が見つかったかも」

何か意を決した表情になる比叡に、愛鷹は無上の喜びに似たモノを感じた。

自分と言う存在が、他人の生きる、生きていたい、この世に生まれた素晴らしさを享受し続ける目標となれた。

失敗品だの、出来損ないだの、さっさと死んでくれた方が清々すると言われ続けた自分が、他の人間が長生きしたいと望む礎となる。

 

「私の死を看取る為に、比叡さんが病を克服して長く生き続ける目標が出来た、と言うのなら私はむしろ嬉しい。

この世に生を授かったのなら、精一杯生きたい。誰かのその気持ちを強く持てるきっかけになれた。

比叡さんが病を恐れず、前に進み、生き続ける、その為ならば喜んで私は礎となりましょう」

「礎だなんて大げさな。でも、愛鷹さんもこの世に生まれた素晴らしさを共有する一人。

余命があるのならその余命の蝋燭の蝋がすべて消えるまで、生きましょうよ。この戦争がいつ終わるか、私には分からないけど、生き延びましょう」

 

そう言ってにっこり笑った比叡に、愛鷹も笑みを浮かべた。

「ええ。お互い、生きて生きて生き尽くしましょう」

 

 

新しい第三三戦隊の編成関連のデータを配って回った青葉は、自室に戻った後、ふと衣笠が話していたス級の誘導砲弾によるアウトレンジ砲撃の事を思い出した。

やけに第三三戦隊がス級と相手する確率を引いている気がする一方で、その分どう立ち回ればいいかも分かって来ている。

主砲が射撃不能になる内懐までの距離、それを補う大口径副砲、機動力、反面低い対空戦闘能力。

低い対空戦闘能力は、ツ級をも上回るelite級の相当な数の対空砲で補われているが、その分内懐に潜り込まれた時の大口径副砲は外されている。

今は特にすることがない青葉は、パソコンを開くと過去の戦闘データをデータサーバーからダウンロードして、まとめてみる事にした。

それで見えて来るス級への対応策があるはずだ。

水上火力重視型の検証は後にして、青葉はelite級の検証をしてみる事にした。

とは言ってもまだ確認されたばかりなので、elite級のデータは愛鷹が相まみえた後に書いた報告書を基に、弾き出すしかない。

トラックで初めて確認されたelite級はトラック基地への視認射程外からの長距離砲撃で、少なくない被害を与えている。

潜水艦による観測支援を受けながら基地に降り注いだス級の砲弾は三〇九発。途中観測支援の潜水艦を失ったから、砲撃はここで途絶えている。

少なくともス級elite級の砲弾搭載数が三〇〇発以上ある事は確かだ。

その後、砲弾の補給を受けて迎撃に出た愛鷹達に一五発の誘導砲弾を撃ち込んでいる。

愛鷹達が交戦中に誘導砲弾の射撃は行っていないから、正確な砲弾の補給数は不明。

誘導砲弾なんぞ、艦娘側にはない装備だ。

しかし深海棲艦は夜間の空を高速で飛び回る弾着観測機を用いて、そこそこの精度で砲弾を送り込んできた。

精密誘導には至っていないが、弾着範囲的に広域制圧型とも言える。

つまり被害を与える半径を広くすることで、それほど高い訳でもない誘導力を補っている。

 

ここで青葉が気になるのは、誘導砲弾の誘導システムだ。

恐らく誘導を担っていたであろう弾着観測機は観測機にしてはすばしっこく、そして長一〇センチ高角砲の射程外になるほどの高度から観測支援を行っている。

夜間ともなれば、高度が高いと海上の艦娘を確認するのは容易ではないはず。

夜間攻撃機と言う前例はあるが、あれは高角砲や機銃で迎撃可能な高度を飛ぶし、迎撃できるという事はお互い見える距離で交戦している。

しかし観測機は対空電探のレンジから言って、夜間では余程夜目を鍛えない限り人間の目で追尾するのは困難だ。

夜間でその高度と機動力で砲弾を誘導。

観測機に目があるのかは定かではないにせよ、砲弾をまあまあな精度で誘導している辺り何かしらの誘導装置を持っているのだろう。

送られるデータを基に砲弾自体が軌道修正をかけているのか、観測機が砲弾の終末誘導しているのか。

 

あの時、強力な対空逆探を装備していたのは大和だ。

もしかしたら大和の逆探に誘導電波の周波帯が記録されているのではないか?

そう思い、大和の逆探のデータログを探してみる事にした。

どこにログが残っているかは目星を付けてあったので、アクセスすること自体は簡単だった。

逆探のログを見ると、整理されていないせいか一応記録が残っている深海棲艦の出すレーダー系の周波帯がかなりある。

大和は対水上戦闘にも対空逆探を使うことがあるので、深海棲艦の水上艦の対水上電探の周波帯が結構残っている。

「使い分けくらいしてくださいよ……」

何気なくぼやきつつ画面をスクロールする。

深海棲艦も最近は強力な電測機器を何らかの形で実用化しているので、当然人類側が記録できるデータも増える。

それらの中から、まだ未発見の電波を探すのだ。

ここは夕張か明石に頼んだ方が良いかも知れないが、一応青葉は自分の手で探ってみる事にした。

ログに日付と大まかな時間帯をフィルターにセットして見ると、あっさりいらない分が切り取れた。

そして記録がある電波だけをフィルタリングして、未知の電波を探す。

大和はあの時も戦闘時に逆探を起動させていたが、大和がと言うよりは艦娘のパッシブ系の電測機器は艦娘自身で操作できる事はたかが知れている事が多い。

青葉自身も電測機器すべての操作をやり切れると言う訳でもないし、艤装によっては装備可能な電探、逆探の種類もばらけている。

統一可能な規格はあるにせよ、どうしても艦種によっては性能差が如実に表れる。

キーボードを叩きながら、解析系の専門ソフトをこっそり入れ込んでおいて正解だった、と少しにやける。

艦娘が使うPCは基本支給品で市販品レベルのが多いが、青葉は結構自力改造しているのでスペックは他の艦娘のより高い。

もっとも夕張や明石はもっとハイスペックなモノに魔改造しているのだが。

そう言う面では劣るだけに、青葉のパソコンでは解析には少し時間がかかる。

ハッキングよりはまあまあ楽かな、と思いながらパソコンの画面と睨めっこしていると、該当する電波のフィルタリングが完了し、一つだけ赤い表示と周波帯が表示された。

「これかぁ……」

深海棲艦が登場する以前の衛星経由データリンクシステムを用いた精密誘導砲弾のモノと比べたら、かなり低レベルだが、今はその低レベルでも充分通用する。

この周波帯をかき消す電波妨害を行えば、ス級の誘導砲撃は弾着観測機を撃墜せずとも、無効化できるかもしれない。

とは言え、特定する程度の事は出来るが、妨害電波を自力で作れるほどの技術は青葉にはない。

しかし、この周波帯を特定するだけでも大きな戦果かも知れない。

記録を取り、USBに落とし込むと青葉は明石のいる工廠に行って、明石と相談してみる事にした。

明石当たりなら何かできるかもしれない。ダメなら彼女経由で技術部系の組織に頼むまでだ。

 

 

ベッドの上にパジャマ姿で元気そうに部屋に入れてくれた木曽と皐月に、愛鷹はひたすら「ごめんなさい」と謝り続けた。

深く頭を下げて謝り続ける愛鷹に、木曽は「顔を上げろって」と諭すように声をかける。

「心配ない、一週間もしない内に俺と皐月は退院できるよ。

過ぎた事はもう戻らないんだし、あんまりずるずる引き摺るなって」

「愛鷹、ボクの方こそ何だかゴメンね。よく分からないけどボクも悪い気がするんだ。

愛鷹だけが悪いって訳じゃないよ。元気出してって」

今にも土下座すらしそうな愛鷹の謝罪姿勢に、木曽と皐月は逆に困惑しそうだった。

「傷跡ならもう消えてるし、後遺症も無し。

斬られた時は流石に痛かったけど、意外と早く治る程度の傷だぞ?

戦場でもっと痛い目に遭った事もある俺からすれば、こんなの唾で舐めれば治るくらいだ。

頭を上げろって。お前の処罰の方が俺は心配だぞ」

「そうだよ、愛鷹。艦娘続けられるの? 海軍から放り出されたりしないよね?」

そう問いかける皐月に愛鷹は自分へ下された処罰を告げた。

「三日間の艤装着用の厳禁と言う形での謹慎及び、一か月間の給与七五パーセント減俸と言う処分を下されました……。

こんなの罪状と比べたら軽すぎます……おかしいです。もっと重罪を課されるべきです」

「いいじゃねえか、三日もしたらお前また前線に戻ってヨシなんだろ? 戦ってなんぼの艦娘に復帰できるんだろ?

減俸はきついかも知れないけど、それで済んでよかったじゃねえか。なあ皐月」

「うんうん。今度一緒の艦隊組めたらボクはうれしいな。

まあ、いつもの船団護衛だろうけどね。

愛鷹の部隊の評判、時々聞いたけど帰還率は一〇〇パーセントじゃないか。誰一人死なずに済んでる。

巨大艦も何隻か撃沈してるじゃない。凄いよ、ホント」

ようやく顔を上げた愛鷹は二人からの視線から目を逸らさず受け止める。

全く責めるどころか、自分を励ましてくれるような木曽と皐月の柔らかな姿勢に愛鷹自身も内心困惑していた。

なぜこれ程までに許してくれるのだろう。自分は二人を殺めかけた加害者だ。

罵倒されて当然だし、一切の謝罪は通用しないはずだ。

なのに二人は寛容すぎる。そこまで自分を許してくれるのは何故なのか。

「この報いはいつか必ず何らかの形で受ける覚悟です。お二人にはその旨御約束します」

「報い何て、よせよ。俺達艦娘仲間だろ、そんなもんいらねえよ」

背中からかけられた言葉に愛鷹は振り返った。

天龍だ。ドアにもたれかかって愛鷹を見ている。

「良かったな、愛鷹。処分内容は提督から聞いた。

三日間艦娘として出撃出来ない上に演習すら駄目だなんて、ひでえ話だよな。給料もカットだろ。

なんか金に困ったら俺に言ってくれ。奢ってやるよ」

「そんな、奢ってもらうなんてとんでもない」

「良いから良いから、ほらもうオシマイ。

俺は元気。

木曽と皐月も元気。

オールオッケー、違うか?」

「天龍さん……」

自分に歩み寄った天龍は愛鷹の肩に手を置き、にっこり笑った。

屈託のない笑顔。淀みのない明るさ。

「三日間は出られないけど、その間は青葉に任せとけって。

あいつ、ああ見えて生真面目な所もあるから任せといて問題はねえ。衣笠もしっかり者だし、蒼月もいい面構えになったじゃねえか。

お前がいたからこそ、蒼月は精神的にも鍛えられたし、あのオドオドも鳴りを潜められた。

射撃スキルは文句なしだぜ? 

さっき提督から特一級射手の徽章を貰ってるの見たぞ俺。お前も見て来いよ」

「特一級射手? スゲエなそれ」

「ボクなんか準一級が関の山だよ」

蒼月に射撃の名手を示す特一級射手章が授与された事に、木曽と皐月が目を丸くする。

複数ある駆逐艦娘の艦種でも対空戦闘を重視しているだけに、秋月型は射撃の名手を排出しやすい方だが、蒼月以外に特一級射手章を持っている者はいない。

 

射撃の名手、ゴールドシャープシューターか……。

 

「ほら、お前の帰りを待ってる仲間がいるぜ。

蒼月の自慢話、たっぷり聞いてやれ愛鷹」

にっこり笑う天龍に愛鷹はほんの僅かだが口元を緩めて頷いた。

「ボクもみたいから蒼月連れて来て!」

「退院したら見に行けばいいだろ。慌てるなって」

身を乗り出す皐月に木曽が苦笑交じりに抑えた。

 

 

種子島基地の防衛司令部が急に慌ただしくなった。

SSTOの発着陸に使用される飛行場の格納庫の一つに、複数の大型モニターとオペレーターのコンソール、電源車などが置かれただけだが、防衛司令部としての機能は充分ある。

その格納庫転用司令部内にいた大淀は慌ただしくなる要員達の会話を地獄耳に聞き取っていた。

そして素早く頭の中で整理していくと、遂に来たかと多少緊張するモノを覚えた。

種子島基地近海の音響感知システム、SOSUSが複数個所で深海棲艦モノと思しき攻撃を受けて破壊された。

同時に近海を飛んでいた対潜哨戒機が二機消息を絶った。

場数を踏んでいる大淀は慣れっこだが、この場にいる司令部要員はそうでもないようだ。

基本後方での支援要員だった者達で構成されている分、本格的な攻撃を受けた時への心の準備が遅れている。

伝達が飛び交い、忙しく動き回る足音が格納庫内を騒がせていた。

 

「来たわね、いよいよ」

そう呟く大淀はふと制服の右ポケットに手を入れていた。

そこにある物を出して、じっと見つめる。

自分と仁淀が映る記念写真。去年の冬初めて二人揃って派遣された海外地であるフランス、ブレスト港で青葉に撮って貰った記念写真。

少しはしゃぎ気味の仁淀の笑顔と、柔らかく微笑む自分。

いつもの制服ではなく、お互いラフな私服姿だ。

仁淀はフランス派遣中に二〇歳の誕生日を迎え、大淀はと言うと既に誕生日を迎えて二七歳になっていた。

気が付けばもう三〇歳間近。

七つ下の仁淀はこの海外派遣が初めての海外旅行にもなった。

フランス、ブレスト基地とドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン基地への深海棲艦の大規模な攻勢に対し、日本艦隊も増援艦隊を派遣して攻勢を退けた。

自分と仁淀は派遣部隊の指揮を執る谷田川のサポート役として随行し、三週間の大規模戦闘を主に陸上で司令部要員として支援した。

そして作戦終了が宣言された日はちょうどクリスマスの日だった。

仁淀はその先日、クリスマス・イブの夜に誕生日を迎えた。

作戦終了宣言後に、派遣部隊全員で仁淀の一日遅れの誕生日祝いをした。

 

初めての海外で初めての誕生日を迎えた仁淀。

実の妹ではないが、大淀にとっては実の妹の様に可愛がっている仁淀だ。

仁淀も自分を姉として慕ってくれるし、時にはライバルとしてお互い張り合った。

誕生日祝いの時の祝杯でお互いワイン飲み比べをし、それを青葉が焚き付けたモノだから酔った勢いで張り合いが始まり、最終的に酔い潰れて英国艦隊のネルソンに介抱される羽目になった。

化け物級の酒豪であるネルソンに迷惑をかけた形にはなったが、本人もノリノリで付き合っていたから寧ろ楽しんでいたし、仁淀とは引き分けという事で折り合いを付けた。

「大淀姉さんには別の所で一歩先を取りますよ」

帰国時に乗った輸送機の機内で仁淀は自分に言った。

 

一歩先か……。

 

ある意味、仁淀は死の淵で今自分より一歩先を行っていた。

 

 

自分の席のパソコンに上がってくる報告をまとめていると、自分を呼ぶ声がした。

振り返ると長門と陸奥が傍にいた。

「状況は?」

尋ねて来る長門に大淀は簡潔に判明している情報説明をする。

「当基地のSOSUS網の一部が深海棲艦によると思われる攻撃を受けました。

現在SOSUSによる対潜監視はかなり期待出来なくなっています。

また哨戒中のP1哨戒機シーガル1、2が消息を絶ちました。状況から見て撃墜されたと思われます」

「対潜監視システムを無効化されたか……。レーダーサイトなどへの被害は?」

「現時点ではまだ海軍、海兵隊のどちらのレーダーサイトにも被害はありません」

「レーダーサイトはまだ攻撃を受けていない? 対空対水上の全部が?」

首を軽く傾げる陸奥の言葉に、確かに深海棲艦の沿岸部攻撃にしてはセオリーにのっとっていないと大淀は思った。

大抵奇襲による対空レーダーサイト潰しを仕掛けるのが深海棲艦の特徴で、レーダーサイト破壊の後、またはほぼ同時進行でソナー監視網も無力化される。

迎撃態勢次第では被害を抑えられるし、返り討ちにして攻撃の出鼻をくじく事も出来る。

「セオリーを変えて来た、と言う事でしょうか」

「そうかもしれないが、対空レーダー網を最初に破壊しないのは少し引っかかるな。

基地上空の航空優勢はまだこちらが握っている訳だから、航空攻撃での基地攻撃は最初から捨てているのか?」

考え込む長門と同様に大淀と陸奥も何かおかしいと思った時、司令部の大画面モニターの一つに「緊急入電」の文字と警報が鳴った。

画面を見ると「日本国政府緊急事態宣言発令」の文字が出ていた。

大淀のパソコンにも同じものが表示された。

「先ほど日本国政府から九州地方沿岸部の各都市、自治体に対し緊急事態宣言の発令と共に沿岸部からの緊急避難命令と避難指示が出されました」

「民間への被害軽減策だな。対応が早い」

少し満足げな顔になる長門の横顔に陸奥も同じものを感じる。

 

日本に限らず、初動対応の遅れで深海棲艦による民間地への攻撃で各国は痛い思いをしているだけに、日本国政府の初動対応の速さは感心出来るモノだ。

さらに別の指示が入る。

 

「UNPACCOMから日本方面軍管轄下の航空及び水上航路には第一級警戒命令が発令。

輸送船団は最寄りの港に緊急退避、旅客機も最寄りの空港への緊急着陸が指示されています」

「一番基地に近い輸送船団は……第三〇駆逐隊が護衛するタンカー二隻か」

「宿毛湾基地に寄るわね。接岸はしないだろうけど」

「四〇万トン級タンカー二隻には狭い上に、もし積み荷に引火すれば市街地へのダメージが甚大なものになるからな。

沖合で投錨、乗員をヘリで回収して攻撃されない事を祈るだけだ」

万が一攻撃されたら、破壊された船倉から流出する燃料による周辺海域や沿岸部への海洋汚染被害は大きい。

海兵隊の司令部要員の一人が、格納庫にいる全員に聞こえる声で報告を上げた。

「国分基地、瀬戸内基地、川内基地の海兵隊基地より民間人の避難誘導の為、第八機動師団隷下の各駐屯部隊が動きました!」

「高遊原基地からはヘリも出ています。鹿屋基地は九州地方南部の防空体制に移行」

「国交省から関門海峡の三つのトンネルと関門自動車道の橋に利用制限がかけられました」

報告が飛び交い始めるのを聞きながら、民間への関門海峡のインフラ利用制限は九州地方に大きな影響が出ることになるのを三人は知っていた。

特に故郷が山口県である長門は、ほぼ目と鼻の先での被害を見ながら育ってきたようなものだ。

 

「九州地方へのインフラのダメージが大きくなる前に、ケリを付けねばな」

「地中海戦線のデフコンレベルが高い分、在日欧州総軍メンバーは大半が引き上げているからね。

アメリカ艦隊もカバーする海域が広いだけにこっちに回してもらえる艦隊も沖ノ鳥島方面の戦力が関の山。

必然的に日本本土防衛は私達で何とかしないといけない」

溜息を吐きながら腕を組む長門に、陸奥も少し不安気味な表情を浮かべる。

無意識に仁淀とのツーショット写真を入れたポケットに手が動いて、今は抑えないと、と自分に言い聞かせつつ大淀は深い溜息を吐いた。

「休み無し、ですね」

「休暇申請は出せるうちに出しておけよ? お前は最近無理をしている感じがあるからな。

休める時に休まないと体が持たんぞ。妹の元気な顔を見るには休養も必要だ」

「ありがとうございます」

さりげなく自分を気遣ってくれる長門に、大淀は感謝した。

 

 

渡された封筒から出て来たのは丸い形状の部隊エンブレムだった。

「エンブレム?」

「はい、再編成に合わせて衣笠さんと一緒にデザインしてみました」

得意気に笑みを浮かべる蒼月は自分の制服の左腕の袖に付けた部隊エンブレムを見せる。

面白いモノを考えたものだと思いながら愛鷹も制服の上に合わせてみる。

悪くない。

エンブレムには他に「UNITED NATION PEACE KEEPING NAVY」と「THE JAPAN FLEET」のロゴも入っていた。

 

中央に緑画面のレーダーフリップ、その両脇に銀翼、レーダーフリップの下にはクロスした愛鷹のモノをモチーフにした刀が添えられている。

クロスした刀の下には、エンブレムの下側の曲線に沿う形で第三三戦隊の意味する「33th SQ」の赤い文字が入っていた。

「良いですね、後で制服に縫い付けておきます」

「気に入って貰えてうれしいです。部隊スローガンも入れようと思いましたけど、止めました」

「どんなスローガンだったんですか」

「THE BOUND OF SISTERSって入れようと思ったんですけど、衣笠さんが似たタイトルの戦争ドラマがあるって言うので」

「そっちは確かブラザーズと言うモノだったはず。古いドラマですね」

確か第二次世界大戦に従軍したアメリカ陸軍兵士たちの実話をもとにしたテレビドラマシリーズのはず。

 

蒼月から貰った部隊エンブレムを制服の左袖の上腕骨部分に縫い付けると、中々いい感じに仕上がっており思わずにやける。

「どうかな?」

止まり木に止まっている同居人のハイタカにエンブレムを付けた制服の上着を見せるが、狩って来た小動物を食べるに忙しいハイタカは見てくれなかった。

ご飯中すみませんね、と軽く拗ねた様に溜息を吐く。

上着を着こんでいると自室のドアがノックされた。

「愛鷹さん、青葉です」

「どうぞ」

入室してきた青葉のセーラー服の左腕にも第三三戦隊の部隊エンブレムが縫い付けられていた。

「皆さんで第三三戦隊の記念写真撮ろうと思うんですけど、どうですか?」

「記念写真ですか。いいですよ」

あまり写真に撮られるのは過去の経験も相まって好きではないが、今回はそう言うのとはまた違う意味だろうから、愛鷹は頷いて椅子から立ち上がった。

「どこで撮るのですか?」

「初めて集まったブリーフィングルームで。青葉のカメラ用意しておきましたよ。

高解像度の優れものです」

「成る程」

制帽を被ると、青葉が制帽の鍔に手を触れて少し持ち上げた。

「目深に被らないで下さいよ、愛鷹さんが誰なのか分かりにくいです」

「敢えてそう言う事にするために被っているのですが」

「せめてみんな(第三三戦隊)の前でなら、そこまで深く被らなくてもいいと思いますよ」

「まあ、確かに」

 

青葉と共にブリーフィングルームに入ると、既にメンバーが集まっていた。

全員の左腕の肩袖に第三三戦隊の部隊エンブレムが縫い付けられていた。

「おー、愛鷹もつけたか。どうだ、深雪様版は」

得意気に笑いながら良い感じに特型駆逐艦のセーラー服の左肩袖に縫い付けられている深雪に、いい感じですねと頷く。

三脚にカメラをしっかり固定すると、顎を摘まんで青葉は記念写真の構図を考える。

「ただの集合写真じゃつまらないから、全員でエンブレムを見せながらの構図で撮りますよ」

そう告げる青葉に衣笠がもう一捻り入れたモノを提案する。

「ただ見せるんじゃなくて、見せつける感じでもいいんじゃない?」

「それ採用」

ぱちんと指を弾いて妹に向かって頷く。

一番背が高い愛鷹を中央にして、右翼に青葉と夕張、蒼月、左翼に衣笠、瑞鳳、深雪と置いた。

左斜め前を向いた形で並び、エンブレムが見える様にする。

シャッターをセットした青葉が何枚か撮るが、納得のいく構図ではない。

「ラフに行きましょう。ただの集合写真じゃあつまらないですよ」

「ラフに?」

首をかしげる愛鷹に深雪が首に飛びついて、自分の懐に抱え込む。

「ラフなスタイルで映るってのはこう言う奴さ」

各々好きなポーズをして愛鷹を囲む様に構える。

「お、良いですねえ。夕張さんもうちょい上体逸らせて」

「ちゃんと撮ってよ、青葉」

「瑞鳳さん良い感じですねぇ、軽く悩殺気味です」

「衣笠さんのは、青葉?」

「ヌード誌にでも出してみようか?」

「はっ倒すわよ」

妹からのキツイ視線を浴びながらタイマー設定すると青葉も仲間の所に入り左腕でガッツポーズをとる。

各々好きに構えて撮った写真をカメラが何枚か撮る。

言われていた通り、愛鷹は顔がちゃんとわかる様に制帽の被る角度を調整していた。

深雪に抱え込まれるようにとは言え、ラフなポーズと言えば精々Vサインしか思いつかないので、これはこれでありだろう。

撮り終ると、青葉はカメラに記録されている写真を見て、良い感じだと頷く。

全員、自然体な方の写真が生き生きしている。

何より愛鷹が滅多に見せない程、とても穏やかな表情を浮かべているのが良い。

オリジナルの大和と同じくらいの柔らかな表情もちゃんと出来るのだ。

経験的にラフなポーズと言えばVサイン程度しかないのだろうが、それは仕方が無いだろう。

 

愛鷹さんも、女性らしい穏やかで優しい笑顔をする事も出来るんだ……。

 

嬉しさよりちょっとした感動染みたものを感じる。

「後で焼き増しして、全員に渡しますね」

「お願いしますよ」

制帽を被りなおしながらそう頼んで来る愛鷹に、青葉は「はい!」と笑顔で答えた。

「良い顔でしたよ、愛鷹さん」

「そうですか?」

「ええ」

良い顔をしていたと言われた愛鷹は、嬉しそうに頬を少し赤らめた。

自分にとって、一生の宝物になるだろう。

 

 

凄い霧だ、視界が悪すぎる。

第一九駆逐隊と率いる神通は羅針盤の表示をホワイトアウトさせる羅針盤障害と同じくらい、視界もホワイトアウトさせる濃霧に只ならぬ警戒感を覚えていた。

霧中での衝突回避にある程度距離を取りながらの航行だった。

電探はホワイトアウト、視界も極端に悪いから自分の位置の把握も難しい。

通信障害もかつてない程に悪い。

そもそもこの季節でこれだけの濃霧がここに発生すること自体、かなりおかしい現象なのだが。

一五分毎の点呼を行いつつ、消息を絶った哨戒機を探すが、海上には残骸一つ見当たらない。

流石にこれは自分たちが危ないかもしれないと思い、神通は五〇メートル後ろの綾波に向かって「一時帰投します、各艦回頭用意」と呼び掛けた。

綾波、敷波、浦波から了解、と返事が返る。

しかし、磯波からの返事がない。

「磯波さーん?」

大声で磯波を呼ぶが、応答がない。

「磯波姉さん? どうしました?」

一番近くにいた浦波が尋ねても応答がない。

嫌な予感がした。

霧笛を鳴らして、磯波に返事を促す。

やはり返事がない。

「まずいですね……これは」

いつの間にか、磯波とはぐれてしまっていた。

昨日送られて来たばかりとは言っても、第一九駆逐隊は場数を踏んだ練度の高い駆逐艦娘だ。

磯波もそうなのだが、どんなプロでも時にはしくじる。

殊にこの季節外れの濃霧ともなれば、神通自身危ないモノを覚えていた。

「深入りし過ぎましたね、不覚」

「磯波を探しに行かないと」

不安顔で言う敷波の言葉に神通は頷くが、自分位置特定が困難なレベルの濃霧の中、探しに行くのもまた危険であると思っていた。

もし深海棲艦と鉢合わせしたら、対抗できるか。

何より通信不能状態の自分達の今の環境が歴戦の神通の頭に、迷いを作っていた。

五分毎に点呼を取っていれば、と自分の判断が悔やまれた。

先ほどより互いの距離を詰めて、神通は磯波の捜索に出る事にした。

仲間を置いて行きはしない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

「え、なに……?」

独りぼっちになって焦っていた磯波は霧の中で浮上して来る巨大な艦影を見て、驚愕した表情を顔に浮かべていた。

霧が少し晴れていたのは幸いだが、通信機は機能せず、電探も使えない。

落ち着かないと、と自分に言い聞かせるがこの濃霧の中、独りぼっちだとさすがに焦りもする。

何より、霧の中で恐らく一〇〇メートルもない先に巨大な何かが浮上して来るのは、恐怖すら感じさせる。

その「何か」を凝視していると、霧の中でも分かるくらいの大きな一本棒を「何か」は上げた。

角みたいだ、と磯波が思った時、磯波の存在に気が付いたのか「何か」は角の様な大きなものを仕舞うと、潜航する音を立てて、姿を消した。

後に残された静寂。何か見てはいけない様なモノを見てしまった気がする磯波は恐怖を感じる一方で今のは、深海棲艦なのか、味方の新兵器なのか、と考えあぐねていた。

ただ確かなのは、自分が完全に迷子の状態になって、孤立していると言う現実だった。

 




いよいよ次回から種子島基地をめぐる攻防戦が始まります。

再編成された第三三戦隊も種子島に召集され、防衛戦闘に当たります。

濃霧の中はぐれてしまった磯波が見た巨大な「何か」。
この「何か」が今後どう物語に絡むのか、追々描いていくつもりです。

自分が傷付けてしまいながら、寛容な姿勢で許してくれた天龍、木曽、皐月、計らずしも自分の素顔を見てしまっている比叡。
これからも愛鷹は様々な出会いと別れを経験していくことになります。

ではまた次のお話でお会いしましょう。
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