艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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約一カ月ぶりの投稿となります。

本編をどうぞ。


第四〇話 霧中からの救難信号

この話は深雪にすべきだろうか。愛鷹は自室で一人悩んでいた。

駆逐艦磯波の行方不明。

その捜索の為出撃した複数の偵察機から霧の中や、MADで巨大な潜水艦らしき反応を検知したと言う二つの重大報告が日本艦隊統合基地に届いたのは一時間前の事だった。

SOSUS網は随所で破壊されてその機能を大きく減じられている為、巨大な潜水艦らしきモノの正体が何なのか特定できていない。

国連海軍の潜水艦は殆どが予備役艦隊に編入されているし、日本にはそもそも潜水艦自体が無い。旧海上自衛隊、旧在日米海軍時代から運用されていた潜水艦は深海棲艦との戦闘で全艦失われているからだ。

今極東海域で潜水艦を保有しているのは精々、中国とロシアに原子力潜水艦、通常動力潜水艦が数隻ある程度だし、それらも既に大半が予備役艦隊に移籍済みで稼働していない。

中国がサブマリナー技術の維持の為に数隻程北海艦隊のカバー範囲内で練習艦運用している程度だ。

十中八九愛鷹は深海棲艦の潜水艦だと思っているモノの、MAD反応からしてあまりにも大きすぎる。

どの深海の潜水艦のサイズとも合致しない。

「新型か……」

そう考え付くのが自然だった。

 

未知の新型潜水艦。

 

それがウロウロする海域で磯波は消息を絶った。

海域では酷い羅針盤障害と霧が発生している為、神通達の捜索でも結局見つける事が出来ず、結局燃料切れで神通達は帰投を余儀なくされている。

霧の影響でSSTO打ち上げにも影響が出ており、早急なる対策が必要だった。

恐らく自分達にお呼びがかかるだろうが、自分は三日間艤装を着用する事を禁じられているから出撃出来ない。

歯痒い話だが致し方ない。

 

なにより気になるのが磯波だ。

哨戒航海だったから、長距離航海の装備ではない。

レーションも水もサバイバルキットにある三日分しかない。

何よりあの海域では深海棲艦が跋扈し始めているから、磯波単艦では遭遇しても逃げ回るしかない。

運よく会敵しなくて済んでいても、七二時間と言う人間の活動限界時間が存在する。

いくら艦娘でも休み無しで七二時間も航行し続けるのはかなり厳しい。

LRSRGのメンバーなら長距離航海に対応した訓練を受けているから、七二時間以上の連続航行は可能だが、勿論磯波はそんな訓練を受けていない。

はぐれてしまった分、焦りもするはずだから疲労もたまる速度が速くなる。

 

艦娘が一番疲労を感じやすいのは足だ。航行時立った状態で航行する分、足に疲労はすぐに来る。

主砲が手持ちタイプなら腕にも疲労が来るし、艤装を背負っている分腰や肩等にも疲労がじわじわと来る。

艦娘の艤装は装着の仕方が艦種によって異なりやすいとは言え、共通する部分としてはやはり腰だ。

愛鷹の艤装も腰部をメインに装着するので、腰が疲れたと思った事は普通にある。

また脚に疲労と言う点ではハイヒール型になる内装型は、実は疲労が溜まりやすい主機でもあった。

 

時間との勝負だ。

第三三戦隊も種子島基地へ恐らく派遣命令が下るだろうが、愛鷹の謹慎が解かれてから、になるだろう。

それまでは現地の艦娘で何とかしてもらうしかない。

それか自分以外のメンバーを先に送るのもありかも知れない。

 

「知らせておきますか」

そう呟いて椅子から立ち上がると制帽を被り、自室のドアへと歩き出す。

止まり木のハイタカはさっきの得物で満腹になり、眠気が来たのか寝ている。

お気楽な鷹だ、と内心呆れながらもすやすやと眠るハイタカが少し可愛く見えるので憎みに憎めないない。

野良の割によく人に懐くものだとため息が出る一方で、愛鷹も少しハイタカに愛着染みたものを感じていた。

 

 

駆逐艦寮に行く廊下を歩きながら深雪に知らせたら、探しに行くべきだと主張するだろうなと考えていると、自分を呼び留める声が背中からかけられた。

谷田川だ。

「副司令、何か?」

「第三三戦隊の種子島への派遣命令が提督から下された。列車で最寄りの駅まで移動してもらうから支度をしてくれ」

「私はどうすれば?」

「君も一緒だ。

軍優先と言えど、鉄道会社のダイヤに強引に割り込むには限界があるから、最低二日は列車移動だ。

種子島基地に着く頃には謹慎処分期限切れだ。ぶっつけ本番になるけど君の改艤装は種子島で実戦スタイルにて装備してもらう。

艤装を着用しなければいいだけの謹慎だから、ここで処分期間が切れるのを待つ必要は無い」

「列車で、ですか。空路の方が早いのでは?」

率直な疑問をぶつける。軍用列車で移動は珍しくないが、急いで移動する必要があるのなら輸送機を使えば半日で到着できる。

軍用列車の臨時ダイヤは民間への負担を考慮すると、急な割込みにも限界がある。

「九州地方以南は航空機の往来が制限されている。輸送機は撃墜されたら元も子も無いから使えない」

「成る程……了解しました。全員に召集をかけます」

「列車の出発は二時間後だ。晩飯は車内で摂ってくれ。状況説明とブリーフィングは現地で」

二時間後に出ると言う言葉に愛鷹は微妙にイラっとした。

実は時間前倒しして足柄が第五戦隊メンバーと共に挑んできたポーカーで、今夜限定の和牛定食の食券を見事足柄含む第五戦隊メンバーから巻き上げていたのだ。

せっかく美味しそうな和牛定食が食べられると思ったのに。たまにはいつものサンドイッチでは無い夕食を摂ろうと頑張ったのに苦労が水の泡だ。

舌打ちは堪え、ため息を吐くと「了解です」と敬礼し谷田川と別れた。

 

「和牛定食……私も限定品食べたかったな」

谷田川には聞こえない小さな声で悔しさを吐いた。

列車の中で食べるのと言えば、レーションか買い込んだ駅弁程度。

たまにはちょっと贅沢もしてみたかっただけに、がっかりする思いだった。

 

 

司令部の建物からもはっきりと見える霧。

完全な濃霧だった。

「海に出るようになって一〇年以上も経つが、これほどの濃霧は始めてだ」

霧を見ながら長門は呟いた。

この種子島でこれ程の濃霧が発生した事は過去に例がない。

十中八九深海棲艦が起こしたモノだと言っていいかもしれないが、こんな気象まで左右できる力を種子島一帯に展開できる力があるとは思わなかった。

いや、鉄底海峡を巡る六年前の大規模艦隊戦の際、海が赤く変色し、生態系も壊滅する侵蝕海域現象と言う前例はある。

あれもあれで超科学的な現象だ。この濃霧もそれの類だ。

しかも種子島一帯は強烈な電波妨害や通信障害を含む羅針盤障害も起きていて、TACAN(戦術航法装置)を備えていない艦娘には自分の位置すら特定し辛い状況だ。

 

この霧の向こうの中で磯波が行方不明になった。

責任を強く感じている神通は単独でも探しに行こうとするが、鍋島少将は許可しなかった。

妥当な判断だと思う反面、神通の思いは同じ艦娘として理解できた。

だからこそ、冷静になって不測の事態に備えて欲しいところだ。

駆逐艦娘一隻だけで、敵艦隊が展開し始めているであろうこの海域を航行するのは非常に危険だ。

一刻も早く探し出さなければ、と言う使命感や焦りは長門にもある。

霧が晴れるのを待つか、索敵部隊である第三三戦隊の派遣を待つか。

既に司令部は派遣を要請しているが、旗艦である愛鷹が不祥事で艤装着用を厳禁される謹慎処分を受けているのですぐには来られない。

元秘書艦としての伝を使って聞いたところでは、愛鷹は傷害事件を起こしてしまったらしい。

減刑中の減刑を受けたとはいえ、あの愛鷹の事だから処分が解かれるまで動きそうにない。

愛鷹は置いて、青葉に旗艦代理を任せて後から愛鷹が来る可能性もあるが。

腕を組んで海を見ていると、自分を呼ぶ声がした。

振り返ると「あきもと」に乗艦している艤装整備員の佐道(さどう)技術少佐だった。

「大佐、先ほど統合基地から長門型艤装とのデータリンク射撃システムに愛鷹改が接続可能なように一部改修を行え、と通達が届きました」

「愛鷹の改艤装にか?」

少しばかり驚きながらも、だが悪くないな、と胸中で頷く。

 

長門は改二化された際に、自身が旗艦を務める編成の戦艦の主砲射撃管制をデータリンクで一括管制し、複数の敵艦を同時に砲撃する特殊な統制射撃システムを運用できる。

最大二隻まで同時に長門の改二艤装が一括射撃管制可能で、長門以下三隻による連続砲撃で敵艦隊を蹂躙するこの砲撃システムは、通称「タッチシステム」と呼ばれており、ネルソン級戦艦やコロラド級戦艦の艦娘でも採用されている。

長門の今の艤装は日本艦隊を含む世界中の戦艦艦娘の射撃管制をデータリンクで統括可能なようになっている。

陸奥も改二化された際に同じ「タッチシステム」を載せているので、長門に代わって行う事も出来る。

そこへ愛鷹も加わると言う事か。

確か、陸奥の主砲を転用した艤装になっているから、対応能力が付与されても別におかしくは無いだろう。

接続可能なように改修を行うのは、それほど難しい話ではない。軽くOSを書き換える程度だ。

この改修を行うという事は、愛鷹は来てくれるという事だろう。

 

(少し二人で話をしてみたいな)

 

初めて会った時からこっち、愛鷹とはゆっくり話す時間があまりなかった。

今は解任されて第一戦隊の戦艦として前線配備が自分の仕事となるとは言え、かつては日本艦隊の秘書艦も務めた身だ。

秘書艦時代に愛鷹が着任し、その謎の多い経歴に少しばかり興味が湧いていた。

身の内を教える義務は無かったからあの時は敢えて聞かなかったが、評判や活躍は聞いていたし、取り下げにされていた青葉の昇任試験が認可され、少佐への昇進を果たしているだけでなく、引きこもりがちな蒼月に特一級射手章が授与されている辺り、愛鷹の下に配属されたメンバーはかなり活躍していると言えた。

部下が活躍しているという事は、愛鷹も確かな実績を上げているという事にもつながっている。

あまり口数が多いとは言えず、感情表現の起伏も乏しい彼女がここに来た時、暇があったら二人で話でもしてみたかった。

愛鷹自身の経歴の謎についても。

 

艤装のOS変更の仕様書を長門に渡した佐道は、海を見て軽く唸った。

「技術屋一筋とは言え、自分も海軍の士官。海に出た事はずいぶん昔にありますが、これだけの霧は見た事が無いですな」

「私もだ。北の海でこれほどの霧に遭遇した事はあるが……」

北の海と言っても長門も海外派遣経験があるから日本の北の海だけでなく、ベーリング海や北極海のすぐそばにも行ったことはある。

北の海は非常に寒く、そして濃霧が多発する為、艦娘が行動するには極めて厳しい世界だった。

欧州総軍でも北海を管轄する部隊のメンバーは、深海棲艦だけでなくその過酷な環境とも戦っていた。

「自分は機械の事しか分からない様な男ですが、SOSUS網の破壊と霧の発生には何か因果関係がある気がしますね」

「少佐の考える事は、間違っていないでしょう。深海棲艦はこれほどの霧とSOSUS網の破壊で隠しておきたい何かを、この海域に展開させているのかもしれない」

「厄介ですな。羅針盤障害レベルは5。通信は無人機のコントロール系以外、一部で完全に使えませんし、レーダーもノイズが酷くて使える時と電力の無駄としか言えない時がしょっちゅうです。

理論上、人間が丸焼きに出来るレベルの出力でレーダーをオンにしても、画面は視界と同じ霧の中のような有様になります」

「昔ながらの航海術で自分の位置を割り出すしかない、という事か」

そんなまさに五里霧中の海を磯波は一人で彷徨う羽目になっているのだ。

土地勘が効けば、と思うところもあるが、磯波の出身は種子島や九州でもなければ海とも縁がない内陸部。

以前、山育ちだと教えてくれたことがあったのを思い出した。何がきっかけで山育ちであることを教えて貰ったのだったか。

 

生きていてくれよ、磯波。

 

 

自室のドアをノックされた大和が誰だろうかとドアを開けると、私物を入れているらしいカバンを右手に持った愛鷹が立っていた。

「あら、どうしたの?」

「……これ」

少し素っ気ない声ながらも左手に持っていた何かを愛鷹は大和に差し出した。

今夜限定の和牛定食の食券だ。

「くれるの?」

目を丸くして大和は愛鷹を見る。この子が自発的にプレゼントを?

「足柄さん達とカードをして巻き上げたモノだけど、私は第三三戦隊のみんなと種子島に派遣されるから。

捨てるのも勿体ないから、大和に渡しておく」

素っ気ない口調は変わらず、人にモノを渡すには態度が良いとは言えないが、大和は愛鷹の差し出す食券を受け取った。

そのまま無言で踵を返す愛鷹の背中に大和は込み上げてくる嬉しさを抑えながら、見送りの言葉を告げた。

「気をつけてね」

「……あなたに保護者面されたくはない。ただ……」

何か言いかける愛鷹は少しばかりぎこちない頼みを大和に託した。

「私の部屋で居候しているハイタカの世話。神鷹さんが不在の時はあなたがしてあげて」

そして振り返ることなく愛鷹は靴音を響かせながら歩き去った。

 

両手で持つ食券を見下ろして、大和は持つ手が微妙に震えた。

何か熱いものが胸に込み上げてくる想いだった。

自分の手で手に入れたモノを自発的に愛鷹が大和に提供すると言う事は、お互い初めての事だった。

寧ろ、大和からすれば愛鷹に与えられるはずだった様々なモノを奪ってきた、と言う罪の意識しかない。

きっと楽しみにしていたであろう夕食の食券を、自発的に自分に提供する等、大和からすれば思ってもみなかった行動だ。

これからは自分が愛鷹に与えていく側だと思っていただけに、だ。

 

あの子の中で何かが変わった。

 

その答えが、頭の中に出た。

「有難く頂くわ」

もうその場にはいない愛鷹に感謝の言葉を呟いた時、頬を流れる何かに気が付いた。

「え? 涙?」

思いもがけず自分の頬を伝う涙を手で触った時、今まで流した嬉し涙でも特別の嬉しさがある涙だと大和は思った。

そして愛鷹の無事な帰還を、祈った。

 

帰ったらあの子の好きな……アイスクリームを奢ってあげよう。

 

施設時代、幼い頃の自分とそっくりのクローン達の中でも特にアイスクリームが大好きだった愛鷹に、この季節限定のアイスクリームを奢ってあげたい、と言う思いが大和の胸に沸いていた。

 

 

列車が出る前にと書き上げた艦隊新聞を投函する手続きを終えると、私物を入れたショルダーバッグを肩にかけて青葉は基地内移動用の高機動車に乗り込んだ。

広い基地内での移動時には車を使うのが早い。

最近投函出来ていなかっただけに、新聞の仕上げに少し時間がかかってしまい軍用列車が出る前にしては時間がシビアになっていた。

急げ急げとハンドルを握り、アクセルを踏んで高機動車を走らせていると、小走りに駅へと向かう愛鷹を見つけた。

傍に青葉は高機動車を止めて、窓から身を出して「乗っていきますか?」と尋ねる。

「助かります」

礼を言いながら愛鷹は助手席に乗り込んだ。

助手席のドアを締め切り前に青葉はアクセルを踏み込んで高機動車を出した。

「段々暑くなってきましたね」

ハンドルを切りながら愛鷹に話しかけると、溜息と共に愛鷹はその通りですと言うように頷いた。

「この季節はすこーし、呉で過ごした最後の夏を思い出します」

「そう言えば青葉さんは広島県生まれでしたね」

「ええ。艦娘になる前まで青葉は呉の高校に通っていましたよ。全然周りと馴染めなくて、ちょっと鬱屈気味でした。

艦娘適正が分かった時は迷わず海軍に入りましたよ」

「迷わず、ですか。何故です?」

「本能的に自分にはここしか生きて行ける世界が無いんじゃないか、って思っただけです。

家族もいないので、海軍なら衣食住にも困らないし。教育隊時代は辛かったけど、ガサや鈴谷や熊野、古鷹、加古と会えたのは良かったです」

「つまり……居場所が見つかったってことですか」

「そう言うところです。両親から貰った名前を失う事になるのが心残りでしたけど、名前と同じ青葉になれたのは良かった」

「青葉さん、本名も青葉だったんですか」

少し驚いた顔になる愛鷹に青葉は愛鷹に自身の本名を明かした。

「民間人時代は若狭青葉(わかさ・あおは)が本名でした。『あおば』じゃなくて『あおは』と言う違いもありましたけど。

同じ艦娘でも青葉の本名話したのは、愛鷹さんが初めてです」

艦娘同士で本名を教え合う事はあるとは言え。義務ではないから基本的に本名について知ろうと思う、教えようと思う艦娘は殆どいない。

信頼する妹にすら打ち明けていない辺り、過去の嫌な記憶とは別離を図っているのかもしれない。

「家族もなく、安定した高額収入も無い中、よく頑張りましたね」

自分とは別次元の苦労を重ねていそうな青葉に、愛鷹が言うと青葉は苦笑を交えて頷く。

「馴染めない学校生活でしたし、日本の内情も深海棲艦のせいで悪くなっていましたから。

それでも学問を身に着けるために勉強は頑張りましたし、授業料払うために家庭教師からコンビニのアルバイト、新聞社のアルバイトと副業を重ねてました」

「艦隊新聞の出来のクオリティーは新聞社でのアルバイト経験が反映されているんですね」

「そうですね。小さな地元紙でしたけど」

 

鬱屈した学校生活、寝る間も惜しむ学業課題消化、安いアルバイト掛け持ち。

新聞社は稼ぎが一番よく、案外性に合っている気もしていたが、自身の生れつきの本能か、青葉は艦娘として海軍に志願した。

苦学生だった青葉とは対照的に、妹になる衣笠は裕福な家庭育ちで令嬢でもあったが、家のしがらみに縛られない人生を目指して海軍に入ったらしい。

衣笠とは入隊時からのライバルで、よく張り合っていたが教育隊での日々を過ごす内に打ち解けていき、最終試験では僅差で青葉が衣笠を抜いて姉妹艦の長女となった。

容姿端麗、運動神経抜群、品行方正と中々衣笠の人柄や人気は高かった。

一方の青葉は苦学生上がりもあってか粘り強さ、土壇場での巻き返しを図る時の意地、中々の切れ味のある頭、緊急時における精神的余裕に定評があり、本来の素の明るい性格も評価されて青葉型の長女として配属が決まった。

重巡青葉として配属された時は、腰構え型の連装主砲で戦っていたが、射撃の度に腰部への負担が大きくかかるし、射撃速度や精度に難があり、改化された時に今の右肩背負い式の主砲艤装に換装された。

今では航空戦力を有する航空重巡洋艦だ。

種子島に着いたら、初めての甲改二艤装での戦闘になるだろう。

 

二人が駅に着くとディーゼル機関車が引く客車と艤装を収めたコンテナ貨物車輛が連結された軍用輸送列車が待っていた。

既に連結作業が終わり、出発時刻待ちだ。

ホームに上がると武本と明石が何か話し込んでいた。

何の話をしている? と素朴な疑問が浮かぶ中、青葉と愛鷹が近づいて来るのに気が付いた明石が愛鷹に敬礼した。

「愛鷹さんの新艤装はぶっつけ本番の勢いなので、私も同行して現場調整に当たることになりました。

よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、明石さん」

軽く一礼しあう明石と愛鷹。明石だけ前線に赴くのは沖ノ鳥島以来で久しぶりだ。

武本が愛鷹に向き直ると、重要案件を再度伝える。

「磯波が行方不明の状況が続いている関係上、君たちの手で探し出して連れて帰って欲しい。

例の巨大潜水艦情報収集も頼むよ」

「了解。全艦生きて帰りますよ」

「頼んだよ」

真顔で頼む武本に愛鷹も真顔で返した。

表面上、普通の上司と部下のやり取りに見えるが、実際は愛鷹を生み出すきっかけを作った張本人と、作られたばかりに短命な人生が最初から決まってしまった愛鷹という強い因縁関係を持つ二人だった。

責めを生涯負い続ける武本と、本心では武本を絶対に許す事は出来ない愛鷹の関係。

しかし、この真実を知るのは第三三戦隊を含めてごくわずかだ。

 

 

第三三戦隊と明石を載せた列車が出発し、見えなくなるまで武本は敬礼して見送った。

「健闘を祈る……!」

 

 

もはや画面は霧の中を映している様な表示で、レーダーは余りアテにならない。

やれやれと溜息を吐きながら、司令部業務を続けていた陸奥がコーヒーカップを手にした時、モニターに不鮮明な表示が突然現れた。

「何かしら……」

キーボードを叩いて確認を取ると、マーカーと共に不鮮明なシグナルと識別コードが浮かび上がって来た。

「JFG DD 《I……NAMI》?」

JFGは日本艦娘の事だ。DDは駆逐艦の艦種略号。

しかし、問題は名前がはっきりと表示されない事だ。「い〇なみ」という事は分かるが、一文字だけ表示されてなくなってしまっている。

発進するビーコンは「SOS」を繰り返している。

これは今行方不明の「磯波」の事だろうか?

識別コードの照合を始めるが、羅針盤障害の影響か、コードの表示の乱れが酷く、はっきりとした表示がされない。

判断に迷う案件だ。磯波がSOSを出して救援を待っているのかもしれないが、このシグナルが磯波のモノであると言う確証はない。

酷い羅針盤と濃霧。

SOSUS網の復旧は未だ目途が立たず、東海対潜哨戒機による索敵も困難を極めている。

「霧の中からの救難信号ね……」

腕を組んで軽く唸る。運よく磯波の救難信号を確認出来たのだとしたら、即救援部隊を送るべきだが、一文字抜けているのがどうも引っかかる。

識別コードも日本艦隊所属であることは辛うじてわかるが、それ以外の表示があやふやで一体誰の事なのかが分からない。

深海棲艦のブラフの可能性もある。

 

自分では決めかねる案件だ。司令官と長門で検討する必要がある。

取り敢えず表示されるシグナルに関する情報を書き取ると、それをもって鍋島司令官と長門の元へと向かった。

「濃霧の中からの救難信号、か」

 

罠かそれとも磯波の助けを求める声か。

判断に困る話だった。

 

 

種子島に展開する艦娘にとってこの濃霧と強力な羅針盤障害は、出撃の大きな障害になっていた。

あまりにも酷いモノだから、鍋島司令官も出撃は見送りを続けている。

何より不気味なのはちらほら確認され始めた新型の深海棲艦の潜水艦だ。

相当な消磁策を講じているのか、MAD反応も悪くなっている。

見えない新たな眼下の脅威と、濃霧の二つの脅威、いや恐怖が種子島基地を覆っていた。

 

 

第三三戦隊を載せた軍用輸送列車は出発したその日の内に大阪に到着した。

途中立ち寄った貨物駅でディーゼル機関車から電気機関車へと機関車を繋ぎ変える作業を行い、更に車内食として駅弁を受け取った。

民間ダイヤの余裕を縫う形で輸送列車は走るが、どうしても民間のダイヤと干渉してしまう際は、貨物駅に立ち寄って時間調節を行った。

夜になると八人は受け取った駅弁で夕食を摂り、一人一〇分のシャワールームを共有して体を洗い、個室で一夜を過ごす。

仕入れた駅弁に第三三戦隊仲間と明石が喜ぶ一方、初めて食べる日本の駅弁の地域性が味わえただけでもヨシとしよう、と愛鷹は一人不満面をしながらも諦めろと自分に言い聞かせる。

限定品を食べられなかった事に珍しく愛鷹は食関連で引き摺るモノを覚えた。

シャワーを浴びた後、寝間着に着替え個室のベッドに横になる。

昔使われていた寝台列車の客車を手直しして使っている為、ベッドの寝心地は悪くないが、愛鷹だけ日本人女性離れした長身にはベッドが少し狭く寝心地は決して良いとは言えなかった。

以前第三三戦隊が初めてラバウルに行く際に鹿屋基地へ赴く時も同じ列車で移動していたので経験済みとは言え、背中を伸ばして寝られるベッドではないのが愛鷹には少し不便だった。

一方、車内食はすべて立ち寄り予定の貨物駅で受け取る駅弁という事になっていたのは良かった。

国連海軍日本艦隊や日本に駐屯する海兵隊では、自衛隊時代から使われているレーションが今でも引き続き使われているが、時々海軍側に出回る在庫が足りず補充として国連軍共通のレーションにもなっているMREが支給されることがあった。

艦娘が列車で移動する時、駅弁を入手する時とレーションを利用する時があり、第三三戦隊が鹿屋経由でラバウルに行く時の車内食は日本のレーション三昧だった。

もし車内食が運悪く日本の軍用レーションではなく、MREになったらと思うと食に関して好き嫌いは無い愛鷹も少しだけ気落ちするため息が出る。

とても食えたものではないと散々コケにされる程不味かった昔のMREと比べ、かなり改善が行われ普通に美味しくなってはいるのだが、日本で日本製レーションが食べられる時は選んで食べたがる者は少ない。

因みに好き嫌いが無い愛鷹も流石に「無理!」と突っ返したくなったのは、ロシアの「段ボールの味がする」軍用クラッカーだった。

 

翌日の朝には輸送列車は広島県に入る所まで来ていた。

久しぶりに青葉が来ることが出来た生まれ故郷であるが、特段思い入れは無かったので車窓からの風景を見ようとすることは無かった。

民間の列車ダイヤとの都合がつかず広島で長い足止めを受けた為、夕刻になってようやく列車は山口県に入った。

日をまたぐ頃には山口県の西部にまで至り、二泊三日の車中泊を経てようやく列車は関門海峡を渡り九州に入った。

九州では民間の鉄道ダイヤが沿岸部を中心に大きく本数制限が実施されていた為、ここでは民間の鉄道ダイヤをあまり気にすることなく列車は走る事が出来た。

種子島基地への最寄り駅であり軍用空路が整備されている鹿児島航空基地の軍用駅に到着すると、第三三戦隊と明石は待っていたオスプレイ輸送機二機に乗り込み、愛鷹の謹慎処分が時効を迎えた一時間後に種子島の国連軍前線航空基地に着陸した。

 

「やっと着いたぜ」

オスプレイの後部ハッチから伸びをしながら深雪が降りる。

日本艦隊統合基地を出て三日目にようやくついた一同を、輸送トラック二台を引き連れた長門が出迎えてくれた。

少し移動時の疲労を見せる仲間に代わって、愛鷹が長門に挨拶をする。

「遅くなりました長門さん。第三三戦隊並びに明石只今到着しました」

「待っていたぞ。愛鷹」

旅路の労をねぎらう様に言う長門に愛鷹は軽く一礼する。

「輸送機から見る事が出来ましたが、種子島基地は島全体で霧に囲まれていますね」

完全に覆いつくすような霧を輸送機の中から見ていた愛鷹の言葉に長門はため息交じりに頷く。

「酷い羅針盤も発生しているから空路も安泰じゃない。レーダーも時にはまるでダメになる。

まるで島をこの世から遮断するような霧だ」

「普通ではあり得ませんね……この気象状況は」

周囲を見回して霧を見る愛鷹に長門は深く頷く。

「深海棲艦が起こす異常気象は何度も目にしているが、この状況は私も初めてだ。

霧も含め、雲で電子機器の具合が悪くなるのはおかしい話ではないが、これほどの濃霧は過去に例がない。

それだけに行方不明状態の磯波が皆心配だ……」

物憂げな表情を浮かべる長門の元に深雪が駆け寄って来た。

「長門、磯波は?」

ゆっくり頭を振る長門の反応に深雪が苛立ちを込めた舌打ちをする。

苛立ちを見せるその肩に愛鷹がさりげなく手を置く。

 

やはり少しばかり以前より立ち振る舞い、言動に人間らしさが増しているな……。

 

知らない内にイメージが大分変わったと軽い驚きを覚えながら、長門は第三三戦隊メンバーの艤装と明石を載せたトラックを「あきもと」に先に行かせる。

「詳しい話は司令部でしよう。鍋島司令官が待っている」

 

 

格納庫転用の司令部施設に長門と第三三戦隊の一同を載せたトラックが来るのを見る大淀の背後に、准尉の階級章を付けた男がいつの間に立っていた。

「ご用件は土屋准尉?」

振り返る事なく尋ねる大淀に土屋は答えた。

「中将から新しい指令が入りました」

「今日中にやれと?」

「いえ、少佐の出番はまだないです。

代わりにこれを預かってます」

そう言って土屋が差し出すUSBメモリーを後ろ手で受け取る。

「何ですかこれは?」

「これを基地のセントラルコンピューターにインストールして置いて下さい。

時期が来たらトラップが勝手に作動してくれます。先日のプログラムは」

「既にインストール済みです。でもあれでいいんですか?」

「今の所誰にもバレていないという事は、問題ないという事です。

もっとも情報部の一部が嗅ぎまわっている様なので気は抜けません」

やはり情報部が動き出している、か。

狂乱状態にさせた愛鷹を軍法会議で失脚させ、さらに余罪追加で極刑に誘導して消す作戦は失敗したが、次の抹殺作戦は既に始まっていた

「ところでいい加減仁淀の治療状況の説明位はしてもらってもいいのでは?」

やや苛立ちを滲ませた大淀が振り返ると、土屋はすでにいなかった。

まるで幽霊のように現れては消える……何者なのだろうかあの准尉は?

苛立ちと同時に自分の行っている事への恐怖心をじわりじわりと感じる。

「私も完全に引き返せない所に来ているわね」

そう呟きながらUSBを上着のポケットに入れ、大淀は司令部施設に戻った。

 

 

司令部に設けられた鍋島司令官の簡易オフィスに案内された愛鷹は、対面した鍋島に着任報告を入れた。

踵を揃え、敬礼をすると自身の名前と第三三戦隊のメンバー全員の名前を告げる。

鍋島も形式ばった言い方ながら答礼して応える。

「我が種子島基地にようこそ……現状は外を見ればの通りだ。貴様らの探り入れ能力の高さ、利用させてもらうぞ」

「はっ」

「時間が惜しい状況だ。二時間後に出撃して貰うぞ」

「二時間後ですか? ミッションタイムにもよりますが帰投時刻は日が暮れる頃になると思いますが」

「貴様ら、いや貴様が基地で不祥事を起こしてなければ面倒なことにならずに済んだかもしれんがな」

僅かに首をかしげる愛鷹に嫌味のこもった言葉を鍋島はぶつける。

溜息を吐きたくなる自分を抑える。言い逃れしようの無い事実だからあれこれ自分が言い返すものではない。

事前に聞いていた話だと、鍋島の艦娘への態度は良いとは言えないとの事だったが、嫌味を放った際に視界の端にいた長門の顔が少し硬くなるところからしてその通りだと分かる。

旧自衛隊時代からの続投組将官の一人で、一応艦娘運用経歴はそこそこあり、戦果も挙げている。

しかし艦娘が配備される艦隊の基地司令官には向いているとは言い難い性格故に、少将からの昇進が随分止まっている。

聞いていた通り余り上司にしたくない司令官だ、と苦手意識を感じながらもそれは胸の中にしまい込んでおく。

「まあ良い、時間は戻せん。

磯波の捜索だが、まあ目星になりそうなものは確認できている。貴様らの最初の任務はまずそれが本物かどうかを見極めて来ればいいだけだ」

「目星がついている?」

これは事前には聞いていない話だ。

案内してくれた長門を一瞥すると長門もこちらを見返す。

「話は長門に聞いてくれ、行ってよし」

「そういう事で、私から状況などを説明する」

「了解」

 

司令官オフィスを出た後、長門は愛鷹に「すまんな」と詫びの一言を入れる。

「私は別に……」

「普段からあんな態度だが、どうも上からSSTO打ち上げを巡って急かされているらしくて最近、司令官も苛立ちが増えているのだ」

「なるほど、戦果を上げられない自分への催促に苛立ちが募らせて、可能な限りマイルドにした上で原因となっている私達にぶつけていると」

「ぶっちゃけ言ってしまえばそうなるな」

苦笑を浮かべる長門に、今度は軽く溜息を吐いた。

確かにSSTO打ち上げが遅れている現状に国連軍の上層部で苛立ちが募る事は起こり得る事。

矢の催促が来れば、デリケートな扱いが必要な自分らに当たりたくなるものがあってもやむを得ないかも知れないが。

「ただ時間が惜しいのは事実だ。磯波の装備から言ってもう体力的にかなり限界が近づいているはずだ」

「海の上では休めるところはありませんからね……」

「この辺りでだとそうとも限らんぞ。哨戒コースから逸れた場所とは言え、海上プラントがいくつかある」

長門の言葉に愛鷹は少しだけ思案顔になる

「……メタンハイドレート鉱床の採掘リグですか。しかし今稼働中のモノはないはずでは?

種子島近海はデフコン1発令状態で民間人の避難命令が出ていますし」

「作業員は退避したが、リグ自体はあと一か月程無人で稼働していても問題がないようにされている。

完全に稼働を止めたら、再稼働には手間暇金もかかるからな」

「確かに」

もっとも磯波がリグに上陸出来ていたら、無線で一報ぐらいは入れるはずだが。

 

 

事前準備がされていたブリーフィングルームに長門は第三三戦隊のメンバーを通し、状況説明とブリーフィングを開始した。

「今回の第三三戦隊の任務は磯波の捜索及び回収にある。

現在ここ種子島海域では異常気象と言える濃霧に見舞われているだけでなく、強力な羅針盤障害と電波障害を受けており、通信、航法装置に大きな影響が発生している。

そんな五里霧中の中の磯波を探す事になるが、先程識別が困難ながらも艦娘のモノと思しき微弱な救難信号を発見した」

「他に所在不明の艦娘がいないなら、そりゃ磯波のモノじゃないのか?」

両腕を組む深雪の問いに長門はまあ、待てと片手で制すると部屋を暗くし、ブリーフィングルームの大画面モニターを起動させ、救難信号を表示した海図をモニターに出す。

「これがその表示だ。磯波がはぐれたと思われる哨戒航路から少し南に外れているが、ここから日本艦隊所属の艦娘と識別は出来ている救難信号を確認した。

問題はこの救難信号は艦娘の名前たる艦名がはっきりと表示されない事だ。見てくれ」

拡大された信号には「JFG DD《I……NAMI》」と言う日本艦隊所属の駆逐艦娘の名前が表示されているが、「い〇なみ」と一文字だけ不鮮明な表示になっている。

「磯波の事で間違いないように見えなくもないが、磯波と明確に表示されている訳でもない。

ヘリを飛ばして回収しようと思ったら、深海棲艦のデコイで……と言う展開もあり得る。表示が不明瞭である原因は確認する術がない。

それなら艦隊を出して確認しに行けばと言う解決策は勿論あるが、信号が発せられている海域では羅針盤障害レベルが非常に高く、強力な敵大艦隊がすぐそばにいる可能性すらある。

少将は極力現段階での戦力消耗は危険と判断して、斥候部隊である第三三戦隊に調査を要請したと言う訳だ」

「つまり防衛戦力温存を優先して、敵の大艦隊が展開しているかもしれない海域に取り残された可能性がある磯波を三日もほったらかしにしているって訳かよ」

憮然とした表情を浮かべる深雪に長門は「結果的にはそうなるな」と頷く。

「ただこの救難信号ははっきりと『磯波』のモノとは言っていない。

もし深海棲艦の設置したデコイであった場合、こちらが防衛戦力から割いた艦隊を出して探しに来たところを袋叩きにし、撃滅しにかかる可能性もある。

最悪戦力の逐次投入に繋がりかねない」

軍事的に見て、戦力の逐次投入は愚策、と言うのは今も昔も変わらない。

「つまり本物か、偽物か分からない救難信号を確認する為、どの程度かは分かっていない敵艦隊が布陣している恐れもある海域に第三三戦隊が確認する。

何匹いるかは分からない狼の群れに放り込まれた『らしい』と言う断定できない情報を頼りに、大切な羊を助けるべく単身乗り込む牧場主、と言う訳ですか」

溜息を吐きながらそう例える愛鷹に長門は頷く。

「判断できる情報が殆どない以上は偵察部隊であるお前たちに頼らざるを得ないと言う訳だ」

「引けばロイヤルストレートフラッシュか、はたまた破産か、のポーカーをする気分ですね」

「答えは二つに一つ」

そう添える青葉に彼女以外の全員がその通りだと頷いた。

ふと何かに気が付いた顔になった蒼月が長門に尋ねる。

「長門さん、この救難信号の位置は変わっているんですか? もし磯波さんがまだ動けるなら潮流次第ではそれ程流されたりはしないはず。

最低限の修正を行っていれば、何キロも流されたりはしない筈です。

もし救難信号の位置が時間と共に位置を変えている場合、自力で現在地から流されない様に修正をかけるのは出来ないデコイの可能性もあるはずです」

「一応追跡してみたが、位置は大きく変わっていない」

そう答える長門に蒼月は頷いて礼を述べた。

愛鷹の隣の青葉が出撃するメンバーを訪ねた。

「編成はどうするんですか?」

「この濃霧だと航空偵察は厳しいですし、発着艦も多分同じでしょう。

今回の出撃は私と青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、蒼月さんの編成で出撃です」

「おっと、衣笠さんの出番ですね。任せて下さい」

「やっぱ留守番かぁ」

やる気満々の衣笠が笑みを浮かべる一方で、留守番になる瑞鳳はやや気落ち気味の表情を浮かべる。

その瑞鳳を見やり、少し考えてからしょんぼりする瑞鳳にも愛鷹は役割を伝える。

「作戦中、霧が晴れるか通信障害が良くなれば艦隊の航空優勢確保の為に戦闘機隊を呼ぶかもしれませんから、瑞鳳さんは基地で待機しつつ戦闘機隊のスクランブルに備えて下さい」

「了解です」

少し安心したような表情になる瑞鳳の隣の夕張が「ちょっといいですか?」と手を上げながら訪ねて来る。

「万が一、敵の有力な艦隊と遭遇した時、私達が受けられる支援はあるんですか長門さん?」

「必要に応じて、になるが無人攻撃機による空爆支援はスタンバってあるが、艦隊による支援は出来ない」

「まあ、そうなっちゃいますよね」

引っ込む夕張とは違って深雪が疑念を浮かべた表情で長門を見る。

「長門、航空優勢も制海権も無いヤバい所に六人だけで乗り込むのはマズイんじゃねえか?

マジになって探せ、って言う割にいざと言う時の支援策が心細すぎる気がするぞ」

急を要する割には積極さに欠ける支援策に深雪が不満を見せる。

深雪さんの言う事は確かだ、と愛鷹も頷きつつ状況が逼迫しているだけに多少の火の粉は覚悟して行くべきと思っていた。

「……あくまで確認するだけ、の様な任務だから危険と判断したら作戦海域から直ぐに離脱します。

もし敵艦隊と交戦状態になったら、最低限の応戦をしつつ敵戦力把握も可能な限り行います」

「ま、そうなるだろうな」

これ以上言わなくても愛鷹は分かっている、と深雪はここでちょっと割り切っておこうと決めた。

ただ最後に「磯波の無事が確認出来たら、絶対連れ帰ろうぜ、な?」と愛鷹に釘を刺す。

勿論その時の状況次第にはなるとは言え、愛鷹も磯波が無事と分かれば可能な範囲で救助する気だ。

見捨てるつもりは全くない。

「では二時間後に抜錨です。作戦内容は救難信号の正体の確認です。

磯波さんであれば救助してこの基地に連れて帰り、敵の設置したデコイであると分かれば全速で離脱し再度の捜索に望みを託します。

時間的に言うと帰投は日没ギリギリになります。あまり長居は出来ない事を各自留意して置いて下さい」

「はい」

 

 

何気なく大和が談話室の窓の外を見ていると、武蔵が「どうかしたのか?」と尋ねながら歩み寄って来た。

「特に何かある訳じゃないけど……ね」

「一人で黄昏手いる様にも見えてな。最近何か悩み事抱えの様だが、何かあったのか?」

「ちょっと色々あって」

言葉を濁す姉の姿に、武蔵は逆に心配顔になる。

何か大きな悩み事を抱え込んでいる顔だ。自分と同じ改二化を受けてからこっちどうも笑顔の奥に何か闇を抱えている節があった。

あまり追求しない事にしていたが、最近思い悩む姿が増えている気がした。

「この際だ、私に悩み事をぶつけてくれてもいいのではないか?

私は武蔵、大和の妹だ。どこまで力になれるか分からんが……気持ちが少しでも晴れるなら、この武蔵に吐き出してくれていいのだぞ」

「心配してくれてありがとう。気持ちだけでいいわ」

自分の心配する視線すら見返せない姉に、武蔵は優しく声をかけ続ける。

「……たまには他人に頼れよ、大和。簡単に頼れる相手がいないならこの私程度には頼ってくれ。

私はお前の妹だろ?」

しばらく大和の反応を窺っていると、大和は「私の部屋で話しましょう」と武蔵を自室に誘った。

 

部屋に上がった武蔵に椅子を貸し、部屋のカーテンを全て閉める。

対面する形で自分の椅子に座ると、大きなため息を吐き大和は武蔵の顔を見据えた。

武蔵も見た事は殆どないと言っていい真顔で大和は妹を見る。

「……この話は、最高軍機級の極秘案件よ。あなたを巻き込みたくなかったからずっと黙っていたけど。

覚悟は良い?」

「大和の気が少しでも晴れるなら、晩飯抜きになる長話だろうと私は構わん。

口外無用は心得ているよ」

静かに返す武蔵にまた深い溜息を吐いた大和は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。

差し出される写真を受け取ると、武蔵は不思議そうに見つめた。

大和とやや幼さのある大和似の少女が映っている。大和の実の妹だろうか。

幼さはあるが、姉に随分そっくりな顔立ちの少女の両肩に微笑みを浮かべる大和が手を置いていた。

「妹か……?」

「……その子はね、私なの。私の分身とも言えるわ」

「大和であり、大和ではない……」

呟く様に言いながら見つめる写真はどこかの施設で撮ったモノの様だ。

普段とは違って海軍の略装を着込んだ大和と、まるで囚人服にも見える白い上下を着る大和似の少女。

微笑みを浮かべる大和だがその表情にどこか悲しみを感じさせる。一緒に写る少女は無表情だが、その目には微かな殺意が伺える。

「その子は私のクローンよ。私の遺伝子を基に作り出された複製人間。

誕生した六五体の中で最後に生まれ、そして唯一生き残れた個体」

「……生きているのか? 元気なのか?」

「沖ノ鳥島海域で愛鷹っていう子と艦隊を組んだのを覚えている? その写真に写っているのは愛鷹よ。

正確に言えば後に愛鷹と言う名前で生まれ変わる事になる私のクローン」

「愛鷹……ああ、撤退支援の為に単独奮戦した」

「そう」

「……なるほどな、お前が暫く艦隊を離れていた事があったのは彼女達の為か」

 

その通りと頷いた大和は、CFGプランの内容、クローン艦娘の誕生とその扱いを武蔵に語った。

生まれながら長くは生きられない、使い捨てられても問題はないクローン技術での量産型艦娘計画の産物。

この世に生まれて、艦娘として生を授かったものの、未成熟なクローン技術故に短命であり、優劣を付ける為に殺し合わさせられ、唯一生き残る事を許された最後のクローン。

しかし、彼女が授かるはずだったモノ、苦難の果てに掴むはずだったモノ、それら全てを否定していくその後の扱い。

故に憎悪されるオリジナルの自分と、クローン艦娘計画の提案者だった武本。

 

「私の自惚れの結果出来てしまった私の『妹』よ」

「なるほどな……あいつの味わった苦しみ……想像を絶するものだな。生きているだけでも辛く厳しいのに。

それでもこの世に生を授かったなら、生きる努力をする為に足掻き続ける。

大した信念だ。

同時に大和が背負い続ける十字架、という事か」

愛鷹が今に至るまでに味わった苦痛、屈辱、悲しみ。自分には想像もつかない程壮絶である事は大和の話からも伺える。

人間の勝手に翻弄され、弄ばれた人生。難病発症の結果長くはない余生。

 

「なら何故、愛鷹は戦場に出る? 命を落とす危険と隣り合わせのあいつは何故、危険を冒してまで前線で戦う?」

「確かめたいのだと思う。あの子の本能的な何かが、自分が生まれた事の意味を確かめたいと言う探求心が。

行く先々で答えがあるかは分からなくても、探し続けたいのだと私は思うの」

 

そう語る大和に武蔵は静かに頷いた。

「そうか……お前も辛かったろうな。ずっと一人で贖罪の意識に苛まれる思い。

この秘密を知っているのはお前と私だけか?」

「あの子が率いる第三三戦隊の人達と、偶然知る事になった吹雪さんもよ。

皆、あの子の事を一人の人間として見てくれているわ。第三三戦隊の人達はあの子と共に歩んでくれる、あの子の生まれて初めての友達よ」

 

友達か……良い友達に恵まれたな、愛鷹。

第三三戦隊のメンバーの顔を思い出すと、武蔵は笑みがこぼれた。皆根の良い朗らかさのある艦娘ばかりだ。

そして命の重さと言うモノをよく知る艦娘だ。

 

 

濃霧と強力な羅針盤障害、電波妨害。視界はほぼゼロでHUDのレーダー表示もまるでダメだ。

左目に付けるHUDのレーダー表示が使い物にならない状態の為、愛鷹はバウソナーを起動させ、聴音による索敵にかけた。

レーダーと違い、自身の航行ノイズで感度が低下してしまうのがソナー索敵の弱みな分、第一戦速以上は出せないのが歯痒い。

慣熟運転抜きのぶっつけ本番の新艤装を装備した愛鷹だったが、艤装の操作方法は頭に入れていただけもありクセを掴むのは早く、すぐに艤装に馴染めた。

ただ主砲の旋回速度、砲身の上下運動はやはり前の三一センチ主砲より低下しているのが目下の悩みどころか。

射撃訓練を入念にやっておきたいところだが、演習している暇が無い。

仕方なく救難信号捜索出撃がてら航行しながらシミュレート射撃訓練を行い、大まかかつ最低限の使い勝手を掴む。

後は実戦で調べるしかない。

肝心な時に慣熟が万全ではない自分が情けなかった。

視界が悪いだけに互いの間隔を五メートル程度保つ様心がけ、五分に一回点呼を取る。

ソナー表示と海図を重ね、自分達の位置を随時確認した愛鷹は周囲を見回してみた。

 

濃霧が立ち込める一方、妙に凪いでいる海が言い知れぬ不気味な世界を醸し出している。

 

「……幽霊船でも出てきそうな海ね……流石に不気味過ぎる」

 

霊の類はこの世に存在する、と一応愛鷹も思っているが、実際に自分の目で見た事は無いし、幽霊よりは生きている人間の方が恐ろしいと思うタイプなので怖いと思った事は無かった。祟りや悪霊に関しては伝え聞くものの中には愛鷹も怖いと思ったが、海でそんな話は聞いたことは無かった。

祟りや悪霊の類とは別にマリー・セレスト号、オーラン・メダン号、ジョイタ号等の怪談話あるいはそれに匹敵する話は聞いているし、どれも笑えないくらい恐ろしい内容だが、艦娘の自分にしてみれば今は関係無い話だ。

とは言え今自分が進む海があまりに静かであり不気味過ぎて、流石に言い知れぬ恐怖は感じていた。

背後を見れば続航する青葉の航行灯の明かりがうっすらと見えた。

続航する青葉、衣笠、夕張、蒼月、深雪の五人は、先頭を進む愛鷹が引くウェーキ(航跡)を確認しながら離れすぎない様心掛けている。

ソナー表示に切り替えたHUDの表示を確認すると、あらかじめマークしていた救難信号の発生源に近づいているのが分かった。

そろそろ爪先のソナーでも何か聞こえる距離だ。

五分毎の点呼を行い、周囲警戒に専念する。視界がゼロと言っても、人間の五感まで無効化されている訳でもない。

濃霧の影響なのか、それとも何か特殊現象なのか、この季節にしては肌寒さすら感じる気温だ。

自分はコート無しでも制服が長袖だから問題はないが、続航する青葉ら五人の服装は半袖。

寒くないだろうか、と気にかかる。艤装の生命維持機能のお陰である程度の体温維持は出来るとは言え、寒さで五感をやられたら大事だ。

肌寒さのせいか、それとも今の気象状況と深海棲艦の脅威からの緊張か、メンバーの口数はゼロだ。

皆黙って警戒についている。

 

深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、ソナーに反応が出た。

「聴音探知。方位一-七-五、距離約二万、微弱なキャビテーションノイズを検知。

救難信号の発生源から誤差はプラスマイナス約一五〇メートル」

ヘッドセットに告げる声が知らずと小声になる。

ソナーで拾ったキャビテーションノイズを照合しにかかる。音が小さいので照合に時間がかかる。

照合する一方で愛鷹自身も耳を澄ませて、音の正体を確認する。

小さいエンジン音だ。アイドリング状態に近い。

聞こえるエンジン音は救難信号の発生源とほぼ同位置。確実に信号を発する何かの音と言っていい。

しかし、聞こえて来る音は艦娘の艤装の機関音とは微妙に違う気がした。

アイドリング状態にしても音が小さい。

まるでボートのエンジン音だ。深海棲艦の機関音でもない。

 

何の音?

 

疑念を顔に浮かべる愛鷹に急にHUDに表示される救難信号の発生源の名前表示がぶれ始めた。

「何かしら……」

何が起きている? と思いながらHUD表示を見ていると急に発生源のマーカーに名前と識別表示が現れた。

「救難信号の発生源から識別表示を確認! この反応は……《JFG DD IWANAMI》?」

「い・わ・な・み……。ん、《い・そ・な・み》じゃないですね」

読み上げた愛鷹の言葉に、不思議そうな声で青葉が返す。

表示ミスか? 羅針盤障害で信号送信に不具合が出たのだろうか。

救難信号の発生源まで五〇〇〇メートルを切る頃にはエンジン音がはっきり聴音できていた。

「艦娘の艤装の機関音ではないわね……この音は……複合艇?」

海兵隊が上陸作戦の際に先遣隊を上陸させる時や、特殊部隊を潜入させる時に使う小型ボートのエンジン音とそっくりだ。

なぜこんな所で複合艇が艦娘の救難信号を発しながら漂流を?

 

不審に思った愛鷹が更に接近し、複合艇のモノと分かる機関音の正体を確認しようと思った時、ぎょっとした深雪の声がヘッドセットから飛び込んできた。

「おい、うっそだろ! この識別表示は磯波のコードじゃないぞ!」

「何ですって⁉」

目を剥く深雪の言葉に夕張が同じ顔をしていると分かる声で返すと、深雪は震える声で続けた。

 

「しかもこのコード、深雪様は知ってるぞ。

 

こいつは……死んだ白雲の識別表示だ!」

 

その言葉を聞いて愛鷹は一瞬背筋が凍り付く様なモノを感じた。

思い出すと「いわなみ」と言う艦名は艦娘の名前として存在しない。

それどころか、旧海上自衛隊時代、更には大日本帝国海軍にも「いわなみ」と言う艦名は存在しない。

実在していそうで実在しない艦名。

 

一応「イワナミ」と言う名前は記録上存在する。

第二次世界大戦中のアメリカ海軍の潜水艦USS「フラッシャー」が日本海軍の夕雲型駆逐艦「岸波」他複数の商船と共に撃沈したとされる艦名だが、後に「アメリカ海軍で唯一、総計一〇万トン以上の艦艇を撃沈したと言うスコア稼ぎに作られた幻の駆逐艦」という事が判明している。

 

なら、何故あの「イワナミ」は救難信号を、既に戦死した白雲の識別表示を合わせて発信しているのか?

あの音と信号の発生源にはいったい何があるのか?

確認する必要があった。

が、長居している訳にも行かない。

 

「全艦、一八〇度回頭、基地へ戻ります。

ただ、このポイントで五分、いえ三分待ってください。私が救難信号の発生源の正体を確認してきます。

青葉さん、代行指揮権を一任します」

「待って下さい、青葉も行きます。愛鷹さん一人では危ないですよ!」

「……では夕張さん、三分過ぎても私と青葉さんが戻らなかったら先に作戦海域から離脱してください」

「置いて行けと言うのですか!? 冗談じゃないですよ!」

無茶苦茶言わないでと夕張が声を張り上げたが、愛鷹は青葉と共に救難信号の発生源へと増速して霧の中へと消えていた。

 

 

信号の発生源に辿り着いた愛鷹と青葉の目にそれはあった。

「これは……?」

愕然とした表情を浮かべる青葉が見つめる先にあったのは、アンテナを展開し、通信機と思しきモノとバッテリーを積んで、時々エンジンと舵を自動修正する複合艇だった。

「信号の発生源がこれですか」

「通信機、バッテリー、どれも海軍の最新鋭機器ですね。複合艇も真新しい」

ボートを調べる愛鷹が搭載されている機器の形式番号を見て、驚きを隠せない声で青葉に返す。

「全部新品です。深海棲艦が仕掛けた罠には見えません。

明らかに誰かが作ったモノです」

「じゃあ、一体誰が……」

さあ、と愛鷹も分からないと首を傾げた時、ボートから電子音が聞こえた。

「何かしら?」

電子音に気が付いた愛鷹が振り返った時、ピ、ピ、ピ、ピピピと言うまるでカウントダウンの様な電子音が聞こえ始めた。

 

 

この音……マズイ!

 

 

「青葉さん、危ない!」

ボートから猛ダッシュで離れ、突っ立っている青葉の腕を掴んで離れる愛鷹の背後で複合艇が爆発した。




……次回へ続きます。

劇中マリー・セレスト号、オーラン・メダン号、ジョイタ号の船名が登場していますが、全て実在の船かつ「怪奇現象」に見舞われた船舶です(本当に笑えないくらい怖い)。
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