艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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何故か、欠落している事に気が付かないままだった第七七話を急遽お送りします


第七七話 押し上がる最前線

 かつて深海棲艦の陸上型が跋扈していたマリョルカ島の大地は砲爆撃で耕され、鉄の欠片が埋まる黒焦げの大地へと変貌していた。棲姫級の陸上型深海棲艦の姿は島内から消え去り、荒涼とした島に沈黙が訪れていた。

 そのマリョルカ島のプラヤ・ダルクディアの浜辺にガスタービンエンジンの唸り声と小型ディーゼルエンジンのエンジン音が幾つも押し寄せて来た。沖合に展開した揚陸艦「ディクスミュード」「ファン・カルロス一世」「ヨハン・デ・ウィット」「アルビオンⅡ」「トリエステ」の六隻から発進したエアクッション揚陸艇LACAや汎用揚陸艇LCU、機動揚陸艇LCM、それにEFV(遠征戦闘車)が海兵隊員や装甲車輛を載せてビーチへと殺到し、次々にプラヤ・ダルクディアの浜辺に上陸を開始した。

 幅約七キロに及ぶ浜辺に殺到した国連軍海兵隊の上陸戦闘団は続々と部隊の兵員と車輛、物資を揚陸していった。運んできた車両や物資を下ろしたLCACやLCM LCUは随時母艦へと引き換えし、再度兵員、装備を満載して島へと向かった。

 上陸した海兵隊はビーチを確保し、橋頭保を構築すると先遣隊がまず旧アルクディア市市街地へ向けて前進を開始した。

 一方フランス国内の空軍基地から発進した海兵隊空挺部隊を載せたC-17輸送機一八機は旧パルマ・デ・マリョルカ空港に空挺部隊を投下した。国連軍海兵隊空挺軍の空挺部隊の隊員とブロウラー空挺装甲兵員輸送車が、それぞれパラシュート降下とLAPES(低高度パラシュート抽出システム)降下で空港跡に降り立ち、抵抗を受ける事なく瞬く間に降下地点を確保した。

 島の東西から橋頭保と空挺保を確立した国連軍海兵隊に対して、それぞれに艦娘母艦から火力支援部隊としてワシントン、サウスダコタ、ヘイウッドの三人が空挺部隊が降下したパルマ・デ・マリョルカ空港跡沖に展開し、揚陸部隊が上陸したプラヤ・ダルクディアの浜辺には大和、愛鷹、深雪の三人が沖合に展開して、陸上型深海棲艦の抵抗に備えて待機していた。

≪エコー1-1よりHQ、旧アルクディア市一帯を制圧、旧アルクディア市を確保≫

≪ウィスキー2-1よりHQより旧パルマ・デ・マリョルカ空港一帯を制圧。引き続き旧パルマ・デ・マリョルカ市全域の確保に移る≫

 二か所のLZ(上陸地点)から島を挟む様に進軍を開始する国連軍海兵隊は順調に進軍を続けていた。マリョルカ島東部から進撃するエコー隊はM1A5戦車やEFVを前面に立てて西進し、島の西部からは空挺部隊がブロウラー空挺装甲兵員輸送車を盾に東進した。

 島の東部で待機する愛鷹が手持ち無沙汰に戦術タブレットを操作するタッチペンでペン回しをしていると、彼女と大和のヘッドセットに上陸部隊からの支援要請が入って来た。同時に戦術タブレットに砲撃支援要請の座標が転送されてくる。

≪エコー1-2より艦娘艦隊、支援砲撃要請。座標2321 3342。目標砲台小鬼、上陸部隊が遠距離砲撃で狙われている!≫

 ドローンで砲台小鬼の座標を特定した海兵隊からの支援砲撃要請に、大和と愛鷹の主砲が直ちに旋回し、仰角を取る。

「大和、了解。三式弾改二をDPICM運用、効力射六発、座標入力」

 疑似的に三式弾改二をクラスター砲弾であるDPICM弾頭扱いして砲台小鬼に向けて発射する艦砲射撃だ。頑丈な砲台小鬼には三式弾系よりも徹甲弾である一式徹甲弾系が有効だが、ラッキーショット狙いの一式徹甲弾よりも大和の大口径の三式弾改二の散弾の方が面制圧力と貫通力もある程度担保できる。

 自分の出番は無さそうだ、と戦術タブレットに表示される砲台小鬼の数を見て砲撃を見送る愛鷹の横で、大和の主砲が地上部隊支援の艦砲射撃を開始する。交互撃ち方で間隔を置いて発射された六発の砲弾が島の奥地へ向けて飛翔して行く。島内へと消えて行く砲弾を見送った愛鷹が再びペン回しをしていると、その愛鷹にも砲撃支援が届いた。

≪エコー1-2より愛鷹。効力射一〇発要請。目標敵戦車小鬼部隊。指定座標へ一番強いのを適当に頼む≫

 戦車小鬼。アンツィオの地上戦を始め深海棲艦陸上侵攻部隊の中核を担う深海棲艦の戦車と言える陸上型深海棲艦だ。その砲の威力は国連軍の主力戦車の正面装甲こそ射抜けないが、IFV(装甲歩兵戦闘車)やAPC(装甲兵員輸送車)の装甲を射抜くに充分足りうる火力を有している。それに主力戦車の正面装甲は射抜けずとも、機動力を生かして側面、後輩に回り込んで機関部を始めとする装甲の薄い箇所を撃ち抜けば主力戦車とて行動不能になる。

「愛鷹、了解。効力射一〇発、目標敵戦車小鬼部隊。諸元入力、砲撃を開始。デンジャークロース」

 これでもかと言う程に仰角を取った愛鷹の四一センチ主砲二基が砲口をマリョルカ島へ向ける。戦車小鬼なら人類の戦車と同様上面装甲が薄いので、大和程の貫徹能力のない愛鷹の三式弾改二でも容易に撃破可能だ。事前に至近距離警報を発した愛鷹は発砲準備を終えると、右手で掴む射撃管制グリップのトリガーを引き絞った。

 大和と同様、交互撃ち方で砲撃する愛鷹の主砲艤装から間隔をあけて二回の主砲発砲音が響き渡る。発砲の砲声と火炎が主砲の砲口から噴き出し、マリョルカ島の島内へ向けて三式弾改二が飛び出していった。

 次弾装填を行う間、戦術タブレットを眺めながら攻撃効果が共有されてくるのを待つ。マリョルカ島の戦車小鬼部隊が展開している場所を、歩兵用戦術タブレットのタッチペンでマークしただけでその位置情報がデータリンクで共有されてくる。手間と言う手間が省かれ、効率的で無駄の無いやり取りだ。

 海上で深海棲艦と砲撃戦を行うよりも遥かに安全かつ、愛鷹の本音をハッキリと言ってしまうと暇で仕方がない対地攻撃艦砲射撃任務だった。支援砲撃要請が来ない限り、ペン回しでもしていないと寝落ちでもしてしまいそうな気がしてくる。それ程に洋上での待機を強いられる艦娘艦隊にとっては対地攻撃は暇が時間が多い退屈な任務だった。海上での深海棲艦との砲撃戦と違って、対地艦砲射撃は基本的に撃ち返される心配がない。最もこれを疎かにすると地上で戦う地上軍は苦戦を強いられるし、人的にも装備にも損害が出る。当然支援を怠ればその責任は艦娘に回って来るから支援砲撃要請が来たら即時対応しなければならない。

 対潜戦みたいな何もない時間が長く、仕事をする時間が短い任務だった。規定数の三式弾改二を発射し終えると再び愛鷹達は待機に移行した。

 艦娘の艦砲も当然射程に限界がある。射程圏外へ地上軍が進出してしまったら恐らくは支援砲撃準備部署を解かれるかも知れないが、予期せぬ事態に備えて一日中沿岸部に張り付かされる可能性もある。西部進撃隊で稼働可能な戦艦級の艦砲持ちの内、ネルソン級の二人とウォースパイトが負傷により艦娘母艦の医務室で手当を受けている状況、持ち場を交代できる戦艦級艦娘は残るはビスマルクと武蔵、アイオワ、それと艦娘母艦防衛に当たっているアドミラル・グラーフ・シュペー、空母機動部隊であるシャーク隊の護衛艦艇として行動中のアラバマ位だ。後者の二人はそれぞれ受け持つ配置があるので余程の事が無い限りは対地攻撃に参加しない。

 揚陸艦側に対地支援用の艦砲でも備わっていれば艦娘艦隊が張り付いている必要も無かったかもしれないが、固有の対地火力支援用の艦砲を備える揚陸艦は世界的に見ても極めて少数だ。今この場にいる揚陸艦「トリエステ」は七六ミリ単装速射砲を三基備えているが、自衛用の艦砲であり対地攻撃を想定していないし、「アルビオンⅡ」には本来対地攻撃用のMk.45一二七ミリ単装砲が搭載される筈だったが、予算の問題でオミットされたままだった。

≪エコー1-2より大和、愛鷹、砲撃効果確認。敵の抵抗消失、支援に感謝する。アウト≫

「陸上深海棲艦は吹き飛んだ様ね」

 欠伸を漏らしながら愛鷹は両手を組んで伸びをする。敵の直接的な抵抗を受け無いのはありがたいが、それにしても何と暇な任務である事か。

 さっさと母艦「ズムウォルト」に帰って、次に任務に備えて一休みでもしていたいところだ。昨日のマリョルカ島一帯を巡る艦隊決戦、国連軍呼称バレアレス諸島沖海戦で勝利を収め、西地中海の制海権を奪還してから六時間程は寝たが寝足りないと言うのが本音だ。二四時間通しで寝ていたいと言うのが愛鷹の今の願いだった。

 しかしそうもいかないだろう、とこの対地攻撃任務の後の事を愛鷹は頭に思い浮かべていた。前衛艦隊兼斥候部隊として深海棲艦のテリトリーと化したエリアの情報収集にあたる部隊を率いる自分だ。この後ろくに休む暇もないままバレアレス諸島以東のアンツィオに至るまでの海域の偵察任務に放り込まれるに違いない。パルマ・デ・マリョルカ空港が復旧させられれば偵察機や哨戒機が進出して少しは任務を肩代わりしてくれるかも知れないが、最深部方面への偵察は自分達艦娘艦隊の任務だ。当然旗艦である自分が先頭を切る事になる。

 昨日負った傷が癒えたばかりの身だが、裏を返せばナノピタルで修復さえ出来てしまえば即時再出撃させられると言う事にもなる。

「私は馬車馬か」

 愚痴の一つも零しながら愛鷹はタッチペンでペン回しに興じた。

 

 第三三戦隊から引き続き第三三特別混成機動艦隊の次席旗艦を務める青葉の仕事は、愛鷹不在の間に彼女がする筈だった任務を青葉が処理する事だった。

 西部進撃隊艦娘艦隊総旗艦「ドリス・ミラー」のCDCに出頭した青葉と参謀役として引き連れて来た夕張の二人は、ルグランジュ提督以下艦隊司令部要員らに敬礼して挨拶を入れた。

「第三三特別混成機動艦隊次席旗艦青葉出頭致ししました」

「同じく軽巡夕張、出頭致しました」

「ご苦労。バレアレス諸島沖海戦での任務の疲れも取れていない内に呼び出してすまんな。本隊は当面この海域で待機だが、君らには仕事がある」

「バレアレス諸島までの海への道は繋げ、次はアンツィオへの道を繋ぐ。それが第三三特別混成機動艦隊の任務ですね」

「概ね正解だ青葉。もっと詳しく言えばアンツィオへ至る道を探して繋げる、と言うべきだがな。それと羊の様な我々を狙う野生の狼がどこにいるかを探り出すのも君らの任務だ」

「羊は羊でも、護衛の牧羊犬が居るじゃないですか」

 何気ない一言を言う青葉に、北海道出身の北海道育ちのどさんこだけあって牧羊犬を見て来たことがある夕張が反論する。

「牧羊犬は羊を殺す為に集める役よ、護衛だけが主任務じゃないわ。どっちかと言えば本隊と言う羊を護衛する艦娘艦隊戦力は羊を先導する山羊みたいなものよ」

「牧羊犬だって羊を護衛する役目はありますよ。日本じゃ羊を襲うのは狼じゃなくて熊とかでしょうけど」

「まあ、そうとも言うわね」

 意外と知識を持って反論し返してくる青葉に、一度見たことがある北海道のツキノワグマの姿を思い出しながら夕張は頷いた。

 一方ルグランジュは参謀達と顔を合わせて苦笑を浮かべながら略帽を脱いで軽く頭を揉んでいた。

「羊、と言うには我々は流石に肉食で獰猛な羊になるかも知れんな。さて本題に入ろうか」

 略帽を被り直したルグランジュは大画面タッチディスプレイを撫でると、アンツィオへ至るまでの地中海の海図を表示させた。バレアレス諸島に至るまでの西地中海が友軍勢力圏を示す青色で塗られる一方、アンツィオとバレアレス諸島との間の海域は深海棲艦のテリトリーを示す赤で塗りつぶされていた。コルス島、サルディーニャ島の二つの大きな島も赤く染まっている。そしてその赤の塗りつぶしはイタリア半島をも侵食している。

「北米から二個師団が回されて来て地上軍は戦力増強を受けたが、ここ最近前線は寧ろ後退している。先程サレルノ防衛線とペルージャ防衛線が突破されたとの報告が入った。海では大きく制海権を失いつつある深海棲艦だが、イタリア半島での勢力圏は押し返して逆に版図を拡大しつつある。南北に分断されたイタリア半島の南部戦線を支える地上軍も限界が近い。民間人のクロアチアへの避難は進んでいるが、ポテンツァに築かれた最終防衛戦を突破されれば要衝タラントまで一気に攻め込まれる事になる。それだけではないシチリア島から北上する深海棲艦は現在カタンツァロの南一〇〇キロにまで迫っている。南部戦線が崩壊すれば南部戦線を維持する国連地上軍やまだ避難が完了していない民間人が退路を断たれ、全滅しかねん。

 東部進撃隊は現在シチリア島奪還作戦を実施する予定だ。メッシナ海峡を封鎖し、マルタ島との兵站ルートに楔を打ち込めれば、シチリア島経由でイタリア半島南部へ侵攻を図る深海棲艦は補給を断たれ勢いを失う事になる。

 我が隊の目下の目標はコルス島とサルディーニャ島の奪還作戦支援にある。この二つの島と周辺諸島を奪還すれば、アンツィオへチェックメイトを仕掛けられる。

 深海棲艦は昨日の戦闘で現有戦力の殆どを喪失し、主力部隊はコルス、サルディーニャ両島方面へと後退した。現状分かっている情報はそれだけだ。バレアレス諸島とサルディーニャ島との間に深海棲艦がどの程度潜んでいるのか、皆目見当もつかない。

 一つだけ確かな情報がある。コルス島北部のリグリア海は無人機偵察の結果深海棲艦の展開が確認されていない」

「青葉達の担当エリアは……広大ですね」

 世界に名だたる海洋の一つであり、その総面積は小さい方である地中海と言えど、地中海の総面積は約二五〇万平方キロメートルにも及ぶ。深海棲艦が隠れようと思えば隠れられる海洋はまだまだ多い。

「先のス級以下の水上打撃部隊や、大規模空母機動部隊が進出して来られたのは、コルス、サルディーニャ両島が深海棲艦の勢力圏下にあり、尚且つそこに艦隊を維持出来る充分な陸上型深海棲艦による港湾施設が構築出来ているからかと思われます」

 参謀の一人がコルス島とサルディーニャ島を指し示しながら解説する。

「先の交戦した艦隊の規模からも前方展開泊地棲姫だけでなく、泊地水鬼、船渠棲姫、集積地棲姫、飛行場姫、港湾夏姫などの陸上拠点型深海棲艦を多数進出させ、要塞化している可能性が大です。艦娘艦隊戦力と現在動員可能な海兵隊戦力だけでは殲滅は困難が予想されます。現在北米艦隊からは第二四海兵遠征部隊を満載した一個ESG(遠征打撃群)が制海権を奪還した北極海ルートで回航中ですが、それでも戦力差は埋めがたいと思われます。

 そこで欧州総軍司令部はマリョルカ島を拠点に爆撃機を進出させ、コルス、サルディーニャ両島の深海棲艦拠点に対して戦略爆撃を実施する事を決定しました。既に北米軍ホワイトマン空軍基地からラムシュタイン空軍基地へB-21レイダー爆撃機を装備した第五〇九爆撃航空団が進出しています。

 艦娘艦隊には戦略爆撃を行うB-21の陽動戦力と対潜掃蕩が主任務となるでしょう」

「つまり青葉達がコルス島とサルディーニャ島に接近して、爆撃機を迎撃するであろう敵航空戦力、空母機動部隊を引き付け、その間に爆撃機がコルス島、サルディーニャ島を焼け野原にすると」

 要は体のいい囮部隊と言う訳か、と青葉は理解する。本隊を用いるとアンツィオ奪還の際の決戦や、その後のマルタ島攻略戦までに戦力を消耗しきってしまう可能性がある。ある程度の規模を有し、戦闘能力も高い第三三特別混成機動艦隊が艦娘侵攻軍に見せかけて進出させ、深海棲艦が迎撃の為に航空戦力を差し向けてコルス島、サルディーニャ島の深海航空戦力に空白を作ったところに本命の爆撃機の群れが爆弾の雨を降らす。

 正面からぶつかっても悪戯に戦力を消耗するだけだと理解はしているが、本隊に代わって進出する事になる第三三特別混成機動艦隊に降りかかる危険度は極めて大きくなる。要塞化されたコルス島、サルディーニャ島からは無数の深海航空戦力が襲い掛かるだろう。一度に何百機も押し寄せるのは流石に戦場が混乱するのでやらないにしても、息つく暇も与えない波状攻撃に晒される可能性はある。

 それにス級もまだ四隻が残されている。これまでの戦闘で欧州に出現した八隻の内半数を仕留めたので残りは無印が一隻に、elite級が三隻となる。愛鷹の奮戦抜きでもス級を撃沈出来た例は先日作られたとは言っても、代償に三隻の戦艦艦娘を戦列から失っている。

「誰かが損な役、汚れ役、そう言った誰もがやらない役割を担って世の中の体裁を維持する。軍も同じだ」

 低い声で抑揚のある声で言うルグランジュにディスプレイテーブルの端に乗せる両手に拳を作って夕張が反論する。

「でも、人の命は重んじるべきです」

「そうだな。その為に取れる算段は全力を尽くすさ」

 そう言ってルグランジュは微笑んだ。

 ディスプレイ上の海図に表示される彼我の戦力差、と言っても国連軍くらいしか表示される戦力は無いが、を見ていた青葉は一つ気になるモノがあった。マリョルカ島へ進出予定の航空団の名前だ。第五〇九爆撃航空団。一見すると何の変哲もない爆撃機を備えた航空部隊の名前にしか見えない。だが青葉は日本人として、その部隊の名前の歴史に刻まれた血塗られた過去を知っている。

 第五〇九爆撃航空団、そのルーツは太平洋戦争時に日本本土へ世界初の核攻撃となる原子爆弾を投下した第五〇九混成部隊を祖とする部隊だ。現在はB-21レイダーを装備した北米方面軍航空軍の爆撃機部隊の一つであるが、一〇〇年以上前極少数のB-29が二発の原子爆弾を広島、長崎に投下して人類史上初の核攻撃を実施した。

 単なる偶然と言えばそれまでだが、青葉として気がかりになる部隊名だ。

「司令官、一つ質問を良いですか?」

「なんだ、青葉」

 ディスプレイに視線を向けたまま質問を向けて来る青葉にルグランジュは笑みを吹き消して向き直る。自分に上官が向き直るのを音で聞き取りながら青葉は質問を口にした。

「艦娘艦隊が敵戦力を誘引し、爆撃機による戦略爆撃が実行出来たとして、その戦略爆撃の効果がこれ以上望めないものだと判明した際の予備手段は検討されているのでしょうか?」

「何が言いたいんだ?」

 質問の意図を図りかねていると言うよりも、その確信を理解しており、もっと正直に、包み隠さずに聞く様に促すかのような口調で聞き返すルグランジュの顔を見上げて、青葉は直球に質問を正した。

「ではもっと正確に質問しましょう。艦娘艦隊戦力による誘因は成功したが、通常爆撃では攻略不可だと判明した場合、第五〇九爆撃航空団による熱核兵器による焦土作戦を実施する予定はあるのか否か、です」

 その言葉にルグランジュ以外の参謀達と夕張が目を剥いた。

「国連軍上層部、欧州総軍司令部と我が前線艦隊司令部とであらゆる可能性を視野に入れた選択肢を協議している、とだけは答えておこう」

「あらゆる選択肢。つまり核兵器運用も視野に入れて、と言う事ですね」

 食い下がる青葉の眼は本気だった。青葉として、日本人として核兵器のこれ以上の使用は絶対に認められない領域である。種子島の戦いで戦死した鈴谷が反核兵器の立場だった事は友人だった青葉も理解しているし、広島県生まれの青葉として一〇〇年余り前故郷を焼き払った人類が生み出した悪魔の産物は忌み嫌う存在だ。

 狼の様に最後の最後まで食らいつく素振りを見せる青葉に、ルグランジュは無言でディスプレイの司令官操作パネルを操作し、パスコード認証と自身のカードキーを通すと、パネルにモニターに表示させた作戦綱領をUSBメモリにデータをダウンロードし、そのUSBを青葉に渡した。

「母艦で他の第三三特別混成機動艦隊のメンバーとよく確認すると良い。この作戦の奥の手がどういうモノを想定しているか」

 

 その日の夕刻、太陽が西に沈みかけ始めた頃、マリョルカ島を東西から挟み込みように進撃して来たエコー隊とウィスキー隊の二つの上陸部隊は、小規模な深海棲艦の地上戦力の抵抗を排除しながら旧ソリェル、ビニサレム、ポレラス、フェラニチで合流を果たし、マリョルカ島全島の掌握、奪還を成功させた。

 廃墟と化した旧パルマには国連軍の旗が翻り、反転攻勢の一歩を進めた国連軍海兵隊の将兵の歓声が島の各地で上がった。欧州総軍に属する欧州各国から抽出されて来た海兵隊の隊員は国境の垣根を超え、自分達が成し遂げた勝利を分かち合い、手を携えて喜んだ。

 

 島の制圧、奪還の成功が宣告されると、上陸部隊支援に回っていた六人の艦娘も母艦への帰還命令が下され、ワシントン、サウスダコタ、ヘイウッド、大和はそれぞれの艦娘母艦へ、愛鷹と深雪の二人は「ズムウォルト」へと帰還した。

 艦砲射撃を一回実施した以外にする事は殆ど無く、単にマリョルカ島の沖合でぷかぷか浮かんでいただけの様な一日を終えた愛鷹と深雪は、「ズムウォルト」のウェルドックに着艦すると、艤装を外し、伸びをしながら居住区へと戻った。

 昼間に簡易携帯食料のエネルギーバーとパック水を飲んだ以外に休息と言う休息をしていない愛鷹は、部屋に戻ると制帽と靴、上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、そのままベッドに倒れ込む様に横になった。ふかふかのベッドでは無いが、それでも力を抜いて横になれると言うだけで緊張感が抜け、どっと溢れ出る疲労感からそれから三〇分程愛鷹は気を失う様に眠り込んだ。

 三〇分後、トントンと言う部屋のドアをノックする音で愛鷹は目を覚ました。

「どなた?」

「青葉です」

 地上部隊支援の為に張り付かされていた自分に代わって、旗艦でルグランジュから事後の作戦予定を聞いて来る役割を担っていた青葉が、その伝達されて来た次の任務の話を持って来た様だ。まだほんのり疲れはあったが、寝落ちする前よりは少し楽になった感じがした。

 入室を許可する愛鷹に青葉が夕張と共に狭い愛鷹の船室へ入って来た。

「お疲れ様です」

「よく眠れましたか?」

「まだ寝足りないですね。一日中寝ていたい気分です」

 加減を伺う青葉と夕張が顔を覗き込む様に伺う視線を送って来る。率直に今の自分が求める「休養」を口にしながらも、愛鷹はベッドに座ったまま二人と向き合った。

「それで、どうでしたか?」

「第三三特別混成機動艦隊は昨日の戦闘による消耗の補給、補充、艤装の整備、艦娘各員の休養を完了次第、次の攻略目標であるコルス島、サルディーニャ島攻略に先立って海域に展開する深海棲艦の展開戦力の把握に務めよ、と言うのがルグランジュ提督からの伝達内容です。

 先の艦隊戦で深海棲艦が投入して来た大規模な艦隊戦力、それとその艦隊の来襲して来た方角から見るに、コルス島、サルディーニャ島が深海棲艦のアンツィオに至るまでの道筋に立ちふさがる関所となっているのは間違いないと推測されています。問題はどの程度の敵艦隊が展開しており、二つの島にどれ程の陸上型が居るのか現状何一つ情報が無いと言う事ですが」

 伝達内容を話す青葉から聞ける情報に目新しい事は無い。前衛、偵察部隊である第三三特別混成機動艦隊の仕事をこれまで通りこなして、次なる攻略目標の島々に至るまでに潜む深海棲艦の状況把握に務めろ。何の捻りも無く、奇策も無い、従来通りの任務内容だ。変わったところ言えばその任務を実施する海域くらいである。

「いつも通り、本隊の進軍前に海域に潜む深海棲艦を見てこい、って話ですね」

 何にも変わらない、変わりようも無いのか、と軽く溜息を交える愛鷹に夕張が一つ思い出した様に青葉の話に補足情報を入れる。

「リグリア海は無人機偵察の結果、深海棲艦の跳梁跋扈は確認されていないとの事です」

「リグリア海まで偵察しに行かなくていい、それだけでも随分手間が省けますよ」

 そう返す愛鷹に、青葉はキュロットのポケットからUSBを出して愛鷹に見せながら話の内容を変えた。

「そしてここからが本題なのですが、欧州総軍及び国連軍最上層部は深海棲艦がコルス島、サルディーニャ島の防備を鉄壁化して既存兵力での攻略が困難だと判断した場合の最終手段を既に策定済みだとの事です」

「最終手段?」

 それは一体、と目で問う愛鷹に青葉は愛鷹の部屋のデスクの上にあるラップトップを立ち上げると、USBを接続して暗号化された封緘命令書を開封した。

「これです」

 ディスプレイを見る様に促す青葉をちらっと見てからベッドから立ち上がってラップトップに歩み寄りディスプレイに表示される封緘命令書の命令文と作戦綱領に目を通す。横文字で書かれた文章が何行も連なり、それを速読して行きながら愛鷹は不穏なワードを読み取り嫌な予感を募らせていった。

 そして二ページ目に書かれた「Tacthical Nuclear Attack Operation」の文字を見て愕然とした。

「第五〇九爆撃航空団による戦略爆撃をもってコルス島、サルディーニャ島の敵戦力の無力化が不可能だと判断された場合、コード66Dを発動。コルス島、サルディーニャ島両島に対するMk.83純粋水爆爆弾による核攻撃を実施するものとする……これって……!」

「第五〇九爆撃航空団と言うワードが出た時に薄々嫌な予感がしていたんです。で、ルグランジュ司令官に食い下がったらこの封緘命令書を渡されました。沖ノ鳥島海域でタガが外れたんでしょうかね、困ったときには核を使用して何でも解決していくつもりですよ」

「まだ戦術核の段階だからまだしも、この先国連軍が深海棲艦を前に致命的な敗退を喫してテリトリーを大幅に失陥するような事態が発生した際、戦略核にすら手を出す可能性すらある……」

 自分で言っておきながら、馬鹿な、と感情論に任せて否定する自分と、だが現実として有り得なくもないと肯定する自分の二つが同時に脳内に現出する。

「そう言えばイタリア半島での戦況はどうなってるんです? 北米方面から二個師団を増派した筈ですが」

「深海棲艦の反転攻勢で南北戦線が全域にわたって後退を余儀なくされています。南部戦線は既にタラント目前に迫られており、民間人の脱出と補給が空路でクロアチア経由で行われています。青葉が独自に調査したところでは、民間人の脱出に至っては民間の漁船までもを使ってアドリア海を渡りクロアチア等へ脱出する動きも出て来ているとか。中には法外な船賃をぼったくっている悪徳業者も出て来ていると。

 それとUNHCRの発表では難民の受け入れ問題などでクロアチア国内では不満が高まっていると。クロアチアだけでなくカストロビア、アデルと言った周辺諸国にも難民が流れ込み、難民キャンプの治安悪化も問題だとの事です」

「難民問題は私達の関与出来る余地はありません。それよりも国連軍上層部に核攻撃の実施に踏み切らせない様に私達が何とかしないといけません」

 とは言っても所詮は一兵力単位でしかない自分達艦娘に何が出来ると言うのか。コルス島、サルディーニャ島に展開する深海棲艦の戦力が強大で現有戦力では攻略不可だと分かったらその事実をもみ消すか? いやそれをしたところで戦略爆撃を実施する爆撃機部隊が結局は自分達が隠した事を目の当たりにする事になるから情報の隠蔽は意味が無い。

 では第三三特別混成機動艦隊の手でコルス島、サルディーニャ島に展開しているであろう陸上深海棲艦を撃滅するか? 確かにイントレピッド、伊吹と強力な空母艦娘と航空戦力は有している。だが両島が強固に防空網を敷いた要塞化されていたら航空妖精程度の航空機では悪戯な消耗戦になるだけだ。

 そもそもコルス島、サルディーニャ島へ至る海域にどれ程の深海棲艦が潜んでいるかも分からない中、艦隊戦力を温存し切った状態でコルス島、サルディーニャ島へ攻撃が出来る保証はない。最も効果的なのがB-21による戦略爆撃だったと言う訳だ。

 しかし沖ノ鳥島海域での前例がある。完全な要塞化が出来ていたとは言えない沖ノ鳥島海域の深海棲艦相手にB-21の爆撃効果は不十分なままで終わり、一航戦を動員してまでの攻撃すら退けられた。B-21の爆弾搭載量とその火力は、当然ながら艦娘が投射出来る火力を遥かに凌駕する。例えば艦娘艦隊で最大級の火力投射量を誇る大和型改二艦娘が全弾薬を消費してでも撃破に半日かかる目標を、B-21ならモノの数分で壊滅させられる火力投射力があるのだ。

 マリョルカ島の陸上型深海棲艦は艦娘艦隊の火力でも充分に撃破出来たが、コルス島、サルディーニャ島に展開する深海棲艦もそうとは限らない。無論マリョルカ島の陸上型深海棲艦と同等レベルであると言う杞憂で終わる可能性も無くはない。しかし順当に考えると深海棲艦が上陸したアンツィオからマルタ島にかけての深海棲艦のテリトリーを防衛するにこの二つの島は重要な戦略位置にある。防備を固めていないと言うのが無理があるだろう。

 今考えてもどうにもなるモノでもない、寧ろ自分達の眼でコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の展開状況を確認してからが本番だろう。

「取り敢えず、まずはコルス島、サルディーニャ島に至るまでの海域にどのような深海棲艦が潜んでいるのか、を探る事から始めましょう」

「ルグランジュ提督からは明日丸一日準備期間兼休養期間として与えられました。それだけあれば今動ける第三三特別混成機動艦隊の艦娘の艤装の修理や整備は充分出来ます。愛鷹さんの大破した航空艤装も全面修理が出来ると思いますよ」

 第三三特別混成機動艦隊に属する艦娘達の艤装に関する各種整備、保守作業全般を「ズムウォルト」乗り込みの艤装技官と共に観る立場の夕張の言葉に、愛鷹は宜しいと頷く。

「つまり明後日、威力偵察出撃に出る訳ですが人選はどうします?」

 出撃するメンバーをどうするかと問う青葉に愛鷹は顎を右手でつまんで考え込む。

「今回はデフォルト編成で行きましょうか。第三三戦隊メンバーでの出撃に絞ります。残りのメンバーは待機で」

「了解です、ガサや皆に伝達しておきます」

 デフォルト編成、つまり第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊の愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の七人の遊撃部隊編成での出撃と言う事だ。一番愛鷹が慣れている編成だし、今から戦力を全力投入するよりも威力偵察目的に小規模部隊でまずは様子見だ。現状摩耶と鳥海が負傷離脱を余儀なくされている以上は全力出撃も無理だ。

「明日一日一杯使って私達で事前の準備は進めておくので、愛鷹さんはここで丸一日寝ていても良いですよ」

 気を使ってくれる夕張の提案に感謝の念を覚えながらも、愛鷹は首を横に振った。

「どうせ、暇すぎて逆に苛立って来ると思うので、午前中いっぱいだけにしておきますよ」

「せわしない人ですね」

 そう言って夕張は苦笑を浮かべた。

 

 翌日、上陸した海兵隊工兵部隊の手で瞬く間に航空基地として再整備が行われた旧パルマ・デ・マリョルカ空港に、人員と機材、補給物資を満載したC-17輸送機が多数が着陸し、更なる航空基地の拡充作業が行われた。正午にはE10B AWACS一機とそれ管制された一二機のQA-10無人対地攻撃機が飛来した。

 QA-10は旧式化したA-10サンダーボルト対地攻撃機の機体を流用して無人機化した無人攻撃機だ。対深海棲艦攻撃においてもその機首に備えられたGAU-8 三〇ミリ七砲身ガトリング機関砲の威力は申し分ない。深海棲艦相手に誘導弾は使えないが代わりにハイドラ70対地ロケットのランチャーを多数備えている。装填されるロケット弾は主に対装甲ロケット弾のM247だが、リード機には目標マーキング用の白リン弾弾頭のM156も装填されている。QA-10は無人攻撃機ではあるが、完全自立制御では無く、ある程度はE10B等からのオペレーターの操作を要求する。

 QA-10の飛行中隊とそれを管制するAWACSが飛来して更に二時間後にはAC-130Jゴーストライダー対地攻撃機が二機とKC-46空中給油機一機が飛来した。AC-130Jは一〇五ミリ榴弾砲とGAU-23/A三〇ミリ機関砲、その他対地兵装を備えたAC-130シリーズのガンシップだ。旋回しながら継続して一〇五ミリと三〇ミリの火力を投射するゴーストライダーがもたらす破壊力は絶大だ。

 そして日が暮れかけた夕刻に、パルマ・デ・マリョルカに送り込まれる航空戦力の本命である第五〇九爆撃航空団のB-21レイダーステルス爆撃機八機が、整備されたての滑走路に着陸した。漆黒の全翼機が滑走路に降り立つと、地上作業員の誘導を受けて、これもまた再整備されたてのエプロンへと入る。前任機のB-2スピリット・ステルス爆撃機より一回り小柄ながら爆装量、航続距離など様々な面で既存のアメリカ製の爆撃を上回る高性能な爆撃機だ。空飛ぶ国家予算と揶揄されたB-2よりも調達コストが抑えられている為大量配備が成されており、国連軍北米航空軍では普遍的と言える程普及した爆撃機だ。

 日が出ている間に飛来したQA-10やAC-130J等が艦娘に対する近接航空支援(CAS)を目的としているなら、B-21はコルス島、サルディーニャ島、更にその先のアンツィオ。マルタ島等に居座る陸上型深海棲艦を大量に搭載した爆弾で焼き払う戦略爆撃を目的とした機体だ。黒い機体はどことなく悪役感を漂わせているが、乗り込むパイロットは総じてフレンドリーな男女であり、航空基地を整備した欧州総軍所属の海兵隊の隊員とも早々に打ち解けていた。

 

 

 B-21がマリョルカ島の航空基地に飛来する頃、愛鷹はマリョルカ島の沖合に停泊する「ズムウォルト」のヘリ甲板の艦尾で葉巻をくゆらせながら着陸アプローチに入る八機の全翼機の機影を見上げていた。

 ちりちりと葉先が鳴る中、空の向こうから八機のブーメランの様な形状をした全翼機がパルマ・デ・マリョルカの航空基地の滑走路へアプローチしていくエンジン音が響き渡って来る。制帽の鍔の下からその姿を見上げつつ、愛鷹はその全翼機から投下される爆弾が、熱核兵器では無い、通常弾頭だけで済む事を願った。

 封緘命令書を読んだ限りでは展開と同時にMk.83純粋水爆も運び込まれる訳では無く、艦娘艦隊によるコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の戦力状況を把握、検討の上で後々運び込むか、核兵器貯蔵庫に仕舞い込んだままにするかを決めると言う。

 一応戦略爆撃とは言っても、目標が頑強な陸上型深海棲艦の場合は通常弾に加えて、MOP2バンカーバスターこと大型地中貫通爆弾による爆撃も実施すると言う。本来のMOPはGPS誘導の誘導爆弾だが、深海棲艦の影響による誘導システムの無力化に対して、投下する爆撃の爆撃照準器を改良する事で従来よりは二割ほど命中精度を落としてはいるが、それでも尚高い精度を誇る無誘導爆撃を実現している。B-21なら深海棲艦の対空小鬼や砲台小鬼の射高外となる高高度から爆弾を投下する事が可能だ。

 出来る事ならそのMOP2で片が付けば、と願わんばかりだ。愛鷹とて核兵器と言うモノは私情を交えても非常に好ましくない存在であるし、乱用は憂慮すべき事態である。追い詰められた人類が無制限核兵器使用に踏み切り、核の冬を引き起こす事態になる事は前線に立つ艦娘としても避けたい惨劇である。

 イタリア半島での地上戦は今この瞬間でも続いている。多くの海兵隊員が死傷しながらも、イタリア半島南部に取り残された民間人の脱出の時間稼ぎを続けている。秩序は保たれているが、いつ防衛線を破られた報を聞いた民間人が輸送機に殺到して、その民間人を振り落としながら輸送機が飛び立つ事態になるのだけは願い下げだ。施設時代、過去に中東のある国での政変に伴い国外脱出を試みる民間人が無数に輸送機に群がり、載せきれなかった彼らを振り落としながら輸送機が飛び立つ光景を収めたビデオを見た記憶がある。

 自分達西部進撃隊と対を成す東部進撃隊は戦艦棲姫や空母棲姫を中核とする大規模な深海棲艦の艦隊と幾度となく交戦を繰り返し、徐々にだが戦線を押し上げているという。特に地中海を庭とするイタリア艦隊とフランス艦隊の活躍が目覚ましいと言う。リットリオ級戦艦艦娘の三八センチ主砲弾はカタログスペック上では大和型の四六センチ主砲弾やアイオワ級のSHSにも匹敵する弾頭重量を発揮する関係上、重装甲の戦艦棲姫相手にも有効にその火力を発揮しているという。一〇〇年程前に存在した史実のイタリア王国海軍のリットリオ級戦艦と違い、アメリカ製の艦娘サイズのSK+SGレーダーを備えているので艦娘の母体となったリットリオ級戦艦の欠点であったレーダーの欠如と言う問題点も解決されている。

 その他にもドイツ艦隊の戦艦艦娘フリードリッヒ・デア・グロッセと重巡艦娘ザイドリッツなどのドイツ艦隊、ロシア艦隊から派遣されて来た戦艦艦娘ソヴィエツキー・ソユーズと巡洋艦娘キーロフと言った主力艦艇艦娘の働きで今のところ東部進撃隊は負けなしの常勝を続けている。ただ東部進撃隊の前面に展開する深海棲艦の数が尋常では無い程に多く、また深海潜水艦隊の跋扈で進撃のペースはそう簡単には上げられない様だ。

 大規模な艦隊を艦娘艦隊との交戦で丸々失って以降、西部進撃隊が受け持つ海域で今のところ深海棲艦の水上艦隊の出現は確認されていない。マリョルカ島を制圧して以来、北米艦隊、英国艦隊、ドイツ艦隊の駆逐艦娘がピケットラインを構築して警戒に当たっているが、深海棲艦の斥候艦すら見ない。西地中海に展開できる主力機動艦隊を失って、深海棲艦も守勢に回っているのかも知れないが、実情がどうなのかは明日から調べて見ない事にははっきりしない。

「狼が居るのかしら……」

 水上艦隊が出張って来ないなら、或いはと呟く愛鷹の口から葉巻の煙が零れた。

 

 日本艦隊統合基地から外出許可を得た比叡は非番の妙高と川内と共に外食に出かけていた。基地内の食堂でも充分美味しい食事を食べられるが、統合基地に隣接する横須賀市内の店でしか味わえない食事があるだけに、外出許可を取って市内に繰り出す艦娘は少なくない。

 歩道を歩く私服の三人の靴音がコツコツと響く中、未だに人気の多い市内の姿を見て比叡が溜息交じりに呟く。

「内陸部への疎開は思うように進んでいないのね」

「高齢者を中心に生まれ育った故郷を離れたくない、って言う人もいるし、日本全土での内陸部への終わりの見えない疎開要請に受け入れ先が見つからない民間人も少なくないからね。そう簡単に今の生活を捨てて、縁の少ない土地でいつ終わるか分からない疎開要請の終了を待つのも大変なんだよ。学生さんとかだと受験生とかになれば引っ越しのごたごたで受験勉強の時間が削られるのがきつい人もいるだろうし、自営業の人とかは店を閉じた後の疎開期間中の損失の補填とかで心配にもなるし。あ、ちょっと待って」

 比叡の呟きに答えていた川内は解けていたスニーカーの靴ひもを結び直しに身を屈める。ショートブーツの比叡とパンプスの妙高と違って普段から川内は動きやすい、と言うよりは走りやすいカジュアルな服装と靴を好むところがあった。

「まだ首都圏を始め、日本の太平洋沿岸部の住民で内陸部へ疎開を行った方々の数は全体の三分の一にも満たないと聞きます。それだけそう簡単に疎開出来るものでは無いと言う事なのでしょう。深海棲艦の活動活発化のニュースは連日報道されているだけに、もはや緊張感も途切れて、オオカミ少年の様な事になっているのかも知れません」

 そう語る妙高の言葉も納得がいく。テレビのニュースでは連日国連軍からの情報公開を定期的に流してはいるが、それが結果として日常風景と化して、初めて疎開要請を促すニュースが流れた時よりも日本国内での民間人に芽生える緊張感が薄まっている印象は比叡も強く感じていた。

 靴ひもを結び直した川内を待って再び歩き出す三人の耳に街頭に立ち並ぶ自営業の店の奥からテレビニュースのキャスターの報道の声が聞こえて来る。時間帯もあって日常風景と言えるニュースしか聞こえて来ない。

 その時、ふと比叡の眼に異質なものが目に入った。

「ねえ、あれ、何?」

 彼女が指さすポスターを見た川内が「ああ、あれ」とポスターを見て答える。旭日旗を背景に、小銃を構えた若い男女が笑顔で「愛国心を示そう」と訴えるさも思想の強そうな募集ポスターだ。

「戦略防衛軍入隊希望者ポスターだよ。所謂国連軍日本方面軍では無い、日本独自の軍事力保有を目指したヤツ。ほら、今の日本って陸海空の全ての軍事力を国連軍に提供しているから、固有の防衛力含めた軍事力ってものが無いでしょ。最近中東でまた動乱が起きてその際に国連軍頼みの邦人保護ってやり方が結構面倒なところが多くて、それが創設のきっかけにもなってるみたい。あたしが聞いた感じじゃ戦略防衛軍は国連軍条約の抜け目を掻い潜った要綱を満たした日本独自の軍隊って事らしいよ。他国への侵攻能力の一切を有さない、防衛と邦人防衛特化の強力な警察力を持つ治安維持部隊の保有なら国連軍条約でも禁止されて無いからね。今の国連軍体制に不満を持つ旧自衛隊関係者や国連軍編入に伴って退役した旧自衛隊員が現役復帰して入隊しているってさ。あとは愛国心の塊みたいな人が入隊しているって。立ち位置的にはロシアの国境軍、中国の武警、海警みたいなものだね。ぶっちゃけ艦娘が関与する様な組織じゃないよ。防衛特化の軍隊だから独自の艦娘も持たないだろうし」

「国連軍条約の抜け目の多さも問題ではありますが、あまり関わりたくはない方々、と言う感じがしますわね」

 距離を置きたいと言う表情を浮かべる妙高の言う通り、些か距離を近くしたくない存在に感じられた。現在の国連の強権体制に不満を持つ人間は少なくないが、ここまで露骨な独自路線は一週回って気味が悪い。

「元自衛隊関係者が多数関与してるって事は、数を除けば質では相当高い軍隊になりそうね」

 ポスターから視線を逸らしながら比叡が言う。かつて世界有数の軍事力を誇った自衛隊の隊員だった人間が多数加わると言うのなら、相当質は高い軍事組織になるだろう。少子高齢化社会の影響で国連軍編入前の時点で自衛隊は規模縮小を余儀なくされてはいたが、腐っても鯛とはよく言ったもので陸空においては規模が小さくなっても世界的に高い練度が落ちる事は無かった。一方旧海上自衛隊は規模縮小と深海棲艦との戦いで士クラスから佐官クラスに至るまでの多くの艦艇分野における人員を失って練度が低下している。今の日本艦隊の司令官である武本が旧海上自衛隊の数少ない艦艇乗りだった将校である事は日本艦隊の艦娘達で知らぬ話ではないし、比叡の妹の霧島や伊勢と日向、加賀、最上等に至っては海上自衛隊の元海士だったと言う履歴もあるなど、海自上がりの艦娘もいるにはいる。

 

 もし戦略防衛軍が設立されれば日本の防衛を担う軍事力が二つも存在する事になる。指揮系統で混乱が生じる可能性は無いだろうが、同じ土地に二つの似たような任務を帯びた組織が存在するのは船頭多くして船山に上る事になりそうでそれはそれで不安になる話だ。

 ただ、戦略防衛軍を作ろうとする気持ちも分からなくはない。現在の国連軍日本方面軍の戦力は旧陸上自衛隊と航空自衛隊、海上自衛隊からの続投組と新規入隊者、それに一部ながら旧在日米軍の残存兵員や中国、韓国、ロシアの部隊がオブザーバーとして参加しており、現在の総兵員数は陸海空合わせて一〇万人。国連軍日本方面軍の主力は旧自衛隊戦力とは言え、国連軍編入に当たって退役した自衛官も多く、定数は規模縮小前の自衛隊の総数よりも少ない。

 地上部隊に至ってはそもそも大規模な部隊が展開していない地方も存在する。例えば北海道は依然として第七師団や第二師団が存在するし、関東と九州にも師団編成部隊に加え富士教導団が存在するが、東北地方、近畿地方、中国、四国地方にあった旧陸上自衛隊の師団や旅団は定数不足激しく解隊されて、沿岸警備中隊として極めて小規模な組織へ改変されている。当然ながら対深海棲艦防衛においても、対人戦においても穴だらけの防衛状況だ。

 日本の人口は二〇四八年現在一億五〇〇万人余りとされ、人口比にして軍事に関わる人口が世界的に見ても少ない方だ。無論単純に少子高齢化で軍に入る若者が減っているのもあるにはあるにせよ、それでも少なすぎると言われている。

 本土防衛に限るなら戦略防衛軍の手を借りざるを得ない状況も発生しうるかも知れない。

 

「嫌な世の中ね」

 ぽつりと呟きながら比叡は空を仰いで、平和な世界にならないのかと誰と無く空へ向かって問いかけていた。

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