修繕され、綺麗に洗濯された制服に袖を通すと、花を軽く突くいい香りが制服からした。血で真っ赤に染まっていたセーラー服を漂泊する際に使用した漂白剤にいい香りが付く市販品が使われたのかも知れない。
「いい香り」
被弾時に派手に破かれた個所は元通りに縫い直され、いい香りのする洗剤と漂白剤で綺麗にされた制服を身に着けた青葉は、キュロットとニーソックスに足を通し、最後にローファーを履く。ナノピタルを用いた治療が終わって退院した青葉が身支度を整え、「ズムウォルト」へ戻る為に完全修理された艤装を受領する為に艦の後部にあるウェルドックと艤装整備場へと向かう。
ラッタルを鳴らしながら降りて行き、艦娘居住区の傍を通りかかる。特徴的な書体の横文字で「Deutschland」と書かれた居住区の向こう側からは朗らかに話す艦娘の声がする。
(あの声はグラーフ・ツェッペリンさんと、カール・ガルスターさんとブリュッヒャーさん……?)
グラーフ・ツェッペリンは何度が日本に来日している経験があり、青葉とも何度か面識を得ている艦娘だ。カール・ガルスターはZ17級駆逐艦娘の一人で、ブリュッヒャーはアドミラル・ヒッパー級重巡艦娘の次女だ。この二人も一応日本への来日に経験がある。だがしかし、ドイツ艦娘の居住区と言う事もあり、日本語では無く、生まれ故郷の慣れ親しんだ母国語で会話をする三人の会話内容に、青葉はついて行けなかった。日本に来日した経験のあるドイツ艦娘から齧った程度のドイツ語を教わった程度であり、専ら青葉の第二外国語は英語を除くとロシア語止まりである。
ちょろっと開け放たれている居住区へのドアの向こう側を覗き込むと、普段はクールできりっとした表情を崩さないグラーフ・ツェッペリンが珍しくカール・ガルスターとブリュッヒャーを相手に砕けた姿勢と口調で何か話している。いつものクールさはどこやら、その表情は嬉々としており、非常に明朗だ。
あのクーデレ娘が珍しい、と物珍しさが青葉の中で高まり、つい詮索したくもなったが、ドイツ語が分からないし、青葉自身、速やかに「ズムウォルト」へ帰艦するようにとの指示を受けているからには寄り道している暇は無い。
詮索、と言う名目の取材をしたい心をグッと堪え、青葉はウェルドックへと向かった。
ウェルドックと隣接する艤装整備場で完全修理が成された青葉の艤装を受領し、試運転を行う。
クレーンでウェルドック内に立つ青葉の背中に艤装が接続され、作業員が艤装にケーブルを繋いで試運転や事前チェックを行う・
「APU接続。モーター回転数上昇」
「機関部、振動、出力、温度、全て異常なし」
「ラダー、反応速度に異常なし」
「FCS、レーダー、ソーナー、共に問題無し」
「スタビライザー、バランサー、全て基準値をマーク」
「オールシステムズ、グリーン」
端末に「All Clrea」の表示が出るのを見て、作業員が青葉に親指を立てる。
「お世話になりました。ありがとうございました」
同様に親指を立てて、感謝の礼を述べる青葉に作業員がお元気で、と返すとドック内に艦娘発艦用意のアラームが鳴り響いた。
完全に修理された艤装の反応具合をスティックで確かめていると、別の所で作業員が話す会話が青葉の耳に聞こえて来た。
「聞いたか、ドイツの空母艦娘」
「ジェット機運用可能な正規空母だってな。それもヴィクトリアスや翔鶴型、伊吹よりも本格的な」
「名前はフォン・リヒトホーフェンだそうだ。あの世界でも有名なドイツのエースパイロット、レッド・バロンの名を冠した空母艦娘。ドイツ艦隊も相当期待を込めて配備したんだろうな」
「どんな容姿なんだろうな。レッド・バロンの名を冠しているだけに赤毛の女の子なのかな」
「女の子と言うよりは女性、なんじゃないか?」
作業員たちの会話は、割って入った彼らの上司になる上級兵曹の「作業に集中しろ」、と言う窘める声で遮られた。
正規空母艦娘フォン・リヒトホーフェン……どんな艦娘なんだろうか? 青葉も胸の中で興味が湧き上がったが、詮索する気持ちよりも前に「発艦準備」の号令がかかり、作業員が退避するとウェルドック内へ注水するポンプの作動音が響き渡った。
「取材は後でですかねえ……」
足裏に取り付けられたラダーと主機を始動させ、海水が注水されたウェルドック内に二本足で立ちながら、「マティアス・ジャクソン」に色々と残して来たやりたかった事を振り返り悔やみつつも青葉は開放されたウェルドックのハッチの先を見据え、発艦を宣言した。
「青葉、発艦しまーす」
深海棲艦の空母機動部隊捜索戦から五日後。退院した青葉が修理を終えた艤装を引っ提げて「ズムウォルト」へ帰艦した。
ウェルドックで収容作業が行われる中、デッキの上から出迎える愛鷹に青葉はにっこりと笑顔を浮かべて復帰を宣言した。
「第三三特別混成機動艦隊二番艦青葉、只今を持って戦列に復帰します!」
「ご苦労様です」
答礼しながら愛鷹も頬を緩め、微笑を浮かべる。
足裏の舵を取り外して、発着艦デッキの上に軽い足取りで昇って来た青葉は艤装を作業員に預けると、出迎えに出て来た愛鷹と向かい合った。
「これで艦隊の艦娘の数は元通りですね」
「ええ。戻って来てくれて嬉しいですよ青葉さん」
「寂しく無かったですか?」
「……本音を言うと寂しくはありましたね。貴女ほど信頼している艦娘は早々いませんから」
「また大袈裟な。でも、ありがとうございます。青葉を信頼してくれて。ご期待に副えるようにもっと頑張りますよ」
見たところ、前々回被弾して派手にやられた割には完全に傷は癒えているように見える。ナノピタルのお陰もあるが、それにしても随分治りが良い。副作用の大きかった修復剤にかわる新薬としてこれは期待が持てそうである。
青葉に対して「貴女ほど信頼している艦娘は早々いない」と大口を切ったが、その発言の三分の二は愛鷹なりの誇張、社交辞令だ。艦娘は皆信頼しているし、大切に思っている。誰かが欠けてはいけない職場な分、互いを大切に思いやる思いは愛鷹にもある。今の第三三特別混成機動艦隊のメンバーも皆、大切な仲間であり、友人だ。誰も失いたくはない。
艦内放送のスピーカーがカリカリと空電の音を鳴らした後、当直士官からの伝達が全艦内へ放送された。
≪連絡する、連絡する。一〇分後に補給艦『オルカ』と邂逅し、補給作業を開始する。各部、補給作業準備部署発令、補給作業に備えよ≫
「ジブラルタル基地から追いかけて来た補給艦ですね。青葉が聞いたところじゃ、増援の艦娘も一人輸送して来るとか」
「増援の艦娘?」
一体誰だ、と首をかしげる愛鷹に青葉は自身が耳に挟んだ限りの情報を教えた。
「ドイツ艦隊の空母艦娘です。名前はフォン・リヒトフォーフェン。ドイツ艦隊が新規に配備したジェット機運用可能な正規空母艦娘だとの事です」
「……妙ですね」
「何がです」
顔をやや俯け、左手で顎を摘まみながら愛鷹は疑念を口にする。どこが妙なのかと問う青葉に、愛鷹は暫し間をおいてから答えた。
「史実で、フォン・リヒトホーフェンなるドイツの空母は実在しません。計画艦にも無い。ましてやジェット機を運用できる空母など、ドイツ国防海軍が計画した事も無い。グラーフ・ツェッペリンすら完成度九〇パーセントで工事が中断されて、未完成に終わってドイツ国防海軍は空母を保有し仕舞いに終わったはず。
なのに、『ジェット機運用も可能な正規空母』艦娘をドイツ艦隊は配備した……何か裏があるとしか思えません」
「史実に存在した艦が無ければ艦娘って出現できないんですか?」
両腕を組んで興味を示す表情を浮かべる青葉の顔を見て、彼女の探求心を突いてしまったか、と悟った愛鷹ははぐらかすのも無理だろうと思い、しかし場所が悪いと周囲を見回して考え直すと顎を摘まんでいた左手の人差し指を上に向けて、第一甲板へ青葉を誘った。
「場所を変えましょう。ここにいては諸々の甲板作業などの邪魔になりますし」
艦首のM110単装砲がある甲板へ出た愛鷹と青葉は周囲に誰もいない事を確認してから、話を再開した。
「で、どういう事なのです? さっきの話は」
「これは軍の機密レベル99に該当する事なので、誰かに話したりは駄目ですからね」
「了解しました。で?」
「艦娘と言うモノは、本来、史実、それももっとも古いものでは日露戦争時、殆どは第二次世界大戦に就役していた艦艇の記憶を船魂としてその身体の中に継承する女性と、その史実の軍艦の再現データを接続、エレメント化したものが艦娘になります。
つまり、青葉さんの場合はその先祖にかつて重巡洋艦『青葉』に乗り込んでいた乗員がおり、その重巡『青葉』の乗員が残した記憶の塊である船魂が遺伝子に含まれる形でとなって代々受け継がれ、それが強く現出しているのが今の青葉さんと言う事です。艤装はその青葉さんの身体の中に宿る船魂を艦娘青葉として形成する為のガワであり、エレメントの片割れと言う事です。
同じ名前の艦娘がこの世に二人と出現しない大きな理由、それは船魂と艤装がエレメントを形成するに至る事が許されるのが一回限りであるからです。原因は分かりません。この手の分野において科学で解析しきれないオカルトな分野に足を突っ込んでいる艦娘構成分野は、国連海軍においても最大級のブラックボックスです。この艦娘となる女性の中にある船魂と艤装がマッチング、エレメント化に至るまでの時間と過程を『建造』と呼ぶわけです。小型艦程、船魂と艤装のマッチングにかかる時間は短く、大型艦程、船魂と艤装のマッチングにかかる理由は、小型艦程乗員数は少なく、大型艦程乗員数が多かったことに起因するとされています。
青葉さんの場合は一時間で終わりましたよね? それは青葉さんの元となった鋼鉄の軍艦である重巡洋艦青葉が、比較的小型な重巡洋艦であった事に起因します」
「ふむ……では、愛鷹さんはなぜ艦娘としてのエレメントが実現出来たのですか? 超甲巡は計画のみの、それも名前すら名付けられなかった幻の軍艦。常識的に考えて、船魂が宿っている人間はいないのでは?」
「私の場合、かつて超甲巡の計画に関与した人の記憶を何らかの形で、私の製造段階で遺伝子レベルで書き込んであった為、疑似的に艦娘としてのエレメントを形成できたのです。最もそのエレメントの強度は艦娘の中でも最も弱く、脆いので今服用している薬物で強引にその艦娘としての疑似船魂の力を増幅させており、その副作用が青葉さんも見たことがあるであろう吐血や痛みなどの症状となる訳です」
「なるほど、つまり史実に実在した軍艦が存在しないフォン・リヒトホーフェンは、本来この世に現出する事の出来る筈が無い艦娘、と言う事ですか」
「その通りです」
ふむ、と両腕を組んで考え込む青葉は、暫くして何かを思い出した様に顔を上げて愛鷹を見て言った。
「プロジェクト・ハリマ……」
「は?」
不意に青葉の口から出たその計画名に一瞬ドキリとしながらも、愛鷹は先を続けさせた。
「ハッキングで読んだのですけどね、愛鷹さんの身体にある疑似船魂をオーバーライドする事で、超戦艦艤装播磨の艤装を愛鷹さんが纏えるようになる。それがヒントです。これの応用をすることで、疑似的に運用する側の艦娘を作り出せるのではないか? と。
メカニズムとしては艦娘適正、恐らくは本来はグラーフ・ツェッペリンさんになる事を予定されていた艦娘候補生の中から、空母艦娘艤装の適性値が高い者を選び出し、何らかの方法で体の中のその船魂を人為的に書き換え、本来は存在しないが『存在した事にされた』空母フォン・リヒトホーフェンの船魂を受け継ぐ艦娘として建造した」
「……つまり、人為的に作り出された艦娘、と言う事ですか」
「そうなりますね。最もこれはあくまで青葉の考察と推察ですが。実際にフォン・リヒトホーフェンに会って話を聞いてみない限りは分かりません」
「ドイツ艦娘でこの事を知っている艦娘は居るんでしょうかね」
「……心当たりならあります」
無言で誰だ? と目で問いかける愛鷹に青葉は組んでいた両腕を解いて答えた。
「グラーフ・ツェッペリンさんです。ドイツ艦隊の初の空母艦娘。艦娘母艦『マティアス・ジャクソン』の艦内でちょっと姿を見た程度ですが、普段は生真面目でクール、理路整然としているあの人が珍しく心を躍らせている表情を浮かべているのを見かけたんです。ドイツ艦娘の同僚とも話し込んでいましたが、少し興奮した様子で母国語で語り合っていました。青葉はドイツ語はほんの少ししか分からないので、グラーフ・ツェッペリンさん達が何を話していたのかは理解できませんでしたが」
「なるほどです」
いずれにせよ、深海棲艦の空母機動部隊との艦隊戦を前に、一旦「マティアス・ジャクソン」に行って作戦会議をする事になるから、その際にフォン・リヒトホーフェンと話をする事も可能かもしれない。
ジブラルタル基地を出立し、西部進撃隊の後を追いかけて来た高速補給艦「オルカ」「ホワイト・ドルフィン」の二隻が、「マティアス・ジャクソン」以下の艦娘母艦隊と揚陸艦隊と合流する。最も規模の大きい「ホワイト・ドルフィン」が「マティアス・ジャクソン」と並走しながら補給作業を開始する中、「オルカ」は合流した「マティアス・ジャクソン」から先行する「ズムウォルト」の現在位置を確認すると、艦隊から分離して単艦で「ズムウォルト」の後を追った。
「ハイラインポスト、接続用意」
「各部署は補給作業にかかれ」
当直士官や補給科の科長のアナウンスが「マティアス・ジャクソン」の艦内にスピーカーを通して響き渡る中、補給物資を積んだMV-38コンドルが「ホワイト・ドルフィン」から発艦して、「マティアス・ジャクソン」へと物資のピストン輸送を行う。
飛行甲板上に山積みになって行く各種物資のコンテナを、乗員達やトレーラーやフォークリフトが一階層下のハンガーデッキに下ろす作業を行う中、飛行甲板の端で作業の邪魔にならない様佇む一人の艦娘がいた。空母艦娘のグラーフ・ツェッペリンだ。
新規着任の空母艦娘フォン・リヒトホーフェンは補給物資の後にMV-38で空輸されてくるとの事だったが、待ちきれずにグラーフ・ツェッペリンは飛行甲板の端で補給作業を眺めながら、フォン・リヒトホーフェンが来るのを待った。人手を多く必要とする補給作業だが、艦内業務に慣れていない艦娘を動員した所で勝手が分からずに混乱するだけだから、こうしてグラーフ・ツェッペリンとしては邪魔にならない様に飛行甲板の端で眺めているのが正解だ。
大量の物資コンテナをピストン輸送したMV-38が最後の積み荷を「マティアス・ジャクソン」へ空輸して来る。特徴的な貨物コンテナをぶら下げて「マティアス・ジャクソン」へアプローチして来るのを見たグラーフ・ツェッペリンは、「来た」と短く呟くとシュナイダープロペラを模したヒールをコツコツと鳴らしながら、着艦アプローチに入るMV-38の元へと歩み寄った。
ティルトターボファンエンジンの音を響かせながら、まず吊り下げていたコンテナを下ろし、ワイヤーを解除するとMV-38は航空機誘導員の誘導に従って、「マティアス・ジャクソン」の飛行甲板へとゆっくりと着艦した。ティルトターボファンエンジンのダウンウォッシュに制帽を吹き飛ばされない様に帽子を左手で抑えながら待つグラーフ・ツェッペリンの前で、MV-38のハッチが開き、中から一人の女性が姿を現した。
コツコツと言う鈍い靴音を立てながら女性、いや艦娘フォン・リヒトホーフェンが降りて来る。制服はグラーフ・ツェッペリンのものを紺色に置き換えたようなデザインであり、概ね色違いと言う以外に制服に差異は無い。ただスカートの丈はグラーフ・ツェッペリンのものより長めで、靴はグラーフ・ツェッペリンのものとは違い、比較的すっきりとした、衣笠のハイヒールサンダルの様にヒールにスクリュープロペラが付いた黒のハイヒールだ。
グラーフ・ツェッペリンより血色のいい容姿の綺麗な赤毛の白人女性であり、背丈は素でグラーフ・ツェッペリンよりは高めだ。胸のサイズはグラーフ・ツェッペリンよりは劣るが正規空母とあって相応に大きい。
「ようこそ、フォン・リヒトホーフェン。待っていたぞ」
「お久しぶりです、グラーフ・ツェッペリン先輩」
お互いに踵を打ち合わせて敬礼しながら挨拶を交わす。先輩と呼ばれはしたものの、グラーフ・ツェッペリンからすれば久しぶりに見る顔であり、会う仲でもあった。
「本当に久しいな。ミュルヴィクの艦娘養成学校以来だったか」
「先輩が先に空母艦娘としてデビューしてからこっち、随分待たされましたが、私も空母、それも正規空母としてデビューです。実戦経験では先輩に劣りますが、負けぬ働きをして御覧に入れますよ」
「あまり気負い過ぎるなよ、お前は出来立ての新人だからな。ま、私としてお前の来援は大変喜ばしい。アトミラール・ブシュケッターもようやくお前を戦線投入する事を決断してくれたようで何よりだ。艦載機の熟練度は?」
「完璧です。発着艦、ACM、全て最高の状態に仕上げてきました」
「素晴らしい。時間が許すなら是非見てみたいものだな。さて、艦内へ案内しよう、艦娘母艦の中も初めてだろう? 色々と案内するぞ」
「ありがとうごまいます、先輩」
にっこりと笑顔を浮かべるフォン・リヒトホーフェンに、グラーフ・ツェッペリンも微笑を浮かべた。空母艦娘としての経験は自分の方が長いが、空母艦娘としての戦闘能力そのものはフォン・リヒトホーフェンの方が遥かに優れている。航空機、艤装、全てにおいて、だ。
笑顔を浮かべる赤毛の後輩空母艦娘の顔を見つめながら、グラーフ・ツェッペリンは同時に自分もロートルになったか、とほんのり寂しい気持ちにもなった。
補給艦「オルカ」と合流した「ズムウォルト」でも、補給作業が始まっていた。
ハイラインポストで給油ホースが接続され、軽油がホースを通して送り込まれる一方、クレーンやMV-38を用いてその他の消耗品や食料などの補給物資が移送される。
艦橋では航海長が操艦を担当し、舵を指揮する中、補給作業に関与しない愛鷹は邪魔にならない様に艦橋の隅っこで航海長の操艦や操舵員の操舵をじっくりと観察していた。階級こそ中佐とそこそこ高いとはいえ、根っからの自分自身が航海を行う艦娘が故に軍艦の航海術は全く習っていない。これは愛鷹に限らず殆どの艦娘がそうなのだが、中には海軍水兵上がりの艦娘もおり、艦艇勤務を経験し、更にそこで航海全般を掌る航海科に所属していた艦娘もごく少数だが存在する。
艦橋、と言うよりは航空機のコックピットの様な操舵席に座る操舵員に、航海長が時折コース修正を指示する。補給艦との並走しながらの航行は船乗りにとって、最も高度な操艦技量を要求される。艦娘ならくるっとその場で回れたり、二本の脚そのものを動かす事で簡単に修正が効く操舵も、実物サイズの軍艦となれば巨体が故の反応の遅れや、動き方も異なる。故にこのような洋上補給の時は最も操艦技量に優れた航海科の乗員が操舵を掌る。航海長は最も操艦技量に優れているから現場監督としての意味も含めて、艦橋で直接「航海長操艦」と呼ばれる指揮を執る事になる。
昔ながらの舵輪ではなく、まさに航空機の操縦桿の様なジョイスティックで舵を握る操舵員の動作と、指示する航海長を交互に眺めながら、艦娘の時とは大きく違う操舵に愛鷹は新鮮味を感じていた。知識では知っていても、実際に見て見れば、その要求技量のレベルの高さを思い知る。艦橋内に張り詰める空気はピリッと張りつめており、呼吸をするのさえ慎重になって来る程だ。
「知識だけが、全てでは無い」それが端的に表れている現場だった。
一時間半ほどで給油作業は完了し、物資の移送も完了した。
最後のMV-38が発艦する前、荷物と言う荷物も全て「ズムウォルト」へ降ろしてすっからかんになった機内に愛鷹の姿があった。補給艦「オルカ」はこれから反転してジブラルタル基地へ戻る。その道中、「マティアス・ジャクソン」とすれ違うから、深海棲艦の空母機動部隊へ攻撃を前に「マティアス・ジャクソン」で作戦会議を行うに辺り、第三三特別混成機動艦隊指揮艦として会議に出席するので、次いでがてらに乗せて行ってもらえることになったのだ。帰りは「マティアス・ジャクソン」の艦載機で「ズムウォルト」へ帰艦する。
「リフター1より『ズムウォルト』LSO、発艦準備良し」
≪LSOよりリフター1、発艦を許可する。補給作業、お疲れ様でした≫
「ズムウォルト」の発着艦指揮所との交信を終えたパイロットとコパイが「グッバイ」と別れを告げると、スロットルを上げて、ティルトターボファンエンジンの出力を上げた。ふわりと浮かび上がるMV-38のキャノピー越しに、「ズムウォルト」の航空科のデッキクルーが見えた。赤、青、緑、黄、紫と担当する役割別に色分けされたジャケットの色がはっきりと見えた。
MV-38に乗るのは初めてでは無いが、愛鷹としては割と久々と言えば久々の搭乗経験である。着任当時は日本艦隊や日本方面軍にはまだMV-38配備が進んでおらず、H-60系列やMV-38の原形機ともいえるMV-22オスプレイの最新鋭ブロック機が艦娘輸送を含めた物資、人員空輸の主流だった。今では日本方面軍の地上軍をメインに配備が進んでおり、既に中部方面隊はMV-38の機種変、配備が完了している。
規定高度に達すると、垂直になっていたティルトターボファンエンジンが徐々に水平に向きを変え、推力の向きが変わったMV-38の機体が前へと滑る様に、空を飛行した。原形機のMV-22と違ってターボファンエンジンになった分、若干騒音レベルは上がっているが、技術の改良でターボファンエンジンの騒音レベルは二一世紀の初めにデビューした、或いは主流だったジェット戦闘機のものと比べても随分静かになっている。機内にいる愛鷹の耳に入るエンジンの騒音も、ジェットエンジン系列にしては驚く程静かだった。
軍用機でこのレベルだから、民間機レベルとなるとさらに静穏性が高くなっている。それでいて燃費も改善されているのだから、技術の進歩は文字通り日進月歩である。
五分程度で愛鷹を載せたMV-38は「マティアス・ジャクソン」へ着艦した。
タブレット端末等、作戦会議に使う個人用の諸々の道具を収めたショルダーバッグを肩にかけ、MV-38から降りた愛鷹はその足で「マティアス・ジャクソン」のFIC(旗艦用司令部作戦室)へと向かった。
IDカードを通して入室したFICには誰もいなかった。がらんとしたFICの中で腕時計を見ると、作戦会議までまだ三〇分以上も余裕があった。中途半端な時間に来てしまった事に少し後悔し、暇潰しに艦内の食堂でコーヒーでも飲もうとFICを出て食堂へと愛鷹は向かった。
食堂でブラックコーヒーを一杯注文して、カップに注がれたコーヒーに口を付ける。苦みとカフェインが脳を刺激した。熱々のコーヒーにふう、と口で冷ましながらちびりちびりと飲んでいると、ドイツ語で会話する声が聞こえて来た。会話がする方へ視線を転じると、グラーフ・ツェッペリンと見慣れない艦娘らしき赤毛の女性が談笑しながら食堂へ入って来た。
(グラーフ・ツェッペリンさんの制服と色違いの女性、もしかして青葉さんが言っていた空母艦娘フォン・リヒトホーフェン?)
愛鷹と同じコーヒーを注文して、カップを受け取る二人の姿を見つめながら、愛鷹はフォン・リヒトホーフェンの容姿や制服などをじっくり眺める。制服はグラーフ・ツェッペリンの白い箇所が紺色になった以外は差異は無く、一見、グラーフ・ツェッペリンの姉妹艦娘に見えなくもない。
物珍しそうに見る愛鷹に気が付いたらしいフォン・リヒトホーフェンが、グラーフ・ツェッペリンに一言断ってから、自ら愛鷹に歩み寄って来た。
「Guten Tag. Ich bin Flotte Mädchen Von Richthofen. Wie heißen sie? (こんにちは、私は艦娘フォン・リヒトホーフェンです。貴女のお名前は?)」
「Ich heiße Flotte Mädchen Ashitaka. (私の名前は艦娘愛鷹です)」
ドイツ語で名前を問いかけて来るフォン・リヒトホーフェンに、愛鷹も流暢なドイツ語で答える。
愛鷹の返事に「Ashitaka……」と反芻する様に口にしたフォン・リヒトホーフェンは興味深そうに、愛鷹を見つめた。
「貴女と私は、似た者同士かも知れないですね」
唐突なフォン・リヒトホーフェンのその言葉に、愛鷹は内心ぎくりとした。私の出自を含めて何か知っているのかこの艦娘は? 愛鷹としてもフォン・リヒトホーフェンの出自に関しては不思議、いや疑念に思う所があるだけにその当人から「似た者同士」などと言われると、いささか警戒心が上がるものである。
表情を変えず、いつものポーカーフェイスで相手の顔を見る愛鷹の前で、フォン・リヒトホーフェンはグラーフ・ツェッペリンに「少し、彼女と話をしてきますね」と断りを入れると、愛鷹を飛行甲板へと誘った。警戒心を浮かべながらも、フォン・リヒトホーフェンの出自が気になる愛鷹はこの際、直に彼女に聞く機会であるとも考え、誘いを受けることにした。
飛行甲板に上がったフォン・リヒトホーフェンと愛鷹は、誰もいない艦尾のキャットウォークに向かった。
優雅な足取りで歩くフォン・リヒトホーフェンの後を追う愛鷹には、その足取りや挙動を見るからに育ちの良さを感じさせた。少なくとも、暗くじめじめした施設の中で冷や飯を食らって育って来た自分より恵まれた環境で育って来た雰囲気を十分に漂わせている。
「ここで良いかしらね」
艦尾のキャットウォークで足を止めたフォン・リヒトホーフェンは、くるっとヒールの踵で身体を回して愛鷹と正対すると、再び愛鷹を見つめる。
「似た者同士、と貴女は言いましたが、私と貴女とでどのような繋がりがあると言うのです? 少なくとも私は生れこっち、今日貴女と会うまで貴女の事は知らなかった。同時に私の中では貴女と言う艦娘がこの世に存在する事に、強い疑念を抱いています」
「空母フォン・リヒトホーフェンは史実に置いて建造された事はおろか、計画された事すらない、即ち、この世に艦娘として現出する要素が存在しない。にも拘わらず私と言う艦娘が存在する。その事ですね? 」
愛鷹の考えている事を見抜いていたフォン・リヒトホーフェンがうっすらと口元に笑みを浮かべる。奇妙さと不気味さを漂わせており、只ならぬ存在を愛鷹は感じていた。
「私と言う艦娘がこの世に存在する事が出来た理由が貴女は気になるのでしょう? であらばお答えします」
無言で先を促す愛鷹の前で、フォン・リヒトホーフェンは自らの出自について語り始めた。
「この私、フォン・リヒトホーフェンは本来は空母艦娘グラーフ・ツェッペリンとなる候補生三人の内の一人でした。ドイツ艦娘初の空母艦娘を選出するに辺り、最もそのグラーフ・ツェッペリンとしての適性値に優れた者を選出する為に、適性検査などの過程は慎重に進められました。そして三人の中で艦娘グラーフ・ツェッペリンとなったのが第一候補生のエルフリーデ・クーゼンバウアー、私の一年先輩としてミュルヴィク海軍兵学校でドイツ海軍人として学んでいた人です。私は適性値が一部オーバーフローしていると言う理由で落とされました。
その後、六年余りの月日を私は『万が一、今の艦娘グラーフ・ツェッペリンが戦死した際にその後釜となる存在』としてスペアパーツ的な扱いに甘んじてきました。しかし、去年の事です。私はフォン・リヒトホーフェンと言う空母として就役する事が決まった。
私がフォン・リヒトホーフェンとなれた要因は、超戦艦艤装開発計画プロジェクト・ハリマで実現した技術によるもの。つまり対象艦娘の中に宿る船魂の記憶を人為的に書き換え、この世に存在する事を捏造した。私の身体の中に宿っていた空母グラーフ・ツェッペリンとしての船魂の記憶は外科手術によって人為的に書き換えられ、フォン・リヒトホーフェンと言う空母はかつて存在した事にしたのです。これが最初の強化出術です。
しかしそれだけでは艤装を完全に使いこなすには支障が生じる。愚直にフォン・リヒトホーフェンと言う空母は存在しないと信じる艤装のコアが私を完全に認識出来ない。だから艤装を纏っても反応速度は極めて低く、妖精も付いてこない。そこで第二の強化手術です。私の脳内に人為的に書き換えられた船魂の記憶を増幅させるバイオチップを埋め込み、これにより強制的に艤装と妖精にフォン・リヒトホーフェンと言う空母は存在したと認識させたのです。
こうして人為的に生み出された艦娘として、極めてクリーンなやり方で生まれたのが私と言う訳です。
大和と言う戦艦艦娘の遺伝子を基に、更にその遺伝子を強化した上でクローニング技術で強引に艦娘としてこの世に生み出した貴女とはそこが違う」
なるほどと愛鷹は胸中で頷いていた。フォン・リヒトホーフェンと言う空母艦娘をこの世に現出させた要因は知る事が出来きた。何の事は無い、船魂の記憶を人為的に書き換え、更に不足する分はバイオチップで人為的に作り出した船魂の記憶を増幅しているだけだ。この世に自分と同様にクローン技術で新規に艦娘を作り出すよりも、既存の艦娘候補生に強化手術を施すだけと言う比較的低コストで済む。
「なぜ、私の出自を貴女は知っているのです?」
軍の最高機密である筈の自身の出自を知っているフォン・リヒトホーフェンに、質問を向ける愛鷹に対し、フォン・リヒトホーフェンは簡単そうに答えた。
「いつから貴女の出自は完全に口外無用の機密だと思い込んでいたのです? 私の様な特殊な出自の艦娘には、貴女の様なクローニング技術で生み出された艦娘が存在する事を教えられる権限が与えられている。無論、軍の機密レベルが高い情報です。貴女だからこそこの話をしているのであり、関係ない軍や民間の人間には一言も、示唆するような情報すら話していませんよ。相手がドイツ連邦共和国首相閣下であろうと、国連事務総長だろうと、艦隊総軍司令であろうと私はこの事を明かすつもりは全くありません」
「……その機密の解除が、貴女を滅ぼす事にならないと良いのですがね」
愛鷹のその言葉だけは理解出来なかった様に、フォン・リヒトホーフェンは不思議そうな表情を浮かべて軽く首を傾げた。
思っていたよりも自分の出自に関して、軍内部での情報開示はある程度は進んでいるのかも知れない。始めは最高機密として関係者以外誰も知り得ないクローン艦娘の情報も、恐らくは選抜試験などの情報は隠蔽ないしは秘匿した上で開示されているのだろう。ただ情報解禁がされているとは言っても、その情報を閲覧できる軍関係者は限られているのは想像に容易いし、フォン・リヒトホーフェンの言う通り守秘義務が生じている様だ。
「しかし、プロジェクト・ハリマの技術が貴女をフォン・リヒトホーフェンとして就役させることになっているとは」
「貴女はそのプロジェクト・ハリマの超戦艦艤装を纏う事を想定された、いわば被験者候補の第一号ですよ。私と言う艦娘が生まれるにあたって多少なりともプロジェクト・ハリマの事は知らされましたし、貴女と言う艦娘の事についてもあれこれ情報は開示されました。
何故、クローン個体が貴女しか存在しないのかは敢えて聞きません。知らなくていい事情がある事はどんな事の裏側にも存在する事です」
詮索はしない主義、かとフォン・リヒトホーフェンの性格に納得した愛鷹は、制帽の鍔に手をやりながら軽く溜息を吐いた。もしフォン・リヒトホーフェンを艦娘として現出させる技術がもっと早く完成していれば、自分も惨めな生い立ちをせずに済んだかもしれないのだが、今となってはたらればの話でしかない。寧ろ、自分を生み出したCFGプランの失敗を基にフォン・リヒトホーフェンを生み出す計画が出来たのだとすれば、自分達の犠牲も無駄ではなかっただろう。
「大和や第三三戦隊の仲間以外で、私自身の出自にまつわる話をした艦娘や人間は早々いませんが、貴女も理解ある反応をしてくれて幸いです」
「この世に生まれる者は、皆意味を持って生まれて来る。それだけの事ですよ」
そう言ってフォン・リヒトホーフェンは柔らかい笑みを浮かべた。包容力のある、大人の女性らしい笑みだった。
二〇分後、愛鷹はFICでルグランジュ提督や参謀、それに大和、アイオワ、ビスマルク、ネルソン、ヴィクトリアスと言った艦娘達と共に作戦会議に出席していた。
FICに集った主要メンバーを見渡しながら、ルグランジュ提督は大画面ディスプレイに表示したバレアレス諸島近海のマップと、そこに表示した深海棲艦の艦隊のマークをレーザーポインターで指し示した。
「諸君らも知っての通り、第三三特別混成機動艦隊の偵察結果から、深海棲艦の大規模な空母機動部隊とス級を含む水上打撃群が確認された。
我が西部進撃隊の進撃を重く見た深海棲艦は、大規模な機動艦隊を派遣して、バレアレス諸島近海で我々を食い止める、もしくは撃退する算段と思われる。
敵は空母棲姫級四隻、軽空母ヌ級elite級二隻、更に新型種と見られる正規空母系の棲姫級一隻と軽空母系の棲姫級一隻の計八隻の空母を主体に、護衛の随伴艦艇として超巡ネ級改Ⅱ四隻、防空巡洋艦としてツ級elite級一隻、防空戦闘及び水上戦闘に長けた大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、その他駆逐艦多数からなる空母機動部隊と、そのバックアップと思われる巨大戦艦ス級elite級一隻、超巡ネ級改Ⅱ三隻、大型駆逐艦ナ級後期型Ⅱflagship級二隻からなる水上打撃群を投入して来た。
我が艦隊はこの深海棲艦の大艦隊を、持てる全戦力を持って艦隊決戦を持って迎え撃ち、これを撃滅し、アンツィオへの道、そしてバレアレス諸島奪還を遂行させる。しかし、諸君らも分かってる居るとは思うが、敵の艦隊は極めて強大であり、正面切っての艦隊決戦を挑んだ場合、我が方に甚大な損害が出るだけでなく、ス級の大火力を前に逆に戦線の後退を余儀なくされる可能性もある。
そこで、我が艦隊は二段構えの戦術で敵艦隊を攻撃する。
作戦参謀、作戦内容の伝達を」
指名された作戦参謀が席を立って、大画面ディスプレイの脇に立つと、手持ちのタブレット端末を大画面ディスプレイと共有させ、作戦内容を画面に投影させた。
「敵艦隊は現在、マリョルカ島に展開している前方展開泊地棲姫の元で、先の第三三特別混成機動艦隊から受けた攻撃の損傷修理に当たっているのがUAV偵察で明らかになっています。ただし、ス級を旗艦とした艦隊はバレアレス諸島の北方に展開している他、被害を受けなかった、あるいは軽微で早期に修理完了したと思われるハ級後期型やイ級がピケット艦として方々に展開している事が確認されています。
我が方はまず第三三特別混成機動艦隊の全艦を持って、前方展開泊地棲姫の元で整備、修理、補給を受けている深海棲艦艦隊を強襲、敵の混乱の誘発と、対空防衛網を破壊、その後は同隊は速やかに現場を離脱。しかる後、本艦隊艦娘の主戦力を持って前方展開泊地棲姫から出撃して来る敵艦隊を掃蕩、撃滅します。
敵空母機動部隊を掃蕩後は、全戦艦艦娘を投入し、ス級以下の水上打撃群と真正面から決戦を挑みます」
深海棲艦の本隊が戦闘態勢に入っていない、いわば寝込みを襲う戦術。停泊中の空母各艦や超巡ネ級改Ⅱと正面切っての艦隊決戦をしては、航空戦力の損耗に繋がるから避けるのは理解出来るし、ネ級改Ⅱの水上戦能力を考えれば、格上の戦艦を多数有する西部進撃隊でも奇襲攻撃に賭けるのは理にかなっている。
「第三三特別混成機動艦隊はマリョルカ島の南部から突入、イントレピッド、伊吹の全艦載機によるアルファーストライクを実施し、敵泊地棲姫と敵艦隊、防空網を攻撃し破壊。特に防空網の要となる対空小鬼eliteを重点的に爆撃してこれを破壊して下さい」
「SEAD (敵防空網捜索)とDEAD(敵防空網破壊)の両方を行え、か」
作戦参謀の説明に第三三特別混成機動艦隊を率いる愛鷹が呟く。
「本艦隊はマリョルカ島の西部より進行。空母艦娘全艦から同じくアルファーストライクを実施。徹底的に空爆を実施し、停泊中の敵艦、敵地上目標、その全てを破壊、撃滅して下さい。一つ残さず、何もかもです。
徹底的な空爆の実施と合わせて大和、武蔵、アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、ビスマルク、ネルソン、ロドネイ、ウォースパイトを中核とする戦艦部隊をマリョルカ島の北部へ突入。ス級elite級及びその他随伴艦艇を物量を持って撃滅します。なお、戦艦部隊の突入を新規に配備した空母フォン・リヒトホーフェンがバックアップ。超巡ネ級改Ⅱとナ級に可能な限りの爆撃を加え、戦艦部隊がス級に火力を集中出来る様、露払いをして頂きます」
投入する艦娘は日本、北米、英国、ドイツ、合わせて約九〇名にも上る大規模なものだ。
艦隊編成を見る限り、六の倍数の定石からは外れた艦隊編成になっていた。もはや隠れっ子なしの正面対決とあって六の倍数に拘る必要もなくなったと言う所だろうか。第三三特別混成機動艦隊にSEADとDEADの両方を行わせると言う事は、マリョルカ島の地上電探警戒棲姫も攻撃対象と言う事になる。
そこで一旦愛鷹は挙手し、作戦参謀に質問の許可を求めた。
「愛鷹中佐、何か?」
「我が隊には、第一撃を加えた後の行動指定はあるのですか?」
「第三三特別混成機動艦隊は、初動の攻撃が完了次第。空母艦娘は母艦『ズムウォルト』へ後退し、水上戦闘部隊は本艦隊の戦艦部隊と合流し、これを援護して貰います。水上戦闘部隊の人選ですが、愛鷹中佐以下、青葉、衣笠、摩耶、愛宕、鳥海、夕張、深雪で充分です。残りは母艦『ズムウォルト』と空母艦娘二人の護衛と直掩に当たって貰います。
今回の作戦では、装甲強襲支援艦『ズムウォルト』を最前線へ前進させ、本艦隊及び第三三特別混成機動艦隊の前線拠点として活動して貰います。作戦に参加する艦娘の補給、医療支援拠点として同艦は前進。展開位置はアイビッサ島の北部トーレ・デ・ポルティナト沖の北一五キロです。そこを最前線拠点とします。『マティアス・ジャクソン』以下の艦隊はアイビッサ島の西部エス・ベルデ島の北部に進出し、『ズムウォルト』をバックアップします」
「了解です」
承服して下がりつつも、愛鷹の中では自分の部隊がス級と対峙する事になる戦艦部隊の支援に回されると言う事に、嫌な予感を感じていた。まさか、唯一艦娘の中でス級を撃破した事がある自分を編入する事を前提に組んでいるのではないだろうか?
疑念を浮かべる愛鷹をよそに、作戦参謀の作戦伝達は終わり、作戦前に各部隊のコールサインの伝達に変わった。第三三特別混成機動艦隊のコールサインはランナー、戦艦部隊はアンヴィル、戦艦部隊支援に当たるフォン・リヒトホーフェンにはシュヴァルツェ、空母部隊はシャークのコールサインが割り当てられた。
タブレット端末を片手に、共有される作戦情報を眺める愛鷹の視界外でルグランジュ提督が立ち上がり、作戦開始は明日午前七時、と宣告して解散となった。艦娘や作戦会議に参加した士官たちがタブレット端末をしまって席を立つ中、愛鷹だけは席に座ったままタブレット端末に表示される情報をタップして表示内容を切り替え、眺め続けていた。
一人席に座ったままタブレット端末と睨めっこする愛鷹に大和が一瞬視線を向けたが、何かを考え直す様に頭を軽く振ってFICから出て行った。
「これだけの艦娘が動員されるとは、壮観ですね」
作戦会議から戻った愛鷹が持ち帰った作戦内容を読んだ青葉がヒューと口笛を吹く。
「私を含めた第三三特別混成機動艦隊の艦娘部隊が、ス級と戦う事になる戦艦部隊もといアンヴィルの支援に当たると言うのが不安な所です。土壇場でフィニッシャーを私に依存すると言う事にならないと良いのですが」
「まあ、ス級が楽な敵じゃないのはもう青葉達の間では常識ですからね。その気持ちと懸念はわかりますよ。一方で。頼りにされているとも取れなくもないです。期待と信頼の裏返しと言えるのでは?」
「そう捉えておきましょうか」
溜息交じりに愛鷹は返しながらコーヒーカップに口を付けた。
旗艦と次席指揮官の二人で作戦内容を確認した後、愛鷹はブリーフィングルームに第三三特別混成機動艦隊の艦娘全員を集めて、「マティアス・ジャクソン」から持ち帰った作戦内容を通達した。
「腕が鳴るわね」
昂ぶる感情を抑えられなさそうに鳥海がメガネを正しながら口元に笑みを浮かべる。やる気に満ちる妹に愛宕がいつものふんわりとした表情で、しかし目はキリっとした視線で鳥海と摩耶に言う。
「四戦隊全員投入ね。水上砲戦で四戦隊が集中投入されるのも珍しい事よね。でも、高雄が聞いたら嫉妬しそうね」
「高雄、まだ復帰出来ないのか?」
そう尋ねる摩耶に愛宕は補給艦「オルカ」に積まれていた手紙でしった長女の現況を二人に伝えた。
「回復して、今は欧州総軍司令部で日本艦隊の臨時秘書艦だそうよ。武本提督の下で働いているって。でも前線には出たいって書いてあったわ」
「あいつもあいつで鳥海に負けず劣らずの武闘派だもんな」
「って言うより、四戦隊全員、戦闘大好きな武闘派でしょ」
苦笑交じりに言う摩耶に対し、横から衣笠が口を挟んだ。彼女なりの賞賛の念を込めてだったが、頭脳派を自称する鳥海はその例えに少しだけ不満そうな表情を浮かべた。
作戦内容を表示したタブレット端末を両手で持って読んでいた瑞鳳が、少し溜息を交えながら呟く。
「今回は愛鷹さんと重巡戦隊、それに深雪が最前線を張るんですね。瑞鳳はまたも後方支援ですか」
「瑞鳳は前線張れる様な装備も艤装もしてないじゃない、しょうがないわよ」
気を落とし過ぎるなと夕張が瑞鳳の肩をポンポンと叩いて慰めるが、瑞鳳としては不満が残る様だった。ここ最近は後方での艦隊支援に徹している事が多いだけに、最前線に出て航空部隊を用いて暴れたい、と言う願望が彼女の中で強く渦巻いている様だった。しかし、第三三特別混成機動艦隊、ひいては第三三戦隊での瑞鳳の役割は対潜哨戒、早期警戒、制空戦闘、戦闘救難士任務であり、対艦戦任務は配備された時から省かれている。
「相手はス級、それに超巡ネ級改Ⅱに大型駆逐艦ナ級か……ハードな目標、口でその名を言うには何ともないけど、実際に対面した時の絶望感は半端ない奴ばかりだな」
攻撃目標としてターゲット・ブラボーと定められたス級以下の水上打撃群のマーカーを見て深雪が眉間に皺をよせ、難しそうな表情を浮かべる。ネ級改Ⅱはネ級シリーズでも超巡に分類されるだけの高脅威目標だし、ナ級ももっとも凶悪と言われるナ級後期型Ⅱflagship級と呼ばれる個体だ。水上戦闘は一筋縄ではいかない事は容易に想像できる。
「でもここを突破できればアタシ達がアンツィオへ行くルート上に立ちふさがる深海棲艦は無くなるも同然じゃない?
本番前の正念場って事よね」
そう返すジョンストンに深雪はその通りだと頷きながらも、壁となる深海棲艦の陣容に流石に渋面を浮かべる。
「難しい戦いになるとは思いますが、皆さん一人一人が全力を尽くしてくれれば、この壁は乗り越えられると信じています。
明日の出撃に備えて、各自食事と睡眠をしっかりとって万全の状態で挑んでください」
一同にそう告げる愛鷹に、第三三特別混成機動艦隊のメンバー全員から「了解」と唱和した返事が返された。
容易な壁越えとならないのは確実だが、ここを越えられればアンツィオだけでなくバレアレス諸島全島の奪還に繋がり、地中海全域の制海権奪還にもつながるだろう。愛鷹もそう考えると武者震いしそうになった。
この壁、どれほど高いか。それは明日分かるだろう。
戦艦ロドネイ(ロドニー)を今回名前のみ登場させましたが、このお話を欠いている時点で未だにE7攻略に至らず、彼女本人がどういうキャラなのかはまだ知らないです。
次回を投稿するまでに友軍艦隊が来援して、イベント海域全クリアしていれば、と思う所です。
RSBCの空母フォン・リヒトホーフェンを基にクリエイトしたオリジナル艦娘のフォン・リヒトホーフェンは久々にクリエイトしたドイツ艦娘でした。彼女が赤毛なのはリヒトホーフェンの異名「レッド・バロン」の赤にちなんでいます(小ネタ)
ではまた次回のお話でお会いしましょう。