デブリーフィングの為に、ブリーフィングルームに集まった第三三戦隊メンバーの元へ鍋島が長門を伴って現れた。
すると突然深雪が席を立って鍋島に向かって殴りかかった。
「こっの……!」
「止めろ」
「やめなさいって」
「やめなさい深雪さん、座って」
殴りかかろうとした深雪を長門、夕張、愛鷹が押し留めた。
その様を事務的な目で見る鍋島は落ち着くのを見計らってから切り出した。
「航空巡洋艦一隻を失ったが、主力空母は二隻とも撃沈は免れた。
誤爆被害は最小限に抑えつつ、敵艦隊には相応の損害を与えて一時撤退に追い込んだ。
今回の作戦は成功と見てよいだろう」
「なぁにが成功だ!」
吐き捨てる様に言う深雪に鍋島は多少むっとした表情を浮かべる。
本当に掴み掛りそうになった深雪を抑えながら、愛鷹は鍋島に問いかけた。
「司令官、MQ170のデータリンクエラーの発生タイミングが、偶然にしては出来過ぎていると思いませんか?」
「戦場で突発的な戦術上でのアクシデントは珍しくも無い。
それと全員医師の診察を受けろ。僚艦撃沈で貴官らは混乱している様だ。
今後出撃出来るかは診断内容を見て判断する。
また旗艦愛鷹はMQ170への必要以上の攻撃を行った独断行為に関して、尋問を行う」
その言葉に深雪は席を蹴って鍋島に詰め寄ろうとした。
すぐさま長門と愛鷹が制止に入る
「やめなさい」
「いい加減にしろ!」
席に抑え込まれる深雪はやり場のない怒りを浮かべた表情で愛鷹に尋ねる。
「この後尋問だぞ、良いのかよ」
「逆上してしまっていたのは、否定出来ませんから。
必要以上に無人機を撃墜したのは命令違反相当ですし」
そう深雪を諭すように言う愛鷹はどこか諦観した様子だった。
結局深雪を抑えながらのデブリーフィングとなり、解散になった。
ただし、愛鷹だけは鍋島と長門立ち合いの元の尋問は受けることになった。
査問会議ではなく、あくまで尋問とは言え、また罪を重ねてしまった感が拭えず、愛鷹にとっては酷く気分が悪くなるモノだった。
更にその後精神鑑定も受けるのは面倒この上なかった。
精神鑑定は割とすぐに済み、担当する医師も物腰が良かった。
「特に際立ったものはないな。君は単に逆上してしまっただけだ」
タブレット端末で結果を見た医師にそう告げられ、ほっと胸を撫で下ろす。
同時に既に行われているであろう仲間の鑑定結果を確認する。
「私の部下の結果は?」
「夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に関してはほぼ問題はない。
ただ青葉、衣笠は精神的なダメージが大きい。回復させるには少し時間を置くべきだろうな」
そうなるか、と予測は出来ていたが実際にそうとなると複雑なモノになる。
青葉と衣笠は戦死した鈴谷とは同期生だ。
同じ厳しい訓練生活での苦労を分かち合い、艦娘になった後も所属部隊は違えど親しく付き合っていた仲だ。
突然の友人の死に動揺するのは当たり前だ。
自分も施設時代、苦楽を共にしていたクローン達とは割と仲間意識があっただけに胸が痛くなるほどわかった。
仲間意識ある同じ顔のクローン達と殺し合わせられる「選抜試験」の時、随分心に傷を負わされた。
左足にある傷跡は殺し合わせられた時、唯一負わされた傷である。
止めを刺した同じクローンの事を忘れない為にも、その傷跡は残すつもりだ。
やらされる度に心身ズタズタにされる思いだったが、死ぬか生きるかの選択肢しかないあの時、他に方法は無かった。
「味方の攻撃で殺されたら、死んでも死にきれないわよね……」
診察室を後にし、ひとまず「あきもと」の元へと戻った。
第三三戦隊の出撃指示は出ていないから、今は休んでおくべきだ。
戦闘配食の昼食を摂るべきだが、本音を言えば食欲など全く沸かなかった。
深海棲艦の攻撃は一旦止んでおり、艦娘達は五航戦による航空支援なしでの迎撃戦に備えるべく「あきもと」のウェルドックで待機していた。
第三三戦隊のメンバーは出撃待機からは外されているので、ドックにはいない。
鈴谷が爆撃に巻き込こまれて戦死したと言う話は既に知れ渡っており、悲しみが広がっていた。
ドックに置かれているパイプ椅子に腰かける古鷹は沈んだ表情を浮かべていた。
第六戦隊は鈴谷含む第七戦隊の同期生なだけに、鈴谷の死は古鷹の心に響いていた。
「古鷹、大丈夫か?」
少し控えめに聞いて来る加古に軽く頷く。
「私は大丈夫だよ加古。でも青葉たちが」
「……まあなぁ」
深々と溜息を吐く加古は自動販売機で買ったコーラに口を付ける。
炭酸を味わいながら、一応見て来た青葉、衣笠、熊野の事を思い出す。
三人とも酷く落ち込んでいた。特に熊野は霊安室に籠ったまま出て来ない。
泣き声が聞こえる辺り、自殺、という事は恐らく無いだろう。
もし自殺して後を追っても、鈴谷がそれは望まないと熊野も分かっている筈だ。
だから今はそっとしておくべきだ。
一方青葉と衣笠は別々の状態だった。
沈み込んだ表情でやるべき作業や戦闘配食を黙々と食べる青葉と、何をしようにも発作的に泣き出してしまい手が付かなくなってしまっている衣笠。
普段の明るさが完全に二人から消えていた。
加古の目からすると二人とも落ち着くまで休んでいるべきだったが、青葉は無理をして仕事に手を付けている感が否めない。
所属部隊の次席指揮官として、と言うのもあるのかもしれないが、今は自分の本当の気持ちを押し殺してまでやるべき状態じゃない。
ひょっとすると衣笠より青葉の方が、心理的なダメージが大きいのかもしれない。
相談相手として傍にいてあげたいが、自分は出撃準備部署がかかっている艦娘なので出来ない。
上官の愛鷹に任せる他無いだろう。
第三三戦隊の他のメンバーもそれなりにショックを受けている。
当然だ。
艦娘は人間だ。目の前で仲間が死んでしまったらその光景から来る心理的ショックは大きい。
負傷はしていなくてもPTSDによる戦線離脱が長引く事もある。
見守るだけが今のところ彼女たちへの対処法だった。
「こんな形になるなんて聞いていませんよ」
静かに怒りを宿した大淀の目に睨まれても、土屋は顔色一つ変えなかった
「爆撃の巻き添えによる殺害が失敗したとなった以上は、また別の策を取る事になります。
私は連絡役に過ぎませんので、中将からの指令を伝える以外大淀少佐にお伝え出来る事はありません」
「せめて仁淀の状況ぐらいは教えて貰ってもいいのでは?」
自分にとっては愛鷹の暗殺よりも仁淀の治療状況の方が気にかかる事だ。
同じ艦娘であるし、別に個人的な恨みは特にない愛鷹の殺害計画に手を染め切りたくないのが本音だ。
実質仁淀を人質にされた形で殺害計画に関わっているに過ぎない。
事前に土屋から渡されていたトラッププログラムでデータリンクエラーを起こし、無人機による誤爆に見せかけての愛鷹殺害は、巻き添えを食った鈴谷が命を落とすと言う完全に想定外状態だった
「自分は存じ上げません」
「嘘。あなたは知っている」
無表情に返す土屋に大淀は詰め寄ったが、土屋は答えなかった。
「またご連絡を入れます」
それだけ残して土屋は立ち去った。
利用するだけ利用して、結局は何も変わらないではないか?
後を追いかける気が何故か沸かず立ち尽くしかない大淀は頭を掻きむしった。
どうも最近おかしい、と言う事だけ朧気ながら感じていたが、そういう事か。
海軍准尉の階級章を付けている男と大淀が話し込んでいるのを、近くの建物の中から陸奥は聞き取っていた。
窓をわずかに開け、聴覚を研ぎ澄まして聞いてみれば、とんでもない案件だった。
愛鷹暗殺計画。そしてそれに加担している大淀。
仁淀は先の触雷で重傷を負って以来、集中治療病棟に送られてそのまま続報が無い。
秘書艦職をしていた間に、仁淀の治療経過の報告に変わりが無かっただけに、今彼女がどうなっているのか誰も知らない。
武本ですら知っている節が見られなかった。
しかし、自分の絶対音感持ちがここで意外な役立ちするとは思ってもみなかった。
実は自分の耳の良さはあまり知られていない。
ピアノ調律師の娘として生まれ、適性判明前まで父親と一緒にピアノの調律の手伝いをしていた。
自分も父の姿を見ているとピアノを弾く事だけでなく、その調律にも携わり始めていた。
そして生れ付きの天性か、ピアノ一つ一つのコンディションまで分かるようになった。
軽くピアノを叩くだけで、そのピアノがどれくらい使われているか、どこかに歪みがあるかないかまで分かった。
だから陸奥として家業を継ぎたいと言う思いは強かった。
それながら艦娘となる事を決意したのは、深海棲艦の地上攻撃で母を失った仇を取りたいという復讐心だ。
父も愛する妻を殺した深海棲艦の仇を取りたいと言う自分の決意を受け入れてくれた。
家業を継がない事に後ろめたさはあったが、父は自分の意思を尊重してくれただけでなく、「家業なら気にするな、お前が決めた進路に父さんは反対しない」と背中を押してくれた。
「強く生きるんだぞ」
家を出る最後の時の父の言葉が今も胸に刻まれている。
そんな父ももうかなりの歳だ。帰省できない身として出来る事は自分の給与からの仕送りだ。
戦争が終わって艦娘が不要になった時、もし除隊可能になれたら実家に戻るつもりだし、それまで父には生きていて欲しい。
そう思いながら人間と深海棲艦との戦いに身を投じて来たが、今自分が聞いた話は状況がまるで違う。
簡単に言ってしまえば、人間同士での争いだ。
艦娘を殺すなんて、よほどの事情がある筈だ。
確かに愛鷹は艦娘の中でも経歴から素顔まで謎が一番多い。
どことなく辛い過去を送り続けていた節は垣間見えていたし、今でもそれに苦しんでいる。
かなり陰謀級の裏事情がありそうだ。
知ってしまったからには、陸奥自身ももしかしたら消される可能性がゼロとも言い切れない。
ここで聞き耳を立てている事がバレたら、と思うと多少は自分の身にも警戒すべき状況だ。
もしかしたら鈴谷と同じやり方で事故を装った口封じもあり得る。
誰かに知らせておきたい話だが、どうするべきか。
ひとまず自分は「あきもと」に行って出撃準備だ。
司令部には長門が鍋島の補佐に当たっているから、前線には自分が出る事になる。
重要な大火力持ちの戦艦陸奥として、種子島防衛に当たるのが自分の仕事だ。
食堂で戦闘配食を摂った後、愛鷹はウェルドックに隣接する艤装整備場に向かった。
整備場では明石が作業員や工廠妖精、久しぶりに見る工廠妖精のチフちゃんもいる、と共に空母機動部隊のメンバーの艤装の破損状態を確認していた。
「明石さん、お疲れ様です」
挨拶を入れると明石は自分に顔を向けて「いらっしゃいです」と返す。
タブレット端末とタッチペンを手に明石が見る艤装の状態は、どれも損傷が酷い。
血糊がべっとりついた艤装の一つを見て、愛鷹は悲しげに目を細める。
亡き鈴谷の艤装だ。
使い手を失った艤装は使用可能部品撤去後、廃棄処分になる。その際ネームプレートだけは大切に保管するのが決まりだ。
爆撃に巻き込まれた自分たちの内、幸い自分と青葉、衣笠は防護機能で被害を免れたが、艤装の破損が酷かった鈴谷と熊野は満足なバリア機能を展開できなかった。
だから鈴谷はその身を挺して、自分より傷が酷かった熊野を庇い、命を落とした。
味方に殺されたら、死んでも死にきれない……空飛ぶ計算機が……。
吐き捨てたい気持ちを抑えながら、明石に向き直る。
「明石さん、私の艤装の事で相談なのですが」
「何かご要望ですか?」
タブレット端末にタッチペンで損害状態を記入する明石が顔を向けて来る。
「私の主砲、もう少し旋回能力と再装填速度を上げられませんか? どうしても使い辛みがあって」
「旋回速度と装填速度ですか……上げられるだけやって見ますけど、正直な話陸奥さんの主砲をチューンする余地があまり残っていないので……。
やれるだけやってみますけど、微増程度だと思っておいて下さい。
と言うより、愛鷹さんが無茶し過ぎな気もしなくはないんですけど」
「それは……否定できません、ね」
溜息を吐いて、鼻柱を摘まむ。
火力が大幅に上がって以前より充分戦艦と渡り合えるようになったのだから、もう少し射程を生かした戦闘スタイルにしていくべきかもしれない。
超甲巡時代の接近戦にもつれ込むやり方が癖になっていて、まだ抜けられていないのが反省点だ。
「それに下手に接近戦やり過ぎると、飛行甲板が破損して発着艦が出来なくなりますからね。
愛鷹さんの航空艤装は装甲空母じゃないから被弾には脆いんですから。さっき検査しましたけど、甲板の随所に砲弾の破片で出来た穴が開いてましたよ、カタパルトの制御システムまで破損しかねない穴でした。
アレスティングワイヤーも切れたら航空機は着艦できないし、甲板そのものに直撃食らって全損したら話にならない。
自分の艤装の特徴をよく考えて下さいよ、もう巡洋艦じゃないんですから」
「次からは気を付けます」
ぐさりと胸に突き刺さる明石の説教を愛鷹は素直に受け取った。
ずっと対水上戦闘を前提にした教育を受けていただけに、航空艤装に関する注意力が欠け気味だった感は否めない。
瑞鳳抜きでも艦隊防空出来る強みを自分で潰しては本末転倒だ。
少し気落ちしたような姿になる愛鷹を見ながら、まあ使い勝手がちょっと難しいのが航空艤装と大口径主砲を併用する航空戦艦艤装系の悩みどころではある、と明石も溜息を吐いた。
空母と戦艦の機能の両立は中々難しい所ではある。伊勢型、扶桑型で既に判明している課題だ。
日本艦隊以外の国の艦隊で航空戦艦系が流行らないのは、やはり砲戦と航空戦を両立するのには少し慣れが必要なのと、艤装そのものが複雑化してしまう事だ。
それでも日本艦隊が航空戦艦系に拘るのは、大型艦艇艦娘の適正者が途絶えている事だ。
元々日本の人口も減っているし、志願制故に一般人の中にいる適正者を募る状況に限界がいずれ来るのは分かっていたことだ。
適正があっても、適性値が要求を満たせないと艦娘候補生の段階で落ちてしまう。
そもそも明石自体、艦娘の適性と言うモノの具体的な判別が分からない。
何をもって適正者と見分けているのか等、実態が不明瞭である。一番わかりやすいのは身体的な成長の停止程度だ。
大型艦艇系への適性が途絶えて久しい中、久々に大型艦艇の艦娘として着任したのが愛鷹だった。
ただ愛鷹はワンアンドオンリー艦なのか、二番艦、三番艦の構想が全くない。
中型艦艇も適正者が途絶えてしまっている中、鈴谷の戦死と来てしまったのは戦力的に容易に穴埋めが難しい問題でもある。
特に航空巡洋艦と軽空母の両方をこなせる貴重な艦娘だった。
いつ自分が死ぬか分からないのが艦娘の仕事とはいえ、日本艦隊で霞、浦風、鈴谷と熟練艦娘三人が短期間の内に戦死したのは痛い話だ。
何か戦力補填が簡単ないい方法でも無いモノか。
「艦娘の戦力補充……クローン技術、とかで何とかならないモノなのかな……」
何気なく明石が呟いた時、愛鷹がいきなり明石の胸倉を足が宙に浮く程の勢いで掴み上げた。
身長差もさることながら、驚く程の愛鷹の腕力に仰天する明石が驚きと困惑を交えた表情を浮かべた時、小声で愛鷹が「すみません」と謝りながら手を離した。
少しだけ激怒した様な愛鷹の反応に驚きながら、何か気に障る事を言ったか、と自問自答するが思いつかない。
一方愛鷹は溜息を吐くと「急に無礼を働き申し訳ございません」と謝ると、明石が何か言う前に整備場から出て行ってしまった。
「ど、どうしたんだろ……」
何か気に障る事でも言ってしまったのだろうか。
しかし、身に覚えが無いだけに明石は困惑するしかなかった。
その時空襲警報が鳴り響いた。
重攻撃機を含む大規模な戦爆連合が種子島基地と「あきもと」に向かっている、と警告が流れた。
戦爆連合がこの艦にも⁉ 明石が冷や汗を浮かべた時、艦内に複数の警告が飛び交った。
(全艦に発令、対空戦闘用意! 全部署に対空戦闘部署発令!)
(ウェルドックの艦娘は対空装備。スクランブル可能な艦は随時出撃せよ)
(前部バラストタンクの排水及び後部バラストタンク注水用意。全艦艦内後方傾斜に備えよ)
(バラスト注水完了後、ウェルドックハッチ開放)
古鷹、加古、陽炎、不知火、黒潮、親潮、神通、名取、敷波、綾波、秋月、照月らが次々にウェルドックから発進し、二群の輪形陣を展開し対空戦闘の構えを取った。
出撃していく艦娘達を見送る瑞鳳は取り敢えず矢筒に戦闘機隊の矢を装備させて、自分にも出撃命令が下った時への備えを取る。
出撃指示が出た艦娘が全員出るとウェルドックのハッチが閉鎖され、バラストタンクの注排水が行われ艦内が水平に戻った。
後には瑞鳳だけがウェルドックに残った。
夕張は艤装整備場に行ったきりまだ戻らず、深雪と蒼月は無人機の爆撃時に一部破損している艤装の修理と燃料弾薬補給中だ。
旗艦の愛鷹と青葉、衣笠はウェルドックに姿を現さず、どこへ行っているのか分からない。
ただ、青葉と衣笠は同期生の鈴谷の死で精神的にダメージを受けてしまっているのですぐには出られないだろう。
軽く溜息を吐いた時、外から砲声が聞こえ始めた。
出撃した艦娘達の対空射撃の砲声だ。「あきもと」のCIWSの射撃音まで聞こえる。
遠雷の様な爆発音が轟き、爆撃が始まっている事が分かった。
戦闘機隊による迎撃が行われている筈だが、もう爆撃を許したという事だろうか?
「AWACSさえ上がっていれば……」
直ぐに回せるAWACSがない為、種子島基地は自前のレーダーで深海棲艦の攻撃を察知するしかない。
何処かもどかしい気分を覚えながら待機している時、爆発音と共に「あきもと」の艦体が軽く傾いた。
(敵弾、右舷至近距離に着弾!)
(ダメージコントロールよりCIC、右舷第四デッキに軽度の浸水発生)
艦内に乗員の報告が飛び交う。至近弾による浸水が起きたようだが「あきもと」の巨体からすればかすり傷程度だ。
とは言え投弾を許した状況という事は、敵機の爆撃を防ぎきれていないという事だ。
航空優勢を確保しないと誰か、または「あきもと」が被弾する事になる。
五航戦の二人が重傷で動けない今、艦娘にある航空戦力は第三三戦隊の戦闘機隊のみだ。
だとしたら出撃すべき状況の筈だが、爆撃を受けている中艦娘を出撃させるのは極めて危険だ。
航空攻撃を凌いだ後、定数割れの状態で出撃となるか。
そう思っている時、隊の愛鷹、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に出撃指令がかかった。
同時に戦艦陸奥と軽巡大淀、駆逐艦長波、岸波、沖波、朝霜ら第三一駆逐隊への出撃準備も下る。
「出番の様ね」
そう呟いた瑞鳳は弓を手に取った。
肝心な青葉と衣笠が出撃可能な精神状態と言い難い状況の為、第三三戦隊は「あきもと」及び種子島基地防衛任務の為に陸奥を臨時編入する事になった。
また大淀に第三一駆逐隊の岸波たちをつけた臨時編成の水雷戦隊も編成し、爆撃が一段落し第二波襲来前に第三三戦隊と共に出撃となった。
ウェルドックで出撃準備を進める愛鷹に陸奥が歩み寄ると「よろしくね」と臨時編入としての挨拶を入れる。
「こちらこそです」
軽く一礼する愛鷹に陸奥は、ふと大淀他海軍関係者が命を狙っている事を教えるか一瞬迷った。
だが戦闘前に話すべき事も出ないか、と考え直し自分の艤装の準備を進める。
隣の愛鷹の艤装にはかつて自分が使っていた主砲がセッティングされていた。
自分が改二化された際に降ろされた主砲がまた使う機会に恵まれたのは、なんとも言い難い喜びがある。
グリップ操作槓で愛鷹が主砲の動作確認をするのを見て、自分が使っていた時より少し動きが速くなっている気がした。
「主砲の旋回性が上がっているわね。主砲の俯仰も早くなったかしら?」
「明石さんに少し無理を言って、可能な限り反応速度を上げさせて貰いました。
どうも三一センチの頃の癖が抜け切れてなくて、主砲の反応速度と再装填速度に不満があったのです」
「そう言えば、慣熟抜きでのぶっつけ本番の戦線投入だったわね」
改艤装の慣熟は愛鷹の不祥事と、種子島への緊急投入と言う時間的余裕の無さから、現地での実戦スタイルで行うことになっていた事を陸奥は思い出した。
飲み込みの速い愛鷹は慣熟抜きでも艤装そのものは割と使いこなせている様だが、自身の戦闘スタイルには戦艦の主砲はやはり不慣れが僅かにあるようだ。
元々三一センチ主砲で数々の修羅場を潜り抜けていただけに、そっちの方が馴染み深いし使い慣れていたのだろう。
「私の主砲を使ってみた感想は?」
そう問いかける陸奥に愛鷹は制帽の鍔を掴んで被りなおしながら簡潔に答えた。
「少し重いですが、威力はやはりビッグセブンのモノですね。
巡洋艦狩りには過ぎた威力です」
「それはまあ、そうなるわね」
苦笑を浮かべる陸奥に愛鷹もうっすらと笑みを浮かべた。
ウェルドックが開放され、準備の済んだ第三三戦隊と大淀以下の水雷戦隊が出撃する。
すぐさま愛鷹と瑞鳳は上げられるだけの戦闘機隊を出撃させた。
先の空母機動部隊救援任務での防空戦闘で愛鷹は烈風改二を三機失った為、補充を行うと共に小隊ではなくスカーとファルコンの二小隊を解散して、グリフィスとドレイクの二個中隊編成に組み替えた。
第一一八特別航空団第一中隊がグリフィス、第二中隊がドレイクのコールサインで呼称される。
瑞鳳から三六機の烈風改、愛鷹から一六機の烈風改二が上がり、瑞鳳搭載機の内、ストライダーとサイクロスプス以外の全小隊が種子島基地の防空任務に割り当てられ、「あきもと」含む艦娘の上空を護る戦闘機は八機の烈風改と一六機の烈風改二となった。
艦隊と支援艦防空は二四機の戦闘機が頼り。
後は艦娘達の対空射撃の腕前次第だ。
程なくして種子島基地の対空レーダーサイトが深海棲艦の攻撃機の編隊を探知した。
数は「あきもと」と種子島基地にそれぞれ六〇機ほどずつ。
戦闘機を駆る航空妖精さん次第だ、と愛鷹が思った時、瑞鳳が上げているAEW彩雲スカイキーパーから敵水上艦隊多数接近の報が入る。
編成を確認する瑞鳳の顔が一気に青ざめる。
敵は戦艦ル級改flagship型が六隻、重巡ネ級elite型六隻、ネ級改elite型二隻、重巡リ級elite型四隻、軽巡ヘ級flagship型二隻、雷巡チ級四隻、駆逐艦ロ級後期型エリート型六隻、ナ級Ⅱ後期型六隻。
戦艦六隻、重巡一二隻、軽巡二隻、雷巡四隻、駆逐艦一二隻、総計三六隻の大艦隊だ。
これほどの大規模水上艦隊を一度に送り込んでくるのは、そうある事ではない。
空母護衛にも付けているであろう戦力を考慮すると、相当な大艦隊が種子島近海に展開している可能性すらあった。
全員にこの報告が伝わると、全員生唾を呑み込んだ。
こちらの手元にはもうすぐに動員できる艦娘が長門と青葉、衣笠の三人しかいない。しかし、三人ともすぐに動ける状態ではない。
空母である瑞鳳は水上戦闘が出来ないから、艦娘側の戦力は中小艦艇艦娘を中心とする二二隻(二二人)。
火力では圧倒的に不利だった。
おまけに先のUAVデータリンクエラーの復旧作業が終わっていない為航空支援が来ない。
「流石にこれちょっとヤバいな……」
眉間に冷や汗を浮かべる深雪の言葉に、いつになく緊張する蒼月が頷く。
「予備戦力、まだ多数いますよね」
「ああ。もっといるだろうな」
「ス級がいないだけマシでしょうか?」
「あのバカ火力野郎抜きで、こっちは過去に何人も殺られているから……まあまあマシか」
慰めにもならねえ、と自嘲しながら深雪は主砲を持つ手の汗をハンカチで拭った。
正面からぶつかって勝てる相手ではない。
下手に挑んで更なる犠牲者を出すわけにはいかない。
何かいいアイデアは無いだろうか……。
海図を見つめる愛鷹はそう言えば、と前に長門から近海に複数のメタンハイドレート鉱床の海上プラントの話を聞かされたのを思い出した。
この種子島の近海には深海棲艦の攻撃が激しくなる少し前の海洋調査の結果、メタンハイドレートの鉱床が点在しているのが判明し、採掘プラントがいくつか立てられている。
種子島基地に一番近いプラントは試掘用のモノであり、埋蔵量は元々大したことが無かったため今は閉鎖されている。
しかし、掘りつくした訳では無いはずだ。
比較的その試掘プラント周辺の海底は浅くなっている。
「……これで行けるかもしれない」
そう呟いた時、二四機の戦闘機隊が会敵し、交戦を始めた。
瑞鳳から発艦した戦闘機隊と種子島基地の臨時飛行場から出撃した雷電の混成編隊が、種子島基地とSSTO施設を狙う深海棲艦の攻撃隊と交戦を開始する一方、艦隊と「あきもと」に向かって来る敵機には二四機の戦闘機のみで迎撃になった。
数の差はあれど、技量では後れを取らない戦闘機隊が攻撃隊を迎え撃つ。
(ターゲットマージ。敵機の攻撃機、全部重攻撃機じゃないか!)
(悪い予感がするな)
(そいつを杞憂にするつもりでやっちまおう)
二四機の戦闘機に対し、六〇機余りの深海棲艦の攻撃隊の約半分が向かって来る。機体はタコヤキだ。
(フォーメーションを崩すなよ、行くぞ!)
双方の発砲はほぼ同時だった。
烈風改二と烈風改の銃弾がタコヤキの放つ銃弾と絡み合い、双方で被弾した機体が黒煙を上げて落ちていく。
(ドレイク5がやられた!)
(くそ、開幕かよ。奴ら出来る機体ばかりだ)
ほぼ同数のタコヤキを相手にするだけに戦闘機隊は攻撃機に取り付けない。
重攻撃機の対艦攻撃能力は高いだけに、護衛機の防衛ラインを一刻も早く突破して撃墜しないと艦娘に被害が出る。
しかし護衛のタコヤキは腕利き揃いなのか、僅かに勝る物量と連携プレーで中々取り付く暇を与えてくれない。
(艦隊まで残り二万メートル、急げ、重攻撃機は一機も減っていないぞ!)
急かすように言うスカイキーパーの言葉にも焦りが滲む。
そんな中、二機の烈風改が背後を取られ、タコヤキの攻撃を受けて被弾し落ちる。
(こちらサイクロプス3、駄目だ、脱出する!)
(ストライダー2、被弾した。すまない、機体を捨てる)
(サイクロプス3とストライダー2のパラシュート確認!)
(くそ、ファイターパイロットの意地を見せてやれ!)
(陣形を立て直せ、エレメントを維持しろ!)
(邪魔な奴め、どけ!)
タコヤキが火を噴いて高度を落とす一方、烈風改が翼をへし折られて錐もみ状態で落ちていく。
二機の烈風改二からの攻撃を受けたタコヤキが木の葉のように回転して落ちていく中、ようやく二機の烈風改が重攻撃機に取り付く。
銃撃を浴びせられた重攻撃機が黒煙を吹いて高度を落とし始め、更に一機が落とされる。
そこへ護衛のタコヤキが舞い戻り、二機の烈風改は自分の身を護る為に攻撃を断念する。
(くそ、数で負けてないはずなのに、間に合わないぞ)
(結構派手にやったはずなのに減った気がしない!)
フルスロットルのエンジン音と機関砲の射撃音が青空に響き渡るが、重攻撃機を撃墜する音は混じらない。
粘り強い防戦に戦闘機隊はタコヤキを相手にするだけで精一杯だ。
無理みたいね……。HUDに表示される敵編隊の表示を見て愛鷹は軽く溜息を吐いた。
「こちら愛鷹、戦闘機隊各隊は重攻撃機から距離を取って下さい。スカイキーパー、長距離対空射撃を行います。
予測針路、高度を送られたし」
(了解、今送る。HUDで確認してくれ)
スカイキーパーから送られて来た敵機の情報がHUDに表示される。
対空射撃の構えを取る愛鷹に、陸奥が頼みを入れて来た。
「愛鷹、データリンク接続で私の主砲も連動させて」
「……それは私にタッチシステム管制で対空射撃をしろと?」
急な話に軽い驚きと困惑を覚えるが、あれこれ言っている暇はない。
「擬似的タッチ管制は……出来なくはない、ですけどね……」
真顔で頼んできた陸奥にそう返しながら、出来なくはない陸奥の主砲射撃管制システムを自分の射撃管制装置と連動させる。
本来愛鷹の艤装には専用のタッチシステム射撃管制機能はない。
一応被タッチシステム側の愛鷹でも、データリンク接続による照準共有を基にすれば、擬似的なタッチは可能とは言えかなり愛鷹の腕頼りになる。
不確定要素が多いながら、陸奥が愛鷹にタッチシステム管制を依頼したのは、自分より愛鷹の方が対空射撃に優れていると判断したからだろう。
軽く溜息を吐きながら、愛鷹は陸奥の主砲の射撃管制装置と自身の主砲の射撃管制装置をデータリンクで接続する。
「射撃管制、タッチシステム射撃管制にセット。タッチシステムデータリンク・アクティベート。
一部射撃管制をオフラインにセット、以後マニュアル・コントロールにて疑似タッチ射撃管制開始。
陸奥の主砲とのデータリンク接続を確認。
射撃照準は対空。全門三式弾改二装填」
HUDと射撃管制スティックを操りながら照準を接近する重攻撃機の群れに向ける。
射撃管制で補えない部分は自力で暗算する。
「全門三式弾改二装填確認。仰角、射角、コリオリ偏差修正よし。
射線方向クリア。
……照準よし!」
陸奥の四一センチ連装主砲と同三連装主砲が愛鷹の照準と連動して動く。
(行けるか? いや行くしかない!)
軽く唾を飲み込むと、愛鷹は射撃トリガーに指をかけた。
「長距離対空戦闘。タッチ管制艦指示の目標、主砲、撃ちー方始めー!
発砲! てぇーっ!」
トリガーを引いた直後、愛鷹と陸奥の主砲が一斉に火を噴き、周囲に衝撃波の波を押し広げながら四一センチ対空弾を空へ向けて放つ。
三〇機程の重攻撃機に向けて放たれた一四発の三式弾改二が近接信管を作動させ、爆発、散弾の雨を攻撃隊に叩きつけるように浴びせる。
凄まじい爆炎が重攻撃機を包み込み、すぐに黒煙へと変わり、そこから姿を現した重攻撃機は三分の二ほどの機体を失っていた。
たまげたもんだ、と深雪が口笛を吹く。
「相変わらず仕事がスゲエな」
「結構削れましたね。秋月姉さん、照月姉さんと一緒に頑張れば残りは私達でもやれそうです」
少し自信ありげに言う蒼月だが、長女の秋月は真剣な眼差しを崩さず敵機を見つめる。
「油断は禁物よ。照月、蒼月、主砲対空戦闘。残存目標に主砲を指向。
弾幕を展開するわ」
「了解、秋月姉さん」
頷く照月も長一〇センチ砲の砲口を重攻撃機へと向ける。
射程に入り次第三人の対空射撃が始まった。
高い速射性と強力な装薬で撃ち出される対空弾が重攻撃機の生き残り目がけて飛翔し、弾幕の嵐を叩きつける。
三人からの激しい対空砲火に重攻撃機は瞬く間に五機を失うが、残る重攻撃機六機が低空へと舞い降り始める。
「魚雷か、反跳爆撃か……」
重攻撃機の機動を見る夕張が見つめる中、超低高度に降下した重攻撃機がその胴体の下に細長い物体を現した。
魚雷だ。それも三本。
「全艦、弾幕を展開! 近づかせるな!」
凛とした陸奥の指示に秋月、照月、蒼月以外の駆逐艦娘や神通、夕張らも対空射撃を始める。
さらに増えた弾幕に怯む事無く重攻撃機が迫るが、激しい弾幕の雨が魚雷投下ポイントの前に立ちはだかる。
二機が同時に砕け散り、一機が姿勢を崩して海面に突っ込む。
「残り三機……艦対空噴進砲、攻撃用意」
中々落ちない三機の姿を見つめる愛鷹は、準備を整えている自分の対空火器に指示を出す。
周囲に炸裂する対空弾の散弾を浴び続けた結果、ボロボロになった重攻撃機の一機が力尽きた様に海面に突っ込んで白い水柱を突き上げた時、残り二機の重攻撃機が魚雷を投下した。
「敵機魚雷投下! 全艦回避運動!」
艦娘達が一斉に魚雷の射線上から離れるが、魚雷二発が「あきもと」に向かって伸びて行く。
巨大な艦である「あきもと」では直ぐに躱せない。
次弾装填が終わったばかりの愛鷹が主砲を向けた時、長波を先頭にした第三一駆逐隊の四人とそれを率いる大淀が魚雷目がけて射撃を開始する。
「やらせるか!」
主砲を撃つ長波の砲撃で一発が爆発するが、残る一発は「あきもと」へ白い航跡の筋を伸ばしていく。
いくら後方支援の艦とはいっても、あの巨体なら魚雷の一発でそう簡単に沈みはしないだろう、と愛鷹が思った時、大淀の「しまった!」と言う叫び声が聞こえた。
何事? と愛鷹が振り返った時、視界に大淀の一五・五センチ主砲弾が目に入った。
咄嗟に防護機能を展開するが、充分な防御率にまで上がる前に砲弾が直撃し、爆発する轟音が愛鷹の耳を聾した。
頭部に凄まじい痛みが走り、悲鳴にならない悲鳴を上げて愛鷹は仰向けにひっくり返る。
「愛鷹! 大丈夫⁉」
陸奥が制帽を吹き飛ばされ、頭から血を流して倒れている愛鷹の元へ寄る。
右の側頭部から出血する愛鷹は右手を当てて流れ出る血を抑えている。
無帽状態の愛鷹の傍に寄った陸奥が医療キットから止血剤のスプレーを出した時、爆発音が聞こえ「あきもと」の艦体が軋む音を立てた。
魚雷が命中してしまった。命中箇所から黒煙を吹きあげる「あきもと」から警報が鳴り響き、ダメージコントロール作業の指示が飛ぶ。
傷口に手を当てている愛鷹の手をどけて、陸奥が患部に止血剤を吹き当てる。
どうやら大淀の放った砲弾が跳弾になってしまい、愛鷹の頭に当たったようだ。
破片などは刺さっていないが、切り傷が刻まれている。
「瑞鳳、手当てをお願い!」
スプレーを吹き付けてその場しのぎ程度の止血をすると、陸奥は医療バックを持つ瑞鳳を呼ぶ。
流石に痛むらしく患部を触らない程度に右手を当てる愛鷹を見下ろした時、陸奥は愛鷹の容姿が大和そっくりな事に気が付いた。
制帽を目深に被っていた為、今まで気が付けなかったが、脱いでみれば容姿は大和と瓜二つだ。
(どういう事……?)
思わぬ素顔に陸奥が困惑していると、医療バックを背負った瑞鳳が駆けつけた。
「傷は?」
「跳弾した砲弾が頭に当たったわ。見た感じ切り傷で済んでるけど……」
容態を尋ねる瑞鳳にざっと自分が見た程度の具合を伝える。
呻く愛鷹に患部を見せて貰った瑞鳳は、これは痛いだろう、と切り傷と言うより裂傷に近い愛鷹の傷を見て、とりあえず止血剤と鎮痛剤を打つ。
傷口具合から絆創膏じゃ無理だと判断した瑞鳳は、バックから応急処置の道具を出し、応急手当を行った。
傷口に当てたドレッシングとそれを巻き付ける包帯をしっかり縛り、最後に白い覆いの右側が一部焦げた制帽を渡して愛鷹を陸奥と一緒に立たせる。
「艦内の医務室で処置を受けた方がいいかな」
「……この程度の傷……なんてことはありません……」
不安げに応急処置をした部分を見る瑞鳳に、阿弥陀被り気味になった制帽を軽く直しながら愛鷹は首を横に振った。
痛みが和らぎ始め、深い溜息を吐きながら軽い眩暈を覚えながらも自力で立った。
余り重傷ではない様なのが幸いだと陸奥が思った時、愛鷹が「見て……しまいましたよね」と尋ねて来た。
「見ちゃいけないモノだったのは承知してるわ。でも今ここで理由とかの説明は後回しよ。
敵の水上部隊をどうやって迎撃するかが優先事項」
「私にいい案がありますよ」
そう返す愛鷹に無言で先を促す。
「深海棲艦をお名前通り深海に戻すんですよ」
「え?」
どういう事? と陸奥が首を傾げた時、「こんの大馬鹿野郎!」と言う深雪の怒鳴り声と誰かを思いっきり殴り飛ばす音が聞こえた。
二人が視線を向けると、深雪に左頬から殴られた大淀が海上に尻餅をついて、殴られた時に吹っ飛んだメガネをかけなおしていた。
尚も怒り止まぬ深雪がもう一発を繰り出しかねない勢いになっていた為、慌てて陽炎ら駆逐艦と神通が間に入った。
殴り飛ばされた大淀を夕張と名取が立たせて、状態を窺っていた。
「お、怒るのは分かりますけど、暴力はダメですよ」
「そうだぜ。ぶちぎれるのは分かるけどよ、今のはちとやり過ぎだぞ」
誤射に怒りを露わにする深雪に蒼月と朝霜が落ち着けと抑え込む。
「跳弾でも誤射してもろに当たってたら愛鷹も危なかったんだぞ!」
「深雪さん、暴力はダメです。私の事を気遣ってくれているのは分かりますが、殴って何か変わると言う訳ではありません」
「お前はいつもそんな姿勢だから」
「私は、ほら、生きているんです。ちゃんと二本の足で立っています」
落ち着けと愛鷹も抑えに入ろうとした時、一同のヘッドセットに緊急通信の電子音が鳴った。
司令部に残って鍋島司令の補佐に当たる長門からの通信だ。
(皆、よく聞いてくれ。鍋島司令経由で武本提督から指示が出た。
SSTOのこれ以上の発射遅滞は欧州への脅威対応に支障きたす為、明日早朝SSTOの発射を強行する事をUNPACCOMと協議の末決定。
明日〇四三〇までSSTO発射施設及び当該海域における可能な限りの航空優勢の確保に努めよ。
以上だ)
言うは易く行うは難し、とは何とやらと軽く溜息を吐きながら愛鷹は意見具申を入れた。
「長門さん、愛鷹です。ちょっとそちらで鍋島司令と行って貰いたい事があるのですが」
(何だ、面白い作戦でもあるのか?)
聞いていたらしい鍋島が長門に代わって出る。
「そんなところです。ただ、現場判断では関係ない第三者に迷惑を入れかねないので、ちょっと国交省や水産庁とかに話を入れるかもしれませんが」
(各省庁との話付けか。ふむ、続けろ)
先を促す長門に愛鷹は海図をHUDに表示させ、種子島から少し離れた座標を長門のコンソールに送った。
「ここにある資源試掘プラントD11を利用した作戦です」
(D11……ああ、水産庁がかなり前にこの海域でのメタンハイドレート試掘の時に調査用として立てたやつか)
「はい。そこのプラントを用いた作戦になります。一言で聞くとすれば、そのプラントを派手に破壊することになっても良いかどうか、です」
(ほう……)
「あのプラント一帯にはまだ少量のメタンハイドレートがあり、比較的深度も浅い場所です。
深海棲艦の艦隊をうまくそこへ誘引出来れば、今日中にケリがつくかもしれません」
(今日中か)
「希望的観測もありますが、そちらで出来れば三〇分以内で関係省庁と話を付けて欲しいのです。
こちらへと進軍する深海棲艦の水上部隊の進撃速度を勘定した作戦なので」
(水産庁と国土交通省と霞ヶ関にも範囲が広がりそうだな)
しかし、悪くないとでも言う様な声になる鍋島に愛鷹は作戦計画を伝えた。
愛鷹の提案した作戦は、
第一段階・一個艦隊を用いて深海棲艦の艦隊を資源試掘プラントD11の近海へ誘引。
第二段階・海底のメタンハイドレート鉱床に魚雷を撃ち込んでメタンの泡を吐き出させ、敵艦隊を泡の海に沈める。
最終段階は残存敵艦艇の掃討及び全艦の帰還、と言う形で締めくくられた。
「敵水上部隊がこの基地を含むAO(作戦海域)に至るまでのETA(到着予定)は、深海棲艦が現在の速力を維持した場合希望的に見積もって四〇分が限界です」
(了解した。貴様の作戦を関係機関と共有して話を付ける。誘引を行う囮艦隊の人選は貴様に任せる)
「ありがとうごさいます」
艦娘への態度は良いとは言えないが、戦闘中となると防衛戦力として他に替えが今の所ないからか、少なくとも愛鷹からすると鍋島の反応は積極的とも好意的とも取れなくはなかった。
私情は戦闘中挟まない公私を分けた対応が出来る海軍司令官という事か。
「確かに無能だったらとっくその座を追い出されている立場よね」
口に出して呟きながら、愛鷹は囮艦隊の人選を行った。
囮艦隊の旗艦は言い出しっぺの自分と、速度、経験の豊富な艦娘の中から選ぶ必要があった。
行く先が地獄でも付き合うと言いだす深雪は勿論編入する一方、最高速力が今一つである夕張は外し、古鷹と加古の二人の重巡と神通を選んだ。
対空戦闘能力の高い蒼月は種子島基地防衛に残しておきたい為、代打者に秋月を選んだ。
囮艦隊の人選を済ませた愛鷹が五人に召集をかける。
初めて艦隊を組む間柄になる神通と秋月に「お二方の実力、見せて頂きます」と敬礼して頼み込む。
「こちらこそ、水上戦闘はお任せください」
「対空戦闘はこの秋月にお任せ下さい。どうぞよろしくお願いいたします」
踵を揃えて愛鷹に返礼する神通と秋月の顔には場数を踏んでいる経験者の余裕があり、愛鷹としては頼もしさを覚えさせる二人だ。
古鷹と加古の二人とは、沖ノ鳥島海域での戦いで共闘経験があるので互いに面識のある関係同士だ。
「なあ、この作戦なんか名前とかあるの?」
第三主砲の作動状態を確認する加古の問いに、そう言うモノへの発送が全くなかった愛鷹は首を横に振った。
「特に名前などは……」
「メタンハイドレートのガスによる泡ブクで海底に送り返すのだから……泡、バブル作戦なんてのはどうでしょう?」
そう提案する古鷹に、失敗した時の「水泡に帰す」と言うのを連想しながらも、敵の作戦が水泡に帰すと考えればよしと自分に言い聞かせて、即効の「バブル作戦」と呼称を決めた。
ダメージコントロールで被弾した区画への防水作業を終えた「あきもと」から整備艇が発進し、囮艦隊のメンバーへ既に消費済みの量の燃料を補給する。
補給作業が行われる中、愛鷹は右側頭部の応急処置部分から一旦包帯をほどき、傷口の具合を陸奥に確かめてもらう。
「止血は出来てるわ。もう新皮が形成されて来てるくらいよ。
絆創膏を貼っておくだけでも充分かも知れないわ」
「ではその処置にやり直しておくとしますかね」
「私がやってあげる」
傷口に貼る医療キットの絆創膏を陸奥に貼って貰っていると、鍋島から通信が入った。
(関係先機関からGOサインが出た。戦時だから非常招集もかかっているだけに思ったより早く終わった。
D11他、いくつかのリグは破壊することになっても、こちらからは一切の責任追及と被害補償、責任者への責任を問わない、だそうだ)
「話が分かる文官揃いでよかったです」
(全くだ。準備は出来たな?)
「はい。私と古鷹、加古、神通、深雪、秋月による囮艦隊で敵艦隊の誘因を図ります。
そちらにいる長門さんの手も、万が一に備えてお借りしたいところではありますが」
(長門もそちらに回すが、長門は種子島基地防衛に回す。後は貴様らの経験と技量で何とかしろ。
成功を祈る。アウト)
通信を切る鍋島にヘッドセットから手を離した深雪が「何が成功を祈るだよ……」と軽く溜息を交えて呟いた。
空母機動部隊のメンバー救援任務のデブリーフィングで鍋島が翔鶴、瑞鶴、鈴谷を人として見ていた節が無いのが不満だった。
戦死した鈴谷には死んでも死にきれない無念があったはずだ。誤爆と言う味方に殺される結末など無駄死に以外の何物でもない。
どこかしら無理している印象も否めない愛鷹に視線を向けた時、愛鷹は囮艦隊旗艦として隊列形成を自分たちに指示するハンドサインを送るだけで振り返る事は無かった。
愛鷹。死にたくないと言いながら、お前は何でいつも身の安全など誰も保証できない最前線に立つんだ?
自分に残されたわずかな寿命を全うしたいと語る愛鷹と、命の保証なき最前線に進んで立つ愛鷹と言う、相反する姿を覚えながら深雪は最後尾に並んで出港した。
囮艦隊が出撃して程なく長門が「あきもと」から青葉と衣笠を伴って現れた。
(もう再出撃可能なくらいに精神を立て直せたの?)
戦列に復帰する青葉と衣笠に対し陸奥が軽い驚きを覚えていると、長門が自分の元に寄って来た。
「待たせたな」
「いいの長門? 青葉と衣笠の精神状態」
「完全に立て直しきれた訳では無いが、戦闘に参加できる程度なら行けるだろう。
私も今は無理に戦列に復帰しなくても良いと思うが、青葉曰く姉妹揃って『じっとしてられない』そうだ。どの道人手は欲しい」
硬い表情を浮かべる長門に一抹の不安を抱く陸奥だったが、確かに今は一人でも多くの人手が必要な事に変わりない。
鈴谷を失い熊野の戦線離脱を余儀なくさせられ、更に空母機動部隊は全く使い物にならない今、戦える艦娘は貴重だ。
「長門、ちょっといいかしら?」
「何だ」
手招きする陸奥に長門が寄ると、陸奥はヘッドセットを叩いて手刀を切る仕草をした。
無線を切れ、と言うハンドサインだ。どういう事だと思いながら一応ヘッドセットの無線機能を一度シャットアウトする。
「この事は大淀に知られる訳にはいかなくて。
長門、理由は今の所分からないけど、愛鷹の命を狙う一派がこの基地にいるわ」
「何だと……!?」
驚愕する長門に陸奥はちらりと大淀を見やり、驚きを隠しきれない長門に偶然知った事を明かす。
「おまけにその一派には大淀も関わっているみたい。何がきっかけであの子が外道に染まっているのか今は分からないけど」
「大淀が愛鷹の命を狙う一派の手先に……なるほど。
待てよ……」
ふと長門はこれまで種子島基地に愛鷹が来てから起きた事を整理してみると、ある程度納得出来る事があった。
いや、全て辻褄が合うと言うべきか。
「この事を知っているのは?」
「私と貴方だけね。青葉たちにも大淀の事は話してないわ」
そう返す陸奥に長門はまあ、今はそれが妥当かと頷く。
「推測が一部混じっているが、これまで第三三戦隊が種子島に来てから起きている事を精査すると、大淀が間接的に関わって来た可能性がある。
アリバイがない訳でないが、大淀が愛鷹の殺害を目論む一派の手先になったのだと仮定すると、先の誤爆も駆逐艦娘『いわなみ』の件も全て納得がいく」
「……全部裏で大淀が関わって来た……誤爆は実は誤爆では無い?」
目を細める陸奥に長門は頷く。
「技官がサーバーをチェックしたら、UAVのOSに外部から接続を受けた痕跡が見つかった。技官の話では記録に無いアクセスだそうだ。
これが大淀によるものだとすれば、アイツが何かウイルスなりバグなりをUAVに仕込んでいたとすれば、あのドローン空爆は愛鷹を巻き添えに見せかけての殺害が目的だった可能性がある」
「つまり、鈴谷はその巻き添えの犠牲者……」
「恐らくは、な。『いわなみ』の件に関しては大淀にアリバイがあるからアイツが直接やったとは言えないが、普段から司令部にいたあいつなら事前に準備を出来た話だとすると納得がいく。
問題は何故あいつがそんな外道に走っているかだが」
そこに納得いく答えが無い長門に、陸奥は仁淀の話を伝えた。
仁淀の命と愛鷹の命を天秤にかけられ、事実上強制的にやらされているとすれば、何か決定的な打開策に繋がり得るかも知れない。
「それが事実だとしたら……アイツとしても本心でやっているとは言い切れんな」
「仁淀を人質にする形で服従を余儀なくされたのだとしたら、万が一あの子が逮捕されても情状酌量の余地が残るわね。
軍法会議モノの話とは言え、あの子の減刑に役立つかも」
そう語る陸奥に同感だと頷く。
「何故愛鷹が命を狙われなければいけないのか、は私にもよく分からないけど、顔が大和とそっくりなのを考えると何か裏話があるわね」
「……アイツからは不必要に喋るなと言われているから黙っていたが、お前もこの騒動に関わったのなら知っておいても損は無いと思って明かす。
アイツは大和の遺伝子を基に作られた大和のクローンだ。詳しい話はここで話しきれないが」
「ホントなの?」
驚きを浮かべる陸奥に長門は「あいつが直接教えてくれた」と返す。
「提督に報告するべきか否かだが、通信関連に監視が入っている可能性を踏まえると、すぐにはいかんな」
しかしこのまま放っておけば一体どんな破壊工作に遭うか分からない。
直接知らせるにしても、長門か陸奥かがこの場を離れて行うとしても今の二人の立場から言えば難しい話だ。
代役を立てられれば良いのだが……。
「羅針盤障害レベルが急激に上がり始めました! 障害レベルが急激に上昇中」
自分の羅針盤を見て告げる神通にかかったか、と思った時艤装CCSから初めて聞く報告が上げられた。
方位磁石が突然高速回転し始めたのだ。
更に腕時計を見ると時計の針が急激に回り始めていた。
「これはちょっと拙い……」
眉間にしわを寄せる愛鷹は、海図を取り出してある程度の勘と原始的なやり方で自分の位置を特定する。
方位磁石と腕時計が使えないとなると、日光を利用して東西南北を図るしかない。
しかし、方位磁石まで狂わされる障害は愛鷹も聞いたことが無い。
どう言うからくりが働いているのか、と首をかしげたくなった時、海上を監視していた古鷹が何かに気が付いた。
「……あれは……加古、見て」
「何だ……おいおい、マジかよ」
「どうかしました?」
緊張した表情を浮かべる二人に愛鷹が尋ねると、古鷹は右前方の海上を指さした。
双眼鏡を手に愛鷹が見てみると、青い海上に赤いモノが広がっていくのが見えた。
「海が赤くなっている? 赤潮か……」
それにしてはやけに血の色染みた色合いだ、と思った時神通が目を剥いた。
「あれは……まさか⁉」
「愛鷹、気を付けろよ。神通は目が良い。
神通がヤバいと思う風景があるって事は、ただのヤバい状況じゃないって事だ」
何事と神通に問おうとした愛鷹に深雪が忠告する。
了解ですと感謝しつつ、神通に尋ねる。
「あの変色は見覚えがあります。多分古鷹さんと加古さんも」
「あたしには馴染み深いくらいね……愛鷹、変色海域現象が発生しているぞ!」
加古の言葉に愛鷹は驚愕した。
変色海域現象って、まさか……。
次の瞬間、一同が航行する海は赤く変色した世界に変貌していた。
金属が得体のしれないモノに蝕まれる様な音が六人の艤装から発せられ、古鷹、加古、神通が聞き覚えあると言いたげな顔で互いの艤装を確認する。
その時、突然愛鷹のソナー、レーダーがブラックアウトし、主機からエラーの警告が発せられ、目に見えて愛鷹の航行速度が落ち始めた。
「どういう事、艤装CCS報告を」
いきなり機関不調か? と愛鷹が困惑気味に艤装CCSからの報告を待っていると深雪が眉間に汗を浮かべた。
「拙いぞ……愛鷹の艤装には『耐性』が無いのかも知れない」
「艤装への侵蝕破損……ですか。噂には聞いていましたけど」
自分の艤装に刻まれる軽度の損傷の跡に、秋月が険しい表情を浮かべる。
「海の色が真っ赤……これが噂に聞く鉄底海峡を巡る攻防戦で発生した変色海域の現象……」
CCSからの報告に唇を噛みながら独語するように呟く。
主機に原因不明の破損が発生し、今の自分には全速発揮が不能になっていた。
良くて第四戦速が関の山だと言う。機動力を一部もがれてしまっていた。
「長い戦闘は出来ない……って訳ね」
問題発生に継ぐ問題発生、と言う状況に愛鷹は危機感を募らせた。
赤く変色した海では艤装に原因不明の侵蝕が発生し、長時間いればいる程重大な損傷を受けてしまう事が報告されていた。
ある程度の対策を行えば被害は減らせると言うが、自分の艤装にはあまり効いていないのか。
最悪艤装が全損して行動不能にさせられる赤い海の中に放り込まれた六人の進む先には、分厚い雲が近づいていた。
「文字通り、雲行きが怪しいわね……」
胸の内に湧き出す不安と恐怖から来る動揺が強いプレッシャーとなって愛鷹に圧し掛かろうとしていた。
予告として、艦これの2020年冬イベントの内容次第では去年のシングル作戦ベースのエピソードと一緒に展開するかもしれません。
また次回のお話でお会いしましょう。