艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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月一投稿が限界になりつつある弊SS最新話です。


第五八話 盲目の海

 キール軍港の艦娘艤装工廠から搬出されてきた艤装を見て大和は軽く唸り声をあげた。

 改二重艤装。日本で設計とテストが進められていた自身の艤装の最新形態。連装砲だった主砲は五一センチ三連装砲と信濃のモノと同じものに換装され、更に航空艤装が強化されて水上戦闘機や水上爆撃機が最大三六機搭載可能になっていた。

 三連装砲に換装された結果、機関出力も強化はされているが艤装の重量増加から発揮可能速力は改二艤装よりやや低下している。

 艦娘大艦巨砲主義を極めた自分により汎用性を高めた艤装に設計の手直しが施された感じだ。

 ソナー系も零式水中聴音機から四式水中聴音機等多彩なソナーが搭載可能になり対潜能力も強化されている。

 技官曰く出来ないのは魚雷戦くらいだ、と言う程だ。レ級程の万能さは無いがそれでも既存の艦娘としての性能で言えば最高レベルの火力と防御力を持っている。

 トレーラーに乗せられて搬出されてきた改二重艤装を眺め、それにそっと手を触れる。

 超大和型戦艦の艤装の開発プランの一つから更に組み上げられた自分の艤装。強化される事は素直に嬉しいが、この自分の艤装の強化の過程で本来超大和型として就役するはずだった愛鷹ら自分のクローンたちが本来掴むはずだった栄光を自分が握っている事に罪悪感も覚える。

 既に愛鷹は「ズムウォルト」に第三三戦隊の仲間と共に乗り込んで出港しているので自分の改二重艤装の事は知らないだろうが、知ったらどんな顔をするだろうか。

 自分であり自分では無い者に与えられるはずだった大艦巨砲主義艦娘の栄光を結果的に持つことになった自分が出来る事は何だろうか、と自問自答しながら改二重艤装の周りを一回りしていると、「ほお、これは凄いな」と工廠内に武蔵の声が上がった。

 姉の大和の改二重艤装を眺めながら両腰に手を当てて歩み寄って来る武蔵に、大和は無言で艤装を見つめる。

「どうした、素直に喜べよ」

「……この艤装を作る為の労力を払ったのは私の分身達。そして彼女達に本来与えられるはずだった艤装の姿ともいえるわ。

 まるで私がこれを身に纏うのは、彼女達から簒奪したような気がしてしまって、気後れするわ……」

「もういない大和のクローンたちの分もこの艤装を纏って海に出る事が償いになるだろうさ。気に病み過ぎるなよ」

 そう言って自分の肩に手を置く武蔵に顔を向けて、「そうね……」と返しながら溜息を吐く。

「愛鷹達クローンたちの栄光を奪った身分なら、この私も同じさ。超大和型の艤装の技術をフィードバックしたのが大和型改二艤装のコンセプト。大和に限らず私も同じ十字架を背負っているのさ」

「ごめんなさい武蔵。貴女には別に」

「なあに、私と大和と信濃は姉妹だろ。少なくとも私相手に気に病み過ぎるな。

 それに愛鷹は愛鷹なりの艦娘としての道を既に独自に歩んでいるじゃないか。もう過ぎてしまった事だ、彼女達の事を思うなら寧ろこの艤装を胸を張って身に纏うべきさ」

「ありがとう武蔵。そう言ってくれるとお姉ちゃん嬉しいわ」

 微笑を浮かべて妹に礼を述べながら、武蔵の言う通りだな、と自分でも頷く。

 もういないクローンたちに代わって自分がこの艤装を纏って精一杯今を生きる事で報いられるだろう。人並みの生を甘受できなかったクローンたちの分も生きる事が残された自分に出来る償いになるのだと。

 でも、出来る事なら愛鷹にもこの艤装を纏ってもらいたい思いもあった。

 本来超大和型艦娘としてデビューするはずだった愛鷹こそ、本来この艤装を纏うに相応しい立場だった筈だ。

 マッチング出来るかは分からないが、いつか出来たら……。

 

(艦首進路固定、ウェルドック注水用意)

(バラストタンク注水始め、全艦艦内後方傾斜に備え)

(ウェルドックハッチ開放、第三三戦隊発艦位置へ)

 開かれる「ズムウォルト」の艦尾ハッチの向こう側に鈍色の空と紺碧の海が広がっていた。

 水平線上を見据える第三三戦隊の七人がカタパルトデッキの上に立ち、先行する深雪、蒼月、夕張の三人がカタパルトで射出されていく。

 タブレットの錠剤を口に入れて呑み下す愛鷹を横目に青葉は衣笠、瑞鳳と共に起点に戻ったカタパルトの射出パネルの上に立った。

 もう一度愛鷹に目を見やる。人目を盗んで制帽を被り直している愛鷹に特に変わった様子は無い。

 キール軍港を発つ前の伊吹に自身の秘密を迫られたり、今回の作戦の最終打ち合わせなどであまり休んでいない筈だが特に疲れた様子は見せていない。

 身体の老化は進行していると言うが、まだこの程度でへこたれる体ではないか。

 それならそれでいいのだけど、と思う青葉は踝辺りをランチバーが抑えるのを感じ、発艦の順番が来た事に意識を向ける。

 発艦士官が右手を上げて手首をぐるぐると振り回すのを見て、青葉達は機関出力を上げる。

 ウェルドックにいる各デッキクルーからのGOサインを確認した発艦士官が身を屈めて発艦のGOサインを出すと、カタパルトステーションのカタパルト要員が射出ボタンを押した。

 あっという間に打ち出されて大西洋に飛び出していく青葉達を見送った愛鷹は、起点に戻った第一カタパルトの射出パネルの上に立った。

(第一カタパルトボルテージ上昇、七〇、八〇、九〇、ポイント一五、三二、確認)

「発艦用意良し」

 踝の辺りをランチバーが抑え込むと愛鷹は軽く身を屈めて発艦姿勢を取る。

 発艦士官が発艦のGOサインを出すと愛鷹の足元で作動音が響くと同時に加速のGが身体に押し寄せた。加速の勢いで一気に目に映る風景が「ズムウォルト」のウェルドックから鈍色の空と紺碧の海へと変わる。

 射出された愛鷹が軽い挙動で両足を大西洋の海面に付けると、足首の高さにまで白波が立ち上がる。

 既に先行して発艦していた青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳と合流し単縦陣の隊列を組む。素早く単縦陣を組んでのける第三三戦隊の仲間達の動きに慣れた動きを覚えながら先頭を切る愛鷹は偵察を行う海域へと進路を取った。

 

 愛鷹達が発艦するのと同時に「ズムウォルト」の飛行甲板では、二基のティルトターボファンエンジンの音を響かせながらMV-38コンドル輸送機を改造したAEW機EV-38コンドル・アイが発艦した。

 コールサイン・コマンチ1-1で呼ばれるEV-38は発艦して直ぐに機上の合成開口レーダー等のセンサーを起動させ、第三三戦隊の周囲警戒に当たった。

 

「偵察機隊発艦始め!」

 作戦海域に入って直ぐに瑞鳳から偵察隊の天山の発艦が始まる。

 七人のHUDに偵察部隊の第一陣である八機の天山が表示される。すると愛鷹達のHUDに自動的に「DATE LINK ONLINE」の表示が現れるや、コマンチ1-1との戦術データリンクが接続された。

 七人が装備しているヘッドセットからコマンチ1-1からの通信もつながる。

(こちらコマンチ1-1。データリンク接続完了。現在当海域に展開している深海棲艦のものと思われる羅針盤障害の影響で本機による探知範囲は現在貴艦隊の半径五〇キロが限界だ)

「了解コマンチ1-1」

 ヘッドセットに返信を返して通知スイッチを切ると、双眼鏡を手に愛鷹は周囲警戒に当たる。

 彼女の肩や艤装のあちこちに見張り員妖精も立ち、レーダーもフル稼働で索敵に当たる。続航している青葉達でも同様に見張り員妖精が各所に立ち、電探が回っていた。

 第三三戦隊でレーダーを用いた索敵を行っているのは愛鷹、青葉、衣笠、夕張であり深雪と蒼月は足裏に装備されている四式水中聴音機で水中聴音に当たっていた。レーダー、ソナーによる索敵を担っていない瑞鳳は自身の航空隊の管制を掌っていた。

 コマンチ1-1とデータリンクを接続した天山八機の偵察状況がリアルタイムで七人のHUDに共有される。既に羅針盤障害が発生していると言う事はこの海域には深海棲艦がどこかに展開していると言う事の表れだ。

 偵察機の目で見えないなら、艦娘である自分の目で深海棲艦を先に見つける事は無理だが、潜水艦の潜望鏡程度ならと言う事で愛鷹は双眼鏡を手に海面を眺めるが、レンズに映るのは紺碧の海ばかりで何も異常一つ見受けられない。

 本当に深海棲艦がこの海域にいるのか? と疑いたくなるレベルで妙に静けさに包まれている。

「何か見えます?」

 確認する様に後ろの青葉に聞くが、答えは「何も……静かです」だった。

 

 

 ターミガン1-1のコールサインを付与された天山一二型甲改第一一八特別航空団仕様機は発動機の音を響かせながら機上の電探と航空妖精の目を駆使して偵察飛行を行っていた。

 鈍色の空が周囲に広がり、眼下には紺碧の海が広がっている。

 母艦艦娘の瑞鳳を発って三〇分。接敵も無く、機器の不調なども起きずただ遊覧飛行をしているかのような空気が流れる。

 しかし、第一一八特別航空団仕様の天山一二型甲改に備えられている機上逆探知機等の電子機器では深海棲艦がいる事を示す羅針盤障害を捉えていた。しかし広域に万遍なく広がっている為、羅針盤障害の発生源を逆探することは叶わない。

 機器から羅針盤障害の影響によるジジジと空電音の様な雑音が立つ。ずっと聞き続けていると不快に思えて来るがこれをシャットアウトする方法は今のところ見つかっていない。寧ろこの音がしている方が敵がいると確実にわかると思うだけ、気持ち的には楽になるだろう。

「何か見えるか」「なにも」と言うやり取りが何度も飽きることなく航空妖精の間で交わされる。

 羅針盤障害の影響は生じているのだからどこかにいる筈なのだが、接敵は全くない。空母を含む機動艦隊がいる筈なのに戦闘空中哨戒機の機影すら見つからない。

 と、ターミガン1-1の後席員がMADのスコープが反応している事に気が付いた。

「コマンチ1-1、こちらターミガン1-1。MADに反応あり、深海棲艦の潜水艦と思われる」

(了解、そちらの現在位置は把握している。対潜哨戒のアオバンド2-1と2-2を向かわせる。オーバー)

「ラジャー、アウト」

 

 

 ターミガン1-1がMADで探知した深海棲艦の潜水艦の状況確認と撃沈も兼ねて青葉から瑞雲12型二機が発艦した。

 コマンチ1-1がマークした海域へと飛んだ瑞雲12型二機は指定海域に到達すると、まずアオバンド2-1がソノブイを投下し聴音で深海棲艦の潜水艦探知に当たる。

「ソノブイに反応あり! 敵潜水艦推進音、数四。ヨ級flagship級一隻、ヨ級elite級三隻を探知」

「よし、2-2、爆雷を投下しろ。一隻でも多く沈めとけ」

(ラジャー)

 アオバンド2-1からの攻撃指示を受けた2-2が抱えて来た爆雷をソノブイで探り出した深海棲艦の潜水艦のいる場所へと投下する。

 海上に急速潜航で退避にかかるヨ級のバラストタンクが放出したエアーの気泡が浮かび上がるが、その頃には既に爆雷が海中に投じられていた。

 瑞雲12型の翼下に装備されていた二発の爆雷が投下され、海中に着水して程なく爆発する。海上に二つの水柱が突き上がり、一発がヨ級を捉えたのか黒い水柱となって海上に突き上がる。

「どうなった?」

「低空に降りてみよう」

 戦果を確認すべくアオバンド2-1の瑞雲12型が機首を下げて低空へと舞い降りる。

 高度を下げて対地高度を低くとったアオバンド2-1の航空妖精は紺碧の海に目を凝らして、2-2の攻撃効果を確認する。

 旋回しながら海上を凝視する航空妖精の目に紺碧の大西洋の海にヨ級の艤装の残骸が海上に漂っているのが見えた。

「ヨ級一隻の撃沈を確認」

「残り三隻は、どうしようもないな」

 爆雷が二発しか詰めない瑞雲12型では残念ながら一隻を沈めるのが関の山だ。

 航空妖精が「RTB」を宣告すると母艦艦娘である青葉から2-1は残って潜水艦の追跡を続行する様にとの指示が出た。

 2-1が探知したヨ級四隻を攻撃する為に、後詰のアオバンド1-1、1-2、3-1、3-2が爆雷を抱いてこちらに向かっていると言う。

「了解、2-2より2-1へ。こちらは2-1の空中警戒待機に入る」

「2-1ラジャー」

 瑞雲12型の対空兵装は戦闘機程強力では無いモノの、深海棲艦の偵察機を追い払うくらいの事は可能だし、限定的な空中戦も出来なくはない。

 用心棒として編隊長機の護衛に着く2-2と、ソノブイからの信号の解析に務める2-1が低空を低速で旋回しながらヨ級三隻の追跡を続ける。

 ヨ級は一隻を撃沈されてからはバラストタンクをブローして再び浅い深度へ浮上して来ていた。潜水艦と言っても無限に深深度を潜航し続けられる訳でもない。

 手を伸ばせば海面に届きそうな低空を旋回しながら、一隻が沈んでいこう離脱を図る様に進路を変えて航行するヨ級三隻の追跡を行う瑞雲12型二機のエンジン音だけが海上に響き渡る。

 程なくしてそこへ六機の瑞雲12型のエンジン音が加わった。

「2-1から各機へ。敵潜水艦の潜航ポイントに発煙弾を投下してマーキングする」

 ヘッドセットに吹き込んだアオバンド2-1の機長の航空妖精が合図をすると、後席の航空妖精が発煙弾を海上に投下した。

 海上にモクモクと潜水艦の位置をマーキングする赤いスモークが吹き上がる。

 確認した六機の瑞雲が二機ずつ翼下に吊るしていた爆雷を海中へと投じ始める。

 海中で二発ずつの爆発音と水柱が海上に突き上がり、それに交じる様に一本、また一本とヨ級を破壊した事を示す黒みがかった水柱が立ち上る。

 六機全機が爆雷を投じ終えた後には撃沈された三隻のヨ級全艦分の艤装の残骸が海上に漂っていた。

 

 潜水艦ヨ級四隻を撃沈、と言う報告がコマンチ1-1経由で愛鷹達にも報じられる。

 潜水艦隊がいる事に特段驚く事も無く愛鷹はヘッドセットに撃沈報告をしてきたコマンチ1-1に「ラジャー」と返答を吹き込んだ。

 第三三戦隊の周囲の対潜警戒するアオバンド4-1と4-2のMADには潜水艦の反応は得られない。少なくとも第三三戦隊の周囲には潜水艦はいないようだった。

 潜水艦はいないが、水上艦艇がいる事は羅針盤障害が発生している事からして確実だ。

 しかし、それにしては一向に羅針盤障害を発生させている筈の深海棲艦の水上艦艇が見つからない。瑞鳳の偵察機隊は第一陣のターミガン隊が燃料切れで「RTB」となり、第二陣のフェーザント隊が発艦していた。

 レーダーをフル稼働させて索敵に当たる第三三戦隊本隊でも今のところ手掛かりは無しだ。

 そう簡単に見つからないだろうとは言え、何かがおかしい、と愛鷹は疑念を浮かべていた。羅針盤障害の影響度合いからして航空偵察の範囲から言えば一個艦隊くらいは既に見つけていてもおかしくは無い筈だ。

「何かがおかしいわね……」

 独語する様に呟きながらHUDに表示される羅針盤障害の影響度合いの表示を睨む。

 一向に変わることなく表示される「2」と言う影響度合いの表示に、違和感を強く覚え始める。

 こちらは第一戦速でフェロー諸島に向かって航行中だ。深海棲艦の艦隊がどこにいるかにもよるが流石に検知して以来ずっと減退も増長もせずに「2」と表示されるのは何かがおかしい。

 新手の妨害工作をしているのだろうか、という新たな疑念が愛鷹の胸の中で湧き上がる。

 この海域には深海棲艦の新型戦艦と青いオーラのワ級が潜んでいると言う事前情報がある。この不自然な羅針盤障害の影響度合いの原因は、もしかしたらそれにあるのかも知れない。

 逆探知して羅針盤障害の発生源を特定出来れば話は早いのだが、逆探知が一向に出来ない。不自然な波長で逆探知機でもどこから発生しているのか特定できないのだ。

 HUDに試しに障害の影響を表示させてみるが、うっすらとしたホワイトアウトの画面が出るだけで何もわからない。

「まるでジャックされているかのような気分ですね」

 何気なく夕張が呟くのが聞こえた。

 

(ジャック……電波ジャック……ハッキング? もしかしてハックされてあらぬ方向へ誘導されている?)

 

 不意に湧き上がった新たなる疑念にその可能性について考え込む。

 敵が電波ジャックによるアクティブステルスで自分達の位置を電子的に隠しているのだとしたら?

 海上で電波が通るのはどんなに遠くても二〇キロ程度が限界だ。それ以上は地球の水平線の曲射の影響で意味が無くなる。

 だがソナーなら海中の音を空気よりも速く、遠いモノでも伝達してくれる。深海棲艦がいるのは自分達と同じ海上だ。海中の音を介すれば位置が掴めるかも知れない。

「全艦両舷減速、赤二〇」

 続航する六人に減速を命じると愛鷹は爪先のバウソナーに仕込まれている零式水中聴音機で聴音を図る。

 目を閉じてヘッドセットに手を当てて耳を澄ませる愛鷹の耳に、ごく僅かながら自分達のモノとは異なる推進音が聞こえて来る。

 音紋照合を行うと、一致する結果が出た。戦艦ル級flagship級の推進音だ。ル級らしいやややかましい推進音と随伴する艦艇の推進音がソナーで微かに聞こえる。

「方位……〇-五-〇……距離は一五キロから二〇キロくらいか……。第三三戦隊全艦回頭、新進路〇-五-〇、速力まま」

 復唱する青葉達の返事が返される中、愛鷹が先に舵を切る。

敵艦隊の推進音を頼りに変針した愛鷹のヘッドセットに、ル級以外の深海棲艦の推進音が次第に明瞭に入って来た。

 音紋を照合していくと艦隊規模は一二隻の連合艦隊編成であるのが分かった。

 艦隊旗艦らしきル級が一隻、随伴にツ級flagship級一隻、駆逐艦ハ級後期型elite級二隻、PT小鬼群が六隻、ワ級が恐らく二隻。

 ワ級は一隻がflagship級だが、もう一隻はワ級の推進音をしているものの、微妙に聞き慣れない音だ。

(この推進音……噂の青いオーラのワ級?)

 その可能性が高いと言えたが、確証はない。もっと接近して情報を得たい。

 ヘッドセットから手を離して艦隊増速を命じた時、突如HUDがホワイトアウトした。

「一体なにが……⁉」

「電探、通信系が一斉にダウン。データリンクもシャットダウンされました!」

 一瞬、状況が呑み込めずに棒立ちになる愛鷹に、レーダーに加えてヘッドセットを介した第三三戦隊同士での通信すらダウンした事を青葉が知らせて来る。

「データリンクも? コマンチ1-1応答せよ、コマンチ1-1」

 コマンチ1-1に呼びかけを行うが、愛鷹のヘッドセットからコマンチ1-1から応答が入る事は無かった。

 HUDの表示を切り替えてみるとレーダーは完全に使用不能。第三三戦隊同士での通信、データリンクもダウンしている。

 辛うじてソナーだけは無効化されていないが、本能的に愛鷹は危険を悟っていた。深入りは禁物だ。

「反転、全艦現海域を離脱」

「え、なんですか、よく聞こえないです!」

 最後尾の瑞鳳から愛鷹の指示を聞き返す声が返される。戦隊同士での通信まで阻害されている状況であることすら共有し切れていない。

「全艦反転! 現海域を一時離脱します!」

 最後尾の瑞鳳にも聞こえる声で愛鷹が指示を発令すると、七人は一斉に一八〇度回頭して元来ていた航路を戻る。

 しかし、方位を確認しにかかった愛鷹はHUDの方位表示板まで機能停止している事に気が付いた。

 腕時計を見るとこちらは動いているので腕時計を用いて方位の算出は可能だった。最新の電子腕時計ではなく、ネジ巻き式のアナログ腕時計を身に着けていたことが幸いした。

 ひとまず腕時計で方位を再計算した愛鷹が反転して隊列が逆になった第三三戦隊の先頭に立って、先導に当たる。

 愛鷹、瑞鳳、蒼月、深雪、夕張、衣笠、青葉と言う先程とは愛鷹だけ前後を入れ替えた単縦陣で一時離脱を試みる。

 羅針盤障害の影響、それも方位が分からなくなると言う最上位クラスの障害を受けているが、羅針盤障害の影響はあまり受けない筈のデータリンクや艦隊内ヘッドセット通信すらダウンするのは流石に常軌を逸している。

 ただの羅針盤障害とは別の何かが、こちらの電子機器を狂わせている。そうとしか考えられない。

「瑞鳳さん、航空偵察隊との通信は?」

「全然駄目です、回線がダウンして何も音すらしないです」

 振り返って尋ねる愛鷹に瑞鳳はヘッドセットに手を当てたまま頭を横に振る。

 唇を噛んで、ひとまずこの「盲目」状態から脱せられるところまで離脱しないと、と愛鷹が思っていると最後尾の青葉が「コンタクト! コンタクト!」と深海棲艦艦隊発見を叫ぶ。

「三時方向、距離凡そ一〇〇〇。軽巡へ級flagship級一、重巡ネ級elite級二、防空巡ツ級elite級一、駆逐艦ハ級後期型elite級二を視認!」

 艦隊内同志の無線がダウンしているだけに、全員によく聞こえる程青葉の声も大声になっていた。

 方位が正確に分からない上に通信もダウンしている状況下で交戦は危険だ。

「全艦最大戦速! ウェポンズ・ホールド。今は逃げます」

「了解!」

 唱和した返事が自分へ返される中、愛鷹と言うと青葉が発見した深海棲艦に双眼鏡を向けていた。

 単縦陣を組んだ六隻の深海棲艦の艦隊がまっすぐこちらを目指して前進して来ている。

 捕捉されているのは明らかだ。あの距離ならまだネ級の主砲射程外だが、距離を詰められたら不利なのはこちらである。

 せめてこの「盲目」状態から脱せられれば交戦可能になるのだが。

 

 一〇分ほど走ってようやくレーダー、通信、データリンクが復旧し「盲目」状態から脱する事が出来た。

 尚も深海棲艦の艦隊は追って来る。一戦交えるしかないだろう。

 素早く愛鷹は二つの指示を出す。

「深雪さん、蒼月さんは瑞鳳さんを連れて退避。青葉さん、衣笠さん、夕張さんは私と一緒に敵艦隊を迎撃します。

 全艦対水上戦闘用意!」

「了解!」

 直ちに瑞鳳の前後に深雪と蒼月が付いてそのまま離脱していく。代わって青葉、衣笠、夕張が愛鷹の後ろに回って単縦陣を組み、戦闘態勢に入る。

 右舷の艤装の五門の主砲をネ級の一番艦に指向し、発砲準備を整える。

「目標、ネ級elite級一番艦。撃ち方用意!」

 二基の四一センチ主砲の五門の砲身が仰角を付ける。

 発砲用意良し、のブザーが鳴り響き、HUDに「LOCK ON」の表示が現れ愛鷹が射撃トリガーに指をかける。

 その時、再びHUDがダウンした。

「なに⁉」

 各種機能のトラブルシュートを行うとさっきの「盲目」状態が再び発生していた。

「全艦砲撃待て! 何かがおかしいです、一旦ここは全速で『ズムウォルト』に退却します」

「なにもしないまま退却ですか」

 拍子抜けた様な声で夕張が返した時、深海棲艦側が発砲した。

「発砲煙見ゆ! 真正面!」

 見張り員妖精が双眼鏡を覗き込んで叫ぶ。

 主砲射程内に捉えられていたか、と愛鷹が舌打ちをしながら左腰の刀を引き抜く。

 あの距離なら初弾命中は無理だろう、と思っていた時、彼女の視界に急接近する砲弾の雨が映った。

 多数の砲弾が着弾の轟音と共に愛鷹の周囲に水柱を多数突き立てる。

 着弾の水柱を浴びながら、即座に回避運動を命じる。

「面舵回避!」

 右に一五度舵を切る愛鷹に続いて続航する青葉達も面舵に舵を切る。

 回避運動を行う愛鷹達に深海棲艦が放った次弾の雨が降り注ぐ。四人が降り注ぐ砲弾を搔い潜り、水柱の間を縫っていると、別方向から砲弾が降り注ぐ音が愛鷹の耳に聞こえて来た。

 先頭を走る愛鷹の周囲に新たに飛来した砲弾が着弾する。巡洋艦級のモノとは別の戦艦クラスの砲撃を現す巨大な水柱が突き上がる。

 聴音探知したル級の砲撃か、と水柱を見上げて砲撃の正体を悟る。砲弾が飛翔して来たのは右舷方向。

 となると、聴音探知した敵艦隊も加勢に来ている可能性があった。ワ級は分離しているだろうから艦隊はル級と駆逐艦、PT小鬼群くらいか。

「反撃を!」

「距離、方位が分からない、当たる筈がないよ!」

 咄嗟に反撃を主張する衣笠に青葉がホワイトアウトしたままのHUDを見て返す。

「構わない! 砲戦用意! 右舷不明目標、推定距離三〇〇〇!」

 一切の迷い無しに愛鷹は砲戦用意と合戦準備を発令する。砲術妖精が復唱し、二基の主砲が右舷を指向する。

 当てずっぽうの砲撃を愛鷹が放つ。牽制射撃にもなっているか怪しいが、ル級に何かしらカウンターをしておかないと拙い気がしていた。

砲弾を撃ち放った愛鷹の耳に飛翔音が聞こえた。ル級の放った砲弾の音だ。正確な方位は不明だが大まかな方角はつかめた。

 空を見上げると黒い点の様な砲弾が複数飛翔して来るのが見えた。

 あれは当たらない、と思った通り砲弾は愛鷹の周囲に水柱を突き立てるに留まる。直撃は免れたとはいえ挟叉はしている。

 

 次は当てて来る……一筋の冷や汗が愛鷹の額を伝う。

 

 次弾装填良し、のブザーが鳴り響く。愛鷹は右スティックで主砲の射角を調整すると引き金をを引き絞った。

 音を頼りに射角を付けただけなので、仰角が足りているか分からない。この牽制射で終わりにして離脱しよう、と決めるが愛鷹達の周囲に先に会敵した深海棲艦が放った砲弾が着弾する。

(まずはこいつらを振り切らないと)

 直撃は無いとはいえ、至近弾を次々に送り込んで来る連中だ。本来なら手早く始末出来る相手だが、生憎こちらは照準系が死んでいる。

 不利な状況で無理に戦って負傷者を出す訳にはいかない。

「青葉さん、魚雷全弾発射。敵艦隊に向けて扇状に斉射して牽制攻撃。敵艦隊が回避運動にかかる隙を突いて離脱します」

「了解!」

 青葉の左足にマウントされた飛行甲板の下にある四連装酸素魚雷発射管がぐるりと回転して発射口を深海棲艦へと指向する。

 HUDを用いた照準が出来ないので、青葉は右手の掌を伸ばし、指を扇状に広げて目測で照準を付ける。

「発射管一番から四番まで発射雷数四……単散々布帯角度三度……射線方向クリア、魚雷発射攻撃始め! てぇーっ!」

 魚雷発射管から四発の魚雷が連続して圧搾空気で撃ち出され、海中へと飛び込む。

 ローファーの裏側に付いている四式水中聴音機が四発の魚雷が異状なく航走を開始している事を聞き取る。

「魚雷全弾異状なし、魚雷馳走中」

「了解。全艦一斉回頭用意。回頭後両舷前進全速」

 三人から了解と言う返事が返される中、深海棲艦側が隊列を乱すのが見えた。互いの距離が短かったのもあって、青葉の放った魚雷は直ぐに深海棲艦側もソナーで察知した様だった。

「今です! 取り舵、取り舵一杯! 最大戦速、黒二〇!」

 一斉に左へと舵を切る四人にル級が放った砲撃が飛来する。今しがた自分達がいた場所にル級が放った砲弾が着弾し、巨大な水柱を突き立てる。

 最大速力で離脱を図る第三三戦隊に対して深海棲艦側はル級の砲撃で追撃を図ったが、二斉射放って結局直撃弾なしに終わって射程外に逃れられるとそれ以上の追撃はせず諦めた。

 一番近くにいた艦隊も、青葉からの魚雷四発の回避運動にかかっている間に距離を引き離されてしまった事もあってか、追ってくる事は無く反転して去っていった。

 

 

 深海棲艦を振り切って五分ほどでHUDとレーダー、通信全般が再び復旧し、先に離脱していた瑞鳳達とも何とか合流を果たせた。

 辛うじて被弾艦無しで終わったとは言え、偵察任務が阻害されて失敗に終わった事に愛鷹は唇を噛んで苦い思いを堪えた。

 航空偵察隊は何とか風向を基に方位を算出して全機が「盲目の海」から脱出し、瑞鳳に収容されていた。

 被害は無しに終わったモノの、深海棲艦に見事妨害と撃退を食らった結果になり、流石の愛鷹も気落ちしていた。

 意気消沈しているのがはっきり表れている愛鷹の背中に何と声を掛けたらいいか、と青葉が悩んでいると「ズムウォルト」の艦影が見えて来た。

 コマンチ1-1は既に帰投しており、ヘリ甲板から格納庫へ収容する作業が行われていた。

 自分達とはまた別にAEW機が何か情報を得ていたりしないだろうか、と青葉が格納庫内へと収容されるEV-38を見上げているとHUDに収容用意の表示が出た。

 第三三戦隊の七人が「ズムウォルト」のウェルドック内に入ると、艦尾のハッチが閉鎖され、バラストタンクの注排水が始まり艦尾側に傾斜していた「ズムウォルト」の姿勢が水平に戻る。

 ドック内の排水が終わる前に、ガントリークレーンで青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳の五人は一旦懸架され、ロボットアームが五人の靴底に取り付けられている主機や舵を取り外していく。外装型主機艦娘はこういった解除作業が艦娘母艦や基地のドックで必要となる。

 対して愛鷹と蒼月は内装型なのでその様な作業が必要なく、クレーンで艤装を取り外した後は靴から海水を滴らせながら作業甲板のデッキへと直に足を付けていた。

(ウェルドック排水作業完了)

(バラスト復元完了。全艦部署復旧、通常業務に戻れ)

 艦内アナウンスが響くウェルドックから第三三戦隊の一同はデブリーフィングの為にブリーフィングルームへと向かう。

 心なしか足取りが重くなっている愛鷹に青葉が無言で肩を叩く。元気がない顔を向けて来る愛鷹に青葉はこんな日も起きる事があると言う思いを込めて微笑んだ。

 

 ブリーフィングルームにはレイノルズとコマンチ1-1の乗員四名も来ていた。

 愛鷹が第三三戦隊の受けた「盲目」状態と言える今までに無い程の深刻な羅針盤障害の事を事細かく報告し終えると、レイノルズはコマンチ1-1の乗員(TACCO)の報告を聞く。

「愛鷹中佐の仰る通り、当機も完全に何も探知も通信管制も出来なくなりました。データリンクもダウンです。

 ただその今までにないレベルの強力な羅針盤障害の発生源の方角は特定する事は出来ました」

「発生源はどこから?」 

 TACCOの報告を聞いていた愛鷹が顔を上げて少し身を乗り出す。

 ノートPDAを操作してブリーフィングルームの大画面モニターに海図と探知した羅針盤障害の発生源の方角をTACCOが表示させる。

「方位二-八-〇、速力は最大で二三ノットで移動していました」

「二三ノット……ワ級が発揮できる速力と一致しますね」

 腕を組み、片手で顎を摘まんだ青葉が画面を見る目を細くする。

 ワ級と聞き愛鷹はソナーで探知した敵艦隊には確かにワ級の機関音が含まれていたのを思い出す。

 探知したワ級の機関音は二つ。一つはflagship級のワ級の機関音で間違いなかったが、もう一つのワ級の機関音は初めて聞くものでワ級の機関音に極めて類似した新種の機関音と言えた。

「ソナーで探知した敵連合艦隊はル級一隻とワ級一隻、ワ級に類似した機関音の艦一隻、ツ級一隻、ハ級二隻、PT小鬼群が六隻。

 艤装のAIS(自動船舶識別装置)の航法記録のデータをサルベージして見ないと分かりませんが、コマンチ1-1が検知した羅針盤障害の発生源の方角と一致するのであれば、敵連合艦隊のどれかの艦が羅針盤障害を引き起こしていた可能性が考えられますね」

 両腕を組んで考える愛鷹が自身の考えを口にした時、どうにも彼女の中でワ級の機関音に酷似した新種の機関音イコール青いオーラのワ級なのでは、と言う疑念が浮かび上がって来た。

 証拠はない、が状況的に見て可能性は極めて高い。青いオーラのワ級が艦隊にいてそのワ級の仕業だったとしたら?

「もしかしたら青いオーラのワ級は羅針盤障害を引き起こす電子戦型……とでもいうべきかしら……」

 愛鷹の呟きに夕張が素早く反応する。

「強力な羅針盤障害を引き起こす電子戦型のワ級、ですか。もしそうなら電子戦型ワ級を潰さないとこの海域での任務は始まりませんね」

「でも、電子戦型のワ級が必ずしもいると決まった訳でもないんじゃない?」

 そう反論する衣笠に夕張は頭を振って反論する。

「既に北海には新種のレ級flagship級や新型戦艦が投入されているのを考えれば、もう一種くらい新型艦艇が出てきていてもおかしくはないわよ。

 深海棲艦側としても国連海軍の反転攻勢で北海での勢力圏は縮小傾向にあるのだから、ここで新型艦艇を投入して戦線の崩壊を防ぎたいはず」

「出し惜しみ無しの総力戦を向こうも仕掛けて来ているって事か。確かに北海での深海棲艦も勢いは大分弱まって来てるよな。

 電子戦型のワ級とかを出してきて、広域に羅針盤障害を起こしてこっちのセンサー類を軒並み狂わせてこの海域でのイニシアティブを握ろうって算段なのかもな」

 深雪としても考えられる展開、状況を語る。

 ノートPCを使って自分のAISの航法記録を調べていた愛鷹は、サルベージした記録と海図を重ねて表示し答えを導き出した。

 羅針盤障害の発生源の方角とソナーで探知した敵艦隊の方位は同じ。

 仮にこの強力な羅針盤障害を引き起こす犯人が青いオーラのワ級、電子戦型ワ級だとする場合、問題はどうやってこのワ級を撃破するかだ。

 データリンクもダウン、通信もシャットダウン、方位も特定できなくなる。単なるジャミングの類いとは異なる現象だからECCM等でどうにかなる訳でもない。

「電測機器が使えなくても、ソナーは使えましたよね?」

 そう尋ねて来る青葉に愛鷹は無言で頷く。

「つまり『目』は見えなくても、『耳』は聞こえる。音を頼りに敵艦隊を探知して接近。攻撃、これしかないでしょう」

「でも敵の数はこちらの倍ですよ?」

 一二隻もいる連合艦隊編成の敵艦隊の頭数を指摘する蒼月に青葉は問題ないと首を振る。

「戦艦はル級一隻だけ。今の愛鷹さんなら充分に相手出来ます。残るはツ級が一隻、ハ級が二隻、PTが六隻。

 PTは回避と雷撃戦能力が極めて高いですけど、砲戦火力は雑魚のレベルです。それにワ級二隻を護衛しないといけない敵艦隊の都合を考えれば、『目が見えない』と言う一点を除けば攻撃に重点を置けるこっちが有利です」

「となれば、全員のソナーを少し手を加えておくのがいいかもしれないわね」

 夕張が自身のタブレット端末で第三三戦隊のメンバーのソナーの索敵能力を見て呟く。

「ソナーの改修をすると?」

 問いかける瑞鳳に夕張はその通りと頷く。

「全員の四式水中聴音機を愛鷹さんの零式水中聴音機と同レベルの索敵能力がある程度に引き上げる感じね」

「次の出撃の前にソナーの改修を行っておくとして、メンバーは引き続き固定か中佐?」

 それまで黙って聞いていたレイノルズが愛鷹に顔を向けて問う。

「通信系が軒並み使えないので、航空管制が出来ないと言うところを鑑みて瑞鳳さんは今度の出撃では外します」

「またお留守番ですか……」

「留守番も大事な仕事です」

 気落ちした声を上げる瑞鳳にいささか申し訳ない気持ちになりながらも、留守を守ることも大事だと彼女に言い聞かせる。

 それに戦闘救命士としての資格を持つ瑞鳳を待機状態にしておくことで、いざという時に備えられる。

 やる事が決まれば、後は実行に移すのみだった。

 デブリーフィングが終わるや夕張は「ズムウォルト」の艦内作業場に向かい第三三戦隊の青葉、衣笠、深雪、蒼月、それに自分のソナーの改修作業に取り掛かった。

 本来この手の仕事は普段明石達工作艦艦娘の仕事だが、今のこの場でそれと同じことが出来る艦娘は夕張しかいなかった。

 

 

 エンジニア数名と共にソナーの改修作業にかかる夕張から最短で四時間で仕上げると告げられた愛鷹は、船室に戻って仮眠をとることにした。

 他の艦娘も仮眠や食事等ひと時の休息を挟み、次の出撃に備えた。

 

 金属の歩行音を立ててUNAT一二機がかつては森林だった荒野を進む。

「まもなく攻撃ポイントに到達します」

 UNAT一番機のカメラから送られてくる映像が投影されたスクリーンとコンソールのモニターを交互に見ながら、技官がノルウェー方面軍地上軍旅団の司令部要員に告げる。

「さて、新型無人陸上兵器、どれくらいの実力を見せてくれるのか」

 両腕を組んでスクリーンを見まもる旅団長の言葉は、旅団司令部要員全員の思いでもあった。

 四足歩行無人自立機動兵器UNAT一二機が目指す先には、飛行場姫と砲台小鬼が防備を固める深海棲艦の陸上基地があった。

 この深海棲艦の陸上基地攻略の為にノルウェー方面軍の地上軍一個旅団が投入されて、一進一退の攻防戦を繰り広げていた。

 人員の損耗が激しくなってきた中、増援として、そして新兵器の実戦投入と言う面も含めて今回新型UGVであるUNATの戦線投入となった。

 一二機のUNATの武装は一二〇ミリ滑腔砲一門、七・六二ミリミニガン二門、四〇ミリグレネードランチャー二基、アクティブ防護システムと言う内容だった。UNAT自体は武装は施されておらず、状況に応じて装備されるオプション装備形式となっている。

「目標ポイントに到達、サーマルにて砲台小鬼六基を確認。交戦開始」

 淡々とモニタリングと管制を行う技官の声が旅団前線司令部内に上げられる中、一二機のUNATの一二〇ミリ砲が砲台小鬼に対して砲撃を開始する。

 レーザー測距装置で照準が合わせられた砲台小鬼に対してUNATの一二〇ミリ砲からHEAT-MP弾が撃ち出され、砲台小鬼四基に次々に着弾する。

 着弾する対戦車榴弾の直撃に砲台小鬼が悲鳴のような声を上げる中、次弾装填が終わったUNATが第二射を放つ。

 まだ狙われていない砲台小鬼が応射の砲撃を放つと、それを確認したUNATは図体に見合わず素早いステップで回避する。

 傍に着弾した砲弾に煽られる事も無く、UNATは体勢を立て直すと砲撃を放ち、砲台小鬼二基を更に撃破する。

 一二〇ミリ砲の発砲音が響く中、ミニガンとグレネードランチャーも発砲を開始し、被弾して炎上する六基の砲台小鬼に止めを刺す。

 ミニガンから電動鋸の様な発砲音を立てて無数の銃弾を浴びせられた砲台小鬼が、突如全身から炎が迸り、真っ赤な炎に包まれて砲台小鬼が次々に消滅していく。

 六基の砲台小鬼の全機撃破を確認したUNAT一二機は、引き続き飛行場姫への攻撃の為に前進を再開する。

「敵防衛ライン突破。飛行場姫本体への攻撃に移行します」

「UNAT、中々やるな」

 無人兵器は好かないモノの、結果として部下に死傷者を出さなくて済むUNATと言う新兵器に旅団長は複雑な思いを抱えながらも、その有用性を認めていた。

 迎撃に出た砲台小鬼が全滅した飛行場姫から、せめてもの抵抗として数機の戦闘機が発進して、UNATに機銃掃射を行うが、UNATの装甲はそれを弾き、逆にミニガンの対空射撃で一機を返り討ちにする。

 程なく飛行場姫本体を射程に捉えたUNAT一二機は全火器を飛行場姫に向け、砲撃を開始した。

 HEAT-MP弾、七・六二ミリ弾、四〇ミリ焼夷グレネードが雨あられと飛行場姫に浴びせられ、蜂の巣にされた飛行場姫が悶え苦しむ様にのたうち回る。

 被弾した地上施設が次々に爆散して破片を周囲にばら撒き、炎上していく中、飛行場姫自体も猛炎に包まれて地面に倒れ込む。

「あばよくそったれ……」

 カメラ映像を見つめる司令部要員の一人がいい気味だ、と言う顔で飛行場姫の最期を見つめた。

「飛行場姫に完全沈黙を確認」

「よし、第三大隊前進。飛行場姫が復活できない様に更地にしたところを確保せよ」

「了解」

 旅団長から前進指示を受けた大隊の車両部隊が動き出した。レオパルト2A7戦車を先頭に機甲部隊がUNATの切り開いた道を進み、飛行場姫がいた場所へと進撃する。

 燃え尽きて破片一つ残さずに消えた砲台小鬼六機がいた場所を通り過ぎ、撃破された飛行場姫が場所に大隊が到着した頃には飛行場姫や周囲の陸上深海棲艦施設は全て燃え尽きて、そこに基地があった程度の痕跡だけを残して全てが消えていた。

 

 

 夕張と「ズムウォルト」のエンジニアと手でソナーの改修作業が終わった第三三戦隊が再出撃をしたのは、予定よりも二時間遅れての事だった。

 改修したソナーは驚くほどに感度が良く、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月のヘッドセットからは海中の音がつぶさに分かる様になっていた。

「最大探知距離は前より三割増し、ってところかな。流石は夕張さん」

 ソナー表示に切り替えたHUDの表示を見る青葉が改修効果と夕張の技術力に感心する。

 第一戦速で前進する第三三戦隊を引き続きコマンチ1-1が空から管制していた。そのコマンチ1-1から羅針盤障害検知、の一報が入る。

(参照点より方位二-八-〇、移動速力二三ノット。敵針は〇-九-〇。障害レベル5。三分後に障害圏内に突入する。

 障害圏内に突入後は本機からの管制は出来なくなる。申し訳ないが以後は独力で戦闘を行ってくれ)

「了解」

 コマンチ1-1との通信を終えると、愛鷹はヘッドセットの通知ボタンから右手を離し射撃グリップに手を添える。

 通告通り三分後にはレーダー、通信系が全てダウンし、コマンチ1-1との連絡も、第三三戦隊同士での通信も出来なくなった。

 代わりに六人全員のソナーが索敵と敵艦隊の捜索に当たる。

 電子的に盲目にされても、音までは無力化されていなかったのは幸いだった。

程なくして六人のソナーに先の出撃で愛鷹が捉えた深海棲艦一二隻の推進音が聞こえて来た。

 音にすがって進路を変更し、前進する愛鷹達はハンドサインと発光信号を駆使して会話による聴音の阻害を防ぎつつ、艦隊内の意思疎通を取る。

 一番背が高い愛鷹の頭頂部、制帽の上に立って索敵警戒を行う見張り員が艦影を双眼鏡で捉えると、愛鷹に艦影見ゆを伝える。

「左二〇度、ル級らしき艦影見ゆ」

「戦隊。取り舵二〇。第二戦速」

 静かに、短く五人に指示を出しながら愛鷹は第一戦速から二戦速へ加速する。

 HUDに表示される機関音が大きくなるにつれて、愛鷹の目でもル級とツ級を含む深海棲艦艦隊の艦影が見えた。

「敵艦、見ゆ。全艦合戦準備、対水上戦闘用意!」

 戦闘配置を命じる愛鷹に、初めて青葉達が「了解」と唱和した返事を返す。

 すると、既に探知していたらしい深海棲艦艦隊から発砲音が轟いた。砲声からしてル級だけのようだ。

 確実に敵艦の艦影をこの目で捉えた状態での有視界戦闘が好ましい状況なだけに、愛鷹は射撃グリップの引き金を引きたい衝動にかられながらもそれを抑え、第三三戦隊に「最大戦速、二-八-〇度ヨーソロー」と指示を出す。

 先に発砲したル級の砲撃が艦隊の右舷側に着弾して水柱を突き上げるが、至近弾にすらなっていない。虚しく突き上がる水柱を横目に第三三戦隊は深海棲艦艦隊へと吶喊する。

 ル級の砲撃が続く中、見張り員妖精が「新たな敵艦見ゆ!」の報告を上げる。

 別個に交戦したネ級を含む艦隊か? と愛鷹が尋ねようとした時、「PT小鬼群六隻、急速接近中!」と見張り員妖精が叫ぶ。

PT小鬼群は回避と雷撃戦能力が極めて高い事で知られていた。過去に艦娘一個艦隊がPT小鬼群の大群の襲撃を受けて壊滅状態に追い込まれた事すらあった。

 先にこいつらを片してからか、と愛鷹が高角砲をPT小鬼群へ向ける。愛鷹の主武装である大口径の主砲はPT小鬼群を攻撃するのには向いていない。

 青葉、衣笠、夕張も主砲では無く、二五ミリ対空機関砲をPT小鬼群に向ける。一方、深雪と蒼月の主砲はPT小鬼群に有効なので二人は主砲の砲門をPT小鬼群に指向する。

 耳に触る笑い声の様な声を上げながらPT小鬼群が急接近してくる中、第三三戦隊は一斉に砲撃の火蓋を切った。

 浴びせられる砲火に、PT小鬼群は一斉に散開して回避運動にかかる。恐ろしく素早い機動性に第一射は全て虚空へと飛び去り、逆にPT小鬼群は魚雷を各艇二発ずつ発射する。

 強化されたソナーで魚雷群接近を探知した第三三戦隊が回避運動で全弾回避を図る中、ル級の援護射撃が第三三戦隊の周囲に着弾する。

 散布界はまだ広い。精度は荒いが、いずれ正確な位置に送り込んで来る筈。当たったら自分以外の艦娘は一発で中破ないし大破レベルの威力の砲撃を放つル級の存在に愛鷹は緊張感を噛み締めながら高角砲による射撃をPT小鬼群へ向ける。

 嫌らしい程にひょいひょいと砲撃を躱していくPT小鬼群だが、蒼月の長一〇センチ高角砲の砲撃が一艇を捉える。

 被弾してしまえば脆いPT小鬼群の一艇が一瞬にして轟沈する中、残り五艇が再び魚雷を放つ。PT小鬼群の様な機動力は無いものの、ソナーですぐさま探知した第三三戦隊はすぐさま回避、自分達に伸びて来る白い雷跡を全弾回避する。

 魚雷発射直後のPT小鬼群の動きが鈍った隙を突いて、深雪と蒼月が更に一艇ずつPT小鬼群を撃沈する。

「いいぞ、六対三だ。負ける筈ねえ!」

 主砲の次弾装填を行いながら深雪がにやりと笑った時、ル級の放った砲弾が深雪のやや近くに着弾する。

 流石に無視出来ない脅威であることに焦りを覚えながらも、愛鷹は何度目か分からない高角砲の砲撃をPT小鬼群へ向けて撃つ。

 深雪と蒼月を分離して、PT小鬼群に対応させ、自分と青葉、衣笠、夕張は深海棲艦艦隊本隊を攻撃するか、と一瞬考えるも方位がはっきりと分からない現環境下で艦隊を二分するのは悪手と判断し、まずはPT小鬼群の撃滅に専念する。

 青葉と衣笠の機関砲の砲撃でPT小鬼群一艇が被弾し、速力を落とすと、そこへ夕張の止めの砲撃が直撃し、PT小鬼群が更に一艇沈む。

 残り二艇のPT小鬼群は再び魚雷を発射するが、発射と同時にそれを探知した第三三戦隊の回避運動であっさり回避される。

 逆に深雪と蒼月の砲撃がPT小鬼群の残り二艇に着弾し始めると、一艇は艤装から激しく炎上しながら明後日の方向へと走り出し、もう一艇は火災の炎と黒煙を上げ、生き足を止める。白い水蒸気が黒煙に代わってその姿を包み隠し、六人のソナーに沈没していくPT小鬼群の艤装の破壊音が入る。

 操舵不能になってどこかへと走り去っていくPT小鬼群に止めはいらないと判断した愛鷹は、砲撃目標と進路を変更した。

 五分と経たずに第三三戦隊六人全員の目にル級一隻、ワ級二隻、ツ級一隻、ハ級二隻の艦隊が目に入る。

 射撃グリップを操作して目視による直接照準をル級に合わせた愛鷹は、五人に射撃指示を発令した。

「各艦、随意射撃。各個に撃ち方始め!」

「てぇーっ!」

 主砲艤装を構える青葉が射撃号令を発した直後、六人全員の主砲の砲門に発砲の火焔が迸った。

 




 感想評価ご自由にどうぞ。
 次回も第三三戦隊の戦いを描いていきます。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。

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