「撃ちー方始め! 発砲、てぇっ!」
射撃の号令が愛鷹の口から発せられ、一拍おいて彼女の主砲艤装に備えられた二基の四一センチ主砲が発砲の火蓋を切った。
三連装主砲と連装主砲の二種類の四一センチ主砲が発砲の火焔を砲口から迸らせ、火焔は直ちに黒煙へと代わり風によって後方へと流れ去る。一方発砲炎と共に撃ち出された四一センチ主砲弾は轟々とした飛翔音を立てながら愛鷹が照準を合わせた戦艦ル級flagship級へと弾道を伸ばしていった。
続航する青葉と衣笠、夕張、深雪、蒼月もそれぞれの定めた目標に対して射撃を開始している。中口径の主砲を備えている青葉と衣笠は青葉が大型駆逐艦ナ級後期型elite級を、衣笠が軽巡へ級flagship級に対して照準を定めて砲撃を行っている。夕張と深雪、蒼月の三人はPT小鬼群に対して集中砲火を浴びせていた。夕張が二人に火力支援を行いつつ深雪と蒼月の小口径の主砲で回避機動力の高いPT小鬼群へ射撃を行っていた。駆逐艦娘の手持ちタイプの主砲でなら追随可能だが、重巡級以上の艦娘だとPT小鬼群の機動力を前に射撃管制装置が追い付けない問題があり、その為に基本PT小鬼群を相手にするのは軽巡以下の艦娘と言うセオリーが定められていた。一応対空機関砲を使えば大型艦娘でも対処可能であるが、今度は機関砲ではPT小鬼群相手には威力不足と言う問題が発生する。早期に対処しないと魚雷を流されて艦娘に大ダメージを与えに来る非常に厄介な深海棲艦であり、業を煮やした日本艦隊では天霧改二と言うPT小鬼群対策に特化した艦娘の改二艤装を開発するまでに至っている。
甲高い笑い声ともつかない奇声を上げて恐ろしく機敏な動きをして夕張からの砲撃を躱しにかかるPT小鬼群に対し、深雪と蒼月からの精確な砲撃が飛来する。紙一重の差でPT小鬼群はそれを躱して貧弱な備砲で二人へ応射を撃ち返す。
「くっそ、毎度毎度だるい連中だ」
「二対二ですよ、ここで負けたら駆逐艦の恥です!」
「んなこたあ分かってらい!」
長一〇センチ高角砲を連射する蒼月の言葉に深雪が自身の主砲を撃ちながら応える。蒼月の長一〇センチ高角砲の連射がPT小鬼群の右に左に水柱を突き立て至近弾の爆風で狙いを付けているPT小鬼群を煽る。深雪の狙いすました一発がもう一隻のPT小鬼群の右舷側に着弾し、のけぞる様に反対側へとPT小鬼群が傾ぐ。
PT小鬼群と対峙する深雪と蒼月に対して、深海棲艦も戦艦ル級と重巡棲姫が支援砲撃を行うが、重巡棲姫に対して夕張から甲標的が、ル級の片割れに対しては愛鷹から攻撃が飛来して二人への攻撃を阻止する。夕張の艤装から発艦した甲標的に対して重巡棲姫は対空機関砲を海中へと撃ち込んで浅い深度しか潜航できない甲標的に水中弾効果でダメージを与えようと試みる。海中に飛び込んで大きく初速を減衰させられながらも機関砲弾が甲標的の左右を突き抜け、減衰しきっていた数発がその胴体を叩いた。
「無理っぽいかな……」
ソナーで甲標的が重巡棲姫への雷撃ポイントまで辿り着けそうにない海中の状況に夕張はしかめっ面を浮かべた。電波を介した無線は海中の甲標的には届かないから艇内がどうなっているかは不明だが、何発か機関砲弾の直撃を受けているから脆い胴体に無視できないダメージが蓄積しているかもしれない。
「牽制射撃するしかないわね。砲撃目標、重巡棲姫。主砲、撃ちー方始め!」
夕張の一四センチ主砲が発砲し、重巡棲姫へと斉射された砲弾が飛翔して行く。数ある棲姫級の中でも比較的普遍的な重巡クラスの棲姫級である重巡棲姫相手に夕張の主砲では大した損害は与えられないが、牽制程度にはなる。甲標的を失ったら予備が無い夕張から長距離精密雷撃のアドバンテージが失われる。甲標的に乗り込む装備妖精の判断次第だが夕張として自分の砲撃を利用して離脱して欲しいところではあった。
ソナーで聴音を行っていた水測員妖精が砲声が入り乱れて、更に重巡棲姫の水中への射撃で喧騒まみれの海中から甲標的が反転して引き返してくる事を報告して来た。重巡棲姫への雷撃は失敗だが、甲標的を失っては元も子もない。英断と言える退却を行う甲標的の援護の為に夕張からは牽制射撃の砲撃が繰り返し撃ち放たれた。しかし砲撃戦の待っただ中とあっては甲標的を収容するのも難しい。どこかで機会があれば、と目を細める夕張に重巡棲姫から反撃の砲撃が飛来し始めた。夕張からの鬱陶しい砲撃に重巡棲姫も痺れを切らしたらしい。
これで甲標的を離脱させる事が出来る、と狙い通りにいった事に内心ほくそ笑むと全力で回避運動に入る。増設されたタービンと普段の平底ブーツを改良してラダーヒールを付けた改良型の主機ブーツのお陰で機動性は改二以前の時よりも向上している。もう足の速い艦娘達に劣等感を覚えなくても済む。
鋭いエッジを利かせた回避運動で重巡棲姫からの砲撃を躱してのける夕張に、重巡棲姫が露骨に苛立ちを見せた時、急速にその頭上から飛翔音が迫った。何かに気が付いたように振り返って防御の構えを取る重巡棲姫に艤装に四一センチ主砲弾が着弾する。
「重巡棲姫に着弾を確認。攻撃効果、ほぼ認められず」
砲術妖精への見張り員妖精の報告を横で聞きながら愛鷹は四一センチ主砲弾の直撃を受けても参った様子を見せない重巡棲姫に舌を巻いた。流石は棲姫級の耐久と装甲だ。生半可な砲撃ではびくともしない。戦艦レ級や空母ヲ級改Ⅱflagship級、重巡ネ級改などの非棲姫級よりも数段は上の装甲だ。愛鷹の四一センチ主砲ではやり切れそうにない。だが水面防御はそこまで分厚い訳でもない事が過去の戦闘で判明している。
何とかPT小鬼群を処理した深雪と蒼月が魚雷を撃ち込めれば、とちらっと二人の戦っている方を見やる。すばしっこく逃げ回るPT小鬼群を相手に二人とも中々命中弾を出せず苦戦を強いられている様だ。
「埒が明かないわね。シャーク1から『ズムウォルト』へ」
≪どうぞ愛鷹≫
一計を講じた愛鷹は後方の母艦「ズムウォルト」へ一本の要請を入れた。
「瑞鳳さんに一個小隊の戦闘機隊を発艦させて、こちらの支援に当たらせてください。攻撃目標はこちらで指示します」
≪了解、瑞鳳発艦まで三〇秒待て≫
即応待機状態で「ズムウォルト」のウェルドックで待機中の瑞鳳がカタパルトで射出されるまで三〇秒。その間を持ち堪え、更に瑞鳳から戦闘機隊の航空支援が来るまで最短で五分。五分半の時間を深雪と蒼月の二人が何とか持ちこたえてくれるかだ。
愛鷹とて余裕は無い。戦艦ル級へ有効弾を得る前に砲撃を切り上げて重巡棲姫に攻撃を移している。現状ル級二隻と重巡棲姫の三隻から集中砲火を浴びているのが愛鷹の現状だ。レーダー射撃で精確な照準の元に砲弾を送り込んで来るル級と、やけくそなエイムで攻撃を撃ち込んで来る重巡棲姫の三方向からの砲撃。重巡棲姫の攻撃精度は悪い、ラッキーショットを貰わない限りは脅威でもない。寧ろレーダー射撃で精確な位置に砲弾を撃ち込んで来るル級の方が脅威だった。
左手で右腰の鞘から刀を引き抜き、白刃を左手で構える。回避運動でル級の砲撃を躱しているとは言っても着弾位置は次第に近づいて来ている。いつ直撃を受けてもおかしくはない。
自分への脅威の度合いから見て、戦艦ル級が脅威であると判断した愛鷹は再度主砲の照準をル級へと合わせた。自身への砲撃が止んだ事に気が付いた重巡棲姫が高笑いしながら主砲を連射して砲撃を浴びせて来るが、愛鷹の鋭い眼光が直撃コースと見た重巡棲姫の主砲弾の弾道を見切り、刀を数回振るい重巡棲姫の砲撃を切り落として無効化する。一発の被弾も許さない愛鷹の剣裁きに重巡棲姫が怒り狂ったようにさらに砲撃を浴びせて来るが、只怒りに任せての砲撃に精度なぞ望むべくもない。
「そんな砲撃、当たらないわよ!」
吐き捨てる様に言いながら更に飛来した三発を一払いでまとめて切り裂き、無効化してのける。四一センチ主砲の照準をル級に合わせると射撃トリガーを引き絞り、四一センチ主砲から徹甲弾を叩き出す。
距離が距離なだけに愛鷹から放たれた四一センチ主砲弾はル級を捉え、被弾の火焔と火花を散らす。ル級も戦艦、そう容易く沈んでくれる相手ではない。被弾箇所から火焔を上げつつ健在な主砲で撃ち返してくる。二隻のル級は照準を連動する様に愛鷹へ向けて砲撃を集中的に投射する。装甲はお世辞にも分厚いとは言い難い愛鷹の艤装ではル級の砲撃は防げない。防護機能でも一〇発以上同時に被弾したら飽和状態になって一時的に展開不可能になる。
重巡棲姫と戦艦ル級の三方向からの砲撃にもはや愛鷹から仕掛けると言うのは無理があった。
「射撃管制を砲術妖精に移管、以後愛鷹は防御に徹します」
それまで主砲艤装のグリップを握っていた右手を離して左腰の鞘からもう一振りの刀を引き抜くと、二刀流で重巡棲姫とル級二隻からの砲撃に刀の切っ先を向けた。両手で振るう二対の白刃が三隻からの集中砲火の内、直撃弾と見られた砲弾を切り飛ばしていく。軽いとは言えない刀を振るい一発、時には二発、三発をいっぺんに薙ぎ、切り飛ばして砲撃を無効化する。防御に徹する愛鷹に代わって砲術妖精が射撃管制を担い、砲術妖精照準に切り替えられた主砲が応射の一撃をル級へと放った。
「てぇっ!」
青葉の鋭い射撃指示と共に左手の指が射撃ボタンを押した。ナ級へ指向された二〇・三センチ三号砲から徹甲弾が撃ち出され、発砲炎が砲口から噴き出し反動で砲身が後退する。既に一〇斉射撃っており、二発の直撃を確認しているがナ級は参った様子を見せない。深海棲艦の駆逐艦とは言ってもその耐久は軽巡級もある。改二化されて強化された青葉の火力でも一撃轟沈は望めそうにない。ナ級もナ級で精確な応射を青葉に向けて撃ち返してくる。速射性ではナ級が上だ。どんどんと一定のリズムを保って太鼓を叩く様な砲声が響き、十数秒後にはナ級の放った砲撃が青葉の周囲に着弾する。駆逐艦の砲撃と言って侮れなかれである。大型駆逐艦と分類されるだけに火力は通常の深海棲艦の駆逐艦よりもワンランク以上の強さがある。深海棲艦の軽艦艇でも最も艦娘艦隊を苦しめた艦種なだけはある。
それだけに青葉としても負けられない。重巡が駆逐艦如きに負けてたまるか、と言う青葉と言う重巡艦娘のプライドがエイム力となりナ級へと射撃を撃ち込んだ。
一二斉射目を放った時、青葉は手ごたえを感じ取った。これは当たるぞ、と言う確信が頭の中で走った時、ナ級の丸っこい艤装上に跳弾とは異なる閃光が一瞬走り、直後爆炎が噴き出した。球体上の艦体に被弾痕を三つ空けたナ級からの砲撃が止む。
「FCレーダー照射アウト。ナ級の射撃管制レーダーを破壊した模様」
「その丸っこい胴体に風穴を開けてやります」
普段のお惚けた姿からは想像できない鋭い眼光を湛えた目でナ級を見据えた青葉が再装填を終えた主砲から一三斉射目を放つ。轟々とした飛翔音を上げながら射撃管制装置が破損し復旧対応に追われるナ級に青葉からの砲撃が飛来し、直撃弾となる。一発は被弾経始に優れる丸っこい艦体によって跳弾となるも三発はナ級の装甲を貫通して内部で爆発した。
「装甲貫通!」
「敵艦炎上中!」
肩の見張り員妖精が弾む声を上げる。 艦内部で爆発した青葉の主砲弾によって破孔からオレンジ色の炎が勢いよく吹き出し、誘爆する対空機関砲の爆竹が爆ぜるような音が響き渡る。内側から搭載する武器弾薬の誘爆に艦体を砕かれたナ級は突如として大爆発を起こしてバラバラに吹き飛び、砕け散った艦体の破片を周囲の海上に散らした。
「敵艦轟沈を認む」
「了解。ガサ?」
後ろでへ級と撃ち合っていた筈の衣笠の方へと振り返ると、姿が無くなっていた。まさかと周囲を素早くぐるりと見まわして、敵艦隊の本隊方へと後退するへ級を単独で追撃する衣笠の姿を見つけた。
「ガサ! 深追いしないで、深海棲艦の間合いに引き込まれてる!」
叫ぶように妹へ警告を発しながら離脱させる為に必要になるであろう援護射撃を行うべく、青葉は舵を切って反転し衣笠のカバーに向かう。青葉からの通信で我に返った衣笠が慌てて後進全速をかけ、バックをかけた時愛鷹を狙っていたル級の一隻が衣笠に主砲を向けて斉射を放った。
「やばい……」
冷や汗を眉間からだらだらと垂らす衣笠の足元で後進全速に入れた機関が最大後進速度へと速度を徐々に上げていく。だめだ、間に合わない、と本能的に悟った衣笠はサンダルのヒールについているスクリューも回して後進速度にブーストをかける。ほんの少しだけ後進速度が上がり、ル級の着弾予測位置から僅かな差を置いて衣笠が脱する。直後彼女の目の前に主砲弾九発が着弾し、衣笠の視界を完全に覆いつくす程の水柱が覆い立った。
ほっとしたのも束の間、それまで砲撃をほぼ控えていた深海地中海棲姫の主砲が自身の間合いに入り込んでいた衣笠へ向けて砲門を向け、砲撃を開始した。後進全速と言っても前進全速よりはダッシュ力、最高速度に劣る衣笠は狙いやすいターゲットだった。のろのろと後進を続ける衣笠が舵を面舵に切って前進全速に入れ替えるが、すぐには前進後進が入れ替わらない重巡艦娘のタイムラグがもどかしい間を生む。その間に深海地中海棲姫の砲撃は瞬く間に挟叉を得て、速やかに斉射に移っていた。
「しまった……」
へ級を深追いして深海地中海棲姫の射程内に入り込んだ自身の不覚を呪った衣笠の耳に深海地中海棲姫の砲撃が轟音を立てながら迫る。
「衝撃に備え!」
舌を引っ込めて目を瞑り被弾の衝撃に備えた時、急接近して来る聞き慣れた航走音が聞こえて来た。乱暴に衣笠の胴体を突き飛ばした青葉の身体と艤装に次々に深海地中海棲姫の砲撃が着弾していく。くぐもった悲鳴を上げて青葉が被弾の衝撃でその身体を弾け飛ばされ、被弾した側とは反対側へと倒れ込んだ。
非常警報が青葉の艤装内で鳴り響く。幸い主砲弾薬庫、魚雷発射管などの撃ち抜かれたら重巡の青葉も一巻の終わりの部位への直撃は免れたが、飛行甲板は大破し、艦橋艤装もぐしゃりとひしゃげた。そして防護機能で削り落とせなかった深海地中海棲姫の砲撃がその身体に弾痕を穿ち、血が溢れ出た。
「ああ、青葉がやられた!」
「重巡青葉に複数着弾! 航行不能、このままでは格好の的です!」
悲鳴の様な衣笠の叫び声と見張り員妖精の報告に愛鷹は流石にこれ以上は持ち堪えられない、と焦りを覚える。
「ヘビー212、アンヴィルはどこで道草を食っているんですか⁉」
怒鳴り声の様な大声でヘッドセットに向かって喚いた時、遠くから聞き覚えのある巨大な砲声が連続して響き渡るのが聞こえた。
青葉が被弾するほんの少し前、深海地中海棲姫を含む艦隊を射程内に捕捉したアンヴィル隊は矢矧と一一駆の四人からなる水雷戦隊を分離、突撃させる一方で大和と武蔵の砲撃管制システムをデータリンク接続し、大和型特殊砲撃の発射体制を取った。
「データリンク接続、大和と武蔵の射撃管制を同調」
「射撃管制装置の連動に異常なし。以後射撃管制指揮権は特殊砲撃管制指揮艦の大和に全て移行します」
「多目標同時攻撃モードから同一目標集中攻撃モードへシステム変更。第一目標、深海地中海棲姫」
「照準よし。連動よし。同調よし」
大和の艤装内部に設けられたCICで大和型の特殊砲撃の準備が進められる。特殊砲撃を行う時だけ付けるHUDに「準備完了」の文字が次々に表示される。
「梯形陣に移行。二番艦武蔵は大和の右舷後方へ遷移せよ。射線方向に注意」
「了解だ」
二人だけの梯形陣を組み、その巨大な五一センチ主砲が深海地中海棲姫に向けられる。
「武蔵、砲撃準備完了!」
「大和、砲撃準備完了!」
自身の装備妖精に加えて武蔵の艤装の装備妖精からのGOサインがデータリンク接続で無線を共有されたヘッドセット越しに響く。二人の主砲の砲身が仰角を取り、砲身内部へ一式徹甲弾改が装填され、装填完了、撃ち方用意良しのブザーが三回、大和と武蔵の艤装から鳴り響いた。
すっと息を軽く吸った大和は右手を伸ばして深海地中海棲姫を見据えると凛と張った砲撃号令を下した。
「特殊砲撃管制艦指示の目標。主砲、撃ちぃ方始めぇッ!」
「発砲!」
砲術妖精が発砲の合図を叫んだ直後、大和と武蔵の五一センチ主砲三連装二基六門と連装三基六門が一斉に砲撃の火蓋を切った。
戦艦艦娘の中でも現行で最大級の口径を誇る二人の主砲が一斉に砲撃を行うと、二人の周囲の海上が衝撃波で凹み、少し離れたところに布陣するヒューストン、タスカルーサ、アトランタに濡れ雑巾で顔面を張り飛ばすような衝撃を与える。両手で耳を塞ぎ、口を開けていても尚強烈な二人の同時斉射の衝撃波にアトランタが被るギャリソンキャップが吹き飛んだ。
一二発の巨大な徹甲弾が他の艦娘とは桁違いの轟々とした飛翔を立てながら青葉を撃破した深海地中海棲姫に迫る。二人の発砲に気が付き、即座に回避運動に入ろうと主機から加速の泡をボコボコと立てる深海地中海棲姫だが、巨大な艦砲を操る大和型の使用する装薬のパワーはそれこそも他の艦娘を凌ぎ五一センチと言う特大の口径でありながら高初速と言うイレギュラーな性能を発揮していた。
深海地中海棲姫が回避運動に入った時には既に遅く、一二発の砲弾は戦艦クラスの棲姫級にも匹敵する深海地中海棲姫の装甲をティッシュペーパーを貫通する何の如く射抜き、大口径艦砲の暴力の限りを尽くした。着弾した五一センチ主砲弾が深海地中海棲姫の艤装を外と内側から打ち砕き、爆砕された艤装の破片や小口径砲の砲搭自体が宙を舞う。バイタルパートは容易くぶち抜かれ弾薬庫や機関部を始めとする重要区画の内部に飛び込んだ一式徹甲弾改が内部で爆発した。
改二化されているとは言え、やや二線級気味は否めない青葉と言う重巡を一撃で撃破した深海地中海棲姫が大和型改二二隻の特殊砲撃を浴びて果てるのは文字通り一瞬の事だった。誘爆した弾薬庫や機関部の爆発で内側から弾け、吹き飛ぶ深海地中海棲姫は耳を聾するデシベルの大爆発の火球の中に消え去った。深海地中海棲姫の艤装の誘爆はまるで犠牲を求めるかのように傍にいたヌ級をも呑み込み、火焔と無数の破片がヌ級の艦体を切り刻み、引き裂き、砕いた。
轟沈する深海地中海棲姫とその巻き添えを食らったヌ級が大傾斜して海中へと残骸をゆっくりと沈める。艤装が誘爆を起こした深海地中海棲姫は原形を確認出来ない程の火焔に包まれ、海水と接した炎が白い水蒸気を噴き上げた。白い水蒸気の煙と誘爆の爆炎が空高く上り炎は途中から真っ黒な黒煙へと変わった。
「敵旗艦、轟沈を確認。なお爆沈の際ヌ級を巻き込んだ模様」
見張り員妖精の報告に無言で頷いた大和は残存する深海棲艦の掃討戦に戦闘を移行させた。
「射撃管制を通常モードに切り替え。大和及び武蔵の第二目標、戦艦ル級。ヒューストンさんはタスカルーサさんとアトランタさんと共に重巡棲姫を攻撃」
了解とRogerの二種類の返事が大和に返され、増速したヒューストンを先頭にタスカルーサ、アトランタが重巡棲姫へ向けて突撃を開始する。一方で大和と武蔵は依然健在の戦艦ル級flagship級二隻にそれぞれ照準を合わせ、主砲の仰角と射界を修正すると砲撃を再開した。シャーク隊を攻撃していたル級二隻は大和型二人からの砲撃を優先排除すべき脅威と捉えて応射を開始する。大和型の二人とル級二隻の二対二の砲撃戦が始まる中、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタの三人は重巡棲姫へ主砲を向けて一斉射撃を浴びせた。
「Open Fire!」
「見えてる、Fire!」
「叩きのめせ、Fire Fire!」
三人からの集中砲火が重巡棲姫へ降り注ぎ、至近弾が多数林立して重巡棲姫の姿を隠す。八インチ三連装主砲と五インチ連装両用砲の二種類の砲声が鳴り響き、やや間を置いて撃ち出された徹甲弾が重巡棲姫の傍に着弾する。重巡棲姫の気と主砲の砲門が三人の方へと向けられ、先頭を進むヒューストンに照準が合わせられた時、別方向から飛来した四一センチ主砲弾が重巡棲姫に直撃した。
撃破、大破した青葉の分だ、と愛鷹が四一センチ主砲の第二射を重巡棲姫へ向けて撃ち込む。強靭な重巡棲姫の装甲は愛鷹の砲撃を弾くが、決して無傷では済んでいない。非装甲部の艤装は破壊され、重巡棲姫の艤装は被弾する度に醜く変形していった。
二方向からの同時攻撃に重巡棲姫もどちらにタゲを合わせるべきか分からなくなり、迷っている内にヒューストン、タスカルーサ、アトランタからの砲撃が直撃し始める。四一センチ主砲の砲弾の直撃にも耐えていた重巡棲姫とは言えど中口径主砲の砲弾の直撃はジャブを連続して叩き込まれるに等しい。無視できない損害が嵩み始め、重巡棲姫がぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる。
「相変わらずやかましい重巡棲姫だ、戦術、敵は目の前だ。当てていけよ」
Mk.12八インチ三連装主砲を連射しながらタスカルーサがCICにいる装備妖精に指示する。
先行するヒューストンのMk.9八インチ三連装主砲と共に斉射の発砲炎を砲口から瞬かせるタスカルーサの後ろからはアトランタが五インチ連装両用砲の速射を重巡棲姫に浴びせていた。
「アタシだってね、対空射撃だけが能じゃないのよ」
そう呟きながら主砲を連射するアトランタの砲撃が重巡棲姫の本体と艤装に着弾の火焔を走らせる。後続の二人にならで先行するヒューストンも重巡棲姫へ火力を集中する。被弾を重ねる重巡棲姫がまだ動く火砲でヒューストンに照準を合わせて砲撃し反撃を試みるが、ダメージの影響からかその砲撃はヒューストンに掠りもしない。
「かかってらっしゃい。最後までお付き合いしてあげるわ」
半分挑発するように重巡棲姫に向けて言い放つヒューストンが再び斉射を行った時、別方向から攻める愛鷹も主砲を発射した。
砲撃時の「てぇっ!」以外終始無言だったが、制帽の鍔の下から見せる目はギラギラと殺意を湛えていた。主砲を撃ち、再装填し、修正をかけ、撃つ。このサイクルを機械的に繰り返す愛鷹はキルマシーンの如く冷徹に重巡棲姫に自身の砲撃を叩き込み続けた。
四人からの集中砲火に高耐久の重巡棲姫も流石に耐えられなくなり始め、艤装上から激しい火災の炎を噴き上げ、耳を塞ぎたくなる程喚き散らしながら速力をゆっくりと低下させ始める。止めを刺さんと愛鷹、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタから仕上げの斉射が浴びせられ、多数の直撃弾を受けた重巡棲姫が遂に沈黙する。激しい火災の炎に包まれる艤装が左舷側へと傾斜し始め、先に沈んだ深海地中海棲姫やヌ級らの後を追う。
重巡棲姫が愛鷹、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタからの集中砲火で撃沈される一方、大和と武蔵もまた砲撃でル級を追い詰めていた。
大和と武蔵の五一センチ主砲が火を噴き、一式徹甲弾改を空中に撃ち出し、ル級の周囲そして艤装上に着弾の閃光を走らせるたびにル級には至近弾ダメージと直撃弾によるダメージが嵩んで行った。棲姫級程の高耐久は無いル級はそれでもなお耐えて大和と武蔵へ生きている主砲を指向して反撃するが、先手を取られていた分ル級は既に不利だった。二隻とも早々に射撃管制レーダーは破壊され、目視照準で大和と武蔵に応射を試みていたが、特殊砲撃でなくとも二人の投射する火力は圧倒的でありル級には成す術が無かった。
大和は四斉射、武蔵は五斉射目で決定的一撃をル級に与え、大破した二隻のル級は残った小口径の副砲で応戦しつつ反転離脱を試みた。
「逃がさないわよ。武蔵、まだ弾はあるわね?」
「無論だ。一気に蹴りを付けようじゃないか」
問題なしと頷く妹に宜しいと頷いた大和はのろのろと離脱を図るル級に目を向けると最後の砲撃号令を下した。
「てぇっ!」
二人の揃った斉射号令が五一センチ主砲の発砲の合図となり、轟音と共に放たれた砲弾が瀕死の二隻のル級を捉えた。
深海地中海棲姫からの砲撃で大破した青葉を曳航して離脱する衣笠の耳にヘリコプターのローター音が聞こえて来た。対空電探と見張り員妖精が「ズムウォルト」から発艦して駆け付けたHH60Kの接近を知らせる。
「来た、青葉、回収のヘリだよ! もう大丈夫だからね」
「う……うう……」
患部にファーストエイドキットの包帯とCAT(止血帯)を巻きつけられた青葉が喘ぐような声で答える。出血は取り敢えず止められたが、傷は見ただけでも深い。諸に深海地中海棲姫の斉射弾を浴びただけに青葉は大きな損害を被っていた。そうなった原因は自分にあると思うと衣笠の胸の中で姉に対する申し訳なさが溢れて来る。
≪こちらレイブン6、これより降下して要救助艦娘を収容する≫
高度を落として収容態勢に入るHH60Kのスライドドアが開き、中から瑞鳳と救護員が顔を出して来た。戦闘救難士としての資格を持つ瑞鳳も青葉救護の為に出張って来た様だ。海上ギリギリへとホバリングするHH60Kの元へ青葉の身体を担ぎながら向かう衣笠に、ヘリから瑞鳳も降りて来て重傷の青葉を担ぐその肩に手を貸す。身長は青葉よりも低い瑞鳳だが、衣笠一人で抱えて運ぶよりはマシだ。
二人でぐったりとして力が入らない青葉をヘリへと運び、ヘリの救護員と一緒に機内の担架に青葉を載せると瑞鳳も機内に乗り込みひとまず酸素マスクを青葉の口元にあてがう。救護員がまず怪我の状態を確認する中、衣笠はスライドドアに手をかけて青葉の事を瑞鳳に託す。
「後は宜しくね」
「りょーかい。もうドジるんじゃないわよ?」
「分かってるわ」
後を任せる瑞鳳にじろりと睨まれた衣笠はもう二度としくじらないと宣誓するように瑞鳳に返すとスライドドアを閉めた。
青葉を収容したHH60Kが出力を上げて上昇し、後方の母艦へと下がる。あの傷では「ズムウォルト」の医療区画では満足な手当が出来るとは思えない。「ドリス・ミラー」か「マティアス・ジャクソン」の大規模な医療設備がある艦に収容されるだろう。シャーク隊もとい第三三特別混成機動艦隊から重巡艦娘一人が脱落してしまった事は痛手だが、青葉の事だ、すぐに回復してけろっとした顔で戻って来るだろう。少なくとも衣笠はそう信じていた。
敵艦隊の殆どを撃沈したアンヴィル、シャークの両隊は青葉が大破離脱させられたもののそれ以外は損害無しに進んでいた。
残存敵艦であるPT小鬼群は尚も抵抗を続けていたが、深雪と蒼月さらに矢矧率いる一一駆の四人の砲撃の至近弾によって徐々にその機動力も低下し、キレのある回避運動に陰りが見え始めた。
そこへ瑞鳳から発艦した烈風改二、二個小隊八機が飛来した。愛鷹からPT小鬼群への機銃掃射を指示された烈風改二が翼を翻して低空へと降下すると、「デンジャークロース」のコールと共にPT小鬼群目掛けて機銃掃射を開始した。海上に機関砲弾が突き立てる水柱が突き立ち、PT小鬼群に水柱が迫ると着弾の火花を散らす。二隻に四機ずつ襲い掛かった烈風改二は攻撃手段こそ機関砲だったが、紙装甲のPTには有効な攻撃手段だった。機銃掃射を受けたPT小鬼群の動きが更に鈍り隙が出来た。
「畳みかけろ!」
動きが鈍り好機と見た矢矧が吹雪、叢雲、白雪、初雪、深雪、蒼月に止めを刺す様指示し、自身も一五・二センチ連装主砲を放つ。辛うじて矢矧の砲撃を躱してのけるPT小鬼群だが、水中で爆発した矢矧の砲弾によって機関部へ浸水ダメージが入り動きが更に鈍った。
深雪が過熱しかけている主砲を狙いすまして放つと回避能力が若干低下していたPT小鬼群の一隻に着弾の爆破閃光が走った。当たってしまえば駆逐艦以下どころか装甲と言う概念が皆無の無耐久とも言えるPT小鬼群が耐えられるはずも無く、一撃で爆発四散して残骸が海中へと燃えながら沈み込み始める。吹き飛んだ魚雷発射管などの艤装の破片が海上に四散し、細い黒煙を海上に立ち上らせる。
僚艦の爆沈に続き、もう一隻が蒼月の斉射弾四発を纏めて食らう。こちらは当たり所が悪く魚雷発射管に誘爆して花火のように木っ端微塵になる程の大爆発を起こして轟沈する。
「へ、回避するのは一丁前だけど耐久は相変わらず紙っぺらだな」
少しばかり余裕面を意図的に装って深雪はPT小鬼群の沈んだ後を見つめるが、内心はいつ魚雷を撃たれるかでひやひやしており本当の所は心の中に余裕など皆無だった。対PT戦のスペシャリストとして名高い天霧に依然聞いた事だが、PT小鬼群は生半可な砲撃など本当に通用しないし、魚雷攻撃すらも余裕で回避してしまうから厄介だ。ある意味で小型艦娘の主砲の反応速度次第と言う所だ。
「こちら深雪、敵勢艦隊の全滅を確認」
「こちらも全艦の殲滅を確認。青葉さんがやられた事以外は損害も軽微。こちらの勝利です」
深海地中海棲姫を旗艦とする水上打撃部隊の撃滅に成功した事に安堵を覚えている愛鷹が無線越しに安堵するのが分かった。
アンヴィル隊旗艦の大和から全艦に向けて「集まれ」の信号が送られ、四方に散っていたアンヴィル、シャークの両隊の艦娘達が大和を中心に集まって来る。西地中海に展開する敵の主力艦隊を潰し、フォルマンテーラ島沖一帯の制海権を奪還したと考えても良い大戦果に全員がほっと一息を吐いた。
青葉と衣笠が抜けた隊列のままシャーク隊がアンヴィル隊に加わる。発砲の硝煙で白い制服を互いに黒く煤けさせた大和と愛鷹が無言で視線を躱した時、ヘビー212から全艦宛に警報が入った。
≪全艦コーション、ボギー接近!≫
「まだ続くのかよ!」
思わずうめき声をあげる深雪に構わずヘビー212は接近する機影についての続報を入れる。
≪三〇〇機程の敵戦爆連合の接近を検知。方位〇-九-〇、高度一〇〇〇≫
「三〇〇機? まだどこかに敵の機動部隊が?」
「それにしても三〇〇は多すぎる。機数から言って空母棲姫級が三隻以上はいる筈だ。だが一体どこから……」
伝達されてきた敵機の総数に敵機動部隊の存在を疑う大和だが、余りにも多い機数に武蔵が怪訝な表情を浮かべる。
兎にも角にも全艦に対空戦闘用意と輪形陣に陣形変換が発令される。全艦娘の主砲に対空弾が装填され、対空迎撃の構えがとられる中、愛鷹は青葉を救難ヘリの元へ曳航させるために先んじて離脱させた衣笠との回線を開くと先に「ズムウォルト」に避退する様命令を下した。単艦行動状態で今こちらに向かって来ている大編隊の一部に襲われたら衣笠は成す術も無いまま空爆で撃沈されてしまう可能性がある。
≪了解です、先に後退します。愛鷹さんも気を付けて≫
察知されなければ単艦行動中の衣笠が襲われる心配はない。問題は自分達だ。瑞鳳がPT小鬼群への攻撃の為に寄こした烈風はまだ燃料も弾薬もあるから戦闘可能だが数で完全に圧倒されている。仮に迎撃戦を挑んでも物量差で押しつぶされるのがおちだ。
かと言って今から母艦に引き返しても逃げ切れそうにない。ライノ隊からエアカバーの戦闘機隊を派遣してもらい、アンヴィル、シャークの両隊で対空戦闘で切り抜けるしかない。
既にその考えに達しているヒューストンが後方のライノ隊の旗艦タイコンデロガに戦闘機隊の派遣を要請していた。
「大和より全艦、対空戦闘用意。我が艦隊に近づく敵機を叩き落とせ!」
輪形陣の中心に大和、武蔵、愛鷹を置き、その周囲をヒューストン、タスカルーサ、アトランタ、矢矧、吹雪、叢雲、白雪、初雪、深雪、蒼月が固める様に展開する。今の艦隊にとって三〇〇機にも上る敵機迎撃の要は圧倒的な対空戦闘能力を誇るアトランタと蒼月の二人が頼みの綱だ。
「右対空戦闘用意。主砲三式弾改二装填。高角砲、噴進砲、機関砲攻撃用意」
対空戦闘用意を発令する愛鷹の号令に従い揚弾機が三式弾改二を弾薬庫から運び出し、五本の四一センチ主砲の砲身内へと装填していく。対空戦闘には自信があるが、今は対空戦のスペシャリストであるアトランタと蒼月のサポート程度に徹しておくのが最善の立ち回りだろう。寧ろ自分が余り派手に動き回り過ぎると二人の戦闘に支障を来す可能性もある。
「敵機接近、方位〇-九-〇、高度一〇〇〇、距離七〇〇〇」
CIC妖精がレーダースコープを覗き込みながら敵機の飛来する方位、距離、高度を知らせる。大和と武蔵、愛鷹の主砲対空射撃の射程に入ったのを確認した大和が主砲による対空射撃の号令を発令する。
「右対空戦闘、旗艦指示の目標。主砲、撃ちー方始めー!」
「トラックナンバー2754から2761捕捉。主砲、撃ちー方始めー、発砲! てぇっ!」
愛鷹の射撃号令と共に右舷へ指向された大和、武蔵、愛鷹の三人の主砲が三式弾改二を発射する。主砲の砲口から轟音が発せられ、発砲炎と砲煙が噴き出し一二発の三式弾改二と五発の三式弾改二が砲煙を突き破り空中へと飛翔して行く。三〇〇機余りの敵編隊を前に投射する火力が少ないが、一発当たりに数百発の対空散弾が装填されている三式弾改二なら理論上は一発で複数機に被害を与える事は可能だ。特に三式弾改二は三式弾の初期型で発見された不具合を大幅に修正している大規模改良型だから攻撃効果は相応に見込めるだろう。
空中を飛翔して行った一七発の三式弾改二が深海棲艦の大編隊の眼前で近接信管を作動させ、最も三式弾改二に近い所にいた深海猫艦戦改を起点に無数の散弾を空中にぶちまけた。鉄の散弾のシャワーが深海棲艦の艦載機を戦闘機、艦爆、艦攻の機種に構わず打ち付け、切り裂き、吹き飛ばした。爆砕された敵機の横で黒煙を引きながらまだ原形をとどめている深海攻撃哨戒鷹が、夜深海艦爆が高度を落としていく。
「トラックナンバー2754から2778まで撃墜確認。2781から2785は戦線を離脱する模様」
対空レーダーで確認出来た敵大編隊への攻撃効果をCIC妖精が報じる。二四機撃墜、四機損傷により離脱。それなりに撃墜は出来たとはいえ、まだまだ敵機は無数にいる。主砲の再装填を急ぐ愛鷹の耳にも深海棲艦艦載機群の接近する音が聞こえて来る。
「三式弾改二再装填急げ」
大和と武蔵は再装填が間に合わないのを割り切って既に高角砲による対空射撃に構えに移行しているが、愛鷹はぎりぎり手法による再度の対空射撃が間に合いそうだった。早くと急かしたい思いで主砲の砲身内部に三式弾改二が再び装填され、装薬がセットされ終わるのをじっとこらえる。主砲の発射準備が終わった頃にはヒューストン、タスカルーサの主砲が対空射撃を開始していた。
「第二射、目標自由射撃。てぇっ!」
眼前の空一杯に広がる大量の深海棲艦艦載機を前に、狙いをもはやつけるまでも無く自由射撃に切り替えた愛鷹の主砲が三式弾改二を再び放つ。
空中に五つの花火様な火焔が走り、鉄の炎の雨が艦載機群に降りかかる。八機の敵機が撃墜され、二機が黒煙を引きながら反転していくのが見えた。これ以上は主砲による対空射撃は無理だ。高角砲と噴進砲、対空機関砲による応戦に切り替える愛鷹の耳に防空艦であるアトランタの主砲の砲声が入って来た。
GFCS Mk.37射撃管制レーダーに照準をコントロールさせたアトランタの五インチ連装両用砲Mk.29が対空弾を間断なく撃ち上げ、深海棲艦艦載機群に近接信管を弾頭に備えた対空弾の散弾を叩き付けた。
「やっぱ、アタシはこう言う戦いの方が性に合うね」
対空迎撃を行いながら呟くアトランタの口元に不敵な笑みが浮かべられる。彼女が対空弾を撃ち上げ、近接信管が作動して炸裂する度に深海棲艦の艦載機は一機、また一機と面白い様に落ちていく。命中率は九割以上と言ったところだろうか。
「食い放題もいい所ね」
余裕面を浮かべて深海棲艦艦載機群を撃墜していくアトランタの耳に蒼月の長一〇センチ高角砲の砲撃音が聞こえて来た。
「アオツキか」
日本艦隊でもとびっきり対空射撃の腕の立つ秋月型としてその名はアトランタも知っていた。高射装置と対空レーダーに管制された彼女の対空射撃はアトランタ程の精度は無いものの八割以上の命中率を見せ、一機一機確実に仕留めていた。二人の対空射撃を前に深海棲艦艦載機群は次々に攻撃機を撃墜されていったが、物量に任せての正面突破を図る深海棲艦艦載機群を前に二人だけでは対応が回らなくなってきた。だが艦隊は二人だけで構成されている訳ではない。
「対空戦闘! 目標、接近中の敵機!」
矢矧の対空戦闘号令が下るや一一駆の四人と深雪、そして矢矧自身の主砲、高角砲が対空射撃を開始する。一拍遅れて大和、武蔵、愛鷹の高角砲も砲撃を開始し、ヒューストン、タスカルーサの両用砲も対空射撃の火蓋を切る。
一三人の対空射撃を前に深海棲艦艦載機群は更に被撃墜機を出すが、未だ健在な艦爆隊、艦攻隊が攻撃ポジションに付くべく高度をそれぞれ確保し、突入進路を定めていく。
「右舷上方、敵機六、急降下!」
愛鷹の右肩で見張り員妖精が対空射撃の砲声に負けない大声で叫ぶ。視線を右舷上方へと移した愛鷹の目に急降下爆撃を開始する夜深海艦爆が入る。高角砲では対応が間に合わないと即断した愛鷹は左腕にマウントされている二五ミリ三連装対空機関砲と艤装にマウントされている同対空機関砲、それに噴進砲改二を向けた。
「対空機関砲、コントロールオープン!」
二五ミリ三連装対空機関砲が射撃を開始し、銃火が愛鷹の艤装各所から撃ち上げられていく。機関砲による弾幕を張る愛鷹目掛けて急降下爆撃を試みる夜深海艦爆一機が被弾して脱落するが、残る五機は怯まずに突っ込んで来る。
「艦対空噴進砲、攻撃始め!」
三〇連装対空噴進砲改二の発射指示を下すと、彼女の艤装に備えられた噴進砲から対空ロケット弾が一斉に発射され、五機の艦爆を包み込む様に弾幕を形成する。二機の艦爆がこれに呑み込まれて爆散し、一機が急降下突入進路をそらされる。残り二機は依然健在であり爆弾槽の扉を開き、誘導悍が中から爆弾を引き出して来た。
「おもーかーじ!」
弾道を見切った愛鷹が面舵に舵を切る中、二機の夜深海艦爆が爆弾を切り離して急上昇に転じる。口笛を吹く様な落下音を鳴らして二発の爆弾が愛鷹に迫る。慣性で左側へと傾斜しつつ面舵に転じる愛鷹の左手側へ二発の爆弾が落ちて行き、海中に突っ込む。外れた二発の爆弾が海中で爆発すると大きな水柱が愛鷹の左舷で二つそそり立ち、衝撃と海中での爆発の爆圧が彼女をゆらりと揺さぶる。
さらに一発、突入進路をそらされた夜深海艦爆が投じた爆弾が愛鷹の後方で爆発し、航跡をかき消す爆発と水柱を作り出す。
「左舷より雷撃機接近数六!」
「右舷にも雷撃機接近、数五!」
左右両方から挟み撃つ形で夜復讐深海艦攻が愛鷹に迫る。水平射撃に移った対空機関砲と長一〇センチ高角砲が迎撃の弾幕を張る。
二五ミリ機関砲の火箭に絡め取られた艦攻が制御不能になって海面に激突し、高角砲の砲弾の直撃を受けた艦攻が爆散する。だが更に夜復讐深海艦攻が左右から四機ずつ愛鷹へと魚雷投下態勢に入る。
「っ……! 数が多すぎる!」
舌打ち交じりにとにかく手近な艦攻から対処する愛鷹に一人の艦娘が接近して来た。吹雪だ。主砲の一〇センチ高角砲を夜復讐深海艦攻に向けて撃ち放ちながら愛鷹の右舷側に遷移して援護射撃交じりに右舷側に対空砲火を張り続ける。
「右舷側は任せて下さい!」
「助かります!」
右舷側に割いていた対空射撃のリソースを左舷側へと割り振り、一機落として残り八機の夜復讐深海艦攻の前に猛烈な弾幕を張る。
対空機関砲の火箭にまた夜復讐深海艦攻が絡め取られ、二五ミリ弾を立て続けに食らった機体がバラバラに砕け散る。高角砲の砲撃が低空を飛行する艦攻の上面を叩いて機体姿勢を崩し、立て直せない内に海面に激突して転がりまわる。二五ミリ対空機関砲が銃身から白い煙を上げ始め、銃口は真っ赤に焼け始める。高角砲は休まず対空弾を撃ち続け、艦攻を更に一機吹き飛ばした。
「ターゲット・サーヴァイブ! 敵機残り五機!」
「小型機接近! 撃ち落とせぇー!」
CIC妖精が残存する艦攻の数を告げ、砲術妖精が吠える。休まず対空迎撃を続ける愛鷹だったが、左腕にマウントされている機関砲の一基が不意に射撃を止めた。残弾はまだある筈なのに、と訝しんだ愛鷹にCICの砲術妖精が苦い報告を上げて来た。
「くそ、ジャムった! 発砲不能!」
土壇場での排莢不良による発砲不能で対空機関砲の一基が使用不可になった事に再度舌打ちしつつも残る機関砲で迎撃を続ける。
更に一機が機関砲の射撃で撃ち落とされる。左舷側は残り四機。右舷側は吹雪の奮戦もあって一機ずつ確実に撃墜されているが、まだ五機健在だ。
弾幕を張り続ける愛鷹と吹雪の両側から攻め込んで来た夜復讐深海艦攻計九機は二人からの猛烈な対空砲火に怯みもせずに吶喊し、魚雷投下ポイントに到達すると順次魚雷を投下して離脱に入った。右舷から五本、左舷から四本の白い雷跡が愛鷹へと延びていく。
「挟み撃ちか!」
どちらに舵を切っても左右どちらかの魚雷群に当たってしまう。躱し様の無い絶妙な射角、投下ポイントからの雷撃に愛鷹は魚雷本数の少ない左舷側へ主砲と対空射撃で砲身が白熱しかけた高角砲と機関砲の全てを向けると、一斉に火力を投じた。
俯角最大に取られた主砲と高角砲が海上を撃って魚雷を仕留めんと雷跡の周囲に水柱を突き立てる。機関砲が連射音を響かせ、海上にカーテンのように着弾の水柱を林立させて同様に魚雷の撃破を狙う。愛鷹と言う大型艦娘を狙っている事もあってか航走深度は深めらしく、水中に飛び込んだ銃砲弾が魚雷に届く様子がうかがえない。
「吹雪さん、爆雷戦用意! 爆雷調停深度五メートル、私の左舷側にありったけ投射して下さい!」
咄嗟に思い付いた対抗手段を吹雪に伝えると、長年の勘で愛鷹の意図を悟った吹雪が対空射撃を止め、最大戦速で愛鷹の左舷側へ回り込むと三式爆雷投射機から四発の爆雷を愛鷹に迫る四本の魚雷の鼻先に目がけて投射した。
着水した順に爆雷が爆発し、海上に四つの水柱が連続してそそり立つ。その間に面舵に舵を切って右舷側から来る魚雷と正対した愛鷹の後方で、吹雪が投じた爆雷によって軌道をそらされた四本の魚雷があらぬ方向へと走り抜けていくのが見えた。
一方、自身に迫る魚雷を処理してくれた吹雪に愛鷹が躱した右舷側から迫る魚雷が命中するコースである事を見切った愛鷹は、安全圏への離脱コースを彼女に指示する。
「吹雪さん、方位一-八-五度、最大戦速。対魚雷防御」
「え? あ、はい、了解!」
自分には出来ない駆逐艦ならではの瞬発力のあるダッシュで舵を切って最大速力で離脱した吹雪の後ろを五本の魚雷が通り過ぎる。背後を振り返って自身の航跡を遮る様に通り過ぎる五本の白い航跡を見て、ほっと安堵の溜息を吐く。
「助かりました愛鷹さん」
礼を述べた吹雪は再び主砲を構えると、新たに接近して来る敵機群への対応に入った。
「新たな目標、二一〇度。艦爆七機、急降下突入に入る」
CIC妖精の報告に愛鷹は舵を切り、二-一-〇度に変針して急降下爆撃の編隊と正対する。
短いながら砲身冷却を終えた機関砲と高角砲、それに排莢不良を起こした機関砲から詰まった薬莢を取り除いた機関砲が仰角を取って対空射撃を開始しようとした時、ヘビー212から全員に向けて通達が入った。
≪BARCAPが到着した。タイコンデロガとバンカーヒルの二人から発艦した戦闘機隊が西から進入する。全艦対空射撃の射線方向に注意せよ≫
ようやく来たか、と安堵の溜息を吐いた時、二〇〇〇馬力のエンジン音を響かせながらF6F-5四〇機が防空戦闘を行うアンヴィル、シャークの両隊の頭上に進入して来て、深海棲艦艦載機群へ攻撃を開始した。まだ爆撃を開始して無い艦爆や艦攻を集中的に狙ったF6F-5の攻撃で、深海棲艦艦載機群は次々に攻撃機を失って行った。夜猫深海艦戦が応戦を試みるが機体性能は互角、練度はF6F-5側が上の状況では効果的な応戦も難しくバンカーヒルから発艦した二〇機のF6F-5が対応する中、タイコンデロガから発艦した二〇機のF6F-5は深海棲艦の攻撃機を狩り続けた。
戦闘機隊のエアカバーが入ってから、アンヴィル、シャークの両隊は対空射撃を止め、進路を反転させて艦娘母艦の方へと引き換えしていた。深海地中海棲姫を含む艦隊は撃滅し、当初の作戦目標を達成出来たからこれ以上この場に留まる必要はない。残弾、燃料共に乏しくなってきた艦娘もいるから補給の為にも後退する必要がある。
振り替えって空中戦を繰り広げるF6F-5と深海棲艦艦載機群の交戦を眺めながら、あの艦載機群はどこから飛来したのだろうか、と言う疑念が愛鷹の中で湧き上がって来た。艦載機の機種からして恐らくは空母棲姫等の深海棲艦の大型空母等から発艦して来た艦載機と見て間違いないだろう。問題はそれらの空母がどこに展開しているかだ。
捜索任務がまた始まりそうな予感が脳裏を過る一方で、大破して離脱を余儀なくされた青葉の事が気がかりだった。余り傷が深くないと良いが、負傷の具合によっては青葉抜きでやるしかない。一応そういう損害を想定して第三三特別混成機動艦隊と言う大所帯部隊を組んでいる訳ではある。
艦娘母艦へと戻る途中、対空射撃の砲煙の煤で制服を黒く汚した夕張が愛鷹の後ろに付くと今後どうするのかを訪ねて来た。
「この後どうします?」
「……まずは一度戻りましょう。青葉さんがやられた今、艦隊を再編して次の出撃に備える必要があります。一旦休み、ルグランジュ提督などと協議の上今後の行動を決めます」
「さっき襲来した敵機は機種からしてヲ級やヌ級で運用されている機体では無いですよね。つまり大型空母や棲姫級クラスの空母が近海に進出してきているかもしれない……」
「その推測は正解でしょう。空母棲姫級を中核とする空母機動部隊を多数西地中海の防備に回して来たと見るべきですね。ただ、一つ気になる事があります」
「なんです?」
軽く首をかしげる夕張に、愛鷹は艦載機群の中にいるのが見えた機影の名を口にした。
「空母棲姫には本来艦載されていない筈の深海攻撃哨戒鷹が編隊内にいるのが確認出来ました。あの機体は空母級でも空母棲姫の艦載機として運用されていない事が確認済みです。そうだとすれば空母棲姫以外の空母或いは新型種の空母級が近海に進出してきているとも限らない」
「一応……確かヌ級Ⅱflagship級に深海攻撃哨戒鷹が艦載されていると聞きますが」
「ヌ級Ⅱflagship級が積んでいるのは深海攻撃哨戒鷹の『改』です。微妙な差ですが機種が違う。勿論ヌ級Ⅱflagship級を含む空母機動部隊が展開して来ている事も視野に入れた上で今後の対応を検討することにはなります」
「一難去ってまた一難、ですね」
「そう簡単にこの海を明け渡すような連中ではないでしょう。奪ったテリトリーをそう簡単に奪還される程の間抜けな敵だったら今頃私達はアンツィオにいますよ」
そう返す愛鷹に夕張はその通りだなと頷いた。
やる事は山積みだが、まずは一度後退して部隊の再編と補給、それに休息が必要だった。弾が無ければ砲撃も魚雷戦も対空戦も出来ないし、燃料が無ければ動けないし、腹が減っては判断力も働かないし、休まないと疲労で身体も脳も動くのがままならなくなる。
休憩も戦の一つだ。
大和型の特殊砲撃の描写は今回特に力を入れて書いたところです。
大艦巨砲主義のロマンを感じられたら幸いです。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。