艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 本家ブラウザ版大和改二実装の結果、弊SSで色々とまた設定面で加筆修正が必要になって嬉しい悲鳴がでております。

 本編をどうぞ。


第五七話 脅威の在処

 キール軍港の近くにある軍病院にベルゲンに錨泊中の「ズムウォルト」から降ろされたワシントンと夕張の二人が搬送されてきたのは、第三三戦隊がキース島における任務を終えた三日後の事だった。

 輸送機で近くの空港まで運ばれてきた二人は、空港から軍の救急車に乗せられてキール軍港近くの軍病院に収容され、そこで愛鷹と再会した。

 驚くことに深手を負っていた筈の二人は既に完治寸前のレベルに回復していた。

 修復剤を使ったのか? と怪しむ愛鷹に夕張自身が自分に行われた治療法を解説した。

「ナノピタルって言う、修復剤よりもローリスクで済む新治療薬を投与されたんです。

 修復剤は患者に急激な細胞分裂を引き起こして失った四肢や臓器、患部の治療を行うのですが、その半ば強引な細胞分裂を患者自身に促す事から副作用の危険性が非常に高いんですよ。

 ナノピタルは医療用のナノマシンを用いて人工的に急激な回復を行い、更に修復剤よりもよりマイルドに自然治癒能力を向上させる働きがあるんです。

 ナノピタルのナノマシンによる人工的な回復はあくまでも一時的で、ナノピタルの投与によって急激に上げられた自然治癒力がナノマシンが一時的に繋いでいる治癒期間をすぐに補ってくれる様になるんです。

 修復剤よりも若干コスト増しかつ、治癒までの期間が微妙に長い欠点はありますが、患者への副作用が修復剤よりも大幅に軽減されて、連続投与も可能になっているんですよ」

「なるほど……。ナノピタルですか。噂には聞いていましたが、もう臨床実験まで住んで実践投入が始まっていたなんて」

 投与する患者に対して強い副作用を引き起こす恐れのある修復剤と同レベルの治癒力を持ちながら。副作用を極限まで抑えた新薬であるナノピタルは少なくとも自分が誕生した時には既に開発が始まっていた。

 夕張の言葉通り成分として含まれるナノマシンで欠損した四肢や病の治療を行い、修復剤よりも副作用系を抑えた高速自然回復能力で完治させるナノピタル。

 使いようによってはロシニョール病にも効果がありそうな気もしなくはない。問題はナノマシンとそれによって促される自然治癒力がどこまでロシニョール病に有効かだが。

 

 ロシニョール病は艦娘となった人間にしか発症しない。故にマウスやサルを用いた臨床実験などが出来ないから、ロシニョール病を抱えた艦娘を使って実験を行わなければない。しかし、ロシニョール博士がそうだったように万が一の場合艦娘そのものを喪うリスクを抱えているが故にこの手の分野の研究は進んでいない。

 ロシニョール病の末期患者である自分の血液をどこかの研究機関に提供して、それをサンプルに研究を、と言う考えはあったが、自分の存在を疎む輩がまだ周囲にいる可能性が捨てきれないだけに、迂闊に大きな行動は起こせないのが悔やまれた。

 まあ、自分が行動を起こさずとも誰かしら何か行動を起こしていそうではあるが。

 ナノピタルを投与したお陰で夕張の怪我の回復も早く、二日あれば全快するとの見込みだった。

 

 夕張の戦列復帰をもって第三三戦隊は北海での新たな任務に就く事になる。

 その内容は北海での深海棲艦との艦隊決戦を前にした敵艦隊の状況把握、と言うモノだった。

 具体的な任務内容は、北海に残された敵深海棲艦艦隊の残存兵力の正確な把握と、主力基幹艦隊の展開位置の把握。

 この北海の制海権を奪還する事で国連海軍は一気に戦局を優位に進めようと考えていた。

 北海の深海棲艦を撃滅後、持てる艦隊戦力を全て地中海方面に投入し、地中海全面反攻作戦に転じる。

 この目論見を知ってか知らずか、深海棲艦も北海での最後の抵抗を激しくし、哨戒に当たる艦娘艦隊とは頻繁に小競り合いを繰り返していた。

 北海での艦隊決戦を見込んで、国連海軍は日本、アメリカ、英国、ドイツを中心とした混成機動艦隊を結成していた。

 既に艦隊の結集は完了しており、参加する日本艦隊は欧州に送った全艦娘を投入する予定だ。

 北米艦隊、つまりアメリカ艦隊も第九九任務部隊を中核に艦隊を再編し、英国、ドイツも既に作戦参加艦娘の準備を終えていた。

 後は北海のどこに深海棲艦の主力艦隊が展開しているのか、と言う敵情把握が課題として残っていた。

これまでの戦いで北海を蹂躙していた深海棲艦側も戦力をすり減らしていると見られており、艦隊の総力差は国連海軍側がやや劣勢程度と見積もられている。

 キース島からの撤退船団護衛に当たった愛鷹達を航空攻撃した深海棲艦の陸上航空基地は位置をトレースした結果、現在地が特定されノルウェー方面軍の地上軍一個旅団が攻略作戦に当たっている。

 北海の残存深海棲艦との決着をつける為にも、敵の残存艦隊戦力把握には第三三戦隊の存在が必要だった。

 先行して偵察行動に当たっていた長距離戦略偵察群(LRSRG)の艦隊は連日の出撃で疲弊し、被弾損傷艦娘も嵩んでおり部隊行動が既に限界に達している。

 同じ索敵攻撃部隊の第三三戦隊の出番が回って来ていると言う訳だ。

 北海での偵察任務にあたる第三三戦隊の支援に当たる「ズムウォルト」はスウェーデン艦隊の航空巡洋艦艦娘ゴトンランドとノルウェー艦隊の駆逐艦艦娘四隻の護衛の元キール軍港に回航中だ。

 明日には到着予定である。

「艦隊決戦への前哨戦、か……」

 自分達が担う役割を口にするだけで、その大任に愛鷹は緊張するものがあった。

 

「LRSRGの損害、重巡デモイン、駆逐艦ハムナー、エパーソン、カースル大破。新型戦艦及び随伴艦艇に返り討ちにさる、か」

「深海棲艦、またも新型艦を投入して来たか」

 損害報告書を読む武本の横からコーヒーカップを片手にターヴィが覗き込む。

 覗き込んで来るターヴィにも報告書を見せながらLRARGが会敵したと言う新型戦艦についての分かっている情報を武本は伝える。

「レ級flagship級とはまた別に新型種を出してきたようだが、火力は直撃を受けたデモインの損傷具合からしてス級の様な大口径ではないようだ。

 ル級やタ級と同程度の口径と見て良い。ただ、レーダーを装備しているから砲撃の命中精度はかなり高い様だ。単艦でハムナーも大破させてきた辺り、小型艦娘対策にもなる高角砲も優秀のようだ」

「最高だな」

 報告書をめくりながらターヴィは口笛を吹く。

 主砲は一六インチ級、レーダーを備え、高精度の高角砲も装備。ただし全容を掴んだ写真が無い。

 デモイン以下交戦したLRSRGのメンバーの艤装のガンカメラは見事に的確に狙撃を受けて破壊されており、体へのダメージが比較的軽かったエパーソンのスケッチ画一枚が頼りだった。

 報告書に添えられていたスケッチ画にはまるでカニに乗った少女の様な深海棲艦の姿が描かれていた。エパーソンの記憶頼みのスケッチ画故に不明瞭な点が多いモノの、大まかなシルエットは判別出来た。

「まるでカニみたいな艤装だな」

 そう呟くターヴィに武本も頷く。

「魚みたいな形状の深海棲艦もいるし、棲姫級で言えば海洋生物を改造したような深海棲艦は珍しくもないがな。ただ戦艦級で海洋生物を改造したような艤装はあまり例がない」

「それにしても主砲が一六インチ級とは深海棲艦にしては随分と大人しい新種だな。ス級みたいな火力バカを登場させてきた割には」

「ス級は巨艦過ぎて深海棲艦でも扱いに苦慮していると言う解析結果もある。取り回しと扱いに慣れた艦砲を装備して比較的オーソドックスな設計に留めた新型艦の方が配備と量産に向いているのだろう。

連中にコストパフォーマンスの概念があるのかは知らんが」

「しかし北海での劣勢を補う為にレ級flagship級に加えて新型戦艦も投入したと言う訳だが、連中はス級を喪って戦力に余裕がなくなっていると見て良いかもしれんな」

「同感だ。欧州での大規模攻勢開始時と比べて北海での深海棲艦の攻勢は勢いを失っている。補給線が伸び切ってしまったせいか、或いは我が日本艦隊の漸減邀撃で戦力をすり減らしているか」

「もしくはそのどちらともとれる。北米艦隊の潜水艦スキャンプ達とドイツ艦隊のU511達のスコアは見たか?」

 そう問いかけるターヴィに武本は無言で首を振る。

「輸送船ワ級を通算五〇隻撃沈だ。深海棲艦の兵站への圧力に充分なっているだろう」

「五〇隻か。それだけ沈めれば流石に深海棲艦側も補給面で艦隊の身の振り方も考えるだろうな」

流石に深海棲艦側も五〇隻の補給艦としての役割を担う輸送艦ワ級を喪えば、艦隊の行動能力に影響が出る筈だ。

 そんな中で新型戦艦を回航して来たと言う事は深海棲艦側も残存戦力を振り絞って国連海軍の反攻作戦を打ち砕こうとしているのかも知れない。

 デモイン達が上げた報告書に目を通しながら武本はある一点に目が留まった。

「青い、ワ級?」

 艦隊に随伴していたと言うワ級に関する報告だった。これまでに確認されているワ級はオーラ無し、赤オーラのelite級、金色のオーラのflagship級の三種が確認されている。しかし、デモイン達の報告では青いオーラを纏ったワ級がいたと言う。

「ワ級の新型種か?」

 何か嫌な予感が武本の中で走る。ワ級もflagship級の前例があるから重巡クラスの火力を発揮しても別に不思議ではないが、それとは別の悪い予感が武本の頭の中で警鐘を発していた。

 

 ノルウェーの某所。

 飛行場姫が確認されたノルウェー領内ではノルウェー方面軍地上軍と飛行場姫の護衛する陸上型深海棲艦との戦闘が続いていた。

 攻略作戦を試みる地上軍司令部にその日、新型兵器が投入された。

 一二台の大型軍用トレーラートラックで運ばれてきた「ソレ」は司令部に着くと覆っていたシートを剝がされ、前線司令部要員や将兵の前に姿を見せた。

「UNAT。Unmanned Armored Trooper(自立起動装甲歩兵)。次世代の陸戦装備として国連軍先進兵器技術研究部が開発した陸戦UAVです。

 完全自立制御の為、人間が制御する必要はありません。深海棲艦の電波障害を解析して無効化するキャンセラープログラムが装備されているのでこれまでのUAVよりも自立制御面で大幅に安定性が上昇しています」

 スイッチ一つ入れただけで自動で四本の足で起き上ってトレーラーから降り、司令部要員の前に整列する四足歩行陸戦兵器をUNATを引っ提げて来た技官が解説する。

「武装が無い様だが?」

 飛行場姫を攻撃する地上軍旅団司令官が技官に尋ねると、技官は持っていたノート端末の表示を切り替えてUNATの武装の概要を見せる。

「オプション装備型の為、なんでも装備可能です。戦車砲から二〇三ミリ級の榴弾砲、多連装ロケット砲、地対空ミサイル、対空機関砲まで。勿論レーダー搭載ユニットで榴弾砲や対空機関砲、ミサイルの火器管制支援も行えます。

 基本一ユニット一二機で構成します。支援砲装備の場合は三門の榴弾砲で支援砲撃を。戦車砲と機関砲を装備すれば戦車中隊と同レベルの火力を、地対艦ミサイルを積めば一個中隊レベルの火力を発揮します」

「つまり無人の多目的機甲部隊と言う訳か。だが歩兵の随伴無しでは対歩兵戦にもろくは無いか?」

「UNATが想定している敵は深海棲艦です。対人戦は想定していません。対歩兵戦の戦場は人間が介入して判断を下さねばならない戦場ですが、対深海棲艦相手なら歩兵の随伴は無くても問題ありません。

 寧ろ、UNATが装備しているアクティブ防護システムが作動した場合、随伴歩兵がいた時は同士討ちになります」

「深海棲艦相手の事だけ考えたロボット兵器と言う訳か。まあ、こいつらが仕事をしてくれると言うなら試してみようか。

 昨日の攻勢作戦だけで砲台小鬼の奴の砲撃で三七人も失った。旅団の戦闘部隊の損耗率は早速無視出来んレベルになりつつある」

「数える事が出来たドッグタグだけで一五六名、遺体の一部が発見できた者も含めれば我が旅団の犠牲者は二〇〇名を超えます。

 兵たちへの心理的影響も無視出来ません」

 司令官の傍らで話を聞いていた副官が深刻な犠牲者数を口にする。

 旅団司令官は一二機のUNATを見上げながら内心無人兵器と言うモノに戦場を任せなければならない事への忌々しさを覚えながらも、これ以上の部下への犠牲を抑えられるのなら、と言う思いから技官に向き直ると武装させるよう命じた。

「直ちに戦線に投入だ。ところで技官、君は従軍経験は?」

「マリウポリに三年間工兵として派遣され不発弾処理などの従軍経験があります。小官も弾の下と死線を潜った事はあります」

「マリウポリか! となるとウクライナでの停戦監視任務か。まだ戦闘が続いていると聞くが」

「はい。小官が派遣された時はまだ……」

 

 

 着弾の轟音と水柱が自分の周囲に突き立つ。

「シズメ! シズメ!」

 どこか嗤う様に響く何かが人間離れした叫び声。

 激しい砲火に晒される第三三戦隊の面々は懸命に回避行動をとるが、止む事のない砲撃の雨は容赦なく彼女達を殺しにかかる。

 回避! と叫ぶ愛鷹の目の前で降り注ぐ砲火の雨に呑み下される様に青葉が、衣笠が、夕張が、深雪が、蒼月が、瑞鳳が朱に染まって倒れてゆく。

 仲間たちが次々に討ち取られてゆく中、回避行動をとる愛鷹だけ至近弾一発も許さないくらい不可思議な状況だった。

 自分以外の全員が撃破されたその光景を成す術もなく見つめる愛鷹に、致命傷を負った六人が一様に死線を向けて問う。

「何で愛鷹さんだけ生きてるの? 私達は死んだのに」

 

 

「!」

 反射的に右手を伸ばす愛鷹が目を覚ました時、仰向けになっている視界の虚空を右手が搔いていた。

 耳を聾するような轟音も、砲声もない。聞こえるのは荒い自分の息遣い。

 今目に映っているのは戦場と化した海の上ではなくキール軍港基地に宛がわれた愛鷹の自室の天井。

 虚空を搔いていた右手を額に当てると、風呂上りかと思う程に汗でびっしょりと濡れていた。

「夢か……」

 夢、それも悪夢の類いだ。

 大きな溜息を吐きながら身を起こして鼻柱を揉む。くらくらとしそうな頭が火照っているのが分かった。

 妙に現実味のある夢だ、と悪夢を思い返しているとコツコツと歩いてくる足音が近づいて来て、自室のドアをノックした。

「愛鷹さん? 起きましたか? 青葉です。第三三戦隊にブリーフィングルームに出頭命令が出ました」

「今行きます」

 ドアの向こうからいつもの元気な青葉の声が聞こえ、それに安堵感を覚えながら返事を返す。

 毛布から裸足の両足を床に付けて、サイドテーブルに置かれた鏡を見る。制帽と上着、ネクタイ、ニーソックス、靴を脱いだだけの仮眠の格好をした自分が鏡から見返してきていた。

 

 

(二か所の拠点に同時に捜索を仕掛けました。結果から言いますと大きな進捗はありません。

 幹部二名は隠し持っていた毒薬で自決した為、重要情報の入手は叶いませんでした。しかし、パソコンの内部データは確保できました。

 高度に暗号化されており解読には時間がかかりそうです)

 秘匿テレビ回線通信で報告をする部下の一人に頷きながら聞いていた有川は、一つ質問を出す。

「仁淀の身柄に関して何か情報は?」

(残念ながら仁淀の身柄に関する情報はまだです。暗号の解読が出来れば何か分かるかも知れませんが)

「了解した。引き続き調査を続けろ。慎重にな」

(は)

 秘匿通信を切った有川は溜息を吐きながら椅子に深々ともたれかかる。

 その脇のデスクに誰かが茶を入れた湯呑を置いた。

「中将。お疲れ様です」

「すまんな大淀」

 今では有川の専属秘書の様な形になっている大淀が入れてくれた茶を口に運びながら、有川は再び深い溜息を吐く。

「あの中将、仁淀は……」

「君の情報を基に確認出来た拠点は全て捜索した。今その残っていた二つを強制捜索したところだ。進捗は芳しくない。

 仁淀の姿はどこにもない。ただデータを一部各所で確保する事には成功している。高度に暗号化されているし、断片的なものだからそれらを一つ一つ繋いで解析するのにかなり時間がかかるだろうが」

「そうですか……」

 何となく分かってはいたがやはりそうだったか、と言いたげな表情を浮かべる大淀に有川は敢えて何も言わずに茶を口に流す。

 愛鷹を銃撃した直後に有川率いる情報部に拘束され、以来保護も兼ねて有川の元で行動している大淀は愛鷹暗殺に動く組織の情報提供と仁淀奪還の行動に手を貸していた。

「中将、聞きたいことがあるんですが」

「なんだ」

 湯呑をデスクに置きながら大淀を見返すと、有川を真顔で見据えながら大淀は問うた。

「何故、愛鷹さんを狙う暗殺組織はそこまで執拗に愛鷹さんを狙うんですか。

 それと愛鷹さんって大和さんのクローンだと言うのは存じてますが、それ以外の事をもっと深く教えて欲しいのです。

 再会出来た時に備えて、愛鷹さんの事をもっと深く理解しておきたいのです」

 彼女にももっと詳しい事を話しておくべきだったな、と有川は思いつつ、案外愛鷹の事を詳しく暗殺を要求してきた組織から教えられている様でそれ程でもなかった所がある大淀に意外さを感じる。

 向かいの席に掛ける様に促し、大淀が椅子に座るのを待ってから有川は話を始めた。

 

「愛鷹だが、確かにあいつは大和のクローンだ。だが只のクローンじゃない。常人と比べて自然治癒力、学習能力、身体機能、あらゆる面で強化、高速促進が出来る様に遺伝子を操作されている。いわばデザインチャイルドであり、一種の強化人間だ。

 元から『人間としての艦娘』ではなく、『兵器としての艦娘』が設計の根幹にある。だから人間兵器として不要と判断されたモノは生れつき持っていない」

「不要なもの?」

 首を軽くかしげる大淀に有川は大淀の腹を指さす。

「艦娘はもとはと言えば人間の女性だ。月経などに悩んだこともあるだろう? 愛鷹は『兵器としての艦娘』として遺伝子設計がされたからその身体には生殖機能が生まれつき備わっていない。

 クローンだとか、遺伝子操作だとかをされて色々人間の女性とは身体的にも一線を画している面がある愛鷹の最大の相違点がそこだ。女性としての機能があいつの身体には無い」

「つまり愛鷹さんが仮に戦争を無事に終えて、戦後結婚して家庭を設けても子供まで授かる事は出来ないと」

「そういう事だ。生殖機能が省かれている理由は他にもあって、万が一深海棲艦にクローン艦娘が鹵獲された時、彼女達の生殖機能を逆利用して深海棲艦を増産する事につながる可能性を防ぐと言う意味合いもあった。

 深海棲艦がどうやって同型艦を増産しているのかは全く判明していないが、仮に人間と同じか、無性生殖とかの類で自分達を増産しているのだとした場合、鹵獲された艦娘がその手に利用される可能性が全くないと言いきれない。

 実際に撃沈された後深海棲艦に鹵獲されて蘇生した艦娘はいる。彼女達の深海棲艦時代の記憶が殆ど本人の脳から失われているから、そこから深海棲艦についての解析は出来ていないが、『艦娘が深海棲艦に鹵獲され深海棲艦として逆利用された』と言う実例は存在すると言う訳だ。

 幸い、鹵獲された艦娘を利用しての深海棲艦の増産は確認されていないが。

 愛鷹は人間兵器として、寿命を除けばほぼ完璧なレベルにそのスペック基準を満たしている。彼女が何らかの高度な医療技術を持つ犯罪組織や反政府勢力等の悪人の手に渡った場合、彼女の遺伝子を利用して更に使い捨ての人間兵器が増産される可能性があるんだ。

 国連の名のもとに世界の国の多くが統合化されたとはいえ、それを批准していない国も存在する。テロ支援国家と断じられている国が殆どだ。

 そういった国の中にはどっかから金を仕入れて自国軍の強化に努めている。だが所詮は統率が取れていない反統合政府勢力だ。国連軍の総戦力と比べたら話にならない戦力差がある。

 そういった国々に愛鷹みたいなクローン艦娘の情報が洩れて、拉致されたらどうなるか。数年、或いは数か月以内にクローン艦娘の技術を用いたクローン兵団が誕生して国連軍の戦力にも並ぶ大軍隊を作り出しかねない

 それが実現すれば深海棲艦との戦争で忙しい国連軍対反統合政府勢力国家軍と言う三つ巴の戦争が始まる恐れがある。

 話が出来すぎているように聞こえるかもしれんが、これを本当にやりかねない危険性を孕んだ国は実際に存在するんだ。悪い事にそう言った国は国連の手が及ばない様にあの手この手の鎖国政策をとっているから簡単に内情を知ることが出来ない。

 一方国連は巨大組織だ。巨大過ぎると言っていい。小さな綻び目は目立ちにくい巨大組織だ。そういった目立たない綻び目を利用して反統合政府勢力は力を維持していると言う訳だ。

 そう言った今の世界秩序そのものに影響を及ぼしかねないクローン艦娘の愛鷹が特にこれと言った拘束も無しに動き回っている。

 愛鷹は艦娘としての運用だけでなく、二重スパイ運用も想定して対人戦の心得もみっちり仕込まれているから、拉致しようとするような輩は大抵単独で返り討ちに出来る実力は持っている。

 だがあいつの心の中はそういった対人戦も想定した上で行われた『選抜試験』、つまりクローン艦娘同士で行われた優劣の決定の為の殺し合いで負った重度のPTSDがあるから、対人戦が発生した時にPTSDの症状でまともに戦えるか怪しい面がある。現に何度か深海棲艦相手の近接戦闘であいつはPTSDを発症して一時的に使いものにならない状態に陥っている」

「難しい事情ですね……」

 勝手に生み出され、勝手にその存在を疎まれて、勝手に消されそうになる愛鷹の身の上に大淀は悲しみを覚える。

 そんな愛鷹の事を手に掛けかけた自分が言うのもどこかおかしい気もしなくはないが。

「あいつにも人間として生きる自由くらいある。その自由を守ってやらればならん」

 湯呑に口を付けながら有川は言う。

 

 暗号化されている情報の解読が出来れば、大きな前進となる筈だ。時間はかかるだろうが、今自分が一人の艦娘の為に出来る事はこれくらいだ。

 この世に生を授かったからには本人が望む限り生きる自由があると有川は考えていた。故にそれを否定する人間が彼の心の中では許せなかった。

 もっとも情報部の一員として自分自身の手で殺害した人間の数を考えれば、自分が言えた事でもない、と自分を嗤ってもいた。

 しかし艦娘も人間。一人の人間の命とその価値は同価値。軽すぎもせず重くもない。

 人間の命の価値は等しい。クローン人間であろうと人間とその命の重みは変わらない筈だ。

 生きたいと望む愛鷹の思いを自分は可能な限り叶えさせるのが有川に今「出来る事」だった。

 

 キール軍港の軍施設のとあるブリーフィングルームに集まった第三三戦隊のメンバーは全員が元気な顔で揃っていた。

 負傷から復帰した夕張も元気そうな顔でブリーフィングルームで待つ青葉達と談笑していた。

 既に席に着いて待っている夕張の隣に座った愛鷹は一緒に入院していたワシントンの具合を尋ねた。

「ワシントンさんの怪我の具合はどうでしたか」

「本人はピンピンしているんですが、医者の許可が下りなくてまだ病床にいます」

「元気になっているのは何よりです」

 安堵の溜息を吐き、ベッドの上でもじもじしていそうなワシントンの姿を考えると自然と愛鷹の口元に笑みが浮かびかける。

 ブリーフィングルームに第三三戦隊のメンバー全員が揃ってから五分程して武本とターヴィ、それと中将の階級章を付けた厳つい顔立ちの男性提督の三人が作戦参謀二人を従えて入室して来た。

 武本に続いて入室して来たターヴィと中将を見て深雪が首をかしげて愛鷹に聞く。

「誰だ、あの偉そうなオッサンは?」

「ちょっと、聞こえるわよ」

 慌てて衣笠が窘めると既に聞こえていたターヴィが「実際、偉いんだよ」と自分の階級章を指さしてにやりと笑う。

 一方中将の階級章を付けた厳つい顔の男性提督は深雪の反応に一瞬じろりと視線を向けるが特に何も言わなかった。

 中将の階級章を付けた男性提督の制服の胸に付けられた長槍をクロスさせた徽章を見て、愛鷹は軽い驚きを覚える。

 長距離戦略偵察群の徽章だ。長距離戦略偵察群の中将が第三三戦隊のブリーフィングに来たと言う事は、また少しばかり特殊な偵察任務に就く事になると言うのだろうか。

 一同の前に立った武本がブリーフィングを始める前に、長距離戦略偵察群の徽章を付けている中将を紹介した。

「ジョー・《サイクロン》・シンプソン中将だ。サイクロンはミドルネームではなく彼がアヴィエイター時代の頃のTACネームだ」

「元戦闘機乗りですか。空から離れて大分経つのでは?」

 興味が湧いた顔になる青葉にシンプソンは「F-35Eに三年前まで実際に乗っていた」と返す。

 F-35E……国連軍で開発中のF-35戦闘機の最新バージョンだ。確かアメリカのVX-31こと第三一航空試験評価飛行隊「ダストデビルズ」で実戦配備に向けた試験評価中だったと愛鷹は記憶していた。

「人手が足りないと言う事と、別の仕事もあると頼まれて長距離戦略偵察群に移籍になった」

「元トップガンの教官もやってた方だ」

 そう第三三戦隊のメンバーにターヴィが教える。

「元トップガンの教官職にも就いていた中将が、なぜ長距離戦略偵察群なんかに」

 率直に疑問を口にする青葉にシンプソンは自分の経歴を含めて簡単に解説した。

「私は昔、『太平洋の自由』作戦や、それ以前の艦娘が活躍する前の海軍でF-35に乗って強行偵察するのが仕事でな。

 『太平洋の自由』作戦で母艦のUSS『バラク・オバマ』がやられて以来はダストデビルズやトップガンで仕事をしていた。

 まあ君らには関係ない話だがな」

「航空偵察任務が得意なF-35パイロットだったんですね」

 感心する青葉にシンプソンは軽く鼻を鳴らして「もう昔の話だ」と呟きながら武本に顔を向ける。

「それより仕事の話に戻そうか、武本提督」

「そうだな。第三三戦隊の皆、キース島からの避難民輸送船団護衛、ご苦労だった。尊い犠牲者が出てしまったのは残念だった。

 だが気に病み過ぎないで前に進むことを今は考えよう。

 では君たちへの新しい任務を伝達する」

 そう言って武本はブリーフィングルームの大画面モニターを付けて、自分のノート端末を操作し作戦エリアとなる海域の海図を表示させた。

 北海フェロー諸島近海のマップが大きく表示される。

「深海棲艦の残存機動艦隊がここフェロー諸島の沖合に集結中だ。敵は北海での我が軍の漸減作戦の結果戦力を損耗し、以来フェロー諸島近海に残存艦隊を終結させ、最後の抵抗を見せようとしている。

 第三三戦隊はフェロー諸島近海を武力偵察。同海域に展開する深海棲艦機動艦隊の敵戦力の規模の把握と、艦隊の中核となる機動艦隊本隊の位置の把握に当たれ」

 

 第三三戦隊の新しい任務先はフェロー諸島近海の半径二〇〇キロ圏内、総行動範囲は四〇〇キロにも及ぶ。

 艦娘母艦の支援なしでは活動するのが厳しい広さだ。最寄りの港からもかなり離れているし、フェロー諸島を拠点とすることはフェロー諸島自体が現在深海棲艦によって封鎖されている状態にあるだけに無理だ。

 

「フェロー諸島近海に展開する深海棲艦に関して長距離戦略偵察群から共有しておきたい情報がある」

 シンプソンが自身の端末をタップして彼の持ってきた情報をモニターに共有表示させる。

 スケッチ画がモニターに表示されると愛鷹はなんだろと少し身を乗り出す。

「長距離戦略偵察群第一〇任務隊の重巡デモインがスケッチした新型艦の絵だ。ガンカメラが軒並み破壊された為このような絵でしか伝えられないが、深海棲艦に新型戦艦が確認された。

 ス級、レ級flagship級に続く深海棲艦の新型戦艦だ。ただ火力自体はス級の様な怪力さは無いと見られている。現にこの深海新型戦艦の砲撃を食らった第一〇任務隊の全員が生還している。

 無傷ではないが」

「ス級やレ級の砲撃には及ばずとも、強力な火力を持つ新型戦艦が北海に展開していると」

 そう反応する愛鷹にシンプソンはその通りだと頷く。

「この新型戦艦の対水上戦闘能力及び対空火力の評価も貴部隊の任務となる」

「つまり、私の少ない航空戦力で敵対空砲火の的になって新型戦艦の対空砲火の評価を行えと?」

 憮然とした表情で瑞鳳が尋ねる。対空砲火の評価となると撃墜機発生も前提となりやすい。瑞鳳の艦載機は搭載機数がもともと少ないだけに一機たりとも失いたくないのが彼女の本音だし、何より自身の艦載機に強い愛着を持っているだけに被撃墜機が発生する事を前提とする任務は彼女の性格から言って否定的な姿勢になっても無理はない。

「身も蓋も無い事を言えばそうなる」

 瑞鳳の思いに大した反応をした様子もなくシンプソンは答える。

「艦娘は安易に替えが効かないが、航空戦力ならいくらでも替えは効く」

「航空妖精と言えど、特別編成部隊の航空妖精となれば、撃墜による熟練度の低下の回復には時間がかかります。

 補充は可能でも再編成と再度の練度付けには時間がかかるんですよ」

「だが、艦娘という人間一人を失った時の戦力を回復させるよりは短くて済む」

 シンプソンの航空妖精の存在の重さへの認識に瑞鳳はじわりとその表情に怒りを滲ませ始める。

 航空妖精は確かに人間ではない。いくらでも替えは効く方の消耗品な面は人間より高めだ。

 しかしだからと言って、空母艦娘の中で航空妖精をぞんざいに扱う艦娘はいない。皆相応に自分の航空妖精に愛着を持っており、手塩をかけて練成して来た存在だ。空母艦娘と航空妖精とは深い友情と信頼で結ばれている戦友と言っていい。

 それだけに深海棲艦の対空砲火で航空団が全滅した空母艦娘の中にはあまりのショックに精神を病んだ者もいると言う。

 握りしめた拳を震わせる瑞鳳にシンプソンは目を見据えて告げる。

「勘違いして欲しくないから敢えて言うがな、何も艦載機を落とされて来いと言っているのではない。

 敵の対空砲火の評価を行えと言ったのだ。一機に二機の被撃墜機が出る事は毎度の作戦の事だろう」

「元戦闘機乗りだった提督の言葉とは思えませんね」

 思いつける限りの悪態を瑞鳳がシンプソンに向かって吐いた時、愛鷹が彼女の肩を掴んで無言で制止する。

 それくらいにしておきなさい、と目で告げる愛鷹に瑞鳳はでも、と縋るような思いを込めた目で見返す。

 敵の対空戦闘能力がツ級やナ級、ト級を凌ぐモノだった場合、瑞鳳の特別編成の第一一八特別航空団機にも被害が出かねない。

 手間暇かけて育て上げた航空妖精を危険に晒すのは憚れます、と瑞鳳は目で愛鷹に訴える。

「シンプソン提督の言う通り、落とされて来い、と言う訳ではありません。敵の対空戦闘能力を評価できればいいだけの話です」

「新型戦艦の対空戦闘能力次第では偵察機が全滅する可能性もあります」

「偵察機はなるべく敵対空射撃の届かない高高度に展開し、戦闘機を一撃離脱の要領で突入させて敵の対空戦闘能力を評価しましょう。

 この手なら被撃墜機の発生率は下がる筈です」

「その作戦が上手く行くと良いんですけど……」

「ならなおの事自分の航空妖精を信じるべきです」

 目を見据えて告げる愛鷹の言葉に瑞鳳は硬い表情で頷いた。

 二人の話が終わるのを待ってシンプソンは「次だ」とモニターに表示する共有情報を切り替えた。

「この新型戦艦が確認された海域では輸送艦ワ級の新型種と見られる艦が同時に確認されている。

 こいつが何の役割を果たすのか、elite級、flagship級とどの程度の戦闘能力の差があるのか、詳しい情報は一切分かっていない。

 一つだけ確かなのはこのワ級の纏うオーラがこれまで確認されているいずれにも該当しない青いオーラだと言う事だ」

「青いオーラのワ級……」

 独語する様に呟いた愛鷹は無意識のままに腕を組みかえる。

 青いオーラなど初めて聞く。深海棲艦のflagship級改に相当する艦艇が目から青いオーラの様なものを出している事はあるが、艦体全体から放つオーラは赤と金色しか確認されていない。

 ここに来て青。耐久も戦闘能力もすべてが謎。モニターに表示される情報はデモイン達が新型戦艦に随伴している青いオーラのワ級を目撃した、程度しかない。シンプソンの言う通り詳しい情報は一切分からない。

 このワ級も含めて第三三戦隊が調べる必要があると言う事だ。

 新型戦艦もだが、青いオーラのワ級に愛鷹は何か嫌な予感が脳裏を過った。何がかは分からないが本能的な危険さを感じていた。

 本能だけでは根拠に乏しい、もっと説得力のある具体的なものは無いかと考えるが思いつかない。

 そもそも青いオーラのワ級は写真すら無いから、既存のワ級と外観差はあるのか、装備する火器の性能自体も分からない。

 

(新型戦艦よりこのワ級がかなりのキーになるかも知れないわね)

 

 腕を組んで考え込みながら今度は無意識に長い足を組む。片手を顎に当てて考え込みながらフェロー諸島一体の作戦海域を表示する海図を見つめる。

 いつもの通り第三三戦隊で出撃してまずは瑞鳳の航空偵察。広大な海域を複数のグリッドで細分化して、一つ一つ瑞鳳の天山で調べて行く。

 敵艦隊の主力がどこに布陣しているかを突き止めるのが急務ではあるが、愛鷹として青いオーラのワ級の存在がどうにも気になる。

「作戦期間は?」

 そう尋ねる愛鷹にシンプソンは人差し指を立てる。

「一週間だ。天候によっては延期も視野に入れるが、気象班によるとフェロー諸島一帯の今後一週間の天気予報は晴れと予測している。

 懸念事項になりかねない低気圧もない。風はその日によって変わるかも知れんが」

「一週間ですか」

 長めの様で短くも感じそうな期間を口にする愛鷹に武本が尋ねる。

「メンバーはどうするのかな」

「……航空偵察となる関係上瑞鳳さんも今回は動員します。ですが新型戦艦及び新型種のワ級の存在も考慮すると艦隊の火力は少しでも多く欲しい。今回の偵察作戦は全艦による全力出撃とします」

「わお……」

 久々の全員での出撃ですか、と言う顔を青葉が浮かべる。

 七隻(七人)による全力出撃。編成は七隻と言う関係上遊撃部隊と言う扱いになる。

 六の倍数で組むのと違い、深海棲艦に察知される可能性が若干高まるが、七隻で組んだ時の被発見率は六の倍数隻または七隻の遊撃部隊編成以外の数で組んだ数よりはまだましだ。

 どうやって深海棲艦がこちらの存在を察知しているのかは不明だが、なんにせよ七人全員で今回は組んで出撃だ。

 総行動範囲四〇〇キロの海域を天山の行動範囲に合わせてグリッド化して索敵エリアを策定する必要があった。

「支援艦は勿論ありますよね?」

 そう尋ねる衣笠に武本が頷く。

「キース島の船団護衛時に利用した『ズムウォルト』を引き続き母艦として運用する」

「『ズムウォルト』の支援能力を積極的に活用すれば作戦も早期に終わらせられるだろう。今回の『ズムウォルト』には最新鋭の空中警戒機を搭載する。これと連携すればより効率的かつスムーズに航空偵察を完了することが可能になるだろう」

 希望的観測に基づいて言い切るシンプソンに深雪と夕張が胡散臭そうな表情を浮かべて顔を見合わせる。

「そう言って失敗しないと良いんですがね」

 思っている事をそのまま口にする夕張にシンプソンは一瞬じろりと目を向けるが何も言わなかった。

 武本が作戦参謀に合図を送ると、作戦参謀の一人が座っていた席を立ってタブレット端末を片手にシンプソンの言う最新鋭の空中警戒機について説明を始めた。

「MV-38コンドル輸送機を改造したEV-38コンドル・アイを艦載警戒機として第三三戦隊のバックアップに当てます。

 EV-38と瑞鳳の天山隊と第三三戦隊をデータリンクにてリアルタイムで情報共有出来る様にします。EV-38を用いることでAEW任務に当たらせる天山を無くす事が出来、結果的に天山隊を全機偵察に割り振ることが可能になります。

 また同機のデータ処理能力はAEW天山よりもはるかに大容量かつ処理速度に優れている為、得られたデータの解析などを瞬時に行う事が可能になっています」

「なかなかの優れものですね」

 むう、と感心したように瑞鳳が唸る。

 搭載する天山一二型甲改第一一八特別航空団仕様機一七機全機を偵察に割り振ることが出来る。勿論ローテを組むから一七機を一斉に飛ばす事は無いが、AEW任務の為に最低三機は普段確保しておく必要があったのを省く事が出来た訳だ。

 第三三戦隊の対潜哨戒は青葉の瑞雲12型第一一八特別航空団仕様機で行えばいい。

 愛鷹の天山一二型甲改は予備戦力として待機だ。

 部隊の上空援護は瑞鳳に搭載される三六機の烈風改二と愛鷹の二〇機の烈風改二の計五六機。空母ヲ級flagship級一隻ないし軽空母ヌ級flagship級改くらいの航空戦力相手なら充分相手取れる戦力だ。

「作戦開始は明日だ。各員今日中に荷物をまとめて支援艦『ズムウォルト』に乗艦し待機せよ。愛鷹くんは後で第三三戦隊の偵察作戦計画書を私に提出する様に。

 ブリーフィングは以上、解散」

 解散を武本が告げ、作戦前の総合ブリーフィングは終了となった。

 

 

 その後愛鷹はブリーフィングルームで出会った作戦参謀二人と共に第三三戦隊によるフェロー諸島近海の偵察作戦計画書を作成し、武本の元に持って行った。

 武本一人しかいないオフィスに計画書を提出した愛鷹は「ご苦労様」と言いながら受け取ってくれた武本に一つ聞きたいと思っていた事を尋ねる。

「大淀さんは元気ですか?」

「大淀くんか……そうだな、詳細をここで話す事は出来ないが、元気にしていると言う知らせは聞いているよ」

「そうですか。それならいいです」

 ふっと軽く安堵の溜息を吐く自分に武本は作戦計画書が入力されているタブレット端末をデスクの上に置きながら、少し遠慮がちに愛鷹に自分が心配している事を伺う。

「身体はどうだ」

「元気ですが」

「いや、体調と言うよりは、ああ、そうだな老化はまだ問題ない感じか、と言うところだ」

 そういう事か、と質問の意味を理解した愛鷹は手袋を外して手の甲を見せる。

「少し、手に老けが浮かび始めました。提督には話してませんでしたが、ムルマンスクでブラックバーン先生と再会し、その時この手袋をプレゼントされました。

 あと、やはり疲れやすさは以前より体感速くなっているかもしれないです」

「そうか……薬はちゃんと飲んでいるか?」

「はい」

 自分の保護者の様にいろいろと聞いてくる武本に対して、少しばかり煩わしさを覚えながらも質問には答える。

 武本としては愛鷹を生み出す事を提案し、そのプロジェクトにも携わっていた愛鷹生みの親の一人であり、愛鷹達クローン艦娘に対して行われた仕打ちに心を痛めた数少ない人間だっただけに贖罪意識等から気遣ってくれているのかも知れないが、当の愛鷹からすれば余計なお世話と言う認識しかない。

 ただ愛鷹とて武本の反省の意は認めている。認めているからこそ許せない、と言うのもあった。

 人並みに生きる事が出来ないこの身体として生み出した人間を許せないと言う思いは未だに根強い。大和を許したのは自分にとってもかなりの例外中の例外の範囲だ。

 使い捨てられる事前提で生み出された短命なる自分達。それを発案した武本に抱く憎しみは拭えようが無い。例え武本本人が何度でも頭を下げて詫びようと愛鷹が抱く気持ちは変わらない。

 それでも気遣ってくれるその気持ちは素直に感謝していたし、上官として世話を焼いてくれる事にも同様い感謝の念を抱いていた。

 煩わしさや消せない憎悪はあるものの、親身に接し、気遣い、世話を焼いてくれるその姿勢には素直に謝意を言える。

 デスクから退室する愛鷹の背中に向かって武本は一声をかけた。

「無理はするなよ」

「……ありがとうございます。失礼しました」

 敬礼して、デスクから退室する。閉めたドアに背中をもたれさせて深々と溜息を吐く。

 

「大淀さんが不在の理由を知ってるんですか」

 

 突然自分に尋ねて来る声に愛鷹はびくりと体を震わせ、声の主の方を向く。

 伊吹だ。コツコツと廊下内に足音を響かせながら真顔で愛鷹に歩み寄って来る。

 まさか、武本との会話を聞いていた? 少しばかり焦りを覚えながらもポーカーフェイスを保ちながら伊吹に向き直る。

「ずっとみんな不審に思っていたんですよ。大淀さんが突然いなくなった事に。

 表向きは急な部署異動命令で、とされていますけど、あまりにも唐突過ぎるし、異動すると言う大淀さんの部屋から私物を運び出したのは大淀さん本人ではなかった。

 だが、貴女は何かを知っている。大淀さん絡みで」

「私は何も知りません。生憎ですが」

「しかし、何か妙ではありませんか?」

 自分の前に立って見上げる形で問う伊吹の目は真剣さそのものだった。

「妙とは?」

 そう聞き返す愛鷹に伊吹は鋭く切り込む。

「種子島で貴女が過激派組織に襲われたその僅か数時間後に同じ島にいた大淀さんだけ部署異動命令が出て、誰にも挨拶を残さず、具体的な異動先を誰にも知らせないまま失踪する何の様に大淀さんは姿を消した。

 そしてほぼ同日に呼ばれてもいないのに単独で突然九州の軍病院にやってきた大和さん。

 何か裏があるとしか思えないこの展開を誰が怪しまないと思いますか。そしてその時、貴女は同じ場にいた。

 真実を知っているのは貴女と提督と大和さん以外、誰がいましょうか?」

 伊吹の鋭い着眼に愛鷹はどう答えようか、とすぐに考えを巡らせる。

 まさかとは思うが伊吹まで大淀同様自分を抹消しようとする組織の手使いである可能性が全くないと言う訳では無い。

「生憎にですが、私は大淀さんが今どこにいるのか本当に知りません。むしろ私が知りたいくらいです。

 ですが、元気にしているのは確か、とだけはお答えできます」

「なる程……ところで最近、興味深い噂を耳にしたんですが」

「なんです?」

 尋ねる愛鷹に伊吹は場所を変えようと誘って来た。

 警戒心が一気に跳ね上がるのを覚えながらも、何かがおかしいと気が付いたらすぐに逃げられるようにしようと用心しながら伊吹の後をについて行った。

 

 

 伊吹が愛鷹を連れ出したのは司令部施設の屋上にある休憩所だった。

 ここなら誰もいないでしょう、と室外機が数個離れたところにあるだけの屋上を見回して伊吹は頷くと、愛鷹に向き直った。

「さて、私が聞いた話をしましょうか。いや聞いた噂と言う感じでしょうか」

 良いですか? と目で問う伊吹に愛鷹は無言で先を促す。

 伊吹は屋上から見える港の方に姿勢を変えて、愛鷹に背中を向けた状態で話を切り出した。

「単刀直入に本題に入ります。艦娘の戦死による戦力の損耗。これを解決するのは容易ならざる問題。

 この解決するのが困難な問題を一気に解決できる方法がかつて編み出され、実行されたが、計画の予定に見合った成果を上げきれずプロジェクトは中止となった。

 その計画とは、ある艦娘の遺伝子を基に遺伝子改良とクローニングによって人為的に艦娘を量産していくと言うモノ。

 成果に見合った実験体は完成しなったが、ある程度の要求値を満たした実験体が一体、五年前に誕生した。

 奇しくも貴女が軍籍登録された年に。

 そして貴女は軍籍登録を得てから、その超甲型巡洋艦として即座にデビューしてもおかしくない高い才能、技量、諸々を持ち合わせながら艦娘としての正規デビューに至るまで五年もかかった。

 どれ程複雑な機構の艤装だとしても、実戦配備に五年もかかる事はあり得ない。

 ここで一つ気になる事があります。艦娘としての超甲型巡洋艦『FG B65』の艤装開発は一年足らずで完了し、生産された。

 それも西暦二〇四七年に」

「何が言いたいのです?」

 思わず鋭い口調になりながら伊吹の背中に向かって聞く愛鷹に、伊吹はラダーヒールを軸にくるりと回って愛鷹に向き直ると、両眼を見据えて告げた。

「貴女が、国連軍史上最も悪名高い人造人間開発計画である『クローニング・フリート・ガール』プランで生み出されたクローン艦娘の実験体として完成した『遺伝子複製改造艦娘実験体第六五号』その人なのでは?」

 

 遺伝子複製改造艦娘実験体第六五号、随分久しぶりに聞く自分の呼び方だ。

 施設自体様々な呼び方で呼ばれた時の呼び方の一つがそれだった。

 ふう、と大きな溜息を吐いた愛鷹はおもむろにコートを脱ぐと制服の袖を肩まで捲って、普段まず見せたことが無い腋窩を伊吹に見せた。

 愛鷹が見せる腋窩には「CGF-X No.65」と言う刻印が刻まれていた。

「これで答えになりましたか?」

 そう聞く愛鷹に伊吹はやはり、と納得した様に頷いた。

「ずっと貴女がクローン艦娘なのでは、と思って個人的に探っていたんですよ」

「それは……貴女個人の欲求の範囲内での話ですか?」

「ええ。初めて貴女を目にした時、誰もが思う筈です。『誰かに似ている』と。

 しかし、それが誰なのか、すぐに思いついた人はそういないでしょう。ですが、顎の輪郭、声質、目深に被った帽子越しにも分かる全体的な類似点から貴女が大和さんと何らかの関係性を持つのは考えれば思い至れます。

 実はこの事に勘付いていたらしい艦娘が一人私の身近なところにいたのです」

 その言葉に、愛鷹は疑念を覚えた。一番自分の正体を知っている第三三戦隊と伊吹は親密と言える程の交流は見たことがない。

 第三三戦隊のメンバー経由で情報漏れした可能性は低い。そもそも自分が命を狙われていると言う事は第三三戦隊メンバーも承知の事だから郊外無用なのもまた重々承知している。

 

 一体誰だ、と思いながら伊吹に聞く。

 

「誰です?」

「鈴谷です。最後に更新された彼女の日記で分かりました。

 種子島で無人機の誤爆を受けて戦死した鈴谷ですが、彼女の遺品を整理した時、出撃直前の日付だけ更新していたんです。

 彼女の最後に更新された日記にこう書いてあったんです。『さっき気が付いたんだけど。もしかして愛鷹さんって大和さんと何か関係があるんじゃね?』と」

 

 鈴谷は第七戦隊の艦娘であると同時に鈴谷と熊野で組む「攻撃型軽空母打撃群」の艦娘でもあり、伊吹は当初この鈴谷と熊野の二人の空母形態の正当進化型軽空母艦娘として着任するはずだった。

 伊吹型軽空母として着任前に、ジェット艦載機を搭載した空母として再度計画が見直された結果、鈴谷と熊野の正当進化型軽空母とは全く異なる空母として着任した訳だった。

 別名改鈴谷型軽空母とも呼ばれる鈴谷と熊野の空母形態、そしてその発展型として予定された伊吹。

 縁がない方がおかしい話である。

 愛鷹は詳しくは知らなかったが、伊吹は鈴谷と熊野の空母形態の正当進化型として計画された縁から二人とはよく知る関係だった。

 仲も良かっただけに負傷して後送された熊野に代わって、鈴谷の遺品整理に当たったのが実は伊吹だった。同じ第七戦隊の最上と三隈は北方海域での任務にあたっていた事もあり手が離せず、結果として仲の良かった息吹が鈴谷の遺品整理として呼ばれた。

 愛鷹はこの間大淀に銃撃された負傷で入院中だったこともあって把握出来ていなかった。

 

(友人の死をきっかけに深く自分の謎について詳しく調べるようになったと言う訳か)

 

「調べて行く内に、海軍内部で不審な事が何度か起きていた事も分かりました。

 見知らぬ海軍中尉が基地に出入りしているのが目撃されたり、青葉が意識を失った状態で基地の倉庫群で倒れていた等。

 そして種子島での不可解な無人機の暴走。出来過ぎた段階での暴走によってあなたを含めた艦隊は誤爆され、鈴谷が死んだ。

調べて、考えていけばおおよそ見当は付きました。貴女を殺そうとしている軍の組織がいる。

 鈴谷はその巻き添えとなって死んだ」

 自分に向かって話を語る伊吹の両眼を見つめて愛鷹は一言、確かめる様に彼女に聞く。

「……私を憎みますか?」

「……今はまだ分かりません。ですが、調べてみれば今のところ一〇体ゼロで貴女に落ち度はない」

「しかし、私の答え方次第では私にも落ち度があると言う事になる。そういう事ですか?」

 愛鷹のその言葉に伊吹は悲しみが籠っているのを感じ取った。

 

 この人は分かっている。自分のせいで鈴谷が命を落とすことになったと言う事に。不幸にも巻き添えを受けた鈴谷の死を悼み、嘆き、悔いている。

 意思を確認出来た、と確かめたかったことを確認した伊吹は屋上の一角、室外機の一つの方へ顔を向けるとその陰にいる人物に声をかけた。

 

「銃を下ろして下さい、青葉」

 なに⁉ と思わず驚く愛鷹が室外機の方を振り返ると、伊吹の方へ両手で構えるP320の銃口を向けながら青葉が姿を現した。

 いつの間に伊吹と愛鷹のいる屋上に上がって見ていたのか、と愛鷹が驚きを浮かべる中、無言で銃を構えて伊吹に歩み寄る青葉は愛鷹の隣に立つと相手の目を鋭い眼光で見つめながら「一つ聞きます」と質問をぶつけた。

「伊吹さんは、誰の味方ですか?」

 銃口を突きつけて問う青葉が握るP320を見て愛鷹は息をのむ。セーフティーは解除されえている。引き金を引けば伊吹に向かって銃弾が発射される。

 突き付けられる銃口に臆した様子もなく伊吹は青葉の質問に簡潔に答えた。

「私は艦娘の味方で、仲間です」

 

 




 今回登場した深海棲艦の新型戦艦とは深海ワシントンもとい戦艦新棲姫のことです。
 戦艦新棲姫と第三三戦隊がどう戦っていくことになるのか、未知のワ級の正体とは、等次話を首を眺めにしてお待ち下さい。

 劇中登場したUNATとはアーマード・コアVDに登場したUNACが元ネタです。
 
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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