本編をどうぞ。
航空優勢も海域優勢も確保できていない海へ飛び込む事になるだけに、愛鷹が下した出撃編成はまさかの全員出撃だった。
「ぜ、全員でですか!?」
驚く青葉の言葉はもっともだ。六の倍数編成でないと深海棲艦が艦娘を嗅ぎつけて来やすいと言うのはほぼ常識化している。
それでも第三三戦隊メンバーの七人全員で出る、と愛鷹は言い切っていた。
「今回、私達が敢えて攻撃を引き付け、空母機動部隊の方々を深海棲艦から護ります。
各艦は対水上、対空、対潜警戒を厳に。七隻での出撃は確かに六隻より深海棲艦から察知される確率が上がりますが、過去に七隻編成での出撃の前例があり、かつ発見される確率が八隻以上よりは随分マシ、と言う話はあります。
こちらは万全の迎撃態勢を取って、壊滅した空母機動部隊救援本隊到着まで敵艦隊を片っ端から沈めます。
激しい戦闘になる事を覚悟して下さい」
自身も覚悟を決めた目で言う愛鷹の言葉に、青葉たちも腹をくくった目で見返し頷いた。
初めての防空戦闘機隊運用となる愛鷹の搭載機烈風改二は一六機。四個小隊からなりコールサインはグリフィス、ドレイク、スカー、ファルコンである。
本来なら艦隊防空は愛鷹と青葉の航空戦力で充分だが、これは第三三戦隊のみでの戦闘を想定した航空戦力になる。
今回は全員戦闘不能にされた空母機動部隊の分の防空戦闘も考慮しなければならない。
その為には瑞鳳の戦闘機隊も必要だった。
航空支援は他にも種子島基地配備のUAVでも行うとは言え、すぐに来られる訳でもないし、UAVの支援能力は対艦攻撃に限定されている。
艤装装着を終え、機関部や艤装の電測類をAPU(補助動力装置)で起動させている中、空母機動部隊のメンバーから負傷者の状態の詳細が届いた。
右腕が砲撃の砲弾直撃で千切れ、破片が右目に刺さった村雨と、砲撃の砲弾を腹部に喰らった際、砲弾が貫通せず腹部に残ってしまった瑞鶴の容態が非常に危険だ。
他のメンバーも早期の手当てが必要だ。
機関部の回転数上昇を確認していると、既に準備を終えていた瑞鳳が意外な要求をしてきた。
「愛鷹さん、医療キットの入ったバック。持って行っていいですか?」
「……戦闘救命士の資格が無いと扱えない代物ですよ?」
怪訝な声で返す愛鷹に瑞鳳は少し得意気に笑った。
「資格なら持ってますよ」
支援艦「あきもと」のウェルドックで第三三戦隊の七人全員の出撃準備が行われる中、フライトデッキでは負傷者輸送に当たるHH60の発艦準備も進められていた。
パイロット二名、戦闘救命士二名が乗り込む。
紫のジャージ、ヘルメットを着用する燃料要員がHH60に燃料注入し、緑のジャージ、ヘルメットのデッキクルーが機外のチェックを行う。
第三三戦隊が空母機動部隊六名の海域優勢と航空優勢を確保次第、発艦し負傷者輸送及び機内での戦闘救命士による応急処置にかかる。
リフター1のコールサインを与えられたHH60の機長が計器チェックをしている最中、ウェルドックから出撃した第三三戦隊が単従陣を組んで海上をかけていくのが見えた。
「頼むぞ……」
そう呟きながら機長は発艦準備を進めた。
村雨を抱える五月雨は自分自身に「落ち着け」と言い聞かせながらも、右腕の二の腕まで吹き飛ばされ、右目に破片が刺さっている村雨の傷口に焦りを募らせていた。
応急処置可能な医療キットにある止血剤、抗菌剤、鎮静剤を打ち、止血バンドで二本きつく縛り包帯を巻いているとは言え、それを終えられるまでかなり出血してしまった。
当の五月雨自身、左足の一部が抉れ、何かの破片で額から出血する程の傷を負っているし、主機もまともに機能しないから自力で傷を負っていない足一本と両腕で泳ぐしかない。
機関部も損害が出たのか浮力発生が安定しないので、魚雷発射管と主砲は放棄して身軽にするしかなかった。
瑞鶴は腹部に喰らっており、赤黒い吐血を繰り返している。吐き出す血が赤黒いのは消化器官がやられて胃液が混じっている証拠だ。
脇腹と右足に喰らった翔鶴はまだマシな方で済んだらしく、自分の傷に応急処置をした後懸命に妹の看護を続けている。
熊野と鈴谷も深い傷を負っている。熊野は主砲に直撃を受け主砲の弾薬が誘爆し、爆砕された主砲の破片が胸部と腹部に深く刺さっている。
機関部も全損で全く動けない。
主機全部と、熊野同様主砲全損ながらも誘爆は免れた鈴谷が熊野に応急手当てをすると、立ち泳ぎで鮫除けの薬剤を周囲に巻いていた。
とんでもない威力の主砲六基で自分達を撃った巨大艦は、自分達に砲撃を行った後、潜航して姿を消した。
ソナーが大破していて五月雨には巨大艦がその後どうしたかは把握できない。
寧ろ、今は全員が深手を負っている中、救援到着まで持たせる事が最優先課題だった。
「村雨ちゃん、しっかりして!」
意識が無い村雨に必死に呼びかけ続けるが、村雨の反応が次第に悪くなっていく。
「村雨ちゃん! ああ、どうしよう……!」
「五月雨、落ち着いて! あんたがパニクったらダメ」
パニックになる寸前の五月雨に左腕が変な角度に向いている鈴谷が諫める。
辛うじて鈴谷の被害が一番軽く済んでいた。左腕の様子からして骨折している様だし、足にも貫通した破片の傷があるが脂汗を浮かべつつも鮫除け薬剤を巻ける程度の体力と気力は維持できている。
必死に虚ろな目になる村雨に呼びかけていると、翔鶴がヘッドセットから入ったらしい司令部からの通信を告げた。
「第三三戦隊が救援の為、こちらに向かっているそうです。ヘリも一機海域と航空の安全が確保され次第来ます」
「第三三戦隊は何分で来られそう?」
そう尋ねる鈴谷に翔鶴は左手の指を三つ立てた。
「三分か……」
「な、長い三分ですわ……ね」
応急処置中意識を取り戻した熊野が苦し気な表情で言う。
比較的種子島から離れすぎていなかっただけ、まだマシだ。
第三三戦隊が航空優勢と海域優勢さえ確保できれば、救難ヘリが駆けつけてくれる。
幸い、事前発艦した防空戦闘機隊は燃料に余裕があるので艦隊の防空を続行していた。
燃料切れになったら、航空妖精は機体を捨てるしかないが。
対潜警戒は青葉の瑞雲と愛鷹の天山で行い、第三三戦隊は最大戦速で空母機動部隊へと向かっていた。
ヘッドセットから入る空母機動部隊の負傷者の状況から、一刻を争う状況なのは明白だ。
彩雲AEWのスカイキーパーは何も言ってこない辺り、今の所深海棲艦の水上艦艇はいないようだが、残敵掃討に出てくる可能性はある。
今回の出撃では瑞鳳が戦闘救命士の資格持ちという事もあり、医療キットの入ったバックを背負い込んでいた。
実は瑞鳳が戦闘救命士の資格を持っていたのは、戦隊旗艦である愛鷹も初耳だった。
聞くと前職、つまり給油艦高崎の頃に戦闘救命士の資格を取っていたのだと言う。
愛鷹が読んだ人事ファイルは軽空母瑞鳳のものだったから、高崎時代のものに関しては大雑把な概要程度なだけに、ちょっとした驚きもあった。
自分も用具さえあれば戦闘救命士としてやれることは一通りできるが、瑞鳳も資格持ち言う存在は大きかった。
空母機動部隊のメンバー防衛中は自分も戦闘を行わなければならない関係上、水上戦闘は出来ない瑞鳳が空母機動部隊メンバーの看護に専念できる。
最も好ましいのはやはりヘリでの緊急搬送だが、今の海域の状況から言えばヘリが撃墜されてもおかしくない。
容態から言ってやはり村雨と瑞鶴が芳しくない。
二人とも最悪失血死してしまう恐れがある。止血剤を打ったとはいえ、艦娘が持ち運ぶもの程度では出来るものにも限界がある。
状況次第ではその場で手術もあり得る。
急がなければ、と思う愛鷹のヘッドセットにスカイキーパーから通達が入る。
(レーダーコンタクト! 艦影五、そちらに向かう。参照点より方位二-二-〇)
「敵艦隊か……艦種識別は?」
(軽巡ホ級一、ロ級四。敵艦隊の斥候あるいは警戒隊と思われる)
「了解」
こんな時に、と苛立ちが募る。
「会敵予想時刻は?」
(現在の速度、針路を維持する場合、二分で愛鷹の主砲射程内に)
「二分か、了解した。アウト」
「五隻ですか……ちょおっと面倒ですね」
眉間にしわを寄せる青葉は主砲艤装の安全装置を外す。
「海域優勢確保の面から、この艦隊を排除します。空母機動部隊の皆さんには遅れる事を伝えなければなりませんが……」
心苦しさを露わに告げる愛鷹に六人はそれでもやるしかないと分かっていた。
背中で感じる六人の意思に愛鷹は号令を発令した。
「対水上戦闘用意! 右主砲戦、雷撃戦準備」
そう告げるとHUDの表示を「航海」から「合戦」に切り替え、「対水上戦闘」「対空戦闘」「対潜戦闘」「対地戦闘」から「対水上戦闘」を選択する。
右手で握るスティックではなく、愛鷹の左目が見る表示をHUD側が確認して決めていく。
二回の瞬きで決定、一回で仮決定ししばし間をおいてもう一回瞬きで取り消しだ。
本来はスティックと併せて行うコマンドだが、明石がHUD側だけでも出来る様に微妙に修正をかけていた。
その為、ほぼハンズフリーに射撃管制が行える。
左目がやられたりしなければ左目が見る深海棲艦を火器管制装置が自動追尾し、主砲の照準を合わせ、愛鷹の射撃指示で発砲できので、右のスティックだけでも出来る事がHUDだけで火器管制を行えるのだ。
刀を持っている時などはHUDを併用すれば近接戦と中長距離砲戦が同時に出来る。
もっともそんな大混戦は愛鷹とて御免被りたいが。
電探表示と照らし合わせると、五隻の深海棲艦を意味するターゲットコンテナが表示された。
コンテナの隣には「OUT RANGE」が併記されている。射程外と言う意味だ。
愛鷹の主砲射程内に入れば自動的に距離の測定が始まって表示されるし、風向きや湿度、コリオリ偏差まで出て来る。
ナイトビジョン機能もあるから尚便利だが、かなり開発コストが嵩んでいそうだ。
(もし壊してしまった時に弁償しろ、何て言われたらたまったものじゃないわね……)
流石にそれは無いとは思いつつも、もし壊してしまった時に「この装備にいくらかかかっているのか分かってるのか」などと言われたらどうしたものか。
主砲射程に入るまで二分と言う割に、深海棲艦五隻はすぐに射程内に入った。
向こうも増速してこちらに向かってきているようだ。
HUDには既に狙いを付けているホ級が射程内に入っている事を知らせている。
確実に当てていきたいところなので、「SHOOT」の表示が出ても撃つ気はない。
「もう交戦距離ですよ? 撃たないんですか?」
既に射撃体勢を取っている衣笠が尋ねて来た時、頃合いよしと見た愛鷹は主砲に射撃指示を出した。
「右主砲戦、第一目標軽巡ホ級。主砲撃ちー方始めー!
発砲、てぇーッ!」
HUDではなく敢えてスティックのトリガーを引く。
四門の四一センチ主砲が轟音と共に徹甲弾と砲炎を砲口から撃ち出し、砲身を後退させる。
四発の砲弾が飛翔していく中、深雪が軽く笑うのが聞こえた。
「愛鷹がおっぱじめたぜ」
「全艦、必中距離に入り次第エンゲージ、交戦許可します」
そう告げる愛鷹に青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月が了解と応える。
先手を打たれた深海棲艦側は、飛翔して来た愛鷹の四一センチ砲弾が先頭のホ級を包み込むように着弾するのを見て、動揺を見せつつも直ぐに立て直し、射程内に捉えた第三三戦隊へ砲撃を開始した。
主砲再装填が三一センチ主砲よりやや遅い事に微妙に苛立ちを見せる愛鷹を尻目に、青葉と衣笠が発砲した。
二〇・三センチ主砲が砲炎と砲声と共に徹甲弾を放ち、ロ級へと砲弾が飛翔する。
回避運動で初弾を躱したロ級も二人に向かって主砲を撃ち出す。
(この距離で撃つ……あのロ級、elite級?)
青葉と衣笠へ反撃の砲火を浴びせるロ級に愛鷹はただのロ級では無いと見ていた。
元々ロ級は火力が深海棲艦駆逐艦でも高い方だ。アドミラル・グラーフ・シュペーが運悪く一発で大破した事がある。
冷却、再装填が完了した四一センチ主砲をホ級に向け直し、仰角と射角を微調整する。
四一センチ主砲から再び真っ赤な砲炎がほとばしり、四発の砲弾がホ級へと飛び出していく。
ホ級も主砲を撃ち返して来るが、愛鷹はひょいと体をずらすだけで躱していた。
乱射しているようにも見えなくはないが、それは愛鷹より主砲の速射性が高いから故。
精度調整をかけた砲撃が愛鷹の右手に至近弾の水柱を立てる。
次は当たると踏んでホ級が主砲に微調整をかけた時、愛鷹から放たれた主砲弾がけたたましい音と共に艤装を砕き、爆砕した。
戦艦の砲弾直撃にホ級が耐えられる訳がなく、一瞬でホ級が爆発炎を海上に吹きあげて轟沈する。
続航する青葉と衣笠はホ級に続航していたロ級に同時斉射を繰り返し浴びせる。
主砲の手数が減った青葉だが、その代わりに射撃管制系が改良及び性能向上が図れらているので、素の腕前と相まってロ級の周りに着弾の水柱を上げていた。
先に有効弾を与えたのは衣笠だった。ロ級に着弾の閃光が走り、黒煙を吹き上げる。
しかし、無印より強化されているせいか衣笠の二〇・三センチ砲弾の直撃にロ級は耐えた。
遅れて青葉もロ級に命中弾を与えるが、ロ級はやはり耐え、二人に反撃の砲撃を撃ち返してきた。
「ロ級、こんなに硬かったっけ!?」
「elite級なら少ししぶとくなるよガサ」
驚く衣笠にそう言いながらHUDの表示を見つめて狙いを定める青葉だが、確かにこのロ級はelite級にしては少しばかり硬めだ。
黒煙を吹きながらもロ級は自分たちに精度の高い砲撃を行って来る。
主砲を一基降ろし航空艤装を備えた分、自分の砲戦火力の手数は減っている。
早めにケリを付けなければ。
HUDに照準よしの表示が出ると、グリップを握る親指で発射ボタンを押す。
二〇・三センチ主砲が砲炎と砲弾を撃ち出し、砲身を勢い良く後退させる。
被弾していたロ級は回避行動に入るが、既に受けていたダメージが祟って動きが鈍くなっており、青葉からの砲弾二発をその身に受ける。
ロ級の砲身が折れ飛び、戦闘不能に陥ったロ級が速度を落とし、戦列から落伍していく。
ワンテンポ遅れて衣笠の砲弾がロ級に直撃し、激しい火災を発生させた。
なおも足掻く様に砲口を向けて来るロ級に仕上げの一撃を衣笠が撃ち込む。
直撃の閃光と轟沈する轟音が海上に響く中、青葉も落伍するロ級に止めの一撃を撃ち込む。
二隻のロ級が撃沈される中、瑞鳳のカバーに回る蒼月に代わり深雪と夕張がロ級と砲戦を継続する。
深雪の主砲から放たれる砲弾は確かにロ級を捉えているのだが、ロ級はがむしゃらさすら感じさせる勢いで撃ち返して来る。
「今日のロ級は何だかしぶとくなってるぞ」
驚きと何かへの疑念のこもる深雪の言葉に、夕張も相槌を打った。
「elite級は手強いとは言え、感じる殺意も高いわね」
一四センチ主砲から徹甲弾を放ち、ロ級に叩き込む。
直撃の爆炎と砕かれた艤装の破片が飛び散るが、ロ級はなんとか態勢を立て直し、精度の落ちた砲撃を行う。
何回斉射を撃ち込んだか分からなくなりながら、深雪が一二・七センチ砲弾をロ級に当てると、ようやくロ級は黒煙と激しい火災を起こして動かなくなった。
それに続いて夕張も一四センチ主砲の直撃弾を再びロ級に当て、ぼろぼろになったロ級は苦し紛れの一発を放ってようやく沈黙した。
夕張が相手にしていたロ級の砲弾が明後日の方向に着弾すると、愛鷹は「撃ち方止め」を指示した。
「妙に駆逐艦はしぶとかったですね」
全艦無力化を司令部に報告して溜息を吐く愛鷹に青葉が言うと、同感だと愛鷹は「ええ」と返す。
「elite級とは言え、所詮は駆逐艦。重巡の青葉さん、衣笠さんの砲撃なら直ぐに倒せるはずの存在でしたが……」
装甲でも強化したか? と疑問が湧くもののそれは後で考える事にして、愛鷹はヘッドセットに集合命令を吹き込んで全員を集める。
第三三戦隊メンバーが集結し、単縦陣を組みなおす中、深雪が眉間にしわを作って呟いた。
「連中やけに頑張ってたな」
elite級との交戦経験は深雪からすれば当たり前の様な話ではあるが、ここまで持ちこたえたのは初めて見る姿だった。
全員が五隻の深海棲艦から感じた同じ事を脳裏に浮かべながら、単従陣を組みなおし、最大戦速で空母機動部隊の元へと向かった。
ようやく到着した第三三戦隊のメンバーに翔鶴が安堵のため息を吐いた。
抱える瑞鶴は赤黒い血をまだ吐いているが、意識は何とか保てていた。
一方、村雨は昏睡状態に陥りかけており、非常に危険な状態だ。
医療バックを背負っている瑞鳳が瑞鶴と村雨の両方を見て、険しい表情を浮かべた。
どちらを先に手当てすべきか。
通常、衛生兵が手当てを優先するのは、早期に戦列に復帰できる負傷者だ。重傷者は応急手当でまずその場を凌ぐ。
飛行甲板、弓は健在の瑞鶴は手当てをすれば、空母艦娘としての戦力復帰が見込める。
翔鶴は航空艤装全損だから状況から見ると、瑞鶴を優先すべきかもしれない。
しかし、村雨は腕と目を片方失っており、その傷からの失血で出血性ショックを起こしかけている。
最悪、このままでは村雨が戦死することになってしまう。
考えあぐねる瑞鳳に愛鷹は敢えて何も言わなかった。
情か戦力確保か。瑞鳳の考えに自分の考えを挟めばむしろ余計決めかねることになりかねない。
全員が重傷を負っているから迷っている暇すら本来無いのだが。
すると震える声で瑞鶴が瑞鳳に頼んだ。
「む、村雨……を、お、お願い……わわ、私なら、まだ」
「瑞鶴」
自分より村雨を優先するよう頼む妹に翔鶴が心配顔を向けると、瑞鶴は震えながら笑みを浮かべる。
「村雨が……このまま、じゃ危ないよ……しょ、翔鶴姉」
そう言って咽る瑞鶴はまた赤黒い吐血をする。
「早く、村雨……を……。内臓の、一つやふた……つが駄目になっても」
「瑞鶴!」
「翔鶴さん、瑞鶴さんを呼びかけ続けて意識を保たせて。それとこれを」
瑞鳳は村雨の元へ向かいながら翔鶴に止血剤の注射器を放った。艦娘の医療キットより高い効果がある。
受け取った翔鶴は苦しみ、震える瑞鶴に止血剤の注射を行い、他愛のない日常話を瑞鶴に聞かせる。
自身も深手を負いながらも懸命に村雨を支える五月雨に止血剤を渡して、瑞鳳は医療バックから必要な道具を取り出して処置を始める。
顔が真っ白になりかけている辺り、失血量は致死量に迫っている。
血が無くては内臓や脳に酸素が送る事が出来ない。
生理食塩水の点滴でとにかくその場しのぎを行う一方、本格的な止血処置を傷口に施す。
手際の良い処置を村雨に行う瑞鳳に、あれなら何とか助かるかもしれない、と少し安堵しながら司令部に空母機動部隊のメンバーの状況を報告する。
(全員の傷は把握できたわ。あなたとして何か注文は無い?)
応じる陸奥の問いに、六人をもう一度見た愛鷹は険しい表情を浮かべた。
「六人とも動けそうもありません。いや、下手に動かせない。負傷者の傷からして私達だけでは防衛しきれないかもしれません。
空母機動部隊の方々の防衛の増援を送ってもらえれば、海域と航空優勢を確立できます」
(分かったわ。すぐにそっちに増援を回す様司令官に頼んでおく)
「一分一秒でも早く寄こして下さい。
合流前に一戦交えましたが、深海棲艦がいつもより妙に粘っていました……悪い予感がします」
(了解。助っ人をすぐに送るから何とか持ちこたえさせて)
「頼みましたよ」
血まみれの手袋で汗を拭い、瑞鳳は一息吐いた。
五月雨の行った応急処置より的確かつ後方に搬送するまでの間は充分持つ応急手当になった。
「これで村雨は何とか持つわ。五月雨、痒くなっても患部に当ててるドレッシング(創傷被覆材のこと)は外さないでね」
「はい」
頷く五月雨を背にして瑞鳳は瑞鶴の元へ向かう。
腹部に穴が開いて血が流れているが、背中には穴が開いていない。
砲弾がまだ体内に残ってしまっている。
赤黒い血を吐いている所から腸、いや位置からして肝臓がやられてしまっているかもしれない。
これは村雨より傷の状態が悪い可能性があった。
弾が不発状態だとしたら、摘出してしまった方が良いかも知れない。
万が一信管が作動したら瑞鶴の内臓は滅茶苦茶になってしまう。
「やるしかないか……」
バッグから手術キットを出そうとした時、愛鷹が警報を出した。
「スカイキーパーから警報発令。敵機を探知。
方位一-九-三、高度二〇〇、機数五〇。急速接近中」
「くっそ、この忙しい時に!」
悪態を吐きながら深雪が自分の主砲に対空弾を装填する。
愛鷹は航空艤装を展開すると一六機の烈風改二を発艦させた。
エレベーターで上げられてきた烈風改二が続々とカタパルトで射出されていく。
艦載機を撃ち出す一方で主砲に対空弾を装填し、左腕の機銃、一二センチ三〇連装噴進砲改二も準備する。
瑞鳳から事前に上げられていた八機と瑞鶴が上げていた戦闘機隊と、愛鷹から上がった戦闘機隊が合流し、深海棲艦の攻撃隊に向け針路をとった。
(グリフィス1からスカイキーパー、ターゲットマージ。
敵機を確認した)
(全機エンゲージ! 一機も艦隊に近づけるな)
(了解!)
数では劣るモノの、戦闘機隊の航空妖精の技量そのものは高レベルだ。
(グリフィス1、エンゲージ!)
(ドレイク3、エンゲージ!)
次々にエンゲージコールしていく戦闘機隊がフルスロットルのエンジン音を響かせ、深海棲艦の攻撃隊へ挑みかかる。
敵の機体はタコヤキのみ。深海棲艦が初期から使い続けていた攻撃機の姿はない。
三分の一程が戦闘機隊の前に立ちふさがる。
双方が銃撃の火箭を交えるのはほぼ同時だった。
機関砲の火箭が飛び交う中、被弾したタコヤキが黒煙を吐いて高度を落としていく。
爆散するタコヤキの炎を突き破る烈風改二に二機のタコヤキが襲い掛かるが、そこへ僚機が援護射撃を浴びせる。
愛鷹から発艦した烈風改二は今回が初陣とは思えないほどの切れのある機動力でタコヤキを次々に屠る。
負けじと瑞鳳、瑞鶴の烈風改もタコヤキと激しいドッグファイトを始める。
直掩機を突破した瑞鶴の烈風改数機が攻撃機に向かうが、最後の防衛戦として残っていたらしい八機のタコヤキの迎撃を受ける。
二重の防衛戦を敷いていたタコヤキの迎撃で烈風改二機が被弾し、砕け散る。
直掩機も何機かが攻撃隊へと引き返すが、その背中から烈風改の射撃が浴びせられる。
(ケツにつかれた、誰か援護を!)
(背中ががら空きだ)
(絶対に艦隊に向かわせん!)
銃撃を受けた攻撃機が爆発して次々に隊列から落伍するが、犠牲を無視する様に攻撃機は前進し続ける。
ぶら下げる爆弾や魚雷を艦娘に叩きつけるべく、落ちる味方に気遣う様子も見せない攻撃機とそれを護る護衛機が、烈風改や烈風改二と空に飛行機雲を絡め合わせる。
(雲逃げ込まれるな!)
(落ちる、落ちる!)
(僚機がやられた!)
(一〇倍にして返してやる!)
戦闘機隊の迎撃でタコヤキが数を減らしていく。
タコヤキ側も粘り強い抵抗を見せ、烈風改を一機、また一機と撃ち落とす。
(やられた、ベイルアウトする)
(ここじゃ救助は厳しいぞ)
編隊の三分の二を削り落とした烈風改と烈風改二にスカイキーパーの焦りを滲ませた警告が入る。
(全機、艦隊まで残り一キロを切った! 間に合わないぞ)
(味方機が被弾、ファルコン4!)
(パイロット一名が脱出、救助を!)
(しぶとい連中だ)
艦隊に迫るタコヤキと迎撃機の姿が目で見える距離にまで近づくと、愛鷹は戦闘機隊に離脱を指示した。
「艦隊からの対空射撃を開始する。全機、タコヤキから離れよ」
(申し訳ないです)
「あとは任せて、よく頑張ってくれたわ」
悔しそうに言うグリフィス1にねぎらいの言葉をかけつつ、愛鷹はタコヤキの攻撃機を見据えた。
機数はHUDに一三機と表示される。
「一三機か……。やるしかないわね。
敵機捕捉、右対空戦闘、主砲仰角最大」
四一センチ連装主砲二基が敵機に砲門を指向する。
「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」
射撃指示に即答する様に愛鷹の主砲が四発の砲弾を撃ち上げる。
炸裂する三式弾の散弾の雨がタコヤキを包み込み、火の塊へと変えていく。
爆発四散するタコヤキが黒煙を残し、その黒煙を破って僅かな生き残りが高度を下げ、攻撃態勢に入る。
「残り七機、蒼月さん!」
「はい!」
防空艦である蒼月が長一〇センチ高角砲で対空射撃を開始する。
蒼月以外の第三三戦隊メンバーの内、深雪と夕張が対空射撃の構えを取り、青葉と衣笠は洋上監視に当たる。
双眼鏡を手に青葉が監視を続けていると、近くの雲から回り込む様にタコヤキが姿を消すのが見えた。
爆装していない。戦闘機だ。
しかし、戦闘機の機関砲だけでも空母機動部隊のメンバーには大きな脅威だ。
「敵機視認! 方位一-二-〇、戦闘機四機が急速接近!」
青葉から発せられた警告に愛鷹は一二センチ三〇連装噴進砲改二を向けた。
「艦対空噴進砲、攻撃始め! 弾幕を張れ、近づかせるな!」
右側に指向可能な噴進砲二基から対空ロケット弾が弾幕を展開する。
六〇発の対空ロケット弾の濃密な弾幕に四機のタコヤキが突っ込み、残骸と化して現れる。
「やった、四機全機撃墜確認」
弾んだ声を上げる衣笠がグッドサインを送って来る。
少しだけ笑みを浮かべ返すと、噴進砲の再装填を指示する。
艤装妖精が噴進砲を冷却し、対空ロケット弾を再装填していく。熱くなった発射機を冷却し、三〇発全弾を再装填し終えるには多少時間が必要だ。
そこへ蒼月から報告が入る。
「蒼月より全艦、敵攻撃機の全機撃墜を確認」
「確認したぜ。ちぇ、深雪様の出番なしかよ」
攻撃機全機を撃墜した蒼月が軽く溜息を吐く。
対空レーダーで敵機の機影がいなくなった事を確認すると、愛鷹も溜息を吐いた。
「全艦、引き続き対空対水上対潜警戒を厳となせ」
了解、の返答が返される中、瑞鳳に瑞鶴の状況を聞く。
「瑞鳳さん、瑞鶴さんの容態は?」
(……よし。体内に残っていた砲弾を摘出しました。
ただ、内臓が複数酷いダメージを受けているので、本格的な手術治療が必要です。
多分、一部臓器は再生治療しないと無理かもしれません……)
そうヘッドセット越し返す瑞鳳の声越しに、医療用ホチキスで砲弾摘出した跡を縫合するのが聞こえた。
「ひとまず山は凌げそうですか?」
(すぐに搬送できるなら搬送したい、って感じですよ。
村雨他のメンバーも早く病院に送らないと)
確かにこの場で出来るのは応急処置。本格的治療は陸の病院でしかできない。
通信回線を切り替えて司令部の陸奥に状況を報告する。
「五〇機の攻撃隊から攻撃を受けましたが、戦闘機隊と対空射撃で撃退しました。
重傷の村雨さんと瑞鶴さんは、ひとまず凌げる程度の処置を瑞鳳さんがこなしてくれましたが、本格的な治療が必要です。
増援は?」
(第六戦隊の古鷹と加古、第一八駆逐隊の陽炎、不知火、黒潮、親潮が抜錨したわ。
ただ、まだヘリを回せる状況じゃないって司令が首を縦に振らないわ)
「六人加わるだけでも、こちらとしては助かりますよ。六人のETA(到着予定)は?」
(五分はかかるわ。今出したばっかりだから)
五分。戦場で言えば長い時間に思える。
「古鷹さん達と合流したら、ヘリを寄こして下さい」
(それで海域と航空の優勢を確保した、って事になるなら、ね。
こっちもさっき二回も爆撃を受けたわ。SSTOと発射施設は無事だけど、基地設備と一部民間地に損害が出てるわ。
民間人への被害は無いのが確認済み。こっちもこっちで負傷者の手当とかで忙しくなって来てる)
緊張を滲ませた声で返す陸奥の声越しに警報が聞こえた。
(また来たのね。長い一日になりそう)
「同感です」
対水上レーダーの表示を見て愛鷹は苦い表情を浮かべた。
「敵二個艦隊、レーダーコンタクト。リ級、ネ級主体の重巡戦隊です」
(そちらも忙しくなりそうね。UAVの航空支援を送るわ、三分でそちらに行ける)
「了解、感謝します。アウト」
リ級四隻、ネ級四隻、随伴の駆逐艦はロ級でこちらも四隻。
スカイキーパーから送られて来た敵の陣容に青葉は生唾を呑み込む。
増援の古鷹達の到着は五分。UAVは三分。
しかし、会敵する深海棲艦の重巡戦隊は二分で交戦可能距離に入る。
大破艦六隻を抱えているこちらとして、状況は不利だ。
一分でも時間を稼げればUAVが来てくれるとは言え、その一分すら長すぎる時間に思える。
しかし、やるしかない。守らなければならない六人の命がかかっている。
一二対六。数の差を覆すは自分たちの腕と連携。
グリップを握る手汗をハンカチで拭い、対水上戦闘に備える。
会敵予想時刻が迫る中、スカイキーパーから緊急報告が入った。
(スカイキーパーから全艦に警告。敵艦隊はflagship級リ級及びネ級elite級、駆逐艦はロ級elite級と識別。
さらに後方に戦艦ル級二隻とイ級後期型四隻の戦艦戦隊を確認)
その一報に全員の顔に緊張が走った。
せまるflagship級のリ級とelite級のネ級。深海棲艦の重巡は戦艦よりはマシとは言え厄介この上ない相手だ。
その中でも危険度が高いflagship級やelite級が複数となると、戦艦一隻よりも危険度はむしろ高いと言える。
そしてその後方からは二隻のル級も駆逐艦を引き連れて来ている。
「わ、私達だけで食い止められるの……?」
「いくら何でも手厳し過ぎるわ……」
眉間に冷や汗を浮かべる衣笠に、生唾を呑み込む夕張も頷く。
緊張を貼り付かせた深雪は、背筋が冷える気持ちだった。
「あの重巡、無印タイプで厄介この上ないってのに寄りにもよってflagshipにelite。
流石にケツに火が付いたなこれは」
「敵が強すぎますよ」
恐怖を抑えきれない蒼月が軽く震える。
青葉も膝が笑いそうな気分になるのを感じながら、深海棲艦の殺意の高さの原因が何となくわかった気がした。
もしかして……深海棲艦側は沖ノ鳥島への核攻撃に逆上している?
一キロトンの戦術核。それが作り出す死の範囲はそれほど広くはないが、破壊力は核兵器なだけにただの爆弾とはケタ違いだ。
焼き尽くされた仲間の恨み。ここで返す気か?
ここで返すに済めばいい方だが、他の戦線にも核攻撃を食らった情報はきっと共有するだろう。
最悪、不穏な状況が続く地中海で大規模な攻撃が地中海沿岸部全域に及ぶ可能性もある。
前線を押し返す勢いを得る事だって考え得る。
艤装を担ぐ右手が震えるのを感じた時、愛鷹が両腰の鞘から二本の刀を引き抜いた。
二刀流だ、と青葉が呟こうとした時、愛鷹が叫んだ。
「私達の命を求めるなら……お前達(深海棲艦)も命を捨てよ!」
いつもとは別の目になっている愛鷹を見た青葉はその長身から高い殺意を感じていた。
愛鷹の言葉は確かだ。撃っていいのは撃たれる覚悟があってこそ。
戦うしか、活路は無い。
水平線上に深海棲艦の姿が現れる。リ級の単従陣を右に、ネ級の単従陣を左に置き、ロ級の複縦陣がその後ろを固めている。
既に主砲をこちらに向けて、射撃体勢に入っている。
「スカイキーパー、現在確認できる敵艦以外に近海に敵艦隊は?」
(探知範囲が羅針盤障害で減退しているモノの、今の所他にレーダーコンタクトは無し)
「了解」
軽く深呼吸すると、両手の刀の柄を掴み直すと、愛鷹は号令を出した。
「機関最大戦速! 前へ出ます、各艦は後方より援護を!」
青葉たちから返事が返される前に、愛鷹の主機が最大戦速をかけ白波を蹴立てた愛鷹が艦隊前面に出た。
接近する深海棲艦は単独向かって来る愛鷹に主砲を向けると、一斉に砲撃を開始した。
多数の砲弾が降り注ぐ中、愛鷹は回避運動を行い、当たると見た砲弾を両手の刀で次々に薙いだ。
第一主砲を単従陣の先頭に立つネ級に向けると、口頭指示を出さずに撃つ。
ネ級は回避運動を取り、後続も散開するが、一発が先頭のネ級を捉えていた。
屈強な重巡として知られるネ級のelite級が直撃で姿勢を崩すが、立て直して二基の主砲で撃ち返す。
防護機能で弾くと第二主砲から二発の徹甲弾を撃ち出す。
回避運動で躱しにかかるネ級だが、再び一発の直撃を受け、艤装が爆発し黒煙の中に倒れる。
瞬く間にネ級一隻を屠る愛鷹にリ級二隻が背後を取り、主砲を撃つ。
二発が愛鷹に直撃するが、艤装のバイタルパートが耐えた。
第二射を準備する二隻のリ級だったが、そこへ青葉と衣笠の砲撃が飛来する。
二隻が射撃の構えを一旦解き、二人に向き直った時、青葉の主砲弾がリ級一隻に全弾命中した。
flagship級なだけに直ぐには沈まなかったが、大破と呼べる被害を受けたリ級の動きが鈍る。
もう一隻のリ級に第一、第二、第三主砲の三基から射撃タイミングをずらして撃った衣笠の砲撃が直撃する。
立て続けに被弾したリ級が膝を突きながらも応射の構えを取るが、その隣の僚艦が青葉の止めの一撃を受けて爆沈する。
爆沈する仲間に振り向くことなくリ級は衣笠に主砲を撃つが、回避運動で躱した衣笠が第二射を浴びせる。
先に逝ったリ級に続く形で二隻目が沈む。
二隻のリ級がやられる中、重巡ネ級三隻とリ級二隻から集中砲火を浴びる愛鷹がネ級の一隻に急接近する。
主砲の再装填が間に合わないなら、接近戦で艤装を破壊するのみ。
右手の刀を振るってネ級の主砲を切り落とし、左手に展開するリ級二隻に左腕の機銃で牽制射撃を行う。
ネ級の主砲全てを切り落とした愛鷹は、第一主砲を向けると自分を睨むネ級を見据えて至近距離から砲弾を撃ち込んだ。
轟沈するネ級から離れた時、残る四隻の重巡だけでなく、駆逐艦から援護射撃が始まる。
当たると見た砲弾を両手の刀で斬り飛ばし、流石に対応しきれない砲弾は防護機能とバイタルパートで防ぐ。
第二主砲をリ級に向けた時、ネ級一隻が背後から迫ると至近距離から愛鷹を撃った。
バイタルパート以外の箇所に一発被弾し、愛鷹の右頬を破片が切り裂く。
振り返ることなく第二主砲でリ級に徹甲弾を全弾叩きつけ、木っ端微塵に爆砕する。
一分もしない内に深海棲艦は重巡リ級三隻、ネ級二隻を失うが怯まず砲撃を愛鷹一隻に向ける。
激しい集中砲火の水柱の中で一旦回避運動に専念する愛鷹に、スカイキーパーから敵増援の報告が入る。
(レーダーコンタクト、ネ級四、イ級後期型二の重巡戦隊を確認。参照点より方位二-六-〇。
二-七-〇からホ級三、ロ級三の軽巡戦隊が接近を探知!
くそ、探知範囲が狭くなっている。会敵予想時刻……いや二つとも空母機動部隊に向かっていく)
「くそ、この忙しい時に!」
悪態をつきながら、両手の刀を振るってネ級の主砲全基を切り落とす。
するとネ級は主砲が無くてもとでも言う様に右手で殴りかかって来た。
ひらりと愛鷹は躱すと左足で思いっきりネ級を蹴りつけ、姿勢を崩させると第二主砲の砲弾をほぼゼロ距離から撃ち込んだ。
ネ級が爆発炎に包まれる中、蹴りつけた反動で後退した愛鷹は駆逐艦からの砲撃を回避しにかかる。
駆逐艦ロ級二隻が愛鷹に間断なく砲撃を浴びせる中、分離した二隻とリ級一隻が青葉と衣笠、更に夕張と交戦する。
二〇・三センチ主砲の砲弾が砲炎と共に青葉の主砲から放たれロ級に降り注ぐが、ロ級は潜航して砲撃を躱し、ドルフィンジャンプで海上に再び姿を現すと主砲を青葉に向けて撃つ。
何とか回避してのける青葉はHUD表示に「装填完了」の文字を見るや、主砲四門の斉射を撃ち込む。
二発がロ級の鼻先に落ちて水柱を高々と突き上げ、ロ級の前進を阻み動きが鈍ったところへ二発の二〇・三センチ砲弾が直撃する。
二発の直撃を受けたロ級がなお抵抗の素振りを見せるが、青葉は容赦なくさらに四発徹甲弾を放ち、ロ級を爆砕させた。
爆炎を海上に広げる近くのロ級が夕張の一四センチ主砲の射撃を躱しきれず複数直撃弾を受ける。
何とか耐えるロ級だが、戦闘不能になったらしく離脱を図る。
しかし、その先に待ち構えていた深雪と蒼月の砲撃が飛来し、そのまま成す術もなくさらに被弾し炎上しながら沈んでいった。
未だ健在のリ級と撃ち合う衣笠は、回避運動でこちらの射撃をことごとく躱していくリ級に舌打ちした。
砲撃を躱しながらリ級も主砲の射撃を繰り返すが、衣笠もフィギュアスケートの様に華麗な回避運動で躱し続ける。
互いに砲撃を躱すと主砲を向け合うが、ロ級を始末した青葉が衣笠の援護に入った。
別方向からの砲撃を察知したリ級が一瞬動きを鈍らせる。
姉からの無言の合図を受けた衣笠が主砲の全門斉射をリ級に向けて叩き込むと、六発全弾が命中した。
焔に包まれて沈んでいくリ級を尻目に青葉と衣笠は愛鷹の援護に向かい、夕張は一旦下がる。
駆逐艦ロ級二隻と撃ち合う愛鷹は距離を詰めて、挟み撃ちを仕掛ける二隻に回避と射撃照準を繰り返すが、四一センチ主砲の追随が間に合わない。
大口径化した分、装填速度だけでなく、砲搭の旋回速度も若干低下していた。
距離を取ろうにも、その隙を見せずに砲撃して来るので流石の愛鷹も手こずる。
真正面の至近距離からロ級が砲弾を撃ち込んできたので、咄嗟に防護機能で弾くものの、距離が近かったこともあってか衝撃で愛鷹の姿勢が崩れる。
その隙に背後を取ったロ級が愛鷹の頭部に照準を合わせる。
すると愛鷹の一二センチ三〇連装噴進砲一基がロ級に指向するとロケット弾を浴びせた。
思わぬ迎撃を受けたロ級が怯んだ時、青葉と衣笠の二人からの援護射撃がロ級の周囲に着弾する。
ロ級が回頭して青葉を狙うが、それよりも先に二人の主砲が放つ砲弾がロ級を捉えた。
当たり所が悪かったのかロ級が大爆発を起こして沈む一方、愛鷹が距離を取れないならその逆とロ級に迫る。
重巡同様斬り裂かれると判断したロ級が潜航して回避するが、あまり潜り切れない内に主砲弾二発が直撃した。
海中で被弾し爆発したロ級が突き立てる水柱が、一難を乗り越えた合図となった。
第一波を何とかほぼ愛鷹だけで防ぐが、戦艦ル級二隻と駆逐艦イ級後期型四隻の戦艦戦隊に、ネ級主体の重巡戦隊、ホ級主体の軽巡戦隊の三隊が距離を詰めて来ていた。
交戦可能距離までもう時間が無かった。
荒い息を繰り返す愛鷹がレーダーを見ると、戦艦戦隊が接近して来る方向には航行不能の鈴谷と熊野がいた。
戦艦とやり合える火力は自分しかいない。
直ぐに向かわないとと思った時、心臓に激しい苦しみが走った。
咄嗟に口に当てた右手に吐き出された血が溢れる。
(この程度の戦闘で……体が……)
また血を吐き出した口にタブレットを強引に呑み込ませ、悲鳴を上げ始めた体を落ち着かせる。
口元を右手の甲で拭った時、スカイキーパーから弾んだ声で知らせが届く。
(UAVの航空支援が作戦海域に到着! ヴァルハラ1-1、1-2、1-3、1-4、メタル1-1、1-2、1-3、1-4、バベル1-1、1-2、1-3、1-4の一二機だ)
「戦艦戦隊に何機か寄こして爆撃を」
この忙しい時に面倒な悲鳴を上げて、このポンコツ愛鷹! と自分の体を罵倒しながら鈴谷、熊野の方へと向かう。
主機こそ使えないが熊野を自分の艤装につかまらせて、鈴谷が片手で掻く様に泳ぎ少しでもと距離を取りにかかる。
愛鷹の異常を悟った青葉がサポートに回るべく衣笠と共に向かう。
今の戦力と急行している古鷹達、これだけでは守り切れないかもしれない。
そう思った愛鷹が陸奥に更なる増援を求めようとした時、陸奥の方から取り乱しかけた声で信じられない警報が愛鷹を含むその場の全員に飛んだ。
(みんな、緊急事態発生よ! UAVとのデータリンクが……!)
種子島の防衛司令部ではUAVを管制していたオペレーター達が悲鳴じみた声で叫んでいた。
「緊急事態発生、緊急事態発生! MQ170全機とのデータリンクにエラー発生!」
「馬鹿な、今朝点検したばかりだぞ」
UAV技官の一人が驚愕の表情を浮かべる。
「MQ170の攻撃コマンドが自律攻撃コマンドにオーバーライトされます!」
「中断させろ!」
「ダメです、間に合いません! 全機の攻撃コマンドが自律攻撃にオーバーライト完了、自動爆撃モードになります!」
MQ170の攻撃コマンドは基本データリンクによってオペレーターがカメラ映像で確認し、攻撃目標を指示する形で爆撃を行う。
万が一深海棲艦の妨害でデータリンクに妨害を受けた場合に備え、MQ170のA.Iはデータリンクに異常が発生したら自動的に自律攻撃コマンドに移行する。
しかし、この自律攻撃コマンドは投入される場所に敵しかいない場合しか想定されていない。
つまりMQ170のA.Iだけでは深海棲艦と艦娘の区別が付けられないのだ。
攻撃目標を捕捉次第、MQ170のA.Iは愚直に眼下の「目標」に対し爆弾やロケット弾を撃ち込む。
その「目標」と識別した相手が例え「艦娘」だったとしても……。
(全艦、深海棲艦と距離を取って!)
「無理です!」
初めて浮かべる恐怖の表情で愛鷹が自分の方へ向かって来るMQ170四機を見つめながら返す。
四機の翼下のバイロンには対艦クラスター爆弾が二発吊るされていた。
深海棲艦の一個艦隊を丸ごと吹き飛ばせる威力、攻撃範囲を持つがその爆撃範囲にはル級二隻の戦艦戦隊だけでなく、自分と鈴谷、熊野、青葉、衣笠も入っていた。
投下コースに乗った無人機の行動に気が付いた四人が凍り付いた表情を浮かべる。
「全員、防護機能展開! 爆撃に備えて下さい!」
叫ぶ愛鷹に熊野が「誤爆」の二文字を頭に思い浮かべた時、鈴谷が自分の上に覆いかぶさった。
「鈴谷⁉」
「何とかしてみる!」
驚く熊野を鈴谷が身を挺して庇った直後、MQ170から無情な爆弾が投下され、大量の子爆弾が降り注いだ。
「古鷹から全艦へ。前方に黒煙を確認!」
「艤装CCSのリミッター解除とかしてなかったら、あたしらもあの中だった訳か……くそ!」
後ろで怒りを露わにする加古の言葉に、古鷹もその目に静かな怒りを浮かべていた。
第三三戦隊と空母機動部隊とは通信が途絶したままで、呼びかけに誰も応答しない。
ただ電探からMQ170の爆撃で深海棲艦も大きな損害を被っているのか、一旦撤退していく艦影が映っていた。
その時、黒煙の向こうから救難フレアが発射されるのが見えた。
ヘッドセットに手を当てて古鷹が呼びかける。
「こちら古鷹、増援六隻只今到着です。皆さん大丈夫ですか?」
すると砲声が轟き、空で爆発が起きた。
二機の無人機のものらしき物体が火達磨になって落ちていく。
再び砲声が轟くと、また二機の火炎が空に咲いた。
「おい、何が起こってんだ……!?」
困惑する加古に分からない、と古鷹が返そうとした時、ヘッドセットからノイズ交じりの深雪の怒声が六人の耳に入った。
(あ、愛鷹、お前何やってやがんだ! 気でも狂ったか! わっ!?)
再び爆発が黒煙越しに上がる。
(……全艦、無人機を敵機と判断し迎撃して下さい)
(了解……)
冷徹を通り越して冷酷、そして怒りに満ちた愛鷹の指示に、夕張が応えるのが聞こえる。
対空射撃の砲声が始まり、何が起こっているのか全く分からない古鷹達は余計混乱した。
(……古鷹、聞こえる?)
「陸奥さんですか? 私達の行くところで何が起こっているんですか?」
ここからでは何も分からない古鷹の問いに、陸奥は重々しい声で答えた。
それを聞いた古鷹は言葉を失った。
硝煙で黒ずんだ制服の右袖が切り裂かれ、その下に出来た裂傷の血で残る袖を赤く染めながら、愛鷹は無人機への対空射撃を続けた。
夕張、深雪、蒼月も沈んだ表情で射撃を続ける。
無人機の動きそのものは緩慢と言えるレベルだ。
一二機の無人機の内、爆弾をまだ抱える無人機を全て落とすと、怒りに満ちた愛鷹は唇を震わせながら呟いた。
「感情を持たぬ無情なる翼たちよ……その翼は、感情を持つ者の激情によってもがれると知れ!」
子爆弾が降り注いだ海上に大爆発と爆発炎が吹き荒れた。
防護機能ですら抑えきれない爆発に愛鷹は吹き飛ばされ、(誤爆……)と脳裏で呟いて意識を失った。
目が覚めた時、燃える海上の向こうで泣き崩れる衣笠と、必死に誰かの心臓マッサージをする青葉、茫然とする熊野と彼女を手当てする瑞鳳が見えた。
海上に倒れていたのに気が付いて身を起こし、一同の元へ向かった愛鷹は、青葉が一切の感情を失った目で一心不乱に心臓マッサージを行う血まみれの鈴谷を見て膝の力が抜けた。
「そ、そんな……」
愕然とする愛鷹の前で熊野に処置を済ませた瑞鳳が鈴谷の首筋を探り、医療バックからAEDを取り出した。
準備する瑞鳳の傍らで青葉が心臓マッサージを続けていると、僅かなうめき声を上げて鈴谷が目を開けた。
気が付いた熊野が鈴谷に飛びつき、自身の腹に巻かれている包帯から血が滲むのも無視して鈴谷に呼びかける。
「鈴谷、鈴谷! 聞こえます! 私ですわ、熊野ですわ!」
「……熊野ぉ、体……無事っぽい?」
「私より、鈴谷が……」
「デカい声で言わなくも……分かるって……」
取り乱す熊野に力なく笑う鈴谷は熊野のいない方へ顔を向けると激しく吐血した。
色が鮮やかで泡吹いている。
熊野が自分の手がその吐血に汚れるのも無視して鈴谷の顔を起こす。
「あ……ごめん、熊野……の手が……こりゃ、駄目か、な……」
「しっかりしなさい鈴谷、諦めてはいけませんわ!」
叱咤する熊野に鈴谷は右腕をゆっくり上げて熊野の頬を撫でた。
「暖かいね……熊野の肌……」
「鈴谷、しっかりして!」
「……瑞鳳……鎮痛剤……ある?」
その問いに瑞鳳は無言で頷く。
「ちょっと……さ、息……苦し……くてさ。打ってくんない?」
その頼みに瑞鳳は鎮痛剤の注射器を出すと無言で打った。
すっきりとした表情になった鈴谷は空を見あげた。
「良い空……じゃん……眩しいくらい……。
お天道さん……。
みんなの上で……ずっと、ずっと……見守って……あげててね……」
穏やかな表情で空を見上げる鈴谷がゆっくりと瞼を閉じ、熊野の頬を撫でていた右腕が海上にぱたりと落ちた。
その場に熊野の絶叫が響き渡った。
「鈴谷! 鈴谷!
駄目です!
逝かないで、逝っちゃだめ!
鈴谷ぁぁぁぁっ!」
狂乱状態になる熊野が鈴谷の体を揺さぶるが、鈴谷がそれに応じる事は無かった。
物言わぬ鈴谷の手首を探った瑞鳳は、腕時計を見て「お昼だ」とだけ呟いた。
衣笠が声上げて泣き、その体を青葉が抱いて頭を撫でた。
「嘘……でしょ……これは……何かの冗談ですよね?」
絞り出すような声、目の前の現実が受け入れられない顔の愛鷹が青葉に力なく問うと、青葉は涙のしずくを流しながら首を横に振った。
よくも……よくも……鈴谷さんを殺したな!
激しい怒りが愛鷹の心で吹き荒れ、射撃トリガーを引き続ける。
爆弾を全弾投下した無人機まで撃墜する彼女に夕張が制止に入る。
「愛鷹さん、撃ち方止め! 撃ち方止め! もう撃たないで!」
「殺してやる……殺してやる……」
普段とは想像もつかない程荒れる愛鷹に夕張は、艤装の安全装置に手を伸ばして切った。
そして発砲不能になってもトリガーを引いていた愛鷹の頬に思いっきり平手打ちをする。
「しっかりしなさい! 愛鷹!」
いつもの「さん」付け呼びではない夕張の言葉に、愛鷹は平手打ちされた頬に手を伸ばす。
少し腫れる程の勢いだった。
グリップから手を離し、うな垂れる愛鷹が膝立ちになりかけると夕張はその身を支えた。
「……まだ、戦いは終わってません」
そう語りかける夕張に、涙を流す愛鷹が見返した。
到着した古鷹達が、爆撃の至近弾で軽傷を負って座り込む深雪と蒼月に代わって周囲警戒についた。
爆撃でル級二隻を含む多数の深海棲艦を撃沈したが、データリンクのエラーで自律攻撃コマンドに移行していたUAVの爆撃は味方である艦娘、鈴谷の命まで殺めてしまった。
誤爆や誤射、味方の攻撃の巻き添えによる艦娘の犠牲者は前例が無い。
力なくコンソールに座る陸奥の肩に手を置く長門はやり場のない怒りに、拳を握りしめた。
自分と共に司令部に来ていた大淀は膝をつき、死んだ表情を浮かべている。
深海棲艦の攻勢を一時的に退けた、と判断した鍋島の指令でヘリが現場へと飛んでいた。
負傷した空母機動部隊のメンバーと。誤爆によって戦死した鈴谷の遺体回収の為に。
鈴谷の死の場面を書いている時、「プライベートライアン」でウェイド衛生兵が息を引き取るシーンがずっと脳裏から離れませんでした。
また次回の話でお会いしましょう。