艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 地味に今回はちょいグロ注意な所があるかもです。


第七五話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅲ

 ス級以下の艦隊と触接を続けるアオバンド7から、アンヴィル、ランナー隊へ相対距離一万メートルを割ったと言う知らせが飛んだ。

「来た……」

 眉間を伝う冷や汗を拭いながら呟く愛鷹はあと一〇分もしない内に会敵する事になる敵艦隊に備え、ランナー隊もとい第三三特別混成機動艦隊のメンバーに戦闘配置の号令を下した。

「全艦、対水上戦闘用意。砲戦用意!」

「合戦準備、合戦準備、全艦砲戦用意」

 続けて二番艦を務める青葉が合戦準備を発令し、愛鷹と青葉からの発令を聞いた衣笠、愛宕、鳥海、摩耶、夕張、深雪が各々の主砲を構えた。愛鷹と青葉も主砲を構え、砲身内に徹甲弾の装填作業が行われた。

 遅れて旗艦大和から陣形変換の指示が全艦娘に通達される。それまで第一警戒航行序列で航行していた艦隊は水上戦闘陣形である第四警戒航行序列へと陣形変換が行われ、矢矧、黒潮、親潮、ヘレナ、タスカルーサを前衛に立てたアンヴィル隊が水上戦闘陣形へと移行する。

 ここで大和からランナー隊へ別の指示が入った。

「ランナー隊は最大戦速で、敵艦隊右舷へ進出。敵艦隊横を攻撃し、右側面を抑えて下さい。その間にアンヴィル隊は敵艦隊正面を抑えます」

「了解。ランナー隊、全艦最大戦速、取り舵。新進路〇-四-五」

 

 愛鷹以下のランナー隊でス級以下の艦隊の右側面を抑えて、島とは言え陸上と言う行動の自由が効かなくなるマリョルカ島方面へ追い込む作戦に愛鷹以下ランナー隊のメンバーは最大戦速へと加速して、大和の作戦指示通りに動いた。最大戦速へ加速し、両足で海そのものを蹴散らす様に高く白波を蹴立てながら八人が分離していく。八人の足元で形成された白波は後方に流れるにつれて航跡へと変わり、八人分の航跡が長く後ろへと延びて行く。

 大和の作戦通りに深海棲艦が動けば、深海棲艦はマリョルカ島方面に追いやられて行動の自由を制限され、そこへアンヴィル隊の一斉砲撃を浴びる事になる。丁字有利は描け無いが、同航戦は描けるだろう。

≪ホークアイ010からアンヴィル、ランナー各艦へ。敵艦隊進路二-三-五、速力変わった、敵速二四ノット。警戒陣から単縦陣に移行≫

 警戒監視に付くE-2Dからス級以下の艦隊の動向がつぶさに送られてくる。ス級以下の艦隊の弱みは制空権を自力で確保出来ない事だ。艦娘艦隊がマリョルカ島近辺の海域の航空優勢を確立している今、弾着観測射撃を行う為の偵察機を出す事も叶わない。強引に発艦させても、愛鷹と青葉の艦載機によって撃墜されるだけである。弾着観測射撃が使えないと言う事は、ス級のアドバンテージでもある超射程砲撃も出来ないと言う事だ。

 愛鷹を先頭に単縦陣で前進するランナー隊の右手側に小山の様な黒い影が見えて来る。間違える筈も無い、巨大戦艦ス級の艤装のシルエットだ。呆れるほど大きい艤装に大口径の三連装主砲を四基備えた巨大戦艦。elite級なので副砲として備わるのは高角砲だ。無印のス級の副砲は一発で超甲巡だった頃の愛鷹の装甲を容易く撃ち抜いたが、elite級の高角砲の対水上火力は今のところ未知数なところが多い。少なくとも大和型の改艤装の装甲を撃ち抜く程の火力は無い筈だが、投射量が非常に多いのが特徴である。

 ス級の後に続く形で六隻の超巡ネ級改Ⅱの姿が見えて来る。同じネ級の名を与えられた重巡級のネ級よりも遥かに強力な個体であり、戦闘面で隙が無い。火力、雷撃力、対空戦闘能力、巡洋艦級として対潜以外のバランスが極めて高い水準で纏まった高性能艦だ。

 そしてネ級の後に続くのは大型駆逐艦ナ級。数ある派生型を持つナ級の中でも最も高水準でバランス良く性能が高く上げられている後期型Ⅱflagship級に属するタイプが一隻。ナ級後期型Ⅱflagship級の放つ魚雷は一発で、通常兵器のイージス艦等の艦艇の船体側面に直径五メートル程度の破孔を穿つ事が出来る程の高威力だ。艦娘が食らったらひとたまりもない。大破は確実だし、下手をすれば一発であの世に送られる。

 アンヴィル隊がス級に集中出来る様に随伴艦艇に全火力を集中する事を愛鷹は決めていた。後続の青葉以下のメンバーもス級に手を出す事はしないだろう。夕張と深雪の持つ魚雷であればス級にある程度のダメージは入れられるかもしれないが、何発撃ち込めば沈むかは分からない以上は下手に手を出さない方がいい。

 

「本艦隊の目標、ス級に続航する超巡ネ級改Ⅱ及び大型駆逐艦ナ級。全艦右砲雷同時戦用意」

「夕張より愛鷹さんへ、ナ級を排除します。深雪、続いて!」

「はいよ!」

 ナ級に対処するべく夕張が深雪を引き連れて先行して突撃を開始する。

 一方愛鷹とランナー隊の重巡艦娘全員の主砲が右舷側へと向けられ、仰角を取り、砲撃開始の号令を待つ。青葉、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶の五人は射撃準備を整えてまだかまだかと焦れる様に攻撃開始の合図を待った。

 HUDでランナー隊の全員からの砲撃準備完了のシグナルを確認した愛鷹は、自身が照準を合わせるネ級改Ⅱとの相対距離が一〇〇〇メートルを割った時、凛と喉を張らした声で砲撃開始を告げた。

 

「全艦、旗艦指示の目標。撃ちー方始めー! 発砲、てぇっ!」

 

 直後、愛鷹の右側面で真っ赤な火炎が噴出した。右舷側に臨むネ級改Ⅱへ指向された四一センチ三連装主砲一基、連装主砲一基の五門から放たれた一式徹甲弾改が空中を飛翔し、ネ級改Ⅱの頭上から轟音を立てながら降り注いでいく。

 遅れて後続の青葉、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶の二〇・三センチ連装主砲が砲撃を開始する。目くるめめく火焔が五人の右舷側に現出し、放たれた徹甲弾が弧を描きながらそれぞれが狙いを定めたネ級改Ⅱに砲弾を降らしていく。

 愛鷹が見つめる先でネ級改Ⅱが素早く回避行動を取り、降り注ぐ砲弾の雨を躱しにかかる。青葉以下の重巡艦娘五人の砲撃を一発二発食らったところで直ぐに参る様な超巡ではないが、流石に愛鷹の主砲弾を食らって平気な顔をしては居られない。装甲も重巡級のネ級よりは硬いとはいえ、戦艦級の大口径徹甲弾を食らっては損壊は免れない。

 回避行動を行いつつネ級改Ⅱも応射の火焔を放つ。六隻のネ級改Ⅱの主砲艤装上に砲撃の火焔が迸り、発砲の噴煙が後方へと流れていく。超巡なだけあってか発砲の衝撃波は周囲の海面を凹ませていた。主砲の口径は戦艦程大きくないが、装薬が多い為初速も速い。

「敵艦隊発砲!」

 見張り員妖精が愛鷹の肩の上で双眼鏡でネ級改Ⅱを睨みつけながら叫ぶ。弾着までの不気味なほどの静寂が漂う間、愛鷹は固唾を飲んで自身の砲撃の着弾を待つ。

 距離が一〇〇〇メートル程度しか無い事もあって、それ程待たずに砲撃の結果が出た。愛鷹の狙うネ級改Ⅱの周囲に着弾の水柱がそそり立つ。回避行動を取られた事もあり、全弾がネ級改Ⅱの左舷側に着弾していた。

 そしてすれ違う様にネ級改Ⅱの放った砲撃が愛鷹達にも降り注ぐ。初弾なだけあってネ級改Ⅱの砲撃も直ぐには当たらなかったが、海中に飛び込んでずんと腹に響く爆発音を海中で炸裂させ、上へと逃げた衝撃波が海上に水柱を突き立てる。

 乱れない単縦陣を組むランナー隊の右に左の近距離に着弾の水柱を突き上げさせたネ級改Ⅱに、青葉以下五人の重巡艦娘から第二射が撃ち返される。旗艦愛鷹の主砲よりも小さいが、充分に大きな口径の二〇・三センチ二号連装主砲が大太鼓を連打する何の様に微妙に間をおいて発砲し、五人の右舷側で発砲炎を噴出させる。噴き出した火焔は黒煙にとって代わられ、最大戦速で前進する五人の後方へと瞬く間に流れ去っていく。

 反航戦を描いている両者の相対距離は直ぐに縮まる。距離が縮まると言う事は着弾までの時間も短くなると言う事だ。直ぐに五人の砲撃はネ級改Ⅱの傍に落下していた。先程よりも更に近い場所に落ちた五人の二〇・三センチ砲弾がネ級改Ⅱに至近弾の水柱の海水をびしゃびしゃと浴びせ、ずぶ濡れになったネ級改Ⅱが近距離に着弾した五人の砲撃の衝撃波によってゆっくりと揺れていた。

 青葉以下五人が第二射を放ったころ、愛鷹の主砲も再装填が終わり、撃ち方用意のブザーが三回鳴る。CICで外部カメラが映し出すネ級改Ⅱの艦影をモニターで確認した砲術妖精が照準を修正し、愛鷹のHUDに修正した情報を転送する。

「てぇっ!」

 その一言と共に愛鷹の右舷側で腹に響く砲声が轟き、発射炎が閃く。発砲と同時に後退する四一センチ主砲の砲身を水圧作動の駐退機が受け止める。発砲の衝撃で愛鷹の上半身が微妙に纏う艤装と共に左側へと仰け反る。

真っ赤な火炎と砲煙と共に撃ち出された砲弾は山なりの弧を宙に描きながら、ネ級改Ⅱの頭上から轟音を立てながら降り注ぐ。ネ級改Ⅱは回避よりも愛鷹への砲撃を優先した結果、至近距離に着弾した砲弾の突き上げる水柱に諸に突っ込んで姿勢を崩したが、辛うじて被弾は避けられた。

 一方のネ級改Ⅱの砲撃は早くも愛鷹を捉えた。レーダー照準の精確な狙い、またを言えば理不尽なまでに高い命中精度を誇る砲撃が愛鷹への直撃コースに乗る。だが、その砲弾が愛鷹の身体、艤装を捉える直前に左腰の鞘から引き抜かれた白刃が白い一閃と共に直撃コースに乗っていた砲弾三発を切り裂いた。空から降り注ぐ太陽光を刀剣が蒼白く照り返す中でのその無駄の無い斬撃は、まるで蒼白い稲光の様にも見えた。

 眼にも止まらぬ速さで引き抜かれた刀によって切り飛ばされた砲弾が明後日の方向へその欠片を投げ落とす中、愛鷹は引き抜いた刀を構え直す。左手を前に突き出し、刀を構える右手を後ろで振りかぶる独特な構え方でネ級改Ⅱの砲撃に備える。一見滑稽な見た目だが、彼女なりに編み出した防御特化の構えだ。

 愛鷹の型に脅威と見たのだろうか、愛鷹と交戦するネ級改Ⅱにもう一隻のネ級改Ⅱが砲口を愛鷹へ向け、砲撃を開始する。同時に二隻のネ級改Ⅱは魚雷発射管を愛鷹の方へと向け、発射準備に取り掛かった。

「二番艦発砲!」

 彼女の肩の上で見張り員妖精が二番艦の砲撃開始を報じる。頭上から宙を切り裂く口笛の様な落下音を上げながら接近する砲弾を、高い視力を持つ愛鷹の二つの眼が捉え、最小限の動作で刀を再度振るう。鈍い金属音と共にネ級改Ⅱ二番艦が放った砲撃が白刃の鋭い切っ先によって切り裂かれ、一瞬散る火花と共に信管ごと砲弾が無力化される。

 再び刀を構え直す愛鷹の耳に主砲の再装填完了のブザーが入り込む。先程はネ級改Ⅱの至近距離に砲弾を送り込めた。次は当たるかも知れない。いや当たって欲しい、そう願いながら愛鷹は脳波制御で発砲の信号を念じる。彼女の脳からの信号を汲み取ったヘッドセットから主砲へ発砲信号が伝達され、五門の主砲が轟音と強めの反動を伴って愛鷹の右舷に発砲の火焔と衝撃波を生じさせる。

 発砲遅延装置で微妙に間隔をあけて発射された五発の徹甲弾が昼間の空に明るく光りながらネ級改Ⅱへと飛翔して行く。挟叉では無かったとは言え、至近距離に着弾した愛鷹からの砲撃に次弾は当たるかも知れないと言う覚悟はネ級改Ⅱ二もあったようだが、攻撃を優先したネ級改Ⅱは主砲を撃ち放ち、更に二番艦と合わせて魚雷四発をそれぞれ発射した。二隻から合わせて八本の魚雷が愛鷹の足元へと向かう。

「魚雷接近、方位〇-五-五、雷数八!」

 海上に現出するネ級改Ⅱの放った魚雷の航跡を見て見張り員妖精が叫ぶ。ネ級改Ⅱの放つ魚雷は高威力かつ長射程、そして高速と艦娘ではかなり回避困難な高性能魚雷である。

「前進そのまま、面舵一杯。右後進一杯、左前進一杯」

 冷静に雷跡を見据えながら愛鷹は回避行動を取る。砲弾よりは遅いとはいえ、それでも高速列車並みの速度で迫る魚雷が海上に白い航跡を伸ばしながら急速に愛鷹へと迫っていく。面舵に舵を切った事でネ級改Ⅱとの距離を更に縮める結果になった愛鷹に、ネ級改Ⅱ一番艦と二番艦が集中砲火を浴びせる。

 飛来する多数の砲弾を前に、愛鷹は防護機能を最大出力で展開しながら右手に持つ刀を素早く振り、直撃コースに乗っている砲弾だけを的確に斬り飛ばしていった。刀を振るう腕の挙動も、すぐに切り返せる様に極限まで無駄を省いており、温存されたスタミナによって繰り出される洗練された斬撃が砲弾を次々に無力化していく。

 悉く砲弾を無力化していく愛鷹を見たネ級改Ⅱ一番艦が苛立ちをハッキリとその顔に浮かべた時、急激に四一センチ砲弾の飛翔音が迫って来た。爆走する蒸気機関車が目の前に迫って来るかのようなその音にネ級改Ⅱがハッと顔を上げた時、その胴体と艤装に二発の四一センチ砲弾が直撃した。衝撃と爆発がネ級改Ⅱを襲い、たたらを踏むネ級改Ⅱの艤装上で破壊された部品が宙を舞い、被弾箇所から火焔が噴き出す。

 直ぐに立て直しを図るネ級改Ⅱが右目を隠した髪の反対側の左目でぎろりと愛鷹を睨みつける。ネ級改Ⅱから向けられて来る鋭い眼光に愛鷹は振りかぶる鋭利な刀光を持って返す。刀を構え直す愛鷹の左右足元を高速で魚雷が通り過ぎて行く。高威力、高速、長射程のネ級改Ⅱの魚雷とは言え、誘導能力は持たないから躱す事自体は不可能ではない。また近接信管も持たない為、艦娘の至近距離を通り過ぎても、すぐ傍にいる艦娘に反応して爆発する事は無い。

 今にも靴底を擦りそうな距離を一本、また一本と抜けていく魚雷に内心氷で冷やされるかのように肝を冷やしながら、表情自体は変えずにネ級改Ⅱに視線を合わせ続ける。愛鷹に代わって、魚雷の航跡を見つめていた見張り員妖精が八本全弾が愛鷹の後方に流れ去っていくのを見届けると、愛鷹の耳に向かって「全弾回避成功!」と喚く。

 同時に主砲の再装填完了、発射準備良しのブザーが三回鳴り響く。

「てぇっ!」

 短く、そして張りのある声で射撃号令を発する愛鷹の口から、主砲発砲の衝撃が抜けていく。五門の主砲が砲煙と共に五発の主砲弾を宙へと叩き出し、火焔と衝撃波を愛鷹の右舷側へ噴出させ、海面をお椀状に凹ませる。

数秒後、ネ級改Ⅱに愛鷹からの砲撃が着弾する。回避行動を取る間もなく着弾する四一センチ砲弾にネ級改Ⅱの身体が左右に大地震で揺れる木の様に揺れ、破壊された艤装から着弾時の爆発で剝ぎ取られた部品が宙を舞い、遅れて砲塔部一基が小爆発と共に宙を浮いた。

「敵艦のバイタルパート及び弾薬庫の貫通を確認!」

 弾んだ声で見張り員妖精が砲撃効果を確認して叫ぶ。四一センチ砲弾はネ級改Ⅱの重要装甲区画を射抜き、弾薬庫を貫いて誘爆を招いた様だ。即座に行われたダメージコントロールでネ級改Ⅱが大爆発して吹き飛ぶ事は無かったが、砲塔一基が無力化され、更に複数被弾で被害が嵩んだネ級改Ⅱが青い体液と黒煙を吐きながら動きを鈍らせる。艤装上で発生した火災が各艤装部分やネ級改Ⅱの胴体を舐める様に延焼していき、ネ級改Ⅱが両手で火を消そうともがく。

「副砲、機関砲、集中砲火!」

 指向可能な副砲と左腕の機関砲を向けた愛鷹の射撃指示を受けた各砲座が一斉にネ級改Ⅱへと砲弾の雨を浴びせる。二五ミリ三連装機銃の曳光弾が海面に跳ねながらネ級改Ⅱを打ち据え、長一〇センチ高角砲の砲弾が四一センチ砲弾の直撃で抉られた艤装の破壊痕に飛び込み、内部で散弾をまき散らして内側からかきむしる様に破壊していく。

 悶え苦しむ様にネ級改Ⅱが身をよじらせる中、更に愛鷹からの砲撃が追い打ちをかける様に直撃する。鈍い切断音と共にネ級改Ⅱの右腕が爆発で千切れ飛び、腹部に飛び込んだ四一センチ砲弾がネ級改Ⅱの胴体に深刻な一撃を入れ、既に損壊している艤装は鉄屑の塊へと変形していく。

 大破確定の一番艦を援護しようと二番艦のネ級改Ⅱが全火器の火力を愛鷹に投射するが、防護機能と刀が太陽光を反射して光ると同時に次々に砲弾は無力化され、外れた砲弾だけが虚しく左右前後で着水の水柱を上げていた。

 大破した一番艦は戦闘継続困難と判断し、反転して離脱を試みたがその背中から追いすがる様に飛来した四一センチ砲弾が未だ健在の砲塔部の天蓋を撃ち抜いた瞬間、破局の終焉が唐突に訪れた。ネ級改Ⅱが被弾に気が付いた直後、大爆発の炎を上げて誘爆した弾薬庫が砲塔部を吹き飛ばし、ターレットから溢れ出た火焔と破壊の衝撃波がズタボロのネ級改Ⅱの艤装を、胴体を引き裂いて行った。

 轟沈の黒煙を上げて四散したネ級改Ⅱの残骸が海中の底へと急速に沈んで行く中、愛鷹は砲撃の手を二番艦へと向けた。

 

「当たった!」

 レティクルの向こうで自身の放った砲弾がネ級改Ⅱの頭部に直撃するのを青葉は確かに見た。頭部へ諸に砲弾を受けて深刻なダメージを与えたネ級改Ⅱが左手で頭を抑え、右腕で前を掻く様に腕部を泳がせる。ネ級改Ⅱの深海棲艦固有のシールドを射抜いた青葉の二〇・三センチ二号砲の徹甲弾はネ級改Ⅱの眼球を破壊して視界を文字通り潰してのけたようだった。

「情けは要りませんね、砲撃続行! 沈むまで撃てェッ!」

 いつものお惚けた陽気な性格はどこへ行ったのやら、蒼い瞳に鋭い眼光を走らせた青葉がレティクル越しにネ級改Ⅱを見据え、容赦ない次弾発射の射撃ボタンを押し込む。右肩で二〇・三センチ主砲四門が砲声と爆炎を砲口から放ち、青葉の右肩で噴出した砲煙を突き破って四発の徹甲弾が手負いのネ級改Ⅱに飛来していく。頭部、それも眼球を射抜かれたネ級改Ⅱに照準を合わせて青葉へカウンターを行う余裕は残されておらず、また激痛も感じているのか目元を抑えるネ級改Ⅱが歯を食いしばって小刻みに震える。そこへ青葉からの斉射弾が容赦なく着弾し、艤装を破壊し、胴体に被弾痕を穿ち、青い体液を噴出させる。

 痛みにもがき苦しむ様子を見せるネ級改Ⅱに青葉が見せた表情は冷徹さそのものだった。深海棲艦に情けは要らない、くれてやるのは慈悲では無く砲弾と魚雷による死あるのみ。生か死か、選択肢は二つに一つ。それが青葉なりの深海棲艦に対する答えだった。

 被弾による苦しみに悶えるネ級改Ⅱに青葉が与えたのは死による安楽だった。

「左舷発射管、全管、てぇっ!」

 青葉の左足にマウントされた飛行甲板下部にある四連装魚雷発射管から酸素魚雷四発全弾が発射される。圧搾空気の噴出音と共に四本の長物が海へと飛び出し、海中へと潜り込んだ四発の魚雷がモーターを稼働させてネ級改Ⅱに吶喊していく。頭に食らった一撃による激痛に五感を支配されて回避も応射も出来ないネ級改Ⅱに四本の白い魚雷がうっすらと海面にその陰を現しながら突き進んでいく。

 魚雷発射後も青葉は更に二斉射をネ級改Ⅱに撃ち込んだ。流石に装甲は超巡なだけあり最重要区画は射抜けずじまいだったが、それ以外の鎧に覆われていない無防備な所を容赦なく二〇・三センチ弾がえぐり飛ばしていく。着弾した砲弾が数百ジュールにも及ぶ運動エネルギーと爆発の力を持ってネ級改Ⅱの艤装を胴体を切り刻み、破壊の力が及んだ個所をごっそりと吹き飛ばす。

 頭部への直撃以外際立った大ダメージとは言い難いものの、着実に損害が嵩んでいたネ級改Ⅱの足元で、唐突に死が訪れた。一本、また一本と魚雷炸裂の爆発炎と水柱がそそり立ち、右足元で炸裂する爆発にネ級改Ⅱの身体が左側へと大きく傾く。三発の魚雷が直撃し、信管を作動させて引き起こした爆発で右足が宙を舞い、一瞬の間をおいてその右足が主機を履いた部分ごと引き千切られる。右足の支えを失ったネ級改Ⅱの胴体が今度は右側へと倒れ込み、完全に行動と戦闘の自由を失って沈黙した。

「魚雷三発命中確認。ネ級改Ⅱ二番艦、大破、沈黙。戦闘航行不能と認む」

 肩の上で見張り員妖精が双眼鏡を手に海上に倒れ伏すネ級改Ⅱを見て親指を青葉に向けて立てる。

「止めを刺します、主砲斉射! てぇっ!」

 最後の一撃を放つ青葉の主砲から四発の徹甲弾が撃ち放たれ、緩やかな弧を描いて落下した砲弾が海上に倒れ伏すネ級改Ⅱに命中する。重く大きな艤装の喫水線下に破孔が開き、そこからの浸水で瞬く間にネ級改Ⅱの姿が海中へと引きずり込まれていく。まるで海の怪物に掴まれて海底へと引き摺り込まれるかの様に消え去るネ級改Ⅱのその最期は、周囲の砲声で騒がしい戦場の海と比べれば静かな終焉だった。

 六隻中二隻のネ級改Ⅱを撃沈したランナー隊だったが、残る四隻のネ級改Ⅱは依然、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶と砲火を交えていた。

 ケチの付け始めは摩耶の被弾だった。防空重巡洋艦と言う事もあり、姉妹艦の鳥海と比べて水上砲戦火力にやや不安があった摩耶の左舷艤装にネ級改Ⅱから暴力の塊の様な砲弾の一撃が命中する。高初速のその砲弾の一撃を食らった摩耶が短い声にならない喘ぎ声を上げ、被弾の衝撃で上半身を仰け反らせた直後、遅れて飛来した二発目が彼女の右舷艤装を射抜いた。

 射抜かれた艤装から千切れ飛んだ破片や、爆発した砲弾の破片が摩耶の身体を小刻みに切り裂いていく。両腕には切り傷が刻まれて赤い血がにじみ出て来る。

「クソが!」

 吐き捨てる様に叫びながら摩耶が依然健在な三基の主砲で撃ち返した直後、ネ級改Ⅱから飛来した砲撃が発砲したばかりの第二主砲を捉えた。激しい衝撃が摩耶の左舷側で走り、歯を食いしばって堪える彼女の左目の端で直撃を食らった第二主砲が爆散していくのが見えた。弾薬庫への誘爆が無かったものの、主砲搭一基が文字通り粉砕されて跡形も無く消え去り、彼女の火力を減じさせる。

「やられっ放しは腹立つんだよ! あたしは負けるのが嫌いなんだ!」

 意地で身体中に刻まれた切り傷の痛みを堪えながら喚く摩耶が残る二基の主砲で撃ち返す。ネ級改Ⅱの五番艦と交戦していた鳥海が砲撃の手を止めて摩耶の援護に入ろうとするが、それをさせまいと五番艦から激しい砲火が鳥海に降り注ぎ、彼女の左側頭部を掠め、探照灯と二二号水上電探を吹き飛ばし、破片が彼女の左側頭部の頭皮を傷つけた。

「痛っ!」

 瞬間的な痛みが左側頭部で走り、反射的に左手で患部を抑える。黒い手袋に血が付着する中、砲撃の手が緩んだ鳥海にネ級改Ⅱから更に砲撃が着弾した。左手に持つ艦橋艤装に諸に砲弾が直撃し、〇二甲板から上がごっそりと吹き飛ぶ。射撃指揮所や羅針艦橋、マストを構成していた箇所が粉々になって細かい部品の群れとなって海面へと落ちて行く中、鳥海の艤装内で警報が鳴り響き、射撃アシストオフラインの被害報告が応急修理妖精から鳥海本人に報じられる。

「なんの、私の眼で狙って撃てばいいわ!」

 負けず嫌いなのは摩耶に限らず双子の様な姉妹関係の鳥海も同じだ。艦橋艤装が破壊された事で照準アシストも破壊された以上は、鳥海自身の身体が直接主砲をネ級改Ⅱに精確に合わせる必要があった。

直接照準射撃に切り替えた鳥海の砲撃は、彼女の素の射撃の腕の高さもあってか、ネ級改Ⅱを捉えていた。摩耶と違って全主砲が健在な鳥海の六門の主砲の内、半数の三門分三発がネ級改Ⅱに直撃し、艤装に損害を与え返す。しかしネ級改Ⅱが参る様子は一切なく、寧ろかすり傷だと言わんばかりに余裕綽々とした表情を浮かべて次弾を鳥海へと撃ち込む。

 鳥海のベレー帽が吹き飛び、ネ級改Ⅱの主砲弾が彼女の身体と艤装を更に痛撃していく。被弾した艤装から火災の炎と共に黒煙が上がり、防護機能で打ち消しきれなかったダメージで制服とスカートの間のむき出しの腹部からじわりと血が広がり始める。

「鳥海無理すんな!」

 無視出来ない損害を被りつつある鳥海に摩耶が戦線離脱を呼びかけようとした時、彼女のその隙を突いたネ級改Ⅱの砲撃が摩耶の胸部と左舷艤装に直撃した。

 艤装に直撃したネ級改Ⅱの徹甲弾は一二・七センチ連装高角砲二基がマウントされていた箇所をごっそりと吹き飛ばし、第一主砲の砲身をへし折った。だが最も摩耶に深刻なダメージを与えたのは彼女の胸部に直撃した一発だった。

 艦娘の防護機能で最も耐久が高いのが頭部と胸部だ。摩耶の防護機能はその耐久性を全力で発揮し、彼女の豊満な胸囲で覆われている胸部を護ったが、破壊のダメージは打ち消せても何百ジュールにも及ぶ衝撃のダメージまでは打ち消せなかった。凄まじい直撃弾の衝撃をもろに受けた彼女の胸部の内臓が受けてはならない衝撃によって傷ついた。

 込み上げて来る熱いものを堪え切れずに吐き出す摩耶の口から鮮血がどっと吐き出される。胸から脳に駆けて走る激痛に摩耶の思考が止まり、口の端から血を垂らしながら摩耶の身体が力なく前のめりに倒れ込んだ。

「摩耶!」

 悲鳴の様な鳥海の叫び声が上がる。鳥海とて無視出来る被害では無い。戦列に崩壊の兆しが見えるランナー隊の重巡艦娘部隊だったが、即座にネ級改Ⅱの一番艦を片付けた愛鷹が舞い戻って来て戦列を立て直しにかかる。

「鳥海さんは摩耶さんを連れて後退を。愛宕さんは衣笠さんとともに敵六番艦に対応、青葉さんは敵五番艦を攻撃、私はその間に敵三番艦と四番艦を無力化します」

 中破している鳥海に大破した摩耶の護衛退避を命じつつ、健在な愛宕と衣笠のペアで摩耶を無力化した六番艦へ対応させ、青葉単独で五番艦への対応を任せる。青葉、衣笠、愛宕、鳥海の四人が「了解」と返すのを聞いた愛鷹は主砲の射撃管制をCIC遠隔操作に切り替えると、左腰からも刀を引き抜き、二刀流の構えを取って最も距離が近い三番艦へ進路を取って最大戦速で突撃した。

文字通り自身へ突っ込んで来る愛鷹を見たネ級改Ⅱの全砲門が彼女へ向けて砲火を浴びせる。的となる愛鷹自身が近づく事で命中精度は上がったが、主砲弾は悉く二刀流の刀によって切り裂かれて何の役にも立たない鉄屑と化し、副砲弾、機関砲弾は防護機能と装甲で弾かれる。仲間をカバーせんと、誤射覚悟で撃ち込まれる四番艦の砲撃が愛鷹の左右前後をすり抜ける。手を伸ばせば届きそうにも見える距離からの砲撃すら外すのは、興奮のあまり逆に射撃の腕が狂っている証拠だ。

 刹那、三番艦がその顔に恐怖をハッキリと浮かべた時、短く小さな掛け声と共に愛鷹の両腕が刀を振り下ろした。軽く空気を切り裂く音を上げながら振るわれた刀の白い切っ先が、チーズを切るかのようにネ級改Ⅱの主砲艤装を切り落とす。破断箇所から火花が散り、線香花火の様にチリチリと火花が海上へと滴り落ちる。

 武装を無力化されたネ級改Ⅱがその四肢を駆使して格闘戦を挑もうと愛鷹に手を伸ばすが、直前に逆進全速をかけた愛鷹の身体が後ろへとスライドする様にバックし、同時に四一センチ主砲が全門、手を伸ばせば届くところにいるネ級改Ⅱに向けられる。憎悪を溜まりに溜めたネ級改Ⅱの睨みつけに対して、愛鷹の道端の石ころを見る様な目が見つめ返した。

 直後、四一センチ主砲の砲声が轟き、ゼロ距離射撃を受けたネ級改Ⅱの胴体が爆散する。ぐしゃぐしゃになった人型の残骸が燃えながら海中の底へと沈んで行く中、愛鷹は狙いを四番艦に定め直した。

 ここで動作がほんの一瞬遅れたのが愛鷹に痛い一撃を入れる事になった。自身が思っているよりも、ほんの少し、コンマ一秒以下の一瞬の間だったが彼女の脳から艤装へかけての動作指示の伝達が遅延した事で、正面に全力で展開されていた防護機能を全周展開にするのが遅くなった。

 その隙を突いてネ級改Ⅱの四番艦が主砲の斉射を愛鷹へ撃ち込んだ。左舷飛行甲板艤装及び左半身に悉く吸い込まれる様に直撃したネ級改Ⅱの主砲弾は飛行甲板の航空艤装をひとし並みに爆砕し、吹き飛んだ飛行甲板の下から格納庫が丸見えになった。愛鷹の左半身に直撃した主砲弾は体表面に展張される防護機能によって辛うじて肉体そのものへのダメージを防いだものの、釘バットで左の横っ腹を殴打した様な激痛が左わき腹から愛鷹の脳天を突き、声にならない声が口から零れる。

 鉄の味がする赤い液体が口から一口分ほど吐き出され、じわじわと無視出来ない痛みが左わき腹を中心に広がっていく。直ぐに応急修理妖精が鎮痛剤の注射を打ち込んでくれたお陰で、痛みは急速に引いて行ったが、口の中には苦々しい鉄の味が残り強い不快感を残した。

 立て直した愛鷹が四番艦を見据えた時、なんと四番艦のネ級改Ⅱの方から今度は愛鷹目掛けて突っ込んで来た。

「何⁉」

 驚く間もなくネ級改Ⅱの頭部に生えている角が愛鷹の左肩に突き刺さり、更にネ級改Ⅱの右パンチが、恐らくは被弾時の衝撃で内臓の一つや二つは傷ついたかもしれない左わき腹に叩き込まれる。殴り上げる様に叩き込まれた拳に愛鷹の身体が僅かに宙を浮き、普段の美声からは想像もつかない短い濁音まみれの呻き声が彼女の口から飛び出す。

 傷口に塩を塗る行為を叩きこんで来たネ級改Ⅱの胴体に何とか右手を付けて突き放す愛鷹に、今度は超至近距離からネ級改Ⅱの砲撃が撃ち込まれる。予め展張されていた防護機能を真正面からぶち抜いたネ級改Ⅱの砲弾は、威力を大きく減衰させながら愛鷹の右舷艤装の舷側と主砲搭に命中した。不幸中の幸いにもいずれの砲弾も分厚い装甲で覆われた最重要装甲区画に着弾していた為、その肉厚な装甲版で弾き返されたが、相殺出来ない衝撃が愛鷹を後ろへと大きく突き飛ばした。

 左肩を角で突き抜かれた結果、上手く力が入らない左腕では受け身も取れず、そのまま海へと倒れ込む。海上に尻もちをつく愛鷹にネ級改Ⅱが主砲を再装填して再度指向するが、その時には愛鷹の主砲も再装填が終わっていた。

 ほんの一瞬、ネ級改Ⅱが主砲に撃発信号を送った時、愛鷹の主砲が先に発砲した。海上に尻もちを付く形からの発砲は結果として仰角を大幅に稼ぐ事になり、大きく上へと砲身を向けた主砲から撃ち出された砲弾がネ級改Ⅱの主砲搭とネ級改Ⅱの首を直撃した。

 ゼロ距離とはまた違うが超至近距離からの大口径主砲の砲撃をまともに受けたネ級改Ⅱの主砲搭にめり込んで内部で爆発した四一センチ砲弾が弾薬庫の誘爆を招き、第二主砲左砲から発射された砲弾はソニックブームを立てながらネ級改Ⅱの頭部の角を吹き飛ばした。

 頭の角をへし折られる様に吹き飛ばされたネ級改Ⅱが何が起きたのか分からないと言う様な表情を一瞬浮かべた時、四一センチ砲弾に貫かれた弾薬庫の誘爆に呑み込まれて、その四肢と艤装は業火の炎の中へと包み込まれる。

 手負いにさせられながらも何とか二隻のネ級改Ⅱを撃沈した愛鷹は肩で息をしながら左肩を見やる。ネ級改Ⅱの角で突きさされた左肩に小さな穴が開き、どくとくと血が溢れ出ていた。軽く患部を触って傷の具合を確かめる。

 

(大丈夫、動脈とかは無事ね……)

 

 肩の肉と筋肉に穴が開いただけだ、と自身に言い聞かせながら姿勢を起こす。止血剤を持った応急修理妖精が患部にキトサンを注入する。体内で血を吸ったキトサンが膨らんで止血されていく。虫が体内で蠢いているかのような不快な感覚と共に止血されていくのを感じ取りながら絆創膏の大きなテープを患部の穴から貼り付ける。左腕がやや不自由になったが、応急処置は出来た。

左腕の応急処置を終えると、愛鷹は尻餅をついた自身の姿勢を立て直しにかかる。一旦刀を鞘に仕舞い、自由の利く右腕を支えにしゃがみこみの姿勢に何とか移行させて立ち上がる。ぎゅっと左肩と左わき腹を強く押し付けているかのような鈍い痛みがじんと伝わって来るが、鎮痛剤のお陰で動けなくなる程の痛みにはならない程度に緩和出来ている。

 文字通り肩で息を整えて周囲を見回すと、少し離れたところで青葉、衣笠、愛宕の三人がネ級改Ⅱと砲撃戦を繰り広げていた。三人共直撃弾は免れている様だが、掠り傷や至近弾の破片で制服がびりびりと切り裂かれて肌から鮮血が一文字の様に滲み出ている。

 二対一を演じている衣笠と愛宕はまだ何とかなりそうだが、火力では実質格上のネ級改Ⅱ相手に劣勢気味な青葉にネ級改Ⅱがにんまりとした笑みを浮かべて主砲を向けた。

 

 あれは当たる! 青葉が致命傷を負いかねない損害を受ける、動物的な直感が右腕を動かし、射撃グリップを掴んで四一センチ主砲の砲身の仰角、射角を調整し、砲撃の号令を下すのも忘れて無我夢中で愛鷹は主砲を撃ち放った。

 

「やめな、さい!」

 

 被弾と負傷で鈍い痛みが全身に行き渡っている愛鷹の身体を濡れタオルで全身事張り倒した様な衝撃が伝わり、目の前の視界に発砲炎の赤い炎が広がった。

撃ち放たれた砲弾は、水平撃ちされた事もあり、海上に衝撃波の波を立てながら飛翔して行き、青葉に注意が向いていて周囲警戒が疎かになっていたネ級改Ⅱの真横から直撃した。

 ネ級改Ⅱの側頭部からめり込んだ四一センチ砲弾が頭部内で爆発し、更に胴体部の真横から直撃した二発の砲弾がネ級改Ⅱの体内で爆発する。残る二発がネ級改Ⅱの艤装の装甲を貫通し、内部で爆発して機関部や艤装類の誘爆と破壊を引き起こしてネ級改Ⅱを文字通り粉砕して一瞬で轟沈に追い込んだ。

 目の前で爆散したネ級改Ⅱの爆発炎に青葉が咄嗟に顔を伏せた時、何かが青葉の首周りに絡みつき、更にその身体にも何かが付着した。

「え?」

 何だと思い目を開けて首に纏わりついたものに手を伸ばす。

 

 爆沈したネ級改Ⅱの片腕だった。

 

「……!」

 ぎょっと目を見開いて息を吞む青葉が、震える手でネ級改Ⅱから引き千切られた片腕を手放す。汚物を摘まんで放り出すように伸ばされた青葉の腕には爆散時にネ級改Ⅱから飛び散った青い体液と艤装の伝導液が混じって付着していた。

 流石に唐突過ぎるショッキングな光景に青葉の脳がフリーズする。思考停止している場合ではないのは分かっているが、いきなりグロテスクな光景を目の当たりにしてしまうと、数多の戦場を経験して来た青葉でも流石に脳が働かなくなり、心臓の鼓動も急激に早まる。心の事前準備が出来ていたら身構える事も出来た。以前沖ノ鳥島海域で撃沈され、漂流していたノーザンプトンの遺体を自沈海葬させた時以来の光景と言えたが、あの時は事前に身構える心の準備が出来ていたからまだ大丈夫だった。だが、今は違う。

 半ば惚けた様に立ち尽くしていると、横合いから誰かが青葉の肩を掴むのが見えた。

「何をぼさっとしてるんですか、戦闘中ですよ」

 

 叱咤する愛鷹の顔を見て青葉はまたどきりと心臓が大きく動揺の鼓動をうつのを感じた。目が恐ろしいのだ。

 愛鷹の眼が、人を殺す事を誰よりも躊躇うあの愛鷹が、深海棲艦を粉砕して肉片に変えた事にこれっぽちもなんとも思っていない、感情が感じ取れない目。普段の眼付と殆ど大差はないが、微妙な違いだ。愛鷹の深紫の虹彩に本来あるべき光が無い。

 少しばかり自分の肩を掴む愛鷹の右手を払う様な仕草で青葉は距離を取った。一瞬だが、愛鷹が以前仕込まれた薬物で精神に異常を来して、艦娘達を襲った時の眼に似ている気がした。

 

「……どうしたんです……?」

 

 瞬きを一回挟みながら愛鷹が聞く。本人の中では特に変化を感じていないのだろうか、不思議そうな顔で軽く首をかしげながら、距離を取って来る青葉を見る。生理的嫌悪感から直視出来なくなりそうな自分を奮い立たせてもう一度愛鷹を見ると、瞬きを挟んだ直後の眼は普段の本来虹彩にあるべき光を湛えた眼に戻っていた。

 

「……何でもありません」

 

 口ではそう返しつつも、青葉は心の底で(バケモノめ……)と普段親しく接している筈の愛鷹の中の、恐らくは本人自身も自覚していないであろう、深層に潜む殺戮の意思の塊を呼び捨てていた。

 

 

 破壊音と衝撃、爆発の火焔が右手で炸裂し、衣笠は咄嗟に右手持ちの第一主砲を手放した。ネ級改Ⅱからの砲撃の直撃を食らった衣笠の第一主砲が爆散し、木っ端微塵に砕け散った主砲砲身、天蓋、射撃グリップが四方へと飛び散り、内部にまだ多数残っていた弾薬や装薬が花火の様にバチバチと爆発する。

「主砲を一基失ったわ! 愛宕、そっちの状況は?」

「流石に、これ以上のカスダメージは拙いかも……」

 直撃を食らった訳では無いものの、小破未満のダメージが嵩みつつある愛宕も限界が近い。右腕の深い傷を抑えながら愛宕は二〇・三センチ主砲を撃ち放つ。二人と撃ち合っていたネ級改Ⅱも相当手負いだ。主砲を一基潰され、艤装上から上がる火災の手は止む気配が無い。消し止められないまま広がる火災をコートの様に纏うネ級改Ⅱの速力は低下し始めており、ギブアップ寸前と言えた。

 それでも衣笠の第二、第三主砲の斉射を辛うじてギリギリの距離で躱してのけ、未だ健在な全火器で愛宕に応射を撃ち返す。照準装置が既に破損しているのか、ネ級改Ⅱの砲撃は明後日の方向へと飛んで行くだけだった。

 苦戦を強いられたものの、ネ級改Ⅱの全艦の無力化には成功しつつある。夕張と深雪の戦況が不明だが、撃沈されたと言う知らせは入って来ないし、遠くで一四センチと一二・七センチの射撃音が聞こえて来る辺り、交戦中なのは間違いない。

 一方のス級は壊滅していく随伴艦艇を置き去りにして前進を続けている。

 何よあんた達、仲間意識ってものが無いの? と内心見方を鑑みる事のないス級に呆れながら衣笠は主砲の再装填が終わり次第、ネ級改Ⅱにこの日何度目か分からない斉射を放つ。やや遅れて愛宕も斉射を放ち、二人合わせて一〇発以上の二〇・三センチ主砲弾が手負いのネ級改Ⅱに降り注いだ。

 左右からのジャブを連続でたたき込むかのように、二人からの斉射弾を浴びたネ級改Ⅱが爆炎が炸裂する度に右に左に揺さぶられ、破壊された部品が飛び散る。火災は一層激しくなり、よろよろと足を止めたネ級改Ⅱがゆっくりと海中へと沈降を始めた。火災の炎が海水とせめぎ合い、白い水蒸気の煙が立ち上る。

「やっと終わった様ね」

「そうね」

 二対一と言う数的有利を持ちながら徹底的に手こずらされただけでなく、相応の損害を被る羽目になった事もあり衣笠、愛宕ともに撃破の達成感は薄かった。ネ級改Ⅱが只の重巡よりもランクの高い超巡と言う極めて強力な難的なのは承知していた事ではあったが、それでも青葉は一人で一隻を片してのけていたのに対して、自分達は二人がかりで挑んで時間を長くかけてようやく撃破と言う始末だ。その間に二人は少なからぬ損害を負い、衣笠は主砲を一基失っている。

「そんな落ち込んだ顔しない、衣笠。勝ったのだから良しとしましょう」

「そう、だね……」

 うすらと微笑を浮かべ、残る主砲を構え直す衣笠とファーストエイドキットから絆創膏を取り出して患部に張り付けながら愛宕も微笑みを返していると、遠くでゴン、と言う爆発音が聞こえた。

 

「やっと命中!」

 夕張は砲身から白い煙を上げかけている一四センチ主砲を一瞥しながら、被弾の衝撃で傾ぐナ級を見据えた。

 高火力、高初速の魚雷を何度も何度も正確に放って夕張と深雪の挙動を牽制し、深雪が展開した煙幕による視界の遮断をレーダー照準で管制された正確な主砲砲撃で無効化して二人のすぐ傍に砲弾を送り込んで来るナ級後期型Ⅱflagship級一隻を相手に、夕張と深雪の二人は苦戦を強いられた。

 何回目か分からぬ主砲の砲撃を繰り返している内に、ようやく一撃が重い夕張の一四センチ主砲の砲弾がナ級に直撃した。既にナ級は魚雷を撃ち尽くしており、純粋な砲撃による殴り合いに限定される状況下で二人からの十字砲火からひたすら逃げ回っては機会を見て一発撃ち返す、と言う事を繰り返していた。

夕張からは何度か甲標的が発進してナ級を追撃していたが、ナ級の回避能力を前に発射された魚雷は悉く躱され、逆に海中へと投げ込まれた深海爆雷で船体が損傷して何とか回収は出来たものの、再度の出撃は難しい状況だ。詳しく見ていないので断定は出来ないが、収容時の見た目からして艦娘母艦の大規模修理施設に送らないと使用不可能だろう。搭乗する装備妖精が助かっただけ儲けものだと考えるしかない。

 何十回目か分からない砲撃の火焔が夕張の主砲から迸る。ランナー隊の多くを占める重巡艦娘や愛鷹の主砲と比べると小口径な方の一四センチ主砲だが、その一撃は当たれば深海棲艦の駆逐艦には何かしらの損害は与えられる。触れば大なり小なりの負傷は免れない猛毒を持つ蛇の牙の様にその一撃は当たれば深海棲艦の艤装を破壊し、機能を奪い、経戦能力に無視出来ない損害を与えて行く。

 その丸い船体と艤装から既に黒煙を上げているナ級に再び着弾の閃光と爆発炎が走った。爆発の規模からも夕張の射撃で間違いない。ぐらりと揺らぐナ級の船体が急激に速度を落とし、酔っ払いの様にふらふらと進路が乱れ始める。

「舵をやったかしら? 深雪、接近して止めを刺してやりなさい」

「了解だ」

 二つ返事で了承した深雪がナ級へと接近を試みる。黒煙を上げて速度を落としたまま応射の構えを見せないナ級に一四センチ主砲の砲口を突きつけながら警戒を行う夕張の視界内で、接近した深雪が主砲を構えながらナ級の様子を伺う。弱ったと見せかけて、近づいて来た艦娘を急襲するはったりの線も考えて用心深く近づく深雪の耳にごぼごぼと言う気泡の音が聞こえて来た。

 膨れ、弾ける気泡の音と共にナ級の艦体がゆっくりと傾斜を始める。復元可能傾斜を越えるのを確認した深雪はヘッドセットのマイクを掴むと、後方の夕張にナ級の最期を伝えた。

「奴は自沈したぜ。追撃は無用だ、愛鷹達の援護に回ろう」

「了解。ふう、何発残ってる?」

「三分の一くらいかな……残弾が心許ないね。夕張は?」

「半分くらいかしら。深雪よりは搭載弾薬数多いから」

 たった一隻の駆逐艦相手に多量の弾薬を消耗してしまったのは二人にとっては痛恨の極みであった。それだけナ級がしぶとく、回避に徹したお陰と言えた。二匹の猛獣相手にしぶとく逃げ回り続けた鹿の様なナ級の最期は免れ得ない死に対して自害と言う結末だった。

 自沈を選んだナ級にこれ以上構う必要はない。そう判断した二人が隊列を組んでランナー隊の主力の面々の元へと戻る。摩耶が大破、愛鷹と鳥海が中破、衣笠が小破しており、ランナー隊の受けた損害は決して軽くない。

 だがス級を取り巻く随伴艦艇は全て片付けられた。残存する艦艇はス級ただ一隻のみ。これ以上ランナー隊が出張る必要は無いだろう。

 派手に破壊された航空艤装と痛々しい傷跡を見せる左肩に右手を当てている愛鷹を中心に、ランナー隊の残存艦娘が集合する。無傷は青葉、夕張、深雪のみ。衣笠と愛宕は身体中に切り傷が刻まれ、衣笠の第一主砲は失われている。既に鳥海と摩耶は戦域を離脱し、すぐ後方にまで進出している「ズムウォルト」へと後退している。

「大分手酷くやられたな」

 主砲の残弾メーターと硝煙の煤で真っ黒になった各々の制服と、損傷、負傷した一同を交互見ながら深雪が呟く。

 自身のセーラー服にこびりついた煤を払い落しながら青葉が損害の主な要因を口にする。

「相手がネ級改Ⅱと言うのが要因ではありますね。とは言え、これで本隊戦力となるアンヴィル隊は一対多数のシチュエーションを作り出せました。火力差は数で補えるでしょう」

「戦艦九隻、重巡一隻、軽巡二隻、駆逐艦三隻。まあ、余程の事が無い限り数の不利をス級単艦でひっくり返せるとは思えませんが」

 楽観的な見方をする愛鷹に青葉が振り替えってその理由を問う。

「根拠は?」

「初遭遇時の沖ノ鳥島海域での戦いと違って、ス級の超射程砲撃はまずこの時点で封殺できています。超射程砲撃による面制圧火力と言うアドバンテージを奪った以上はス級も近接砲戦で九隻の戦艦艦娘を相手取らねばならない。更に砲戦型重巡のタスカルーサさんに砲戦型軽巡のヘレナさん、高い雷撃戦火力を持つ矢矧さんと改二化された黒潮さん、親潮さん、素で高い雷撃戦火力を持つフレッチャー級のヘイウッド・L・エドワーズさんもいる。ス級の対水雷防御がどの程度かは不明ですが、無印と大差ないなら片舷に一〇発前後当てれば確実に沈みます。

 戦艦艦娘とタスカルーサさん、ヘレナさんによる集中砲火で副砲群を破壊し、近接火力を封じ込めた上で矢矧さん以下駆逐艦三人と合わせて魚雷を打ち込めば、あの巨大艦と言えど海の藻屑にはなるでしょう。問題はそれが出来るまでに何隻の戦艦艦娘が戦闘能力を維持出来るかですが」

ネ級改Ⅱと違った理不尽の塊の様なス級、それもelite級と言う上位種を相手に、愛鷹も不安が残る個所を口にする。ス級の火力は至近弾で金剛型戦艦艦娘を撃破するだけの火力がある。そしてその面制圧火力は国連海軍に属する如何なる戦艦艦娘をも凌駕する。幸い後者は封じ込めれているとは言え、それでも大火力は健在だ。最も強固な装甲を持つ大和型改二でも直撃したら最後、と言っても過言ではない。

 左肩に当てている右手を離して、愛鷹はその掌を見つめる。左肩の負傷で感覚が鈍っている左腕と違って、右腕は全力で回せるくらいには問題ない。ぐーぱーぐーぱーと掌を開いて閉じてを繰り返す愛鷹に、青葉が近づいて来て、その左肩の傷や身体を触って負傷の具合を調べる。

「ス級と一戦交えたいのかも知れませんが、その身体では無理がありますよ」

「……分かっていますよ」

 溜息交じりに答えながら心配そうに見上げて来る青葉の顔を見つめ返す。

 青葉だけではない、傷だらけの衣笠、愛宕、無傷だが硝煙の煤塗れの夕張と深雪も心配そうに自分を見ていた。

 やる事はやった、一時「ズムウォルト」へ全部隊で後退して補給と再編成を行おうと言いかけた愛鷹の耳に、雷鳴の様な複数の砲声が聞こえて来た。

 音のなる方を振り返ると、水平線上に砲煙が幾つも立ち上がっているのが見えた。アンヴィル隊が交戦を開始したのだ。




 ほぼ全編で第三三特別混成機動艦隊ことランナー隊対ネ級改Ⅱとナ級の戦闘を描きました。
 次回はアンヴィル隊こと大和以下戦艦部隊対ス級との戦闘をお送りしたいと思います。
余談ながら劇中での愛鷹の刀の構え方はスターウォーズでのオビワンのフォーム3ソレスの構えを意識してます。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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