欧州編序盤のちょっとしたドラマ回となります。
本編をどうぞ。
三四人の艦娘とその艤装、それに武本と作戦参謀数名を載せたC17は一度ウラジオストックに立ち寄った。
北極海空路の航空優勢を一旦確認する為でもあった。
ウラジオストックの空軍基地に着陸したC17が離陸するまでの間、ウラジオストックの街に繰り出しても良いと許可を受けた艦娘達は私服に着替え、自身が民間人時代の頃とは別人であると言う偽装証明書を手にウラジオストック観光に出た。
偽装証明書を持つ理由は、「万が一、街中で艦娘の親族と出くわしてしまった時、その親族に強引に連れ戻される事を防ぐ為」であった。
艦娘は皆、深海棲艦と言う人間とは違う敵と戦う危険な任務に付いている。それだけにその危険さから艦娘の親族に艦娘としての籍を捨てて連れ出そうとする可能性も無くはない。
勿論そのような行いは重大な違法行為だが、「大切な家族」を護る為なら人間は何をするか分からないし、艦娘の中には多少ホームシックを覚える者もいるにはいるから予防策は必要だった。
厳しい戦いの前に英気を養っておけ、という事なのだろうか。
何にせよ、愛鷹にはウラジオストックは初めての地だから観光してみたい気分はあった。
しかし第三三戦隊はLRSRGの指揮下に入れられると言う編成運用上の特殊さからか、一旦途中停止している日本艦隊とは別に第三三戦隊と現地のLRSRG司令部との連絡調整は行われた。愛鷹は戦隊旗艦として同席しなければならず観光している暇はあまり残されていなかった。
テレビ会議を終えた後、誰もいない喫煙室に入った愛鷹は久しぶりに引っ張り出して着ているコートのボタンを外し、制帽を脱ぐと大和譲りの長いポニーテイルの髪を撫でた。長いと言っても大和の半分程度だが、大和に憧れて同じ髪型に伸ばしている矢矧に次ぐ長さだ。
美容っ気はあまり無いが、普通に髪の手入れぐらいはしてはいる。
人目が無い喫煙室で一人ラフな格好になった愛鷹は葉巻をポケットから出して口に咥え、ジッポで葉先に火をつけた。
口先からふう、と煙を吐きながら時計を見る。もうじき夕食の時間帯だ。青葉達は街に繰り出しており、ウラジオストックの国連海軍基地に今いる艦娘はこのウラジオストックを拠点とするロシア太平洋艦隊所属艦娘くらいだ。
夏とは言ってもウラジオストックの気温は日本ほど高くない。それに今年は珍しく冷夏に見舞われており、朝晩は多少肌寒さもある。
喫煙室は暖房が効いており、多少暖かい。
少し疲れた、と訴える頭からボーっと葉巻を吸っていると、喫煙室に入って来る靴音に気が付いた。
(この足音……)
久しぶりに聞く、と思った時、久しぶりに聞く声が愛鷹にかけられた。
「よお、大和。久しいな……ん、貴様は……」
拙い、と愛鷹は葉巻を咥えたままの顔を凍り付かせた。喫煙室に入って来たガングートは不思議そうに自分の面を見つめている。
「大和……ではなかったか。中佐、失礼した。自分の知る顔とよく似ていたモノだったものでな」
「ガングートさん。私は……大和ではありませんが……まあ、大和みたいな奴ですよ」
葉巻を口から取って灰皿に押し付けると、制帽を被り直しラダーヒールを揃えて敬礼する。
「お久しぶりです、ガングートさん。愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹改め、愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹です」
「愛鷹⁉ 貴様、その素顔は大和と瓜二つではないか。まさか貴様、血縁者か?」
混乱と困惑するガングートに愛鷹はどこから説明したものか、とまず話の切り出し口に頭を抱え込みたくなった。
「私は……ガングートさんは口の堅そうな方なのでお話しましょうか。私の正体ってモノを」
「貴様に事情があるなら、別に無理する事は無いが。まあいい、少し興味が湧いた。聞かせてくれ」
一卵性双生児だとでも思っているのだろうか。まあクローンと言う身の内がバレない限りは双子と思われても別におかしくは無いだろう。
制帽をまた脱いで素顔を晒した状態で愛鷹は、自分の出生を掻い摘んでガングートに打ち明けた。
軍の最高機密である事を事前に告げて話す愛鷹に、ガングートは神妙な顔持ちで終始聞いていた。
「そうか……要らぬことに詮を入れてしまった様だな。申し訳ない。
貴様の苦労、中々のモノだな……」
「ガングートさんが物分かりの言い方でよかったです」
「随分と酷い目に遭わされたものだな……私もそこそこ地獄は見たが……」
「ガングートさんは何を見たのです?」
静かに問う愛鷹にガングートはふっと薄く笑った。
その笑みの下にあるモノは、と愛鷹がガングートの白い顔を伺おうとした時、スラヴ人の艦娘は愛鷹が片手に持つ制帽を取って愛鷹に被せると手を引いて喫煙室から連れ出した。
「行こう。いい店を知っている。イキの良い所だ」
基地でガングートが借り受けたUAZハンターに揺られて愛鷹が連れ出されたのはウラジオストックの下町にある小さなバーだった。
車を見せの前で止めたガングートは「ここだ」と言ってUAZハンターから降りた。
助手席から道へと降りた愛鷹は店の名前を見て眉間にしわを寄せた。
「バーって、酒飲んだら車の運転は出来ませんよ。法律違反です」
「帰りは貴様が運転すれば問題ないだろ」
「……確かに」
UAZハンターなら自分でも運転できる。ガングートの代わりに運転するくらいは容易い話だ。
やれやれ、と腰に手を当てて軽くため息を吐く愛鷹を一瞥しながらコートを羽織りなおしたガングートは店に入った。
「よう、オヤジ。また来たぜ」
バーの店主に挨拶を入れるガングートに続いて店に入る愛鷹は店内から漂うヴォトカの匂いに顔をしかめた。
結構な度数を行っている酒を扱っている店の様だ。店内には漁師や市民が何人か詰めており、夕食を楽しんでいた。
店のおすすめ料理をガングートが店主に注文しに行っている間、二階の席を取って来いと言われた愛鷹は店内の内装を鑑賞しながら、狭い階段を上って海が見える二階の隅っこの二人テーブルを取った。
木で出来た階段の床を踏む度大きな足音が立つ。ハイヒールの様になっているラダーヒールのせいもあるだろうが、それでも結構店の築年数はありそうだ。
二階に客はおらず静かだった。
椅子に座りながら夕暮れのウラジオストックの街並みを眺める。少し離れた埠頭にはかつてのロシア太平洋艦隊旗艦であり、ロシア連邦海軍太平洋艦隊のわずかな生き残りの一隻であるミサイル巡洋艦ヴァリャーグが見えた。
深海棲艦を相手にロシア海軍太平洋艦隊の通常艦艇も多数失われ、ヴァリャーグを含む生き残り数隻は保管状態だ。
もっともヴァリャーグを再運用する気は海軍内ではもう無い。一九八三年進水の艦だから艦齢は既に五〇年以上経過している。
元乗員やロシア太平洋艦隊旗艦保存協会や寄付金などでヴァリャーグは、今は記念艦として保管されていた。
二人分の料理を持ってガングートが二階に上がって来た。
「ボルシチとピロシキだ。温まるぞ」
「良い店ですね。海が見えて景色もいい」
「だろう」
テーブルにボルシチとピロシキの皿を置くとガングートは自分の制帽を脱いで椅子に座った。
制帽を被ったままの愛鷹に脱ぐように促す。
「案ずるな。二階は基本貸し切りだ」
「ではお言葉に甘えて」
制帽を脱いだ愛鷹は熱々のボルシチに目を落とした。
腹が正直な音を立てた。
「さあ、食おうか」
「はい」
それから二人は静かに食事を満喫した。
中々の美味だ。ウクライナの伝統的な料理だが、レシピは多種多様である。
この店では港町なだけに仕入れ易い食材である魚を具材とした料理だった。
一通り平らげ、ピロシキの残りを齧っていると、グラスの中のヴォトカを飲み欲したガングートが口を開いた。
「愛鷹、貴様は『境目』とは何なのか考えた事はあるか?」
「はい?」
急になんだ、ときょとんする愛鷹にアルコールが入った顔でガングートは続ける。
「私は、今はロシアに帰属するロシア人だが、この体にはロシアの民の血とエストニアの民の血が流れている。
私の故郷はイダ=ヴィル。エストニアとロシアの国境の傍にあるエストニアの一地方だ」
そう語るガングートの目は遠いモノを見る目だった。
イダ=ヴィル……確か二〇二五年にロシアとエストニアとの紛争が起きた時、主戦場となった地だ。
そう言えば初めて会った頃、ガングートは自分の故郷は戦火で焼けたと語っていた。
すっかり忘れていたし、ガングートにとって暗い出来事だろうからその時はあまり深く聞こうとはしなかったが。
「あの時、私はまだ七歳だった。だがあの光景は忘れる事は出来ない……私には世の中が大きな混乱に見舞われている事がおぼろげにしか分からなかった。
あの日の夜、家で寝ていた私は轟音と共に飛び起きた。窓の外を見ようとした時父に外を見ずベッドの下に潜り込めと言われた。
その父の言葉通りベッドの下に私は飛び込んだ。何度も鳴り響く轟音……今では聞きなれている音だが、七歳だった私は怖くてたまらなかった。
鳴り響く爆発音の怖さに私は耐えきれず、父と母を呼んだ。傍にいて欲しかった、あの温もりがあれば恐怖を乗り越えられそうな気がした。
だが父と母が私の求めに応じる事は無かった。家の傍に爆弾が落ち、我が家は崩れ、父と母はその時死んだ」
自分の過去を語るガングートの横顔を見つめながら愛鷹は無言で聞き続ける。
「ベッドのお陰で、掠り傷で済んだ私が轟音の止むのを見計らって外に出た時には朝になっていた。
外に出た我が故郷はロシア軍とエストニア軍の戦闘が一時止まり、戦災した民間人の救助作業が始まっていた。
瓦礫となった我が家の外……何もない光景……救急車が走る音、泣き叫ぶ声。
何が起きたのか、私はすぐに分かった。いや分からせられた。
友達の家に助けを求めに行くと、私は追い払われた。ロシアの血が混じる人間はこの地から去れと友達の両親から門前払いを受けた。
友達の両親だけではない。近所の生き残りが手のひらを返す様に私を白眼視した。
私は泣いた。私はエストニア人なのに何故同じエストニアの民から忌み嫌われなければならないのか。
皆、ロシア軍とエストニア軍との戦闘に巻き込まれ、何もかも失っていた。向けどころが見つからない怒りが私の様なエストニアとロシアのハーフの人間に向けられた。
ロシアの血。それが私を故郷から追う理由となった。私は……故郷が好きだった。友達と別れたくなかった。
だが世の中が、大人たちがそれを許してはくれなかった。
心はエストニアにある。だがロシアの血がこの体に流れている私はイダ=ヴィルの地を永遠に去る事を求められ、小さかった私は抗う術もないまま身一つで故郷に別れを告げた。
それから暫く、私の生活はライフルを持って弾の下を掻い潜るのが当たり前になった。
少年兵として売られ、買われ、こき使われた。
私の本当の『持ち主』が誰なのかはっきりと分からぬまま、言われるままに銃を撃って相手を殺す日々。
女だから侵されそうになった時もあった。その時私は相手を殺してでも逃げた。だが逃げた先でも結局銃を握らされ、同じような境遇の子供たちと共に殺し合いの肩を持たされた。
何もかも嫌になって一人で脱走して、当てもないまま歩いていた私を通りかかりの軍の兵士が拾ってくれた。
ロシア海軍歩兵大隊の指揮官だったニコラエ・アンドレーエフ少佐。
そう、今の私の上官だ。
彼に拾われ、いきさつを知った提督に私は保護された。私はロシア人難民と言う偽りの身分を得てロシアの民となった。
そして偽りの身分を得た私を提督が保護者となって育ててくれた。
我が娘の様に育ててくれた提督の目にはエストニアもロシアも関係ない、全てを大人に奪われたちっぽけな少女が映っていた。
提督の披保護下で育った私に艦娘としての適性が判明した時、提督は艦娘になる事を、軍人になる事に初めは反対した。
だが、私には分かっていた。
一度戦場に出たものは一生戦場とは無縁のままでいる事は出来ないのだと。艦娘として生きる事は生まれながらの定めだったのだと、な」
遠い目になるガングートに愛鷹は悲しそうに呟いた。
「悲しい生き方です、それは……」
「ああ、悲しいな。だから悲しくない世界を実現する為に私は軍人となった。
軍人としての私に護るべきものの境目などない。
境目によって国を追われた私だ……望まぬ境目。
世界ではまだ人間同士で争いが続いている。深海棲艦と言う共通敵が現れたのにもかかわらずだ。
何故なのだろうか。民族や国、国境と言う境目だからか……そんなものは人間には必要なのだろうか」
そう語るガングートに対し、手にしたコップの中のミルクに目を落として愛鷹は少し考え込んだ。
「……私も軍人です。軍人として政治的な事に深く関わらない事を誓った人間。
でも、施設時代に教え込まれた事の中には世界情勢って言うモノもありました。
軍人として政治的活動関与はしない。正直私には戦争も嫌いですが、政治の世界でも行われている争いも嫌いです。
でも無関心ではあってはならないと思うから、目を背けずに自分なりに考えもしました。
確かに世界に境目なんて本当は必要ないのかも知れません。
でも無くすだけでは変わらないでしょう……世界を変えるのは境目を無くすのではなく、互いを信じあう事だと思います。
信じあう事で人と人との間に疑いも、不和も生まれない。相手を信じれば、争う事無く互いに武器を置く事が出来るでしょう。
でも、それが出来ないのも人間です」
そう言って愛鷹はコップの中のミルクを飲み干した。
赤い顔で愛鷹を見るガングートは深いため息を吐くと、ウォトカの瓶に残っていた残りをグラスに注いで飲み干す。
流石に飲み過ぎでは、と心配になる愛鷹だが本人は飲まずにはいられない様だ。
まあ、無理もあるまい、と愛鷹は胸中で頷く。自分も散々な過去を歩んできたが、ガングートの生い立ちも中々壮絶だ。
幼い頃に戦災孤児となり、自らも銃を取って少年兵として戦場で生活を送り、その身を買われ、売られを繰り返した。
直接的な深海棲艦によるものではなく、人間同士の争いが原因でガングートの人生は滅茶苦茶にされてしまった。
本当の彼女はエストニアと言う故郷を愛する一人の人間でいたかったはずだ。それを国の違いと言う大人たちの都合が許さなかった。
境目と言うモノは本当に人間の平和に必要なのか。そう思う彼女の本音が伺えた。
きっとガングートの心は、強引に追い出された故郷と言うモノにまだしがみついているのかも知れない。
「故郷か……」
私には帰るべき故郷など、ない。生まれ故郷は自らの意思で捨て去った。
今は日本艦隊統合基地が自分の故郷だ。
ふと気が付くと椅子の背もたれに寄り掛かったガングートは静かに寝息を立てていた。
すうすうと寝息を立てる彼女の顔が一瞬、全てが変わる前の七歳の頃のあどけない少女のモノに見えた。
軽くため息を吐いた愛鷹は席を立つと制帽を被り、コートを着ると眠るガングートに制帽を被せ、コートを羽織らせると肩を担いで階段を下りた。
以外と軽い彼女を担ぎながら一旦一階のテーブルの席に置いて、会計を済ませると、またガングートを担いで店の前に止めていたハンターUAZの助手席に乗せた。
「お嬢ちゃん、また機会があったらおいで」
「スパシーバ(ありがとうございました)」
朗らかに別れの挨拶を送る店主に礼を述べると、車に乗り基地へと愛鷹はハンドルを切った。
翌朝、空路の安全確認が取れた日本艦隊のメンバーとロシア太平洋艦隊からの派遣部隊を載せた輸送機がムルマンスクへと飛び立った。
「うっ……」
軽い呻き声を上げた時、意識が覚醒し、青い空が目に入った。
酷い耳鳴りが止まず、青い空も時々変に歪む。自分が仰向けになっているのに気が付くまでしばし時間がかかった。
やっと耳鳴りと視界の歪みが止んだ時、爆発音と発砲音が馬鹿になっていた耳に入り込む。
「ウォースパイト! いつまで死んだふりをしているつもりだ!」
切羽詰まったユリシーズの叫び声に飛び起きようとした自分だったが、右足に力が入らない。
そのまま立てずにもがく自分の視界に、血まみれになって倒れている仲間の姿が目に入った。
ジェーナスだ。
「ジェーナス!」
「奴はまだ生きている! だが傷が酷くて動かせん! ウォースパイト、貴様は」
「足が……右足をやられたわ」
激しく出血している右足の傷を見てユリシーズに返す。ダメだ、立てそうにない。
折れているかもしれない、と歯がゆい思いを噛み締めながら半壊している艤装からスプリント(添え木)を出して巻き付け、出血が酷い傷口の止血の為に止血剤の注入器を出す。
見たところ右足に出来た傷口は大きい。動脈は辛うじて無事かもしれないが、右足を染める赤い血の量が多い。
傷口に注入された止血剤のキトサンが血を吸って膨らみ、あっという間に傷口を止血する。鎮痛剤も打って傷口に包帯を巻きつける。
これでよし、と頷いたウォースパイトはまだ動く左足で這う様に泳ぐ。艤装は浮力を維持する事しか出来ない程損傷していた。
ジェーナスを助けなければ、と泳ぐウォースパイトの真正面に何かが立った。
顔を上げるとネ級改が大破した自分の前に立っている。
拙い、今撃たれたら自分は成す術がない。火器が使用不能状態だ。
そう言えば、何故こうなった?
考える事がいくつも同時に頭に出て来てそれらを処理する前にネ級改が自分に主砲を向ける。
そこへ、空気を切り裂く甲高い音を立てて六インチ弾がネ級改の頭部に炸裂する。特徴である角が折れ飛びネ級改自体も吹っ飛ぶ。
「ウォースパイト、撤退するわよ」
駆け付けたシェフィールドがそう告げながらウォースパイトを担ぎ上げる。
「撤退って、ジェーナスは」
「無理よ! 今すぐ撤退しないと私達は全滅してしまう!」
「仲間を置いて逃げるなんて、出来る訳が」
抵抗するウォースパイトに構わずシェフィールドは戦艦ウォースパイトの曳航を始める。
背後でジャーヴィスとユリシーズが応戦するのが聞こえる。
振り向くウォースパイトに巨大な艦影目に入り込む。
巨大な一二本の大口径主砲の砲身から発砲時の砲煙を薄っすらとたたえる巨大戦艦。禍々しさを思い起こさせる圧倒的なその姿に戦慄を覚えた。
「巨大艦……ス級」
そうだ、とやっと思い出す。
ユリシーズ、シェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナス、そして自分の五隻でツーロン基地近海の哨戒に出て暫くして、どこからともなく飛来した巨弾に自分達は翻弄された。
AWACSからの情報を待っている間に至近弾で吹き飛ぶジェーナス。救援に入った自分も至近距離に着弾した巨弾に薙ぎ倒された。
完全に無力化された自分とジェーナス。残るユリシーズとシェフィールド、ジャーヴィスの抵抗も押し寄せる深海棲艦を前に防ぎきれそうにない。
行動不能の自分、戦艦を優先してジェーナスと言う駆逐艦を見捨てる。いや、まだ意識のある自分の方が助かる可能性が高かったからだろうか。
しかし、仲間を置いて撤退など出来る訳がない。
「ユリシーズ、ジェーナスを」
「無理だ、助けに入れない!」
主砲を撃ち放ちながら返すユリシーズの周囲に彼女の砲門数の数倍はあろう水柱がそそり立ち、傍目にはユリシーズがやられたようにも見える。
林立する水柱の中から飛び出して来たユリシーズが応射すると、遠くでロ級が爆沈するのが聞こえた。
「くそ、沈めても沈めてもきりが無い! 全員撤退だ、撤退しろ!」
「旗艦は私よ、撤退は許可しません! ユリシーズはジェーナスの救援に」
「今すぐみんなで逃げないとみんな死んじゃうよ。アイツは私達じゃかなわないわ」
震える声でジャーヴィスがウォースパイトを諭す。ス級と交戦したことがあるジャーヴィスの表情はトラウマが蘇っているらしく恐怖に満ちていた。
でも置いてくなんてとウォースパイトが抗いかけた時、ジェーナスが顔を上げた。
意識がある! そうウォースパイトが希望を感じた時、ジェーナスは大破している自分を見て何か言った。
砲声と爆発音でよく聞き取れなかったが、口の動きで何と言っているのかが分かった。
『GO……(行って……)』
愕然とするウォースパイトが見る中、激しく血反吐を吐きながらもジェーナスは今度こそはっきりと聞こえる声で「行って! 構わず行って!」と叫んだ。
離脱していく四人の姿を見送ったジェーナスは深海棲艦に向き直ると、不敵な笑みを浮かべて一門だけまだ発砲可能な主砲を構えた。
ただ蹂躙されて死ぬのはまっぴら御免。弾が尽きるまで戦って仲間が逃げ切れるまでの時間を稼げるなら、それはそれで自分にとって、駆逐艦として本望だ。
どの道長くはない……右わき腹からあふれ出る血を見て、自分に残っている時間はあまり無いだろうと悟る。セロックス止血剤などのサバイバルキットの入っていた艤装は引き千切られて沈んでしまったから、応急手当のしようがない。
自分は一番深海棲艦艦隊に近い位置にいたから、援護を受けるのも無理だし、助けに入ったところをやられる危険もあった。
「Good Luck everybody(幸運を、皆)……さあ、かかってらっしゃい!」
血痰を海面に吐き捨てながら深海棲艦の艦隊に向かってジェーナスが吼えた。
背後で響く四・七インチ主砲の砲声にウォースパイトが振り返りかけると、ユリシーズがそれを制した。
「振り返るな……」
非情な言葉ではあったがウォースパイトは分かっていた。ユリシーズにとって味方を置いて撤退する事は彼女にとって自害したくなるほどの屈辱なのだと。
「これで私は天国には行けなくなったな」
「なら、私も一緒にあなたと同じ地に行くわ。神がそれを許すなら、ね」
屈辱と失意に苛まれるユリシーズの呟きに、シェフィールドが静かに返した。
それから数時間後。ロックウッドの指示でHH60Kがジェーナス捜索に出たものの、彼女の姿はどこにもなくなっていた。
燃料が続く限りの捜索が行われるもジェーナスの艤装の残骸の一つ、彼女の遺体自体も見つける事が出来ないまま、捜索は打ち切られ欧州総軍海軍本部はジェーナスを「M.I.A(戦闘中行方不明)」と認定した。
「K.I.A(戦死)」としなかったのは遺体が見つかっていない段階で戦死と決めるのは早計、と言うロックウッドの猛反対からだった。
「装甲強襲支援艦?」
聞きなれない艦種だ、と聞き返す愛鷹にLRSRGの作戦参謀アルフレッド・オハニアン大佐はタブレット端末にその概要図を表示して見せる。
「かつてのズムウォルト級ミサイル駆逐艦USS『ズムウォルト』から武装を撤去して、艦尾に一個連合艦隊とプラスアルファ六人分の一八隻分の艦娘支援設備とウェルデッキを設け、特殊カーボンと超軽量金属の複合装甲で艦体を覆いつくし防御力を格段に高めてある。
通信設備も強化してあるから羅針盤障害影響下でも充分使える。
揚陸艦ベースの支援艦と比べたら出来る支援能力は限られるが、後方展開が前提の支援艦と違って積極的に前線に出て君らを支援出来る機動力と防御力を持っている。
武装は深海棲艦にも追随可能な様にターレット回転速度を上げたMk110 Mod2五七ミリ単装速射砲三基、Mk38 RWS四基だ」
渡されたタブレット端末に映し出される装甲強襲支援艦「ズムウォルト」に関する詳細なデータの頁を、スライドしながらつぶさに見ていく。
武装が変わった以外に外観はあまり大きく変わっていない。一方で特殊装甲を施した結果理論上はル級の砲撃にも耐えられる程度の耐久性を持っていた。
艦娘支援設備はヘリ甲板下一杯に設けられており、驚く事に艦娘発艦用カタパルトを艦尾に三基備えていた。
「カタパルト装備ですか。初めて見る装備です」
「これまでの自力での加速からカタパルトを用いる事で、一気に第一戦速まで速度を付けた状態で海に出る事が可能だ。
別に複雑な機構にはなっていない。足首周りを固定したら電磁カタパルトが艦娘を固定した滑走パネルを射出、レール終端部に到達時に慣性で艦娘は海に飛び出る形だ。
一日程度の慣熟で誰でも使いこなせる」
「まるでSFの世界の様ですね」
嘆息のため息を吐く愛鷹にオハニアンも頷く。
「戦争も兵器も変わるものだ。それとは逆に人間は馬鹿になっていくものだがな」
その言葉に流石の愛鷹も苦笑が浮かんだ。
「自虐ですか」
「軍人だからこそ言える自虐ネタだよ」
自らもにひにひと笑みを浮かべているオハニアンに面白い人だ、とちょっとした好感を抱く。
「君達には北海での作戦に付くにあたりこの艦を母艦として貸与する。こちらの損害も酷いものだから利用する艦娘の定数割れも深刻だ」
「七人相手に一八人分もまかなえる艦を当てるのは費用対効果が悪そうですね」
「いや、これで君たちの作戦が上手く行き、かつその作戦が他の作戦の成功につながるなら寧ろ丁度良いくらいだ」
「なるほど。艦長はイーサン・レイノルズ大佐、副長兼TAO(戦術行動士官)アンドレア・ドイル中佐……」
乗員名簿を見ると艦の運用に一〇〇名、艦娘支援設備要員が一〇〇名の二〇〇名が乗り込んでいる。
省力化の結果一万トンを超える駆逐艦でありながら、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の乗員数である三〇〇名よりも少ない乗員数で運行可能だ。
(大型艦の割には乗員数が少ない……ダメコンとか大丈夫なのかな……)
多少不安も無くはないが、そこは装甲と幾重にも設けられた防護システムで何とかするのだろう。
レイノルズの経歴欄を見ると「オペレーション・パシフィック・フリーダム」に従事して無事生還した経歴が書いてある。
(あの作戦を生き延びた……)
経歴欄の所にかかれているレイノルズの経歴を見て行く内に軽い驚きを覚えた。
作戦の中核を担う二隻の空母を含む大半の艦艇を喪失する大惨敗を喫したハワイ奪還作戦である「オペレーション・パシフィック・フリーダム」。
当時まだミサイル駆逐艦だった「ズムウォルト」には航海長だったレイノルズが乗り込んでいた。
多くの艦艇が撃沈される中、「ズムウォルト」も大破しSMC(Ship Mission‘s Center のこと。CICの発展形態)も破壊され艦長以下の艦首脳部が壊滅する中、艦長代理として「ズムウォルト」の指揮を執るだけでなく、撃沈艦艇の生存者を大勢救助して見事脱出に成功。
帰還後、名誉勲章、海軍十字章を授与され「ハワイの英雄」と称えられている。
作戦後は戦闘艦艇が前線に投入されなくなった為、別部署勤務となるも装甲強襲支援艦として再就役することになった「ズムウォルト」の艤装委員長兼「装甲強襲支援艦としての『ズムウォルト』」初代艦長に就任している。
(名誉勲章を授与され、「英雄」と称えられる方……かなりの大物に違いないわね……)
これから対面することになるであろう人物の顔写真を見て、軽く緊張する。
それを察したオハニアンは微笑を浮かべて端末に目を落としている愛鷹の肩を叩く。
「そう硬くなるな。今から『ズムウォルト』へ案内しよう」
オハニアン大佐に連れられて、ムルマンスク港の埠頭に係留されている装甲強襲支援艦「ズムウォルト」の元へと向かう。
装甲で艦全体が強化改修された「ズムウォルト」は見た目こそ大きく変わらないが、二基の一五五ミリAGS(先進砲システム)が無くなった為、すっきりとした外観にもなっていた。
タラップを渡って「ズムウォルト」に乗り込んだ先でレイノルズ艦長がドイル副長と共にオハニアンと愛鷹を出迎えた。
海軍迷彩服を着て識別帽を被った二人が敬礼して出迎える。
「ようこそ我がUNDS『ズムウォルト』へ。艦長のイーサン・レイノルズ大佐です」
「副長のアンドレア・ドイル中佐です」
過去の経歴もあってか四九にして早くも白髪が混じっているレイノルズと、戦時昇進して来た若々しさがまだあるドイルと対照的な姿の二人だ。
オハニアンに続いて愛鷹もラダーヒールを合わせて答礼する。
「本艦にお世話になります愛鷹です。宜しくお願い致します」
流暢な英語で返すと、にっと笑ったレイノルズが流暢な日本語で話す。
「英語が随分達者だな、中佐」
「艦長も日本語がお上手で」
せっかくなので日本語で返す。
「意思疎通の為に日本語を習っておいて正解だったよ。ずいぶん昔にリムパックで役立った」
「リムパックですか。本当に海には長くおられるのですね」
「いや、オペレーション・パシフィック・フリーダム以来ずっと港のタグボートの艇長ばかりで外海らしい外海に行った事がない。
装甲強襲支援艦として再就役する本艦の艤装委員長として呼び出されてから、乗員一同猛訓練を積んでブランクを取り戻したつもりだが」
苦笑を交えながら語るレイノルズだが船乗りとしての確かな目をしているのは愛鷹にも分かった。
(あの戦いを生き延びたのはやはり伊達じゃない……)
一三年のブランクを思わせない目にやはり愛鷹も緊張してしまう。何より相手は自分より階級が上だ。日本艦隊では階級の差をあまり意識しないでやって来られたが、ここでは多少勝手が違うだろう。
「どうした、緊張するか?」
「は、はい」
「正直者だな。私も君の背の高さにはちょっと緊張したが……中々の別嬪さんだな」
「ラダーヒールで水増ししているだけです。恐縮です」
しげしげと自分の面を見るレイノルズに愛鷹は制帽の下から大和譲りの容姿を見せる。目深に被っているので大和と同一とは見破られにくい筈だが。
もっとも大和と容姿が同一と言っても、バイリンガルである事を目的に多少遺伝子を改良しているので、多言語を流暢かつ訛りなく話せるよう僅かだが顎を含む声帯面で変更が加えられている。
妙に愛鷹も気を張ってしまう相手だが、その相手から別嬪さんと褒められた事に嬉しさも感じる。美人だとか今まで意識してきた事は無かったし、褒められようと思った事も無かっただけに、何気ないレイノルズの言葉に愛鷹は率直に好感を抱いた。
美人と褒められた愛鷹が恐縮です、と返すのを見て、ドイルは微笑を浮かべる。
聞いていた感じと違って、割と乙女な艦娘だ。自分より少し歳下だろうか。
ひょろりと高い背丈が少し羨ましい。自分もバスケットボールで結構運動して来た身だが、思ったほど身長は伸びなかった。
素で中々の背丈がある愛鷹は見た感じスタイルも良さげだ。
(まあ艦娘も元はと言えば同じ人間だから、ふたを開けてみれば普通の女性、っていうのはよくある事よね)
レイノルズと会話を交わす愛鷹を見ながら考えていると、レイノルズが「副長」と自分を呼んだ。
即座に自分の世界から戻り、上官に向き直る。
「愛鷹中佐に艦内を案内してやってくれ。この艦に乗り込む第三三戦隊の艦娘のガイドも君に任せる」
「了解しました。では愛鷹中佐、艦内旅行へご案内します」
装甲強襲支援艦として大規模改装を受けただけに、愛鷹が知っている「ズムウォルト」と艦内の構造は大分変わっていた。
舷側側はほぼ全て防御区画として細分化され、ダメージコントロール設備も充実している。
オペレーション・パシフィック・フリーダムの時破壊されたSMCは再建の折により充実かつ高度な仕様へとアップデート改装されており、内部はまるでSF作品の宇宙戦艦の指揮所の様になっていた。
タッチパネルや大画面スクリーンに溢れる薄暗いSMCを見て回った後、「ズムウォルト」の艦娘支援設備へと案内される。
三基の艦娘カタパルトが設けられたウェルドック内は揚陸艦ベースの支援艦より手狭感はあるものの、自分の様な大型艦娘の艤装を運ぶ天井クレーンや艤装整備場などの支援設備は整っている。
ドック内の直ぐ傍に艦娘のモノとは別の武器庫があるのを見つけ、何に使うモノなのかドイルに尋ねる。
「本艦の敵地殴り込み、と言う任務における性質上、ドック内に敵が乗り込んでくる可能性も皆無とは言えないので、閉所向きのロケットランチャーやグレネードランチャー、対物狙撃銃、高初速高威力アサルトライフルを収容しています」
「……デッキのハッチを破られ、乗り込まれた時に備えて、ですか」
「最悪の事態を想定しておいてこしたことは無いですからね」
せっかくなのでドイルは武器庫へ愛鷹を案内した。
鍵を開け、中へ入ると対人向けではない銃火器が大量に収められていた。
「AT4にSMAW-NE、バレットM82A3、あらQLU11にまで」
「Mk19に代わって一一式狙撃グレネードランチャーを新規配備しております」
「アメリカ製の軍艦に中国製の重火器とは国際色を感じますね」
「今の我々は国連軍ですから」
確かにその通りである。
使用する際制限が付くモノもあるにはあるが、撃退する意思を感じさせる武器庫のラインナップ内容だった。
M8ライフルに装填する弾薬ケースの一つを開けてみると、対人使用には過剰威力である弾薬が入っていた。
一発を手に取り、しげしげと見つめる。もし防護機能なしの自分がこれに撃たれたら、大淀の時とは違って二、三発でお陀仏だろう。
高威力な分反動も大きくなるから、M8ライフルもリコイル制御重視のカスタマイズが施されている。
これが使われる局面が無いと良いが。
武器庫を出ると、試しにカタパルトに乗ってみる事にした。
発艦テストプログラムで起動するカタパルト設備を見て、ドイルに指定されたパネルに立つ。
レールの下の非常灯が黄色に光り出すと、警報が鳴りパネルが変形し自分の踝の辺りを射出バーが掴んだ。
(発艦時はそれなりの加速Gがかかるので前傾姿勢しておくと良いでしょう。腕は自由に。宇宙戦艦から発艦するロボットみたいにカッコよく構えてみるのもありでしょうね)
発艦管制指揮所からマイク越しに告げるドイルに苦笑を浮かべて返す。
「そう言う趣味は無いですね。内装型、外装型の両方に対応している作りですか」
(LRSRG艦は内装型主機揃いとは言え、他国の艦娘が運用する事も考慮してあります)
そう説明するドイルに、なんとも便利な世界だと感心する。それと同時にここには「境目」等全く無い世界なのだと実感させられた。
カタパルトテストを終えると艦娘居住区等の残る「ズムウォルト」の艦内各所を見て回り、艦内旅行は終わった。
「なかなかいい艦ですね。乗員の皆さんも練度が高そうで。支援艦として頼りになりそうです」
「困ったらいつでも言ってください。全力でサポートしますから」
感想を述べる愛鷹にドイルはにっこりとほほ笑んで応えた。
「ズムウォルト」から降りた後、愛鷹は第三三戦隊を招集して支援艦として、拠点として利用する「ズムウォルト」を説目すると同時に全員でのカタパルト慣熟訓練を実行した。
艦娘側が頭に入れるべきマニュアルを七人全員で読みふけり、座学試験もレイノルズ担当の元で行う。
座学そのものは至って簡単だったが、実技となると簡単にはいかない。最低でも一日はかかる実技過程だ。
停泊状態から洋上を航行中の状態からのカタパルト発艦試験は、特に発艦時の加速Gに一同手間取る事となった。
発艦時の艤装重量と加速のGを勘定して自分の姿勢をうまくとらないといけない。
飲み込みが早い愛鷹以外の六人は慣性で仰け反ってしまい、海に出た途端上手く乗り出せずに転んでしまいがちだった。
それでも四時間連続で徹底的にやり込むと全員でコツが掴め始め、上手く発艦出来る様になった。
「なかなか上達が早いじゃないか」
ウェルドックで訓練を見ていたレイノルズが感心すると、少し上機嫌な表情で衣笠が「当然ですよ」と答える。
「艦娘がカタパルトで発艦って、本当にSFロボット作品の世界みたいですねえ」
スポーツドリンクを飲みながらタオルで汗を拭く青葉の言葉に夕張、深雪、蒼月、瑞鳳も頷く。
「カタパルト発艦時に第一戦速まで一気に加速できる分、燃料の消費節約にもなるから良いアイデアよ。
長距離航海を目的としているLRSRGらしい装備の艦ね」
タブレット端末を取って「ズムウォルト」のデータを見る夕張が顎を摘まんで何か考え込む。
自分の艤装の装備換装がやりやすい事に少し驚いている様だった。
揚陸艦ベースの支援艦と違って、基は大型駆逐艦だから、彼女からすると思っていた以上に「ズムウォルト」の支援艦としての能力は高く感じられる様だ。
実は今回の派遣前に第三三戦隊は総じて新たなグレードアップを受けていた。
まず愛鷹は自身が設計した通りの艤装に武装と機関部が改修、改装されて対空、対水上火力が向上した。
四一センチ三連装砲一基、連装砲一基の主砲は、お古ではない、長門型等と共通の生産ラインから供給された新規装備品だ。
一〇センチ連装高角砲改も増設され、中距離対空火力も備えられている。
航空部隊も第三三戦隊所属艦の内航空機を運用する愛鷹、青葉、瑞鳳の航空隊は全て第一一八特別航空団に統合された。
編成上第一一八特別航空団の第一航空群が瑞鳳の艦載機、第二航空群が愛鷹の艦載機、第三航空群が青葉の艦載機となる。
瑞鳳、愛鷹の烈風改二は第一一八特別航空団仕様として専用編成となり、AEWとASWをこなす新規機体の天山一二型甲改も配備された。
青葉の瑞雲も性能向上型の瑞雲12型第一一八特別航空団仕様へと強化され、対潜と索敵、限定的な制空戦闘、弾着観測などの多用途任務に対応させられている。
また夕張と深雪は事前にGOサインが出ていた通りの改二が施された。
夕張はコンバート改装で三形態への装備がスタンダードフレックス機能の活用で、用意かつ手軽に行えるようになった。
彼女としては甲標的を用いた長距離精密雷撃が出来る他、艤装のハードポイントが多い改二特が好みらしい。
改二特にすると甲標的の搭載とハードポイントの増備で艤装重量が増大し、結果的に発揮可能速力が低下してしまう為、艤装内にタービンを増設してそれまでの外装型主機と違って愛鷹に似た内装型主機にする事で速力低下を補っている。
深雪に施された改二は、それまでの一二・七センチ連装主砲から一二・七センチA型改三高射装置付き二基となり、両手持ちの二刀流構えとなった。
魚雷発射管も六一センチ三連装酸素魚雷発射管後期型二基へとアップグレードされ、対水上対空火力が増強されている。
対潜装備も四式水中聴音機が標準装備となり対潜攻撃力も上がっている。
制服もそれまでのセーラー服から長女吹雪と同じカラーリングのモノへと変更されている。
蒼月はこれまでの戦功などから蒼月改へと改装された。
装備する電探が四二号対空電探改二となり、対空捜索能力が大幅に向上した。高射装置も新型のモノへと換装され射撃精度の向上も図られている。
対潜装備は深雪と同じく四式水中聴音機だが、蒼月は愛鷹の様な爪先に入れたバウソナータイプとなっている。
既に改二が施されている青葉、衣笠、瑞鳳はそのままだ。
種子島で大淀の銃撃された愛鷹が治療中の間にバージョンアップされた第三三戦隊は愛鷹が退院して改装を受けた後、新たな出撃指示が来るまで新形態への慣熟を入念に行っていた。
色々とぶっつけ本番な準備不足な面を技量で補い続けて凌いだ種子島の時とは違う、準備万端な状態だ。
今回の北海への派遣はバージョンアップされた第三三戦隊初の任務となる。
第三三戦隊のカタパルト発艦訓練の慣熟がおおよそ終わり、すっかり慣れた一同が一息入れていると、SMCに戻っていたレイノルズがウェルドックに現れて愛鷹達をブリーフィングルームへと呼んだ。
任務が舞い込んできたか、と全員が察する。
一八人分の席があるブリーフィングルームへに入って来た一同を前にレイノルズは任務の概要を簡単に伝えた。
「深海棲艦の猛攻を受ける絶対防衛戦略海域C8Sにあるキース島の友軍への補給路が絶たれて以来、現地守備隊は燃料弾薬の欠乏が起き始めている。
そこで輸送機による強行空輸による補給作戦を行う事となった。欧州総軍司令部はその折に近海に展開するであろう深海棲艦の機動艦隊の展開状況の把握に努めよ、と指令を出して来た。
本艦はこれよりムルマンスク港で補給を行った後、諸君らと共にC8S海域へ向かう」
「補給には何時間かかりますか」
腕を組んで聞いていた愛鷹の問いにレイノルズは短く「五時間だ」と答えた。
「燃料と君たちの艤装装備品、その他の補給物資の積み込みや補充に急いでも五時間はかかる。任務の詳細についてはムルマンスク港に帰港したら追って知らせる。
まあ君達は出撃前にムルマンスクの街に出て飯でも食ってきたまえ。
生きてここに帰って来られるかは正直私には保証できない。必ず作戦通りに物事が運ぶとは限らんだけに、誰かが命を落とす事もあり得る。
それにこれから休んでいる暇は殆どなくなる。作戦行動前の最後のリラックスタイムとして楽しんできなさい」
「良いのかい艦長」
少し怪訝な表情で尋ねる深雪にレイノルズは無言で頷いた。
「でも私達ロシア語分からないわね」
英語は話せるがロシア語は簡単な単語程度と言う衣笠が、言葉の壁を指摘すると青葉が問題ないと言う様にその肩を軽く叩く。
「大丈夫だよガサ。愛鷹さんが通訳してくれるよ。ちょっとだけなら青葉もロシア語分かるし」
「え、青葉ロシア語分かるの?」
「日常会話レベルまでは行かないけど、多少はね」
意外な青葉の語学力に驚く衣笠に夕張と瑞鳳、蒼月も意外だ、と言う顔になる。
「まあ、責任者として私が基本通訳やりますから大丈夫ですよ。それに国連軍海軍基地もある面、少しは英語も通用するでしょう」
心配しなさんなと言う風に愛鷹が一同に語る。
ふと何かを思い出した様に蒼月がレイノルズに尋ねる。
「私はウラジオストックで初めてボルシチ食べたのですど、ムルマンスクではまた別のボルシチとか食べられますかね」
「お前最近食べ物の事しか考えてないのか?」
苦笑を浮かべて突っ込む深雪に蒼月は食い意地の貼り過ぎた事を謝った。
二人のやり取りに軽く笑いながらレイノルズは蒼月に向き直った。
「ボルシチの旨い良い店なら幾つか知っている。私も時々行く店で英語も通用する。愛鷹にガイドしてもらうと良い」
「ガイドって言われましても自分は、ムルマンスクは始めて来た街なのですが」
「地図を渡しておく。地図くらい貴様も読めるだろう?」
「地図は読めても土地勘が無いのですが……」
「それほど海外から来た初心者に向いていない店は除外しておくから問題はない。四時間以内を目安に艦に戻ってきておけば大丈夫だ」
そう語るレイノルズにロシア語は確かに分かるけど、本当に大丈夫かな、と不安になるがそんな自分をよそに青葉達はご馳走になっておこうと軽くはしゃいでいた。
これはこれでいいかも知れない。誰もそうなりたくはないとは言え、戦場で誰かが沈む可能性はゼロでは無いのだ。
ほんの僅かに与えられた楽しみを楽しんでおいた方が悔いは残らないだろう。
自分もムルマンスクと言う地は初めてだから少しだけ観光はしてみたいと思っていたところだ。
(戦争も無く、クローンでもない、ただの人間としてこの街を訪れる事が出来て居たらなあ……)
ふとそう自分の出自そのものへの悔いが、どうしても沸いて来てしまう生れつきの悩みが胸の内に沸いて来た。
海外派遣と言う軍人としての来訪ではない、一人の民間人としての来訪をしてみたかったものだ。
(せっかくだし、皆の分も奢る勢いで散財するか)
そう考えた時、手元の貯金が少し気になった。
港に「ズムウォルト」が帰港し、一同がレイノルズのおすすめ先の店に行く前に、一旦愛鷹は銀行に赴いて貯金を下ろした。
ルーブル紙幣を財布にしまいながら、どれくらいこのルーブル紙幣が六人と自分の料理代で消えることになるのだろうか、と思うと苦笑いが出かけた。
ショルダーバッグに財布をしまって海軍基地へ海沿いの道を歩いていると、愛鷹が通りかかったベンチの一つに座っていたコートを着てカウボーイハットを目深に被った男が愛鷹を呼んだ。
「よお嬢ちゃん」
日本語だった。だがどっかで聞いた覚えのある声だ。自分以外男の傍には誰もいないから呼び間違いは無いだろう。
少し身構えながら振り返ると、男は帽子を上げて軽くにやけた表情で愛鷹を見た。
「……久しぶりだな、シックス・ファイブよ」
「⁉」
シックス・ファイブ。それは自分がクローン艦娘として生まれた時つけられた呼称の一つ。リプロダクト、ベレーガモンドの名で呼ばれる以前の時の名だ。
何故その名をこの男は知っている? いや、この声は聞き覚えがある。
「誰です、あなたは?」
思わず身構える。護身装備が一切ないから取れる手段は格闘技くらいだ。今の時間帯なら騒動の一つ起こせば警察も来るだろう。
先日に大淀に撃たれ、土屋に止めを刺されかけただけに警戒心が一気に高まる。
周囲に仲間がいるか探る愛鷹に男は笑いながらそれを制する。
「心配すんな。久しぶりに会えて懐かしくなっただけだ。覚えてるかい俺の事」
ひょうひょうとした態度の男を見ていた愛鷹は男の正体を思い出した。
「……ケニー・ブラックバーン……」
思い出した愛鷹は男の名、ケニー・ブラックバーンの名を呟く。それと同時にブラックバーン同様懐かしい気持ちと愛着も蘇って来る。
周囲に殺気などを感じず、待ち伏せ等の伏兵の気配もない。ただ単純に四年越しの再会なのだと分かった。
「大きくなったなあ。いい女になったんじゃないか?」
「体格は別にあなたが思っているほど変わってませんよ……ブラックバーン先生……」。
ブラックバーンは愛鷹が施設時代、ロシニョール以外親身に接してくれた数少ない人間であり、バイリンガルとしての力を磨かせてくれたある意味恩師でもあった。
今回、ガングートの幼少期、北海で活動することになる愛鷹達第三三戦隊の活動拠点の紹介、パワーアップした第三三戦隊の紹介回となりました。
ガングートの回顧描写に関してはエースコンバットゼロのラリー・フォルクを少しイメージした作りになっています。
今作オリジナルの深雪の改二は、航空巡洋戦艦愛鷹の新規艤装考案する際と同じく艦これwiki等で現実的な装備を選択して設定しております。
装甲強襲支援艦「ズムウォルト」の元であるミサイル駆逐艦USS「ズムウォルト」に関しては、正直リアルでの同艦の扱いがかなり流動的ですが(インディペンデンス級LCSの早期退役まで決定するし……)、今作ではハワイ奪還作戦まで「一五五ミリAGSを用いて現役だった」と言うIF扱いとなってます。
リアルで退役が決定しているインディペンデンス級LCS(沿海域戦闘艦)に関しては後々軽支援艦として登場させる予定ですが、そちらはモスボール保管等で生き残っていた設定になります。
タバコの「わかば」販売終了や、執筆時点では未実装艦娘だった為今作では既に故人扱いだったノーザンプトンが本家実装と、いろいろ修正を余儀なくされている本作の執筆状況です。
今回、戦闘中行方不明となったジェーナスですが、彼女がどうなってしまったかについては今の時点で明確にする事は出来ませんが、欧州編の物語の進行と共に明らかにしていきます。
予告として、第三三戦隊のメンバーと艦娘に関する本作での設定をより掘り下げた回を投稿する予定です。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。