艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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最新回お待たせです。

(新キャラとタイトル内容を一部変更しております)


第四九話 C8S海域偵察作戦

ブラックバーンとの再会は愛鷹にとって想定外の事ではあったが、別段悪い事でもなかった。

人間として見てくれない周囲の中、ブラックバーンは愛鷹達の事を、語学を教える生徒として扱い、向きあった。

外交武官だったブラックバーンは多国語に長けており、故に愛鷹達クローンの語学分野での教育担当となった。

親身な接し方をしてくれた方だっただけに、愛鷹の心象は良かった。

 

「シックス・ファイブは今じゃ海軍中佐か。出世したな」

「今はシックス・ファイブではなく愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹って名前です。本当の艦娘として生きているんですよ」

そう答える愛鷹にブラックバーンはほう、と面白そうな笑みを浮かべる。

「艦娘としての名を正式に貰えたのだな」

「私の今の名前を知らない割には、何故私があの時のクローンだと分かったんですか?」

そう尋ねる愛鷹にブラックバーンは簡単な事だというように答えた。

「お前の歩き方の特徴は忘れていないさ。初めて内装型主機を履いて歩いた時のお前の足音は覚えているし、今聞いた時の足音はその時とぴったり一致する。

人間、歩き方、足音で個性は出るもんさ」

「なかなかの記憶力ですね」

確かに今の自分の靴は普段から履いている内装型主機。ブラックバーンとは施設時代一年程度の付き合いだったが、その間に同じものを履いて歩くテストはしていたからその時の足音を覚えていたのだろう。

しかし、些細な足音の違いをも覚えているとは流石としか言いようがない。

「先生は今ここで何を」

「欧州総軍の予備役兵として召集がかかるまでこの街で待機中だ。俺は海軍じゃなくて海兵隊だからお前さんらと違って動員にも優先度ってのがある。

オッサンの俺には直ぐには来ないのさ。外交武官としての経歴以外取柄もないから、銃を担いで走る役には向いていないし、部下を大勢任されて戦場で指揮を執る役にも向いていない。

だが予備役と言っても軍人だ。本当にヤバい時に召集が来るまでひとまずこの最前線の街で待っている事にしたのさ」

「なるほど……先生、一つお願いしたい事があるのですが」

語り口からしてある事に気が付いた愛鷹はブラックバーン頼みを入れた。

「なんだ」

「ムルマンスクの土地勘は?」

「あるよ」

「私の部下六人に良い料理が出るお店、案内してもらえませんか? 先生は現地で雇ったガイドって事で」

「構わんが、俺の素性を隠す必要は無いんじゃないか?」

確かにそれもそうである。第三三戦隊のメンバーは自分の素性を知っているし、身の上のことも知っている。今更ブラックバーンくらい隠す事は無いだろう。

 

出撃までの間、ブラックバーンに良い店の案内を頼む約束を付けた愛鷹は一旦海軍基地に戻ると、待っていた青葉たちを小型バンに乗せ、途中待っていたブラックバーンを拾うと彼の案内でムルマンスクでも一番いいとされる店に赴いた。

意外な場での再会を知らされた青葉たちは、ブラックバーンに施設時代の愛鷹の語学への取り組みの回想話に聞き入りながら、食事を楽しんだ。

「愛鷹さんの教育係の中に良い人もいたんですね」

ピロシキを齧る青葉の言葉に愛鷹は軽く頷き、ブラックバーンは苦笑を浮かべた。

「愛鷹の周りにいた連中はクソッタレが多かったからな。俺もクソッタレどもの一人だった訳だが、愛鷹にはどうやら許して貰えていたらしい」

ビールのジョッキを傾けながら返すブラックバーンへの第三三戦隊メンバーの心象は、愛鷹自身がブラックバーンに好意的な姿勢だった事や海兵隊中佐と言う肩書を無視したフランキーな接し方もあってとても良かった。

「そう言えば愛鷹さん、全員がクローンの事に冷たかったとは言って無かったですね」

思い出した様に言う青葉にそうね、と魚料理を食する衣笠が頷く。その隣で店一番の目玉料理を平らげた蒼月が軽いため息交じりに一同に言う。

「海兵隊の人は誠実な人間揃いって聞きますよ。ブラックバーン中佐はその一人という事なのでは」

「浮気離婚している男だぜ俺は。いい女には目が無くてな、お嬢ちゃん、機会があれば俺と一緒にならないかい?」

にやけながら蒼月に顔向けて返すブラックバーンを一瞥した愛鷹が軽く軽蔑するように鼻を鳴らす。

《Everybody. This is real scum》

《Thank you !》

《My pleasure》

英語で一同に告げる愛鷹にブラックバーンは動じた様子どころかその通りと言う様に返す。

「なんて言ってたんだ」

会話が頭に入らなかった深雪の問いに青葉が答えた。

「愛鷹さんが《皆、コイツが真のクズ野郎です》って言って、ブラックバーンさんが言葉通り、で愛鷹さんが《どういたしまして》って」

「青葉、英語読解力早いわね」

口の中のモノを呑み下した衣笠が驚くと少し得意気に青葉は笑みを浮かべる。

「伊達に英語検定一級の持っている訳じゃないよ。《My pleasure》は英国紳士的な『光栄です』の意味だから、愛鷹さんかなり皮肉入れてますね」

簡単に解説しながら聞いて来る青葉に愛鷹はブラックバーン本人の前で堂々と答える

「浮気する男って言うのが私は大嫌いです。人間関係に不真面目過ぎる。そこの点でブラックバーン先生は汚い」

「だから《Real scum》って呼ばれたわけだ。Scumは日本語で水面に浮かぶクズの事だよ」

全く懲りた様子もなく第三三戦隊メンバーに解説するブラックバーンに一同は軽く引いた。

「愛鷹さん、単純に英語上手いだけじゃなく嫌味を効かせた言い回しも得意なんですね」

想像できるブラックバーンの女性関係と、それに呆れかえっている愛鷹の言い回しのセンスの両方に瑞鳳が引き気味な表情を浮かべた。

軽蔑した様にブラックバーンを見る愛鷹だが、それでもかつて親身に接してくれた恩は忘れていないらしく、ブラックバーンを完全に否定し切るような姿勢は見せなかった。

「クズはクズでもロシニョール博士以外にブラックバーン先生とか何人かは本当に良い人がいましたよ。

ちゃんと私達を人として見てくれた。それだけに恩は忘れていません」

そう言って少し穏やかな表情に変わる愛鷹を見ていると、例えプライベートの交友関係はダメでもクローン艦娘を人間として見てくれた、それだけでも充分嬉しいと思っているのが伺えた。

自然に生まれた人間になれなかった愛鷹を人間として見てくれる。彼女にとって作り物なのか人間なのかの自身の存在に悩んでいただけに、人間と認めてくれる人が一人でも多くいただけでも少しは心が安らいでいたのかも知れない。

 

第三三戦隊メンバーとブラックバーンと食事する愛鷹も心が落ち着く思いだった。

確かに女性関係は酷いが、自分らクローン艦娘には結構親身に接してくれたブラックバーンだ。一年程度の付き合いだったとは言え、彼に向けている恩情は今も変わらない。

腕時計を見てあと三時間後にはこの一時の安らぎも終わり、激しい戦いの中へ全員で身を投じることになる。

全員で生きて帰る。それが自分と仲間達に課せられた使命だ。

誰一人欠けず、皆で生きて日本に帰る。

一人静かな熱意を胸に秘めながら愛鷹は食事を堪能した。

 

 

一時間以上ゆっくりと食事を堪能した第三三戦隊のメンバーがブラックバーンに礼を述べると、ブラックバーンは「お安い御用さ」と屈託のない笑みを浮かべた。

気前よく食事代は彼が全額払ってくれる事になった。愛鷹としては、この際なので無理に散財せず恩師の厚意に頼る事にした。

第三三戦隊メンバーやブラックバーンに一服して来る事を告げた愛鷹は、店の喫煙コーナーが設けられているテラスで葉巻を吸った。

葉先から煙をくゆらせ、テラスに寄り掛かってムルマンスクの街並みをぼんやりと眺める。

車のクラクションと町の喧騒。夜を迎えつつある町の街灯がまぶしかった。

ふと自分の手を見つめる。

知らずと自分の手の平と甲に血管が薄っすらとだが浮かんできている様な気がした。少なくとも前よりは見える方だ。

(老化か……)

自分の手に老化の現われの兆しを感じ取った。クローン故に訪れる早い死期。

この手にいつかその兆しが刻まれると思っていたが、どうやらその時が訪れつつある様だ。

溜息を交えながらも今自分に出来るのは「今を精一杯生きる事だ」と言い聞かせた。自分に出来るのは本当にそれしかないのだから。

 

会計を済ませて基地へ帰る為に店を出ると周囲はすっかり暗くなっていた。

先に小型バンに青葉達を乗せた愛鷹は、コートを着こんでカウボーイハットを小脇に抱えたブラックバーンに向き直った。

「今晩はありがとうございました」

一同を代表して改めて礼を述べる愛鷹にブラックバーンは少し真顔になると、彼女の肩に手を置くとコートのポケットから包装紙に巻いた小物を差し出した。

何だろうと少し不思議そうに首をかしげる愛鷹に顔を寄せてブラックバーンは小声で教えた。

「お前へのプレゼントだ。手にはめておけ」

「はっ⁉」

「馬鹿、指じゃねえよ。手だよ手。手袋さ……お前の老いは手から現れ始める。隠すのに丁度いいはずだ」

自分に包装紙に包んだプレゼントを渡すと、ブラックバーンはカウボーイハットを被り直し、小型バンに乗っている青葉たちにも聞こえる声で別れを告げた。

「じゃあな。またどっかで会おうな。あと俺より先に死ぬんじゃねーぞ」

「ありがとうございました」

バンから青葉たちの唱和した礼に手を振るとブラックバーンはくるりと背を向けて何処かへと去って行った。

プレゼントをコートのポケットに入れた愛鷹もバンに乗り、海軍基地へと一同は戻った。

戻る車内で青葉から何を貰ったのか尋ねられたが、愛鷹は「秘密です」とだけ返し、プレゼントの中身を教える事は無かった。

 

 

 

霧が深く立ち込める北海の孤島。キース島。

国連海兵隊欧州総軍ドイツ方面軍第一三装甲擲弾兵師団第四一装甲擲弾兵旅団第四〇一装甲擲弾兵大隊が守備隊として駐屯するこの島にも、深海棲艦の砲火は向けられていた。連日の空爆によって守備隊は日に日に消耗し、防空能力や早期警戒網の復旧も遅れ始めていた。

そして三〇〇〇人の島民の内、半数余りの島民が逃げ遅れ、守備隊と共に取り残されていた。

 

空気を切り裂く様な轟音がキース島の空一杯に広がり始め、島にいた誰もが空を反射的に見上げた。

真っ赤な一二個の火球が空を見上げた者の目に映り、程なく基地や市街地に火球は降り注いだ。

轟音と共に建物や車輛が地面に突き立つ爆炎と土煙で吹き飛ぶ。

「敵襲!」

海兵隊員の誰かが叫び、敵襲を告げる警報が島中に響き渡る。

民間人が着の身着のまま最寄りのシェルターへと走り出し、海兵隊員の一部や警官がその誘導に当たる。

基地では被害報告を求める声が飛び交い、どこからの攻撃かの特定が始める。

混乱するキース島に再び一二個の巨大な火球が降り注ぐ。基地と市街地合わせて一二個の巨大なクレーターが爆炎と共に出現する。

直撃を受けた建物が全壊し、至近距離の爆発で四〇トンほどの重量がある装甲歩兵戦闘車が横転する。

悲鳴と怒号、助けを求める負傷者の喘ぎ声が飛び交う中、レーダーサイトから一二個の火球をトレースした情報が守備隊司令部に上げられてくる。

「超射程の艦砲射撃です! 手が出せません!」

「深海棲艦の超射程攻撃にしては恐ろしく正確です!」

「民間人の非難を急がせろ」

バケツをひっくり返したような騒ぎになる守備隊司令部に三度目の着弾の轟音が轟く。

デスクのコーヒーカップが着弾で三度目の転がりを見せるが、誰も構ってはいない。

不気味な轟音と地鳴り、そして揺れが半地下の司令部を襲う。

「レーダーサイトから入電、敵は水平線の向こう側から撃っている模様」

「水平線の向こうから⁉ 一方的に撃たれまちまうぞ」

「砲兵隊、応射出来んのか⁉」

「敵位置が不明では、敵艦の場所へ砲弾を送り込めません! ドローンで終末誘導するしかありませんが、航空優勢かとれていない空域では観測ドローンがやられます」

「撃墜覚悟で出せ! 一方的に撃たれて終わりでは話にならんぞ」

「ドローンは紙飛行機じゃないんですよ!」

「いいから出せ!」

司令官の強引な指示で砲兵隊の観測ドローンが砲弾の飛んで来る方向へと発進する中、また艦砲射撃の砲弾がキース島に着弾する。

「レーダーサイトから入電、対水上警戒レーダーアレイを破壊されました!」

「民間人にも被害は発生! 死傷者を最低二〇名確認」

「民間人の避難誘導を急げ!」

遂に民間人にも被害が出てしまい、守備隊の司令官や隊員が悔しさと怒りに震える中、嘲笑うかのように砲弾は着弾し続ける。

被害報告が一二個の砲弾が着弾する度に一二個ずつ入り、司令部での混乱へ拍車をかける。救急車と消防車のサイレンが市街地に飛び交い、誰かが泣き叫ぶ声がそれに交じって響く。

「観測ドローン、目標地点に到達。光学観測データ来ました」

「スクリーンに出せ」

ドローンが送って来た深海棲艦の艦影が司令部の大画面スクリーンに映し出される。

巨大な一二本の砲身から放熱の陽炎を祟らせる巨大な艦影。ス級だ。護衛であろう軽巡ト級一隻と駆逐艦ナ級四隻が周囲に輪形陣を展開している。

「ドローンの高度を上げろ。ト級とナ級の対空射撃性能は侮れん」

「ドローンより観測データ来ました!」

「砲兵隊へ送れ、一矢くらい報いろ」

 

キース島に展開する第四〇一装甲擲弾兵大隊の砲兵隊のM777一五五ミリ榴弾砲に、観測ドローンから送られて来たデータが届けられ、隊員が砲弾を装填しながら座標を合わせる。

「修正射、座標、二二九四、五〇〇二、観目方位角五〇一二。目標巨大艦ス級、効力射は『特大のやつを頼む』だそうだ」

「目標は静止しているのか? あとデータは正確なんだろうな?」

砲兵隊の長距離砲撃は僅かでも数値のずれが起きれば、その分大幅に着弾位置がずれてしまう。それだけに砲兵隊員の心配はもっともだった。

とにもかくにも発砲準備を終えた砲兵隊が、艦砲射撃でこっぴどくやられる基地や市街地に痛まれない思いを抱きながら反撃の砲撃を行う。

「フォイヤー!」

一五五ミリ榴弾砲四基が一斉に火を噴き、TOT(同時弾着)までのストップウォッチがスタートする。

カウントダウンが始まる中、すぐさま次弾装填作業が始める。

「弾着、今!」

「司令部より入電。目標左に七〇〇メートル逸れた模様」

「諸元修正急げ!」

すぐさま座標修正が始める。方位盤を回して射角を調整する。

その時、司令部との連絡要員が血相を変えて叫んだ。

「飛翔体がこちらに向かって急速接近中!」

「飛翔体だと!?」

「拙いこっちが狙われている!」

「着弾位置特定。ここに落ちます!」

砲兵隊の隊長は即座に部下に向かって退避を指示した。

「第二射の応射は間に合わん! 総員退避! 機材は放棄、とにかく逃げろ!」

砲座についていた要員が転がる様に榴弾砲から駆け出し、陣地から脱出を試みる。

そこへ非情にもス級からの砲弾が着弾する。

纏まって着弾した一二発の砲弾で四門のM777が空中高く舞い上げられ、砲身や砲架、タイヤが舞い上げられた衝撃でバラバラに千切れる。

砲弾と装薬が誘爆し、退避が送れた砲兵隊の隊員や車輛が盛大な火球と黒煙の中に消えた。

 

砲兵隊陣地が瞬く間に壊滅し、反撃手段を失ったキース島はその後三〇分近く艦砲射撃を受け、島中が砲弾の穴だらけにされた。

同時に守備隊の戦力の大半も戦闘不能に追い込まれる事となった。

 

 

 

キース島近海にス級現る、の報告はC8Sへと進出する「ズムウォルト」にも届けられた。

SMCに呼び出された愛鷹は待っていたレイノルズからス級が現れたことを知らされた。

「キース島にス級が?」

「うむ。恐らくフランス大西洋側に展開していた艦だろう。フランス方面軍が行方を見失って二日が経っている。

ス級の速力から言ってキース島攻略の為に転進して来て、補給後艦砲射撃を行ったというところだろう。水平線の向こうからの長距離射撃でキース島の守備隊を壊滅させた。

これを受け、国連軍欧州総軍司令部はキース島からの残留民間人の大規模一斉撤退作戦を決定した。決定事項ではないが最悪島の放棄も検討している」

「放棄、ですか……」

その言葉に間に合わなかった、と言う苦い思いが込み上げて来る。唇を噛む愛鷹の心中を察したレイノルズがやんわりとほほ笑む。

「君のせいではない。民間人の避難がまだ完全に済んではいなかった島だ。ス級が散々荒らしまわった後なら補給中の筈。その間に島民の全面撤退を一挙に実行する」

「キース島を最悪放棄した場合のこちらの損害が気になります。あの島は絶対防衛戦略海域内の防衛拠点の一つです。

島を放棄すれば、防衛網に穴が開き、そこを突かれて戦線が瓦解する可能性もあります」

「そうなる前に手を打つさ。上の連中がそれを考えている。我々の任務はキース島近海の敵情把握だ。

キース島守備隊の観測ドローンがス級以外にト級一、ナ級五を確認している。だが補給艦の存在を考えるとその護衛艦はいるだろうし、ス級の艦砲射撃以前に空爆も行われていたから空母が近海をうろついている可能性もある」

「補給艦隊、攻略部隊本隊、警戒隊、空母機動部隊……六群から八郡程度の艦隊が遊弋している可能性がありますね。

欧州総軍司令部はこちらが敵情把握後はどうする気なのでしょうか」

「そこまではまだこちらには知らされていないが、日本艦隊と再建中の北米艦隊の共同作戦で囮作戦なり撃滅作戦に出るだろうな」

初戦で大破した北米艦隊旗艦の戦艦ワシントンは、体の方の傷が浅かった事もあり艤装の修理が完了次第戦線復帰可能とされていた。

そのワシントンが所属する北米艦隊第九九任務部隊は他に空母サラトガ、ホーネットが中破、航空戦不能で戦線離脱と主力艦娘を多数無力化される大損害を被っていた。

「事前に予定されているキース島での作戦海域到達は明日だ。それまでに具体的な命令が届くだろう」

「明日の天候は?」

そう尋ねる愛鷹にドイルが答えた。

「キース島一帯は明日終日曇りの予報です。波の方は比較的穏やかと見積もられています。少なくとも艦娘が航行する分には問題ない高さですよ」

「曇りですか……航空偵察にあまり影響が出ないと良いんですが」

瑞鳳の天山による広域航空レーダーによる合成開口捜査網で早期にケリをつけるつもりだったが、天候次第では艦隊による偵察も必要だろう。

明日の天候次第だ。

 

 

SMCを出てヘリ甲板に出た愛鷹は海を眺めながらポケットから葉巻を出すと、咥えてジッポで葉先に火を点けた。

北大西洋の夏は意外にも気温は低めだった。地球温暖化で多少なりとも平均気温は上がっているのだが、それでもまだ肌寒さすら感じられた。

明日の天候を予感させるように空には雲が随所に浮かんでいる。雨になったら厄介だ。

衛星経由のネットワーク網が利用不能な今、気象衛星も例外ではない為、昔の様な衛星を用いた正確な天候予報は期待出来ない。

煙を口先から吹きながら艦尾から延びるウェーキも見る。波は穏やかだが、明日はどうなるか。

葉巻や自分の体で確認できる限り気圧は低くは無いが、大西洋の波は太平洋とはまた違うと聞くから注意が必要だろう。

愛鷹にとっての懸念事項はキース島近海が昔から航行の難所であるという事だった。

近海の海底火山脈やそれに起因する形での潮流の速さ等で、キース島近海では過去に何度も海難事故が起きている。

人間の比ではないサイズの船舶すら航行する際難所があちらこちらに存在する。当然人サイズの艦娘には何倍もの航海の難所になるだろう。

しかし、それは深海棲艦にも当てはまる筈だ。ス級や棲姫級などの大型艦を除けば大体の深海棲艦の艦艇も艦娘とあまり大きくサイズは変わらない。

ス級も巨大艦とは言え「ズムウォルト」よりはサイズで言えば小さい。沿岸警備コルベットくらいの大きさだ。

敵味方に等しくかかる自然の条件を活用すれば、キース島近海における深海棲艦の艦隊展開状況把握も早期に終わらせられるかも知れない。

 

葉巻の煙を口から吹いた時、ふと大和の事を思い出す。

第三三戦隊が任務につく前から船団護衛等の任務に早速駆り出されていたが、元気にやっているだろうか。

この大西洋での戦闘経験は大和も過去の海外派兵で何度も経験済みだ。自分より場数でははるかに上回っている。

対して自分はシミュレーターでの経験しか無いし、これまでの経験からそのシミュレーター実習による経験も次第にあてにならなくなって来ている感がある。

実質未熟で経験不足な自分に果たしてこの大西洋の海で上手く立ち回り切れるのか、第三三戦隊の仲間達と共に生きて帰られるのか。

少しばかり自信が無くなって来るのが自分でも分かった。

ため息交じりにまた葉巻を吸った煙を吐く。

物憂げな自分の表情と心を映す様に空はどんよりとした雲に覆われていた。

 

「……大和……私……上手くやれるかな……」

 

不安になって来た愛鷹は今ここにはいない大和の名を呼ぶ。呼んでから、おかしなものだ、と何度目か分からないため息を吐いた。

昔の自分は大和の事を徹底的に拒否して来た。この世に無責任な形で生を授けさせた元凶の一人として憎んだ。

それが気付けば今では何故か傍にいて欲しいと思うような気分になる程、依存している。

何が原因だろうか、何がきっかけだろうか。

大和の自分に対する真摯な姿勢、贖罪の姿勢とそれに対する自分の「赦し」の思いだろうか。

もしかしたらそうなのかも知れない。

自分も自分で変わって来たな、と日本艦隊に配備された時と今とを思い比べてその差に軽い驚きを覚える。

「憎しみは何も生まない……とよく言うけど……その通りか」

深い溜息と共に思い浮かべた言葉を吐く。

 

「向かい合って初めて本当の自分の姿に気が付く……似てはいるけど、正反対ね……鏡の存在か」

 

自然に生まれた大和と、人工的に生まれた自分。人間として人なりの寿命を持つ大和と、限られた寿命しかない自分。

考えれば考える程、クローンでありながら対極的な自分と大和の差が思い浮かんでくる。

殆ど同じなのは容姿だけ。中身は完全に別人。自分はやはりクローンと言うよりは愛鷹と言う一人の人間なのだろう。

限られた寿命の中で自分は自分に出来る事をして精一杯生きる。それが、自分が自分に誓った自分達を作り出した者達への「復讐」なのだ。

 

「歯車の意地を見せてやる……」

静かな熱情を湛えた目で愛鷹は大西洋の水平線の先を見つめた。

 

 

病室の扉がノックされ、ベッドに横になっていたウォースパイトが入室を許可するとネルソンが入って来た。

沈痛な表情のネルソンの顔から嫌な予感を感じ取りながら具合を窺う彼女に微笑みながら問題ないと返す。

「それで、何かあったの……?」

「うむ……それがな……」

頷きはしたもののネルソンは直ぐには答えなかった。先を急かさず、静かに彼女が先を続けるのを待つ。

顔を舌に向けたネルソンが肩を小刻みに震わせ、スカートの上に載せた両手の拳を強く握りしめる。

いい知らせではない、と再認識した時、ネルソンが顔を上げた。瞼一杯に湛えた涙を右腕の拳で拭うと堪え切れない思いをそのままに、先輩のウォースパイトにロックウッドから伝えられたことを明かした。

「六時間前……ポメツィアの友軍がジェーナスの艤装の残骸の一部を発見した……総軍司令部は、その残骸の状況からジェーナスのステータスを……K.I.Aに変更した……提督は反対したが……総軍司令部は、生存は絶望的と判断した……」

声を詰まらせながら語るネルソンにウォースパイトは静かに頷きながら聞き届けた。

ずっと自分の胸の内に堪えていたものがウォースパイトと言う先輩の前で堰を切って流れ出し始めたのだろうか。静かにネルソンが啜り泣き始める。

きっと周囲がジェーナス戦死と言う判定に沈む中、自分だけは、と周囲の士気を鼓舞し続け、ジェーナスの死を認めない姿勢を彼女なりに貫いていたのだろう。

本当の自分はそうではなかった。仲間の死に嘆き悲しみたかった。

だがネルソンにはネルソン級戦艦一番艦ネルソンとしての誇りと立場があった。己の高いプライドが自分と仲間を鼓舞していた。

それも先輩のウォースパイトの前で遂に崩れた。いや、ウォースパイトの前であったからこそ本当の自分の心をさらけ出せたのだろう。

「貴女のせいではないわ。ネルソン」

「だが……余が前線に出られていれば……」

「ネリー、貴女は今あなたが出来る事を為すまでよ。それにジェーナスの遺体が見つかった訳では無い。艤装の残骸の一部が見つかって司令部がそれだけでK.I.Aと判断した。それだけよ。

ロックウッド卿は諦めていない、違う?」

恐らく英国艦隊では自分だけが知っている、ネルソンのファーストネームで彼女を呼びながらウォースパイトは希望を失うなと励ます。

顔を上げて右腕の袖で目元を拭いながら、ネルソンはウォースパイトを見返す。

「久しいな、その名で呼ばれるのは……そなただけであったな、余の真の名を知っているのは」

「どんなに上流階級の立ち振る舞いをしても、貴女の本当の故郷であるロンドンの下町生まれ育ちの節は隠せないわ。少なくとも私にはね」

優しく微笑むウォースパイトだが、ジェーナスの生存が絶望的と見なす欧州総軍司令部の判断には頷けるものがある。

ジェーナスが行方を断って既に七二時間が経過している。彼女が負っていたあの傷を思い返せば二四時間持つかすら怪しい。

生存は絶望的、と判断する司令部の考えに頷けるものがあった。

しかし、ロックウッドの考える通り遺体そのものが見つかった訳では無い以上、完全にジェーナスが戦死したと見るのもまた早計に思える。

戦闘中行方不明になった艦娘が生存は絶望的と見なされ、戦死判定を受けたが半年以上も過ぎた後に奇跡的に発見され生還したと言う話も存在する。

ジェーナスはその例に当てはまる筈だ。絶望にはまだ早い。

「絶望しないでネリー。ジェーナスは生きている。絶対何処かで救援を待っているわ」

「ウォースパイト……」

「ロンドンの下町っ子って中々諦めの悪い子揃い、ってよく聞くの。ジェーナス、ああ見えて貴女と同じロンドンの下町生まれの子だから。

着任したばかりの頃、あの子ったら私にコックニーで減らず口叩いてきた事あったのよ? それくらい威勢のいい子がそう簡単に死ぬ訳がないじゃない」

「そう……だな……」

絶望はまだ早いと説くウォースパイトにネルソンはぎこちなく頷いた。

自分も早く戦列に復帰できれば、と思うウォースパイトだが足の怪我は思っていたよりも深くまだ完治には時間がかかりそうだ。

修復剤を使えば手早く済むが、英国艦隊ではかつてセイロンでの大敗の要因の一つが修復剤の多用だっただけに、使用には慎重になる風潮があった。

ウォースパイトはセイロンでの戦いには従軍していないが、惨状は聞いているし、諸刃の剣的な扱いである修復剤の副作用も知っているから服用するのは躊躇われた。

可能な限りの現行法での治療で戦列復帰を目指すしかない。ロックウッドには迷惑をかけるが、彼なら理解してくれるだろう。

そして自分が戦列復帰までの間、後輩のネルソンに艦隊を託すしかない。

 

 

翌日。

「ズムウォルト」のブリーフィングルームへ召集がかけられた第三三戦隊メンバーはレイノルズから欧州総軍司令部から入って来た指令を伝達された。

「キース島からの民間人の全面退去が九月一四日に行われる事になった。作戦名は『ブロッケードランナー』。

我々はブロッケードランナー作戦に先立ち、キース島近海に展開している深海棲艦の展開状況を把握する為にキース島近海に展開、武装偵察作戦を実施する。

偵察作戦に掛けられる時間は最大七二時間、つまり三日だ」

「三日で深海棲艦の展開状況を把握せよ、ですか」

神妙な表情の青葉が呟く。

三日と言う限られた時間内に深海棲艦の展開状況を把握せよ、と言う時間制約が第三三戦隊の一同に無言の圧をかけていた。

張り詰めた表情になる仲間達を見ながら愛鷹はブリーフィングルームの大画面ディスプレイを点け、偵察作戦を実行するキース島近海の海図を表示した。

「キース島での偵察作戦は島を中心に半径五〇キロ圏内を目安に実行します。偵察作戦は航空と艦隊による同時進行で行います。

瑞鳳さんの第一航空群で偵察作戦を実施する四エリアの内、Nフィールド、Wフィールド、Sフィールドの三エリアを航空偵察。

残るEフィールドを私と青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、蒼月さんの水上偵察艦隊で水上偵察します。

今作戦では私達第三三戦隊には欧州総軍からホワイトハウンドのコールサインが付与されています。

青葉さんはホワイトハウンド1-1、衣笠さんはホワイトハウンド1-2、夕張さんはホワイトハウンド2-1、深雪さんはホワイトハウンド2-2、瑞鳳さんはホワイトハウンド3-1、蒼月さんはホワイトハウンド3-2。私はホワイトハウンド0-0となっています。

まあ作戦中その事を常に意識しておく必要はあまりないと思いますが。

またブロッケードランナー作戦には欧州総軍から四隻の艦娘が避難民を輸送する客船護衛の為に増派されてきます。

北米艦隊のフレッチャー級駆逐艦キーリング、北米カナダ艦隊のフラワー級フリゲートのダッジ、英国艦隊のトライバル級駆逐艦ジェームス、ポーランド艦隊のグロム級駆逐艦ヴィクトールの四人から成る護衛部隊で部隊コールサインはグレイハウンドとなっています。

偵察作戦完了後、私達はグレイハウンド隊と共に客船を護衛、民間人退去作戦のブロッケードランナー作戦を完遂させます」

一旦そこで締めくくる愛鷹は、質問は? と第三三戦隊の仲間達に目で問う。

その問いに夕張が挙手する。

「客船一隻で島民全員を運ぶのですか?」

「動員する客船『オーシャン・ホライゾン』は旅客定数約二七〇〇人の大型クルーズ客船です。キース島の民間人と守備隊の負傷兵を纏めて運べる程のサイズです。

船員も船会社が志願で集った選りすぐりが乗り込んでいるそうです。

今どこの民間船会社も深海棲艦の攻撃で船員を失いたくない中、民間人の避難の為に助力してくれる勇気ある船員ですよ」

民間船舶会社はどこも欧州での情勢悪化で株価が暴落して経営難続きになりつつあると言う。そんな中で海軍の要請に応じた客船の乗員の勇気は自分達と同じだ。

「こっちが深海棲艦の展開状況を把握して、逃げ道を見つけたら客船にキース島の民間人を載せてずらかるって訳か」

腕を組んで聞いて来る深雪に愛鷹はその通りだと頷く。

するとそれまで黙って聞いていた蒼月が懸念事項を口にした。

「でも、逃げ道を見つけたとして、その逃げ道の航空優勢と海域優勢が確保されていなかったら客船は危ないのでは?」

「ブロッケードランナー作戦に参加する艦娘はグレイハウンド隊と私達だけなんですか?」

続く形で聞いて来る衣笠に愛鷹はやや表情を暗くして頷く。

「作戦に参加する護衛部隊の艦娘は先のグレイハウンド隊の四人だけです。それ以上の増員の余裕はありません」

「二〇〇〇人近い民間人と負傷兵乗せた客船一隻を守るのに、流石に頭数が少なすぎませんかね?」

流石に不安だ、と青葉も言葉通りの表情になる。

戦力不足、と言う状況に第三三戦隊のメンバーは不満を抱いた。護るべき対象に投資する戦力が少なすぎる。

その思いに答えるかのようにレイノルズが口を開いた。

「欧州総軍が初戦で受けた打撃はここまで響いている、という事だ。

後顧の憂いを断つ為に敵艦隊を発見し次第、撃滅する捜索撃滅戦を現場判断で行うのも作戦の手段の一つとして採用するのもアリだ。

ただ、敵艦隊の陣容は不明瞭だが少なくともス級とト級、ナ級からなる艦隊が確認されているのだけは留意して置く様に」

「捜索撃滅戦ですか……天候次第では水上戦闘も厳しくなりますよ」

険しい表情を浮かべてディスプレイに表示される天気予報を青葉は見る。

 

雲量は予報ではブロッケードランナー作戦開始まで一〇〇%。つまり曇りの日がずっと続く。

衛星を使った天気予報より精度が低下しているから好天する可能性も無くは無いが、偵察作戦中はほぼ曇り空の下でやる事になりそうだ。

波の高さも気になる。太平洋とは違った荒れ方をするだけに、波浪が酷いと艦娘の行動力に大きく影響を与えかねない。

 

「天気に恵まれない作戦になりそうですね」

ぽつりとつぶやく瑞鳳の言葉に全員が相槌を打った。

 

その時艦内電話の受話器が着信音を立てた。

直ぐにレイノルズが受話器を取る。

「私だ」

(艦長、ドイルです。欧州総軍司令部よりネイヴィーレッドが入りました)

ネイヴィーレッド。海軍の上級司令部との直接通信が取れる特別通信回線だ。

「了解、今出る」

即座にネイヴィーレッド専用の赤い受話器を取り、欧州総軍司令部からの特別通信回線で入った通信を聞く。

 

(赤い受話器……ネイヴィーレッドか。何か特別指示でも来たのかしら……)

受話器越しに小声で話をするレイノルズの背中を愛鷹が見つめていると、程なく受話器を置いたレイノルズが愛鷹達に向き直った。

「たった今欧州総軍司令部から連絡が入った。

 

我が方の被害の多さと艦隊の再建が間に合わまない点から、アンツィオを中心とした半径一〇〇キロ圏内の放棄が決定した」

 

レイノルズの言葉は完全にアンツィオ陥落を意味するモノだった。

 

 

アンツィオ放棄が決定する中でもアンツィオ市一帯では尚も国連軍海兵隊と深海棲艦地上部隊との激しい地上戦が繰り広げられていた。

進撃する砲台小鬼の群れに対し、アリエテ戦車とレオパルト2A7戦車、ルクレール戦車から成る混成機甲部隊が装甲歩兵戦闘車と共に砲撃を浴びせ、逃げ遅れた民間人の避難完了までの時間稼ぎを図る。

一二〇ミリ砲の砲声が轟き、その後方からは砲兵隊の効力射支援が飛来する。

群れを成して進撃して来る砲台小鬼が一体、また一体と倒されるが、砲台小鬼からの砲撃によって小隊単位で戦闘車輛が撃破されていく。

圧倒的火力を誇る砲台小鬼に対し苦戦を強いられる地上部隊を掩護すべく、マングスタ攻撃ヘリの編隊が到着し対地ミサイルを放って近接航空支援を行うが、反撃の対空砲火でヘリが数機撃墜される。

ヘリ部隊の損害が甚大なモノになる前に増援としてさらにA10対地攻撃機が来援し、離脱するヘリ部隊に代わって集束爆弾やナパーム爆弾、無誘導爆弾、それに三〇ミリガトリング機関砲による空爆を行うが、進撃を食い止め切れない。

波のように押し寄せる深海棲艦の地上部隊に、欧州総軍司令部は更にAC130Jゴーストライダー対地攻撃機も送り込む。

旋回しながらAC130が一〇五ミリ榴弾砲と三〇ミリ機関砲の砲弾の雨を降らせ、地面を掘り返すような猛烈な砲撃で砲台小鬼をダース単位で撃破する。

しかし、対空射撃で一機が被弾し、撃墜されてしまう。

A10対地攻撃機の編隊がまた飛来して爆撃を行うが、砲台小鬼の猛烈な対空射撃が始まるや爆撃準備の為に低空飛行中だったA10までもが撃墜される。

撃墜され操縦不能になる航空機が成す術もなく眼下の大地に墜落し、焼け焦げた鉄屑と化す。

 

いつしか大地には大量の鉄屑となった軍用車輌や航空機、焼き払われた都市の廃墟、そして死体の山が積まれていた。

 

 

欧州総軍総司令部が置かれているドイツのラムシュタイン基地では、イタリアと北海を主戦場とした戦況報告が逐一上げられており、司令部要員の多くは休む時間を削ったり、頻繁に交代を入れながら対応に追われていた。

LRSRGに身を預け、今は作戦展開中の第三三戦隊の身を思いながら武本も司令部で対応に追われている。

日本艦隊は北海戦線での深海棲艦の機動部隊との交戦に入っており、黒鳳を被弾で戦列から外されながらも、ヲ級改とヌ級で構成された空母機動部隊を既に二つ無力化していた。

随分酷く押されているもんだ、と眠気覚ましに缶コーヒーを片手に休憩室で一息入れていると、自分と同じ中将の階級章を付けた提督が休憩室に入って来た。

自然に入って来た提督と武本が同時に顔を合わせると、「よお」とお互い自然体に挨拶が出た。

「久しぶりだな、ターヴィ」

「武本も久しぶりだな」

ミヒャエル・ターヴィ中将。ドイツ艦隊北海任務部隊司令官だ。武本とは古くからの知り合いである。

「君も今じゃここで缶詰か」

「ああ。二日前からな。今までターヴィはどこで?」

「ヴィルヘルムスハーフェン基地からさっき戻って来たばかりだよ。ドイツ艦隊も二四時間体制で北海防衛中だ。

奴らの奇襲攻撃でシャルンホルスト、ティルピッツを早々に戦列外にされたから艦隊のローテ、特に大型艦は大変だよ」

「初戦で打撃を受けるとやはり辛いな。フリードリヒ・デア・グロッセは?」

「ビスマルク、ブリンツ・オイゲン、アドミラル・グラーフ・シュペー、レーベリヒト・マース、マックス・シュルツと共にキース島近海への展開準備中だ。

戦死者が出ていないだけ、まあめっけもんだけどな」

そう言ってからふと思い出した顔になりターヴィは沈痛な表情で武本に頭を下げた。

「すまない、君は今年で三人喪っていたね。軽率だった」

「いや、君が気に病まなくていいよ……全責任は日本艦隊を預かる俺にある。ただ、亡くなった彼女達は残念だよ。

これに加えて北米艦隊で三人、英国艦隊で一人、俺の担当する海域で失った。スプリングフィールドに関しては完全に俺のせいだ」

「上に立つ者として十字架を背負うのは中々に辛いな。でも投げ出さずに向き合い続けている君は凄いもんだよ」

「どうも。一杯奢るか?」

「ああ。紅茶が飲みたくてな。グラーフ(空母艦娘グラーフ・ツェッペリンのこと)のコーヒーも良いけど、甘党なもんで」

武本が自動販売機のディスプレイをタッチして、ターヴィの好きな味を設定するとすぐに温かい紅茶が淹れられた。

カップを渡すとターヴィは礼を言いながら香りを嗅いで一口飲む。

「美味い。いいね」

 

それから少し二人は再会がてらの「友人」としての会話を交えた。

「君の所に新規に艦娘が着任したと聞くよ。どんな艦娘なんだい?」

「新規艦娘……ああ、彼女か。愛鷹って子だよ。超甲型巡洋艦として着任して今は改装されて航空巡洋戦艦として新編の第三三戦隊を率いている。

優秀な艦娘だよ、巨大艦ス級を複数隻単独撃沈してのけている。まあかなり無茶もやるのが彼女の問題点と言ったところなんだがね」

「ス級か。キース島の友軍を壊滅させた例の巨大戦艦だな」

表情を暗くして真顔になるターヴィに武本は相槌を打つ。

「太平洋では四隻が同時展開していたことがあったが、こっちでは倍の八隻が各戦線を滅茶苦茶にしているな」

「従来の深海棲艦だけでも厄介この上なかったのに、ここに来て新たな深海棲艦の登場だ。しかも並の火力では通用しない。

報告書では一〇〇〇ポンド爆弾の直撃にすら耐えたと聞くけど、本当なのか?」

「さっき話した愛鷹が目で確認した。間違いはない。防御力は並のモノじゃない」

「厄介だな……」

険しい表情を浮かべてターヴィは紅茶をすする。

自分の缶コーヒーを飲み欲した武本がゴミ箱に缶を捨てていると、ターヴィは愛鷹の事について尋ねて来た。

「どんな艦娘なんだい?」

「そうだな……冷静沈着かつ物静か。クールビューティーだけど中身は意外と乙女、って感じだな。

部下の面倒見も悪くない」

そう語る武本に興味深そうにターヴィは頷く。

「第三三戦隊は愛鷹と誰とで構成しているんだい?」

「青葉型の青葉、衣笠、夕張、特型駆逐艦深雪、秋月型防空駆逐艦蒼月、祥鳳型軽空母瑞鳳だ。

基本的には以上の六人から五名を選抜して艦隊を組んでいるが、七隻編成で出た事もある。武装偵察を主任務とした特別編成部隊だ」

「衣笠、蒼月、瑞鳳以外は少々型落ち気味じゃないか? 大丈夫なのかい?」

「青葉は航空巡洋艦形態である甲改二化、夕張も改二化、深雪も改二化されているし、蒼月も勲功を認められて蒼月改へと全体的にパワーアップしている。

メンバーの練度も全く問題ない。蒼月だけは多少経験に不安があったけど、場数を踏んで成長した」

「なるほど。ところで愛鷹は初着任で戦隊旗艦の様だけど、ちゃんと艦隊旗艦過程は履修済み何だろうね?」

「それに関しては問題ない。第三三戦隊から負傷者が出た事はあっても、轟沈による戦死者が出ていないという事は愛鷹の指揮能力と判断力によるモノと言っていい」

そう解説する武本にターヴィは納得した表情になる。

紅茶をすすり軽くため息を吐くと、呟く様に武本に言う。

「ちょっと会ってみたいな。興味が湧いてきたよ、愛鷹と言う子に」

「今はキース島での偵察作戦に参加中だから、当面は会えないな。作戦が完了したら会う機会を見つけてみるよ」

「ありがとう。さて、仕事に戻るとしようか」

空になったカップをゴミ箱に入れるターヴィに向かって頷くと武本は司令部の作戦室へと二人で向かった。

 

 

キース島近海に進出した「ズムウォルト」が第三三戦隊による偵察作戦開始を開始したのは予定より一日早めた九月一〇日の事だった。

作戦内容は瑞鳳が「ズムウォルト」のフライトデッキから航空偵察隊を発艦させて予定エリアを偵察、その他のメンバーで航空偵察ではカバーし切られない海域の偵察、と言う運びになった。

 

「ズムウォルト」の艦尾のウェルドックハッチが開き、まず深雪、夕張、蒼月がカタパルトに乗る。

発艦警報が鳴り響く中、三人の乗った発艦パネルがレールに接続され、踝辺りをランチバーが固定する。

《艦首針路固定。全艦ウェルドックへの注水による艦内後方傾斜に備えよ》

《カタパルト一番から三番、ボルテージ上昇。発艦重量確認よろし》

《深雪、夕張、蒼月の機関部並びに主機の回転率異常なし》

《艦娘戦術データリンクアクティベート確認。IFF正常》

《ランチバー固定を確認》

《発艦針路上に障害物無し、進路クリア。ホワイトハウンド2-2発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

「了解! ホワイトハウンド2-2、特型駆逐艦深雪、出撃するぜ!」

黄色のジャージとベスト、緑のヘルメットを被った発艦士官が右手を振って機関出力アップの指示を送る。

深雪と夕張、蒼月の主機が出力を上げ、発艦に必要な出力を上げると三人は発艦士官に親指を立てる。

GOサインを確認した発艦士官が艦尾方向、艦内の安全を確認すると身を屈めて右手を艦尾方向に伸ばした。

それを確認した発艦指揮所のカタパルト要員が、まず深雪のカタパルトの射出ボタンを押すと発艦警報が鳴り、深雪がカタパルトで一気に第一戦速へと加速して海へと飛び出す。

続いて蒼月の発艦となる。

《続いてホワイトハウンド3-2、発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

「了解、ホワイトハウンド3-2、秋月型防空駆逐艦蒼月、行きます!」

前傾姿勢を取った蒼月が発艦警報と共に射出され、続いて夕張が発艦する。

《ホワイトハウンド2-1、発艦シークエンスに移行、発艦よろし》

「了解! ホワイトハウンド2-1、軽巡夕張、出撃!」

三番目の夕張の発艦に発艦指揮所で射出要員がカタパルト射出ボタンを押し、発艦警報が鳴ると夕張を固定していた発艦パネルが加速をかけた。

 

艤装を接続し終えた愛鷹が発艦パネルの上に立つと、右手に青葉、左手に衣笠がカタパルト発艦パネルに立つ。

「青葉、愛鷹さん、お先に行きますね」

「無様にこけないでね」

にやけ面で妹に軽口をたたく青葉に衣笠も「青葉も開幕ずっこけても知らないからね」と返すと前傾姿勢を取って発艦に備えた。

《ホワイトハウンド1-2、発艦シークエンスに移行。発艦よろし》

「青葉型重巡衣笠、ホワイトハウンド1-2、出撃よ!」

発艦申告を告げた衣笠が発艦警報が鳴った後に発艦すると、次は青葉の番である。

「先に行きますよ愛鷹さん」

横目で愛鷹に告げた青葉の踝の辺りをランチバーが固定し、青葉は正面を見据える。

《ホワイトハウンド1-1、発艦シークエンスに移行、発艦よろし》

「了解、第三三戦隊ホワイトハウンド1-1、青葉型重巡青葉出撃しまーす!」

発艦警報が鳴ると青葉の発艦パネルが加速をかけた。

 

部下が全員発艦するのを確認した愛鷹はタブレットを数錠飲んで軽くため息を吐く。

ス級がいると言う情報に恐怖心はあった。だが、状況次第と立ち回りでなら何とでもなる筈だ。

ランチバーが踝を固定し、艤装の主砲類が発艦時に備えて重量バランスを考慮して多少向きを変える。

《カタパルトボルテージ、一八〇でキープ》

《特殊コアと艦娘とのリンクに異常なし。平常値をキープ》

コートのポケットから先日ブラックバーンからプレゼントされた手袋を出す。白い頑丈な素材の生地だ。

老化の兆しを薄っすらと滲ませてきている手に手袋を嵌める。中々嵌め心地の良い手袋だ。

《発艦針路上に異常なし。進路クリア。ホワイトハウンド0-0、発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

発艦指揮所のGOサインを聞き愛鷹は正面を見据えると、手袋を嵌めた両手で艤装操作グリップを握りしめ発艦申告を告げた。

「第三三戦隊愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹、ホワイトハウンド0-0、出る!」

発艦士官が右手を振って出力上げを指示して来る。規定通り主機に第一戦速までの主力を出させると親指を立て、敬礼を送った。

答礼した発艦士官が身を屈めて右手を艦尾方向へ延ばすと、愛鷹は軽く腰を落としてカタパルト発艦時のGに備えた前傾姿勢を取る。

発艦警報が鳴った直後、加速のGが体にかかり愛鷹を一気に第一戦速へと加速させ、大西洋の海へと射出した。

 

曇天の下で第三三戦隊水上部隊は単従陣を組むと、予定していたキース島偵察エリアの一つであるEフィールドへと進出した。

 

 

一方「ズムウォルト」の艦尾のヘリ甲板では瑞鳳が弓を構えて偵察機である天山一二型甲の発艦作業に当たっていた。

彩雲から天山一二型甲に統一し、搭載機数は一六機に減じてはいるが索敵能力自体は維持されている。

三海域へそれぞれ二機ずつ発艦させ、機上広域索敵電探を積極出来に活用しながらの航空偵察だ。二機で行うのは情報確認の確実性を上げる為である。

「この天気で、果たしてどの程度航空偵察が捗るかな」

厚い雲に覆われた空を見上げる瑞鳳の顔は晴れ晴れとしないものだった。

 

 

「ズムウォルト」から発艦した愛鷹以下Eフィールドへの水上偵察隊は出撃から三〇分程でEフィールドへ到達した。

海域に到達すると愛鷹は母艦「ズムウォルト」にEフィールドでの作戦開始の報を入れる。

「こちらホワイトハウンド0-0、我AOに進入。作戦行動を開始する」

旗艦愛鷹に続く青葉は瑞雲12型の発艦作業を始めていた。

種子島の時と同じアオバンドのコールサインの瑞雲12型を二機のエレメントを組ませて四隊発艦させる。

カタパルトから乾いた音を立てて瑞雲が射出され、エンジン音を立てながら曇天の空へと上昇していく。

先行していく青葉の瑞雲に続き、愛鷹からはコールサイン・ギャラクシーの天山一二型甲第一一八特別航空団仕様のAEW機(早期警戒機)仕様を上げる。

カタパルトから天山が一機発艦して瑞雲隊よりも高い高度へと上昇していくのを見送りながら、愛鷹は始まった偵察作戦が上手く行くことを胸の内に祈った。

 




小話・絶対防衛戦略海域C8Sの名前の元ネタはエースコンバットゼロの「円卓」ことベルカ絶対防衛戦略空域B7Rです。

M.I.AからK.I.Aへと状況を変更されたジェーナスですが、彼女が本当に命を落としたのか、については今は話せません。
ただ、ウォースパイトの様に「絶望にはまだ早い」とだけは言えます。

ブロッケードランナー作戦に参加するグレイハウンド隊の駆逐艦キーリング、ジェームス、ヴィクトール、フリゲートのダッジの四人は映画「グレイハウンド」及びその原作C・S・フォレスター氏の「駆逐艦キーリング」を基にした登場となります。

ドイツ艦隊北海任務部隊司令官のミヒャエル・ターヴィ中将は、同じハーメルンユーザーで「艦これ ModrenRecord」シリーズの作者の箕理・田米李さんに許可を頂きご本人をイメージしたキャラとモチーフ名となっております(あまり名前に名残はないかも)。
愛鷹誕生のきっかけを作る闇を持つ武本とは、また一味違った癖者です。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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