艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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去年の月1投稿が嘘のような更新です。


第六六話 関門

 二〇時を過ぎた頃、月明りを悪くしていた雲が晴れ、海上を煌々とした月明かりが照らし出していた。悪かった視界が晴れて、昼間程では無いにせよ視界が比較的良好になり夜間の地中海の海上を征く愛鷹達は気持ちが少しばかり楽になった。

 先行して偵察に当たる夜間瑞雲からは特に連絡はない。会敵報告も敵艦隊発見の報も無く、愛鷹達の方でも敵艦影や敵潜水艦発見等の急報が飛ぶ事も無かった。

 夜間になると深海棲艦も動きが鈍るのだろうか、と言う根拠もない考えが脳裏をふと過る。無論それは無い。国連海軍呼称サーモン海域では夜間に艦娘艦隊や民間船を襲撃して来る深海棲艦はよく確認されているし、サーモン海域に限らず各地で夜間に深海棲艦の襲撃を受けたと言う事例は多数確認されている。夜目が良く効くのかは不明だが、少なくとも深海棲艦も視界云々を解決出来るレーダーを標準装備しているから夜間作戦は普通に挑んで来る。

 寧ろ艦娘の方が夜間は視認性の低下もあってあまり軍事活動を積極的に行わないと言うのが正しいだろう。ナイトビジョンゴーグルが標準装備される様になれば多少は変わって来るかも知れないが、陸上とは環境条件が変わって来る海上で長時間使用可能なナイトビジョンゴーグルを全作戦参加艦娘に行き渡らせる、と言うのは「言うは易く行うは難し」であり予算や技術的問題から中々実現に至っていない。

 結果的に艦娘個々の夜間視力にかけるしかないのが今の艦娘艦隊の現状だ。梟の様に夜目が聞く艦娘は少なくないが、大体そうなった理由は装備がないなら自身の夜目を鍛えるしかない、と言う考えから編み出された苦肉の策だ。

 愛鷹は生れつき、と言うよりは製造過程の段階で高い夜間視力を遺伝子レベルで付与されているのもあって、文字通りその夜目の良さは梟並みに高い。彼女自身は夜間作戦と言うモノはあまり好まないし、本来は避けている事であるが司令部から夜間瑞雲を送られて来たからにはそれを用いた索敵を行わない訳にもいかない。暗に司令部から「夜間瑞雲を用いた索敵を行え」と強要されたと思えなくもないし、愛鷹自身夜間瑞雲と言う新型航空機の性能を試してみたいと言う好奇心もあった。

 やるからには本気でやる必要がある、と自分自身に活を入れつつ愛鷹はHUDのレーダー表示を見つめる。夜間と言うのもあってHUDの光量も夜間モードに切り替えてある。

 レーダーには今のところ愛鷹達六名以外の姿は表示されない。羅針盤障害による電波妨害の気配もなく静かだ。

 表示をソナーに切り替えて耳を澄ましてみるが、HUDにもソナーにも自分達の航走音以外は何も聞こえない。機関停止して海底に着底しているのなら話は別だが気配すら感じない辺り恐らくはいないだろう。

「ここまで静かだと逆に不気味ね」

 言葉通り不気味さをどこか漂わせる雰囲気を紛らわせるように意図的に呟く。不安な気持ちを無理に隠すよりは吐いてしまった方が気持ち的に楽になる。

 愛鷹の呟く言葉は無線を介して他の五人にも聞こえている筈だが、誰も何か言葉を返してくる事は無い。任務に集中しているのか、愛鷹同様不気味さから無口になっているのか。普段お喋りな青葉と陽炎の二人が黙り込んでいるのが些か不安を煽る。

 任務に集中しているのだろう、と考える事にして双眼鏡を覗き込む。レーダーで確認出来ていない敵艦が目視で確認出来る訳がないが、一応目視による警戒は怠らない。

 ヘッドセットから夜間瑞雲からの定時報告のビープ音が鳴る。変針点を通過し、フォルマンテーラ島沖南まで進出したと言う。フォルマンテーラ島は深海棲艦によって制圧されたとされているが、陸上深海棲艦の進出は不明だ。ただ昼間の空爆が全て北アフリカ方面から飛来した事を考えると距離的に近いフォルマンテーラ島やマリョルカ島に深海棲艦の陸上航空基地は存在しないのかも知れない。或いは陸上航空基地の任を掌る飛行場姫の進出、展開が完了していないのか。

 後者の場合だったら些か厄介だが、深海棲艦も国連海軍の手によって北海の制海権を奪還され欧州戦線における戦局が不利になりつつあることは承知の筈だから防備の強化を図って来てもおかしくない。

 防備を強化される前に西地中海の各島々を奪還出来れば国連軍有利になる筈だ。

 

 

 そろそろ第三三特別混成機動艦隊も「ズムウォルト」へ帰艦する頃になって来た。もっともいつもぎりぎりになって敵発見の報告が入るのが定石なのだけど、と愛鷹が腕時計を見ながら思った時夜間瑞雲の一機ナイトバード3から定時報告とは別の通信が入った。

≪ナイトバード3から旗艦愛鷹へ≫

「どうぞ3」

≪ワレ、フォルマンテーラ島の北東に戦艦棲姫らしき艦影を確認。随伴艦艇に重巡ネ級elite一隻、防空巡ツ級elite級一隻、駆逐艦ロ級後期型三隻を認む。現在地は……≫

 読み上げられてくる座標を直ちに取り出したノートPDAの海図に書き込んでいく。

 戦艦棲姫含む艦隊。連合艦隊編成ではないが、その大火力は第三三特別混成機動艦隊のどの水上艦艇艦娘をも凌ぐ。与しやすい相手とは到底言い難い。

「戦艦棲姫を含む艦隊ですか……」

 額に冷や汗を浮かべながら青葉が呟く。眼鏡をかけ直しながら続行する鳥海が返す。

「随伴もネ級eliteにツ級elite。楽な相手ではありませんね。事前に聞いていた話と照らし合わせて恐らくはバレンシア、カステリョ等のスペイン国内の地中海西部沿岸部の諸都市を艦砲射撃で荒らしまわった個体と見るべきかと」

「でしょうね」

 鳥海の推測通りだろうと愛鷹は見ていた。地中海に展開する深海棲艦の布陣状況は不明と言っても、沿岸部に艦砲射撃を行って人類に被害を与えた深海棲艦の艦隊の編成程度の情報は残っている。無論それは愛鷹達にも共有されている。

 編成と展開位置からして鳥海の言う通りバレンシアなど複数の都市を破壊して回った深海棲艦の水上打撃部隊と見て間違いない。

「Jackpot(大当たり)……かしら……」

「フォー・オブ・ア・カインドくらいじゃないですかね。アンツィオにまだ未知の深海棲艦が居る事を考えれば」

 良い意味でも悪い意味でもそうなるかと呟く愛鷹に青葉が応える。

 確かに「Jackpot」と言う「大金を賭けて当たりを引いた」よりはまだ「フォー・オブ・ア・カインド」の方が言い当てているかもしれない。

 夜間とあって上空にいる瑞雲の機影を確認出来ていないのか、戦艦棲姫を含む深海棲艦水上打撃部隊は対空砲火を撃ち上げて来ないと言う。一応戦艦棲姫を含む艦隊の現在地を打電し終えた瑞雲は燃料切れも重なり母艦艦娘である青葉へ「RTB」を宣告して緩いカーブを描きながら帰投の途についた。

 

 

「あ、みんなが帰って来た!」

 支援艦「ズムウォルト」の艦首で暗い海上に六人の航行灯の明りを確認した瑞鳳が嬉しそうな声を上げた。

 夜間倍率スコープ付きの双眼鏡で夕張がその隣から瑞鳳の指さす方向を見る。特徴的な大きな艤装とひょりと高い背丈が双眼鏡のレンズに映った。同時に続航する艦娘の数を数えて一人もかけずに帰って来た事を確認する。

「一人も欠けずに帰って来たみたいね。無事で何よりだわ」

 ほっと安堵の溜息を吐く夕張に瑞鳳もその通りだと頷く。

 巡航速度で航行する「ズムウォルト」に向かって帰投して来る愛鷹達が双眼鏡無しでも余裕でその姿を確認出来る距離にまで近づくのにそれほど時間は要さなかった。

 全員で帰投して来る愛鷹以下六人に瑞鳳が手を振って迎えると、青葉と蒼月、陽炎が手を振り返すのが見えた。

 帰投した愛鷹達を収容する為に「ズムウォルト」の艦橋ではOOD(当直士官)が「両舷前進微速」と操舵手に減速と進路固定を指示し、艦尾のウェルドックではアラーム音と共にドックへ注水を開始するポンプの音とハッチが開放される音が鳴り響いた。

 赤い照明で照らし出されるウェルドックへ愛鷹、青葉、鳥海、蒼月、陽炎、不知火の順に進入して停止する。

 全員を収容するとハッチが閉じられ、ウェルドック内の海水が排水され艦尾側に傾斜していた「ズムウォルト」の姿勢が元に戻る。排水作業が進む間に青葉と鳥海は足裏のラダーを取り外し、愛鷹、蒼月、陽炎、不知火の四人はそのままデッキに上がって艤装を取り外す作業にかかる。

 伸びをしながら作業員に手伝ってもらいながら艤装を取り外す蒼月、陽炎、不知火とは異なり、艤装が巨大かつ非常に重い愛鷹は出撃前に立ったデッキに立ちクレーンで艤装を取り外す作業に入る。

 作業員が合図を送りながら近づいて来たクレーンが艤装を掴み、装備妖精が「外せ」のハンドサインを送って来るのを確認した愛鷹が艤装解除ボタンを押すと、背中で軽い衝撃が走り腰のハーネスと艤装との連結部が解除される。艤装をクレーンに預けた愛鷹は腰の艤装装着ハーネスのベルトを緩めてそれも取り外す。

 排水が終わったドックに足を付けた青葉と鳥海の二人もデッキに上がり、事前に用意されていたジャッキ台に腰かけて艤装解除しジャッキに装備していた艤装を預けた。

「ふう、今日の一仕事終わったわね」

 適当に腰かけながら陽炎が一息吐く。昼間の連続した対空戦闘に対潜戦闘、そして夜間偵察と青葉と鳥海、蒼月、陽炎、不知火には他の第三三特別混成機動艦隊のメンバーよりも負担をかけてしまった。

「今日はこれにて一旦休憩とします。次の出撃は八時間半後です。それまでゆっくり休んでください」

 全員によく休んでおくように一言かけた愛鷹は五人から了解と返事を受け取った後、一人SMCに向かい持ち帰った偵察情報の整理に当たった。

 SMCではレイノルズが帰りを待っていてくれた。敬礼を「ただいま」代わりのあいさつにしながら小脇に抱えていたノートPDAに入力した情報をコンソールに共有する。TAO(戦術行動士官)を務めるラップ大尉がキーボードを操作してSMCのパネルに愛鷹が持ち帰った偵察情報を表示する。

「戦艦棲姫か」

 パネルに表示された情報を見てレイノルズが呟く。顎を揉みながら苦々しそうな表情を浮かべるレイノルズに愛鷹は過去に何か嫌な経験でもしたのだろうかと軽い疑念を浮かべながら持ち帰った偵察情報について解説した。

「夜間偵察の結果確認出来た敵艦隊は戦艦棲姫一、重巡ネ級elite一、防空巡ツ級elite一、駆逐艦ロ級後期型三からなる六隻の艦隊だけでした。他に潜水艦隊、水上艦隊は確認出来ません。単に展開していないのか補足出来なかったのかになりますが、恐らくは展開していないものと思われます」

「理由は?」

 いないと結論付ける愛鷹にそう考えた理由をレイノルズは尋ねる。

「フォルマンテーラ島およびマリョルカ島が深海棲艦に制圧されたにも拘らず、警戒部隊が確認されていない事が不自然です。両島及びアイビッサ島をも制圧済みであるなら昼間の内にその島々から深海棲艦の空爆が来ていてもおかしくはありません。北アフリカ方面から航空機を飛ばすよりもはるかに距離的に近いですから。

 にも拘らず昼間の爆撃は全て北アフリカ方面から飛来した。つまりフォルマンテーラ島、アイビッサ島、マリョルカ島の深海棲艦の拠点は完全なものではないか、飛行場姫が進出し終えていないものと推測できます。戦略的に見れば拠点化が完成していない島々は重要度が低いと言わざるを得ませんし、我々が進撃を開始している事は向こうも把握済みの筈です。

 我々が反転攻勢に出た事で今から三島の拠点化を急ぐには時間が無さ過ぎます。制圧はしたが、重要拠点化は遅れたと見るべきでしょう。橋頭保となる拠点が気づけていない島々に艦隊を張りつかせても補給面で不利になるだけです。ですが、西地中海に配備する艦隊戦力を空っぽにしておく訳にもいかないでしょう。

 布陣する艦隊を少なくすることは結果的に補給線が伸びると言うデメリットに繋がりますが、大火力の戦艦を西地中海に一群だけでも残すだけで我が艦隊に牽制と圧力をかける事が出来ます。現状西部進撃隊には後方に展開する本隊以外に戦艦棲姫に対抗出来る火力を持つ艦娘が居ません。我が第三三特別混成機動艦隊の火力では劣勢です」

「なる程。納得がいく判断だな」

「とは言え、集積地棲姫か小規模な陸上深海棲艦程度はフォルマンテーラ、アイビッサ、マリョルカには展開済みと見るべきです。仮にも制圧をしたのなら何かしらの常駐戦力を張りつかせて警戒網を敷いている筈です。

 少なくとも地上警戒電探棲姫くらいは確実に進出しているかもしれません」

「君の判断も含めて『ドリス・ミラー』のルグランジュ提督に情報を送っておこう。今日はもう疲れただろう、居住区でじっくり休んでくれ。明日も長い一日になるぞ」

「はっ、ではお言葉に甘えて今日はこれで失礼します。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 互いに敬礼。

 

「先行する第三三特別混成機動艦隊が新たな敵艦隊を発見しました。戦艦棲姫を含む艦隊の模様です」

 作戦参謀がディスプレイに新たに確認された深海棲艦艦隊を表示しながらルグランジュに「ズムウォルト」から送られてきた報告を伝達する。

 同時に「ドリス・ミラー」のCDCの戦術士官がコンソールを操作してCDCの大画面ディスプレイに戦艦棲姫のCGグラフィック画像と共に「CA×1(E) AACL×1(E) DD×3」と表記された艦隊編成図を表示させた。

「戦艦棲姫か。艦隊編成から言ってバレンシアを襲ったやつと見て間違いはあるまい」

 顎を揉みながらルグランジュは苦い記憶を思い出す。彼が若い頃、まだアメリカ海軍の士官として深海棲艦と戦っていた時彼の乗っていた艦は戦艦棲姫の砲撃で大破して大勢の犠牲者を出したのだ。大勢の戦友の命を奪った戦艦の艦種ともなれば苦い記憶も蘇る。無論あの時とは別個体だろうが見た目自体はほぼ同じだ。

「先行する第三三特別混成機動艦隊の火力では対抗は困難です。我が主力部隊から攻撃部隊を組んで掃討に当たらせるべきかと」

 そう進言する参謀にルグランジュは同意だと頷く。

「陸攻部隊及び日本艦隊の戦艦武蔵を中核とした戦艦部隊をぶつけて戦艦棲姫を撃破しよう。最初の関門だ、ここで手間取っている場合ではない。欧州総軍司令部にもこの事を報告して置いてくれ」

「了解です」

 

 が、その数分後ルグランジュを含む西部進撃隊司令部要員は目を疑う返事を欧州総軍司令部は返した。

 

「第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊だけで戦艦棲姫を討伐せよ、だと?」

 送られてきた暗号電文を表示したディスプレイを見てルグランジュは文字通り目を疑った。

 本隊戦力を戦艦棲姫如きで消耗する事は許さず、第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊の戦力のみで対応せよ、と言う「アンツィオに居座る謎の新型深海棲艦の戦闘力が未知数な現状本隊戦力の現段階での消耗は許可出来ない」と言う内容の電文に作戦参謀を含む参謀達も馬鹿を言えと言いたげな表情を浮かべていた。

 相手は戦艦棲姫。その打たれ強さと大火力は多くの艦娘や国連軍の将兵を苦しめて来た。ス級や最新鋭の深海棲艦の棲姫級と比べたら型落ちした面はあるが、それでもなお強力な戦艦であることに間違いはない。無論対抗するには大火力の戦艦艦娘をぶつけるのが最も無難だ。戦艦が駄目なら空母艦娘による航空攻撃が有効だろう。

 にも拘らず、欧州総軍司令部は全体的な火力が低い第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊のみでの掃討を命じて来た。戦艦棲姫がどういう深海棲艦なのか分かっていないかの様な指令に納得がいかないルグランジュは、総軍司令部に直接回線を繋いで真意を問うた。

「相手は戦艦棲姫です。第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊だけでは明らかに火力不足です……そうです、お判りでしょう……陸攻部隊がある? それでチャラになる程甘い敵ではないと言っているのです……今ここで我が主力をぶつけずしていつぶつけるのですか、彼女達はお飾りものではないのです……温存、温存、それしか考え付かんのですか⁉ じゃんけんで『パー』を出せば『ぐー』に簡単に勝てる状況で何故『ちょき』で強引に勝とうとするのか!?」

 ネイビーレッドの受話器を掴んで司令部と話し込むルグランジュの口ぶりが次第に粗ぶっていく。欧州総軍司令部はどうしても「アンツィオに居座る未知の深海棲艦」に備えて艦隊主力艦娘の投入を断固として許可しない構えだった。

 結局二〇分近い問答の末ルグランジュは平行線にしかならない司令部とのやり取りを「何かあっても全責任は戦力の出し惜しみをしたそちらにありますからな」と乱暴に切った。

 フラストレーションが高まっているルグランジュに参謀達が声をかけるのを躊躇っていると、航空参謀にルグランジュは確認する様に訪ねた。

「司令部は陸攻部隊の投入数にまでは制限を課して無かったな?」

「はい、陸攻部隊の戦力には言及しておりません」

「決まりだ。偵察任務に割り当てるに必要なだけの数を残して全陸攻部隊の戦力を戦艦棲姫に投じ、第三三特別混成機動艦隊に全面的な航空支援を送ろう。相手は戦艦棲姫だ、生半可な火力では通用せん」

 

 

 

 おやすみなさい、と言って別れたとは言ってもまだ就寝時間には早いと思い夜食のサンドイッチを食堂で頬張っていた愛鷹にSMCへの出頭命令が艦内アナウンスで届けられた。

 何かあったのかとミネラルウォーターで残りのサンドイッチの欠片を呑み下すと、急いで三〇分ほど前に辞したばかりのSMCへと戻った。

 艦隊旗艦「ドリス・ミラー」からの電文を表示したディスプレイを見て苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているレイノルズとドイルの隣に立つと、無言でレイノルズから見る様に促されたディスプレイに視線を移す。

 第三三特別混成機動艦隊による戦艦棲姫討伐を命ず、との欧州総軍司令部からの伝達に愛鷹が感じたのは不満や怒りなどではなく、諦観だった。どことなく本隊戦力温存を理由に自分達を良い様に使いそうな予感がしないでは無かった。ただほんの僅かな「本隊投入で早期決着」を図るかも知れない、と言う希望にすがっていたが見事その思いは砕かれた感じだ。

「どうする? 司令部に直に抗議するか」

 そう尋ねて来るレイノルズに愛鷹は頭を振った。

「現有戦力でやれとは言われたからにはやるしか選択肢はないでしょう。鼻から前線の意見をちゃんと聞き入れてくれる様な司令部ならこんな無茶はそもそも言ってこないでしょう。

 一応『ドリス・ミラー』からの航空支援は受けられます。空爆で戦艦棲姫の随伴を潰して、数の差を生かして戦えば突破口は開けます」

「だが相手は戦艦棲姫だ。耐久、火力どれをとっても隙が無い。ス級程では無いが楽な相手ではないぞ」

「ス級程かちかちな訳ではありません。砲撃戦では勝ち目がありませんが、魚雷なら有効です。こちらの航空攻撃で敵随伴艦艇を撃破し敵の外堀を埋めた後、我が第三三の巡洋艦艦娘、駆逐艦艦娘の魚雷攻撃で撃沈を図ります。

 無論ただでは雷撃を許してくれる様な相手ではないでしょうから私を始めとした何人かが戦艦棲姫の気を引く役をやる必要があります」

「リスクが高い。戦艦棲姫の砲撃を食らってしまったら一撃大破は免れん。大破イコール重傷を負うと言う意味になる。下手すれば一撃轟沈で戦死しかねない」

「そのリスクを可能な限り減らす為にもイントレピッドさん、伊吹さん両名による航空攻撃で戦艦棲姫をある程度痛めつけておく必要があるでしょう。

 まず『ドリス・ミラー』の陸攻部隊で敵随伴艦艇を徹底的に攻撃、排除の後、我が第三三特別混成機動艦隊のイントレピッドさん、伊吹さんの両名の航空部隊で戦艦棲姫を空爆し相応のダメージを与えた後囮部隊と雷撃戦部隊に分かれて戦艦棲姫を攻撃し奴を撃沈します。やる事やれば勝算はあります」

 そう力説する愛鷹にレイノルズは腕を組んでしばし目を閉じて瞑想した後、ゆっくりと頷いて彼女の作戦案を受け入れた。

「作戦プランを煮詰めよう。だが、君らを戦艦棲姫攻撃に割いてしまうと本来の偵察計画が破綻するのではないか」

「ルグランジュ提督はモスキート陸上攻撃機による航空偵察を実施すると言ってきましたし、スペイン、フランス沿岸部はUAVによる偵察が実施されますからこちらとしても戦艦棲姫攻撃以外に必要ない艦娘戦力は省いて偵察を実施するに必要な数を残しておくべきでしょう。

 戦艦棲姫への航空攻撃の要となるイントレピッドさん、伊吹さんを除いて戦艦棲姫攻撃に必要な艦娘の数は私を含めて七人いれば何とかなるでしょう。逆に航空攻撃で七人でどうにか出来るレベルにまで戦艦棲姫にダメージを入れておかねばなりません」

「ふむ、魚雷攻撃で仕留めるとの事だが具体的には誰を起用する気だ?」

 戦艦棲姫に止めを刺す魚雷攻撃要員をどうするかの問いに愛鷹は第三三特別混成機動艦隊に編入されている艦娘の中でも、武装に魚雷を備えていてかつその雷撃戦の技量と雷撃戦火力の高い者を選抜した。

「甲標的を用いた長距離雷撃を可能な夕張さんと雷撃戦のスペシャリストの深雪さん、五連装魚雷発射管を持ち雷撃戦火力に秀でているフレッチャーさん、ジョンストンさん、それと……綾波さんを起用しようかと思います。

 牽制攻撃役は私と回避技量の優れた青葉さんで担います」

「よし、それで行こう」

 

 本来なら就寝時間の二三時に居住区で休んでいた青葉、夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストン、イントレピッド、伊吹の八名がブリーフィングルームへ呼び出された。

 ベッドに入ったばっかりだった所を叩き起こされた八名だったが、不満げな顔一つ浮かべずに作戦綱領をまとめたノートPDAを片手にブリーフィングを開始する愛鷹の作戦説明に耳を傾けた。

 第一段階は「ドリス・ミラー」搭載のモスキート陸上攻撃機による徹底的な戦艦棲姫の随伴艦艇の殲滅戦から始まり、これが完遂されるまで第二段階の実行は行われない。随伴艦艇を殲滅した事が確認でき次第第二段階としてイントレピッド、伊吹両名の航空団による航空攻撃で戦艦棲姫に可能な限りのダメージを与え、第三段階の水上艦隊による戦艦棲姫への直接攻撃を支援。

 最終段階である第三段階で愛鷹と青葉が牽制射撃で戦艦棲姫の気をそらす間に夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンの五人が魚雷戦にて戦艦棲姫に止めを刺す。

「Hum……Wing(航空団)に結構ダメージを被りそうな相手ねえ……」

 作戦案を聞いていたイントレピッドが曇った表情を浮かべて言う。彼女に搭載される航空機の数は一一二機にも上るとは言え、撃墜されて消耗したら当然航空機を武器とする空母の彼女の戦闘力は低下する。

 渋面を浮かべるイントレピッドに同じく航空攻撃を任された伊吹がやるだけだと説く。

「ここで戦艦棲姫を撃破しないと先へは進めない、空母艦娘として大任を任されたからにはやる事をやり遂げるだけですよ」

「Well……ねえ愛鷹、もしWingに損耗が出たらちゃんとPlaneと妖精の補充は受けられるわよね?」

「その手はずはキチンと取りつけますよ。私達で戦艦棲姫を落とせと無茶を行ってくるならそれを果たせる補給と補充はきっちり司令部に確約させます。まともな装備も補給も無しに戦え、と言って来たら謀反でも起こしてやりましょう」

「That ain’t funny(笑えないわね)」

 そう言いつつも苦笑を浮かべながらイントレピッドは愛鷹の想いを汲み取った様に頷いた。

 視線を夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンに転じた愛鷹は短くも自身の想いを五人に告げた。

「皆さんが作戦成功のカギです。頼みましたよ」

「そう言われたら、Destroyerとしてやるしかないわね」

 腰に手を当ててふっと軽く溜息を吐いたジョンストンが返す。妹の返事に遅れてフレッチャーがお任せれと胸に手を当てて一礼する。

「DESRON is ready for tasking Ma’am(駆逐艦戦隊の任を果たします)」

 頼もしい限りだと頷きながら夕張、深雪、綾波に視線を転じる。

「言われるまでもないさ。深雪様に任せとけって」

「やってやりましょう」

「頑張ります!」

 元気のいい返事が返される。

 最後に自分と一緒に囮役を担う事になる青葉に目を向ける。若干不安さは残る表情を浮かべているが、作戦に反対する気はない様だ。

 やれますか? と目で問いかける愛鷹にやりましょうと言う風に深く青葉は頷いた。

「本来の作戦目的である地中海西部の偵察任務に支障が出ない様に短期決戦で行きます。時間をかけると泥沼化した消耗戦になる、明日で一機に片を付けます」

「一日で空母の二人を除く七人で戦艦棲姫を撃沈。スケジュールがかなりタイトになりそうだな。長い様で短い一日になりそうだ。

 ワクワクし過ぎて今夜は眠れるかな」

「無理にでも寝て下さい」

 興奮で眠れるか怪しむ深雪に無理にでも寝ろと押し被せた愛鷹は八人にブリーフィングの終了と解散を告げた。

 席を立って居住区へ戻るメンバーの背に向かって「眠れなかったら睡眠導入剤でも医務室から貰ってとにかく睡眠をとって置いて下さい」と念を押す様に呼びかける愛鷹に、八人から眠そうな声で「了解」と返事が返された。

 

 

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」のフライトデッキに連絡機としてジブラルタル基地から飛来したMV-38コンドル輸送機がティルトターボファンエンジンの音を響かせながら着艦した。

 フライトデッキに誘導員の着艦誘導の元着艦したMV-38のエンジン音が急激に静かになっていき、代わりにデッキクルーの駐機作業の掛け声がデッキ上を飛び交う。

 トラクターで駐機場所へと移動させられたMv-38が駐機されると、ハッチが開き中からひょりとせの高い艦娘が私物を入れたバックを片手に降りて来た。

 カタン、と言うやや高い足音を立ててフライトデッキに足を付けた大和は深海棲艦の潜水艦を警戒して必要最低限の照明しかついていない「マティアス・ジャクソン」のアイランド(艦橋)を見上げた。窓の内側は赤い照明が灯され、マストも赤と緑の航行灯以外は明りは付いていない。

 流石に出迎えは無いだろうと思ってフライトデッキの上をコツコツと足音を鳴らしながらアイランドへと向かって歩いていると、暗い艦橋の影に白髪の女性が立っているのが見えた。

「よお、大和。待っていたぞ」

「あら武蔵」

 妹が待っていてくれた事に少し驚く大和に武蔵はにっこりとほほ笑みを浮かべて両手を広げた。

「退院おめでとう、我が姉よ。元気そうで何よりだ」

「暫く武蔵には心配かけたわね、私ならもう大丈夫よ。ほら、腕もこの通り」

 戦艦新棲姫の砲撃が直撃した際に骨が見える程破壊される傷を受け、その後ナノピタルを用いた手術で全回復した右腕をくるくると回して見せる。えぐり取られた右腕の肉は元通りになり、白い綺麗な肌が制服の袖の下から見えていた。

「吹き飛んだ肉も全部戻ったようだな。血と細胞を元通りにするのに随分食ったんじゃないか?」

「病院のご飯はお代わり自由じゃないからいう程は食べていないわよ」

「そうか。ま、これで私は日本艦隊総旗艦と言う仕事をお前に返す事が出来て気持ちが楽だよ」

「艦隊総旗艦の仕事は楽しかった?」

 少しばかり意地悪な問いを寄こす姉の大和に武蔵は苦笑を交えながら頭を振った。

「いいや、ガラじゃないんだ、こういう任務は」

「残念ね。昇進出来たかもしれないのに」

「勘弁してくれ」

 艦隊総旗艦の座は自分の性にも合わないし柄でもない事だと言い切る武蔵だが、それでも大和不在の間日本欧州派遣艦隊総旗艦の責務はしっかりと果たしていた。大和としては期待以上の働きをしてのけたと言ってもいい。戦艦艦娘はその性質上艦隊旗艦を務める事はよくある事だから武蔵がガラではないと言い切ろうが与えられる任務と艦娘の艦種の特性上はやらざるを得ない事が発生する。

 彼女としては艦隊旗艦として後ろで前線に出る艦娘を見守る事よりも、その最前線に出る艦娘に交じって戦いたいと言うのが本音だ。だから旗艦の役割をあまり好かない。

 

 

 翌日。午前六時四二分。

 水平線上に太陽が昇るのと同時に空母「ドリス・ミラー」の飛行甲板上に並べられたモスキート陸上攻撃機三六機が発艦を開始した。

 一機、また一機と艦首方向へと滑走していったモスキート陸上攻撃機が飛行甲板から飛び立ち、空母の上空で編隊を組んで攻撃目標と定めた戦艦棲姫の確認された方角へと向かった。

 夜明けと同時に飛び立った第一攻撃隊は昨日確認された戦艦棲姫が移動している事も考慮し索敵攻撃になる事を視野に入れ、四機一個小隊が扇状に展開して索敵網を形成して発見された場所を中心に捜索を開始した。

 九つの方面に散ったモスキート陸上攻撃機が索敵を行っていた午前七時半。第三小隊が戦艦棲姫を含む艦隊を捕捉し、他の小隊全機へ現在位置を打電すると同時に第二次攻撃隊の準備を進める母艦「ドリス・ミラー」にも通報した。

 各索敵方面へ散っていたモスキート陸上攻撃機が第三小隊が発見した戦艦棲姫を含む艦隊の方へと進路を変え、全機が再集結を終えて戦艦棲姫を含む艦隊へ攻撃を開始したのは午前八時の事だった。

 

 

 レーダーでモスキート陸上攻撃機の機影を確認した深海棲艦の防空巡洋艦ツ級と重巡ネ級が対空射撃を開始する。

 青空にツ級とネ級が撃ち上げた対空弾が炸裂する砲声が轟き、パッパッと咲き乱れる対空弾の炸裂跡が空に墨汁を垂らしたかの様に点々と広がった。

 編隊を組んで突入進路を確保するモスキート陸上攻撃機三六機の周囲にツ級とネ級が撃ち上げた対空弾の至近弾の爆発が相次ぐ。パッと炸裂する黒い爆炎と、同時にばら撒かれる散弾が三六機のモスキートを襲う。

 爆発と散弾に煽られたモスキートがぐらぐらと機体を揺らすが、操縦桿を握る航空妖精は進路を硬く維持し続け攻撃ポイントを目指す。

 盛んに撃ち上げられる対空砲火を前に一機のモスキートが左エンジンから出火し、そのまま左に傾きながら機体姿勢を立て直す事無く海上へと墜落していく。

 更にもう一機が多数の散弾を多数諸に浴びた胴体が砕け、バラバラになった機体の残骸を眼下の青い海へと投げ出していく。

 二機の被撃墜機を出しながらも残る三四機のモスキートは各々の突入進路を確保すると爆弾槽に抱いていた魚雷、爆弾を投下するべく最終進入に入った。

 目標は戦艦棲姫ではなく、その周囲を固めるツ級、ネ級、ロ級だ。自分達の後に戦艦棲姫を直接攻撃する艦娘に戦艦棲姫を倒すバトンを繋ぐ為にも随伴艦艇を確実に撃沈する必要があった。

 一番美味しい役を艦娘に委ねている様で、本当の美味しい役は自分達が担っていると言う自信がモスキートに乗り込む航空妖精達にはあった。

「Shoot!」

 各機の爆撃手妖精が兵装投下スイッチを押すと、照準を合わせた魚雷、爆弾がモスキートから投下されツ級、ネ級、ロ級へと降り注いでいく。

 腹に響く爆発音を上げて海中に突っ込んだ爆弾が巨大な水柱を突き上げ、すぐ傍にいたロ級の艦体を押しのける様に傾けさせる。

 海中へ投じられた魚雷が航跡を引きながら照準を定めた戦艦棲姫の随伴艦艇へと迫り、航跡を認めたツ級、ネ級、ロ級が回避運動を取って躱しにかかる。

 轟音が海上に響き渡り魚雷の直撃を受けたロ級後期型が白い水柱の中で大爆発の閃光を光らせ、周囲に破片を飛び散らせる。爆発の轟音が鳴りやみ、水柱が崩れ去った後にロ級後期型の艦影は消失し、浮遊する艤装の破片が海上を漂っていた。

 遅れてもう一隻のロ級が被弾する。爆弾が艤装上で炸裂し弾頭に充填された炸薬がロ級の艦体を打ち砕く。爆破閃光と共に吹き飛んだ砲塔が宙を舞って海上に墜ちる。火炎が被弾箇所から艦体全体を舐め始め急激にロ級が速力を低下させていく。

 もう一隻のロ級は半潜水して爆撃を全て回避したが、浮上したタイミングで迫っていた魚雷を躱しきれずに被弾する。海上にロ級が魚雷を受ける水柱が突き立ち、艤装と艦体が破壊される音を上げる。轟沈には至らなかったものの大破し、瞬く間に生き足を止めたロ級はそれっきり動かなくなった。

 ツ級とネ級は巧みな回避運動で向かって来た爆弾と魚雷の全てを躱しきったものの、ロ級三隻は全て被弾し二隻が轟沈、一隻が大破航行不能に陥った。

 黒煙を上げて海中へと残骸を沈めて行く二隻のロ級と、右舷に大きく傾いた状態で停止し同様に黒煙を上げるロ級の状況を攻撃隊を率いる一番機が「ドリス・ミラー」へ駆逐艦二隻撃沈、駆逐艦一隻大破航行不能の戦果報告を送る。

 攻撃が完了した残るモスキートは編隊を組み直して母艦への帰路に着いた。

 一方、第一次攻撃隊のBDAを確認した「ドリス・ミラー」からは三六機のモスキートからなる第二次攻撃隊が発艦していた。

 第二次攻撃隊が戦艦棲姫を中核とする艦隊に再び到達したのは午前八時半。第一次攻撃隊の攻撃完了から三〇分程度しか過ぎていない艦隊に襲い掛かった第二次攻撃隊のモスキート陸上攻撃機三六機は二隻に減じた随伴艦艇に集中攻撃を加えた。

 編隊長の判断で四機のモスキートがツ級とネ級に多方向からの同時攻撃を仕掛け、回避運動の自由を奪い、攻撃を浴びせて行く。

 激しい対空砲火を撃ち上げて抵抗を試みるツ級とネ級だが四方八方から降り注ぐ爆弾と魚雷を前に回避運動を優先せざるを得なくなった結果、モスキート側は被撃墜機無し、被弾小破機三機に損害を留めた。

 回避運動を優先したツ級とネ級が対空射撃を止めた結果モスキート三六機は自由に爆撃を敢行した。次々に迫る魚雷を前に対空射撃を止めて回避運動に専念していた続けていたツ級が躱しきれなかった一発の魚雷を食らって舵を破壊されて行動の自由を失ったところへ、さらに一発の魚雷の直撃を受ける。左右両舷に一発ずつ計二発の魚雷直撃でツ級が航行不能になり発生した火災の炎に包まれていく。

 もう一隻の随伴艦艇であるネ級は魚雷全弾を躱しきったものの、爆弾三発が直撃し主砲と魚雷発射管の全基が破壊され、戦闘能力を喪失する。航行は可能だったが、艤装上の火災が広がっていき消火しきれないままネ級の機関部へと炎は迫っていく。

 集中爆撃を受けたツ級とネ級が発生した火災を食い止めきれず機関部にまで延焼を許して航行不能になった後には、一切攻撃を受けずに済んだ結果無傷の戦艦棲姫だけが悠然と航行していた。

 

「第二次攻撃隊よりBDA入りました。BDAは最大。ツ級とネ級の機能停止を確認。ロ級三隻は無力化完了。作戦の第二段階への移行は可能と判断します」

 航空参謀の報告を受けたルグランジュは即座に「ズムウォルト」で待機している第三三特別混成機動艦隊の空母艦娘イントレピッドと伊吹へ繋いだヘッドセットを取ると自ら航空隊の発艦を命じた。

「ルグランジュよりイントレピッド、伊吹両名へ。アルファーストライク、繰り返す、攻撃隊全機発艦開始!」

(イントレピッド、Roger!)

(伊吹、了解)

 

「ズムウォルト」の艦尾ヘリ甲板に上に立ったイントレピッドと伊吹が航空艤装を展開し、それぞれ戦艦棲姫への第一次攻撃隊を発艦させる。

 イントレピッドのM1903ライフル型航空艤装から射出されたSB2Cヘルダイバー艦上爆撃機とTBFアヴェンジャー艦上攻撃機それぞれ一六機と伊吹の航空艤装のカタパルトから射出された爆装した景雲改六機、橘花改八機の一四機が編隊を組み戦艦棲姫へのいる方向へと向かう。

 最大戦速で「ズムウォルト」自身も戦艦棲姫へと向かい距離を詰める間、その艦尾のウェルドック内では戦艦棲姫を直接攻撃する役目を担う本命の愛鷹達が艤装の入念なチェックを行っていた。

 

 

 イントレピッドと伊吹から発った四六機の攻撃隊の内、足の速いジェット機である景雲改と橘花改の一四機が先に会敵を果たした。

 随伴艦艇が軒並み全滅しても尚、単艦逃げる事も無く居座る戦艦棲姫に対して、景雲改と橘花改の一四機は翼を翻し、ジェットエンジンの甲高い音を立てながら攻撃を開始した。

 胴体下に抱いた爆弾を確実に当てるべく、照準器を覗き込む景雲改と橘花改の航空妖精の視界に、戦艦棲姫の対空機関砲が撃ち上げた対空弾がふらふらと後方へ飛び去って行く。ジェット機ならではの速度により戦艦棲姫の対空射撃は後追いになって当たる気配がない。もしツ級elite級が健在であれば景雲改と橘花改と言えど被撃墜は免れなかったかもしれないが、既にツ級は発生した火災を消火出来ずそれが致命傷となって機能を全て失って沈降し始めている。完全に沈没するのは時間の問題だろう。

 防空艦を失った戦艦棲姫の対空射撃では足の速いジェット機に対応するのは困難だった。必死に抗う様に撃ち上げられる対空曳光弾は虚しく虚空を掻き、戦艦棲姫に肉薄した景雲改と橘花改から次々に爆弾が投下されその巨大な戦艦の艦体へ直撃弾を与えて行った。

 これが戦艦ル級やタ級だったら景雲改と橘花改合わせて一四機の爆撃だけで大破航行不能にまで陥っていただろう。だが、流石に戦艦棲姫となれば耐久力が桁違いだった。次々に直撃し爆発する爆弾に戦艦棲姫が呻き声と悲鳴を交互に上げるが、その行き足は衰えず、巨大な艦砲を収めた主砲搭が損傷する素振りも無い。ただ艤装各部と対空砲の何基かを破壊するにとどまっただけだ。

 多数被弾して黒煙を上げながらも戦艦棲姫は航行を継続していた。とは言え、このままでは一方的に爆撃を受けて撃沈されるがオチだと判断したのか、鈍重な艤装を回頭させて東へと避退を開始し始める。

 そこへイントレピッドから発艦した三二機の艦爆、艦攻が追い迫った。手負いの戦艦棲姫を目視で確認した編隊長が無線で「Atacck!」と命じ、一斉にヘルダイバー、アヴェンジャーの二機種が爆装を戦艦棲姫に叩き付けつベく襲い掛かった。

 ダイブブレーキを展開しながら急降下爆撃を敢行したヘルダイバーが投じた一〇〇〇ポンド爆弾が戦艦棲姫の艦上に着弾の爆破閃光を走らせ、吹き飛んだ艤装の破片を海上に散らせる。直撃を受ける度に戦艦棲姫が悲鳴を上げるがその巨大な艦体は多数の一〇〇〇ポンド爆弾を受けてなお原形をとどめていた。

 多数被弾した戦艦棲姫が恨めし気に飛び去って行くヘルダイバーを見上げた時、その靴先にアヴェンジャーが投下した魚雷が迫っていた。

 巨大な艦体を持ちながら圧倒的な機動力を持つス級とは違い戦艦棲姫の機動性は低い。一発、また一発とその巨大な艤装の左右両側に魚雷が直撃する水柱が突き上がり、右に左に衝撃で揺さぶられる戦艦棲姫の本体が悲鳴を上げ続ける。本体が従えている怪物ゴーレムの様な艤装は両腕を粗ぶる様に振り回し、行き掛けの駄賃とばかりに機銃掃射していくアヴェンジャーに手を伸ばすが届く事は無い。

 最終的に戦艦棲姫は八発の爆弾と四発の魚雷を被弾していた。中破ないし大破確実と言っていい。

 一回の攻撃でここまで追い込めた反面、注排水機能で傾斜を回復させ、更に火災消火も迅速に行って戦艦としての機能を直ちに回復させていると言う報告を編隊長が愛鷹へ向けて打電する。

 

「了解、攻撃隊各機はRTB。第三三特別混成機動艦隊全艦、戦闘配置」

 ヘッドセットに第一次攻撃隊に帰投命令を下しながら愛鷹も青葉達六人を従えて前進していた。既にイントレピッドからは第二次攻撃隊三二機が発艦している。母艦である二人の元へ第一次攻撃隊が帰投する頃には戦艦棲姫を捕捉して復旧作業中のところへ更なる一撃を加えられるだろう。

 愛鷹、青葉、夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンの七人が単縦陣を組んで戦艦棲姫を目指す。一方彼女達の頭上を攻撃を終えた第一次攻撃隊の景雲改と橘花改、更にヘルダイバーとアヴェンジャーの編隊が航過していくのが見えた。

 帰投していく機影を一つ一つ数えて、未帰還機が居ない事を確認する。景雲改と橘花改の爆撃で対空火器を多数破壊出来た結果、ヘルダイバーとアヴェンジャーの対艦攻撃がしやすくなっただけでなく対空砲火で撃墜される機体も出さずに済んだ形だった。

 航空攻撃で相当なダメージを入れられている反面、戦艦棲姫のダメージコントロール能力は高いのか後方で警戒管制につくEV-38からは巡航速度を維持して東へと離脱を図っていると言う知らせが入れられる。艦の中枢機能は維持出来ていると言えるだろう。

 恐らくは第二次攻撃隊の攻撃でも生き足を完全に止めるのは無理かもしれない。完全にチェックメイトを刺すには愛鷹達水上艦隊の攻撃を仕掛ける以外に無いだろう。

 

 黒煙を上げながら東へと避退を続ける戦艦棲姫に追いついた三二機の第二次攻撃隊が攻撃を開始する。

 一六機のヘルダイバーと一六機のアヴェンジャーに対して、戦艦棲姫は残っている対空火器で応射を試みるが、弾幕と呼ぶには程遠い対空砲火が散発的に撃ち上がるだけであり、ヘルダイバーとアヴェンジャーに牽制にもならなかった。

 悠々と攻撃ポジションに遷移したヘルダイバーとアヴェンジャーは編隊を組んだまま悠然と急降下爆撃と雷撃コースに乗り、各航空妖精は黒煙を目印に照準器内に捉えた戦艦棲姫目掛けて落ち着いて爆撃を開始した。

 既に多数の爆弾を被弾して黒煙を上げている戦艦棲姫の艤装に一〇〇〇ポンド爆弾が更に複数直撃する爆炎が走り、打ち砕かれた艤装の破片が爆発の炎と共に海上へと散らばる。ゴーレムの様な艤装が被弾の度にあらぶる中、更にその舷側に魚雷が直撃して突き立てる水柱がそそり立つ。

 この時戦艦棲姫にとってはファインプレー、第二次攻撃隊にとってはミスとなる展開が発生した。戦艦棲姫がヘルダイバーの爆撃を回避すべく必死に鈍重な舵を不規則に切り続けた為、アヴェンジャー各機は魚雷の偏差が上手く出来ず大まかな予測の元で魚雷を投下した為一六機の内直撃を得られたのは二機に留まり、しかも一発は不発だった。

 一〇〇〇ポンド爆弾の直撃は一〇発を数え、再び火災を誘発していたが戦艦棲姫がそれで完全に参った様子を見せる事は無く、被弾し爆発した魚雷による傾斜回復の為に反対側へ注水していた。注水の結果ただでさえ鈍重な挙動はより鈍くなり、速力も大幅に低下したが大口径の主砲や戦艦棲姫本体は依然健在だった。

 

 BDAを聞いた愛鷹は戦艦棲姫から機動性を奪う事に成功したと確信する一方、主砲は依然健在と言う知らせに一抹の不安を抱えた。

 戦艦棲姫は水上射撃レーダーを備えているから弾着観測機無しでも高い砲撃の命中率を誇る。こちらの夕張以下の艦娘が魚雷攻撃の為に肉薄した所へレーダー射撃で一方的に狙い撃ちされたら手の出し様がない。最悪自分と青葉を残して全員無力化されて仕留め損ねる可能性もある。

 そう考えた時、本能的に右手が左腰に差している刀の柄に伸びた。戦艦棲姫の主砲砲身を切断して戦闘能力を削いだ上で夕張以下五人に仕上げを任せるか。少なくともス級に接近戦を挑むよりはリスクは少ない方だろう。戦艦棲姫は比較的国連軍との初接敵が古く、それだけに武装に関する情報は既知案件だ。無論愛鷹も戦艦棲姫の武装内容は知っている。長射程の大口径艦砲だけでなく接近戦の為の副砲を多数備えて全距離において隙が無いス級と違い戦艦棲姫の副砲は多くない。それに航空攻撃でそれら副砲も殆どが無力化されている筈だ。

 そうなれば、後は自分の立ち回り方次第と言う事になる。それさえ上手く行けば戦艦棲姫撃沈は不可能ではないだろう。

 

 程なくして水平線上に戦艦棲姫の上げる黒煙が見えて来た。消火作業は上手く行っているのか黒煙の密度はそれ程ではない。

「第三三特別混成機動艦隊全艦、水上戦闘用意! 砲雷同時戦準備! まず私が突入して敵戦艦の主砲を破壊し、夕張さん達が安全に雷撃戦を行える環境を作ります。各艦は戦艦棲姫と距離を保ちながら援護射撃。発砲を確認したら直ちに回避優先で」

「了解」

 唱和した返事が返される。以前の深雪だったら「無茶するな」と制止に入ったかもしれないが、何も言わずに復命した辺り愛鷹の事を信じて賭ける気なのかもしれない。

 やって見せるさ、と左腰の鞘から刀を引き抜き、長い白刃の柄を右手に握りしめて愛鷹は増速を命じた。

「前に出ます! 最大戦速、黒二〇! 進路〇-九-九度ヨーソロー!」




余談
ルグランジュ中将の元ネタは銀河英雄伝説の第11艦隊司令官で救国軍事会議メンバーのルグランジュ提督です。

感想評価ご自由にどうぞ。
また次回のお話でお会いしましょう。
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