「愛鷹、出る!」
発艦申告を告げてから一拍置いて、カタパルトが作動音を立てて艤装を纏った愛鷹を海上へと射出した。射出された身体が軽く宙を飛んだ後、両足を海上に着けるや機関部から伝達されて来た動力が靴底から海中へと伝播され長身の愛鷹を海上に立たせ、前へと進めた。既に発艦済みの青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の六人と合流すると、いつもの様に自ら先頭に立ち、西へと舵を切る。
愛鷹以下単縦陣を組んで海上を前進する第三三特別混成機動艦隊の上空は生憎の曇天だった。そう何時も綺麗な青空ばかりに恵まれる訳ではないとは言え、どんよりとした鈍色の空は視界だけでなく心まで影を落としそうな心理的効果を出していた。
曇天は曇天でも、雨が降る様子は今のところない。波も艦娘が航行するには許容範囲内の高さである。
今回の愛鷹達の向かう先はコルス島とサルディーニャ島の両島だった。広大な偵察エリアを瑞鳳と青葉の艦載機を用いて海空の全域を捜索し、深海棲艦の展開戦力を把握する。やる事自体は何時もの、第三三特別混成機動艦隊結成前の第三三戦隊の時から何一つ変わっていない。本隊の講堂前に敵勢力圏に侵入して、敵の展開情報を収集して帰る。ここ最近は艦隊決戦に先立っての前衛部隊として投入されてきていたが、今回は索敵攻撃部隊として編成された第三三戦隊の本来の任務に戻ったと言えた。メンバーも第三三特別混成機動艦隊の中でも母体となった第三三戦隊の初期メンバー七人で構成されている。初心に帰ったと言えばそうなる形だ。
「瑞鳳さん索敵機発艦始め。青葉さん哨戒機発艦始め」
ヘッドセットの通知スイッチを押して、瑞鳳と青葉にそれぞれ索敵機と哨戒機の発艦を命じる。二人から了解の返答が帰り、背後からギリギリと弓のしなる音と、カタパルトから水上機を射出する乾いた圧搾空気の射出音が鳴った。打ち出されて空を掴む天山一二型甲改と瑞雲12型第一一八特別航空団仕様のエンジン音が辺り一帯に殷々と響き渡る。機上レーダーを駆使して海空の深海棲艦の捜索を担当する天山に対し、瑞雲は持ち前の低速性能を生かした対潜哨戒任務だ。KMXと呼ばれるMAD(磁器探知機)を備えた瑞雲が二機一組の編隊を組んで四方向へ散っていく。
航空機による広域索敵網を構築する一方、愛鷹ら七人の艦娘自身も双眼鏡を手に自分達の眼と耳で海上の警戒に当たる。時代がどれほど進もうと、技術がどんなに発達しようが、最終的にモノを言うのが人の五感である事は今後も変わる事は無いだろう。
先の艦隊決戦で艦娘艦隊は少なくない損害を被った。航空戦力、艦娘両方だ。しかし幸いにも艦娘に轟沈したものは無く、負傷者の手当は医療設備の充実した大型艦娘母艦で行われ、航空戦力も現在補充と再編成が進められており、損害の補填は順調だ。対する深海棲艦は水上艦隊が被った損害は甚大なのか、それとも守勢に回ったのか、マリョルカ島を巡る海戦、バレアレス諸島沖海戦が国連海軍の勝利に終わってからこっち、深海棲艦の水上艦隊が姿を見せる事は一切なく、長距離渡洋爆撃を試みる爆撃機すら姿を見せない。捨て駒として使っても問題は無いであろう無印のイ級からなる水雷戦隊すら姿を見せないのはかえって不気味でもある。
最も深海棲艦が姿を見せないのはかえってマリョルカ島への兵力増強と拠点化にリソースを避けると言う意味では悪い話ではない。AWACSや哨戒機も進出し、かつて早期警戒電探棲姫が鎮座していたトラムンターナ山脈には仮設のレーダーサイトが建設され、標高一四〇〇メートル余りの高さに設置されているレーダーが海と空に電波の波を三六〇度伝播させ、反射するもの全てをレーダーサイトの監視所のコンソールのディスプレイに表示させている。今のところレーダーが拾ったものは精々渡り鳥の影位だ。
「ターミガン、フェーザント各隊、現状敵との接触無し……静かですね」
索敵機から共有されてくる索敵情報を見た瑞鳳が張り合い無さそうに言う。
「水上艦は居なくても、海中に潜れる潜水艦となれば話は別です」
反論する様に青葉が頭を振る。天山の機上レーダーでは電波が通りにくい海中に潜む潜水艦までは捕捉出来ないから、水上艦と違って瑞鳳の艦載機では海中に潜む潜水艦の姿を捉える事は出来ない。その分を青葉の瑞雲が穴埋めする形で展開しているのだが、今のところは青葉の瑞雲の方でも潜水艦探知の報告はない。
ソーナー探知を続ける青葉は先頭を行く愛鷹の背中とHUDのソーナー反応を交互に見ながら、疑問を呈する。
「水上艦隊が出張って来ないのは何故なんでしょう。まだ多数の水上艦隊を深海棲艦は有している筈なのに」
「私達がこの海に来るまでの間、欧州総軍艦隊との戦闘で少なくない数を失っているだけに、向こうも余裕が無いのでしょう。残存する有力な艦隊はコルス、サルディーニャの二つの島とアンツィオの防衛艦隊に割いて、防備を固めているのかも知れません。守りの方が攻めの方よりも地の利を生かす分、条件次第では優位には立てます」
完全に守勢に回っているのなら深海棲艦も取れる戦術が絞れるだけに戦いやすいのだろう。これが同じ人間相手なら、コルス、サルディーニャ島を攻略すると見せかけて、アンツィオへ直行すると言う戦術も可能ではあるが、相手は深海棲艦だ。国連軍の対深海棲艦に対する方針は「殲滅戦」である。見逃した深海棲艦が戦力を再編して後背から襲い掛かってくる可能性もあるし、後顧の憂いを断つと言う意味でも、国連軍のドクトリンに則っていると言う意味でも時間がかかってもいいから確実に各拠点の深海棲艦は殲滅して行かねばならない。消耗戦そのものであり、艦娘も将兵も神経と体力をすり減らすばかりであるが、相手が相手なだけにこれしか取れる戦略が無い。一匹でも残したらそこから新たな深海棲艦が現れないと言う保証はないのだ。
「なあ、愛鷹。深雪様的にこんな説は無いかな、って思う事があるんだけど」
ふと双眼鏡を手に水上監視を行っている深雪が愛鷹に顔を振り向けた。軽く深雪の方へ首を回した愛鷹が無言で先を促すと、深雪は再度双眼鏡を覗き込みながら、自身の中で考え付いたある事の続きを話した。
「深海棲艦、戦艦級以外は防衛艦隊に回してるとして、戦艦棲姫やス級を座礁擱座させて陸上砲台にさせて深雪様たちを待ち受けていたりしないかなって。少なくとも海上に浮かんでいるよりか、地上に足を付けている方が砲に伝わる波の動揺は受けないだろ? 勿論陸上型深海棲艦にも巨大な地上砲台を備えている奴はいるけどさ」
「完全に守勢に回り過ぎじゃないそれ? 私達に対して反転攻勢に出るだけの戦力をすぐには使えなくさせちゃうことになるわよ」
話を聞いていた衣笠の対論に、深雪もその通りで貼ると頷きながらも、右手の人差し指を立てて横目で衣笠を見ながら答える。
「だがしかし、だ。そういう可能性も視野に入れておくべきじゃないか、と言う事さ」
「トーチカ要塞棲姫やトーチカ小鬼が深海棲艦の地上戦力として配備されている中、既存の戦艦級を座礁擱座させて折角の機動力を捨ててまで陸上砲台にするのは現実的な戦術とは言い難いですが……でも、一理あると言えばそうですね。少なくともス級の主砲は、陸上型深海棲艦の中で最大口径の砲を備えている港湾水鬼と同等か、それ以上。その巨大砲も海上にある内は青葉達艦娘同様並みの動揺を等しく受ける。でも、座礁擱座させて陸上砲台化してしまえば波の問題は無くなり、高精度の大口径艦砲射撃が降り注ぐ……」
現実的な観点から一度は否定した青葉も、可能性はゼロでは無いと言う事に着眼して、自身の発言を見つめ直しながら、ゼロでは無い可能性について頭を巡らせる。
「トーチカ要塞棲姫やトーチカ小鬼だけでも戦艦艦娘を一撃で撃破する事が出来る火力があるのに、既存の戦艦級を陸上砲台にしてしまうメリットなんてあるかしら?」
尚も首を傾げ、戦艦級深海棲艦の陸上砲台化に現実的観点から疑問を呈する衣笠に、青葉は右手で顎を覆う様に掴み、少し考えた後導き出した答えを口にする。
「トーチカ棲姫、小鬼共に対空戦闘能力は決して高い訳では無い、所詮は対地対艦攻撃の為の砲台。だけど戦艦級深海棲艦は固有の対空火器がある。つまり一個の固定防御拠点として完結した戦闘能力があるって事だよ。勿論ツ級やト級flagship級とかよりは劣るとは言え、対水上射撃、対空迎撃どちらもこなせる、と言う意味では汎用性に優れている」
「とは言っても、今のところコルス島、サルディーニャ島がどうなっているのかすら分かっていない状況、ここでの議論は全て憶測にしかならないのよね」
議論に加わっていなかった夕張のその言葉はぐうの音も出ない正論ではあった。居るかもしれない、どうなっているかもまだ分からないコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の状況をあくまでそれっぽい理由を付けて語っていたに過ぎない。
「行って見れば分かりますよ」
そう告げる愛鷹の言葉が締めとなり、全員元の任務に戻った。
ターミガン1-1は単機でコルス島へ向かう進路を飛行していた。機上の簡易電波逆探知機にすら深海レーダーの反応は一回を除いて無く、装備も空も静寂に包まれていた。ただターミガン1-1の天山一二型甲改の火星エンジンのエンジン音だけが規則正しいピッチ音を響かせていた。一二型で採用されている火星エンジンでも、海外の航空技術を導入して出力をそのままに燃費の向上を含めた性能の改善を図っているエンジンなので、ノーマルの天山一二型甲よりも航続距離は長くなっており、偵察機として申し分ない性能を持つ。速度こそ、二式艦偵や彩雲には劣るが、零戦二一型やそれとほぼ同性能の深海棲艦戦系よりは俊足だ。最も元が艦上攻撃機なだけに機動性は決して高いとは言えない。アメリカ空母艦娘で用いられていた偵察機としての性能も高いSBDドーントレス艦上爆撃機と比べたら見劣りする所はある。事実日本艦隊でも艦上偵察機兼艦上爆撃機としてアメリカ空母艦娘と同じSBD艦上爆撃機の導入も検討された事があり、トライアルも実施されたが、結局二式艦偵や彩雲の導入によって計画は流れてしまった。
第三三戦隊の一員である瑞鳳はそのトライアルに際し母艦艦娘として参加した日本艦隊の空母艦娘であり、SBD艦上爆撃機の事を「収納性に秀でて、爆装搭載量も多く、機動性も良好」と艦上爆撃機として当時のライバルであった九九式艦上爆撃機や偵察機としてのトライアル比較対象の二式艦偵、彩雲に無いところを褒め称えた報告書を作成していた。忖度抜きに彼女としては日本艦隊でもアメリカ空母艦娘と同じ機体を運用する方が、装備の融通、備品等の補給面で有利になるとして愛用の九九式艦爆より優れている事に悔しさを噛み締めながら賞賛していたが、結局はアメリカの航空技術を用いて日本の空母艦娘の艦載機のエンジン強化に努めると言う案が採択された。
天山一二型甲改の火星エンジンはアメリカの技術導入によってチェーンアップされた新型エンジンを載せているだけあって、パワフルなエンジン出力を実現しており、機体性能そのものを従来の天山よりも底上げしている。瑞鳳に搭載される天山一二型甲改は偵察機としての任務に特化した特注仕様であり、高いエンジン出力から来る余剰パワーにより機上レーダー、逆探等の豊富な艤装類の搭載を可能としていた。
「まもなくコルス島です」
後席員の航空妖精が操縦席に座る航空妖精にマップを確認しながら無線で伝える。
「ここまで来て、地上からのレーダーサイトの反応が無いのはおかしいな」
操縦桿を押しやって緩降下しながら、操縦席に座る航空妖精は疑念を口にしていた。島を警戒するピケット艦や地上設置の深海レーダーサイトからの早期警戒レーダー波を受信していてもおかしくない場所の筈だが、逆探は今になっても無反応を決め込んでいる。故障は有り得ないから、単純に深海棲艦側がレーダーを使用していないとしか言いようがない。
高度六〇〇メートルまで降下した天山一二型甲改の操縦席に座る航空妖精が目視で島の様子を確認する一方、後席員の航空妖精はカメラを起動して偵察写真の撮影準備にかかる。
「いるぞ、いるぞ、いるぞ」
目視可能なだけでも港湾棲姫、港湾水鬼、地上電探警戒棲姫、船渠棲姫、集積地棲姫の姿が確認出来た。ただどれも稼働状態には無い。偽装網を被って姿を隠そうとしているのが分かるが、隠しようのないシルエットは偽装網越しにも薄らと分かる。
後席からカメラのシャッターを切る音が響いて来る。
「偵察機の進入に、死んだふりして逃れようって腹積もりか?」
だとしたらもう少し隠れる努力はした方がいい、と航空妖精は苦笑を浮かべていた。一度第三三戦隊配属前に青葉を相手に攻撃演習を行った事があったが、巧みな偽装を施した青葉相手に攻撃効果を上げられなかった経験があるだけに、深海棲艦側の偽装対策の甘さには及第点を付ける気すら起きない。
≪1-2より1-1、現在コルス島北部を偵察飛行中。敵の抵抗なし、引き続き島の偵察を実施しつつ、突発的な敵襲に留意する≫
「1-1了解した」
島の北部を偵察するターミガン隊の二番機からの報告に応じながら、操縦席に座る航空妖精はフッとレバーを踏み、操縦桿を緩やかに倒して左に緩旋回しながら地上の深海棲艦の偵察写真撮影を続ける。予想に違わず多数の陸上型深海棲艦が進出しており、島全体が要塞化されている。船渠棲姫や港湾水鬼、港湾棲姫、前方展開泊地棲姫の姿も確認出来る。ただすでに拠点化が終わりかけているからなのか、あくまでも深海棲艦の拠点化完了までの仮拠点である前方展開泊地棲姫は解体作業が始まっている。
旧ボニファシオの港湾部には輸送船ワ級が少なくとも四〇隻は入港しているのが確認出来る。単なる前進基地としてだけでなく、深海棲艦の兵站拠点としても機能しているのだろう。それら深海輸送船団の姿も写真に収める。
「おや? ありゃあもしかして?」
カメラを覗き込んでいた後席員が意外そうな声を上げる。
「どうした?」
「旧ボニファシオ港の船渠棲姫の艤装の横に先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した新型の空母棲姫級が停泊しています。損傷していますね」
操縦席に座る航空妖精も旧ボニファシオ港の港湾部に目をやる。船渠棲姫の艤装の横に、先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した深海棲艦空母機動部隊で新たに確認された新型種の空母棲姫級が停泊しているのが見えた。先の海戦で損傷した傷を船渠棲姫の艤装に横付けして修理中らしい。そう言えばあの空母棲姫級を確実に撃沈したと言う戦果報告は確認されていない。
「この島に逃げ込んでいたのか。しっかりカメラに収めておけ、アンツィオとマルタ島攻略前に奴をここで仕留める事が出来るかもしれない」
コルス島の旧ボニファシオ港に先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した新型種の空母棲姫級がいると言う報告に愛鷹はふと戦闘詳報にも、新型種の空母棲姫級を撃沈したと言う確実報告の記述が無かった事を思い出した。
「取り逃がしていたか……まだ損傷修理途上なら、停泊中に撃沈する事も可能ではあるけど」
生憎、今の第三三特別混成機動艦隊の戦力ではコルス島に強襲攻撃を仕掛けるのは無謀だ。火力差が大きすぎる。愛鷹達は何の策も無しに巨人ガリヴァーに挑むリリパット人では無い。単純火力や圧倒的数的不利で勝てない相手に無策で挑む真似をする程愚かだったら既に此処にはいないし、そもそも艦娘にもなれない。
しかし、深海棲艦の水上艦隊戦力で今のところ確認出来ているのはコルス島で修理中の新型種の空母棲姫級一隻だけである。あとは輸送艦ワ級が四〇隻ほど。もし島が要塞化されていたりしなければ、七人で襲撃しても充分撃破出来ただろう。
「痒い所に手が届く、ではなく、痒い所に手が届かない、ですね」
共有されて来た情報を確認する蒼月の台詞に他の五人がその通りだと頷く。愛鷹は頷かない一方で諦めの溜息を吐いた。そもそも論で先の海戦で徹底的に仕留めきれなかったのが問題だから、その点詰めの甘かった自分達に落ち度がある。
コルス島とサルディーニャ島の中間にあるボニファシオ海峡へ向かう進路を取る第三三特別混成機動艦隊の七人の中で後ろから数えて二番目にいる蒼月にとって、地中海の海は初めての世界である。艦娘になったはいいが、自分に自信を持てず、第三三戦隊に強制配属されるまで結果的に基地近海に引き籠ってばかりだっただけに世界中の海と言うモノを知らなかった。
そんな彼女の耳が靴底のソーナーを介して、海中から聞こえて来た異音を、より高精度なソーナーを艤装に備え、高い五感を備えている筈の強化人間の愛鷹を差し置いて察知したのは偶然では無く、実のところ当然の結果であった。
「ソーナー探知、右三〇度、距離二〇〇〇、深度二〇。潜水艦と思われる、信頼水準低」
サッと手をヘッドセットに当てて目を閉じ、五感を研ぎ澄ます蒼月に、微妙に遅れて愛鷹もソーナーモードに切り替えたHUDを見つめながら聴音を試みる。最近、クローンとしての老化の影響なのか、以前より五感の反応や体力が鈍くなった気がした。
ヘッドセットに手を当てて聴音に集中する蒼月と愛鷹に代わり、深雪や夕張、青葉と衣笠、瑞鳳が周囲の海上と空に警戒を向ける。
靴底に備えられた四式水中聴音機を介して海中の聴音を続ける蒼月が、目をパッと開いた時、彼女と愛鷹の艤装内で同様に聴音を行っていた水測員妖精が「突発音、魚雷馳走音探知!」と叫んだ。
「魚雷です!」
反射的に叫ぶ蒼月に、水上警戒に徹していた深雪が双眼鏡を下ろして、蒼月の方へと振り返る。
「いつも通りやれ、方位と距離は?」
「水中より魚雷音、右舷真横、距離四〇〇メートル!」
その報告にサッと七人全員が右舷真横へと視線を向ける。七人のいる方へ向けてゆらゆらと揺らぐ海面に白い航跡が浮かび上がって二本の雷跡を作り出し、静かに、だが確かな殺意を持って急速に距離を縮めて来ていた。
「雷跡視認! 方位一-八-〇、距離三〇〇メートル、あそこよ! 雷跡二つ!」
既に目視可能な距離にいる二本の魚雷を確認した夕張が白い二本の後席を指さして叫ぶ。発射点は不明だが、少なくとも右舷側に深海棲艦の潜水艦が潜んでいるのは間違いない。青葉の瑞雲のMAD探知を上手い事逃れたのか、それとも海底に着底して海底の金属反応に紛れてやり過ごしていたのか。
するすると航跡を伸ばしてくる二本の魚雷は、艦隊最後尾の瑞鳳の後方をすり抜けて行き、爆発する事無く左舷側へと抜ける。そのまま燃料が切れるまで当てもない航走を続けるだけの魚雷から向けていた意識を変え、愛鷹から戦闘用意の号令が下される。
「戦闘用意! 対潜戦闘用意! 陣形変換、複縦陣へ」
本来対潜戦に有効な陣形は単横陣だが、対潜戦にも有効であり、かつマルチプルな対応が可能な複縦陣へと艦隊の陣形を切り替えるよう愛鷹から後続の六人に向けて指示が飛ぶ。直ぐに愛鷹を先頭に後続の青葉と衣笠が並び、速度を上げた瑞鳳が夕張と共にならび、殿を横に並ぶ蒼月と深雪が固める。
「青葉の瑞雲のMAD探知を逃れたって……? アオバンド全機、艦隊の周囲に戻れ! 艦隊周辺の対潜掃蕩を行います!」
瑞雲を呼び戻す青葉がヘッドセットに向かって喚きながら、更に対潜警戒の為に増援の瑞雲を発艦させるべく左腕に航空甲板を構える。青葉の左腕に構える航空甲板のカタパルトから、発艦待機中だった瑞雲が二基のカタパルトで次々に射出され、艦隊の周囲に散っていく。
対潜警戒の為の瑞雲隊を追加発艦させる青葉の隣で、衣笠が戦術タブレットを出して、今自分達がいる海域を確認する。MADは確かに探知範囲は限定されるから、瑞雲隊のMAD捜査に漏れがあったとしても、八機の瑞雲が作る捜査範囲をそう簡単に突破出来るのか、と言う彼女なりの疑念からだった。そしてその疑念は戦術タブレットに表示される海図に書き込まれた沈船マークで解決された。
「近海に沈没船の表記があるわ、この残骸を使ってやり過ごしたのかしら」
「民間船航路は今いる海域から外れてる筈だけど、船が沈む要素なんてあったっけ?」
艦載機の発艦を終えた青葉が妹がいる方とは反対側の海面に警戒の目を向けながら聞くと、衣笠はタブレットで沈没船のデータを検索する。直近に沈んだデータがあれば確認が取れる。
「民間船の沈没とかは無いけど、この海域で昔深海棲艦とフランス海軍の戦闘があって、その際にフランス海軍の通報艦二隻がここで沈んでいるわ。この二隻の軍艦の残骸を使ってMADの反応をやり過ごしたのかも」
「青葉達が向かっている先のボニファシオ海峡の平均水深でさえ四九一メートルだよ!? 周辺海域となればもっと深い所もあるのに、そんな海底の底に沈んだ軍艦の残骸に潜むなんて、無理があるよ。現在の人類軍の潜水艦だって五〇〇メートル潜れれば凄いものだって言うのに」
困惑する青葉の言う事は分からなくもない。深海棲艦の潜水艦で潜航深度一〇〇メートル以上が確認された艦は無い。深海棲艦の潜水艦でも最も強固な船殻を持つ潜水新棲姫やソ級flagship級でも国連海軍との幾度とない交戦の結果、圧壊深度は一〇〇メートルと言うデータが算出されている。船殻の強度がそれより劣るelite級の深海潜水艦やカ級、ヨ級クラスとなれば一〇〇メートル潜る前に強力な海水の圧力で圧壊して木っ端微塵に砕け散ってしまう。
「残骸に隠れずとも、海底の残骸でMADの探知を躱す事くらいは出来ます。MADは良くも悪くも磁気を発するものは何でも拾ってしまいますからね。ソーナーと同様万能じゃありません」
依然としてソーナーで聴音を続ける蒼月が、青葉と衣笠に対して、対潜戦を担当する艦娘としての専門分野の見解を口にする。
ソーナーで聴音を行う蒼月だが、そのソーナーとて彼女の言う通り万能ではない。海中での音の伝わり方は海中内での温度の差で変わって来るからだ。変温層(レイヤー)と呼ばれるここを把握していれば、艦娘だけでなくより大型で高性能のソーナーを備えている艦娘では無い軍艦のソーナーによる探知すら掻い潜れる。深海棲艦の潜水艦はそれを把握しているから、蒼月や愛鷹、それに深雪のソーナーによる聴音から上手い事隠れのけている。
変温層を利用して隠れているのなら、それを無視して潜水艦を見つけるアクティブソーナーと言う方法もあるが、短信音を放つと言う関係上自分達の位置を正確に深海棲艦の潜水艦に教える事になるから、使うとしたら最終手段である。安易に使って痛い目に遭った事があるだけに、第三三の全員がアクティブソーナーの使用を提案する事は無かった。
戻って来た、ないし新たに発艦した一二機の瑞雲が艦隊の周囲に展開し、空から雷撃戦に備えて浮上して来ているであろう深海棲艦の潜水艦を探しに回る。七人を魚雷攻撃するならどうしても空からでも目視可能な深度にまで浮上せざるを得なくなる。聴音雷撃と言う手もあるが、潜望鏡を上げて雷撃を行う方が確実性も上がるし、そもそも深海棲艦の潜水艦は人類軍の艦娘では無い方の潜水艦の様に深深度から魚雷が撃てるような作りでは無い。
ぐるっと旋回する瑞雲の一機、アオバンド8の航空妖精が海面に視線を向ける中、二人の航空妖精の視界に海上に気泡と共に潜望鏡深度へ浮上して来る深海潜水艦の姿を捉えた。大胆にも潜望鏡をにゅっと海上に突き出して、航行中の第三三特別混成機動艦隊の方を見ている。
「あそこだ! アオバンド8より青葉へ。敵潜水艦発見、攻撃する!」
≪了解、攻撃を許可します≫
母艦である青葉からの攻撃許可を得るや、操縦席に座る航空妖精は乗機をダイブさせて潜水艦目掛けて緩降下しながら、胴体下に抱いている対潜爆弾の照準を合わせる。ぐるりと潜望鏡を一周させ周囲を見渡して警戒する深海潜水艦のレンズに瑞雲の機影が映るや、潜水艦は即座に潜望鏡をしまい、ベントを開いて急速潜航に移行する。海上に開放されたベントから漏れ出た空気の気泡が浮かび上がる中、緩やかな角度で降下して来た瑞雲は逃すかと対潜爆弾を投下する。
航空妖精が爆弾投下レバーを引き、操縦桿を緩やかに引き起こして機体を上昇に転じさせる一方、トスの要領で投じられた二発の対潜爆弾が弧を描きながら海中へ向かって落下していく。着水の水飛沫を海上に小さく上げた対潜爆弾は、やや間を置いて海上にも響き渡る程の爆発音を二回立てて海中で爆発し、濁り気の無い真っ白な水柱を、海中を掻き揚げただけの水柱を突き上げる。
「爆撃効果は無しです、逃げられました」
「畜生、一歩遅かったか」
手持ちの対潜爆弾は二発しかないだけに、アオバンド8が出来る事は、後は他の瑞雲の対潜攻撃支援しかない。
遠くで今しがたアオバンド8が投下した対潜爆弾が炸裂する音が幾度も響き渡るのが聞こえて来る。三機の瑞雲が対潜爆弾を海中へと投じて、六本の水柱が二本ずつ三方で突き上がっていた。互いの位置が離れている三機の瑞雲から対潜爆弾が投じられたと言う事は、それぞれ三隻の潜水艦を更に探知したと言う事になる。
アオバンド3、4、7が対潜爆弾を投下して、その内3と7の爆撃が潜水艦を捉え、海中に飛び込んだ対潜爆弾の強烈な爆圧を食らって艦体が砕けた深海潜水艦の残骸が、燃料交じりの黒く濁った水柱と共に海上に吹き上がる。アオバンド4の爆撃は8と同様寸でのところで逃げられたのか、手ごたえは無く、潜水艦撃破の印となる黒く濁った水柱では無い、真っ白な水柱が二つそそり立った。
海中で炸裂する対潜爆弾によって、第三三特別混成機動艦隊の七人のソーナーは爆発音で一時的に聴音不能の状態に陥っていた。
「海中で爆発音多数、敵潜の状況不明」
ヘッドセットに手をあてがいながら蒼月が報告する。ナイアガラの滝の瀑布の音を聞いているかのような轟音が七人のソーナーに飛び込んで来るが、七人の耳に入るまでの間にヘッドセットの鼓膜防護の為の突発的な大音量を自動的にシャットダウンする機能で耳をつんざかれる事は防がれた。
「面舵、新進路方位一-一-〇へ」
自ら面舵に切って方位一一〇へ転進する愛鷹に続航する七人が復唱しながら面舵に切り、愛鷹の引く航跡の後を追う。
面舵に舵を切って直ぐに蒼月が目を軽く閉じてヘッドセットの向こうから聞こえて来る深海潜水艦の機関音を聞き取り、全員に聞こえる声で伝達する。
「敵潜探知、方位〇-〇-一、距離四〇〇メートル」
「深雪さん、蒼月さん、取り舵、新進路方位〇-六-五、第三戦速。爆雷戦用意」
「了解」
「了解だ」
二人が隊列から離れて深海潜水艦の方へと向かう中、上空では瑞雲がぐるぐると飛び回り、潜望鏡深度へと浮上して来るであろう潜水艦の確認にあたっていた。今や巣穴からわらわらと出て来るアリの様に深海潜水艦はその姿を現していた。その姿を現した一隻に対して蒼月と深雪のペアが接近すると、二人の三式爆雷投射機から乾いた射出音がそれぞれ四回響き、海中へとドラム缶の型の形状の爆雷が八発投射される。直ちに最大戦速に加速して爆雷の爆発加害範囲から逃れる二人の後ろで、海中で爆発した爆雷が八本の水柱を突き上げ、海中に海水を介して強烈な爆発の圧を広げていく。
再びソーナーが爆発音でかき乱され、爆音以外何も聞こえ無くなる中、アオバンド6が愛鷹に蒼月と深雪が爆雷を投じた場所に潜水艦の影を確認した旨を報じる。
≪敵潜水艦、浮上します!≫
艦娘艦隊がすぐ傍にいる中浮上すると言う事は、潜航不能に至る程の損傷を受けたことに間違いない。
ヘッドセットのマイクを左手で掴んだ愛鷹は夕張と深雪、蒼月にそれぞれ別個に指示を下す。
「夕張さん、左砲戦用意。浮上する敵潜水艦に対して水上射撃にて止めを刺して下さい。深雪さん、蒼月さん、隊列に戻ってください」
「了解、左砲戦用意!」
左舷側へ主砲の砲口を向け、射撃体勢を取る夕張の視界の先で、Uターンした深雪と蒼月が愛鷹達の元へと戻る。二人が完全に背を向けた時、背後の海上に潜水艦ヨ級が海面を割る様に浮上して来た。艤装上をざばざばと海水がしたたり落ちる中、爆雷攻撃で損傷し、潜航不能になったヨ級が浮上雷撃戦に移行し、狙いを夕張に向けるが、ヨ級が発射管に魚雷を装填する前に夕張からの砲撃が飛来した。
「やっちまえ、夕張!」
すれ違い様に深雪が夕張に向かって喚き散らす。それに応える様に夕張の一四センチ主砲が徹甲弾を撃ち出し、海上に浮かぶヨ級の周囲に着弾の水柱を突き上げる。白いカーテンの様にヨ級の視界を奪う夕張の間断の無い砲撃は、たちまちヨ級の艤装に着弾し、着弾の爆発音と閃光、パッと舞い上がる艤装の破片が同時に走った。夕張がもう一押しと連装主砲を放った時、ごぼごぼと言う浸水の音を激しく立てながらヨ級の船体が急速に海中へと消えて行った。潜航出来る筈が無い状態だから撃沈したと見て間違いないだろう。
「ワンダウン」
一隻撃沈をコールする夕張が主砲に「撃ち方止め」の号令をかけると、それに代わる様に愛鷹の副砲と左腕の機関砲が前方の海面を撃ち始めた。
「艦隊前方に潜望鏡!」
射撃しながら水中弾効果で潜水艦にダメージが入らないかと愛鷹は試す。対潜兵装は無いが、潜望鏡深度の潜水艦になら威力こそ大きく減衰するが一定の水中弾効果でダメージを入れられる可能性は無くはない。規則正しい連射音が左腕の上で鳴り、小太鼓を小刻みに連打するかのような高角砲の連射音が響き渡る。
海上に無数の水柱が突き立ち、潜望鏡の姿を隠しかける中、ヘッドセットから何かに金属の塊が激突するかのような音が入る。鈍いその音の後、ポンプの稼働する音と共に海上にべこりと船殻を大きく凹ませたヨ級が浮上して来た。
双眼鏡を下ろして右手を大きく振りながら愛鷹の肩の上で見張り員妖精が叫ぶ。
「敵潜水艦浮上!」
「主砲、俯角最大。敵潜を狙え!」
作動音と共に愛鷹の右側で二基の主砲がヨ級の方へと砲塔を巡らせ、砲身の俯角を最大に取る。撃たれる前に射角の内懐に潜り込んでやり過ごそうとヨ級が最大速度で接近して来るが、俯角を最大に取った愛鷹の主砲が火を噴くのが先だった。弱装薬で発射された四一センチ弾五発の内、一発だけだったがヨ級の艤装に直撃する。巨大なハンマーで叩き潰される様にヨ級の船体が大きく海中に沈みこみ、一度浮上しては来るが、艤装に空けられた巨大な破孔からの大量の浸水によって再び海中へと沈み始め、二度と浮上できないまま海の底へ静かに消え去っていった。
これで四隻目。ヨ級二隻と艦種不明艦二隻を撃沈した愛鷹達だったが、息つく暇も無く、七人の各艤装や肩の上に立って見張りを行う見張り員妖精が更に「雷跡視認!」の報告を上げる。
「方位〇-〇-一より二本接近、距離六〇〇メートル!」
「方位〇-九-三より四本接近、距離五〇〇メートル!」
二隻ないし最大三隻と見られる深海潜水艦による十字砲火を前に、愛鷹は二方向からの雷跡を交互に見やり、即座に回避号令を青葉達に伝達する。
「最大戦速、取り舵一杯! 新進路〇-〇-〇。曲がり切れないなら右前進一杯、左後進一杯で曲がって下さい!」
「了解、取り舵一杯!」
復唱する青葉の声を背中で聞きながら、最も舵の効きの悪い愛鷹自身、舵を左に切りつつ、左右の足の推力を逆転させて左急旋回を試みる。右足の踵では前進一杯の濁流が噴き出す一方、左足の爪先からは逆進一杯の奔流が流れ出る。艤装のサイズが今ここにいる七人の中でも最も大きく、重いだけにその質量分だけ愛鷹の舵の効きも悪い。
「ぐっ……」
強引に曲がる愛鷹に旋回する艤装から伝わる衝撃が不快な感覚となって身体と頭に押し寄せる。着任時なら何とも思わなかったであろうこの衝撃も、日増しに進むクローンとしての老化だけでなく、成長速度及び加齢速度が常人の一五倍速の愛鷹ならではの急激に老いる身体に無理を強いる。彼女に出来るのは歯を食い縛って耐える事だけだ。
無理を言わせて強引に、その巨大な艤装の割には小さい旋回半径で左へと回る愛鷹の右手前方に二本の雷跡が見えて来る。ゆらりゆらりと燃焼せずに排出され、水に溶けなかった窒素で出来た白い航跡が魚雷が既定の速度を保って距離を詰めて来るのを視覚的に示していた。射程一杯で撃ったのだろうか、雷速はそれ程速くない。至極当然ではあるが距離が近ければ燃料に余裕が出来る分、雷速は上がるし、距離が遠くなれば燃料の消費を抑えるために雷速は低下する。些かゆっくりと動いて見える二本の雷跡から察するにあの魚雷を撃った深海潜水艦と愛鷹達との距離は相当に離れているのかも知れない。
逆に背後を通り過ぎる形になる四発の魚雷は雷速が速い。ゆらりゆらりとでは無く、殺める命を求めて駆け寄って来る死神ようにも見える速さで迫る四本の白い航跡が、左へと急旋回する七人の背後を音も無く通り過ぎて行く。
深海棲艦の潜水艦の撃つ魚雷にもいくらか種類があるのが確認されているが、いずれも駆逐艦娘クラスなら一撃で大破させられる事もある。必要充分な大火力を備えている深海棲艦の魚雷は時に、砲撃や爆撃よりも遥かに脅威度は高まる。砲弾や爆弾なら、最悪腕や艤装で防ぐ事は出来る。だが魚雷は接点が艦娘の身体を支える二本の脚になって来るだけに、直撃してしまえば当然足を負傷する事になるし、それで主機や靴が破壊されたり脱げるだけで済むならまだしも、脚そのものを失う事態も時にはある。脚の千切れ方によっては大動脈を損傷して大量出血で死亡する可能性すらあるだけに、魚雷の直撃は例え戦艦艦娘であっても気を抜けないダメージだ。
今第三三特別混成機動艦隊の七人が対峙するのは、その最も艦娘との相性が悪いと言える魚雷を主武装とする潜水艦の群れだった。
「狼の海に飛び込んでしまったかしら?」
左急旋回で右へと傾ぐ艤装を立て直しながら独語する愛鷹の耳に、七人へ魚雷を撃った深海潜水艦の艦影を空から確認した瑞雲が対潜爆弾を投じる。長距離雷撃を試みた潜水艦は一隻だけだった様だ。二発撃って来たと言う事は、あと最大四発は撃てるが瑞雲に探知されたのを察知して急速潜航に移行していた。
ベントを開放し、バラストタンクに注水し急速潜航に移行する深海潜水艦の頭上から瑞雲が投下した対潜爆弾が海中に飛び込み、静かに落下して来る。磁気探知信管が潜航中の深海潜水艦に反応するや起爆信号が送られ、潜水艦の左右で対潜爆弾が爆発する。近距離での爆発は強烈な水圧と爆圧となって潜水艦を挟み、不快な金属音を立てて潜水艦の船体がひしゃげ、破裂した。
海中で爆発音とは異なる破裂音に似た音を探知した蒼月は、その不快な音のあまりヘッドセットのミュートボタンに指が伸びかけた。辛うじて押すのは堪えるが、ありありと不快感を露にした表情を浮かべ、顔を俯けた。
「嫌な音です……」
敵とは分かっていてもその敵がぐしゃりと潰されて死ぬ音は、耳心地のいい音とはとても言えない。対潜任務を主とする艦娘の中にはこの音がトラウマになって精神科でカウンセリングを受ける羽目になった者もいる。潰される音だけならまだしも、深海潜水艦の中には断末魔の悲鳴を上げる艦もいるので、余計に精神に来るものを与えて来る時もある。
「自分の耳を引き千切りたくなる音だな」
同意する様に深雪がヘッドセットでは無く、自身の耳に手を触れながら苦々し気に吐き捨てる。
圧殺された潜水艦を最後に、瑞雲隊は対潜爆弾を使い切った為、空からの対潜警戒に任務をシフトした。ぐるぐると第三三特別混成機動艦隊の周囲を旋回しながら海中に潜む潜水艦の影を追い求める。四発の魚雷を放った潜水艦は、雷速から考えるに比較的近くにいる筈だが、発射後に戦果確認せずに潜航したのか、瑞雲隊からは目視確認出来なかった。
海中に潜む潜水艦隊への対応で忙しい第三三特別混成機動艦隊の元に、サルディーニャ島を偵察していたフェーザント1-1と1-2、1-3、1-4からの偵察報告が入る。
≪フェーザント1より第三三特別混成機動艦隊へ。サルディーニャ島の深海棲艦の偵察を完了。敵に配置状況は……≫
「今忙しいので、瑞鳳さんに一方通信して下さい」
対潜戦に忙殺されていると露知らずに送られてくる偵察報告に愛鷹は苛立ち紛れに、半ば押し付ける様に瑞鳳に報告する様言うと、ヘッドセットの通知スイッチそのものを切った。何時だってそうだ、と愛鷹は憤慨染みたものを胸の中で覚えていた。何時だって忙しい時や、ここぞと言う時に情報やら敵がやって来る。受け取る側に気持ちにもなれ、とやり場のない苛立ちを噛み締めながら、全員に面舵に転舵させて四発の魚雷を撃って来た潜水艦の元へと迫る。
愛鷹の主機兼靴の爪先のバウソーナーで海中深くへ隠れ潜む深海潜水艦を探る。後続の青葉達もパッシブのソーナーで聴音を図るが、最も感度の高いソーナーを備えている愛鷹の耳にヘッドセット越しに注排水の音が聞こえて来た。
(浮上する?)
再度の雷撃の為か、タンクをブローして浮上して来る深海潜水艦の行動に愛鷹は海面を二度見する。足元に広がる海原の下にいる潜水艦はゆっくりと浮上しつつ、舳先を第三三特別混成機動艦隊の方へと向けている。微かだが水切り音で回頭して艦首をこちらへと向けているのが分かる。浮上速度がゆっくりなのは減圧対策なのだろうか、それとも探知されにくくする為か。どちらにせよ今の速度なら蒼月と深雪が爆雷を見舞う時間はあるだろう。
「爆雷戦用意。蒼月さん、深雪さん、爆雷各自四発投射用意」
「了解。両舷投射機発射用意良し」
「準備よぉし!」
投射用意良しと返す二人もそれぞれに備えられているソーナーの感度を最大にして、浮上して来る深海潜水艦の音を聞き取っている。魚雷を発射される前に爆雷を投じられれば撃破確実の位置だが、逆を言えば魚雷を撃たれれば回避のしようがない近距離とも言える。極めてぎりぎりを攻めている形だが、愛鷹も青葉も何も言わない。
「感度二……感度三……感度四」
七人が蹴立てる波の音で深海潜水艦の機関音やタンクのブロー音がかき消されかけた時、CICで聴音していた水測員妖精が「感度五、敵潜直下!」と叫び、同時に愛鷹が爆雷投射を下命した。
「爆雷投射始め! てぇッ!」
「爆雷発射始め!」
「あったれーい!」
投射機の射出音が八個響き、空中へと放り投げられた三式爆雷が自重と地球の引力に従って海中へと没する。そのまま速度を維持して通過する第三三特別混成機動艦隊の背後で八回海中で爆発が発生して、上へと逃げた爆風が八つの水柱を突き上げる。海中では八つの爆破閃光が走るや球状に爆圧が広がり、付近にいた深海潜水艦を四方八方から大量の爆圧で殴り倒した。
程なくして圧壊した深海潜水艦の残骸が沈降していく音が、爆雷爆発の残響が収まった海中に静かに聞こえて来た。
「敵潜制圧、ですかね……」
ヘッドセットに手を当てたまま青葉が問う。衣笠と夕張もヘッドセットに手を当てて聴音を行うが、少なくとも周囲に潜水艦がいる様子はない。
「対潜警戒は引き続き厳に。一旦、現海域を離脱し、偵察機と哨戒機を収容して今日は帰りましょう」
「帰っちゃうんですか?」
意外そうに尋ねる衣笠に愛鷹はHUDに表示される燃料残量表示を見やりながら潮時である事を促した。
最大戦速を何度かかけただけに燃料消費は多く、帰りはぎりぎり二歩手前と言う所だ。帰って偵察機が持ち帰った偵察写真の解析も行う必要がある。単に偵察に出るだけでなく、持ち帰った情報の精査も必要だ。
「艦隊反転、進路二-六-五、第一戦速。赤二〇」
「艦隊反転、ようそろー」
復唱する青葉の顔に薄らと物足りなさを主張するものがあったが、愛鷹は現実を盾に帰投する事を強いる顔を向けた。
燃料切れは流石に抗い様のない事実なので、不満さをすぐに顔から吹き消して青葉はぐるりと大きく半円を描いて反転し、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳もそれに倣った。
それから暫く走った七人は帰投して来る天山と任務を終えた瑞雲の受け入れに入った。青葉と瑞鳳が隊列から外れ、他の五人が警戒に当たる中、青葉は帰投して来た瑞雲全機の収容作業に入り、瑞鳳も偵察任務から無事帰還した天山を左腕に構える飛行甲板で出迎えた。しゃがんだ青葉の左腕が持つ飛行甲板から海上へ延ばされたクレーンが瑞雲を一機一機拾い上げて収容していく中、同じように左腕で構える瑞鳳の飛行甲板に天山が一機ずつ着艦して来る。綺麗な三点着陸をする天山の機尾から垂らされたアレスティングフックがワイヤーを捉え、旧制動をかけて機体を止める。
「お疲れ様」
帰って来た天山一機一機に労いの言葉をかける瑞鳳が収容作業を終えた頃、青葉も収容作業を終えて飛行甲板を左足に戻していた。
「収容作業終わりましたー」
警戒に当たる旗艦に向かって青葉が右手の親指を立てながら作業完了報告を入れる。双眼鏡を下ろした愛鷹が頷いて再度単縦陣を組むよう全員に指示を出す顔を見ながら、青葉は心なしか愛鷹の顔が前より更に老けている気がした。一見するとまだまだ若さ溢れる容姿だが、その下から滲み出る老化の兆しは事情を知る者であるなら感じ取れる進み具合だった。ここ最近、任務中の発作が起きていないのが青葉としても幸いであるが、それとは別に徐々に老化が進行して体力、特に反射速度に鈍りを少し見せている愛鷹が心配でならなかった。
食事はサンドイッチだけで済ませていた以前と比べて寧ろ三食全て一般人並みに食する様になり、栄養は摂れている筈なのだが、愛鷹の老化と言うモノは食生活程度で緩和出来るものでは無いらしい。
(常人の一五倍速だったっけ……)
犬種にもよるが犬と大体同じ速さの加齢速度だ。常人が一歳を迎える時に愛鷹は一五歳だったと言う。犬も同じだ、速いと一年で二〇歳になる犬もあると言うからそれと比べればまだ緩やかな方だが、それでも常人の一五倍速で流れる彼女の体内時間は老化と言う形で様々な機能に影響を及ぼし始める筈だ。ただ愛鷹は強化人間としての一面もあるし、生まれながらに短命である事は分かっているからある程度はその老化現象を遺伝子レベルで抑える工夫もしているだろう。
それでもいつかどこかで破綻が来るかもしれない。そう考えた時、目の前にいるきりっとした長身の女性がいつ見る影もない姿になるかと思うと青葉は暗澹とした気持ちになった。
「ズムウォルト」に帰投し、艦尾ウェルドックへ順次侵入する第三三特別混成機動艦隊の七人の一番後ろに立って、青葉達の収容を待つ愛鷹は胸に込み上げて来るじわりじわりとした不快感に顔に薄らとだが苦悶を浮かべていた。
どう言い表せばいいのか分からない不快感を抑える様に胸に右手をやった時、海中のエアポケットから気泡が海面に向かって溢れ出る様に、胸から口元に駆けて一気にこみあげて来るものを感じ、反射的に左手で口元を覆った。諸に口から吐き出される前に辛うじて堪えられたが、唇の隙間からツンと鼻を突く濃い鉄分の匂いと味がした。悪い時に悪い事は重なるもので、戻しそうになったものを飲み込んだ時に噎せ込み、結局左手に一摘まみ分ほど吐き出してしまった。
首を抑えながら激しく噎せ込む愛鷹の左手の白い手袋に赤い血痰の後が、深紅の花の様に染みつく。久々の発作現象に自分自身で驚きながらも、左手の手袋を外してポケットに突っ込みながらそのポケットに入れているタブレットのピルケースを出して、数錠右手に出して口に入れる。
肩で息をしながら深呼吸を繰り返し、何とか薬が効くまでに持たせる。
「辛い……」
左手を見て、微かに血の匂いを漂わせる掌を握りしめながら、愛鷹は短く吐息を漏らす。
「愛鷹さーん、収容準備出来ましたよー」
ドック内から夕張の呼びかける声が聞こえて来る。幻聴じゃない、確かに聞こえるリアルの声だ。
「了解」
短く返した愛鷹はウェルドック進入灯と作業員のハンドサインを交互に見つめながら、「ズムウォルト」のウェルドックへと進入した。
誘導員が止まれ、のハンドサインを送るまでドック内に進入し、停止するとガントリークレーンが艤装を掴み、誘導員からベルト外せのサインが送られてくる。腰のベルトのボタンを押すと艤装の接続が解除され、クレーンに預けた艤装から身体を外した愛鷹は、そのままスロープを昇って海上から甲板へと足を付けた。
先に上がっていた夕張が、愛鷹の左手にはめられていた手袋が無い事に気が付き、どうかしたのかと伺う目を寄こすが愛鷹は答えず、艤装を艤装整備班に預け、CICへ向かおうと水密扉へ足を向けた。航空偵察の写真解析を瑞鳳、青葉、レイノルズ、ドイルと共にこれから行うのだ。解析できた情報によっては、戦略爆撃だけで落とせるかもしれない二つの島の拠点だ。結果が気にならないと言えば噓になる。
カンカンと通路の床に靴音を響かせながら、愛鷹は艦内を急ぎ足で歩いた。
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ではまた次回のお話でお会いしましょう。