艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 本編お待たせです。


第五一話 試練の海 中編

 欧州総軍司令部に休みは無い。

 四六時中司令部に籠る武本やターヴィら司令部要員に入る戦況報告は、いいニュースと悪いニュースの両方が入れ違いに入って来ていた。

 欧州戦線の戦況は日本艦隊を投入した事で、まず北海戦線が劣勢から拮抗へと戦況の立て直しが始まっていた。船団護衛から艦隊戦に至るまで、日本艦隊来援の結果瓦解寸前での立ち直りだった。

 一方、地中海、フランス大西洋側などでは未だに戦線の縮小や後退が相次ぎ、一部地域では民間人の避難が間に合わず取り残されている状況だ。

 日本艦隊同様に欧州へと増派されている北米艦隊の再編成は進んでいるが、艦隊戦力としてはまだ心許なさすぎた。

 イタリアではアンツィオ放棄の結果イタリア半島の防衛線が壊乱状態となり、特にアンツィオと言うところから半島に軛を撃ち込まれ、補給線が絶たれる結果となった南部の部隊や民間人が各地で取り残されていた。

 イタリア南部では軍民共に見捨てられてしまったのではないか? と言う意識も出始めており、軍兵士の士気にも影響が出始めている。

 協議や作戦立案が行われる司令部にレ級flagship級の情報は凶報の一つでもあった。

 愛鷹がまとめた報告書が司令部内でも共有され、その戦闘能力に司令部要員は一同に頭を抱えた。

 

「とうとう欧州にもレ級が出てしまったな」

 苦々しい表情で呟くターヴィに武本は溜息交じりに相槌を打った。

「しかも新種のflagship級だ。こいつが大量に出て来たら手に負えん。

ただ留守番の部下に指示して、既にレ級が確認されているサーモン北方に第二五航空戦隊の二式大艇による長躯航空偵察を行わせて確認を取ったが、今の所サーモン北方にはflagship級はいないらしい」

「今はいないだけで、今後現れる可能性はあり得るんじゃないかな」

「それは否定できん」

 日本で留守番指揮を執る谷田川に命じて、秋津洲と千早の二人から成る第二五航空戦隊の二式大艇で既にレ級が確認されているサーモン北方を長躯航空偵察させたところ、今の所はサーモン北方海域にいるレ級に変化はないとの事だった。

 しかし、その状況もいつまで続くか。

 別事案で気がかりな事も谷田川が知らせて来ていた。沖ノ鳥島海域で新たな火山活動により新島が新たに出現したらしい。

 今は強い火山ガスが噴出しておりとても生物が近寄れる状況ではないとの事だが、制海権を完全に確立したとは言い切れていない沖ノ鳥島海域に新たに新島が誕生した事は、先の核攻撃で壊滅した拠点に代わる深海棲艦の拠点になりかねない可能性をはらんでいた。

 日本艦隊として欧州に大規模な艦隊を派遣している現状、今日本艦隊が担当している各戦線を維持するのが関の山だ。

 谷田川が寄こしてきた報告では欧州に艦隊を派遣して以降、散発的とは言え各戦線で深海棲艦機動部隊との小競り合いが頻発していると言う。

 早期に欧州の戦いにケリをつけ、日本艦隊の担当戦線に戦力を戻さないと、せっかく拮抗状態の太平洋戦線が崩壊しかねない。

 欧州でかけられる時間は長くは無かった。

 

 

 

「次の指示があるまで待機せよ」

 そう告げられて半日余りが経過した。

 自室で取り敢えず待つ愛鷹は、パソコンで欧州総軍司令部の報道官による記者会見の様子を見ていた。

 リアルタイムではない、数時間前のモノだが最新の国連軍の情報発信を見てみようとレイノルズに少し無理を言って記者会見の様子を撮ったものを寄こして貰った。

 どこの軍首脳部も最善を尽くし、戦線を押し返し、必ず深海棲艦に打ち勝つ旨を述べているが、愛鷹は軍の上に立つ各国の政治家の首脳の本音が分かっているだけに、冷笑を浮かべて見ていた。

 欧州総軍は国連軍でも一番規模の大きな連合軍組織の一つだが、足並み自体実際は悪い。元々母体であるEUの足並みは、英国が離脱してから複数の国がEU離脱を表明しては取りやめの連続だったくらい足並みはそろっておらず、今に至るも足並みの不統一さは治っていない。

 国連軍と欧州総軍健軍初期は上手くやれていたのだが、長期化する戦争で早くも組織としての未熟な面が露呈し始めて、利害と打算の産物化している。

 軍部は協調路線を取ろうと必死だが、各国の政府首脳は「損害は他国に押し付け、自国の被害は最低限に」「隣国は自国の防波堤に」と言う意識に囚われているから、派遣軍の派遣意義も実質「自国領内に被害が出る前に隣国の時点で抑える」と言う建前の下でやっているに過ぎない。

「何が国際連合軍よ……」

 会見を見終えてから愛鷹は欧州総軍の実情に唾棄した。

 確かに深海棲艦の猛攻が今回の劣勢の原因ではあるが、もう一つの原因はその劣勢になっても真面目に協調路線を取ろうとしなかった欧州各国の政府首脳の対応の遅さにあった。

 所詮深海棲艦と言う共通敵を前に、国連の名の下に強引に纏め上げた烏合の衆に過ぎなかった訳だ。

 戦争が長期化しているのも、はっきり言ってしまえば強引な国際統合の弊害だ。対立と歩み寄りの繰り返しをしてきた大国の利権絡みの歴史は未だに続いている。

 国連の権利そのものは以前より強固なモノとなっているとは言え、その水面下ではイニシアティブを取ろうとする大国の思惑が常に跋扈している。大体はアメリカ、ロシア、中国、英国、インド、フランス等の国々であり、国連軍結成前は核兵器を保有して核戦略を立てていた国々だ。

 特にアメリカとロシアは本来ならさっさと手を組んで大規模な反転攻勢に出ればいいのに、自国艦隊の損害を理由に大規模な統合作戦に消極的な姿勢を幾度となく繰り返して来ている。深海棲艦出現前の海軍大国中国は自国に艦娘適正者が極めて少ないと言うやむを得ない理由があるから仕方ないとしても、国連軍創設後もその戦力は非常に有力な米露の足並みが不揃いな現実は対深海棲艦戦略上足かせにもなっている。

 こうやって政治家が何時まで経ってもグダグダな足並みを続けている内に、最前線で戦う将兵や艦娘は血を流し続けている。

 艦娘の犠牲の遠因には揃わぬ政治家の足並みのせいで命を落とした、とも言えるし、それがクローンによる戦力補填提案にもつながっている訳だから、政府首脳の足並みの悪さ、連携の不統一の結果の一つが愛鷹と言う存在を生み出している訳だ。

 愛鷹が政治屋レベルでの争いを嫌う理由は自分を産みだした原因が政争にもあるからでもあった。その意味で一度ならずと世界全体を呪った事もある。

「下らない」

 パソコンの画面を消して後頭部に手を組んで椅子の背もたれに深く身を預けながら呟く。

 深海棲艦のお陰で世界は確かに国連の名の下に一つになったが、足並みの悪さは治っていないし、治す気すら伺えない。そんな政治屋レベルの怠慢のツケを自分達は血であがなっている訳だ。特に自分は血だけでなく寿命まで対価とさせられている。

 この分じゃ自分が生きている内に世界の真の統一どころか、深海棲艦との戦争終結も見届けられないだろう。そう思うと急に悲しくもなった。

 情けないモノだ、と嘆きたい気分になると無性に葉巻を吸いたくなる。ただ手持ちの葉巻にも限りがある。

 タバコで我慢するか。そう考え付いて組んでいた足を解くと愛鷹は引き出しに入れていた市販のタバコの箱を手に取り、ヘリ甲板へと向かった。

 

 

 陰湿な天気だった。ヘリ甲板に上がってタバコに火をつけて空を見上げて見ればどんよりとした鈍色の雲が空を覆いつくし、艦娘が航行するには少々厳しいと言わざるを得ない高波が海上に吹き荒れていた。

 愛煙している葉巻とは違った味のタバコのニコチンに違和感を覚えながらも、それでもストレス軽減になるならまだいい方だ、と自分に言い聞かせる。

 「ズムウォルト」艦内のPX(酒保)に自分が好む葉巻は置いていないから、本当に吸いたい時に備えて今は市販のタバコで我慢だ。

 口からタバコの煙を吹き、海を眺める。こんな悪天候下では艦娘の作戦行動は無理に等しい。

 しかしブロッケードランナー作戦が迫る中、レ級flagship級を含む深海棲艦の艦隊を排除しないとキース島からの撤退難民や将兵を載せた客船を危険に晒す事になる。

 味方の艦娘は駆逐艦三とフリゲート一だけ。現状それ以上の増援は望めない。

 本来は偵察が任務の第三三戦隊だが、ブロッケードランナー作戦実施前に前路掃蕩の意味も兼ねてこちらから打って出る必要もあるだろう。

 そうとなれば作戦目標はただ一つ。レ級flagship級の排除だ。あれが現状ス級を除けば最大級の高脅威目標である事に変わりはない。

 火力ではレ級に勝る艦娘はこのC8Sにいない。だが雷撃戦でなら勝機がある。

 ただその雷撃戦に勝機をかける場合、問題点がいくつかあった。

 まず一つ目が天候だ。現状好転するかどうかは全く持って不明。天候が回復し、波が落ち着けば戦闘の機会もあるが、正確な天気予報が絶たない今の気象予報事情ではC8S海域での天候がこのままなのか、好転するかどうかは文字通り天に祈るしかない。

 二つ目に雷撃戦の命中率だ。艦娘の魚雷は今の所無誘導魚雷しか存在しない。故に当たるかどうかは魚雷を撃つ艦娘の技量に委ねられている。

 愛鷹として一番宛にしている深雪は雷撃戦のエキスパートだが、レ級flagship級がそう簡単に被弾する様なやわな相手だとは思えない。

 三つ目の問題点が魚雷攻撃時はどうしても回避運動能力に制限がかかる事だった。砲撃と異なり攻撃中に過度な変針を繰り返し過ぎると射角、射点がズレてしまい、諸元通りの位置に魚雷が行く可能性が無くなってしまう。

 レ級flagship級の事だから恐らく自分が魚雷で狙われている事を察知したら、即座に潰しにかかるだろう。片っ端から魚雷攻撃可能な第三三戦隊のメンバーを潰されたら、こちらとして手の出し様がない。

 愛鷹が刀で武装を無力化すれば時間稼ぎにはなるだろうが、深海棲艦側の工作艦で応急修理がされて戦線復帰してきたら意味がない。時間稼ぎではなく完全に撃滅しておくことで後顧の憂いを断つのが最善の策だろう。

「打って出るしかないか」

 空と海の両方を睨みながら愛鷹は静かに、決意を湛えた目で呟いた。

 

 

 打って出る事を決意した愛鷹だったが、彼女の意思に反して海上の天候が回復する様子は中々なかった。

苛立ちを募らせる愛鷹は次第に口数が減り、元々あまり変化が大きいとは言えない感情の起伏が余計に小さくなっていた。

ただ、終始苛立っている程度の事は青葉達には分かった。

 ブロッケードランナー作戦実施前日になっても天候は一向に回復せず、艦娘の出撃不能状況が続いていた。

 代わりに瑞鳳の天山で航空偵察が続けられ、敵水上艦隊の展開状況の把握だけは続けられた。

 その結果、巡洋艦を主体とした艦隊が最低でも一〇群確認された。リ級などを始めとした巡洋艦級が多数展開しているのが判明したのはブロッケードランナー作戦実施前に当たって大きな成果と言えた。

 愛鷹にとって幸いだったのは頑強な巡洋艦であるネ級改がいない事だった。

 巡洋艦キラーの自分がいるとは言え、ネ級改は他の海域での交戦報告から打たれ強さが向上していると言う解析結果が出ており、高脅威目標リストの順位が無印の戦艦ル級やタ級はおろか、elite級のル級やタ級すらを凌駕していた。

 手数の限られている自分達にとってネ級改は機動力が戦艦より高いの合間って厄介な相手であった。

 

 

「だからぁ、レールガンとか陽電子砲とか、そう言うスゲエもんはないかと言ってるんだ!」

 苛立ちと焦りを滲ませる深雪の喚き声が「ズムウォルト」の艤装整備場に響く。その問いを叩き付けられている夕張はコーラを片手にため息交じりに返す。

「貴女の六一センチ酸素魚雷だって全弾直撃させたら棲姫級くらい結構いけるモノよ。要は当てる事よ。片目瞑ってよーく狙う。これ一択じゃない。当たってどっかーん、万事解決」

 コーラの缶を持った手で言葉通り片目瞑って撃つ仕草をした夕張は缶に残っていたコーラを飲み干す。

 やはり炭酸は旨い。何時出撃がかかるか分からない中、艤装の整備に余念がない自分には天ぷら蕎麦に代わっていいストレス発散材料だ。

「じゃ、私忙しいから。深雪も暇なら自分の艤装の整備くらい自分で入念にやっておきなさい。

 そうすれば片目瞑って撃てば当たる攻撃が当たるわよ」

 そう言ってゴミ箱に捨てて来てと空になったコーラの缶を押し付けて仕事に戻る夕張に、深雪は呑気によく言うと思いながら食い下がる。

「棲姫級どころじゃない奴が出たらどうするんだよ! その時は」

「その時はもう片方も瞑りなさい」

 つまりお手上げだ、と言う夕張の言葉に深雪は床にコーラの缶を投げつけた。

 

 

 ブロッケードランナー作戦実施前日になって急遽提出された作戦書類を読んだ武本は目を疑った。

 作戦名オペレーション・ブラックピット。その作戦内容はキース島から撤退する難民と将兵を載せた客船「オーシャン・ホライゾン」そのものを囮にしてレ級flagship級を始めとする深海棲艦の艦隊を誘引。引き寄せられて来た深海棲艦の艦隊を直掩に付く第三三戦隊が迎撃に付く、と言うモノだった。

 この作戦に欧州総軍は英国艦隊の空母ヴィクトリアスと、北米艦隊の第九九任務部隊から戦列に復帰したての戦艦ワシントンをグレイハウンド隊に追加して戦力の強化を図っていた。

 英国艦隊からなけなしの精鋭空母一隻と北米艦隊派遣部隊の戦艦一隻が増援として来るとは言え、護衛対象の客船を囮として深海棲艦の艦隊を誘引すると言うあまりにもリスキーな作戦内容に武本は立案者の名を探った。

 作戦概要が書かれた書類の最後に立案者の名が書いてあった。そしてその名前に武本は思わず二度見した。

 作戦立案者はターヴィだった。

 どういう事だ、と武本は流石に理解が出来ずターヴィの下へ直に赴いて彼が立案した作戦なのか問うた。

半分逆上気味な武本の問い詰めを静かに聞き終えたターヴィは全く悪びれた様子もなく、静かに自分が立案した作戦だと認めた。

「第三三戦隊のこれまでの戦績報告書を読ませてもらった。その上でこの高難易度ミッションを任せるに充分だと判断した」

「馬鹿野郎。『オーシャン・ホライゾン』そのものを囮にするなんて正気の沙汰じゃないぞ。護衛対象を撒き餌にするなんてもし乗船する民間人に被害が出たらどう責任を取る気だ」

「それを防ぐ為に、英国艦隊と北米艦隊に無理を言って空母と戦艦を一隻ずつ抽出したんだ。二人とも練度、経験は充分だ。グレイハウンド隊に編入しても上手くやれるはずだ」

「筈だ、と言う不確定要素に賭ける気か。それに第三三戦隊だけで押し寄せる深海棲艦の艦隊をすべて叩かせると言うのか? 

 確かに第三三戦隊は相応の場数を踏んでいる。だが、いくら何でも彼女達だけで大量の敵艦隊を相手取らせるのには無茶が過ぎる」

「上空援護は瑞鳳が。第三三戦隊そのものへの航空支援はヴィクトリアスが行う。問題はない」

「問題はないって……」

 なぜそうも言い切れる、と友人の顔を見て武本は困惑した。ターヴィは至って真面目に答えているが、作戦内容はリスキーすぎる。

 

 

 護るべき対象の客船を囮にしてそれによって来る深海棲艦を、第三三戦隊とヴィクトリアスの航空戦力で撃退。

 

 言うは易く行うは難しだ。第三三戦隊は確かに場数をかなり踏んで来ているし、個々の戦闘能力も折り紙付きだが、キース島近海に展開しているであろう深海棲艦全てが一度に集まって来たら守り切れるとは思えない。

 ヴィクトリアスの航空支援があるとしてもだ。

「これは総司令部も認可した作戦だ。武本、彼女達を信じよう。どの道ブロッケードランナー作戦実施延期は出来ない」

「後ろで見ているだけの我々の怠慢のツケを、前線で戦う部下や護るべき市民の血で購う事態だけは避けねばならんのだぞ。不確実性の高い作戦は第三三戦隊の上司として認められない」

「何度も言うがこれは既に欧州総軍司令部の決定事項なんだ。今更変えられないんだよ」

 申し訳ないが折れてくれ、と言う顔で言うターヴィに武本は苦虫を嚙み潰した様な表情でため息を吐いた。

 

 

 欧州総軍司令部から送られて来た作戦指示書を読んだ愛鷹はそのハイリスクな作戦内容に憤りを通り越して溜息しか出なかった。

 護るべき客船そのものを囮にしてよって来る深海棲艦を第三三戦隊と増援の空母ヴィクトリアスの航空戦力で各個撃破し、これを後のキース島一帯に布陣する深海棲艦掃討戦そのものにつなげる。

 深海棲艦がそんな甘い相手な訳がない。一か月以上前の戦術核攻撃を行って以来、深海棲艦の殺意は全体的に上がっていると言えるからこれまで通りのセオリーが通じとは思えない。

 しかし、今更意見具申した所でこの作戦指令が覆される可能性は無い。やれと言われたらやるしかない。

 作戦のミスは絶対に許されないだけに、愛鷹の胸の中で責任の二文字が重く押しかかった。

 

 ミスが許されない護衛作戦、と言う凄まじいプレッシャーに何度目か分からないため息を吐きながら、一旦ブリーフィングルームに第三三戦隊仲間を集めて作戦内容を伝達した。

「リスキーな作戦ですね」

 渋面を浮かべる蒼月の言葉に他のメンバーも同感だと頷く。

「護衛対象を餌に、私達で遊撃作戦を展開。打ち漏らしたらグレイハウンド隊に任せるしか無いとは言え、グレイハウンド隊の戦力が心もとないですね」

 瑞鳳が腕を組んでブリーフィングルームの大画面モニターに表示されるグレイハウンド隊の戦力を見ながら不安げに呟く。

 グレイハウンド隊の戦力は戦艦ワシントン、空母ヴィクトリアスで増強されているとは言え、艦隊戦に向いている戦力とは言い難い。フリゲートのダッジは特に艦隊戦に不向きだ。

 何か確信でも持っているのだろうか、と欧州総軍司令部が下した判断に愛鷹も疑念に思っていると黙って聞いていた深雪が口を開いた。

「こっちは一三人、向こうは六隻か一二隻……数では負けてない。違うか?」

「確かに単純な頭数で言えばこっちが勝ってるけど……」

 こちらは純粋な対水上戦闘可能な艦娘はそこからマイナス三人だから逆に劣っている、と衣笠が無言で実情を返すが深雪は何かしら彼女なりに自信があるのか不安な表情を見せない。

「このキース島一帯の制海権を維持するとなれば、避難民を載せた客船への攻撃に割く戦力はそれほど多くない可能性がある。

 もしかしたらレ級flagship級一隻を差し向けて来るだけかもしれない。単艦で一個艦隊を相手取れるレ級一隻が敵の繰り出す全戦力だとした場合、逆にこちらは頭数を生かして返り討ちにしてやる事も不可能じゃない」

「たらればが前提の作戦立案や想定はリスクが高いですね。でも、深雪さんが言う通り深海棲艦としてキース島一帯の制海権を今後も維持するとなれば客船攻撃に何個も艦隊を差し向けて来るとは思えない。

 多くて二個か三個艦隊。ス級だとこちらとしては手の出し様がなくなりますが、巡洋艦級メインの敵艦隊しか現状確認されていない。

 増援が送られていたらそれまでとは言え、天候悪化は深海棲艦にも航行能力に等しくデバフをかけるし、深海棲艦とてこちらの抵抗で無傷で済んでいると言う訳でもない」

 そう語る愛鷹に青葉が何かに気が付いたように顔を上げ、尋ねて来る。

「日本艦隊の作戦行動で結構戦線を押し戻せている感じですか」

「ご名答です。第一戦隊と第四戦隊を中核とした水上打撃部隊及び第七航空戦隊の航空作戦の結果、北海での国連海軍の戦線崩壊は回避できました。

 戦況は拮抗にもつれ込んでいる模様です。この間にドイツ艦隊、北米第九九任務部隊、ロシア艦隊等の各国艦隊は再建再編を急ピッチで進めているとの事」

 日本艦隊の来援は結果として総崩れになりかけていた欧州総軍の艦娘艦隊再建の時間稼ぎになっていた。撃沈され、戦死さえしなければ艦娘は新しい艤装を纏って戦線に復帰できる。

 現時点で欧州総軍が払った艦娘の犠牲は英国艦隊の駆逐艦ジェーナス一隻とされているが、艤装の残骸の一部は発見されても遺体そのものを確認した訳では無い、と言う理由から未だ根強く生存していると言われている。

 ジェーナスの生死に関して愛鷹は残念ながら問題外の立場なので何とも言えない所があるが、生きていて欲しいと言う思いは深く理解出来た。

 

「北海戦線が拮抗状態にもつれ込んだ事で結果的に深海棲艦も戦力的に余裕が無くなっている可能性もありますね。

 そうなればキース島に戦艦を含む有力な機動艦隊をこれ以上増派して来る恐れは低いかも知れません」

 顎を摘まんで考え込む表情で言う青葉に愛鷹は同意だと頷いた。

「その仮定が恐らく正しいかも知れませんね。現にここ北海戦線での拮抗状態を押し戻される兆候がない」

 もしかしたら不安材料は第三三戦隊がキース島一帯で発見した深海棲艦だけで済むかも知れない。

 それ以外で愛鷹にとって一番の懸念材料はス級だが、それに関しては夕張が対抗手段ならあると告げた。

「以前青葉が解析した誘導砲弾の誘導電波にジャミングをかければ長距離砲撃は無効化出来ます。

青葉や瑞鳳、愛鷹さんの搭載機に特殊な電波妨害装置(ジャマーポッド)を外付けすればそれで誘導砲弾砲撃を行えない状況にする事が可能です」

「ジャマーポッドはあるの?」

 そう尋ねる瑞鳳に夕張は勿論と頷く。

「『ズムウォルト』の艦内工場でも製作可能よ」

 

 ジャマーポッドを第三三戦隊の電子戦担当艦上機に装備してス級の誘導砲弾による長距離射撃を無効化。これだけでブロッケードランナー作戦の難易度は随分下がる筈だ。

 艦娘と違い「オーシャン・ホライゾン」は小回りが利かない分、ス級の長距離砲撃に脆い。当たれば乗船する民間人や負傷兵に被害が出かねないが、未然に防ぐ措置は立てられる。

 

 ス級が長距離砲撃を捨てて、近接砲撃戦を挑んで来たら……腹をくくって自分が攻撃するしかないか。

 

 もしス級が接近戦を挑んで来た時の事を考えると、結局は自分が何とかするしかないと言う事に関しては流石に愛鷹も気が萎えそうだった。

 あんな巨大艦に何度も挑んで来た訳だが、死ななかったのは正直不思議でしかない。綱渡りをする以上に危険な相手だから、今の本音を言いうなら自分だけで対処するのはもうまっぴら御免である。

 死にかけた局面が幾度となくあっただけに、愛鷹とてトラウマ染みたモノをス級に抱えていた。

 

「愛鷹さん?」

「はい?」

 自分を窺う青葉を見返すと、青葉は愛鷹の手を見て案ずるように聞く。

「震えていますよ、手」

「そう、ですか?」

 手袋をはめた手を見ると確かに小刻みに震えていた。発作とは違う、本能的な恐怖からの震え。

 そっと掌に握りこぶしを作って震えを抑える。

 すると手に拳を作って震えを抑える愛鷹に深雪が何かに気が付いたように首を傾げた。

「そう言えば、最近いっつも手袋してるけどどうしたんだ?」

「これですか? まあ、そうですね……」

 仲間、互いに死線をくぐって来た姉妹、家族のような関係とは言え、少し言うのは憚られる。

 やや間をおいてからため息交じりに愛鷹は答えた。

「老化が大分手に浮かんできまして。手袋で隠している感じです」

 そう言って愛鷹は手袋外して一同に自分の手を見せた。

 元になった大和は青葉と衣笠より一つ上、夕張と同い年だから手の状態はほとんど同じだ。

 しかし、愛鷹の手はクローン故に老化が既に刻まれ始めており、同世代と比べて老けて見える手の姿だった。

「ああ、言う程酷くは無いと思うけど、隠したくなる気持ちも分かる老け具合だな」

 すまんと言う表情になる深雪の頭を軽く夕張が叩いた。

 

 

 ブロッケードランナー作戦実施前日にオスプレイ輸送機でグレイハウンド隊の六名が「ズムウォルト」へと輸送されて来た。

 母艦運用場所を同じとする為であると同時に、作戦前の打ち合わせも兼ねていた。

 味方艦娘六人とその艤装を載せて来たオスプレイが着艦する際には愛鷹もレイノルズと共に出迎えに行った。

 小柄な体躯の駆逐艦キーリング、ヴィクトール、ジェームス、更に小柄なフリゲートのハリー、そしてすらりと背の高い戦艦ワシントンと空母ヴィクトリアスが降りて来ると愛鷹はレイノルズ、それにドイルと共に出迎える。

 グレイハウンド隊の旗艦はあくまでキーリングが務めているのでキーリングが三人の前に小走りに駆け寄ると、敬礼して着任報告を告げる。

「駆逐艦キーリング以下、グレイハウンド隊六名只今を持って装甲突入支援艦『ズムウォルト』に到着しました。着任許可願います」

「許可する。『ズムウォルト』へようこそ。長旅ご苦労」

 答礼もを持って答えるレイノルズはグレイハウンド隊の面々にブリーフィングルームで話そうと告げ、愛鷹とドイルと共にブリーフィングルームへ六人を連れて行った。

 ブリーフィングルームへ向かう途中、愛鷹にワシントンが肩を叩いて尋ねて来た。

「ねえ、ちょっといいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「以前、貴女と私、会った事無いかしら? 貴女のこと何処かで見た事がある気がするのだけれど」

 言われてみればワシントンとはラバウルを拠点にしていた時、ショートランド奪還作戦の際に少しだけだが会った事があった。

「ショートランド奪還作戦以来ですね。ご無沙汰しております」

「あら、やっぱり。ここでも宜しくね」

「はい」

「二人とも面識があったの?」

 話を交わす愛鷹とワシントンにヴィクトリアスが少し意外そうに首を傾げて二人に聞く。

「ショートランド泊地奪還作戦の時、少しだけ」

 そう答える愛鷹になる程、と言う表情でヴィクトリアスは頷いた。

 

 ブリーフィングルームでグレイハウンド隊に欧州総軍司令部から下命されたブラックピット作戦の内容が共有される。

 ブロッケードランナー作戦と同時進行するブラックピット作戦にキーリング以下グレイハウンド隊は渋い表情を浮かべて聞いていた。

「ハイリスクな作戦ですね。大丈夫なんですか」

 ジェームスの懸念する言葉にヴィクトールとダッジが同感だと頷く。

「その為に本土防衛部隊から私が引き抜かれて来たのよ。腕利きの航空機を載せて来たから、グレイハウンド隊の航空支援は任せて」

 自信ありげに三人に告げるヴィクトリアスに三人が本当に大丈夫だろうか、と顔を見合わせる。

護衛部隊の旗艦を務めるキーリングの視線が愛鷹に向けられる。

「こちらの戦力は増強して貰ったとはいえ、弱編成です。確認されている敵艦隊は通商破壊戦に充分な戦力。それにレ級flagship級にス級もいる。

 もしそれらが押し寄せて来た時、客船に被害が出たら我々として民間人に面目が立ちませんよ」

「用心棒としての使命を可能な限り尽くします。我々とてただでやられる気はありませんし、やらせる気はない。

 グレイハウンド隊は取りこぼしの様な敵や潜水艦に留意して頂ければ幸いです」

「潜水艦は確認されていないと聞くが?」

 ダッジの問いに愛鷹は軽くため息を吐いてこれまでの自分達のもどかしい状況を説明した。

「悪天候で予定していた偵察行動が充分に行えず、水上艦隊しか現状偵察活動で確認する事が出来なかったのです」

 ブロッケードランナー作戦実施日に天候が回復する、と言うぶっつけ本番強制の様な天候の移り変わりには愛鷹も苛立ちを募らせるばかりだった。

 それを胸の鞭に押し留めながら自分の敵艦隊の展開状況の考察をグレイハウンド隊の面々に伝える。

「確かに敵水上艦隊は多く確認されていますが、その全戦力を『オーシャン・ホライゾン』攻撃に割くとは思われません。

 この海域での海域優勢を確保し続けるのだとしたら、寧ろ客船への攻撃に戦力をあまり沢山割き過ぎたくない筈。

 重巡部隊二ないし三個艦隊あるいは、レ級flagship級単独による強襲の可能性が高いかと。

 潜水艦隊に関してはブロッケードランナー作戦の航路上の海域を見る限り、潜水艦の行動力を制限する地形が続いています。

もしいたとしてもグレイハウンド隊の戦力でも対処可能な程度の潜水艦しか恐らく展開していないでしょう」

「希望的観測が過分に含まれますね。しかし、それに賭けるしかないか」

 やや肩を落として言うキーリングに愛鷹は何とも申し訳ない気持ちを噛み締める。

 表情を曇らせる愛鷹の肩にレイノルズが手を置く。

「貴官のせいではない。寄こしてくれる戦力をケチる上に問題がある。

 だがそれを今嘆いても始まらん。今ある戦力で出来る限りの事をやり尽くすだけだ」

「その為に病み上がりのワシントンを無理矢理引っ張り出して来たのでしょ?」

「病み上がりって何よ! そんなのじゃないわよ、志願して来たの」

 ダッジの言葉にワシントンが顔を赤くして返す。

「しかし、負傷完治からまだ日が浅い。本当に大丈夫なのか?」

 心配そうに問うヴィクトリアスにワシントンは無言で上着を捲って腹部を見せる。縫合済みの痕が彼女の腹部に残っていた。

「しっかり縫ってあるし、医者も大丈夫って言っていたわ。大丈夫よ」

 縫合した痕を見て逆に心配になる愛鷹だったが、艤装の防御力はワシントンの方が愛鷹のモノよりはるかに高いから恐らくは大丈夫なはずだ。

 

(そう思って失敗しないと良いけど)

 

 一抹の不安を脳裏に浮かべながらも、ワシントン次第だ、と自分に言い聞かせる。

 装甲、防御力共にまだ中途半端な面がある自分と違って純粋な戦艦なだけに高水準に纏まっているワシントンの持つ頑強さを信じるしかない。

 それに当たらなければどうと言う事でもない。

 

 

 グレイハウンド隊とホワイトハウンド隊こと第三三戦隊を合わせた共同ブリーフィングも実施され、作戦前の顔合わせを情報共有が行われた。

 ワシントンが青葉の顔を見るや見る間に顔を青ざめさせたので何事かと愛鷹が訝しんでいると、衣笠がそっとワシントンの弱みを青葉が握っているらしいと言う事を教えてくれた。

「青葉に弱みを握られている艦娘って結構いるんですよ。それで結構アドバンテージを取っちゃっている事も」

「なるほど……」

「単純に好奇心旺盛なのは良いんですけど、それが祟って『お前は知り過ぎた』って事にもなってたり」

「それに関しては自業自得としか言いようがありませんね」

 ばっさりと切って捨てる様に言ってしまう愛鷹に衣笠は、姉の事を大事にしてくれる上官も限度を越えたらフォローしてくれない無慈悲さを感じ取った。

 ブリーフィングルームに集まった一三人の艦娘とレイノルズ、ドイルとでブロッケードランナー作戦とブラックピット作戦の両方の打ち合わせ、作戦共有を行う。

 各自渡されたノートパッドPDAを見ながらレイノルズの作戦説明を聞く。

「明朝九月一四日。一時本艦はベルゲン港に入港し、そこで『オーシャン・ホライゾン』と合流。同船を護衛しつつキース島に向かい同島の避難民及び負傷兵を収容後、ベルゲンへ帰投する。

 グレイハウンド隊は『オーシャン・ホライゾン』の護衛、ホワイトハウンド隊は『オーシャン・ホライゾン』に接近する深海棲艦を各個要撃、撃破せよだ。

 ホワイトハウンド隊への航空支援はヴィクトリアスが実施する。

 ベルゲンからキース島まで何事も無ければ片道二日。避難民と負傷兵の収容に一日。何事もとなければ作戦は五日で終わると見積もられている。

 勿論、深海棲艦は襲って来るだろう。戦術的レベルの予測は難しい。何があっても大丈夫な様に各員艤装の整備と点検、各自の体調管理をしっかりと行っておくように」

 そう厳命するレイノルズに一三人の艦娘が「了解」と唱和する声を返す。

「一応ベルゲンから航空隊の支援を受けられなくはないが、ベルゲンには艦娘への近接航空支援向きの航空戦力が無い。

 実質P8哨戒機による洋上警戒監視くらいだ。ただキース島一帯は航空優勢が確保できていない空域でもあるのでP8が増派される可能性は低い。

 陸上部からの航空支援は無しと思っておいて貰いたい」

「こっちの航空戦力はヴィクトリアスと瑞鳳と愛鷹と青葉だけか」

 厳しい戦いになるぞ、と言う予感を覚えているらしい深雪が頬杖を突いたまま手持ちのノートパッドを睨む。

「敵艦隊がどれくらいの規模で押し寄せて来るかですね。これが結構重要です。六隻、七隻単位ならまだしも一二隻の連合艦隊規模で押し寄せられたら第三三戦隊に戦力でも防ぎ切れるか。

 六隻、七隻単位の数では拮抗状態であったとしても、波状攻撃をかけられたら防ぎ切れない。最悪、連合艦隊編成規模と相手取るより悪い結末になるかもしれない」

 憂慮する青葉にヴィクトリアスが優しく微笑みかけて告げる。

「そうはならないわよ。私のWING(空母航空団)もある。一個艦隊くらいなら私のWINGでも相手取れるわ」

「ヴィクトリアスさんの空母航空団編成は?」

 質問して来た青葉にヴィクトリアスはノートパッド共有で自分の空母航空団編成を示した。

「SB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機一八機、バラクーダMkⅡ艦上雷撃機一八機、コルセアMkⅡ艦上戦闘機一九機、フルマー偵察機二機よ。

 クセは確かにあるけどバラクーダは良い機体よ。まあ、第三三戦隊のテンザンには劣るけど」

「TBM-3Dアヴェンジャー攻撃機は使わないんですか?」

「自国産機体の方がやっぱり使い馴染みが良いものよ」

 空母艦娘ならではの艦載機との相性を語るヴィクトリアスに、青葉がその場の勢いで取材モードになりかけるが直前に愛鷹がその肩を叩き我に返らせて止める。

 取材モードになりかけた青葉を制すると一同に制空戦闘に関する捕捉を愛鷹が入れる。

「制空権争いとなった場合は瑞鳳さんと私、それにヴィクトリアスさんの航空団の戦力で行います。

 キース島一帯に展開している深海棲艦の航空戦力はレ級flagship級のモノに限定されていますから、三艦共同防空体制で。

 ヴィクトリアスさんのコルセアも戦闘機として優秀なので頼りになるでしょう」

「対空戦闘は任せて下さい」

 脇から意気込みを見せる蒼月に深雪だけでなくキーリング、ジェームス、ヴィクトール、ダッジまでもが「負けないぞ」と言う表情になる。

 

 仲間達の士気は旺盛であり、そこの所では問題は無さそうだった。

 対空、対潜は恐らくこの面子の力があれば大丈夫だろう。

懸念する所はやはり対水上戦闘だった。

「のっぽさん、深刻なツラして大丈夫か?」

 不安を隠しきれない愛鷹の心情に気が付いたらしいヴィクトールが伺う声を寄こす。

「ちょっとイーグル、のっぽさんじゃなくてちゃんと愛鷹さん、って呼ばないと」

 眉を吊り上げたジェームスがヴィクトールを『イーグル』と呼びながら窘める。

『イーグル』ってなんだ? と思った愛鷹がノートパッドで調べて見るとグレイハウンド隊におけるコードネームだった。

 グレイハウンド隊のキーリングのコードネーム自体も「グレイハウンド」、ジェームスは「ハリー」、ダッジは「ディッキー」、ヴィクトールは「イーグル」。

 途中編入のヴィクトリアスとワシントンにはコードネームは無かった。

「まあ、のっぽなのは否定できませんから。そんなに硬くならないで」

 素でワシントンを越える長身なだけに「のっぽ」呼ばわりされるのはもはや不可抗力でもあった。長身の事を揶揄されるのは別に苦では無かったので生真面目そうな英国艦娘のジェームスに苦笑を交えながら返した。

 そんなのでいいのか、と言いたげな表情になるジェームスだったが、本人が良いなら良いじゃないかとダッジが諭し落ち着いた。

 もう一つ気になるのがワシントンの状態だ。

 上着を捲ってみせて来たあの縫合の痕。はっきりと言って不安材料でしかない。被弾でまた傷口が開かないと言う保証がないだけにワシントンのあの傷口の痕は懸念材料の一つでしかない。

 無論戦艦だからそう簡単にやられるとも言えないが、小さな綻びが大きな傷口へと発展してしまう事例はよくある。

 大丈夫だろうか、と言う不安が愛鷹の脳裏から剥がれなかった。

 

 

 ブリーフィングルームでの打ち合わせと作戦共有が終わり、解散となった後愛鷹はワシントンの部屋を訪れた。

「どうかしたの?」

 来訪した愛鷹に不思議そうに聞くワシントンの顔は元気そのものの一方、愛鷹はの表情は晴れない。

「ちょっとお話したくて。よろしいですか?」

「ええ。いいわよ」

 ワシントンも海軍中佐の階級持ちなだけあって部屋の待遇も自分と同じだ。

 通された船室で愛鷹は率直にワシントンに自分が抱えている事をぶつけた。

「率直に聞きますがいいですか?」

「何かしら?」

「貴女が先程見せてくれたお腹の縫合の痕。大丈夫なんですか? 私も医療の学くらいあります。

 その傷跡、はっきり言いますが万が一の被弾時に開きかねない可能性がありますよ」

 遠慮も無くはっきりと言う愛鷹にワシントンは軽くため息を吐いた。嘘も冗談も無しに包み隠さず話して欲しいと願う目で見られた彼女は諦観した様に再び溜息を吐くと愛鷹を見て答えた。

「……初戦で大破して全治一か月と宣告されたわ。

 私としても本当はゆっくりと治療しておきたかったのだけれど、本国から動けるなら修復剤使ってでも動かせ、の催促が飛んで来て。仕方ないから修復剤を併用して高速回復させて来たの」

「そんな……強引に……」

「上の人たちは政治家なの。あの人達は自分達の利権や発言力、影響力、その他の為なら自分の旗や部下を使ってでも尻拭いする。

 軍人である私達はそれをやらされることになっても文句を言う事は許されない。軍隊は上から下の一方通行世界。

 それに私が大破した事で北米艦隊がこの海での制海権維持の困難を招いたのよ。私にも責任があるわ」

「政治家の利権、面子、対面維持の為に命を賭けていたらいくつあっても足りないでしょう。あなたの一つしかない命を持って償うなんて事をやってる余裕なんてない」

 人生は一度っきりしかない。やり直しは効かないのだ。命を持って償えなど冗談でもない。

 艦娘の命まで政治家の怠惰のツケ払いに利用されるなど、愛鷹にとって言語道断そのものだ。

「大丈夫よ。これでも結構場数は踏んでいるわ。サウスダコタに馬鹿にされている余裕なんてないわよ」

「ライバルとて、ライバルが死んだら悲しむでしょう……」

 欧州総軍の下した判断に憤りを覚えながらも、今更交代要員を送ってもらえる余裕もまた無いだけにここは諦めるしかなかった。

「自分の命を大事に動いて下さい。誰一人として死んで欲しくないんです」

「承知しているわよ。あなたこそ要撃行動に当たるだけに危険度はあなたの仲間共々高いわ。

 レ級flagship級。太平洋でレ級と戦った事は私にもあるから奴の厄介さは知っているわ。気をつけてね」

 

 

 ワシントンの船室を後にした愛鷹は深々と溜息を吐いた。

「心配する側が心配されるなんて……」

 一種の情けなさが込み上げて来て左手をうな垂れる頭にあてた。

 

 

 少ない戦力、リスキーな作戦。その二つを抱えたブロッケードランナー作戦とブラックピット作戦の実施を前に「ズムウォルト」はノルウェーのベルゲン港に入港した。

 ベルゲンの港で護衛することになる客船「オーシャン・ホライゾン」を目にした愛鷹は、「オーシャン・ホライゾン」のその巨体から自分へ強いプレッシャーを与えて来るのを感じ取った。

 乗船することになる民間人、負傷兵の数を考えるだけで頭が火照って来る。いやプレッシャーで心が負けそうだ。

 こんな気分になるのは初めてなだけに、口から漏れる溜息の数も増える一方だった。

「オーシャン・ホライゾン」の船長と最後の打ち合わせも行うと、時間が惜しいと言う様に二隻の船は港を抜錨した。

 遠くなっていくベルゲンの風景をヘリ甲板から眺めていると、背後から軽い足音が寄って来て自分の右に並んだ。

 青葉だった。珍しくコートを羽織っている。

「最近、表情が晴れませんね。大丈夫ですか?」

「大丈夫……では無いですね」

 ぽろりと零れる愛鷹の本音に青葉は腕を組みながら返す。

「愛鷹さんが思っている事は大体予想がつきますよ。青葉だって馬鹿じゃありませんから」

「すみません頼りない上官で」

 詫びる愛鷹に青葉は苦笑を浮かべ頭を振った。

「頼りないなんて事はありませんよ。愛鷹さんのお陰で第三三戦隊は何度となく窮地を乗り越えて来られたんですから。

 今回も問題が山積みですけど、これまでも同じ様な局面を何度も乗り越えて来たんですよ。今度もやれます。

 戦うのは愛鷹さんだけじゃないんですよ。青葉達もいるんです」

 味方は、仲間はいる、そう強い意志を湛えた目で告げる青葉にそうですね、と思いながら頷く。

 こう言う時、もう我慢出来ないと、急に湧いて出た欲に駆られてポケットから葉巻を出すと、口に咥えてジッポで葉先に火をつけた。

 すると隣の青葉もポケットから市販のタバコの箱を出すと一本出して口に咥えた。

「火を貸してもらえませんか?」

 意外な青葉の喫煙姿に驚きながら自分のジッポを貸すと、青葉は慣れた手つきで煙草の葉先に火をつけて煙を燻らせた。

「青葉さんって煙草吸いましたっけ?」

「お酒はあまり好きじゃありませんが、別に全く飲めないわけでは無いし、煙草も同様ですよ」

 口元からふぅーっと煙を吐きながら青葉は返す。意外と青葉の喫煙姿は似合っている。

 知らなかった、と頼れる重巡艦娘の意外な一面を目の当たりにしながら自分も葉巻を口に咥えて煙を軽く吸う。

 体に毒なのは承知だが、今の自分にはニコチンが無いとやっていられない。ニコチン依存症になっているのはとっくの昔に理解している。

「今回は前とは違った激しい戦闘になるでしょうね。海の気象状況は良い方になると言われていますが」

「愛鷹さん、何でもかんでも一人で背負い込もうとしないで下さい。青葉達をもっと頼ってくれていいんですよ。

 そのための第三三戦隊なんですから。青葉達は愛鷹さんの『頼れる仲間』ですよ」

 重い口調で告げる愛鷹に青葉がその背を軽く叩き檄を入れる様に返す。

 味方は自分だけでは無い。いざと言う時は仲間を頼れ、と励ましてくれる青葉に愛鷹はどう返せばいいのか分からなかった。

 ふと制服の左腕に縫い付けている第三三戦隊のワッペンに手を伸ばしながら、「頼れる仲間」の存在を思うと逆に保護者のような感情が働いて来る。

 誰一人として死なせたくない。その思いが強く働いて来た。

 不思議なモノだ。昔の自分は第三三戦隊の仲間達に「自分の盾になれ」と命じた事もあった。任務の為なら命を危険に晒す事もあった。

 今はそれがとても自分にとって恐ろしく、躊躇われる行いだった。

(私は上に立つ存在として未熟過ぎるのかな……)

 ふとそんな思いが脳裏をよぎる。

 ならば未熟から慣熟させるしかない。艦娘としての経験で圧倒的に不足している自分にとって何もかもが勉強だ。

 

(作戦を成功させ、皆で生きて帰る。やる事をやるまで。果たす事を果たす。それだけ……)

 

 難しく考え過ぎる事はない。やるべき事を、成すべき事を果たすのだ。

 自分に出来ない事は出来ない。だが、その自分に出来ない事をやってくれるのが自分の仲間なのだ。

 やってみせよう、やってのけてみせる。自分が、自分達がやってのけなければ命に関わる人々がいる。

 

 自分も艦娘と言う海軍と言う組織を回す歯車の一つ。歯車には歯車なりの意地と勇気が生まれるものか。

 歯車が沢山かみ合って組織が成り立つ。愛鷹と言う存在も第三三戦隊の主軸となる歯車であり、青葉達はそれを支える別の歯車。

(結局、いつもと変わらない訳か。歯車の意地と覚悟を見せるだけね)

 考え続け、悩み続けたここ数日の落としどころが付いた気がした。

 何かに納得した思いを葉巻の煙と共にそっと口から吐いた。

 

 

 司令部の窓から鈍色の空を見上げながら、武本は一人海の向こうで作戦に当たる愛鷹達の事を想った。

 自分の安易な着想から生み出され、それに目を付けた大人達の勝手気まま、利権、私欲に塗れた手に約束された生涯を汚されたクローン艦娘。

 今ここにいる自分に出来るのは彼女と彼女の仲間の無事を祈るだけだった。

 いつもと変わらない、部下の無事を遥か後方から祈るだけしか出来ない自分。お膳立てしか出来ない自分。

(こんな事しかしてやれん大人だが、だからこそ投げ出せん立場だ……。俺には俺にしか出来ん事がある。俺にしか出来ない事がある。

 だから……皆、無事で生きて帰って来い)

 愛鷹と言う存在を作り出した元凶なりの責任を果たす。その強い意志と共に武本は愛鷹の健闘を祈った。

 

 

(ホワイトハウンド隊、グレイハウンド隊、ミッションタイムクリア。全艦発艦せよ)

(ウェルドックハッチ開放。ウェルデッキ注水始め、カタパルトセットオン。全艦艦内後方傾斜に備えよ)

(ハッチ開放よし。艦尾方向に障害物無し。進路クリア、グレイハウンド隊、発艦よろし)

 発艦士官の合図と共にグレイハウンド隊の艦娘がカタパルトで次々に打ち出されていく。

 艤装を装着して発艦待ちの愛鷹に対し、ワシントンが発艦間際に投げ敬礼を送って来た。

 答礼する愛鷹に貴女なら出来る、と言う様に軽く頷いたワシントンは発艦警報のホーンと共にウェルドックから高速で打ち出されていった。

「さぁて、仕事の時間だぜ愛鷹」

 いつもと変わらない調子の口調の深雪に頷きながら愛鷹はカタパルトデッキの上に立った。

「瑞鳳さん、防空支援頼みますよ」

「任せて下さい!」

 艦に残って部隊支援に当たる瑞鳳が元気よく返すのを見て仲間達に問題はない、と再度確認すると自分の右手を見つめた。

 大丈夫、皆がいる。皆がいれば私も大丈夫だ。

 先行して発艦する第三三戦隊メンバーの発艦申告が終わると、カタパルトが稼働する音がして仲間達が出撃していく。

(ホワイトハウンド0-0、発艦シークエンスに移行。発艦用意)

「了解」

 カタパルトのランチバーが自分の踝の辺りを抑え、加速のGに備え軽く前傾姿勢を取る。訓練通りだ。

(進路クリア。ホワイトハウンド0-0、発艦を許可する)

「ホワイトハウンド0-0、第三三戦隊一番艦愛鷹。出る!」

 その発艦申告の直後、発艦警報が鳴り愛鷹の身をカタパルトが大西洋の海へと打ち出した。 




 今回のお話より21年夏イベでお出迎えした空母艦娘ヴィクトリアスの登場となります。
 構想の加筆修正の結果「試練の海」は複数部構成と変更をかけています。

 ちょっとしたネタ展開を今回も本編中取り入れております(深雪と夕張とやり取りのところ)。

 次回は戦闘メインの回となると思います。何時投稿できるかは……。

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 ではまた次のお話でお会いしましょう。
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