本編をどうぞ。
青葉に搭載されている瑞雲が一報を入れて来た。
コールサイン「アオバンド3」の報告から不明だった愛鷹達の状況がようやく判明し始めた。
最初の一報は、中破した加古を連れて航行する古鷹達発見の報告だった。
瑞雲に気が付いた深雪からの発光信号で愛鷹、秋月のみで試掘リグへ向かった事、深海棲艦の狙いが愛鷹のみであるという判断から秋月だけと言う最低限の護衛だけで試掘リグに向かったと言う現場判断も判明した。
時計で確認してみれば、愛鷹が秋月と共に古鷹達と別れてから既に四〇分以上過ぎていた。
何事も無ければ既に愛鷹はリグに到達している筈だ。
無事だと良いけど、と二人の身を案じる青葉の前で長門がオラクル経由で古鷹達の回収を要請していた。
種子島基地の鍋島司令に一報を入れても、恐らく聞き入れはしないだろう。オラクル経由で長門を含む艦娘は鍋島から離反、反乱艦隊とみなされ何が起きても責任を負う事は出来ない、と宣言している事を知らされていた。
勿論長門からすればその扱いになる事は「離脱宣言」時に想定済みだ。
そこでオラクルが発見して回収を要請した事にする旨を伝えると、オラクルは快く引き受けてくれた。
寧ろ長門たちを反乱艦隊と見なしていなかった。
(そちらからの要請は承った、こちらで行っておく。
反乱艦隊と見なされてしまった孤独な君達だが、レーダー上の光を見つめながら君たちの無事を祈る者たちがいる事、肩を持ってくれる存在がいる事を思い出すんだ。
私がその一人だ)
「有難い、迷惑をかけて申し訳ない限り」
(仲間を見捨てない気持ちは私も同じだ。頑張ろう)
基本的に事務口調ながらよく励ましてくれる好人物なのが長門や青葉たちに安心感を与えてくれた。
額を触ると火傷しそうな程暑くなっていた。
ぐったりとする加古は明らかに何か病を発症していた。
状態を窺う古鷹はまず持病の再発を疑ったが、それとは違うようだった。
何かの感染症だろうか?
目を閉じて苦しそうに息をする加古にどうすればいいのか分からないまま、古鷹は加古の曳航を続けた。
力が抜けた加古を一人で曳航するのはかなり難しかったが、深雪と神通を警戒から解く訳にもいかないし、姉としての使命感から辛み一つ吐く事無く加古の曳航を続けた。
青葉搭載の瑞雲に発見して貰えたのは、その点で幸いだった。
捜索網を張っている青葉の瑞雲に状況を伝えると、取り舵五度の修正で種子島基地へ一直線に辿り着けるルートを送ってくれた。
海図で確認した深雪は一時間もかからずに帰られる、と算出したが加古がダウンしてしまったおかげで、一時間で帰られるか怪しい所だった。
四人の脳裏に不安を広げる要素がまた一つ出ていた。
微妙に周囲が暗くなってきた事だった。
想えば既に昼を過ぎている。夕暮れまでまだ時間がある筈だが、侵蝕海域内では時計すら狂わされて時間計測が出来ていない。
単に曇天が濃くなっただけなのか、日暮れが近づいているのか。
「古鷹……」
ふとぐったりとする加古から呼ばれ、古鷹は「加古?」と窺う様に尋ねる。
「諦めるのは……愛鷹……さんに……怒られ」
「今は喋らない方が良いかも知れないから、加古は寝てていいよ」
優しく語る古鷹に加古がうっすらと目を開ける。
混濁気味の意識だ。
「ごめん加古、ちょっと前言撤回するね」
古鷹は左目の義眼の瞼をいったん閉じると、微妙に加減して義眼に仕込まれている探照灯を点けて加古の目を見る。
ペンライト程度の光量で加古の瞳孔の反応を窺うと、加古が激しく身悶えした。
「おい、大丈夫なのかよ」
焦りを滲ませた声で聴いて来る深雪に、古鷹は唇を噛んで直ぐには答えなかった。
加古の症状はおそらく破傷風。しかし海上で感染する感染症ではない。
作戦が始まる前に種子島基地での野外業務中に擦り傷程度の怪我した事があったから、その時菌が体内に入って潜伏していた可能性が高い。
治療は可能だが、破傷風は致死率が比較的高いから早急に手当を施さないと命に関わる。
だが生憎手持ちの医療キットでは破傷風対策が出来ない。陸上で感染する感染症には対応した内容ではないからだ。
まさかのダブルパンチ状態だ。
出撃前は元気だったのに、なぜ急に? と疑問が湧くが今いる変色海域内で起きている事を考えると、機械である艤装には影響が出ているのに人体に影響が出ていない方が寧ろおかしいのかも知れない。
妹の肩を担ぎ直しながら今攻撃を受けたら確実にアウトね、と焦りを募らせた時前衛を務める神通が何かに気が付く素振りを見せた。
「……ローター音が聞こえます」
「お、救助ヘリか?」
「視認できませんが……いえ、前方に青い水平線を視認! 変色海域からの離脱エリアに到達できた模様です」
安堵する息と共に告げる神通の言葉に、深雪と古鷹も安堵のため息を吐いた。
気が付けば雲が薄くなり始めて、周囲が明るくなって来ていた。
気を緩めたらアウトだ、と三人が気を入れなおした時ヘッドセットから軽いノイズ交じりに呼びかけが入って来た。
(こちらリフター1、古鷹、加古、神通、深雪へ一方通信。レスキューナイトホーク一機でそちらを捜索中。この通信を受信出来たらそちらの位置を送られたし、オーバー)
即座に神通が答えた。
「こちら神通。リフター1応答を」
(こちらリフター1、古鷹、加古、神通、深雪へ一方通信。レスキューナイトホーク一機でそちらを捜索中。この通信を受信出来たらそちらの位置を送られたし、オーバー)
こちら側では受信は出来ているが、レスキューナイトホークには送信がまだ届いていないのか、リフター1が神通の応答に気が付いた様子が無い。
変色海域内で通信装備の機能を弱体化させられたか。
更に三回ほど神通が呼びかけるとリフター1が反応した。
「現在地は不明なるも、間もなく変色海域から離脱可能です。あ、そちらを視認しました」
目の良い彼女が見る先にレスキューナイトホーク一機が見えた。
神通が見る先を双眼鏡で見た深雪は、サバイバルキットに入れてある位置マーキングフレアを出した。
海上の艦娘は空から見ると案外見えにくい存在でもある。航跡も船舶と比して小さい為、波が高いと航跡が高波で視認し辛くなり空から位置を確認するのが困難になる事がある。
手っ取り早く見つけ貰うならフレアで自分の位置を知らせる方が早い。
「こちら深雪。リフター1、こっちの位置確認に赤のフレアを焚く。
加古が破傷風っぽい症状を発症しているから手当の準備を頼むぞ」
(了解)
GOサインを確認した深雪が赤いフレアに点火し、右手で大きく振ると一同の耳にローター音がはっきりと聞こえ始め、HH60Kの機影が近づいてきた。
(フレアを確認した、今行くぞ)
双眼鏡で確認できるル級八隻を含む四群二四隻の大艦隊の陣容を見て、流石に愛鷹も足が震えそうになるモノを感じた。
こちらは二隻で、しかも自分の艤装は火器管制以外不調塗れで機関も全速を発揮できない。
火力ではル級に負けないが、取り巻きには強力なflagship級のネ級、リ級、更にネ級改の重巡が付いていた。
軽巡も雷装が高いチ級やツ級もいるが、駆逐艦は少ない。
「ル級flagship級八、ネ級flagship級二、リ級flagship級四、ネ級改elite級二、チ級二、ツ級二、ハ級四か」
戦艦八、重巡八、軽巡級四、駆逐艦四と大軍中の大軍だ。
大した陣容、そして殺意だと深海棲艦の徹底的戦力投入ぶりに舌を巻きたくもなる。
出来るだけ距離を取っておかないとメタンハイドレートの罠に入れても、こちらが離脱出来なくなってしまう。
動くなら早めがいいだろう。
「では行きますか。対水上戦闘用意、黒二〇、取り舵五度、左砲戦用意。
秋月さん、しっかりついて来てくださいよ」
「はい!」
力強く答える秋月に頼もしさを感じながら、愛鷹は発揮可能な限りの速力を機関部に指示する。
海図を見て深海棲艦の艦隊と自分らの位置、更にメタンハイドレートの鉱床の位置を確認する。
ちょっかい程度に砲撃を行って引き付け、長距離雷撃に見せかけて秋月に鉱床へ魚雷を撃ち込ませる。
射撃管制スティックを握ると、目視照準で深海棲艦の艦隊の前衛のリ級に狙いを付ける。
この距離では流石に自分でも初弾命中はまず無理だ。主砲艤装の慣熟も納得のいくレベルでは無い。
牽制射撃程度だ。
「左砲戦用意。第一目標敵艦隊前衛リ級。仰角最大、弾種徹甲弾。
主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」
最大仰角にした主砲のトリガーを引くと、四一センチ連装砲二基四門の砲口から火炎が迸り、黒煙に取って代わられる。
徹甲弾が撃ち出され、反動で砲身が勢いよく後退した。
砲身を冷却しながら次弾装填を行う一方、弾着時間を頭の中でカウントする。
時計が使えないからカウントは自分の頭でやるしかない。
弾着まで一〇秒と頭の中でカウントし始めた時、深海棲艦の艦隊が動いた。
戦艦、重巡、軽巡と駆逐艦の八隻ずつの三群に分散したのだ。
(分散されたか……三群で包囲陣形を形成して撃滅を図るか……足の速い軽巡と駆逐艦を前に出して足止めを図り、こちらの動きを抑えた後戦艦と重巡の集中砲火で短期決戦と来るか)
恐らく後者だろう。
加速をかける軽巡と駆逐艦を見てそう思った時、自分の放った砲弾四発が着弾した。
狙いを付けていたリ級からそこそこ離れたところに突き上がる水柱を確認する。精度そのものは案外悪くない。
自分と秋月の航路は敵艦隊の前面を横切る形になっている。軽巡級四隻と駆逐艦四隻は進路を変更してこちらの頭を抑えにかかっていた。
あの数の軽巡と駆逐艦なら、自分と秋月でも何とかできるかもしれない。
高脅威目標は戦艦と重巡。敢えて頭を抑えられた状態にして戦艦と重巡をメタンハイドレートの鉱床へ誘引して一網打尽と行くか。
「取り舵一杯、最大戦速。八隻の戦艦群を目標A(アルファ)、八隻の重巡群を目標B(ブラボー)、軽巡と駆逐艦八隻を目標C(チャーリー)と呼称。
Cは放置、AとBに一時接近してメタンハイドレートの鉱床へ誘引します。
秋月さん、魚雷発射準備。長距離雷撃に見せかけて鉱床へ撃ち込んでもらいます。信管は遅延と時限にセット、発射時機は私が決めます」
「了解です」
そう返しながら秋月は背中の魚雷発射管の安全装置を解除した。
二人が戦艦と重巡側へ向かう針路をとると、目標Cの軽巡と駆逐艦は二人の後背へと回り込む進路に転進した。
一方、戦艦と重巡は向かって来る愛鷹と秋月に砲門を向けると、一斉に砲撃の火ぶたを切った。
思わず身構える秋月に「離れないで」と静かに言うと、両腰の刀を引き抜く。
空と水上の両方を見て愛鷹が推定弾着時間を図っていると、大量の砲弾が二人の頭上に現れた。
砲弾の雨を見てまだ大丈夫と確信する。散布界は広い、着弾時の破片に備えた防護機能を展開する必要もないだろう。
程なく大量の砲弾の雨が着弾し、無数の水柱が二人を囲い込む。
軽く秋月が息を呑むが愛鷹は落ち着いて敵艦隊を凝視する。
水柱が突き上がる中、戦艦、重巡計一六隻は二回目の斉射を放った。
恐らく次の第三斉射を放ったら、重巡群の目標Bは加速して自分と秋月の右舷側か左舷側を抑え、戦艦群の目標Aは正面または重巡群が塞いでいない側に遷移して集中砲火の構えを敷くだろう。
AとBの陣容から見るにBが出るはこちらの右舷側。ル級はリ級やネ級より低速だから今の進路を維持して砲撃の構えを維持するだろう。
第三斉射が来る直前に再度転舵し、重巡群であるBに退路を塞がれる前に離脱だ。
この水柱の雨なら逆に秋月の魚雷発射を隠せるかもしれない。海中も外れ弾の着水音で聴音は困難になる。
「秋月さん、私が合図したら転舵します。目標Cの動きは?」
「目標Cは私達のバックを取りました。退路はありません」
緊張を滲ませた声で返す秋月に「了解」と返した時、目標AとBからの第二斉射の飛翔音が聞こえ始めた。
(弾着まで一〇秒か……一〇秒を切ったら第三斉射を放つはず。チャンスは一回)
知らずと眉間に汗が滲み出す。
飛翔音が極限にまで高まった時、愛鷹は号令を下した。
「取り舵一杯用意。左舷九〇度へ一斉回頭。回頭後魚雷攻撃始め。目標右七五度、海底へ向けて発射。時限信管を四〇秒にセット」
取り舵を指示する愛鷹に続いて秋月も転進に備えつつ魚雷発射管を構え、魚雷に指示された通りの諸元を入力する。
「用意よし!」
即座に準備を終えた秋月が愛鷹に告げた時、第二斉射の砲弾の雨が二人を包み込んだ。
直撃も至近弾も無い。距離が縮まっていたのでさっきよりは弾着位置が近くなっていたが問題はない。
今だ、と愛鷹は取り舵に切ると同時に秋月に魚雷発射を指示した。
「魚雷攻撃始め!」
「魚雷発射管一番から四番全門発射始め!」
秋月の魚雷発射管から四発の魚雷が圧搾空気で撃ち出され、海中へと飛び込む。
全弾発射完了を確認した愛鷹と秋月は水柱が周囲に突き立つ中、取り舵を切り、針路を変更する。
水柱が全て崩れ、視界が良好になった時、深海棲艦の艦隊の布陣は愛鷹の読み通りになっていた。
「秋月さん、前へ。後衛は私が務めます。最大戦速、回せるだけ回して下さい! 艤装CCSリミッター全解除」
その指示に秋月は驚いた。愛鷹の艤装は侵蝕破損しているからリミッターを解除したら余計に破損しかねない。
危険だ、と言いかけたが、秋月が言う前に愛鷹が自分を見て「構うな!」と無言の指示を送って来た。
四〇秒後にはメタンハイドレートの鉱床が爆破され、メタンハイドレートの泡で浮力が失われる。
そうなれば深海棲艦の艦隊は泡の中へ沈むことになるが、こちらも距離を取らないと一緒に泡の中。構っていられない。
秋月の主機が最大戦速をかけ、加速し始めると同時に愛鷹の主機もリミッターの全てを解除して無理を承知で加速をかけた。
後を追う様に目標Bの重巡八隻からの砲撃が飛来する。
防護機能の弱い秋月に代わって後衛に出た愛鷹が防護機能を展開する。
数発が愛鷹の防護機能バリアで弾かれ、さらに数発が両手の刀で斬り捨てられるか、あらぬ方向へと弾かれる。
二人の行動は想定外だったのか、深海棲艦の反応は遅い。
目標Aの戦艦は二人の右舷側に梯形陣を敷いていたが、水柱で二人の姿が見えなかった為変針に気が付くのが遅れていた。
一方の目標Bの重巡八隻は即座に追撃をかけるが、誤射に備えてある程度距離を取ってしまっていた為二人の背中を追うには距離が開き過ぎていた。
戦艦が主砲を回して愛鷹と秋月に砲門を向け直すが、重巡八隻が最大戦速で追撃をかけた為誤射の危険性が生じたが構わずネ級、リ級、ネ級改の合計八隻は愛鷹と秋月の後を追った。
目標Cの軽巡と駆逐艦も二人を追撃にかかった時、不気味な音が海底から響き渡った。
「とった」
珍しくはっきりとその顔にほくそ笑む表情を浮かべた愛鷹が見る中、メタンハイドレートの泡が深海棲艦の艦隊を包み始めていた。
愛鷹にとって嬉しい誤算だったのは、目標Cの軽巡と駆逐艦が泡に吞まれ出す目標AとBの救援に向かった事だった。
それはCも泡の中へ沈む事と同じだった。
泡が治まった後には静けさが残った。
二四隻の深海棲艦の艦隊はメタンハイドレートの泡に吞まれ、海底へと送られた。
メタンガスの匂いが微かに鼻を突く。
「やりましたね!」
「ええ」
作戦成功に秋月が笑みを浮かべると、愛鷹も安堵のため息を吐いた。
これで深海棲艦は空母以外の戦力の大半を喪失した筈。航空攻撃をなおも強行するか、あるいは撤退するしか残された道はないだろう。
「……減速赤二〇」
一旦減速して帰りの進路を策定しようとした時、破損音が主機から響いた。
左の主機から黒煙が上がり、左足から鋭い痛みが走った。突然の痛みに思わず顔をしかめた時、左足の主機が動きを止めた。
警報が艤装CCSから鳴り響く。変色海域で侵蝕破損していた愛鷹の主機がリミッター解除の無理をし過ぎたせいか遂に左の主機が全損して航行能力を失っていた。
舵は動くが、推進力を発揮出来なくなってしまっている。
「愛鷹さん、大丈夫ですか?」
「左の主機が無理し過ぎて駄目になってしまいました……右の主機はまだ大丈夫みたいですが……」
「仕方がありませんね。ゆっくり帰りましょう」
「そうですね」
軽くまた溜息を吐いた時、HUDに「RESTRAT」の表示が浮かび上がった。
使用不能になっていたHUDの表示が再起動し始めると共に、各種電測機器も次々に再起動し始めていく。
電探も限定的ながら画面に捜査範囲を表示し始めた。
「電子機器が復旧し始めている……方位特定が可能になりました! 変色海域の濃度も低下しています」
そう告げる秋月の言葉通り、海の色が赤から青へゆっくりと変わり始めていた。
「赤い海が青い海に戻る……」
これで終わりか……これで……無念の死を遂げた鈴谷の分も終わりに出来たのか?
そう自問自答しても、まだ分からない愛鷹は取り敢えず対潜哨戒の天山を発艦させた。
「帰りましょう。新針路三-五-〇、両舷前進原速。海域を離脱します」
アオバンド隊の瑞雲各機が変色海域の消失を告げて来ると同時に、オラクルのレーダー捜査範囲も復活していた。
AWACSの強力なレーダーの目が復活した事に一同が安堵のため息を吐いた。
「愛鷹さんと秋月さんは?」
捜査範囲が復旧したオラクルに確認を入れる青葉に、オラクルは「ちょっと待っててくれ」とすぐには答えなかった。
一瞬不安になる青葉だったが程なく、原速で帰路に就く二人のシグナルを確認した事をオラクルが教えてくれた。
(二人の信号を確認した。原速で帰還の途についている。今コンタクトを試みている)
「了解」
後はオラクルに任せても問題は無いだろう。瑞雲全機の帰投を命じても大丈夫だ。
ちょっと基地に頼み事があると鍋島が聞き入れるとは思いないが、頼みごとに借りたいと言う長門に一機貸して種子島へ飛ばした以外の全瑞雲に帰投を命じる。
その帰投する瑞雲の一機、アオバンド6から緊急入電が入った。
(オラクル、こちらアオバンド6、我新たな敵艦隊を捕捉! 空母棲姫級三隻を中核とした空母機動部隊一二隻を確認。
参照点より方位一-五-〇、針路を北西に取っている)
(こちらでも捉えた。種子島基地に進軍して来ていたのと同数の艦隊と共に、愛鷹と秋月のいる方角へ向かって行く! やつらは残る総力を上げて二人だけでも始末する気だ)
「敵艦隊の内容は⁉」
即座に確認を取る長門に、オラクルはやや間をおいてから答えた。
(敵艦隊は空母棲姫三、軽空母ヌ級改一、ネ級elite級二、ヘ級二、イ級後期型四の空母機動部隊並びに、ネ級elite級四、チ級二、ナ級六の水上連合艦隊だ)
二四隻の大艦隊が、秋月と愛鷹の二人の元へ……。
いくら何でも絶望的な物量差だ。巡洋艦キラーである愛鷹でもこれには対抗しきれるとは思えない。
何が何でも殺しにかかる深海棲艦の殺意に青葉が戦慄していると、長門が号令をかけた。
「最大戦速、新針路一-二-〇! まず敵水上連合艦隊を屠り、その後残る空母機動部隊を掃討する。
全艦、この長門に続け!」
全速を指示する長門に青葉、衣笠、夕張達の「了解」と唱和した返答が返された。
対潜哨戒に出した天山からの緊急連絡に、愛鷹は直ちに全烈風改二を発艦させた。
一六機の烈風改二に対し、空母棲姫から放たれた攻撃隊の数は約八〇。
重攻撃機だけでなく黒塗装型、それも夜間型とはまた別の新種と思しきタコヤキまでいると言う。
(新型機……そんなものまで投入して来たか……)
余程殺したいのか……。
八〇機も来たら、いくら自分と秋月でも果たして裁き切れるか。
防空隊を突破され、自力での対空戦闘と回避運動時に片肺の自分に躱しきれるか。
不安が残る愛鷹が軽く生唾を呑んだ時、ヘッドセットが着信音を立てた。
(こちらAWACSオラクル。愛鷹応答されたし、オーバー)
AWACS? 自分が知らない間に増援として来ていたのか。
「オラクル、こちら愛鷹。現在こちらへ接近する敵機多数を確認。こちらの対空戦闘能力では対応困難、支援を揉む」
(了解、現在長門以下一二隻がそちらの支援の為急行中だ。合流まで何とか持ちこたえろ)
結局、こちらで何とか凌ぎ切れ、ですか……。溜息を吐きながら「了解」と返す。
四一センチ主砲に対空弾を装填していると戦闘機隊から「コンタクト」の報告が入った。
「長い戦闘になる可能性があります、兵装をあまり消耗させ過ぎない様に」
(了解、ドレイク1エンゲージ)
(各機続け)
無線越しに寡兵の戦闘機隊一六機が大編隊に挑むのが聞こえ始める。
半分いや三分の一程度削られれば……。
残る敵航空戦力はこちらの弾幕で防ぐしかない。いや防ぐよりは凌ぐと言うべきか。
凌ぐ程度なら無理に対空射撃する必要もないかも知れない。
海上と言う遮蔽物無き場所で艦娘が身を隠す手段は、煙幕の展開だ。ただ煙幕の展開は機関部へ少し無理を強いるデメリットがあるし、それ以外のデメリットもかなりある。
だが、今はそれしか無い。使える手段は何でも使うしか無い。
自分の艤装機関部にはこれ以上の負荷はかけられないから、秋月に展開してもらうか、効果時間の限られる煙幕弾を焚くしかない。
「秋月さん、煙幕展開は出来そうですか?」
「五分程度までなら機関部は持つと思います」
そう返しながら手袋を外した秋月は指先を軽く舐め、風の強さと向きを図る。
「風は比較的弱いので拡散し切る心配はないでしょう」
「そうだと良いんですが」
腕時計を見た愛鷹が軽く溜息を吐く。風は今の所確かに弱いが、種子島の南方では今年で三個目に発生した台風が日本へ向けて北上中だ。
気象予報通りならそろそろ風力が増して来る筈。
頭の中でどう計算しても、風速強くなる前に離脱出来るとは思えない。
一回程度なら煙幕でしのげるだろう。しかし、波状攻撃されたら煙幕を充分に展開し切るのは難しくなる。
眉間に汗がにじんだ時、HUDに《TARGET MERGE》の表記が現れ、自動的に対空レーダー表示が現れる。
思っていたより速い……。
まだ目視出来ない距離だが、愛鷹のレーダーは既に捕捉済みだった。
(こちらグリフィス1、新型の黒タコヤキ全機を取り逃がした! しかし他を防ぐだけでこちらは手一杯だ!)
「全部が押し寄せるよりはマシです。ありがとう」
奮戦する戦闘機隊に礼を告げると秋月に煙幕展開を指示する。
「半径三〇〇メートル程の円状に展開して下さい」
「はい」
魚雷発射管の接続部分近くの放熱ファンから黒煙を吐き出させながら、秋月が煙幕の展開を始める。
機関部に負荷をかける為あまり速度を出せないが仕方ない。
「煙幕を展開したら、今度は秋月さんの弾幕精度となるか」
自分の対空火器は主砲以外、左腕の対空機銃と噴進砲。秋月は長一〇センチ砲だが煙幕を張ると秋月の対空電探の精度の関係上、命中率がやや下がる。
秋月型の対空射撃は対空電探と目視を合わせて行うモノなので、煙幕展開は本来相性が悪い。
しかし、これらのデメリットがあり、起きる事は理解済みだ。
それを理解した上で愛鷹は展開を指示したのだ。
なら、自分のレーダーとリンクさせて統制対空射撃と行くか?
蒼月との連動射撃を想定した造りだから可能ではある。
しかし、まだテストもしていないやり方だ。慣熟抜きのぶっつけ本番になる自分の艤装の実戦投入だから当然なのだが、秋月型でも統制対空射撃の経験者は少ない。
多少の不安要素はある。だが他に手段はない。
煙幕を展開し終えた秋月が戻って来ると、愛鷹はぶっつけ本番技を強行する事にした。
「秋月さん、統制対空射撃を行います。私のレーダーで敵を照準、管制しますから、秋月さんはそれに基づいて射撃を」
「あ、愛鷹さんとの統制対空射撃の演習はやったことがありません! 私自身も指を折って数えられるくらいの経験……上手く行くか分かりませんよ」
「しくじってもあなたの責任ではりません。やりますよ」
強引に指示する愛鷹に、何かあったら深雪さんに怒られますよ、と胸中で呟きながら秋月は統制対空射撃の為にデータリンクシステムを起動させた。
統制対空射撃は一種のタッチ射撃とも言える。
対空射撃指示を行う旗艦艦娘が配分した目標に対し、随伴の防空艦娘の対空火器が自動的に射撃を行うモノで近年導入が始まったばかりだ。
アトランタ級軽巡洋艦の艤装に優先的に改修が施され始めているシステムで、愛鷹のはアトランタ級以外では初めての搭載でもあった。
愛鷹自身、マニュアルを読んだ程度で訓練していない。
何でもかんでもぶっつけ本番まみれだな、と一週回って苦笑したくなる。
主砲の対空弾の射程圏内に黒タコヤキが進入するまでに準備を整え、砲撃準備に入る。
(速い……これ程の速さで飛ぶ深海棲艦の艦載機は初めて……やはり新型……)
HUDの表示を見つめながら主砲の照準を合わせる。
「主砲……照準よし……射線方向クリア、用意よぉし」
スッと軽く息を吸うと凛と張った声で吐く様に号令を出す。
「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」
主砲発砲のトリガーを引き絞ると、四一センチ連装主砲二基の砲門から紅蓮の砲炎が迸った。
四発の三式弾改二が空中を飛翔して行き、瞬く間に空中へと消えていく。
防空隊を突破した黒いタコヤキの数は六〇機余り。
何機削れるか、と思いながらHUDの対空レーダー表示を見つめていると、遠方で対空弾が炸裂する轟音が聞こえた。
近接信管によって黒タコヤキの編隊内で起爆した四一センチ対空弾四発の対空散弾の雨。無数の散弾に絡めとられた黒タコヤキの数が《KILL 12》とHUDに表示された。
一二機撃墜……まあまあ、と言ったところだろう。
次弾装填の余裕はない。
「一二機、ですか」
「新型相手に一二機は上々ですよ。来ます、対空戦闘! 統制対空射撃用意!」
「はい!」
HUDに《DATE LINK ONLINE》と表示される。
統制対空射撃の《CONTROL AA FIFGT MODE》を選択すると対空レーダー表示が出た。
レーダーによる交戦表示範囲の《RANGE》を目視射程の《SHORT》にする一方、対空捜索範囲は《MIDDLE to SORT》と中距離から近距離へと自動的に切り替わる様にする。
自分が行う統制対空射撃は対空レーダーで捜索した敵を自動で追尾し、射撃システムが自動的に艦隊にいる各艦娘の対空火器を射程と脅威度に応じて射撃させるモノだ。
脅威度に応じた最適な対空火器を射程毎に割り当てて、撃墜するまで射撃レーダーが敵を追尾し、射撃管制指示を行う。
一人の艦娘に出来る統制対空射撃可能な総艦娘数は最大一個艦隊分六隻までだが、理論上AWACSと統制対空射撃可能艦娘を複数置くことで相応の規模の早期警戒網を構築すれば、連合艦隊編成以上の大規模艦娘艦隊の統制対空射撃が可能だ。
中距離表示の対空捜索レーダーに表示される機数は五二。まず迎え撃つ事になる火器は秋月の長一〇センチ砲だ。後は自分の噴進砲と機銃。
煙幕を展開していたから敵機はこちらを視認しにくくなっている筈だ。
「方位一-五-〇、敵針三-三-五、高度六〇〇。敵機影五二、急速接近中」
そう告げる愛鷹の言葉に秋月が額の汗を拭った時、長一〇センチ砲ちゃんが指示も操作もしていないのに勝手に射撃の構えを取る。
統制対空射撃の射撃管制下に入ったら自分で狙う必要は無いし、今の自分には煙幕が邪魔で正確な対空射撃が出来ない。
対空捜索レーダーの表示が《SHORT》になると、《READY TO FIRE》の文字が距離表示と共に出る。
「対空戦闘、第一目標から第八目標を捕捉」
《ENGAGE》
その表示を見るや愛鷹は統制対空射撃を始めた。
「旗艦指示の目標、統制対空射撃、撃ちー方始めー! 発砲、てぇー!」
直後、秋月の長一〇センチ砲ちゃん二基が彼女ではなく愛鷹の管制に従って対空射撃を始めた。
先程射撃を行った四一センチ主砲より小さい口径だが、高初速の鋭い砲声が連続して周囲に響き渡る。
自分で狙って、自分のではない他人の艤装が撃つと言う少し違和感を覚えながら愛鷹はスティックのトリガーを引き続ける。
左目で見るHUDに早々「KILL」の文字が表示され始める。
遠くで対空弾の炸裂する砲声が響き、撃墜された黒タコヤキが落ちていく音が聞こえて来る。
射撃開始から一〇秒程度で最初に狙った八機を始末すると、自動的に新たな脅威に射撃管制装置が対応を始める。
「第一目標から第八目標を撃墜。新たな目標、第一四から二二。仰角、射角調整」
「速い……!」
防空駆逐艦である自分よりも早々と八機撃墜してのける愛鷹に秋月は驚きを隠せない。
そんな自分に構わず愛鷹は脅威度の高い新たな八目標へ照準をわせると射撃指示を送る。
今度の八機は高度を下げ始めている編隊。高度から見て恐らく雷撃隊。
こちらのレーダーの高さでは、低空に降りられると捕捉するのにぶれが起きやすくなる分厄介だ。
「続けて撃て、発砲!」
トリガーを引き、秋月の長一〇センチ砲で迎撃する。低高度に降りる際、魚雷発射に備え多少速度は落とす筈だ。
僅かなタイミングで仕留めるしかない。
敵編隊の目の前に猛烈な弾幕が展開され瞬く間に三機が墜ちる。
僚機の被弾撃墜や弾幕の爆風に揉まれながらも、黒タコヤキは怯まず突っ込んで来る。
左目で見るHUDのレーダー表示では既に新たな八目標を追尾していた。今狙っている五機を始末したらすぐに対応しないと拙い。
四門の主砲の連射音が轟く中、その砲口の先で炸裂する対空弾が更に二機を仕留め、残る三機にも至近弾の破片を当てる。
細長い長一〇センチ砲の砲口から撃ち出される対空弾が黒タコヤキの周囲に飛翔して行き、近接信管が作動した砲弾が散弾を空中に撒き散らし、黒タコヤキへダメージをじわりじわりと与える。
しかし僚機の撃墜から立ち回り方を早々に覚えたのか、微妙な回避機動で致命的なダメージを受け流している様だった。
厄介な相手だ、と思いながらHUDの照準レティクルを見つめつつ、新たな対空目標の脅威度も事前に図る。
煙幕のせいで見え難い所の空で爆発する対空弾の砲声に、撃墜の爆発音が混じる事も無ければ、制御不能になって落ちていく効果音も聞こえない。
レーダーが捉えた敵機が尚もこちらへと向かって来るのがHUDに表示されている。
(もうボロボロでしょ……普通の艦載機なら落ちてもいてもおかしくない。なんて耐久……)
頑丈な新型機に対し、じわりと眉間に焦りの汗が滲んだ。
このペースでは流石に対応が遅すぎるか。三機を早々に片付けられ他は良いが、向こうも学習速度が速いのか立ち回り方がいい。
更に一機落としたところで照準をリセット、見切りを付けて新たな八目標を狙う。残る二機の雷撃は回避運動だけで充分だ。
次は既に低高度に降りている別の雷撃隊。発射に備え既に減速している。
(あの距離で撃っても流石に当たらないだろけど……散開斉射でバラまかれたらちょっと面倒か)
煙幕を展開しているから精密な射撃は出来ない筈だが、それを見込んでバラ撒く様に魚雷を撃たれるとこちらも動きを制限される。
撃たれる前に撃ち落とすしかない。速度がやや落ちている分狙いは少し付けやすい。
照準を合わせ直した長一〇センチ砲の小刻みの良い砲声が、再び連続して響き始める。
一機を撃墜した時、ヘッドセットからドレイク1の通信が入った。
(こちらドレイク1。グリフィスに他を任せ現在そちらに急行中。そちらの状況は? オーバー)
「押されかけています」
(何とか持ちこたえてくれ、ETAは一分後だ。ドレイク1アウト)
一分……長いな。四機目を撃墜しながら航空支援到着予定時間を頭の中でカウントする。
六機目を撃墜した時、HUDに《WARNING》の表示が出る。
迎撃限界ラインまでもう余裕が無い。それどころか長一〇センチ砲の砲身も摩耗していて、今のペースで撃ち続けていたら照準に影響が出るレベルになるのも時間の問題だ。
「秋月さん、砲身の交換準備を。この攻撃を凌いだら即交換して下さい」
「了解。もうちょっと頑張ってね、長一〇センチ砲ちゃん」
振り返らずに指示して来る愛鷹に応じながら、秋月は奮戦する長一〇センチ砲ちゃんに優しくエールを送る。
空に咲き乱れる対空弾の黒い爆炎で狙っていた敵機の最後の一機が落ちた時には、もう他の敵機が攻撃位置に付こうとしていた。
(速いだけでなく、耐久も高いか)
HUDに表示される敵機の展開状況を見つめながら、黒タコヤキの脅威度とその厄介さに危うい予感を覚える。
これが今後大量に出るのか? と思うと今の自分の烈風で果たして対応し切られるのか。
秋月の長一〇センチ砲の射撃音が一旦止み、新たな対空目標へと照準を合わせ直して砲撃を再開する。
今は左翼の敵を集中的に狙っている分、右翼が薄いから敵機もそちらへと移りつつある。
右翼からの敵には愛鷹の噴進砲と対空機銃で対応するしかない。ただ噴進砲は弾幕を一回しか張れないからタイミングを間違える訳にはいかない。
五二機中撃墜二〇機を数えた時点で、右翼に展開する敵機が攻撃位置についていた。
しかし、煙幕のせいか上手い射点を捉えられていない様だ。とは言え左翼で迎撃を受ける僚機が愛鷹と秋月の位置をトレースし、大まかな場所へ爆弾や魚雷を落とす可能性はある。
左翼の敵機は比較的高度が高く、右翼の敵機は高度が低い。左翼から急降下爆撃、右翼から雷撃の挟撃か。いや右翼の敵機編隊の一部が魚雷を投下するには少々高度が高すぎる位置にいる所からして、反跳爆撃の為の爆弾を抱えているかもしれない。
更に二機を撃墜した時、秋月がヘッドセットに手を当てた。
「聴音探知、魚雷馳走音です! 参照点から方位一-三-〇、敵針二-〇-〇から二-五-〇より敵速四七ノットで一二発急速接近中!」
ソナーが侵蝕海域で破損させられた自分に代わって、秋月がソナーで探知した敵機の投下した魚雷の来る方向と数を知らせて来る。
「距離は?」
「約二〇〇〇メートルです」
「バラ撒いてきたか……煙幕で見えないとはいえ、射界を絞っている」
迂闊に回避運動を取る訳に行かない。そう思いながらトリガーを引いていた時、HUDに《ALRET》の表示と共に長一〇センチ砲の砲身のオーバーヒートを知らせて来た。
《OVER HEAT》の文字を見て、やはり慣れていないとダメか、と悔しい気持ちが込み上げる。
「愛鷹さん、長一〇センチ砲ちゃんの砲身が限界です!」
「交換している余裕はありません、回避運動を優先します。面舵一杯、新針路〇-五-〇、第四戦速」
一部破損している自分の主機に鞭を打って、秋月と共に回避運動に入る。
当然ながら、こちらからの対空砲火が止んだ事に黒タコヤキが気付かない筈がない。
高度を上げた黒タコヤキが煙幕の頂上の穴から愛鷹と秋月目がけて急降下爆撃を始めた。
逆落としして来る黒タコヤキが急降下の鋭い音を立てながら降下して来る。
煙幕に出来ている僅かな隙間からこちらの位置を見出したのか、黒タコヤキの投下した爆弾は回避運動する二人の直ぐ傍に着弾した。
至近距離で白い水柱を高々と上げる爆弾に揉まれる中、防護機能で何とか致命的ダメージを受け流す二人だったが、駆逐艦娘である秋月の防護機能では至近弾の爆発を完全には防ぎきれない。
そもそも爆弾に充填されている爆薬の量が多すぎた。
刀で直撃弾や至近弾と見た爆弾を切り裂いて無力化していく愛鷹と違い、回避運動と防護機能でしか防げない秋月の体の随所に鋭い痛みが走る。
体中に至近弾の破片で斬り裂かれる痛みを堪えながら、両腕で顔面を覆って目を閉じて歯を食い縛る。鈍い爆発音が響き、愛鷹が被弾する音が聞こえるがどうする事も出来ない。
「あし、たか……さ」
「喋らないで!」
強化された艤装の装甲で弾き返したお陰なのか、被弾のダメージを感じさせない声で返す愛鷹に、流石大型巡洋艦……いえ巡洋戦艦ですね、と秋月が思った時、噴進砲と機銃の射撃音が轟き始めた。
至近弾被害で秋月が中破状態なのは見ずとも分かった。
ここで右翼からの敵機が投下した魚雷に、まだ投下されていない反跳爆撃の爆弾が当たったら秋月への大ダメージは免れない。
目視で確認できた魚雷の航跡へ機銃を撃ち放って破壊を試みると共に、噴進砲で反跳爆撃を仕掛けようとする敵機に牽制の弾幕を張る。
左腕に二基装着されている三連装機銃で魚雷へ射撃を行うが、対空射撃とは訳が違うだけに直ぐには撃破と行かない。
何とか二本の魚雷を撃破し水柱を二つ突き立てる。
撃破した二本の魚雷の射界内に入ってしまえば、いやそこを狙って反跳爆撃の爆弾が飛んでくる可能性が高いか。
舌打ちをした一瞬の気の逸れを突く様に、急降下爆撃の最後の一発が愛鷹の第一主砲の天蓋右側に着弾した。物凄い爆発が起き、けたたましい音と共に第一主砲の右側がひしゃげる。一部は抉れて破片を右舷側に吹き散らし、右砲の砲身が吹き飛んだ。
爆発の炎と顔に吹き付ける衝撃波に呻き声を上げながら第一主砲弾薬庫に注水、消火指示を出して誘爆被害を防ぐ。愛鷹自身にはかろうじて防護機能で致命的な怪我を負わずに済むものの、第一主砲中破で砲戦火力が半減してしまった。
残る第二主砲のみで水上戦闘をするしかない。
爆発の黒煙を軽く吸い込んで咽込んでいると、あの衝撃が体に走り抑える間もなく込み上げて来た鮮血が口から吐き出された。
「この程度で……」
咽込むのに乗じる様に込み上げて来た二回目の吐血を左手で抑えるも、どうしてもこぼれる血が手の甲を赤く染める。
左手を赤く染めた血を睨んで、拳を作りながら恨めしいモノを噛み締める。悲鳴を上げ始める体にタブレットを数錠呑みこんで(黙れ!) と目を細め歯を噛み締めて喝を入れた。
赤く染まっている左手の拳を開いた時、何かを切り離す音が何回か聞こえた。
爆弾投下の音だ。
「秋月さん、私の後ろへ回って下さい!」
「あ、あし、たかさん……それじゃ」
「話せるうちに早く!」
何とか大破の一歩手前で踏み留まっている秋月に自分のすぐ後ろに付く様に指示すると、両手の刀を構え直す。
第一主砲中破時の爆発音で耳が一時的にやられかけていたが、何とか回復しつつあった。元に戻りつつある聴覚で石の水切りの要領で海面をスキップして来る爆弾の位置と数、距離を測る。
躱せられるなら躱したいが、対空レーダーにはまだ攻撃態勢にある四機の機影が映っている。まだこちらを攻撃した気配はない。
自分が被弾したのは確認済みだろう。正直なところもう煙幕は用済みだ。
視界に一〇本もの雷跡が見えたが、回避運動を取るまでもなく自分と続行する秋月の左右を通り過ぎて行った。
魚雷との距離次第では近接信管で被害を受ける所だったが、幸いにも一発も爆発する事は無かった。
一方で投下された爆弾はまだ躱せていない。
一時的に馬鹿になりかけた聴覚が感覚を取り戻すと、八発もの爆弾が海面をジャンプしながら飛翔して来るのが聞こえた。
「爆弾と追い駆けっこね」
呟きながら黒煙の向こうから密集して飛んで来た爆弾を見据え、両手の刀を構え直すと当たると見た爆弾数発を刀で薙ぎ、切り裂いた。
外れた爆弾が遠くで虚しく爆発する音に安堵する間はない。攻撃態勢に入る四機に加え更に四機が反対側から回り込んで来る。
しかし、そこへ味方機の識別がHUDに表示された。
《DRAKE SQUADRON》の表示にやっと来たか、と今度は安堵の溜息を吐いた。
(こちらドレイク1、愛鷹。生きてるか? これより防空支援に入る。各機続け!)
浴びせられる二〇・三センチ主砲弾を右に左にと躱して粘り強い抵抗を見せるナ級へ、これでどうだ! と九斉射目の二〇・三センチ主砲弾を叩きつけ、ようやく轟沈させると、深々と青葉は溜息を吐いた。
左側頭部にかけているHUDには壊滅していく深海棲艦の水上連合艦隊が表示されていた。
開幕で長門と陸奥のタッチ射撃でネ級elite級全艦が轟沈ないし大破したものの、残る取り巻きは頑強に艦娘達に抵抗して来た。
鍛え上げて来た練度で何とか返り討ちにしたが、こちらも全員小破レベルの手傷を負わされていた。
残弾はまだ充分とHUDの表示を見て頷くと、一旦主砲艤装を肩から降ろす。
右肩で背負うこの艤装は発砲の度肩に衝撃を与えて来るから、結構肩が凝る艤装でもあった。
艦娘になりたての頃使っていた主砲艤装は腰撃ちだった分、ヘルニアを心配する程腰に負荷がかかったので、今の肩で担ぐ主砲艤装にしたわけだが今のは今ので肩にそれなりの負荷はかかる。
両手で主砲を構える衣笠も長引く戦闘の後は両腕に湿布を張っている事もあった。
艤装を下ろした肩を軽く左腕で揉んでいると、硝煙で煤けた制服をはたきながら衣笠が寄って来た。
「青葉、大丈夫?」
「あー、肩っ凝ったみたい。ガサ、ちょっとマッサージして頂戴」
「はいはい」
青葉の頼みに軽い口調で返しながら右手で衣笠は青葉の右肩を捥ぐ。
「どう?」
「あー、気持ちいい……指圧師に転職しても食べて行けるよ」
「軽口が言えるって事はもう良いみたいね」
「もうちょいお願い」
ようやく殲滅出来た敵艦隊の残骸が上げる黒煙を眺める長門の元へ、陸奥が艦隊各員に集合をかける。
(こちらオラクル。敵艦隊の殲滅を確認した。敵空母棲姫級中核の艦隊は現在愛鷹と秋月へ向けて進撃を継続中。
双方が現在の速力を維持した場合、邂逅予定は約一〇分後になると思われる)
「長門了解。二人の状況は?」
(何とか空爆を切り抜けたものの、愛鷹は第一主砲中破使用不能、秋月中破戦闘力低下と厳しい状況だ。今の二人にはあの艦隊は脅威過ぎる)
「了解した」
四一センチ連装主砲一基だけで、空母棲姫三隻含む大艦隊と相手取るのは流石に愛鷹には荷が重いと言うレベルでは無い。
秋月も中破して戦闘力も低下している。これ以上は耐えられない筈だ。
「すぐに向かうぞ……それまで、持ちこたえろ」
鹿屋基地に着陸したオスプレイから車椅子に載せられた熊野と、鈴谷の遺体を収めた棺が降ろされて来た。
どんよりと曇り切った目の熊野が、厳かに霊柩車へと運ばれていくかつての相棒を収めた棺を見送っていると、久々に白い礼装に身を包んだ姿の武本が熊野の元へと歩み寄って来た。
「て、提督」
慌てて敬礼しかける熊野を無言で制すると、「傷は?」と静かに聞いてきた。
「見ての通りの有様です」
「ああ……残念、と言い切れないな鈴谷くんは……惨い、惨すぎる」
悲痛な表情から絞り出すような武本の言葉に、熊野は無言を返事とした。
こんな形で鈴谷が命を落とす事になるとは。何とも言い難い無念、やり場のない思いが二人の胸の内に渦巻いていた。
無人機のエラーは結局サーバー側に何らかのバグが起きた、と言う程度しか解明できなかった。当の無人機側にはハッキングを受けた形跡は残っていなかったから、基地のサーバー側に問題があるとしか言いようが無いのだが、詳細が解明出来る見込みが無いとの報告が上げられていた。
霊柩車に棺が納められるとその場にいる海軍兵士達が一斉に敬礼して、クラクションを長々と鳴らしながら走りだす霊柩車を見送る。
「提督、私は」
「君は暫く病院で過ごして貰うよ。最上くんと三隈くんが心配して待っている」
「傷はすぐに治ると言われましたが」
「医者が良いと言うまで私は君を前線には出さない」
有無を言わせない口調で告げる武本に、抗弁する気力を熊野は失った。相棒を失ったお陰で胸にぽっかりと開いた空虚の穴は一カ月や二カ月で塞げそうな気はしない。
傷そのものはすぐに治せるだろう。しかし熊野の心の傷が癒えるには時間が必要だった。
付き添っていた衛生兵に代わって熊野の車椅子を押して、基地施設へと歩き出した武本にふと熊野はオスプレイで種子島を発つ前に長門から「提督に直接渡して欲しい」と頼まれていたメッセージ書を上着のポケットから出した。
何の変哲もない封筒を軽く見て、要件も何も書いていないそれを武本に渡す。
受け取った武本は「ありがとう」と返すと熊野と共に基地施設の中へと入った。
先の爆撃で直撃こそなかったものの、愛鷹に抱えられている秋月の状況は良いとは言えなかった。
至近弾の破片で斬り裂かれた制服の下の傷から痛々しく出血しており、疲労もかさんでか秋月の反応が悪い。何とか絆創膏や包帯で止血を含む応急処置を施したものの、秋月自身での戦闘はかなり厳しい状態だ。
今襲われたら絶好のカモだ。自分は主砲塔一基が使用不能だから水上戦闘能力が半減している。
とにかく逃げるしかない。長門率いる艦隊が救援に向かってきているとは言え、自分達が先に空母棲姫三隻を中核とした艦隊に捕捉される可能性が高かった。
ボロボロの秋月を抱える形で航行する愛鷹のヘッドセットに、AEW天山「シルバーアイ」からオラクル経由で警告が入った。
(こちらシルバーアイ、空母棲姫三隻の空母機動部隊が間もなく視認射程内に入る。
おおよそ五分後には長門以下の艦隊が到着する、それまで回避運動で躱し続けるしかないだろう)
「愛鷹了解、警戒監視を継続して下さい。身の危険を感じたらすぐに離脱を。残燃料にも十分注意して」
(了解)
爆撃の至近弾の破片で飛行甲板はボロボロだった。カタパルトとエレベーターは生きていたのでシルバーアイを射出来たが、着艦ワイヤーと着艦デッキが実質使用不能の状態だ。
装備妖精のダメコンで復旧作業が行われているモノの、燃料弾薬が続きそうにない戦闘機隊は全機種子島に向かわせていた。
今の自分には防空の為の戦闘機一機も無い。更に負傷した秋月を抱えたまま空母棲姫三隻を中核とした艦隊に捕捉されかけている。
秋月を事実上曳航する形になっている分、発揮可能な速力は更に低下していたし、流石の愛鷹も疲れを感じ始めていた。
慣れない艤装でのぶっつけ本番を繰り返し過ぎたせいか、いつもより疲れが溜まって来ている感があった。
体の老化もあるのだろうか? と思った時、轟々とした遠雷の様な砲声が遠くから轟いた。
(あの発砲音は空母棲姫の大口径主砲の砲声か)
距離からしてまだ正確にこちらの位置に射弾を送り込めるとは言えないが、先手を打ってイニシアティブを握るつもりか。
今の自分に制空権は完全にない。すぐに空母棲姫から観測機が進出して来るだろう。
弾着観測射撃を行われたら、一方的にやられてしまう。秋月を抱えたままでは戦えないが、放り出す事は出来ない。
砲声が響いてから程なく大口径主砲の砲弾が周囲に雨あられと降り注いだ。
散布界は広いから至近弾にもなっていない。しかし、射程に捉えられていると言う強いプレッシャーを愛鷹に与えていた。
再び水平線の遠くから砲声が響き、砲弾多数が飛翔して来る。
空気を切り裂く甲高い飛翔音と共に砲弾が着弾し、海面に大きな水柱を多数突き立てた。
突き上がる水柱を見ている内に、自然と涙がこぼれた。
悔しい。
その一言で今の自分の気持ちは言い表せられた。
今日一日にあった事全てを思い返すと、何もかも自分の未熟な面が諸に出て来てしまった感が拭えない。
施設時代に様々なシミュレーションや訓練、講義を受け、同じ「自分達」同士で殺し合いまでやった。
「深海相手の殺し屋」として引き金を引く術を学び、硝煙と血の匂いを実際に嗅いだ。苦痛に塗れた過程と牢獄生活の様な日々を送った。
文字通り血の滲む努力をして、一線級の艦娘と同じレベルにまで達していると評価されたのに、いざ実戦に出てみればぼろぼろとにわかだった自分が露わになって来ていた。
所詮「クローンの即席艦娘」は「人間の艦娘」には経験と時間、場数で劣っていたという事だろう。
込み上げて来る悔しさと不甲斐なさと共に、未熟、の二文字が脳裏にはっきりと浮かび上がった。
至らない自分のせいで自分が死ぬのは因果応報だからまだいいとしても、その至らない自分のせいで秋月と言う仲間まで巻き添えに仕掛けている。
どうして、と問う自分に、それは自分の想像力不足だ、と唾棄する自分がいた。
(やはり来たぞ、複数の機影を探知。これは空母棲姫が送って来た弾着観測機だ)
オラクルの警告と共にHUDに対空レーダーが捉えた深海棲艦の弾着観測機が表示された。
もう逃げられない……。じき一方的に撃たれる状況になる。
やがて砲声が轟き、甲高い飛翔音が多数頭上から押し寄せて来た。
(飛翔体を確認! 弾着まで一〇秒!)
警告がオラクルから入り、来る、と身構えた時、周囲にさっきよりもかなり近い場所にまとまって着弾の水柱が突き上がった。
空母棲姫の主砲の発射速度は毎分約四発と言われている。射角修正などで多少ブレはあるだろうとは言え、おおよそ二〇秒程したら次の砲撃が来る。
数えていると思った通りのタイミングで砲声が響き、大きな砲弾が多数降り注いだ。
周囲を囲い込む様に立ち上がる水柱を見て、愛鷹は絶望感を覚えた。
「挟叉された……」
次撃たれたら秋月を放って刀で防御するか、自分の身をもって巻き添えにしてしまった秋月の命だけでも護るか。
死にたくはないが、自分を取るか、秋月を取るかの二択を強いていた。
主砲で弾着観測機を撃墜すれば時間稼ぎ出来るだろうが、弾着観測機を撃ち落とすにはこの主砲の仰角が足りていない。
そもそも観測機を主砲で迎撃すると言う発想を思いつくのが遅かった。
悔しさから来る涙がまた目から溢れた時、朗報の様な電子音がヘッドセットから響いた。
(愛鷹、聞こえるか? こちらアオバンド1。これより防空支援につく)
(いいぞ、青葉搭載の瑞雲だ。アオバンド、やってくれ)
HUDに四つの《ALLY》の文字が映し出され、すぐにオラクルの手で愛鷹の元に識別登録がオーバーライドされた。
頭上に聞きなれたエンジン音が四つ響き出し、《AOBAND》のコールサインの瑞雲四機が空母棲姫から送られて来た弾着観測機に襲い掛かるのが聞こえた。
呆気なく訪れた別の形での「終わり方」に、半分惚けた顔になる愛鷹のヘッドセットへ聞き親しんだ声が沢山飛び込んできた。
(愛鷹、聞こえるか? 助けに来たぞ)
(待たせました愛鷹さん! もう大丈夫ですよ)
(衣笠さんも参上です!)
(みんなで《助太刀》に来たわよ)
長門、青葉、衣笠、陸奥の順にヘッドセットから入る声と共に、聞きなれた、一番馴染みのある砲声が愛鷹と秋月の窮地を吹き飛ばしにかかった。
「愛鷹さん聞こえますか? ……大丈夫ですか?」
ヘッドセットに向かって青葉が呼びかけ続けても、愛鷹は沈黙したままだった。
まだHUDには健在である表示が出ているモノの当の愛鷹が沈黙したままだ。
応答が出来ないのなら、代わりに秋月経由でと思った時、ヘッドセット越しに泣く声が聞こえた。
「……え……」
聞こえて来た泣き声に、青葉がきょとんとした表情になる。
しかし無理も無いだろう。聞いたら誰もが同じ表情になる筈だ。
それは初めて大きな声を上げて泣きじゃくる、愛鷹の泣き声だったのだから……。
次回の投稿がいつになるのか、正直自分でも分かりませんが年内に二、三本出して新たな舞台へとつなげていきたいと思っています。
未慣熟の状態でぶっつけ本番続きの愛鷹が次はどこへ赴く事になるのか。
次回から種子島の物語にケリがつきます。
ではまた次回のお話でお会いましょう。
感想、コメントお待ちしています。
(正直、褒めも酷評もどっちの感想も来ないので筆が進みづらい……)