≪ヘッドクォーターより全艦に達する。全艦、アルファーストライク、繰り返す、全艦艦娘艦隊発艦開始≫
空母「ドリス・ミラー」から艦娘艦隊の全艦発進の命令が下された。「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」の三隻の大型艦娘母艦の艦尾のウェルドックハッチが開き、三隻ともドックへの注水でやや後方へと傾斜する。
開放されたハッチとその周囲、発艦デッキに立つ甲板員の安全確認を行った発艦士官の発艦合図と共に、三隻から艦娘達が次々に発艦していった。七二名にも上る艦娘が全員発艦していくのはまさに壮観な眺めである。
そんな中、紺の制服に身を包んだフォン・リヒトホーフェンは、彼女と同じく紺の水兵服風や将校服風の制服を着用し、ドイツ艦娘の艤装メーカーであるシュタイナー社製の艤装を構えた軽巡コルベルク、マインツ、アウグスブルク、駆逐艦Z57、Z62、Z68、Z72、そしてドイツ空母艦娘の最先任艦娘であるグラーフ・ツェッペリンの計九名で別働隊であるコールサイン・・シュバルツェを編成していた。随伴の駆逐艦娘は番号しか無い艦娘艦名に不満を持っており、独自にZ57はエリカ、Z62はエルネスティーネ、Z68はリレ、Z72はローザと呼び合っていた。これはこの四人に限った事では無く、急拡大されたドイツ艦娘の中でも駆逐艦娘はZ17型アントン・シュミット以降はドイツ語で駆逐艦の頭文字となるZと番号のみの命名となっていた為、それに不満を持った「番号のみ」ドイツ駆逐艦娘達は独自の女性名を名乗って、普段からそれをコードネームとして活用していた。
大海を航行する興奮にフォン・リヒトホーフェンの胸の中が昂ぶる一方、先輩となるグラーフ・ツェッペリンはいつもの冷静な表情で左右両側に展開する米英の艦娘空母機動部隊を眺めていた。
アメリカ艦隊は空母サラトガを旗艦に、正規空母ホーネット、レンジャー、タイコンデロガ、バンカーヒル、ワスプ、軽空母ラングレーを中核とし、随伴艦に戦艦マサチューセッツ、重巡インディアナポリス、ヒューストン、防空巡ジュノー、軽巡ブルックリン、ホノルル、駆逐艦マクドゥーガル、シンプソン、キーリング他総勢四〇名からなる大規模な空母機動部隊を組んでいる。今回の作戦で最も規模が大きいのが北米艦隊もといアメリカ艦隊の空母機動部隊だった。
英国の空母機動部隊はヴィクトリアスとアークロイヤルを中心に、重巡洋艦モントローズ、ロンドン、軽巡洋艦シェフィールド、ユリシーズ、駆逐艦ジャーヴィス、ジャベリン、エクスプレス、ジェームズなど総計一五名で構成されていた。
更に別働の戦艦部隊。こちらも壮観な並びである。改二化された大和型戦艦艦娘二人を先頭に、続航する形で戦艦艦娘アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、ビスマルク、ネルソン、ロドニー、ウォースパイトが単縦陣を組んで続き、更にその後を重巡艦娘タスカルーサ、軽巡ヘレナ、矢矧、親潮、黒潮、ヘイウッド・L・エドワーズが続いていた。
「動員艦娘総数九七名、艦載機九〇〇機以上。出し惜しみ無しの総力攻撃ね」
アンツィオそしてマルタ島攻略の段階では最大規模の出撃になるだろう。壮観な眺めはフォン・リヒトホーフェンにとって胸がすくような光景だった。
「稼働機は全て発艦準備。攻撃機は全て対艦攻撃装備にて待機」
「Jawohl」
グラーフ・ツェッペリンからの航空戦準備の号令にフォン・リヒトホーフェンは短く了解の旨を返す。彼女の左側にセットされている飛行甲板上にエレベーターで最新鋭のジェット艦載機であるフォッケウルフTa483とMe462が上げられてくる。どちらもまだ初期量産型と言う関係上、本来の想定装備は積めておらずTa483は三〇ミリ機関砲、Me462はパラシュート付き対艦攻撃魚雷を装備しているが、後々に生産が始まるであろう中期生産型及び後期生産型からはそれぞれ空対空誘導弾と空対艦誘導弾の搭載が予定されているジェット戦闘機とジェット攻撃機だ。性能は日本艦隊で運用されている橘花改と景雲改を数段上回る空戦能力と爆撃能力を有しており、世界各国の空母艦娘艦隊の中では最新鋭かつ最強と言える装備であった。無論それを操る航空妖精の練度は充分であり、フォン・リヒトホーフェンは今この瞬間だけ装備で言えば世界最強の空母艦娘と言えた。
もっともそれを鼻にかけて天狗になる程、彼女も自惚れてはいない。航空隊と艦娘の練度では一線級だが、経験の場で言えば彼女も航空妖精も、そして機材も出来立てほやほやの新米そのものだ。文字通り世界最精鋭と名高い日本艦隊の第一航空戦隊の赤城と加賀と比べたら、自分も航空妖精も所詮は得物だけ高性能なひよっこに過ぎない。ただ機材だけが最新鋭なだけでそれを良い事に背伸びしているだけの新米でしかない。
無論その分際である事はフォン・リヒトホーフェンも航空妖精も熟知している。だからこそドイツ空母艦隊の旗艦の座は、最先任のグラーフ・ツェッペリンに預けられていた。
そのグラーフ・ツェッペリンの航空艤装上でも艦載機の発艦準備が進められている。グラーフ・ツェッペリンで運用可能な五六機の艦上機、Fw190T改艦上戦闘機とJu87C改シュトゥーカ艦上爆撃機の内、今グラーフ・ツェッペリンの艦載機の殆どがFw190T改で占められていた。グラーフ・ツェッペリンの艦載機ではネ級改Ⅱ及びナ級の対空防衛網を突破できる可能性は無い。その為彼女の艦載機はその多くが制空戦闘を行うFw190T改で占められ少数のJu87C改が制空戦闘部隊の誘導機として搭載されていた。
グラーフ・ツェッペリンの艦載機数は六〇機にも満たないが、フォン・リヒトホーフェンの艦載機は五割増しの八一機にも上る。半数が制空戦闘機として運用可能なTa483であり、残り半数のMe462も爆装を外せば元はMe262シュワルベの艦上攻撃機仕様である同機でもドッグファイトは可能だ。ただし、両者とも本格的な格闘戦は想定されておらず、その強力なジェットエンジンの推力を生かした一撃離脱戦がメインとなっていた。
艦隊司令部としてはMe462のジェット機ならではの圧倒的な速力を生かした高速対艦攻撃を持って、高い対空戦闘能力を有するネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級の撃沈を企図していた。理にかなった用兵と言える。艦娘艦隊で運用されるジェット機としては初期の部類になる橘花改と景雲改は配備開始時と比べたら照準器の性能は向上しているとは言え、Me462やTa483の備える最新鋭の照準器と比べたらやや劣る所が否めない。
本格的ジェット機完全対応型の照準器を備えているMe462なら、橘花改と景雲改なら一定速度に減速して爆撃を行う必要のある手間を省いて爆撃や対艦攻撃が可能だ。フォン・リヒトホーフェンと同様、航空妖精が未熟ながら正確な爆撃を可能とする要因がここにあった。練度が低くても照準器と言う目がしっかりしていれば目を瞑っていても当てられるような性能を備えていると言ってもいい。
Ta483の照準器は空対空向けに洗練されており、橘花改よりも正確に目標に銃弾を送り込める。信頼と安定性の保証されたドイツ製の艤装だ。
昨日の内から念入りな事前準備と整備を進めていたので、フォン・リヒトホーフェンの艦載機全てに初期生産機体にありがちな初期不良は見られない。最も実際に飛ばしてみないと判明しない不良要素はあるので、全機が発艦してからでないと本当の答えは分からないものだ。
発艦準備を進めるフォン・リヒトホーフェンのヘッドセットにカリカリと言う空電ノイズが走った後、「ドリス・ミラー」から全艦娘艦隊へ作戦開始の号令が下った。
≪ヘッドクォーターより全部隊に告ぐ。作戦開始。繰り返す、作戦開始≫
後方の「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」を母艦とする本艦隊に先行して、「ズムウォルト」から発艦していた第三三特別混成機動艦隊からは伊吹より橘花改と景雲改の二機種からなる一六機の第一次攻撃隊が発艦していた。
ネ20改ジェットエンジンの遠雷の様な轟音を残して、四機の橘花改と一二機の景雲改がコントレイルを引きながら攻撃目標のマリョルカ島へと飛び去って行った。伊吹の艤装上では既に第二次攻撃隊となる四機の橘花改と一二機の景雲改が発艦作業に取り掛かっていた。
第三三特別混成機動艦隊の航空攻撃はまず伊吹の艦載機が敵防空網に一撃を加えて混乱を引き起こし、その間に間髪入れずにイントレピッドの空母航空団がマリョルカ島に配備された深海棲艦の対空火器へ仕上げの爆撃を行うと言うモノだった。伊吹の艦載攻撃機である景雲改の爆装も充分あるが、如何せん頭数が少ない。後方の「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」を母艦とする本艦隊に先行して、「ズムウォルト」から発艦していた第三三特別混成機動艦隊からは伊吹より橘花改と景雲改の二機種からなる一二機の第一次攻撃隊が発艦していた。
ネ20改ジェットエンジンの遠雷の様な轟音を残して、四機の橘花改と八機の景雲改がコントレイルを引きながら攻撃目標のマリョルカ島へと飛び去って行った。伊吹の艤装上では既に第二次攻撃隊となる四機の橘花改と八機の景雲改が発艦作業に取り掛かっていた。
第三三特別混成機動艦隊の航空攻撃はまず伊吹の艦載機が敵防空網に一撃を加えて混乱を引き起こし、その間に間髪入れずにイントレピッドの空母航空団がマリョルカ島に配備された深海棲艦の対空火器へ仕上げの爆撃を行うと言うモノだった。伊吹の艦載攻撃機である景雲改の爆装も充分あるが、如何せん頭数が少ない。伊吹の航空艤装では橘花改と景雲改を合わせても三二機しか乗らない。同じジェット機運用空母艦娘のフォン・リヒトホーフェンやジェット機運用可能な様に改装を受けた五航戦の翔鶴型の翔鶴と瑞鶴の姉妹と比べても圧倒的に少ない。これは元はと言えば改鈴谷型重巡艦娘改装の軽空母艦娘である伊吹をジェット機運用空母に改装した艤装上に来た必然的限界と言えた。
伊吹の航空攻撃に合わせてイントレピッドも攻撃隊を発艦させている。時間差攻撃になる形でイントレピッドからTBM-3Dアヴェンジャー艦上攻撃機、SB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機、そしてF4U-7コルセア艦上戦闘爆撃機からなる攻撃隊が射出されていた。
普段優しそうな佇まいのイントレピッドが鋭い目つきで空を見つめ、虚空へ向けてM1903スプリングフィールド小銃を模した航空艤装を構え、引き金を引くと破裂音の様な鋭い銃声があたりに響き渡り、発射された航空機出現弾が空中で炸裂し、艦載機を出現させる。ボルトのコッキング音と共に新たな航空機出現弾が装填されて、再びイントレピッドが引き金を引くと、再度鋭い銃声と共に航空機出現弾が射出される。
五発クリップにまとめられた航空機出現弾を打ち切ると、新たなクリップをチェンバーに装填し、ボルトを閉鎖する。撃ち出す弾薬が航空妖精の乗る艦娘運用サイズの航空機を出現させる特殊弾頭弾な事を除けば、イントレピッドが行う全てのサイクルはM1903を撃つ時の動作のそれと変わらない。
風向を読み、レティクルを風上に向けて引き金を引く動作を繰り返すイントレピッドの周囲には、彼女と愛鷹、瑞鳳、伊吹を中心とした第三三特別混成機動艦隊一八名全員で構成される輪形陣が展開されていた。
最大戦速でマリョルカ島へと前進する第三三特別混成機動艦隊の任務は、マリョルカ島の対空陣地に対する敵防空網制圧攻撃、いわゆるSEAD攻撃だ。SEADの役割を担う伊吹の攻撃隊がまず敵防空火器の位置を特定、破壊を行い、続けて飛来する事になるイントレピッドの攻撃隊がDEAD、即ち敵防空網破壊攻撃を行うと言うのが第三三特別混成機動艦隊の空母艦娘部隊に与えられた作戦内容だ。
SEADを行う伊吹の艦載機は敵防空網の位置を割り出せればそれだけでも良いと言う所もあった。SEADのSはSearch(捜索)の意味である所からも彼女の航空隊に与えられた任務の意味が分かる。一方のイントレピッドの航空隊が担うDEADの頭文字のDはDestroy(破壊)、即ち確実なる爆撃による対空火器の破壊を目的としている。
ジェットエンジンの遠雷の様な轟音が去って間もなく、イントレピッドの空母航空団の艦上機の、比較的耳に優しいエンジン音で空が満たされていた。輪形陣を組む第三三特別混成機動艦隊の上空で第一波攻撃隊を組んだイントレピッドのDEAD攻撃第一波は、先行してマリョルカ島へ向かった伊吹の第一次攻撃隊の後を追った。
「アルファーストライク、か」
空母航空団の全力攻撃を意味するそのワードを口にしながら、愛鷹は手持ち無沙汰に左手で艦娘艤装用タブレット端末を操作するタッチペンでペン回しをしながら、マリョルカ島へと飛び立っていく攻撃隊の機影を見送っていた。
水上艦娘一筋の身として、空母艦娘の勝手はよく分からない。聞くところではある程度空母艦娘と航空妖精はリンクしているとも聞くが、空母艦娘の脳のどこまで航空妖精とリンクしているのかは分からない。一応愛鷹も航空巡洋戦艦であり、烈風改二を艦載しているが、艦載機とリンクするような処置は受けていない。艦載機が全て戦闘機、航空妖精自らがその場で判断し、決断する所に委ねられた機体しか積んでいないから空母艦娘の様な「航空妖精とリンクする」と言う事が無いのかも知れない。
一番身近な空母艦娘である瑞鳳はそこの所、どのように感じていたのだろうか、と疑問に思った時、以前北海での作戦時に艦載機が撃墜され航空妖精が犠牲になった時、自分に身をうずめて来た瑞鳳の姿を思い出した。ある種空母艦娘と航空妖精は一心同体なところがあるのかも知れない。自身の半身の様に感じている存在が航空妖精と言えるのだろう。
思い返せば四航戦の伊勢と日向、最上などは水上戦闘艦艦娘でありながら、艦載機である瑞雲を駆使した航空攻撃を行う空母と水上艦を折半した任務を担っている。恐らくは彼女らも航空妖精とは密接にリンクしているのかも知れない。
「艦娘と航空妖精の接続。私は所詮はどこまでもやっつけ仕事の半端者か」
自嘲気味に嗤う愛鷹だが、目は笑っていなかった。
≪タイタン3-1より伊吹。タリー・ツーオクロック・ロー。対空小鬼四基を確認した、爆撃を開始する≫
≪ウォーバード1-1より伊吹。対空小鬼三基と砲台小鬼三基を確認。プッジ・マジョーの山頂に地上電探警戒棲姫を確認。我が隊は地上電探警戒棲姫を攻撃する。Cleard Hot(攻撃開始) ≫
二つの攻撃隊から対空火器となる対空小鬼と砲台小鬼の位置が次々に母艦となる伊吹へと送られる。マリョルカ島の最高峰の山、プッジ・マジョーには地上電探警戒棲姫が鎮座しており、対水上、対空警戒レーダーアレイを構築して空と海の警戒を担っているとの事だった。
深海棲艦の電子の眼を先に潰す事に決めたウォーバード1-1こと景雲改が、地上電探警戒棲姫に対して爆撃コースに入る。その周囲の対空小鬼と砲台小鬼それぞれ二基に対しては、ウォーバード2編隊の四機が攻撃を開始していた。ウォーバード1-1率いるウォーバード1編隊の四機は、胴体下に抱いている五〇〇キロ爆弾を地上電探警戒棲姫に叩き付け、これを破壊するべく突入進路を確保し、スロットルを調節しながら投弾態勢深海棲艦の電子の眼を先に潰す事に決めたウォーバード1-1こと景雲改が、地上電探警戒棲姫に対して爆撃コースに入る。その周囲の対空小鬼と砲台小鬼それぞれ二基に対しては、ウォーバード2編隊の四機が攻撃を開始していた。ウォーバード1-1率いるウォーバード1編隊の四機は、胴体下に抱いている五〇〇キロ爆弾を地上電探警戒棲姫に叩き付け、これを破壊するべく突入進路を確保し、スロットルを調節しながら投弾態勢に入る。
照準器の中央に地上電探警戒棲姫を捉え、スロットルレバーに掛けた手と操縦桿に掛けた手に加減した力を加えながらウォーバード1編隊が投弾ポイントへと迫る。編隊の後方で後追い射撃になった対空小鬼と砲台小鬼の対空弾が炸裂し、衝撃波が機体を後部から微かに揺さぶる。
軽く触れた様に機体後部から伝わる対空弾炸裂の振動を受け止めながら、それを操縦桿を巧みに操って受け流し、照準器に地上電探警戒棲姫を捉える。風防の端で爆発の閃光が走り、対空射撃の砲声がぱたりとスピーカーのスイッチを切るかのように止む。ウォーバード2編隊が対空小鬼と砲台小鬼を撃破して、対空防衛陣地を撃破した様だ。
気兼ねなく、地上電探警戒棲姫に接近したウォーバード1編隊は投弾ポイントに達すると、コックピットに座る航空妖精が爆弾投下レバーを引いた。乾いた爆弾投下の作動音が機体下部から響き、投下された五〇〇キロ爆弾が吸い込まれる様に地上電探警戒棲姫へと飛び込んでいく。地上電探警戒棲姫自体に対空火器も、防御の装備も無い、文字通り丸腰のターゲットだ。無抵抗のまま地上電探警戒棲姫は四発の五〇〇キロ爆弾の直撃を受けた。
着弾の爆破閃光と爆発、そして衝撃波が機首を上げて離脱に入るウォーバード1編隊の四機の機体を軽く揺さぶった。爆発の衝撃波が音速を超える速度でウォーバード1編隊に追いつき、びりびりと景雲改の機体が震える。その後方で、黒煙と爆炎に包まれる地上電探警戒棲姫がいた。
第三三特別混成機動艦隊の上空で早期警戒機として警戒に当たっていた瑞鳳のターミガン1の逆探(ESM)のスコープから、マリョルカ島から発信されていた地上電探警戒棲姫のレーダー波の波長が消え去った。電波の眼による警戒網をマリョルカ島の深海棲艦は失った。
「敵早期警戒電探アウト。電子の眼を潰しました」
全員に告げる瑞鳳の言葉に第三三特別混成機動艦隊の何人かが良しとガッツポーズをとる。地上電探警戒棲姫による電子の眼による警戒網を失えば、敵はピケット艦として展開させている駆逐艦からの連絡頼りになる。
何人かがガッツポーズをとる中、愛鷹は両腕を組んで静かなトーンで青葉に尋ねた。
「青葉さん、ス級の所在は?」
「現在のところ、偵察部隊は発見出来ていない模様です」
「そう……ですか」
最も憂慮すべきス級を旗艦とした艦隊の所在は不明。脅威度で言えば取り巻きとなる随伴艦を含めて、最も脅威度の高い深海棲艦艦隊の所在がつかめていないのが、愛鷹にとって喉のしこりの様に気がかりで仕方なかった。ス級だけでなく、随伴艦は超巡ネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級だ。艦娘を殺す為の暴力の意思の塊の様な三者の存在こそ、恐らくはマリョルカ島に在泊中の空母機動部隊よりも遥かに恐ろしい存在と言える。
ス級、そしてネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級に対抗する為に国連海軍も大和型改二二隻を含む九隻の戦艦艦娘からなる艦隊を出撃させている訳だが、果たして火力差は凌駕出来ているのか、それとも拮抗しているのか。
あれこれ考えている間に、イントレピッドから彼女の載機部隊がマリョルカ島島内に展開する深海棲艦の対空火器に対して空爆を開始した事が告げられた。
マリョルカ島のサンタニ、カンポス、エル・ブエルト、そしてパルマデマリョルカの旧市街地に展開する対空小鬼と砲台小鬼に対して、TBM-3DとSB2C-5が爆撃を開始した。地上電探警戒棲姫が破壊された事で、正確な対空射撃が困難になった対空小鬼と砲台小鬼だったが、それでも噴水の様に対空砲火を撃ち上げ、空中で炸裂した対空弾が炸裂音と共に黒い染みの様な爆炎を青空に点々と作り出す。
激しい対空砲火と至近距離で炸裂する対空弾の衝撃波と散弾に機体をゴンゴンと叩かれながら、爆弾投下コースを維持したTBM-3Dの編隊が、胴体下の爆弾槽のハッチを解放し、内部に抱いていた一〇〇〇ポンド爆弾を投下する。航空妖精が照準器を覗き込み、レティクルが対空射撃を行う対空小鬼と砲台小鬼に合わさると投下レバーを引き、重々しい機械音が響き、摘まみ上げられたように重量物を投下したTBM-3Dの機体が浮かび上がる。
空気との抵抗音を響かせながら降り注ぐ爆弾の雨が、砲台小鬼を捉え、直撃の爆破閃光と爆炎が同時に走る。対空砲火を撃ち上げていた砲身がへし折られ、大きく抉られた砲台小鬼の砲台部分から紅蓮の炎が噴き出す。大火災に包まれる砲台小鬼の炎は死を更に求めるが如く、隣の砲台小鬼にも火焔を及ばせる。
SB2C-5ヘルダイバーの編隊がダイブブレーキの降下音を響かせながら急降下爆撃を開始する。操縦桿を握る航空妖精たちが照準器を除きながら、軸線を対空小鬼に合わせ、投下高度まで一気に急降下していく。Gが航空妖精をシートに押し付け、指一本動かすのも難しくなりかける中、一機のヘルダイバーが対空小鬼の砲撃を食らって爆発、四散する。流れ星の様に四散したヘルダイバーの残骸が燃えながら地面へと落ちて行く。
更に一機のヘルダイバーが被弾する。こちらはダイブブレーキを含めた右翼をへし折られ、制御不能になった機体が駒の様にぐるぐると回転しながら眼下の大地に向けて死のダイブを始める。
「二番機被弾、三番機も被弾!」
「四番機は付いて来てるな?」
「ケツにしっかり付いて来てます!」
後部の銃座に収まる航空妖精に編隊僚機の内、四番機が付いて来ているか確認した機長の航空妖精は良しと胸中で頷くと、高度計を見やった。
他の編隊の状況を確認している余裕は無い。眼前の対空小鬼を潰す事以外考えている余裕は無い。
「Bomb the away」
投下高度に達するや、爆弾投下レバーを引き、即座に操縦桿を両手で手前に引き倒す。対空小鬼は地上固定目標だ、狙って投下すれば爆弾はほぼ確実に当たる。
程なく上昇に転じる機体の後方で炸裂音と爆発音が同時になり響き、後部の銃座にいる航空妖精が「ドンピシャ!」と喚いた。
機体を水平に戻しながらヘルダイバーの機長は周囲に視線を向ける。島の髄所から黒煙が上がり、その下で対空小鬼や砲台小鬼が爆発炎上しているのが見えた。
尚も対空射撃を行うパルマデマリョルカの対空小鬼に対して、F4U-7の編隊が低空から接近すると、翼下に搭載されたロケット弾を何発か撃ち込んだ。白い糸の様な噴煙を残して対空小鬼にロケット弾が直撃し、爆発の火焔を瞬かせる。仲間の援護をと別の対空小鬼が対空砲の砲身の仰角を下げて、低空から進入するF4U-7へ対空射撃を浴びせる。二機がその砲撃に捉えられ、一機は爆発四散するが、もう一機はフラップと昇降舵を吹き飛ばされて制御不能になりかけながらも対空小鬼に体当たりして刺し違えた。
次第に撃破された対空小鬼や砲台小鬼、撃墜された攻撃機の上げる黒煙で視界が悪くなる中、イントレピッドの第二次攻撃隊が到着し、未だ健在な各地の対空小鬼や砲台小鬼に爆撃を敢行する。黒煙で光学照準が難しくなり、対空射撃の精度が低下する対空小鬼と砲台小鬼の対空砲火を掻い潜った第二次攻撃隊のアヴェンジャー、ヘルダイバー、コルセアが爆弾やロケット弾を肉薄して叩き込んでいく。黒煙で視界が悪くなっているのは攻撃隊側も同じだ。故に接近して攻撃する必要があった。
接近戦になった分、第二次攻撃隊の被害は第一次攻撃隊よりも多くなった。対空小鬼と砲台小鬼に距離を詰めて爆撃せざるを得なかった機体に、地上から撃ち上げられて来た対空弾が出迎え、盛大な花火の出迎えを食らった機体が機体を砕かれ、引き千切られ、マリョルカ島の大地へと残骸の雨を降らせた。
島の空一杯にイントレピッドの艦載機のエンジン音が鳴り響き、太鼓を思いっきり叩く様な爆発音がマリョルカ島の大地から鳴る。それらが静まった頃、島の至る所から黒煙が無数の墓標の如く上がっていた。
≪第一次攻撃隊及び、第二次攻撃隊、爆撃完了。BDAは最大と認む。我が方の損害、中≫
「Roger, All aircraft RTB(了解、全機帰投せよ)」
ヘッドセットを通じて二波の攻撃隊の攻撃完了報告を受け取ったイントレピッドが艦載機全機に帰投を命じる。
イントレピッドの艦載機による空爆でマリョルカ島の対空小鬼と砲台小鬼の凡そ半分が破壊され、深海棲艦の対空防御網は壊滅した。これだけ破壊されては効果的な対空迎撃も難しい。
既に第三三特別混成機動艦隊には初動の攻撃を仕替けた伊吹の艦載機が帰着し、伊吹の飛行甲板へと着艦していた。
後の仕事は本艦隊のアメリカと英国の空母機動部隊が担ってくれる。第三三特別混成機動艦隊の出番は一旦ここで区切りがついた。
「旗艦愛鷹より全艦へ達する。これより事前の作戦に従い艦隊を二分します」
「了解」
号令が下るや第三三特別混成機動艦隊の艦娘達は二手に分かれた。愛鷹を先頭に青葉、衣笠、摩耶、愛宕、鳥海、夕張、深雪からなる一群が単縦陣を組んで更なる北上を開始する一方、残る艦娘はイントレピッドの艦載機の収容が完了次第、反転して母艦「ズムウォルト」へと戻る事になる。
「そろそろ奴らも動き始める筈」
マリョルカ島の敵艦隊の本隊が、第三三特別混成機動艦隊の攻撃に応じてやっつけ修理でもいいから在泊艦艇を出撃させて艦娘艦隊に対して邀撃行動に出る可能性はある。それに呼応してス級以下の艦隊も動くはずだ。
総動員艦娘数は九七名、これだけの大規模な艦娘艦隊に気が付かない筈が無い。必ず出て来るだろう。
愛鷹の予想通り、索敵に出ていた青葉の瑞雲から敵艦隊発見の報が飛んだ。マリョルカ島から新型の正規空母級と既知の空母棲姫四隻、超巡ネ級改Ⅱ四隻、軽巡ヘ級一隻、防空巡ツ級一隻、大型駆逐艦ナ級二隻からなる艦隊が出撃してきたと言う。軽空母系の新型艦とヌ級はまだ修理が完了していないのか、それとも補給途上か動いていない。
青葉の瑞雲、アオバンド4からの報告を受け、米英艦娘空母機動部隊からは攻撃隊約三〇〇機が発艦した。空一杯に大編隊を組む攻撃隊はF6F-5、F4U-7、SB2C-5、TBM-3D、更にはコルセアMkⅡ、バラクーダ、ソードフィッシュMkⅢ、スクアと多種多様な機種で編成されていた。全ての艦上攻撃機、艦上爆撃機に対艦攻撃用の爆装が施され、空母棲姫等の空母や高脅威のネ級改Ⅱを屠るべく胴体下にぶら下げた装備の分、重々しさを増したエンジン音を響かせながら飛行していた。
更に米英艦娘空母機動部隊の内、総艦載機数の多い米艦娘空母機動部隊からは、マリョルカ島に布陣する深海棲艦の拠点、残る在泊艦艇撃破の為に対地装備を満載した別動隊約二〇〇機が発艦した。
艦娘艦隊から放たれた大規模な戦爆連合攻撃隊を探知した深海棲艦の空母機動部隊からは、夜猫深海艦戦が迎撃の為に次々に発艦し、艦隊上空で攻撃隊を待ち構えた。攻撃隊を先導していたSB2C-5ヘルダイバーが夜猫深海艦戦の機影を確認すると、直ちにF6F-5とコルセアMkⅡの護衛隊が増槽を切り離し、スロットルを全開にしてフルスピードで夜猫深海艦戦の編隊へ挑みかかった。
青空一杯に急旋回のコントレイルが描かれ、それらが複雑に入り乱れ、交じり合う。曳光弾の火箭が白い線となって青空に引かれるコントレイルを切り裂く様に飛び交い、銃声がほんの少し遅れて響き渡る。F6F-5とコルセアの逞しいエンジン音の咆哮が鳴り、それに負けじと夜猫深海艦戦の不気味な飛翔音が響く。
被弾した両者の機体が黒煙を引きながら高度を落としていき、パッパッとベイルアウトした航空妖精のパラシュートが幾つか空に浮かぶ。練度では航空妖精は充分に熟達しているが、夜猫深海艦戦の練度も負けじと高く、被撃墜されるF6F-5とコルセアの数は少なくない。
≪ダンス3、急旋回で振り切れ!≫
≪スパイク4、右に旋回しろ。ケツにくっついている奴をやってやる≫
≪ロメオ8、左だ! ダイブして躱せ!≫
航空妖精の無線が飛び交い、互いへの警告と指示を受けた航空妖精がコックピット内で操縦桿とスロットルレバー、フットレバーと格闘し、機体そのものをぐいぐいと動かして夜猫深海艦戦との激しい格闘戦を繰り広げる。旋回時の荷重Gに耐える為に航空妖精が意識を保つために喚き散らし、ブラックアウトで黒く狭くなる視界の中で捉えた夜猫深海艦戦に向けて射撃トリガーが引かれる。外れる事も有れば、命中して夜猫深海艦戦が砕け散り、撃墜される事もあった。
そしてその逆もしかりで、背後への警戒が疎かになったF6F-5とコルセアに夜猫深海艦戦が銃弾を浴びせ、瞬く間に大破して飛行不能になった機体が被弾箇所から火災の炎を噴き、黒煙を上げながら眼下の海上へと真っ逆さまに落ちて行く。
ほぼ互角の空戦を繰り広げるF6F-5とコルセアと夜猫深海艦戦だったが、数機の夜猫深海艦戦が護衛隊の防衛網を突破して、攻撃隊に襲い掛かる。後部の銃座からの応射に怯む様子も無く、視界に入った攻撃機に片っ端から銃弾を撃ち込んで行く夜猫深海艦戦によって何機かのヘルダイバー、アヴェンジャーが胴体下に抱えていた爆装を敵艦に叩き付ける前に四散、或いは制御不能になって航空妖精がベイルアウトしていく。
相手がヲ級やヌ級であれば三〇〇機余りの攻撃隊の護衛機でも迎撃に上がって来た深海艦戦は蹴散らせたかもしれないが、全艦が空母棲姫とそれに準ずるクラスの空母となるとそうも行かず、次第に護衛機の防衛網を突破した夜猫深海艦戦の攻撃で撃墜される攻撃隊の機体も増え始めた。全体から見れば決して多いと言う訳では無いが、一機でも撃墜されれば当然対艦攻撃火力はその機体分無くなる。
≪アヴェンジャー2-3がやられた!≫
≪護衛機、何とかしてくれ!≫
≪また誰かやられたぞ!≫
襲われる攻撃隊の航空妖精が上げる悲鳴の様な無線が飛び交う中、依然健在な先導のヘルダイバーの航空妖精が眼下に見える深海棲艦の空母機動部隊を発見した。
≪コンタクト! 敵艦隊を目視で確認。全機ウェポンズフリー、任意に目標を定めて攻撃開始≫
輪形陣を組む深海棲艦の空母機動部隊を攻撃隊が目視した頃、深海棲艦側も攻撃隊を確認し、高角砲による対空射撃が始まっていた。対空戦闘能力の高いツ級とナ級の高角砲が対空弾を撃ち上げ、なお二〇〇機弱の数を維持している艦娘艦隊の攻撃隊に猛烈な対空射撃で歓迎する。レーダー管制のナ級の対空射撃は正確で、ツ級も速射で撃ち上げる対空弾による弾幕で攻撃隊に鉄の欠片の雨をぶち当てる。
被弾したスクアがプロペラを吹き飛ばされ、推進力を失ったスクアが力なく落下していく。更にソードフィッシュに諸にナ級の対空弾が直撃し、航空妖精がベイルアウトする間もなく機体が木端微塵に爆散して果てる。
ツ級とナ級、数こそ全部で三隻しかいないとは言え、その激しい対空砲火は一機、また一機と投弾前に攻撃隊の機体を空から海上へと引きずりおろし、海面に残骸を叩き付けさせる。遅れてネ級改Ⅱと空母棲姫の対空砲も砲撃を開始し、空一杯に対空弾の炸裂する黒い染みの様な斑点が幾つも出来上がる。
それでも、対空迎撃を搔い潜った攻撃隊の機体が次々に攻撃ポイントに取りつくと、深海棲艦空母機動部隊の全艦に対して攻撃を開始した。
高度を上げていたヘルダイバー、スクアの両者がダイブブレーキを開いて降下速度を調整しながら急降下爆撃を開始し、一方低空へ降りていたアヴェンジャーとソードフィッシュが編隊を維持して胴体下に抱いている魚雷の射点へと吶喊する。深海棲艦も対空砲だけでなく、対空機関砲も射撃を開始し、突入して来る艦娘艦隊の艦載機へと曳光弾をシャワーの様に浴びせる。
その曳光弾の死のシャワーを浴びたアヴェンジャーが機体姿勢を崩して片翼を海面に接触させ、その勢いで横に回転しながら海へと突っ込む。ソードフィッシュが胴体を対空機関砲の対空弾によってずたずたに引き裂かれ、バラバラになったソードフィッシュの機体の残骸が海中へ投げ込まれていく。
損害を出しながらも攻撃隊は投弾ポイントに到達すると、次々に兵装を投下し、離脱に入る。海上に幾本もの雷跡が伸び、空からは数百ポンドの徹甲爆弾が雨の様に降り注いだ。
輪形陣を組む深海棲艦の空母機動部隊は空母の外周を固めるネ級改Ⅱとへ級、ツ級、ナ級に集中して爆撃が命中した。へ級があっさりと魚雷一発で轟沈し、ナ級一隻が二発の爆弾の直撃を受けて航行不能になったところへ二発の魚雷を被弾し転覆する。ネ級改Ⅱの一隻が空母棲姫を庇った際に二発の魚雷と一発の爆弾の直撃を受けて小破程度の損傷を受ける。
空母棲姫も随伴艦が庇いきれなかった爆弾と魚雷が三番艦を捉え、飛行甲板に破孔を多数穿ち、舷側に魚雷直撃の水柱を突き立てる。被弾した飛行甲板と舷側から黒煙を上げて右舷側へ傾ぐ空母棲姫三番艦は一目で発着艦不能の損傷を負った事が分かった。
攻撃隊の爆撃効果を評定する先導機のヘルダイバーの航空妖精は、眼下で黒煙を上げる深海棲艦の空母機動部隊の艦艇をつぶさに確認して、母艦群へBDAを報告した。
「攻撃隊、爆撃を完了。BDAは中。へ級一隻、ナ級一隻撃沈確認、ネ級改Ⅱ一隻小破、空母棲姫一隻中破、発着艦不能。第二次攻撃隊の用を認む」
対艦攻撃部隊が空母機動部隊を攻撃していた頃、対地攻撃部隊はマリョルカ島の深海棲艦の陸上拠点への空爆を開始していた。
未だ健在な対空小鬼と砲台小鬼、それに予想通り展開中の前方展開泊地棲姫に対して、SB2C-5ヘルダイバー、F4U-7が爆弾とロケット弾を撃ち込んで行く。地上電探警戒棲姫のレーダー管制網を失った対空小鬼と砲台小鬼は各個独立照準で攻撃隊を迎え撃ったが、ヘルダイバーを数機撃墜するに留まり、逆にヘルダイバーとF4U-7の空爆で更に被害を増やしていった。トーチカ系の対空小鬼と言えどそこまで頑強と言う程でも無く、正確に撃ち込まれるロケット弾によって動きが鈍ったところへヘルダイバーの爆弾がとどめを刺す。
島中に展開する対空小鬼と砲台小鬼が破壊されていくのを眺めていた前方展開泊地棲姫にも、爆弾を満載したヘルダイバーとアヴェンジャーが群がる。前方展開泊地棲姫の艤装内で修理、整備中のヌ級にアヴェンジャーの水平爆撃の爆弾が命中し、紅蓮の炎を被弾箇所から吹き上げてヌ級が擱座する。ヘルダイバーの投じた一〇〇〇ポンド爆弾が前方展開泊地棲姫に直撃し、脆い陸上深海棲艦が備品や物資に引火した火災の炎に包まれ、その炎に文字通りのた打ち回る。停泊中のヌ級が強引に艤装を展開して迎撃機を発艦させようと試みたが、発進口から艦載機が発進する前にその発進口に爆弾が飛び込む。艦内の格納庫で爆発した爆弾によって誘爆の炎と火花に包まれたヌ級がそのオレンジ色の炎の中に全身を隠される。
留守番役兼防衛担当のハ級後期型二隻が貧弱な対空兵装で応射を試みるが、放たれる対空弾は攻撃隊に掠りもせず、爆撃を完了した攻撃隊は編隊を組み直して母艦群へ帰投した。
敵迎撃機及び随伴艦の迎撃激しく攻撃効果は不十分。第二次攻撃隊の必要を認む。その報告は第三三特別混成機動艦隊の元にも共有されていた。
「空母棲姫級が五隻もいるとあってはやはり迎撃機の防戦も激しいか」
「それもありますし、ネ級改Ⅱを始め艦隊構成艦の回避能力が高い個体揃いなのもあると思います」
空母棲姫に留まらず随伴艦の回避性能も高いと愛鷹に言及する青葉に、なるほどと頷きながらもう一つ共有されてきた情報に愛鷹は目を向ける。
「損耗率一八パーセントね……」
決して攻撃隊が被った損害は軽くない。護衛機、攻撃隊機含め、被撃墜機の数は多い。大半が夜猫深海艦戦によるものだ。空母棲姫級と新型正規空母級計五隻分の直掩機となればやはり護衛機を上回る手数にはなるから、いくら護衛機が優れていようと完全に防ぎきるのは無理がある。
今のところ深海棲艦の空母機動部隊からカウンターの攻撃隊が発艦する様子は確認されていない。一隻発着艦不能にされた分、深海棲艦の空母機動部隊の手駒は一つ減っている。残る四隻から攻撃隊を差し向けて来るとして、その対象は果たして戦艦部隊であるアンヴィル隊か、第三三特別混成機動艦隊のランナー隊か、米英混成空母機動部隊のシャーク隊か、戦艦部隊直掩空母部隊のシュバルツェ隊か。
タブレット端末を艤装から引き出して、愛鷹は現在の彼我の状況を確認する。深海棲艦の空母機動部隊の現在位置はマリョルカ島北部。ス級以下の艦隊は現在位置は不明。マリョルカ島に展開する陸上深海棲艦は甚大な損害を被っており、脅威度は大幅に低下している。上陸部隊が上陸作戦を行い地上戦を行えばマリョルカ島の陸上深海棲艦の残りは片づけられるだろう。
青葉の瑞雲はマリョルカ島の東部を中心に重点的に索敵網を形成している。稼働全機を発艦させての索敵網だ。今は見つからずとも自ずとス級以下の艦隊は発見出来るだろう。そのス級対策の戦艦部隊はマリョルカ島の北西部に布陣している。一方の愛鷹達はマリョルカ島の西部、エル・プエルト沖を航行中だ。二時間もあれば戦艦部隊であるアンヴィル隊と直掩空母部隊のシュバルツェ隊と合流出来るだろう。
深海棲艦の空母機動部隊に対する航空攻撃が行われて一五分余りが過ぎた頃、「ドリス・ミラー」艦載機であるE-2Dホークアイがシャーク隊へ向けて前進して来る深海艦載機群を捕捉した。
≪ホークアイ010よりシャーク隊各員へ。レーダー・コンタクト、参照点より方位〇-四-三、高度五〇〇。機数三〇〇機。深海艦載機群戦爆連合と認む。対空警戒赤、全艦対空戦闘用意≫
「主よ、どうか我が手と我が指に戦う力を与えたまえ、主は我が岩、我が砦、我を救う者なり」
制服の胸部の上に輝く十字架を握りしめ、祈りの言葉を唱えながら艤装に備えられている主砲の砲身を空に向けるユリシーズに合わせる様に、アークロイヤルとジャーヴィス、ジャヴェリン達が「Amen」と呟く。
深海艦載機群接近の報を受けて、既に米英空母機動部隊からは直掩機が発艦して迎撃態勢を整えている。
従軍尼僧と言う身分では無いが、ユリシーズの祈りの言葉にプロテスタント信者揃いの英国艦娘達が「Amen」の言葉を口にして、対空戦闘に備える。
同じシャーク隊を構成するアメリカ艦娘艦隊ではサラトガだけ、「シスター・サラ」の愛称らしく軽く祈りの言葉を呟いていたが、彼女は英国艦娘と同じキリスト教徒でも宗派はカトリックだった。
遠くその空から不気味さを漂わせる深海艦載機群の飛翔音が近づいて来る。キリスト教信者揃いのシャーク隊からすれば悪魔が死を告げる呪文を唱えながら迫り来るようにも聞こえて来る。
「Incoming. (来た)」
白い手袋をはめ直したユリシーズが主砲の仰角を調整する。彼女の碧眼が見る先で直掩隊が交戦を開始するのが見えた。F6F-5とコルセアの二機種からなる直掩隊がシャーク隊の加護となる壁となって、深海艦載機群を迎え撃つ。コントレイルと銃火が入り混じり、交戦の音が空に響き渡り、海上のシャーク隊にもその音は届いた。
直掩機として割く戦闘機の数が一〇〇機にも満たないのもあって、突破されそうな様子が見えるが、それでもF6F-5とコルセアの混成編隊はよく奮戦している様だった。
だが深海攻撃哨戒鷹を始め、次第に攻撃機が迎撃網を突破し始めた。五〇機程の深海棲艦の艦攻、艦爆が直掩隊を突破してまずアメリカ艦隊へ向かう。遅れて更に三〇機程が英国艦隊に向かって来た。
「本艦の目標、敵艦載機群。一番から四番砲塔、対空戦闘、撃ち方用意」
既にユリシーズの主砲である五・二五インチ連装主砲には対空弾が装填され、砲撃開始の合図を待っていた。その他にもポンポン砲も砲員となる砲術妖精が配置について銃身を空に向けて待機している。
「レーダー測距。目標、ビジュアルコンタクト。目標トラック2345、主砲砲撃始め! Shoot, Shoot, Shoot!」
対空レーダーによって管制されたユリシーズの主砲が接近する深海艦載機群を捉え、砲撃を開始した。装填されているVT信管対空弾が撃ち上げられ、レーダーによって正確に照準を合わせられた対空弾がまず深海攻撃哨戒鷹の一機を捉える。見た目はドラム缶を足に吊り下げた鳥の様な深海攻撃哨戒鷹が近接信管によって作動した対空弾の炸裂の爆発に巻き込まて、片翼をもぎ取られて姿勢を立て直す事が出来なくなりぐるぐると回転しながら海上へと落ちて行く。
次に夜深海艦爆がユリシーズの砲撃で仕留められる。至近距離で炸裂した対空弾の散弾を全身に浴びた夜深海艦爆がずたずたに機体を切り裂かれ、シュレッダーにかけられた紙辺の様に砕け散る。続いてユリシーズの四番主砲が放った対空弾がもう一機の夜深海艦爆を捕捉し、こちら直下で爆発して夜深海艦爆をアッパーカットを食らわせた様に跳ね飛ばし、胴体下に抱いていた爆弾の誘爆を促した。
英国艦隊の中でも対空艦として特に優れているのがユリシーズだった事もあり。他の艦娘達は暫く射撃を控えていたが、次第に距離が縮まつにつれて射程の長い艦娘から順次対空射撃を開始した。モントローズ含む重巡勢は主砲と高角砲の両方を発射し、シェフィールドは主砲に掛けられるだけの仰角をかけて対空射撃を開始した。ジャーヴィス。ジャヴェリンら駆逐艦艦娘達も四・七インチ連装主砲の砲撃の火蓋を切り、小口径の対空弾を空に撃ち放っていた。
「左三〇度、敵艦爆急降下!」
艦橋艤装の見張り台から見張り員妖精が空の一点を指し示して叫ぶ。即座にユリシーズは対空射撃を継続しつつ回避運動に入る。
「面舵、両舷前進全速」
冷静に回避運動に入るユリシーズの頭上で夜深海艦爆四機が急降下爆撃を仕掛けて来る。ユリシーズの艤装上でポンポン砲が射撃を開始し、四〇ミリ弾を小気味の良い砲声と共に撃ち上げる。面舵に舵を切る分、慣性で左舷へと傾ぐユリシーズの艤装上でひたすらポンポン砲が弾幕を張り続ける中、夜深海艦爆が爆弾を投下する作動音が周囲の対空射撃の砲声に交じって一瞬聞こえ、空気を切り裂く口笛の様な音を立てて四発の爆弾がユリシーズ目掛けて降り注ぐ。
重々しい着弾の衝撃と水柱が彼女の左舷で突き上がり、硝煙の黒が混じった灰色の水柱が四本、ユリシーズの左舷側で林立する。
「ダメージコントロールより報告、被害なし」
「了解」
応急修理要員妖精から異常なしとの報告を受けるユリシーズは引き続き対空迎撃を行う。艦攻は駆逐艦娘達に任せ、自身はヴィクトリアスを狙う艦爆を攻撃していた。ヴィクトリアスは装甲空母なだけあって艦爆の爆弾の一発二発で発着艦機能を失う様な空母艦娘では無いが、損傷を受けない事に越した事は無い。何よりもユリシーズのプライドが仲間が傷つく事を良しとしなかった。
定期的に対空弾を撃ち上げる主砲と、絶え間ない弾幕を張り続けるポンポン砲、ともすればハリネズミの様な対空射撃を行うユリシーズの砲火を前に、被弾した深海棲艦の艦載機が火だるまになって落ちて行く。英国艦隊に向かって来た攻撃機三〇機余りの内凡そ三分の一はユリシーズの手で仕留められていた。だが更に二〇機程が直掩機の防御網を突破して英国艦隊に向かって来る。
「Kill them all (全て撃ち落とせ)」
ヴィクトリアスに迫る艦爆を見据えながら静かに、冷徹さとどこか氷のように冷たい冷酷さを湛えた声でユリシーズが言う。主砲は絶えることなく対空弾を放ち、ヴィクトリアスに迫る艦爆を一機、また一機と撃墜するか、投弾を諦めさせて爆装を投棄して離脱に追い込んでいた。
対空射撃を続けるユリシーズの右手で金属の衝突音と遅れて炸裂した爆発音、そして悲鳴にユリシーズは苦々しそうに口元を歪めた。モントローズが被弾していた。彼女へ爆弾を投じた深海攻撃哨戒鷹が二機、悠々と飛び去って行く。
「モントローズ、被害報告を」
「こちらモントローズ、被害は比較的軽微。戦闘、航行に支障なし」
ポンポン砲の銃座を一基吹き飛ばされ、主砲一基が故障したものの、当たり所は良かったようで彼女の身体も艤装もほぼ問題は無いようだった。
「ジャーヴィスより各艦、モントローズのポンポン砲が破壊されてカバーできない部分を私がカバーします」
モントローズの傍を航行していたジャーヴィスが彼女の援護に入る。小柄なジャーヴィスが主砲を撃ち放ちながらモントローズのすぐ傍に位置し、寄り添うように立ち回りながら火力の低下しているモントローズの実質的な防衛に回る。輪形陣を組む英国艦隊に新たに攻撃を仕掛けて来る二〇機の深海艦載機群は対空防御網の中でも一部欠けた形になっているモントローズの方から進入を試みていた。
進入する方向が一方に絞られれば、英国艦隊にとっては火力を投射する方向が一方に定まって逆に好都合だった。全て艦攻、夜復讐深海艦攻二〇機が一直線に並んで突入して来るその鼻先へ、英国艦隊の弾幕が壁となって立ちはだかる。だが低空飛行する夜復讐深海艦攻を近接信管は捉えられない。
「何で、当たらないのよ……!」
苛立ち気味に叫ぶジャヴェリンに、ユリシーズは冷静に主砲の照準を修正しながら返す。
「海面の反射に反応してしまっているのよ、敵機よりかなり手前で爆発してしまってる」
「何がマジックヒューズよ、速く落としなさいっての!」
「まさか仕組みを分かって掻い潜っているって言うの!?」
露骨に苛立ちを滲ませるモントローズの喚きと驚くジャーヴィスの声をよそに、ユリシーズはVT信管対空弾から時限対空弾に切り替え、手動照準で対空射撃を開始した。レーダーの眼が海面の反射でくらんで当たらないなら、海面の反射にくらまない肉眼で狙うまでだ。精度は落ちるが、どの道海面の反射で当たらないVT信管弾を撃っても大差ない。
「ユリシーズ、こちら右舷見張り、敵機方向一一五度、距離一マイル!」
一機がユリシーズを脅威と見たのだろう、単独でユリシーズ目掛けて突入して来る。主砲に続いてポンポン砲が銃身に俯角を取って射撃を開始する。機関砲はレーダーと連動していない目視照準なだけに当たるか否かは砲術妖精の手腕にかかっていた。
突っ込んで来る夜復讐深海艦攻の存在に対する興奮と焦りからか、砲術妖精の手元が狂っているらしくポンポン砲の銃弾が当たる様子は無い。落ち着けと言いたいユリシーズ自身、焦りが膨らみつつあった。
四番砲塔付近目掛けて突入して来る夜復讐深海艦攻は爆弾槽を開放して、魚雷投下態勢に入った。
「距離五〇〇ヤード、魚雷投下されます!」
悲鳴の様な報告を上げる見張り員妖精の言葉に、ユリシーズは手動照準に切り替えた主砲を構え、目と鼻の先にいる夜復讐深海艦攻を見据えた。
「外しはしない」
その一言と共に四番砲塔から対空弾が撃ち出され、夜復讐深海艦攻を真正面から捉えた。鼻先に直撃した対空弾によって夜復讐深海艦攻は魚雷投下前に爆砕され、破片が海面に飛び散る様に落ちて行った。
危なかった、とユリシーズが安堵する間もなく彼女は砲塔を回して残る夜復讐深海艦攻に砲撃を開始する。既にジャーヴィス。ジャヴェリン達の砲撃で五機が撃墜され、三機が離脱していたが、残りはヴィクトリアスとアークロイヤルに突っ込んでいく。既に輪形陣の内側に入り込まれていた。一直線に並ぶことで、英国艦隊の対空射撃の照準を自動的に先頭の機体に向けさせる事で後続機を護る戦法だった。
輪形陣の内側に入り込まれては、主砲や機関砲を下手に撃てない。射線上にいる味方の艦娘を誤射する可能性があった。ユリシーズが強引に射撃を行った結果二機を仕留める事は出来たが、それ以上はユリシーズの対空射撃の限界を超えていた。
残り六機の夜復讐深海艦攻に対して、アークロイヤルとヴィクトリアスのポンポン砲と二〇連装七インチUPロケットランチャーが無誘導対空ロケットを展開した。日本製の対空噴進砲と比べてやや弾幕形成力には劣るが、心理的、物理的効果はある程度あった。三機がポンポン砲とロケットランチャーの弾幕に捉えられて爆散し、二機が損傷して離脱を図る。
残る一機はアークロイヤルへと吶喊を続ける。爆弾槽を開き、魚雷投下態勢に入る夜復讐深海艦攻に対し、アークロイヤルは咄嗟に航空機展開矢を引き抜き、アーチェリーの弓の様な航空艤装で構えると、吶喊して来る夜復讐深海艦攻目掛けて直に矢を放った。鈍い直撃音と共に射抜かれた夜復讐深海艦攻が機能を失って力なく海面に突っ込んだ。
ギリギリのところで攻撃を凌いだ英国艦隊が隊列を組み直している頃、シャーク隊を形成するアメリカ艦娘空母機動部隊も陣形を再編していた。駆逐艦娘二人が被弾して「ズムウォルト」へと後退していた以外に損害は無く、じきに帰還する攻撃隊の収容作業準備に取り掛かっていた。
「第二次攻撃隊、発艦準備。各艦準備出来次第発艦開始」
シャーク隊を総括するサラトガの指示通り、被害を免れた空母艦娘の航空艤装上で補給を終えた機体が再度発艦していく。空母棲姫級はまだ健在だ、これを排除するまでシャーク隊の任務は終われない。空母を始末するのは空母の仕事だとシャーク隊のメンバーは認識していた。
一方その頃シュバルツェ隊でもアオバンド7からス級以下の艦隊発見の報告が入り、艦載機の発艦作業が始まっていた。
「攻撃隊発艦始め!」
空母艦娘フォン・リヒトホーフェンのその号令が下るや、カタパルトが次々に艦載機を射出し、ジェットエンジンのキーンと言う甲高い音が鳴り響いた。
航空戦主体となった為、主人公である愛鷹の出番が少ない回となりました。
対空小鬼は前回のイベントで大分苦しめられた経験からの登場です。
あとがきは短いですが、ではまだ次回のお話でお会いしましょう。