艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 三月中の投稿が出来ず申し訳ないです。
 本編をどうぞ。


第五六話 雷跡

 キース島からの撤退船団護衛部隊の駆逐艦娘ヴィクトールが撃沈され戦死した、と言う知らせは欧州総軍司令部にもすぐに入った。

「おお、なんてことだ……彼女の家族に何とお詫びすればよいのだ……」

 悲嘆にくれた表情を浮かべてポーランド艦隊の連絡将校のヴォイテク大佐が首を垂らすのを見て、武本とターヴィは痛まれない気持ちになる。

 ポーランド艦隊は小所帯なだけに提督と艦隊参謀等のポーランド艦隊司令部と艦娘との間はかなり近いものだったらしく、それだけにヴィクトールを失った悲しみはかなり大きいようだった。

 目頭を押さえてうな垂れているヴォイテク大佐に武本が同情心を覚えていると、何を言っているのやらと少し呆れたような溜息を吐く声が聞こえた。

「たかが艦娘と言う軍人一人の死に、大佐は悲嘆に暮れ過ぎる。彼女が身に纏う軍服が死に装束となる事くらい、自身が軍人である艦娘なら承知の事であろう」

 その言葉を吐いたのは誰だ、と武本は思わず言葉の主に振り返る。

 欧州総軍ロシア方面軍海兵隊の将軍の一人、イゴーリ・コベレフ大将だった。

「艦娘一人の死がどれ程の損失であるのか、お分かりなのか大将閣下は」

 流石に憤りを見せるフランス艦隊司令官のナサニエル・ベタンクール大将がコベレフを鋭い目でにらみつける。

 司令部にいる艦隊司令官や参謀達から非難の目線がコベレフに浴びせられる中。コベレフは再び溜息を吐くと顔を上げて非難する目線を見返す。

「所詮艦娘とて我々国連軍の軍人と命の重さと比べて見れば重すぎもせず、軽くもない。艦娘は人間だ、一人の人間と命の価値は同等。

 替えは効かん存在が一人、軍人が一人死んだ。それだけだ。我が海兵隊を見ろ、イタリアを始めとする世界中で同志が日々ダース単位で命を失っているのだぞ。

 ヴィクトールと言う艦娘と同じ一人の人間達が毎日イタリア半島を守ろうとして命を散らし続けている。

 大概にせよ海軍。艦娘の命は特別な命ではない。結局その命は一人の人間と同価値だっただけだ」

 確かにコベレフの言う通りでもあった。艦娘は確かに海兵隊員と違って容易に替えが効かないと言う一点を除けば、結局は一人の人間であり、海兵隊の兵士だけでなく、今この欧州総軍司令部にいる全員とも命の重さはまったく同じ。

 軍人が一人死んだだけだ。そう言い切ってしまうコベレフに腹立たしそうな表情を海軍高官や参謀達が向けるが、当の本人は発言を撤回する気は無いようだった。

(コベレフ大将の言う事も全く間違ってはいない。だけど、艦娘は本当に海兵隊員一人の命と違って替えが効かなさ過ぎるんですよ)

 面と向かって言えない自分の度胸の無さに煮え切らないモノを覚えていると、武本のデスクのパソコンに日本艦隊統合基地で留守電をしている谷田川から封緘された秘匿通信の電文が表示された。

 秘匿通信? なんだ? と首をひねりながら自分のIDを入力して開封すると谷田川が送ってきた電文が開かれる。

 

 太平洋方面、と言うよりは日本本土近海での深海棲艦の動向を綴った報告書だった。

 

 欧州で深海棲艦の大規模な侵攻作戦が行われる中、日本本土近海でも深海棲艦の活動が日増しに盛んになっているとの事だった。

 ここ五日間で襲撃された民間商船の船団は七つ。護衛失敗は無いモノの、船団護衛に当たっていた第五戦隊の羽黒や駆逐艦神風、空母雲鷹等複数の艦娘が大破させられる被害が増えつつあった。

 国連軍が欧州に戦力を割いている間に、手薄気味な地球の反対側の日本へ攻め入る可能性も捨てきれない、と谷田川は電文に添えていた。

 一方で自分が不在の間に新たに艦娘が着任した、と言う報告もあった。夕雲型駆逐艦艦娘として妙風、村風、清風の三人が新規に艦娘として着任した。

 自分が不在の間に谷田川は大湊基地司令官だった湯原真一大佐を自分の副官として呼び寄せて、鳳翔、三笠等の秘書艦と艦隊参謀達と共に艦隊の指揮に当たっていた。

 上手くやっている様で何よりだ、と安堵する。電文の最後で『先輩はそこでの艦隊指揮に専念して下さい。健闘を祈ります』と谷田川は締めくくっていた。

 提督と呼ばずに「先輩」とつける所が谷田川らしいと言えた。

 

 

 薄暗い海上に再び明かみが戻って来た。

 腕時計を見ると朝になっていた。北海の天候と時間帯、太陽が昼夜ではっきりと入れ替わる日本の時間帯と天候慣れした身の愛鷹には不慣れなものであった。

 ヴィクトールの遺体を「ズムウォルト」に収容してからこっち、深海棲艦側からの攻撃は無く、船団はベルゲンへと向かっていた。

 ただ深海棲艦の残存艦隊による封鎖網を強行突破するルートから、現場判断で迂回するルートを取った為、必然的に航路は長くなり、護衛に当たる愛鷹を始めとする艦娘達には疲労がじわりじわりと滲み始めていた。

 艦娘用の洋上レーション類を摂っていればスタミナと水分程度は回復出来るものの、それでも疲労は少しずつ各々の体に押し寄せて来る。

 特に愛鷹、青葉、衣笠の三人は前衛警戒を務めている分、不眠不休状態なだけに、眠気も多少なりとも覚える。

 一応レーションに含まれるドリンクにはカフェインとアルギニン等の目覚まし成分は含まれているが、無論効果時間が無限に続くわけでもなく、過剰に摂取も出来ないので使い処による。

 正面からの戦闘を避け、迂回ルートを取りつつも、引き続きAEW天山や瑞雲による念入りな航空偵察と早期警戒網を構築して警戒に当たる。

 迂回ルートをとったお陰で封鎖網を構築している深海棲艦の水雷戦隊六群中、三群とは大きく距離をとることが出来ていた。

 しかし、ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊とホ級一隻、ロ級後期型五隻、へ級一隻、イ級後期型五隻からなる水雷戦隊からはどうあがいても逃れようがない。

 特に最後衛についていた重水雷戦隊はこちらがどのルートをとっても対応出来る布陣だったから、どの道重水雷戦隊との交戦だけはやらねばならなかった。

 相手は一八隻。対する船団側は前衛戦力である愛鷹、青葉、衣笠とヴィクトリアスの航空戦力が頼りだ。

 少しでも愛鷹達のへの負担を減らそうと、ヴィクトリアスは対空戦闘能力の低いホ級率いる水雷戦隊への航空攻撃を提案して来た。

 彼女の提案は即採用され、天候と視界の回復を待って行われる事となった。

 ホ級とロ級からなる水雷戦隊へ攻撃隊の準備を終えたヴィクトリアスが攻撃隊を発艦させたのは、午前八時を過ぎた時だった。

 ヘルダイバー艦爆六機、バラクーダ艦攻六機、コルセア艦戦六機、誘導役のフルマー偵察機一機の計一七機の戦爆連合攻撃隊が明るくなった空へと上がっていく。

 ギャラクシー経由で編隊の位置情報を確認した愛鷹は、果たして何隻落とせるか、とHUdを見つめながら腕を組んだ。

 全艦が無印級であるので、elite級やflagship級と比べたら手強さは無い。しかしだからと言って気を抜けば沈むのはこちら側になると言う現実は変わらない。

「グッド・ハンティング」

 HUDに表示される編隊を見つめながら、愛鷹は既に見えない所にいる攻撃隊の健闘を祈った。

 

 

(タリーホー。エネミー、ツー・オクロック・ロー。ストリームリーダーからストリーム2、3。攻撃開始)

(ラジャー、ストリーム2-1から2各機、続け)

(ストリーム3-1よりストリーム3各機、降下するぞ)

 ストリーム2のコールサインで呼ばれるヘルダイバー艦爆六機が高度を上げて急降下爆撃の体制に入る一方、ストリーム3のコールサインで呼ばれるバラクーダ艦攻六機は機体下部に抱いている魚雷を深海棲艦に見舞うべく、低硬度へと高度を下げて行く。

 眼下の深海棲艦艦隊から対空砲火が撃ち上げられ始めるが、弾幕は薄い。

 牽制にもなっていない薄い対空射撃を易々と躱しながら、それぞれ六機ずつの艦爆と艦攻は爆撃コースに入る。

 機関砲による対空射撃も始まるが、装備しているのがホ級なだけに弾幕にすらならず、形勢不利を悟ったロ級五隻が散開して回避運動に入る。

 ロ級五隻のそれぞれの直上に付けたヘルダイバー艦爆六機がダイブブレーキの音を響かせながら急降下爆撃に入った。

 急降下速度をダイブブレーキで調整しながら爆弾槽のハッチを開け、航空妖精が照準器越しに狙いを定める。

 タイミングを見計らって航空妖精が投下レバーを引くと、爆弾槽から誘導桿によって一〇〇〇ポンド爆弾を引き出される。

 投下された爆弾が空気を切り裂く甲高い音を立てながら落下していく一方、ヘルダイバー艦爆六機は投弾するとすぐに機首を引上げ、上昇に転じる。

 ウェーキをなびかせながら全速力で回避運動しにかかるロ級一番艦の艦上に直撃の閃光が走り、続けて二番艦、四番艦、五番艦に直撃の閃光が走り、爆発の炎が走る。

 三番艦は辛うじて回避運動が間に合って爆弾の直撃は免れるが、至近弾で舵が故障し、そのまま大破炎上する二番艦の残骸に衝突する。

 艦爆六機のBDA(爆撃効果)を評価すべく、ストリーム1-2のコールサインで呼ばれるコルセアが降下して黒煙を上げる駆逐艦五隻に向かう中、残るホ級に艦攻六機が群がり、魚雷を投下する。

 全方位から投下された魚雷にホ級には躱し様がなく、二発の魚雷の直撃を受けて轟音と共に火柱に包まれる。

(ストリーム1-2よりストリームリーダー。駆逐艦五隻の沈黙を確認)

(ストリームリーダー了解)

(ストリーム2-1より1-1。ホ級に魚雷直撃、轟沈を確認)

 五分と経たずにホ級に率いられていた水雷戦隊は全滅していた。

 六本の黒煙が海上に立ち上がる中、編隊を組みなおしたストリーム隊に対して、ヴィクトリアスから「RTB」がかけられた。

 

 敵水雷戦隊全滅。その報告はヴィクトリアスから直に伝えられてきた。

これで対峙する深海棲艦艦隊の数は一二。少しでも数を減らして置いて欲しい身である愛鷹はヴィクトリアスに攻撃隊の補給後、再出撃してへ級率いるもう一群に打撃を与える様に要請を出す。

(了解したわ)

「頼みましたよ」

 承服するヴィクトリアスとの通信を切ると、HUDに表示される敵艦隊二郡の内、一番脅威の高いト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊にどう対処するか考える。

 ヴィクトリアスの航空攻撃を送っても、対空戦闘能力が他の水雷戦隊と比べて段違いに強いこの重水雷戦隊の前には無力に等しい。

 全滅してしまう可能性すらある。意味のない航空攻撃をしてヴィクトリアスの航空団にいらぬ損耗を払わせたくはない。

 しかし、ナ級Ⅱflagship級後期型は遠距離からレーダーを組み合わせた極めて正確な照準の雷撃を放ってくる難敵中の難敵だ。砲戦火力も駆逐艦ながら軽巡クラスのパワーを誇る。

 最強スペックと言えるナ級Ⅱflagship級後期型が四隻。ス級よりかはマシかも知れないが、気の抜けない敵であることに変わりない。

 ナ級Ⅱflagship級後期型だけではなく、ト級flagship級も水上戦闘能力は極めて高い。こちらの手数が事実上三人なのを考慮しても数的にも質的にも劣勢だ。

 三人で一隻ずつ片していくか、それとも青葉、衣笠を分離して戦わせるか。後者は各個撃破される可能性があるのでNGだろう。

 ここを突破すれば後にいる深海棲艦はいない事を考えて、「オーシャン・ホライゾン」護衛に付けている駆逐艦を三人引き抜いて数を補うか。

 だが、こちらの駆逐艦艦娘の火力はト級にもナ級Ⅱにも劣る。頭数だけ増やしても被害が増えるだけで終わる可能性すらあった。

 最悪、駆逐艦艦娘側にヴィクトールに続く犠牲者が出しかねない。

 それに洋上の深海棲艦は確かにいないものの潜水艦が展開している可能性も考慮すれば、「オーシャン・ホライゾン」の護衛の艦娘は割くべきではない。

 やはり自分と青葉、衣笠の三人でやるしかないか。

 

 こちらのアドバンテージはト級、ナ級Ⅱを上回る個々の火力と機動力、それに練度だ。

 愛鷹、青葉、衣笠の主砲は直撃すればト級、ナ級Ⅱの全装甲を貫ける火力がある。

 機動力においても三人の鍛え上げ抜いた操艦技量は伊達ではない。

 そして操艦と砲撃の腕前は三人とも高いレベルにある。

 

 最後の一押しは三人でやるしかない。

 

 決断した愛鷹は数で上の重水雷戦隊との交戦方法を考える。

 重水雷戦隊の頭を押さえて、こちらの火力と射程を生かし、数の不利を補う。

 如何に早く敵艦隊を無力化していくか、という時間との勝負にもなる。ナ級Ⅱが魚雷攻撃に入ればこちらは交戦を捨てて回避に専念する事を余儀なくされるだろう。

 現在の速度を維持すれば重水雷戦隊との交戦まで一時間強。

 それまでにもう一群をヴィクトリアスの航空攻撃で始末すれば、数的不利はある程度抑えられる。劣勢にあることに変わりはないが、一二対三よりは六対三の方がまだ救いがある。

 

 前進を続ける愛鷹にヴィクトリアスから第二次攻撃隊が発艦した連絡が入る。

 空中警戒を続けるギャラクシーから特に続報は無い。今愛鷹達の近辺にいる深海棲艦二郡以外にこの海域に襲来する敵艦隊は無いようだ。

 水上艦隊で警戒すべきは他にないとして、別個に警戒すべきはやはり潜水艦隊だろう。

 アオバンド隊が既に二隻のソ級をMADで検知していた。船団からは遠く離れているので気にしなくてもいいレベルだが、ほかにも潜んでいる可能性がある。

 対潜哨戒の瑞雲と天山を青葉と瑞鳳から飛ばして、潜水艦への警備行動を続ける。

 三〇分程してヴィクトリアスから第二次攻撃隊の攻撃戦果が報告された。

 爆撃効果は大。敵艦隊は全滅。我が方被害なし。

 これで残る敵艦隊はト級flagship級とナ級Ⅱflagship級からなる重水雷戦隊一群のみ。

 HUDでギャラクシーが探知している重水雷戦隊の位置を再確認していると、青葉が意見具申をしてきた。

「青葉より旗艦愛鷹さんへ意見具申」

「なんです?」

 振り返って次席旗艦の青葉を見つめると、青葉は艤装を担ぎ直して具申内容を口にする。

「こちらから重水雷戦隊へ撃って出ませんか?」

「向こうから来るのを待つのではなく、こちらから撃って出て撃滅する、と?」

「重水雷戦隊のナ級Ⅱflagship級の雷撃戦能力は極めて高いです。遠距離から極めて正確な雷撃を放ってくる高脅威目標艦です。

 船団と距離を離さずに戦った場合、重水雷戦隊の突破を許したら、追撃する猶予がありません。

 こちらから撃って出て、船団と距離がある内に捕捉して撃滅するべきかと。船団との距離をとった状態でなら、こちらが体勢を立て直して追撃する時間的猶予が生まれます」

「誰かが被弾大破して漂流する状態にあった場合、救助がすぐには来られない可能性もありますよ?」

「どの道深海棲艦と交戦に入ったら、救助のヘリも艦娘も寄こす暇はないから同じですよ」

 なるほど、と愛鷹は頷く。その作戦が今の状況下で一番効果的かもしれない。

 今、愛鷹達前衛部隊と「オーシャン・ホライゾン」とその護衛の艦娘達との距離は一〇キロ。

 この距離のまま重水雷戦隊との交戦に入った場合、万が一突破されたら火力で劣る艦娘しか後はいない。

 逆にこちらから重水雷戦隊へ接近した場合、距離は二五キロ以上にまで離す事が出来る。

 敵艦隊に突破を許しても、こちらが体勢を立て直して追撃する猶予が生まれる。

 

「やるしかないわね」

 制帽の鍔を掴んで被り直しながら軽くため息を吐くと、愛鷹は船団護衛の旗艦を務めるキーリングに通信を入れた。

「重水雷戦隊へこちらから撃って出て接近戦を挑みます」

(了解です。ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級、どちらも難敵です、気を付けて。ご健闘を)

「ありがとう、グレイハウンド」

 礼を述べると、一旦タブレットを数錠出して口に入れ、戦闘中の禁断症状などの発作に備える。

 錠剤を呑み下し、深呼吸をして気持ちを整えると、凛と張った号令を青葉と衣笠に下す。

「戦隊前へ! 増速黒二〇、第三戦速。対水上戦闘用意!」

「了解!」

 二人からの唱和した返事を背中で聞きながら、愛鷹は第三戦速へと加速をかける。

 第三戦速へ加速する三人に反応するかの様にギャラクシー経由で送られてく深海棲艦重水雷戦隊の位置が変わる。

 重水雷戦隊も加速をかけて、愛鷹達に向かってくる。

 向こうの狙いは船団か、こちら(前衛部隊)か。

「取り舵二〇度、新進路二-四-〇度。ヨーソロー」

 回頭指示を出して左へ舵を切る愛鷹に続いて青葉、衣笠も取り舵に舵を切る。

 すると重水雷戦隊の進路も変わり、進路を変更した愛鷹達に向かって舵を切った。

「向こうの狙いは私達か」

 独語する様に呟いた時、HUDの海図表示に乱れが生じ、羅針盤の方位表示も狂いだした。

「羅針盤障害発生! 障害レベル3」

 自分のHUDに表示される羅針盤障害の障害度を衣笠が報告する。

 深海棲艦が引き起こす羅針盤障害。いつもの事とは言えこれで正確な進路の策定や方位の特定が難しくなる。

 ギャラクシーとのデータリンク通信にもダメージが出ているのか、データリンク通信に切り替えても表示が安定しない。

 ジャミング系は厄介だが、嘆いても始まらない。

  彼我の距離は現在一〇キロ。数分で愛鷹の主砲の砲戦射程内に入る。

 とは言っても最大射程から撃ったところで、いくら愛鷹の腕でもそう簡単に当たらない。それに相手はト級flagship級とナ級Ⅱflagship級。回避運動能力も高い。

 目でしっかり見える距離での撃ち合いが望ましい。ただし当然その距離になるとナ級Ⅱflagship級の正確無比な魚雷攻撃にも晒される事になる。

 

 愛鷹はまだナ級Ⅱflagship級と交戦した経験は無いが、施設時代にシミュレーション訓練でなら経験がある。所詮はシミュレーションとは言え、理不尽な程の遠距離からの魚雷攻撃の当たり判定に憤慨した記憶があった。

 シミュレーションでは当たり判定で済んだが、今は違う。当たれば確実に愛鷹とて大破は免れない。青葉と衣笠も同様だ。

 敵に魚雷を撃たせない事が重要だ。

 こちらのアドバンテージは火力と機動力。万が一魚雷を撃たれたら回避に専念。次弾を撃たれる前に砲撃で撃沈。

 

(やれることをやるまで、いつもの通り)

 

 セオリーと言うべきか、いつも通りの感覚と言うべきか。

 空中で警戒中のギャラクシーとのデータリンクが使い物にならないので、三人の電探は最大出力で捜査に当たる。

 逆探知機(ESM)でも既に深海棲艦側のレーダー波を逆探知していた。

 レーダーだけでなく、三人の艤装の各所に見張り員妖精が立ち、深海棲艦の索敵に当たっていた。

 彼我の距離が五キロを切った時、愛鷹の艤装のマストで警戒に当たっていた見張り員妖精が「敵艦捕捉!」と叫ぶ。

 見張り員妖精の目は三人の中でも一番視力が良い愛鷹よりも優れている。マストの見張り員となれば、愛鷹よりも視点が高い位置にある分、より遠くを見る事が可能だ。

「右二〇度。距離約四キロ。ト級flagship級二、ナ級Ⅱflagship級四、単縦陣を組んでこちらに接近中」

「見張り員は警戒を続行。海面の雷跡に注意。ソナー、僅かな音も聞き逃すな」

 見張り員妖精に指示を出しながら、愛鷹も双眼鏡で深海棲艦の方を見る。

 魚雷を撃った気配は今のところない。

「全艦右砲戦、準備。弾種、徹甲弾、全門装填。撃ち方待て」

 双眼鏡から右手を離し、主砲射撃グリップを掴み、主砲を右舷に指向する。

 既にHUDの表示は射撃管制に切り替えてある。「Range On」の表示が出るが、愛鷹はトリガーを引かない。

 敵の頭を抑えるには今の速度では不十分だと判断し、自分と青葉と衣笠に最大戦速を発令する。

 艤装からエンジンテレグラフのベルが鳴り、履いている主機が増速をかけて白波が大きくなり、航跡が伸びる。

 愛鷹達の増速に気が付いた深海棲艦側も増速をかけるが、ダッシュ力は愛鷹達が上だった。

 敵の生き足とイニシアティブの先取りも兼ね、愛鷹は射撃グリップのトリガーに指をかけ、青葉と衣笠に攻撃許可を出した。

「右主砲戦、随意射撃、各艦各個に攻撃はじめ!」

 無言で了解の返事が返され、青葉と衣笠が「撃ちー方始めー、発砲!」の号令を発しながら主砲を発砲する。

 愛鷹も主砲の射撃グリップを操作して仰角と射角を調整すると「撃ちー方始めー」の合図と共にトリガーを引いた。

 先に撃ち出していた二〇・三センチ三号砲に続いて、四一センチ主砲五門の砲声が海上に轟く。

 赤く光る砲弾が海上を駆けて行き、深海棲艦の鼻先に着弾する。直撃を意図してはいないとはいえ、そこそこ着弾位置は先陣を切るト級の近くに着弾する。

 先手を打たれた深海棲艦側も遅れて砲撃を開始する。六隻からの発砲音が響き、飛翔音が鋭い音を立てて急速に迫る。

 ト級もナ級Ⅱもレーダーを備えているだけあって、着弾位置は三人からあまり離れていない所に着弾する。

 ジグザク航行して回避をしたいところだが、肝心の丁字有利を描くタイミングの時に重要な進路を取れていなかったら意味が無いのでこのまま直進を続ける。

 ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級の優位はもう一つあり、三人の主砲より速射性に優れているという点だった。

 初弾が着弾して間もなく、次弾の発砲が行われ、二射目がすぐに飛来する。

「敵艦隊一番艦から六番艦に発砲炎!」

 緊張した声で告げる見張り員妖精の報告からさほど間を置かずに深海棲艦の放った砲撃が着弾する。

 全弾が愛鷹の周囲に着弾する。

「狙いは私か」

 水柱を突き抜けながら狙いが自分に向けられている事を確認する。

 集中砲火されているとは言え、仮に当たっても愛鷹の防護機能ならト級flagship級とナ級Ⅱflagship級の砲撃は易々と弾ける。

 砲撃の直撃自体は愛鷹は気にしていなかった。怖いのは魚雷攻撃だけだ。

「第二射、装填よし、測的よし、撃ち方用意良し」

「第二射 てぇーっ!」

 号令と共に引かれたトリガーに反応して、主砲五門が発砲の火炎を放つ。真っ赤な砲火と発砲煙が後退する砲身の砲口から迸り、撃ち出された徹甲弾が狙いを定めるト級の傍へ飛んで行く。

「敵艦隊に動きあり、ナ級Ⅱ魚雷発射体制に入りました!」

 

 見張り員妖精の言葉に愛鷹は来るぞ、と気を引き締め直す。

 

「CIC、水測員。魚雷の音を聞き漏らすな」

(CIC了解)

 艤装内部のCICに詰めている水測妖精がヘッドフォンに両手を当てて聴音に注力する。

 発砲した主砲の砲身の仰角をゼロにして再装填を行っていると、見張り員妖精が叫んだ。

「ナ級Ⅱ、魚雷発射! 各艦五発です!」

「全艦、ジグザグ運動にて回避! 全弾回避せよ!」

 回避運動を命じる愛鷹に青葉と衣笠は即座に射撃の構えを解いて回避行動に入る。

 CICの水測員が聞いているパッシブソナーをヘッドセットに共有してもらい、愛鷹自身の耳で魚雷の聴音を行う。

 

 来た! 速い。

 

 ソナーが捉えた恐ろしく速い魚雷の馳走音がヘッドセットから響く。

「敵魚雷接近! 方位〇-五-〇、敵針二-〇-〇、敵速五〇ノット!」

「面舵一杯! 右舷機関後進一杯、左舷機関前進一杯」

 急速に右ターンをかける愛鷹の視界に五本の雷跡が入る。通常の深海棲艦の魚雷と比べて明らかに航走速度は速い。

 面舵に目いっぱい舵を切って回避を試みる愛鷹の左側面を五本の魚雷が高速で通り抜けて行く。幸い近接信管が作動する事も無く、ナ級の放った魚雷を回避する。

 すると安堵の溜息を吐く間もなく、第二弾が迫っている事を水測員が告げる。

「第二弾接近! 第一弾と同方位、同数!」

 真正面から迫る五発の魚雷の雷跡を見据え、今度は取り舵を指示する。

「取り舵一杯、右舷前進一杯、左舷後進一杯」

 全力で取り舵に舵を切る愛鷹の視界に五本の雷跡が入る。距離が近い。

 高速で迫る白い航跡を注視する愛鷹が「全艦、右舷衝撃に備え!」と装備妖精に警告を出した時、右側面ぎりぎりを五本の魚雷が流れて行った。

 一番近い魚雷の近接信管が爆発して、大きな水柱を突き上げる。爆発と破片を防護機能で防ぎながらもその爆発の威力に愛鷹は冷や汗を浮かべる。

 近接信管が作動して爆発した魚雷は一発。しかし、その爆発の威力は並のモノではない。

 爆発と破片を受け止めた防護機能が一瞬で危険域に突入したことを示す「CATION」の文字がHUDに表示される。

 なんて威力だ、と早くも崩れ始める水柱を横目に主砲をナ級に指向する。

 魚雷を斉射したからには次弾装填には時間がかかる。ナ級がどれほどの高性能艦であろうが、再装填には時間がかかるはずだ。

 因みに魚雷に関しては発射管に装填されている即応弾だけしか使えない艦娘と違って、深海棲艦の場合は予備弾が存在する事が分かっている。

 再装填すればまた撃って来る筈だ。撃たれる前に、沈めないと海の底に沈むのはこちらだ。

「射角よし、仰角よし、射撃認証完了。目標、ナ級一番艦、撃ちー方始めー、発砲!」

 四一センチ主砲をナ級に向け、射撃グリップのトリガーを引く。轟音と共に徹甲弾が撃ち出され、砲煙と共に砲身が後退する。

 発砲する自分に続くように青葉と衣笠の二人分の主砲の発砲音も響く。

 愛鷹達の発砲に合わせて、小太鼓を連打するような砲声が深海棲艦側からも響き、互いの放った砲弾が空中ですれ違う。

 飛翔して来る敵弾を見据え、刀を構えると当たると見た砲弾を的確に斬り飛ばし、弾き飛ばす。

 続航する青葉と衣笠から直撃を受けた爆発音も被害報告は無い。二人とも回避に成功している。

 一方、愛鷹達の放った砲弾はナ級一隻を捉えていた。爆破閃光が走ったナ級は愛鷹が狙った艦だった。

 四一センチ徹甲弾の直撃を受けたナ級がけたたましい轟音を上げて炎に包まれる。駆逐艦相手に戦艦級の徹甲弾の直撃は一発で致命傷だ。

 丸いナ級の艦体に大穴が開き、そこから紅蓮の炎が吹き上がる。航行速度もみるみる低下し、ナ級一番艦が動きを止める。

「ワンダウン」

 ナ級一番艦を撃破したのを確認した愛鷹が呟いた時、深海棲艦側がまた砲撃の砲火を瞬かせる。

 本能的に自分に集中砲火が浴びせられていると分かった。

「回避! 面舵一杯!」

 回避を命じながら体ごと右に倒し、右に急旋回して降り注ぐ敵弾を躱す。いくらト級とナ級の主砲弾が自分の装甲を撃ち抜けないと言っても、非装甲区画やレーダーアレイなどにラッキーショットを貰って戦闘不能になっては話にならない。

 視界一杯に至近弾となった敵弾の突き上げる水柱がそそり立つ。

「CICより愛鷹。敵艦隊よりレーダー照射多数。本艦が集中的に狙われています!」

「上等よ!」

 魚雷さえ躱してしまえばあとは防ぎ様がある敵艦だ。砲撃くらいなら耐えられる。

「青葉さん、衣笠さん、敵艦隊の砲撃は私に集中しています。私に攻撃が向けられている隙に敵艦を撃破して下さい」

「また、愛鷹さんが囮になるんですか⁉ 無茶もそろそろいい加減にしないと命がいくつあっても足りませんよ!」

 自分の指示に対して説教で返してくる青葉だが、言われた通り愛鷹へ砲撃を浴びせるナ級二番艦に照準を合わせ、発射ボタンを押す。

 衣笠も無理しすぎだ、という表情を浮かべながら両手に持つ主砲を構えト級へと二〇・三センチ砲弾を撃ち放つ。

 ナ級二番艦の至近距離に青葉の砲撃が着弾し、ト級二番艦の艦上に衣笠の砲撃が着弾する。

 至近弾を受けたナ級二番艦が姿勢を若干崩し、直撃を受けたト級二番艦が艦体を震わせる。

 重巡級の砲撃に耐えるト級だったが、すぐに衣笠の左足にマウントされている第三主砲からの砲撃が直撃する。

 砲撃を受けても尚愛鷹へ砲撃を続けるナ級二番艦に青葉の砲撃が飛来し、発射された四発の砲弾の内、二発が直撃し、ナ級の艦上に直撃の閃光と爆炎を噴き上げる。

 二人の砲撃を受けたト級とナ級がそれぞれ中破程度の損傷を受ける中、残る二隻のナ級は再装填が終わった魚雷を愛鷹へ向けて放つ。

 何が何でも愛鷹だけは殺してやる、と言わんばかりの一〇発の魚雷の航跡が愛鷹へと迫る。

 どちらに舵を切っても躱し様がない一〇発の魚雷の群れが高速で迫る中、愛鷹は主砲をナ級から海面に向け、海面に伸びる白い航跡を見つめてタイミングを計る。

 今だ、と主砲のトリガーを引き、海面へと主砲弾を撃ち込む。海上に着弾の水柱が突き上がり、ワンテンポ遅れて海中に飛び込んだ砲弾が爆発する。

 魚雷群の半数が海中で爆発した五発の砲弾の爆発で誤爆し、意味のない場所で水柱を立ち上げる。

 それでも残る半数の魚雷が愛鷹の至近距離で近接信管を作動させ、大爆発の轟音と水柱を森の様に立ち上げて愛鷹を包み隠す。

 傍目には轟沈したかのように見える光景だが、包み隠す様に立つ水柱の中から愛鷹が突き破る形で飛び出してくる。

 数度にわたる発砲で過熱している愛鷹の主砲の砲身が。突き破った水柱を被った際に水蒸気の煙を白く上げる。以前使っていた三一センチ主砲と違って、今使っている四一センチ主砲は冷却装置が無い為砲身冷却が出来ないだけに、降りかかる海水で砲身が冷却された形だった。

 何とか魚雷を躱してのけた愛鷹にト級とナ級からの砲撃が再開される。

 魚雷を回避した安堵の溜息を吐く間もなく、間断なく降り注ぐト級とナ級の砲撃の回避にかかる。

「愛鷹、五秒でいいから直進してくれ! 主砲の照準が合わせられない!」

 回避運動を続けすぎて、砲の指向が間に合わない事に我慢できなくなった砲術妖精が愛鷹に抗議を入れるが無視して愛鷹は舵を切る。

 当たったらこっちがゲームエンドなのだ。自分が撃たなくても青葉と衣笠に任せればいずれは敵艦隊も沈黙する。

 そう考えていた矢先、砲弾一発が第一主砲の天蓋に直撃する。爆発の衝撃はと破片は防護機能で防げるとは言え、衝撃までは防ぎきれない。

 突き飛ばされたような衝撃を受けて愛鷹がぐらりと姿勢を崩す。即座に立て直しを図る彼女にト級とナ級の猛砲撃が襲い掛かる。

 第一高角砲が直撃を受けて粉砕され、吹き飛んだ砲身やシールドなどの部品が宙を舞い、火災が発生する。

「第一高角砲に直撃、火災発生! 延焼を止めろ!」

 CIC妖精のダメコン指示をヘッドセット越しに聞きながら、流石に無傷ともいかなくなり始める自身の損害に愛鷹は唇をかむ。

 ト級とナ級の猛砲撃は、しかし青葉と衣笠の砲撃がナ級二隻を捉え始めると同時に形勢は愛鷹達に傾き始めた。

 二人の放つ二〇・三センチ主砲弾がナ級の艦上に直撃の爆破閃光をいくつも走らせ、三番艦が炎に包まれて転覆する。

 残る四番艦も青葉の砲撃を受けて機関部が損傷したのか速度を落とし始める。

 魚雷を持たないト級は尚も愛鷹へ砲撃を続けるが、随伴のナ級二隻が沈黙するのを見計らって愛鷹が四一センチ主砲を向け、発砲すると流石に形勢不利を悟って砲撃を止めた。

 動けない僚艦を見捨てて離脱を図るト級二隻だったが、愛鷹からの追い打ちが既に衣笠の砲撃で手負いのト級二番艦の艦体に爆発の閃光と炎を走らせ、艤装を打ち砕く。

 大口径主砲の砲弾の直撃を受けたト級がみるみる速力を落とす。仕上げの砲撃が愛鷹から撃ち込まれると、花火の様な爆発を起こしてト級が海面下へと死の沈降を始めた。

 炎上する艤装と海水がぶつかって起きる水蒸気の白い煙に包まれてト級が沈んでいくのを見やりながら、愛鷹はまだ海上に浮かんでいるト級に目を向ける。

 離脱を諦めたと見える動きを取るト級は一転して進路を愛鷹に向けると、主砲を撃ち散らしながら吶喊を始める。

 差し違えてでも、という意思を愛鷹は感じたが、それ以上のモノを考える事は無く、主砲の照準を定め、ト級に向かって砲撃を放った。

 真正面から殴り飛ばされたように吹き飛ぶト級が艤装の破片をまき散らしながら轟沈し、吹き飛んだ艤装の残骸が海上で黒煙を上げる。

「全艦、撃ち方止め」

 砲撃やめの指示を青葉と衣笠に出し、海上を見回す。

 大破して動けないナ級四隻がまだ海上に浮かんでいるが、助ける味方艦もない中で四隻に残されている道は自沈しかなかった。

 案の定、愛鷹が見つめる中、大破漂流する四隻のナ級は次々に自爆し、炎上しながら沈んでいった。

「ギャラクシー、海域はクリアになりましたか?」

(イエス・マーム! オールクリアだ。敵の反応ゼロ、海域優勢を確保したぞ)

「そう、それならいいです」

 ようやくつける安堵の溜息を深々と吐きながら、愛鷹は左手に持つ刀を鞘に納めた。

 ヘッドセットの通話ボタンを押して、後方のキーリングに繋ぐと重水雷戦隊相手に勝利したことを知らせた。

(ラジャー、全員無事で何よりです)

「残る航程を気を抜かずに行きましょう。艦隊の再集結を」

(了解)  

 

 

 重水雷戦隊を殲滅し、水上艦隊による包囲網を突破する事に成功した愛鷹達はベルゲンへ一路進路と取った。

 ベルゲンまであと少し。短い様に思えて、長かった航海がようやく終わる。その事実に愛鷹は安堵の溜息を吐きつつも、帰路に撃沈され戦死したヴィクトールの事を思うと急に痛まれない思いにもなる。

(港に寄港したら……そうね、シャワーを浴びて少し眠りたいところね)

 体が訴える疲労は眠気と共に押し寄せつつあった。

 制帽の鍔を掴んで被り直していると、HUDのレーダー表示に味方機の表示が出た。P8対潜哨戒機だ。

 ヘッドセットに着信の電子音が鳴り、P8からの通信が入っているとHUDに表記が出る。通話ボタンを押して愛鷹はP8との回線を開く。

(ポセイドン1よりホワイトハウンド及びグレイハウンド、聞こえるか?)

「こちらホワイトハウンド0-0感度は良好、問題無し」

(こちらグレイハウンド、通信状態は良好なり)

 お出迎えかな、と愛鷹がコールサイン・ポセイドン1で呼ばれるP8が飛んでいる空を見上げた時、P8が警報を寄こして来た。

(通知する、当機のソノブイが深海棲艦の潜水艦隊を探知した。elite級ソ級二隻とflagship級ヨ級二隻が近くを遊弋している。対潜警戒を厳にされたし、オーバー)

「潜水艦隊⁉ まだ敵がこの近くにいたの?」

 青い表情を浮かべる衣笠が呻き声をあげる。青葉も苦い表情を浮かべながら、ソナー聴音モードに機能を切り替えたヘッドセットに手を当てて聴音を試みる。

 船団の航行速度が速いせいもあって、自分達の航跡音が邪魔でうまく聴音出来ない。速度を落とす必要があった。

「青葉より旗艦愛鷹さんへ意見具申。ソナー感度が低下している為、強速まで減速する事を提案します」

「了解、全艦赤二〇、両舷前進強速」

 前衛の三人が減速すると、後方の「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」、それにその護衛の艦娘達も減速をかける。

 聴音を始める艦娘達の耳に海中の音がヘッドセットを介して入る。

 潜水艦の航行音、機関音一つ聞こえない。

「いない……のかしら?」

 ヘッドセットに手を当てて呟く衣笠に青葉は首を振る。

「いいや、絶対いるよ。青葉の勘がそう言ってる」

「機関を停止して無音潜航……か」

 ヘッドセットに手を当てて、HUDのソナー反応を見た愛鷹は唇をかむ。息をひそめられてはこちらからは探知のしようがない。

 対潜哨戒の瑞雲12型のMAD探知で何とかするしかない。

 MAD捜査を指示しようとした時、衣笠が愛鷹に意見具申をしてきた。

「衣笠より旗艦愛鷹さんへ意見具申。アクティブソナーを使いませんか?」

「アクティブソナーを? 確実性は上がりますが、逆にこちらが察知される可能性も高まりますよ」

 アクティブソナーを使う時に伴うデメリットを懸念する愛鷹だったが、衣笠はやろうと主張する。

「このままじゃ埒が明かないですよ。アクティブソナーを使って手っ取り早く敵潜を捕捉して、後方の駆逐艦の娘に対処して貰った方が直ぐに解決出来ますよ」

「敵潜が逆にどこに潜んでいるのかさっぱり過ぎる中でアクティブソナーを使うのはリスキーすぎるよガサ。ピンガーを打った直後に魚雷が飛んで来るかも知れないし」

「その時はダッシュ力勝負よ」

 最大戦速に一気に加速すれば解決だ、と主張する衣笠に話を聞いていた愛鷹は難色を示す。

「ダッジさんは衣笠さん程の瞬発力を発揮出来ません。アクティブソナーを使うのは禁止です。青葉さんの瑞雲隊によるMAD探知で敵潜のおおよその位置を割り出してから、です」

「つまり最終的には使うと?」

 確認する様に訪ねて来る青葉に愛鷹は頷く。

「MAD探知で済めばそれでよしです」

「積極策に出た方が早く帰ることが出来ると思いますけど」

「私は……誰も沈ませたくないんです」

 なおもリスクを冒してでもアクティブソナーを使う事に拘る衣笠の呟きに、愛鷹はやや俯けがちに視線をそらして返す。

 視線を逸らす愛鷹を見つめる青葉には「誰も沈ませたくない」という発言から、愛鷹がヴィクトールの死が相当響いているのが伺えた。

 

 

 対潜哨戒に当たる瑞雲12型のMAD探知でおおよその位置を何とか割り出してみたものの、正確な評定が出来ない、という答えに愛鷹は頭を悩ませた。

 おおよその位置は分かったが、誤差が人サイズの艦娘からすると広すぎるのだ。

 少なくとも一番近くて一〇〇〇メートルは離れている筈だが、九〇〇メートルかも知れないし、一一〇〇メートルかも知れない。

 やはりアクティブソナーを使うしかないか。

 意を決して、アクティブソナーを使う事にする。ただし、ピンガーを打つのは自分だ、と決めていた。

 対潜攻撃役として深雪と蒼月を呼び寄せながら、愛鷹は爪先のバウソナーからアクティブソナーのピンガーを打った。

 コーン、と言う探信音が足先から放たれ、海中に木霊していく。

 

 

 深海棲艦の潜水艦の反応は早かった。

 

「ソナーに感あり! 魚雷六向かってきます! 方位〇-二-五、敵針二-〇-五、敵速四〇ノット以上!」

 パッシブソナーを聞いていた青葉の叫び声に愛鷹は即座に回避運動と探知した位置に深雪と蒼月を向かわせる。

「前衛部隊全艦、第三戦速、回避行動始め! 深雪さん、爆雷三発用意!」

「右舷投射機用意良し! 射線方向クリア!」

 発射準備を既に整えていた深雪からの返事に愛鷹は攻撃命令を出す。

「爆雷投射始め、サルヴォー!」

 乾いた投射音が潜水艦がいる位置へと向かった深雪から発せられ、爆雷三発が海面に着水し、海中へと沈降していく。

 調停深度で爆発する爆雷が海上に水柱を三本突き上げる中、愛鷹は蒼月に爆雷攻撃の第二波を指示する。

「蒼月さん、セカンド・サルヴォー、爆雷三発投射始め!」

「りょ、了解! 左舷投射機用意良し! 調停深度良し、射線方向クリア」

「爆雷投射始め! てぇーっ!」

 今度は蒼月の艤装の左舷から三発の爆雷が投射され、海面に着水する。

 海中で三回の爆発音が鳴り響き、深海棲艦の潜水艦の艤装が損傷する音が爆発音に交じって微かに聞こえる。

「雷跡視認! 方位〇-二-五! 二発です」

 見張り員妖精がマストの見張り所から視認した雷跡の方位と数を愛鷹に伝える。

(二発? 水測員は六発を探知している筈じゃ……)

 疑問符を浮かべながら回避運動を行って二発の魚雷を躱した愛鷹に、見張り員妖精が更に続報を入れる。

「さらに雷跡確認、数四。敵針二-一-〇、衣笠へ向かう!」

 見張り員妖精が告げる方位へ視線を向けると白い雷跡が四本、回避運動を行っている衣笠に向かって伸びて行っていた。

 ジグザグ運動で丁度取り舵に転じたところだった衣笠の進路へ四発の魚雷が伸びて行く。今から衣笠が面舵に転舵して回避にかかっても、彼女の今の速度では舵が反応するまでのタイムラグ的に間に合わない。

 恐怖に怯え切った表情を浮かべる衣笠に四発の魚雷の航跡が伸びて行く。

 

「やらせるかぁッ!」

 

 妹へと延びて行く雷跡の前に青葉が喚き声を上げながら割り込んでいった。

「駄目、青葉!」

 制止する衣笠の叫び声が走るが妹の盾に入った青葉が速度と進路を変える事は無かった。

 いくら重巡と言えど、四発の魚雷の直撃を受けたら青葉とてただでは済まない。最悪轟沈もあり得る。 

 

 

 やらせるか!

 

 

 咄嗟に愛鷹は衣笠に向かう魚雷に割り込んだ青葉のすぐ傍に主砲の砲口を向けると、ほぼほぼ直感で引き金を引いた。

 砲声が轟き、雷跡四本の目の前に愛鷹の主砲弾五発が着弾し、爆発した。

 四一センチ主砲弾の爆発と誘爆した魚雷の爆発の爆風を諸に食らった青葉が海上になぎ倒される。

「青葉!」

 絶叫の様な衣笠の叫び声が再び走り、海上に倒れる青葉の元へと駆け寄る。

 倒れている青葉を起こすと、奇跡的にも青葉は無傷だった。

「青葉、大丈夫⁉」

「だ、大丈夫……愛鷹さんのお陰だよ」

 えへへ、と力なく笑って見せる青葉の元へ愛鷹も駆けつける。

 ナイスな射撃でした、と青葉が言おうとした時、愛鷹は無言で青葉の左頬を張り飛ばした。

 言わなくても分かるな、という目で睨みつけて来る愛鷹に青葉は一言「すいません」と詫びた。

 青葉にしてみれば、衣笠が死ぬか自分が死ぬかという選択になるが、妹が傷つくのを黙って見過ごす事は出来なかった。

 少しくらくらする頭を抑えながら深い溜息を吐いた時、深雪と蒼月から敵潜水艦撃沈の報告が入る。

 撃沈した敵潜水艦の数は一隻。ポセイドン1が探知した数は四隻だから残り三隻はいる。浮かび上がってきた残骸から、撃沈した深雪はソ級と判断していた。つまり残りはヨ級二隻とソ級一隻。

 対潜警戒を厳に、と愛鷹からの指示が下り、船団は対潜警戒に注力しながらベルゲンへの残りの航路を進んだ。

 

 

 そして三時間後。

 

 船団はベルゲン港に到着した。

 ノルウェー艦隊の駆逐艦艦娘スレイプニルとエーギルが先導する中、ヴィクトールという駆逐艦艦娘を一人失いながら護衛対象である「オーシャン・ホライゾン」そのものを護衛し切ったホワイトハウンド隊とグレイハウンド隊はベルゲンの港へと進入した。

「着いたのね……」

 安堵の溜息を吐く愛鷹は第三三戦隊に微速前進を命じ、ゆっくりと埠頭へタグボートに押されて接岸を始める「オーシャン・ホライゾン」を見守った。

 デッキには避難民が姿を現し、ようやく到着したベルゲンの街の風景を見て愛鷹同様安堵の表情を浮かべている。

「愛鷹、見えるか。あれが深雪様たちが守った人々の笑顔だぜ」

 接岸作業が進む「オーシャン・ホライゾン」を眺める愛鷹に寄って来た深雪が避難民を見て言う。

「ヴィクトールさんが命を賭して守った笑顔ですね……」

「……人間どうやっても結局死ぬ時は死ぬさ。好きに生き、死ぬ時は死ぬ。それが艦娘であり人間さ」

「……」

 無言を返す愛鷹の背中を叩いて「ズムウォルト」へと引き上げる深雪の背中を見つめながら「好きに生き、死ぬ時は死ぬ……か」と深雪の言葉を口にする。

 死には抗いたい。それが可能限り出来るのなら自分は死に抗いたい。

 誰にも死んでほしくないし、自分も本当はまだ死にたくない。

 だが人間死ぬ時は死ぬ。ヴィクトールは死んだ。揺ぎ無い事実だ。

 自分の見て来た、関わってきた場だけでもノーザンプトン、スプリングフィールド、霞、浦風、鈴谷が死んだ。

 それに欧州総軍はM.I.Aになっているジェーナスの扱いも戦死に区分しようとしている。

 一体、これまでの戦争で何人の艦娘が死んだのだろうか。

 ふとそんな事を考えた時、遠からず自分も死亡した艦娘のリストの仲間入りをする事になる未来に、気持ちが塞ぎ込みそうになる。

 覚悟はしていても、今いる自分が来年の今頃には寿命で死を迎えていると言う事を想像するだけで悲しくなった。

 怖いと言う死への恐怖よりも、悲しさが胸に込み上げてくる。

 ようやく一息入れられる、と安堵の表情を浮かべながらもヴィクトールの死という事実がその表情に陰りを見せている仲間達の顔を見ながら、今の大事に生きようと愛鷹は自分に言い聞かせた。

 

 

 霊安室に安置されていたヴィクトールの遺体が棺に納められて、港で待っていた霊柩車へと運び込まれるまでの間、制帽着用したホワイトハウンド、グレイハウンド両隊の艦娘は、レイノルズとドイルら「ズムウォルト」幹部一行と共に一列に並んで敬礼をして棺を見送った。

 遺体はヴィクトールの祖国ポーランドに返還されると言う。

 霊柩車に納められた棺を見送るキーリングの手にはヴィクトールのドッグタグが握られていた。

 クラクションを高々と鳴らして走り去る霊柩車を見送った一同に「分かれ、解散」がかかった後、愛鷹はキーリングに歩み寄り、ドッグタグを見せてくれと頼んだ。

 無言でキーリングから渡されたヴィクトールのドッグタグには《PDD03 Elwila Grabowski Blood Type O PC》と書かれていた。

「エリヴィラ・グラボウスキー。血液型O型。ポーランド・カトリック教徒……か」

 ポーランド・カトリックと言ってもポーランド国内でポピュラーな宗派ではない。ポーランドではローマ・カトリックが広く浸透している。愛鷹が知っている限りではポーランド人の大多数がローマ・カトリック教徒だ。

 そんな中でもヴィクトールはポーランドで少数派の宗教の信者だったと言う事になる。

 意外な素性の持ち主もいたものだ、とヴィクトールもといエリヴィラ・グラボウスキーのドッグタグを眺める。

「彼女が死んで初めてヴィクトールの本名を知りましたよ。こんな形で知ることになるとは……」

 意気消沈するキーリングの肩に手を置いて慰める愛鷹は、ふと自分の胸元に手を当てて制服の下に付けているドッグタグを探る。

 自分も艦娘であるだけにドッグタグは持っているが、書かれている内容の半分は今の自分の身分を保証する為に書かれたものだ。

 一応、クローンである素性を隠す為と、そもそも愛鷹と言う艦娘名で名乗っていくのにも限界があると言う事で鷹野愛美(たかの・まなみ)と言う偽名を与えられているが、正直この名前に馴染んだ事は無いし、人前で名乗った事も無い。

 血液型はA型だが、ただのA型ではないし、宗教は適当に日本人にポピュラーな宗派を与えられているだけだ。認識番号は軍人とそしての身分証明にしか使えない。

 自分が自分であることを示しているのは血液型だけ。そう思うと寂しい自分のドッグタグは寂しいものだ、と少し虚しい気持ちにもなる。

 

 

 キース島での護衛任務を終えた第三三戦隊は欧州総軍から任務終了に伴い日本艦隊へ指揮権を戻される事になった。

 ベルゲンから輸送機で一足先に欧州派遣日本艦隊が拠点を構えるキール軍港に返された愛鷹達は、武本の出迎えを受け、護衛任務の労を労われた。

 日本艦隊は北海に残存する深海棲艦の機動艦隊との最後の艦隊決戦を挑むべく、北米艦隊やドイツ艦隊と共に作戦準備に取り掛かっていた。

 第三三戦隊も北海に展開する深海棲艦の掃討作戦に駆り出される事になる。

「北海でケリをつけられれば、我々は持てる戦力を地中海に投入して、一大反攻作戦に転じる事が出来る。

 だから……敢えて言わせてくれ。皆、死ぬなよ」

 北海での作戦に駆り出される第三三戦隊に現在の状況を説明した武本はそう告げて締めくくった。

 

 

 宛がわれた第三三戦隊の各々の私室の一つで愛鷹は自分のドッグタグを引き出して、眺めていた。

「ロシニョール先生、先生は言っていましたね……『あなた達に未来は無い。だけど明日を夢見る事は出来る』と。

 でも、私が今を必死に生きようとすればする程、明日が遠くなっていく気がします。

 戦争の終わりを私は見てみたい。でも、私が生きている内には無理かもしれません……」

 ドッグタグを見つめながら、亡き恩師へ思いを馳せながら愛鷹は一人語る。

 左手の掌の中にあるドッグタグを握りしめて、宙を見上げる。

「今を大切に生き、自分と仲間を大切にする。そうして私が生きた事を皆の記憶の中に刻む。

 それが私が、私達艦娘達が生きた証になる。

 

 そうですよね、先生」

 

 




 私の弊小説の一つ『「私達」の戦争』の登場人物である湯原真一と駆逐艦清風、村風、妙風が今回名前だけですが登場しておりますが、これは『「私達」の戦争』が「この世に生を授かった代償」の後日談設定として考案した時の名残です。
 ただし「この世に生を授かった代償」の方としてのオチを決定してあるのと、登場人物を共有している以外に世界線は全く別なので、この二つの作品との時間軸は繋がっておりません。
 
「タナガー艦娘転生海戦譜」『「私達」の戦争」』どちらも牛歩状態ながら続きを書き続けております。
 
 感想評価、非ログインからも広く受け付けております。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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