艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第七九話 一時の休み

「瑞鳳の偵察機が偵察して確認したコルス島、サルディーニャ島の陸上型深海棲艦の展開図です」

 コンソールのキーボードを叩いて、ドイルがSMCの作戦台のディスプレイに偵察映像を表示する。カラー写真を複数枚繋ぎ合わせたコルス島とサルディーニャ島の全景写真が揃って表示され、島のあちらこちらに赤いマーカーで展開する陸上型深海棲艦の名称が表記される。

 新型種の空母棲姫級を修理していた旧ボニファシオ港の船渠棲姫に加えて、港湾棲姫、港湾水鬼、港湾夏姫、集積地棲姫、飛行場姫、砲台小鬼、戦車小鬼、対空小鬼、トーチカ小鬼によって完全に要塞化されているのが分かる。

「フルコースでは無いが、それでも三食分はあると言っていいレベルのボリュームだな」

 偵察写真を眺めながらレイノルズが唸る。その隣で腕を組みながら愛鷹は文字通り鉄壁の要塞と化している二つの島の陸上型深海棲艦の配置に吐息を漏らす。各陸上型深海棲艦が相互に備砲で援護可能な位置に配置されており、艦娘が艦砲射撃で攻略を試みれば最大三方向から砲撃を浴びる事になる。沿岸部にはトーチカ小鬼がずらりと並べられ、艦娘が接近すればトーチカ小鬼の高初速小口径砲の集中砲火を受ける算段だ。

「完全に要塞化されてますね。対水上、対空どちらも隙が無い。どこから接近を試みてもトーチカ小鬼の射線に入り込むことになります。運よくこのトーチカ小鬼の発火点を潰して進撃しても泊地水鬼の一六インチ砲や港湾棲姫の一五インチ砲の砲撃を受ける事にもなります」

 作戦台に両手を突いてディスプレイを眺める青葉が、右手で海岸線にずらりと並ぶトーチカ小鬼を指さしながらレイノルズと愛鷹に言う。

 完全に艦娘の接近を阻む布陣だ。空母艦娘の航空団による空爆を実施した所で、防空要塞の一面も持つこの防衛線を前には自殺攻撃にも等しい。未帰還機を多数出すだけで終わるのは明白だ。

「水上艦娘艦隊による艦砲射撃も空母艦娘による空爆もどっちも駄目となれば、マリョルカ島に進出した国連航空軍の空爆で撃滅するしか策は無いな。幸い、B-21の飛行高度まで深海棲艦の対空弾は飛んで来る事はない」

「では、B-21隊に島に展開する深海棲艦撃破を任せるとして、我が艦の艦娘部隊は?」

 そう尋ねて来るドイルにレイノルズは作戦台に片手を付けながら、第三三特別混成機動艦隊の今後の方針を愛鷹と青葉に告げる。

「両島とアンツィオにかけての深海棲艦の補給線を攻撃せよ、と言うのがルグランジュ提督からの指示だ。我が方の戦力を持って通商破壊を実施し、航空軍による空爆による損耗を補填しにかかるであろうコルス島、サルディーニャ島の復旧を妨害せよ、と言う内容だ。

 既に派遣されている第五〇九爆撃航空団に加えて、アメリカのバークスデール空軍基地から第二爆撃航空団のB-21とB-52Hが合わせて二〇機の増派が決定されている」

「補給線攻撃……当然ながら深海棲艦の護衛艦隊と戦闘になるでしょうね。高高度からの精密爆撃を実施するとして、爆撃予定地点がどこになるのか」

 そう呟く愛鷹の眼はコルス島とサルディーニャ島の浜辺に向けられている。国連軍海兵隊の上陸に適したビーチはコルス島の場合南部に集中している。サルディーニャ島の場合はピシーナス・ビーチが恐らく最適だろう。その他マリョルカ島やフランス本土から空挺部隊を飛ばす事にもなるが、その際対空小鬼や砲台小鬼らの対空砲火を潜り抜ける事になるので、事前にこれらを破壊する必要がある。上陸地点を加味すれば自ずと優先爆撃対象が絞り込める。だがその目論見は当然深海棲艦も考えているだろう。

「爆撃機部隊がどこにデカい爆弾を落とすのか、それは我々の考える所じゃない。今出来る事は爆撃機による爆撃で受けた損害から立ち直らせない様に敵の補給線を寸断する事にある。第三三特別混成機動艦隊は二群に分かれてこの作戦に当たる事とする。

 一群は補給艦隊の位置を特定する『捜索』を担当し、もう一群が『攻撃』を担う。所謂サーチ・アンド・デストロイだ」

「日本語では『見敵必殺』って意味になりますね」

 そう語る青葉にレイノルズは「知ってるさ」と返しつつ、ふと何かを思い出したのか苦い表情を浮かべた。

「サーチ・アンド・デストロイ作戦……とは名付けたくないな。かつてベトナム戦争で我がアメリカ軍と韓国軍による北ベトナムの村々に対する酸鼻極まる無差別攻撃、虐殺作戦と同名になる」

「やっている事は、ほぼほぼ自らの攻撃手段を持たない深海棲艦の輸送船狩りなんですけどね」

 自嘲交じりに返す愛鷹は苦笑を浮かべていたが、目は笑っていない。レイノルズの言うベトナム戦争時の悪行とも言える作戦と同名のネーミングには彼女としても御免被りたい思いがある。いくら無抵抗の民間人攻撃とはやっている事も相手も違うとは言えどだ。それに攻撃手段を持たぬとは言っても、深海棲艦が輸送艦ワ級のflagship級を運用していたら話が大分変って来る。ワ級flagship級の砲戦火力は重巡級だ、駆逐艦や軽巡級の艦娘が舐めてかかれば返り討ちにされる火力の持ち主である。最悪重巡すら撃破される事だってある。

「作戦名はまあこちらで考えておくとして、愛鷹として『捜索』と『攻撃』を担当する艦娘はどうする気だ?」

「そうですね。やはり攻撃部隊はイントレピッドさんを中核にした航空攻撃隊としたいです。『捜索』で見つけた敵輸送船団に直ちに急行して撃滅出来るだけの火力、速度と火力を両立させるとなればイントレピッドさんの航空戦力に他有りません。伊吹さんも選択肢に入りますが、彼女の航空戦力は数が少ない。

 イントレピッドさんを中核として随伴護衛艦を五人付けたいところですが……鳥海さんと摩耶さんがいつ戦列に復帰できるか」

 先のバレアレス諸島沖海戦で負傷して戦線離脱している重巡艦娘の鳥海と摩耶の二人に言及する愛鷹に、ドイルが答えを口にする。

「お二人の内、鳥海ならあと二日もあれば戦列復帰可能なくらいにまで回復しているとの事ですよ」

「そうですか。それなら話は早い。幸い愛宕さんは健在だから、鳥海さんと愛宕さん、それに駆逐艦娘を三人加えれば必要な艦隊戦力は揃います」

 防空重巡として頼もしい存在の摩耶の戦列復帰が遅れるのはどうしようもない。今投入可能な戦力を持ってやれる事をやるしかない。

 ディスプレイ脇のコンソールを操作して、「捜索」と「攻撃」に当たる艦娘の選抜を行うレイノルズはディスプレイに選んだ艦娘の名前を表示させる。「Attacker」と表示される部隊にイントレピッド、鳥海、愛宕、それに綾波と敷波とジョンストンが割り当てられていた。

「役者の配役の方も充分って事だな。『捜索』は従来通り第三三戦隊の七人で良いな?」

「ええ、それで問題無いかと」

 頷く愛鷹の反応を見てレイノルズは「Search」と表示される部隊に愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の名を入力する。作戦行動開始は爆撃航空団による戦略爆撃の開始後になるから、その間は準備期間と休息期間にする事が出来るだろう。

  人選を終えるとレイノルズは確定のエンターキーを押して作戦に参加する艦娘のリストを確定すると、愛鷹、青葉、ドイルの方へ顔を上げた。

「よし、では戦略爆撃実施までの間、第三三特別混成機動艦隊は本艦周辺での哨戒活動と休息を任とする。ルグランジュ提督へは私から諸々伝えておく。愛鷹、すまんが本艦周辺での哨戒任務にあたる艦娘の選抜とローテは君が頼む」

「了解です、艦長」

「よし、では解散」

 解散を告げるレイノルズに愛鷹と青葉は敬礼すると、SMCを辞した。重い水密扉のレバーを片腕で開けて通路へ出る愛鷹の背中から青葉は声をかけた。

「哨戒任務のメンバーの人選とローテ組は手伝いますよ。青葉も次席旗艦ですからね」

「助かります、ではさっさと終わらせましょうか」

 

 ブリーフィングルームに向かった二人はそこのPCを使って、哨戒任務にあたる艦娘部隊の編成とそのローテーションの作成に取り掛かった。

 

 正直なところ哨戒任務程度なら六隻や七隻のフル編成でなくてもいい。最低編成人数の三人でも充分こなせる。随伴艦が必要になる空母艦娘のイントレピッドと伊吹と瑞鳳は向いていないので外されるから、残る枠を現状「ズムウォルト」にいる水上艦娘で組む事になる。

 PCを挟んで相対する形で二人は作業を進めた。

「哨戒任務部隊は……三人もいれば充分ですよね」

「そうですね。六人で回す事は無いでしょう。三人か最低でも二人で組ませて哨戒任務に就きましょう。一人は駄目ですね、いざと言う時の相互援助が出来ないので」

「なーんか、戦闘機の編隊で言う……えっと、エレメントって言うのと同じですね、互いを支援し合える最低単位が二機ですから」

「艦娘の戦闘って言うのは戦闘機の編隊戦闘と似ていますからね。艦娘はほぼ三次元の動きが出来ないだけですから」

「その点、愛鷹さんは前は艦娘ならではの二次元の動きに留まらない戦い方してましたよね。最近はそう言うの余りやらなくなりましたけど」

「激しい戦闘機動は身体に堪えます。そう何遍も三次元機動はやっていられませんよ」

「……老化、それだけ進んでるって事ですか?」

 カタ、とキーボードを叩いていた指を止め、大きくため息を吐きながら愛鷹は天井を仰ぐ。自然と心臓の辺りに左手が伸び、制服越しに正常な鼓動を打つ心臓の音を確かめた。遠慮せずに言うべき時は忌憚なく言ってくれるのが青葉の好感の持てる所だ。変に気を使って何も言わない人間よりも信頼出来る。

「そうですね……一五倍速で加齢している訳ですから、今この瞬間にも身体はお婆ちゃんになっていますよ」

「歳を重ねても容姿は若々しさを保っている、って言うのはまるでファンタジーのエルフ族みたいですね」

「生憎、エルフと違って私は不老不死では無いので全くの別物ですね。どっちかと言うと人間と言うよりは犬じゃないですか?」

「それは青葉も思いましたよ。犬って犬種にもよりますけど、人間の一五倍速から二〇倍速で歳を取ると言うじゃないですか。……はっ! 愛鷹さんはワンちゃんだった!?」

「お手、をさせられても出す手はありませんからね」

 茶化す青葉に溜息交じりに返して愛鷹はエクセルの作成を続ける。

 哨戒任務は一回四時間。それを一日六週させる事になる。空母艦娘の三人と鳥海と摩耶を除く一三人で回す事になる。

「一三人だとちょっと計算が難しいので、瑞鳳さんを入れません? 護衛空母ならではの対潜哨戒と上空直掩も出来ますし。随伴に駆逐艦二人を付けた三人編成と言う事で」

「そうしましょうか。となると瑞鳳さんを加えた一四人の内、瑞鳳さんと駆逐艦二人による三人は確定ペアとして残り一一人。私と組む人は一人で充分ですから……三人ペア四つと私との二人ペア一つの五部隊が出来ますね。一部隊はアンカーとしてもう一回出撃する事になりますね」

「愛鷹さんと組むのは……蒼月さんにしましょうか。対潜戦、対空戦に強い秋月型ですし、仮にも大型艦艦娘の愛鷹さんですから、随伴護衛も兼ねて」

「それでお願いします」

 第三三戦隊設立以来の仲の蒼月だが、微妙に互いの距離感が物理的にも感覚的にも近いとは言い難かった気もするので、この際ペアを組むのも悪くはない。二人で作業を行った事もあってか、三〇分程度でローテーション表の作成は終わった。プリンターでプリントすると青葉が後で艦内の艦娘居住区の掲示板に張り出して置くと自分から言い出したので愛鷹はそれに任せる事にした。

「さて、仕事も終わった事ですし、晩御飯食べに行きましょうか」

「まだ早いですよ」

 腕時計を見てまだ四時半である事に愛鷹は少しばかり驚く。早いとは言ったが、彼女自身もう一日を終えて日が沈んでいる時間帯だと思っていたくらいだ。体内時計が狂っているのか、単に感覚が鈍っただけか。

「ふーむ、じゃ、フライドデッキで一服入れましょうか」

「珍しいですね青葉さんも喫煙なんて」

 飲酒は衣笠曰くまずしないと言う青葉だが、喫煙はすると言うのが愛鷹にとって青葉の意外な一面であった。確かに青葉も成年を迎えているから喫煙していても別におかしな話ではないのだが、身近なところで同じ喫煙者がいると言うのは多少なりとも驚いてしまう。

「青葉もニコチンに脳をやられてますよ」

 キュロットの尻ポケットから煙草の箱を出して見せながら青葉は白い歯を見せて二ッと笑みを浮かべた。

 

 ターボファンエンジンの音を響かせながらフライトデッキへ着艦したMV-38から運び出されてくるコンテナをチェックする夕張に、レイノルズもコンテナに書き込まれている中身に関する情報をタブレット端末で確認しながら顎を揉んだ。

「これ全部が夜間瑞雲への改修キットか」

「はい。既に八機の配備が済んでいましたが、青葉の艦載する瑞雲12型全てを夜間瑞雲にアップデートするべく、改修キットを要請していたんです。機体性能が底上げされるので、敵の対空砲火にやられにくい回避能力の向上や艤装類の質の更なる向上等が図られています。

 勿論対潜哨戒にも使えますし、限定的な制空戦闘もこなせます。身近なもので言うなら夜間瑞雲はゲーミングパソコンですね、ハイスペックを要求するパソコンゲームを夜間作戦に置き換えたら何となく理解出来るかと」

「所詮水上機で一部の面では最新世代の艦上爆撃機にも並ぶ性能とは、一体どう言うからくりをすればこんな性能が実現できるのだ?」

「さあ、そこは開発元のGA社に質問状でも送って置いて下さい」

 にべもない夕張の回答にレイノルズが口をへの字に結ぶ。夕張は今「ズムウォルト」に乗り込んでいる艦娘艤装関係者でも豊富な知識量がある人物だが、あくまでも整備や補修、彼女で出来るレベルの改修に限定される程度のメカニック知識量しかないから、根本的な設計に至る分野は彼女の専門外になる。最も設計分野に至るまで知りたくないかと言われれば知りたくないと言うのは嘘になる。

「取り敢えずこれで青葉の艦載機は全て全天候能力を付与されると言う事だな。作戦行動が実施できる時間帯が広まるな」

「四航戦で既に実地試験が行われていますが、使える時は使えるが、ここぞと言う時に使いものにならないと言う報告が出てますね」

「前者は分かるとして後者の使い物にならないと言うのはどういうことだ?」

「単純に艤装類の信頼性の問題です。エンジンや機体設計は問題ありませんが、夜間瑞雲の機上で運用する艤装類の信頼性がお世辞にも高いとは言い難いと。よく報告されているのは航空妖精が付けるナイトビジョンゴーグルの解像度の悪さですね。それと機上レーダーの信頼性です。熱帯気候では故障が頻発するので、頻繁な整備が必要だとか」

「デメリットが目立って聞こえて来るが、メリットとしてはどういうモノがあるのだ?」

「夜間瑞雲側に夜間作戦行動能力がある分、艦娘側に夜間運用の為の装備を要求しなくて済むのと、瑞雲側に夜間の作戦行動に必要な照準器などの装備が揃っている事ですね。これのお陰でロケット弾や誘導爆弾による対艦攻撃も可能です」

「誘導爆弾だって?」

「流石にJDAMやペイブウェイみたいな精密爆撃は出来ませんけど、艦娘が運用する航空機の爆装としては高い命中精度が見込めると言う事です」

 時にジェスチャーも交えながら解説する夕張にレイノルズはふむふむと頷きながら夕張の語り口に耳を傾ける。技術的な事となると普段の饒舌さに拍車がかかるのが夕張のいい所でもあり、また悪い所でもあったが、レイノルズは嫌な顔一つせずに聞き入っていた。

 MV-38から荷下ろしが完了すると、作業員が艦内の艤装整備場へコンテナをエレベーターに乗せて下ろし、夕張と艤装技官達の手で青葉の瑞雲の夜間瑞雲化改装作業が執り行われた。一服入れようとしていた青葉は夕張に艤装整備場へ引きずり出され、結局愛鷹一人でフライトデッキの端で葉巻を燻らせる事となった。

 

 翌日から早速マリョルカ島に展開済みの第五〇九爆撃航空団によるコルス島への空爆が始まった。爆弾槽に大量の爆弾を搭載して八機のB-21が東の先にある二つの島の内の北側のコルス島へ向けて飛び立っていった。

 早朝から哨戒任務にあたっていた愛鷹と蒼月は、エンジン音を轟々と鳴らしながらマリョルカ島から飛び立っていく八機の全翼機の機影を海上から見上げた。

「遥か昔、フランス第一帝政の初代皇帝となった革命家の男が生まれた島の空を、新大陸の国の黒き巨鳥が飛ぶ、か」

「ナポレオン・ボナパルトですね。コルス島出身のフランスを代表する歴史上の偉人。元々はイタリアのトスカーナ地方をルーツとする古い血統貴族の一つプオナパルテ家の子で、彼の先祖は一六世紀にコルス島に土着した聞きます。最期は故郷のコルス島に流刑となってその死には未だ歴史家の間で論争の種になっていると言う」

「その通りですね。もしナポレオンがトラファルガーの海戦で勝利して英国に上陸して、英国王室を新大陸に追いやっていたら、或いは英国の地で英国王室が崩壊していたら……歴史にたらればはありませんが、ふと考えちゃうものですね」

「そういう歴史のIFって言うのがフィクションを作る時に重要なターニングポイントになりますからね。例えば愛鷹さんが着任時に類別されていた超甲巡。もし史実の日本海軍がミッドウェー海戦で敗北せず、第五次海軍軍備充実計画、いわゆる⑤計画が予定通り実施されて超甲巡として計画されていた艦二隻が建造されて居たら? そう言う日本海軍に関する『もし』の小説は山ほどありますよ」

「蒼月さんも、史実の日本海軍が第五〇八四号艦を建造していたら秋月型駆逐艦蒼月が日本海軍の艦艇として防空を担っていたでしょうね」

「それは……どうでしょうね。就役した秋月型でも花月や宵月の様に就役しても実戦の場に恵まれないまま終わった秋月型もいますし、戦争が長引いていたとしても日本海軍に秋月型を量産するだけの力は無かったでしょうし」

「日本海軍が史実の様に敗北への道を歩んでいたのではなく、アメリカと戦局が拮抗していたIFの世界線なら有り得たんじゃないですか?」

「そっか……そうですね」

 にこりと笑みを浮かべる蒼月を見る愛鷹の口元にも微笑が浮かぶ。その二人の横顔に朝日がオレンジ色の太陽光を横から照らしつけた。

 夜明けだと朝日の昇る方を愛鷹が見やる頃にはB-21の編隊は空の彼方へと飛び去って行っていた。

 

 愛鷹と蒼月が他愛もない談笑をしながら哨戒任務の時間を過ごし、母艦「ズムウォルト」に戻って衣笠と深雪のペアに後を引き継いだ頃、八機のB-21がコルス島への爆撃を終えて戻って来た。

 ウェルドックで真水をたっぷり含ませたタオルで主機兼靴をびしょりと濡らす海水を拭っていた愛鷹と蒼月の耳に、帰投して来たB-21のエンジン音が聞こえて来た。全機戻って来た様で八機分のエンジン音が確かに聞こえた。

「爆撃効果、どうなったんでしょうね?」

「おいおいルグランジュ提督からどの程度の効果が得られたか共有されては来るでしょう。でも八機の爆撃機が投下した爆弾程度で殲滅は無理です。一〇回以上は出撃しないとコルス島の陸上型深海棲艦の中でも小鬼以外は殲滅できないでしょうね」

「一〇回出撃して、累計八〇機の爆撃機が爆弾を落としても撃破出来たと仮定できるのは棲姫級の陸上型深海棲艦だけですか。小鬼規模を掃蕩するとなるとさらに時間がかかりそうですね」

「全弾が命中していれば、と言う前提も付きます。今の現代兵器は対深海棲艦運用となると、精密誘導システムが正常に作動しなくなりますから、昔ながらの光学照準爆撃になります。深海棲艦の対空射撃の射高外からの爆撃ともなれば、爆弾が目標からそれる確率も上がる。第二次世界大戦の時よりも今の光学照準器は精度が上がっているとは言え、それでも無誘導爆撃。風によって流される事を考慮したとしても、誘導爆弾の様にピンポイントで狙うだけの精度は保証出来ません。それに、今回が初めてのコルス島空爆です。初回の失敗と言うのはどうしてもついて回る。

 BDA(爆撃効果評価)が後々判明するとは思いますが」

 最後、バケツの中に靴を拭いたタオルをぎゅっと絞り海水交じりの真水を落とすと、バケツの淵にタオルをかけて愛鷹は靴を履くと蒼月より先にウェルドックから出た。哨戒任務のアンカー役は自分達だ。軽く寝るなり食事を摂るなりして休んでおかねば。

 後ろからコツコツと蒼月の軽くて響く足音が愛鷹の後を追って来た。ハイヒール型の主機ならではの足音は良く響く。ただ愛鷹は蒼月よりも体重があるので多少重量感がある。着任時は身長に比して愛鷹は体重が軽かったこともあり、最近は三食きっちりサンドイッチではなく人並みの量を食べているので身長相応の体重になって来ている。蒼月は愛鷹よりも三〇センチほど背が違うし、その分相応の体重差があるから足音も愛鷹よりは軽さが伺える。

「時々思うんですが、艦娘でも結構ヒールが高めのラダーヒール付き主機履いている駆逐艦娘をよく見ますけど、そう言う子って外反母趾になったりしないんですか?」

 ふと何気ない質問を向けて来る愛鷹に蒼月は、軽く視線を通路の天井に向けて思い出す様に顎を右手の人差し指で掻きながら答えた。

「朝潮型の子はそう言うのを考慮してラダーヒールの高さを抑えていると聞いた事があります。その分舵の効きが若干悪いけど、普段の生活やまだ見た目に反しての中の身体が発育途中の子とかは足への影響が少ないとか。まあ、案外本当に拙い年齢層の艦娘の主機にはそこまで高いラダーヒールは使われて無いと思いますよ。現に海防艦娘の子たちは皆外装式ですし、見た目は幼い感じがする時津風さんや雪風さんも軍への入隊時は一二歳以上で艦娘デビューは一四歳だったと聞きますし。今時の子供って、小学校の内からオシャレしたくて外反母趾にならないレベルの高さのハイヒール履くものですよ」

「そういうモノなんですか」

 見た目と実際の艦娘の年齢が一致しないのは、ある意味艦娘固有の身体的特徴の様なものだ。これが遺伝子の変異なのか、何か別の要素があるのかは愛鷹も分からない。知識量自体では他の誰よりも多くあるが、所詮愛鷹が知っている事しか知らない。

「巡洋艦や戦艦、空母の艦娘は大抵が着任時点で一六歳以上って事が多いので、それくらいの年齢になるともう外反母趾とか気にならなくなるんじゃないですかね。私は一回も経験した事ないし、足の外科には詳しくないのであまり専門的な事は分かりませんけど、何か生活に支障が出たら皆江良さんの所へ罹ってる筈ですし」

「意外と蒼月さんも他の艦娘の事情に詳しいんですね」

「実は私、ここだけの話、愛鷹さんだからこそ教えますけど、青葉さんとは違って口外しないだけで他の艦娘のあれこれ探るのが趣味なんです。基地に引き籠ってばかりだったけど、他の艦娘の事ももっと知ろうと思って人事サーバーをハックして閲覧可能データで黒塗りされている所をオリジナルソフトでフィルタリングして見てたんです。普通の艦娘の人事データ程度の強度なら簡単に破れました。

 ただ愛鷹さんのはプロテクトが強くて駄目でした。ま、試したのは後々になってなんですけど」

 さらりと自身のとんでもないハッカーである事をカミングアウトする蒼月に愛鷹は制帽の鍔の下から丸くした目を向ける。明らかに驚いている愛鷹が面白いのか、更に蒼月は隠していた事を暴露した。

「みんなのスリーサイズから家族関係まで、大抵の事は頭に入っていますよ。何なら提督の事も分かります」

「あまり下手に探り入れすぎると、その内蒼月さんのPCのモニターに『You have witnnessed too much……』と表示されても知りませんよ」

「『あなたは知り過ぎた』って言う名文句ですね。大丈夫、私の事を逆に探ろうとする人はマルウェアに感染する様にプログラムしているんで」

 地雷を巻きながら逃げていると語る蒼月にもはや愛鷹は一週回って呆れ果てた。これではラバウル泊地に派遣された際に満潮と霞に罵倒されていたのを部下だ、仲間だと意地を張って二人と喧嘩までして蒼月を庇ったのが馬鹿馬鹿しくなってくる。蒼月があの時怒らなかったのは満潮と霞のあれこれをハッキングで知って、いざと言う時は弱みを握れる自信があったからだろうか。

「私も、とんでもない部下を持ったものです……道理で最近肝が据わって来たなと思った訳だ……元から図太い神経していたんですね」

「いえ、確かに今と昔とでは自分の自信の違いが自分でも分かるくらい変わりましたが、本当に昔はコミュ障一歩手前レベルだったんですよ。別に深刻な精神障害とかは持っていなかったので、障碍者手帳とかも交付されていませんけど」

 そう本人は語るが、よくしっかりと向き合って話してみれば、口を開けばよく喋る饒舌な艦娘である。気弱そうな見た目、容姿の割には肝が案外据わっている。それか、そもそも弩級の天然キャラなのか。

「あまり危ない火遊びはし過ぎないでくださいよ。余計な仕事を増やされたら堪った物じゃない……ただでさえ短い寿命が余計縮む」

 露骨に盛大なため息を吐く愛鷹に蒼月は苦笑の笑みをにひにひと浮かべていた。余り懲りている様子は伺えなかった。

 

 

 その日の内にバークスデール空軍基地から増派されて来たB-21八機とB-52H一二機が到着した。これでマリョルカ島に進出した爆撃機はB-21が一六機、B-52Hが一二機の計二八機に及ぶ。爆撃機だけでなく、その整備中隊や補給部隊もC-17輸送機などで来援し、艦娘達と海兵隊が奪還したマリョルカ島は戦略爆撃の拠点として機能を本格的に始動させた。

 爆撃機の増援を受けたマリョルカ島爆撃機部隊は、それからB-21八機、またはB-52一〇機の規模で編隊を組んでコルス島とサルディーニャ島へMOP2などを含む爆弾による空爆を実施した。

 そうして空爆を実施してから三日が過ぎた一〇月一六日。深海棲艦に動きが現れた。

 チュニジアのビセルト=シディ・アハメド空軍基地から日々哨戒任務に就いている哨戒機がサルディーニャ島方面へ向けて航行する深海棲艦の輸送船団を発見したのだ。折しもコルス島とサルディーニャ島へのBDAは三日目にして効果大と認められていた頃であり、大きな損害を被っている両島の防備強化を目的に輸送船団が出港したと見て間違いない。

 チュニジア方面軍に配備されている哨戒機は航続距離の問題からそれ以上の追跡は出来なかったものの、深海棲艦の輸送船団の現在位置と数、編成を国連軍欧州総軍司令部へ打電し、即座に欧州総軍司令部から情報は空母「ドリス・ミラー」のルグランジュ提督と「ズムウォルト」の第三三特別混成機動艦隊にも共有された。

「輸送艦五〇隻に大型駆逐艦ナ級八隻と軽空母ヌ級elite級二隻……?」

 陣容を聞いた愛鷹はその情報を思わず二度見していた。ナ級が八隻にヌ級が二隻は別段驚く事ではない。問題は輸送艦の数だ。五〇隻と言うとんでもない数で大規模輸送船団を構成している。輸送艦ワ級が独航船や小規模な船団を形成する事は前例があるが、これほどまでに大規模な船団を構成する事は極めて稀だ。

 哨戒機が撮影した偵察写真を高解像度で解析したものがSMCの作戦台ディスプレイに表示される。

「ナ級が前に四隻、後ろに四隻、ヌ級もそれぞれ前後に一隻ずつと言う分散配置具合だな」

 船団の映像を見たレイノルズの言葉通り、輸送艦の数に護衛艦艇が比較的少なめである事の証左として前後に分散して挟む様に護衛しているのが分かる。一見すると左右両側が空白になっている様に見えるが、愛鷹はワ級の組み方に着目した。

「五列かける一〇隻の船団の列の左右両端の一〇隻はflagship級のワ級です、ワ級と言うよりは仮装巡洋艦とでもいうべき重武装と重装甲を誇る艦種。もしかすると左右両側に並ぶ計二〇隻のflagship級のワ級は輸送任務では無く、内側に居る本命のワ級の盾として配備されているのでは」

「前後は大型駆逐艦と軽空母が硬め、左右両側は重装甲の盾艦としての役目を担うflagship級のワ級。隙だらけの様に見えて、その実は隙が無い護送船団方式と言う訳ですか」

 考えたな、と青葉が舌を巻く。舌を巻くと同時に青葉の脳裏に苦い経験がフラッシュバックして来た。かつてソロモン諸島が国連海軍の最前線になった時に第八艦隊の一員として深海棲艦の輸送船団攻撃に出撃した事があったが、その際にflagship級のワ級の大火力によって六戦隊を半壊させられ、返り討ちに遭った経験がある。青葉は被弾しなかったものの、同じ第一小隊を組む加古が大破して後送される羽目になった。

 戦艦を凌ぐ重装甲に、重巡艦娘すら返り討ちに出来るだけの火力を備えた輸送艦ワ級flagship級。容易い敵と思って相手すれば、痛い目に合うだけでは済まない難敵だ。戦艦を凌ぐ重装甲と言う事は、撃破にかかる時間も長くなるし、その分応射によってこちらは損害を被る可能性も高いと言う事だ。

「本命は内側にいるワ級三〇隻でしょうね。左右のflagship級のワ級二〇隻を盾として、前後は随伴護衛艦が固める。ナ級とヌ級のコンビなら、対空対水上戦闘は勿論、防空戦闘も充分こなせます。ヌ級のelite級となれば、elite級の改か只のelite級かで別れますが艦載機の数は凡そ八〇機。護衛空母として申し分ない性能です。

 最近は深海攻撃哨戒鷹が艦載される様にもなり、索敵警戒能力も強化されただけでなく、対潜攻撃能力も向上し、艦娘潜水艦隊の接近も困難です。攻略不可能ではありませんが、迂闊に近づけないだけの能力はあります。

 ナ級も、偵察写真を見る感じ、最凶個体のナ級Ⅱflagship級後期型では無く、elite級の様ですが、それでも高精度雷撃能力と高い砲撃戦火力、対空戦闘能力を有しており、輸送船団護衛艦としては贅沢な艦種と言っても過言ではありません。ヌ級elite級が改だと仮定して、それにナ級elite級が護衛しているとなれば、必然的に深海棲艦の輸送艦隊が運ぶ物資にはそれだけの価値があると見て良いでしょう」

 豊富な経験に基づいた深海棲艦の評価を下す青葉に、愛鷹とレイノルズが無言で頷きながら聞き入る。

「サルディーニャ島へ向かっているとなれば、網を張るのはたやすいです。サルディーニャ島の南側の海域に第三三特別混成機動艦隊は進出し、索敵機を飛ばす。深海棲艦の輸送船団が最後に確認された位置から、サルディーニャ島への最短ルートとなれば……」

 青葉はコンソールを操作して、深海棲艦の輸送船団が最後に確認された座標と、サルディーニャ島へ至る海路の最短コースを算出し、それを作戦台ディスプレイに表示させる。一本の赤い線が海図上に引かれる。

「このルートになる筈です。釣り糸を垂らすならここです」

 トラックボールとキーボードを操作して、青葉は航路上の一点にマーカーを立てた。深海棲艦の輸送船団がサルディーニャ島からの航空支援を受けられない距離の海域かつ、「ズムウォルト」と第三三特別混成機動艦隊が進出可能な限界を勘定に入れた作戦海域が策定される。変色海域の中に「ズムウォルト」を入れると、多くの大型艦船を葬って来たのと同様に船体が侵食されて自壊しかねないので、自ずと「ズムウォルト」の進出可能海域にも限界が出て来る。そこから長躯進出してサルディーニャ島の飛行場姫に配備された機体の航続距離圏外で戦うとなれば、戦闘エリアは青葉が策定した場所になる。

「カルボナーラ岬南二五キロ……そこが絶対迎撃ラインって事ですね」

 作戦エリアを意味する「AO」の文字と赤い斜線が引かれた海域を見て愛鷹は青葉に顔を振り向ける。一方作戦エリアを見たレイノルズはフムと軽く鼻を鳴らし、自身の考えを二人に提案する。

「そこを戦闘エリアとするなら、一つ私にいい案がある。ただし、ナ級とヌ級を排除した上での話になるがな」

「……マリョルカ島のQA-10を使うのですか?」

 察しの良い愛鷹の言葉にレイノルズはその通りだと頷く。

「だが無人機のQA-10だけでは深海棲艦のマジックで動作不良を起こす可能性もある。AC-130も投入しよう。人の手で運用される機体なら動作不良を起こす要素が無い。だがこの二者を運用するにあたってナ級とヌ級が居ては厄介だ。航空優勢が確保出来ていない空を飛べる航空機では無いからな」

「我が第三三特別混成機動艦隊はまず索敵機を飛ばして、敵輸送船団の精確な位置を特定。位置を特定後は先んじて護衛艦艇を攻撃してこれを無力化ないし殲滅し、QA-10及びAC-130攻撃機の為の航空優勢を確保。爆撃完了後、撃ち漏らした残存ワ級を掃蕩し、サルディーニャ島への輸送船団到達を阻止する。

 この作戦で決まりですね」

 作戦内容を確立する愛鷹に青葉、レイノルズが同意の頷きを返す。

「その作戦で行こう。敵船団が作戦エリアに到達するのは明日の午前九時頃と見積もられる。第三三特別混成機動艦隊の作戦参加予定艦娘は各自出撃準備に映れ」

「了解」

 揃って愛鷹と青葉が敬礼を返す。

 

「以上が作戦の内容です」

 ブリーフィングルームに集まった作戦参加メンバーを見回しながら愛鷹はモニターに表示される作戦海域図を前に、説明を終えた。

「何か質問は?」

 そう一同に尋ねる愛鷹に対し、最初に質問の手を上げたのは今回の作戦でイントレピッドを除くと唯一のアメリカ艦娘となるジョンストンだった。

「コルス島へ向けて船団が二つに分裂する可能性は?」

「それは無いでしょう。護衛戦力の分散にもなり、必然的に襲撃側となるこちらが有利になる。分散すれば各個撃破の可能性が高まるその愚を深海棲艦とて犯さないでしょう。それに前もってコルス島へ向かうならその為の進路に最初からついている筈。

 無論そうなる可能性がゼロではない以上、事前の航空偵察は入念に行うべきでしょう」

「逆に偵察機を通常より多く飛ばす事で、ナ級とヌ級の警戒網に意図的に引っ掛かり、敵の進路に制限をかけると言うのもありかもしれません。追い込み漁の要領で」

 そう提案する瑞鳳の言葉に、同感だと愛鷹は頷いた。

「敵船団が予期せぬ行動に出て最短コースを突っ切るとは限らない以上、敵が予期せぬコースを選ばせない対策も必要ですね」

「そう言うやり方なら是非、Meに任せて。ヘルダイバーを沢山積んでいるから、そう言う仕事なら私は打ってつけの筈よ」

「勿論、貴女の航空団が作戦の要です。よろしくお願いしますよ」

 自信に溢れた顔で進言するイントレピッドに頼むぞと愛鷹は軽く頭を下げる。イントレピッドに艦載される艦上爆撃機SB2C-5ヘルダイバーは艦爆としてだけでなく、偵察機としても優秀な機体だ。アメリカの艦爆は伝統的に偵察任務にも適しているので、機体自体の索敵能力が高い艦爆を多数搭載するイントレピッドの航空索敵能力は極めて高い水準にあると言っていい。

「ヌ級が航空攻撃を持って打って出て来ると言う事は無いでしょうか?」

 可能性としてはあり得る状況の一つを口にする衣笠に、一同が互いに隣の席に座る者同士で顔を見つめる。そうした所で特に意味をなさないが、自然と身体がそうしてしまう。見つめる相手がいない愛鷹はコホンと咳払いしてから、モニターのヌ級のマーカーを横目に、考えうる展開を返す。

「一隻が船団護衛に徹し、もう一隻が迎撃の為に航空隊を飛ばしてくる可能性はあります。ですが、こちらにはイントレピッドさん、瑞鳳さん、そして私に艦載される戦闘機隊がいる。もし航空攻撃で打って出られたとしても充分防ぎ切れるでしょう。戦闘機隊が撃ち漏らしたとしてもヌ級の搭載機数と空戦での喪失数を勘定するに、その数は少数になるでしょうから蒼月さん、ジョンストンさんでも対処は可能な筈です」

「これがヲ級改二隻だったら私でも防ぎ切れたかは怪しいけどね」

 苦笑交じりに普段は強気なジョンストンが少しばかり自嘲を交える。確かにヲ級改の搭載機数はヌ級の数割増しだ、搭載機数で勝る正規空母が二隻も付いていたらそこから繰り出されてくる艦載機の群れは三〇〇機近くにもなり、イントレピッド、瑞鳳、愛鷹の戦闘機隊でも防ぎ切れるか怪しいし、撃ち漏らす事になる機体の数も相対的に見て増えるのは確かだろう。蒼月とジョンストンの対空戦闘能力は折り紙付きだが、鉄壁と言う訳では無い。

「深海棲艦が船団護衛に使う空母が確定でヌ級でよかったよ。ヲ級系とかを付けられたら、雲霞の如く深海棲艦の航空機が群がって来るからね」

 イントレピッドの随伴護衛を担当する敷波が安堵の吐息交じりに頬杖を突きながら言うと、綾波が相槌を打ちながらコクコクと頷く。

 それまで黙って聞いていた鳥海がふと何か気になった様にモニターに表示されるワ級の写真を見つめながら己の疑問を口にした。

「ワ級が運んでいるのは何なんでしょうね? 陸上型深海棲艦の復旧資材、と言われれば確かにそうですが、具体的にどんな資材を積んでいるのか」

「ぶっちゃけそこは考えても一生答えは出ないと思うわよ。あのワ級を鹵獲でもしない限りは」

 横から身も蓋もない事実を突きつける夕張に、鳥海は何か言いたげな顔をしつつも、自分の中で考え直したのか天井に視線をちらっと向け、顔を軽く傾げてからそうか、と肩をすくめた。

 確かに、と愛鷹も鳥海の疑問には賛同するものがある。深海棲艦の事は一〇年以上たっても殆ど分からない事ばかりである。あわよくばワ級の一隻を沈めずに拿捕でも出来れば、そこからさまざまな情報、これまで不明とされて来た深海棲艦に対する情報の一部が分かるかも知れない。それが氷山の一角だったとしても、知識はあればある程優位に立てるし、何より裏切る事も無い。

 

 だがしかし、深海棲艦は拿捕された味方の奪還にはあらゆる戦力を投じると言う前例を愛鷹も聞いているだけに、予定外の行動をとって第三三特別混成機動艦隊だけでなく「ズムウォルト」の乗員にまで及ぶ事になる危険を冒す気にはなれなかった。事前に決められた作戦行動の範疇内でやる事をやる。それ以外の事は、想定外の事が起こりえない限り実行しない。リスキーな事には慎重になると言うのもあるが、単純に今やる事でもない話に乗る気はなかった。

 

 他に質問はあるかと問う愛鷹に、今度は応じる者は無かった。

「では、明日に備えて各自艤装の入念な点検と食事と睡眠を十分に。以上、解散。あー……That’s all. Dismissed」

 二人のアメリカ艦娘に母国語以外でずっと話続けていた事に少しばかり後ろめたさも感じ、締めに二人の母国語も付け加える。その意図を汲み取ってか、それとも分かって茶化し交じりかイントレピッドがにこっと笑顔を浮かべて答えた。

「Yes ma’am」

 

 

 解散をかけて艦娘達が三々五々ブリーフィングルームを辞していく中、夕張が瑞鳳と共に愛鷹の方へやって来た。

 資料を片していた愛鷹が気が付いて二人に顔を向けると、夕張は自身の中で考えていたらしい提案を愛鷹に話した。

「実は瑞鳳と一緒に結構検討していた事なんですが、今の第三三戦隊の艦載機を烈風改二から紫電改四に機種変しないかと思いまして」

「戦闘機隊の機種変ですか。それによりメリットとデメリットは?」

 その問いに対し、瑞鳳が答えた。空母艦娘なだけあって、艦載機に関する知識は愛鷹以上に造詣が深い。

「結論から言うとデメリットとなる要素は殆どないです。メリットとしては現状格納庫いっぱいいっぱいに詰め込んでいる烈風改二と違って紫電改四の方が格納庫のハンドリングが良くなり、また機体サイズも小さい分搭載スペースに余裕が持てるようになって航空妖精の整備能力のマージンにゆとりが生まれて航空機の稼働率そのものが上がると試算しています。

 また紫電改四は烈風改二よりも軽量なので格納庫の重さを軽く出来ます。烈風改二と紫電改四の性能比較ですが、ぶっちゃけ烈風改二よりも紫電改四の方が機体が軽い分上昇力と機動力に優れているので、迎撃機としての性能は紫電改四の方が上です。エンジン出力も烈風改二の実質二一〇〇馬力相当に対して紫電改四の方が二二〇〇馬力相当とパワーレイトでも少し上です」

「なるほど。因みに紫電改四の武装は?」

「二〇ミリが四門なので火力も安定しています。長砲身機関砲なので弾道も安定しており、新型徹甲榴弾を弾頭に使っている弾薬を使用するので、貫徹力なども申し分ありません」

「唯一問題点があるとすれば、今の『ズムウォルト』の元に運んで来る余裕がないのと、搭乗員である航空妖精に機種変訓練を行わないといけない点ですね。この欧州派兵が終わったら航空隊の再編計画を実行に移したいのですが、愛鷹さんとしてはどうでしょう?」

 航空機周りについて解説した瑞鳳に代わって、それ以外の問題点を上げた夕張が航空隊の機種変の如何についての可否を愛鷹に問う。

「言うまでも無く、機種変には賛成ですよ。航空機整備妖精の負担が減るのは良い事だし、機体性能も上がるのなら変えない手はありません」

「じゃあ、機種変の路線で日本艦隊に要請出しておきますね」

「あ、それは私のする事!」

 駄々をこねる様に夕張に食い下がる瑞鳳に、はいはいと苦笑交じりに夕張は小柄な巫女服の空母艦娘の肩をポンと叩く。

「じゃ、やる事は全部ヨロシク」

「任された!」

 第三三戦隊の航空機周りの手配は自分のする事と本人の中で決め込んでいるのか、瑞鳳がガッツポーズと共に応じる。

 天ぷらそば食べたい、と言いながらブリーフィングルームを出て行く夕張の背を追う愛鷹の制服の袖を掴んで、瑞鳳も食堂へ一緒に行こうと誘う。

「日本艦娘向けに日本食も用意しているって。アメリカンなステーキ料理もいいけど、カロリー高過ぎなアメリカンフードばかりだと身体の調子が狂っちゃいますよ?」

「私は別に」

「高カロリーな食べ物食べたらその分運動しないといけません。愛鷹さん、最近艦内ジムに顔出してないじゃないですか。低カロリーで栄養バランスの良い料理でバランス取らないと、おデブさんになっちゃいます」

 そこまでアメリカ人乗員向けな高カロリー料理は食ってないと言おうとした愛鷹の言葉を遮って瑞鳳はつとつとと説教を垂らす。自らも料理には強い拘りがある艦娘なだけに、同じ艦娘仲間の食と栄養管理にも煩くなっている。航空機の事を駄弁らせたらマシンガントークが炸裂する彼女だが、食に関しても一家言ある様だ。

「瑞鳳さんは私のお母さんですか」

 左手を腰に当てて吐息交じりに言う愛鷹に、瑞鳳はにこりと笑みを浮かべた。

「こんなに大きな娘が出来たんですね私。お母さん、感動で泣いちゃうわ」

「その娘、実年齢は『母親』の数倍は歳を食っていますよ?」

 自身の特徴を用いたブラックジョークに対して瑞鳳はけろりと、まるでそれがどうしたと言う様に言った。

「見た目が若々しいからヨシ!」




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