「電探探知。右一〇度、距離二〇〇〇、速度一八ノット。敵艦トラック2601と認定。全艦水上戦闘用意」
単独で艦隊から分離して陽動に入る愛鷹に代わって第三三特別混成機動艦隊の指揮を執る青葉の指示が続航する夕張、深雪、綾波。フレッチャー、ジョンストンへ飛ぶ。
主砲艤装を構える五人と同様青葉自身も二〇・三センチ連装砲を備えた主砲艤装を構え、照準サイトを覗き込みながら全員が射程に戦艦棲姫を捉えるのを待つ。視界の先では最大戦速で突入していく愛鷹の長身が見える。
「トラック2601に動きあり。敵艦回頭、敵針一-七-四、敵速二一ノット」
青葉のCIC妖精が電探スコープを覗き込みながら戦艦棲姫の動きの変化を伝えて来る。大きな艤装を左に傾けながら戦艦棲姫が反転して単独で突撃する愛鷹へと進路を変えていく。副砲や対空砲は軒並み壊滅しているとは言え、健在な主砲で迎撃態勢に入っただろう。
最大戦速で駆けて行く愛鷹へ主砲を指向する戦艦棲姫を見据えて青葉は攻撃開始の号令を下した。
「旗艦指示の目標、撃ちー方ー始めー! 発砲、てぇーッ!」
号令が下るや青葉の二〇・三センチ連装砲、夕張の一四センチ連装砲と単装砲、深雪と綾波の一二・七センチ連装砲A型改二、フレッチャー、ジョンストンのMk30改が一斉に砲撃を開始した。
異なる四種類の砲声が響き渡り、撃ち出された徹甲弾が空中を飛翔して行く。初弾を放ってから直ちに再装填を終えた艦から随時次弾が撃ち出されていく。もっとも速射性に優れているMk30改の砲声が小太鼓を連打するかの様に連続して鳴り響き、やや遅れて一二・七センチA型改二連装主砲の砲声が響く。一発一発当たりの威力は戦艦棲姫に致命的な損傷を与えるのは無理だが、牽制射撃として間断なく降り注ぐ一二・七センチ級の小口径砲弾は気を引くにも嫌がらせにするにも十分だった。
それよりも間隔を置いて夕張の一四センチ砲が撃ち放った一四センチ弾が砲声と轟音を立てながら戦艦棲姫へと弾道を描いて飛翔して行く。駆逐艦の四人よりも威力とサイズがやや大きい砲弾が空気を切り裂く音を立てながら青空を飛び抜けて行く。
夕張の砲撃よりもさらに間隔を置いて青葉の主砲が主砲弾を撃ち放つ。愛鷹を除く第三三特別混成機動艦隊の艦娘でも最大口径の主砲が発砲するや殷々とした砲声と軽い衝撃波が走り、砲口からは砲炎が迸る。
六人の主砲から放たれた各口径の砲弾が空気との摩擦で赤く光りながら空中を山なりの弾道を描いて飛翔し、戦艦棲姫の周囲に砲弾を着弾させていく。撃破を狙ったものでもないので精度は重視していないが、戦艦棲姫の動きが緩慢なのもあって降り注ぐ砲撃はどれも至近弾となって戦艦棲姫の前後左右に着水の水柱を林立させていく。
鬱陶し気に青葉達に睨む視線を送りながらも白刃を構えて急接近する愛鷹の方が脅威であると認定している戦艦棲姫は巨大な主砲の俯角を取って発砲した。
随意射撃を継続する青葉達の砲撃の砲声を遥かに凌ぐまさしく耳を聾する轟音と呼ぶべき砲声が三連続で鳴り響き、水平線上に瞬間的な発砲の閃光と火炎が瞬く。砲撃を開始した戦艦棲姫の主砲の発砲煙が二基の三連装主砲を載せた怪物ゴーレムの様な巨大な艤装を隠し去り、周囲の海面が発砲の衝撃波でへこんだ。
発砲の直前、戦艦棲姫の本体が右手を愛鷹へ向けて発砲を指示するのを見ていた愛鷹自身は直前に右へと舵を切り、急ターンで砲撃を躱す。大型艦娘であるだけに生じる舵の反応のタイムラグも計算に入れて切られた舵が反応し、愛鷹の身体が右へと進路を変えた直後、殆ど間を置かずに戦艦棲姫の砲撃が左手を通過して彼女の背後で海上に着弾、爆発した。
巨大な水柱がそそり立つ中、それをバックに愛鷹は今度は左に舵を切る。両足の主機のラダーヒール自体が取り舵を切ると少しの間をおいてから進路を左に変更する。
先んじて戦艦棲姫の主砲で発砲したのは右側の第一主砲だった。易々と砲撃を躱された戦艦棲姫は左側の第二主砲で愛鷹を追尾し、照準を定めると第二射を放った。
腹に響く砲声が戦艦棲姫から放たれ、海上に弾道の跡を残しながら愛鷹へ砲弾が迫る。ギリギリのタイミングで舵が反応した愛鷹の右手を三発の大口径砲弾が飛び抜けて行った。
真横を飛び抜けた砲弾の衝撃波に煽られながら即座に面舵に舵を切る愛鷹へ戦艦棲姫から辛うじて生きていた対空機関砲が射撃を開始する。曳光弾が急接近して来る愛鷹へ多量の弾丸を浴びせるが、彼女が展開した防護機能によって弾き返される。
戦艦棲姫の機関砲の射撃を見た青葉は拙い、と本能的に感じ取っとった。あの機関砲の射撃は恐らく、いや十中八九主砲の弾道を確認する為のスポッティングライフルの役割を果たしている。正確な射撃データを戦艦棲姫の主砲に伝達する役割を担っている筈だ。ただでさえ距離が縮まって主砲の当てやすさが上がっている中、さらに精度を上げる為の手段を取られては愛鷹の回避も間に合わなくなる。
その為の援護射撃だと自分自身に檄を飛ばし、青葉は主砲の射撃照準を対空機関砲へ合わせる。愛鷹の位置をマークする様に継続的に射撃を行う対空機関砲に青葉の主砲の射撃照準レティクルを合わせ、「発砲!」の号令と共に射撃ボタンを押し込んだ。
発砲炎と共に二〇・三センチ連装砲の砲身が衝撃で後退し、砲口から撃ち出された四発の砲弾が戦艦棲姫の対空機関砲がある位置へ向けて飛んで行く。ほぼ水平の弾道を描いて海上を飛び抜けて行った青葉の砲弾が戦艦棲姫の対空機関砲の傍に着弾し、炸裂した二〇・三センチ砲弾の破片が曳光弾を愛鷹に叩き付ける対空機関砲をずたずたに切り裂き、砕いた。
機能を喪失した対空機関砲の射撃が止んだ直後戦艦棲姫の第一主砲が火を噴き、機関砲の射程圏内に入っていた愛鷹目掛けて巨弾を撃ち込む。が、青葉の射撃でギリギリのところで対空機関砲による照準補佐がずれたせいか砲弾は二発が愛鷹の右手の空間を突き抜け、一発は愛鷹が振るった刀によって弾き返された。
邪魔をして来た青葉に恨めし気な視線を向けて来る戦艦棲姫の本体に青葉があっかんべーでもしてやろうかと思った時、後ろで同じことを思いついた深雪が馬鹿にする表情を見せながら舌を出して戦艦棲姫を挑発した。
瞬間的に怒りが湧き上がったらしい戦艦棲姫が両手に拳を作った時、その視界に白刃を構えた愛鷹が肉薄して来るのが映った。
「遅い!」
左手をまっすぐ前に伸ばし、少し引いた右肩で構えた刀の切っ先を添えた独特な構え方で迫った愛鷹が戦艦棲姫の目の前で海上を蹴ってジャンプすると右手に持った刀をまず右側の第一主砲の砲身に振るって切り落とす。更に右舷艤装から繰り出した錨を左側の第二主砲へ放って絡ませると錨鎖巻取り機能を駆使して戦艦棲姫の右側から左側へとターザンの要領で素早く移動し、第二主砲の砲身にも白刃を振るい三本の砲身を鈍い金属音と共に切り落とした。
砲身を切り落とされて無力化された戦艦棲姫だったが、本体とは別のゴーレムの様な艤装が巨大な拳を作って愛鷹に殴り掛かった。
寸でのところで身体をのけぞらせて躱したものの、もう片方の拳が左手から愛鷹を捉えた。
ストレートパンチ級の威力を持ったフックを食らった愛鷹の身体が艤装事宙を舞って吹き飛び、声なき悲鳴を上げて宙を舞った愛鷹の身体が海上に力なく落ちた。
「愛鷹さん!」
「やってくれるわねえ!」
青葉と夕張の叫び声が上がる中、砲身を破壊されて戦闘不能になった戦艦棲姫が艤装の巨大な腕を振りかざして海上に倒れ伏す愛鷹に更に一撃加えようと構えた。
「やらせるか! 各艦続け!」
機関部と主機にブーストを駆けて突撃を開始する深雪に、綾波とフレッチャー、ジョンストンも背中の機関部の煙突からブーストをかけた黒煙を吐きながら一気に戦艦棲姫に迫る。
吶喊して来た四人に気が付いた戦艦棲姫が振りかざしていた艤装の腕の振るい先の狙いを最も近い深雪に定める。
「咄嗟射撃、魚雷発射雷数六、集射散布帯角度二度。てぇーッ!」
自分の旗艦と同じように殴り飛ばされる前に魚雷を発射した深雪は直ちに小柄な体を大きく右に傾けて急ターンする。急カーブを曲がるバイクのライダーの様に海面すれすれまで身体を倒してターンする深雪の左手上部を戦艦棲姫の左フックが掠めて行った。
「こーげき始めー! てぇーッ!」
「Fire Torpedo Salvo!」
「Salvo」
深雪とは反対側から回り込んだ綾波とフレッチャー、ジョンストンの魚雷発射の号令が飛び、三人の魚雷発射管から魚雷全弾が発射された。
全部で二六射線の魚雷が戦艦棲姫へと向かって放たれた。深雪と綾波の魚雷は無航跡の酸素魚雷、フレッチャーとジョンストンの魚雷は航跡を引く魚雷であり二種類の魚雷が戦艦棲姫へと迫る。主砲を無力化されても航行能力は維持していた戦艦棲姫がもがく様にダッシュをかけて回避を図るが、機動性はお世辞にも高いとはいえない戦艦棲姫の動きは緩慢だった。
至近距離から放たれた深雪の魚雷六発全てが戦艦棲姫の左舷に直撃し爆発の閃光と爆炎、水柱を突き立てる。
一度に六発の魚雷を受けて右舷に傾斜を始める戦艦棲姫の左舷から綾波、フレッチャー、ジョンストンの放った魚雷が命中する。魚雷命中の爆発の轟音が響き渡り、反対側へ押しのけられるように戦艦棲姫の艦体が傾く。一本、また一本と命中して水柱と爆炎を舷側に纏う様に受け、びりびりと戦艦棲姫の艦体が衝撃で震える。
航空攻撃で被弾していた魚雷と合わせて戦艦棲姫が被弾した魚雷は全部で二二本に及んだ。左右両側から撃ち込まれた魚雷は戦艦棲姫の艤装の舷側に大穴を穿ち、そこから大量の海水が侵入して戦艦棲姫の喫水線を大きく下げた。前のめりに大きく傾斜を始めた戦艦棲姫の巨大な主砲は沈黙し、本体は度重なる魚雷爆発で致命的ダメージを受けたのか艤装共々沈黙し、二本の腕と頭は力なくだらりと垂れ下げられていた。
「戦艦棲姫の撃破を確認、撃沈は確実と思われます」
火災の炎と黒煙に包まれながら大傾斜して波間に消えて行く戦艦棲姫の姿を目視で確認した青葉は戦闘の状況をモニターしているEV-38に撃沈報告を入れ、自分は戦艦棲姫の艤装に殴り飛ばされた愛鷹の元へと向かった。
諸に巨大な拳の一撃を食らったのだ。タダでは済んでいないだろう。装備妖精の第四分隊の衛生班に医療手当の用意をさせる。
海上に倒れ伏してピクリとも動かない愛鷹の元に着くと、首筋に手をやり脈を確認する。同時に接舷した青葉の艤装からファーストエイドキットを担いだ装備妖精が飛び出していき、愛鷹の艤装や体に飛び移る。
首筋に宛がった青葉の手に確かな脈動が感じ取れた。見たところ制服を赤く染める出血などの外傷はない。強い衝撃で脳震盪を起こして意識を失っているだけかもしれない。実際愛鷹の身体だけでなく艤装自体も破損らしい破損が認められない。
ただ装備妖精が出て来るハッチは歪んで開口できなくなっているらしく、青葉からエンジンカッターを持った装備妖精がこじ開けにかかった。
ペンライトで瞳孔の反応を伺っているとハッチをこじ開けた青葉の装備妖精が内部から愛鷹の装備妖精を助け出した。
「容体は?」
そう尋ねる青葉に装備妖精はふらふらする頭を抑えながら愛鷹の状態を報告した。
「戦艦棲姫に殴り飛ばされる寸前に防護機能を展開できたので、致命的な損傷は免れました。幸い、骨折、出血等のダメージはありません。ただ衝撃自体は相殺出来ないので脳震盪を起こして意識が吹っ飛んでいる状態です。艤装に関しても重大な損傷はありませんが、殴られた時の衝撃で予備バッテリーが破損し塩素ガスが発生して現在排気とダメコン中です」
呼び電力のバッテリーが破損した事を除けば愛鷹の身体も艤装も重大なダメージは無い。その報告に安堵しながら青葉は曳航作業の準備にかかった。
ロープを自身の艤装と愛鷹の艤装に結び付けながら、沈みゆく戦艦棲姫の方をみやる。
「最高の眺めですね」
にやりと勝った愉悦からの笑みを口元に浮かべて呟く。戦艦棲姫の周囲を警戒のためぐるぐる周回している深雪たちに少し離れたところにいる夕張が「集合」の合図をかけた。
戦艦棲姫の撃沈を確認。その知らせにルグランジュ提督以下「ドリス・ミラー」に座上する西部進撃隊の司令部要員は一様に深い安堵の溜息を吐いた。
第三三特別混成機動艦隊の損害は旗艦愛鷹が戦艦棲姫に殴り飛ばされて脳震盪を起こして意識を失ったくらいであり、航空部隊の損害も軽微だ。ひとまずは大きな障害の一つを取り除く事に成功したと言っていいだろう。事前の航空攻撃が上手く行ったこと、戦艦棲姫の取り巻きが少なかったことが今回の勝利の要因だろう。
このままサクサクアンツィオへの道を切り開く事が出来れば、と願うばかりだったが深海棲艦と言うのはそう簡単な相手では無い。直ぐに次の手を撃って来る筈だ。
青葉に曳航されて「ズムウォルト」へ収容された愛鷹は医務室へ運ばれて医務官の手当を受けた。
帰路の間から医務室に運び込まれるまでの間、目を覚まさなかった愛鷹だったが診断を行った医務官によればそう思い脳震盪ではないらしい。少し横になっていればすぐに目を覚ますだろう、と言う診断結果に安堵した青葉は次に次席旗艦と言う第三三特別混成機動艦隊の臨時指揮官となった自身が次にとるべき行動に思案を巡らせた。
旗艦である愛鷹が行動不能になったものの、偵察部隊としての任務は続行しなければならない。現在の第三三特別混成機動艦隊の次席旗艦の任を担う青葉の判断で直ちに新たな偵察部隊が組まれた。鳥海を旗艦として摩耶、陽炎、不知火、敷波、瑞鳳の六人で編成された偵察隊が編成され、直ちに「ズムウォルト」から発艦した。
瑞鳳から偵察機が発艦し航空偵察が始まる。事前に沿岸部および後方の「ドリス・ミラー」のモスキートの航空偵察範囲は共有されていたので瑞鳳はそれに則って航空隊を進出させた。
ターミガン、フェーザントのコールサインを持つ八機の天山が各偵察エリアへ向けて進出していく中、偵察部隊も対水上、対空、対潜警戒に当たる。深海棲艦が奇行をしてこない限りは航空偵察の目を掻い潜って鳥海以下の偵察隊に接近する事は出来ない筈だが、西地中海の深海棲艦の展開状況が不明瞭な分、気を抜く事は出来ない。
先頭に立つ鳥海の目に、水平線上が赤く染まるのがうっすらと見えて来た。
「こちら鳥海、フォルマンテーラ島沖合の海上の変色を確認。各艦は警戒されたし」
海の変色。その言葉に全員の表情が硬くなる。深海棲艦の庭先と化した海域程赤く変色した海は無い。そしてその海域では艦娘の艤装が「侵食破壊」と言う形で破損させられる事もあった。現在では侵食破壊を防ぐ塗装が全艦娘の艤装に施されているので深刻なダメージは発生しない。一方、変色海域では羅針盤を含めた航法機器に障害が発生する事が判明している。これに関しては現状対処方法が見つかっていない。
海域の変色の度合いにもよるが種子島の戦いの様に全く持って航法機器が使い物にならない事もあれば、航法機器の航路計算に謎の誤差が生じる程度で済む事もある。
「変色海域か。奴らの庭になりつつあると言う感じか」
渋面を浮かべる摩耶がふと足元を見やると、落ち葉の様な赤い斑点が青い海にぽつりぽつりと浮かんでいた。偵察隊のいる場所は既に変色海域と通常海域の境目付近と言う感じになる。
直近では種子島の戦い以来は観測されていない変色海域だが、一方でその海域の特性についての解析も進んでおり現に対処法も見つかっている。変色海域の特徴としては人間などの哺乳類には無害な一方、魚類や無機物には侵食破壊や生態系の破壊を促すと言う所にある。
深海棲艦との過去の戦い、それも艦娘が戦線に投入される前の通常兵器を用いた戦いでは戦艦級や棲姫級、重巡級の砲撃や中小艦艇の雷撃で人類側の艦艇の内、ミサイル巡洋艦や駆逐艦、フリゲートと言った艦艇は撃沈されてきたが、それ以上の万トン級の空母やタンカーは深海棲艦の兵装では火力不足で撃沈出来なかった。ではどうやって深海棲艦はそれらの艦船を沈めて来たのかと言うと海域を変色させて大型艦船の船体を侵食破壊で自壊させて沈める、と言うのが深海棲艦の戦術だった。
変色海域における謎として人間や海豚、鯨等の哺乳類は変色海域でも何の問題も無く活動出来るが、魚類は瞬く間に壊滅すると言う点にある。現在のところ科学的な立証は出来ておらず、原因は不明のままだ。ただ変色海域で魚類が全滅すると、その魚類を餌とする海豚や鯨等の海洋哺乳類は生活できない為移動せざるを得なくなるため、結局海洋生物は変色海域には存在しない事になる。
「死の海、よねぇ……」
ぼそりと呟く陽炎の言葉は赤く変色する海を言い当てた台詞だった。
「死の海、と言う割にはなんであたしら人間には人畜無害で済むんだろうね。死んでるのは魚ばっかりじゃん」
そこがどうにも解せないと言う表情で敷波が言う。確かにと不知火が訝し顔で足元を見やりながら返す。
「艦娘になって一〇年程たちますが、その間に科学的に立証出来る事は無かった海。科学では証明できないのだとしたら、別の手段で探るしかありませんが」
「オカルトに頼るって言うの?」
「結論から言うとそうなるわね」
普段から生真面目な不知火がいつもの生真面目な表情のまま科学が駄目ならオカルトに頼るしかないと発言する事に、敷波は彼女の意外な一面を垣間見た気がした。
「不知火って科学こそがこの世の正義、とか言いそうなキャラだと思ってたけど案外そうでもないんだね」
「私だってこの世の全てを科学で解決できるとは思っていません」
「不知火ってね、案外オカルトの方には理解度高いのよ。なんせお化け屋敷とか作り物だとは分かっててもクッソビビるから」
脇から口を挟む陽炎に敷波は「へえー」と驚き、当の不知火は陽炎に余計な事を言うなと睨みつける。
私語を飛ばし合う三人に鳥海がため息を交えながら窘めようとした時、摩耶が無言でそれを制した。
「気を張り過ぎるよりも、ちったあリラックスしていた方がいいぜ?」
「そうだけど、敵の展開状況が不明瞭な西地中海なだけに気を抜いたらお終いな気がするのよ」
「そん時はそん時さ」
けろりと返す摩耶に何か言いたげな表情を浮かべる鳥海だったが口には出さずに無言でメガネの位置を正した。
一方終始無言の瑞鳳はと言うと天山八機から入って来る変色海域の情報の取りまとめに忙しく会話をしている処では無かった。
変色海域の広がり具合に興奮する航空妖精達に「少しは落ち着きなさい」と一喝を入れて窘めると、上げられて来た報告を整理する。瑞鳳の航空団に交代要員として新規に補充されてきた予備の航空妖精を練度向上を兼ねて投入しているだけあって偵察飛行の技量はあっても、いざその眼下に見えるモノを目にすると無駄に興奮してしまうあたり未熟さがある。
興奮する航空妖精たちの報告をまとめていた瑞鳳はふとフェーザント2の上げて来た報告に、タブレット端末のタッチパネルに走らせていたタッチペンを握る手を止めた。
「PTが二隻?」
PT小鬼群が二隻航行しているのを発見と言う報告に瑞鳳は違和感を覚えた。PT小鬼群は航続距離が長くない小型艦だ。補給を行う補給艦ワ級か燃料を裾分け出来る大型艦が近くに展開しているか、或いは大規模な艦隊が近辺に展開していてその哨戒任務に就いているか。
「全機、フェーザント2の周囲に展開して偵察を。担当場所は後で送るわ」
一旦全機をフェーザント2の周囲に集結するよう指示を出した後、タブレット端末で新たな偵察エリアの策定を行い、それをデータリンクでターミガン、フェーザント各機に転送する。航続距離が短い分、艦隊随伴艦ないし哨戒艦として活動している筈のPT小鬼群だ。近辺に本隊となる敵艦隊が展開していると見て間違は無い。
(航続距離の短いPTが二隻だけで行動している……斥候を兼ねた哨戒艦隊だとしたら本隊は恐らく水上艦隊、それも連合艦隊規模の筈。戦艦棲姫をやられて生まれた戦略的空白を埋める為に別海域で行動していた艦隊を回して来た……?)
考えを一人巡らせる瑞鳳の頭の中で、では戦艦棲姫を含む艦隊が抜けた穴を埋められる艦隊となれば空母機動部隊か水上打撃部隊か、と言う疑念が生まれる。空母機動部隊なら航空優勢を確立出来、戦艦の砲撃よりもリーチの長い攻撃が可能だが艦娘側による迎撃によっては損耗で火力投射量が減る。水上打撃部隊ならリーチは短くなるが航空機によりも圧倒的な火力を集中的に投射可能だ。戦艦棲姫はその点戦艦ル級やタ級数隻分の仕事を単艦でこなせるからル級やタ級数隻を中核とした水上打撃部隊一個艦隊分に匹敵すると言っていい。
その戦艦棲姫を撃沈されたからには火力投射量を重視するなら水上打撃部隊、制空戦闘を重視するなら空母機動部隊と見るべきだ。ただもし空母機動部隊が展開しているのだとしたら、瑞鳳の偵察機が未だに戦闘空中哨戒に当たっているであろう戦闘機の迎撃を受けていないのは妙である。
そう考えた場合、恐らくは水上打撃部隊が近海に展開ないしは進出してきている可能性が高い。
「ただの戦艦ル級やタ級だったらまだ楽な方なんだけどな……」
そう簡単な相手だったらここまで国連軍が苦戦を強いられる訳ない、と自分に言い聞かせる。
暫くして母艦である瑞鳳から送れられて来た新たな偵察エリアの座標に従ってターミガン、フェーザントの二部隊の再展開が行われた。
赤く変色した海を眼下に望みながら偵察飛行を続ける天山八機からの続報を待つ間、瑞鳳を含む第三三特別混成機動艦隊の分遣偵察艦隊も前進を続ける。直に分遣偵察艦隊が発見できる深海棲艦艦隊は今のところない。ソナーによる潜水艦発見の報告も無く、敵機襲来を知らせるレーダー反応も無い。
全体として静かだった。戦艦棲姫を含む艦隊が近海に先程までいたとは思えないほど静かだった。それが逆に不気味であり鳥海以下の六人に不安な影を落とした。
「妙に静かね」
周囲を見回しながら陽炎が呟く。不知火と敷波が相槌を打った時、瑞鳳のヘッドセットに偵察中の天山、フェーザント2-2から緊急入電が入った。
(こちらフェーザント2-2、母艦瑞鳳へ)
「どうぞ2-2」
(ワレ、敵艦隊を捕捉。敵艦隊陣容、深海地中海棲姫一、重巡棲姫一、軽空母ヌ級elite級二、戦艦ル級flagship級二、軽巡へ級flagship級一、大型駆逐艦ナ級後期型elite級二、駆逐艦ロ級後期型一を認む。敵艦隊現在位置、北緯……)
報告が上げられてくる敵艦隊の現在位置をタブレット端末にタッチペンで入力する瑞鳳の手が震える。深海地中海棲姫に重巡棲姫。戦艦棲姫も大きな脅威ではあったがこの二隻の棲姫級だけで同レベルの脅威度である。しかも戦艦棲姫を含む艦隊と違って編成は一〇隻。恐らくは別行動しているPTはこの艦隊を母艦隊としている筈だ。つまり一二隻の水上打撃部隊が近海に展開中。
「了解、全機直ちにRTB。インターセプターが上がってくる前に直ちに全速で離脱」
ラジャーの返答が返され、タブレット端末にも八機全機に「RTB」の表示が出る。
「全艦に通知します、新たな敵艦隊現在位置判明。座標は北緯三八度一五分四九秒、東経一度五三分一〇秒」
「フォルマンテーラ島の沖合か」
ポケットから海図を取り出した摩耶が瑞鳳の読み上げた座標を確認して一番近い陸地を口にする。
「フォルマンテーラ島って深海棲艦の拠点あったっけ?」
そう疑問を口にする敷波に不知火が首を振る。
「もしフォルマンテーラ島とその隣の島々が制圧されているならそこから深海棲艦の陸上機が飛来している筈です。爆撃が来ていない時点で飛行場棲姫等が進出している筈がない」
「飛行場棲姫は無くても港湾棲姫とか集積地棲姫とかの拠点タイプの陸上深海棲艦なら或いは、じゃないかしらね」
対論を述べる陽炎に不知火がそれは確かにあると右手で顎を摘まむ。
海図をしまった摩耶は先頭を進む鳥海にこのまま進むか戻るかを問う。
「敵艦隊がこっちに転進して邀撃行動に出る可能性はあると思う。万が一交戦となったらこっちが数的にも戦力の質的にも不利だ。一時後退した方が良いんじゃないか?」
「そうね、全艦一斉回頭! 一時『ズムウォルト』へ後退し事後の策を検討します」
深海地中海棲姫を旗艦とする艦隊発見の報は後方に展開する空母「ドリス・ミラー」のルグランジュ達に元にも届けられた。CDCで報告文を受け取ったルグランジュは遂に本格的な深海棲艦の抵抗が始まったと確信した。
「深海地中海棲姫と重巡棲姫、それに戦艦ル級flagship級と大型駆逐艦ナ級elite級か」
「HVT(最重要目標)となりうる主力艦が多数含まれます。流石にこれは第三三特別混成機動艦隊だけで対処させるには荷が重すぎます。我が本隊から主力部隊を前進させて撃滅を試みるべきです」
「その通りだな。欧州総軍司令部にも知らせろ。それとニーム=ギャロン海軍航空基地に展開中のB-25による近接航空支援を要請だ」
「了解」
第三三特別混成機動艦隊による戦艦棲姫討伐を指示すると言う無茶を言って来た欧州総軍司令部も今度は西部進撃隊の本隊による深海地中海棲姫を含む艦隊討伐を許可して来た。同時にフランスのニーム=ギャロン海軍航空基地に前進展開中のB-25陸上爆撃機による艦隊への近接航空支援も取り付けてくれた。
本格的な出番が来た、と言う事もありルグランジュは艦隊の人選を慎重に行った。今の段階でこちらの主力艦を大々的に投入して大損害を被った場合、後々のアンツィオ攻略時に支障が発生する。最適な戦力を投入するのが肝だった。
「日本艦隊から大和型二隻を投入するとして艦隊の上空直掩には空母レンジャー、軽空母ラングレーを投入する。艦隊随伴艦には重巡枠にヒューストン、タスカルーサを投入だ。残りは日本艦隊から抽出しよう」
「日米合同機動艦隊ですね」
「そういう事だ」
市ヶ谷の日本方面軍司令部での日本方面軍司令部幕僚会議の為に出向いていた谷田川が会議を終えて横須賀の日本艦隊統合基地へ帰る途中、日本艦隊統合基地に残って留守番を頂いて鳳翔から緊急連絡が入った。谷田川が乗る車のハンドルを握る三笠が鳳翔からの連絡に出る。
「私です……何ですって……⁉ はい……はい……了解。提督、ちょっと失礼」
鳳翔からの連絡を切った三笠はぐっとアクセルを踏み込んで一気に加速し、日本艦隊統合基地への高速道路を走る提督専用車を猛スピードで走らせた。
「おい! 自動車免許持っている人間ならもうちょっと安全運転を心がけんか! 仮にも日本艦隊を預かっている艦隊司令官を乗せているんだからさ」
後部座席で高速道路の街灯が過ぎ去る速度の速さが異常な程に速くなるのを見て谷田川が三笠の運転を咎めると、ハンドルを両手で握りしめながら三笠は鳳翔からの緊急連絡の内容を彼に話す。
「深海棲艦が動きました。欧州に気を向けていた隙を取られましたよ。北部方面隊から報告があった新型の深海棲艦の超重爆が三〇機、ポイント・アルファ・リマに展開する北方棲姫から発進して南下中です。約一時間以内に首都圏に到達する予定だそうです。
提督には今すぐ日本艦隊統合基地へ戻って艦隊による迎撃が必要な時に備えて指揮を執っていただかないと」
「新型の超重爆……昨年に八幡製鉄所を更地にしていった深海空超要塞か」
「いえ、もっと大型の奴です。情報部の解析で深海超征服重爆と名付けられた深海棲艦最大の大型機です」
深海超征服重爆。深海棲艦が日本本土爆撃を試みる中で新規に確認された超巨大戦略爆撃機だ。空を征服するかのようなその深海棲艦の航空機の規格外れともいうべき巨体から名付けられた機体は、大きさがそれまで人間からすれば精々大きくても大型のラジコン飛行機程度の大きさだった深海棲艦の航空機とは一線を画し、一気に小型機程のサイズを誇る巨人機となって人類の前に姿を現した。
余りの巨人機であるが故か深海棲艦でも配備は遅々として進んでいなかったようだが、遂に大量配備が出来て日本本土爆撃に出たと言う事だろうか。
「深海超征服重爆、セスナ機程もあるって噂のあれか。だが、それが補給が断絶している筈の北方棲姫から発進しただと?」
北方棲姫が居座るポイント・アルファ・リマの島は国連海軍によって他の深海棲艦との補給路を含む接触を断たれた筈の場所である。常時ロシア方面軍太平洋艦隊所属の哨戒機が哨戒飛行を実施しているほどの厳戒態勢の中を突破して機体とそれを運用する基地を再整備してのけたと言う事だろうか。
「理由は不明ですがSS26(第二六警戒隊)のレーダーサイトが既に補足しています。海兵隊の防空軍が再確認中です」
埼玉県入間基地の日本方面軍中部航空方面隊のSOC(航空方面隊作戦指揮所)では大画面の液晶パネルに「BOGGY」と書かれた三〇個のシンボルが表示されていた。
「SIF(敵味方識別装置)照合……当該機ありません。ライブラリー照合、深海超征服重爆三〇機」
「エリア・ホテル2、キロ1。ヘディング190、高度三万二〇〇〇、速度三三〇ノット。なお南下中」
管制官の報告が淡々と上げられてくる中、主任管制官が管制官の一人に尋ねる。
「三沢はどうだ? 連絡は付いたか?」
「北部SOCを始め、本土北部の飛行隊及び各基地と連絡が取れません」
「防衛統合デジタル通信で三沢を呼び出せ。出るまで続けろ」
日本本土の北海道及び東北方面の防空を担う各拠点との通信が出来ないと言う返答に主任管制官は困惑の表情を浮かべながらもひとまず別手段での三沢基地との連絡を試みさせる。北海道の千歳基地と東北の三沢基地の邀撃機が連絡不能で上がれない場合、早期の深海超征服重爆を迎撃する部隊が使えないと言う事になり早期迎撃が不可能と言う事にもなる。一旦ヘッドセットマイクを抑えながら管制室の部長に一抹の懸念を口にする。
「まさか、北部方面隊が深海の奇襲攻撃で?」
「馬鹿、そんな事がある訳ないだろ」
滅多な事を言うんじゃないと部長は主任管制官を睨み返す。
その時、管制室内にブザー音が鳴り響き同時に管制官が報告を上げる。
「邀撃機上がりました。百里309よりクローバー01、小松303よりソーサラー32。会敵予想時刻、クローバー・ネクスト05、ソーサラー・ネクスト11」
中部航空方面隊SOCからの邀撃指示を受けて茨城県の百里基地に展開する第309飛行隊及び小松基地の第303飛行隊から空対空ミサイル一四発を搭載したF-15EXⅡがそれぞれ二機ずつ発進した。中部航空方面隊SOCの管制室の大画面ディスプレイに二機のエレメントを組んだF-15のシンボルマークが表示される。
百里基地を発進した二機のF-15EXⅡ、コールサイン・クローバー01に対して中部航空方面隊SOCの管制官が誘導を開始する。
≪Trebor this is Clover01. Now maintaing angel32.(トレボー、こちらクローバー01。現在高度三万二〇〇〇)≫
≪Clover01, this is Trebor. You are under my control. Steer 040,maintain present angel(クローバー01、こちらトレボー。誘導を開始します。同高度にて方位〇四〇へ)≫
≪Roger(了解)≫
二基のターボファンエンジンの甲高いエンジン音を立てながら二機のF-15が旋回して進路を変更する。胴体下にはAIM-120E AMRAAM中距離空対空ミサイルが一二発、AIM-9XⅢサイドワインダー短距離空対空ミサイルが二発搭載され、更に増槽を二本吊り下げていた。
「深海超征服重爆、依然南下中。速度、高度変わらず」
「追尾、SS37よりSS27へハンドオーバー。クローバー01、会敵予想時刻修正ネクスト04」
第三七警戒隊のレーダーサイトから第二七警戒隊のレーダーサイトに深海超征服重爆の追尾を引き継ぐ旨が管制官の口から告げられる。
淡々と管制官は報告を続けるが、ディスプレイに表示されている深海超征服重爆が本物なら首都圏へ向けて巨大な深海棲艦の重爆撃機が三〇機進撃中と言う重大な危機に瀕していた。しかも悪い事にこの深海超征服重爆はいくら対深海棲艦用戦力である艦娘でも対処にしようがない。故に珍しく通常兵器であるF-15EXⅡの出番となっていた。
≪Clover01, target position 030. Range90. Altitude32(クローバー01、目標方位〇三〇、距離九〇マイル、高度三万二〇〇〇)≫
刻々と迫る会敵予想時刻に二機のF-15のパイロット二名は緊張感から表情が険しくなる。二人のヘルメットに内蔵されたヘッドセットからは変わらず淡々とした管制官の管制が入り続ける。
「部長、会敵した場合羅針盤障害でミサイルが外れた場合は……」
主任管制官が別の懸念を口にした時、三沢基地との連絡を取り続けていたオペレーターが北部航空方面隊SOCとの回線復旧を知らせる。
「北空SOC、繋がりました」
直ちに部長は受話器を取って北部航空方面隊SOCを呼び出す。
「こちら中空SOC、そちらの状況はどうだ。南下中の深海超征服重爆は把握しているか? 何、スコープはクリア!?」
(三沢管制隊は深海超征服重爆の機影を確認出来ません。現在各SSのレーダーサイトの自己診断プログラムで再チェックを行っていますが、現在のところ各レーダーサイトとの通信が不安定です。北部航空方面隊担当エリア広域にわたって何らかの通信妨害を受けている様です)
「第二波に備えて、千歳、三沢のSC(スクランブル)をスタンバらせろ。大至急だ」
(了解)
北部航空方面隊SOCとの回線を切って受話器を置きながら部長は妙な点を口にする。
「こちら(中部航空方面隊)のレーダーサイトでは常に深海超征服重爆の位置は修正されている。外部からの偽装は不可能な筈だ、システムエラーか?」
「自己診断プログラムが常時走っているんですよ、エラーのまま進行する事はあり得ません」
主任管制官がそれは有り得んと頭を振る。何かがおかしい、と疑念を脳裏に浮かべながら部長は先行して会敵する予定のクローバー隊の会敵がまだかを問う。
「クローバー、コンタクトはまだか?」
「まだです」
一方管制官はコンソールのディスプレイを凝視しながらクローバー01への誘導管制を続ける。
「Target dead ahead,25. Clover01. How about contact?(目標正面、距離二五マイル。レーダー探知はどうか?)
≪Negative contact. Request target altitude.(コンタクト出来ない。目標高度の確認を願う)≫
「レーダーで補足出来ない? あれだけの巨大な深海棲艦の爆撃機の編隊が?」
主任管制官が訝しむ中、部長は彼に首都圏に到達するまでの残り時間を確認する。
「深海超征服重爆の首都圏到達までの残り時間は?」
「約三〇分後です」
「入間の第一高射群に発令。霞ケ浦の第三高射隊に直ちに迎撃態勢に入れ。それと官邸と宮内庁に緊急連絡。政府閣僚と皇室は直ちに東京から避難を」
≪Trebor, this is Clover01. Negative contact. Boggy dope(トレボー、こちらクローバー01。依然コンタクト無し、再度目標の確認を願う)≫
≪Target dead head,15. Heading,190. Altitude 32. 330knot. Reduce speed!(目標正面、距離一五マイル、方位一九〇。高度三万二〇〇〇、速度三三〇ノット。クローバー01、減速せよ!)≫
≪No joy! Negative contact. I say again No joy! Request target position!(補足出来ない、レーダーに反応なし。繰り返す、補足出来ない! 目標はどこだ⁉)≫
「何かがおかしすぎます。一度離脱させて再度……」
「時間がない。奴らが進路を変えればクローバー01のアプローチが手遅れになるかも知れない」
そうは言ったもののあの巨大な機体がF-15EXⅡの最新鋭のフェーズドアレイレーダーはおろか目視ですら確認出来ないとはどういう事だろうか? と言う疑念が疑念を呼び続ける。
≪Caution, almost same position, same altitude. Use caution. Clover01 use caution! (警戒、同方位、高度差無し。警戒せよ! クローバー01、警戒せよ!)≫
突然、クローバー01の二機のF-15EXⅡのパイロット二人のヘッドセットに激しいノイズが混じり始め、SOCの管制艦の声がかき消され始めた。辛うじて≪Clover01 break!(クローバー、退避して下さい!)≫の警告が聞こえたがそれから無線は激しいノイズによってかき消され二機のF-15EXⅡは通信不能になった。
「クローバー01、交信不能。レーダーからも消失!」
いくら呼び出しても全く通信が出来ないどころか、レーダーから機影が消失し行方不明になってしまったクローバー隊に管制室が騒然とする中、別の管制官が引き続きオペレートを行う。
「目標変針します。方位二一〇、降下しつつ増速中。ソーサラー接近、距離二〇マイル」
一方その頃、成田空港では中部航空方面隊SOCから送られてきた深海超征服重爆の知らせにATC(航空管制)の管制官たちは大混乱しかけていた。
「おい、なんだこれは?」
「こっちに向かってくるぞ」
「横田から連絡があった深海棲艦の爆撃機か!?」
「大変だぞ、民間機が戦闘に巻き込まれかねないぞ!」
「アプローチ中の機を除いて、着陸待ちを全て大阪へダイバートさせろ!」
「滑走路で離陸待機中の機は全て離陸中止だ! 急げ!」
「ノース・アメリカン・スカイサービスの貨物便が燃料切れで速やかな着陸許可を求めますが、どうします?」
「燃料に余裕がない機体から優先して着陸だ。余裕がある機体は上空待機だ、高度に注意しろ!」
中部航空方面隊SOC指揮所の大画面ディスプレイに表示される深海超征服重爆のシンボルマークが刻一刻と日本の首都東京へと迫る。
「千葉県、犬吠埼上空を通過! 東京へ向かっています! 五分以内に首都圏に到達!」
「ソーサラー、レーダーコンタクト。深海超征服重爆を捕捉しました」
小松基地のF-15がレーダーで深海超征服重爆を捕捉したと言う知らせに、部長は直ちに攻撃を許可した。
「武器の使用を許可、ウェポンズフリー」
「しかし、ソーサラーがミサイル全弾を命中させ、更にガンキルを行っても弾が足りません。全機撃墜は不可能です」
「人口密集地に入る前に可能な限りの損害を与えて撤退に追い込ませろ。残りは特科に任せる」
≪Sorcerer 32, this is Trebor. Weapons free, you are cleared to engage. (ソーサラー32、こちらトレボー。武器使用許可、交戦を許可する≫
≪Trebor say again(トレボー、もう一度頼む≫
≪I say again, you are cleared to engage(繰り返す。交戦を許可する)≫
遂にやるか、とソーサラー32のF-15パイロット二名はごくりと酸素マスクの下で生唾を呑み下す。
サイドスティック操縦桿を倒して攻撃アプローチに入りながらリード機のパイロットはSOCの管制官に対して交戦を宣言した。
≪Roger, Sorcerer32 engage.(了解。ソーサラー32、エンゲージ)≫
ソーサラー32の二機のF-15のパイロットがサイドスティック操縦桿のマスターアームスイッチを押してAIM-120Eの火器管制を起動させてロックオンを試みる。深海超征服重爆は小型機程もあるから従来の深海棲艦の航空機と違ってはっきりとロックオン出来る筈だ。
だが二機のF-15がAIM-120Eをロックオンすべくレーダー照射を開始した途端、二機のレーダーから深海超征服重爆の反応が消えた。
「何⁉」
SOCとの交信時は英語で会話していたソーサラー32のパイロットはその時初めて母国語である日本語でHMDやレーダーディスプレイから消えた深海超征服重爆に驚愕する声を発した。
同時刻中部航空方面隊SOCの大画面ディスプレイから深海超征服重爆のシンボルマークは消えた。
「深海超征服重爆が消えた……⁉」
部長が愕然とした表情で呟いた時、彼を含めたSOC管制官たちのヘッドセットにノイズ交じりの無線が入った。
≪This is Clover01. Request orders. This is Clover01. Request orders(こちらクローバー01。指示を願う。こちらクローバー01。指示を願う≫
無線と同時に通信不能になると共にレーダーから消失したクローバー01の機影が再度大画面ディスプレイに表示された。
「ソーサラー32、Hold Fire 一時待て!」
主任管制官がソーサラー32に攻撃を一時待つ様指示する。
一方管制官が指示を求めて来るクローバー01との交信を試みる。
≪Clover Clover01, this is Trebor. Are you normal?(クローバー01、こちらトレボー。無事ですか?)≫
≪Trebor, this is Clover01. Ahh, We had heavy jamming and now lost position. Request further instructions. I say again, request orders(トレボー、こちらクローバー01。こちらは強力な通信妨害を受けた模様、現在位置を見失った。指示を願う、繰り返す、指示を願う)≫
緊迫した空気が立ち込めていた先程までとは違って疑念に包まれた空気がSOC指揮所を包む中、大画面ディスプレイに先程まで表示されていた深海超征服重爆のシンボルマークが再度表示される事は無かった。
警戒隊のレーダーサイトやおっとり刀で駆け付けた西日本エリアから飛来したAWACSの再三の確認の末、深海超征服重爆無しの判断が下される。
「クローバー01、確認しました。周辺空域にバンディット無し」
「ソーサラー32、攻撃中止」
「攻撃中止」
「各要撃隊が指示を求めています」
「全隊、RTB。帰投させろ」
なんだったのだ、さっきまでの深海超征服重爆の反応は、と言う虚脱感と疑念がSOC内に立ち込める中、帰還命令を受けたF-15四機はそれぞれのマザーベースである百里基地と小松基地へ進路を取った。
「警報解除」
主任管制官が警報解除を宣告した後、部長は深海超征服重爆が数分前まで表示されていた大画面ディスプレイを凝視したまま自分の席にどっかりと座り込んで呆然と呟いた。
「一体、なんだったんだ……」
時計を見ればもし深海超征服重爆が本当に存在していれば既に東京には爆弾の雨が降り注いで火の海になっている筈だが、市ヶ谷の日本方面軍司令部含めて首都圏で爆撃を受けたと言う知らせは一切入ってこない。それどころか機影を見た、と言う知らせすらない。
「我々は一体何と相手をしていたのだ、幽霊とでも戦っていたのか?」
呆然と呟く部長に返される答えは無い。
日本本土への深海超征服重爆の侵攻と首都圏到達と同時にレーダーから消失、と言う知らせは地球の反対側にいる欧州派遣日本艦隊の面々にも届いていた。戦艦棲姫に殴り飛ばされて意識を失い、そのまま青葉に曳航されて「ズムウォルト」に帰還し艦内で意識を取り戻した愛鷹も幻の爆撃の顛末を聞いた。
「……ひとつ、気になる所があります」
「何です?」
意識を取り戻した自分に幻の爆撃の話を知らせに着た青葉に愛鷹は気が付いた事を話した。
「一貫して、邀撃機は深海超征服重爆の機影を目視で確認していない。全てレーダーで捉えた機影から判断している。そしてクローバー01が巨力な通信妨害を受けたと言う話。自分の位置特定も出来なかった、と言うのは妙です。
これに答えを示せるとしたら考えうるのは一つしかない」
「と言うと」
先を促す青葉に愛鷹は自身の仮説を述べた。
「北海での敵本艦隊捜索任務中に電子戦ワ級と遭遇しましたよね? データリンクから通信至るすべての電子機器を狂わせてきた電子作戦艦のワ級。恐らくですが奴がSOCのBADGEシステムや各部のレーダーサイトにゴーストを作り出して本土防空部隊はそれに踊らされてしまったのではないかと」
「でも、何故そんなことを深海棲艦が?」
「今回邀撃機として上がったのはF-35に代わってインターセプターとして配備が始まったばかりの新型機F-15EXⅡです。もしかしたら深海棲艦は日本本土防衛軍のシステムジャックを行うデモンストレーションを行うと同時にF-15EXⅡの情報収集も兼ねていたのかも知れない。電子戦ワ級をトレースした深海超征服重爆のコースの下に配置するだけでリレー形式でゴーストを作り出し続ける事が出来、尚且つ新型戦闘機やこちらの防衛網に関する情報収集も出来る。
今回の一件は我々国連軍が欧州に軍主力、特に艦娘艦隊の多くを割いている隙に背中を突かれかねない禍根を残したと言う訳です」
「欧州で早期に蹴りを付けないと、日本本土への大規模な深海棲艦の侵攻作戦が始まると?」
「現に核攻撃で殲滅した筈の沖ノ鳥島海域で奴らの活動が再び活発化していると言う知らせもあります。現状、北米艦隊太平洋艦隊もオセアニア方面隊もアジア方面に派遣されていた欧州総軍の艦娘艦隊の殆ども欧州に送られている中、西太平洋地域の防衛に当たっているのは日本艦隊だけです。防備が手薄と言っていい」
「青葉達の帰るべきところが帰った時には無くなっているかもしれない、そういう訳ですか」
拙いな、と青葉は渋面を浮かべる。
「戦線の拡大はこちらにとっては不利です。向こうには本拠点を叩かない限り無尽蔵に戦力を抽出できるが私達艦娘はワンアンドオンリー。この世に一つしかない存在、事実上数で劣っている。必ずしも物量がモノを言うとは限らないとは言え、やはり数ある方が戦争では有利になる事もある」
物量の差を指揮官の優劣で覆す事は出来る。しかし深海棲艦はその指揮官の優劣で覆せる物量の差すら、物量を持って完封しようとする。
どれ程艦娘個々が優れていても数が多すぎる深海棲艦の物量を前に無尽蔵の弾薬や体力を持っている訳では無い。欧州総軍が担当するここ欧州ですら苦戦を強いられているせいで日本、北米、オセアニア方面の各艦隊から主力艦隊を抽出してようやく反転攻勢に出られたと言うのに、今になって二正面作戦を実施できるほどの余力はない。いくら日本艦隊が大所帯の艦娘艦隊と言えど限界点は存在する。
「本当に拙い時、っていつなんでしょうね」
ぽつりと呟く青葉に愛鷹は答えが口から出てこなかった。
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また次回のお話でお会いしましょう。