ランナー隊の奮戦のお陰で単艦行動となったス級に対して、アンヴィル隊の一五名は二手に分かれて攻撃の手を加えた。片方は大和以下戦艦艦娘九名、もう片方はタスカルーサ、ヘレナ、矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズの六人だ。それぞれ戦艦艦娘九名はアンヴィル1-1、タスカルーサ以下のメンバーはアンヴィル1-2とコールサインを割り当てて識別した。
先手を切ったのはアンヴィル1-1のネルソン、ロドニー、ウォースパイト、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの六名だった。
「Shoot!」
「Feuer!」
「Commence Firing!」
三つの異なる砲撃号令が同時に発せられ、その直後、一六インチと一五インチの二種類の主砲の発砲音が響き渡り、六人の左舷側に巨大な火炎が噴出し、衝撃波が周囲の海面に広がって行った。大口径の戦艦の主砲弾を投射する砲門の数は一六インチが三二門、一五インチが一二門にも上った。ネルソン、ロドニー、ウォースパイト、ビスマルクの主砲からは強化APDS弾が、ワシントンとサウスダコタの主砲からはSHSが発射されていた。
六人から放たれた全四四発の徹甲弾がス級にシャワーの様に降り注ぎ、無数の水柱でその巨体を覆い隠す。ともすればこの一斉射の一撃で轟沈したかのように見える光景だが、ス級は直ぐに傍の水柱を踏み潰す様に突っ切って姿を現し、その艤装に備えられた巨大な砲塔を六人の方へと差し向け始める。呆れるほどに巨大な砲塔なだけに砲塔旋回速度はゆっくりとしており、二八ノットで驀進する六人に直ぐには追随出来ない。
ス級が第一射を撃てない間に、六人は第二射を放っていた。火炎と黒煙が六人の左舷側に噴出し、目くるめく閃光と砲煙、耳を聾する砲声と共に放たれた一撃が空中を飛翔して行く。
再度、四四発の砲弾がス級の周囲に着弾する。林を思わせる密度で着水した砲弾がその場に巨大な水柱を突き立て、白い水柱の背後にス級の姿を隠す。四四発もの砲弾を投射すれば、一発食らいは当たりそうな雰囲気もあったが、六人共自身の砲撃に命中の手ごたえを感じ取ってはいない。
第三射の用意の為に六人が主砲の再装填を進める間に、ス級の一二門の主砲の砲撃準備が完了していた。ス級にとって近距離での砲戦になるだけに主砲の砲身は全て俯角がかけられていた。
ス級の巨大な一二門の主砲の砲口に昼間の太陽を思わせる火焔が現出し、遅れて一〇〇〇メートル近い距離を取っている六人の顔や身体に響く衝撃波と鼓膜を破かんばかりの砲声が押し寄せて来た。顔に打ち付けて来る衝撃波にネルソン達の視界が一瞬歪んだ。
大口径かつ比較的砲身も長いだけに初速は速めのス級の砲弾が宙を飛翔して行く。鉄橋の下で高速列車が通り過ぎるのを聞いているかのような轟音が六人の頭上から迫り、それが極大にまで大きくなった時、六人の艦娘の周囲に一二本の水柱が突き上がった。
北米大陸西海岸に自生する巨木セコイアの様に高く巨大な水柱がそそり立ち、弾着の衝撃波と波しぶきが六人を巨人の手で揺さぶられるかのようにゆらゆらと大きな周期で揺さぶる。
「Oh my god……」
「Holy shit……」
巨大な水柱と衝撃波を受けたロドニーとサウスダコタが目を丸くして唖然とした様に呟く。
長期戦になり、ス級の砲撃精度が上がって直撃を受ければ幾ら超弩級戦艦艦娘揃いとは言え、ひとたまりも無いのは明らかと見たロドニーが姉のネルソンに意見具申を行う。
「姉さん、ここは私達ブリテン戦隊の三人でネルソン・タッチを撃ち込まない? あれだけ大きな相手なら三人の集中砲撃を食らえば木っ端ミジンコよ!」
「そんな容易い相手では無いが、よかろう。本命の大和達のミラクルショットが撃てるまでの間に奴めに痛いものを食らわせてやろう」
「やるのね、ネルソン。それなら私が援護するわ。ワシントン、サウスダコタ行くわよ!」
「Roger」
「Okay」
即断即決でネルソン特殊砲撃に移行する事を決断したネルソンに、後続のビスマルクがワシントンとサウスダコタの二人を連れて特殊砲撃開始までの援護射撃に入る。陣形を変更してビスマルクを先頭に三人が単縦陣を組んで交互撃ち方で間断の無い砲撃を開始する中、ネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三人も陣形を変換すると同時に、ネルソンとロドニーは特殊砲撃モードに艤装を変形させた。
「データリンク、オン。ネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三隻の射撃管制装置の同調を確認。照準システム、リンク。スタビライザーを特殊砲撃モードへセット」
手慣れた手つきで二番艦のロドニーがネルソン・タッチの異名で呼ばれる特殊砲撃の準備を進める。三人の主砲搭がぴたりと一寸違わぬ仰角を取り、射角を調整していく。
「主砲強制冷却装置、レディ。装薬、強装薬を装填。以後三隻の射撃管制はネルソンに一任。スタンバーイ」
大和が武蔵とアイオワと共に撃とうとしている特殊砲撃と違い、艤装の規格が同じ国同士である分、ネルソン・タッチの射撃準備にかかる時間はさほど長くは無かった。
「スタンバーイ、スタンバーイ、OK!」
「ネルソン・タッチ! 主砲、一番、二番、三番、全門斉射、Shoot、Shoot、Shoot!」
データリンクで統制されたネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三人の主砲がネルソンの砲撃開始の合図と共に全砲門に火焔と噴煙を迸らせ、ス級に同一諸元で設定された砲撃を撃ち込む。ネルソンの三連装主砲が右、中、左とやや間をおいて斉射と言うよりは三連射する様に発砲し、一拍置いてロドニーの三連装主砲が同じ要領で、最後にウォースパイトの主砲も右、左の順に連装主砲を撃ち放つ。
三人の主砲から強装薬で撃ち出されたAPDS弾が砲口から飛び出すや装弾筒をかなぐり捨て、常装薬よりも大きい発射のパワーを持って空中を飛翔していく。三人の同調連続射撃となるネルソン・タッチはネルソンの測距を三人で共有しているので照準もネルソンが合わせた場所へ着弾する。試射も充分に行っていない段階でのネルソン・タッチではあったが、この距離でなら試射を繰り返し、挟叉を得て斉射、と言うセオリーに則らずとも直撃弾を叩き出せるはずだ。
三人の全主砲の連動射撃の砲声が静まった頃、ス級の巨大な艤装と周囲の海面に直撃の閃光と外れ弾の突き立てる水柱が相次いで炸裂した。
同一諸元で撃ち込まれた徹甲弾がストレートパンチを連続で叩き込む様に、ス級の艦体を一撃しぐらり、ぐらりと被弾の度にス級の艦体が大きく反対側へと仰け反る様に揺れた。
「やったか!?」
上半身の前面に展開していた主砲艤装を通常モードへと戻しながらネルソンはス級の艦体を見つめる。強制冷却装置によって急激に砲身が冷却された白い蒸気が靄の様に前面に立ちふさがって視界が若干悪い中、砲撃効果を確認しようとする彼女の耳に、巨大な砲声が飛び込んで来た。
「What the……」
呻く様にネルソンが口を開いた直後、目の前で巨大な火炎が噴出し、ネルソン達の視界を真っ赤に染め上げた。一拍遅れて無数の巨大な散弾がネルソン、ロドニー、ウォースパイトを包み込む様に襲い掛かり、鉄片の暴風雨に晒された三人の艤装がけたたましい金属音と共にケーキの生地を切る様に切り裂かれ、破壊音と共に一瞬で飽和状態から消滅した防護機能が防ぎきれなかった散弾の欠片が、三人の身体を撃ち抜いた。
直前までス級の方を向いていたネルソンの視界が、紅蓮の炎を挟み、背中からの衝撃と共に青空へと変わる。何が起きたのかネルソンが理解するまでやや時間がかかる間に、艤装からは非常警報が鳴り響き、応急修理妖精の怒号と走る音が聞こえて来た。青空をぼーっと眺めている内に、自身が大破航行不能に陥っている事を何となく理解し始め、身体を動かそうとする四肢に力が入らない事に気が付くまでさらに少々の時間を要した。
応急修理妖精と航海科妖精が自分の顔を覗き込んで何か叫んでいるが、ネルソンの耳には届かない。まさか、余は死んだのか? と言う疑念が脳裏を過るが、それを否定する様にドクンドクンと彼女の胸部からは心臓の鼓動が確かに脈打つ音が響き渡って来る。
「姉……さん……無事……」
自身も深手を負っているらしいロドニーが姉のネルソンの安否を尋ねて来る。ヘッドセットは無事らしく痛みに堪えながら心配してくれる妹の声にネルソンはまず自分の状態を確認しようと首を回した。仰向けになる形で横転している自身の身体を見ると、制服は上半身から下半身に駆けて無数の鉄の破片が突き刺さり、灰色の制服と黒のラップスカート、ニーソックスに至るまで血まみれだった。
「う、動かん……身体が……」
辛うじてそう答えた時、左目の視界に赤いものが流れ込んできて彼女の左目の視界を潰し、赤いものはそのまま頬を伝って口の中へ流れ込み、苦い鉄の味を舌に絡みつかせた。血の味と理解する頃には馬鹿になっていた彼女の頭も何とか元の思考力を取り戻していた。どうやらス級の応射を受けた際に、ネルソンタッチの先頭にいた自分は諸に食らってかなりのダメージを負ったらしい。手足は言う事を、と言うよりは力が全く入らず、辛うじて首を起こすのが精一杯の有様だ。
「……参ったな……」
血痰を吐き出しながら、何も出来ない状態にされた自身の不甲斐なさに口に流れ込んだ血の味とは別の苦々しさが込み上げて来る。先頭の自分だけでなく後続のロドニーにまで被害が及んでいる事から察するに、単なる徹甲弾を撃ち込まれたのではなく、近接信管作動の対空弾によるエアバースト射撃かも知れない。徹甲弾よりも一撃は劣るが、面制圧力は高く、またス級クラスの艦砲なら戦艦艦娘をも無力化出来るサイズの散弾の鉄の矢を作り出すのも可能だろう。巨大なフレシェット弾を放つショットガンに撃たれた様な有様だ。
血で潰された左とは反対の右目で何とかス級の艦体を捉える。救援活動に入る暇も無くビスマルク、ワシントン、サウスダコタの三人と交戦を開始するス級の姿が見えた。その巨大な艦体にネルソンとロドニーの一六インチやウォースパイトの一五インチが直撃した黒い黒墨の様な被弾痕こそあれど、被弾のダメージはその挙動から全く伺う事は出来ない。衝撃こそ与えたものの、ダメージそのものはほぼほぼ無効化されてしまった様だった。一六インチ一八発の直撃ですらハリセンボンで叩いた程度と言わんばかりの健全なその姿は、無言でネルソンに敗北の二文字をその目に刻み込んだ。
ネルソン級の一六インチですら傷一つ付けられないのでは、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの主砲でも太刀打ち出来る筈が無い。
成す術も無くビスマルク以下の三人と砲戦を開始するス級を眺めるネルソンの首を誰かが掴んだ。視線を上に向けると、頭から血を流してはいるが、ネルソンと比べれば遥かに全身に負った傷は浅いウォースパイトが仰向けに倒れていたネルソンの上半身を引き起こし、海面下に沈んでいた艤装を洋上に戻してフックを引き出し曳航を試みていた。
「ウォースパイト……お前は……」
「貴女とロドニーが前にいた分、私は比較的被害が軽めですんだわ。脳震盪起こして少しスタンしたけど、今は大丈夫」
艤装からワイヤーを繰り出してネルソンの艤装から引き出したフックにワイヤーをかける。ネルソンだけでなくロドニーの艤装にもワイヤーを接続しているウォースパイトはワイヤーの接続をしっかりと確認すると、機関部に通常時以上の負荷をかけながら二人の戦艦艦娘の曳航を始める。彼女のハイヒール型主機の踵から滝壺を思わせる程の濁流が噴出して海を掻き立て、白波を後方へと吐き出した。
踏ん張りながら必死に曳航を試みるウォースパイトだが、ネルソン級戦艦艦娘二人を曳航するには些か彼女の艤装では出力不足だった。地上と違って海上は抵抗が少ないとはいえ、ネルソン級戦艦艦娘二人分の質量そのものは地上と変わらない。二人の素の体重と艤装の重量を合わせると、老朽艦に分類されるウォースパイトの戦艦艤装の機関主力は残念ながら主力不足だった。
足に力を入れるウォースパイトの右腹部と右肩の傷に巻いた絆創膏や包帯に血が滲み出る。痛み止めを飲んでいるので痛みは感じないが、負傷しているウォースパイトの身体と損傷を受けている彼女の艤装は早々に限界を訴えた。無理だ、と音を上げる様に艤装からオーバーヒートの警報が鳴り響き、艤装の排熱口から白煙が噴き出始める。
「無理よ、ウォースパイト! 機関部が焼き付いてしまうわ!」
ロドニーの制止にウォースパイトは諦められないのか、回転数を落として機関部の負荷を抑えたが、発揮出来る速力は一挙に低下し、波間に抗う事すら出来ない程の低速にまで落ち込んだ。
自身の機関出力の限界にウォースパイトが渋面を浮かべた時、金属を打ち据えるけたたましい衝撃音が殷々と海上を響き渡って来た。
三人が音のする方を見ると、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの砲撃がネルソンタッチでダメージを受けていたス級の装甲を再度打ち据え、弾かれた音だった。
「一六インチ一八発に一五インチ四発を食らってピンピンしてるなんて、只のデカブツではないわね」
主砲搭の後部から発砲した三八センチ主砲の主砲弾の薬莢を排出しながらビスマルクは、自分と後続の米戦艦艦娘二人からの三八センチ八発と一六インチ一八発の内約半数の直撃を受けても尚、損害らしい損害を負った様子を全く見せないス級の堪航性に舌を巻いた。
ビスマルク自身も太平洋でその巨砲の猛威を振るっていたス級のうわさは聞いていたし、交戦記録にも目を通していた。理論上国連海軍の戦艦艦娘の如何なる火力も受け付けない重装甲と圧倒的火力はビスマルクは勿論、彼女の後継艦のフリードリッヒ・デア・グロッセ級戦艦艦娘ですらどうにか出来る相手では無い。
だがその鎧の塊も、全ての部位を覆っている筈ではない、そう推測していたビスマルクはとにかくブリテン戦艦艦娘によるネルソンタッチが無効化された今、自分達に出来るのはス級の注意を引く事だと考えていた。正面に視界はあっても、背中にまで目が無いのはその巨体を見るだけですぐ分かる。ス級の注意と視界を自分達に向けさせている今が好機だ。
「ワシントン、サウスダコタ、とにかく弾を撃ち込んで奴の気をこちらに引き継ぎ続けるわよ!」
「けどビスクマルク、何か策が無いと幾ら徹甲弾を撃ち込んだところでこちらが返り討ちに会って全滅よ」
一六インチ主砲Mk6.mod2主砲を撃ち放ち、SHSをス級に浴びせながらワシントンがビスクマルクに返す。
「そこは心配ないと思うぜ、ワシントン」
同じ様にMk6.mod2を撃つサウスダコタがワシントンに言葉で言い表さずに、もう一隊の別働部隊の存在を思い出させた。サウスダコタの言葉にワシントンはなるほどと軽く頷くと、ス級の背後に回り込んでいるもう一隊の姿に託す思いを胸の中でかけながら、再装填の終わった主砲を再度放つ。
一六インチ主砲弾の中でも重量を更に重くして貫徹力を向上させたSHSがス級に着弾する。貫徹力は向上しているとは言え、ス級の装甲を前に虚しく表面上で爆発四散して被弾の黒墨を残すのが関の山だったが、ダメージを打ち消す事は出来ても、直撃と爆発時の衝撃までは打ち消せていない。ネルソン、ロドニー、ウォースパイトを無力化したエアバースト射撃は何か不調がス級側で発生したのか、それともエアバースト射撃を行える近接信管を備えた主砲対空弾がもう無いのか、ビスクマルク達に鉄の矢の雨が襲い掛かる事は今のところない。
ビスクマルク、ワシントン、サウスダコタの三人が砲撃を続行し、徹甲弾を叩き付ける間、その反対側から別働部隊として侵入していたのは矢矧を先頭にタスカルーサ、ヘレナ、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズのアンヴィル1-2だった。
「アンヴィル1-2、突撃する! 各艦続け!」
最大戦速で突撃を開始する矢矧の後を、魚雷発射管を構えた黒潮、親潮、ヘイウッドの三人が続航し、その背後に布陣したタスカルーサとヘレナが主砲で援護射撃を行う。
「Fire at will!」
射撃号令を下したタスカルーサのMk.12八インチ三連装砲と、彼女に追随するヘレナのMk.16六インチ三連装砲の砲口から火焔が迸り、徹甲弾が紅蓮の炎の中から飛び出しス級へと飛翔して行く。衝撃波を伴いながら飛翔して行く八インチと六インチの二種類の砲弾が、再装填を終え次第タスカルーサとヘレナの二人から休みなく撃ち出される。
ス級の艦体に相次いで着弾の爆炎が咲き乱れ、応射しようと砲身に俯角をかけていた副砲をハンマーで叩き潰すかのように粉砕し、砲身をへし折り、防盾を叩き割る。小口径弾の誘爆の火焔が舐める様にス級の艦体に徐々に広がっていく。
「図体は大きいけど、私達の機動力に付いて来られるかしら?」
挑発するような口調でヘレナが主砲だけでなく、高角砲、四〇ミリ機関砲をも撃ち込み始めた時、ス級の四番主砲がぐるりとタスカルーサとヘレナの方へと回転して、巨大な砲身の鎌首を二人へと差し向けた。
「来るぞ、Break!」
「当てられるものなら当てて見なさいっての」
素早く左右へ二手に分かれて散開するタスカルーサとヘレナの機動に、ス級の四番主砲が迷う様に砲身を左右にゆらゆらと振る。その間にも左右に分かれた二人から中口径砲弾の雨が降り注ぎ、着弾の火焔と衝撃がス級の艦体を叩く。一撃一撃のダメージは別個に攻撃しているビスクマルク達よりも遥かに小さいが、その三人との交戦で副砲群が半滅しているス級にとって残されていた副砲群を更に破壊していくタスカルーサとヘレナは決して無視出来る存在では無かった。
迷った末に重巡なだけに若干挙動が遅いタスカルーサに砲撃目標を定めた四番主砲が発砲する。呆れ返る程の火焔が四番主砲の前面に噴出し、耳を聾する砲声と顔をハリケーンを凌駕する風速の衝撃波、そしてス級の大口径主砲の徹甲弾が襲い掛かって来る。
寸でのところで回避機動が間に合ったタスカルーサのすぐ脇を飛び抜け、背後の海上に着弾したス級の砲撃がタスカルーサの背後で巨大な水柱を突き上げ、周囲へ着弾の衝撃が生んだ高波を壁の様に立たせて彼女の背後から迫る。
「呆れる程の暴力の塊だな」
足元を掬いそうな津波を思わせる高さの高波を乗り越えながらタスカルーサは姿勢を立て直し、舵を切ってス級と少し距離を取る。
距離を取るタスカルーサとは逆にヘレナはス級へ接近して主砲、高角砲、機関砲の砲弾の雨をばらばらと叩き付けた。四〇ミリ機関砲の曳光弾がカラーボールの様に海面とス級の艤装上で弾け、主砲と高角砲の砲弾は艤装上で爆炎の花を幾つも咲かせる。ありったけの火力を投射するヘレナだったが、ス級がそれで動じる様子はない。無視されているかのような気がしてきてヘレナは徐々に苛立ちが強まって来た。
一方タスカルーサとヘレナの二人の集中砲火で副砲群があらかた吹き飛んだのを確認した矢矧が続航する黒潮、親潮、ヘイウッドの三人に「雷撃戦用意」の号令を下す。
「左魚雷戦、魚雷攻撃用意!」
「ほな、特大のいくで」
左魚雷戦を命じる矢矧と、黒潮、親潮、ヘイウッドの魚雷発射管がス級へと指向される。まだ生きているス級の副砲からの砲撃が四人の左右に着弾して水柱を林立させ、海水と衝撃波を四人に浴びせる。接近を阻もうと飛来する副砲の突き上げる至近弾で黒潮、親潮の二人が身体が仰け反る程の衝撃を受けて軽い悲鳴を上げる。
「大丈夫か!?」
「平気やで」
「大丈夫です、矢矧さん」
二人からの返事に良しと頷いた矢矧は、尚も飛来する副砲の砲撃に対抗するべく、自身の一五・二センチ連装主砲で牽制射撃を行う。小太鼓を連打する様な砲声が彼女の艤装上で鳴り、撃ち放たれた砲弾がス級の艦上で爆炎を噴出させる。
文字通りス級の副砲の射撃を掻い潜った矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッドたちが魚雷発射地点に達すると、矢矧は一斉回頭と魚雷発射の号令の二つを同時に下した。
「左魚雷戦、攻撃始め! 発射完了次第逐次面舵一杯、全速離脱!」
張りのある声で号令を下す矢矧の左足にマウントされた航空甲板の下の四連装魚雷発射管から圧搾空気で魚雷が一発、一発と射出されていく。重みのある射出音と共に発射管の管から九三式酸素魚雷が発射され、海中に飛び込むとスクリューを猛然と回して航走を開始する。
「当たってぇなー」
「左魚雷戦、てぇっ!」
黒潮、親潮の二人も四連装魚雷発射管を構えて魚雷を発射する。二人の背後に布陣するヘイウッド・L・エドワーズは五連装魚雷発射管をス級へと指向するとMk.15魚雷を発射した。
「Salvo!」
母国語で魚雷発射を命じるヘイウッドの背中にマウントされている魚雷発射管から五発のMk.15魚雷が順次撃ち出されていく。酸素魚雷と違って航跡を引くタイプの魚雷だが、その弾頭に充填されている炸薬の破壊力に何らふざけているところは無い。
一七本の魚雷が海中を疾駆していく中、魚雷を撃ち尽くした矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッドの四人は面舵に舵を切って全速離脱に移る。一七本の内一二本は無航跡魚雷だ。発射されてから暫くは航跡は出るものの、一定距離からはほぼ無航跡となり視認性は極めて低くなる。破壊力も極めて高く、日本艦隊の艦娘艦隊の魚雷戦で海の底へ沈んだ深海棲艦の大型艦は数知れない。ス級に雷撃を敢行した四人の中で唯一米国艦娘のヘイウッドだが、彼女も過去に深海棲艦の海峡夜棲姫に魚雷戦を挑んで致命傷を与えた経験はあり、彼女なりに雷撃戦には自信があった。
離脱する四人の殿を担うヘイウッドが背後を振り返ってス級への魚雷攻撃効果を確認する。依然として健在な副砲からの散発的な追撃の水柱の向こうで、ス級が回避運動に入っているのが見えた。近距離に着弾した副砲弾の突き上げる水柱の飛沫がヘイウッドの眼鏡に付着してぐにゃりと視界が歪む。制服の袖で眼鏡に付いた飛沫を拭ってス級を見据える彼女の眼に、ス級の舷側に魚雷命中の水柱が突き立つのが見えた。
「Direct hit!(直撃!)」
「How many hits?(何発当たった?)」
英語で直撃を報じるヘイウッドに、矢矧が英語で聞く。攻撃効果を確認するヘイウッドの眼にはス級の舷側に四本の水柱が突き立つのが見えた。
「四本です」
日本語が堪能なヘイウッドは右手の指を四本立てて、自身へ振り返る矢矧に流暢な日本語で命中本数を伝える。一七発中命中四発、凡そ命中率は四分の一。狙いを澄まして撃ったつもりでも、回避運動を取られてしまえば多くは標的に当たることなく、無為に海中を走ってそのまま燃料が切れたら無言で海底へ沈むだけだ。
それでも四発も当たれば、浸水による傾斜で砲撃続行が困難になる筈。そう考える矢矧が視線をヘイウッドからス級へと転じると、明らかに左舷側へ傾斜しているス級が見えた。転覆するに至る程の傾斜では無いが、傾斜で砲は使用不能になっているのか全火砲が電源を落としたかの様に沈黙している。
即応弾を全弾撃ち切ってしまっている以上、矢矧達アンヴィル1-2にこれ以上ス級への有効な攻撃手段はもう無い。副砲群を破壊する事くらいしか出来る事は無いが、既にその副砲群も大半が沈黙している。
「後は頼むわ、大和。アンヴィル1-2全艦、アンヴィル1-1の砲撃加害半径より退避」
仕上げを大和に託し、矢矧はアンヴィル1-2全艦に離脱を命じた。
「アンヴィル1-2、ス級より離脱する」
「データリンク、接続。大和、武蔵、アイオワの三艦の射撃管制装置の同調を確認」
「主砲射線確保。仰角、射角、調整よし」
「主砲強制冷却装置用意、三目標分散射撃から一目標集中射撃へ。全艦連動!」
大和のCICで砲術科妖精が大和、武蔵、アイオワの三人による特殊砲撃の設定を進めていく。ネルソンの独断で放ったネルソン・タッチと基本的なシステムは同じだが、日米が誇る最大級の戦艦艦娘が放つ特殊砲撃はその一撃一撃がネルソン・タッチを凌駕している。ネルソン・タッチがクルーザー級並みのパンチ力を誇るなら、大和型の特殊砲撃は文字通りヘヴィー級のパンチ力を誇ると言っても過言ではない。
「攻撃始め! 旗艦大和より武蔵、アイオワに達す。敵巨大艦ス級に対し、特殊砲撃を行う!」
「了解、旗艦の諸元にて特殊砲撃を行う!」
「Roger」
三人の艤装から射撃用意のブザーが鳴り響き、甲板上の機銃座等にいた装備妖精達が一斉に艤装内へと退避する。
「砲術長、目標敵巨大艦ス級。一斉撃ち方」
「射撃用意良し」
ぐっと空を睨む様に仰角を取る主砲の発砲準備が完了した信号を、コンソールで確認した大和の砲術科妖精の砲術長が、ヘッドセットを介して大和に砲撃準備完了を通達する。
「大和、砲撃準備完了」
「砲撃準備完了」
後続の武蔵とアイオワからも大和と同様に砲撃準備完了の返答が返される。
これで決める、そう胸の中で決めた大和は軽く息を吸って、口を開くと吐き出す様に、凛と喉を張った声で砲撃の号令を下した。
「撃ちー方始めー! 発砲! てぇッ!」
左砲から中砲、そして右砲の順で大和、武蔵、アイオワの主砲が耳を聾する砲声と小さな太陽を思わせる発砲の火焔を正面に現出させた。五一センチ一二門、一六インチMk.7九門の合わせて二一門の大口径主砲が爆炎の様な発砲炎と巨大な砲声、濡れた雑巾で顔面を殴りつける様な衝撃を伴って一式徹甲弾改とSHSを撃ち出した。三人の周囲の海面がお椀状に衝撃波で凹む。
秒速数百メートルの初速で撃ち出された二一発の徹甲弾は、その巨大な弾頭が宙を切り裂く飛翔音を響かせながら山なりの弾道を描いて、ス級の直上から火山岩の如く降り注いだ。空気との摩擦で真っ赤に光りながらス級に降り注いだ二一発の内、実に三分の二の一四発がス級に艤装と本体に着弾し、信管を作動させた。
巨大なハンマーで何度も何度も殴りつける様に着弾の度にス級の艦体が激しく震える。着弾するや文字通りの轟音と紅蓮の炎が噴出し、巨大地震に見舞われた光景を想起させる揺れと、黒っぽい大小の破片がス級の上面で宙を舞う。ネルソン・タッチを凌駕するその大火力に何度も何度も殴りつけられたス級が被弾箇所から黒煙を上げる。
外れた七発の主砲弾が突き立てる巨大な水柱がス級を囲う様にそそり立ち、崩れる水柱の飛沫がス級の艤装上の火災とせめぎ合って、白い蒸気を作り出す。靄とも白いベールともつかない水蒸気の膜でス級の艦影が隠されていく。
「Did we get‘em? (どうなったの?)」
アイオワのその疑問に答えが返る事は無い。大和と武蔵も水蒸気の膜の向こうに隠れたス級の様子を固唾を飲んで見守っている状態だ。撃沈に至る損害を与えているなら、何かしらの反応がある筈だが、今のところ大和自身手ごたえを感じ取ってはいない。砲撃の射線から退避しているアンヴィル1-2を向かわせて戦果を確認させようかと大和が考えていると、ごぽごぽと言う巨大な泡が弾ける音が彼女の耳に聞こえて来た。
「やったか……?」
「いえ……まだよ!」
眼鏡越しにス級を注視する武蔵に大和は背筋がぞっと粟立つのを感じ取りながら、強制冷却装置で加熱した砲身の冷却を終えた主砲を構え直し、第二射の用意に入る。
ス級はネルソン・タッチと大和型特殊砲撃の二種類、さらにビスクマルク、ワシントン、サウスダコタの三人とタスカルーサとヘレナの集中砲火、それに矢矧達の魚雷攻撃で四発の直撃を貰いながらも、左舷側への傾斜を注排水で復元し、主砲の射撃機能を復活させようとしていた。まるで立て直しが完了するまでの幕間のカーテン同然にス級を覆っていた水蒸気の靄が晴れると、艤装の随所、恐らくは装甲が比較的薄い所に空けられた破孔からうっすらとした黒煙を上げながら再起動を果たしたス級が大和、武蔵、アイオワの三人の方へと回頭を始めた。
「クソ! あれだけの弾を食らってまだやるか!」
特殊砲撃は複数の艦娘の射撃管制装置を同調させると言う都合上、艤装の射撃管制装置に極めて負荷のかかる演算を要求する関係上、実質戦闘時に撃てる回数は一回が限界だ。もう特殊砲撃は使えない以上、通常砲戦でス級を殴り倒すしかない。
「全艦、砲撃モードを通常モードへ! 第二ラウンドの開始です!」
「ランナー隊、戦域を離脱しました。重巡摩耶大破、同鳥海及び旗艦愛鷹中破、重巡愛宕並びに衣笠は小破。各艦の残弾僅少」
「アンヴィル隊の戦艦ネルソン大破、ロドニー、ウォースパイト中破。ネルソンとロドニーは航行不能。現在、航行可能なウォースパイトが二人の曳航を試みるも、機関出力不足で難航している模様」
「敵巨大艦ス級、尚も健在。現在アンヴィル残存艦艇と交戦中、各艦の残弾凡そ六〇パーセント」
「敵艦隊は旗艦ス級を残し随伴艦艇は殲滅」
空母「ドリス・ミラー」のCDCでオペレーターの報告が飛び交う。艦娘艦隊に被撃沈戦死者は出ていないが、それでも複数の中破、大破艦が出ており損害は無視出来るものでは無い。戦闘海域に最も近い所へ進出している「ズムウォルト」に損害を受けた艦娘や弾薬を消耗した艦娘が後退して来て随時補給や医療手当を受けていた。今頃は地上の戦場の最前線の様な喧騒と慌ただしさで「ズムウォルト」の艦尾のウェルドックは一杯だろう。
制空権は確保している事から、「ズムウォルト」からはHH-60Kが発艦して大破した摩耶と中破した鳥海を回収していた。愛鷹は自力での航行可能と事で自分の脚で「ズムウォルト」へ後退を果たしている。
戦況を表示したモニターを眺めながらルグランジュは司令官席に座って戦況の行く末を見守っていた。
「アンヴィル1-2は魚雷はもう撃ち尽くし済みだったか?」
「はい提督。残弾ゼロと報告が入っています」
「よし、アンヴィル1-2はネルソン、ロドニーの救援に向かえ。残る全戦艦の通常砲撃を持ってス級の行動を封じる。シュヴァルツェ隊の状況は?」
「フォン・リヒトホーフェン、空母機能を回復。現在航空隊の収容作業を終えたところです」
「航空隊の再武装が完了次第、アンヴィル隊支援に回せ。あと一押しで奴は落ちるぞ」
「了解。HQよりシュヴァルツェ隊。艦載機再武装完了次第、攻撃隊をアンヴィル隊支援に回せ」
一時「ズムウォルト」に後退して飛行甲板の応急修理を受けていたフォン・リヒトホーフェンは、修理が完了すると即座にレーヴェ、マックス、プリンツ・オイゲンの三人を率いて再出撃に出た。魚雷の直撃時の爆発でヒールが折られたハイヒールまでは流石に修理できなかったが、そこはそれ程の致命的な損傷では無いので無視出来る。
「航空隊発艦始め」
艦載機の発艦を命じるフォン・リヒトホーフェンの左脇でカタパルトの作動音が二回連続で響き、魚雷を抱えたMe462が発艦を開始する。飛行甲板上に雷装を抱えて発艦準備を整えられたMe462の数は八機。敵艦隊に空母はいないので護衛戦闘機隊などは無い。
二基のカタパルトがMe462を射出すると、すぐにカタパルトに後続機がセットされる。熟練甲板要員妖精が発艦機の周りを駆け回り、ブライドルレトリバーをカタパルトへ接続し、魚雷や機関砲のセーフティーピンを引き抜き、周囲の安全確認を行う。JBD、ジェット・ブラスト・デフレクター二基が二基のカタパルトにセットされた二機のMe462の後方で立ち上がり、ジェットエンジンの後方噴射から後続機を護る。
発艦士官妖精が発艦の合図を送ると、カタパルト操作要員妖精が射出ボタンを押し、二機のMe462が巨人に指で弾かれた様に射出されていく。
最低限の随伴艦だけを連れての出撃だったので、フォン・リヒトホーフェンの周囲に輪形陣を組む三人の駆逐艦娘と一人の重巡艦娘だけが彼女を空襲や潜水艦の攻撃から守る最低限の護衛だった。既にマリョルカ島一帯の海域優勢は艦娘艦隊に傾きつつあるとは言え、深海棲艦の潜水艦隊が遅れて進出してくる可能性もある。用心するに越した事は無い。
六分ほどで発艦予定の八機全機の発艦を終わらせると、フォン・リヒトホーフェンは艦隊上空で編隊を組んでアンヴィル隊の支援に向かうMe462の機影を見上げた。四機で一つのシュヴァルムこと飛行小隊を組み、シュヴァルムが二つないし三つでシュタッフェルこと飛行中隊を組む。
「我が航空隊の手で奴を仕留めて来なさい。幸運を」
独語する様に制帽の下からフォン・リヒトホーフェンの緑の眼が、青空の向こうに消えて行く八機の機影を見つめて、健闘を祈った。
アンヴィル隊とス級の交戦は泥沼化の体を見せ始めていた。
大和型二隻の五一センチ、アイオワのMk.7一六インチ、ワシントンとサウスダコタのMk.6一六インチ、ビスマルクの三八センチの三種類の口径の主砲に袋叩きにされて尚、ス級は洋上にあった。一定間隔で飛来し、ス級の艤装上で爆発する六人からの徹甲弾は重要装甲区画以外を破壊してはいたが、依然として主砲も機関部も健在なス級は左舷への浸水で安定性と精度を欠きながらも主砲で応射して来た。
「きりがないわ!」
何十発も撃ちこんでも参る様子を見せないス級にビスマルクが呆れ半分に両手を挙げた。彼女と同じ気持ちは他の五人も同様だった。既存の艦娘の火力では何十発撃ち込もうが、数の差で多対一を作り出そうが、ス級の防御力を前に無関係と言う事か。装備している限り決して死ぬ事は無いとされるインド神話に出て来る無敵の鎧「カヴァーチャ」を纏っているのか、とすら思わせる程の頑強さだ。
「無敵と言う理不尽な概念がこの世に存在するのだとしたら、それはヤツ(ス級)の事なのかしらね」
残弾が心許なくなってきたMk.6を撃ち放ちながらワシントンが言う。自分達の火力では太刀打ち出来ない事に苛立ちが彼女の中で風船のように膨れ上がる中、それを笑い飛ばす様にサウスダコタが鼻を鳴らした。
「マイティ、いつになく弱気だな。無敵と言う概念を含め、この世に『絶対』がある訳ないじゃないか」
「なら貴女の力で目の前にいるデカブツを倒してくれるかしら? 『絶対』と言う概念等無いと言う事を貴女の手で証明しなさい」
全く参る様子を見せないス級に苛立ちを募らせていたワシントンが馬鹿、愚か者を見る目でサウスダコタを睨む。普段なら彼女の挑発的な言葉には感情的になってまぜっかえすサウスダコタだったが、流石に目の前の現実は彼女も見ているだけに、悪かったよ、と言う風に肩をすくめて見せた。
何度目か分からない斉射を放つ六人から少し離れたところでは、アンヴィル1-2の六人が中破、大破して動けないネルソンとロドニーの曳航とその護衛に付いていた。
ネルソンとロドニーの二人を同時に曳航しようとしていたウォースパイトのワイヤーはロドニーの艤装に繋がれ、ネルソンの曳航はタスカルーサとヘレナの二人がかりで行う事になった。
「まさか重巡艦娘になってタグボートの仕事までするとは思わなかったよ」
苦笑交じりにタスカルーサがネルソンの艤装に繋いだワイヤーの強度を確かめながら言う。全身に鉄の破片を受けたネルソンの傷に関してはヘイウッドがファーストエイドキットで現場で出来る限りの応急処置を施した。
「身体中鉄の破片塗れです。母艦で手術する必要があるとは思いますが、幸い急所は外れています」
手当を終えるとヘイウッドはモルフィネの注射器の蓋を口で噛んで外し、ネルソンの大腿部に注射する。鎮痛効果でネルソンの眼がとろんと生気をやや欠く。酒にはめっぽう強い彼女だがモルフィネの鎮痛効果はまた別だ。
何とか曳航可能な状況を整えたアンヴィル1-2の一同のレーダーに接近する二つの艦影が補足される。警戒部隊として展開する矢矧、黒潮、親潮よりも強力なレーダーを備えているヘレナが真っ先に敵味方の識別を行うと、直ぐにIFFが答えを出した。英国機動部隊から分派されて来たシェフィールドとユリシーズの二人からなる分艦隊だった。
「どうやら戦艦部隊は手こずっている様ね。ユリシーズ、魚雷戦用意」
「了解だ」
擱座しているネルソン、ロドニーを横目にシェフィールドとユリシーズが二人だけの単縦陣を組んでス級へと接近を図る。
集中砲火の手を緩めない大和達にシェフィールドが通信を入れ、魚雷戦に移行する自分達の援護を要請する。
「シェフィールドよりアンヴィル1-1各艦へ。魚雷戦を開始します。援護を」
魚雷発射管を構えてス級へと接近していくシェフィールドとユリシーズの二人の姿が視界に入ったネルソンが、辛うじて動く首を起こして二人の後を追う。
「あれは……」
「はい、軽巡ユリシーズです」
ネルソンの視線がシェフィールドの後を追うユリシーズに向けられているのを悟ったヘイウッドが、誰なのかを丁寧に教える。ネルソンとユリシーズ、お互い英国艦娘艦隊同士で付き合いはあるから忘れた訳では無いが、モルフィネが効いている状態では直ぐに思い出せない。ユリシーズの名を聞いたネルソンはフッと口元に笑みを浮かべた。
「北海で煙突を壊され、敵だけでなく排煙とも戦った艦娘だ。ユリシーズの悪運にあやかりたいものだな。皆、格好が悪くてもいい、生き残れよ」
モルフィネのせいで頭の中での状況認識があやふや気味なのか、既にス級と言う要素を除けば艦娘艦隊の優勢が確定している状況下でネルソンの「生き残れよ」と言うのは些か的外れな発言だったが、敢えてそれを指摘する者はいなかった。
視界が維持出来ている右目でユリシーズの姿を見送りながらネルソンはふと、彼女が既に過ぎ去った先月の九月の一三日に二四歳の誕生日を迎えていたと言う今とは無関係の事を思い出していた。今の戦時下、誕生日を祝ってやる事も出来なかったのが悔やまれた。最もユリシーズ自身今誕生日を祝っている様な余裕は無いと言う事は認識しているだろう。
九月一三日に二四歳の誕生日を迎えた、英国艦娘艦隊識別名「913-D」、本名エリザベス・ドレイクこと軽巡艦娘ユリシーズはシェフィールドと共に艤装の背部にマウントされている魚雷発射管を構えて、ス級へと接近していた。二人の二一インチ三連装魚雷発射管の発射口から顔を見せる魚雷が今か今かと出番を待っていた。
「距離五〇〇ヤード、三〇〇ヤードで発射するわよ」
「了解。何時でも用意良しだ」
距離三〇〇ヤード、即ちス級までの距離約二七四メートルから魚雷発射開始を告げるシェフィールドにユリシーズは魚雷発射管の発射レバーに手を伸ばした。残り二〇〇ヤードを詰める間にアンヴィル1-1の六人へ砲撃を行うス級の注意が自分達に向かない事を祈るだけだ。既に副砲群はあらかた破壊されているから主砲以外の火器がシェフィールドとユリシーズの二人を迎え撃つ事は無い。
二人の前方ではアンヴィル1-1の六人からの砲撃を浴び続けるス級が居る。外れ弾がス級の右に左に前後に水柱を突き上げ、その巨体を包み隠さんとする。白い水柱の林を想起させる現象が一定間隔を置いて現出する。
ス級も撃たれっ放しではない。主砲から昼間の太陽を思わせる閃光と巨大な砲煙を砲口から迸らせ、発砲炎で艦体を包み隠す。だが射撃管制装置が故障しているのか、はたまた左舷への浸水で照準に誤差が生じるようになったのか、巨大な砲弾はアンヴィル1-1の六人の傍に着弾はしても損害を与えるには至らない。だが砲撃はラッキーショットの産物である。今は精度を欠いているが、まぐれの一撃がアンヴィル1-1の六人の誰かを捉える事になる可能性はない訳では無い。
「距離四〇〇ヤード」
ス級との相対距離をシェフィールドが告げた時、空の向こうからキーンと言うジェットエンジンの甲高いエンジン音が急速に音を増して来た。
二人が空を見上げると、シュバルツェ隊のフォン・リヒトホーフェンの放ったMe462 八機の飛行中隊がフラップを下げて高度と速度を減じながらス級へと攻撃ポジションへ侵入していくのが見えた。
≪カエサル1からアンヴィル1-1及び展開中の各艦へ。Cleard hot. (攻撃開始) 西から進入する。デンジャークロースだ≫
宣告通り西側からス級の右舷へと迫ったMe462はスピードブレーキとフラップを展張して減速しながら低高度へと舞い降り、魚雷発射点へと向かう。デンジャークロースの宣告を受けて吶喊中のシェフィールドが減速を自身の艤装とユリシーズに命じ、カエサル隊の爆撃効果範囲と距離を取る。
対空射撃を行う副砲群以下が軒並み全滅している事もあり、低空低速へと進入するMe462は全く対空砲火を浴びる事は無く、対空射撃によるプレッシャーを受ける事が無かったMe462の航空妖精は充分に接近して必中ポイントを定めてから兵装の射撃を開始した。
幾分は機動力も低下しているス級へと一六本の魚雷群が緩やかな曲線を描きながら追随していく。一六発の誘導魚雷の内、二発が誘導装置の不調で外れ、六発が旋回し切れずス級の前後を通り過ぎたが、残る八発がス級の右舷の舷側下に命中し、弾頭の炸薬を炸裂させ、轟音と衝撃、そして直撃を示す水柱を突き立て舷側下の構造物を抉り飛ばした。右舷側に八本の魚雷命中の水柱が突き上がり、左舷側への被雷に対処するべく注水して傾斜を回復させていたス級の艦体が右舷へと傾ぐ。左舷への被雷よりも倍の魚雷が命中した事で多量の海水が流れ込み、ス級の動きは大きく鈍った。揚弾機等の主砲に砲弾を送り込む機構が傾斜によって機能を失ったのか、ス級の巨大な主砲も沈黙した。
勝利を確信した様に、魚雷を投じたMe462八機がスロットルを上げて、上昇に転じながらス級の上空を編隊を組んだまま飛び抜けて行く。ジェットエンジンの甲高い飛翔音を残して飛び去るMe462のエンジン音が静まった頃、ス級の速度は大きく減じられ牛歩を思わせる程にその速度を低下させていた。
「距離三五〇ヤード! 左魚雷戦用意!」
がくりと速度を落としていくス級の右舷側へと回り込んだシェフィールドとユリシーズが背中の艤装の背部にマウントされている三連装魚雷発射管の発射口を左舷側へと向け、三本の管に装填されている魚雷の矛先をス級へと向ける。既に左右合わせて一二本の魚雷を受けて戦闘能力はもとより航行能力を大きく減じたス級に二人の雷撃を躱す余地は残されていなかった。
「距離三〇〇ヤード!」
「魚雷、攻撃始め。Shoot!」
魚雷発射点の距離を告げたユリシーズに答えるようにシェフィールドが魚雷発射を命じる。二人の背後で圧搾空気が魚雷を押し出す音が響き、二人からそれぞれ三発の魚雷が海中へと飛び込み、モーターを回転させてス級へと航跡を伸ばしていった。
砲撃、雷撃の両方を受けて尚、洋上にあるス級だったが、既にその艦体は徹底的に痛めつけられ、破壊され半ばスクラップも同然の姿をさらしていた。カエサル隊の雷撃で機動力を失い死に体となっていたス級の右舷から迫る六本の魚雷は介錯としては充分な数であった。
一本、二本と右舷にシェフィールドとユリシーズの放った魚雷命中の水柱が突き上がる。爆発音と共に反動で左舷側へと仰け反るス級だったが、六発目が直撃すると今度は右舷側へと急激に傾き始めた。注排水でどうにかなる傾斜でも無く、復元可能傾斜を越えた巨大艦の艦体はそのまま右舷側へと横倒しになり、次いでゴロンとお椀をひっくり返す様に転覆して上下を入れ替えた。
ス級が転覆する少し前、大和はアンヴィル1-1各艦に撃ち方止めと命じていた。少し離れたところでス級がシェフィールドとユリシーズの魚雷を受けてぐらり、ぐらりと震え、それが収まると今度は反対側へ、右舷側へとぐるりと回転するかの様に横転し、転覆した。
誰かが何かを発するまでも無く、転覆したス級はそのまま海中へと沈み始めた。上下がひっくり返った結果露になった大穴が穿たれた喫水線下が再び海面下に半分ほど消えた頃、その巨艦の持つ巨砲の弾薬庫が内側から自らの艦体を誘爆の炎で突き破った。本来艦娘を打ち砕き、殺害する筈の大口径主砲弾によって内側から引き裂かれ、粉砕されるス級の残骸が完全に海面下に消え、後には燃え盛る海から立ち上る黒煙だけが墓標の如く残された。
左肩の傷口に注入されたナノピタルのナノマシンが増殖して、ネ級改Ⅱの角の頭突きで破壊された愛鷹の左肩の幹部を急速に埋めていく。鎮痛剤による鎮痛効果で何も感じないが、包帯でぐるぐる巻きにされた患部では今頃時計を数倍速で回しているかの様に急激に傷口が塞がって、体内の筋肉なども修復されている筈だ。修復剤よりも手早く、そして副作用も無いクリーンな急速回復アイテムである。
左半身の傷は衝撃と痛みの割にはそれ程深手では無く、一つや二つは傷ついたかも知れないと思っていた内臓も目立った損傷はないと診断されていた。
一応万が一の時に備えて「ズムウォルト」のウェルドックで応急修理だけを施した艤装を装着したまま、愛鷹は緊急出撃に対応出来る様に待機していた。衛生科の手当はウェルドックで行って貰った。
即再出撃が可能な第三三特別混成機動艦隊の艦娘は青葉、夕張、深雪、それと「ズムウォルト」防衛に残していた陽炎、不知火、綾波、敷波の計七名。だがヘッドセットからアンヴィル隊の戦況を聞く限りでは自分達の出番はもう無さそうだった。
残存する深海棲艦の艦艇は新型の空母棲姫級と傷ついた空母棲姫が計五隻。
既にシャーク隊の空母艦娘達の空爆で焼け野原にされ、爆弾で掘り返されつくし、鉄片まみれのマリョルカ島に五隻は逃げ込んでいたが、傷ついた五隻を修理する前方展開泊地棲姫は既に焼け落ちていた。艦載機は既に艦娘艦隊との戦いで大半を失っており、少数の戦闘機と艦上爆撃機、艦上攻撃機だけでは未だ多数の航空戦力を有する艦娘艦隊に一撃を加える事は無理な状況だった。
空母棲姫たちの取れる手段は殆ど無いも同然だった。大破していた空母棲姫は自沈を選び、小破に損害を留めていた新型の空母棲姫級は自沈する空母棲姫から稼働機を譲り受けると、単艦で遠くアンツィオの友軍の元を目指して脱出を開始した。
その日の夕刻。欧州総軍司令部宛に空母「ドリス・ミラー」のルグランジュから一本の通信が入れられた。
「西部進撃隊旗艦『ドリス・ミラー』のルグランジュ提督より入電。『ワレ、マリョルカ島及び西地中海の制海権を確保。深海棲艦の抵抗は無し。バレアレス諸島奪還に成功せり!』」
ウオー! と言う歓声が司令部で炸裂し、喝采を叫ぶ声が上がる中、武本は一人、その輪に加わらずに地中海の地図を見つめていた。
バレアレス諸島を含む地中海西部を奪還したが、まだアンツィオまでには大量の深海棲艦と変色海域が待ち受けている。一つの山場を乗り越えたのは確かだが、アンツィオには未確認の深海棲艦を始め、どれ程の数の深海棲艦がまだ待ち受けているか不明だ。此度のマリョルカ島沖艦隊決戦で艦娘艦隊にも少なくない損害を受けている。大破、中破艦娘の負傷手当、艤装の修理、喪失した艦載機の補充。喜びを分かち合う前にやらなければならない事が山の様に積み重なっている。
ただ一つ、大きな勝利としては艦娘艦隊に一人の犠牲者を出す事無く、大きな山場を乗り越えられたと言う事で武本は大きく安堵の溜息を吐いていた。
今回のお話で軽巡艦娘ユリシーズの「銀河英雄伝説」ネタを描く事が出来ました。
小ネタとして彼女のファーストネームのエリザベスは故・エリザベス女王から冠させて貰っています。彼女の出自の原点となる小説のタイトルが「女王陛下のユリシーズ号」なのでエリザベスにしましたが、本当はWW2当時の英国は国王の治世下だったのには意図的に目を瞑ってます。
識別番号「913-D」は今作では「九月一三日生まれのドレイク家」と言う意味になります。
全く関係ないですが私は銀英伝の映像作品は石黒版よりもDNT派です。
主人公の愛鷹が殆ど出番のない珍しい回になりましたが、その代わりに既存の実装組艦娘がメインに活躍する回に出来たかなと思います。
気が付けば弊艦これ二次創作も連載開始から五年が過ぎました。
長い連載の航海に付き合っていただいている読者の方々には感謝の念を感じ得ません。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。