艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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イベント告知が来たので大急ぎで書き上げました。遂に本編五〇話目です
新手ですが新種ではない新型深海棲艦の登場回です。



第五〇話 試練の海 前編

 曇天化の元で始まった偵察任務の動きは、まず瑞鳳の航空隊偵察が深海棲艦の艦隊を発見した。

(こちらギャラクシー。ターミガン3-1より敵艦隊発見の報あり。ト級一、ヘ級二、イ級後期型三からなる警戒部隊の模様)

 ターミガン3-1はターミガン3-2と共にSフィールドを偵察していた機体だ。

 手持ちのPDAと海図に発見された敵艦隊の位置情報を愛鷹が書き込んでいると、今度はNフィールドを捜索中のターミガン1-1からヘ級一、ロ級五からなる水雷戦隊発見の報が入る。

 腕時計を見ると作戦開始からまだ二時間も経っていない。二時間以内に早くも二つの敵艦隊を発見するとは。

 そこそこの数の艦隊が展開しているのだろうか。

キース島一帯の偵察海域は、三フィールド毎に天山一二型甲の機上電探索敵能力の限界に近い範囲になる一〇〇キロ圏内で行っている。

 愛鷹達が担当するEフィールドも同じ範囲で行っているが、こちらは人間であるが故に航空機索敵より限界がある艦娘の不足分を補う為に、天山一二型甲よりは航空索敵能力には劣るが、人間よりは索敵能力の高い青葉の瑞雲12型で補っている。

 Eフィールドの索敵はZ字を逆にした航路で捜索しながら行っていく。Eフィールドは愛鷹がキース島に設けた索敵エリアの中でも、比較的航行のしやすいエリアで無人島も多くウェイポイント設定もしやすかった。

とは言え、海底火山活動はそれなりに活発で海中の騒音は常に酷く、変温層の変動と海中の潮流も早い為対潜警戒の面では不利な所があった。

 もっとも海中を進む潜水艦側にとっては航行の難所である条件が揃っているので、愛鷹はEフィールドには潜水艦は恐らくあまり展開していないだろうと踏んでいた。

 深海棲艦もこの海域の海中の特性を見越し、潜水艦隊に代わって重巡級や軽巡級を基幹とした水上警戒部隊を複数配置している筈だ。

 もし水上警戒部隊を発見した時はどうするか。

 始めは偵察に徹し、出来るだけ交戦し無い方針だったが、ブロッケードランナー作戦に参加できる味方艦娘が四人だけと知ってからは、積極的に潰していく捜索撃滅戦に切り替えていた。

予定航路を航行する愛鷹が気がかりにしていたのは空母の存在だ。

 キース島への空爆は何度か行われているが。それらは全て青いオーラを纏った通常型でタコヤキや重攻撃機などは確認されていない。

 もっとも通常型とは言え青いオーラを纏っているとなれば、一般的なヲ級やヌ級当たりの空母が運用しているのは間違いないし、性能もそこそこ高い。侮っては拙い航空機だ。

 第三三戦隊の今の防空航空戦力は愛鷹の烈風改二二〇機の練度次第と言うところだ。青葉の瑞雲12型は出来るだけ対潜哨戒や偵察に温存して、防空戦闘には使いたくなかった。

 

「見渡す限り、陰鬱な雲ばっかりね」

 双眼鏡を覗いていた夕張がため息交じりに呟く。

低く垂れこめる雲がまだ昼間にも関わらず薄暗い世界を作り出している。日の上りに関しては北海の時間帯と慣れ親しんだ日本の時間帯とで差があるとは言え、今の時間帯は北海でも晴れていれば青空が見られる。

 しかし今は生憎分厚い雲が空を覆いつくしていた。

(目を細めてみれば、生まれ故郷の海にそっくり……)

 口には出さずに愛鷹は胸の中で呟いた。愛鷹の生まれ故郷は北海ではなく、別の北の海の孤島だが。

「波が高くなってきましたねえ。大体一メートルくらいでしょうかね」

 空と同じ様に表情を曇らせた青葉が自分の背中に向かって言う。

 波が高くなっているのは第三三戦隊メンバーにはいい話ではない。所詮人間サイズの艦娘にとって波が一メートルでもあれば安定性に大きく影響される。

 勿論ほぼ同サイズの深海棲艦も同じ影響を受けるが、巨大な棲姫級ならある程度はそれらを打ち消せる。

 第三三戦隊で一番の大型艦である愛鷹の安定性でも、今荒くなり始める波の高さには敵わない所がある。

「思っていた以上に天候悪化が進んでいますね。各艦距離を離さないで。深雪さん、殿の蒼月さんがしっかり付いて生きているか常に確認を」

 ヘッドセットに続航する深雪に北海での経験が皆無な蒼月の面倒見を頼むと、元気な声が返る。

「はいよ! 蒼月、フラフラしないで深雪様のケツについて来いよ」

「しっかりくっついていますよ」

 深雪同様元気な蒼月の声がヘッドセットから聞こえて来る。

 自分も北海の海は初めてだが、荒天下航行は施設時代にずぶ濡れになりながら何度も何度も繰り返しているし、航行訓練自体はそれこそ施設時代休み無しに叩き込まれたから問題ない。

 波の高さの問題なら既に沖ノ鳥島でもっと酷いのを経験したからその時の経験が自分の中に生きてはいる。

 だが蒼月は自分とは違って駆逐艦だから艤装の航行能力や経験、環境への適応性に劣っている。蒼月本人がそもそも第三三戦隊に引き抜くまで引き籠りがちだったから、外洋航行経験の差では自分より劣っている面が大きい。

 青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳はその点経験豊富だし、全員欧州への派遣経験が一回はあったから全く不慣れな海と言う訳ではない。

 ホームグラウンドの海でもないが、航海の経験の差では確かなものがある。

 風が少し強くなって来ているのが気になる。低気圧でも近づいているのだろうか。

 予報では嵐や低気圧の類は未確認だったが、気象衛星が使えないので精度は不十分だから知らぬ間に発生していてもおかしくない。

 舌で唇を舐めて湿度を図る。唾が唇にじわりと滲み続けるから湿度は高い。気圧も低めだ。

 これは近い内に海が荒れる予感がした。

 自分の腰ほどもある波を一つ越えながら、肌寒さを少し感じる。気温は以前と比べて上がっているとは言っても二五度も行っていない。

「皆さん、気分は?」

「ちょっと肌寒いですね」

 出撃以来ずっと黙っていた衣笠が初めて返す。天候が悪いと衣笠は口数が少なくなりがちだった。

 青葉や本人も言っていたが雨女を気にするし、晴れ空の時は調子が良いのは良く見ているから今の衣笠の気分が微妙に沈んでいるのは分かった。

「やっぱり……ちょっと積みすぎたかな、って感じです」

「相変わらず過積載だな」

 そう答える夕張に深雪がため息交じりにぼやいた。

 双眼鏡で警戒監視に当たる青葉は特に何も言わないが、あまり晴れた表情ではない。最後尾の蒼月は深雪の後を追い駆けるのと警戒監視で忙しいらしく体調がどうのこうのは頭に無い様だ。

 ふと上空で光を見つけた。設定した逆Z字航路の変針点の最初のポイントに先行して向かわせていた青葉の瑞雲12型からの変針を知らせる発光信号だ。

 変針点を間違えない様にあらかじめ愛鷹は、青葉に偵察航路上の二つの変針点と、偵察航路を終えた後の帰投時の変針点の三か所に瑞雲12型を待機させていた。

「愛鷹より全艦、アオバンド9より変針点発光信号確認。取舵一杯。新針路一-〇-〇へ。速度は維持」

 そう告げた愛鷹が体を左に傾けながら取り舵に切って進路を変更する。それに続く形で単従陣を組んでいる青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月が回頭を始める。

 

 敵影発見の報も入らないまま一時間が過ぎる。

 ウェイポイントに設定したキース島近海にある小さな無人島だらけのアズナブール諸島に差し掛かる。

一時間もあれば一周できそうな孤島の群れを横目に航行していると、ギャラクシーから通信が入った。

(ターミガン2-1より深海棲艦艦隊発見の報あり。リ級三、イ級三の重巡戦隊の模様。数二を同時に確認)

「重巡戦隊二つ。リ級の種類は?」

(flagshipとeliteが三隻ずつの模様。イ級は後期か通常かは確認困難との事)

「了解、中継と警戒監視を続行せよ。アウト」

 flagship級のelite級のリ級が合わせて六隻は第一関門になる得る障害だ。未確認の敵艦隊の存在も併せてリ級が最初の問題点だ。

 重巡が今発見された六隻だけならまだ勝機はある方だ。これが後数個あったら流石に厳しい。ネ級もいたら頭数で劣るこちらにとっては分が悪いし、戦艦戦隊もいたらなお分が悪い。

 いくら自分と青葉と衣笠がいると言っても、今回の任務は基地航空隊の航空支援などが得られない。

 PDAに位置情報を記入しているとターミガン1-1からリ級elite二、ト級一、イ級三の艦隊発見の続報が入る。

それらもPDAに記録しながら、まだ重艦艇が見つからない事に不思議な気持ちになる。

ス級もいるはずの海域なのに見つかるのは重巡以下の艦艇ばかりだ。

 

(何かおかしい)

 

 はっきりと嫌な予感染みたものを、偶然とは思えないモノを感じる。これまでキース島へ行われて来た攻撃の規模と釣り合わない。

何処かに主力がいる筈だがまだ気配を感じない。

「何と言うか、静かですね……深海棲艦は何考えているんですかねぇ……」

 同じ事を考えていたらしい青葉の言葉に愛鷹は無言で頷く。

腕時計と天測航法で現在位置を確認する。海が荒れ始めたせいか思っていたより予定航路スケジュールに遅れが出ていた。

 遅れの発生がどの程度三日と言う限られた偵察期間に影響を与えるか。

 先行きを危ぶむ愛鷹が海図をポケットにしまって双眼鏡で周囲警戒に戻った時、第三三戦隊の針路上を偵察していたアオバンド11から緊急電が入る。

(こちらアオバンド11、コンタクト。リ級elite三、ホ級一、イ級二の艦隊を捕捉。距離三万、方位二-一-〇、敵針一-五-〇。いや敵艦隊増速し変針、そちらへ針路をとった)

「了解。アオバンド11は敵艦隊の対空砲火に注意しつつ追跡を継続。我が方は敵艦隊を撃滅する。

旗艦愛鷹より全艦、リ級三、ホ級一、イ級二の艦隊を偵察機が捕捉しました。敵艦隊は変針増速してこちらへ接近中。我々はこれを迎え撃ちます。

全艦、戦闘配置。対水上戦闘用意! 最大戦速、黒二〇」

 続航する五人からの了解、の返事が唱和して返される。

 戦闘配置並びに対水上戦闘用意を発令したは良いが、この荒波の中でどれ程射撃精度を維持出来るだろうか。

また一つ高い波を越えながら愛鷹は敵艦隊が来るであろう右手の海上を見て目を細める。

 HUDに《STANBY》と表示される。同時に湿度、温度、風向き、風速等の各種気象データも表示された。

 上下に大きく振れるピッチスケールが今の自分達の安定性の悪さを教えて来る。

 これはかなりの近距離砲戦でないと命中率が大幅に低下しそうだ。だが近距離での砲戦は必然的に被弾する可能性も高まる。

冷や汗が制帽の下の額に滲む。

 敵艦隊は上空のアオバンド11には構わずこちらを目指していた。程なく愛鷹の水上レーダーでも艦影を捕捉出来た。

 シークラッターのせいでHUDに表示される艦影が安定しない。レーダー管制射撃でもあまり精度は期待できる気がしなかった。

 HUDに《RANGE ON》と表示されると、牽制射撃と精度の確認の為に愛鷹は主砲の砲撃を行った。

「第一目標敵重巡リ級。右対水上戦闘」

四一センチ三連装主砲と連装主砲の二基が右舷側を指向し、砲身が仰角を調整する。

「主砲撃ちー方始めー。発砲、てぇーっ!」

 五門の主砲の砲口から砲炎が迸り、火炎と共に砲身が勢い良く後退する。撃ち出された四一センチ主砲弾が飛翔音を立てながら鈍色の空を駆け抜けていく。

 ああ、これはダメだ、と直感で愛鷹は砲弾の着弾予測を悟った。

 飛翔していく砲弾の光が敵艦隊より随分手前に落ちて行く。

「諸元修正急げ」

 再装填と主砲の射角修正を行っていると、レーダーに表示されている敵艦隊が針路を変えた。

「敵艦隊進路変更。新針路〇-九-〇。接近戦を挑むか……面舵一杯、艦隊新針路二-七-〇へ」

「新針路二-七-〇、ヨーソロー。反航戦ですか」

 そう確認して来る青葉に無言で頷く。反航戦は砲撃の回数が限られてくるから命中精度が重要だ。

 単従陣を維持する第三三戦隊と反航戦を描く深海棲艦艦隊も主砲射程圏内にこちらを捉えるや、砲撃を開始する。

 艤装内に新設されたCICから装備妖精の張り詰めた報告が入る。

(ESM(電波逆探知機)探知。敵艦隊よりレーダー照射、ロックオンされました!)

 この波でなら向こうもそう簡単には当てられない筈。

そう踏む愛鷹が曇天の空を見上げていると深海棲艦が放った砲撃が飛翔して来た。

 念の為に左手で右の腰の刀の柄を掴むが、引き抜くまでもなく敵弾は第三三戦隊の居ない所へと着弾する。

 やはり向こうも荒波で中距離での砲撃精度が低下している。お互い近距離での砲戦でないと有効弾は望めそうにない。

脅威はリ級。自分がなるべく早くに始末しないと第三三戦隊の仲間達が危ない。

 反航戦なだけに距離が急速に縮まる。再装填が終わり諸元修正を終えた主砲を構え直すと、HUDと荒波の向こうの敵艦の両方を睨みながら第二射を放つ。

 四一センチ主砲五門の砲口から徹甲弾が火炎と共に撃ち出され、空気を切り裂く飛翔音と共にリ級へと伸びて行く。

今度は距離も縮まっていただけにリ級の鼻先に着弾した。

「いいわね」

 いける、と思った時、深海棲艦側も砲撃を行った。

 本来速射性では向こうが上だ。にも拘らず今更ながらの第二射という事は、向こうも距離を縮めた事で必中の狙いを澄まして有効弾を送り込んできているという事だ。

 次は当たる、その直感に体が自然に動いた。

 右腰の鞘から抜かれた刀が耳で感じ取った敵弾を一凪して無力化する。第二弾も落ち着いて弾道を読み切り明後日の方向へと弾き飛ばす。

他の砲撃の砲弾が第三三戦隊を挟叉するが、誰も動じない。

「全艦、右砲戦、雷撃戦準備! 旗艦指示の目標に対し各艦各個に攻撃始め」

 続航する仲間に指示を下しながらリ級に対し再装填と諸元修正が終わった主砲を向け直し、三度の砲撃を行う。

 発砲遅延装置で微妙にずれて響く五回の砲声と共に砲弾が撃ち出され、真っ赤に焼けた砲弾が轟音を立てながら空中を飛翔していく。

 背後から青葉と衣笠の主砲発砲音も聞こえて来た。

二番艦、三番艦のリ級の周囲に青葉と衣笠の砲撃が着弾する。当てるにはもう数斉射必要な精度だ。

 一方自分の砲撃は僅かにリ級を捉え損ね、右舷側の至近距離に着弾し、四一センチ主砲弾の立てた水柱がリ級の姿勢を大きく崩していた。

 再装填を急ぐ愛鷹が深海棲艦艦隊を見つめていると、自分の砲撃の結果姿勢を大きく崩された一番艦リ級のせいで深海棲艦側の隊列に乱れが生じた。

 水柱に煽られているリ級を見据えながら冷静に、落ち着いて再装填が終わるのを待つ。

《RELOAD COMPLETE》の表示が出ると射撃トリガーを引き絞った。

 直ぐ傍に突き立てられた水柱に煽られていたリ級が立て直して愛鷹へ向けて砲撃を放った直後、先んじて放たれていた愛鷹の砲弾がリ級を捉える。

轟音と爆発音が海上に轟き、リ級が爆発炎と黒煙の中に包まれる。

 一番艦轟沈を確認する愛鷹の背後から青葉と衣笠の主砲斉射の砲声が轟く。

二番艦のリ級を狙う青葉の砲撃が二番艦の左舷側に着弾する一方、三番艦のリ級を狙った衣笠の砲弾は三番艦の鼻先に着弾する。

 やはり波に煽られて二人の射撃の精度が低下している。もっと距離を詰めないと有効弾は難しい。

 だが距離を詰めるという事は必然的にこちらが被弾する確率も上がる。ハイリスクハイリターンだ。

何とか躱してくれる事を祈りながら愛鷹はホ級とイ級の動向を窺う。

 するとイ級が揃って潜航し、単従陣から離れた。まるで愛鷹に見られているのに気が付いたかのような挙動だ。

 軽く舌打ちをしてHUDの表示をソナーに切り替える。左手の刀を一旦鞘にしまい込み、その手でヘッドセットを抑えて聴音の為に耳を澄ませる。

 ソナーから聞き取る海中の音に再度舌打ちをした。海底火山の泥流音が聴音を難しくしている。

 

 酷いノイズに塗れた海中の向こうを見透かすように聴音する愛鷹の背後では青葉と衣笠の砲撃が続いていた。

「発砲、てぇーっ!」

 HUDと敵艦の両方を睨み、左手で握る射撃グリップの砲撃ボタンを押すと、青葉が右肩に担ぐ二〇・三センチ連装主砲二基が発砲の砲炎を瞬かせる。

 迸る火炎を突き破って撃ち出された徹甲弾が青葉の狙っている二番艦リ級の左舷側に着弾する。

(またずれてる)

 荒波で上手く当てて行けない自分にじわりと焦りを感じるが、深海棲艦側も一番艦轟沈の影響で陣形再編に手間取っている。

チャンスを逃す手はない。再装填を終えた主砲を構え直すと砲撃ボタンを押す。

 砲声が四回響き、四発の砲弾がリ級二番艦へと飛んで行く。後ろの衣笠も続けて発砲する。

 刹那、リ級二番艦に青葉の放った主砲弾直撃の閃光が走った。直撃を受けたリ級が姿勢を崩すのが見せる。

 ほぼ同時に衣笠の砲撃も三番艦リ級に着弾する。

 二人同時にそれぞれの目標に直撃弾を出すが、流石に二人の砲撃の一撃程度ではリ級は沈まない。

即座に被弾箇所から黒煙と体液らしきものを流しながら反撃の砲撃を放つ。

 アレは当たらない、と青葉が直感で感じ取った自身への砲撃の砲弾が海面に着弾し、跳弾となって何処かへと飛び去る。

三番艦からの砲撃も衣笠を捉える事は無い。

 行ける、と青葉が再び砲撃を行うと四発中二発がリ級に命中した。すでに一発喰らっていたリ級に新たに二発命中するとリ級は悶え苦しむ様に黒煙を吐きながら膝をつく。

 衣笠は青葉より主砲の数が一基多い分、投射できる火力も多いだけに三番艦には三発もの直撃弾を叩き付けていた。

 二番艦同様大破確実の被害を受けた三番艦が炎上する中、続航していたホ級が前へ出て青葉と衣笠に主砲の速射を始める。

 すると前へ出たホ級へ夕張は甲標的を発進させた。魚雷二発を備えた小型潜水艇が海中に躍り出て青葉と衣笠へ牽制射撃を行うホ級へと忍び寄る。

 青葉と衣笠に気を取られて主砲を速射するホ級へ距離を詰めた甲標的は、躱し様の無い距離から搭載する魚雷二発を発射して即座に反転する。

 魚雷航走音を探知したホ級が即座に回避運動に移るが、至近距離まで肉薄して放たれた魚雷がホ級を逃さない。

二発とも直撃し、二つの水柱の中でホ級が轟沈の閃光と爆発音を上げる。

 甲標的を用いた遠隔精密雷撃で夕張が軽巡一を撃沈する中、青葉と衣笠も大破したリ級へそれぞれ止めの一撃を撃ち込む。

 二人の砲撃が揃ってそれぞれが狙っているリ級に着弾し、止めを刺された二隻の重巡が炎上しながら波間の下へと消える。

「撃沈確認! 見事なもんだ!」

 弾んだ声で深雪が三人の戦果を褒めた時、聴音を行っていた愛鷹から警報が飛ぶ。

「魚雷航走音探知。雷数八、散開斉射でこちらへ急速接近中。方位一-八-〇、敵針〇-四-五。距離二〇〇メートル、回避運動!」

 潜航した状態でイ級が魚雷全弾を発射していた。海中の騒音に紛れて意外と近くから発射していた。

 回避運動を取る第三三戦隊の直ぐ近くを白い雷跡が過ぎ去る。一発は蒼月のすぐ後ろを通り過ぎて近接信管を爆発させ蒼月の姿勢を崩し、一発が青葉のローファーの裏の舵を掠め、彼女の肝を冷やす。

 潜水艦ではない可潜艦であるイ級は長くは潜航出来ないだけに浮上して来る所さえ分かれば、勝利は第三三戦隊のモノだった。

「イ級浮上します、方位二-〇-〇、距離二五〇。全艦一斉撃ち方用意」

 ヘッドセットに当てていた左手を上げる愛鷹の視線の先でイ級が浮上する。

「砲撃、始め! てぇーっ!」

 二〇・三センチ、一四センチ連装砲改、一二・七センチ連装砲A型改三、長一〇センチ高角砲の一斉射撃がイ級二隻に浴びせられる。

 波の影響で直ぐには直撃弾を出せないが、二隻の周囲に着弾の水柱が林立する。

「随意射撃、続けて撃て! 発砲!」

 冷徹に指示を下す愛鷹の指示の元、間断の無い射撃が二隻の駆逐艦に浴びせられる。イ級が反撃の砲撃を衣笠目がけて放ち、不意打ちを食らった衣笠の背中の艦橋部分を鈍い金属音を立てながら一発が掠めて飛ぶ。

「うわぁっ!」

 掠め飛んだ砲弾に衣笠が驚きの声を上げた時、イ級一隻が直撃と爆発の轟音を上げる。

 海上に爆発と水柱を突き上げて爆沈するイ級に続いて、もう一隻が被弾しそのまま黒煙を上げて瞬く間に波間の下へと姿を消した。

 六隻全艦撃沈を確認した愛鷹が深々と溜息を吐くと、乱れかけている単従陣の再編と被害確認を取る。

 幸いにも蒼月が至近距離で爆発した魚雷の爆圧で舵に微ダメージと、衣笠が艦橋に掠り傷をつけられた以外に被害は無かった。

 微ダメージを受けた蒼月に寄った夕張が蒼月の足元に屈んでハンド工具セットを艤装から取り出し、爆圧でダメージを受けた主機の舵の不具合を修整する。

「夕張さん、蒼月さんの舵のダメージの度合いは?」

「大したことはりません。三分もあれば元通りです」

 確認を取る愛鷹に夕張は手早く蒼月の舵の不具合を治しながら答える。

 蒼月と夕張が一時的に戦列外なのでそれ以外のメンバーで修理完了までの警戒に当たる。

 手早く済ませた夕張がポンと蒼月の主機の脹脛を叩いて「これでよし!」と頷いた。

 

 修理が終わるまでに愛鷹もタブレットを数錠呑み込んで体が悲鳴を上げのを予防すると、隊列の再編をかけ、元の進路へと舵を切った。

 時計を見ると思っていた以上に時間を戦闘に割いていた。偵察任務に戻らないとスケジュール以内に深海棲艦の展開状況把握が終わらない。

 遅れを取り戻さないと、と焦りがじわりと額に汗となって滲んだ。

 

 

 隊列を再編して元の偵察航路へ戻った後、ターミガン1-1と3-1から軽巡戦隊と重巡戦隊をそれぞれ一つずつ発見の報告が入る。

PDAに情報を書き込む一方で、重艦艇が中々見つからない事に愛鷹は嫌な予感を感じていた。

 どうにも様子がおかしい。見つかる敵艦隊はどれも警戒部隊の範囲内だ。

 巡洋艦戦隊は決して侮れない戦力とは言え、もっと脅威度の高い戦艦や空母が未だに見つからないのが愛鷹には気がかりだった。

 一応まだ任務は始まったばかりとは言え、自分で見る限り天候の悪化が予想されるだけに時間的余裕はあまり感じない。

 良くて天候が持つのはあと一日程度か。

 なるべく早く敵艦隊の展開状況把握を終えないと、ブロッケードランナー作戦に影響を与えてしまう。

 今この時も多くのキース島の民間人や、ス級の艦砲射撃で負傷した軍民の負傷者は島からの脱出の時を待っている。

 人々の為にも、と愛鷹はじわりと滲む額の汗を右手の甲で拭った。

 

 

 二度目の変針点を迎えて進路を北西に切り替えた時、最後の変針点で待機しているアオバンド12から通信が入った。

(こちらアオバンド12。我機上レーダーにて深海棲艦の艦上偵察機を発見。反応から通常型と見られる。種別は不明)

「通常型の艦上偵察機がこの海域に?」

 空母機動部隊がこのEフィールドに展開しているのか?

 通常型の艦上偵察機はそこそこ足が長い。具体的な航続距離は不明だが天山一二型甲より少し長い程度だとされている。

 往路などを考えたらそう遠くない所に空母機動部隊がいる、と考える愛鷹は青葉に瑞雲12型の偵察増備を命じた。

 瑞雲12型の足の速さなら通常型艦上偵察機の後も追える。トレースして敵空母の位置を特定するのも可能な筈だ。

「アオバンド15、16発艦!」

 カタパルトから乾いた射出音が聞こえ、青葉の構える飛行甲板から瑞雲12型二機が発艦する。

 エンジン音を空に響かせながら二機の瑞雲が、アオバンド12がレーダーで捉えた偵察機の居る方へとギャラクシーの空中誘導の元向かう。

 もし空母がいるとしたら、次は対空戦闘か、と主砲に対空弾を装填しようかと考えていると、ギャラクシーからも艦上偵察機をレーダーで探知したと報告が入る。

 入って来る報告に青葉が腕を組み、片腕を顎に添えて唸る。

「こちらに気が付いたんでしょうかね」

「まだ分かりません」

 頭を振って返しながらも深海棲艦の艦上偵察機に察知されない様に全員の対空電探を一旦停止させる。

 暫くして瑞雲が偵察機をレーダーで捕捉し追跡に移ったことを知らせて来た。

 こちらの位置を悟られない様に対空レーダーを切っている関係上、広域対空警戒管制はギャラクシー頼りだ。

 目と耳での監視も行うが、レーダーが使えない分自力での探知範囲は狭まる。通信を傍受やこちらの位置を通信で特定されない為にも通信はギャラクシーからの一方通信のみだ。

 捜索撃滅戦の筈が、身を隠していなければいけないとは、面倒な事だ、と愛鷹はため息を吐く。

 ソナーの聴音は相変わらず火山活動による泥流音でノイズが酷くろくな探知範囲を得られない。

 天山偵察隊からはターミガン2-1からヘ級二、イ級四の水雷戦隊発見の報が入った以外に続報が入らない。

 第三三戦隊のメンバーは皆黙って警戒監視に当たっている。普段なら誰かしら雰囲気やモチベーション上げに軽口の一つ叩いていただろうが、今は誰も喋る気にはならない様で口を開く様子はない。

 任務に集中している、と考えればよいと思いながらも、あまり黙り込んでしまうと流石に愛鷹も全員の士気が心配になる。

 天候は相変わらず荒れ気味で航行スケジュールには遅れが生じている。

 荒天を見越して深海棲艦の主力艦隊は一旦キース島近海から避退したのだろうか。そう考えるとしっくり来るものを感じ始めた時、愛鷹のヘッドセットにギャラクシーから通信が入る。

(敵偵察機、進路変更方位二-五-〇へ変針。高度速度そのまま)

方位二-五-〇に向かった……そこに母艦がいるのだろうか。

 急に嫌な予感が愛鷹の脳裏を走る。何か良くない事が起きそうだ。

 装備妖精に発光信号を続航する青葉達に向けて打たせる。

「発光信号。《旗艦愛鷹より各艦へ伝達。敵偵察機進路変更、母艦は未だ探知できず。全艦通信管制維持》」

「了解」

 発光信号灯を構えた装備妖精が続航する後方の青葉達へと発光信号を送る。

 青葉から衣笠、夕張、深雪、蒼月へとリレーする形で愛鷹からの発光信号内容が伝達される。

 伝達が終わった時、右舷側を警戒監視していた装備妖精が反応した。

「雷です」

「嵐が近付いているか」

 嫌な予感が的中した、と愛鷹が思った時CICの装備妖精が緊迫した声で報告を上げる。

「方位二-五-〇より対水上レーダー波を逆探。反応は一」

「反応は一つ? もう一度確認を。見張り員、敵艦影は?」

訝しむ愛鷹はマストの監視装備妖精に聞く。

「確認できません」

「……」

 心臓の心拍数が上がるのが分かった。何かがいる。このEフィールドに何かがいる。敵の主力艦隊か、それとも別の何かが。

 ただ、ス級の予感がしなかった。愛鷹自身も良くは分からないがこの予感はス級ではない、と言う自信があった。

 

 動きが出たのはそれから三〇分程してからだった。

 CICからESMにて射撃管制捜索レーダー波を逆探知した、と言う報告が入った。

 即座に愛鷹は「電波管制解除」を命じると、自分の対水上レーダーを再起動させた。

 HUDのレーダーチャートに艦影が一つ映る。

(一隻? 何だろう……)

 深海棲艦の艦艇が単艦行動するのはあまりない。はぐれたり、斥候として駆逐艦が一隻航行している事はあるが。駆逐艦がこの距離で逆探知できる対水上レーダーを搭載していると言う話は聞いたことがない。

 高性能駆逐艦であるナ級でもここまでの探知範囲は持たない。このレーダー捜査能力も持っているのは大型艦、大体戦艦か空母なみだ。

 しかし、戦艦や空母が随伴艦もなしに単独行動する事はまずない。

 ではあれは何だ? と疑問が愛鷹の脳裏に浮かんだ時、レーダーチャートに表示されている敵艦表示が針路を変更してこちらへと向かって来た。

(ギャラクシーから愛鷹。ボギーが急速接近中、速い、速いぞ。交戦に備えよ)

「了解、追跡を続行せよ」

 レーダーでも急速にこっちらへと向かって来る敵艦が捕捉出来た。

(何者なんだコイツは……まっすぐ向かって来る……)

 心臓の動悸が緊張で更に激しくなり微妙に息苦しさを感じる。タブレットを数錠また呑み込んで接近する敵艦に備える。

「全艦、アンノウン急速接近中。対水上戦闘用意」

「アンノウン?」

 アンノウン、て何ですかと言いたげな青葉の言葉に答える様に愛鷹のマストの監視装備妖精がゾッとする報告を入れた。

「艦影捕捉! 敵艦は戦艦レ級!」

「れ、レ級⁉」

 戦艦であり、航空母艦並みの艦載機運用能力、更に重雷装艦であり、対潜攻撃も可能な深海棲艦の万能戦艦。隙が無いその武装で艦娘を苦しめて来た相手だ。

 レ級の航空戦力は単艦でヲ級やヌ級からなる空母機動部隊に匹敵する。

 キース島を空爆していたのはレ級の艦載機だったと言うのだろうか。しかし主に太平洋のコードネーム・サーモン海域北部でしか活動していない筈のレ級が何故ここに。

 それに、と愛鷹はもう一つ疑念が沸いた。確かにレ級の艦載機運用能力は空母機動部隊一つに匹敵するが、事前情報から推測する辺りキース島を爆撃していた航空戦力とレ級の航空戦力では釣りあっていない所がある。明らかにレ級単艦の航空戦力を上回っている。

 やはり別個に空母機動部隊がいるのだろうか、と思っていた時、見張り妖精が裏返った声を上げた。

「レ級のオーラがおかしいです」

「オーラがおかしい?」

 どう言う意味だ、と言う様に聞き返す愛鷹に見張り妖精は震える声で返した。

「黄色のオーラです。ああいうのはflagship級固有のオーラです」

「でも、レ級にはflagship級はいない筈。それに確かレ級にはレーダーは搭載されていない……」

 そう呟いていた時、パズルのピースが嵌まるような音が愛鷹の頭の中で聞こえた。

 

 確認されているレ級の航空戦力を上回る航空勢力を運用出来る、新型のレ級……黄色のオーラを纏った新型のレ級flagship級……。

 

 拙い、これは拙い。

ス級と対峙して来た時とはまた別の恐怖感を感じた時、CICから「敵艦よりレーダー照射、ロックオンされました!」と報告が入る。

 どうする、威力偵察として交戦するか、それとも一旦退却するか。

 迷っていると砲弾の飛翔音が空の彼方から響いて来た。

レ級の主砲はずば抜けた大火力と言う訳ではなく、ル級flagship級とは大差ない。だがそれは既存データのelite級までのレ級のデータ。

 今会敵した新種のflagship級と思われる、いやflagship級のレ級の火力は未確認だ。

 砲弾の飛翔音に耳を澄ましていると、狙われているのは自分だけだと分かった。

 即座に両腰から刀を引き抜き、飛翔して来たレ級の砲撃の内、直撃すると見た砲弾だけを切り飛ばす。

外れた砲弾が愛鷹の周囲に高い水柱を突き上げる。

 切り裂いた砲弾の硬さに腕に微かな痛みが走る。自分はまだレ級との交戦経験は無いがス級の砲撃を切り裂いた時とはまた違った辛みが腕に走る。

 弾芯に新型の素材でも使っているのだろうか、と思っているとまた飛翔音が響いて来て自分に降り注いできた。

 レ級も荒天の波で正確な射撃が出来ていない様だが、それでも恐ろしく正確な射撃と速射で砲弾をこちらへと撃ち込んで来る。

 至近弾の水柱を突き破りながら、愛鷹は撤退を発令した。

「全艦、撤退、撤退! 敵艦は戦艦レ級の新型flagship級の模様。私達の手に余る敵です。全艦、一時撤退!」

「反転一八〇度、最大戦速!」

撤退を指示する自分に続き、青葉が補う様に指示を出す。

 

 一目散に離脱にかかる第三三戦隊に対し、レ級flagship級は追撃を止めようとしない。

 背中を見せて離脱を図る六人にレ級flagship級は間断の無い砲撃を浴びせて来る。

 第三三戦隊の周囲に至近弾の水柱が林立し、炸裂した砲弾の破片が一同の身体を切りつける。

「このままじゃ一方的にやられますよ!」

 逼迫した表情で殿を務めている愛鷹に青葉が言った時、愛鷹の艤装のバイタルパートにレ級の砲撃の直撃の閃光が走る。

 爆発炎が走り、愛鷹が突き飛ばされた様によろめく。砲撃は辛うじてバイタルパートで弾けたようだが、直撃を受けたという事はレ級の次からの砲撃も当たるという事だ。

 愛鷹を焦らせたのは直撃を受けたという事だけでなく、レ級の追撃速度の速さだった。ス級には劣るが恐ろしく速い。

最大戦速で離脱にかかるこちらに対し余裕で距離を詰めて来ている。

 

 やるしかない。

 

 そう決意すると愛鷹は青葉に手短に指示を下す。

「第三三戦隊は直ちに現海域を離脱。旗艦愛鷹はこれより遅滞戦闘に入る。第三三戦隊臨時旗艦は青葉に一任。戦隊は海域からの離脱を優先せよ」

 その言葉に深雪が抗議の声を上げた。

「ばっきゃろう! レ級相手に、それも新種のレ級相手に愛鷹だけで相手出来る訳ねーだろ! 全員で返り討ちにしてやるのがここは定石ってもんだろ!」

「レ級の戦闘能力が不明な今は逆に全員で交戦するのは危険です。皆さんの火力では太刀打ちできません、私が直に相手取って戦闘能力を確かめます。各艦は離脱を優先。後で『ズムウォルト』で会いましょう。私が帰った時に備えてコーヒーを淹れておいてください」

 そう告げると、愛鷹は反転して自分達へと砲撃を繰り返すレ級へと立ち向かっていった。

 

 

 別に無理をして倒す気はなかった。レ級flagship級の能力を確認したいだけだ。

 とは言え、elite級までに時点ですでに脅威度はずば抜けて高い。二隻のレ級elite級で一個艦隊六隻を壊滅させた言う事例も存在する。

 それだけに侮れない存在だが、今の自分には天候と言う最大級の味方がいる。

 波が高いから流石のレ級の新種flagship級でも自分へと放つ砲火は当たらない。さっきのは単調な動きをしていたからだったし、バイタルパートでも特に重要装甲部分に運よく当たったからこちらは大破を免れた。

 とは言え、艤装の装甲の多くは超甲巡の頃から据え置きな部分もあるので油断は出来ない。

 左目のHUDのピッチスケールの上下が心なしか大きくなって来ている。波が大きくなり始め、いよいよ天候が悪化し始めたか。

唇を舐めるとじっとりと涎が唇を濡らす。湿度は極めて高く、気圧も体感で分かるほど下がっている。

 悪天候は砲撃時の砲弾の空気抵抗が下がると言う面では別に悪くは無いが、敵味方の海上での安定性をはじめとするコンディションは悪化する。

 雨が降れば目視もし辛い。

 心なしか視線の先のレ級が霞んで見える気がした。しかし、レ級の発砲のマズルフラッシュははっきりと視認出来る。

レーダーでもレ級の姿は確認出来る。ESMでは尚も強力なレーダー照射を感知しているからお互いの位置は特定しあっている状況だ。

 無駄弾を撃たず、刀でレ級の砲撃を躱し、弾き、斬り裂きながら様子を窺う。こちらが撃って来ないと見るや増速して距離を詰め、必中弾を送り込みにかかって来る。

 そうは行くか、と波とレ級の位置の両方を見切りながら舵を切る。

 外れた砲弾が轟音を立てて荒波の中に水柱を高々と突き上げる。

過去に記録されたレ級との戦闘記録動画で見た水柱と見比べる辺り、恐らく砲の口径は変わらない。

 ただ砲身長は長いのか聞こえる砲声から推測できる砲初速はかなり速いし、連射速度も戦艦の主砲としては速い。

 自分の四一センチとほぼ同じくらいの速射性か。

 再び飛来する砲弾の弾道を見切り切り裂きながら、そろそろこちらも何発か撃ち返してやるか、と主砲射撃スティックに手を伸ばす。

 流石にコンディションは悪いな、と思いつつ主砲の仰角、射角を調整する。

 レ級からは砲撃がひっきりなしに飛んでくるが、波の上下や潮流を生かして上手く回避運動を行えば案外うまく躱せた。

「よーし、そのまま、そのまま、こっちに来なさい……頂いた」

 今だ、とHUDで捉えるレ級にレティクルを合わせ、スティックの射撃トリガーを引くと第一主砲の三門の主砲の砲口が火を噴いた。

 こちらの発砲に気が付いたレ級は即座に回避運動に入る。右へとステップ回避するレ級へ第二主砲の二門が砲撃を行う。

 今度は左へとステップ回避するレ級を見据えて、二基の主砲の射撃諸元を修整する。

「次は右へ行くか……いや左ね」

 グリップのカーソルを左に回し、トリガーを引くと第一主砲が再び砲撃の砲火を轟音と共に放つ。

 そしてレ級は狙い通りの位置に動いていた。

 着弾の直前、レ級が両腕を顔面の前でクロスするのが見えた。四一センチ主砲弾二発がレ級に着弾し、命中の爆発音と閃光がレ級に走った。

 手応え耐えそのものはあったが、撃破した手応えは無かった。直撃させた程度の手応えだ。

 まあ新種のレ級が自分の主砲射撃でそう簡単にやられる訳がないだろう。それくらいは分かっている。

 案の定、直撃時の爆発の黒煙が晴れる前に、その黒煙の向こうからレ級の砲撃が飛んでくる。

 音で弾道を予測して姿勢を屈めて避ける。

 波の向こうに見えるレ級が少し苛立ちを見せているのが何となくだが察せた。

 これ程撃っても当たらなければ確かに焦れもするだろう。自分も荒天下でなければ外れまくったら確実に苛立つだろう。

 しかし、今の海上は波が高く時折その高波でお互いの姿が隠れる悪天候下だ。レーダーの目で辛うじて捕捉出来ている状態だ。

火力のごり押しス級を相手にするよりはまだマシだ、と思った時、レ級が魚雷を発射するのが見えた。

 発射雷数は五発。全弾当たったら自分の足は木っ端微塵だ。足どころか自分自身が木っ端微塵になるかもしれない。

 ソナー表示をHUDに重ねて表示させるが、やはり海中でのノイズが酷い上に最大戦速で航行する自分と荒れる海の波の音で聴音は難しい。

 ただ、五発の推進音がこちらへと向かっているのは聞こえた。

「当たらなければどうってことは無い」

 独語する様に呟きながら回避運動に入った時、魚雷の一発が爆発した。

 魚雷の爆発音でソナーの聴音が不能になる。しかし、自分の居る場所からは随分離れたところで爆発したのが気になった。

 爆発音で聴音不能なソナーを一旦切って、海図を表示し魚雷爆発ポイントと合わせる。

「なるほど」

 海図を見て魚雷が爆発した原因を察した。調停深度と射角を誤って魚雷が浅瀬に突っ込んで自爆した様だ。

 だが爆発した魚雷は一発。残る四発は爆発していない。海底に突き刺さって動きを止めたか?

 不発の四発の魚雷に不信感を抱きながら、雷撃の次はこれだと再び始まる砲撃からの回避にかかる。

 火力は低下した様子もなく、精度も変わっていない。自分の砲撃の直撃はレ級の防御力を前に無効化されたらしい。

 大和型の砲撃にも時には耐えると言うレ級elite級の耐久力を考えたら、上位種flagship級ともなれば自分の砲撃は効かない、という事だろうか。

 流石に火力で倒せないと言うのは厄介である。自分より強力な火力を持つ艦娘はこの海域に投入されない為、あのレ級を倒すとなれば自分が頑張って牽制しながら魚雷による近接雷撃で仕留めるしかない。

 可能なのは青葉、夕張、深雪、蒼月。一番宛に出来るのは雷撃戦エキスパートの深雪だが、その深雪を潰されたら拙い。他の三人の雷撃戦の腕前は悪くないが、残念ながら深雪の腕前には及ばない。

 どう攻める、今は仕留める必要は無いとは言え、この海域でス級を除くと最大級の脅威であるレ級flagship級を見据えながら、愛鷹は考える。

 飛来する砲撃を躱しながら、また一撃撃ち返す。四一センチ主砲弾が轟音を立てながら鈍色の空中を駆け抜け、レ級に着弾する。

 距離が比較的近いだけに、波によるブレで全弾命中とは行かずとも一発は当たった。

 命中の手応えはあった。だが撃破の手応えは無い。

(やはり硬い)

 レ級からのカウンターアタックの砲撃を左にステップ回避で躱しながら歯を噛み締める。

 流石は太平洋南方戦線で国連軍の攻勢を幾度も撃退している戦艦だ。上位種ともなれば手強さは更に上である。

 今相手しているflagship級でこれだが、波が穏やかな時のelite級だったらどうなっているだろうか。交戦した事がまだないので何とも言えないが、恐らく苦戦する事は間違い無い。二隻で六隻の艦娘艦隊を壊滅状態に陥らせられる相手だ。

 そろそろ潮時か、と思いながら左へと舵を切って砲撃を回避する。さっきからレ級の砲撃はやけくそにでもなったか精度が落ちていた。

 一方の愛鷹も狙って撃った砲撃の精度も二発に一発で命中になっていた。

 海図をHUDに表示して現在位置を確認する。砲撃回避を繰り返していたら随分お互いの位置が入れ替わっていた。

 五回以上も変針している。キャットファイトではないが巴戦に近いレベルの激しい入れ違いをしていた。HUDに表示される自分とレ級の航跡表示が入り混じっている。

 飛来する砲撃をひょいと躱して再びHUDの海図を見る。

 

 幸い、離脱するなら丁度いいポジションだった。

 

 頃合いもいい、引き上げようと決めた。青葉達は既に戦域外に離脱してレーダーにも映っていない。

「ギャラクシー、第三三戦隊の状況は?」

(前進して来た『ズムウォルト』に収容された。天候の悪化が酷い、そろそろ離脱しないと拙いぞ)

「了解、これよりAOより」

 そう言いかけた時、ソナーで魚雷航走音がはっきりと聞き取れた。雷数は四発。

「なに⁉」

 目を剥いて魚雷の来る方向へ目を向ける。白い殺人鬼の航跡以外は何もいない。

 潜水艦が海中の騒音に紛れて伏撃していた? いやこの海域の深度と地形では潜水艦は機動が制限されるし、潮流も早いから伏撃には不向きだ。

 

 

 じゃああの魚雷は誰が……。

 

 とにもかくにも回避運動を行うが、二発が直撃コースに乗っていた。

 即座に左腕の対空機銃で海面を撃ち、魚雷の破壊を試みる。

機銃だけでなく、高角砲も動員して海面に弾幕を張る。その間にもレ級から砲撃が飛来し、回避運動にかかりたい愛鷹の動きを牽制する。

 魚雷一発を何とか撃破し、その爆発の煽りを受けた二発目の進路が逸れた。

 アレは当たらない、と確信した愛鷹だったが、魚雷に気を取られレ級の砲撃に僅かに気が付くのが遅れた。

 咄嗟に防護機能最大展開で防ぐが、かざした手がじんと痺れる程の爆発が起きる。咄嗟だったので衝撃の受け身も満足に取れず二、三歩よろけた。

 思わずよろけて、(しまった!) と声に出さずに悲鳴を上げた時には遅かった。

 近接信管で起爆した魚雷の爆発が愛鷹を襲う。砲撃防御に防護機能のリソースを割いていた分魚雷の爆発を防ぎきれなかった。

 右足に焼けつくような痛みが走り、右下半身全体にも痛みが走る。

 歯を食いしばって痛みを堪えるが、胸から込み上げて来た熱い物を堪え切れず海に向かって吐き出す。

 

 しまった……発作だ……薬の効果が切れてる……。

 

 震え出す視界に吐き出された血が海上に血だまりを作っているのが見えた。

 タブレットを呑もうにも波の揺れと手の震えでポケットに手が延ばせない。拙い、これは拙い。

 波に揺られるままになる自分に対し、レ級は畳みかける様に砲撃を行う。刀を構える力も出ず、嘔吐と共に血反吐をまた吐く。

 何だってこんな時に、と激しくなる心臓の動悸と悲鳴を上げる体のダブルパンチに荒い息を吐いているとレ級の動きに変化が出た。砲撃を止めて海面を見て何かに警戒している様子だ。

 どうしたんだろう、とレ級の砲撃が止んだ内にとタブレットを数錠何とか掴み出して口に入れる。効果が出るまでしばし時間がかかった。

 何とか体が落ち着いた時、レ級の足に赤いものが付着し、その周囲に何かが立っているのが見えた。

 

あれは……鮫の背びれ?

 

 もしかして、とレ級が砲撃を止めた理由を悟る。自分が海に向かって吐いた時の血が波に乗ってレ級の足に付着し、偶然近くを遊弋していた鮫が血の臭いを嗅ぎつけて集まって来ている?

 ならレ級が鮫に気を引かれている内に離脱しよう、と愛鷹は右足の痛みに鎮痛剤を打ってひとまずその場からの離脱を優先した。

 少し距離を取ってから右足を見ると、主機から損傷の火花が散り、膝から下が鮮血で染まっている。主機も血まみれだ。

止血と、主機の血を拭き取らないと、レ級に向かっていた鮫が自分の方にもよって来かねない。

 ひとまず止血剤を打ち、使い捨て滅菌消毒タオルで主機の海面接地面近くの血を吹き取る。鮫除けの薬剤を主機に塗り血の匂いを消す。

 魚雷の爆発で受けた足の傷はそれほど深く無いのが幸いだった。包帯を巻きつけてその場の応急処置を済ませる。

 鮫の群れに襲われてレ級も全速で離脱を余儀なくされたらしく、ひとまず助かった事に愛鷹は安堵のため息を吐いた。

 

 「ズムウォルト」への帰路、愛鷹は海図を見て自分を襲って来た四発の魚雷の正体に気が付いた。

 先にレ級が発射した五発の魚雷が航走を止めたポイントと、自分が雷撃を受けたポイントはほぼ同じ。

 魚雷一発が浅瀬に突っ込んで爆発し、他の魚雷も迷走するか浅瀬に突っ込んで動きを止めたと思い、砲撃を躱しながらレ級の動きを探るのに夢中になっていたが、そう言う事かとやっと理解する。

 レ級が撃った魚雷の一発はソナーの聴音を掻き乱す為わざと海底に突っ込んで爆発し、残る四発は一旦動きを止めて愛鷹がレ級の攻撃を回避し、位置を変えて行く間に動きを止めた位置に来るまで息をひそめて待ち伏せしていたのだ。

 つまりレ級の砲撃は事前に撃った魚雷の待ち伏せポイントへ愛鷹を追い込む為のモノだった。

 

 狡猾な作戦だ、と愛鷹はレ級の取った作戦に舌を巻く。flagship級なだけに頭も切れる様だ。

 もしあと少しでも気が付くのが遅れていたら、自分は魚雷四発をもろに喰らって海の底だっただろう。

 大きなため息を吐きながらギャラクシーにターミガン各偵察隊に一時帰投を指示する。

 天候の悪化が進んでいる以上、これ以上の航空偵察は難しい。遭難機が出たら貴重な瑞鳳の航空戦力がそがれてしまう。

 「ズムウォルト」との会合地点を確認しながら、自分とレ級の場に割って入り込んできた形の鮫に感謝の意を覚える。

 血の臭いを嗅ぎつけて寄って来る鮫は艦娘が洋上で負傷した時、深海棲艦とはまた別の意味での脅威だが、今回愛鷹には偶然にも味方となってくれた。

 レ級に寄ってたかって来たあの鮫の種類は何というのかは分からないが、海洋生物を味方に付けられた自分の運の良さに軽く驚きもする。

「カードゲーム以外にも自分には自然の生命を味方に出来る運でもあると言うのかしら」

 沖ノ鳥島海域への偵察作戦に赴く際、イルカの群れが戯れて来た時の事を思い出しながら愛鷹は「ズムウォルト」への会合地点を目指した。

 

 

 ウェルドックが開けるギリギリの波の中、どうにか「ズムウォルト」へ帰投した時には流石の愛鷹もくたくたに疲れていた。

 艤装を外すとどっと溢れる疲れにドックのデッキ上でへたり込みそうになるが、事前に来ていた医療班のストレッチャーに載せられて一旦医務室へと運ばれる。

 魚雷の爆発で負った傷を手早く処置し、一時間余りで普通に歩ける様になる程度に回復した。

 手当を終えた後、とにかく疲れた愛鷹が休憩室へと入ると、中でテーブルの上にコーヒーカップを置いた青葉がノートPDAを片手に待っていた。

「お帰りなさい愛鷹さん。また無茶しましたね」

「ただいまです青葉さん。無茶したと聞いた大和に後で怒られそうです……」

 流石に気落ちした声で返す愛鷹に青葉は一瞬苦笑を浮かべるも、すぐに吹き消して持っていたノートPDAを愛鷹に見せた。

「今日の偵察で発見した敵艦隊の総数と陣容、展開位置を纏めておきました。それとレ級flagship級の事も」

「敵艦隊には恐らく空母機動部隊はいないでしょうね。キース島を空爆していたのはレ級flagship級の艦載機と見て間違いない。

今回確認されたflagship級は既に確認されているelite級より多くの艦載機を運用出来る航空機運用能力を備え、更にレ級として初めてレーダーも備えている。

 射撃精度は荒天下とあってあまり高くありませんでしたが、波が穏やかな時に対峙したら、艦隊には相当な脅威となるでしょうね」

「レ級flagship級のその他の特徴は何か分かりましたか?」

 そう尋ねる青葉に少し温くなったコーヒーカップを取って口に付け、深々と溜息を吐きながら愛鷹は一旦ソファアに腰掛ける。

 随分疲れたんだな、とコーヒーを飲んで癒されているらしい上官を見つめながら、制帽の下からみせる愛鷹の疲労の色を青葉は感じとる。

 暫し目を閉じて一息入れ終えた愛鷹はようやく青葉の問いに答えた。

「私の火力では残念ながら太刀打ちできそうにありません。雷撃戦でなら勝機はあるかもですが、今の天候と隙の無いレ級の戦闘力を鑑みると雷撃で仕留めるもかなりのハイリスクでしょうね」

「天候とス級と新種のレ級flagship級。課題が山積みですね」

 そう呟く青葉の表情はいつになく暗いモノだった。

 

 

 今の第三三戦隊の手持ちの戦力でキース島近海の敵艦隊を可能な限り撃破するか、敵艦隊の展開状況を解析してブロッケードランナー作戦の抜け道を洗い出すか。

 愛鷹達に残された時間に余裕はなかった。

 




今回の本編から別作品で指摘を受けた行頭一文字落としを入れて行きます。

レ級flagship級は本家ゲームには無い、本作オリジナルのレ級の形態です(私も5-5で毎度コイツにやられてます)

今回のお話では映画「グレイハウンド」の戦闘シーンを少し頭でイメージしながら、映画「グレイハウンド」と同じシチュエーションの悪天候下で艦娘が戦うとどうなるか、を念頭に第三三戦隊の戦いを描いています。

夏イベントを挟む事になると思うので、次回の投稿は(かなり)遅れるかもしれません。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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