欧州で深海棲艦と国連軍との戦いが続いていた頃、地球の反対側の日本艦隊統合司令部では不穏な知らせが連日留守を預かる谷田川の元へ届けられていた。
「空母棲姫を中核とする空母機動部隊か」
潜水艦隊による偵察結果の報告や、哨戒機などから上げられた深海棲艦の目撃情報を基に精査された深海棲艦の動向をまとめたディスプレイに、新たに追加された深海棲艦艦隊の表示を見つめて呟く。
欧州方面に艦娘艦隊の主力艦隊の多くを割いている国連軍にとって、現状太平洋方面は日本艦隊と主力艦隊が引き抜かれた北米艦隊だけで戦線を維持している状況だ。
太平洋方面での戦況は現状膠着状態にあり、目立った戦闘は起きていない。ショートランド泊地奪還以降は目立った前線の押上げもなく、時たま飛来する深海棲艦の重爆編隊と各地の基地航空隊が空戦を行っているくらいであり、艦隊戦は起きていない。
海上交通路の対潜哨戒に当たる海防艦艦娘らからは、複数の潜水艦撃沈の報告が上げられているがそれ以上の事は起きていない。民間船舶への深海棲艦による襲撃も起きておらず、平和と言えば平和な状況だった。
それが逆に不気味と言えた。
現に積極的な攻勢こそ仕掛けて来ないとは言っても、有力な深海棲艦艦隊が幾つか目撃されている。襲ってこないだけで、深海棲艦は太平洋のどこかへ大規模侵攻を行う為の戦力の再編成をどこかで行っているのではないか。そういう考えが日本艦隊司令部内で出ていた。
谷田川自身、欧州に主力を割いている現状手薄になっている太平洋方面に深海棲艦が仕掛けて来る可能性は高いと思っていた。
問題はどこに仕掛けて来るか、である。候補となる侵攻先は西太平洋に数多くある。国連軍の戦略的重要拠点は南はラバウル、中部太平洋はグアム、北は北方四島、アリューシャン列島に至る広大な戦域だ。
太平洋に展開する艦娘戦力で戦艦や空母などの重戦力を有しているのは日本艦隊だけである。勿論その数には限りがあるから広大な西太平洋全域をカバーする事は不可能だ。限りある戦力で侵攻に対処しなければならない。
一応国連軍太平洋方面軍司令部の見解では、深海棲艦が侵攻すると予想されている場所は、ラバウル、単冠湾、グアムの三か所に絞られていた。だがこの予測通りに敵が動くとは限らない。
一つ気になるのが、今年の中旬核攻撃が行われた沖ノ鳥島海域の旧深海棲艦拠点一体での深海棲艦の活動状況だ。
放射能レベルは低下し、艦娘を含めた人間の行動も可能なくらいになっている中で深海棲艦の艦隊が再び確認された。現時点ではホ級やヘ級率いる小規模な水雷戦隊しか確認されていないが、その水雷戦隊は沖ノ鳥島海域に対する調査艦隊である可能性が指摘されていた。
再度の深海棲艦の拠点化が可能かの調査を行っている艦隊ではないか、と言う指摘に谷田川はここがミソかも知れないと考えていた。
当面、日本艦隊は沖ノ鳥島海域を中心に重点的に偵察、哨戒を実施するべきだろう。
総司令官の武本や大和型艦娘など少なくない数の艦娘を欧州に送った日本艦隊だが、留守を守る艦娘へのアップデートとなる改二化改装が相次いで行われており戦力の強化が進んでいた。
比叡は姉の金剛同様改二丙へと改装され、現在は秘書艦職についている鳳翔にも過去の戦傷で低下した彼女の艦娘としてのステータスを補う新型の改二艤装が開発され予備戦力として鳳翔改二が実装された。
その他、最上や球磨、多摩、曙、高波、山風等に続々と改二改装が実施され日本艦隊の艦娘戦力の大々的な強化が図られていた。
開戦時と比べれば日本艦隊の艦娘戦力は大幅にその質を向上させていると言えた。
「戦力の強化は出来ている……あとはその今ある戦力でどれ程やれるか」
ここ一か月の間に改装とそれに伴う新艤装への慣熟を終えた艦娘のリストを眺めながら呟く谷田川と共に、提督執務室でデスクワークをしている鳳翔の脇の電話が鳴った。受話器を取って「はい」と二言三言応えた鳳翔は谷田川に顔を向ける。
「提督、市ヶ谷からです。日本方面軍総司令部とテレビ会議要求が」
「分かった、繋いでくれ」
鳳翔に回線を繋ぐよう頼みながら谷田川自身はリモコンで提督執務室の窓のシャッターを閉じさせ、同時に部屋のドアをロックする。
閉鎖状態へ移行する提督執務室の照明が切られ、大画面モニターが点灯し、市ヶ谷にある日本方面軍総司令部の会議室との回線が開かれる。
液晶パネル越しに市ヶ谷の日本方面軍総司令部に務める日本方面軍総司令官板垣大将、本土防衛総隊司令官土方大将、海兵隊司令官迫水中将、海兵隊航空軍司令官桐谷中将、首席参謀瀬良准将、情報参謀上島准将と言った司令部の面々が映し出される。
海軍の谷田川だけ、会議室にいない形ではあったが板垣大将が谷田川と会議室に集まった一同を見渡して口を開いた。
≪全員招集できたようだな。それでは緊急の要件で日本本土防衛に関する会議を開く。
まずは首席参謀、瀬良准将≫
≪は、では。ご存じの通り、深海棲艦の西太平洋における活動が活発になって来ております。海軍及び我が日本方面軍を隷下に収める国連軍太平洋方面軍司令部の分析ではラバウル、単冠湾、グアムの三か所に侵攻予測を立てていますが、深海棲艦の活動、行動を完全に予期するのは困難です。
日本本土へ王手を直にかけて来る可能性も無いとは言い切れません。それを裏付ける様に沖ノ鳥島海域での深海棲艦の活動報告が日本艦隊総司令官代行谷田川少将より報告が上げられております。
民間への被害は起こり得る前に防ぐのが我々の責務です。防衛大綱に関して諸君らから何か気になる事などを含めて、忌憚のない意見交換を求めます≫
≪海軍としては日本本土への侵攻の可能性はどの程度あると見積もっておるのかね?≫
谷田川の顔を見て本土防衛総隊司令官の土方大将が問う。
「スーパーコンピューターなどを駆使してのシミュレートでは現在、凡そ二〇パーセント。これは国連軍太平洋方面軍司令部が立てた三か所の我が軍の重要拠点への侵攻の可能性の確立とほぼ同値です。
深海棲艦の活動範囲は神出鬼没であり、国連軍太平洋方面軍司令部の立てた侵攻予測ポイントを通り越し、日本本土へ直接攻撃を仕掛けて来る可能性が憂慮されます。
無論、洋上での防衛行動に当たるのが我々海軍の務め。万が一の場合は最大限の防衛戦に当たる事は約束しますが、ご存じの通り深海棲艦の巨大艦ス級が複数投入された場合、我が方は火力で圧倒される公算大です」
確率二〇パーセント。決して低い数字とは言い難い。寧ろ試算結果としては高い数値である。
≪宜しいでしょうか≫
挙手して発言を求める迫水中将に板垣が許可する。
≪海兵隊として、万が一海軍艦隊が深海棲艦の防衛戦を突破した場合に備えて、事前に沿岸部の住民に対する内陸部への集団疎開を行っておきたい所存です。
日本全土に住まう沿岸部住民は各都道府県で異なりますが、太平洋側だけでも総計で三〇〇〇万人を超える事は国交省の昨年度の統計から判明しています。
首都東京を始め、沿岸部の民間人を土壇場で緊急避難させるのは我が海兵隊及び警察、消防の手に余ります。
沖ノ鳥島海域で再び深海棲艦の活動が確認された、と言う事は拠点化を目論んでいる公算が高いと小官は考えます。いつその地から大規模な侵攻部隊が日本へ押し寄せるか分からぬ状況。計画的に沿岸部、特に太平洋側の民間人を内陸部へ予防措置として疎開を行わせるべきだと小官は進言する所です≫
≪確かに民間人に被害が生じる前に事を収めるのが我々の共通認識だ。だが、板垣中将、まだ深海棲艦が沖ノ鳥島海域に再拠点化を行ったと言う訳では無い段階で民間人へ内陸部への疎開を命じるのは民間人への負担が大きいのではないかね?≫
時期早しではないかと反論する桐谷中将に迫水は視線を向けて答える。
≪無論時期は調整するべきでありますが、沖ノ鳥島海域と海を挟んだ地に住まう三〇〇〇万の民間人を一度に疎開させるのは大きな混乱を引き起こします。ぼやの段階で火災へと発展すると見て避難を開始しておかねば取り返しのつかない事態になりかねません≫
「住民の疎開。簡単に言わないで下さい迫水中将」
黙って聞いていた谷田川が不意に口を挟むと、ディスプレイの向こう側にいる会議室の全員の視線が彼に向けられる。
向けられてきたすべての視線を受け止め名ながら谷田川は自身の意見を述べた。
「最悪の事態が発生した場合、住民の疎開はする事になりましょう。ですが、疎開すると言う事はそれまでの日常生活、職場、家財、何もかもすべて捨てて逃げろ、と言う事です。
一度失ってしまった日常や家財の再建は、民間人の個人の力では極めて困難です。無論そうなる前に食い止めるのは我々海軍の務めですが、民間人の生活を考慮せずに疎開だ、避難だ、を要請する事は一人の人間として賛同いたしかねます。
情報収集が現状不十分な段階で民間人に疎開を求めるのは彼らにとって厳しい状況に追い込みかねません。国内経済、工業、諸々にも影響が生じます。情報が十分に揃うのを待ってから住民の疎開云々は判断すべきでしょう」
≪だが、太平洋側沿岸部だけでも三〇〇〇万だ。数字では分り難いだろうがこの数は膨大に一言に尽きる。深海棲艦の狙いが日本本土と分かった時点で即座に疎開に移せる数でない≫
そう反論する迫水の顔を見据えて谷田川は対論を唱えた。
「民間の報道機関に深海棲艦の動向を逐次流しましょう。民間へ自主的な移動を促すのです。危機意識が高まれば内陸部に親戚などの頼り手がある民間人は移動させられる子供や高齢者などを自主疎開するくらいの行動はするはずです。
開戦初期の沿岸部への深海棲艦の攻撃が記憶に残る世代は多い。報道機関からの深海棲艦の情報で自主行動を起こす民間人は出ましょう」
≪つまり、現状は民間側の自主行動に委ねるのが現状の最善策と言う訳か≫
「その通りです」
なる程、と谷田川の意見に会議室の面々が頷く。
(市ヶ谷の連中とて素人ではない。だが前線から遠く程後方には前線で考えうる策が頭に浮かばない事がしばしばだ。
時に自軍有利に事が進んでいる状況下。優位と言う状況は麻酔が効くかの様に指揮官の判断力と頭脳を鈍らせる。
現時点で太平洋方面の戦況はその『優位』と呼べる状況下にあると言っていい。サーモン北方、KW環礁、かつての激戦区は今や我が軍の支配権となり、広大な太平洋が深海棲艦の牙城となったハワイとの間に見えぬ壁となって我々と奴らの間に立ちはだかっている。
この状況で指揮官たちの判断力の鈍化が慢心となり、思わぬ損害と被害の元となる。俺達はそれを痛い程教わって来た。
艦娘を始めとする将兵と言う血肉の代償を支払って……)
口には出さずに谷田川はディスプレイの向こう側に居座る日本方面軍の幕僚や司令官たちの顔を見つめながら胸中で呟いていた。
≪民間及び国営放送を含めた報道機関への情報共有を徹底し、万が一の事態に備える。現状我々が取れるカードはそれだけだな≫
とんとんと人差し指で机をたたきながら土方が言う。
全員が相槌を打つ中、迫水は谷田川に艦隊の状況について確認を取る。
≪我が日本艦隊の艦隊戦力と海上交通路の保全状況はどうか≫
「改二化の予算が承認された艦娘の改二化改装とその慣熟は概ね完了しております。
現在は第三戦隊の戦艦艦娘榛名の第三改装、白露型駆逐艦艦娘の時雨の第三改装の予算審議を国連軍上層部に提出した所です。予算の認可が下り次第、艤装メーカーに新型艤装の発注を行います」
かつて防衛省と財務省で装備の予算審議を行っていた自衛隊時代とは異なり、全軍の指揮系統を国連軍に預けている今の日本方面軍では装備調達関連の予算審議も国連軍内部の専門部門で行われている。
どう言った判断基準で艦娘の改二化の改装判断が行われているのかは谷田川自身も把握していないが、国連軍内の兵器局の部署「チャーリー2」が主に艦娘の改装に関する全決定権を担っていると言う。
「海上交通路の状況ですが、深海棲艦の通商破壊が今年に入ってから最盛期と比べて九〇パーセント減少した結果ほぼ制海権を維持出来ている状況にあり各輸送船団はそのほぼ全てが既定の航行計画通りに物資輸送を実施できています。
ただし海防艦艦娘による深海棲艦の潜水艦撃沈の報告は週に二、三件の割合で上げられています」
≪西太平洋の制海権は事実上我が軍が掌握しつつあると言う事か。一昔前からは考えられない事だな≫
少し遠い目になって言う板垣に谷田川を含めた一同が頷いた。
艦娘が配備される前、通常艦艇だけで海上交通路の防衛を行っていた時は日々入って来る損害と被害に日本の防衛を掌る司令部要員は青くなったものだった。
通常艦艇では深海棲艦相手には成す術がないだけに、一〇隻の船団と護衛を組んで一隻でも港に辿り着ければ良い方だった。
今では輸送船団の港への帰着率は一〇〇パーセントにはならずとも九九パーセントは維持出来ている。
資源の多くを輸入に頼り日本にとって海上交通路の保全は日本と言う国の存在そのものに関わって来る。故に海軍が果たす役割は極めて大きい。
深海棲艦の脅威に対抗するだけが海軍の務めではないのだ。
谷田川が日本本土で防衛問題込みの会議に参加している頃、地球の反対側ジブラルタル基地を出港した国連軍西部進撃隊の艦隊は地中海へと乗り出していた。
反攻作戦の開始だった。
アルボラン島を通過した所で西部進撃隊の前衛部隊を務める第三三特別混成機動艦隊は母艦「ズムウォルト」より進発し、西部進撃隊本隊の前路の偵察任務に出撃した。
「両舷前進強速」
第三三特別混成機動艦隊の旗艦を務める愛鷹の号令が下るや、彼女を基幹とし空母イントレピッド、摩耶、鳥海、愛宕、フレッチャー、ジョストンの七隻からなる第一群と、青葉、衣笠、瑞鳳、伊吹、蒼月、陽炎、不知火からなる七隻の第二群に分かれた一四人の艦娘が地中海の海を進んだ。
「航空隊は偵察機の発艦始め」
「Roger」
航空偵察隊の発艦を指示する愛鷹にイントレピッドは頷くと偵察爆撃機隊のSB2Cヘルダイバーを発艦させた。
彼女のボルトアクションライフル型航空艤装から射出されたヘルダイバーが編隊を組んで各方面へ前進していく。エセックス級空母ならではの大規模な航空戦力を有する彼女ならではの物量が空を舞った。
「事前偵察情報無き海域、か」
飛び立っていく偵察機隊を見上げながら愛鷹は呟いた。
地中海の深海棲艦の展開状況を把握するの阻むのは通信障害だけではなく、国連軍の航空基地への深海棲艦の空爆で偵察に使える哨戒機の多くが地上撃破されてしまったのもある。目下多くの飛行隊が再建途上であり艦隊の支援は行えそうにない。
哨戒機飛行隊の再建と再編成を待ってからでもよかったのではないかという気持ちもするが、欧州総軍司令部は作戦決行時期の変更をする事は無かった。
嫌な予感がしないでもないが、いつもの事だと今は割り切るしかない。
青葉に指揮を任せている第二群の瑞鳳からも偵察機が発艦し、航空偵察ゾーンへ天山を進出させていった。
いつも航空偵察の任務を任せている瑞鳳に加えてイントレピッドの航空隊も加わっているだけに、此度実施された航空偵察の範囲は第三三戦隊の頃と比べると大幅に拡大されていた。
偵察機から送られてくる偵察情報は「ズムウォルト」から発艦したEV-38を介して全艦娘にデータリンクで中継され、リアルタイムで確認可能だ。
旗艦を務める愛鷹のHUDには早くも偵察機の進出状況がハイライトされている。愛鷹直卒の第一群の前方に展開する第二群からは青葉から対潜哨戒任務にあたる瑞雲が発艦して、第一、第二群の周囲で対潜哨戒と警戒に当たった。
通信障害が発生して航空偵察が阻まれているとは言っても、それはあくまでも艦娘の装備以外の通常兵器に限った話なのか、艦娘間データリンクには特に異常は見られない。先行する青葉以下の第二群との通信状況も良好だ。EV-38とのデータリンクと通信も特に問題は無い。
まだ深海棲艦の障害レベルが高くない海域なのかもしれないが、いずれにせよ先へ進まない事には分からない。
少なくともアルボラン島までは深海棲艦は進出していない。地中海には相当数の深海棲艦が展開している筈だが、なんだかんだ言って日本艦隊がやって来るまで欧州総軍の各国の艦娘艦隊が地中海の各地で深海棲艦の艦隊と交戦していくらかは撃破しているから、総兵力はある程度は減少している可能性はある。
愛鷹個人の不安要素としてはやはりス級の存在だ。艦娘には現状ス級に正面から対抗可能な火力を持つ者が無い以上、何らかの艦娘以外の手段を用いて撃沈しなければならない。
これまでに撃沈が確認されたス級は全て無印。elite級のス級は全艦が健在だ。無印のス級もまだ一隻は残っている。
地中海各地を散々荒らして回り、国連地上軍に大きな損害を与えてきたス級だが、少なくともここ三週間は目撃情報が無い。航空偵察を含めた通常兵器による偵察が深海棲艦の起こす通信障害で出来なくなってしまった為、最新の情報が得られなくなっていると言う状況を加味してもス級を見た、と言う国連軍の将兵は出ていない。
考えうるのは、ス級を酷使し過ぎた結果オーバーホールを含めた整備と補修が必要になり、どこかの深海棲艦のドックに下げられていると言う事だった。実際ス級が目撃されなくなった日を境に戦艦棲姫が交替する様に展開して来ているのが確認されている。
その戦艦棲姫も、戦艦夏姫と言う戦艦棲姫のマイナーチェンジ型だと言う。火力は圧倒的であり防御力も抜かり無いがス級程の絶望的な戦力差は無い。
戦艦夏姫。愛鷹と蒼月と伊吹は戦艦棲姫系との交戦経験は無いが、第三三特別混成機動艦隊に属する艦娘の全員が戦艦棲姫との交戦経験を持つ。とにかく火力が高く、大破状態に追い込んでも艦娘をカウンター攻撃で大破させに来た言う。
ス級が登場する以前は深海棲艦の中でも砲撃火力に特化した火力脳筋艦だったが、ス級の登場で一気に二線級になった感は否めない。それでも圧倒的火力投射能力は健在だ。愛鷹の強化された主砲でもぎりぎり対抗出来るくらいの相手である。
楽になったのか、そうでもないのか。もし深海棲艦がス級の整備補修を終えて戦線に復帰させたら、と思うだけでも愛鷹の背筋はひんやりと冷たくなる。
艦隊司令部は第三三特別混成機動艦隊にあらゆる支援を約束すると言ったものの、戦術レベルでは常に想定外の事が起こりうるのが常だ。予想の斜め上を行く経験は愛鷹自身も何度となく味わっているだけに安心しきれない。
あれこれ気を揉む彼女にイントレピッドから発艦した偵察機から深海棲艦艦隊捕捉の第一報が入る。
(ブルーバイキング5-1より通知する。軽巡へ級flagship級一、重巡ネ級elite級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ロ級後期型二隻の艦隊を確認。目標位置は……)
送られて来た敵艦隊の位置情報に鳥海がメガネの位置を正しながら呟く。
「思ったよりも近いですね」
「近いっちゃ近いが、そう大した戦力でもないだろ」
両手の拳を揉みながら返す摩耶に鳥海はふっと口元に不敵な笑みを浮かべながら頷く。
始末は難しくない、と言う認識は愛鷹も同じだった。今回の任務は敵情把握と前路掃蕩、可能な範囲で敵艦隊の撃滅も行う。
「旗艦愛鷹より伊吹さんへ。航空隊発艦準備、航空攻撃を持って敵巡洋艦戦隊を撃滅します」
「了解」
直ちに伊吹が展開した航空艤装のエレベーターから翼をたたんだ橘花改と景雲改の二機種が飛行甲板へと上げられ、高まる二種類のジェットエンジンの音が彼女の艤装上で響き始める。
橘花改が四機と景雲改が六機。景雲改は今回の欧州派遣に当たって新規に伊吹の艦載機として積み込まれたものだと言う。橘花改が制空戦闘をこなしながら爆撃が出来るのに対して、景雲改はその逆の性質と言っていい。
「良い艦載機使ってんな」
発艦準備を進める伊吹に摩耶が橘花改と景雲改を見て物珍しそうな目を向けると、伊吹はドライな眼差しで答えた。
「勇敢でも賢くても幸運でも、墜ちるときは墜ちる機体です」
「ま、そういう時もあるだろうな」
どんな航空妖精が乗っても落とされる時は落とされるとドライに言い切る伊吹に、摩耶は自身の対空艤装を見やりながら頷いた。
通称「対空番長」と呼ばれる程、摩耶は対空艦として重宝されてきた重巡艦娘だ。彼女の対空戦闘能力は秋月型には一歩譲るが決して無視出来ない戦力である。模擬戦で摩耶の対空射撃を突破した艦娘航空隊は極僅かだと言う評判からも彼女の射撃の腕前が伺えた。
程なく射出準備を終えた橘花改と景雲改計一二機が伊吹の航空艤装のカタパルトから射出された。
ブライドルレトリバーで引かれる形でカタパルト射出された一二機は瞬く間に青空へと編隊を組んで上昇していき、ジェットエンジンの轟音を残して敵艦隊へと飛び去って行った。
伊吹から攻撃隊が発艦してから一〇分程過ぎた時、新たに二群の深海棲艦艦隊が確認された。
「ハ級elite級一、ロ級後期型、PT小鬼群三の艦隊と、ハ級elite級三、PT小鬼群三の艦隊か……」
二群の艦隊を発見した瑞鳳の偵察機、フェーザント2-1と2-2からの報告を聞き愛鷹は薄らとだがその顔に渋面を浮かべる。
PT小鬼群は厄介だ。基本的に大口径主砲では追随困難な高機動で艦娘を翻弄しつつ、肉薄魚雷攻撃を仕掛けて来る。過去の作戦でPT小鬼群の肉薄攻撃を食らって大破した艦娘は数知れない。辛うじて有効な対処法は小型艦娘の主砲や機関砲による水上射撃だった。
またハ級elite級もいささか面倒な相手である。PT程ではないが高い回避運動性能と侮りがたい火力で大型艦娘すら大破させに来る強力な攻撃を放つ駆逐艦だ。イ級やロ級とはまた別次元の脅威度がある。
こちらにはイントレピッドと伊吹の航空戦力があるが、PTの回避性能は航空攻撃すら悠々と躱してのける。対空戦闘能力自体は低いが、その低い戦闘能力を回避能力で補っている形だ。
前路掃蕩が任務の第三三特別混成機動艦隊とは言え、流石に相手をしたくない敵艦隊である。だが任務の性質上は相手取らねばならない。
PT小鬼群を含む二群への対処を任せる艦隊編成を愛鷹が考案していると、ヘッドセットから伊吹から発艦した攻撃隊が交戦を開始する無線が入って来た。
(タイタン1よりアウル1、ホワイトホーク1へ、攻撃開始)
(了解、アタックポイントを確認。爆弾投下用意)
艦隊防空を担うツ級から猛烈な対空射撃が一二機の攻撃隊に向かって撃ち上げられる。
橘花改と景雲改の編隊の周囲に対空弾が炸裂する爆炎が咲き乱れ、そこにネ級を含む僚艦が撃ち上げる対空砲火も混じる。
対空機関砲の火箭まで撃ち上げられてくる中、爆撃コースを確保した景雲改二機がジェットエンジンの音を響かせながらツ級へと吶喊する。DEAD、敵防空網破壊攻撃だ。ツ級を排除すれば味方機の対艦攻撃がしやすくなると踏んでの爆撃だった。
防空艦なだけに激しい対空砲火を撃ち上げて来るツ級だが、景雲改の速度に追随しきれていない。まぐれ当たりの様な至近弾こそあれど、対空弾の散弾は景雲改に致命的なダメージを与えるには至らない。
最も景雲改を駆る航空妖精はツ級の弾幕にいつ落とされるか内心冷や冷やしながら操縦桿とスロットルレバーを握りしめていたのだが。
距離が近づくにつれて対空機関砲の弾幕まで浴びせられる中、「タイタン1、爆弾投下」と航空妖精が爆撃をコールすると景雲改の胴体から五〇〇キロ爆弾が切り離されツ級へと迫る。二番機が続けて爆弾と投下し、二機は揃って機首を上げて離脱に入る。
投下された爆弾は一発は外れて跳弾となって海面を跳ねながらなんとロ級に命中し、残る一発がツ級に直撃した。
海上で爆発と爆炎が二つ生じ、黒煙が二本遅れて青空へと立ち昇っていく。被弾したロ級とツ級は早くも動きを止め、対空射撃も停止していた。
ツ級の対空射撃が止むや、他の橘花改と景雲改も爆撃を開始する。残るネ級やへ級、ロ級が対空砲火を撃ち上げ応戦を試みるが、防空艦であるだけでなく、艦隊全体の防空指揮も担うツ級を失っては効果的な対空射撃も難しい。
各艦がバラバラに撃ち上げる対空弾を悠然と躱した橘花改と景雲改が腹に抱いていた爆弾を深海棲艦艦隊の各艦に投下していく。音速に迫るジェット機の運動エネルギーも相まって叩き付けられた爆弾は残る四隻の深海棲艦艦隊の全艦に深刻な損傷を与えた。
へ級とロ級は早くも片舷に大傾斜を始めて波間に没しようとしていた。ネ級とツ級は辛うじて浮かんでいたが、その兵装は沈黙し、航跡も短くなっていた。
止めを刺す様に橘花改が低空に舞い降りるや三〇ミリ機関砲の掃射をネ級とツ級に浴びせる。連射音が響き渡り、低レートながら高威力の三〇ミリ弾が瀕死のネ級とツ級に着弾し、深手を負った艦体の傷を更に抉る。
反復して掃射を行った橘花改四機の三〇ミリ弾が尽くと、橘花改の一番機、タイタン1から攻撃終了が宣言された。全機が撤収する為再度編隊を組み直した時、海上には沈没は時間の問題となったネ級とツ級、それに先に沈没したへ級とロ級の残骸が上げる黒煙が残されていた。
(目標への攻撃完了。全艦の沈黙を確認、BDAは効果充分と判断セリ。ワレこれより帰投する)
「了解」
最初の敵艦隊への航空攻撃は上手く行った。次はPTを含む二群の艦隊への対処だ。
正直愛鷹としては後続の主力艦隊に任せてもいい気がしなくも無いが、前衛部隊である自分達の任務であるし、PTとハ級ぐらいなら練度で負けていない第三三特別混成機動艦隊の艦娘でも対処は不可能では無いと思っていた。
無論適切な人選が大事である。ひとまず「ズムウォルト」で待機していた夕張、敷波、綾波、深雪の四人を呼び出して第三群を形成し、それに蒼月とジョンストンの二人を加えて先行させることとした。
第三三特別混成機動艦隊の後方を征く「ズムウォルト」の後部ハッチが開き、夕張と敷波、綾波、深雪の四人が発艦し、隊列を組んで愛鷹率いる第一群を追い抜いていく。
追い抜きざまに夕張は軽く愛鷹に敬礼して指揮権を頂いたことを確認する。
「夕張、分艦隊旗艦頂きました。先行します」
「気をつけてくださいね」
第一群から分離したジョンストンが夕張を先頭にした単縦陣の隊列に加わり、さらに第二群から分離した蒼月が殿と務める形でその陣形に加わった。
五人の駆逐艦娘を率いて先陣を切る夕張が加速し前進していく。先行する形で前進を開始した夕張以下の艦隊の後を見送る第三三特別混成機動艦隊の艦娘達は、警戒監視を強めた。
第一群はジョンストンを分派した分、対潜哨戒と対潜攻撃可能な艦娘がフレッチャーのみとなった為、イントレピッドからTBM-3W+3Sアヴェンジャー艦上攻撃機を対潜哨戒機として発艦させて対潜哨戒と警戒に当たらせてフレッチャーの負担を補った。
先行する夕張以下六人の艦隊が最初の深海棲艦艦隊小艦隊と会敵したのは、本隊から分離して一〇分程度の事だった。
「水平線上に艦影を確認! 右二〇度、艦影六。駆逐艦三、PT小鬼群三と認む!」
「電探でも敵艦影を捕捉。見張り員の報告と同じです」
先頭を進む夕張の見張り員妖精とCICの電測員妖精からほぼ同時に二つの報告が夕張へと上げられる。
夕張自身も双眼鏡で見張り員妖精が示した方角を確認する。赤いオーラの艦影が三つ。航空偵察で確認されたハ級elite級三隻に間違いない。三隻の駆逐艦にやや遅れる形でPT三隻が続航しているのが見える。
「水上戦闘用意! 面舵五度、水上戦闘左砲雷同時戦」
分艦隊旗艦夕張の号令の元、続航する敷波、綾波、深雪、蒼月、ジョンストンの五人の主砲と魚雷発射管が左舷を指向する。
六人の頭上を青葉から発艦した瑞雲一機が支援の為に飛んでいた。弾着観測支援を行ってくれるから正確な射撃データを得る事が可能だ。
「瑞雲に発光信号送れ、ワレこれより会敵す。変針点通過、面舵五度、左砲雷同時戦に備え」
「了解」
最も前進している自分達の居場所を自ら電波を発する事で他の深海棲艦艦隊に知られる事を防ぐ為、夕張は敢えて無線ではなく発光信号による中継リレー通信を要請した。
指示を受けて瑞雲へ向けて装備妖精が発光信号を送ると、上空を飛ぶ瑞雲が後方の第一、第二群の方へ中継する形で発光信号を送るのが夕張達の目からも見えた。会敵を本隊に知らせた様だ。
(第三群、夕張より発光信号。変針点通過、面舵五度、左砲雷同時戦に備え。先行する第三群は単縦陣の戦闘隊形を維持、尚も増速中)
(第二群分艦隊旗艦青葉より入電、我未だ敵潜水艦隊を確認出来ず。されど敵潜水艦の気配あり、全艦対潜警戒を厳となせ)
「了解」
夕張と青葉からの二つの報告に応じながら愛鷹はHUDで前方を進む第三群の展開状況を確認する。EV-38がリアルタイムで追跡しているのをデータリンクで共有しているので、第二群と第三群がどう動いているのかが愛鷹に手に取るように分かった。
左砲雷同時戦に入った夕張以下の第三群は主砲射程内に深海棲艦を収めるべく増速し、深海棲艦艦隊も増速して交戦の構えを取っている。
表示を切り替え、青葉の艦載機である瑞雲が形成する対潜哨戒網をHUDにハイライトする。潜水艦の気配ありと青葉は言ってきたが、少なくともHUDには潜水艦のマーキングは表示されていない。ただ瑞雲の搭載するMADに反応が出ているのでいないとも限らない。ただMADは海底にある磁気を発するものなら何でも探知してしまうので、沈船等の可能性も無きに非ずだ。
無論、警戒するに越した事は無い。
「左砲戦、主砲撃ちー方始めー! 発砲、てぇーッ!」
左舷に主砲を指向した夕張が艤装管制グリップのトリガーを引き絞ると、一四センチ連装主砲二基が火を噴いた。
発砲の砲声と衝撃波を伴いながら主砲の砲身から撃ち出された四発の徹甲弾が、ハ級elite級に向かって飛翔して行く。続航する蒼月、ジョンストンの長一〇センチ高角砲とMk30改五インチ単装速射砲の砲声が一拍遅れて続く。
敷波と綾波、深雪の三人は夕張から分かれてPTへの対応に入っていた。三人の一二・七センチ連装主砲の砲声が相次いで海上に響き渡り、PTの神経を逆なでする笑い声がそれに交じる。
小太鼓を連打するような連射を繰り返す蒼月とジョンストンの主砲から、鶴瓶撃つように砲弾がハ級へと飛んで行く。ジョンストンのGFCS射撃管制レーダー連動の主砲は極めて正確に敵艦の元へ砲弾を送り込んでいる。ハ級の周囲にMk30改の五インチ砲弾が突き立てた水柱が林の様に林立し、ハ級の艦影を包み隠す。
レーダー連動の射撃管制装置を持たない蒼月は、その優れた視力を持ってハ級の元へ長一〇センチ高角砲の砲弾を撃ち込んでいた。ハ級の前後左右に蒼月が放った射撃が着弾する。
勿論、ハ級も撃たれっぱなしではない。ハ級の小口径主砲が発砲の閃光を砲口に瞬かせ、発砲炎が水平線上に三つ瞬くと三つの砲声が遅れて響き渡る。
鋭い飛翔音を上げながら飛来した砲弾が夕張、蒼月、ジョンストンの周囲に着弾し三人に至近弾の水柱を浴びせる。
小口径主砲と中口径主砲の砲撃戦が繰り広げられる中、最初に有効弾を得たのは蒼月だった。
蒼月が狙うハ級二番艦の艤装上に着弾の閃光が走り、何かの部品が爆炎越しに宙を舞う。ぐらりと被弾の衝撃でハ級が艦体をくねらせ、黒煙を吐きながら悶え苦しむかの様にその傷ついた艦体を震わせる。
遅れてジョンストンが放った斉射がハ級三番艦を捉える。二発の五インチ砲弾が立て続けに着弾し、主砲が破壊され、魚雷発射管にも着弾してこれを無力化する。瞬く間に機関砲以外の前兵装を潰されたハ級だったが、機関砲があればまだ戦えると言わんばかりに進路を変えて距離を詰めにかかる。
二人がハ級に有効弾を送り込んで二斉射分の時間をとって夕張もハ級一番艦に直撃弾を出す。蒼月とジョンストンの二人の主砲よりも威力の高い一四センチ弾が直撃するや、着弾の閃光と艤装の何かが爆砕される爆炎が同時に走る。被弾箇所から火焔が噴き出し、モクモクと黒煙を上げながらハ級が速力を徐々に落とす。
次弾装填を終えた主砲を三人が揃って撃ち放つと、驚いたことに主砲を破壊された三番艦以外の二隻のハ級の艦上でも同様に主砲の発砲炎が瞬いた。
被弾により正確な照準が難しくなっていたのだろう。ハ級が放った砲撃は三人の頭上を飛び越して何もない海上に着弾し、海中へと沈んで行った。
距離を詰めて機関砲による射撃を試みようとするハ級三番艦にジョンストンの砲撃が立て続けに着弾し、遅れて二番艦、一番艦に蒼月と夕張の砲撃が着弾する。夕張の砲撃を食らったハ級一番艦がアッパーカットを食らったかのようにその艦体を跳ね、ワンテンポ遅れて大爆発の閃光と爆炎の中に消える。
轟沈する一番艦に続き、ハ級二番艦に蒼月からの連射が命中する。ジャブを左右から食らう様に右に左に被弾の衝撃で振れるハ級二番艦の艦上で激しい火災が発生し、みるみる二番艦が速力を落とし、前のめりになりながら大きく傾斜を始める。
ハ級三隻の撃沈を確認した夕張はヘッドセットに手を当てて通話スイッチを押すと、PTを交戦する深雪に状況を尋ねた。
「そっちはどう?」
(取り込み中だ)
PT三隻と交戦する深雪、敷波、綾波の三人の主砲が火を噴く度に、PTは素早い急旋回を繰り返して悉く降り注ぐ砲弾を躱していく。
回避一辺倒なだけあって、持ち前の魚雷を発射できる体制には入らせていないが、神経を逆なでする笑い声の様な声を上げてPT小鬼群は深雪たちを挑発する。
黙っていれば中々攻撃が当たらないじれったさだけで済むPTだが、挑発するような笑い声を浴びせられると深雪の頭に血が上り始める。
だが、それがPTの戦術だ。艦娘の攻撃を徹底的に回避しながら挑発し、怒り心頭にさせて視野狭窄を誘い自分達の有利な状況を作り出して魚雷を撃ち込む。氷のように冷静になれ、と自戒を込めながら深雪は主砲を撃ち放つ。
PTは回避一辺倒なだけあって、貧弱な備砲による応射は無い。元々備砲を用いての砲撃戦を挑んで来る事自体が稀である深海棲艦だ。回避能力と雷撃戦能力に特化している深海艦艇と言える。
動きを先読みするのも難しい程よく動くPTに深雪らは募る苛立ちを堪えながら、主砲を撃ちこむ。動きはトリッキーとは言え、決して攻撃の通用しない敵と言う訳でもない。
対空機関砲による対水上射撃が最も効果的だが、生憎三人の艤装には対空機関砲が備わって無い。その代わり、構える腕で直接照準できる主砲がある。
膠着状態が続く深雪たちに夕張、蒼月、ジョンストンが加勢に加わった。
深雪、敷波、綾波の三人が牽制射撃を加えPTの動きを封じ、魚雷発射体制への移行を出来なくする一方、夕張達は機関砲の射程圏内へと接近し、主兵装の魚雷が撃てないPTに対して数少ない有効策である対空機関砲による水上射撃を行う。
夕張と蒼月の二五ミリ機関砲とジョンストンの四〇ミリ機関砲の掃射音が鳴り響くや、海上に着弾する機関砲弾が作り出す水柱の壁が現れる。
駆逐艦娘三隻からの砲撃で動きと攻撃の機会を封じられたPTの艦体に、夕張達からの機関砲射撃の銃火が着弾する。一発一発のダメージは砲撃よりも低いが、防御力自体は皆無のPTに直撃弾を得られただけでもかなり意味は大きかった。
被弾した影響で機動力が衰えるPT三隻に六人から集中砲火が浴びせられる。主砲、機関砲を動員した全力射撃はPTの周囲に無数の水柱を突き立て、その小柄な艦体を包み隠す。硝煙が混じり薄汚れた水柱が無数に突き立つ中、被弾したPTの爆発炎がカーテンの様に立ちはだかる水柱の向こうで煌めく。
集中砲火を浴びせる夕張達の目に突如目くるめく閃光が走ったかと思うとPTの一隻が大爆発して果てる。無防備な魚雷発射管に被弾して誘爆した自身の魚雷に自身を砕かれたらしい。
残り二隻のPTは形勢不利を悟って離脱を図ろうとするが、六人の艦娘から雨あられと浴びせられる砲撃を前に離脱の機会を失していた。
蒼月の長一〇センチ高角砲から撃ち出された一撃が二番艇を捉え、続けてジョンストンの四〇ミリ機関砲の射撃が三番艇を捉える。銃砲弾に絡め取られたPTが小爆発を起こして黒っぽい破片を周囲に散らし、瞬く間に波間の下へと撃破された艦体を沈めた。
ソナーで海面下に没したPT小鬼群が沈降しながらバラバラに分解されていく音を聞き取った夕張が「撃ち方止め」を命じる。
「相変わらずめんどくせえ奴だな」
積もり積もった怒りを吐き出す様な口調で言う深雪に、敷波も深々と溜息を吐き出しながら相槌を打つ。
「あんな奴らと相手するのが得意って言う天霧はどう言う素質なんだろうね」
「素質と言うか、一種の才能なんじゃねえか?」
「ん、ま、確かにあそこまで来ると才能かもね」
隊列を組み直した第三群は続けて、もう一群のPTを含む深海棲艦艦隊への対応に向かった。
「了解」
EV-38経由でハ級とPTからなる深海棲艦艦隊撃破の報告を受けた愛鷹は引き続き夕張達にもう一隊への対応に当たるよう指示を下した。
言われるまでも無く既に向かっていると夕張自身から返事が返される。
「仕事が早い様で何よりです」
(どうも)
ふふっとヘッドセット越しにも微笑むのが分かる声で夕張は返すと、もう一隊の深海棲艦艦隊への対応の為に通信を切った。
ヘッドセットに当てていた手を離し、視線を周囲の警戒に向ける。青葉の搭載する瑞雲が探知した潜水艦の気配は、複数の瑞雲を追加投入して重点的に調べた結果確信に変わりつある様だった。
第二群に随行する瑞鳳から対潜哨戒用の天山が対潜爆弾を抱いて発艦し、青葉からも一時帰投し補給を終えた瑞雲が対潜爆弾を抱いて再度発艦する。
先行する青葉のヘッドセットに瑞雲の一機から、敵潜水艦の艦影みゆの報告が入る。
「艦種は?」
(ソ級flagship級一、ヨ級flagship級一、ヨ級elite級二を確認)
空中から浅深度潜航中の深海棲艦の潜水艦四隻を視認した瑞雲からの返事に、青葉は唇を噛んだ。
ヨ級はともかく、ソ級のflagship級は極めて厄介だ。瑞雲の対潜爆撃すら時には耐える程の高耐久の潜水艦である。
「展開中のアオバンド全機に通達。敵潜が撃沈するまで対潜爆弾を投下、確実に仕留めて下さい」
ヘッドセットに当てる右手とは反対側の左手で手刀を作り、仕留めよ、の台詞と共に青葉は手刀を切る仕草をする。
攻撃指示を受けた瑞雲全機から「了解」の唱和した返事が返され、攻撃態勢に入った瑞雲が海中にいるソ級とヨ級からなる四隻の潜水艦隊目掛けて対潜爆弾を投下する。
ソナーで瑞雲の発動機の音を聞きつけていた四隻は即座にメインタンクをブローし、ベントを開いて急速潜航を開始する。いそいそと潜航する四隻の周囲に着水した対潜爆弾が沈降していき、磁器信管が作動した爆弾が四隻の前後左右で爆発する。
海上に爆発した対潜爆弾の水柱が突き上がる中、遅れて到着した瑞鳳の天山一二型甲改も胴体下に抱いた対潜爆雷で対潜爆撃を開始する。
投弾を終えた瑞雲が機関砲で天山に潜水艦が居た位置をマーキングし、それを目印に天山四機が爆雷を投下する。海上に再び爆雷爆発の水柱がそそり立ち、二つの黒いモノが混じった灰色の水柱を立ち上げる。
爆撃が一通り終わった後、瑞雲と天山が周囲を旋回して様子を伺うと、海上にヨ級の艤装の残骸が浮かび上がって来た。
二隻分の残骸を確認した天山が二隻撃沈の報告を全隊に伝える。報告を受け取った青葉はMAD監視の為に二機だけ残して他の瑞雲は対潜弾の補充の為に帰投するよう指示を出し、瑞鳳も爆撃を終えた天山全機に帰投を命じる。
残置した二機の瑞雲が対潜爆雷が集中投下された場所の周囲を旋回していると、海上に気泡が浮かび上がって来て、再び空中から見える深度にソ級とヨ級の二隻が浮上して来る。深深度潜航は無理なのか、再度潜航する様子は見えない。
「敵潜水艦、損傷により深深度潜航不能になったと思われる」
無線機にそう吹き込む航空妖精に通信を中継するEV-38から「了解した」と返事が返って来る。
残る二隻の敵潜水艦は損傷して潜航不能、と言う報告を聞いた不知火が青葉に向き直って自身の意見を具申する。
「陽炎と共に対潜掃蕩に出る事を具申します」
「ちょっと、不知火。駆逐隊のリード艦娘は私よ」
対潜爆雷を掴んで狩りに行かせてほしいと青葉に頼む不知火に陽炎が釘をさす様に横から口を挟む。
分艦隊旗艦として、どう判断を下すかと少し考えた青葉は不知火の具申を却下し、陣形を維持するよう指示を下す。
「却下します。陽炎さん、不知火さんは引き続き第二群の対潜、対空警戒に当たってください」
「……了解」
少し不満そうな表情を浮かべながらも不知火はそれ以上は言わず大人しく引き下がった。
程なく、対潜攻撃を行った青葉の瑞雲隊が帰投した。青葉は前進原速まで減速して左足にマウントしている飛行甲板を左手に持って身を屈めると、デリックが海上に着水した瑞雲を一機ずつ収容していった。一〇分以内に全機を収容すると対潜弾の補充を終えた四機を直ちにカタパルトで射出し発艦させた。
「甲標的、発艦始め」
夕張の発艦指示が下るや彼女の艤装のスロープを甲標的が滑り降りて海中へと進入していった。
ハ級elite級一隻、ロ級後期型二隻、PT小鬼群三隻からなる深海棲艦艦隊に対して、夕張は再度水上戦闘用意を発令すると共に、PTよりは狙いやすいハ級とロ級に対して甲標的による遠距離雷撃を敢行する事とした。
発進した甲標的が探知されない様、牽制の砲撃をハ級に向けて放つ夕張を尻目に、海中へと潜った甲標的は静かにハ級の足元へと忍び寄る。
主砲射撃を行う夕張、深雪、敷波、綾波、蒼月、ジョンストンの砲撃にハ級とロ級も備えられた艦砲で応射する一方で、PT小鬼群三隻は加速して六人へ吶喊していく。
距離を詰めて魚雷攻撃を敢行するのは明らかだった。だが距離を詰めると言う事は六人からの集中砲火を浴びやすくなると言う事でもある。
夕張の指示で即座にPTへの対応を始める深雪、敷波、綾波からの砲撃にPTは右に左に舵を切って回避運動を繰り返す。有効弾は得られないが、魚雷の発射点につかせることは防げていた。
三人がPTを牽制している間に、蒼月がロ級二番艦に命中弾を得る。だが致命的ダメージには至らなかった様で、即座にロ級二番艦は蒼月に主砲の照準を合わせて反撃の一撃を放つ。
ギリギリの距離で回避運動で躱す蒼月の艤装を擦り、火花を散らしながら跳弾となったロ級の砲撃があらぬ方向へと弾け飛んで行く。
ひやりと肝を冷やす蒼月だったが、長一〇センチ高角砲は射撃を継続していた。撃ち出された徹甲弾は再びロ級を捉え、損傷を与えて行く。
長一〇センチ高角砲の連射を行う蒼月のそれよりもさらに連射速度の高いMk30改五インチ砲を速射するジョンストンの砲撃はロ級三番艦に複数の命中弾を得ていた。被弾で魚雷発射管が機能を失い、主砲だけで応射するロ級にジョンストンからの速射砲撃が次々に着弾する。
「More Shells!」
母国語で叫ぶ彼女の艤装に備えられているMk30改五インチ砲が応える様にさらに砲弾をロ級へと送り込む。
応射の発砲炎を砲口に瞬かせる間もなく、立て続けに着弾した五インチ砲弾がロ級の艦体を打ち砕き、艤装を破壊し、主砲の砲身を叩き折った。機関部にまで及んだダメージでロ級が被弾痕から黒煙を上げて速度を落としていく。
僚艦二隻の被弾に怯む事無く夕張に主砲を撃ち放つハ級elite級だったが、突如その舷側に魚雷命中の水柱が突き上がり、爆破閃光と爆炎が炸裂する。夕張から発進した甲標的による雷撃が命中したのだ。
被弾によって瞬く間に大破し、航行不能になるハ級に夕張から容赦なくとどめの砲撃が飛来する。魚雷が命中した際に全動力を喪失したのか、ハ級は動かなくなった状態で成す術もなく一四センチ弾を浴びて行く。ハンマーで叩き潰される様にハ級の艦体が被弾の度に変形し、発生した火災がハ級elite級を包み込んでいく。
「撃ちー方止め」
もう充分だろうと夕張は大破炎上するハ級を見て砲撃の手を止める。残るロ級二隻も蒼月とジョンストンからの仕上げの砲撃を食らって波間へとその艦体を沈めつつある。
「そっちはどんな状況?」
ヘッドセットに手を当てて深雪にPTとの交戦状況を尋ねると、答える様にPT一隻が綾波の砲撃で爆沈する音が聞こえて来た。
「やーりましたー」
「ま、これならなんとかなるかな」
一隻を撃沈して喜ぶ綾波に深雪も上手く行きそうな予感がした。
久しぶりに交戦するPTなだけあって、一回目の交戦時は感覚がつかめず有効弾を得られずじまいだったが、一回交戦してしまえば昔の感覚が戻るものだった。
綾波の撃沈に続き、敷波が主砲弾をPTに命中させる。一撃での轟沈には至らなかったが、それでも防御力皆無のPTには敷波の砲撃は一発だけでも大ダメージ確定だ。右に左に照準を翻弄させて来た機動力が一瞬にして失われ、炎上する標的となってPTは動きを止める。
鼻を鳴らす敷波がとどめの一撃を放つと、被弾したPTは爆散して破片を四方に散らして轟沈した。
残り一隻。深雪が受け持つPTだけが未だ健在だった。
「片目瞑ってよーく狙う……」
台詞通り片目を瞑り、狙いを定める深雪の視線の先で回避運動と言うよりはでたらめに動き回っているように見えるPTが一瞬の隙を見せた。
深雪が正確無比な射撃をPTに送り込むのと、PTが魚雷二発を発射するのは同時の事だった。魚雷を放ったPTは魚雷発射体制に入った隙を突かれて被弾、轟沈するが、既に放たれた魚雷二発は深雪へと真っすぐ航跡を伸ばしていく。
「面舵一杯、左後進一杯、右前進一杯!」
即座に回頭指示を下し、全力で右旋回する深雪のすぐ傍をPTの放った魚雷の航跡が通過していく。近接信管が作動し、爆風が深雪を煽るが致命的な損傷は出なかった。
敵勢水上艦隊全艦撃沈、我が方被害なし。その報告がEV-38から愛鷹へと送られてくる。
損傷を受けた二隻の潜水艦は対潜弾の補充を受けた瑞雲四機の追撃を受けて撃沈され、潜水艦隊の制圧も完了していた。
ここまでは全くの問題も無く進行中。良い事ではあるのだが、上手く行き過ぎて逆に恐ろしくなってくる。不安要素を駆り立てるのは何よりも深海棲艦艦隊の新規発見が無い事だった。PTを含む二群の水上艦隊とソ級を含む一群四隻の潜水艦隊。それだけしか今のところ発見出来ていない。
地中海の深海棲艦艦隊の展開状況が全く持って不明だとは言っても、イントレピッドや瑞鳳から偵察機を盛んに飛ばしているにも拘らず、その索敵網に引っかかる深海棲艦艦隊がいない。
(静かすぎる)
嫌な予感が、それも自分達では対応しきれない敵がどこかにいる気配が胸の中で騒いでいた。
「妙ですね。いくら事前偵察が出来ていないから展開状況は不明とは言っても深海棲艦にとって地中海は現状欧州で最後のテリトリー。
その割には防備が手薄過ぎます」
「まあ、まだ最初の攻略目標のアイビッサ島にすら到達して無いからな。敵さん、島の周囲に防衛線を敷いて待ち構えてるかも知れねえぜ」
愛鷹同様違和感を覚えていたらしい鳥海の疑問に摩耶がこれからが本番だろうと彼女なりの予想を口にする。
確かにまだ艦隊は攻略目標のメノルカ島、マリョルカ島はおろかアイビッサ島にすら到達していない。国連軍の勢力圏内にあるアルボラン島を通過したばかりである。
やはりマリョルカ島やアイビッサ島などの主要な島々に防衛艦隊を展開して、ディフェンス重視の布陣を敷いてこちらを待ち構えているのだろうか。先程交戦した二個水上艦隊と一個潜水艦隊は哨戒と偵察を兼ねた艦隊なのではないか。
分からない。情報が不十分だ。航空偵察の範囲をもっと広げる必要がある。しかし、SB2Cヘルダイバー、天山共に航続距離の問題もあって現段階ではアイビッサ島まで偵察する事は出来ない。
カルタヘナ沖合まで進出できればアイビッサ島への航空偵察と周辺海域の深海棲艦の布陣状況の偵察は実施できるだろう。
「長い偵察作戦になりそうね……」
そう呟く愛鷹だったが、五分と経たずにEV-38から「敵大編隊接近を探知」の警報が入る。
直ちに第一、第二、第三群の全艦娘に対空戦闘用意の号令が飛ぶ中、愛鷹はEV-38に敵機が飛来した方向を尋ねる。
(敵機はアルジェリア、オラン方面から飛来)
「オラン……深海北アフリカ部隊か」
北アフリカを制圧している深海棲艦の陸上基地、恐らくは飛行場姫が放った攻撃隊だろう。空母と違って爆装の搭載量が多い陸上機を放ってきている筈だ。爆撃の脅威度は極めて高い。
三群に分かれている第三三特別混成機動艦隊の全群を狙ってくるか、一群に絞って攻撃を集中して来るか。
解析するEV-38からの報告を待つ間、愛鷹は航空艤装を展開してグリフィス、ドレイク、ハーン、タナガー、ヒットマンの全戦闘機小隊を発艦させた。
乾いたカタパルトの射出音が航空艤装から響き渡る中、解析を終えたEV-38から敵機群が向かう進路が通達される。
「深海解放陸爆Aceと深海解放陸爆、それに深海双発陸爆Aceと深海双発陸爆がそれぞれ四〇機とタコヤキが二〇機がこっちへ向かってる……か」
愛鷹とイントレピッドと言う大型艦娘二人がいる第一群を最大級の脅威をみなし、陸上爆撃機と戦闘機隊であるタコヤキからなる大編隊を仕向けたと言う所だろう。
そのイントレピッドからもF6F-5が発艦して愛鷹の烈風改二と共に上空直掩に当たる。
対空戦闘、と言う事もあって対空艦を務める摩耶は意気込んでいた。
「望み通り全部叩き落してやるぜ」
拳を手のひらに打ち合わせて舌なめずりする摩耶に頼もしさを感じた時、上空直掩に上がったグリフィス隊以下の戦闘機隊が交戦を宣言した。
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