艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

89 / 121
※第七七話投稿ミスに際し、再度お詫び申し上げます。




第八〇話 悪夢と現実と

 海上を征く第三三戦隊の七人のほぼ真ん中を愛鷹は進んでいた。

 先頭を深雪、蒼月、衣笠、青葉、愛鷹、夕張、瑞鳳といつもの並びとは違う変則的な並びになっており、中央に挟まれる形で進む愛鷹にとっては違和感しか無かった。

 何でこう言う序列で航行しているのだろう? と本来航行序列を決める旗艦である筈の自分自身でも分からなくなる。いやその前にこの並びを取った前の記憶がない。おかしい、この七人で出撃したと言う事は「ズムウォルト」から出撃するいつもの発艦ルーチンを踏んでいる筈なのだが、それを行った記憶がない。

 違和感に塗れ、どこか空気も重々しいと不快感を覚えていると、先頭を征く深雪が何かに気が付いたように虚空にサッと目を向け、一対の眼で宙を睨む。蒼月がどうかしましたか、と深雪に問うた時、先陣を切っていた深雪が振り替えって続航する全員に叫んだ。

「敵からの砲撃、来るぞォッ!」

 その言葉に愛鷹も深雪が見ていた方向を見て、飛来している筈の敵弾の姿を空に探す。だが、飛翔音すらしない、無音の様な、いや何かにどっぷりと浸かって音の響きが鈍くなっているかの様な感覚では砲撃の飛翔音はおろか殺気すら感知出来ない。

 どこ、どこから来るの、と愛鷹が左右に視線を振った時、爆発音が唐突に炸裂し、目の前を水柱と炎の世界が覆いつくした。反射的に両腕をクロスさせて顔面を防護した愛鷹はよろりと不意によろけてそのまま海上に尻餅をついた。座っている場合じゃない、と立ち上がろうとする膝に全く力が入らず、代わりに背中に背負う艤装はずしりと、まるで背中を海上に固定しているかの様に重く、怪力の愛鷹ですら立ち上がる事が出来ない。

 歯を食いしばって立ち上がろうとする愛鷹の目の前に、深雪が立っていた。

 

「……」

 

 耳に聞こえて来ない何かを言う深雪の顔は一切の感情が無く、元気に日焼けしている肌は一転して真っ白な紙の様に、色と言う概念を失った色へ変わり、代わって彼女のが纏うセーラー服の腹部から胸部、下腹部に向けて深紅の血の染みがスーッと広がっていく。

 愕然と深雪の姿を見つめる愛鷹の眼の前で、深雪は仰向けに倒れ、何も言わず、何も動かなくなる。

 

「……」

 

 未だに海上に座り込んだままの自分に蒼月が声をかけて来る。視線を転じると、蒼月が海上に膝立ちしていた。が、愛鷹が瞬きをした直後、蒼月の両足は両膝から二本とも失われ、海上にゆっくりと血だまりが広がっていった。すーっと蒼月の口の端から血が流れ、立つ足を失った蒼月が俯けに倒れて行く。

 二人を助けなくては、としゃにむに立ち上がろうとする愛鷹を背中の艤装の重量が枷となって彼女を海上に縛り付ける。じたばたともがく愛鷹の前に黒のタイツと茶色の足袋状のタイツを履いた足が立つ。見上げると青葉と衣笠が何も言わずに自分の前に背を向けて立っていた。背を向ける二人に深雪と蒼月の救助を叫ぶ愛鷹の目の前で衣笠が唐突に膝から崩れ降ち、海上に横倒しになる。全身が血まみれになって倒れる衣笠の横にいた青葉が一人、単独で前進を始め、そのまま靄がかかっている様な見落としの悪い水平線の向こうへと消えて行く。何も言わず、何も残さず、妹すら残して青葉が一人で何処かへ行ってしまう。

 夕張と瑞鳳は、と愛鷹が後ろを振り返ると、二人の姿は何処にもなかった。ついさっきまでいた筈の二人は海上に痕跡も残さずにいなくなっていた。傷を負った仲間を救護する事も無く、愛鷹に何も言わず、蒸発する様に消えた二人に愛鷹が視線を泳がせていると、自分の両手を、制服の正面を掴む手があった。

 視線を正面に戻すと、真っ白な色と言う概念を失ったかの様な肌となった深雪、蒼月、衣笠が縋る、いや這い寄る様に愛鷹に迫って来ていた。三人の両眼はぽっかりと開いた虚無への空間と化し、何も映していない。真正面に捉えている筈の愛鷹の姿すら映していない六つの眼が愛鷹との距離を縮めて来る。感覚の無い、しかし触られている感じはある三人の手の感覚が愛鷹を掴み、徐々に近づいて来る。

 始めて愛鷹は恐怖に慄いた。死、それが自分の手を掴み、身体に徐々に徐々に忍び寄って来る。自分の命を余命は長くない、もうじきロウが尽きようとしている小さな蝋燭の火と同じ自分の命を奪おうと、徐々に徐々に距離を詰めて来る。

 恐怖のあまり声を上げる事すらできない愛鷹の耳に突然、砲声が、落下してくる飛翔音が迫って来た。

 反射的に空を見た時には既に遅く、右側で鈍い金属の破壊音と共に三連装主砲と連装主砲の二基の主砲搭の天蓋に穴が開く。

 

「主砲、一番、二番被弾!」

 

「弾薬庫注水急げ!」

 

 装備妖精が震える声で叫んだ時、主砲艤装の内部で誘爆の轟音と振動が響き渡り、第二主砲の砲搭が砲搭リングから爆炎と共に飛びあがった。

 咄嗟に右手で顔面を庇う愛鷹の右舷側で第一主砲弾薬庫も引火爆発し、第一主砲搭が轟音と爆発炎と共に吹き飛んだ。二基の主砲搭のバーベットから炎が溢れ出て、それまで愛鷹の身体に這い寄って来ていた生け屍の様な深雪と蒼月、衣笠に代わって、炎が、紅蓮の炎が愛鷹と言う存在全てを飲み込もうと押し寄せて来る。

 

「主動力機能喪失、艤装コア反応ロスト! 機関停止!」

 

「弾薬庫に火が及んでいます、ダメコンが間に合いません!」

 

「総員退艦! 各員は消火作業を逐次中止、総員退艦!」

 

 被害報告を上げて来る装備妖精に「総員退艦」を下命した直後、炎に包まれていく愛鷹の中で置いて行かれる、という新たな恐怖が沸き起こる。そんな彼女に目を振り向けることなく、艤装各部のハッチが開いて装備妖精達が、あれ程死地を共に潜り抜け、苦楽を共にして来た自分の分身の様な装備妖精達が振り返る事なく、愛鷹を鑑みる事も無く、助けようともせず次々に脱出していく。

 勢いを増す炎が愛鷹を包み、視界が深紅に燃え上がる中、愛鷹は右手を伸ばして必死に叫んだ。

 

「待って……! 置いて行かないで……! 私を……一人にしないで……!」

 

 一人ぼっちでこのまま燃え尽き、燃えカスと成り果てる孤独への恐怖に両眼から涙がこぼれ堕ち、炎に瞬く間に蒸発させられる。そんな愛鷹から最後の一人の装備妖精が退艦し、全員が振り返る事無く海上に投下されたゴムボートに乗って脱出していく。炎に包まれる愛鷹を一人、置き去りにして。

 

「待って……!」

 

 

 虚空を勢いよく掻いた右腕の動きに連動する形で愛鷹は目を覚ました。

 両目の視界には虚空を掻く途中で止まった右腕が、照明を切って真っ暗な船室の天井へ向けて伸ばされて止まっている。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 浅い息を繰り返す自分の呼吸を整え、天井に向けて伸ばされていた右手をそっと額に当てる。シャワーから上がったばかりかと思わせる程のぐしょりと汗で濡れた額が右手の甲を濡らした。

「夢か……」

 上半身を起こし、毛布を払い、体の向きを変えて両脚を床に付ける。ぴたぴたと素足が床に触れると、二本の脚の足裏と五つの指から艦底部から振動と共に伝わって来るガスタービン発電機の機関音を拾う。

「どういう夢なのよ……」

 今しがた見た恐怖に満ち満ちた文字通りの悪夢を思い返しながら、右手で頭を抑えながら床に視線を落として呟く。

 その問いに、どくんと心臓が異常な鼓動を脈打ち、食道を逆流したものが口元へと込み上げて来る。反射的に口元を抑えた愛鷹の右手の掌にツンと鼻を突く強い鉄分の匂いと味が吐き出される。手の指の隙間から僅かに溢れた吐瀉物が床に液体の滴る音と共に落ちて小さな染みを作り出す。

 暗闇の中でも掌を染め上げる真っ赤な血の色が識別出来た。唐突過ぎる発作、寝ている時に起きた事は余りない。ラバウル泊地に派遣された時以来だろうか。

 左手で枕元に置いていたピルケースを漁り、掴み、身体中を痛みと震え等が襲う前に数錠の錠剤を呑み下す。第一波の様な全身を針で刺したかのような激痛が一瞬走る。身体中の酸素をそっくり入れ替えたかと思う程に激しく噎せ込んでは息を吸って小刻みに震えそうな身体を抑える。

 薬が効いて何とか完全に発作でのた打ち回るのを防いだ愛鷹は、しばし惚けた様に床と膝の上に置いた右手を見つめていた。掌を真っ赤に染め上げる吐血の痕をぼんやりと眺める事、数分、ようやく身体を動かす事を脳が許可し、愛鷹は寝間着のまま、居住区の女性トイレに向かった。

 掌を染める吐血の血の色と同じ赤の赤色灯だけが灯る艦内の通路を素足のままの愛鷹の静かな足音が響く。耳を澄ませば艦底部から足先を通して響いて来る九万二八〇〇馬力のエンジン音と振動、艦内の空調設備のモーター音と言った色々なナチュラルな音が五感を介して愛鷹の脳内に伝わって来る。

 女性トイレのドアノブを血で汚れていない左手で掴んで回し、中へと入る。洗面台のノブを回して血に汚れた右手を洗い流し、鏡を見て口元もざっと水洗いする。蛇口から出て来るのは地中海の海から取水した海水を「ズムウォルト」の統合電機推進機関の電力で電気分解した蒸留水だ。日本の軟質な自然水よりやや硬く、がさつさがあるが塩気が無い分、素っ気ないが優しさを抱擁した不器用な人間の様な感触を想起させて来る。

 一通り洗い落とし、右手と口周りをもう一度見る。水にふやけて赤くなった手から吐血の血は洗い落とされ、口周りも綺麗になっている。鏡の向こうで普段はポニーテールにまとめている焦げ茶色の長髪が少しだらしなく垂れている。遺伝子元の大和と同じ色の髪にそっと手を伸ばして触れてみる。髪質は念入りに手入れしている訳でもないのにさらっと掌を流れる水の様に指先を滑り落ちて行くレベルであり大変良い。

 髪を触っていた手で蛇口を締め、軽く長髪に手を通しながら洗面台の淵に両手を突く。大きなため息を吐いて、一回鏡の向こうの自分を見つめ返してからようやくトイレを出て自室へと戻る。

 床に吐血の痕が残っていたが、今床掃除をする気分にもなれなかった。そのままベッドに潜り込んで毛布を被ると愛鷹は再び眠りに落ちた。

 

 SH-60Lのキャビンからは、浦賀水道へと向かう八隻の艦影が確認出来た。呉基地から回航されて来た日本国に残された旧海上自衛隊の護衛艦達だ。どれも老朽艦揃いであり、失っても腹の痛まない様な年代物ばかりである。SH-60のキャビンから八隻の艦影を見下ろす谷田川と鳳翔、三笠の三人に、艦隊参謀が地上から入って来た報告を三人に伝達する。

「無人艦『ざおう』『うんぜん』『くろなみ』『あおなみ』『まゆづき』『あまつき』『うらづき』『かざつき』展開完了。行動パターン・シエラを発動、待機に入ります」

「了解した」

 

 二隻のあたご型ミサイル護衛艦、二隻のたかなみ型護衛艦、四隻のあきづき型護衛艦の計八隻からなる無人艦隊だ。呉基地で保管されていた日本に残されていた数少ない水上艦艇であり、どの艦も艦齢が最低でも三〇年を超える老朽艦だ。海上自衛隊時代に深海棲艦との戦争が始まった頃、新鋭艦艇が次々に失われていく中で退役を取りやめ、予備艦隊に編入されて一線級部隊復帰に備えていたが、結局海上自衛隊の国連軍編入とその後の艦娘艦隊の結成に伴いモスボール保存が決定した艦艇達だった。

 日本方面軍司令部の試算では深海棲艦が近々日本本土へ大規模な侵攻作戦を実施する確率は九九%と試算され、特に首都圏への侵攻想定率が最も高かった。そこで浦賀水道絶対防衛線として艦娘艦隊とは別に呉基地でモスボール保管されていた護衛艦を無人艦に改装して、対深海棲艦遅滞戦闘防衛システムとして投入する事が決まったのだ。

 トラック諸島をめぐる戦いの際に、現地に取り残されていた旧アメリカ海軍駆逐艦とオーストラリア海軍フリゲートを無人操艦で深海棲艦の侵攻艦隊の進撃を遅らせた前例があるが、眼下に展開する八隻の護衛艦は対舟艇機関砲を増設して、只の「盾艦」としてでなくある程度の深海棲艦への対応能力を付与した艦艇だった。また艦内は無人盾艦化されるに当たって水密区画とバルジの増設など予備浮力の増強工事が行われており、本来の現代軍艦の設計コンセプトである「撃たれる前に撃つが為の現代軍艦」から、「撃たれても耐えられる現代軍艦」へと様変わりしていた。

 

「この艦隊が、役に立つ機会が無いと良いのですが」

 物憂い気な表情で鳳翔が言う。老朽艦ばかりで構成された無人盾艦部隊が敷く絶対防衛線が機能する事になると言う事は、すれ即ちそれより前に防衛線を展開する艦娘艦隊が撃破されていると言う事を暗に示す事になる。「負傷者」だけで済むならまだしも、深海棲艦の戦力次第では艦娘艦隊の被害が「死傷者」に変わる可能性も充分にある。

「何事もあらゆる状況を想定しておくに越した事は無い。備えが杞憂に終わっても、何も予防策を準備していなかった、よりはマシだ」

「そうですね……」

 谷田川の言葉に鳳翔は静かな声で頷いた。

 一方、タブレット端末をフリックして表示される情報を変えながら三笠が谷田川の顔を見て言った。

「各地で、艦娘予備隊が編成され、我が国連軍艦娘部隊の支援部隊として動くとの事ですが、ご存知でしたか?」

「一昨日、市ヶ谷の戦略防衛軍総司令部から連絡があったよ。国連軍艦娘部隊支援の為に我が方で独自の艦娘部隊、艦娘予備隊を編成し、貴部隊の支援に全力で当たると」

「何なのですか、戦略防衛軍の艦娘予備隊って?」

 不思議そうな顔を向けて来る鳳翔に、三笠が組んでいた足を組み替えながら答えた。

「艦娘適正者の中でも、国連軍の適性検査試験、諸々の試験の段階で一分野で不合格になった者で構成された艦娘艦隊です。大半が女子中学生や女子高生だからJK艦娘と言う俗称がある艦娘ですね。艦娘になれるのは各種適性試験、適性検査、筆記試験を日本なら『甲種』、海外なら『Sランク』でクリアしたものだけが正規艦娘として更なる軍人及び艦娘としての高等訓練を受けられますが、艦娘予備隊を組むJK艦娘は艦娘となるまでの課程で最も重要な『艦娘適正検査』の分野で『乙種』と認定されて、艦娘としての艦名を授かる前に不合格となった者で構成されています。

 鳳翔さんもご存じとは思いますが、艦娘は軍人、確かな職務環境と給与、衣食住が保証されます。終身軍人、簡単には帰郷出来ないと言う人生において強い縛りが発生しますが、高待遇さから入隊検査でまず『丁種』の合格印を押されれば、皆が基礎教育期間を受けられます。中には艦娘になる気はないが、教育課程期間中に受けられる学業と最低限の給与を目当てに入隊をする女性も少なくはありません。

 つまり、艦娘予備隊の中には歩み方が違えば今の鳳翔さんの場に立っていたかもしれない女性達も含まれている、と言う事です。酷い言い方をすれば『艦娘の成り損ない』、名誉を重んじた言い方をすれば『運命の悪戯で艦娘になれなかった者達」、そういう所です」

「アメリカで言うなら、国連軍の艦娘部隊が正規軍たる連邦軍、艦娘予備隊は州兵、て所だ。戦略防衛軍は日本独自の軍事力、州兵はアメリカ合衆国を構成する州独自の軍事力。そういう所さ。成り損ないと言っても、軍人としての基礎は持ち備えているJK艦娘だ。立ち回り方は正規の艦娘にも劣らない。ただ一つ彼女達に問題があるとすれば」

 そこで言い区切った谷田川は彼自身もこの目で見たことがあるJK艦娘の装備を脳裏に思い浮かべながら、二人に顔を向けなおした。

「巡洋艦級以上の艤装が配備されていない、と言う事だ。JK艦娘の艤装は主に特Ⅰ型駆逐艦艦娘の艤装の余剰部品で構成されている。粗悪品と言いう訳では無いが、まあ艤装機関部の機関出力には運転制限がかかる者も含まれていたり、魚雷発射管や爆雷投射機を調達できず、駆逐艦の癖に砲戦特化型の者もざらだそうだ。空母艦娘も揃えられないから、自力で艦隊の航空優勢を確立する事も出来ない。

 あくまでも沿岸海軍としての艦娘艦隊だ。そう言う事情を反映してかは知らんが、JK艦娘達に与えられている艦名は便宜上のコールサインらしい。戦略防衛軍内では、出身地由来の地名を艦名として与えようと言う動きもあるそうだが」

「しかし、戦防はどうやって艦娘周りの教育を実施しているんでしょうか?」

 艦娘戦力は国連軍が占有していると言っても過言ではない。戦略防衛軍と言う日本固有の軍事力に艦娘戦力のノウハウを共有するのは、国連軍軍備関連の法律に抵触するから、国連軍が直接一国家に艦娘戦力関連の技術やノウハウを渡す事は無い。

「どうも調べたところでは、かつて日本艦隊艦娘艦隊の指導教官を経験した事がある国連海軍退役軍人が戦防の艦娘予備隊の指導に当たっているそうだ。艤装周りの技術系も元艦娘艤装関連の技術屋をしていた退役軍人や民間企業等から人材を集めて、どうこうあれこれしているとの事だ。国連軍が一国家に艦娘戦力の技術関連を共有する事は軍備関連の法律で禁じられても、元国連軍の退役軍人がそれを行うことまでは禁じていないからな。法律の抜け穴を利用したと言う所だな」

「実際のところ、あてにはなるんですか彼女達は?」

「使えなくはないだろう。少なくとも正規の艦娘に慣れなかった少女たちとは言え、国連軍の元で基礎訓練は受けているし、戦防の艦娘予備隊に籍を置いた時にも訓練を重ねているそうだから全くの素人ではない。ただし主戦力には出来んな、何せ艤装が駆逐艦ベースだらけだ、自力での航空優勢は確立出来ん。火力面においても正直、正規の艦娘、それも同じ駆逐艦娘並みにあるか怪しい所がある。装備のバランスも、先に言った通りバラバラだからな。あくまでも国連軍の艦娘艦隊の補助戦力が関の山だろう」

 JK艦娘からなる艦娘予備隊は文字通り「予備」の戦力以上の事は出来ないと言う事だ。実力はともかく、実戦経験も無く、訓練時間も正規の艦娘よりもはるかに短い。彼女たちなり日々研鑽を重ねてはいるだろうが、それでも国連軍艦娘艦隊に初めて配備される艦娘の養成期間以下である事は間違いない。何せ戦略防衛軍そのものが設立からまだ三か月も経っていない新興組織なのだ。

「どんな艦娘部隊なのか、気になりますね。視察してみたいところです」

 そう呟く鳳翔に、ヘリの機長に帰投命令を出した谷田川は眼下の艦隊から視線を鳳翔に向けて言った。

「一応、明日鹿島と大井を艦娘予備隊の本営がある東舞鶴基地へ派遣する予定だが、もう一つ席を作っておこうか?」

「是非ともお願いいたします。この目で見ておきたいので」

 確たる意志を持った目で自分を見据えて言う鳳翔に谷田川は了解だと頷いた。

 

 

 翌日、第三三特別混成機動艦隊は予定通りにイントレピッドを中心とした機動部隊と、愛鷹を中核とする水上打撃部隊の二手に分かれて出撃した。

 サルディーニャ島の飛行場姫からの空爆は前日のB-21の爆撃で来ないと予想されているので、両隊共にまず警戒するべきは潜水艦と深海棲艦の輸送船団の護衛に付くヌ級からの航空攻撃だった。

 作戦エリアに進入するや、イントレピッドから偵察装備のSB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機が発艦し、輸送船団の捜索に向かった。凡そ通ると思われるルートは絞り込めているが、敵輸送船団の精確な位置を特定出来なかったら、知らぬ間にすれ違い、気が付いて反転追撃に移った時にはサルディーニャ島の深海防衛ライン内に入られて追撃不能になっている可能性もある。

 輸送船団の位置特定、という前段任務そのものは特段難しいと言う訳では無い。問題は輸送船団の随伴艦艇だ。強力な雷撃戦火力と対空戦闘能力を有するナ級elite級が八隻。下手に挑んだら痛い目に合う深海棲艦の大型駆逐艦だ。直接交戦する事になる第三三戦隊の七人は、実質軽巡洋艦並みの性能がある八隻のナ級と戦う事になる。

 単縦陣を組んで前進する第三三戦隊の七人の頭上をヘルダイバーが航過していく。偵察隊として発艦したのは全部で一六機。これに瑞鳳から発艦した八機の天山も加わる。 偵察航空隊に先んじて、青葉からは瑞雲が発艦して前衛艦隊を担う第三三戦隊の七人の周囲で対潜哨戒の任についていた。

 敵の輸送船団が奇行でもしない限り、事前に網を張る偵察機隊の索敵網にすぐに引っ掛かるだろう。

 

「こんなことを言うのも自分で妙な気がするんですけど」

 ふと衣笠が少し自信なさげだが、一つ気がかりであると言う声で口を開く。

「随伴艦艇のナ級とヌ級だけでなく、ワ級flagship級も実は護衛艦艇にカウントしている、って事は無いですかね?」

「……可能性としてはゼロじゃないと思うよ」

 愛鷹に代わって青葉が妹の言葉に自身の考えを返す。

「単なる戦闘艦艇系の深海棲艦と違って、二重底を採用していると目されるからその空間内に非加熱性の液体を充填すれば疑似的な空間装甲が作れるし、余剰浮力も多い。戦艦級の重防御を誇るのはこれまでの戦いで分かっている事だし、その余力から来る艦載砲の重装備ぶりはまさに仮装巡洋艦と呼んでも差し支えないレベルに達しているし。

 単なる盾艦艇としてだけでなく、不足している戦闘艦艇の疑似的な補充要員としてflagship級ワ級が動員されているとしても不思議じゃない」

「事実、仮装巡洋艦運用が成されているワ級Ⅱflagship級と言う艦種も確認されていますからね。兵装を格納できると言う特性上、見た目が単なるflagship級と変わらないので、もしかしたら今回のミッションターゲットの輸送船団に随伴しているのは、なんてことも」

 有り得なくはない事実を口にする愛鷹の言葉に、蒼月と深雪が知らずと顔を見合わせる。ワ級の厄介な所は艦載砲を格納出来ると言う都合上、外観から分かるのは無印かelite級かflagship級かという程度の判別だけであり、より細かなワ級Ⅱelite級か同Ⅱflagship級かまでの判別が付けづらいと言う、その隠蔽性の優秀さがあった。懐に隠し持つ得物がナイフなのか毒針なのか、はたまた暗殺用拳銃なのか分からない手の内を明かさぬ殺し屋と言う所だ。

「おっそろしいなあ……」

 

 そう呟く深雪の方をちらっと振り返りながら、ふと昨日見た悪夢の内容を思い出す。生け屍の様になって、夢の中の自分に這い寄って来ていたのは衣笠と深雪と青月の三人。あの夢が一体何を暗示しているのか、愛鷹には推し量りかねる所だが、もしかすると近い内、この三人が自分の目の前で深海棲艦の放つ凶弾に倒れる、と言う事もあり得る。この三人はともかく最も不穏なビジョンを見たのは青葉だ。衣笠を置いてすっと何処かへ消えて行くように居なくなったのは不気味過ぎる。今背後にいる青葉は至って普通であり、出撃前も元気に衣笠とわちゃわちゃとしていたし、悪夢を見る事となった昨日の晩の寝る前、取材と言う名目で「ズムウォルト」の機関室に立ち入って機関長に叱られていたりと奔放さは依然として健在だ。第三三戦隊の仲間六人全員が昨日も、そして今日も、元気で、怪我病気無く、朗らかに愛鷹と顔を合わせ、朝食を共にして他愛の無い日常会話に花を咲かせていた。

 不穏な気配は少なくとも見受けられず、感じ取れなかったし、嫌な予感と言うのも今のところ感じ取れない。杞憂だろうか、それとも単なる悪い夢の範疇に過ぎなかったのか。悪夢を見たのはこれが初めてではないにせよ、何かしらの暗示を感じさせなくはない。旗艦と言う立場上、全員に気を配らねばならないとは言え、自分の手の届かない所で仲間が傷ついたら? と思うともはやきりがない。

 

(気をしっかり持とう、今考える事じゃないわね)

 

 雑念を振り払う様に頭を軽く振り、その際に微妙に被り具合のずれた制帽に手をやった。

 

 

「居たぞ」

 眼下に伸びる大量の白い航跡の群れを見つけた、イントレピッド艦載機のSB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機、コールサイン・エコー3-1の操縦桿を握る航空妖精は、後席員の航空妖精に合図を送ってから緩やかにカーブを描きつつ、降下して眼下を航行する六〇隻に及ぶ大規模深海輸送船団の詳細を把握しにかかる。

 偵察機に発見される事は承知の上かつ、船団を攻撃して来ない偵察機にまで撃つ弾は無いとでも言う様にナ級もヌ級も、そしてワ級の艦載砲が反応する気配はない。ただ粛々とサルディーニャ島への航路を進んでいる。

 随伴護衛艦の中でも高い対空戦闘能力を持つナ級を下手に刺激して、その深海レーダー管制の主砲に撃たれない様心掛けながら、操縦桿を操り、ぐるぐると射程外から船団の周囲を旋回し始める機長妖精の後ろで、後席員妖精が無線を介して母艦娘のイントレピッドへ深海輸送船団発見の報を入れる。

「エコー3-1からイントレピッドへ。敵輸送船団を発見、現在位置は……」

 マップと睨めっこして現在位置を伝達し終えると、情報を受け取ったイントレピッドから引き続き深海輸送船団との触接を維持せよ、との指示が3-1に下る。別命が下るか、ヌ級からCAP機が上がって来ない限り、エコー3-1は深海輸送船団との触接を燃料の続く限り続ける事になる。

 直掩機が上がってくる気配はない。偵察機だからと無反応を決め込んでいるのかも知れないが、それはそれでまあ良いだろうと、機長妖精は後席員妖精に偵察カメラを起動させて徹底的に眼下の輸送船団構成艦艇の画像を撮らせる。深海棲艦の事で分かっている事は少ない。少ないからこそ例え既知の艦艇であっても写真は多くとっておけば、新しい何かの発見につながる可能性もある。何気ない偵察写真一枚が思わぬ新発見に至ることだってあり得るのだ。

 シャッターを切る音が機体底部から響く。ここまで無反応を決め込む深海輸送船団も中々ない。やはりこの後襲って来るであろう艦娘艦隊に備えて弾薬を温存しているのだろう。対空弾でも使い方によっては、近接信管によるエアバースト射撃で、ナ級と同格の駆逐艦娘にショットガンの散弾を浴びせるよりも更に酷い加害を与える事も可能だ。エアバースト射撃は鉄の欠片がスコールか暴風雨の如く艦娘の身体を襲うし、単なる散弾ではなく、その鉄の欠片一つ一つが強力な貫通力を誇る。ショットガンの弾で言うなら鹿撃ち用弾薬と言うよりは、鉄の矢で作られたフレシェット弾と言うべきだろう。徹甲弾は一撃の重さが大きいが、対空弾によるエアバースト射撃は貫通力こそやや劣るが、面での加害に優れるから、駆逐艦娘の防護機能を一瞬で飽和させることも可能だ。

 触接を続けるエコー3-1の無線機に、襲撃部隊を担う第三三戦隊の旗艦愛鷹から現在位置の座標の確認を求める要望が入った。どうやら射程に優れる愛鷹の四一センチ主砲で長距離砲撃を行う腹積もりらしい。

 現在位置の座標を愛鷹に転送すると、程なくエコー3-1の二人の航空妖精の耳に、飛翔する砲弾の飛来音が聞こえて来た。二発の砲弾が大雑把な位置に着弾する。船団の右側に纏まって着弾する四一センチ砲弾の突き立てた水柱を見つめながら、航空妖精は修正値を愛鷹へ転送する。交互撃ち方で第二射を放って来た愛鷹から三発の砲弾が、大きく山なりの弾道を描いて飛来し、今度は輸送船団の左側に纏まって着弾する。今頃愛鷹の主砲は最大仰角にまで砲口を引き上げた三門と二門の主砲が交互に撃って、修正値が送られて来た元へ砲弾を送り込もうとしているのだろう。

「ありゃ、HEだな」

 着弾する砲弾の突き上げる水柱を見て機長妖精が呟く。

「HEって事は、サンシキダンカイニ(三式弾改二)ですか」

「そうだ。AP(徹甲弾)である一式徹甲弾改と比べて、弾頭重量がやや軽いから比較的長距離まで飛ばしやすい。APと違ってHEだと貫徹能力は劣るが、ナ級やヌ級くらいの敵艦ならHEの鉄の欠片がぶっ刺さるだけでもかなりのダメージを与えられる。と言うよりは、戦艦級の砲撃はナ級やヌ級相手には過剰だ、貫通して信管が作動する前に反対側に飛び出してしまう。

 まあ、ナ級の打たれ強さはイ級やロ級、ハ級、二級とは比べ物にならない。HEを使うか、APを使うかは艦娘によりけりなところがある」

 配備されて間もない後席員妖精に解説する機長妖精の語り口に、新米の後席員妖精はじっと耳を傾ける。

 間もなく、愛鷹からの第三射が飛来する。二発の砲弾が船団の左右を挟む様に着弾する。

「見事だ。第三射目で挟叉、理想的な砲術フェーズだな」

 イントレピッドに配備され、太平洋を、大西洋を、地球の海を東西南北と共に戦って来て長い機長妖精が舌を巻く。砲術の腕に優れた艦娘は数知れないが、愛鷹はその中でもトップ五位、いや三位に入り込めるくらいの腕前だろう。何もかもが理想的に運ぶ砲術の腕前だ。アメリカ艦娘艦隊でこれほどの腕前を誇る戦艦級艦娘と言えば誰だっただろうか?

≪斉射に移行します。射線方向に注意されたし≫

 当たる確率はかなり低いとはいえ、触接中のSB2C-5ヘルダイバーと万一の空中衝突を恐れて愛鷹から事前警告が入る。機長妖精が了解と答えてから数十秒後、前方の海から発砲炎が微かにちらつき、赤く光る砲弾が唸り声を立てながら深海輸送船団の上空へと飛来する。

 船団の中央前寄りの直上で五発の三式弾改二が信管を作動させ、無数の鉄片を輸送船団の頭上から降らせる。ただ船体を濡らすだけの雨の冷たい雫ではなく、鉄の塊が炸薬で爆発して砕け散り、秒速数百メートルで飛散して来る熱い欠片が空から降り注ぎ、深海輸送船団の船体にスコールの如く降り注いだ。

 これで撃沈に至る程の致命傷を負った深海輸送船団の艦艇は無かった。だが、ナ級の艤装上に露出している深海レーダーのレーダーアレイはずたずたに切り裂かれ、早速使い物にならなくなった。レーダー管制の射撃管制システムは破壊され、ナ級は高精度の深海レーダーによって管制された砲撃や雷撃が不可能になっていた。

 

 

 エコー3-1から深海レーダーダウンの報告を聞いた愛鷹は、第二戦速から第四戦速への加速を第三三戦隊の全員に命じた。

「増速、黒二〇! 第四戦速、進路一-三-〇!」

「ヨーソロー!」

 続航する青葉が復唱し、第四戦速へと加速する愛鷹の航跡の跡を追う。白い航跡が愛鷹の背後に長く伸び、その上を踏みしめる様に青葉が、衣笠が、夕張が、深雪、蒼月、瑞鳳と続く。

 前方にナ級の丸い艦体の艦影が見えて来る。複縦陣を組む四隻とその後ろにはヌ級一隻が控え、後続に五〇隻に上る大量のワ級が整然とした隊列を維持して前進して来る。襲撃部隊である第三三戦隊の艦影を認めたヌ級から艦載機が発艦を始め、ナ級四隻が単縦陣に陣形を切り替え、丸っこい船体で海に白波を押し立てながら第三三戦隊迎撃に向かって来る。

「全艦合戦準備、速度そのまま取舵一杯、右砲雷同時戦用意!」

 愛鷹の進路が左に振れると、それまで一直線に敷かれていた白い航跡が緩い弧を描きながら左へと曲がる。愛鷹の主機の踵のラダーヒールが左に向き取舵一杯に舵を切る中、後続の青葉達も取舵一杯に舵を切る一方、主砲の砲口を舵とは逆の方向へ向ける。輸送船団からあまり離れる訳にはいかないナ級は動きを制限されており、丁字を描く第三三戦隊に対して阻止行動を起こすには至らない。ヌ級からおっとり刀で発艦した深海攻撃哨戒鷹八機が攻撃態勢に入るが、即座に蒼月の対空射撃が八機の後を追いかけまわす。射程内にいる深海艦載機にはもはや自動的に蒼月の腕と主砲が反応するようになっていた。

 先んじて蒼月の長一〇センチ高角砲が対空射撃を開始する中、愛鷹の主砲は右舷側へと指向され、四一センチの巨大な砲口がナ級へと差し向けられる。大型駆逐艦と呼ばれるだけある大柄な艦体から生える様に伸びる単装砲が愛鷹と青葉へ向けて発砲炎を瞬かせる中、愛鷹も照準補正をかけた主砲の射撃グリップを握りしめ、トリガーに人差し指をかけた。

「照準補正良し。主砲、第一目標のナ級。撃ちー方始めー! 発砲、てぇっ!」

 号令を下した愛鷹の右舷側で発砲炎が噴出し、殷々と耳を聾する砲声が鳴り響く。近距離での砲撃戦とあって、彼女の主砲の砲身は空を睨む仰角ではない、海面を舐めるかのようなほぼ水平の状態で発砲していた。遅れて青葉、衣笠、夕張の二〇・三センチ、一四センチ主砲が火を噴き、中口径主砲の砲声を響かせていた。

 レーダーを失っているナ級の砲撃は精度を大きく欠いており、初弾は愛鷹の右舷前方に意味の無い水柱を林立させるに留まる。ナ級の砲撃が海面を抉り、海水を掻き立て弾き飛ばす騒音が響く中、愛鷹、青葉、衣笠、夕張の砲撃がナ級の周囲に着弾する。

 手を伸ばせばナ級に直に触れられそうにも思えて来る距離での砲撃とは言え、ごく僅かな照準のずれ、発砲時の衝撃、装薬のコンディションなど様々な環境要因が重なって得た砲撃精度は良好ではあったものの、初弾命中は誰一人として得られなかった。初弾命中は愛鷹も見込んではいない。直ちに照準に修正をかけ、砲塔と砲身が微妙に射角を変える。

 第三三戦隊が一発撃つ間にナ級は二発撃って来ていたが、レーダーを使用しない照準には不慣れなのか、鋭い砲声と飛翔音、海水を吹き飛ばして作り出す水柱の勢いの割にはいまだ命中弾を得られていない。ヌ級の艦載機は蒼月の砲撃で第三三戦隊に接近する事が出来ず、射高外をふわふわと漂っていた。

 だが、もう一隻の船団後衛を務める一群に属するヌ級から総計二二機の攻撃隊が発艦して。別方向から回り込んで第三三戦隊に爆装を叩き付けんと迫る。蒼月の対空射撃が止み、別方向から迫る二二機に対処しようとする中、瑞鳳が事前に発艦させていた三個小隊一二機の烈風改二が≪エンゲージ≫のコールと共に二二機の攻撃隊に情報から覆い被さる様に襲い掛かる。攻撃隊に随行していた四機の深海猫艦戦が急上昇して迎撃に向かう。

 上空で空中戦が始まる中、主砲の再装填が終わった愛鷹は第二射をナ級へ向けて放つ。目くるめく火球が砲口から噴出し、真っ赤に焼けた三式弾改二がナ級へと空気を切り裂きながら弾道を一直線に伸ばしていく。

 着弾の直前、愛鷹の一対の眼がナ級一番艦の背部に設けられている五連装魚雷発射管から、五本の長い筒状の物体が海中へと身を躍らせるのを見ていた。砲撃戦の砲声でソーナーでは聞き取れないが、はっきりと海上に白い五本の殺人鬼の走る跡が浮かび上がる。

「魚雷来る! 方位一-三-二、雷数五! 全艦随時回避運動!」

 ゆらりゆらりと機関部からの排出されたガスで出来た白い航跡を海上に浮かび上がらせつつ、第三三戦隊に迫る五本の魚雷の姿を見据えて愛鷹が叫ぶ。

 警報を出したものの、最初から命中を期待していない艦娘の注意を引ければいい程度の雷撃だったのか、第四戦速で直進する第三三戦隊のメンバーの前後を魚雷はすり抜けていく。

「やるんなら本気でやらないと、そっちが木っ端微塵だぜ?」

 不敵な笑みを浮かべて深雪がナ級へ魚雷発射管を向ける。彼女の両太腿でぐるりと三連装魚雷発射管が九〇度回転して発射口をナ級へと向ける。細かい諸元修正値を深雪が暗算してそれをヘッドセットが脳波で汲み取って直に発射管に転送する。魚雷の深度、射角、雷速がもっとも適切な数値に調停され、作業が完了すると深雪のヘッドセットに「発射用意良し」のビープ音が鳴り響く。

「魚雷発射管一番管から二番管、連続発射! てぇっ!」

 深雪の両足の太腿から九三式酸素魚雷が一発一発と海中へ身を躍らせ、海中へ沈みこむと直ちにモーターを作動させ、ナ級へ向けて魚雷が航走していく。六本の雷跡が光源に向かって突撃して来るダツの如く海中を吶喊し、海中内に機関部の作動音を喚き立てながらナ級へと迫る。一〇〇年余り昔の第二次世界大戦勃発以前に事故で沈没して失われた駆逐艦深雪はおろか、特型駆逐艦で酸素魚雷を搭載していたのは一九四三年まで残存していた七隻だったと言う史実からすれば、深雪の名を継ぐ艦娘が、日本海軍が作り出した当時世界最高峰の酸素魚雷の艦娘版を撃つと言うのは何か奇妙な縁を感じられずにはいられない光景でもある。

 日本海軍で運用されていた酸素魚雷は、信管の調整に関するマニュアルが不統一だったのもあって、早爆が多発したが、それらの前例を全て解決している艦娘、と言っても日本艦隊の艦娘でのみ、で運用されている酸素魚雷は信管の調整基準に関するマニュアルが徹底されている事もあり、また同魚雷を深海棲艦に鹵獲されない為にも確実なる起爆、誘爆による艦娘の戦死を可能な限り抑える工夫が凝らされている。

 そう言った努力を加え、積み重ねた兵器が六発、海中を問題無く疾駆して征く。雷速は近距離での発射とあって五〇ノットに調停されていた。

 深雪の左腕に付けてある腕時計の文字盤、左手持ちの主砲を持ったままでも見れらる様に外側に向けられている、の中にある魚雷命中までのカウントダウン用短針が、ナ級へ魚雷が命中するまでの残り時間をカウントする。魚雷を全弾発射した後、深雪は両手持ちの主砲でナ級の動きに牽制をかけるべく、大味な照準を付けた砲撃を加える。

 カウントダウンの短針がゼロを刺した時、彼女の肩の上で同様に時間を図っていた水雷員妖精が「三、二、一、直撃、今!」と叫ぶ。同時にナ級二番艦、四番艦にそれぞれ二つ、ヌ級に一つ、舷側に水柱が爆発の閃光と火炎と共にそそり立ち、真っ白な海水で構成された水柱に押される様に三隻が被弾した方とは反対側へ傾ぐ。

 それまで単装主砲で第三三戦隊に破壊されたレーダー照準に代わって光学照準で砲撃を行っていた二番艦と四番艦からの砲撃の手が止まり、二隻は魚雷直撃による破孔からの浸水で急激に速度を落としながら、徐々に被弾箇所より傾斜を始める。二番艦は倒れていく様に左舷側へ、四番艦は仰け反る様に艦尾側へ傾斜していく。傾斜によって給弾機構が作動しなくなったのか、二隻からの砲撃はぴたりと止み、航跡も徐々に短くなって海上に制止していく。

 ヌ級は一発食らっただけだったが、やはり破孔からの浸水で傾斜して機能を失ったのか、速度を失ってやはり海上に立ち止まってしまう。

 傾斜復旧が出来ないまま転覆しようとしている二隻のナ級に助かる見込みはない。ヌ級も一時的ではあるとしても空母機能を失ってしまっており、このままでは第三三戦隊の格好の標的であった。

 二隻に減じてしまったナ級だったが、それでも逃げる事も無く、寧ろしゃかりきになって応戦し始める。船団後方からも四隻のナ級が増援に向かってきており、挟撃を試みようとしていた。

 短期決戦を図る愛鷹は、ナ級に対しての集中砲火を指示する。

「第一目標、私と夕張さん、蒼月さん、第二目標、青葉さん、衣笠さん、深雪さん。全艦旗艦指示の目標、主砲、一斉撃ち方用意!」

 続航する五人から了解の返事の代わりに、愛鷹のHUDに「READY」の表示で返事が返される。

「統制射撃、撃ちー方始めー!」

 刹那四一センチ、二〇・三センチ、一四センチ、一二・七センチ、一〇センチの五種類の主砲の砲声が同時鳴り響き、複雑に入り混じった砲声がそれぞれの目標へと混乱する事無く撃ち放たれる。応射を続けるナ級の周囲に無数の外れ弾の水柱がそそり立つ中、金属を打ち据える鈍い音と共に二隻のナ級の艦上で紅蓮の炎が噴き出す。丸っこい艦体が一部抉り取られ、ひしゃげて球形の艦体を崩壊させる中、仕上げの砲撃が飛来し、成す術も無く被弾した二隻のナ級が水柱の向こうから火柱を突き上げて轟沈する。

 前衛の四隻のナ級を撃破した愛鷹達は直ちに次の行動に移る。愛鷹は航行不能になったヌ級へ主砲を差し向ける一方、瑞鳳以外の五人は青葉を先頭に単縦陣を組んで向かって来る四隻の後衛のナ級への対応に移る。

 背後でヌ級に止めを刺す愛鷹の処刑音を聞きながら青葉が主砲艤装を握るグリップを握り直していると、前方に見えるナ級が一斉に右斜めに回頭して青葉達に対しておおよそ六〇度の角度を付けた状態で主砲を向けて来る。反航戦、いやあの姿勢は雷撃の構えだと瞬時に悟った青葉は「魚雷に注意!」と後続の衣笠、夕張、深雪、蒼月に向かって叫ぶ。敵に対して六〇度の射角を付けて魚雷を発射するのは概ね艦娘も同じだから、体得している青葉の身体が本能的に危機を叫んでいた。

 幸い深海棲艦の魚雷は航跡を引くから目視で事前に確認出来るし、必要に応じてソーナーで探知する事も可能だ。

 海面に目を向けると、大量の白い航跡が帯状に広がって青葉達に迫って来る。四隻のナ級が全弾発射したのだとしたら雷数は二〇本にも達する。レーダーが破壊されて正確なレーダー照準が出来ない為に、数うちゃ当たるの精神で撃ったのかも知れないが、大量の魚雷が迫って来ると言う事は回避する側の五人の動きにも制約が生まれる。下手に躱しては衝突やお互いの回避運動の邪魔になりかねない。

 互いの位置に留意しつつ、ナ級が放った死の航跡から逃れようと青葉達は回避運動に入る。この時、夕張と蒼月の二人だけでなく見張り員妖精まで魚雷に意識を向け過ぎたのが、この戦いでの凡ミスの始まりだった。

 海上に燃焼せずに排出された窒素で出来た航跡を浮かび上がらせながら、二〇本の魚雷が五人の足を突かんで水底に引きずり込もうと迫る。ナ級を含めた深海棲艦の魚雷は、艦娘の靴裏や踹に取り付けられている舵やラダーヒールと言った軽量金属の磁気反応で爆発する磁器信管である事が分かっているから、ある程度距離を取れば爆発する事無くやり過ごせる。逆を言えば近距離に迫られたら接触せずとも魚雷が爆発して負傷しかねない。

 それだけに回避に必死になるのは必然であり、注意が海面に向けられてしまうのも致し方ない事でもあった。

 最初に気が付いたのは夕張の肩で海面を見張っていた見張り員妖精だった。一旦双眼鏡を下ろして目を擦ったその見張り員妖精は、海面を注視するが余り、背後から接近して来る夕張に全く気が付いていない蒼月の身体が急速に夕張の方へ向かって来るの見て呻き声を上げた。

「あのバカ来やがった! 避けて避けて避けて!」

「え、何……って、うわっ!?」

 見張り員妖精の叫び声でようやく夕張も蒼月の姿に気が付き、咄嗟に主機に逆進全速をかけ急減速を試みる。一方見張り員妖精は航海科妖精に警笛を鳴らす様に叫び、全く夕張の姿に気が付いていない蒼月に向かって夕張の艤装から性急な警笛が鳴らされる。

 ようやく気が付いた蒼月が慌てて舵を切ったが、時すでに遅し。急減速をかけても尚惰性で進んでいた夕張と蒼月の身体と艤装が鈍い衝突音を立てて激突する。二人の悲鳴が揃って上がり、激突して各部を擦れさせる互いの艤装から火花が散る。衝突の直前、咄嗟に未発進だった夕張の甲標的妖精が甲標的に搭載されている魚雷の信管を抜いていたお陰で二人揃って誘爆で吹き飛ぶと言う事は無かったものの、相応の速度が出た状態で接触した夕張と蒼月の身体は諸に激突し、艤装の一部がひしゃげてしまう。

「何やってんだよ!」

 呆れと心配の二つが混じった怒号を寄こす深雪に、夕張は強か打ち付けた左肩を摩りながら、接触した蒼月を伺う。自分にもたれかかる様にして力なく寄りかかっている蒼月は気絶していた。夕張も当の蒼月も気が付かなかったが、夕張が咄嗟に顔面をカバーする様に両腕をクロスさせた時に右手に持つ一四センチ単装砲のグリップが諸に蒼月の前頭部を強打して、脳震盪を起こしていたのだ。

 一時的に意識を失って動けない蒼月の身体を、夕張は両足に力を込めて支える。

「夕張さんは、蒼月さんを連れて一旦避退して下さい。残りはナ級を迎え撃ちます」

 肝心な時に衝突事故を起こした二人に青葉がタイミングの悪さに苦々し気な表情を浮かべつつ、どうしようもない事に恨み節を吐いてもしょうがないと、気を取り直して二人に避退を命じて衣笠、深雪を連れてナ級へ向かう。ヌ級を仕留めた愛鷹も全速で向かって来ているから、数の上では拮抗している。火力面では寧ろこちらが優勢だ。

 三人だけの単縦陣を組んでナ級へと進路を取る青葉、衣笠、深雪の行く手にナ級からの砲撃が飛来し、水柱のカーテンを作り出す。

「重巡艦娘に駆逐艦風情の豆鉄砲が通用すると思わないで下さいよ」

 主砲艤装の砲口をナ級に向けて青葉が言う。左手の親指が発射ボタンを押し込み、四門の主砲が発砲の火焔を砲口から迸らせる。

 続航する衣笠、深雪の主砲も砲撃を再開し、ナ級へと砲弾の雨を降らせる。重々しさを感じさせる青葉型の主砲の砲声と、鋭い深雪の主砲の砲声が連続して鳴り響き、撃ち放たれる砲弾がナ級の前後左右に着弾する。近距離に着弾する砲弾の衝撃波でナ級の艦体がぐらりと揺れる一方、青葉と衣笠と深雪もナ級の砲撃の至近弾と衝撃波で、ゆらりと見えない誰かに押されるような感覚を味わう。

 大型駆逐艦と言っても所詮はレーダーの加護を失った駆逐艦、重巡艦娘として、かつて最弱重巡等と呼ばれた自身の汚名返上の気持ちを心の底で感じながら青葉は再装填が終わった主砲を再び放った。




 Jk艦娘はよくX(旧Twitter)で見かける架空艦娘概念だったので、愛鷹を始め架空艦娘が多く登場する今作でも出してもそれ程違和感なく適応出来るだろうと思い、独自解釈を添えて先行登場させました。
 ゆくゆくは今作オリジナルのJK艦娘も出演させる予定です。

 感想評価ご自由どうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。