(自分でもびっくりするほど早く投稿できたかも)
注:タイトルを変更しました
負傷した熊野を海軍病院へ送る手続きを終えると、武本は長門から熊野を介して自分へと届けられた封書の封を開けた。
メッセージを一読し終えると、直ぐに自分の携帯電話を出して有川へ繋ぐ。
五秒も経たずに有川が出た。
(俺だ)
「有川。君の部下か腕利きをこちらに今すぐ送って欲しい。愛鷹くんが危険な状態だ」
声で事情をすぐに察したらしい有川は少し考え込む声を返す。
(……分かった。すぐにチームを種子島に送る。熊野と鈴谷を載せて来たオスプレイの再離陸には何時間かかる?)
「簡単な整備点検込みで三時間もかからんだろう」
腕時計を見て返す武本に対し有川が受話器越しに頷くのが分かった。
(結構だ。俺も先遣チームを追って現地入りする。お前は先に基地へ帰れ)
「日本艦隊の総司令官として、それは聞けないな」
(まあ、お前も無縁な話では無いな。好きにしろ)
「そうするよ。じゃあな」
電話を切った武本は携帯電話を上着のポケットにしまうと、借りている私室へと大急ぎで戻った。
この動きにくい礼装より、普段の略装の方がやはり過ごしやすい。
日が暮れた種子島基地のグラウンドに基地防衛に参加した艦娘達が集められた。
グラウンドに置かれた演台に長門が立つと、グラウンド中に響く大きな声で告げた。
「作戦完了を宣言する」
「そいつは本当なんだろうな?」
朝霜が腕を組んで聞くと、長門は目を瞑って深く頷いた。
「ああ、終わりだ」
歓声も無い、ただ安堵のため息がグラウンドに集められ他艦娘達から上がった。
激しい深海棲艦の種子島基地への攻撃は、艦娘達の奮戦で完全に返り討ちとなった。投入戦力のほぼすべてを失った深海棲艦の艦隊のわずかな残存艦艇は海域から離脱し、鍋島司令から海域と航空の安全確保が宣言された。
一方で艦娘側も鈴谷と言うかけがえのない人間を失った。
他にも翔鶴、瑞鶴、村雨、五月雨、熊野が大破・重傷、秋月、加古中破と皆総じて大なり小なりな被害を被っている。
殊に瑞鶴はやはり内臓を多数破壊されてしまっており、当面戦線への復帰は望めそうになかった。再生治療の経過具合にもよるが半年近くは無理になる可能性があった。
村雨も一命はとりとめたが、喪った目と腕を再生させる為にこちらも長期間の戦線離脱は免れない。
破傷風を発症した加古は既に治療を受けて早くも回復途上にある。秋月の負傷の手当ても順調で深刻な傷には至らなくて済んでいた。
軽傷者の手当ても済み、ひとまずは凌ぎ切った感じだ。
「三時間程したらSSTOが打ち上げられる。我々の『命』を賭して護った『希望の目』だ」
弛緩する空気が立ち込みだす一同に長門は続けた。
それとな、と胸中で溜息を吐きながら長門はまた目を閉じて溜息を吐く。司令部に出頭した自分に下された鍋島からの「処分」を伝えなければならない。
「なお、この長門は上官不服従及び抗命、反逆行為から本日より一階級降格と三週間の一切の戦時作戦参加権限の剥奪。また基地内での一部行動制限付き謹慎を命じられた。
緊急事態以外、三週間私は一切の艦娘としての任を解かれる。
ただ、私について来てくれたみんなには一切の御咎めは無い」
「長門さん……」
独断で愛鷹救援に向かった全責任を取る長門に下された処分の大きさに、艦娘達はざわりと総毛立つ一方で、安堵もしていた。
帰港する際にはMPに取り囲まれる事も覚悟していたが、帰って来た一同の元へMPが一名長門に出頭を命じに来ただけであとは普段通りの終わり方だった。
三時間ほどした深夜にSSTOが種子島基地から打ち上げられる。
目標は地中海。不穏な動きを見せる深海棲艦を地球往還軌道上から偵察して、北米のケープケネディ基地に帰着する。
SSTO偵察作戦の第一号の結果次第で地中海で何が起きるかが変わる筈だ。
負傷者をピストン輸送で九州へと後送するC2輸送機の一つに乗り込んだ武本は、機内のキャビンに有川と部下らしき四名の男性兵士を見つけた。
武本より先に有川があいさつ代わりに軽く手を上げる。
「お前がもう来るとはな。何時もどこにいるんだ?」
「それは話せんな。仕事柄お前でも明かせないんだ。まあ、言えるのは世界中が俺の仕事場って事だ」
「なるほど。お仲間は四人か」
そう尋ねる武本に有川は軽く首を振った。
機密事項案件でもあるだけに、武本はそれ以上の詮索はしない事にして座席に座った。
シートに座ると有川が尋ねて来た。
「基地は誰に任せた?」
「谷田川に任せたよ。彼ならきちんとやれる。勤務成績もいいし、みんなからの信頼も確かだから昨日彼の准将への昇進推薦状を書いたよ」
「准将つったって、海軍じゃ実質少将だがな」
軽く笑う有川に確かにと武本は軽く息を吐いた。国連海軍では准将は基地司令官職階級であり、扱い上は少将と変わらない。
かつてのアメリカ海軍で用いられていた階級形式を国連海軍の階級として一部反映した結果海軍准将の階級が誕生した。便宜上は少将と同格だが海軍准将は下級少将と言う扱いになる。
「俺をここに呼ぶよう頼んできたのはお前だったが、お前に頼んできた奴は誰だ?」
「長門くんだ。負傷して後送されて来た熊野くんをメッセンジャーとして俺に応援要請を送って来た。
鈴谷くんの戦死を聞いて、飛んで来ていたのが功を奏したかも知れないな。結果的に早くお前に連絡を入れてこうする事が出来ている訳だしな」
「自分が動くと身バレもするし、手も離せんから、鈴谷の遺体と共に後送する熊野に直にメッセンジャーとしてお前に応援を呼ぶよう頼んだって訳か。
今は降格させられたと言っても、それ以前では大佐にまで上り詰める頭脳は確かだな」
ニヤリと笑う有川に向かって軽く頷き、自慢気に返す。
「秘書艦を長く務めていた彼女の実力は伊達じゃない」
それから程なくC2輸送機は種子島基地へ向け夜の空へと飛び立った。
破壊された第一主砲を診ていた明石がまとめ上げてくれた損害報告情報に、愛鷹は眩暈染みたものを感じた。
元々陸奥の主砲のお古だったとは言え、自分の使い方の激しさのせいか早くも主砲の使用耐久が限界になってしまっていたらしい。
修理は可能だが、ここは思い切ってお古の主砲から新規の主砲に換装するのが戦力の確かな強化になるかも知れない。
そうだとしたら、と換装可能な主砲のリストをタブレット端末で検索する。
今の艤装の耐久性では四一センチ以上の主砲は載せ辛いし、載せても取り回しが極端に悪くなる。ターレットを回すモーターが対応し切られないのだ。
モーターそのものを入れ替えれば四一センチ以上の大口径主砲は載せられるが、今度は航空艤装側の重量を重くしなければバランスが釣り合わなくなり、バラストタンクを増設しないと右側に傾いだ状態になってしまう。
溜息を吐きながら、いっそ自分で再構築してしまうか、と考え直すとパソコンを立ち上げて艤装の再設計を自分自身で始めた。
主砲の取り回し、射撃精度、反応速度、射撃管制装置でかけられる補正諸々を勘定に入れて線引きをして、愛鷹独自に自分の今の艤装を再設計した。
まず今の陸奥の艤装から移植した主砲はすべて撤去し、新たに長門型戦艦改二の為に開発された四一センチ三連装砲改を第一主砲として一基、四一センチ連装砲改二を第二主砲として一基の三連装砲と連装砲の混載とした。
また航空艤装側にも新たに一〇センチ連装高角砲改を二基備えて対水上と対空火力を増強させつつ、バランス維持を図った造りとする。
艦対空噴進砲や機銃、レーダー類他の電測類はそのままだが、火器管制系は主砲の換装と高角砲の増設から一部書き換えやアップデートが必要だ。
また航空戦力の編成も見直しを行う。
現在の烈風改二戦闘機一六機と天山六機の編成である第一一八特別航空団の編成を、烈風改二を二〇機に増強し、天山は高度なAEW(空中警戒)とASW(対潜哨戒)の両方をこなす事の出来る天山一二型甲改の第一一八特別航空団仕様として二機配備する事にした。
これで瑞鳳を編成に入れない時でも、自力で天山一二型甲改による索敵や対潜哨戒が可能だ。
対潜哨戒をするには天山一二型甲改二機でも流石に心もとなさすぎるが、対潜哨戒は青葉の瑞雲に振っておけば問題はないし、深雪や蒼月、夕張もいる。
青葉の瑞雲は出来れば今のよりスペックを上げた12型に変更する事も視野に入れておきたかった。幸い彼女の航空艤装は様々な水上機に対応した造りになっているので、水戦、水爆、水偵で「乗せられないモノはほぼない」様な汎用性がある。
愛鷹に艦載する第一一八特別航空団は烈風改二の戦闘機隊は四機一個小隊を五つ編成し、コールサインをそれぞれグリフィス、ドレイク、ハーン、タナガー、ヒットマンとし、AEW担当の天山一二型甲改の方はコールサイン・ギャラクシーと名付けた。
「明石さん達にはちょっと無理を言うかも知れないけど、これが最適解な艤装か……夕張さんの設計も悪くなかったけど、既存品流用の継ぎ接ぎ感があったかな……」
ぶつぶつ呟きながら設計図を引くのに使うタッチペンで顎を突いていると、自室のドアがノックされた。
「どなたで?」
(明石です。愛鷹さんの靴の修理が終わったので届けに来ました)
変色海域で破損した自分の主機兼靴の修理を行っていた明石がわざわざ届けに来てくれた。
ペンを置いてドアに歩み寄って開けると、主機を入れた紙袋を明石は「はい、どうぞ」と差し出した。
「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」
「修理屋の私なら、これくらいの損傷は軽食片手にでも出来ますよ。ん? パソコンで何やっていたんです?」
紙袋を受け取る自分の後ろのパソコン画面に表示される艤装の図面、それも見慣れないモノだっただけに、目ざとく気が付いた明石へ彼女らしさを感じると自室に招き入れた。
軽く恐縮しつつ興味津々の顔で画面を覗き込む明石に、自分で再設計をした艤装の設計概要を話した。
「私なりに今の艤装を見直して、諸々の計算を踏まえた上で再設計したのです。
ざっくりいうと砲熕艤装は陸奥さんの主砲は全部降ろして、新たに今でも新規の在庫がある四一センチ主砲系に変えています。
重量バランスも見込み、航空艤装側には対空と対水上の両方を兼ねた高角砲を増設しました。
増えた重量分の速度の低下に関しては、今の機関部の出力の上限値のアップデートで低下分を補えます」
「はえー、凄いですね。航空巡洋戦艦じゃなくて、工作艦としても食べて行けるくらいの工学知識量ですね。
どこでこんな専門課程学んだのです?
工作艦は人手不足になりがちだから、愛鷹さんみたいな人がいると逆に助かるんですよね」
「まあ、昔色々と……私は『サポート屋』の艦娘ではなく、『殺し屋』の艦娘として養成されたので」
濁し気味になる口調の愛鷹に構わず、自身の好奇心に任せて明石は続けて来る。
「非番の時は手伝って下さいよ、私と三原、桃取、工廠の作業員、工廠妖精でも本当に忙しくてしょうながない時が結構あるんですよ。
夕張や飛鷹もメカニックとして手伝ってくれますけど、人手は一人でも多くいた方がマンパワーも減らせるし」
「考えておきますよ」
「ま、愛鷹さんが自作した設計図な訳だから再構築期間中工廠には必ず来て貰いますよ。あ、そうだ」
ふと何かを思い出した表情になった明石は上着のポケットに手を入れると、メモ用紙を出して愛鷹に差し出す
「大淀から渡して欲しいって言われたので。お話があるとか」
「お話?」
メモ用紙を受け取りながら軽く怪訝な声で返す。自然と右側頭部の傷が疼く。
「何だか相談があるらしいですよ。私相手でも無理っぽくて、どうしても愛鷹さんと二人っきりで、って」
「私が、ですか……」
相談と言われても……と困惑染みたものを感じる。人生相談は得意な分野ではない。
寧ろ、今日長門たちと合流を果たすまで大声で泣いていた自分が相談される側な気もする。
(そう言えば、仁淀さんが重傷を負って入院中だったか……何か悩みでもあるのかな……)
メモ用紙には「二三:〇〇に北A1倉庫で」と書いてあった。
倉庫でお話? また嫌な予感が脳裏を一瞬過った。
先日倉庫で狙撃されたり、薬物で錯乱状態にさせられて傷害事件を起こしたりと、夜の倉庫で問題が起きてばかりなので流石に愛鷹にも不安は出る。
夜の倉庫等もはや自分には問題事の定番の舞台。
ただ北A1倉庫と言えば、基地では別に離れたところと言う程の場所でもなく、人通りもままあるから、何かあったらすぐ誰か駆け付けられるだろう。
大淀が待っているし、薬物仕込みへの立ち回りならもう心得ているので、また薬物でハイな状態にさせられたりはしないはずだ。
この手の訓練までさせられているから、そこそこ諜報機関のやり手の真似も出来なくはない。一応用心対策程度はしておいてから行くべきだろう。
正直な所何か悩みがあるのなら一緒に考えて上げたいと言う気持ちはある。自分自身も悩みどころだらけの身体と人生だ。
早めに夕食を済ませて会いに行った方がいいだろう。
SSTOの打ち上げを見上げる事も出来るかもしれない。
結局は私でやるしかないのか。
土屋からの最終指示が下された。直接愛鷹を抹殺する事だった。
自分に指示されたのは愛鷹のおびき出しと、用意されているP320拳銃で行動力を奪うレベルに銃弾を撃ち込む事。
対人戦慣れしていない自分には、恐らく止めになる致命傷を与え切れられないだろうという事で、大淀がP320で不意打ちをして土屋が止めを刺す、と言う運びになった。
何で早く死んでくれなかった……結局、私が直接……。あの子が早く治る保証は、貴女が早く死ねば早く保証されるのに。
苛立ち染みたものを表情にありありと浮かべながら、大淀はP320のマガジンに銃弾を装填する作業をしていた。
P320のマガジンに装填されるのは45ACP弾。自分に用意されたのはサブコンパクトなのでマガジンには六発装填できるし、事前にチェンバーに一発装填した状態でなら、マガジンと併せて七発。
対人弾として威力は大きいが、艦娘として、人間としてタフな造りにされている愛鷹には全弾をヘッドショットにでもしない限り殺害は無理だろう。
しかし、愛鷹もこの手の抹殺方法などには薄々感づいている筈だから、何かしらの対策を取った上で自分の元に来る可能性があった。
だから大淀のエイムが確かだったとしても確殺できるかで不安要素がある為、あくまでも大淀は胴体を狙って動きを鈍らせ、そこを別のポジションから土屋が止めを刺すと言う運びになった。
基地の中での銃撃なので、P320の銃口にはサプレッサーが装着されている。消音機能が高く銃声がバレにくい一方銃口が少し重くなる為、リコイルは低めだが精度がやや落ちる。
マガジンに銃弾を装填し終えると、グリップに刺し込む。チェンバーにはすでに一発装弾済みだ。
サブコンパクトにサプレッサーを付けただけに重みが増しているが、銃からはそれ以上の重みを感じさせてくる。
当然だろう。自分がこれから撃つ事になるのは深海棲艦ではない。同じ人間、艦娘だ。
今の自分の心に迷いはない。迷いを捨ててこの道に染まった、いや自らの意思で堕ちたのだ。
(恨みがある訳ではありませんが……あの子の為なのです)
黒いポリマーフレームのP320を暫く見つめた後、セーフティをかけ上着のポケットにしまった。
深海棲艦の攻撃で被弾した部分の修理が進む「あきもと」の艦内食堂は、ドック入り前までの修理に駆り出された乗員たちでごった返していた。
疲れた顔で戦闘配食ではない食事を頬張っていた。
艦娘達を見かけると皆「ご苦労様でした」と一礼して来た。
「あきもと」に被害を出してしまったのは他ならぬ自分達なのに、余計な仕事を増やしてしまった自分達に何故。
そう疑念を思い浮かべる愛鷹に隣の席で夕食を摂る青葉が教えてくれた。
「鈴谷の事へのお悔やみも兼ねての謝礼ですよ」
「そうなんですか」
軽い驚きを覚えると同時に、鈴谷の名前に愛鷹の表情が曇る。
霞
浦風
鈴谷
自分が着任して以来日本艦隊から出た艦娘の戦死者の名だ。
日本艦隊に愛鷹が着任してから「日本を拠点とし始めた海外艦娘」だとエクセター、メルヴィン、ノーザンプトン、スプリングフィールドの四人も追加出来る。
エクセターは知らぬところでだが自分とは因縁深いス級にやられ、メルヴィン、ノーザンプトンは直接ではないが自分とは縁がある地で、そしてスプリングフィールド、霞、浦風、鈴谷は自分が進出した先で命を落とした。
今までを思い返してみると自分が死神にも思えて来る。
征く先々で誰かが命を落とす事になる存在。
次に行く地でまた誰か死んでしまう事になるのだろうか? 第三三戦隊の仲間の誰かが死ぬ事になるのだろうか?
着任以来、苦楽を共にしてきた仲間が、他の艦娘が、人々が自分のせいで、と思うと急に気が重くなってきた。
この世に複製した遺伝子を好きな様に弄繰り回した生を授かった自分。
モルモット扱いの幼少期。
データを取るだけ取って、結局その後はいらない玩具の様に捨てられた人生になりかけただけに、「意地でも生きてやる」と言う生への執念、執着、渇望で今まで生きて来たが、まるでその代償の様に周りに人間が死んでいく様に思える。
「考え過ぎ、かな……」
思わず口から零れるその言葉に、カレーライスを口に入れる手を止めた衣笠が不思議そうな顔を向けて来る。
「どうかしました?」
「……私……」
言おうと思ったが口から言葉が出ない。言った方が楽になるのは分かっている。だが口から出て来ない。
同時に無性に言葉では表せない激情が込み上げて来た。
怒り、悲しみ、後悔、痛み、あらゆる負の感情が混ざり合って胸の内をぐるぐると走り、それが現れた震える右手の中で割り箸がばきりとへし折れた。
何か思うところがあるのは理解出来るが、それが何なのかはっきりと分からない青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳からの視線に耐えきれず、愛鷹は無言で席を立った。
「どこへ行くんです」
そう問う青葉に答えず歩き出す愛鷹の左手を衣笠が掴んで引き留めたが、強引に振り払う。
「待って下さいよ。悩みがあるなら一緒に考えますよ?」
尚も引き留めようとする衣笠に急に腹が立った。柄にもなく語気の強い言葉が口から飛び出した。
「ほっといてよ!」
語気強い、いつもとは違う口調の自分の言葉に衣笠だけでなく、席を立って後を追いかけた深雪すら凍り付いた。
直ぐにやらかした、と後悔の念が滲んで来たが、謝る気分が沸かずそのまま本能的に食堂から出た。
仲間達は追って来なかった。
何故、急にあんな調子に。
しょげた顔で席に座る衣笠と愛鷹が出て行った出口を交互に見ながら、不思議になった青葉は思考を巡らせてみるが、思いつくものが無い。
読心術なんてものは心得ていないし、詮索は好きな分野とは言えこれ以上愛鷹の事を細かく詮索するのは流石に憚れた。
ただ、悩みがあるならぶちまけて欲しかった。ここの六人では無理なら自分と二人っきりででも。
後で自分から行ってみるか。衣笠も付いて来そうだが、今の所その厚意は自重させておくべきだろう。
「愛鷹さん、どうしたのでしょうね」
軽く困惑顔を傾げる蒼月は向かい側の席の深雪に尋ねるが、分からんと言う様に深雪は首を横に振った。
代わりに天ぷら蕎麦を呑み下した夕張が軽く溜息を吐くと、少し考えこんでから蒼月に返した。。
「愛鷹さんなりに中々打ち明けるのも憚られる悩みがあるんじゃないの」
「私達相手でも腹を割って話せない事なんですかね」
そう呟く蒼月に同じことを考えていた衣笠が頷く。
生まれ育ちが普通の人間とはまた違う分、抱える悩みも自分達とはベクトルがズレたものになっているのかも知れない。
その認識だけは一同共通意識だった。
食堂を飛び出しても行く場所が思いつかず、結局葉巻が吸いたくなって以前長門と対面したあの場所へ行った。
少しは気分が変わるだろうとポケットから一本出して、火を付けて軽く吸う。
溜息を共に煙を吹きながらぼんやりと葉巻の先の赤い火を見つめる。吸うとちりちりと言う音が立った。
自分がいるせいで誰かが死ぬ、と言うのは恐らく考え過ぎなのかもしれない。しかし、そうでないとしても自分を責めてしまう気持ちがあった。
大切な仲間、家族である第三三戦隊のメンバーに当たるようなあの発言した自分には後悔しかない。
人生経験の短さ故に起こすミスとそこからの後悔に自分は弱いのかもしれない。
長生きしたい、と思っても体を蝕む病魔と自分自身の今の身体そのものがそれを不可能にしていた。
クローンであるが故に、寿命が常人より長く求められていない自分は人並みに何十年も生きる事が出来ない。
それだけではなく、実は愛鷹にはもう一つ身体的に深刻な悩みがあった。
現状ただでさえ今を維持するだけで精一杯の細胞分裂の身体なので、万が一の四肢欠損などの重傷を負った時、再生医療で復元を行おうにも複製に必要な量の染色体が足りない可能性が充分にあったのだ。
腕を失ったら腕は残りの一生元通りにならず、足も失ったら元通りに成る事は無い。
臓器も同じなのでドナーが必要だが、自分に合う臓器提供者が見つかるかは極めて怪しい。
そもそもクローン艦娘は消耗品として扱う事が前提になっていたから、戦列に参加できなくなった個体が出たら変わりを作ればいい、で済まされていた。
ハイスペックかつ消耗品としての代替速度の速さ、ロシニョール病への耐性、まあまあ求められた寿命。
愛鷹が満たす事が出来たのはハイスペックと言う要素のみだけ。
クローン艦娘は単純なる大和の複製人間と言うよりは、知力と体力の向上も遺伝段階で加えられていたのでデザインベイビーの要素もある。
量産したクローンは戦争が終わった後の問題も残る観点から、さほど長い寿命は期待されていなかったが愛鷹達の場合は余りにも短すぎた。
また上官の命令に文句無しに従う服従性を高める為に、自我を弱める操作を加えた筈だったが技術的に不十分だったせいで、実際に生まれたクローン達には確かな自我、個性が植えついていた。
願わくば自分達の研究成果を基にした改良型のクローン艦娘の研究が進んでいないと良いが、と「同じ短命前提な消耗品としての命の道を歩んで欲しくない」と言う強い願望が愛鷹の胸中に強く湧いていた。
しかし、自分が着任してから七人もの艦娘が死亡した事は大きいだろうし、その分の戦力補填の目途は立っていない。それこそクローン技術でも用いらなければ完全代用が効かない。
自分の様な前例を基に改良を加えたクローンの研究が進んでいるのでは? と思うと悪寒が走った。
あながちやりかねない人間が多いだけに、またやろうとする可能性は極めて高い。
現在進行形で艦娘の戦死者は出ているのだから、戦力補填の為、と言う大義名分の下にやっている可能性はある。
やめて、と言う切なる願いが愛鷹の胸を苦しくした。
就寝時間が近くなっていた艦娘寮の大和の部屋の電話が着信音を立てた。
寝間着に着替えて寝る前に静かな音楽を聴いていた大和は、レコーダーを止めて電話の受話器を取った。
「はい」
(大和くんか)
種子島に行っている武本からだった。
「どうかされたのですか、こんな時間帯に」
(君に伝えておくべき事があってね。落ち着いて聞いて欲しい。
愛鷹の命を狙う連中がいる。奴らは無人機を使って誤爆に見せて彼女を殺害しようとした様だが、無人機そのもののミスで鈴谷くんが死んだ。
恐らく、いや、これから確実に彼女の命を奪う為に何か行動を起こすだろう)
「……」
言葉が出なかった。
他者に不都合な事を言いふらかす様な性格ではないから、愛鷹の口からクローン艦娘計画の全容を海軍内だけでなく、民間にまでも漏洩させられる可能性はまずない。
非情な計画、その産物たる愛鷹。確かに全容を明かされたら関係各所や関係人は非難の雨を浴びるし、関係者によっては今の地位を失う内容だ。
自分と武本がそうだった様に愛鷹は自分達を作り出した関係者の多くを憎んでいる。愛鷹は「生きる」と言う事で無言の復讐をしているが、関係者にとっては彼女が今生きているだけでも充分脅威になっている状態だ。
動く重要機密の愛鷹を野放しにして置くと不都合な真実が明かされるか分からない、と言う「恐れ」から口封じに動き出したか。
受話器を握る手に力がこもった時、武本からさらに驚く話が告げられた。
(愛鷹くんの殺害だが、どうやら仁淀くんを事実上人質に取られた大淀くんが加担しているらしい)
「そうなんですか⁉ 大淀さんがあの子の命を」
(仁淀くんと言うかけがえのない妹と対価にさせられてしまったらしい。
実はさっき谷田川に確認を取らせたが、仁淀くんはもう今の病室にいない。知らぬ間に身を移された様なんだ。
有川の話だと恐らく数日前か一週間前の間に仁淀くんの身を奪われた可能性がある。どこに連れていかれたかは分からないが)
話を着ている内に居ても立ってもいられない気持ちが湧いてきた。ここでじっとしている訳にはいかない気持ちが。
あの子を、大切な妹を護らないと。
「私もそちらへ伺います」
それだけ返して武本からの返事も待たずに電話を切ると、普段来ている制服とは違う黒い一般海軍制服をクローゼットから引き出して着替えると、外泊許可書と基地の車の借用書を書き上げ、谷田川へ送った。
急な外泊許可書と車の借用書提出に谷田川は驚いた様子もなく、許可を出した。
きっと大和が準備している間に武本が先回りして許可を出すようにしていたのかもしれない。
最低限の荷物を入れたショルダーバッグを担いで、借り受けた白の乗用車に乗り込み、慌ただしくエンジンをかけるとアクセルを踏み込んだ。
真夜中の種子島基地からSSTOがブースターから眩い閃光と大量の噴煙を吹きながら、夜空へ向かって打ち上げられた。
何の妨害も無く、艦娘達が守り通したSSTOは初めのところはゆっくりと浮かび上がる様に上昇して、数秒後にはあっという間に真っ暗な夜空の彼方へと消えていった。
蛍の様に煌々と輝きながら空の彼方へ飛んで行ったSSTOを見送った愛鷹は、大淀に指定されていたA1倉庫に向かった。
監視カメラも普通にあり、となりのA2倉庫では復旧作業の騒音も聞こえるくらい周囲には人通りもある。
爆撃を受けた場所でもあるので、そこかしこに車輛が走り、作業員も動き回っていた。
A1倉庫は窓ガラスにひびが入っただけで済んだ倉庫だった。仮の板で窓は封じられている。
窓全てが交換待ちの間、打ち付けられている仮の板で中を覗き込むことが出来なくなっているのが気がかりだったが、周囲の人通りに多さに安心感が湧く。
この時間でも復旧作業の作業音がうるさいくらいだ。
さて、とA1倉庫の前に来た愛鷹は左袖に軽く触れた。
長刀は置いてきたが、何かあった時に備えての護身用に左袖にスタンガンを忍ばせていた。軽く動作をするだけで袖から展開して使える。
アサシンナイフと違って致死性は無いから護身として持ち歩く分には問題ない。
ひとまず倉庫の周囲をぐるりと周ってみる。どの入口シャッターは閉じられており、通用口が一つ空いているだけだった。
何をしまっている倉庫なのかは知らないが、弾薬類など危険物を置いているマークは付いていない。
特におかしなところは無い備品庫、と言ったところだ。中の照明も点いている。
大丈夫そうだ、と判断して倉庫の通用口のドアを開けた。
ドアが開く音と、入って来た愛鷹のこつこつと言う足音が倉庫内に響いた。
「大淀さん、いますか? 愛鷹です」
自分を呼ぶ声に直ぐには答えず、まずはサプレッサーを付けたP320のセーフティを外して軽く息を吸う。
「大淀さん?」
倉庫内に響く声で尋ねる愛鷹に、大淀は答えた。
「ここにいます。お待ちしておりました」
待っていた、と返して来るが倉庫内のコンテナや備品を入れた箱の山から大淀が姿を現す気配が無い。
何か変だ、と不穏なモノを感じながら左袖のスタンガンをいつでも展開出来る様にし、倉庫内を歩いて大淀を探す。
「大淀さん、どこです?」
段々と嫌な予感が増し始める。しかし、無断で引き返すのも憚られた。
少し探してから一旦引き返すか、と決めてコンテナを積み上げている一路を曲がった時、いきなり屋内の照明が消えた。
突然周囲が真っ暗になり愛鷹の心臓が飛び上がりそうになる。
停電を疑ったが、外からは工事の音が聞こえる。
また照明が付く見込みが望めず、しかも夜目を効かせにくい閉所の為、流石に危ない予感がして、一旦コンテナの壁を頼りに元来た道を戻る事にした。
「電気が……大淀さん、どこですか。照明が無くてどこにいるのか分からないのですが」
返事が来ない。いよいよこれは危ない予感がした。
元来た道を手探りで戻る。
「真っ暗で何も見えないから一旦照明の電源探ししてますよ。暗いと何もみえませんから」
そう、暗いと目では見る事は出来ない。
しかし音は聞こえる。外から聞こえる工事の騒音と、こつ、こつ、と響くハイヒール型の愛鷹の主機の足音が。
工事の騒音と愛鷹自身の足音で、大淀の足音はかき消されていた。
向こうは困惑と動揺で事態を理解し切れていないまま、入って来た道を戻っている。
土屋と打ち合わせた場所に陣取ると、愛鷹が現れるのを待った。
ゆっくりと愛鷹の足音が近づいて来る。暗いので転んだりしない様に足元を警戒している様子だ。
視線は下向きだろう。自分の姿が目に入ったら顔を上げる筈。そして上げた愛鷹の視線に入るのはP320の銃口だ。
分かりやすいあの高い足音が目の前まで近づく。
(あと五メートルです)
耳に付けているヘッドセットからナイトビジョンで監視している土屋の囁くような知らせが入る。
(合図したら照明を付けるので撃って下さい)
了解とヘッドセットを三回指でたたいて答えた。
更に足音が近付く。外からは工事の音とトラックが止まる音が聞こえて来る。
土屋の声がヘッドセットから入った。
(照明を点けます、備えて)
灯りが付くのに備えた直後、何かに気が付いたかの様に愛鷹が止まった。
しかし、もう遅い。
照明が点き、眩しい灯りが開いていた愛鷹の瞳孔を一時的に目眩ました。
眩しい! と思わず強く目を閉じた時、大淀の声が右手から聞こえた。
「お待ちしておりました。愛鷹さん。
さようなら」
躊躇いは無かった。練習通りの構えで愛鷹に向かってP320の引き金を引いた。
サプレッサーで発砲音を大幅に減じられ、外の工事の音で更に倉庫の外側に銃声が聞こえる事は無い。
引き金を引くと、サプレッサーを付けた銃口から45ACP弾が静かな銃声と共に撃ち出され、愛鷹を撃ちぬいた。
突然体に走った衝撃に理解が追い付かなかった。
発作とは違う衝撃。前に経験した事のある衝撃。銃撃の衝撃だった。
クローン選抜試験の時、同じクローンの撃った弾を食らった経験があるから、銃弾をもろに体に受けた衝撃と何とか理解した時、二回目の銃撃の衝撃が体に走った。
銃弾を受ける度に体に激痛が走り、後ろへとよろめく。五発目が左袖のスタンガンを正確に撃ち抜き、六発目が右足の脛を撃ち抜いた。
後ろへとよろめいていた体が背後のコンテナにぶつかり、そのまま愛鷹はコンテナにそって崩れ落ちた。
右手で一番出血が酷い傷口を抑えていると、込み上げて来た血反吐を堪えられず吐く。
浅い息をして喘いでいると、視界に誰かの足が映った。
見覚えのある足、明石、いや大淀の足だ。
「おお……よど……さん……」
苦痛に表情を歪ませながらなんとか顔を上げた時、うっすらとサプレッサーを付けた銃口から煙を上げる拳銃を構えた大淀が目に入った。
「……な……なぜ……⁉ な……ぜ……あなた……が……」
「こうしないといけなかったんです」
そう告げながら大淀は愛鷹の心臓部へ狙いを定めた。とどめは土屋が刺す事になっているのだが、この状態ならもう愛鷹に反撃の手段はない。
「悪く思わないで下さい、愛鷹さん」
そう言いながら引き金の人差し指に力を入れようとした時、うな垂れる様に顔を俯けた愛鷹がぼそりと呟いた。
「な……るほど……おたが……い……操り……にんぎょう……だったか……」
何を言っている? まあ、いいか、と気にせず大淀は引き金を引いた。
びくんと愛鷹の身体が跳ね、傷口を抑えていた右手が弛緩した。
この傷ではどの道持たないだろう。後は土屋が片付ける筈だ。
銃を上着のポケットにしまうと、大淀は愛鷹を置いて歩み去った。
高速道路を休憩無しに大和は車を走らせた。
SAにも立ち寄らず、深夜帯の道路で法定速度を上回る寸前の速度で飛ばした。
長距離トラックやバスを追い抜きながら走っている時、急に胸騒ぎがした。
嫌な胸騒ぎだ。何か良くない事が起きた時感じる胸騒ぎのそれだった。
「愛鷹……」
絶対、愛鷹に何かあったに違いない。無事でいて、と願いながら更にアクセルを踏み込んだ。
通用口の扉が閉まった後、暫く愛鷹はコンテナにもたれ座った状態で自分の血の海に沈んでいた。
六発の45ACP弾の受けた銃創から血が溢れ、愛鷹の意識を奪っていた。
傍目には完全に絶命している様にしか見えない。が、大淀が倉庫から出て行ってから少しすると左足の爪先が少し動き、とん、と地面を叩いた。
すると弛緩していた両腕がゆっくりと動き、深く出血している傷口を抑えにかかった。
弱々しい力で何とかしようと抑えるが、指の隙間からも血が溢れる。
(随分、威力……ある弾薬……使ってるわ、ね……ソナーに感なし……か)
主機の爪先のソナーで地面を叩いて周囲を限定的に聴音。
昔、青葉と初めて対面した時にやったやり方で周囲に誰もいない事を確認した愛鷹は、苦悶の表情を浮かべながら歯を食い縛り、感覚が生きている左足を軸に立ち上がろうとする。しかし、右足が逝ってしまっていて力が入らず立てない。
そのまま元の位置にずるずると座り込んでしまう。
このまま失血し続けたら、出血性ショックで脳や臓器などの体内に酸素を送れなくなってしまう。
その先のオチは死だ。
歩けないなら、這ってでも、と両腕を伸ばしかけた時、自分の目の前に立つ足を見てぎょっとした。
大淀とは違う、誰かの足。霞かける視界の中ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある面が自分の頭にサプレッサー付きのベネリM3ショットガンを突き付けていた。
「……そう言う……訳……か」
「そういう事です」
掠れそうな声で呟く愛鷹に土屋が冷たい声で返す。
M3の銃口を見て、装填されているのはスラグ弾か、フレシェット弾か、と考えかけ、やめる。
ショットガンで頭部一撃など、確殺そのもの。この距離で、土屋の様なプロが外す訳がない。
ああ、大淀さん……なぜこんな男に……あなたも消されてしまう……自分を始末したら、この男が次にするは大淀の始末だ。
だが自分に出来る事は何一つない。万策尽き果てた今の自分に出来るのは苦しむ事無く死ねる事を祈るだけだ。
どう足掻いても今の自分に助かる道は何一つなかった。ショットガンの弾を喰らって死ぬ末路を辿る事しか出来ない。
悔しさ、悲しさ、無念、無力感が混ざり合った思いから最後に流す涙が両目からとめどなく溢れる。
静かに涙する愛鷹だが命乞いはしなかった。
全てを理解した愛鷹が目を閉じ、もはやどうしようもない展開を受け入れるのを確認した土屋がM3ショットガンの引き金に指をかけた。
直後、土屋が入る時鍵をかけたドアが開かれ、中に何かが放り込まれた。
振り向く土屋が目を覆った時、放り込まれたモノが炸裂した。
眩い閃光が瞼を閉じていた愛鷹の瞳孔を突き、耳が凄まじい耳鳴りで何も聞こえなくなった。
ようやく全てが治まった時、自分の身体を誰かが強く抑え、何かを指示する声が聞こえた。
うっすらと目を開けると霞かける視界の中で武本と青葉が自分を覗き込んで何かを叫んでいる。
視界をずらすと頭を撃ち抜かれ血の海に沈んでいる土屋の死体を、五〇口径拳銃を持った有川とM8ライフルのコンパクトカービンモデルを持った数名の部下がその周りを囲んでいた。
助かった? 何が起きている?
状況を把握しようとした愛鷹の思考が、スイッチを切る様に切れた。
がくりとうな垂れて無反応になる愛鷹に青葉は取り乱した。
「愛鷹さん! 愛鷹さん、しっかりして!」
両腕で愛鷹の体を揺すっても答えない上官に、パニックになりかけた時、愛鷹の首筋に手を伸ばした武本が青葉に告げた。
「大丈夫だ、まだ脈がある! おい貴様、衛生兵を呼べ、今すぐ!」
武本の指示に有川の部下はもう救急車が向かっている事を伝えて来た。
有川が倉庫の外に出ると、部下たちに拘束されて地面に膝立ちにされた大淀が力なく待っていた。
自分の前に立つ有川に大淀は視線を合わせず、地面に視線を落としていた。
「馬鹿だよお前……大馬鹿野郎が……」
静かに大淀に向かって呟く有川はしゃがみ込むと、そっとうな垂れる大淀の顎を持ち上げて自分と視線を合わさせる。
色の無い虚無を湛えた目が有川を見返す。
「艦娘が査問や軍法会議の類に掛けられたことが一度たりとも無かった訳では無い。
だが、その殆どは『当該艦娘以外に替えが無い』と言う理由で懲役も禁固も下った事は無い。何よりそこまでの大罪を犯す馬鹿がいなかったからな。
だが今回ばかりは少し話が異なる。
艦娘による艦娘銃撃事件。
あの傷だ。いくら愛鷹と言えど被弾箇所から言って瀕死レベルの傷。
傷害事件と言って間違いはない。それにお前が自ら引き金を引いた以上は、傷害罪だけでなく、殺人未遂の罪状も付く。
それに艦娘の無許可銃器所持と使用の罪。
只では済まされんな……」
「軍法会議で即刻有罪、艦娘籍剥奪の上、『解体』されて懲役刑……ですよね」
そう尋ねる大淀に有川は直ぐには答えなかった。何か考え込む表情で大淀を見つめる。
何もかも終わったと悟っている彼女に有川は処遇を伝えた。
「お前の身柄は我々情報部が引き取る。引き取ると言うよりは保護だ。
愛鷹抹殺の一派についての事を洗いざらい話して貰う。それと連中を根絶やしにするまでは大淀は別部署へ移動と言う扱いの上で我々の保護監視下に置く。
愛鷹を抹殺しようとした連中が、お前を口封じにしに来るのは確実だ。あの男の死亡は直ぐに連中も気が付くだろうしお前が拘束された事にもすぐに察知するだろう。
それとな、お前が何故この凶行に出たのかの事情は分かった。情状酌量の余地ありと弁護を立てる事も出来る。
事情からしてこの件は外部には一切機密だ。デーン元帥にだけは伝えるが、それ以外の部署や人間には伝えん。
全ての真相は情報部が隠蔽、愛鷹は外部からの侵入者に銃撃され重傷と言う体裁を取る。
お前には相応の処罰を下るだろうが、『解体』や豚箱生活は無い。まあ後者は似た場所で暫く過ごす事にはなるだろうが」
「私は艦娘のままの扱いになると?」
少し信じられないと言う表情で言う大淀に、有川は静かに返した。
「お前以外に一体誰が軽巡大淀になる? 誰が仁淀の姉として在籍する? 偽りの姉はいらんだろう」
仁淀の名に何かに気が付いた顔になる彼女に対し、約束するように有川は告げた。
「お前の妹は必ず奪還する。生きてお前の元に返してやる。それが叶うのが何時になるかは分からんが、お前が大人しくしていれば、必ずまた会えるだろう」
「中将……本当に……」
「俺も一人の男だ。一人の女との約束を違える気はない。約束しよう、仁淀は必ず連れて返してやる。
その為にお前は暫く我々の監視下にいて貰う。いいな」
それだけで大淀は充分だったようだ。即刻重罪の判決を下されて犯罪者として扱われ、残る一生を塀の中で過ごすことになると思っていただけに。
勿論御咎め無しではない。降格処分や謹慎など相応に重い罰は下る筈だ。
しかし軽巡艦娘大淀の身を剥奪される事は無い。
「有川中将……ありがとうございます」
「事情を知れば、アイツも許してくれるだろう」
「愛鷹さん……私としては許されなくていいです。何をどう言い繕うが、私の引いた引き金の銃弾で……。
容態は?」
「あの出血だ。流石の愛鷹もICUで長期療養が必要だろう。見た目こそ二〇代の若々しい美人女性と言えど、中身の肉体年齢はもう高齢者の域だ。
再生医療での限界も近いだろう」
調査したところ愛鷹の過去のDNAデータが見つかり、そこから本来の推定年齢を計算した所、愛鷹は一般的な人間の年齢換算で言えば八〇代に差し掛かる年齢になっていた。
一年で一般的な人間の年齢換算で一五歳相当にまで成長するクローン故に、加齢速度は常人の一五倍だった。
五年前に生まれた愛鷹は現在進行形で急激に歳を取っており、既に七五歳以上と判断されている。もしかしたら喜寿を迎えている可能性もあった。
遺伝的に強化されているお陰でまだ見た目相応の運動が可能とは言え、寿命を迎えるころには恐らく老衰で動く事もままならなくなっている筈だ。
彼女が服用している抑制剤で、辛うじて再生医療の為に必要な細胞分裂は出来るだろう。しかし、何回も出来るとは言い難い。
再生医療可能な回数は良くて二回か三回程度だろう。
ロシニョール病も相まってどの道来年の初めか、今頃には愛鷹は寿命を迎えてこの世を去るだろう。
悲しい事ではあるものの、クローンとして生まれたが故に長生きする事は出来ないのが愛鷹だった。
程なく救急車が駆けつけ、愛鷹は基地の病院に搬送された。
海上を航行する時とはまた勝手が違うだけに、長時間の運転の疲労と眠気に少し休もうと大和が名古屋サービスエリアに乗り入れるとヘリポートにHH60がエンジンをかけた状態で駐機されているのが見えた。
どうかしたのだろか? と首をかしげているとサービスエリアの建物から海軍兵士二名が出て来て、大和の車に駆け寄って来た。
事情を察し、駐車場に車を止めると大和は荷物を持って降りた。
駆け寄って来た二名は大和に対し敬礼すると、ヘリへと連れて行った。
「何かあったのですか?」
「種子島基地から大佐を直ぐに鹿屋の軍の医療センターへ呼んでくれと武本提督から指示がありまして。
詳しい事情は自分達も存じません。大佐はヘリで鹿屋の軍医療センターへ移動して貰います」
「私がここに来ると何故」
「車は軍の所有物ですから。ビーコンがついているので位置情報は軍の管理センターで把握済です」
なるほど、と知らなかった管理体制に感心しながら、自分が向かう先の名に不安が爆発的に広がっていた。
どう考えても愛鷹がタダで済んでいる訳でないみたいだ。
種子島基地の病院で応急処置を受けた後、本格的な手術の為に愛鷹が鹿屋基地の傍にある国連軍医療センターに移されてから半日以上過ぎた。
待合室でずっと待ち続ける青葉達はトイレと水を飲む時以外その場から離れず、ひたすら手術室から愛鷹が出て来るのを待った。
全く寝ていない仲間達が次第に睡魔に負けて眠り込んでいく中、濃いクマを目の下に湛えながら青葉だけ起きて待ち続けていた。
寝息を立てて待合室の長椅子に眠る衣笠の毛布を掛け直していると、手術室の赤い「手術中」が表示消えた。
ドアが開き、中から疲れた表情の外科医が出て来る。
「先生、容態は?」
駆け寄って尋ねて来る青葉に外科医は深い溜息を吐いて答えた。
「出血性ショックを起こしかけていた。つまり失血死寸前だったよ。血が足りないから人工血液で辛うじて命を繋いでいる。
容態は……安定しているとは言い難い。人口血液ではない輸血が大量に必要だ」
その答えに青葉は言葉を失った。
輸血さえ何とかなれば愛鷹の容態は好転する。その為には同じA型の血液が大量に必要だった。
しかし彼女の血液型はクローン独特の血液型故に普通のA型の血液が効かない特徴がある。
遺伝上愛鷹の血液と互換性のある人間は大和しかいない。だが大和が今いるのは日本艦隊基地。
連絡を入れたらすぐに来るだろうが、それまで愛鷹が持つか。
何とか人工血液でその場凌ぎをするしか無いとは言え、早急に適切な輸血を行わないと、また厳しい山場が来る可能性があった。
手術室のドアが開き、中からベッドに載せられた愛鷹が運ばれて来た。
ベッド備え付けの心拍センサーが立てる電子音が、辛うじて愛鷹がまだ生きている事を示していた。
「見ての通り、意識不明だ……心拍、血圧全て超低空飛行と言ったところになる。集中治療病棟に移すから、皆との面談はそこで出来るよ。
もっとも、意識を取り戻すかはまだ分からないが」
そう告げる外科医の口は重かった。
鹿屋基地のヘリポートにタッチダウンしたHH60のスライドドアが開くと、中から大和が飛び出して来て、待っていた武本の乗る高機動車に乗り込んだ。
助手席に乗り込んだ大和がシートベルトを締めるのを確認すると、武本は医療センターへと高機動車を走らせた。
「提督、あの子は」
「迎えを寄こしておいて正解だったよ。愛鷹の容態が芳しくない」
「どういう事です?」
緊張した表情になる大和に落ち着いて聞いてくれ、と前置きしてから愛鷹の容態を教えた。
「彼女の抹殺を目論む一派に強制的に取り込まれていた大淀くんに撃たれて意識不明の重傷だ。
六発被弾して出血量が致死量一歩手前の所にまで及んでいる。今人工血液の輸血で命を繋いでいるが、正直『自然の血液』による輸血が必要だ」
その言葉に大和は絶句した。
艦娘一人抹殺の為なら、艦娘を一人取り込んで手先にしてでも殺すと言うのか。
失血死寸前から辛うじて助かったとは言え、予断を許さない容態。
「今大淀くんは有川の元に引き取られて、保護監視下に置かれている。大淀くんまで口封じされる可能性もあるからな」
「そう、ですか……」
うな垂れる大和が呟くように返す。
どこか絶望的な心情になっている大和へ武本は一つ頼みを入れた。
「愛鷹の治療の為に、君から輸血の為の採血を行いたい。君しか血液の相性が合う人間がいないんだ。
輸血さえ出来れば、状況が好転する可能性がある」
その言葉に顔を上げた大和は力強く答えた。
「あの子の為なら血でも腎臓でも肝臓でもなんでも差し上げます」
季節外れの霧が海上を立ち込める中、軽巡艦娘シェフィールドは不安な表情を浮かべていた。
地中海防衛の為に派遣されたシェフィールドは、自分より先に派遣されていた第七駆逐戦隊のジャーヴィス、ジェーナスと共に小規模な警戒隊を組んで、哨戒任務についていた。
現在位置はサルディーニャ島カルボナーラ岬沖の東二〇キロ。万が一の時の味方航空機の航空支援が直ぐに可能な範囲だ。
地中海で、しかもこの季節に霧が立ち込めるのはまずありえない。霧の濃さはそれほど濃くはないが、見通しは良いとも言い難い。
ヘッドセットに手を当てて前線司令部との無線状況を確認する。
「コマンドポスト、こちらホテル6。無線チェック、オーバー」
(ホテル6、こちらコマンドポスト。無線感度は良好、問題ない)
「了解、定時報告入れます。現在カルボナーラ岬沖東に二〇キロ、哨戒エリアE3を哨戒中。
レーダー、ソナー共に敵影及びコンパスジャミングの兆候無し。引きつづき警戒を続ける」
(了解した6)
「以上、じゃ、次の報告まで。アウト」
最後はいつもの素の口調で残して、無線を切ると後ろを振り返り、続航する二人の姿を確認する。
(ちゃんとついて来ているね、オーケー)
ここではぐれたりしたら探すのには苦労しそうだ。互いに離れずの警戒監視だが、念の為もう少し間隔を詰めた方が良いかも知れない。
「全艦、距離を一〇〇まで詰めて。霧で互いを見失わない様に」
そう指示しながら双眼鏡で周囲警戒に入った時、同じように双眼鏡で警戒についていたジャーヴィスが何かに気が付いた。
「方位一-七-〇に不明艦影あり。IFFノーコンタクト……どこかで見た様な」
ジャーヴィスからの報告のある方をシェフィールドも見ると、霧の向こうに巨大な艦影らしきものが見えた。
「なに、あれ……IFFノーコンタクト。レーダーには映ってるか……でもいつの間に」
あんな巨大なサイズの影が、いつの間に……深海棲艦の艦影だろうか。しかしシェフィールドの記憶にはない姿だ。
霧が絶妙にはっきりとした姿を確認できなくさせている。
「もしかして、報告にあった新型艦か?」
確かス級とか言う化け物の様な大火力を誇る戦艦だと聞く。太平洋では既に何隻か確認され、味方と交戦しているが地中海ではまだない。
こちらにも配備されたのだろうか。
疑念と警戒を湛えたシェフィールドが見つめる中、巨大な艦影は霧の向こうへと姿を消した。
真っ暗な世界に一人浸るような感覚。
上下左右の概念も無い、ただ何かに浸っているような感覚。
どこにいるのだろうか。ここは何なのだろうか。今自分はどうなっているのだろうか。これから自分はどうなるのだろうか。
分からない。何一つ分からない。判断材料が全くないのでは考える事が出来ない。
いやそもそも脳が考えようとしなかった。体もろくに動こうとしない。
何かにべっとりとくっついて、そのまま全てを失ってしまったような気分だ。
何故こうなっているのか自分でも分からない。考える事が出来ないし考えようともしないから。
これが所謂全てが無に帰する「死」と言うモノなのだろうか?
受け入れたくもないが、もう受け入れるしかないのならこのまま……、
「この馬鹿! あんたがこっち来るタイミングじゃないでしょ!」
いつか聞いた、懐かしさすらある怒鳴り声に反応する自分に、声の主は叱咤するように怒鳴った。
「あんたの為に大和さんが血を捧げているのよ。あんたに生きて欲しい為に。
あんたも生きていたいのでしょ?
なら、生きなさい。生きる為に足掻きなさい!
本当は認めてあげるべきだったのに……結局認めてあげる事が出来ないまま、この世界に来ちゃった私の代わりに、蒼月の傍にいてあげて。
だから……生きなさい、目を覚ましなさい、愛鷹の馬鹿!」
「霞……さん……」
生きろと叫ぶ霞の名を呟く様に呼んだ時、愛鷹はゆっくりと目を開けた。
薄暗い建物の部屋の天井を見上げ、ふと右手側にいる誰かを見る。
突っ伏す形で寝ているサイドテーブルに、空っぽの栄養ドリンクの瓶数本を置いた大和がいた。
「お……姉……ちゃん……」
ぎこちないながら、愛鷹は初めて大和を「お姉ちゃん」と一切の蟠りの無い心で呼んだ。
ぐっすりと眠る大和がそれに応える事は無く、愛鷹も再び目を閉じ眠りに落ちた。
轟沈回とは異なる形でショッキングなお話となりました。
今回初めて愛鷹の予想される年齢を明かすに至り、また一つ彼女に纏わる謎を公開いたしました。
次回から物語は新たな舞台と局面へと移ります。
そこで愛鷹と艦娘達が待ち受けるモノ。どのような戦いと物語となるか。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。