欧州北海編最終回です。
「ヴィクトリアス・スコードロン、発艦始め!」
しなるアーチェリーの弓型の航空艤装の弓に発艦矢をかけたヴィクトリアスがパッと右手を離すと、矢が勢いよく打ち出され、しばしの飛翔の後矢は閃光と共にバラクーダMkⅡ艦上攻撃機六機を出現させる。
既に発艦していたSB2C-3ヘルダイバー艦上爆撃機六機とコルセアMkⅡ艦上戦闘機六機とバラクーダが合流すると、一八機の攻撃隊は苦戦を強いられている第二群の第三三戦隊への近接航空支援に向かった。
青葉型重巡艦娘の二人がリ級flagship級一隻相手に中破させられる被害を被る中、第二群は更に軽巡戦隊と警戒隊との交戦が控えていた。
一二隻の深海棲艦の波状攻撃に流石の第二群旗艦の愛鷹も危険を感じたのだろう。第四群壊滅を生き延びたヴィクトリアスに航空支援要請を送って来た。
航空支援要請を受けて、すぐさまヴィクトリアスは承諾し一八機の攻撃隊を発艦させた。避退して合流した第一、第三群の航空支援はサラトガが行ってくれるから自分は第二群支援に全航空戦力を割り振っても問題は無い。
第一、第三群の一八人の艦娘からなる艦隊は、壊滅した第四群の残存艦娘のヴィクトリアスとマックス・シュルツを加えて深海棲艦北極海艦隊の本隊へ向けて前進していた。
頭数ではこちらが上だ。戦艦の数もこちらが大和、武蔵、ワシントンの三人がいるのに対し、深海棲艦側は新型戦艦が一隻だけ。
火力で圧倒出来ている。負ける筈がない、第四群の敵討ちだ、と第一、第三群の誰もが意気込んでいた。
ストリームリーダーのコールサインで呼ばれるコルセアMkⅡの航空妖精は眼下にウェーキを引いている深海棲艦の艦隊を視認すると、無線のマイクに「タリー、シックス・エネミー」と吹き込んだ。
ストリーム2-1のコールサインで呼ばれるヘルダイバーの編隊の編隊長機の後席側の航空妖精が双眼鏡で眼下の深海棲艦艦隊を確認すると、軽巡へ級とホ級それぞれflagship級一隻ずつと駆逐艦ハ級elite級一隻、ハ級無印三隻の艦影が確認出来た。
「敵警戒隊と思われる、ツ級の艦影は無し」
「軽巡戦隊はどこに行った?」
機長を務める航空妖精の問いに、後席員の航空妖精は双眼鏡を手に周囲を見渡すが艦影一つ見当たらない。
「艦影見えません、バードアイなら見えているかも」
「……取り敢えず、目の前の敵艦隊を叩く。ストリーム2各機、続け」
ラジャーの返答がストリーム2-2、2-3、2-4、2-5、2-6から返される。
ストリーム2編隊の攻撃開始とともにストリーム3のコールサインで呼ばれるバラクーダ六機も低空へと降下を開始し、胴体下に抱いている魚雷による雷撃態勢に入る。
攻撃態勢に入ったストリーム2、3の編隊を確認した深海棲艦艦隊から対空砲火が飛び始める。対空艦であるツ級がいない分、対空砲火は濃密とは言い難く攻撃隊の周囲に外れた対空弾が虚しい黒煙を瞬かせる。
ストリーム2-1が操縦桿を倒し、急降下爆撃に入ると僚機も続いて急降下爆撃に入る。六機のヘルダイバーが狙うはへ級とホ級だ。
二隻の軽巡から対空砲火が飛来し、ヘルダイバー六機の周囲に対空弾を炸裂させるが、対空弾の散弾が飛び散った後には既にヘルダイバーはいない。
ストリーム2各機の航空妖精がダイブブレーキを展開させ、急降下速度を抑える。ぐっと抑える様にヘルダイバー六機がその降下速度を緩める中、照準器の中にヘ級を捉えたストリーム2-1の航空妖精が爆弾投下のレバーに手をかける。
後席員の航空妖精が高度を読み上げる中、近づくにつれて精度が増してくる対空砲火を掻い潜り、ストリーム2-1は爆弾槽を開き、爆弾投下のレバーを引いた。
誘導悍が爆弾を爆弾槽から引き下ろし、投下された爆弾が狙いを付けたへ級へと金切声の様な落下音を上げながら迫る。
回避運動を試みるへ級だが、引き起こしぎりぎりの高度から投下された爆弾三発の内、二発が躱しきれずに着弾する。爆破閃光がへ級の艤装上に二つ走り爆炎と黒煙が吹き上がる。船殻にもダメージが入ったのか速力を急激に落としていく。
続航するホ級の艤装にも同様に二発の爆弾が命中する。ワンテンポ挟んで二回の爆発がホ級の艤装上で炸裂すると軽巡洋艦は姿勢を大きく崩し、黒煙を上げて先に被弾したへ級と同様速力が低下し、そのまま海上に停止してしまう。
二隻の軽巡が沈黙する中、ハ級四隻は懸命の回避行動でバラクーダ六機のストリーム3編隊の雷撃を躱しにかかるが、手を伸ばせば届きそうな程の近距離から投下された魚雷六発が容赦なくハ級に襲い掛かる。
乾いた作動音がバラクーダ六機の胴体下で響くと、投下された魚雷六発が海中に飛び込み、モーターを作動させて白い航跡を引きながらハ級に迫る。
ハ級elite級の舷側に直撃の水柱が突き立つと、遅れてハ級二番艦、三番艦と全艦の舷側に一本ずつの水柱が突き上がる。
投下された魚雷六発中、四隻全てに一発ずつ四発が命中した後、海上に動ける深海棲艦は一隻も残っていなかった。軽巡も駆逐艦もどの艦も炎上して航行不能に陥っていた。
攻撃効果を確認したストリームリーダーはバードアイにBDA(爆撃効果)を報告する。
「ストリームリーダーからバードアイ。敵艦隊全艦の沈黙を確認。敵艦隊は無力化された」
(了解)
「ところで軽巡戦隊はどこに行った?」
(探しているが、深海棲艦の羅針盤障害の影響でセンサーの反応が不安定だ。警戒監視は続けるが確実に見つけるのは難しい)
羅針盤障害。電子戦ワ級を事前に第三三戦隊が撃破したお陰で、電子戦ワ級の発していた深刻な羅針盤障害は排除出来たとは言え、既存の深海棲艦の発する羅針盤障害自体はどうしても取り除けない。
行方が分からない軽巡戦隊、へ級とホ級のflagship級一隻ずつとツ級二隻、駆逐艦ハ級後期型からなる艦隊が気がかりではあるもののひとまずやる事をやったストリーム隊は集合するとヴィクトリアスへ帰還した。
負傷した青葉と衣笠の手当を瑞鳳と共にしながら愛鷹はHUDとバードアイとの通信を基に深海棲艦の動きを考えていた。
こちらに向かっていた筈の軽巡戦隊が急遽転進して姿を消し、お陰で警戒隊のみとなった敵の増援は結果としてヴィクトリアスの航空隊が殲滅した為、第二群は負傷した青葉と衣笠の手当に時間を割く事が出来た。
青葉は腹部と艦橋艤装に被弾し、腹部と右肩から出血していた。衣笠は左足を骨折し、第三主砲も破壊されていた。
二人とも軽いとは言い難い怪我ではあったが、少なくとも重傷ではない。青葉の腹部の出血は止血が出来たし、衣笠もサムスプリントと呼ばれるアルミ製の添木を巻き付けて何とか骨折箇所の固定は出来た。
二人とも航行に関しては全力発揮は不能だが、微速でなら何とか動けなくもない。ただ衣笠は左足が逝っている分肩を貸す必要があった。
包帯を巻き終えた愛鷹が青葉と衣笠の顔色を窺い、何とか動けそうなのを確認するとバードアイに「マナナン・マクリル」への回収を要請した。
「ま、まだやれます。青葉なら主砲は健在です……」
まだ戦えると訴える青葉が咳き込み、血痰を吐き出す。無事な左肩を掴んだ衣笠が青葉にここは一旦引こうと目で告げた。
悔しそうな表情を浮かべながら青葉は顔を俯けてため息を吐いた。
「白雪さんは青葉さんと衣笠さんを『マナナン・マクリル』まで送ってください。大鳳さん、瑞鳳さんも一緒について行ってあげてください」
「了解しました」
護衛役を頼まれた白雪がすぐさま復命し、遅れて大鳳も「はい」と答える。
「残りはどうするんです?」
「夕張さん、深雪さん、蒼月さん、初雪さんは私と一緒に来てください。軽巡戦隊を追撃します」
尋ねてくる夕張に愛鷹は深海棲艦の軽巡戦隊追撃を行う事を告げる。
「見当はあるのか?」
深雪の問いに愛鷹は無言で頷く。
「敵軽巡戦隊は私の読みがあっていれば本隊の援護に向かっている筈です。第一、第三群の横合いから奇襲を仕掛けて混乱を誘い、本隊が混乱している間に第一、第三群を各個撃破する手に出るでしょう」
「敵は戦艦が一隻だぜ? 軽巡戦隊で奇襲してこっちの本隊に混乱を起こすのは取り敢えず分かるとして、大和型二隻とノースカロライナ級一隻の三人の戦艦艦娘がいるこっちがそう簡単にやられると思うか?」
「常に最悪の状況を想定して、初めて状況に対処できるものです。大和の事だから、武蔵さんとのデータリンク特殊砲撃に賭ける筈。その武蔵さんが撃破されたら、データリンク再接続でワシントンさんを特殊砲撃管制下に入れる必要がありますが、データリンク再接続には若干の時間を要します。
再接続中に艦隊が蹂躙される事も視野に入れるべきでしょう。勿論、武蔵さんまたは大和が撃破されず、データリンク特殊砲撃が全て上手く刺されば一時間以内に敵艦隊全てを撃滅するのも不可能じゃありません」
「なるほどねえ」
そういう事かと深雪が軽く頷く。
続けて愛鷹は瑞鳳と大鳳、白雪に「マナナン・マクリル」へ一時後退後の指示を伝える。
「『マナナン・マクリル』に一時後退後は母艦の護衛任務に当たってて下さい。戻るべき場所が深海棲艦にやられたら私達は詰みますから」
「了解です」
三人が揃って応じると、愛鷹は準備の終わった艦隊を二分し、行動を開始した。
戦闘可能な愛鷹、夕張、深雪、蒼月、初雪が軽巡戦隊追撃の為に進発した後、分かれた大鳳、瑞鳳、白雪の三人は負傷した青葉、衣笠を連れて「マナナン・マクリル」から発艦したHH60とのランデブーポイントへと向かった。
HH60のキャビンから支援艦「マナナン・マクリル」のフライトデッキを見下ろした瑞鳳は、フライトデッキにいるもう一機のHH60からストレッチャーに乗せられた二人の艦娘の姿を認めた。
ビスマルクとシュペーだ。大破漂流していた二人に深海棲艦は止めを刺さなかったらしい。ユリシーズとプリンツ・オイゲンの二人も衛生兵に担がれて艦内の医務室へと運ばれていくのが見えた。
「『マナナン・マクリル』、リフター6だ。アプローチを開始する」
(ラジャー、6。着艦を許可する)
コックピットからHH60の機長が「マナナン・マクリル」の航空管制指揮所と交信を行うのがヘリのローター音越しに聞こえた。
黄色ジャージの誘導士官の着艦誘導の下、「マナナン・マクリル」へアプローチをし、そのまま着艦したHH60のスライドドアが開かれると、事前に待機していた医療班が青葉と衣笠の二人をストレッチャーに移した。
フライトデッキに履物のぽっくりをコンと鳴らしながら瑞鳳も続けて降りる。
「さあて、それじゃ一旦艤装の整備と補給を簡単に済ませたら、母艦の護衛任務と行こうか」
「護衛に当たれる艦娘が空母二隻と駆逐艦一隻で大丈夫なんですかね。正直駆逐艦が私一人だけとなると、お二方の援護を完遂できる自信が」
いささか不安げに瑞鳳を見る白雪の言葉に、瑞鳳は問題ないと首を振る。
「白雪は大鳳の護衛に徹してていいわ。私の事は良いから」
「瑞鳳さん?」
その判断で大丈夫? と目で問う大鳳に瑞鳳は自信ありげに見返す。
「対潜哨戒と対空警戒なら私の艦載機で対応出来るから。大鳳さんは対艦攻撃が可能な航空隊編成に切り替えて、万が一の敵艦隊邀撃に備えて」
「了解」
その後三人は「マナナン・マクリル」の艤装整備場に一旦向かい、艤装の最低限の整備と補給を行った。大鳳は対空迎撃特化の航空隊編成から、対水上攻撃可能な航空隊編成に航空艤装を組み替え、白雪は爆雷や主砲の対空弾を増備または補充した。
二人を率いる事になる瑞鳳も航空隊の装備を補充し、艤装の燃料を補給し終えると、三人揃って再び「マナナン・マクリル」から発艦した。
瑞鳳が母艦の前衛に、大鳳と白雪が母艦の後衛に回り、「マナナン・マクリル」の前後を挟む形で三人は護衛任務に就いた。
「皆、無事に帰って来てね……」
今頃、この海域のどこかで交戦しているであろう仲間達に思いを馳せながら、瑞鳳は対潜哨戒機の矢を空へと放った。
第一、第三群の二個艦隊、一二名の大艦隊は大和、武蔵、ワシントンを先頭とした第四警戒航行序列を組んだ六名と、矢矧を先頭とした第一一駆逐隊と軽巡ヘレナの四人からなる単縦陣の二群に別れて深海棲艦北極海艦隊本隊との交戦を目指して前進していた。
一時合流を果たした第四群の残存艦娘のヴィクトリアスとマックス・シュルツは共に「マナナン・マクリル」へと下がらせ、バードアイに誘導された艦隊は各自水上戦闘部署を発令して戦闘に備えていた。
随伴するサラトガからは上空警戒に当たる戦闘機隊が発艦して艦隊のエアカバーを担っていた。深海棲艦側にはヲ級flagship級が二隻いるが第三三戦隊との交戦などで搭載機数は減っていると思われていた。実質航空戦力差は拮抗しているだろうと艦隊旗艦を務める大和は考えていた。
腕時計を見て時間だと胸中で呟いた大和は、続航する矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊の六人へ発光信号を送る様装備妖精に指示する。
大和からの指示を受けた矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊が増速して艦隊から離脱し、進路を南へと取る。
艦隊を二分した時、バードアイから敵艦隊の動向の報告が入る。
(敵本隊、貴艦隊へ向けて前進中。参照点より方位一-九-〇、交戦までおおよそ三分)
「了解、旗艦大和より各艦へ伝達。敵深海北極海艦隊本隊との決戦を挑みます。この戦いで北海及び北極海の制海権の命運が決まるでしょう。各艦、一層奮励努力し、そして生きて帰る事を心がけてください」
ヘッドセットのマイクに全艦娘へ向けて伝達を終えると、大和は艤装のデータリンクの接続状況を確認した。
武蔵との連動射撃で一機に片を付ける算段だ。大和の頭の中で考えていた作戦は、矢矧とヘレナと第一一駆逐隊で敵艦隊の左側面を抑えながら本隊は敵艦隊の正面を取り丁字有利で一気に特殊砲撃で主力艦を殲滅する、と言うモノだった。
作戦通りに既に矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊の六人は艦隊から分離して加速、敵艦隊の左側面へと進出しつつある。
「全艦、水上戦闘用意! 右砲戦、雷撃戦用意」
艦隊旗艦を務める大和の凛と張った号令が下される。彼女の艤装上で五一センチ三連装主砲が右舷側へ指向し、仰角を取る。主砲内へ一式徹甲弾改が装填され、装填完了のブザーが鳴り響く。
続航する武蔵の五一センチ連装主砲でも同様に一式徹甲弾改が装填され、装填完了のブザーが鳴る。特殊砲撃データリンク接続を行っていないワシントンの主砲も徹甲弾装填完了のブザーが鳴り響いていた。
「第一戦隊、撃ち方用ー意!」
「武蔵発砲用意良し! いつでも行けるぞ大和」
姉の射撃準備指示に武蔵はやる気にあふれた顔で返す。
遠くで砲声と爆発音が鳴り響くのが大和の耳に入る。主砲射程内に収めるべく前進を続ける自分達に先行して深海北極海艦隊の左側面に出ていた矢矧以下の艦隊が、大和たちに先駆けて交戦を開始していた。
大和と武蔵、ワシントンに続く高雄、ヒューストンも砲撃準備完了と報告を上げる。一方、水上戦闘兵装を持たないサラトガはフレッチャーとジョンストン護衛の下、艦隊から離脱しバックアップ体制に入る。
「重巡高雄及びヒューストン。第一戦隊援護に出ます。増速、黒二〇!」
「ヒューストン、ラジャー、後に続きます」
高雄がヒューストンを従えて深海棲艦艦隊へと突撃を開始する。敵艦隊の前衛となっているネ級とツ級を排除するのが二人の役目だ。
増速して前へ出た高雄とヒューストンの二〇・三センチ主砲が射程に捉えた深海棲艦目掛けて火を噴き、ターゲットとして定めたツ級の周囲に初弾を送り込んでいく。
一方先んじて深海北極海艦隊の左側面より攻撃を仕掛けた矢矧、ヘレナ、吹雪、叢雲は早くもハ級後期型二隻を屠っていた。今はナ級elite級二隻と残るハ級後期型一隻と砲戦を展開している。
「敵新型戦艦、主砲射程内に入る。特殊砲撃データリンクオンライン。いつでも行けます」
大和と武蔵の主砲射程内に新型戦艦が入った事を大和の艤装CIC妖精が告げる。
いつでも五一センチの猛砲撃を浴びせられる、と言う装備妖精に大和は発砲指示を返さず、更に距離を詰めて必中を期した。
「もう少し引き付けます」
「必中射程内から袋叩きか、悪くない」
新型戦艦からの反撃を食らうリスクも上がるが、今の距離から撃っても命中弾は半分程度だろう。全弾当てて行く気でいた大和は更に距離を詰める手に出る。
敵新型戦艦は当に自身の主砲射程内に大和と武蔵を収めている筈だが、やはり距離が離れている事もあってかまだ撃っては来ない。
確実に当たる距離になるまで無駄弾を収めるつもりか、と大和が水平線の先にいる新型戦艦を見て目を細めた時、バードアイから警報が入った。
(索敵システムに艦影複数! 艦種識別……これは、深海棲艦軽巡戦隊か)
「方位は?」
即座に問う大和にバードアイも即答する。
(方位〇-〇-〇、第一戦隊及びワシントンへ急速接近中)
拙い、と大和は眉間に焦りの汗を浮かべた。軽巡戦隊を相手に出来る艦娘が大和達の周囲にいない。フレッチャーとジョンストンはサラトガの護衛で必要で外せない。
警報を受けて第一戦隊援護の為に高雄とヒューストンが反転を試みるが、ネ級が追いすがって来て二人へ猛砲撃を浴びせ始める。
バードアイが指示した方角へ目を向けると、へ級flagship級一、ホ級flagship級一、ツ級二、ハ級後期型二からなる軽巡戦隊が猛スピードで大和達目掛けて吶喊して来るのが見えた。
「私が相手するわ、大和と武蔵は行って」
「ワシントンさん」
最後尾のワシントンが主砲を構えて軽巡戦隊の前へと出ると、主砲、副砲、更には対空機関砲の全火器を軽巡戦隊へ指向して迎撃を試みる。
轟々たる砲声を上げてワシントンの一六インチMk6 mod2主砲が火を噴き、軽巡戦隊の周囲に徹甲弾を撃ち込む。五インチ連装両用砲と四〇ミリ四連装機関砲も速射の轟音を上げて弾幕を張る。
深海棲艦の軽巡戦隊はワシントンの猛砲撃に怯む事無く速度を維持し、真っすぐに大和と武蔵へ突っ込んでいく。
余りの速度にワシントンのSK+SGレーダーによる射撃管制も修正が追い付かない。それでも五インチ弾がハ級後期型一隻を捉え、損傷したハ級が黒煙を上げながら速度を落とし、隊列から落伍する。
ハ級一隻を隊列から切り落としたワシントンの砲火は続けてもう一隻のハ級後期型を四〇ミリ機関砲の集中射撃で落とす。四〇ミリ機関砲弾の猛射を浴び、艤装を蜂の巣にされたハ級が破孔から火災の炎を上げて一隻目と同様動きを鈍らせる。
駆逐艦二隻が脱落した軽巡戦隊だったが、大破ないし中破して戦列から脱落するハ級に振り返ることなく吶喊を続ける。
やらせるかとワシントンからの猛砲撃がへ級、ホ級、ツ級目掛けて浴びせられる。一六インチ主砲、五インチ両用砲、四〇ミリ機関砲の全てが四隻へ火力を投射する。
だが的の大きさで言えばハ級よりも大きい筈のへ級、ホ級、ツ級の軽巡四隻は、ワシントンの砲撃を悉く躱し、有効弾を得られないまま四隻の軽巡は魚雷発射管を大和と武蔵に向けた。
「撃て! 逃がすな!」
鋭いワシントンの射撃指示の号令に応える様に一六インチ主砲が魚雷発射体制に入ったへ級を捉える。着弾した徹甲弾がへ級の薄い装甲を容易く射抜き、主要な艤装を軒並み叩き潰す。それに加えて大口径の砲弾が至近距離から直撃した衝撃でへ級の艦体が文字通り吹き飛ぶ。
一瞬で無力化されたへ級にそれ以上は構わず、ワシントンはホ級へ照準を合わせる。一六インチ主砲は再装填が間に合わないので、五インチ両用砲と四〇ミリ機関砲で迎撃する。
速射する五インチ両用砲と四〇ミリ機関砲の断続的な射撃音が海上に響き渡る中、大和と武蔵の一〇センチ連装高角砲群も応射を開始する。
大和と武蔵の頭部のヘッドギア型測距儀による射撃管制を受けた一〇センチ連装高角砲群の速射が残る三隻の深海棲艦軽巡に浴びせられる。
頭部のヘッドギア型測距儀と言う視認照準装置タイプの射撃管制なだけあって二人の砲撃は精度が高く、数回の斉射の後ホ級が大和と武蔵の集中砲火を浴びて轟沈する。
だが、ツ級二隻は防ぎきれなかった。魚雷発射管から魚雷を放ったツ級二隻の内片割れは再装填が終わったワシントンの主砲の砲撃をその背中から食らって爆散したが、既に放たれた魚雷は全て武蔵へと向かって航跡を伸ばしていた。
「回避して武蔵!」
叫ぶ大和に武蔵は大きな艤装そのものを左に倒して取り舵回避を試みる。ツ級の放った魚雷は全部で一〇発。全弾食らったらいくら大和型改二と言えど無事では済まない。
左舷艤装の一端が海上に触れてウェーキを引く中、武蔵の左右をツ級が放った魚雷が通り抜けていく。一本、また一本とギリギリのところを武蔵は躱していくが、二発の魚雷が躱し様の無い直撃コースに乗っていた。
「総員衝撃に備え!」
艤装内の装備妖精に衝撃に備えるよう叫ぶ武蔵が防護機能を足元に展開し、舌を引っ込め、歯を食いしばって直撃の衝撃に備える。
躱し様の無かった二発の魚雷が武蔵の左足の下で爆発すると、二本分の魚雷の爆発の水柱が彼女の左側で突き立ち、大柄な彼女の身体と巨大な艤装が右側へとのけぞった。
「武蔵!」
妹の身を案じてその名を叫ぶ大和のヘッドセットにバードアイから悪い知らせが入る。
(武蔵との特殊砲撃データリンクが途絶! 特殊砲撃不能!)
その知らせに大和は胸中で(畜生!)と悪態と呪いの声を上げた。
魚雷二発の被弾で、武蔵の特殊砲撃データリンクシステムが破損した様だった。元々特殊砲撃データリンクシステムは構造がデリケートであり、被弾損傷に脆いデメリットがあった。
「すまん、大和……やられた」
左足を抑えて喘ぐ様に詫びる武蔵に大和は舌打ちしたくなるのを抑えて、ワシントンに呼びかける。
「ワシントンさん、特殊砲撃データリンクを接続して下さい。二人でやります」
「了解、ウォームアップに一分頂戴!」
一分、なんとも長く感じられる時間だろうか。
歯がゆい思いを感じた時、水平線上から大口径主砲の砲声が鳴り響くのが大和の耳に入った。
新型戦艦が砲撃を開始していた。
(飛翔体を確認。着弾まで一〇秒!)
再度舌打ちをしたくなりながら、大和は最大戦速へ加速し、面舵に切って回避運動を試みる。ワシントンも増速して反対の取り舵に切って回避する。
一〇秒後、二人のすぐ傍に新型戦艦が放った砲撃が着弾する。轟音を上げて着弾した新型戦艦の砲弾が巨大な水柱を海上に立ち上げ、大和とワシントンの二人を翻弄する。
第四群のビスマルクとシュペーが瞬く間に撃破させられたのも頷ける高精度の砲撃に大和は唇を噛む。
悪い事は続くものでワシントンから、砲撃を受けた影響でデータリンクシステムがダウンして再起動を余儀なくされていた。再起動できるだけまだマシだったが、これ以上はもう特殊砲撃に拘り続けていられない。
いや最初から特殊砲撃に拘る必要すらなかったのかも知れない。遅い後悔をしながら大和は主砲の砲口を新型戦艦に向けると、射撃号令を発した。
「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」
発砲の号令と共に新型戦艦へ向けてサッと延ばされた大和の左手と同じ方向を指向した五一センチ三連装主砲の砲口から発砲の閃光と砲煙、そして轟々たる砲声が迸る。
五一センチ三連装主砲二基から放たれた一式徹甲弾改六発が空中を飛翔して行く。砲撃を行った主砲が再装填の為に砲身を水平にして再装填を開始する中、大和は着弾までの一〇秒のカウントダウンを始める。
「五秒前……弾着、今!」
腕時計と新型戦艦を交互に見る彼女の目に、新型戦艦の右側面に着弾した五一センチ弾六発の六本の水柱が見えた。
初弾命中は無理だとは分かっていても、外れるのは戦艦艦娘としてやはり悔しい。
主砲の再装填を進めながら、諸元の修正を行う大和に新型戦艦からの二斉射目が飛来する。
あれは無理そう、と歯を食いしばって衝撃に備える大和の身体に新型戦艦からの砲撃が直撃する衝撃が走る。辛うじてバイタルパートで全弾弾き飛ばしていたが、衝撃で大和の身体が艤装諸共大きく揺らぐ。
「そ、それで直撃のつもり?」
強がり半分に吐き捨てる大和の主砲艤装から再装填完了のブザーが鳴り響く。砲身内に徹甲弾を装填し終えた五一センチ三連装主砲が修正された諸元に基づいて仰角を取り、射撃指示を待つ。
「撃ち方始め! 発砲!」
第二射を放つ大和の全身に発砲の衝撃がずんと走る。発砲の砲煙と閃光が一瞬彼女の視界を奪う。
再び着弾までのカウントダウンを始める大和のヘッドセットに、別の場所で戦ているヘレナの発する緊急電が入る。
(やられた、こちらヘレナ、被弾した! ナ級から離脱す)
ヘレナが言い終える前に無線に強いノイズが入り、彼女からの通信が途絶える。
「ヘレナさん⁉」
まさかと思いヘッドセットに手を当ててヘレナを呼び出す大和に一緒に戦っている吹雪から返信が入る。
(こちら吹雪、ヘレナさんが大破。戦闘不能、私が護衛しヘレナさんを離脱させます)
「了解、矢矧、叢雲、危なくなったら直ちに離脱して」
(ヘレナを大破させたナ級にやった事への対価を払わせてから離脱するわ)
強気の姿勢で答える矢矧の返信に、「了解」と返しつつ、大和は自分の第二斉射の効果を確かめる。
第二射は惜しくも左側に逸れていた。右に逸れた分の修正が大きすぎたようだ。
大和の砲撃着弾から一拍、新型戦艦の主砲艤装に発砲の閃光が走る。
「防護機能最大! 次弾装填急げ!」
守りに入る大和に新型戦艦の放った砲撃が迫る。轟音を立てながら大和の頭上から飛翔して来た新型戦艦の砲撃は今度は外れ、大和の周囲に着弾し水柱を林立させる。
目の前に壁の様に立ちはだかる水柱を強引に突き破った大和の主砲艤装から装填完了のブザーが鳴り響く。
「距離よし、仰角よし、射線方向クリア。主砲、撃ちー方始めー!」
砲身を虚空へ持ち上げた五一センチ三連装主砲に発砲を指示すると、めくるめく発砲の閃光が砲口から迸り、轟音とともに叩き出された一式徹甲弾改が空中へと飛翔して行く。
ここで新型戦艦が動きを変えた。大和に主砲を向けつつ、取り舵に転舵して大和の砲撃を回避しにかかっていた。
あれだけ動かれたら砲撃は外れる、と目に見えて分かる程の回避に大和はため息を吐く。再度の修正が必要だ。
だが裏を返せば確実に当たるかも知れなかった砲撃に危機感を感じた新型戦艦が、攻撃を一旦止めて回避に専念せざるを得なくなったとも考えられなくもなかった。
特殊砲撃に掛けていた大和が特殊砲撃を捨てての通常砲戦に以降した為、データリンクをセットアップ中だったワシントンももう特殊砲撃に拘らず砲門を新型戦艦に指向して砲撃を開始していた。
一方中破して特殊砲撃が不能になった武蔵は最大速力発揮は出来ないものの、前進強速で自身に魚雷を撃ちこんだツ級の後を追っていた。
高雄とヒューストンは尚もネ級と交戦中だ。右に左に器用に回避行動を繰り返すネ級elite級相手に高雄とヒューストンは中々有効弾を得られず、打ち出された砲弾は虚しく外れて行く。
ナ級elite級二隻とハ級後期型と交戦する矢矧、叢雲は何十回目か分からない斉射の末、ハ級を撃沈し、ナ級elite級との砲撃戦に移行している。軽巡並みの火力と雷巡並みの雷撃戦能力を誇るナ級elite級なだけあって、矢矧と叢雲は苦戦を余儀なくされていた。
深海棲艦も北極海艦隊の本隊とだけあってか、練度も高い様だ。まだ他にも艦隊から分離して作戦海域外を遊弋しているヲ級flagshipが二隻いる。
北極海艦隊が劣勢に陥った時にヲ級flagshipが近接航空支援に入ったら艦娘側にはいささか不利である。艦娘側にもサラトガがいるとは言え、彼女だけでは海域のあちらこちらに散ってしまっている艦隊全体にエアカバーを行うのは無理だ。
戦線が拡大してしまっているのは拙い、と大和は焦りを覚えるが今彼女に打てる手はない。それよりも自分はまずあの新型戦艦をどうにかしないといけない。
修正を余儀なくされた主砲の射角と諸元を修正していると、逆探のスコープを除いていたCIC妖精が新型戦艦からレーダー照射を受けた事を知らせて来る。
「水上電探による電探射撃。厄介ね」
大和の備える電探でも出来なくはないが高い精度は期待できない。アメリカ艦娘が備えている高精度のレーダーに換装する計画もあるにはあるが、部品の互換性や電力の供給能力等の問題から実現に至ってない。
新型戦艦からレーダー照射を受けて間もなく、新型戦艦の艤装上に発砲の閃光と砲煙が走る。
鷹のように鋭い大和の目が飛翔する新型戦艦の放った砲撃を捉え、予め艤装のバイタルパートをその前に差し出す。
衝撃と轟音が大和の艤装上に響き、大和自身の身体にも衝撃による微ダメージを与える。新型戦艦の放った砲撃は彼女のバイタルパートを射抜く程の威力も貫徹力もない。だが砲撃の命中精度はレーダーを射撃管制に用いているだけあって高い。
同じ戦艦として、負けられない意地が大和の胸の中に沸く。
近くで同様に新型戦艦へ砲撃を継続するワシントンも大和に負けじと一六インチ主砲を交互撃ち方に切り替え、連射で勝負に出ていた。
SK+SGレーダーによる確かな射撃管制の元撃ち出される一六インチ主砲弾は新型戦艦のすぐ傍に砲弾を送り込んでいる。だが、命中弾は中々得る事が出来ていない。惜しいところでワシントンの砲撃は躱されているか、外れていた。
苛立ちを募らせるワシントンが舌打ちをした時、彼女の艤装から特殊砲撃データリンクがオンラインになった電子音が鳴った。
「遅いのよ……大和、特殊砲撃データリンクがオンラインになったけどどうする?」
一応尋ねるワシントンに大和が返事を返そうとした時、離れたところから爆発音が鳴り響き、高雄の悲鳴が聞こえた。
振り返る大和の目に、艤装と制服から炎が上がり、もがく高雄の姿が見えた。第一主砲の砲塔がひしゃげ、そこから激しい炎が噴き出ている。運悪くネ級の砲撃が第一主砲を全壊させただけでなく、装薬類に引火して大火災が発生してしまったらしい。
ヒューストンが援護に入ろうとするも、未だ健在なネ級と武蔵を振り切ったツ級が単艦となったヒューストンを包囲して集中砲火を浴びせ始めていた。
拙い、と大和の眉間に冷や汗が滴り落ちる。高雄の火災は自動消火装置で消火が始まっているが、火災以外にもダメージはあるらしく彼女の動きが鈍い。
咄嗟に下せる判断は一つしかない。
「ワシントンさんは高雄さんとヒューストンさんの援護に回ってください。奴は私が相手をします」
「……Copy Good Luck Mighty monster」
母国語で大和に幸運をと告げたワシントンは反転して高雄とヒューストンの援護に向かった。
ワシントンの背中を見送った大和は新型戦艦に向き直り、手汗がにじむ両手の掌をぐっと握りしめ、敵を見据える。
同様に見返してくる新型戦艦を鋭い目で睨みつけながら大和は敵に向かって言った。
「一騎打ちよ、邪魔は入らない、僚艦もいない。貴女と私、勝った方が北極海の覇者よ。セーフティーは切った、本当の勝負よ」
応答の合図の様に新型戦艦の艤装上に発砲の砲煙が迸る。鏡の様に大和の五一センチ三連装主砲の砲口からも砲煙と閃光が走った。
同航戦を描く二人の砲撃は、互いに互いの目標を打ち据えた。
大和の砲撃が遂に新型戦艦の艤装上に着弾し、爆破閃光と黒煙を放つ。ほぼ同時に大和の艤装上にも新型戦艦の砲撃が着弾する。
激しい衝撃に歯を食いしばって堪える大和にCIC妖精から被害報告が次々に上げられる。
「第一、第三高角砲、全壊!」
「敵砲弾、第一甲板を貫通し、第二甲板で爆発!」
「第一機械室にて火災発生! 消火作業急げ!」
バイタルパートで守られていない箇所で被弾による艤装の損傷が発生していた。
ダメコン要員が損傷個所の応急処置に向かう中、大和の砲撃も新型戦艦に一定のダメージを与えていた。五一センチ砲弾三発が直撃し、艤装の装備品のいくつかが破損しているのが伺えた。
だが致命傷には至っていない様だ。特に主武装たる主砲は全てが健在の様で、再び大和へ砲撃の砲火を放って来る。
連射速度は大和より早い。戦艦艦娘が備える大口径主砲の中でも特大サイズである大和の主砲はその分、再装填に時間がかかる。
砲術妖精が一秒でも早く再装填を終えようと奮闘する中、新型戦艦の放った砲撃が再び大和を捉える。
今度は予めバイタルパートで防ぎにかかったものの、一発が大和の頭部に命中する。防護機能で完璧に防いだものの鈍器で思いっきり殴られた様な衝撃が頭を打ち据え、身体にもじんと痺れかける衝撃が彼女を襲う。
立ち眩みが発生し、視界がぼやけ頭がふらふらとする中、再装填完了のブザーが鳴り響く。
「諸元そのまま、発砲! 撃て!」
頭を抑えながら射撃号令を下す大和に、自身の主砲の轟音と発砲の衝撃が押し寄せ、頭部への被弾の影響でぐちゃぐちゃになりそうな頭に別の衝撃が走る。
ノーガードの殴り合いだ、と挫傷を起こしかけた脳で必死に新型戦艦を見据え続ける。
再び新型戦艦の艦上に着弾の閃光が光り、爆発炎が敵戦艦を包む。これで逝く様な楽な相手ではないと見る大和の思惑通り、依然として健在な新型戦艦が爆発炎の中から姿を現す。
援護射撃を望める味方艦娘がいない今、新型戦艦を相手に出来るのは自分しかいない。ここが踏ん張りどころだ、と自分に言い聞かせ、ガードに入る。次は新型戦艦が撃って来る番だ。
案の定放たれた新型戦艦の砲撃が三度大和を打ち据える。第一主砲の天蓋に直撃弾が二発、バイタルパートで他の砲弾を弾く。
第一主砲の天蓋に直撃したものの、角度が悪かったのか跳弾となった敵主砲弾が火花を散らして虚空へと弾き飛ぶ一方、バイタルパートを打ち据えた敵砲弾は耳を聾する轟音と共に弾き返される。
先程の被弾でぐちゃぐちゃになりかけた視界が元通りになり始める中、大和は不敵な笑みを口元に浮かべた。
「大和型改二の装甲と火力は伊達じゃないのよ」
それは世界最強と謳われる戦艦艦娘の誇りの表れでもあった。
装填完了のブザーが鳴り響く。大和は元通りになる視界に新型戦艦を見据えながら「発砲! てぇーっ!」と号令を発した。
轟々たる砲声が海上に轟き、空中に砲弾を飛翔させていく中新型戦艦も再装填が終わった主砲を撃ち放つ。
来る、と大和が宙を見上げた時、彼女が右手に持つ傘に新型戦艦の砲撃が直撃し、大和の右手から弾き飛ばす。遅れて飛来した砲弾が傘で形成されていた防護機能が一瞬削がれた彼女の右腕に直撃した。
右腕に爆発の衝撃が走ると同時に鋭い痛みが走った。声にならない悲鳴を上げる大和の口から血が吐き出される。
大口叩いた傍からこれとは様がないわね、と左手で右腕を抑えながら口の中に血とは別の苦々しいモノを噛み締める。それよりも格下の戦艦に撃ち負けかけている自分が情けなかった。
非常警報が艤装から鳴り響き、肩で息をする大和に装備妖精が被害報告を入れるが右腕の痛みが脳を支配して報告が頭に入らない。
馬鹿になりかける頭で辛うじて痛み止めの注射を艤装内のファーストエイドキットから出して刺し、痛みだけは押さえる。
改めて右腕を見て大和はぞっとした。防護機能がほぼ削がれた状態でまともに食らったせいで右腕の脇の下辺りがぐちゃぐちゃになって骨が見えていた。当然ながら出血も酷い。
こういう時、どういう応急手当てをするのだっけ、と講習で教わった事を必死に思い出そうとする中、装備妖精達がファーストエイドキットの中身をもって破壊された右腕の患部の応急処置に当たった。
そうだ、自分の場合は戦闘中は戦闘に専念して患部の処置は装備妖精が行ってくれるんだった、と思い出す。
傷口に気を取られていた大和にまた新型戦艦の砲撃が飛来する。応射していられない今は一旦回避優先と大和は無傷の二本の足が履く主機に最大戦速を命じ、面舵に舵を切って回避行動を取る。
「まだよ……まだ、やれる」
そうは言いつつも深刻な怪我を負った大和は単独戦闘は危険だった。だが援護出来る艦娘がいない。
血痰を吐き出して新型戦艦を見据えた時、回避行動するしか手がない大和に畳みかける様に新型戦艦は斉射を放った。
無傷の主機と舵を駆使して何とか全弾回避するが、負傷が祟って応射が出来ない。残る左腕と頭部の視認照準測距儀は健在で砲撃自体は可能だが、破壊された右腕の応急処置が終わるまで応射は出来ないのだ。
このままでは、と歯を噛み締めた時、バードアイから通信が入った。
(索敵システムに艦影複数)
「別動隊?」
この忙しい時に未発見の敵艦隊か、と身構える大和だったが、バードアイから続けて送られてきた通信は想像とは違った。
(識別信号に該当あり。これは、愛鷹率いる第三三戦隊だ!)
第三三戦隊。その名前に大和はハッと気が付く。別行動を取っていた第三三戦隊が来援したのだ。
愛鷹! 来てくれたのね!
顔を輝かせて第三三戦隊が来る方向を見た大和の視界に、最大戦速で新型戦艦へ突撃しながら主砲を指向し、一斉射撃の砲火を放つ愛鷹以下、夕張、深雪、蒼月、初雪の五人の姿が見えた。
「第一戦隊大和の援護を行う。弾薬の残弾は気にするな! 全艦、全火力を敵新型戦艦に投射せよ、撃ち尽くせ!」
四一センチ主砲五門と長一〇センチ高角砲を新型戦艦へ向けて撃ち放ちながら愛鷹は夕張以下の第三三戦隊の仲間に向かって全力射撃を指示した。
深雪、初雪の一二・七センチ主砲弾と蒼月の長一〇センチ高角砲弾が雨あられと新型戦艦へ浴びせられ、夕張からは一四センチ主砲弾と甲標的が放たれる。
小口径砲弾多数と四一センチ主砲弾複数が着弾した新型戦艦がその身を悶えさせる。既に大和との交戦で少なくない損害を受けていた艤装に愛鷹以下の五人からの集中砲火を受けてさらにダメージが嵩んでいく。
休みなく浴びせられる砲撃の合間に夕張から放たれた甲標的が新型戦艦目掛けて魚雷二発を発射する。
着弾の火焔に包まれる新型戦艦の舷側に二本の水柱が突き立ち、新型戦艦がぐらりと揺らいだ。
「判断を誤らないでね……大和」
新型戦艦を見据えた愛鷹が主砲の第三斉射を放った時、大和から愛鷹達へ通信が入った。
(第三三戦隊は高雄さんとヒューストンさんの援護に回ってください。ワシントンさんは特殊砲撃データリンクをオンラインへ。敵戦艦に特殊砲撃による一斉射撃をもって撃沈します!)
指示を受けた六人から「了解!」の唱和した返事が返される。
被弾した高雄の援護に入ったワシントンの砲撃でネ級elite級一隻が撃沈され、残る一隻との砲撃戦となっていたが、参上した愛鷹以下の第三三戦隊が入れ替わり、残存するネ級へ砲火を開くとワシントンは砲撃を止め、大和の元へ引き返した。
「特殊砲撃データリンク・バックオンライン。二番艦ワシントン、特殊砲撃、Ready to Fire!」
「梯形陣二番艦に移行せよ。敵戦艦への射撃諸元を共有」
大和の左斜め後ろに着くワシントンの主砲が特殊砲撃管制を担う大和の手で遠隔操作され、砲口を新型戦艦に指向した。
五一センチ三連装主砲と一六インチ三連装主砲が第三三戦隊の急襲で損傷、混乱する新型戦艦に向けられる。
「大和、攻撃準備完了!」
「ワシントン、Standby!」
二人の姿を認めた新型戦艦が破損著しい艤装を動かして、主砲を二人へ指向する。だが、もう遅い。
すうと軽く息を吸った大和はこれでケリをつける、と言う硬い決意と共に凛と張った声で射撃号令を下した。
「特殊砲撃管制艦指示の目標、撃ちー方始めー! 発砲! てぇーっ!」
「Fire! Fire all!」
一斉に鳴り響いた五一センチ三連装主砲と一六インチ三連装主砲の斉射音が新型戦艦と艦娘との戦いのゲームエンドの合図となった。
データリンクによって共有された射撃諸元と特殊砲撃の管制を掌る大和によって統制された二隻の艦娘の一斉射撃が手負いの新型戦艦に吸い込まれる様に着弾していく。
文字通り吸い込まれる様に全弾が新型戦艦に着弾し、傷ついていたその艤装に巨大な破孔を穿つ。副砲やレーダーがバラバラになって吹き飛び、カニの様な艤装のカニの足の部分が折れ飛ぶ。そして五一センチ一式徹甲弾改と一六インチSHS(超重量砲弾)が新型戦艦の主砲を射抜き、轟音と共に全て爆砕して吹き飛ばすと、遅れて露になったバーベットから弾薬庫に飛び込んだ一式徹甲弾改とSHSがその中で起爆する。
目をくらませる閃光と耳を聾する爆発音が新型戦艦から走った直後、弾薬庫誘爆の大爆発の火焔が難敵新型戦艦棲姫を包み込んだ。
残る人の姿をした上半身とカニの足の様な部分で空を掻く様にもがく新型戦艦を猛煙と火炎が包み込む。
火焔が海水とせめぎ合い、白い水蒸気の煙を噴き上げる中、誘爆で開いた破孔から急激に浸水する新型戦艦が急速に大傾斜し始め、程なく新型戦艦は転覆した。
完全にひっくり返った新型戦艦の艤装が全ての活動を止め、裏返った新型戦艦はその後、ごぼごぼと言う気泡の音を立てて沈没した。
戦闘は艦娘の勝利が確定していた。
残存するヲ級flagship二隻は進路を変え、海域からの離脱を図った。ナ級elite級二隻は矢矧と叢雲との激戦の末大破して漂流中だ。どの道止めを刺されて終わりだろう。
他の深海棲艦北極海艦隊本隊を構成していた深海棲艦艦艇も艦娘との交戦で撃沈されるか、大破航行不能で結局は沈むしか残された道はない。
せめて、自分達だけでも北極海から離脱し、遥か遠くのカサブランカ沖の味方深海棲艦と合流出来ればとヲ級flagshipの二隻が遁走を図る。
だが、二隻の空母ヲ級の前に立ちはだかる艦娘がいた。
「どこを行く気だ? 貴様らに帰る所は無いぞ?」
ツ級の雷撃で全速発揮は不能でもヲ級の進路の先回り程度は出来た武蔵がにやりと不敵な笑みを浮かべヲ級に五一センチ連装主砲を指向し、答えを待つことなく海戦の仕上げの砲撃を放った。
(バードアイから作戦海域に展開する全艦娘へ。敵性反応の全滅を確認! よくやった全員。我々は北海及び北極海を奪還したぞ!)
終わった……北極海、北海で繰り広げられていた深海棲艦と人類の戦いが終わった。
その事実が辛うじて維持されていた大和の意識を瞬く間に鈍らせていき、負傷で体力を消耗していた大和は前のめりになって倒れかけた。
その長身を愛鷹が受け止め、脂汗を掻く大和の顔を見つめた。
自分には口酸っぱく無茶をするな、と言う癖に今回は大和自身が無茶をしてくれた。右腕は再生手術が必要だろう。千切れていないだけまだマシではあるが、負傷の治療でどれ程入院する事になるか。
とにかく、一つの区切りがついた。北海、北極海の制海権を奪還した国連軍はこれで全戦力を地中海へ振り向ける事が出来る。
「ひとまずは終わらせられたな、愛鷹。さてここからが正念場だ」
大和を支える愛鷹に近づき、一緒に大和の身体を支えに入る深雪が言う。
無言で頷いた愛鷹は深雪と共に「マナナン・マクリル」へ進路を取る一方、武蔵から第一群、第三群各艦娘に「集レ、集レ」の信号が発信された。
北海及び北極海の制海権を奪還した国連軍はその日の内に英国、ドイツ、オランダ等から集結地として定められたフランスのブレストへ向けて揚陸艦が出港した。
地中海へ回航される事になるこれらの艦艇は「地中海の自由」作戦に備えてブレスト港で準備を整えた後、ジブラルタル海峡を経由してツーロン港に再集結し、作戦開始を待つことになっていた。
北海及び北極海の制海権奪還後、地中海を中心とした深海棲艦の攻勢は止まり、イタリア半島での地上戦も北米方面軍から送り込まれた二個師団を中核に再編成された国連軍地上軍の反転攻勢が始まりつつあった。
次回から欧州地中海編となります。
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ではまた次回のお話でお会いしましょう。