艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 九月のランカーで一群入りを果たし、青葉への誕生日プレゼントを果たせて満足のいく九月作戦の結果を知った一〇月三一日の投稿です。


第七四話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅱ

≪アオバンド7より全隊へ通達。ス級以下の水上艦隊を発見。現在地北緯四〇度〇〇六〇七二、東経二度二三六六二七。敵針方位二-三-五、敵速約二〇ノット。敵はナ級二隻と超巡ネ級改Ⅱを先頭にス級と超巡ネ級改Ⅱ二隻が続航する警戒陣にて進撃中≫

「警戒陣? 厄介な陣形で出向いて来るわね」

 

 ス級を基幹とする水上艦隊の陣形を聞いた愛鷹は、苦々しさをたっぷり含ませた苦虫を嚙み潰したように渋面をその顔にうっすらと浮かび上がらせる。警戒陣は艦娘艦隊でも用いられる防御と回避に徹した陣形で、守りを固めた陣形としては最も効果的な陣形であり、敵の攻撃を逆にコントロール出来る陣形であった。陣形の特性上主に四番艦に攻撃が飛びやすくなり、必然的に艦隊では四番艦に最も防御の高い艦を置く。集中砲火を浴びる欠点はあるが、火力を発揮する上では単縦陣と変わらない為砲撃戦に強い。また五番艦以降はもっとも回避がしやすくなり同時に攻撃にも有利だ。前衛となる一番艦から三番艦は艦隊の先頭に傘の様に布陣する関係上、左右どちらかに敵を置いての同航戦や反航戦の際は味方艦が射線方向に割り込む形になる関係上、正面切っての砲撃戦を除き水上戦闘火力を発揮しにくい陣形になるが、代わりに疑似的な単横陣を敷く事になる為対潜攻撃がしやすい陣形となる。

 艦娘艦隊では攻撃こそ防御な傾向から、被害を覚悟での単縦陣が選ばれる事が多い一方で、深海棲艦は警戒陣を用いて粘り強い遅滞戦術や、その陣形の特性を生かして艦娘艦隊に無視出来ない損害を与えるなど、中々に厄介かつ面倒な事を仕掛けて来る傾向があった。艦娘艦隊でも積極的に起用する部隊は勿論おり、過去には戦艦艦娘山城率いる七人の小規模な艦娘艦隊が警戒陣で敵中強行突破して見事深海棲艦の最深部に突入して海峡夜棲姫を撃沈している。

 対空防衛陣形である輪形陣と比べたら、航空攻撃にはやや弱い一面はあるが、単縦陣や複縦陣、単横陣と比べれば警戒陣はその陣形の特性上対空防御効果も相応にあり空爆が通じにくい時もある。

 そんな敵を相手に、フォン・リヒトホーフェンから攻撃隊が発艦していったと言う。実戦は初めてだと言う出来立てほやほやの新参者のフォン・リヒトホーフェンと彼女の艦載機航空妖精だ。素人では無いが、積み重ねて来た経験の全てが後方での安全地帯でのシミュレーションと模擬戦である。陣形に関係なく高い対空戦闘能力を誇るナ級、ネ級改Ⅱ、そしてス級elite級を前にして、どこまでやり遂げられるか。

 シミュレーション専の経験と言えば愛鷹と大差ないが、愛鷹は愛鷹で既に何百時間にも上る実戦経験を経ている。開戦時から戦って来ている戦闘時間数千時間に上る歴戦の艦娘よりは少ない経験だが、それでも一朝一夕の差が愛鷹とフォン・リヒトホーフェンとの間にはあった。

 とは言え勝手の違う水上艦娘と空母艦娘だ。案外愛鷹が心配するほどの事でもないかも知れない。

 彼女と彼女が侍らせる航空妖精の実力を信じよう、そう自身に言い聞かせながら愛鷹はタブレットの錠剤を数錠口の中に放り込んで飲み下した。

 

 喉元を過ぎて胃の中へと食道を通じて溶けていく錠剤を感じながら、そのケースに目を落とす。ここ最近は発作自体は無く、体調は安定している方だが、それは定期的な投薬のお陰と言ってもいい。薬物療法によって強引に整ている様な自身の体調に、いつ崩壊するかと言う先が怪しい暗然とした不安はあった。

 薬中の二文字が脳裏を過る。薬物に頼らなければ、自身の体調は崩壊する。そんなデリケートさを持つ自分と比べたら、薬に自身の身体の安定を委ねていないフォン・リヒトホーフェンは安定している方だと言えるだろう。

 

「羨ましい……」

 

 誰にも聞こえない小声で、空母艦娘と言う艦種と、人としての形そのものへの憧憬が愛鷹の旨の中で湧き上がり、口から零れ出ていた。

 

 

 フォン・リヒトホーフェンから発艦したジェット艦載機はTa483が一六機、Me462が三二機だった。この内Ta483が護衛機、Me462が対艦攻撃装備で出撃していた。この二機種とも攻撃機としても戦闘機としても活用は可能だが、フォン・リヒトホーフェンでの初の実戦運用に当たって前者を艦上制空戦闘機、後者を艦上戦闘攻撃機として運用する事が決まっていた。

 初期型と言う事もあって、本来の運用予定装備であった空対艦誘導弾や空対空誘導弾の運用能力は持た無いが、それでもそれまでの艦娘艦隊に配備されていた橘花改と景雲改を上回る性能を有していた。ジェット機ならではの快速と機動力を生かして、高い対空戦闘能力を持つナ級とネ級改Ⅱ、ス級からなる艦隊への対艦攻撃任務に投入される事となった。

 各四機編隊、ドイツ語でいう所のシュヴァルムを組んだ四八機がス級以下の艦隊が確認された位置へと向かう。一定の距離を保ってアオバンド7が触接を続けているので、現在位置は随時「ドリス・ミラー」のE-2Dを介してアップロードされた。

 機上レーダーのスコープに六隻の艦影を捉えたTa483の一番機がバンクして、後続のMe462に敵艦隊発の合図を送る。

≪ドーラ1よりカエサル1、レオポルト1、目標ビジュアルコンタクト。敵艦隊警戒陣を組んで尚も進行中≫

≪了解、カエサル1からカエサル2、3、4、編隊を率いて前衛三隻に攻撃を開始せよ。レオポルト1から4は全力でス級とネ級改Ⅱを攻撃≫

≪ヤー≫

 カエサル隊とレオポルト隊はそれぞれ四機四個小隊計一六機ずつからなる中隊編成だ。全機の胴体下に高威力のLTF5d航空魚雷二発が搭載されている。LTF5dはLTF5シリーズのドイツ航空魚雷のジェット機対応モデルであり、投下直後に後部からパラシュートが展張される機構の為、発射母機に投下時の大幅な減速を強いず、また弾頭は強固な耐衝撃カプセルに格納されたアクティブ音響誘導システムが組み込まれていた。

 一見、極めて強力な誘導兵器の組み合わせに見えるが、アクティブ音響誘導システムとは言ってもまだ開発されて間もないだけに信頼性、誘導性は艦娘では無い方の通常兵器艦艇が運用する対潜短魚雷や潜水艦の対艦攻撃用長魚雷と比べれば、些細なレベルであった。ただ単にそれまでの深海棲艦の進路を先読みした偏差射撃を求められた無誘導の航空魚雷と比べれば、少しだけ自力で自身を標的へと導いてくれると言う程度でしかない。IQは低いが考える頭が付いただけ随分マシになったと言うところである。

 また耐衝撃カプセルに格納されているとは言え、音速での投下は考慮されておらず、最低でも時速八〇〇キロまで減速する事が投下時の前提条件だった。どれ程鍛えて頭を含めて頑丈になったとは言っても、やはり高速で投げ込まれたら衝撃で脳震盪を起こす人間の頭脳と大差ない。最も時速八〇〇キロの時点でもナ級やネ級改Ⅱの対空砲の追随能力を上回っているから、魚雷側が脳震盪と言う機能不全を起こす前に充分に対応は出来るだろう。

 低空へと降りて攻撃態勢に入るカエサル、レオポルトの両隊に対してナ級とネ級改Ⅱから対空射撃の弾幕が飛来する。高性能な深海レーダーとそれに連動した対空砲がMe462の機体を追うが、機体を横滑りさせながら時速七〇〇キロ以上の速度で突入して来る同機に反応して近接信管が作動した頃には、Me462の機体は対空弾の弾幕をすり抜けていた。虚しくMe462の後方で炸裂した深海対空弾が意味のない炸裂を繰り返す。

 もし日本艦隊の主力艦上攻撃機、流星改や北米艦隊の主力艦上攻撃機TBM-3D、英国艦隊のソードフィッシュ等のレシプロ機であれば、今頃は深海対空弾の散弾の雨を食らって機体を粉みじんに砕かれて、高い技量を持つ航空妖精諸共海の藻屑と化していただろう。だがレシプロ機とは数段違う速度で突入して来るMe462は話が違った。

「シーカー・オン、速度八〇五キロ、コースよし。カエサル1-1、魚雷投下!」

≪カエサル1-2、魚雷投下≫

≪カエサル1-3、魚雷投下≫

≪カエサル1-4、魚雷投下≫

 

 カエサル1編隊が次々に胴体下に抱いていた二発の魚雷を投下する。投下速度は時速八〇五キロ、既定の投下速度より五キロオーバーしていたが、この程度ならパラシュートで緩和出来るから誤差の範囲だ。

 カエサル1編隊が狙ったのは対空射撃を撃ち上げて来るナ級の一番艦だ。四機で全八発の魚雷がパラシュートで海面に減速しながら降下していき、着水と同時にパラシュートを切り離し、弾頭のアクディブソーナーを作動させ、探信音を放ちながら八発の魚雷が航走を開始する。

 魚雷の投下を確認したカエサル1編隊が揃って機首を上げ、エンジンノズルからパワーアップの火焔を吐き出しながら高度を上げていく。操縦席で操縦桿とスロットルレバーを握りしめる航空妖精の視界の端に移る速度計と高度計のメーターが速度と高度を上げて行くにつれて針をぐるぐると回していく。

 ジェットエンジンの甲高い音が響き渡る中、海上では回避行動を試みるナ級とネ級改Ⅱに対して、それを追う様に弧を描く雷跡が何本も海面に描かれていた。カエサル2、3、4編隊も魚雷の投下に成功して既に離脱に入っていた。一六機のMe462が投下した三二発の誘導魚雷は、弾頭のアクディブソーナーから探信音を海中に響かせ、反響して来た敵艦の居場所へ目掛けて自身の舵の向きを変えた。緩やかな弧を描く白い雷跡が、懸命に回避を試みるナ級とネ級改Ⅱへと迫り、程なくナ級の一隻の舷側に二発の魚雷命中の水柱がそそり立った。

 白い水柱はすぐさま真っ赤な火炎とどす黒い黒煙にとって代わられ、左舷に二発の魚雷を受けたナ級が機関停止して緩やかに速度を落としていく。減速していく過程でも二発の魚雷が穿った破孔から大量の海水が艤装内部に流れ込み、ナ級の丸い艦体は急速に左側へと傾いてい行った。

 続いてネ級改Ⅱの一隻が被弾した。四発の魚雷がまとめて直撃したネ級改Ⅱの左足が爆発で千切れ飛び、バランスを失ったネ級改Ⅱの身体が左側へと転倒、転覆する。片足を吹き飛ばされた以上、その超巡ならではの重い艤装を片足で支える事は出来ず、復元不能になったネ級改Ⅱの身体が左側に横倒しになったまま沈黙した。

 深海棲艦の艦隊で被弾したのはその二隻にとどまった。残るナ級とネ級改Ⅱ、そしてス級は辛うじて探信音を放ちながら自分達へと進路を変えて迫り来る魚雷群をその機動力で躱しきり、艦隊の被害を最低限に留めた。

 六隻中二隻撃沈確実、四隻は依然健在。誘導魚雷を用いた攻撃を行ったとは言え、やはりその魚雷の誘導性能は開発されたばかりの発展途上と言うだけあって、完全に目標まで魚雷を導いてくれる程の精度は無かった。数百万ドルの高価な兵器の大半は目標を捉える事が出来ぬまま事実上の海中投棄のような形になった。

 BDAは宜しいとは言い難い。攻撃編隊の損害はゼロだったが、だからと言って手放しで喜べる戦果では無い。

 第二次攻撃隊の要請を母艦艦娘のフォン・リヒトホーフェンへ打電しながら、カエサル、レオポルト、そしてドーラの各編隊は再集結して帰投した。

 

 

≪深海棲艦ス級艦隊への攻撃は完了。BDAは最低、目標への速やかなる再攻撃を行う必要がある。アウト≫

≪了解、ホークアイ010よりフォン・リヒトホーフェンへ。速やかなる第二次攻撃隊の発艦に取り掛かられたし、ブレイク≫

 

 ス級以下の艦隊に対する航空攻撃はどうやら攻撃効果を充分に上げられず仕舞いに終わったらしい。多少は期待していたものだが、新兵器に過度な期待を寄せるのは些か酷だったか。それでも誘導魚雷と言う従来の艦娘が運用する航空機には乗せられてこなかった新兵器を装備していた事もあって、その誘導魚雷の可能性に期待を寄せていたフォン・リヒトホーフェンとしては落乱の吐息がその口から零れた。

 気を落としていても仕方がない。直ちに第二次攻撃隊の発艦作業に取り掛かる彼女に、先輩であるグラーフ・ツェッペリンが伺う視線を寄こすが、何か言おうとした彼女の口はホークアイ010からの「敵機来襲」の通知によって塞がれた。

 依然健在な空母棲姫や新型正規空母級から発艦した約一〇〇機にも上る攻撃隊がドイツ空母機動部隊に向かって来ていると言う。

 輪形陣を組むフォン・リヒトホーフェン、グラーフ・ツェッペリンとその外周を固める軽巡艦娘コルベルク、マインツ、アウグスブルク、Z57、62、68、72の七名が主砲と高角砲、対空機関砲の砲身を空に向け、FuMOレーダーと連動した対空射撃システムが作動する。

「全艦対空戦闘用意」

 最先任でありかつ旗艦を務める艦娘であるグラーフ・ツェッペリンから対空戦闘用意の号令が下命される。同時に彼女の航空艤装からはEw-190T改が次々に射出され、シュバルムの隊形を組んでエンジン音を唸らせながら上昇していく。

「Z72より各艦へ。母艦群直掩隊より三隻が増援としてこちらへ向かってきます」

「見えた、重巡プリンツ・オイゲンとZ1レーヴェリヒト・マースおよびZ3マックス・シュルツの三人を水平線上に確認」

 気を利かせたルグランジュ提督が艦娘母艦三隻と揚陸艦隊の直掩部隊から増援として回して来たプリンツ・オイゲン以下の三人の増援艦隊が、最大戦速でドイツ空母機動部隊へと合流を図る。

「こちらプリンツ・オイゲン。これより空母機動部隊の直掩として合流します!」

「了解した。三人は艦隊前衛に付いてくれ」

 艦隊前衛で対空迎撃を命じるグラーフ・ツェッペリンに対し、プリンツ・オイゲン、レーヴェリヒト・マース、マックス・シュルツの三人から「Jawohl」の返答が返される。

 深海艦載機群が押し寄せる前に外周を固める随伴艦の数を一〇名に増強されたドイツ空母機動部隊の輪形陣が再編を終えた頃、グラーフ・ツェッペリンからは全戦闘機隊が発艦を終えていた。フォン・リヒトホーフェンからも四機のTa483が発艦し、更にアメリカ空母機動部隊からF6F-5二〇機が援軍としてドイツ空母機動部隊のFw-190T改と共にエアカバーに入る。

 輪形陣の最前衛を務めるプリンツ・オイゲンのFuMOレーダーが深海艦載機群を捕捉した時、直掩機として発艦したFw-190T改とF6F-5、Ta483の三機種が深海艦載機群に対して迎撃を開始した。

 ドイツ空母機動部隊の一二人の前方で直掩機が空戦を開始し、中でも直線的なコントレイルを引くTa483が一撃離脱戦法で深海艦載機群の護衛戦闘機を振り切って、深海攻撃哨戒鷹や夜深海艦爆などへ曳光弾の火箭を飛ばす。機首から放たれた曳光弾の火箭が鞭の様に空中を過り、絡め取られた深海棲艦の攻撃機が制御を失って黒煙を引きながら高度を落とし始める。

 銃撃音と爆発音が遠くの空で響き渡る。遠雷の様にも聞こえるそれらが次第にドイツ空母機動部隊の方へと近づいて来る。

「来た!」

 小さく叫ぶプリンツ・オイゲンの眼に四機の夜復讐深海艦攻の機影が入る。低高度へと降りて直掩機の迎撃をやり過ごした敵機四機が自分達の方へと迫る。

「主砲、左対空戦闘。トラック2344、砲撃開始!」

 コンサートの指揮者の様な優雅さを漂わせた手付きで、左斜め前を右手で指し示すプリンツ・オイゲンの腕の向きに同調した彼女のSKC34 二〇・三センチ連装砲四基が砲撃を開始する。四基八門の主砲の砲身から対空弾が鋭い発砲音と共に撃ち出され、四機の夜復讐深海艦攻の鼻先へと弾道を伸ばしていく。

 次弾装填を終えたプリンツ・オイゲンの主砲が再度対空弾を放つ。彼女が第二射を放つ頃、コルベルク以下三人の軽巡艦娘の一五センチ連装速射砲が夜復讐深海艦攻へ向けて砲撃の火蓋を切る。巡洋艦娘四人の対空砲撃が夜復讐深海艦攻の鼻先で炸裂し、起爆と同時に加害半径内にばら撒かれた散弾の豪雨と衝撃波が夜復讐深海艦攻の機体をグラグラと揺さぶり、機体を傷つけた。

 二機の夜復讐深海艦攻の機体が制御不能となって海上へと突っ込んでその丸い機体を海中の底へと沈める中、残る二機に対してZ1レーヴェリヒト・マースとZ3マックス・シュルツの一二・七センチ単装砲が迎撃の砲火を浴びせる。遅れてZ57、62、68、72の主砲が応射を開始した。

 二機の夜復讐深海艦攻に対して外周護衛艦全艦の集中砲火が浴びせられる。濃密な対空弾の散弾の雨を前に、夜復讐深海艦攻は海面を這うようにして掻い潜ろうと奮戦するが、頭を殴りつける様に対空弾が直上で何度も炸裂して行く内に姿勢を保つことが困難になり、一機、二機と高度を失って海面に激突して果てた。

 全機撃墜を確認したグラーフ・ツェッペリンから「撃ち方止め」の号令が下る。彼女自身も主砲艤装を構えて対空射撃の構えを取っていたが、彼女の主砲と高角砲が火を噴く前に、迎撃は終わった。

 だがまだ敵機は押し寄せて来る。夜深海艦爆六機、深海攻撃哨戒鷹八機が直掩機の防戦を潜り抜けて、三方向か「一二〇度から六機、二三五度から四機、三四〇度から四機、接近!」

 三方向から来る深海艦載機群を確認したZ1レーヴェリヒト・マースの言葉に、ドイツ空母機動部隊艦娘達は焦りをその顔に浮かび上がらせる。

「空母だけは死守しろ!」

 コルベルクが一五センチ砲と三・七センチFlak M42、更には二センチ四連装Flak 38まで動員して弾幕を張りながら自身はフォン・リヒトホーフェンへと身を寄せて彼女の盾に入る形をとる。身を挺してでも空母は守る、その意気込みに恥じぬ彼女の対空射撃が二機の夜深海艦爆を撃墜し、一機を損傷させる。ふらふらと酔っ払いの様に覚束ない機体を反転させて離脱していく夜深海艦爆一機とすれ違うように残る三機が高度を取り、急降下爆撃の構えを取る。

 三方向から攻め込む深海艦載機群に対して、既に外周護衛の一〇名だけでは防ぎきれず、グラーフ・ツェッペリンとフォン・リヒトホーフェンの高角砲と機関砲も射撃を開始していた。

 低空へと舞い降りて来た夜復讐深海艦攻が一機、Z72の主砲弾の直撃を受けて爆散し、もう一機がZ68の対空機関砲の曳光弾を浴びて機体をズタズタに切り裂かれて、細断された機体の断片を海中へ投げ捨てる。二機を失ったものの残る二機の夜復讐深海艦攻は魚雷投下ポイントに到達し、爆弾槽から魚雷を投下して機首を上げ、一目散に離脱していく。

 魚雷を投下した夜復讐深海艦攻よりやや高い高度から進入して来た深海攻撃哨戒鷹が爆弾を投下すると、反転離脱せず、逆に加速してドイツ空母機動部隊の直上をフライパスして離脱していった。

「三四〇度から爆弾四発接近!」

 反跳爆撃の要領で投下され、海面を水切り投げで投じられた石のように跳ねながら接近して来る四発の爆弾を見て、アウグスブルクが叫ぶ。

 二三五度から二発の魚雷が、三四〇度から四発の爆弾が接近してくるドイツ空母機動部隊の一同は直ちに回避行動に入った。輪形陣の中心にいたフォン・リヒトホーフェンも取り舵に切って回避を試みるが、その彼女の直上から夜深海艦爆三機が爆弾を投じていた。

「し、しまった……!」

 己の失敗に彼女が呻き声をあげた時、フォン・リヒトホーフェンの飛行甲板に爆弾直撃の閃光が走った。何か大きなハンマーに殴りつけられたかのような衝撃が航空艤装の飛行甲板で生じ、フォン・リヒトホーフェンの細い体が左側へと大きく傾き、右足が宙を浮く。けたたましい破壊音と共に爆発で四散した飛行甲板の破片がフォン・リヒトホーフェンの左頬を切り裂く。

「ダメージコントロール、対応、急げ!」

 発着艦機能を失っては己に課せられた役割を果たせなくなる。ス級以下の艦隊の随伴艦を可能な限り減らすと言う重要な役割を任された身だ、そう簡単に空母としての機能を失う訳にはいかない。

 だがしかし現実は非情だった。飛行甲板への爆弾直撃に気を取られていたフォン・リヒトホーフェンの足元に、夜復讐深海艦攻が投下した魚雷一発が迫っていた。

「リヒトホーフェン! 警戒、魚雷だ!」

 Z62の警告にフォン・リヒトホーフェンが咄嗟に振り向いた時には彼女の足元で魚雷が爆発していた。フォン・リヒトホーフェンの右舷、右足元で夜復讐深海艦攻が投下した魚雷が爆発し、爆風と衝撃が彼女の身体を誰かが突き飛ばしたかの様に再度左側へと大きく傾かせた。

 幸い、フォン・リヒトホーフェンはグラーフ・ツェッペリンを上回る規模の大型空母と言う事もあり、魚雷一発で航行不能になる程やわでは無い。しかしフォン・リヒトホーフェンが姿勢を立て直そうとした時、右足元で異変が起きた。踵に力が入らないのだ。

「なに?」

 何が起きたと足元を見るフォン・リヒトホーフェンの眼に、魚雷の直撃でヒール部分をぼきりと叩き折られた自身のハイヒールが映った。爆発で脱げ飛ぶよりはマシとは言え、片方のヒール部分が無い分、右足だけ爪先立ちを余儀なくされるから些かバランス維持が難しくなっていた。とは言え飛行甲板の被害と合わせて、絶望的な程の損傷とは言い難い。

 深海攻撃哨戒鷹が投下した爆弾四発は海面を跳ねながら最も近い場所にいたZ68の左舷を捉え、彼女の艤装左舷側に接触するや弾頭の信管を作動させ、内部の炸薬に点火し起爆した。Z68の短い悲鳴が上がり、彼女の主砲、対空機関砲、艤装の一部が爆発でもがれ、吹き飛んだ。

 フォン・リヒトホーフェンとZ68の被弾を最後に深海艦載機群の空襲は終わった。残る攻撃機はFw-190T改とTa483、それに米空母機動部隊のF6F-5が防ぎきった。

「全艦、被害報告」

 グラーフ・ツェッペリンから被害報告を求められたフォン・リヒトホーフェンは溜息と共に自身が負った損傷を先輩空母に告げる。

「飛行甲板及び右舷主機に被弾。飛行甲板中破、発着艦は不能。右舷主機は、ヒールが吹き飛んでバランス維持がやや困難。戦闘航行に支障は無し」

「飛行甲板の復旧にどれくらいかかりそうだ?」

「急いでも三〇分はかかります」

「よし、Z62、Z68の怪我は?」

「こちらZ62。68の損傷が大きい。火器管制システムはオフライン。主砲は全て被弾、照準レーダーもダウン」

 何とか姿勢を維持するフォン・リヒトホーフェンが後方に展開するZ68に視線を向けると、左舷側から黒煙を上げるZ68の姿が見えた。Z62が傍らに随伴して肩を貸していた。ドイツ駆逐艦娘固有の紺の水兵帽が吹き飛んでZ68の額から血が流れ出ている。

「了解した。Z62は68を護衛して後方で待機している支援艦『ズムウォルト』へ後退せよ。艦隊は輪形陣を再編し、次の爆撃の備え」

「了解。リレ、行こう。私が手を貸すから」

「ありがとう、エルネスティーネ」

 互いに艦番号では無く、独自に決めた女性名で呼び合うZ62と68が輪形陣から離脱し、反転して艦隊の後方に進出してきている「ズムウォルト」の元へと後退を開始する。応急修理妖精が応急処置に当たるZ68にZ62が随伴する形で退避していくのを見送ったグラーフ・ツェッペリンはヘッドセットの通知スイッチを押して、ホークアイ010に報告を入れる。

「グラーフ・ツェッペリンからホークアイ010。Z68が大破、62を護衛に付けて『ズムウォルト』へ避退させる」

≪ホークアイ010からグラーフ・ツェッペリン、了解した≫

 

 二隻の駆逐艦を戦列から失ったドイツ空母機動部隊は輪形陣を再編し、更なる攻撃に備える構えを取る。依然としてその中心にあるフォン・リヒトホーフェンもハンド消火器も使って飛行甲板の破孔で発生していた火災を消火し、他の艤装部への延焼を起こしかけていた火を消し止めると、飛行甲板にぽっかりと開いた破孔を覗き込んだ。幸い格納庫での誘爆は防げたが飛行甲板に開いた破孔を完全に塞いで、第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊の発艦に着手するにはどんなに急いでも三〇分はかかりそうだ。ぐずぐずしていたら帰投して来る第一次攻撃隊は燃料切れで航空妖精をベイルアウトさせた上で全機洋上着水放棄のやむなきに至ってしまう。高価な機体だ、出来る限りその可能性は押さえておきたい。

 直ぐに応急修理要員妖精と共に飛行甲板の修理にかかるフォン・リヒトホーフェンの右側にグラーフ・ツェッペリンが回り込むと、右の靴のヒールを失ってバランス維持が難しい彼女を支えに入った。

 修理に専念するフォン・リヒトホーフェンが目でグラーフ・ツェッペリンに礼を述べると、礼は無用だと先輩空母の碧眼がそう返した。

 

「増援八隻到着! 陣形、整いました!」

 戦艦部隊であるアンヴィル隊に愛鷹以下ランナー隊が合流を終え、第四警戒航行序列を組み終えると最前衛を務める矢矧がアンヴィル隊旗艦の大和に二三隻に膨れ上がったアンヴィル、ランナー合同部隊の陣容を見て張りのある声で告げる。

 頷いて矢矧に了解の旨を伝えた大和はタブレット端末を引き出して現在の状況の確認に入った。

 ドイツ空母機動部隊が空襲を受けて、空母フォン・リヒトホーフェンが中破、Z68が大破して現在Z68はZ62と共に後方で待機している「ズムウォルト」へと避退中。米英空母機動部隊シャーク隊は深海棲艦の空母機動部隊へ向け第二次攻撃隊を発艦させ、防空巡ツ級大破、空母棲姫二隻を中破に追い込んで着実に敵航空戦力を漸減してはいた。だが撃沈には至っていないから、何れはダメコンで復旧した空母棲姫から再び艦載機が飛んでくる可能性がある。すでにシャーク隊は第三次攻撃隊を間髪入れずに放っており、帰投して来る第二次攻撃隊と入れ違う形になるだろう。

 

「九隻の戦艦艦娘が一堂に会するのは壮観ですねえ。カメラ持って来ていたら是非とも一枚撮っておきたい絵です」

 先行して前進するアンヴィル隊の戦艦部隊の陣容を見て青葉が目を輝かせながら言う。

「いつもカメラ持って来ていない時に限って、良い一枚がその目に映っているんじゃないんですか?」

「いやあ、その通りなんですよねえ~……」

 ちょっとばかしからかい半分、悪戯心半分の気持ちを込めた言葉を返す愛鷹に、青葉はその通りだと苦笑いを浮かべながら左手で頭をがさがさと掻く。図星を指されて苦笑いしか浮かべられない青葉の背後で、ドンマイと声をかけるまでも無くうっすらと苦笑を浮かべる衣笠が顔を軽く伏せる。

 他愛も無い話に花を咲かせるランナー隊に対して、アンヴィル隊の面々は殆ど喋らない。九人の戦艦艦娘をぶつけて果たしてス級の火力を上回れるのか、と言う未知数の課題に緊張しているのだ。戦艦九隻対超戦艦一隻、ス級をヘヴィー級のボクサーに例えるなら九人の戦艦艦娘のランク帯はライト級かミドル級か。いずれにせよ大人と子供程では無いにせよ、火力で差が付いている事に変わり無い。

 一方のランナー隊の第三三戦隊メンバーは逆にその緊張を他愛も無い会話で中和しようとしている所があった。愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪の五人はス級と既に何度か対戦した事がある。今この場にいる艦娘達の中でも最も会敵回数は多いと言える。ス級の超火力に何度も紙屑の様にもみくちゃにされたし、愛鷹に至っては一度死を覚悟した事すらある。五人共ただ黙っているよりは、何かしら他愛も無い話をして緊張感を紛らわせたりでもしていないと、その緊張感のあまり艤装を握る手が震えだしそうな恐怖を心の底で感じていた。

 旧第三三戦隊以外の艦娘達も皆、口には出さなかったがある者は伝え聞く、ある者は目の当たりにしたス級の超火力にひりひりと神経を尖らせていた。ス級だけでなく、随伴のナ級とネ級改Ⅱも脅威他ならない。この世の理不尽さを詰め込んだような相手を前に、全員の脳内でアドレナリンが大量に分泌されていた。

 そんなところへ、ス級の随伴艦への航空攻撃を行っていたフォン・リヒトホーフェンが深海艦載機群の空爆を受けて損傷し、発着艦機能を一時的に喪失した、と言う知らせがホークアイ010から伝えられる。知らせを聞いたサウスダコタがトーンを限りなく落とした小さな声で「Shit」と悪態を吐き、ネルソンも何かぶつぶつと愚痴を呟いた。その他のメンバーも悪態を吐かずとも、一様に険しい表情を浮かべていた。事前の航空攻撃で撃破できた随伴艦はナ級とネ級改Ⅱがそれぞれ一隻だけ。致命的損傷を負わせて戦列から脱落させたのは良いとしても、まだ三隻の随伴艦が残っている。

 復旧には最低三〇分はかかると言う続報に、大和は腕時計を見て、会敵予想時刻を想定する。恐らくはフォン・リヒトホーフェンが発着艦機能を回復させ、直ちに攻撃隊を発艦させたとしても、アンヴィル&ランナー隊の会敵予想時刻にまでは間に合いそうにない。砲撃戦の最中に攻撃隊が到着しても、同士討ちになりかねないから送って来ても意味がない。ただしそれは今の速度を維持すればの話であるから、最低でも両舷前進原速まで落とせばフォン・リヒトホーフェンが発着艦機能を回復させ、第二次攻撃隊をス級以下の艦隊に差し向けるまでの時間を稼げるだろう。

 

「全艦、両舷前進原速、赤二〇。進路そのまま」

 

 全員に減速を命じる大和の号令に全員の主機が減速をかけ、足元で立つ白波が小さくなる。減速した事で潜水艦の突発的な襲撃を受けた場合、即座に回避運動に入る事が出来ない事から、大和は全艦隊に第一警戒航行序列への移行と、対潜警戒を発令した。陣形変換を行い、ヘレナ、矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズ、それに夕張と深雪が対潜爆雷を構えて対潜警戒及び対潜攻撃に備える。一方大和でも航空艤装を展開して対潜哨戒機として活用可能な瑞雲改二を発艦させた。

 ランナー隊でも青葉が航空艤装を展開し、補給を終えた瑞雲を発艦させ、対潜哨戒に向かわせる。

「潜水艦か。居るのか、こんな海域に?」

「どうかしらね……少なくともここに潜水艦は居ない、って言う確かな事前情報は無かったわよね」

 周囲の海面を不安げな表情で見つめる摩耶に、反対側の海面を見つめて対潜警戒を行う愛宕が軽く首をかしげる。

 潜水艦に対して不安を口にする摩耶と愛宕の二人の右翼側を夕張がボールを放る様に爆雷を手の上で放りながら通りかかる。その様を目にした摩耶が夕張からやや距離を取りながら苦言を呈した。

「爆雷を野球ボールみたいにポイポイ放るなよ、あぶねえだろ」

「大丈夫よ、ちゃんとセーフティはかかってるから。今の状態なら摩耶が渾身のパンチを叩きつけても爆発しないわ」

「にしたって爆発物の取り扱いが雑だろ、危険物取扱者試験の資格持ってない訳ないだろ?」

「勿論、兵装実験軽巡だから甲種資格持ちよ。今この場で試験問題出されても答えられるけど、やる?」

「あたしは乙種の資格をいくつか持ってる程度だから、夕張には敵わねえよ」

 降参だと両手を挙げて返す摩耶に夕張は、少しばかり得意げな表情で胸を張る様に爆雷を持つ手と合わせて両手を腰に当てる。最もいくら夕張が胸を張ろうが、摩耶の胸囲のボリュームを前には遠く及ばなかったが。

 とは言え流石に咎めて来る摩耶の言う通りもでもあるから、夕張は爆雷を放るのを止めて、掌の中でぐりぐりと揉みまわす程度に留め、ヘッドセットの聴音に聴覚を研ぎ澄ます事に専念した。パッシブソーナーには潜水艦らしき音は一切聞こえないが、海中内の温度の違いで生まれる変温層による音の伝わり方を深海棲艦潜水艦が熟知して、それを隠れ蓑にして潜んでいるなら話は別だ。夕張を含めてアンヴィル、ランナー両隊の艦娘の多くは地中海を庭の様に覚える程の経験は無い。地理的に北米艦隊のアメリカ艦娘と日本艦娘よりも地中海に地が母国である近い英国艦娘とドイツ艦娘ですら、地中海への派遣はそう経験していないし、変温層のデータまで頭の中には入っていない。

 恐らくは今この場にいる艦娘二三名の中でも最も記憶容量の良い頭脳を持つ愛鷹も、流石に全ての海の変温層の状況までは覚えていないし、教えられてもいない。彼女も靴の爪先に仕込まれたバウソナーもといトウソナーを駆使して、海中内の音に耳を澄ましていたが、聞こえてくるのは味方艦娘の主機のゴロゴロと言う駆動音と推進音だけであり、潜水艦のタンクやポンプが排水、注水する音も、聞き慣れない機関音も聞こえて来なかった。

 パッシブソーナーでの聴音はアクティブソーナーと比べて自身の位置を敵潜水艦に教えなくて済む一方、探知までに非常に長い時間がかかる為、対潜戦そのものが長期戦になる。長期戦になる程、艦娘の神経も注意力も時間を刻む時計の針が進むのと同時にすり減っていく。ス級以下の艦隊と言う最大級の脅威を前にして、尚の事神経を使う対潜戦の警戒態勢はアンヴィル、ランナー隊の全艦娘への負担が更に強まる事の証左だった。杞憂で終わればそれで良いが、油断しきったところでふらっと現れた深海棲艦潜水艦の突発的な魚雷の奇襲を受けては元も子もない。

 聴音探知に耳を研ぎ澄ます愛鷹がヘッドセットに当てていた手を離して、ぐーぱーさせて掌をリラックスさせていると、シャーク隊による深海棲艦空母機動部隊への第三次攻撃隊が攻撃を終えて、ホークアイ010を通してあげて来たBDAが共有されて来た。

 

 既に中破していた空母棲姫に加えて、残存する空母棲姫含めて四隻とも大破沈黙し、残る新型の空母棲姫級も小破と断定できる損傷を負ったと言う。発着艦可能な空母棲姫が減った事で直掩の戦闘機の発艦数も減少したのが重なったお陰で、第三次攻撃隊は深海棲艦の直掩機による迎撃をいとも簡単に突破して爆撃を行えたようだ。

 空母棲姫の殆どを沈黙させたと言う知らせに続いて、随伴艦艇へのBDAも通知される。超巡ネ級改Ⅱは四隻とも小破確定、その他の随伴艦も健在だったナ級は大破、航行不能、大破して単艦離脱行動に入っていたツ級も止めを刺され、深海棲艦の空母機動部隊は随伴艦艇がネ級改Ⅱを除くと全滅していた。

 一方で攻撃隊も直掩機との戦闘と対空砲火により戦闘機、攻撃機共に複数機の未帰還機、損傷機を出したとの事だった。損傷機の損傷の具合によっては航空妖精を下ろした後、廃棄または飛行不能の予備部品取りになるしかない。

 

≪ホークアイ010より全隊に通達。深海棲艦の空母機動部隊は進路を変更、マリョルカ島への撤退行動に移行した模様≫

 深海棲艦の空母機動部隊をその機体上部の皿の様な大型レーダーで捕捉していたホークアイ010のE-2Dから、撤退行動に入った深海棲艦空母機動部隊の動向が、全部隊に向けて通達される。

「よぉし、これで邪魔な空母は脅威ではなくなったな」

 両手を打ち合わせてしたり顔で言う武蔵に、アンヴィル隊の戦艦艦娘達が安堵の気持ちを込めた顔で頷く。戦艦にとっての天敵は航空機だ。どんなに強力な対空砲火を張っても、最悪被弾する事は起こりうる。敵空母の脅威が去った、と言うだけで戦艦艦娘が感じるプレッシャーの度合いは大分異なって来る。

原速で前進するアンヴィル、ランナー隊の二三人が徐々にマリョルカ島北北西へと進入しようした頃、ホークアイ010の電波の眼が深海棲艦の新たな動向を掴んだ。

 

≪ホークアイ010より、全艦娘部隊へ通達。ス級以下の艦隊、増速し最大戦速でアンヴィル、ランナー隊へ向かう。会敵予想時刻修正ネクストワンゼロ。更に敵空母機動部隊より四隻が反転し、ス級以下の艦隊への合流進路を取る。恐らくネ級改Ⅱを分離したものと推定される≫

「拙いわね」

 はっきりと口に出しながら愛鷹は怪しくなっていく雲行きに眉間に皺を寄せた。ス級以下の艦隊が増速した事で会敵予想時刻は一〇分後に修正。これではフォン・リヒトホーフェンからの航空支援が間に合う時間帯では無い。更に小破、損傷して空母と共に退避中の筈の空母機動部隊随伴護衛艦のネ級改Ⅱも反転してス級以下の艦隊への合流を目指している。控え目に言って深海棲艦は艦隊火力を増強して、アンヴィル、ランナーの物量に対抗する気だ。

「敵の艦隊はス級elite級一隻、ネ級改Ⅱの数が四隻増えて六隻、ナ級が一隻、計八隻……くそ、火力が強化されている……」

 戦艦の数では艦娘艦隊が圧倒しているが、ネ級改Ⅱの火力はelite級やflagship級ではないノーマルタイプル級やタ級よりも強力であり、単純に見れば実質超戦艦であるス級に加えて、更に戦艦が六隻いると考えても問題はない。どこかの島影を利用して、と言った地形を駆使しての伏撃もこの海域では出来ない。真正面からの砲撃戦で決着をつけるしかない。

 何隻がやられる事になるだろうか、ふとそんな気まずさと苦々しさがこみあげて来る海戦の結果が愛鷹の脳裏でちらちらと姿を見せていた。

 

 

 ネ級改Ⅱ四隻が合流して火力が強化された深海棲艦の水上艦隊に対して、ルグランジュ提督はネ級改Ⅱ及びナ級対策としてシャーク隊から軽巡ユリシーズとシェフィールドの二人を増援として更にアンヴィル、ランナー隊へ追加する事を決定した。指示を受けた二人は直ちに艦隊を離脱して、先行する戦艦部隊の後を追った。

 

 

 コンコンと執務室のドアをノックする音が響き、デスクトップと向き合っていた谷田川は画面モニターに視線を向けたまま「入れ」と入室を許可した。

「失礼します」

 ドアノブを回して提督執務室の中へと低い足音を立てながら入って来た二人の艦娘の姿に、谷田川はデスクワークの手を止めると席を立って、入室して来た二人を出迎えた。

「一航戦加賀、出頭しました」

「信濃、出頭命令による参上しました」

「ご苦労、かけてくれ」

 空母艦娘の加賀と大和型三番艦の信濃の二人を前に谷田川は応接スペースのソファアに二人を座らせ、自分も向かい側の一人用ソファアに腰かけた。

「加賀、北部方面隊への派遣任務ご苦労だったな」

「有難うございます提督。ですが、護衛対象である船団の護衛を果たしきれなかったのは一航戦として悔恨の極みです」

 いつもの事務的で低いトーンの口調に少しばかり悔しさを滲ませた声で加賀は応える。

「君が居ればどうこうなった、と言う状況でもない。我々が艦娘艦隊を派遣した時点で既に手遅れだった様なものだ。栄えある一航戦のプライドは認めるが、君が居れば何でも解決出来るとは限らん」

「……」

 自惚れるなと言う加賀に自戒を込めさせる為意図的にきつめの言葉をかけた谷田川は、次いで傍らにいる信濃に視線を向けた。

「信濃、君の航空艤装だが」

「桃取さんから話は伺っています。全面的なオーバーホールが必要だと。コンバート艤装を演習で無理に全力運転させた自分の過失でした。申し訳ございません」

「うむ、それで信濃には航空艤装のオーバーホール完了までは戦艦艤装で過ごしてもらう事になるのだが、ここからが本題だ。私は君たち二人を る為に呼んだ訳では無い」

 どう言う事だろう、と加賀が軽く首を傾げ、信濃は眼鏡をかけ直しながら谷田川の顔を見つめる。二人からの視線を「見てくれ」と応接スペースのテーブルの表面ディスプレイに向けさせた谷田川は、タッチパネルディスプレイ式のテーブルのモニターを操作しながら二人に事前に作ったプレゼン資料を見せる。

「深海棲艦の対空防御能力は日増しにインフレーションの一途を辿っている。つい先年までは駆逐艦隊の主力艦はイ級、ロ級、ハ級及びそれらの派生型で構成されていたが、深海棲艦は今年の夏に入ってから大型駆逐艦ナ級シリーズの増備に乗り出した。二人とも知っていると思うが、ナ級の対空戦闘能力はツ級を凌ぐ。更に雷撃戦火力も極めて高い。正面から空母艦娘を突っ込ませて勝利をもぎ取れる程容易い相手ではない。

 そこでだ。君たち二人には空母艦娘として活動して貰ってきたが、もう一つの内なる秘めた才能を引き出す事を海軍総軍が決定した」

 そう言って、谷田川はテーブル表面のディスプレイをスライドさせて新しい画面を表示させた。二人分の艤装の青写真が表示されて、それぞれ「BB KAGA」と「BB SHINANO Kai」の表記が入れられていた。

「この計画はあくまで保険としての一面ではある。君たち二人が空母としての航空団を全滅させられ、手ぶら状態になった時の為の保険としてだ。航空機は深海棲艦の対空砲火で撃墜されるが、砲弾までは撃墜出来ない。その関係を利用する。

 加賀と信濃には明日から三週間の戦艦艦娘強化錬成プログラムを実施する。信濃は今ある戦艦艤装を信濃改バージョンにアップグレードし、加賀は新規の戦艦艤装を新たに製造している余裕が無いので、長門型改二艤装の予備パーツで組み上げた戦艦加賀艤装を与える。

 二人は戦艦艦娘強化錬成プログラムの期間中、第二戦隊の扶桑と山城をそれぞれ教官として戦艦艦娘としての技巧研鑽に励んでもらう」

「戦艦……かつての日本海軍八八艦隊計画で計画された『加賀』の本来の姿を艦娘の代で実現すると言う事ですか」

 ディスプレイと谷田川を交互に見ながら加賀は抑えめのトーンで言う。僅かだがその口調には昂ぶり、興奮が感じてとれた。

 一方の信濃はディスプレイに表示される自身の戦艦艤装の「改」形態の概要を見て、改めて眼鏡の位置を正す。

「主砲を五〇口径の四六センチ三連装主砲改に換装、ですか。使用弾薬は米国製SHS……貫徹能力は大和型改二の五一センチの八割強。並みの深海棲艦の戦艦や重巡相手なら楽勝ですね」

 空母としても戦艦としても両立した役目を果たせる信濃だが、心の中での本業は戦艦艦娘なのだろうか、うきうきとした表情をその顔にはっきりと浮かび上がらせる。戦艦艦娘は総じて深海棲艦と直に殴り合う砲撃戦に興奮する傾向がある。所謂大艦巨砲主義者の集まりと言えなくもない。大きな艤装、威力ある砲弾、強力な主砲、それらの三要素に魅了されるのが戦艦艦娘の特徴だ。

 艦娘として着任してからこっち空母として活躍して来た加賀の表情にも戦艦艦娘固有の興奮が見て取れるところからも、二人には戦艦艦娘としての素質が備わっていると言えた。

「ところで提督。赤城さんにはこのオファーは来なかったのですか?」

 そう尋ねる加賀に谷田川は首を横に振る。

「理由は二つある。一つは単純に空母戦力を必要以上に削る訳にもいかんと言う所だ。一航戦は日本艦隊でも有数の搭載機数を誇る大型空母艦娘部隊だ。戦力的空白を大きくする訳にはいかない。赤城には空母艦娘としてその任を全うして貰う。

 もう一つは赤城は加賀、君よりも速度に優れている。貴重な高速大型空母を戦艦艦娘に転用する訳にはいかん」

「なるほどです」

 

 赤城と加賀、共にその艦娘の名の由来となっている鋼鉄の軍艦だった「赤城」「加賀」共に戦艦八隻、巡洋戦艦八隻を建造する八八艦隊計画で建造された戦艦、巡洋戦艦同士であり、軍縮条約のあおりで空母となった経緯を持つ。艦娘として「赤城」「加賀」の名を継ぐ二人にも空母艦娘としても戦艦艦娘としても運用できる適性があった。

 

「扶桑は加賀、山城は信濃を受け持つ。二人のしごきは厳しいぞ。覚悟しておくんだな」

「望むところです」

「やってやりましょう」

 元気のいい返事を返す加賀と信濃の答えに谷田川は頼もしい限りだと微笑をその顔に浮かべた。




 次回、マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅲをお届けいたします。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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