艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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弊SSで既に戦死しているノーザンプトンが艦これ本家に実装され、初期設定に大失敗した気持ちしかない今のイベントをやりながら、本編より欧州編と言う新たな展開をお送りいたします。

本編をどうぞ。


欧州北海編
第四七話 始まりが故に


西暦二〇四八年八月三〇日。

 

始まりは何時もの様に突然訪れた。

ティレニア海を哨戒する無人哨戒機多数が同時に連絡を絶ったのが、地中海を巡った大規模な戦いの狼煙となった。

 

無人哨戒機多数との連絡途絶に、国連軍欧州総軍が即座にデフコンレベルを2に上げてから二時間後。

イタリア西海岸からフランス東海岸、更にはジブラルタル海峡にかけて深海棲艦の大規模侵攻が始まった。

沿岸部と言う沿岸部の街、軍施設に対し戦艦棲妃、戦艦水鬼の大規模戦艦戦隊の艦砲射撃と、空母機動部隊からの黒タコヤキや重攻撃機による猛空爆が開始された。

デフコンレベルが2に上げられてから即座に民間人の避難誘導を始めていた国連軍だったが、沿岸部への攻撃は国連軍側の想定速度を遥かに上回る勢いで始まり、民間人の避難を優先していた国連軍欧州総軍の沿岸部の部隊は早々に随所で退路、進路を絶たれ、孤立していった。

 

(こちら、アンツィオ西部防衛部隊のデルタ4-1だ! 激しい艦砲射撃で民間人の救出隊が動かせない、誰でもいいから海の化け物を何とかしてくれ!)

(ゴライアス1よりコマンドポスト、アンツィオ沖合に深海棲艦の大規模な揚陸部隊を確認した。やつらアンツィオに上陸する気だ)

(オイル漏れ発生だ。主要補給路までは持ちそうにない! ランナー3-2は着陸を試みる。着陸を……)

(ディシプル4、こちらコマンドポスト。アンツィオ北西部の戦況を知らせ。オーバー)

(コマンドポスト、こちらディシプル4だ! 敵新型巨大艦の砲撃を受けている、指揮官K.I.A、部隊は壊滅状態、民間人救出隊援護は無理だ! ブロークンアロー! ブロークンアロー!)

(コマンドポストからアンツィオ防衛部隊の全部隊へ。民間人救出隊の第一陣のリフター2-1、2-2、2-3が出発した。

リフター2-4からの民間人救出隊は発進スタンバイ)

(ローパー5からコマンドポストへ! 5-2がダウン! こちらも被弾した! 航空優勢が確保出来ていないぞ、どうなってるんだ⁉)

(アトラス2-1からコマンドポスト、民間車輛がアンツィオ防衛線南部の三キロほど近くを走っているのを確認した! 今から救出を試み)

 

入って来る無線はどれも阿鼻叫喚ばかりだった。

「入って来るのはどれも悲鳴ばかりか……」

ヘッドセットを殴り捨てたい気分になりながら、ユリシーズはネルソン、アークロイヤル、シェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナスと共にサルディーニャ島からの最後の民間人救出輸送船団の護衛に当たっていた。

「状況は芳しくないか」

無線を聞くのを止めたネルソンが溜息を吐くのを見て、ユリシーズは頷いた。

「どこもどの部隊も寸断され、防衛も民間人救出も満足に出来ていない様です。例の巨大艦ス級はアンツィオ方面に展開している様です」

一か月ほど前に打ち上げられたSSTOの偵察の第一回で、マルタ島の偵察が行われた結果、かつてない程の深海棲艦の大艦隊が集結しているのが確認された。

事態を重んじた国連軍は更にケープカナベラル基地、バイコヌール基地等からのSSTO偵察を続行したところ、地中海に展開する深海棲艦の大規模侵攻艦隊には巨大艦ス級が少なくとも八隻いるのを確認する事が出来た。

欧州総軍は地中海沿岸部からの民間人の全面的な疎開計画を始めていたモノの、対象範囲の広さから一度には実施できない為段階的に始めていた。

しかし深海棲艦の侵攻速度が想定以上に速く、先手を打った筈の対応があっという間に後手に回っている状況だった。

幸い自分達が護衛に当たっていたサルディーニャ島の民間人避難はこの護衛任務が完了すれば、民間人の犠牲者ゼロで成功する。

民間人に被害を出さない為にも、英国艦隊の意地をかける勢いで六人は二隻のフェリー護衛に当たっていた。

ホテルエコー6船団と呼称された民間人避難輸送船団の護衛はアークロイヤルが艦載機、ソードフィッシュが対潜哨戒を、フルマー戦闘機が船団のBARCAP任務を行い、ユリシーズとシェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナスが対空対水上対潜警戒、ネルソンが対水上と船団の目的地ツーロンとの通信役兼旗艦と言う役割分担で行っている。

深海棲艦の大規模侵攻が広範囲に及んでいるだけに、ツーロンも決して安全ではない。既に何度か空爆を受けており、防衛に当たっていたフランス艦隊の戦艦リシュリューが被弾、艤装損傷により戦線からの一時離脱を余儀なくされている。

基地自体はフランス地中海艦隊の要衝なだけに護りも硬く、空爆被害の拡大は辛うじて防ぐことに成功している様で、その事が六人に心理的な余裕を与えてくれていた。

 

ツーロン基地入港まで後四時間ほどになった時に、フランス方面軍のラファール戦闘機と、フランス艦隊の水上機母艦艦娘コマンダンテストが寄こしたラーテ水上爆撃機が上空直掩と対潜警戒援護に着いてくれた。

同時にコマンダンテストのラーテ経由で戦況の詳しい推移が入った。

かなりの苦戦を強いられている様で、特にイタリア艦隊は防戦一方であり、被害も甚大。艤装を地上で破壊されて行動不能の艦娘もいると言う。

イタリア艦隊が大損害を受けているのは、既にフランス艦隊が地中海に割いていた戦力を大西洋側に回して結果、手薄気味になっていたのもあるだろう。

フランス艦隊は大西洋からの深海棲艦の小競り合い的侵攻に消耗しており、轟沈こそなかったものの戦線離脱によって不足する防衛戦力維持の為に、地中海側から艦隊戦力を抽出して大西洋側に回していた。

その為共同戦線を張るイタリア艦隊、ギリシャ艦隊、特に主戦力となったイタリア艦隊に大きな負担がかかる事になってしまっていた。

ドイツ、英国、ポーランドなどの北欧からの派遣部隊は北海側からの侵攻にも対応しなければならない為大規模な部隊抽出が難しい状況だ。

英国が地中海に送り出せたのは今船団護衛に付いている六人と、派遣部隊総旗艦を務めるウォースパイトの併せて七人のみ。貴重な本土防衛の本国艦隊から割いた戦力だ。

ドイツ艦隊からも戦艦ビスマルクをはじめとした艦隊が派遣されているが、民間人救出と沿岸部防衛で早くも消耗し始めているらしい。

状況は芳しくない、と六人の胸の内に不安が広がり始めた。

 

 

不安な気持ちを胸の奥に押し込んだ六人が護衛を続ける中、船団は何事もなくツーロン基地に入港した。

自分達以上に安堵した表情で下船していく避難民にユリシーズが安堵のため息を吐いていると、先に艤装を解除して一息入れに行っていたシェフィールドがやって来た。

「ユリシーズ、新しい情報が来たわ」

「何があった?」

良からぬ予感を感じ、顔に緊張感が戻るユリシーズにシェフィールドも緊張感を滲ませた口調で告げた。

「ブレスト港を始めとしたフランス大西洋側、更にノルウェーへの侵攻も始まってる。拙い事にパイパーとエコーフィスク油田一帯の制海権が危機的状況になりつつあるわ」

「何だって!? ノルウェーには確か北米艦隊が防衛についていた筈だが」

「旗艦ワシントンがやられたの。幸い死んではいないけど、大破・戦線離脱を余儀なくされて、今は代行指揮をヘレナが採っているけど完全に押されているわ。

明日には原油価格が大荒れするわね」

「油田地帯をやられたら、世界経済にも影響は大きいからな……しかし、制海権を握っていた筈の海域を陥落寸前にまでやられるとは。

この戦、しばらく寝る暇もなくなりそうだな」

ため息交じりに呟くユリシーズにシェフィールドは静かに頷いた。

 

 

つけているテレビのニュース映像からは中東での新たな動乱発生を報じていた。

(昨日からのヨーロッパ全域に及ぶ大規模な深海棲艦の侵攻が始まって以降、中東のラザディスタン、ウルジクスタンでは呼応するかのように動乱が再発しています。

ラザディスタンでは連日反政府テログループによるテロが相次ぎ、ラザディスタン軍及び国際停戦監視軍との戦闘も始まっています。

首都では既に一七件もの市民や国軍、国際停戦監視軍を巻き込む自爆テロが発生し、国内各地でもテロや国軍、国際停戦監視軍との戦闘が激化するなど治安の悪化は進む一方で、ようやく兆しの見えていた平和への道がまた一歩遠のいてしまった形になっています。

ウルジクスタンではロシア方面軍主導の国際停戦監視軍駐留に対する国内感情の反感が高まりを強め、それに乗じて沈静化していた反政府組織が勢いを取り返しつつある模様です。

国連ではロシア主導からアメリカと英国を主導とした部隊へ編成を切り替える事が決定したウルジクスタンへの停戦監視軍の陣容ですが、そこへ深海棲艦の大規模侵攻で北海航路が閉鎖された結果速やかなる米英主導の停戦監視軍部隊派遣は難しいのが現状です。

首都を含む大規模都市では、国連による国内経済資源の搾取を許した現政権を打倒せよ、と言う反政府組織の呼びかけに呼応したデモ隊と治安部隊との衝突が絶えず、ウルジクスタンの油田地帯でも国際停戦監視軍や国軍の駐屯地を狙った攻撃が始まっています。

ヨーロッパへの深海棲艦の大規模侵攻とウルジクスタンでの情勢悪化により、油田市場は荒れに荒れを見せ……)

「酷い荒れっぷりね、中東は」

げんなりとした表情で言う陽炎に、ああ、と深雪は艦隊新聞を読みながらため息交じりに返した。

「ヨーロッパじゃ、大荒れだ。司令官は昨日から霞が関に詰込みだってよ」

「あたしらの誰かも助っ人としてヨーロッパに行くことになるのかしらね」

「そうなるだろうさ、何せ向こうは猫の手も借りたいてんやわんやだ。もっとも北海航路全面が閉鎖されているから、空路は無理だな。

シベリア鉄道を使うしかない」

「時間かかる移動手段ね。乗った事あるけど、列車の旅って随分暇よ」

嫌だな、と言う表情を見せる陽炎に深雪は苦笑した。

「日本の列車旅とはスケールが違うぜ」

「んな事は知ってるわよ。あんたの部隊あたりは召集がかかるんじゃない?」

「まあ、そうだろうな。武装偵察艦隊だから、敵地に乗り込んで情報かっさらってずらかる」

軽めの口調で語る深雪に陽炎は神妙な顔で尋ねる。

「あんたの艦隊の旗艦、大丈夫なの?」

「大丈夫って、何がさ?」

新聞から目を離した深雪に真面目な顔持ちのまま、陽炎は問う。

「どっかの誰かに撃たれて、重傷でしょ? 入院したって聞いたけど」

「あれか。それなら心配すんな」

けろりと返す深雪に、陽炎は不思議そうな表情を浮かべる。

「随分楽観的な姿勢じゃない。あんたらしいとは言え」

「あたしの言葉信じられねえ、ってなら証拠は今聞こえるあの音が証明しているよ」

新聞に目を戻した深雪は窓を目で見やる。

窓の外からは小口径主砲の発砲音が響いていた。

「海防艦の子達の砲術演習ね。確か松輪たちが受けていたか。それとこれが関係あるの?」

「当たり前よ、なんたって今日は特別教官役にあいつがついてるんだからな」

 

 

海防艦艦娘の主砲射撃演習結果を見ていた香取は、タブレット端末に表示されたその命中精度に驚いた。

前と比べてかなり向上している。

「大変な腕前になりましたね、皆さん。よく練習された事で」

褒める香取に大東が得意気に笑いながら返す。

「へへ、アイツのお陰でめっちゃ当てられる様になったぜ」

「大東、駄目よアイツ、何て呼び方は。ちゃんと愛鷹教官って呼ばなきゃ」

妹の口の利き方を咎める日振に大東はけろりと「別にいいじゃん」と返す。

射撃成績が特に良くなった松輪は相変わらずもじもじとした姿勢ながら、少し満足げでもあった。

謙虚な択捉も珍しく自慢げに腕前の向上を語っている。

八丈や、石垣、平戸、佐戸らも砲術の腕が上がっており香取として全員合格点を与えて問題は無かった。

「素晴らしい向上ですわ。よいご指導をされたようですね、愛鷹さん」

タブレット端末から視線を隣の愛鷹に向けて言う香取に、練習艦艦娘の制服に身を包んだ愛鷹は「恐縮です」と返し微笑を浮かべた。

練習巡洋艦として気になるところが多くあるだけに、参考に出来る要素があれば、と香取は愛鷹に尋ねる。

「お聞かせいただけたら幸いなのですが、どのような指導内容だったのですか?」

「複雑な理論も教科も教えていません。私は彼女たちの素質を引き出す為の手助けになるヒントを与えた過ぎません」

「そのヒントとは?」

軽く首をかしげる香取に愛鷹は「想像力ですよ」と返す。

「五日間の強化期間中、彼女たちの素質を発揮するヒントを探すのが私の仕事でした。

凪の水面にある動かぬ的を狙うより、時化と強風の彼方にある的に当ててこその砲術。先日の台風では安全管理に気を使いながら、実際にそれを行いました」

「台風の中で砲術演習を?」

驚く香取に愛鷹は無言で頷く。

「勿論簡単な事ではありません。そこで私が行ったのが想像力を磨かせる事です。

波の高さ、潮流、風向き、湿度、自身の安定性。敢えて主砲射程の一・二倍の場所に標的を置き、砲弾をどうやって標的に向かって送り込むか、その為にはどうすればいいか。

難しい目標を定め、それを達成する為に腕と、腕を磨くための想像力を構築する。

射程外でも、風に載せれば風が足りない分を運んでくれます。雨が降っている時は気圧も下がり、弾速を左右する空気抵抗が減りますから。

不足する射程を補ってくれる風向きを読み取り、潮流と嵐の天候情報を頭で勘定して、それを基に標的が今どういう状態で浮かんでいるかをイメージする」

「イメージトレーニングがメインだったと」

「そうなりますね。それを少し補う形で座学も少しやりましたが。

外れても叱責はしません。過度に叱れば脳が委縮し、何故ダメだったのか、どうすれば改善できるか考える為の思考力が衰え逆効果でしかない。

重圧にならない程度に厳しく、上手く行ったらしっかり褒める。それだけです」

そう語る愛鷹の高度な砲術講習の結果は、六人の海防艦娘のスナイパー張りの命中精度成績となって表れていた。

感嘆する一方で香取は一体どこの誰がこの技術を愛鷹に伝授したのか、と気になる。

「どこでこの様なやり方を?」

「……話せないんです。残念ながら」

「あら……そうですか」

残念、と言う表情になる香取に申し訳ない気持ちになりながらも、話すと自分の出自やそれに関する軍内部の良くない面にも関わって来るだけに明かす事は出来なかった。

演習終了、用具収めと指示しながら香取は愛鷹に最後に聞いておきたかった事を尋ねる。

「砲術に関して愛鷹さんは何か持論とかありますか?」

「そうですね……『敵艦ではなく敵の命を撃つ。それが砲術』。これが私なりの砲術の持論です」

中々物騒なモノを思い起こさせる持論だが、その持論と技術力が彼女本人の砲術指導の表れなのか、と香取は理解した。

 

 

砲術演習を終え、自室に戻った愛鷹をハイタカが出迎えてくれた。

「ただいま、ハッピー」

お気に入りらしい右肩に止まるハイタカに「ハッピー」と言う名で呼ぶと、ハイタカは答える様に鳴いた。

種子島で大淀に撃たれて重傷を負い、大和からの輸血を受けて何とか全回復に持って来る事が出来たのは一週間前の話だ。

完治と共に我が家の日本艦隊基地に帰ると、部屋で待っていたハイタカに愛鷹は「ハッピー」と言いう名を付けて、正式に同居人として迎え入れた。

心の赦し処として、癒し処として、もうハイタカの存在は無視できない自分がいた。

ハッピーと言う名前を付けて貰えたハイタカは前以上に懐き、愛鷹も懐くハッピーの事が可愛いと思うようになって来た。

首の下を撫でてあげるとハッピーは気持ちよさそうな顔で鳴いた。

 

 

輸血を受けてから二週間程でどうにか自力で歩けるほどにまで回復出来た愛鷹は、リハビリを急いだ。急ぐあまり青葉たちからはもう少しゆっくりしろと制される程だった。

松葉杖を頼りにリハビリを行う自分だったが、まだ満足に歩くには不十分な状態。

それでも、残る余命を座してベッドの上で過ごすことになるのには気が落ち着かなかった。

何かの執念か、執着に囚われていたのかもしれない。

そんなある日、松葉杖を突いてリハビリ中の自分を見つけた大和は無言で自分の頬を勢いよく平手打ちした。

何をする、と平手打ちされた頬に手を当ててながら張り飛ばして来た相手を見ると、我慢できなくなった感情を浮かべて大和は怒鳴った。

「いい加減、無理をするのは止めにしなさい!」

「無理って……」

どう言う意味かすぐには分からず、勃然と呟くように返す愛鷹に大和は無言で病室へと自分を連れ返した。

昔の自分なら大和に触れられる事すら拒んだだろう。自分のすることを否定されたら、即座に言い返していただろう。

だが、今の自分の心の中に大和に対する蟠りや恨みと言うものは薄れ始め、変わって自分でもよく分からない、言い表せない別の感情が強く湧いていた。

この胸の内に沸く大和への感情は何なのだろうか。連れ戻された病室のベッドの上で長い時間をかけ考えた。

疑問を抱いていた自分の脳裏をふと目を覚ました時、大和にかけた自分の第一声を思い出した。

あの時、自分は大和を「お姉ちゃん」と呼んだ。

あれほど憎悪し、忌み嫌い続けていた大和を蟠りも負の感情も無いまま「お姉ちゃん」と呼んだ自分。

ベッドの上でぼんやりと考えていた時、初めて自分の心の中で「大和を赦す心」が自分の中で主導権を取り、今では大和を憎悪対象と見なしていない事に気が付いた。

ずっと恨み続けて来た相手の大和。しかし、今の愛鷹には恨みは薄れ、感謝の気持ちが少しずつ湧き上がって来ていた。

 

「この世に連れて来てくれてありがとう」

 

そう言えたらどんなに今の自分はすっきりするか。そう思うところがあった。

直ぐに言い出せないのはやはり長年抱いていた負の感情が、そう簡単に大和に感謝の気持ちを述べたいと思う自分を許せなかった。

今はまだその時ではない。そういう事なのだろう。

 

 

霞が関の日本方面軍統合司令部から武本が帰ると鳳翔が執務室で出迎えた。

疲れを滲ませた顔の武本は鳳翔が入れた茶を飲み、一息入れた。

「お疲れ様です」

「ありがとう。地中海はかなり拙い戦況になっているよ」

「芳しくない戦況なのですね」

真剣な表情になる鳳翔に、そうだと頷く。

芳しく無い、では済まない様とも言える。どうなっているのか、詳しい状況を谷田川と三笠にも説明しなければならない。

「ああ。谷田川と三笠くんを呼んでくれ。状況を説明する」

「了解です」

 

直ぐに谷田川と三笠が武本の執務室へ出頭してきた。

二人を出迎えた武本は部屋を一時入室禁止、窓のシャッターも閉めると、部屋の壁にある大画面作戦ディスプレイを点けた。

キーボードとマウスホイールを操作して、霞が関から持ち帰った戦況情報をディスプレイに表示する。

「戦況は?」

そう尋ねる三笠に答える様に、欧州各地の友軍と深海棲艦の戦力展開配置をディスプレイに出す。

「見ての通り最悪だ。欧州各方面で前線が後退している。北海油田は陥落寸前で北海方面の友軍艦隊は半壊している。

地中海とフランス大西洋側の戦況だが、味方は壊滅的打撃を受け、防衛線の構築もままならない状況になっている。

八時間前、サルディーニャ島からの通信が途絶えた。恐らく全滅だろう。通信途絶前に現地守備隊から入手できた情報からス級が確認された。

SSTOでの偵察情報で八隻が確認されていたス級だが、サルディーニャ島攻略に深海棲艦は一隻を投入していたらしい。

アンツィオには二隻、その他の地中海の西岸部で三隻、フランス大西洋側で一隻、ジブラルタルで一隻。Elite級と通常型が四隻ずつだ。

欧州総軍はこの戦艦の火力に成す術なく壊走状態だ。沿岸部の防衛を断念して防衛戦を内陸部へ下げている地域もある」

「味方の損害は言うまでもない有様、って訳ですか」

真顔で言う谷田川に武本は無言で頷いた。

「かつてない物量ですね」

ディスプレイを見て呟く鳳翔に、三笠が相槌を打つ。

「かつてないレベルの物量ですよ。提督、敵の狙いは何だと思いますか?」

「奴らの目的は北海油田の制圧によるこちらのエネルギー供給量の遮断及び、サルディーニャ島、アンツィオを制圧しそこを橋頭保にイタリア半島分断、地中海西岸部の完全掌握、だろうな。

フランス大西洋側への攻撃はこちらの防衛戦力を一定数防衛に割かせる為のモノで、フランス大西洋側への上陸作戦は恐らく無いだろう。

北海油田がやられたら人類の石油資源の類はシベリアの各油田地帯頼りなる。中東の油田地帯は治安悪化で当面宛には出来そうにない。

早急に対処する必要がある。そこでだ」

霞が関と国連軍統合作戦司令部との間で決定された日本艦隊への指令を武本は持ち出した。

「我が日本艦隊からも派遣部隊を抽出する事となった」

「まあ、そうでしょうね」

当然の帰結だろうと言う顔で三笠が頷く。一方ディスプレイから顔を上げた谷田川は少し表情を険しくして日本艦隊の現状を告げる。

「あまり大規模な戦力は派兵できませんよ。太平洋防衛の戦力をあまり多く割けませんからね。現在は小康状態とは言え、ウチは今年に入って霞、浦風、鈴谷を短期間で失ってしまっています。

本土防衛や東南アジア、ソロモン方面展開中の各艦隊戦力にあまり余裕はありません」

「理解している。欧州総軍もその点は理解を示しているよ。

今回UNPACCOMと欧州総軍、国連統合作戦本部の会議でLRSRGの戦力補填として第三三戦隊の派遣が直に指定された」

「偵察艦隊の第三三戦隊をですか。SAUの第三三戦隊を指定するとは向こうの手数不足は余程ですか」

「全部隊を欧州総軍に割り当てられるほど、LRSRGも大所帯じゃない」

「猫の手も借りたい、って訳ですか」

成る程と頷く谷田川に武本は続ける。

「派遣部隊指揮官は私が務める。私が不在の間、谷田川は日本艦隊司令官代行だ。それと少将昇進が決定した」

「昇進ですか。基地司令官職兼務なら下級少将の准将のO-7に?」

「ああ。RDMLだよ、明日にも階級章などが届く」

「ありがとうございます。提督」

一礼する谷田川に鳳翔と三笠が拍手で昇進を祝った。

微笑を浮かべながらも直ぐに武本は話を本題へと戻す。

「谷田川の昇進は決まったが、欧州総軍からの要求兵力がまだ決まったわけでは無い。

こちらの艦隊戦力を大きく減じない程度の派遣戦力が必要だ」

「五航戦の原状復帰が見込めないのを見ると、空母戦力では大鳳以下四隻の第七航空戦隊しか回せませんね。鈴谷戦死と熊野の長期戦線離脱で予備空母戦力の九航戦を本土防衛に張り付けなければなりませんし、龍驤の復帰はまだ時間がかかるから三航戦は祥鳳と改二化が完了した龍鳳のみです。

一航戦は東南アジア、二航戦はソロモン、四航戦はトラック、八航戦は北方で必要です。

戦艦戦隊は各方面で必要ですから信濃他全員を本土に残し、大和と武蔵を割り当てては?」

「私は谷田川副司令の案が良いと思います。今本土にある戦艦の内、金剛さんは本土防衛に貼り付かせておかないといけませんし、比叡さんは病気もあって回せそうにありません」

そう提案する谷田川に三笠が同意する。二人の考えが今の所空母と戦艦戦力では最適だろう。

「戦艦の手数が少し心もとないかも知れないな。敵の数を見てもこちらはこちらで送り出せる量に限りがある。頭数の少なさを補うには質で補うまでだ。

巡洋艦と駆逐艦は第四戦隊と矢矧を旗艦とした第二水雷戦隊を編成。第一一、一八、一九駆逐隊を二水戦に編入。それと伊吹、直掩に呉基地警備隊の天霧と狭霧を付けよう」

「伊吹さんもですか」

少し驚いた顔になる鳳翔に武本は無言で頷く。

「搭載機数は少ないが、彼女のジェット艦載機に匹敵する深海棲艦の艦載機は無い。質で補うとはそういう事だ」

「なるほど」

理解したと頷く鳳翔の横から三笠が武本の提案した派遣部隊のメンバーをまとめたリストを。タブレット端末を使ってディスプレイに表示させた。

「メンバーはこちらになりますね」

 

欧州派遣艦隊

 

第三三戦隊

愛鷹(戦隊旗艦)、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳

 

第一戦隊

大和、武蔵

 

第七航空戦隊

大鳳、黒鳳 蒼鳳、赤鳳

 

第四戦隊

高雄、愛宕、鳥海、摩耶

 

第二水雷戦隊

矢矧(二水戦旗艦)

 

第一一駆逐隊

吹雪、初雪、白雪、叢雲

 

第一八駆逐隊

陽炎、不知火、黒潮、親潮

 

第一九駆逐隊

綾波、敷波、磯波、浦波

 

伊吹、天霧、狭霧

 

第一八駆逐隊は本来陽炎、不知火、霞、霰で編成していたが、一時的に第八駆逐隊に編入していた霞が戦死した為、霰を五十鈴旗艦の第三一戦隊に預け、第一五駆逐隊の黒潮、親潮を編入して再編成している。

 

「全部で三四人。艦隊旗艦は誰に?」

「大和くんだ。第三三戦隊込みで派遣部隊の艦隊総旗艦を担って貰おう。次席旗艦は武蔵くんだ。

まあ第三三戦隊はLRSRGの指揮下に組み込まれるだろうから、基本的に第三三戦隊が行動する上での旗艦は愛鷹くんである事に変わりなしだ」

三笠の問いに武本が大和を指定すると、三笠はタブレット端末のタッチボードで大和の名前の脇に「派遣部隊艦隊総旗艦」の文字を追加する。

「では全員分の編成と派遣部隊に関する命令書作成に取り掛かりますね」

「よろしく頼む。鳳翔くんも手伝ってあげてくれ」

「承知しました」

二人が一礼して命令書作成の為に部屋を出ると、武本はディスプレイを消し、シャッターを開ける。

部屋に日光が再び差し込んで来ると、少しその眩しさから瞼を細める。

「良く晴れてるな」

「ええ、気温も上がって夏ですよ」

「暑いのは嫌いだな」

「同感です」

二人だけの時でしか使わない先輩と後輩の口調で武本と谷田川は話す。

「愛鷹くんは初めての地中海ですよね。彼女、ラバウルの方には行った事ありますけど、勝手がまた違うヨーロッパとか大丈夫ですかね」

「俺もついて行くし、彼女はバイリンガルだからイタリア語、フランス語、スペイン語、ラテン語系からギリシャ語、まあ語学で困る事はまずない。

心配はないよ」

「バイリンガルとは羨ましいっすね。自分は英語とドイツ語がちょっとですよ」

羨ましそうな顔をする谷田川に胸中で愛鷹がバイリンガルになる事を強要された生い立ちを話したくもなる。

ふと、思えば様々な事を強制的に叩き込まれたクローン艦娘達の中で、愛鷹だけは語学系には熱心に取り組んでいたのを思い出した。

他のクローンが命ぜられるままにやっていたのに対し、彼女だけ積極的に語学研究に励んでいた。

多分語学講師がクローン達には優しく接してくれた数少ない人間だったから、かも知れない。

あの講師の名前はなんと言ったか……。

 

そこへ部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「だれか?」

「青葉です」

ドア越しの訪問者に誰何した武本に青葉の返事が返る。

何か用でもあるのだろうか、と思いながら入室を許可する。

「失礼しまーす」

「提督、お邪魔しまーす」

青葉に続いて衣笠も入って来た。青葉の手には取材の時に使う手帳が握られており、衣笠はカメラ持ちだ。

成る程、艦隊新聞の取材か。毎度の事を忘れかけていた。

「司令官、アポなしですけどネタの匂いがするので取材いいでしょうか?」

「欧州方面の情報なら大量にある。ついでに言うと君達二人の所属する第三三戦隊の出番だ。

特大の大仕事になるぞ」

その言葉に青葉は待っていましたとばかりにやりと笑い、衣笠は「特大の大仕事」に緊張した表情になった。

 

 

「分かっとる! 深海棲艦を叩き返せと言う話ぐらい分かっとる! だからこそきちんとした補給を寄こせと言っておるのだ!」

ツーロン海軍基地に置かれた欧州総軍前線作戦本部の一室から、英国艦隊派遣部隊司令官ジョセフ・ロックウッド少将のドラ声が響いた。

またか、と嘆息しながらウォースパイトは書類の束を抱え直すとロックウッドの部屋のドアをノックする。

「あ、誰もでも良い、入れ」

「失礼します」

ドアを開けたウォースパイトの先で、デスクの電話の受話器を少し乱暴に戻すロックウッドが憮然とした表情で椅子に座っていた。

ハイヒールの踵を揃えて入室時の敬礼しようとする自分を制し、コーヒーカップの中身を呑む上司に端折っていいと理解したウォースパイトは持って来た報告書の束をデスクに置いた。

「補給はまた遅れたのですね」

「ああ。全く弾も燃料も物資も何も無ければこっちはどうにもならんと言うのにだ」

「ネルソンの主砲弾ですが、補給部隊の話ではAP(徹甲弾)の残弾は主砲弾をフル搭載で出撃する場合、もって三回が限度との事です。腹八分で四回と」

「肝心なビッグセブンが全力モードで三回か……そろそろ君を代わりに出すしか無い様だな」

やれやれと深いため息を吐くロックウッドに、うっすらと笑みを浮かべてウォースパイトは軽く胸を張って応える。

「私も戦艦です。ネルソンにしか出来ない事は出来ませんが、戦艦として出来る事は出来ますよ。任せて下さい」

「先輩ツラして彼女を怒らせたりしないでくれよ?」

「あら、提督はご存じないのですか? 彼女、私より年上に見えて後輩なんですよ」

「え、そうだったか?」

きょとんとした表情になるロックウッドにウォースパイトはロックウッドのデスクの上に置かれていたタブレット端末を手に取ると、人事ファイルを開き自分とネルソンのデータを並べて表示し、ロックウッドに見せる。

「私は今三二歳、彼女は二五歳。七つも違うんです」

「じょ、女性、それも艦娘の年齢を自分から明かされるのは、私の人生では初めてだな」

驚いた表情でタブレット端末のデータを見るロックウッドに年下である事を気にするあまり、本当は自分には頭が上がらない一面があるネルソンのことを話してやろうかと思ったが、先輩として後輩の赤面面は見たくないので止めておく事にした。

自分より高火力艦である分、最近ネルソンは出撃回数が多い。燃費こそ悪いモノのその大火力で基地への侵攻を目論む深海棲艦の戦艦戦隊をことごとく返り討ちにして、自分はその重装甲で跳ね返し、耐えている。

だがその火力を発揮するだけの弾薬の補給が滞り始めていた。一番の理由は補給空路の安全性確保が出来ていない事だ。

陸路は沿岸部から自主避難する民間人の車でどこも詰まっており、防衛戦構築の為の部隊移動もままならない。

しかし基地周辺の航空優勢は確立されているとは言い難い。空爆が絶えず飛来するようになってから、輸送機や補給物資が地上で破壊される事もしばしばだ。

鉄道はツーロンへ至る橋が数か所爆撃で破壊された為、補給物資を載せた軍用列車の多くは迂回ルートを強いられ、鉄道網自体も渋滞している。

「弾が来るまでは今あるモノで何とかせんとな」

「燃料と食事の備えは大丈夫ですから、空腹で動けない、って事は避けられますね」

「腹が減っては何とやらだ」

腕を組んで頷くロックウッドにウォースパイトは笑みを返すと用件も済んでいる事なので退室した。

 

 

夕食を済ませた愛鷹が足柄と足柄に強引に参加させられた那智、利根と巡洋艦艦娘寮の談話室でポーカー試合をしていると、青葉がパタパタと走る音を立てながら談話室へと駆けこんできた。

「た、大変です!」

「何事じゃ?」

カードの手札から顔を上げた利根が聞き返し、愛鷹、足柄、那智も青葉を見る。

「日本艦隊からも欧州に大規模戦力を派遣する事が決まりました!」

「大規模ですって?」

「どの程度の戦力を派遣すると言うのだ」

聞き返す足柄と那智に上着のポケットに入れていた手帳から派遣部隊の詳細を四人に伝える。

含まれる戦力に第三三戦隊が含まれているという事に、愛鷹が反応した。

「私達も地中海へ?」

「ええ。ただ第三三戦隊は派遣部隊とは別枠運用になるようです。司令官の話だとLRSRGの指揮下に入ると」

「北米艦隊主導で設立された長距離戦略偵察群か。偵察艦隊の第三三戦隊の出番と言う訳だな。

いや、第三三戦隊の手も必要な程向こうの戦力は逼迫か余裕がなくなって来たのかもしれんな」

軽く考え込む那智の言葉に大体そう言うところだろうと愛鷹も頷きながら、自分のカードの手札をテーブルに置く。

「フラッシュです」

置かれた手札を見て三人が深いため息を吐いてそれぞれの手札を放ってうな垂れる。

足柄はストレート、那智と利根はツーペアだ。

ポーカーに置いて愛鷹は一回も負けた事が無い豪運を発揮しており、ポーカー王者としてもはや有名だった。

「足柄、おぬしのせいで大損だぞ。覚えておけ」

多少恨めしそうな顔で利根が足柄を睨む。中々凄味のある睨まれ方にたじたじになる足柄に自分はどう言うリアクションすればいいのか、と愛鷹は困惑しつつカードを纏めてオッズも片付ける。

賭け対象として出された間宮の甘味処特別権を頂き、ポケットにしまい込むと三人に礼を言って席を立つ。

すると待っていたかの様に館内放送で艦娘の招集が鳳翔のアナウンスで流れる。呼び出される名前は全て欧州への派遣部隊のメンバーの名前だった。

「早くもブリーフィングか?」

「早いに越したことはないからのう。急いだほうが良いぞ二人とも」

スピーカーを見上げる那智に頷きながら利根は愛鷹と青葉に急いでいくよう促した。

無言で頷いた二人は駆け足で出頭指示が出たブリーフィングルームへと向かった。

 

 

ブリーフィングルームには既に派遣部隊の艦娘達が大勢集まっていた。

夕食後の風呂上りから慌ててやって来た者もいる。

召集指定時間以内に全員が集まり、それから三分ほどして武本が鳳翔と日本艦隊統合基地の作戦参謀数名を従えて入室して来た。

ブリーフィングルームの席から立った一同が武本に対し一礼し、武本も答礼すると作戦参謀たちが集められた三二名の艦娘へ欧州の戦況解説と部隊内容などの情報を入れたタブレット端末を配って回った。

配布が終わると部屋の証明が落とされ、ブリーフィングルームの大画面モニターに欧州の地図が表示された。

解説の為に資料を書き込んだタブレット端末を手に武本が状況解説を始める。

「欧州に関する状況を説明する。

現在欧州総軍と北米艦隊第二艦隊を主力とした欧州増派任務部隊の艦娘艦隊の戦線は崩壊の危機に瀕している。

イタリア艦隊は目下、現状戦力での戦線維持で手一杯となっており、反攻作戦を行えるほどの余力を失っている。

フランスやドイツ、英国、ロシア等の艦隊も北海や大西洋側からの深海棲艦の猛攻に対応する為に戦力を割く必要がある為、これ以上のイタリア艦隊の支援が現状不可能な状況だ。

北米艦隊もほぼ同様である。欧州における我が軍は劣勢にあると言っていい」

欧州、特に北海とイタリア西岸部が深海棲艦の勢力下に落ちたことを意味する赤に塗りつぶされ、その他の海域も味方を意味する青いマーカーが深海棲艦を示す赤いマーカーに押されているのが表示される。

「そこで我々日本艦隊は欧州総軍支援の為に三四隻の艦娘からなる艦隊を派遣する事を決定していた。この場には今いないが呉基地の天霧、狭霧も今回の派遣部隊に参加する為現在横田基地へ向かっている。

我が日本艦隊派遣部隊は明日早朝横田基地よりC17輸送機に搭乗、ウラジオストック経由で一端補給後そこから深海棲艦の航空攻撃がまだ及んでいないムルマンスクへと渡る。

日本艦隊の任務はまず北海の制海権奪還とこれの確立だ。皆も知っての通り北海の制海権は事実上陥落した事で北海油田が一時閉鎖された。この結果世界の原油市場は暴落して世界経済に大きな影響が出てしまっている。

経済だけでなく、油田地帯の機能停止は我が国連軍の燃料事情にも大きく影響を与えて来る。既に世界各地での停戦監視軍及び海軍艦隊に一部影響が発生している。

明朝の横田基地からの出発時刻はまだ調整中だが、皆は即時荷造りの上二二:四五に駅に集合。二三:〇〇に列車は出発し横田基地へ向かう。

作戦参加艦娘の諸君らの内、第三三戦隊はLRSRGの指揮下に一時編入。同部隊の司令の元で作戦行動に当たってもらう。

北海を片した後、日本艦隊は地中海へ転進し、地中海での深海棲艦撃滅に当たる。

 

注意点として地中海戦線にて巨大艦ス級が八隻確認された。無印とelite級が各四隻だ」

 

ス級が八隻もいると言う武本の言葉に、その場の温度が数度下がったかのような空気になる。

説明を聞いていた青葉は隣の愛鷹が軽く息を呑むのが分かった。

(毎度愛鷹さんのいくところにス級があり、ですよね……)

ス級との交戦回数と撃破回数も多く、その際の命にかかる局面の数も少なくないだけに、はっきりとは顔に出さずとも愛鷹が恐怖を覚えているのは青葉も感じる事が出来た。

「派遣部隊司令官は私が行う。皆と共に私も欧州に行くよ。

派遣前に関する私からの説明は以上だ。皆から何か質問は?」

武本の言葉に大鳳が挙手した。

「随伴の駆逐艦の頭数が少ない気がするのですが。もう一個駆逐隊を割く事は出来ないのでしょうか?」

「駆逐隊に関しては日本艦隊としての各戦線維持の関係上これ以上は無理だ。シーレーン防衛の駆逐隊を割く訳にもいかない。

ハードスケジュールにはなるが一二人の駆逐艦のみんなには頑張って貰いたい」

「心配すんな大鳳。あたしもいるから」

駆逐艦娘の数に不安を述べた大鳳の肩を摩耶が叩いてにっと笑う。

対空戦闘に滅法強い摩耶だから対空戦闘に関しては彼女に任せておけば確かに対空面では問題ないはずだ。

「対空は摩耶や戦闘機隊もいるし、自前の対潜航空戦力もある訳だから、姉さんが心配する程駆逐艦の頭数は心配いらないでしょ」

便乗するように黒鳳も言う。

「そうなると良いけど……」

仲間と姉妹の励ましを受けても多少不安は残る表情を大鳳は浮かべる。デビューしたての頃は新鋭艦ともあって敵の潜水艦隊に目を付けられ散々追いかけ回された苦い過去が大鳳にはある。

他に質問が無いかと問う武本に一同から更に質問が続いて行き、ブリーフィングルームでの質疑応答がその後三〇分ほど続いた。

 

 

最後の質問への回答が終わり解散となった後、一人港の埠頭に愛鷹は出向くと葉巻を吸った。

ジッポで火をつけた葉巻を吸いながら、久々に晴れている夜空の下の港の海を眺める。

何も考えずにいたい思いで、この場で葉巻を吸いに来たのだが今は頭の中の整理がつかない。

ぐるぐると休めたい頭の中が激しく回っており、気温もあってか制帽の下の頭の中が酷く暑く感じられる。

「ここにいたのね」

背後からかけられた大和の声に愛鷹は振り返らず軽い溜息を返す。

「一服の場を乱しちゃったかしら?」

「別に……」

少々素っ気ないながらも、何か考え詰めた言葉に大和は愛鷹の右隣に立つと、俯けられている彼女の顔を窺う。

自分と同じ髪型の髪に隠された顔だが、言わずとも愛鷹が強い不安を感じているのははっきりと分かった。

先を促さず、静かに待つ。

二人だけの夜空の下の埠頭は静かだ。波は穏やかで沿岸部の街灯りが良く見える。時折吹く風が二人の長い髪を揺する。

何気なく静かね、と言いかけた時、愛鷹が大和に重い口を開いた。

「私……怖いの……ス級がいるって話を聞いた時、物凄く恐くなったの……」

重い口ぶりで語る愛鷹に大和は無言を返す。葉巻を手に口から煙を吹きながら愛鷹は続けた。

「それにス級が怖いだけじゃないの……私が行く先々、関連する所で誰かが命を落として逝く。

スプリングフィールドさん、霞さん、浦風さん、鈴谷さん、私が赴いた直接向かった戦場で命を落とした艦娘は四人もいる。考え過ぎなのかもしれないけど、こうも立て続けに私が行った先で人が死ぬと思い込んでしまうのよ。

 

自分は『死に神』なんじゃないかって」

ずっと心の中で抱え込んだまま中々周りに打ち明けられないままだった自分の悩みを初めて大和に告白する。

少し震えているかのような声で打ち明けた愛鷹の横顔から目を夜空に移して、大和はしばし考え込む。

 

「……似たような悩みも持っている人なら何人かいるわ。雪風さんや時雨さん、初霜さん、いえ皆、誰しもが一度ならずと思う事よ。

自分が行く先で誰かがやられてしまう。それが立て続けに起きた時、自分では自覚が無くても周りから『死に神』扱いされる時もあるわ。

 

でもね愛鷹。軍人の戦いには犠牲と言うモノがどうしても付きまとうモノなのよ。犠牲が起きれば人は精神的にダメージを受けてしまう。

そうならない為に、軍人、特に私達艦娘は『護る為』にお互い命を張って生きて帰る事を目指すの。生きて帰る事は誰かに死の別離の悲しみを与える事が無い。

私達の戦いには意味がある。それは死なない事、生きる事。

戦いの中で誰かが傷付く事はあるし、一瞬の気の緩みからの死を迎える事もある。

それらを決めるモノは上官の指示、作戦も加味されるけど、大体は『運』によるわ」

「『運』……」

ぽつりとつぶやく愛鷹に大和は空を見つめながら続ける。

「どう動くのか分からない深海棲艦と言う敵相手に、私達はその身を『運』に委ね、その中で生きて帰る事が出来るように努め、戦うの。

あなたの思う事は、誰しも一回は感じる事よ。

生きるか死ぬかの隣りあわせの戦場で自分だけ助かったり、無傷である事が続いたりすれば自分は周囲に悪い影響ばかり与える疫病神なんじゃないか、って思い込んでしまう。そう思い込むのは一番仲間を大切に思っているからこそそう思ってしまうのよ。

大切だから傷つき命を落とすと自分のせいだ、と自責の念に囚われてしまう。仲間も大切に思うのは大事な事よ。だからこそ自責の念に囚われ過ぎず、どうすればそうならないかを考えていく。

前を向いて、顔を上げて、過ちを繰り返さない、繰り返さない為にはどうすればいいか、それを考える。

確かにあなたの行く先で立て続けに人が亡くなったのは事実。でも、過ぎた過去を悔やみ続けても始まらないわ。

悔やみ、そこからどうすればまた悔やまずに済むか考える。仲間の為に、仲間が傷付かない為に自分はどうすればいいかの答えを考える。

考えに考えて、ちょっと時機を見て頭を休めたら、また考える。

ずっと考えっぱなしだと頭が疲れちゃうから、休める時に休み、休みを終えたらまた考える。

考える事で人はどう生きていく事が出来るか、どう生きるべきか、これからどうして行けばいいかの見極めをつけていく事が出来る。

 

あなたは人間よ。それを考える力と時間がある。大丈夫、あなたなら出来るわ」

「考えていれば、私は『死に神』じゃなくなると?」

自分に顔を向けて尋ねる愛鷹に大和は微笑を返す。

「あなたは『死に神』じゃないわ。私の大切な妹よ」

「お姉ちゃん……」

その言葉に大和は驚いた。ずっと自分の事だけは大和と呼び捨てていた愛鷹が自分の事を姉と呼んだ。

驚きを浮かべている大和に愛鷹は視線を足元に落とす。

「自分でもよく分からない……でも、今の私の心の中では大和の事を『お姉ちゃん』と呼ぶ事が出来る。

一切の淀みも蟠りも何もない、すっきりそのまま大和を『お姉ちゃん』と呼べる……何故だかは自分でも分からない。

 

でも……もう一つ……言わせてくれるかしら」

 

顔を上げて自分に向き直る愛鷹に、大和も向き直って無言で先を促した。

 

やっと言うべき時が来た、いや言う事が出来る様になれたのかも知れない。自分の中で一つの整理がついたのかも知れない。

そして呼ぶべき真の呼び方が自分の中で定まった気がした。ここでそれを言うチャンスを逃しては勿体ないだろう。

今ここで言ってしまった方が、お互いすっきり出来るだろう。

 

 

「この世に生を与えてくれて、ありがとう。

 

今まで拒絶し続けてごめんなさい……お姉ちゃん、いえ……

 

 

お母さん」

 

 

そう言って深く頭を下げる愛鷹の両頬に手を添えて持ち上げると、大和は熱くなって来た目頭に熱い物を湛えて見つめる。

 

『お母さん』

 

そう呼んでくれた愛鷹が今は本当に自分の娘の様に愛おしい。妹と見ていた自分より愛鷹は自分を「母」として見てくれた。

確かに遺伝子的に見ると自分と愛鷹の関係は、自分が思っていた姉妹と言うよりは愛鷹の言う通り母と娘の関係だったのかも知れない。

その事に気がついてやれなかった自分が悔やまれた。

 

震え出す自分の視界と愛鷹の姿が滲んで消える前に、大和は愛鷹、もう一人の自分、娘の身体を強く抱きしめた。

抱きしめられた勢いのあまり足元で愛鷹の口元から零れた葉巻が小さな音を立てて転がる。

「私もこんな理不尽な形であなたに生を授からせてごめんなさい。

本当の人なりの時を過ごせる人間として生まれていたら、あなたにとってもどんなに素晴らしい事だったか。

 

そうしてあげられなくて、本当にごめんね……」

 

自分を強く抱きしめ、喉を詰まらせながら謝る大和の身体を愛鷹はそっと抱き返した。

 

 

「これが……真実と和解の時、ですね……」

サイレントシャッターモードのスマホで大和と愛鷹の静かな和解の場を物陰からそっと写真に収めながら、青葉はにっこりと笑みを浮かべた。

どこに行ったのやらと探しに来てみれば、二人にとって特大の特ダネが待っていたとは。

この愛鷹の人生にとって大きな転換点とも言える光景を写真に収めずにはいられない自分がいる。

ちゃんとしたカメラでないのが自分には残念だ。だが記録するのに高級も普通も関係ないだろう。

 

 

抱き合う愛鷹と大和、それをこっそり見守る青葉の居る埠頭の頭上で微妙に陰っていた夜の月がはっきりと顔を出した。

まるで和解した愛鷹と大和の二人のこの場を祝うかの様に。

 

祝う様に輝く月を見上げた三人は独語する様に、まるでうち合わせていたかのように同じ事を呟いた。

 

 

「こんなに月が美しいと、忘れない夜になりそう」

 




次回より物語の舞台は本格的に欧州へと移ります。
和解を果たした愛鷹と大和の関係がこれからどう進んでいくか、欧州で愛鷹がどのような物語に出くわすか。

次回をお待ちください。
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