艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第五五話 封鎖網

 ス級三隻を排除する事に成功し、レ級flagship級を撃退、その他の艦艇も全艦撃沈。

 第三三戦隊の損害は戦艦ワシントン、軽巡夕張大破、航空巡洋戦艦愛鷹中破。

 敵に与えた損害と照らし合わせれば、第三三戦隊が果たした戦果は大戦果と言ってもいい。

 とは言え、手放しでは喜べないものを青葉は心の中に抱えていた。

 何と言っても大破したワシントンと夕張の傷は重傷である。幸い愛鷹の傷は酷くなく、大破した航空艤装は「ズムウォルト」の艦内艤装工場で修理済みだが、現状第三三戦隊、グレイハウンド隊ともに頭数を一つずつ削られてしまっていた。

 さてどうしたものか、とまだ医務室に入院中の愛鷹に代わって第三三戦隊のブロッケードランナー作戦の折り返し部分の指揮を代行する青葉はブリーフィングルームで衣笠ら第三三戦隊のメンバーと、キーリングらグレイハウンド隊のメンバー、それにレイノルズと共に腕を組んで協議していた。

「今日だけでサンバイのス級を撃沈し、レ級flagship級にも深手を負わせて退却に追い込んだ。

 しかし、青葉及び瑞鳳の搭載機の偵察で敵は軽巡と駆逐艦を中核とした水雷戦隊を多数この海域に展開させている」

 プロジェクターにキース島とベルゲンまでの海図に確認された水雷戦隊の位置と数を表示させて、レイノルズは状況説明を進める。

「確認されただけでも八群以上だ。殆どがト級とホ級を各一隻ずつ配備した上にイ級後期型またはロ級後期型が四隻だが、一群はト級二隻とナ級四隻からなっている。

 敵艦隊はこの海域における主力艦を多数喪失して軽艦艇の物量戦で我々に圧力をかけてきている」

「こちらはワシントン、夕張が大破して戦線離脱。ホワイトハウンド、グレイハウンド両隊ともに一隻ずつ戦闘不能か」

 やや沈んだ声でヴィクトールが呟くと、それとは対照的な表情でジェームスが彼我の戦力差を表示した図を見ながら返す。

「全体的な数ではこちらが劣勢。それに変わりはない。だけど二隻を戦列から失ったとは言え、轟沈で失われた訳じゃない。

 それに向こうはス級、リ級Ⅱを複数喪失したし、レ級flagship級にも深手を負わせている。

 戦力差は絶望的なほど開いていない、むしろイーブンと見るべきじゃないかな」

「愛鷹はいつ戦列に復帰できるのです?」

 そう尋ねるキーリングにレイノルズはまだわからんと首を振る。

「医師の診察では外傷は大したことは無い。ただ極度な心理的ストレスで疲弊しているらしく、暫く療養が必要だとの事だ」

「療養って、どれくらい?」

 首をややかしげて問うヴィクトリアスにレイノルズは右手の指を三本立てて答える。

「三時間程度は休ませないと拙い。もっとも早くて、の見積もりだ」

「三時間後。夜ですね。夜陰に乗じてベルゲンへ帰路に着く事になりますよ」

 溜息を交えながら時計を見る蒼月の言葉に青葉は首を振る。

「この海は日本と比べて緯度が高い関係上、この季節は白夜、つまり日が沈まない季節です。

 真昼間より太陽の光は劣りますが、それでもなお明るいくらいなので、夜陰に乗じてって事は無いですよ。

 まあ、それは敵味方に等しく訪れている気象条件なんですけどね」

「そっか、今この海は日没がそうなってるんだっけ」

「北極圏の日没が遅いのはこの季節特有の現象でしたね」

 解説してくれた青葉の言葉で思い出したように衣笠と蒼月が頷く。

 一方で瑞鳳が手持ちのノート端末で気象予報図を見ながらため息交じりに語る。

「でも、航空作戦を行うには流石に暗いわね。それに気温も微妙よ。航空艤装に影響が出かねないわ」

 低温環境下では航空艤装の運用にも影響が出る事を指摘するとヴィクトリアスがそれは大丈夫とほほ笑みかける。

「それなら、航空艤装に寒冷地装備甲板要員の装備妖精を装備していれば大丈夫よ。まあ装備妖精を増員する関係上搭載機にちょっと影響が出るんだけど」

「それなら問題ないですね」

 安心したように瑞鳳が安堵のため息を吐く。

 出来るなら、ヴィクトリアスの航空攻撃だけで撤退の活路を切り開けないものかと青葉はノート端末を見ながら考え込むが、流石に無理がありそうだった。

 ト級がいるのがネックになっている。ト級はト級でもただのト級では無い。対空迎撃能力が大幅に強化されているflagship級のト級なのだ。

 いくら練度の優れているヴィクトリアスの航空戦力でも、複数回出撃したらあっという間に壊滅的な打撃を受けてしまいかねない。

 ここはやはり水上戦闘でケリをつけるしかないだろう。

 現状水上砲戦が可能なのは自分と衣笠、深雪、蒼月、キーリング、ジェームス、ヴィクトールのみ。レイノルズの言う通り三時間待てば愛鷹が戦列に復帰できるから、水上戦闘で火力差は無い。

 ただ敵艦隊は八群以上もいるし、この他にも未確認の艦隊がいる可能性は充分あった。少数ではあろうとは言え潜水艦の潜伏もあり得る。

 特に厄介なのが一群だけ確認されているト級flagship級二隻とナ級後期型Ⅱflagship級四隻からなる水雷戦隊だ。

 砲撃戦、雷撃戦に隙のない重武装、重火力艦揃いであり、カテゴリーで言えば重水雷戦隊に値する。

ト級とナ級はこれまで確認されていなかった艦種だっただけに、深海棲艦がこの海域に増援部隊を展開させている可能性もあった。

 増援部隊の前衛がト級とナ級であり、本隊はル級改やヲ級改または棲姫級の戦艦や空母を中核とする機動艦隊と言うのはあり得る。

 

 一方で北海における深海棲艦は日本艦隊の増援を受けて以来勢いを取り戻しつつある欧州総軍艦隊の反転攻勢を受けて守勢に回りつつあるから、もしかしたら大規模な機動艦隊を増派して来る余裕がない、と言う見方もあった。

 ス級撃沈と時を同じくして伊吹率いる第五特別混成艦隊の攻撃で深海棲艦は二隻のヲ級改flagship級を撃沈され、タ級elite級一隻も大破する被害を受けている。

 伊吹以下の第五特別混成艦隊は愛宕、摩耶、初雪、白雪、天霧を護衛に休みなく北海を駆けまわって深海棲艦艦隊に対して遊撃行動に当たっているらしい。

 なお天霧は欧州派遣中に改二艤装が開発完了したのを受けて、日本艦隊が拠点としているキール港で改二化改装を受けており、第五特別混成艦隊の戦力強化が図られている。

 他に七航戦や第一戦隊の攻撃で戦艦棲姫一隻を始めとした複数の主力艦を撃破する事に成功しているとも言う。

 深海棲艦もロシア欧州総軍隷下のロシア欧州艦隊旗艦の戦艦艦娘ソヴィエツキー・ソユーズと軽巡艦娘マクシム・ゴーリキーを撃破しているが、決定打を与え切る前に二人が離脱したため撃沈には至っていない。現在撃破された二人のロシア艦隊艦娘は治療を受けて戦列復帰を急いでいる。

地中海の戦況は北海方面で国連軍が優勢に立ったのもあって前線の士気が取り戻りつつあると言う。

 地上戦の戦線のいくつかは押し返すことにも成功している。

 

 ただイタリア方面の戦況は依然良くない。崩壊したアンツィオ防衛線を中心にイタリア半島は分断状態になり、半島南部に取り残された国連軍と民間人はアドリア海から空路で補給と脱出を試みている。

 分断されたイタリア半島南部に取り残された民間人の数は推定一〇〇万人余り。

 同様にイタリア半島南部に取り残されている国連海兵隊はイタリア方面軍約四万人とドイツ、フランス、ベルギー、オランダから派遣された国連海兵隊約二万人。

 軍は空路での民間人避難を試みており、再建したイタリア艦隊の艦娘とギリシャ艦隊の艦娘とで連合艦隊を編成してアドリア海の制海権と制空権の維持に努めているが、如何せん取り残されている民間人の数に輸送機が足りていないのが現状だ。

 そんな中でドイツ方面軍は派遣軍の被害の大きさを理由に派遣軍の打ち切りを持ち出して、欧州総軍内で批判を浴びる失態を冒している。

 

 ブリーフィングルームで敵水雷戦隊の位置を全員で共有していると、ブリーフィングルームへのドアが開き、少し疲労を湛えた顔の愛鷹が入って来た。

 ブリーフィングルームに入室して来る愛鷹の姿を見て一同が驚きの目を向ける中、視線に気が付いた愛鷹は疲れた様子を隠さず正直に答えた。

「はい、皆さんの思う通り万全じゃないです。でもじっとしているのも出来ないもので。ブリーフィングルームで情報共有くらいならと軍医も許可してくれました」

「無理をするなよ。貴様はこの艦に乗り込む艦娘では一番火力が高いんだからな?」

「イエッサー」

 念を押すように告げるレイノルズに抜けきらない疲労を交えた返事を愛鷹は返えす。

 歩き方からも疲労を伝えさせて来る足音を立てながら愛鷹は手近な椅子に座って、自分のノート端末を開く。

 溜息を軽く吐いた青葉は衣笠の隣の席から立つと愛鷹の隣の席に座りなおした。

「無理ばっかしないでくださいよ」

 少々青葉も看過出来ないと苛立ちを露にした声で愛鷹を睨む。それに対して愛鷹は珍しくあっさりと観念した様子で返した。

「今出来る範囲の事だけやらせて下さい。それ以上は自粛しますから」

「休んでいて貰わないと本当にみんなが困るんですからね? 愛鷹さんは旗艦なんですよ、分かってますよね?」

 普段のお惚けたお調子者かつ陽気な性格では無い、真面目そのものの顔で説教する青葉に愛鷹は一言一言に分かったと言うように頷いた。

 疲労が抜けきっていない顔を浮かべながら、愛鷹はノート端末の敵水雷戦隊の配置情報を見る。

 敵はこれだけか? と多少意外に思い青葉に顔を向ける。

「確認された敵はこれだけですか?」

「瑞雲及び天山による航空偵察の結果、現時点で判明している敵艦隊の総力はこんなところです。

 リアルタイムで今航空偵察中ですが、ト級とナ級からなる重水雷戦隊を発見したのを最後に、新しい発見はありません。

 そろそろヒュールビンゴで偵察機各機は帰投します」

「あらかたリ級などの主力艦は後退したか沈んだかになって、向こうも戦力の再編成中と言ったところかしら……」

 ノート端末を片手に考え込む愛鷹を軽く見やりながら、青葉も思案顔になる。

 しばしの沈黙後、青葉はノート端末を片手に自身の考えを口にした。

「向こうも無尽蔵に戦力がある訳ではないでしょうから、艦隊の再編成、クールダウン期間は必要でしょう。

 この海域における主力艦だったリ級を多数喪失し、それ以外の軽巡も複数撃沈されてますから向こうが受けた打撃はそれなりに大きい筈です。

 それにレ級も深手を負ってますから、不足している火力の代わりに数でこちらを圧倒しにかかる算段かもしれません。

 軽巡と駆逐艦が主体と言っても数では向こうが上ですし、決して駆逐艦や軽巡も侮れないか力を発揮しえます」

「駆逐艦とて、魚雷があれば大型艦に手痛い打撃を与えられるからねえ」

 青葉の言葉にヴィクトールが相槌を打ちながら頷く。

 ベルゲンまでの帰路をどうするかの協議に入った時、一同のノート端末に航空偵察に出ていた各機から「ヒュールビンゴ」の宣告が出た。

 帰投の宣告と共に、偵察機からの偵察情報が最新のものにアップデートされて、各自の端末に表示される。

 最新の深海棲艦の各艦隊の位置情報を見て、一同が険しい表情を浮かべる。敵の水雷戦隊はキース島とベルゲンとの航路に封鎖網を敷くように布陣し始めていた。

 相手は軽巡と駆逐艦主体であり、重巡級や戦艦級、空母級は一切確認できない。しかし、封鎖網を敷くように布陣する敵艦隊の総数は更に増えて一〇群にも膨れ上がっていた。

 偵察機が帰投するまでの間、第三三戦隊とグレイハウンド隊、それにレイノルズとで協議が進められる。

「守ったら負けるのは戦いの定石。ここは打って出るのが一番でしょう」

「打って出るって言っても、こっちの頭数は中途半端な状態なのよ」

 積極策を進言する青葉に衣笠が一人ずつ頭数が抜けている第三三戦隊とグレイハウンド隊の状況を指摘する。

 それを考慮した案を青葉は提案する。

「ここは第三三戦隊とグレイハウンド隊の艦隊戦力をシャッフルして再編成するんですよ。

 攻勢に出る第三三戦隊は愛鷹さん、青葉、衣笠、瑞鳳さんの四人に限定し、残る全戦力をグレイハウンド隊に割り当てて『オーシャン・ホライゾン』の護衛に回すんです。

 瑞鳳さんは専ら『ズムウォルト』艦上から第三三戦隊支援に徹してもらう算段になります。

 高火力艦の一極投入で敵封鎖艦隊の封鎖網に穴をあけ、そこを一気に突っ切るんです」

「六〇対四。でも私は制空戦闘と偵察以外戦闘に寄与しないから、事実上は六〇対三。つまり戦力差は二〇対一……」

 激突する戦力差を勘定する瑞鳳の顔がみるみる青ざめる。

 するとそれまで黙って聞いていたレイノルズが口を開いた。

「一ついい情報がある。気象予報によれば残る作戦期間中の天候と波の高さは良好と見積もられている。

 つまり、波と風の影響をあまり考慮しないで戦う事が出来ると言う事だ。勿論深海棲艦にも同じ条件が揃う訳だが、天候の面で戦いやすさはこの任務期間中で一番と言えるだろう」

 所詮は人サイズの艦娘にとって、天候が味方してくれるのは大きい。波が少しでも高かったり、風が強かったりすると砲撃、雷撃の精度に大きく影響して来るのだ。

 次席旗艦の作戦具申に愛鷹はこれに賭けるのが現状一番無難な気がしていた。

 敵艦隊は数で圧倒しているが、火力ではこちらが上だ。火力面で拮抗可能な高性能艦であるト級flagship級とナ級Ⅱflagship級からなる艦隊は現状一個艦隊のみしか確認されていない。

 かなり広範囲にわたって航空索敵を行って、一個艦隊しか見つからない当たり、ほかにト級とナ級からなる艦隊はいないだろう。

 となれば、敵はト級ないしホ級とイ級ないしロ級からなる水雷戦隊だ。アップデートされた最新の偵察情報からト級は全艦無印、ホ級は全艦flagship級、イ級とロ級は全て後期型でこちらも全艦無印。

 封鎖網を構築するためにありあわせの艦艇をかき集めた感があった。

 ト級とナ級Ⅱからなる艦隊が不安の種ではあるが、それ以外を除けば比較的組し易い相手と言えた。

 

 そうとなれば、作戦を立てるのも早かった。

 

 青葉の具申通り、第三三戦隊は愛鷹、青葉、衣笠で封鎖網突破部隊を編成し、瑞鳳が「ズムウォルト」艦上より航空支援を実行。

 残るキーリング、ジェームス、ヴィクトール、ダッジ、ヴィクトリアス、深雪、蒼月の七人の遊撃部隊編成で「オーシャン・ホライゾン」の護衛任務を実行する。

 これで作戦方針は決定となった。

 

(三人対多数か……)

 

 顎をつまみ愛鷹は腕を組みなおす。増援は無い以上、この戦力で頑張るしかない。

 封鎖網を突破してしまえば、こちらの勝ちだ。

 まさに「ブロッケードランナー」(封鎖網突破船)と言う作戦名通りの展開だ。

 深海棲艦が奇行さえしなければ、こちらの勝ちは確定だ。

 数が多いので圧倒されかねない危険もあるが、そうなる前に突破するしかない。

 幸い「オーシャン・ホライゾン」は大型クルーズ船としては足が速い船だった。巡航速力でも二五ノット。最高速力で三〇ノットは出る。

 これはかなり幸いな話と言える。いくら艦娘が高速艦揃いでも護衛される側が低速だったら、当然護衛する艦娘もそれに合わせなければならない。

 だが護衛される側も高速であればその問題もない。

 

 やれるかもしれない、その確信が愛鷹の胸の中に芽生えていた。

 

 

 解散後、愛鷹は医務室に足を向け、夕張とワシントンの見舞いに向かった。

 縫合した傷が開いてしまったワシントンの傷は、再縫合されて腹部に包帯をぐるぐる巻きに巻き付けられていた。

 胸部と左肩、それに頭部に被弾した夕張は酸素マスクを付けられた状態で静かに眠っていた。心拍計の電子音が規則正しい電子音を放ち、夕張の容体が安定している事を告げていた。

 ほっと安堵をのため息を吐き、医務室を後にしようとする愛鷹をワシントンがベッドの上から呼び止めた。

「作戦はいつ再開されるの?」

「私にかけられたドクターストップの三時間が経過次第、すぐに。貴女はここでお留守番です」

「もう傷は癒えたも同然よ! 私も」

「駄目です。ワシントンさんはここで待機です」

「でも」

「駄目です!」

 縋るような目で自分も参加させてくれと頼むワシントンに、愛鷹は強い口調で退けた。

 悔しそうな視線が愛鷹に突き立てられるが、程なく諦めの視線に代わる。

 それでいいのだ、と愛鷹は胸中で頷きながら医務室を出た。

 ベルゲンまでの封鎖網を敷く敵艦隊は数だけ集めた雑魚敵揃いかも知れないが、そうやって相手を侮っていたら思わぬ被害を被りかねない。

 相手が火力でしたとは言っても数では圧倒的に勝っているのだ。立ち回りにしくじれば囲まれて集中砲火を浴びかねない。

 如何に早く囲まれる前に封鎖網を突破するかがベルゲンへの帰路の戦いの焦点となるだろう。

 

 

 休憩室に立ち寄った愛鷹はそこでいつもの葉巻ではなく市販の煙草に火をつけて一人喫煙休憩を入れた。

 ネクタイを緩め、上着も着崩した状態で足を延ばして喫煙を一人堪能する。

 制帽だけは身バレしたくないので脱がなかった。

 天井を見上げてふうと煙を吐いた時、休憩室のドアが開き、ヴィクトールが入って来た。

「お、先客がいたか。邪魔したかな」

「いいえ。ここは共有空間ですから大丈夫ですよ」

「そうかい、では遠慮なく」

 にっこりと笑顔を返すヴィクトールはポケットから自分の煙草を出すと葉先に火をつけた。

 青葉以外にもこの艦に乗り込む艦娘に喫煙者がいたとは、と少しだけ驚きを浮かべた顔で愛鷹が喫煙を満喫するヴィクトールを見やると視線に気が付いたヴィクトールが煙草を片手に口を開く。

「グレイハウンド隊では、唯一の喫煙者だよ。私なら二〇歳はとうに過ぎているからね」

「グレイハウンド隊は貴女以外は未成年揃いですか」

「いや、そうじゃなくて私が知っている限りじゃ二〇を超えているのは私だけ、ってこと。他のメンバーの実年齢は聞いたことがないな」

 知っておく必要はないから聞いていないだけ、と言う事か、と愛鷹は納得する。

 艦娘同士で実年齢込みで自分の踏み込んだ話をする者は少ない。身分をある程度隠した同士なのが艦娘だから、当然と言えば当然ではある。

 せっかくだったので愛鷹は少しはコミュニケーションでもしておこうとヴィクトールに尋ねた。

「ヴィクトールさんはどこで英語を? 貴女の英語はクイーンズイングリッシュの様ですけど」

「ご名答。私の英語はよくポーランド訛りの英国英語って言われるけど、その通りだ。

 これでもオックスフォード大学に留学したことがあるんだよ」

「へえ、確かな学歴持ちなのですね」

「そんなに優等生だったわけじゃないけどね」

 苦笑交じりにヴィクトールは名門校に留学した割には成績はそれほどではなかったと学生時代を振り返る。

「君はどこの学校を出たんだい? 中々教養は高いようだけど」

「国連海軍国際士官学校を出ました。語学力なら自信はありますよ」

「へえ、君中々のエリートさんだったんだ。国際士官学校かあ……凡人の私にはキツイ学校だな」

「学歴が大事とは限りませんよ」

「そうだね。学は大事だけど、殺しの技術なんて、戦争が終わった後用が無くなるであろう私らにとっちゃ、使い道は今の内だけだからねえ。

 本来なら戦争の技術を学ぶより、ご飯を作る技術、裁縫する技術、人の面倒を見てやれる奉仕の面がずっと役立つよ」

 そう語るヴィクトールに愛鷹は何気ない質問をぶつけてみる。

「ヴィクトールさんはこの戦争が無かったら何になりたかったんですか?」

「私かい? 英語の教師になりたかったね。英語教師になりたくてオックスフォードに留学したんだけど、留学してみて気が付いたよ。

 英語教師なんて自分のやる事じゃないなってね。まあ、教師になる夢は変わらなかったから海軍に入る前は数学の教師のアルバイトをしていたよ」

「軍人以外の夢があるのは良い事ですよ。私には……」

 ふと自分の事を深く語りそうになって口を閉じる愛鷹に、ヴィクトールは不思議そうな顔を向けるが詮索はしなかった。

 事情が何かあるのだろうと察するヴィクトールは短くなった煙草を灰皿に押し付け、愛鷹に向き直った。

「戦争が終わった後の事なんて、今から考えておくのも遅くはないよ。

 時間はたっぷりあるさ。軍人として、殺し屋生業の道だけが艦娘の生き方じゃないさ。別の生き方だってあるよ。

 君にも、ね」

 

 

 バイコヌール宇宙基地からSSTOによる最新の偵察画像が届けられた欧州総軍司令部で、新たな動きが出た。

 艦隊司令官や参謀達を招集した作戦会議室の大画面モニターに、SSTOによる偵察が行われたアンツィオの偵察画像が表示された。

 多数の深海棲艦がアンツィオ港に展開し、陸上部には陸上型深海棲艦が多数展開し要塞化が進んでいるのが画像を見る限り容易に判別出来た。

 興味深いのは「UNKNOWN」と表記された球状に尻尾を生やしたような物体がいる事だった。

「なんだこいつは……」

 タブレット端末を片手に首をかしげる武本は、「UNKNOWN」を横に書き込まれた未知の深海棲艦らしき姿を見つめた。

 ナ級の様にも見えるが、サイスがおかしい。隣にいるル級とサイズ的に言えば大差がない。

 ナ級の新種の艦種あるいは深海棲艦の新型艦と見るのが妥当だろうか。

 もし新型艦なら現状、ス級に加えてレ級flagship級と言う新型種の登場に手を焼いている国連軍にとって新たな脅威の出現になりえるかも知れない。

 一方武本がいる作戦会議室では作戦参謀の一人が自分のタブレット端末を片手に、アンツィオ一体の敵勢力の状況と、防衛線の戦況、それにイタリア半島南部の民間人の避難状況を出席している艦隊司令官や他の参謀達を相手に説明する。

 

 イタリア半島南部に取り残されている民間人の数は一〇〇万人。それを守る欧州各国の海兵隊は日に日に消耗を重ねており、空路での補給で辛うじて戦線を維持しているのが現状だ。

 深海棲艦の攻勢は北海での戦況が日本艦隊の活躍もあって国連軍優勢に傾きつつある中、比例するかの様に和らぎ始めており、イタリア半島を分断した戦線は拮抗状態にもつれ込んでいる。

 この機を逃さずに英国とアメリカから空路で運ばれてきた海兵隊の増援部隊がフランスのサン=ナゼールに集結中だ。

 アメリカから送られてきたのは海兵隊北米陸上軍第一機甲師団愛称オールド・アイアンサイズと第三歩兵師団愛称ロッキー・ザ・ブルドッグの二個師団だ。元アメリカ陸軍の精強な師団である。

 英国から送られてきたのは英国海兵隊陸上軍第三歩兵師団と第四〇コマンドー。英国海兵隊陸上軍第三歩兵師団の元は元英国陸軍第三歩兵師団であり二個機械化旅団と一個軽旅団、一個歩兵旅団からなる。

 北米から送られ来た部隊は北米における西海岸防衛線から引き抜かれた部隊であり、いわば北米方面軍が奮発して抽出した戦力ともいえる。

 欧州総軍への北米方面軍からの第一機甲師団と第三歩兵師団の派遣自体は、欧州での深海棲艦の大攻勢が始まった直後の九月二日から始まっていたが、北海方面の制海権と制空権の喪失を受けて展開スケジュールに大幅な後れをきたしており今になてようやく全軍が欧州に展開を果たせたと言う事である。

 北米方面軍と英国方面軍からの強力な地上戦力の増派により、アンツィオ北部防衛線からの反転攻勢計画が進められていた。

 そんな中アンツィオの深海棲艦群の中から発見された新種の深海棲艦。これが大規模な地上部反抗作戦を行う上での障害になりえる可能性はあった。

 イタリア艦隊、フランス艦隊、ギリシャ艦隊を中心に地中海の海上戦線は辛うじて拮抗状態に持ち込みつつあるものの、予断は許さない状況だ。

 とは言え、日本艦隊の助力もあって優勢になるつつある北海の制海権をこのまま奪還できれば、北海に振り向けている艦隊戦力を地中海に回すことで地中海における陸海空大規模反攻作戦にも繋げる事が可能になるはずだ。

 既に欧州総軍司令部では地中海反攻作戦であるオペレーション・メディトレニアン・フリーダム、「地中海の自由」作戦を立案している。

 計画では地中海全体を深海棲艦の手から奪還する大規模な作戦計画であり、最終目標は深海棲艦の地中海における一大拠点マルタ島奪還である。

 かつてないレベルの大規模作戦になる事が予想出来るだけに、今戦力を消耗してしまう訳にはいかないのもまた国連軍がかかれるジレンマとも言えた。

 準備が進む「地中海の自由」作戦の為に、欧州総軍加盟国の揚陸艦の動員も進められている。

 ただ北海方面の制海権がまだ確保できていない為に、ドイツ艦隊やオランダ艦隊、英国艦隊などに配備されている揚陸艦が回航出来ていない。

 「地中海の自由」作戦の為にも、北海方面の制海権の奪還は早急なる課題でもあった。

 

 

(ホワイトハウンド隊、グレイハウンド隊、ミッションタイムクリア)

「了解。ホワイトハウンド0-0愛鷹、作戦行動に入る」

 ギャラクシーからの通告を聞いて、愛鷹はヘッドセットの通知ボタンから手を離すと、続航する青葉と衣笠に振り返らずに右手を掲げて、人差し指と中指を伸ばした手首をくるくると回して「各艦続け」のハンドサインを送る。

「全艦、第一戦速、黒一〇」

 三人の主機が加速をかけ、後方に「オーシャン・ホライゾン」「ズムウォルト」他護衛に着く七人の艦娘を残して先行する。

 先行する愛鷹、青葉、衣笠の主砲の砲栓が装備妖精の手で外され、各部署へ各妖精が配置に着く。

 ベルゲンまで帰路二日の行程が始まった。

 深海棲艦の封鎖網はキース島近海に展開しているので、接敵は遅かれ早かれと言った事になるだろう。

「敵艦隊は比較的組し易い方の敵とは言え、数では向こうが圧倒的に多い状況です。二人とも気を抜かないで。

 下手をすれば囲まれて袋叩きです」

「了解です」

 警告する様にいう愛鷹に青葉と衣笠から唱和した返事が返される。

 随伴艦に駆逐艦がいない為、潜水艦が出てきたら青葉の瑞雲による対潜哨戒だけが頼りだ。

 キース島近海およびベルゲンまでの海路は潜水艦が航行するには向いていない地形とは言え、まったくいない訳ではない。

 念には念を入れよ、と自分に言い聞かせる愛鷹の耳に青葉が対潜哨戒機の瑞雲を発艦させるカタパルトの乾いた音とエンジンの咆哮が響いた。

 対潜爆雷を翼下に抱えた瑞雲八機がエンジンの音を響かせながら、哨戒を担当する海域へと進出していく。

 ギャラクシーの空中警戒管制があるが、自分でも確認するに越した事は無いので、愛鷹達もレーダーを起動し、装備妖精と共に双眼鏡を片手に水上警戒に当たる。

 上空には瑞鳳とヴィクトリアスから発艦した戦闘機隊が万が一の上空援護の為に待機していた。

 

 

 

(警報、レーダーコンタクト。敵艦隊インバウンド、参照点より方位〇-五-〇。艦隊総数一二、艦種はト級一、ホ級一、ロ級一〇)

 キース島を立って僅か二時間余りで敵水雷戦隊の出現をギャラクシーが通知して来る。

 一二隻、艦隊の構成からしてト級とホ級が率いる水雷戦隊が連合艦隊を組んで数で押しつぶしにかかってきた形だ。

「全部署に発令。合戦準備、合戦準備、全艦対水上戦闘用意。砲戦、雷撃戦に備え」

 先行部隊旗艦愛鷹から第三三戦隊、グレイハウンド隊、それに「ズムウォルト」と「オーシャン・ホライゾン」に戦闘配置の警報が飛ぶ。

 

 前衛を務める形の愛鷹からの警報に「オーシャン・ホライゾン」船内では乗員が乗船する避難民に船内アナウンスで警告を出す。

(船長より乗船する皆様にお知らせします。深海棲艦が出現したと海軍部隊より通報が入りました。

 これよりデッキを全面閉鎖致します、乗船する皆様は係員の指示に従って船内中心部に避難をお願いします。

 救命胴衣をしっかり着用し、落ち着いて係員の指示に従ってください)

 

 護衛する「オーシャン・ホライゾン」の船内から緊急警報のアラームが鳴り響き、デッキに出ていた避難民が乗員の指示に従って船内に戻る。

 戦闘配置に着く深雪の耳に「オーシャン・ホライゾン」に乗っている民間人から「頼みましたよ艦娘の皆さん!」と声援が聞こえたが、生憎ドイツ語だった為英語が多少は成せる程度しか海外語が分からない深雪には何と言っているのか分からなかった。

 ただ、手を振って頑張れ、と言うような声援には深雪にも聞こえたので手を振り返すくらいの反応はした。

 手を振り返すと、避難民は乗員の指示に従って救命胴衣を着込みながら船内に戻った。

「なんて言ってたんだろうな……」

 一応手を振りはしたものの、なんと言っていたのか分からない自分の語学力の低さを痛感していると、聞こえていたらしいヴィクトリアスが教えてくれた。

「『頼んだぞ、艦娘の皆』って言ってたのよ」

「お、通訳サンキューな、ロビン」

「ロビンね……ヴィクトリアスでいいわよ」

 コードネームで礼を述べる深雪に、その名には慣れないという表情を浮かべながらヴィクトリアスが返した。

 

 

「最大戦速! 増速黒二〇、進路〇-五-〇度ヨーソロー!」

「ヨーソロー」

 増速を駆ける愛鷹に青葉が復唱しながら続き、衣笠がしんがりを務める。

 突撃を開始した三人に対して、深海棲艦一二隻は主砲を構えて砲撃準備の構えを取り、愛鷹達が射程に入るのを待つ。

「陣形変換。青葉さんは右翼、衣笠さんは左翼に展開」

「了解」

 旗艦の愛鷹を先頭にした逆V自陣形に素早く移行する青葉と衣笠をHUDで確認すると、愛鷹は主砲の射撃スティックを握り、主砲の照準を合わせた。

 物量差は四対一。如何に早く敵艦隊を撃滅出来るかにかかっていた。

 距離を詰めて、必中射程から確実に撃破するか、ある程度の距離を維持して安全を確保しながら交戦するか。

 愛鷹が選んだのはそのいずれでもなかった。

 五門の主砲を構え、照準を正確に合わせる。先に射程に収めた深海棲艦側の砲撃が始まるが、初弾は全弾外れる。

 射撃トリガーに指をかける青葉と衣笠の気配を感じ、「まだです」と制する。

 砲撃を浴びて焦りをジワリと滲ませる二人の思いを感じながら、左手を掲げてヘッドセットに吹き込む。

「スタンバイ……スタンバイ……」

 HUDでは既に照準を合わせた敵艦との距離が必中射程を切っている事を告げていた。

 今だ、と深海棲艦艦隊の四度目の斉射を切り抜けた直後、愛鷹は攻撃指示を発令した。

「全艦、対水上戦闘、旗艦指示の目標。全砲門撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 号令と共に愛鷹の左腕が振り下ろされ、四一センチ主砲五門、二〇・三センチ主砲一〇門、長一〇センチ高角砲四門の文字通り全砲門斉射の砲声が轟いた。

 砲声と砲煙が砲撃の火蓋を切った一九門の砲門に走り、撃ち出された砲弾が真っ赤に輝きながら狙った敵艦に向けて飛翔していく。

 距離はもう第三三戦隊と深海棲艦とも互いに目の前と言える至近距離だ。深海棲艦が第五斉射を放つが三人は防護機能も駆使してギリギリの距離で全弾を躱す。

 一方、砲口と射角を微妙にずらしていた愛鷹の四一センチ主砲三連装一基、連装一基の計五門から放たれた主砲弾は、ト級、ホ級、それにロ級三隻にそれぞれ一発ずつ命中した。

 瞬く間に五隻の敵艦が大破炎上し、ロ級に至っては早くも黒煙を上げながら波間に艦体を沈め始める。

 両翼を固める青葉と衣笠の砲撃も初弾命中を果たし、ロ級をそれぞれ一隻ずつ仕留める。

 一瞬で一二隻中七隻を撃沈破した三人は、主砲の再装填中に揃って大破航行不能になった深海棲艦艦隊の中央を突っ切ると、背後を取った残る敵艦五隻に砲門を向けると再装填が終わった砲門を指向し、発砲した。

 四一センチ主砲の再装填が間に合わないので、長一〇センチ連装高角砲をロ級二隻に指向した愛鷹が速射の砲撃の雨を浴びせ、回答が間に合わないロ級の背後から砲弾を雨あられと叩き付ける。

 青葉と衣笠の二人もロ級二隻を瞬時に仕留め、残る一隻に集中砲火を浴びせる。

 深海棲艦側が対応しきる前に、ほぼ一瞬で、一二隻の深海棲艦水雷戦隊は全滅した。

 大破航行不能の残存艦艇に仕上げの砲撃が撃ち込まれ、爆発音と残骸が上げる黒煙が海上に立ち上った。

 

「凄い……」

 瞬く間に敵艦隊一二隻を撃破した愛鷹、青葉、衣笠の腕前にヴィクトリアスが驚嘆の言葉を漏らす。

「主砲の砲門を一門ずつずらして同時に多数の目標を仕留める。初めての射撃演習の時に見せた腕前だが、いつ見ても愛鷹の射撃の腕前の高さには舌を巻かされるな」

 感心しながら愛鷹がやった射撃方法に深雪は言葉通り舌を巻いた。

 チートを疑う砲術の腕の良さは、クローンとして素で優秀なところもあるのだろう。しかし、それに追いつける青葉と衣笠の射撃の腕前もなかなか見事なものである。

 前衛を務める三人が撃破した深海棲艦の封鎖網を突破する「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」、それにその護衛の艦娘の後背に新たな敵艦隊が出現する。

 ポンとレーダーに現れた深海棲艦の水雷戦隊を探知したギャラクシーから警戒任務に就く愛鷹達に通報が飛ぶ。

 数は再び一二隻。軽巡の内容は同じだが、駆逐艦がイ級後期型になっている。

「方位三-五-〇へ一斉回頭。とぉーりかーじ!」

 回頭指示を出す愛鷹が取り舵に舵を切ると、青葉と衣笠も続けて舵を切って後に続く。

 逆V字陣形を維持して「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」と護衛に着く七人とすれ違う。

 特に言葉を交わすことなく二つの集団はすれ違い、愛鷹達は深海棲艦へ、「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」らはベルゲンへと急ぐ。

 

 

 全速力で向かってくる深海棲艦の艦隊に対して、愛鷹達も最大戦速を維持して反航戦を挑む。

 射程に入り次第即座に砲撃を開始する深海棲艦の攻撃に対して、三人は必中距離まで堪える。

 そして愛鷹の合図と共に一斉攻撃の火蓋を切り、瞬く間に約半数の敵艦を仕留める。

 愛鷹の放つ主砲弾は面白い様に、まるで吸い寄せられるかのように敵艦に直撃し、直撃を受けたイ級五隻が一度に轟沈する。

 青葉と衣笠が狙ったイ級は攻撃を何とか躱しにかかるが、即座に再装填を終えた二人の第二射の直撃を受けて大破炎上し生き足を止める。

 密集していると拙いと判断したらしい深海棲艦は、残存するト級、ホ級、それにイ級三隻の五隻が散開して三人を包囲しにかかる。

 三人は包囲網が完成する前に全速力で網の目の薄いところを突っ切り、速度を維持したまま大回りのターンを描いて残存艦艇の方へと戻る。

 陣形を維持し、愛鷹の「攻撃はじめ!」との号令の後、三人の主砲が発砲の砲火を放ち、徹甲弾を深海棲艦に叩き付ける。

 四一センチ主砲弾を食らったト級とホ級が轟音と閃光を放って吹き飛び、二〇・三センチ主砲弾を受けたイ級が瞬く間に沈黙する。

 一隻だけ残存していたイ級が一矢報いようと、愛鷹、青葉、衣笠の三人目掛けて魚雷全弾を発射し、青葉に対して砲撃の応射を試みる。

「ブレイク! ブレイク! ブレイク!」

 愛鷹の警告が青葉と衣笠に飛び、彼女自身も魚雷の回避にかかる。

 砲撃で回避行動がとりづらい状況の青葉に、衣笠と共に援護射撃を行い、離脱のチャンスを作る。

 二人の援護射撃で離脱のチャンスを得た青葉が最大速力で魚雷と砲弾を躱し、それを確認した愛鷹、衣笠も魚雷を回避しにかかる。

 イ級の雷撃は三人からの砲撃を受ける中で放たれた割には精度は良かっただけに、すぐそばを白い航跡を引きながら通り抜ける魚雷に愛鷹達の額に冷や汗が滲む。

 辛うじて魚雷を回避した三人がイ級に砲門を向けると、愛鷹の「攻撃はじめ!」の合図と共に一斉射撃を浴びせ、五秒と経たずに撃沈する。

「旗艦愛鷹よりギャラクシー。我敵艦隊全艦を撃沈」

(こちらからも確認した。こちらのレーダーに敵影は無し。引き続き警戒を厳にせよ)

「了解」

 確認の報を聞いて安堵の深呼吸を吐く。

 ひとまず波状攻撃を仕掛けて来た二四隻の深海棲艦を三〇分と経たずに殲滅した。

 しかし、まだベルゲンまでの航路はまだ八割以上残っている。

 敵艦隊の推定総数は六〇隻。そのうちの二四隻を殲滅したとはいえ、まだ三六隻がこの海域に展開して自分達を待ち構えている。

 気が抜けない上に、休む事もできない行程が続きそうであった。

 

 

 警戒待機中のギャラクシーが燃料切れで補給の為に帰投が必要になったのを見計らい、瑞鳳から代役の空中警戒機スカイキーパーが発艦する。

 幸いにも「オーシャン・ホライゾン」を護衛する第三三戦隊とグレイハウンド隊を襲撃する深海棲艦はベルゲンへの航路の最初の一日目の時点で愛鷹達が交戦した二四隻以外は襲来せず、無事日をまたぐ事が出来た。

 日が沈まない季節とは言え、明るさは昼間程ではない。

 愛鷹にとって少し気がかりなのは自分たちが侵入し始めている海域では潜水艦の活動が比較的盛んであることだった。

 

 

 夜間の対潜戦は艦娘にはあまり分の言い戦いができる時間帯ではない。

 視界が確保出来る白夜なのが少し幸いではあるが、潜望鏡を確認しづらい明るさと見通しだった。

 そんな中で駆逐艦娘ヴィクトール、コールサイン・イーグルから潜望鏡らしき影を確認、の警報が飛び一同に緊張が走った。

 キーリングからヴィクトールとジェームスの二人で確認に向かうよう指示が出ると、二人は隊列を離れてヴィクトールが潜望鏡を見つけた方向へと舵を切る。

「注意してねイーグル」

「了解だよ」

 視界の良さは一〇〇%ではない。二人はソナーを起動して調音に当たる。

 ヘッドセットから潜水艦の機関音は聞こえてこない。機関停止して無音潜航状態なのかもしれない。

 双眼鏡で海上を警戒するヴィクトールの目に自分が見つけた双眼鏡らしき影は見当たらない。

 こちらの追跡に気が付いて急速潜航して、今は無音潜航でやり過ごす気だろうか。

 双眼鏡で警戒するヴィクトールに代わってソナーで調音を続けるジェームスは両手をヘッドセットに当てて耳を澄ます。

 どんな音も聞き逃さない、とジェームスが調音を続ける中、ごぽっ、と言う泡の音が彼女のソナーからヘッドセットを介して耳に入る。

 反射的に突発音、と叫びそうになって違う、と自分で即座に口に出す前に訂正する。

「今の音、なんだと思う?」

 自分と同じくソナーは聞いている筈のヴィクトールにジェームスは問うと、ヴィクトールは双眼鏡を覗き込んだまま答える。

「今のは海底火山の噴流音だね。発射管注水音や魚雷発射時の突発音とは違う奴だ。

 ちょいとここの海域は厄介だぞ。レイヤー(変温層)が複雑だから、潜水艦にとっては隠れ蓑が多い」

「ベルゲンまでの航路で唯一潜水艦の活動が盛んになれる場所ね。行きは問題なかったけど」

「行きはよいよい、帰りは恐い、って奴だねえ」

 会話を交わす二人の耳に再び海底火山の噴流音が入る。

 と、同時にジェームスより耳の良いヴィクトールの耳に噴流音とは異なるような音がかすかに聞こえた。

「ん、なんだ?」

 反射的にヘッドセットに手を当てて耳を澄ますが、異音は止んでしまった。

 噴流音とは別の音だったが、潜水艦の魚雷発射管の注水音や魚雷発射の突発音とはやはり違う。

 気のせいだろうか、とヴィクトールがヘッドセットから手を離して双眼鏡を持ち直す。

(グレイハウンドよりイーグル、ハリー。進捗は?)

 キーリングからの通信にヴィクトールが出る。

「ノーコンタクト。気のせいだったかのかもしれない。ただ何となくだけど潜水艦が潜んでいそうな気配はある」

(敵潜の方がやり過ごそうとしているなら、深追いせず戻っても良いわよ)

「いや、もう少し調べてみる。後顧の憂いって奴は絶っておきたいからね」

(了解した。気を付けてね)

 案じるような口調のキーリングに「すぐ戻るよ」とヴィクトールが返した時、彼女の装備見張り員妖精が反応した。

「方位〇-七-二に浮遊物を視認」

「浮遊物?」

 何だそれは、とヴィクトールが聞き返そうとした時、彼女の靴に何かが触れた。

 

 コン、と言う小さな衝撃音が足元で起き、ヴィクトールが足元を見た直後、轟音と共に彼女の右足先で爆発が起きた。

 

 突如相棒の身体が足元での爆発で軽く浮き上がるのを見て、ジェームスは「敵襲!」と叫び警報を鳴らした。

 海上に仰向けに倒れ込むヴィクトールに駆け寄ろうとするジェームスに、ヴィクトールから「寄……っちゃだめ……だ」と苦しそうな声で制止を受ける。

「敵は……機雷を……撒いている筈だ。足を……吹き飛ばされたく……なかったら、機雷に」

「イーグル喋らないで! じっとしてて、機雷に警戒しつつ今行くから! こちらハリー、イーグル、敵潜の敷設したと思われる機雷に触雷。損害不明」

(こちらグレイハウンド、了解。ディッキーを応援に送るわ)

「急いで、ヴィクトールの怪我の様子は分からないけど、タダでは済んで無い筈よ」

(こちらディッキー。現在機雷に警戒しながらそちらへ接近中。イーグル、状況は?)

「右舷機関部……をやられた……右足が冷たい……足はくっついているみたいだ……」

 何とか話せる辺り、機雷の威力はそれほどではなかったらしい。

 機雷警戒をしながらヴィクトールの元に着いたジェームスはファーストエイドキットを出してヴィクトールの手当に入った。

 右足が血まみれになっており、右半身にもダメージを負っているのが分かった。機雷の爆発で右足のメリージェーン風の靴と主機部分は完全に吹き飛んで無くなっており、裸足の足が力なく海の上に浮かんでいた。

「靴と機関部が丸ごと吹き飛んでいるけど、そのお陰で致命傷は免れたっぽいよ。大丈夫よ、イーグル。貴女は助かるわ」

「……そうかい。それは……よかった……」

 安堵する様にほほ笑むヴィクトールの患部を手早くジェームスは手当てする。

 左足の主機は生きているから肩を貸せば航行は可能だ。

 包帯を巻き終えて、肩を担ごうとした時、接近するダッジの方から潜水艦発見の警報が飛ぶ。

「早いところ……逃げよう……肩を貸してくれ」

「分かったからイーグルは黙ってて」

 肩を貸そうとジェームスが屈んだ時、彼女の装備見張り員妖精が「雷跡視認! 右舷〇-一-〇!」と叫んだ。

 咄嗟に振り返って魚雷が回避不能な距離に迫っているのを見て、「総員、衝撃に備え!」と叫んでジェームスは目をつむった。

 その時、ヴィクトールがジェームスの肩を振り切って魚雷が来る方向へ身を投げた。

 

 薄暗い海上で爆発音と閃光が同時に走った。

 

 

 敵潜水艦の襲撃を受けている、とキーリングから警報と報告が入る中、愛鷹と青葉、衣笠も対潜警戒と機雷警戒に入っていた。

 無線が混線してはっきりとは分からないが、ヴィクトールが触雷して中破したらしい。

「大丈夫ですかねえ」

 不安げに呟く青葉に「祈るしかないよ」と衣笠が返す中、遠くで二回目の爆発音が聞こえた。

 英語で喚く声が無線で複雑に交じり合い、混線する無線がやかましくなる。

 無線の内容を聞く愛鷹が顔を俯けるのが分かった。

「何かわかったんですか?」

 尋ねる青葉に愛鷹は悲しそうな声で返した。

「祈るしかない……犠牲者の為に……」

「え?」

 何のことです、と青葉が問おうとした時、キーリングから悲痛な声で(イーグルがやれらた! イーグル死亡! こちらグレイハウンド、K.I.A一名。駆逐艦ヴィクトール)の宣告が入った。  

 

 

 ダッジが投射した爆雷でヴィクトールに止めを刺した潜水艦ヨ級flagship級は撃沈された。

 懸命にヴィクトールの応急手当をするジェームスだったが、潜水艦の雷撃から彼女を庇ったヴィクトールが意識を取り戻す事は無かった。

 救援ヘリがヴィクトールとジェームスを「ズムウォルト」へ運び、ヴィクトールは医務室で懸命に死に抗う蘇生措置を受けたが、手当の甲斐なくグロム級駆逐艦娘ヴィクトールは息を引き取った。

 

 

 突然の、不意打ちの様なヴィクトールの死の知らせに愛鷹は無言で首を垂れた。

 昨日何気ない会話を交わしたばっかりだったのに。突然、文字通り呆気なくヴィクトールの命が失われた。

 駆逐艦娘ヴィクトールと言う一人の人間が命を落としたことに、愛鷹は込み上げてくる無力感に苛まれた。

 せめて、死の間際、苦しまなかったことを祈るしかなかった。

 

 同時にベルゲンまでの航路、残り半分と言う現実が愛鷹に強いプレッシャーとなって押し寄せて来た。

「残り半分……」

 

 

 ヴィクトールの戦死で見るからに士気が低下したグレイハウンド隊だったが、休み間を与える深海棲艦ではなかった。

 医務室でヴィクトールの死が宣告されて二時間後。スカイキーパーが封鎖網を構築して船団を待ち構えている深海棲艦を探知した。

 総数は三六隻。想定されている残存艦艇の数と一致する。深海棲艦は残る全戦力を新たな封鎖網構築に振り向けて来た形だ。

 六隻の艦隊が重圧な封鎖網を敷いているのが残る一〇人の艦娘にHUD画面に共有された。

 封鎖網の最後の布陣に着く艦隊の構成を見て愛鷹は唇をかんだ。

 ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊だ。前衛五群でこちらの消耗を誘い、消耗した時を突く様に真打の重水雷戦隊の火力をぶつけて来る算段だろう。

 だがここで深海棲艦に負けて護衛を失敗したら、「オーシャン・ホライゾン」に乗る避難民と負傷兵の命だけなく、戦死したヴィクトールに顔向けできない。

 母国語訛りの英語を話す朗らかなポーランド人艦娘の顔を思い浮かべながら、愛鷹は戦死した彼女の為にも、と護衛任務の成功を誓った。

「絶対に……やり遂げる……!」




 駆逐艦艦娘ヴィクトール戦死は「駆逐艦キーリング」の原作と同様にすることを前々から決めていたので変えようがなかったとは言え、自分でもやはり辛い描写でした。
「ブラックホークダウン」のピラ軍曹が戦死したシーンを思い浮かべながら彼女の最期を書いていました。

 ヴィクトール戦死の知らせを聞いた時の愛鷹の反応は「ブラックホークダウン」でピラ軍曹が戦死した知らせを聞いたスティール大尉をイメージしています。
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