艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 艦これイベントとアーマードコア6(買いました)、どっちが理不尽なのだろか、そう考える事が増えたこの頃です。


第七一話 バレアレス諸島沖捜索戦 Ⅱ

≪Where are the Fleet Girls? (艦娘はどこにいるんだ)≫

≪Oh Jesus, we are sitting ducks(くそ、狙われたいいカモだぞ)≫

≪Damm, I need Rader(くそ、レーダーが効かない)≫

 ヘッドセットから飛び込んで来る商船の悲鳴の様な無線が現場へ急行する艦娘艦隊の一同の耳に突き刺さる。

 水平線上にも黒煙が上がっているのが先頭を航行する比叡の眼にも見えた。

「This is Fleet Girls BB Hiei. UM67, What your status? (こちら艦娘戦艦比叡。UM67船団、そちらの状況は?)」

 英語でやり取りする商船船団に対して、比叡も英語で呼びかけを行うが、無線からは混乱した船団の無線がノイズ交じりに聞こえて来るだけである。

「What your Status!?(どんな状況なんですか⁉)」

 もはや怒鳴る様な大声で尋ねる比叡に、ようやく一隻が応答する。

≪Three ships down! We need help! (三隻やられました、直ちに支援を!)≫

 既に三隻食われてしまったとの報告に比叡は眉間にじわりと冷や汗が滲むのを感じ取る。

 

 日本本土近海で深海棲艦の活動が活発化して大分経つが、制海権を確保した筈の日本海のウラジオストックと室蘭を結ぶ航路が襲撃されるとは思ってもみなかった。深海棲艦の進入を阻む様に日本海側へ入れる海峡は対深海機雷源で封鎖していた筈だが、何らかの手段を用いて深海棲艦は機雷源を突破していたらしい。

 しかし、と比叡は歯ぎしりする。三隻もやられたのは痛い。UM67船団はシベリア油田から大量の石油を日本へ運ぶタンカー四隻で構成され、四隻合わせた排水量は五六万トンにも及ぶ。当然ながら運ばれていた石油の量も膨大な量に及ぶ。日本の室蘭の工業地帯を動かずのに不可欠な石油だ。それにタンカー自体も喪失してしまうと補充するまでにかかるコストや時間は膨大なものになる。

 その失っては拙い存在のタンカーを三隻も沈められてしまったのは、海上交通路を護る艦娘として痛恨の極みと言えた。

 最大戦速で救援に向かう比叡率いる護衛部隊は、重巡古鷹、加古、駆逐艦若葉、初霜、子日からなっていた。

 北方海域に派遣された艦娘は比叡率いる艦隊以外に加賀と負傷離脱から復帰した熊野、村雨の三人からなる小規模な空母部隊と、元からこの海域を担当する第五艦隊の足柄、那智、多摩、木曾、薄雲、朝雲、占守等の海防艦だ。第五艦隊の担当海域は空母や戦艦と言った大型艦娘が配備されておらず、重巡の那智と足柄が定期的に統合基地と第五艦隊のマザーベースの大湊基地を行き来しているのが日常だった。

そんな中、北海道近海の深海棲艦の活動活発化を受けて、比叡と加賀の二人を含む増援部隊が送られた訳だったが、状況は予想以上に深刻らしい。

 

≪ホワイトベース0-1より比叡、敵艦隊マージ。敵艦影、未知の艦一隻、大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、戦艦棲姫一隻、重巡棲姫一隻、軽空母ヌ級改elite級一隻を確認。参照点より方位二-九-八≫

「了解、旗艦比叡より各艦へ。敵艦隊の右側面に進出し、魚雷全弾斉射して敵艦隊を追い払います。敵もタンカーを攻撃するだけで相当弾薬を消耗している筈。こちらから魚雷攻撃を行い、残り一隻だけでも守り遂げます。

 おもーかーじ、進路三-〇-〇度ヨーソロー」

「了解」

 五人から唱和した返事が返される。未知の敵艦と言うのが少し引っかかるが、今は何よりも残り一隻のタンカーを護らねばならない。

 最大戦速で突撃する比叡達に構う事無く、全速力で逃げるタンカーを深海棲艦は砲撃している。加賀の艦載機、流星改一航戦(熟練)が上空で哨戒に当たり、タンカーを攻撃する深海棲艦の警戒監視を続けている。タンカーとは言え、その頑強な船体構造は戦艦棲姫の砲撃も何発かは耐え抜いている様だ。黒煙を上げながらも機関部は無事なタンカーは一軸のスクリューを全開に回してひたすら逃げに徹する。船上からは不審船対策の警備隊員がデッキから小銃で牽制程度の射撃を加えている。

 タンカーに気を取られている深海棲艦の右側面に進出した比叡は、今だ、と古鷹、加古、若葉、初霜、子日に対して魚雷戦開始を命じた。

「全艦砲雷同時戦用意!」

 比叡の号令と共に古鷹、加古、若葉、初霜、子日の魚雷発射管が左舷側へと指向され、発射管に装填された酸素魚雷の矛先を深海棲艦艦隊に向ける。

「魚雷発射用意良し!」

 五人からの発射用意宜しの報告を確認した比叡は、見た事のない艦影の深海棲艦を含む六隻の深海棲艦艦隊に対して魚雷攻撃を下命した。

「戦闘艦、深海棲艦艦隊。距離三七〇、左舷、魚雷全管、てぇっ!」

 圧搾空気の乾いた射出音が響き渡り、古鷹と加古の四連装魚雷発射管と若葉、初霜、子日の三連装魚雷発射管から魚雷全弾が発射された。獲物を求めて駆けだす猟犬の如く五人の魚雷発射管から魚雷が飛び出して海中へ飛び込んでいく。海中に身を沈めた魚雷が直ちにモーターを作動させて海中に馳走音を響かせながら航走していく。

 比叡達の魚雷攻撃にようやく意識を向けた深海棲艦艦隊がタンカーへ向けて行っていた砲撃を取りやめ、回避運動を開始する。

 だが、魚雷発射から殆ど間を置かずに先頭を切る未知の深海棲艦の側面に二本の魚雷直撃の水柱がそそり立つ。

「先頭艦に二本命中!」

 魚雷命中を報じる見張り員妖精の報告に間髪入れずに比叡が主砲の砲撃開始を発令する。

「主砲斉射! 発砲、てぇッ!」

 比叡の三五・六センチ連装砲四基八門、古鷹と加古の二〇・三センチ連装砲各二基、二人で合計八門。更に若葉、初霜、子日の一二・七センチ連装砲と単装砲が一斉に砲撃の火蓋を切る。六人の左側にそれぞれ砲の口径に応じた火球が瞬き、発砲の衝撃波と砲声が響き渡った。

 既に比叡の予想通りタンカー相手に弾薬を消耗している深海棲艦は、比叡達に対して応射を試みる事なく、反転離脱に入っていた。魚雷の戦果は未知の深海棲艦に命中した二発だけに留まったが、タンカーへの攻撃を止めさせ、更には砲撃を行って敵艦隊を反転離脱に追い込めただけ成功と言える。

 それでも殿軍として比叡達にナ級二隻が牽制射撃程度の応射に打って出る。

「主砲、第二斉射用意!」

 主砲で薙ぎ払ってやろうと比叡が砲撃を発令しようとした時、彼女のブーツに何かがねっとりと絡みついた。なんだと視線を落とすと黒いどろりとした物体が比叡のブーツにまとわりつく様に付着している。

「全艦、撃ち方待て、撃ち方待て! 比叡、今撃ったら全員火だるまになっちまうぞ!」

 完全に慌て切った加古の叫び声に比叡ははっと気が付く。海上に撃沈されたタンカーから漏れ出した大量の石油が漂っており、比叡達はその中へ入り込んでしまっていた。彼女のブーツにまとわりつくのはタンカーから漏れ出した油だった。水よりも軽く、また水に溶けない石油が大量に漂う海上で発砲しようものなら気化した一部の石油などに引火して全員火だるまになりかねない。

 振り替えって残る一隻のタンカーへ視線を向ける。大分遠くへ離脱しており、ここまで行けば深海棲艦の砲撃も命中しないだろうと言えるところまで逃げ切っていた。ナ級も艦娘艦隊が追撃の手を止めたのを確認するとそれ以上の攻撃はせず、反転して先に離脱していく味方艦の後を追った。

「逃げられちゃったね」

「追い払えただけでも良しとしましょう」

 少しだけ悔しそうに呟く古鷹に初霜が応える。

 一方子日は自身の靴にまとわりつく石油と海面を覆いつくす石油の膜を見て、深刻そうな表情を浮かべた。

「すっごい油臭いよ。これは海洋汚染の度合いが不味いんじゃないかな」

「推定される石油の流出量は数百万バレルだろうな……今の戦況下では油除去艇やオイルフェンス展張船の展開も難しいぞ」

 若葉の言う通り深海棲艦が活発に活動している今では油除去委作業に当たる作業船の投入も難しい。油の除去作業中に深海棲艦に襲われかねない。しかし、かと言って放っておくとこのままでは数百万バレルの流出した石油によって日本海に住まう海洋生物に甚大なダメージが発生してしまう。

 

 油まみれの海上の風景を眺める比叡の脳裏に唐突に幼い頃に経験した惨劇が蘇った。自分がまだ小学生くらいの頃、メガフロート式の海上プラントが深海棲艦に襲われた時の地獄絵図がフラッシュバックする。海上は破壊されたプラントから流出した石油などの化学物質で覆われ、更にそれに引火した火災がメガフロート式のプラントから脱出した生存者を飲み込んだ。比叡は丁度両親がそのプラントで働く作業員一家に生まれた事もあって、メガフロート式プラントで生活していた。

 惨劇の日、幼い比叡の両親を始めとする民間人が大勢メガフロートと共に焼き払われ、海に沈んだ。助けを呼ぶ生存者の声が崩壊するプラントの瓦解音と爆発音にかき消され、容赦ない火焔が海上に逃げ延びた生存者を襲った。

 あの時、自分は何とか火災の炎の中から消防艇の消火作業で全焼を免れた脱出艇の中で、炭になっても尚自分の上に覆いかぶさった両親の身体によって辛うじて生き延びた。生存者は居ないだろうと立ち去りかけた消防艇の乗員に「見捨てないで!」と遺体の山を押しのけて必死に叫び、引き返して来た消防艇に救助された。

 あの時と同じだ、と海の様子を見て比叡は苦々しく顔をゆがめる。大量に流出した油で汚れ切った海。マッチ一本の火で一気に炎の地獄に変えられる状況の海。

「汚してくれて……」

 忌々し気に吐き捨てた比叡は艦隊に帰投を命じた。

 

 

 比叡達が日本海で石油まみれの海を航行している頃、地球の反対側の地中海、マリョルカ島の沖合の赤い海を愛鷹率いる第三三特別混成機動艦隊が深海棲艦機動部隊を求めて前進を続けていた。

「左舷にカブレラ島。距離は凡そ一〇キロ。現在の位置は、カブレラ島沖北緯三九度〇九八五六九、東経二度九七〇三四八。カブレラ島に深海棲艦の進出は確認出来ません」

 天測で現在の艦隊の位置を確認した鳥海が現在位置を各員に伝達する。計算が得意な鳥海らしく、天測による現在位置の算出は随分と手慣れていた。

「カブレラ島程度のサイズの島には地上警戒電探棲姫も置かねえか」

 左手に見える島影を眺めながら摩耶が独語する様に呟く。

「次のウェイポイントはマリョルカ島のカラフィゲラ沖ですね。そこからマリョルカ島の北東部カプデペラの方へと転進と」

 海図を表示したタブレット端末を片手に蒼月が予定航路を読み上げる。

 ここまで進路を〇₋四₋九度に保って前進してきたが、解析を進めた結果、敵機動部隊はマリョルカ島の北東部に隠れている可能性が高まり、島と一定の距離を維持しつつ新たな捜索コースを愛鷹は算出していた。

 愛鷹と鳥海、摩耶の大型電探は最大出力で海上を捜索しているが、今のところ電子の眼に深海棲艦が捉えられる様子はない。通常艦艇と違ってレーダーの高さが圧倒的に低い分、遠距離の電探索敵能力には限界が大きい。一応、早期警戒任務にあたる天山一二型甲改ウォッチャー1とさらに後方から警戒監視に当たるヘビー212の二種類の電子の眼で警戒を行っているが、変色海域に突入してからこっち最も索敵範囲の広いヘビー212の合成開口レーダーの探知範囲が狭まっており、余り広範囲の索敵が出来ていない。

 変色海域内ではEV-38の合成開口レーダーの眼も効かないとなると、これ以上引き連れて来る意味も余りない。ウォッチャー1がいれば充分だろう。

「旗艦愛鷹よりヘビー212へ。変色海域と通常海域の境目まで後退し、我が方が敵艦隊を発見して離脱して来るまでの帰路の警戒監視に付かれたし、オーバー」

≪ヘビー212、コピー。当機は現空域を離脱し、貴隊の帰路の警戒監視に当たる。アウト≫

 居てもしょうがないEV-38に帰り道の安全確保の為に愛鷹は引き返させた。会敵したら全速力で元来た道を戻る事になる。その際に深海棲艦が進路上に立ちふさがっていたら面倒な事になる。ヘビー212を予め後方に下げて警戒監視に当たせる事で、仮に退路に深海棲艦が出張って来ても早期に察知してルート変更が可能な様に策を打っておく事にした。

 赤い海と化した地中海の海上を進む内に、次第に海上には靄がうっすらと立ち込め始めて来ていた。青空と赤い海と言う些か目の色覚がおかしくなりそうな組み合わせを中和する何の様に、白い霧の様な靄がうっすらと海上に広がっていく。幾重にも重ねた白いレースのカーテンに覆われた世界にも見える。

 レーダー、ソーナー共に異常は見られない。視界が悪くなっている事以外は変色海域による侵食破壊等も起きていない。海が赤い以外は至って普通の海だ。

 しかし、愛鷹のソーナーでは海中に魚が泳ぐ音一つ確認出来ていない。深海棲艦の手によって赤く変色した海では、生態系は全滅すると言うのが定説だが、ここも例外ではないと言う事だ。今この海にいる生命は艦娘と深海棲艦の二者だけである。

「海鳥の一羽も飛んでいませんね。本当に死の海です」

 対空警戒がてら空を注視している蒼月が緊張感を孕んだ声で言う。海上に鯨の死骸、それも割とごく最近のものも浮かんでおり、微生物で分解される事も、他の海洋生物に食われて無くなる事も無いまま大きな鯨の死骸が漂流している。

 可哀想に、とまだ成熟して間もないであろう若い鯨の死骸を横目に見る蒼月の顔が悲しそうに歪む。深海棲艦の殺戮の対象は艦娘を含めた人類だけでは無い事が明瞭に分かる光景でもあるが、それはそれで蒼月として悲しい事であった。

 彼女と同様、愛鷹、鳥海、摩耶、深雪、瑞鳳も痛ましげな目で鯨の死骸を見やっていた。直に戦争をしているのは艦娘を含めた人類と深海棲艦だ。動物や魚は無関係である。そう言った関係の無い、敵対すらしていないであろう動植物にすら無差別に死をもたらすのが深海棲艦と言うモノだった。

 つい数十分前には空襲があったとは思えない程静かなまま、艦隊は変針点を通過し、マリョルカ島の北東部カプデペラ方面へと舵を切った。

「とぉーりかーじ」

 回頭を命じる愛鷹の号令に従い、先頭を切る彼女に続いて鳥海、摩耶、深雪、蒼月、瑞鳳の順に左へ三〇度変針する。眼下の艦隊に続いて上空で警戒に当たっているウォッチャー1も進路を変更する。

「そろそろ、燃料切れかしらね。航空管制、ウォッチャー2発艦用意」

 腕時計を見て警戒監視に当たるウォッチャー1の残燃料を予測する愛鷹は、航空艤装を操作して交代機となるコールサイン・ウォッチャー2の発艦準備に入った。

 エレベーターで飛行甲板へ上げられた天山一二型甲改が装備妖精の手でカタパルトへと押して行かれる間に、畳まれていた主翼が展張され、航空妖精が二人、コックピットへと乗り込む。カタパルトの発艦位置に到達すると、ブライドルワイヤーが天山一二型甲改に接続され、カタパルトの滑走シャトルと連結される。天山一二型甲改のエンジン音が高まる中、射出要員の装備妖精が天山一二型甲改の周囲から離れ、発艦士官がそれを確認すると、発艦の合図となる白い旗を振り下ろした。

 発艦士官妖精の合図を確認した愛鷹の左手が、航空艤装操作グリップのトリガーボタンが引くと、カタパルトが作動しブライドルワイヤーに引かれた天山一二型甲改が射出された。射出に使用されたワイヤーは航空艤装の飛行甲板前端部のブライドルレトリバーによって回収される。

「警戒機発艦。フライトデッキから各員へ。ウォッチャー1着艦受け入れ用意」

 愛鷹の艤装の航空管制指揮所から、飛行甲板で作業を行う装備妖精にアナウンスで着艦作業の準備に取り掛かる様指示が飛ぶ。

 ウォッチャー2の発艦からほぼ間を置かずに愛鷹にウォッチャー1か「RTB」の宣告が入り、ゆっくりと降下して来る天山のエンジン音が彼女の耳に聞こえて来た。

≪愛鷹へ、ウォッチャー1だ。着艦アプローチに入る≫

「ラジャー、1。着艦を許可する」

 低空へと降下しつつ、艦隊の周囲をぐるぐると旋回して減速する天山が進入しやすいように、愛鷹の後ろを航行する瑞鳳と深雪が若干進路をずらす。二人が明けてくれた空間を通り抜ける様に最終アプローチに入った天山がギアダウンし、主脚を左右ともに下ろして着艦姿勢を取る。着艦誘導灯とLSO(着艦誘導士官)妖精の指示の下に飛行甲板へと進入して来た天山がタッチダウンし、着艦フックがワイヤーを捉えて機体に制動をかける。

「ウォッチャー1、着艦」

「おかえりなさい、ご苦労様」

 左手側の飛行甲板に視線を落として、帰投した天山の航空妖精に労いの言葉をかける愛鷹に、キャノピーを開けた二人の航空妖精が親指を立てて応えた。

 着艦した天山は即時エンジンカットされ、装備妖精達の手でエレベーターへと押して行かれる。笛の合図と共にエレベーターへ乗せられた天山が主翼を畳むと、ベルが鳴り響き格納庫へとエレベーターが降りて行った。

 収容作業を終えると、瑞鳳と深雪が隊列を元に戻し、愛鷹も航空艤装にいる装備妖精に艦内へ戻るよう指示を出す。

 一連の作業を後ろから見つめていた瑞鳳に深雪が無線の回線をこっそり繋いで少しばかり悪戯心を込めた質問をぶつける。

「愛鷹の航空艤装が羨ましいんじゃないかい?」

「……まあ、そう言われてみればそうではあるわよ」

 誤魔化してもしょうがないので素直に認める瑞鳳に、深雪は振り返らずとも分かるにやにやとしていそうな声で返した。

「瑞鳳改三とか実装されたら、ワンチャンあるんじゃね?」

「その折には是非とも私は装甲空母になって、ジェット機も運用可能で、飛行甲板はアングルドデッキ化されて、カタパルト装備でありたいわね」

「ヨクバリスな妄想は逆に実現しないぜ?」

「夢と希望は大きく、って言うじゃん?」

「その前にそのまな板な胸をデカくしたらどうだ」

 

 一瞬、隊列を乱してでも深雪に元に駆け寄ってその横っ面を張っ倒してやろうかと言う激情にかられながらも、瑞鳳は顔を真っ赤にしながら済んでのところで自分を抑えた。姉の祥鳳と比べて「まな板」と形容される自分の胸囲は瑞鳳の密かなコンプレックスであった。最もそれを言うなら深雪の胸囲も瑞鳳と大差ないのだが。

 自分の胸元に視線を落として、なんで背丈共々大きくならなかったのだろう、と恨み節の一つや二つ脳裏に浮かべながら、ふと第三三戦隊の中で最も胸囲の大きいのは誰なのだろうか、と言う疑問が浮かんだ。今艦隊を組んでいる第三三特別混成機動艦隊のメンバーを思い浮かべると、鳥海や摩耶、イントレピッドなどの強豪が揃っているから分かりやすいとはいえ、第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊ではどうだったか、と思えば実のところ思い浮かばないものである。愛鷹と青葉型辺りがいい勝負をして良そうだが、果たして誰なのか。愛鷹が大和のクローンでありながら胸囲は大きく劣る事は本人が語っているから容姿に反して案外愛鷹は控え目なのだろうが、身長比で言えば相応にあるのだろう。青葉型の二人は頭身こそそれほど高くは無いが割かしスタイルは良いのが制服の上からも分かる。そこら辺の詳しいスリーサイズを把握していそうな青葉は今は負傷治療中で後送されているので調べようもない。

 一人頭を抱え込む瑞鳳をよそに前進を続ける艦隊の上空に付いたウォッチャー2が、機上レーダーと言う電子の眼力を用いて艦隊の周囲に警戒網の眼を振り向ける。ウォッチャー隊の機上レーダーで得た情報はデータリンクで第三三特別混成機動艦隊の各員にリアルタイムで伝達されているので、ウォッチャーが見たものは即座にラグを置かずに六人に共有出来た。

 

 ウォッチャー2からリアルタイムで情報が共有されるタブレット端末を片手に愛鷹は溜息を一つ吐いた。今のところ空襲を一回受けた以外は何事も無く艦隊は前進を続けていた。敵艦隊は潜水艦一隻の痕跡すら見当たらない。ただ赤い海を航行しているだけだ。カプデペラの沖合まで行った後は、元来た道をたどる形で「ズムウォルト」へ一旦戻る事にしていたが、それは何も発見できなかった場合の話であり、もし深海棲艦の艦隊を探知した場合はある程度情報把握の為に追撃するつもりだった。そもそもそれが目的で今回出張ってきた訳でもある。

 と、ウォッチャー2からリアルタイムで情報が共有されるタブレット端末の海図表示に「UNKOWN」の文字が複数表示された。

≪ウォッチャー2から愛鷹へ。方位〇₋八₋五に不明艦多数を確認。二〇ノットで方位二₋一₋〇へ向けて前進中≫

「不明艦の精確な艦種と数を特定せよ。旗艦愛鷹より第三三特別混成機動艦隊全艦へ達する。不明艦多数をウォッチャー2が補足。敵の可能性あり、全艦対水上戦闘配置、電探出力最大にて捜査」

「了解です」

「了解だ」

 戦闘に備える旨と、レーダー最大出力で索敵警戒を行う旨の二種類の指示を下す愛鷹に鳥海と摩耶が即座に応じる。

 一方、深雪、蒼月、瑞鳳はそれぞれ海面と空を注視して引き続き潜水艦と深海棲艦航空機に対する警戒を続ける。深雪の爆雷投射機には装備妖精が取りついて発射準備を整え、蒼月と瑞鳳の対空機関砲の砲座にも砲術科の装備妖精が仰角ハンドルを握って射撃体勢を取っていた。

 程なく、ウォッチャー2から不明艦の解析結果が送られてきた。

≪不明艦の総数は……未知の深海棲艦二隻を中心に、空母棲姫級四隻、軽空母ヌ級elite級二隻、超巡ネ級改Ⅱ四隻、軽巡へ級flagship級一隻、防空巡ツ級elite級一隻、大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、駆逐艦ハ級後期型elite級二隻、イ級六隻。敵艦隊群をアルファと認定≫

「なんとまあ……」

 ぐるっと島の影に回り込んできてみれば、と愛鷹はその大艦隊の陣容に驚嘆していた。総勢二四隻にも及ぶ大規模な空母機動部隊だ。戦艦は居ないが、下手な戦艦級よりも火力と耐久、装甲に秀で、そしてどの駆逐艦や軽巡、重巡よりも高い雷撃戦火力を持つ重巡ネ級の上位互換的存在のネ級改Ⅱが四隻もいる。余りのハイスペックから国連海軍では重巡ではなく重巡を超える超巡として独自に識別していた。実質、超甲巡時代の愛鷹や、アメリカ艦隊のアラスカ級と同等の艦種区分である。ただ愛鷹やアラスカ級の装甲が重巡よりは頑丈程度、戦艦以下と微妙な塩梅にされていたのに対して、ネ級改Ⅱの装甲は戦艦ル級flagship級改すら凌ぐ頑強さを誇る。

≪続報、その後方四〇キロに更に一群の艦隊を確認。艦影は六隻。内一隻は極めて巨大な反応を持つ≫

 極めて巨大な反応、と言うワードに突如愛鷹の胸の中で激しい胸騒ぎが沸き起こった。どくんどくんと心臓の鼓動が早まり、緊張から眉間を冷や汗が滴り落ちるのが分かった。

 

 奴だ、遂に出張って来た、と直感で悟る愛鷹にウォッチャー2から艦種特定分析結果が送られてくる。

 

≪敵艦隊ブラボーと認定。艦種内訳、巨大艦ス級elite級一隻、超巡ネ級改Ⅱ三隻、大型駆逐艦ナ級後期型Ⅱflagship級二隻≫

 陣容を聞いた愛鷹は口元をへの字に結んで、露骨に顔面を嫌そうにしかめた。ネ級改Ⅱやナ級後期型Ⅱflagship級だけでも腹一杯になれる高脅威目標艦なのに、それに加えてス級のelite級が一隻付いて来ている。対空迎撃能力を強化していると思われるタイプだから、無印のス級と違って航空攻撃で仕留められるような相手ではない。何より大事なのはelite級はおろか無印のス級と真正面から砲撃戦を挑んで勝てる艦娘は今の国連海軍にはいないと言う事だ。

「なあ、アタシの耳と脳みそがボケてない事を確認しておきたいんだけど、今前方に展開している深海棲艦の数は三〇隻を数えて、その中の二隻は未知の深海棲艦、四隻は艦載機の数が一隻で二〇〇機を数える空母棲姫級が四隻と戦艦よりも暴力に長けたネ級改Ⅱが七隻、砲撃戦で叶う艦娘がいない馬鹿でかい戦艦が一隻いるって事だよな?」

「分かってるじゃん。そのまんまその通りよ」

 若干引き攣った表情で誰となく尋ねる摩耶に、瑞鳳がそうだと答える。至って落ち着いて答えている様にも見える瑞鳳だが、その眉間には大量の冷や汗が浮かんでいた。

 第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊の誰もがス級の圧倒的火力の脅威を身に染みる程に覚えている。それだけに鳥海と摩耶以外の愛鷹、深雪、蒼月、瑞鳳の四人共に恐怖で冷や汗が止まらなかった。だが問題なのはス級だけではない。敵艦隊アルファに含まれる二隻の不明艦の正体だ。戦艦なのか空母なのか、ウォッチャー2の電子機器では流石にそこまで解析する事は出来ない。

 不明艦二隻の正体を探る必要があると言う新たなタスク発生に、愛鷹はどうやって不明艦の艦種を特定するか、策を巡らせていた。

 航空偵察は無理だ。空母棲姫級が四隻に軽空母ヌ級elite級が二隻もいる。艦載機の数は一〇〇〇機近くにも上る。当然ながら戦闘機の比率も非常に多い。偵察機を飛ばしても彩雲で無ければ振り切る事は出来ないだろう。

 となれば直接接近して目視確認するしかないが、何も考えずに接近すればピケット艦を担っているであろうナ級やハ級、イ級に即座に探知されてしまう。駆逐艦隊だけでなくネ級改Ⅱの高性能レーダーに捕捉される可能性もある。

 ウォッチャー2から共有されてきた敵艦隊の陣容と位置のマーキングを見て、愛鷹はタブレット端末を握る手の手汗を払う。敵艦隊の内アルファは巨大な輪形陣を組んでおり対空迎撃態勢は文字通り鉄壁の構えを見せている。一方ブラボーのス級を含む艦隊は単縦陣でその後方四〇キロに布陣している。

(待てよ……)

 ふと、愛鷹の中で妙案が思い浮かんだ。ス級を含む艦隊は空母機動部隊の後方四〇キロ。水平線上の丸みの向こうにいるから深海棲艦でなくても通常の水上船舶のレーダーですら直接確認する事は出来ない距離だ。空母機動部隊からはCAP機が飛んでいるのが分かるが、早期警戒機の類が飛んでいる様子はない。つまり航空機の目で愛鷹達が早期発見される可能性は低い。

 これしかない、と決めた愛鷹は艦隊の無線周波数を国連海軍秘匿回線の一つに切り替えて、五人に作戦を伝達した。

「これからの行動計画を各自に伝達します。敵艦隊に傍受されるのを防ぐ為、現在のチャンネルのまま聞いて下さい。

 敵空母機動部隊の輪形陣の内側にいる二隻の不明艦の正体を探って離脱するのが、最終目標となります。敵艦隊はアルファとブラボーの二群に分かれていますが、彼我の距離は四〇キロも離れており、互いにレーダーで捕捉する事は不可能です。

 そこで我々はス級を含む艦隊の方向へ一時転進後、進路を二₋一₋〇へ取り、ス級を含む艦隊を装って空母機動部隊の後を追いかけます。

 幸い今海上には靄がかかっている事、敵艦隊の視線は艦隊の進路前方に向けられている事が予想出来ますから、敵艦隊にばれるのを遅らせる事が出来ます。ス級を含む艦隊を装って輪形陣の内側にいる二隻の艦種を確認の後、全艦最大戦速で現海域を離脱。母艦へ帰投します。

 発砲は、敵からの攻撃があっても私からの許可が出るまで禁止します。敵が万が一発砲して来たとしても撃ち返さなければ敵は誤射を疑い、必要以上の砲撃はしてこないでしょう」

「もし、深海棲艦が誰何の通信を送ってきたらどうします?」

 重要な所を突く鳥海の問いに、愛鷹は考え済みの対応策を話す。

「敢えて一切合切無視します。靄の影響で電波が通り辛いと錯覚して貰うのです」

「発光信号もですか?」

 横から口を挟む蒼月に愛鷹はそれも無視しろと答える。

「発光信号もです」

「何だか、最上が熊野の信号を見誤って今みたいな靄がかかった海上で三隈と衝突した時の事を思い出すな……」

 昔、日本艦娘艦隊の艦隊運動演習中に起きた事故の顛末を思い起こした摩耶が何気なく呟く。

 逆にそんな事もあったのか、と最上達第七戦隊のメンツとは付き合いが殆ど無いが故にそこらの昔話を知らない愛鷹は少しばかり意外そうな表情を浮かべる。最上と言えば、日本海軍の重巡最上の頃から衝突事故のジンクスに悩まされていた名前でもある。海上自衛隊の多機能護衛艦もがみを挟んで、艦娘の名として復活した折にそのジンクスも再発したか? とつい関係ない事に考えを巡らしかける。

 若干賭け要素がある作戦だが、航空偵察が出来ない中ではこの策しか今は打てる手はない。

 

 それまでの輪形陣から愛鷹、瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月の順に単縦陣に並び替えた第三三特別混成機動艦隊は舵を切って一時北上するコースに入った。

 警戒監視に当たっていたウォッチャー2は深海棲艦に察知されるのを防ぐ為、一時愛鷹に収容していた。

 タブレット端末の海図表示を確認しながら、愛鷹は最適なウェイポイントを設定する。まずはス級を含む艦隊と深海棲艦の大規模機動部隊の互いのレーダー探知範囲外の中間に上手く出られるようにウェイポイントを設定し、そこから一気に空母機動部隊の方へ転進するコースを算出する。空母機動部隊は二〇ノットで前進しているから、こちらは第四戦速程度で追いかければ充分追いつける。

 最終的な課題はこの靄越しにどの程度、不明艦二隻の正体を把握できるか、と言う所だ。それと不明艦二隻の正体が一体何なのか、と言う疑問もある。

 もし、戦艦系や巡洋艦系だった場合、輪形陣を組んでいるとは言え、当てようと思えば当てて来るだろうし、棲姫級となれば大火力艦である事は間違いない。食らったら自分らの装甲では到底耐えられないだろう。一方で空母系だった場合、こちらの正体が露見したら即座に随伴の空母棲姫級四隻とヌ級elite級と合わせて大量の艦載機を発艦させて集中砲火で殲滅しにかかる可能性がある。ただ、艦載機による攻撃を目論んで来た場合は、愛鷹、鳥海、摩耶が三式弾で深海棲艦空母の飛行甲板へ砲撃を浴びせて、一時的に発着艦不能にすることで離脱するまでの時間稼ぎは出来るだろう。

 空母系だった場合はそれで時間を稼げるとして、残る課題は超巡ネ級改Ⅱの存在だ。艦娘を殺す為だけに生み出された暴力の化身の様な深海棲艦の巡洋艦級だ。レーダーも備えており、砲撃の命中率は極めて高く、使用している徹甲弾は弾芯が非常に硬く、並みの戦艦艦娘の装甲ですら防げない場合もある。

 しかし第三三特別混成機動艦隊にもアドバンテージはある。それは全員が高速艦である事だ。大型艦である愛鷹ですら三〇ノットは余裕で出せるし、リミッターを解除すれば三〇ノットを超える速力を叩き出せる。今思えばリミッター解除かタービンを増設する事でようやく高速艦になれる夕張を連れて来なくて正解だったと思えた。最も夕張が艦隊速力において足かせになるのなら、彼女だけ別行動させておくのも手ではあるのだが。

 北上を続ける事約一時間。最初のウェイポイントに到達すると、愛鷹は艦隊無線で取り舵一斉回頭を発令した。

 

「全艦、一斉回頭。取り舵一杯。新進路二₋一₋〇」

「とぉーりかーじ」

 二番艦を務める瑞鳳が復唱し、六人はぐるりと左へと旋回する。フィギュアスケーターの様に大きく優雅に弧を描いて回頭を終えると、直ちに六人は再度単縦陣の隊列を組み直す。

「艦隊新進路二₋一₋〇、ヨーソロー。艦隊増速、第四戦速、黒二〇」

 回頭が終わり、隊列が整うと愛鷹は更に増速を命じた。それまで第三戦速で前進していた艦隊は第四戦速へと加速し、六人の足元で蹴立てられる白波が大きくなり、各々の踵から引く白い航跡が後方へと速度に応じて流れるように伸びて行った。

「これより通信管制、無線を封鎖します。以後各艦の通信は私からの発光信号の使用禁止の連絡があるまで発光信号に限定」

 続航する五人に無線封鎖を命じた愛鷹は返事を待たずにヘッドセットの無線のスイッチをオフにした。回線を閉じるやスッと静かになるヘッドセットの機能をソーナーに切り替える愛鷹の背中の艤装上では、発光信号機を構えた装備妖精が待機に入った。

 

 それからさらに一時間余り、誰も一言も喋らない主機と機関部の動作音以外、無音の時間が続いた。それまで最大出力で回していたレーダーも切っているので、電子の千里眼も今は瞼を閉じている状態だ。

 水平線上の靄越しに艦影が多数見えて来た時、愛鷹は装備妖精に発光信号を送る様伝達した。

「旗艦より発光信号。各艦に伝達、これより発光信号の使用も禁ずる。全艦戦闘配備、通信管制維持」

「了解」

 背中の艤装上でカシャカシャと発光信号を瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月へ送る音が響く。通信管制下での一方通信なので五人からの「了解」と言う復命の返事は返されない。

 前方に見える艦影は明らかに深海棲艦の姿だった。靄のせいで水平線上に黒く盛り上がる形でしかその姿を確認出来無いが、特徴的な巨大な艤装が四つ見える。空母棲姫の艤装の形状で間違いない。その周囲には角を空に突き刺す様に頭部に備えたネ級改Ⅱの姿も見える。

 水平線上に艦影を確認出来たと言う事は、あの空母機動部隊のレーダー探知範囲内に入っている事と同義であるが、愛鷹が唯一作動させている電子戦装備であるE27電波逆探知機(ESM)にスコープの反応はフラットなままだった。少なくとも警戒の為に対空レーダーは稼働させている筈だが、艦娘艦隊がここまで出張って来ては居ないだろうと言う慢心からなのか、水上レーダーは作動させていないらしい。

 それはそれで好都合である。電子の千里眼で早期に察知されずに近づけるなら、ス級を含む艦隊を装って接近する必要は薄れる。だが油断した時に深海棲艦が何気なく水上レーダーを作動させてこちらの存在に気が付く可能性もあるので、気は抜けない。

 靄の影響で本当にこちらの存在に気が付いていないのか、少なくとも頭身の高い空母棲姫やネ級改Ⅱ、ツ級が接近する愛鷹達に視線を向ける様子はない。ソーナーで半潜水行動可能な深海棲艦の駆逐艦の動きも探るが、半潜水してこちらを迎え撃ちに来る素振りも見られない。

(本当にバレていない……?)

 緊張で心臓の鼓動が早まるのを感じ取りながらも、無反応のまま前進する深海棲艦の姿に愛鷹は乾ききった唇を舐めて生唾を飲み干す。

 ESMには依然深海棲艦の水上レーダー波は検知できない。既に距離は一〇〇〇メートルを切っている。靄のせいで明瞭に見とれないが、丸っこい船体のナ級やヌ級の艦影も見えて来ている。

 そしてその輪形陣の中央に二隻の不明艦の艦影が見えて来ていた。靄のせいではっきりとしたシルエットは見えないが、戦艦ではない様に見える。戦艦なら巨大な主砲を備えた砲塔がある筈だが、不明艦には砲塔そのものが見当たらない。どちらかと言うと空母の様である。

 更に接近し、距離が五〇〇メートルを切った頃、靄が薄まり、不明艦二隻の艦影が愛鷹の目にはっきりと見えた。

 片方は空母棲鬼の艤装に別の深海棲艦が乗っており、もう片方は飛行甲板らしき細長い板を二本備えている。空母と見て間違いない。

 だが、もう少し観察しておきたい。と、二隻を注視する愛鷹の目に、まるで見せてやると言わんばかりのタイミングで二隻の不明艦の艤装から艦載機を射出するのが見えた。深海棲艦の艤装独特の艦載機の射出音が響き、その音は愛鷹、瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月の耳にも届いた。

 二隻の不明艦、いや空母系の新型深海棲艦が何を発艦させたのかは分からないが、とにかくタブレット端末のカメラ機能で二隻の不明艦の写真を撮ると、愛鷹は続航する五人に向かって取り舵一杯のハンドサインを送った。

 舵を切って左へと進路を変える六人に未だに気が付いた様子もないまま深海棲艦は遠ざかって行った。タブレット端末で撮影した写真を画面に呼び出し、高画質モードで二隻の艦影を確認する。片方は空母棲鬼の艤装を使用しているから正規空母と見て間違いない。もう片方は艤装のサイズが比較的簡素で正規空母としては些か物足りない。軽空母くらいの空母系深海棲艦の可能性が高いだろう。

 搭載機は軽空母系と見た新型深海棲艦であれば、ヌ級のⅡflagship級よりは多い筈。多く見積もって一〇〇機と言う所だろう。もう片方の空母棲鬼と艤装を同じにする正規空母系の新型深海棲艦は艤装内に搭載される艦載機も同じであるとするなら、搭載機の数は一五〇機程度だろう。

 出来れば正確な艦載機数も分かれば良かったのだけど、と若干心残りがあるが、不明艦二隻の正体が軽空母と正規空母の二種類の棲姫級空母だと判明しただけでも今は良しとするべきだろう。現在の進路を維持するとなればマリョルカ島に寄港する可能性がある。

 マリョルカ島には恐らくは補給拠点となる集積地棲姫が展開しているのかも知れない。或いは砲台小鬼に警護された前線展開泊地棲姫である可能性もある。深海棲艦が最前線に素早く構築する橋頭保として最適なものを考えた場合、集積地棲姫よりも前線展開泊地棲姫の方が構築が早い。前線展開泊地棲姫の役割は文字通り、素早く最前線に橋頭保兼補給拠点を構築する目的があってのものだ。

 

(このまま何事も無く振り切れるかしら?)

 

 一瞬気が緩みそう考えた時、それまで何の反応も得られず静かだったESMを見ていた装備妖精が「逆探に感あり!」と叫んだ。

 弛緩しかけていた頬がシュっと引き締まり、即座に「方位は⁉」と愛鷹は問いただす。

「方位三₋五₋二、空からの水上レーダー波を検知。深海棲艦の早期警戒機の可能性大」

「……ッ! 捕捉されたわね」

 流石に深海棲艦も警戒機による警戒監視をするタイミングが来ていたと言う事か。

 深海棲艦もアンノウン捕捉で慌てて戦闘配置を命じたらしく、遠目に敵襲のアラーム音が鳴り響くのが聞こえて来た。直ぐにでも新型空母二隻含む八隻の空母から大量の艦載機が発艦してくる可能性がある。

 だが、戦闘配置を命じてもそれまで全く敵襲を予見していないフリーな状態から直ちに戦闘可能な状態に移り込めるとは言い難い。案の定、ネ級改Ⅱのレーダー波の照射は来たものの、砲弾や魚雷が飛んでくる気配はない。

「全艦、電波管制解除! 合戦準備、対水上戦闘用意!」

 即座に戦闘を発令する愛鷹に、合戦準備部署を維持していた鳥海、摩耶、深雪、蒼月は即座に反応した。それぞれの火器を構え、セーフティを解除する。

「砲雷同時戦! 距離六八〇、右魚雷戦。右舷魚雷全管、てぇッ!」

「咄嗟射撃、魚雷攻撃始め! てぇーッ!」

「魚雷発射始め! てぇーっ!」

 魚雷発射を命じる愛鷹に狙いを深海棲艦がいる方向へ取り敢えず向けての精密照準ではない、バラ撒きの牽制魚雷攻撃を深雪と蒼月が開始する。二人の三連装魚雷発射管二基と四連装魚雷発射管一基の計一〇門の発射管から圧搾空気で射出された酸素魚雷が海面に躍り出て、海中へと姿を消す。航跡を引かない一〇発の酸素魚雷がモーターを作動させて馳走音を海中に響かせながら深海棲艦の空母機動部隊に向かう中、同様に空母機動部隊の方向へ主砲の砲口を向けた愛鷹と鳥海、摩耶の艤装から三式弾改二の装填完了、射撃用意良しのブザーが三回鳴る。

「鳥海、撃ち方用意良し!」

「摩耶、射撃用意よぉし! ぶちかませるぜ」

 二人からの砲撃用意良しの合図を受け取ると、愛鷹は軽く息を吸ってから凛と張った声で吸った息を吐き出すように砲撃開始の号令を発した。

「主砲斉射! 発砲、てぇっ!」

 その号令の直後、三人の右側で主砲発砲の火焔が迸った。四一センチ主砲五門、二〇・三センチ一二門の斉射の火焔が発砲の轟音を鳴り響かせながら砲口から噴き出し、叩き出された計一七発の三式弾改二が約七〇〇メートル先の深海棲艦の方へと飛翔して行く。

 距離が近かったこともあって、三人の撃った三式弾改二が着弾するまで殆ど時間を要さなかった。着弾と言うよりは、二四隻の空母機動部隊の直上で炸裂して散弾のシャワーを雨あられと降り注がせる形となった。直撃による点のダメージと比べて、面でのダメージになる分、与ダメージは余り高くはない。そもそも三式弾改二は対艦攻撃に向いている砲弾とは言い難い。

 だが、三人の砲撃の効果はてきめんに表れた。愛鷹達の存在に気が付くや、一斉に起動したネ級改Ⅱやナ級、ツ級らの対水上レーダー波が一斉に静まり、空母棲姫やヌ級からは何らかの被害発生の警報が鳴り響くのが聞こえた。

「成功です! 敵艦隊、レーダーアウト、空母も甲板が使用不能に陥った模様です」

 混乱する深海棲艦の姿を高い視力の両眼で確認した蒼月が愛鷹に向かって叫ぶ。靄のせいで攻撃効果を正確には目視確認出来ないが、深海棲艦の受けた被害は凡そ推測出来る。上空から降り注いだ三式弾改二の無数の散弾の雨によってレーダーが破壊され、空母は飛行甲板に甲板に散弾の破片や、貫通した散弾によって発着艦機能を一時的に封じられたのだ。

 今こそ離脱のチャンス、と見た愛鷹は五人と自身の機関部に対して全速前進を命じた。

「全速で離脱します。全艦、最大戦速! 焼きつくまでぶん回して下さい!」

 

 

 全速力で離脱する愛鷹達を深海棲艦は追撃して来る事は無かった。離脱する途中愛鷹はソーナーで深雪と蒼月の魚雷の攻撃効果を確認したが、魚雷が深海棲艦に命中して爆発する爆発音は確認出来なかった。

 一〇分程全速力で走ってから、愛鷹は第三戦速に落とすと同時に再びウォッチャー1を発艦させ、深海棲艦の様子を伺ったが、追撃の攻撃隊が差し向けられる様子は無かった。そのまま修理も兼ねてかマリョルカ島への進路を維持していた。ス級を含む艦隊が最大速度で追撃してくる可能性も考えたが、ウォッチャー1曰くス級を含む艦隊は多少速度は上げたものの、愛鷹達に追いつける距離とは到底言えなかった。

「何とか振り切ったようだな」

 安堵の溜息と共に摩耶が言う。

「ええ、振り切れはしたけど……ここからが問題よ」

 そう返す鳥海はメガネの位置を正しながら、自分達が見た深海棲艦の大艦隊の陣容を頭の中で思い浮かべて、険しい表情を作っていた。

「全部で八隻の空母に四隻の超巡。それにス級を含む艦隊。西地中海を何としても渡さないと言う深海棲艦の決戦艦隊が現れた、と言う所ね」

「逆を言えば、連中にとってこの艦隊を撃破されて防衛ラインを突破されたら、艦娘艦隊にアンツィオまで一気にストレートインになるって訳ね」

 顎を摘まんで出張って来た深海棲艦の大艦隊の意図を察する瑞鳳の見方は間違っていないだろう。

 西地中海に空母八隻、超巡七隻、巨大艦一隻を含む三〇隻の大艦隊を送り込む辺りに、ここで食い止めると言う明らかな意思が深海棲艦が伺えた。

 恐らくは次は深海棲艦空母機動部隊との激しい航空戦と艦隊戦になるだろう。デュワルワイルダー作戦における西部進撃隊のアンツィオに至るまでに越えなければならない「障壁」となる可能性が高い。

「次の戦いは、『壁越え』になるわね……」

 そう呟く愛鷹に言葉に、五人は無言で頷いていた。

 

 

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」の医務室のベッドで治療を受ける青葉の看病をする衣笠の元に大和が訪れた。

「青葉さんの様子は?」

 病床に横になって静かに眠る青葉の横顔を見やりながら問う大和に、衣笠は微笑を浮かべて答える。

「熱は下がりました。全回復まではもう少し時間が要りますが、青葉の事ですから直ぐに良くなりますよ」

「そう、それなら良かった」

 ほっとした様に溜息を吐く大和の顔を見て何かを察した衣笠は、大和の顔を見据えて尋ねる。

「次の作戦が決まったんですね?」

「ご名答です。深海棲艦の大規模な艦隊を愛鷹が見つけました。新型の正規空母級と軽空母級の棲姫級空母二隻を含む八隻の空母を有し、四隻の超巡ネ級改Ⅱを侍らせた二四隻にも上る空母機動部隊と、ス級一、超巡ネ級改Ⅱ三、大型駆逐艦ナ級二隻から成る水上打撃群が確認されました。

 西地中海における深海棲艦の鉄壁の防御の艦隊です。次に戦いはこの鉄壁を超える『壁越え』の戦いになるでしょう」




 艦これのネ級改ⅡとACⅥのバルテウス、どちらが理不尽な敵ボスなのだろうか。それが寝ても覚めても気になり、とうとうネ級改Ⅱの艦種を本家での重巡から超巡に改変した今回のお話でした。

 新型の軽空母級と正規空母級の深海棲艦は闇ラングレーと闇レンジャーがモデルとなっています。元々はシングル作戦をモチーフにしてきましたが、あれから四年余り地中海を舞台にしたイベントが複数回実施され、シングル作戦の時の深海棲艦だけでは物足りないと思い、トーチ作戦イベントの深海棲艦ボスを追加した所です。

 次回は九月にお送りしたいと思っています。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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