ブリーフィングルームに招集をかけられた艦娘二九名の艦娘を前に、支援艦「マナナン・マクリル」の艦長ハリソン大佐と副長のラップ中佐の二人が作戦指令書を片手に作戦前のブリーフィングを始める。
「作戦ブリーフィングを開始する。
国連海軍による北海の深海棲艦掃討戦もいよいよ最終局面を迎えた。我々は現有戦力全てを上げてフェロー諸島沖合の深海棲艦北極海艦隊に艦隊決戦による決着を試みる。
本作戦は四個艦隊を出撃させる。第一群は日本艦隊より大和、武蔵、高雄、矢矧、吹雪、叢雲、第二群は偵察及び艦隊前衛を担う第三三戦隊、第三群は北米艦隊、第四群は英独連合艦隊にて構成する。
まず、第三群のサラトガと第四群のヴィクトリアスの航空戦力をもってフェロー諸島における航空優勢の確保を第一段階の目標とする。
第二段階は確保された航空優勢支援の下、敵水上艦隊を捕捉、各個撃滅だ。今作戦では取り残し一つ無しの殲滅戦を司令部から命ぜられている。
最終的には艦隊決戦をもって敵艦隊掃討になると思われるが、敵が必ずしもこちらの思惑通りに動くと限らない。
そこで第二段階では前衛艦隊を務める第三三戦隊には空母大鳳と白雪、初雪を編入、敢えて艦隊の頭数を六の倍数外にして敵艦隊に早期捕捉される編成を逆利用し、敵艦隊を誘引。我が方の主力艦隊前面に敵艦隊主力を引きずり出してもらう。
第三三戦隊は相対的に敵艦隊からの攻撃が集中する事になる。心してかかってくれ」
深海棲艦に捕捉されない戦術、と言えば色々あるが、その内の一つに「艦隊の頭数を六の倍数で統一する」と言うのがある。
不思議な事に六の倍数で組んだ場合、深海棲艦に早期捕捉される可能性がそれ以外の数で組んだ時よりも相対的に下がると言う研究結果がある。六隻を艦隊編成上の一単位とするのはこれが理由だ。
第三三戦隊の様に七隻編成でも早期捕捉される可能性は低くなるが、七隻編成を一単位として七の倍数で艦隊編成の定数を増やすと深海棲艦に早期捕捉される可能性は極めて高くなる。
大鳳と白雪、初雪を編入する事で一〇人編成になる第三三戦隊は、この早期捕捉されるリスクを敢えて犯すことで誘蛾灯の様な役目を担う事になる。
敵艦隊が最初に差し向けて来る可能性があるのはやはり艦載機だ。ヲ級flagship級二隻から発艦した攻撃機や爆撃機が爆弾を抱えて押し寄せて来る可能性が一番高い。
その点、誘蛾灯の役割を担う第三三戦隊は迎撃に特化出来る為、艦娘側として事前に用意すべき装備構成が簡単になるメリットがあった。
「艦隊の配置状況に関してだが、まず前衛は第二群の第三三戦隊。その後ろに第一から第四群の全軍を展開させる。
第三三戦隊と後方の三群との距離は相互支援が容易な距離一五キロを維持する様に。
この海域では敵の潜水艦隊が多数出現している。対空警戒と共に対潜警戒を厳にするよう努めてくれ」
「第三三戦隊を誘蛾灯として扱うとして、おびき寄せた深海棲艦をどう攻略していくかですね」
艦隊総旗艦を任される大和が腕を組んでブリーフィングルームの大画面モニターに表示される海図を注視する。
「敵の本隊主力艦は新型戦艦一隻、ヲ級flagship級二隻、ネ級elite級二隻。このうち新型戦艦の装甲がどの程度強靭なのかは不明。
ちまちまと通常砲戦していたら狙いすました一撃を貰ってこちらが大破、と言う事もあり得るな」
隣の武蔵が語る言葉に大和は頷きながら、新型戦艦の装甲くらいは大和型のデータリンク特殊砲撃で何とかなるかも知れない、と踏んでいた。
問題は特殊砲撃を行えるまでに至れるかである。大和か武蔵のどちらかが新型戦艦との交戦前に大破してデータリンクが接続できなくなれば、特殊砲撃に賭けた話はご破算だ。
一応ワシントンとビスクマルク、愛鷹もデータリンク接続で管制下に入れられとは言え、再接続にはある程度の時間がかかる。再接続中にワシントン、ビスマルク、愛鷹も撃破されてしまったら、ノーガードの殴り合いで決着をつけるしかない。
艦載機による航空攻撃は勿論却下だ。随伴艦の対空戦闘能力はもとより、新型戦艦自体の対空戦闘能力が極めて高いから、サラトガ、ヴィクトリアスの航空団が最悪全滅する可能性すらある。
「可能な限り多数の随伴艦を減らす事が重要ね。幸い深海棲艦には新型戦艦以外に戦艦がいないわ。水上砲戦火力ではこちらが圧倒出来ている。
航空戦力もヲ級flagship級二隻に対してこちらは対艦攻撃に用いる事が出来る空母が最低三隻もいる。航空優勢の確保さえ出来れば、航空攻撃で敵艦隊を削り落とす事も可能ね」
「私の航空戦力ですが、第三三戦隊にて誘蛾灯の役割を果たすと言う作戦綱領の関係上、今回は艦載機戦力の大半を戦闘機で固める必要があるので、実質対艦攻撃可能な空母の数はサラトガさんとヴィクトリアスさんの二人に留まります」
忠告する様に口を挟む大鳳に大和は心得ていますと頷く。
こちらが取れる戦術は、第三三戦隊に敵の航空攻撃を集中させ、敵艦載機戦力を削り落とし対艦攻撃が出来なくなるまで消耗させ、敵艦隊の打撃力の片方を削ぐ、と言うモノが最初の一手となるだろう。
当然ながら第三三戦隊には激しい爆撃が降り注ぐことになる。ある意味では被害担当役と言える。
初手からまずは第三三戦隊が深海棲艦の航空攻撃を一手に引き受け、他の三群に被害を一切出さなければそのあと反転攻勢で一気に敵艦隊を押しつぶせるかもしれない。
第三三戦隊には面倒な役を押し付ける事になるが、これが一番の作戦だろう。
「誘蛾灯の役割を担うだけに、こちら(第三三戦隊)の被害も一番多くなるかも知れないですね」
それまで黙って聞いていた愛鷹がため息交じりに呟く。
溜息を吐く愛鷹の横顔を見て、胸の内に申し訳なさを覚えながらも敢えて大和は何も言わなかった。
彼女なら分かってくれる。分かった上で最善の行動を取って皆を生還させてくれるだろう。
ブリーフィング終了後、作戦開始時刻までに全艦娘が「マナナン・マクリル」から発艦し、作戦位置へと前進した。
前衛を務める第三三戦隊の先頭を切る愛鷹は腕時計で作戦開始を確認すると、航空艤装を展開してヒットマン、ドレイクの二小隊を上空直掩隊として発艦させた。
瑞鳳と大鳳からも烈風改二が八機ずつ発艦して戦闘空中哨戒に当たる。青葉からは対潜哨戒の瑞雲が発艦し、対潜哨戒網を構築する。
後方に控える「マナナン・マクリル」からはEV-38コンドルアイ、コールサイン・バードアイが発艦して艦隊の早期警戒管制に着いた。
戦隊旗艦愛鷹を含めて青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪、瑞鳳、大鳳の計一〇名からなる第三三戦隊は第三警戒航行序列を組んで対空迎撃の構えを取る一方、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪の五人はソナーによる対潜警戒にも注意を払っていた。
天候は晴れだが、雲が微妙に多目で敵機が隠れる事の出来るサイズの雲がいくつも浮かんでいる。愛鷹の艤装の対空レーダーなら余裕で補足出来るが、他のメンバーの対空電探は雲の影響で探知しづらい様だった。
それに加えて早くも羅針盤障害が発生して、レーダーの探知距離も微妙に狭まっている。今のところ障害レベルは1だが、この後増大するかもしれない。
第三三戦隊が事前に収集した敵艦隊の情報は全員周知済みではあるが、愛鷹としては気が抜けない。沖ノ鳥島海域での艦隊戦の際、土壇場でス級が増強されていた事が判明し、それが原因で艦隊が壊滅、スプリングフィールドが撃沈戦死し、艦隊も潰走を余儀なくされた。
このフェロー諸島一帯に知らぬ間に深海棲艦の増援が来ているかもしれないと思うと、緊張感が否応なく胸の中で高まる。
レ級flagship級や電子戦型ワ級、そして新型戦艦と新型艦艇を複数投入して来ている深海棲艦なだけあって、どんな奇行や奇策を打ち出してくるかも分からない。
もっとも深海棲艦とて無尽蔵の戦力を持っている訳では無い。もし無尽蔵の戦力があるならそれをもって補充し続ける事で日本艦隊の増援すらも退けていた筈だ。高度な戦略的後退をしたのではないか? と言う疑念も無くは無いが考え過ぎても始まらないと首を振って、今取り掛かっている作戦に専念する事にする。
作戦海域に進出して三〇分後、コンドルアイから敵機補足の報が第三三戦隊と後続の艦隊へ告げられる。
(レーダーコンタクト、敵編隊を捕捉。機数四八機。参照点より方位三-五-〇。第三三戦隊へ向け接近中)
「来たか……第三三戦隊全艦、対空戦闘用意!」
「対空ぅ戦闘よぉーい!」
戦闘用意を発令する愛鷹に続いて青葉が復命の声を張り上げる。
対空戦闘用意が発令されるや、第三三戦隊のメンバーはそれぞれの得物を構え、対空迎撃の構えを取る。
対空迎撃の構えとなる輪形陣の中心に瑞鳳と大鳳を置き、先頭を愛鷹、殿を夕張、右翼に青葉、深雪、蒼月、左側に衣笠、白雪、初雪が布陣しそれぞれの主砲を空へと向ける。
第三三戦隊が対空迎撃の構えを取る中、愛鷹、瑞鳳、大鳳から発艦した二四機の戦闘空中哨戒部隊が深海棲艦の攻撃隊を迎え撃ちに向かい、更に増援の烈風改二が瑞鳳から一個小隊四機、大鳳から二個小隊八機上げられる。
合計三二機の迎撃機隊が四八機の深海棲艦攻撃隊へ接近すると、護衛の艦載機が編隊から離脱、加速し 烈風改二へと果敢に立ち向かっていった。
しかし、その数は迎撃機部隊の半分にも満たない。
(ヒットマン1から全機、前方方向にボギー確認。機数一二機、エンゲージ!)
(ドレイク1エンゲージ)
迎撃機部隊の戦闘機各機が「エンゲージ」をコールすると、スロットルを開き、加速して向かってくる深海棲艦艦載機へ攻撃を開始する。
相手は深海猫艦戦改、タコヤキだ。赤いオーラを纏う一種の上位種でもあった。
蒼空に烈風改二の機関砲の銃撃音が走り、それが合図となって空中戦が始まった。エンジンの咆哮と機関砲の射撃音が空に飛び交い、タコヤキの全力旋回の音と応射する機関砲の砲声がそれに交じる。
二機一組の編隊を組んで数で押す烈風改二にタコヤキ側も二機一組の編隊で応戦を試みるが、烈風改二側は数の有利を生かし、囲い込む。
烈風改二の編隊の後ろを取ったタコヤキの後ろを別の烈風改二の編隊がとって攻撃の機会を与えない内に、タコヤキ側は更に別の方角から飛来した烈風改二の攻撃を受けて撃墜される。
押されるタコヤキ側も懸命に応戦するが、烈風改二のキレのある機動で放たれた曳光弾はことごとく虚空を掻いていく。
狙われていた烈風改二が回避機動している間に別の烈風改二がタコヤキを横から狙い撃ち、機体に二〇ミリ弾の破孔を突き開けて行く。被弾したタコヤキが黒煙を引きながら高度を失って眼下の海上へと落ちて行く。
護衛の戦闘機隊であるタコヤキを次々に撃破し、防御網を突破した烈風改二が深海棲艦攻撃機部隊に襲い掛かる。
深海地獄艦爆、深海復讐艦攻に群がった烈風改二が二〇ミリ機関砲の砲口に発砲炎を瞬かせ、銃火を攻撃機に浴びせる。
被弾した二種類の攻撃機が黒煙を吹きながら制御を失って高度を落としていく。右に左に懸命に回避運動を取る艦爆、艦攻の背後を身軽な機動で奪った烈風改二が銃撃を浴びせる度に艦爆、艦攻が落ちて行く。
貪り食われ、溶け墜ちる様に数を減らしていく深海棲艦の攻撃機部隊だったが、烈風改二がタコヤキとの戦闘で弾薬を損耗しすぎていたのもあって攻撃継続が困難になった烈風改二が逃した六機の艦爆と、四機の艦攻が最終的に生き残ってしまった。
弾薬を使い果たしてしまった烈風改二が取り残した一〇機の深海棲艦攻撃機隊をHUDで確認した愛鷹は、射撃グリップを操作して主砲を攻撃機が飛来する方向へと指向する。
仰角を取って砲身を持ち上げる第一、第二主砲が左舷側を指向し、その間に揚弾機が砲身内に三式弾改を装填する。
「目標補足。主砲三式、左対空戦闘! CIC指示の目標」
HUDで波の動揺やコリオリ偏差など射撃諸元を修正し、照準を合わせた愛鷹は凛と張った声で射撃号令を下した。
「撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」
五回の連続した砲声が海上に轟き、愛鷹から撃ち放たれた五発の四一センチ三式弾改が空中を飛翔していく。
発砲した主砲が砲身を下ろし、腔内の発射ガスを放出する。
次弾装填を行わせながら愛鷹はHUDに表示される着弾までのカウントダウン表示を見つめた。
CIC妖精もモニターに表示されるカウントダウンを見つめ、一〇秒前になった時に「着弾まで一〇秒!」とヘッドセットに吹き込み愛鷹に知らせる。
「インターセプト五秒前、スタンバイ……」
五秒後に彼方の虚空で愛鷹の放った三式弾改が炸裂するのが微かに見えた。愛鷹と蒼月の鷹の様に高い視力の目がその爆破閃光を視認する。
対空レーダーに表示される攻撃機が三機にまで数を減らしていた。
三機に減った攻撃機だったが、攻撃の意思は固いのか反転する事無く低空へと降下し始める。その機動から愛鷹は残存する三機すべてが艦攻だと見抜いた。艦爆は全機撃墜したが、艦攻が三機生き残っていた。
低空に降りられるといささか厄介だ。近接信管が海面に乱反射して誤作動しかねない。如何に早期に始末出来るかは防空艦である蒼月と左翼を固める衣笠、白雪、初雪の技量次第だ。
射程に捉えた蒼月の長一〇センチ高角砲が早くも砲撃を開始する。低空を飛行する艦攻に対して蒼月の長一〇センチ高角砲も水平射撃で弾幕を展開する。
機体の周囲に近接信管の爆発の爆炎が無数に咲き乱れ、海上に爆破した長一〇センチ高角砲の対空弾の爆発音が何度も何度も響き渡る。
一機が直撃を受けて爆散し、海上へ四散した機体の残骸を投げ込む。二機目は至近弾で機体を穴だらけにしながらもなんとか機体を持ち直し、遠めに魚雷を投下し離脱する。
残る一機は二機目が攻撃を引き付けている間に第三三戦隊へと肉薄を続けるが、白雪と初雪の主砲対空射撃の十字砲火を浴びてあえなく爆散して果てる。
二機目が投下した魚雷は愛鷹が発した回避運動指示に従って第三三戦隊全艦が統率の取れた回避運動を行った事で外れ、近接信管を作動させる事も無く虚しく海中を進んでいった。
全機撃破を確認すると、愛鷹は弾薬を使い果たした戦闘空中哨戒隊に補給の為の帰還を命じる一方、別動隊を発艦させるよう瑞鳳と大鳳に指示する。
「なんか、あっさり終わったわね」
「毎回これくらいの加減の方が楽でいいですよ」
砲声が止んで静かになった海上で夕張は撃墜したタコヤキ艦攻の残骸が海上に漂うのを見ながら呟くと、右手に持つ航空艤装を右肩に置いて大鳳が夕張に返す。
それは確かにそうだが、案外あっさり終わり過ぎると肩透かしを食らった気分にもなるだけに、夕張としては張り合いがない様にも感じてしまう。
第二波は来るだろうか、と愛鷹が空を睨み上げていると、彼女のソナーに反応が出た。
「やっぱり隠れていたわね……」
HUDの表示をソナーモードに切り替えて、そのエコーを見つめて愛鷹は眉間に皺を寄せた。潜水艦だ、恐らく事前に確認した潜水艦隊で間違いないだろう。
ヘッドセットに片手を当てて耳を澄ませる。ソナーモードにしたヘッドセットから聞こえてくるのは自分達の機関音ばかりで聴音が難しい。
「全艦両舷前進原速、赤二〇。対潜戦闘用意」
陣形を対潜陣形である第一警戒航行序列に変えても良かったが、対空警戒陣形である第三警戒航行序列でも対潜攻撃能力に影響が出る訳でもないので、陣形はそのままに対潜戦闘部署を発令する。
夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪がその手に対潜爆雷を構えてソナーモードに切り替えたヘッドセットに耳を済ませる中、青葉から発艦した瑞雲12型二機が第三三戦隊の周囲に飛来し、対潜警戒飛行に入る。
片方がMADで潜水艦を探知し、もう一機が翼下の爆雷の安全装置を解除し、対潜爆撃態勢に入る。
海上に吹き流れる風の音以外、誰も声を発さない中、MADで位置を正確に評定した瑞雲12型二機が爆雷を海中へと投じる。
海上に二つの水柱が突き上がり、一つが黒い油交じりの濁った色の水柱となって突き上がる。潜水艦一隻を仕留めたのは確実だ。
爆雷二発の爆発音で海中の音が攪乱され、聴音が困難になる中、減速した第三三戦隊に合わせて後方の三群の艦隊も減速する。
暫くして海中の音が静まった時、愛鷹がソナーモードに切り替えているHUDの表示を見ていると、それに表示されるソナーの反応に肌が粟立つのを感じた。
「敵潜水艦探知、数は……」
ヘッドセットに手を当てて聴音する青葉も言葉を失って続く言葉が出ない。
「なに、どうしたっていうのよ?」
青葉程ソナーの感度が良くないだけに状況が分からない衣笠が青葉に先を促すと、青ざめた顔で青葉は答えた。
「潜水艦だらけだよ……探知出来るだけでも一一隻」
「まさか、この海域に展開していた全潜水艦が寄って来たって事?」
緊張した表情で瑞鳳が海中を見やった時、愛鷹の艤装上で海面監視をしていた見張り員妖精が叫んだ。
「機雷を確認! 浮遊機雷だ!」
「全艦、機関停止!」
咄嗟に機関停止を叫ぶ愛鷹の脳裏に、キース島からの帰り道、機雷に触雷して大破し、その直後潜水艦の魚雷攻撃を受けて撃沈戦死した駆逐艦娘ヴィクトールの顔が過った。
第三三戦隊の一〇名の艦娘の艤装から機関停止を告げるエンジンテレグラフのベルが鳴り、一同はその場に停止した。
見張り員妖精だけでなく、愛鷹も双眼鏡を手に前方の海上を凝視する。黒い点の様なものが複数、いや多数海上に浮遊しているのが見えた。
誰かが触雷する前に機雷源が前方に広がっているのが分かっただけまだましではあるが、前進を封じられた第三三戦隊の周囲には潜水艦隊が群がりつつある事に愛鷹は焦りを覚えていた。
動きを止めた第三三戦隊の左右両翼に回り込む様に深海棲艦の潜水艦が寄って来ているのがソナー越しに聞こえて来る。
「左に五隻、右に六隻」
ヘッドセットに手を当てて聴音に耳を澄ませて敵潜水艦の展開状況を確認すると、さてどうするか、と思慮を巡らせる。
機雷源を回避すべくどっちかに転進しても、左右どちらかの潜水艦隊からの魚雷攻撃に身を晒すことになる。
数が少ない左手に転進して、対潜攻撃でごり押しするか、と考えるもその数の差を補う様に潜水艦隊はヨ級flagship級を三隻含む。雷撃戦能力の高い敵を正面から強行突破するのはリスクが大きすぎる。
「意見具申いいですか?」
ふと青葉がヘッドセット越しに愛鷹に意見具申を求める。
「何でしょう?」
「機雷源は浮遊機雷なんですよね? 艦隊の陣形を第一警戒航行序列に切り替えてありったけの火力を機雷源に投射して啓開航路をこじ開けてそこから潜水艦隊の背後に回り込むと言うのは?」
「それで行きましょう。艦隊全艦陣形転換、第一警戒航行序列へ移行後水上砲戦用意! 全火力を海上へ投射」
了解、の唱和した返事が返され、即座に第一警戒航行序列へと陣形転換した第三三戦隊の内、瑞鳳と大鳳以外のメンバーは海上へ砲門を指向すると愛鷹の攻撃指示と同時に一斉砲撃を海中へと撃ち込んだ。
前方で誘爆した機雷源が爆発し、水柱のカーテンを突き上げる。
「そう簡単に切り開けないか」
誘爆した機雷を見て愛鷹は唇を噛んだ。目視で確認出来た機雷で爆発したのは最前列の機雷だけだ。
足止めを食らっている間に、敵の潜水艦隊が両翼から挟撃を行えるポジションに着ける時間が稼がれてしまう。一刻も早く機雷源を突破しなければ、と胸中で呟きながら愛鷹は第二斉射を海中へと撃ち込む。青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪の主砲の砲声がそれに続き、放たれた大小の砲弾が海中へ飛び込んで爆発する。
再び海中で爆発が起こると同時に海上に誘爆した機雷の爆発の水柱がカーテンとなって突き上げる。
砲撃を継続する青葉はヘッドセットに手を当てて自分の航空隊との通信を開くと、対潜攻撃を要請した。
「敵潜水艦隊は、第三三戦隊の左右両翼から挟撃を試みています。敵速は遅い、正確に狙い撃ちして第三三戦隊が機雷源突破までの時間稼ぎを」
「了解」
瑞雲12型各機から復命の返事が返され、四方に散っていた青葉の瑞雲12型が戻って来る。
身動きが取れなくなっている第三三戦隊の周囲を起点に、瑞雲12型が海中へとソノブイを投じ、MAD探知を試みる。
探知出来次第、瑞雲12型が爆雷を投じてヨ級elite級二隻を撃沈するが、flagship級のヨ級は対潜爆撃に耐えてしまった。傷ついた船殻から酷い航行音を立てながらも、前進し続ける。
元々ヨ級flagship級の船殻の耐久性は硬い方なだけに、瑞雲12型の対潜爆雷では直撃しない限りは若干威力不足な面があった。
それでも第三三戦隊を左右から挟撃しようとしていた潜水艦ヨ級の艦隊は対潜攻撃で各艦が損傷を受けた結果前進速度が低下し、結果的に第三三戦隊が機雷源に啓開航路を作る猶予を生んでいた。
第三斉射を海中に撃ち込み、手ごたえを感じた愛鷹は第四警戒航行序列に陣形を切り替えさせると、即座に第一戦速に加速して第三三戦隊の先頭を切って機雷源に出来た「啓開航路」を突き進んだ。
離れずに付いて来る第三三戦隊のメンバーに一瞬振り返ってその無事を確認する。
潜水艦隊に位置を教えてしまうのを覚悟で、アクティブソナーの短信音を放ち、機雷の展開状況を把握すると自分達の左右両側に機雷がそれぞれ八発ずつあるのが分かった。正面には機雷の反応は無い。
「行けます、突破口開けました!」
HUDで共有した機雷源の状況を見て青葉が弾んだ声を上げる。
ここで即座に愛鷹は夕張と白雪、初雪を右翼、深雪、蒼月を左翼の深海棲艦潜水艦隊へ向かわせた。
「夕張さんは白雪さん、初雪さんと共に左翼の敵潜水艦を、深雪さん、蒼月さんは右翼の敵潜水艦を攻撃。青葉さんは瑞雲で両隊の援護を」
「了解」
唱和した返事が六人から返される。
二手に分かれ、左右の敵潜水艦を後背から攻撃しにかかる第三三戦隊の仲間を見送った愛鷹は、残る青葉、衣笠、瑞鳳、大鳳と共にその場で待機に入る。
すると突然、ヘッドセットからコンドルアイから緊急警告が入って来た。
(第四群に緊急警告、敵艦隊一二隻が急速接近中。参照点より方位一-八-五、距離一万。第四群は直ちに迎撃態勢に入れ)
双眼鏡で見る水平線上の先に一二隻の艦影を確認したユリシーズは、その中に深海棲艦北極海艦隊の新型戦艦が含まれているのに気が付いた。
「敵本隊が打って出て来たか……やらせるか、戦闘用意!」
主砲を構えて迎撃態勢に入るユリシーズが前に出るとそれに続いてビスクマルク、プリンツ・オイゲン、アドミラル・グラーフ・シュペーも迎撃の構えを取る。一方、マックス・シュルツはヴィクトリアスに随伴して退避を試みていた。
水上砲撃戦装備を持たない空母であるヴィクトリアスは砲戦の的にしかならない。上げられる艦載機を上げて敵艦隊を迎撃しようにも彼女の航空団の搭載機数では対空砲火で全滅しかねない。
「アドミラル・グラーフ・シュペーよりバードアイへ。第一、第二、第三群に救援要請。我、これより敵主力艦隊と交戦に入る、可及かつ速やかなる増援を求む」
ヘッドセットに増援を要請するシュペーにバードアイから(了解、直ちに向かわせる)と応答が返される。
味方が来るまで自分達は遅滞戦闘に徹する事になるが、数で圧倒的に不利だ。新型戦艦一隻以外に敵艦隊は水上砲戦に参加できないヲ級flagship級を除いてもネ級elite級二隻、へ級flagship級一隻、ツ級一隻、ナ級elite級二隻、ハ級後期型三隻がいる。
どれだけ持ちこたえられるか、とシュペーがじわりと焦りの汗を額に滲ませる。
前進して来る新型戦艦の艦隊に対して、長射程の主砲を持つビスクマルクが最初に迎撃の砲撃を開始する。
「Feuer!」
その一声と共に彼女の三八センチ連装主砲四基が砲声と砲煙を放つ。FuMOレーダーで照準を合わせられた主砲から打ち出された三八センチ徹甲弾が空中を飛翔していき、敵艦隊の前衛を務めるへ級とツ級の傍に着弾の水柱を突き立てる。
遅れてシュペーも彼女のFuMOレーダーで測距したナ級に対して、彼女の艤装に備えられた二八センチ三連装砲二基の砲口に発砲の砲煙を迸らせる。
「ナ級に魚雷を撃たれたら厄介よ! ユリシーズ、プリンツ・オイゲン、ナ級に火力を集中して! それ以外は私達が抑える!」
「Jawohl!(了解)」
ドイツ人のプリンツ・オイゲンと共にユリシーズもドイツ語で復命すると、二人はそれぞれの主砲をナ級へ指向した。
主砲の射程に先に捉えたプリンツ・オイゲンのSKC/34 六五口径二〇・三センチ連装主砲が火を噴き、空中に徹甲弾を飛翔させていく。遅れてユリシーズの五・二五インチ(一三・三センチ)連装両用速射砲が砲撃を開始する。
プリンツ・オイゲンの少しばかり幼さを感じさせる声の「Feuer!」に続いて、ユリシーズの「Shoot!」と言う鋭い声が発せられると、二人の艤装の主砲が発砲し、徹甲弾をナ級へと打ち出していく。
深海棲艦もネ級elite級二隻とへ級、ツ級が砲撃を開始し、ビスマルクとシュペーの周囲に至近弾を撃ち込んでいく。林立する水柱を突き破って二人が姿を現すと、「Feuer!」の号令一過、三八センチと二八センチの二種類の砲声が轟く。
ナ級に対して猛砲撃を加えるプリンツ・オイゲンとユリシーズに、狙われるナ級も主砲の砲火を艤装上に瞬かせ、打ち出された砲弾を二人へと飛ばしていく。
強力かつ精度の高いレーダーを備えたナ級らしい精度の高い砲撃がプリンツ・オイゲンとユリシーズの二人に降り注ぐ。回避運動で砲撃を躱しつつ二人はナ級へ応射を放つ。
レーダーの精度で言えばユリシーズもナ級に劣らない。いや彼女にはナ級のレーダーに自身のレーダーが劣る訳がないと言う一種の自信があった。それを裏付ける様に彼女の砲撃はナ級のすぐ傍に次々に着弾していた。直撃弾は得られていないが、ナ級が高脅威となりえる最大の要因である魚雷攻撃に入らせられていないだけ優勢と言ってよかった。
砲撃を継続するユリシーズだったが、彼女の艤装内のCIC妖精がレーダーで捉えた対空目標を見て警報を彼女に上げる。
「敵艦隊の後続の空母より、小型機多数発艦!」
「Shit! この忙しい時に」
普段戦闘中に唱えている神への祈りもこの時は口にする暇もなく、ユリシーズは即座に対空戦闘部署を発動し、ナ級へ向けていた注意を空にも向ける。
距離がそれほど離れていないだけに、ヲ級flagship級二隻が放った攻撃機は直ぐに飛来した。レーダーで確認できただけでも五〇機はいるだろうか。
「ユリシーズ、エアカバーをお願い! 私はナ級を攻撃するよ!」
「任された!」
対空戦闘能力に置いて自身よりユリシーズの方が上手なのを承知しているプリンツ・オイゲンからの頼みを承服したユリシーズは、対空弾を装填した主砲を空へと向けて対空射撃の構えを取る。
深海棲艦の艦爆と艦攻をその碧眼で捉えたユリシーズが「Shoot!」と叫ぶや、五・二五インチ連装両用速射砲が対空射撃を開始する。
四〇ミリポンポン砲と二〇ミリ機関砲も空へ向けて射程に入るまで待機させる中、弾幕を張るユリシーズの砲撃で艦爆二機が速くも被弾する。
黒煙を引きぐるぐると回転しながら海上へと落ちて行く艦爆を尻目に残る艦爆と艦攻は攻撃態勢に入る。高度を上げて急降下爆撃のポジションへ向かう艦爆に対し、艦攻は低空へと降下して腹に抱える魚雷の投下ポジションを取りにかかる。
「弾幕を張れ! 近づかせるな!」
ユリシーズの叫び声に反応する可能ようにポンポン砲と二〇ミリ機関砲が対空射撃の火箭を空へと放つ。
空一杯に彼女が放った主砲の対空弾の炸裂する砲声が響き渡り、そこへ対空機関砲の連射音が入り混じる。
濃密な弾幕を張るユリシーズの対空射撃によって艦爆三機、艦攻二機が燃える火球と化して果てるが、敵機は怯む事無く進撃して来る。
一〇機ほどの深海棲艦の艦爆がプリンツ・オイゲンへと急降下爆撃を開始し、ユリシーズに対しても四機の艦爆と六機の艦攻が爆弾と魚雷を投じる。
彼女の二センチ四連装Flak38が対空射撃を開始して爆弾を投じる艦爆へ牽制射撃を加え、爆弾投下コースをずらしにかかるが艦爆は臆することなく彼女へ次々に爆弾を投下して機首を引き上げ離脱していく。空気を切り裂く口笛の様な甲高い音を立てて、プリンツ・オイゲン目掛けて深海棲艦の艦爆が投じた爆弾が迫る。
「回避しろプリンツ・オイゲン!」
対空射撃をしながらユリシーズが叫んだ時、プリンツ・オイゲンの艤装に爆弾命中の爆破閃光が走り、彼女の上げる悲鳴が爆発音に交じって上がる。プリンツ・オイゲンに当たった爆弾は一発だけではない。二発、三発と直撃と爆発の轟音が響き、火焔と黒煙に華奢な体が包まれていく。
「畜生!」
確認出来るだけでも三発の爆弾を被弾したプリンツ・オイゲン救援に直ぐに向かいたい気持ちを抑え、ユリシーズは自身を狙った航空攻撃の回避を試みる。
艦爆と艦攻合計一〇機の爆撃と雷撃に晒されたユリシーズは、咄嗟に機関部を不完全燃焼させ、煙突から黒煙を吹き上げさせ煙幕を展開し始める。右に舵を切って被弾して動きを止めたプリンツ・オイゲンを取り囲む様に一周して煙幕のカーテンを張る。
一通り煙幕を展開し終えると、ユリシーズはビスクマルクに被害報告を上げる。
「こちらユリシーズ。プリンツ・オイゲン被弾、確認出来るだけでも爆弾三発を被弾。現在本艦も応戦中」
(了解、身の安全を優先して頂戴。こちらはこちらで何とかするわ)
ラジャー、とユリシーズが返した時、彼女の周囲に煙幕によって外れた急降下爆撃の爆弾が着弾した。
右舷側の少し離れたところに三発着弾して高い水柱を突き立てる。残る一発は? と耳を澄ました時、頭上に急激に爆弾が接近する轟音が響き渡った。
「拙い!」
咄嗟に防護機能を最大出力で展開するも一瞬間に合わず、彼女の艤装に艦爆が投じた爆弾が命中した。
煙幕を張っていた煙突の一本が根元から吹き飛び、激しい衝撃が彼女を突き飛ばす。
「被害確認!」
CIC妖精に被害報告を求める彼女の口に、破壊された煙突から漏れ出す排煙が流れ込み、吸ってしまった排煙にユリシーズは激しく噎せ込んだ。
「第一煙突及び排煙装置大破、火災発生!」
艤装で発生した火災と破損した煙突と排煙装置から漏れ出す煙が容赦なくユリシーズを襲う。煙幕を展開したばかりとあってまだ機関部は不完全燃焼を続けており、大量の黒煙が煙突基部から漏れ出し諸にユリシーズを包み込む。
煙を吸って噎せるだけでなく、目も開けてられない状況だ。いっそ艤装だけでなく身体にも破片が刺さるなりの直接的な被害が及んでいた方がましでもあった。
「き、機関、停止……」
激しく噎せながら排煙を止めるにはこれしかないと機関停止を喘ぎ喘ぎに指示する。ダメコン妖精が艤装内から飛び出して来て、火災箇所への消火作業に取り掛かった。
敵だけでなく排煙とも戦わねばならないユリシーズのヘッドセットにCIC妖精が更に厄介な一報を入れる。
「アズディックに反応あり、敵艦攻が魚雷を投下した模様!」
「ほ、方位……は……!?」
「方位二-〇-一から三発、三-五-〇より三発、敵針はそれぞれ本艦に向かってきています」
煙突と排煙装置が壊れてまだ不完全燃焼させた時の排煙が出ている中、機関部を起動させれば今以上の排煙に包まれて一酸化炭素中毒になりかねない。だが、機関部を起動して回避運動しなければ魚雷を全弾食らって轟沈しかねない。
ええいままよ、と機関部を強引に起動させてユリシーズは魚雷の回避にかかる。ぼっと排煙が噴き出したが、ようやく通常燃焼に戻ったのと航行を再開した結果煙が後ろに流れた結果、ユリシーズは煙の中から脱する事が出来た。
背後を振り返ると彼女の背中を回避した魚雷六発が通り過ぎていく。そのまま破壊された第一煙突を見て派手に開いている破孔を見てユリシーズは顔をしかめた。
「でかい穴が開いたな……」
また咳き込みながら、ユリシーズはプリンツ・オイゲンの救援に向かった。
幸い、プリンツ・オイゲンの被害は主砲二基が大破していたものの身体そのものはそれほど深刻な怪我はない様で、自分でファーストエイドキットの包帯を巻いていた。
「プリンツ・オイゲン、怪我は」
「私は大丈夫。それよりユリシーズはビスクマルク姉さまのところへ」
「……分かった」
深海棲艦の艦隊は艦娘の巡洋艦二隻が被弾して応射が止むと、止めを刺すことなくビスマルクとシュペーへ向かっていた。
金属のけたたましい音と共にネ級の砲撃を装甲ではじき返したビスクマルクは、圧倒的に不利な状況下でシュペーと共に懸命に応戦を続けていた。
バードアイからは他の艦隊が向かっていると言う報告が入っていたが、第二群の第三三戦隊は別動隊の奇襲を受けて応戦中らしい。
「敵の作戦にはめられたわね……」
三八センチ主砲をネ級に向けて放ちながら、ビスクマルクは深海棲艦の取った作戦を汲み取っていた。
前衛として前に出した第三三戦隊を用いて深海棲艦を誘き出そうとした国連海軍と思惑とは裏腹に、深海棲艦は第三三戦隊を無視して一個艦隊の数で劣るビスクマルクら第四群を始めに艦娘艦隊の主力を直に本隊の戦力で強襲しにかかったのだ。
このままでは各個撃破されてしまいかねない、と言う焦りがビスクマルクの中で浮かび上がった時、ネ級のモノでもへ級のモノでもツ級のモノでもない大口径の主砲の砲声が彼女の耳に聞こえて来た。
第三群の援軍か、と一瞬期待が湧いたが、轟いた砲声は深海棲艦本隊の方から聞こえていた。
それまで一発も撃っていなかった新型戦艦が遂に砲撃を開始したのだ。
轟いた砲声はシュペーの耳にも聞こえていた。第三群のワシントンの主砲の砲声によく似ているが、砲声がしたのは深海棲艦本隊の方角からだ。
水平線上に発砲炎が瞬くのがシュペーの視界にも見えた。
「撃って来た!」
「回避!」
即座にビスクマルクの指示が飛び、ビスマルクとシュペーは揃って回避運動に入る。
複雑な航跡を引いて回避を試みるシュペーの頭上から轟音を上げて黒い飛翔体が降り注ぎ、周囲に囲い込む様に至近弾の水柱を突き上げる。
何て正確な射撃、と驚愕するシュペーの耳に新型戦艦の第二斉射の砲声が入る。
「当たってたまるか!」
歯を食いしばって左に舵を切るシュペーだったが、それを予期していたかのように新型戦艦の放った砲撃が彼女を捉えた。
艤装と身体に直撃の衝撃が走り、そのままシュペーの身体は海上になぎ倒された。身体への致命的なダメージは防護機能が削り落としにかかるが、それでも防げなかったダメージ、それも深刻なダメージがシュペーの身体に傷を負わせる。残念ながら彼女の二八センチ装甲では新型戦艦の砲撃は防ぎきれなかった様だった。
海上に倒れるシュペーにそれ以上の砲撃が降り注ぐ事は無く、朦朧とする意識の中、シュペーはビスクマルクが応戦する姿を見つめた。
迂闊に近づきすぎたへ級に三八センチ主砲弾を叩きこんで一瞬で轟沈させてのけたビスクマルクに、新型戦艦の砲撃が着弾する。爆発炎と黒煙、それと血飛沫を上げてビスクマルクが海上に倒れ込む。
(駄目だ、私達では新型戦艦に対抗出来ない……悔しい……)
込み上げて来る悔しさに動く右腕で拳を作るが、無力化されたシュペーに出来る事は無かった。
(せめて、ヴィクトリアスとマックスだけは離脱出来ていれば……)
そう願うシュペーの視界にへ級を失いながらも第四群を撃破した深海棲艦本隊の姿が見えた。
大破して航行不能の自分とビスクマルクに一瞥もせずに深海棲艦本隊は第三群へと進路を取った。
第四群が撃破されたとの報告がバードアイから送られてきた時、愛鷹達は重巡リ級改flagship級一隻と、リ級flagship級一隻、ツ級elite級一隻、ハ級後期型elite級三隻と交戦中だった。
目元から青いオーラを滾らせるリ級改flagship級に四一センチ主砲を指向し、発砲の火焔を迸らせる愛鷹のヘッドセットから戦艦ビスマルク、装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー大破、戦闘、航行不能、重巡プリンツ・オイゲン中破、軽巡ユリシーズ小破と言う奇襲を受けた第四群の被害報告が上げられてくる。
幸いにもヴィクトリアスはマックス・シュルツと共に救援に向かう第一、第三群と合流を果たすことに成功していた。
こちらも第四群の救援に向かいたいが、思いのほか今愛鷹達が相手にしている重巡戦隊が手こずる相手であり、愛鷹の主砲砲撃も中々命中弾を得られていない。
青葉と衣笠はいつもの様にペアを組んでflagship級のリ級と交戦し、既に何発か直撃弾を与えているが、致命的ダメージは与えるに至っておらず、尚も応射してくるリ級の砲撃で青葉が背中に背負っている艦橋艤装部分に被弾して小破していた。
数では勝っているがリ級改の存在が厄介だ。砲撃戦火力は無印の戦艦ル級やタ級にも匹敵するだけに、愛鷹の装甲でもぎりぎり耐えられるかの大火力を放ってくる。
ハ級は既に深雪、白雪、初雪が三人がかりで攻撃し、ツ級も夕張が蒼月の援護の下攻撃しているが、撃破に至っていない。
リ級改とリ級は攻撃にウェイトを置いた動きをしているのに対し、ツ級とハ級は回避に集中している感じだ。現に射撃の腕前は一級レベルの蒼月の砲撃すらツ級は躱している。
苛立ちを覚えながら何度目か分からない斉射をリ級改へ放った時、愛鷹のヘッドセットからバードアイより新たな敵艦隊接近の報が上げられる。
事前に存在が確認されていた深海棲艦の警戒隊と軽巡戦隊がこちらに向かって接近中との事だ。
更に重巡戦隊一個が深海棲艦北極海艦隊本隊に合流して、第一、第三群へ向けて進撃中との事だった。
「第一、第三群の援護は無理ね」
HUDで接近して来る二群の敵艦隊の位置を確認して、愛鷹は唇を噛む。
射撃諸元を修正した砲撃をリ級改へ向けて放つと、一旦射撃グリップから手を離し、ヘッドセットの通話ボタンを押して大和に繋ぐ。
「第三三戦隊旗艦愛鷹より第一群旗艦大和へ。我、敵艦隊三群と交戦中。そちらの援護には回れない、オーバー」
(了解、こちらはこちらで何とかします。第三三戦隊は目の前の敵だけに集中して下さい。アウト)
艦隊の頭数では拮抗しているが、第一、第三群には大和型改二が二隻、ワシントンと戦艦が三隻もいる。対して深海棲艦の方は戦艦戦力が新型戦艦が一隻だけ。合流したリ級flagship級の存在が面倒ではあるが、火力では負けていない。
こちらが対峙している敵艦隊に集中していても問題は無いだろう。そうと判断すれば愛鷹としては荷が軽くなる思いでもあった。
再装填完了のブザーが鳴り、射撃グリップに戻した右手の人差し指がトリガーを引き、HUDで照準を合わせたリ級改目掛けて射撃の信号を主砲へと送る。
発砲遅延装置で微妙にずらされた主砲斉射の砲声が轟き、愛鷹の主砲から四一センチ主砲の徹甲弾が叩き出される。
狙われているリ級改からも砲撃が飛来するが、左手に握る刀が直撃弾を瞬く間に切り裂き、無力化していく。自身に向けられて来た砲撃を無力化する事には成功したが、一方で愛鷹の砲撃もリ級改の素早い回避運動で躱される。
命中弾をなかなか得られない事に苛立ちを募らせた愛鷹は左手に構える刀の持ち方を器用にて先で構え直すと、主機に「最大戦速」を命じ、リ級改目掛けて突撃を開始した。
それまで一定の距離を維持して砲撃戦を行っていた艦娘が突然進路を変更し、自身目掛けて突撃して来るのにリ級改は焦りを覚えたのか、精度を捨てた弾幕射撃を愛鷹へ向けて浴びせ始める。主砲、副砲の砲撃が愛鷹目掛けて浴びせられていくが、弾道を見切った愛鷹の最小限の回避と刀さばきで全弾を躱してのける。
左手に持つ白刃に流石に怯えた表情を見せたリ級改が砲撃を止めて、逃げの姿勢に入るが、最大戦速で離脱をかけたリ級改の艤装に、愛鷹の艤装から延ばされ、投げかけられた錨鎖が引っかかる。
つんのめるリ級改に錨鎖を巻き取る勢いをつけて急接近した愛鷹は、リ級改の艤装に左手に持つ白刃の切っ先を振るい、砲身を悉く切り落とした。
艤装を破壊されて手が露出したリ級改がその手に拳を作って愛鷹を殴りつけようとするが、素早くその殴打を躱すと、主砲を向け、ゼロ距離射撃を撃ち込む。四一センチ主砲弾五発のゼロ距離射撃を受けたリ級改が爆発音と黒煙、火焔に包まれて四散し、海上に破片を散らして果てる。
ようやく一隻撃沈、と浅い息でスコアをカウントする。少し離れたところでリ級flagship級と交戦する青葉と衣笠の砲声が聞こえた。
二人の方を見ると先に被弾していた青葉だけでなく、衣笠の艤装からも黒煙が上がっていた。知らぬ間に彼女まで被弾していたらしい。
援護に向かうか、と一瞬迷うがあの二人なら大丈夫だろう、と考え直し、接近する警戒隊と軽巡戦隊に備える。
ハ級と交戦する深雪、白雪、初雪の三人も簡単に直撃弾を与えさせてはくれない三隻のハ級に苛立ちを覚えながらも、何とか三人それぞれ一発ずつの直撃弾を与える。
白雪は苛立ちのあまりか、普段の弾幕射撃戦闘スタイル故か、両手で構える一二・七センチ連装砲A型の砲身からうっすらと白煙が上がる程の速射をハ級に浴びせていた。一方の初雪は一発一発の射撃の精度を重視している為か、白雪と比べて発砲回数が少ない。
続航する二人に時折気を配りながら深雪も両手持ちの一二・七センチ主砲を撃ち放つ。回避能力が高いハ級の艤装に跳弾の閃光が走るのが一瞬見えた。
魚雷を撃ち込んでやりたい気持ちが深雪の中で盛んに主張を繰り返していたが、使用回数は一回きりの駆逐艦最大の切り札の魚雷を撃つのは躊躇われる。誘導魚雷でもないから外してしまったらどうしようもない。
じれったい思いを抱えながら砲撃を続けていると、ようやくハ級に直撃弾の着弾閃光が見えた。
「ったく、じれってぇよな」
苦々しさを含ませた口調で主砲の照準を合わせ、発砲のトリガーを引く。苦し紛れの反撃の砲撃が飛来して来るが、深雪はひょいと体を傾けてそれを躱す。
深雪の放った砲撃がハ級に着弾し、ぼうっと言う轟音と共にハ級が眩い火焔に包まれる。
「主砲、撃ちー方ー止め!」
射撃停止の号令を口にして、続航する白雪と初雪へ振り返る。なおも攻撃継続中の二人が狙うハ級は数発被弾していたが尚も応射を続けていた。
「水上目標トラックナンバー2611及び2612、尚も健在。以前、白雪、初雪と交戦中」
マストの見張り台にいる見張り員妖精が白雪と初雪と交戦するハ級の状況を深雪に知らせて来る。
白雪の砲身が過熱で白煙を上げ始めているのが深雪からも見えた。撃ち過ぎて砲身冷却が間に合っていない。
「白雪の奴、撃ち過ぎだって……白雪を援護するぞ。面舵一杯、水上戦闘、右砲戦トラックナンバー2611、主砲撃ちー方ー始めー!」
指向し直された深雪の主砲が砲撃を再開する。連装砲の砲撃音が二回連続して響き渡り、打ち出された四発の砲弾が白雪の砲撃の回避行動に気を取られているハ級の傍に着弾する。
「沈むまで撃て!」
次弾装填が完了した主砲を再び放つ。白雪だけでなく深雪からの砲撃にも意識しなければならなくなったハ級の動きが鈍ったところへ、白雪の砲撃が着弾し、続けて深雪の砲撃も一発が直撃する。
爆破閃光が三度、ハ級の艤装で走り、吹き飛んだ艤装の破片や部品の欠片が海上にばら撒かれる。被弾箇所方火災が発生し、動きが更に鈍くなったハ級に白雪からのとどめの砲撃が着弾する。
「主砲、撃ちー方止め。はあ、深雪ちゃんありがとう」
「お安い御用さ」
礼を述べる白雪ににっと笑って返しながら深雪は初雪の方を見る。発射弾数で勝負に出る白雪と違い、精度重視の砲撃を意識している為か、初雪の主砲の砲身は白雪と違って過熱し切っておらず、砲撃の精度も高い。
「初雪、援護はいるか?」
「あたしだって、ハ級ぐらい自分でやるよ」
念の為聞く深雪にぼそりとした初雪の返事が返される。
僚艦が全滅して残るハ級は覚悟を決めたらしい。回避行動を止め、初雪に向けて進路を取ると砲撃をしながら吶喊を開始した。
「トラックナンバー2612、初雪に向け転進、真っすぐ突っ込んで来る!」
見張り員妖精が見張り台から身を乗り出して叫ぶ。
「初雪を援護するぞ、主砲、正面砲戦、トラックナンバー2612、撃ちー方ー始めー、発砲!」
援護不要と本人から言われたものの、不安になった深雪は主砲をハ級に向けると発砲のトリガーを引いた。
ハ級の周囲に深雪の砲撃が着弾し始め、至近弾でハ級の艦体が左右にぶれる。その間に初雪の砲撃がハ級に着弾し、ハ級の艤装上に破孔が生じる。
尚も突撃を止めないハ級に砲身を呼びの物と交換した白雪からの砲撃も飛来し、三人の艦娘からの集中砲火を浴びたハ級が多数被弾して発生した火災の火焔に呑み下される。
「全艦、主砲撃ちー方止め」
砲撃停止を指示する深雪の指示に白雪と初雪が主砲のトリガーから指を外し、一息吐く。
やっと全艦撃沈、と深雪自身も一息吐いた時、三人の周囲に別方向から飛来した砲弾が着弾した。
なんだ、と振り返す深雪の頭上で見張り員妖精が双眼鏡を覗き込み、水平線上を凝視しながら喚く。
「左一八〇度、敵軽巡戦隊急速に近づく! 更に後方に警戒隊を確認!」
「第三ラウンドか」
主砲を構え直す深雪が白雪と初雪を従えて接近して来る深海棲艦の二群に向けて進路を取った時、三人のヘッドセットに愛鷹から彼女としては珍しく焦りをはっきりと滲ませた声で報告が入った。
(リ級flagship級撃沈なるも、青葉さんと衣笠さんが中破! 損害大きい)
次回、フェロー諸島沖艦隊決戦 後編をお届けします。
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ではまた次回のお話でお会いしましょう。