本編をどうぞ。
敵大規模艦隊の半数程が愛鷹率いる艦隊の方へと進路を変更したと言う情報が入ると、艦娘達から安堵のため息が上がった。
戦力差は種子島基地防衛に当たる艦娘艦隊からすれば、かなり楽な数になった。
一方で、愛鷹達六人は倍以上の戦力と相手する羽目になっていた。
不安要素としてはどのチャンネルで呼びかけても愛鷹はおろか、誰一人返事が返ってこない事だった。
強力な電波妨害と通信妨害が発生している為、種子島基地から行方を探るのは事実上不可能になっていた。
ようやく岩国基地からAWACSが上がったモノの、海域に到着するまでにはどうしても時間がかかる。
後手に回りっぱなしの状況に、長門は焦りに似たモノを感じていた。
心配なのはやはり愛鷹率いる艦隊の安否だ。通信も取れず、レーダーで捕捉する事も出来ない。
生きているのか全滅してしまったのかすら分からない。
しびれを切らした青葉が瑞雲を発艦させて行方を追っているが、今の所安否は不明だ。
生きて帰れよ……。
胸中で六人の無事な帰還を長門は祈った。
レーダーは使用不能、通信関連も軒並みダウンした現状頼れるはソナーと目視だけだった。
主機に異常をきたして速力が低下した愛鷹に合わせて航行するしかない艦隊は、オイル試掘リグへの到着予定が大幅に遅れていた。
ダメージコントロールでの復旧も無理だし、下手に主機に無理を強いれば余計に異常が起きる可能性もある。
厄介な状況……。
ある意味機動力が取柄とも言える自分の艤装の長所を封じられている事に、愛鷹は苛立ちを募らせていた。
HUDのレーダー表示は「OFFLINE」としか表示されず、復旧の見込みがない以上目視による警戒監視しかない。
AEW天山を上げたが、変色海域内ではAEW天山のレーダーですら無効化されていた。
更に厄介なのは分厚く黒い雲に空が覆われてしまっている事だ。太陽光を用いた天測航法が出来なくなっている。
方位磁石と腕時計も使えない為、自分達の正確な位置すら把握し辛い。
辛うじて風向から方位を割り出していたが、風向きまで変われば流石の愛鷹もお手上げになる。
戦術的誤算は流石にどうもならないわね。
胸中で呟いた時、双眼鏡で水上監視を行っていた神通が警報を上げた。
「右三〇度、距離二万に艦影複数を視認。深海棲艦の艦隊です!」
「数は⁉」
主砲を構える加古の問いに神通は「六隻です」と返す。
愛鷹も神通が告げる方向へ双眼鏡を向けて確認する。目の良さなら神通にだって負けない自信はある。
「ル級改一、ネ級一、ネ級改二、ナ級二か……」
大した陣容だ。そして脅威でもある。
一戦やるしかないだろう。
「全艦、合戦準備、合戦準備。対水上戦闘用意! 右砲戦、雷撃戦用意」
号令が下るや、全員がそれぞれの得物を構え深海棲艦へ射撃の構えを取る。
HUDが使えない為、愛鷹の主砲はマニュアル・コントロールだ。敵に有効弾を与えられるかは自分の射撃の腕次第。
ル級改を相手にする事になるが、ル級改は大変にしぶとい戦艦なだけに四一センチ主砲でも即座に無力化するのは厳しいだろう。
少しラウンドが長引きそうだ。
「ル級改は私が引き受けます。皆さんは重巡と駆逐艦を」
「了解です」
旗艦からの指示に古鷹が頷く。
頭はこちらが抑えている、上手く行けば丁字戦でやれるかもしれない。
主砲は既に徹甲弾を装填して発砲待機中だ、射程内に捉えればすぐに撃てる。当たるかどうかは深海棲艦の動き次第。
深海棲艦側も主砲を向けて攻撃の構えを取っており、戦艦としての存在感を見せるル級改の主砲が自分たちに狙いを定めていた。
あれに撃たれたら一溜りもない、と愛鷹が眉間に汗を浮かべた時、ル級改の主砲が火を噴いた。
「敵艦発砲!」
緊張気味の声を秋月が上げた時、愛鷹も主砲砲撃を開始した。
「目標、敵戦艦ル級改。主砲、撃ちー方始めー!
発砲、てぇーっ!」
四一センチ連装主砲の砲口から真っ赤な火炎が迸り、反動で砲身が後退する。発砲の火炎を吐き出す砲口から徹甲弾が撃ち出され、愛鷹の狙った位置へと飛翔していった。
先手を打ったル級改の砲撃が着弾するのが早かった。
八発の主砲の砲弾が愛鷹から一〇メートルと離れていない所に着弾し、高い水柱を突き立て、高波と衝撃波を六人に叩きつける。
大した威力だ、と一番弾着地点に近かっただけに衝撃波を強く受けた愛鷹が思った時、自分の砲撃が着弾した。
ル級改から五メートルと離れていない所に着弾している。精度ではこちらが上だ。
そして速射性も。
再装填が完了した主砲から発砲用意よしのブザーが鳴る。
照準を微調整していると、深海棲艦はル級改とナ級、ネ級とネ級改、ナ級と二手に分かれた。
古鷹を先頭に加古と神通、秋月、深雪がネ級とネ級改、ナ級へと進路を変更した。
分離する間際、深雪は愛鷹に振り向くと無言で親指を立てて頷くと、振り返ることなく古鷹達に続いた。
無言だが、「幸運を」と言うジェスチャーは分かる。
深雪さんも、と胸中で呟きながら、愛鷹はル級改へ二射目を放った。
発砲を確認したル級改が回避運動を取り、ナ級が前へ出る。
雷撃と対空戦闘に優れる駆逐艦であり、数ある深海棲艦の駆逐艦でも極めて脅威度の高い艦だ。
まずはナ級から無力化するか、と第三射を再装填しながら考えた時、ル級改が第二射を放ってきた。
お互い距離が縮まって来ている。万が一に備えた方がいいか、と左手で刀を鞘から抜きながら思っているとル級改の砲弾が迫って来た。
「面舵一杯、最大戦速」
厳密には今の自分には最大戦速まで上げられないが、いつもの癖で指示を出す。
右手へと回頭した愛鷹の背後でル級改の砲撃が着弾する。背中で感じる衝撃波が息苦しさを覚えさせる。
接近するナ級へ主砲を指向し、発砲の構えを取る。駆逐艦なだけに動きは俊敏だ。
装填完了のブザーを聞くと、ナ級の予測針路上に愛鷹は砲撃を行った。
四一センチ主砲の砲弾が轟音と共に放たれ、三一センチ主砲よりも強力な発砲時の衝撃を愛鷹にもぶつけて来る。
歯を食い縛って堪える愛鷹が見る中、ナ級の周囲に水柱が突き立つ。
手応えは無い。挟叉にはなった様だが直撃では無い。
もう一発、と思った時ナ級が魚雷を放った。
「右舷、敵魚雷接近!」
ウィングに付く見張り妖精の報告が上がる。
「取り舵一杯!」
即座に左手へと舵を切った愛鷹だが、先読みしていたらしいル級改の砲撃が飛んで来た。
自分に向かって伸びて来た雷跡二本を躱しながら、飛来する砲弾の弾道を見極め、面舵五度修正をかけると左手持ちの刀を振るった。
二発の砲弾が切り捨てられ、海へと突っ込む。周囲に着弾する外れ弾の衝撃に揉まれながらも、愛鷹は速度を落とさず主砲の狙いをナ級に定める。
集弾性の高い砲撃を浴びせて来たル級改を一瞥した時、再びナ級は二発の魚雷を発射した。
舌打ちしつつ、回避運動を取る。
当たってたまるか、と自分に向かって迫る白い二本の航跡を躱すと、ナ級へ向けて微妙に第一主砲と第二主砲の砲撃をずらして撃つ。
飛翔して来た四一センチ主砲弾二発が目の前に着弾し、鼻先を抑えられたナ級が微妙に速度を落とした。
そこへ発砲タイミングをずらした二発がナ級に直撃した。
もろに四一センチ主砲弾二発を食らったナ級が轟音と共に大爆発し、細かい破片を周囲に撒き散らして果てる。
轟沈したナ級を一瞥しながら、愛鷹はル級改に主砲を向けた。
僚艦の轟沈に動揺した振りも無く、ル級改は砲撃を愛鷹に向けて行った。
お互いの距離が流石に近かったのとナ級との戦闘直後なだけに、回避運動では回避しきれない。刀を振るって三発を切り落とすが、残る砲弾が自分の周囲に着弾して爆発する。
「触発信管ね……」
防護機能で破片を弾きながらも、打ち消しきれない衝撃波に体を揉まれる。
やられて溜まるか、と再装填が終わった主砲をル級改に向けて放つ。
四発の主砲弾が空気抵抗による摩擦熱で真っ赤に光りながら飛んで行き、ル級改の艤装に着弾の爆炎を瞬かせた。
二つの爆発光と火炎によし、と思った時ル級改が反撃の砲火を放つ。
当たるか、と面舵に切る。今度は全弾躱せる余裕があった。
背後に着弾し爆発するル級改の砲撃を背中で感じながら、愛鷹は刀を構えてル級改へ吶喊した。
接近戦を挑んできた愛鷹にル級改は全速後進をかけるが、間に合わず内懐に迫った愛鷹の振るう白刃の洗礼を受けた。
瞬く間に主砲全基を切り裂かれ、戦闘能力を失う。
何も出来なくなったル級改が愛鷹を睨みつけた直後、四発の四一センチ主砲弾がル級改に至近距離から撃ち込まれた。
一瞬だが愛鷹を睨むル級改と視線が合った。
激しい憎悪を浮かべるル級改の目に感情を吹き消した愛鷹の目が見返した直後、ル級改は爆炎の中へ消えた。
直撃の閃光が二つ走り、ネ級改の艤装から何かの破片が飛び散る。
しかしネ級改は被弾の衝撃で少しよろけはしたが、直ぐに姿勢を立て直して主砲を構える。
硬い……! 自分の砲撃を食らっても中々参った様子を見せないネ級改に、古鷹は右目を細めて焦りを滲ませた。
後ろでは加古がネ級と砲戦を続行しているが、ネ級もかなり粘っており致命打を与えるに至っていない。
(最低でも五発は当てているのに……やけに硬い、硬すぎる)
ネ級改との交戦は初めてではないが、ここまで粘ったネ級改は前例がない。
二、三発当たってしまえば中破ないし大破まで持ち込めたはずだが、全く参る気配が無い。
装甲を強化したのか、と古鷹が思った時、ネ級改の主砲に砲撃の閃光が走る。
回避運動を取ってギリギリの距離で砲弾を躱すが、至近弾の立てる水柱と波が視界を奪う。
右腕の主砲を構え直し、狙いを定めている時、後ろでけたたましい音と共に加古の悲鳴が上がった。
「加古!」
振り返った古鷹の目に、魚雷発射管に被弾して倒れる加古の姿が映った。
安全装置をかけていたので誘爆はしなかったものの、ぐしゃりとひしゃげてしまっている魚雷発射管は見るからに使い物になりそうにない。
「くっそ……魚雷発射管、緊急パージ!」
右足を抑えながら加古が指示を出すと、大破した魚雷発射管が自動的に外れて海中に没していった。
被弾時の爆発で右足を負傷したのか動けなくなる加古に古鷹が呼びかけながら近寄ろうとした時、何かに気が付いた様な顔になった加古が古鷹に向かって怒鳴る。
「馬鹿! 集中しろ! ネ級から……」
そう言いかけた加古の周囲に着弾の水柱が包み込む。
「古鷹より各艦、加古被弾。右足を負傷して航行不能、援護に入ります」
ヘッドセットに吹き込みながら加古によると助け起こす。
真っ赤な血が流れる右足を抑えていた加古が、助け起こして担ごうとする古鷹に目を剥く。
「何やってるんだ! あたしに構ってないで……」
「加古を失う訳にはいかないよ!」
そう言い返した時、ネ級とネ級改の二隻からの砲撃が二人のすぐそばに着弾する。
次撃たれたら逃げられない。
何とか妹を担いで離脱を図る古鷹が背後を振り返った時、別の方向から飛翔音が聞こえた。
動きの鈍い古鷹と加古に気を取られていたネ級とネ級改が気付いた時、四一センチ砲弾が轟音と共に二隻に直撃した。
流石に戦艦級の砲弾の直撃には耐えられず、ネ級とネ級改は大破し、ネ級の方は炎上しながら早くも沈没し始める。
何とか浮かんでいるネ級改がもがいていると、再び四一センチ砲弾が直撃し、爆炎の炎と黒煙を海上に広げた。
止めを刺されたネ級改が沈没し始めた時、古鷹のヘッドセットに愛鷹の声が入る。
(古鷹さん、加古さんの状態は?)
「右足の魚雷発射管周りに破片が……出血が酷いです。でも動脈は大丈夫そうです」
「……けど、足に力が……」
「……折れてるかもね」
変な方向にねじれている加古の足を見て、サバイバルキットの止血剤と鎮痛剤の注射を打つ。
痛みに顔をしかめていた加古の表情が和らいだ。
遠くではナ級とネ級改とやり合う神通、深雪、秋月の砲声が聞こえる。数ではこちらが上だが、ネ級改がしぶとく三人に苦戦を強いていた。
(加古さんの手当てを頼みます、私は神通さん達の援護に入ります)
少し離れたところを航行している愛鷹が手を振っているのを確認した古鷹は「了解です」と返しながら手を振り返した。
(今潜水艦にでも狙われたら……)
大破ではないが航行不能になった加古は潜水艦には絶好の獲物。
時間をかけていられない。どこに潜水艦がいるのか今の自分には探る術がない。
天山を出せば探せるが、今はそれどころではない。
ネ級改とナ級との砲戦に神通と深雪、秋月は直撃こそ受けていないモノの、至近弾による切り傷が体に刻まれている。
装甲が妙に硬いネ級改に四一センチ主砲の狙いを定める。
「神通さん、深雪さん、秋月さん、横から失礼しますよ」
(愛鷹さんですか? 了解、上手くそちらの射線に追い込んでみます)
自分の考えをすぐさま理解する神通に「流石は二水戦の鬼です」と感心しながら、主砲の照準をあわせた。
「深雪さん、秋月さん、方位三-〇-五へ。二隻を誘引して下さい」
「はいよ!」
「了解」
転進した二人が主砲を撃ちながらネ級改とナ級の気を引く。
牽制射撃に過ぎないと思ったネ級改がナ級に深雪と秋月を任せて神通に向き直った時、神通は一四センチ砲を全門斉射した。
精度は高かったものの、全弾を躱して見せたネ級改だったが、神通の射撃は愛鷹の主砲の砲声をかき消す為の囮射撃でもあり、愛鷹に絶好の射界を与えていた。
軽巡風情に、とネ級改も苛立っていたのだろう。
予期せぬ方向から飛んで来た大口径主砲弾が直撃した瞬間、ネ級は驚愕の表情を浮かべたが、直撃を受けた主砲弾薬庫の誘爆でそれ以上の事を知る前に轟沈して果てた。
「お見事です」
「神通さんも」
互いに親指を立てて深雪と秋月の援護に向かうが、ちょうど二人はナ級を沈めた所だった。
黒煙を上げて沈むナ級を見やりながら、深雪は左腕で額の汗を拭った。
「手こずらせやがって」
溜息を吐いて主砲の残弾をチェックしていると、秋月が呼んだ。
「深雪さん、すみませんがちょっとお手伝いを頼めますか?」
「どうした?」
振り返って寄った時、彼女の長一〇センチ主砲が真っ赤に焼けているのに気が付いた。
連射し過ぎて砲身が過熱、摩耗してしまっている。これ以上撃っても当たらないし、変色海域内だから何が起きるか分からない。
砲身が爆発したら目も当てられない。
「砲身交換の手伝いだな。任せろ、蒼月の面倒見る時に覚えた」
「あの子のお陰で覚えて頂けたとは」
「あいつはスゲエぞ。射撃の腕は特一級だからな」
「長女として誇り高いですね」
太ももに装備している予備砲身を引き抜いて深雪に一旦渡すと、焼けた砲身の固定を解除し、グローブをはめた手で引き抜く。
彼女の長一〇センチ砲は「長一〇センチ砲ちゃん」と呼ばれるロボットが半自動操作しているが、今はスリープモードにされて静かだ。
使い物にならない砲身を投棄すると、深雪から渡された予備砲身をセットして固定する。
「結構簡単だよな」
「軽機関銃の銃身交換並に簡易化されているんですよ」
解説してくれる秋月に便利だな、と思った時愛鷹から集合がかけられ、二人は手を振る旗艦の元へと向かった。
偵察に出していた瑞雲からの報告にぞっとするモノを感じながら、青葉は偵察続行と愛鷹達の安否の捜索を命じた。
ヘッドセットから手を離して、自分を見る長門に搭載機からの報告を告げた。
「変色海域を確認したとの事です。鉄底海峡の時観測されたモノよりかなり艤装や電子機器への影響は大きい様です。
電探での索敵が不能になるどころか、自分の位置すら特定困難になると」
「愛鷹達はその中か」
険しい表情になる長門に真顔の青葉が無言で頷く。
「海域の拡大などは?」
「今の所確認できていません。ただ、変色海域内は分厚い雲に覆われているので、もしかしたら愛鷹さん達にとっては自分達の位置特定が困難になっている可能性も」
「連絡が取れないのはそのせいか……」
腕組をする長門に衣笠が尋ねる。
「増援を送るべきじゃないんですか?」
「いや、以前の変色海域とは恐らく勝手が違う。下手に艦隊を送り込んで二次的被害を出す事にもなりかねない。
航空偵察で何とか愛鷹達の安否程度を確認する以外は、今の所打てる手は無いだろう。
それに、敵の水上艦隊もそろそろお出ましになる筈だ」
「その割には、何だか静かですね。有力な大艦隊がこっちに向かってきている筈なのに」
疑念を浮かべた表情の青葉が羅針盤の電探表示を確認する。
二〇隻ほどの艦隊が表示されている。まだ視認出来る距離にはいないが、もうじき交戦距離に入る筈だ。
岩国から上がったAWACSももうじき種子島をカバーできる空域に到達する。
空の目が加われば、こちらとしては優位に立てる筈。AWACSの目なら変色海域内も見えるかもしれない。
そう思っていると、青葉を含む艦娘達のヘッドセットにAWACSからの通信が入った。
(こちらAWACSオラクル。作戦管制可能空域に到達した! 待たせて済まない)
「オラクル、こちら艦隊旗艦長門だ。変色海域にいる可能性がある味方艦隊の行方は探知可能か?」
(ネガティブ、そちらの海域はこのAWACSの目でも見通す事が出来ない。
変色海域へ向かう敵増援と思しき艦隊を探知した。君らの近くだ)
「何だと?」
オラクルからの情報に長門と青葉の表情が変わった。
二人が羅針盤の電探表示をもう一度見ると、自分達へ向かって来ていた敵艦隊が変針して変色海域へと向かっていた。
「敵前で進路変更……戦力差から交戦を諦めた?」
深海棲艦とて馬鹿ではない。戦力差を無視して突っ込んで来る脳筋ではないが、ここまで来て回頭と言うのも妙だ。
自分達と事を構える為に進撃してきていた筈ではないのか。
突然敵前で回頭し、変色海域へ向かう深海棲艦の狙いとは……変色海域にいるのは愛鷹以下の六隻の艦娘だけ……
。
「もしかして、あの艦隊は種子島攻撃と見せかけて私達をここに留め置かせる為の陽動だったんじゃ」
何かに気が付いた顔になる陸奥の言葉に、青葉は顔から血の気が引く気がした。
深海棲艦は愛鷹達を確実に物量で屠るつもりだ。
向こうからすれば、航空巡洋戦艦となった愛鷹は自分達の敵に現れた新鋭艦である。
ス級を含む多数の艦艇を殆ど単独で撃沈している愛鷹は、深海棲艦からすれば相当な脅威だ。現に種子島の段階でネ級とリ級からなる重巡戦隊を第三三戦隊仲間と共に交戦した時、大半は愛鷹単独で撃沈している。
既に深海棲艦側も愛鷹の存在は認めていた筈だから、新形態になった彼女を生半可な数で屠れるとは思っていないのだろう。
当の種子島への攻撃は航空攻撃で何とかするのかもしれない。どの道こちらには直ぐに展開可能な航空戦力は瑞鳳のみだ。
重攻撃機の存在が確認されている辺り、空母棲姫を含む空母機動部隊が種子島近海に展開しているのは確実。
補給と航空隊の再編を終えたら、また空爆の為に戦爆連合を送り込んでくる可能性は高い。
「なんてこった、何もかもこちらが後手に回ってしまっていますよ」
先手を打たれっぱなしの不甲斐なさと、自分への苛立たしさから頭を掻く青葉に衣笠が心配する目を向ける。
どうにかして愛鷹達に敵が総力戦をかけて来ていることを知らせなければ。
だがどうすればいい。通信が出来ない以上はどうにもならない。
せめて、今どこに愛鷹達がいるのかさえ分かれば。
「ねえ青葉。青葉の瑞雲で愛鷹さん達がいる所を探る事って出来ないの?」
考えあぐねる青葉にふと思いついたように衣笠が聞いて来る。
妹の提案にハッとして左足にマウントしている航空艤装を見た。一六機の瑞雲が搭載され、運用可能な航空巡洋艦である自分。
この艤装の力を今使わずしていつ使う? なぜもっと早く気が付かなかった?
「流石ガサ、青葉の妹だね」
指を鳴らす青葉はキュロットのポケットに入れていた海図を出した。
通信不能な変色海域の範囲と愛鷹達の向かう試掘リグの位置。道中の交戦は避けられない事を見越しての誤差を大まかに予測すれば、瑞雲による捜索の範囲はある程度は絞り込める。
行動範囲を想定しつつ、ペンで瑞雲の航路を策定する。
変色海域内では通信や電探が使用不能なのを勘定に入れ、一六機によるカバー範囲を割り当てていく。
頭の中で暗算を重ねながら瑞雲による捜索範囲を策定し、纏め上げると長門を呼んだ。
「長門さん、青葉の瑞雲で愛鷹さん達の位置の特定にかかる事を具申します」
「まだ上げていない一五機の瑞雲、全機上げられるのか?」
そう尋ねられると青葉は頷いた。
「全機飛ばせられる稼働状況です」
「よし、青葉の瑞雲で愛鷹達を捜索して、その後どうする?」
そう尋ねて来る長門に青葉は迷わず答えた。
「深海棲艦が艦隊ではなく航空攻撃でここを潰す気なのだとすれば、ここに青葉たちがずっといる必要は無いでしょう。
最低限、一個艦隊程度を残して後は全員で愛鷹さん達の援護に向かうべきです。
敵艦隊がどの程度の戦力を今の所ここに展開しているのか、それは分かりませんがもし愛鷹さん達が道中交戦を繰り返していれば、その分だけ深海棲艦側も手数を失っている筈。
随伴している古鷹、加古、神通さん、深雪さん、秋月さん達なら楽観視は禁物とは言え場数を踏んでいますからそう簡単にはやられていない筈です」
自分の考えを交えて応える青葉に、長門はすぐには返さず腕を組んで考え込む。
ここにいる主力艦隊の自分達が離れている隙に、未確認の水上部隊の接近を許す可能性もゼロではない。
青葉の計画は希望的観測に頼った面が大きい。深海棲艦がそう動くであろう、愛鷹達なら簡単にやられる訳がない、と言う思い込みとも言える所だってある。
しかし、種子島基地の航空戦力はまだ壊滅的な打撃を受けている訳では無い。
誤爆で鈴谷を殺してしまったとはいえ、艦娘が近くにいないのであればMQ170による空爆を実行可能だし、重傷を負って戦闘不能の五航戦搭載機を陸上に移して基地航空隊運用に当てれば対艦攻撃も可能だ。
陸上基地に配分して戦力を損耗してしまった場合、五航戦の二人が戦列復帰した時に搭載可能な航空戦力が無くなっている状況にもなり得るが、翔鶴、瑞鶴が負った傷を考えると仮に航空隊が損耗してしまったとしても、補充再編成が終わるまでに二人が戦列に復帰できる見込みは薄い。
それに今の自分達にはオラクルと言う地上レーダーサイトより広い探知範囲を持つAWACSの目がある。
ここで座して仲間を見殺しにするよりは、博打要素が大きいとは言え賭ける価値のある作戦だろう。
「なるほど……中途半端な艦隊戦力を割くよりは現実的だな。
よし、青葉は瑞雲を発艦、愛鷹達の位置特定に努めろ。私は鍋島司令に意見具申をして艦隊の出撃の可否を求めてみる」
何もしないまま時間だけを潰すよりは何か変わるかもしれない事に賭ける。
これまで先手を打たれっぱなしだったこちらからの反撃開始だ。
ずきりと痛む左腕から出血が止まらない。
制服の左袖は派手に引き千切られて二の腕が丸出しになっていた。そしてそこに受けた傷からは出血が止まない。
止血剤と抗菌剤、鎮痛剤の注射を打つが、絆創膏ではカバーしきれそうにない。
「さっきの重巡は、中々出来る奴だったわね……」
無傷の右腕で左腕の患部に止血効果の高い包帯を巻きつけながら、自分の左腕に思わぬ大ダメージを与えて来たリ級に苦々しい思いを吐く。
ネ級よりはマシだが、体に直に直撃したら流石に痛い。
他のメンバーも大なり小なり損害が蓄積している。はっきり言えば皆満身創痍寸前だ。
六隻の艦隊の波状攻撃は一回一回の強さ自体はそれほどではないが、対応している内に全員に疲労が溜まりつつあった。
防護機能の展開が変色海域によるせいなのか安定しなくなって来ており、現にそのせいで防げるはずのリ級の砲撃で腕をやられた。
止血包帯を巻き終えると、消耗の色を見せる仲間を振り返る。
応急処置しか出来ていない加古が一番消耗しているのは明らかだ。
足をやられ、古鷹が肩を貸していないと動くのもままならない。肩を貸している分、古鷹の体力消耗も濃い。
一方で交戦回数はどんどん増えており、完全に作戦は狂っていた。
種子島基地との連絡も出来ないし、電探類は復旧の目途も立たない以上は自力で何とかしないといけない。
正直な所、自分の主機の不調よりも足をやられて満足な自力航行がやりにくい加古が、艦隊行動上の支障になりつつあった。
連絡が取れない以上は救援も呼べず、自力での撤退も羅針盤自体が機能不全を起こしているから航路を誤ったら、どこへ行く羽目になるかも分からない。
辛うじて愛鷹の記憶頼りに航路を修正しているとは言え、完全に修正しきれているか愛鷹自身も自信が持てない。
変色海域に突入した時点で引き返すべきだった、と判断ミスをした自分が憎い。
可能であれば自分が搭載しているAEW天山を飛ばして連絡を付けたいが、方位特定が困難かつ電探が機能しない状況下では万が一戦闘機に襲われた場合撃墜される可能性が高い。
振り切る事が出来ても、方角が分からなくなって迷走しかねず、最悪そのまま燃料切れで墜落だ。
それにしても、と愛鷹は交戦して来た深海棲艦の艦隊編成の陣容と今の損害、損耗状況を比較する。
ネ級やネ級改、リ級と言った重巡やツ級、チ級と言った軽巡が多く含まれる巡洋艦戦隊とその随伴駆逐艦に襲われる回数と比べれば、この損害はある意味軽度と言えなくも無い。
加古の戦闘力低下もあってか、大型艦である自分にかなり火力が集中されて来ている感がある。
全て返り討ちにしているとは言え、こちらも左腕には手傷を負わされている。
戦力の逐次投入と言う愚策をしているかと思ったが、こちらの疲労を誘い、消耗しきったところへ一気に殲滅戦を加える為に、敢えて波状攻撃を繰り返しているのか。
そうであるなら、格好の的になっている筈の加古と随伴の古鷹が未だ健在でいられる理由は?
動きは緩慢とは言え、砲戦能力そのものはまだ維持できている二人だ。自分へ砲撃を浴びせる深海の巡洋艦を何隻も撃破して援護してくれている。
深海棲艦の方からすれば二人の脅威度は高い筈。動きが鈍くされている今こそ、手っ取り早く始末する方が後々楽な筈だ。
それなのに相応の応射こそされど、二人はスルーされている方だ。
何故、いや……、
「もしかして……」
深海棲艦の一番の狙いは自分(愛鷹)自身?
こちらが応戦する事で逆に深海棲艦側は自分の戦闘力を図っている?
確かに改装された自分は新型艦クラスだ。火力も向上し高耐久性と回避力に優れている事で恐れられているネ級改すら、数回か一発で撃沈している。
あっさりネ級改などの重巡を屠れる射撃の腕は、巡洋艦キラーだった超甲巡時代から殆ど変わっていない。
主砲の反応速度の遅さには微妙に慣れないが、そこはある程度カバーしきれている。
もし、敵の狙いが自分にあるのだとすれば……。
一人離れた場所で考え込む愛鷹を見やりながら、加古の傷の具合を確かめる。
あまり動かしてはいけない傷なのだが、救援が呼べない状況ではどうにもならない。
手持ちのサバイバルキットの鎮痛剤では痛みを我慢しきれる時間にも限界がある。
脂汗を浮かべている辺り、加古に蓄積して来ている疲労は限界寸前だ。
自分も自分で至近弾の破片で小破レベルの損害を受けている。正直な所自分も加古を抱えたままいつまで持つか分からない。
「……古鷹……」
ふと自分を呼ぶ妹に古鷹が顔を向けると、何か覚悟を決めた様な真顔を加古は向けていた。
「これ以上あたしは無理だ。置いて行ってくれ。このままじゃ古鷹もお陀仏だ」
「な、なに言っているの! そんな事出来ないよ」
「あたしが足手まとい気味なのは、あたしが一番分かってる。艦隊運動に支障が出ちまってる重荷は捨てた方がいい。
なあに、まだまだ弾はある。砲撃戦なら大丈夫さ」
「そんな、お姉ちゃんとしてそんな事出来る訳ないじゃない!」
自分を置いて行けと言いだす加古を叱責しながら肩を担ぎなおす。
絶対置いて行くものかと加古の右腕を掴みなおした時、加古がその手を乱暴に振り払った。
自重に耐えきれず海上に座り込んでしまう加古は全員に聞こえる声で告げた。
「あたしはもう無理だ。置いて行くんだ」
「何言ってやがる⁉」
目を剥いて怒鳴る深雪に加古は静かに返す。
「任務優先だ、足手まといのあたしは皆の重荷だ。置いて行けば敵さん撃滅が楽になる。
大丈夫だ、まだまだ主砲の弾はある。一人になっても簡単にやられたりしないよ」
「加古さん」
何て事を言いだす、と神通も表情を険しくする。
自分に注がれる視線に加古は、当然と言えば、まあ当然な反応だよな、と思うも決めた事は変えない気だ。
満足な自力航行が出来ない以上、作戦に支障が出ているのは確実。
それにこれ以上動くと足だけでなく、交戦中に受けて来ている傷から来る痛みで辛かった。
本当なら動きたくない程、痛みで辛い。流石に寝る訳にはいかないが、動くのがかなり辛いのだけはどうにもならない。
ずっと我慢し続けていたが、これ以上は耐えられない。自分を担いでいる古鷹の体力も奪ってしまっている。
足手まといは御免だ。だが独りぼっちになるという事は、深海棲艦の艦隊に捕捉されて袋叩きにされても、援護してもらえないという事にもなる。
それくらいは勿論分かっている。五対五で助かるか轟沈・戦死の結末になるのは。
自分の存在が結果的に全員の死に繋がりかねない。その想いがいつしか胸の内に沸いて、戦闘を繰り返す内に強くなっていた。
節約しながら使っていた鎮痛剤をもう一本打っておくか、と自分の右足を見た時、艦隊旗艦の愛鷹の足が視界の端に映った。
怒られるな、と苦笑を浮かべかけた時、強い力で加古の胸ぐらを掴みあげた愛鷹は、加古の左頬へその場に響き渡る程の音を立てる平手打ちをした。
「あなたと、私達がこの赤い海で戦っている辛いこの時! その努力を無駄にする我が儘は私が許しません!」
一喝する愛鷹を加古が驚きを浮かべながら見返すと、愛鷹は包帯を巻いている左腕で自分を掴み上げていた。
あたしの体重、いや艤装込みで何キロか知ってるか、と思わず聞き返しかけた時愛鷹の左腕に巻かれた白い包帯に赤い染みが広がり始めた。
流石に痛むのか、胸ぐらを掴む拳に力が入るのが分かった。
「お、落ち着けって愛鷹! お前左腕の」
「ええ、ええ、痛いですよ。痛くてたまりません。
この痛みは生きている事への実感です。あなたも右足と体中から来るじわりじわりとした痛みで限界でしょう。
でも、だからと言って自身の命を危険にさらす発言、行動は上官として見過ごせません!」
凄まじい剣幕で言う愛鷹に圧倒される加古が、とりあえず何か言い返そうとした時、愛鷹の表情が苦悶に歪んだ。
一瞬で左腕の力が抜け、加古が海上に再び尻餅をつくと愛鷹は誰もいない所へ顔を向け、右手を口元に当てた。
激しく咽込む音と共に、右手に何かを吐き出す音まで聞こえた。
上半身を折る程苦悶の声を上げる愛鷹を全員が見つめる中、海上に右手で抑えきれなかったものがこぼれた。
鮮血だった。
血相を変えた深雪が愛鷹に寄って声をかけると、苦悶の声を上げて咽込む愛鷹の上着を探って何かのケースを出した。
ケースを振ってタブレットを何錠か出すと愛鷹の口に深雪はそれを呑み込ませた。
何とか飲みだした愛鷹が荒い息を吐きながら何とか落ち着く。
「もう、大丈夫か?」
背中をさすりながらそっと尋ねる深雪に愛鷹は軽く頷く。
「愛鷹さん、その苦しみ方……」
口に手を当てていた秋月が何かを思い出した様な口ぶりで尋ねると、深雪が怪訝な顔で聞いた。
「知ってるのか?」
「はい、ロシニョール病患者の苦しみに見られるモノがあります」
臆する事無く言う秋月に神通、加古、古鷹が反応した。
当然だ。この場にいる者の内、古鷹と秋月、深雪以外の三人はロシニョール病に侵されている。
神通と加古は初期症状段階になるレベル1であるが、今の所これ以上悪化した事は無い。
しかし、愛鷹の苦しみ方と似た苦しみを二人とも最低一回は経験している。
加古の場合、古鷹が傍にいる時に初期症状の苦しみを見せた為知っていた。
秋月以外の仲間が反応するの見る深雪は、みんな隠してたのか、と痛まれない気持ちになる。
「何で知ったんだ、秋月は」
静かに問いかける深雪に秋月は少し間をおいてから答えた。
「鈴谷さんが、一人苦しんでいるのを以前見ました。
軍医さんを呼ぶ時、『熊野には言わないで』って口外を禁止されていたので。
艦娘同士あんまり意識しなくて良いってよく言いますけど、一応私は鈴谷さんより階級が上なので」
そう言えば秋月は少佐だったな、と大尉階級の鈴谷との階級差を思い出した。
階級云々での堅苦しい関係は嫌う鈴谷だったし、艦娘間では階級などと言うモノは多少の待遇と昇給以外の差にはならない。
階級上は上官になる相手に普段からタメ口など当たり前の世界だ。
さん付け、ちゃん付け、くん付け、呼び捨ては無意識にやっていても問題ない。
この場で一番階級が高いのは愛鷹だが、三つ下の深雪は普段から呼び捨てているし、愛鷹がそれを咎める事も咎めようと思った事すらない。
他のメンバーも無意識にさん付けしているだけだ。
ただ中には艦娘とて軍人と言うところから来る階級意識が働く事もあり、この場で言うと真面目な性格の秋月にはそう言う気質があった。
階級から言えば下になる鈴谷の頼みに、階級で言えば上になる秋月。
直属関係ではないにせよ、上官として尊重したいものがあったのだろう。
「真面目……です、ね……」
軽く咳き込みながら愛鷹が感心すると、秋月は真面目な表情に心配するものを浮かべる。
「愛鷹さんもロシニョール病に」
「ええ。まあ、少し話が違いますけど」
曖昧気味に語る愛鷹に深雪以外の顔が疑念を浮かべた時、吐血時の跡を口元に残したまま愛鷹は向き直った。
「突然ですが、現時刻を持って同隊の指揮権を古鷹さんに委譲、旗艦愛鷹は艦隊より単独離脱します」
「何だって?」
急に何を言い出す、と問い返す深雪の考えは愛鷹を見る他の四人と同じだった。
五人からの視線を逸らすことなく受け止め、愛鷹は静かに、しかし確かな決意ある表情で続けた。
「深海棲艦の狙いは私達の撃滅ではなく、私だけにあると見ました。
そうであるとすれば、試掘リグへ向かうは私だけでも充分です。皆さんは当海域から離脱、避退し救援を待って下さい」
「でもどっちが北で南なのか分かりません。羅針盤も機能しないし、時計も方位磁石もダメです」
そう返す神通に愛鷹は艤装の風向計を見て応えた。
「出撃前の気象予報では風向は三〇度から三五度の範囲。風自体は変色海域に入ってからも変わっていません。
現在の位置は風向計から出る方角、これまでの戦闘による航路の誤差を勘定に入れた上で考えれば、種子島基地の南東約三〇キロ圏内。
多少の誤差は発生することになるかもしれませんが、どっちへ向かっても日本の沿岸部に向かえる方角に向かって進めば、陸に上がれるはず。
地形から現在地を特定すれば、後は何とかなりますよ」
成る程と全員が感心するが、すぐに深雪が「けどさ」と別問題に切り込む。
「お前だけで行くってのか?」
「魚雷を二本程度頂けたら、後は自分で何とか出来ますよ。私が目当てかつ単独になれば、振り向けている戦力を全力で投入して来る筈。
追って来る深海棲艦が多ければ多い程、それイコール失う戦力は多くなる」
「……二本で本当に行けるか分からないと思いもいます。最低限の随伴艦はいるでしょう」
腕を組み、片手で顎を摘まむ神通の言葉に愛鷹以外の全員が頷く。
誰かが一緒について行かねばならない、いやそうしなければ愛鷹の負担が大きすぎるし、一人で行かせられない。その意識は五人とも同じである。
加古は流石について行くことが出来ないから、志願しないのは分かっているが、絶対ついて行くぞと言う他の四人の視線に愛鷹は溜息を吐いた。
四人から感じる意志の強さは、例えダメだと言っても意地でもついて来る勢いだ。
少し考え込んだ愛鷹は一人を指名した。
「秋月さんだけ随伴を許可します」
その言葉に深雪が驚いた。当然自分だと思っていただけに驚きは大きかった。
「あたしは」
「深雪さんだからこそ、航行能力が低下している加古さんと曳航する古鷹さんに付いていて欲しいのです」
長い付き合いから来る信頼あってこそ、あなたには加古と古鷹と一緒にいて欲しい、と言う思いの愛鷹の意図は深雪も理解出来た。
だからこそ、付き合いが長いからこそ自分が一緒にいてやらねばならない、との思いが強かった。
しかし、愛鷹も一度決めたらそう簡単に自分の考えを変える事は無い頑固な一面がある。
「愛鷹だけじゃ荷が重い。秋月より深雪様がついて行くのがいいだろ」
「その確かな使命感だからこそ、深雪さんに頼みたいのですよ」
(ったく、頑固者め……)
静かに返す愛鷹のその決意は、やはり深雪には覆そうになかった。
そして艦隊は愛鷹、秋月と古鷹、加古、神通、深雪の二手に分かられた。
作戦難易度は極めて高いことになるが、やむを得ない。
生への執着こそ確かに強いが、「仲間を護りたい」とういう意識も愛鷹には根強かった。
「秋月、しくじるんじゃねえぞ」
「心得ておりますよ。そえが駆逐艦の使命ですから」
別れ際に愛鷹随伴につく自分に託す深雪へ、確かな使命感を浮かべて秋月は力強く頷いた。
.
(その意見具申はこの基地の防衛上、とても認めがたいな)
作戦を話し、艦隊の出撃許可を求めた長門に、鍋島は聞き終えてから長門に返した。
聞き終える前に駄目だと言って来るよりは、まだマシではあるが最初から認めない姿勢を崩す気が無いのは声で分かる。
「ですが、賭けてみる要素はあると思います」
(貴様、その大博打の結果主力艦隊艦娘全員が全滅する可能性が全く無いと言えるのか。
六隻の艦隊艦娘を対価に倍の水上打撃連合艦隊一二隻を轟沈の危険にさらすと言うのか? 日本艦隊に二隻しかない四一センチ主砲の大火力戦艦二隻を失う可能性がある大博打など、認める訳にはいかんな)
「六人を見殺しにすることになりかねません」
(長門以下主力艦隊は現海域にて待機。SSTO打ち上げまで同海域における深海棲艦の侵攻への遅滞戦闘を継続せよ。
時間を稼げればよい、これは命令だ。分かったな)
結局そうなるか、と予測出来ていたがヘッドセットの通話スイッチから一旦手を離して長門は溜息を吐いた。
長門が決めた編成は、自分と陸奥、青葉、衣笠、夕張、名取、蒼月、陽炎、不知火、黒潮、綾波、敷波の一二名からなる水上打撃連合艦隊だ。
大淀以下の残る艦娘は種子島に残す最低限の勢力となる。
大淀を編成から外したのは、「誤射に見せかけて愛鷹を殺害しかねない」と言う面もあった。流石に「あきもと」防衛戦の際は偶然からの彼女のミスだったのだろうが、この期をと凶行に及びかねない可能性はあった。
異論は認めんと言う勢いの「命令だ」台詞に、長門は一種の覚悟は決めていた。
周りの陸奥、青葉、衣笠、夕張、蒼月ら連合艦隊として連れて行く艦娘達の顔を見て一人一人の目を見てから頷くと、長門は再び通話スイッチを押して宣言した。
「我が艦隊は現時刻を持って国連海軍艦隊より離脱する」
(何を言っている⁉)
驚いた鍋島の声が返って来る。言った通りのまで、別に謀反ではない、と長門は胸中で呟きながら「行くぞ」と一一人に告げた。
前衛に青葉と衣笠を置く形の水上打撃連合艦隊を組むと、艦隊は両舷前進原速をかけた。
(アオバンド1より青葉、我ウェイポイント2通過しウェイポイント3へ向けて飛行中。
ウェイポイント3は現在の位置から恐らく変色海域になると思われる)
「了解。対空対水上警戒を厳とされたし……気をつけて下さいよ」
(ラジャー)
通信を終えた青葉は、愛鷹達の捜索に出した瑞雲全機の進出ポイントを海図に書き込んだ。
事前に策定した捜索範囲は、試掘リグを中心とし道中で戦闘を交えている可能性を踏まえたものだった。
変色海域の広さはオラクルからの情報では試掘リグを含めた半径六〇キロ前後に、円状に形成されていた。
青葉も参加した鉄底海峡海戦の際も変色海域は円状に形成されていたが、あの時とは違い海域の広さは変わらず、範囲も小さい。
まるで何かを隠すように形成されている。
もう一つの違いは鉄底海峡戦の時と違って、一切の連絡や索敵が不能になっている事だ。
電波系は軒並み使い物にならない。オラクルのレーダーでも無理だ。
だが電波こそ確かに使えないが、可視光線レーザーまでは無力化されていないのが、先に出した瑞雲の情報収集の結果で判明していた。
青葉に搭載されている瑞雲には他の瑞雲と違い、可視光線レーザー通信装置が搭載されていた。
ただ瑞雲に搭載できるレーザーの照射範囲には、瑞雲の機体サイズから来る出力上の限界があるので、青葉は変色海域内では照射可能範囲内に二段構えとする形で捜索網を策定した。
変色海域外、変色海域中継点、変色海域深部捜索、一二機の瑞雲によるリレー形式で捜索を行うのだ。
随時レーザーで連絡を取り合い、万が一撃墜された時に備え後詰めに三機を準備させている。先行して出していた一機は今補給、簡易点検作業中だ。
コールサインは青葉と周波帯を意味する英語のバンドを組み合わせたもので、ちょっとしたネタ的なものだ。
「あいつが旗艦をやっているのだから、そう簡単に六人が全滅するとは思えんが……全員生きてろよ……」
「気になる?」
腕を組んで呟く長門に陸奥が聞き返す。
「愛鷹の事だ。堅実かつ慎重、時に大胆。そう評価できる実績を上げて来ている。
大胆を通り越して無謀とも言えなくもない時をやらかすが、無謀から必ず生きて帰って来る強運。
隷下の第三三戦隊も重傷者こそ出ていはいるが、作戦難易度から見れば誰一人として失われていない。
アイツの指揮能力と判断力には、多少なりと未熟さが見受けられるが、そこから生まれるミスをカバーして全員で帰る事を可能にしている」
「確かに」
「指揮能力と判断力は、まああいつの経験の浅さ的に言えばどうにもならん。逆に言うとあの浅さにもかかわらず、相応の実績を上げているのは驚くところも大きい」
昨晩に愛鷹から聞かされた愛鷹自らの生い立ちを長門は思い出した
僅か一年で一五歳相当にまで成長し、その間に徹底的、いや苛烈な訓練と教育を受けた。
その後の優劣を決める壮絶な殺し合い。
完璧さを求められたクローン艦娘だから、一定以上の指揮能力と判断力が下せる様に調整が入っているのかもしれない。
そしてそのクローン達の中で「最優秀」と認められた事になる愛鷹。
長門とて最初から艦隊旗艦を務めていたわけでは無い。長門型の長門として着任したての頃は先任の敷島型戦艦の隷下で動いていた。
今は現役から退いているとは言え三笠が直属の上官だった事もある。
一方、愛鷹は着任時から第三三戦隊と言う艦隊の旗艦と言う重役ポジションを任されている。
普通なら着任したばかりの艦娘が最初から旗艦としてデビューする事は無い。
駆逐隊、巡洋艦戦隊、戦艦戦隊、航空戦隊の旗艦あるいは嚮導艦、と言う点でならごく普通にあるが、艦隊そのものの旗艦は先任になる艦娘が担当する事が多い。
軍隊と言う関係上、艦娘も経験が無ければ上に立つことは許されない
一時期ソロモン方面艦隊第八艦隊では駆逐艦であり、当時はまだ中尉だった雪風が艦隊旗艦を務めていたのも、負傷で戦線離脱を余儀なくされた旗艦鳥海以上の経験持ちの艦娘が第八艦隊にいなかったからが故だ。
それほど艦娘の世界では階級や艦種より経験がモノを言う。上座も下座も無い円卓のような世界だ。
本人達に聞かねば分からないが、愛鷹が旗艦として着任した際の第三三戦隊メンバーからの心象と言うモノも気になる所だ。
例え愛鷹があらゆる状況を想定した戦闘シミュレーションを受けたとしても、それは基礎的なモノにしかにならず実際の戦闘経験にはならないのだ。
経験。
それが愛鷹には一番求められている要素であり、彼女も一秒でも長く生きる事でそれを得られるのを望んでいた。
「頭に入れてある知識と情報は力なり」
ふう、と溜息を吐きながらそう呟く愛鷹の視線の先には目指していたメタンハイドレートの試掘リグがあった。
赤い海の中に錆びた構造物としてそびえる試掘リグは、塩害による赤錆が酷く、赤い海と相まって中々の不気味さを放っていた。
しかし、愛鷹と続行する秋月からすれば、試掘リグの存在は灯台と同じだった。
試掘リグの向きを見ればどちらが北で、南で、西か、東か、判別可能なのだ。
偽装航路込みで種子島へ帰る際の進路を策定して、海図に記入していると双眼鏡で水上監視を行っていた秋月が「水平線上に艦影多数を捕捉」を報じた。
(意外と早かったわね)
どうやっても第四戦速が限界の自分を追撃する深海棲艦との距離はかなり縮まっていたようだ。
海図を見て鉱床のある方位を確認する。
絶妙なタイミングかつ、自分達まで巻き込まれる前に離脱できる鉱床を狙撃する必要があった。
「対水上監視頂きます。秋月さんは敵の方角を測定して下さい」
「了解」
秋月に代わって双眼鏡を覗き込む愛鷹の後ろで、海図と試掘リグの両方を見ながら秋月は敵の方角を割り出す。
「方位二-四-二です」
そう返す秋月に愛鷹は無言を返した。
何か考えているのか、と思ったが振り返る秋月に見せるその背中は何かがおかしい。
「……愛鷹さん?」
何となく答えは分かっていたが控え気味に聞く秋月に、愛鷹は流石に緊張を浮かべた声で返した。
「思っていた以上に多い……flagship級ル級二個戦艦戦隊分八隻込みで四群級の大艦隊です」
「よ、四群⁉ つまり二四隻も」
頓狂な声を上げながら秋月も双眼鏡で見ると、水平線上に単従陣を四列組んだ深海棲艦の大規模水上艦隊がこちらへと進軍していた。
方角と予想距離を見て、位置を変える必要があるわね、それも多少の演技を見せながら……と自分たちの立ち位置と深海棲艦、そしてその間に挟むメタンハイドレート鉱床の位置を脳裏で照らし合わせながら呟く。
主機と艤装からはカチン、カチン、と変色海域で破損していく音が段々増えていた。
(時間をかけていたら、艤装全損で航行不能になるわね……瞬発力も抑えた方がいいかも知れない)
「艤装CCS、リミッター制限レベル1。突発的加速を禁止」
そう艤装にボイスコマンドする自分へ秋月が不安そうな目を向けて来る。
「大丈夫、二人で生きて帰る事を前提にした作戦です。ご心配なく、何かあったら私が何か考えます。
帰り道を見つけますよ」
薄っすらと自信を浮かべる顔を自分に向けて、優しく静かに語る愛鷹に「どこかで見た、感じるモノ」を覚えながら秋月は頷いた。
多少のAI機能を持つ長一〇センチ砲ちゃんも不安そうな反応を見せて来る。
「大丈夫よ、長一〇センチ砲ちゃん。ちゃんとお家に帰れるからね。
愛鷹さんについて行けば生きて帰れる」
宥める相手の長一〇センチ砲ちゃんに語る秋月の言葉が、少しだけ愛鷹にプレッシャーかけて来る。
本人は意図したつもりは無いだろう。ただ双眼鏡で見える大艦隊の戦力と自分たちの状況を見れば、決して気を抜けない。
最悪刺し違える最期が脳裏をよぎるが、それが秋月を巻き込みたくない思いを強めて来ていた。
(ここで死ぬ気なんて、無い。私が死ぬのは陸の上。
陸の上の真っ白なシーツで整えたベッドの上が私の終焉の場所。この赤い海なんかじゃない。
絶対生きて帰る……みんなで!)
種子島の戦いのケリをつける後編は2021年一月以内を目指していこうと思っています。
良き年末を。よいお年を。
また次回のお話でお会いしましょう。