艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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必ず出来ているわけではありませんが、週に一話のペースでの投稿が軌道に乗ってきました。
来週にも第九話を投稿したいと考えています(確実ではありません)。


第八話  幕間

偵察結果や作戦経過をまとめた報告書が、父島から暗号を介したメールで送られてきた。

細かい字で書かれた書面数十枚分の報告書の内容は、沖ノ鳥島海域が深海棲艦のテリトリー化したこと、さらにスプリングフィールドから聞き取った敵巨大艦の情報までが詳細に書かれていた。

よくこれだけの情報をかき集めたものだと感心する一方で、武本は愛鷹、青葉の中破・入院の方も気になった。

青葉の傷は明日には完治するが、愛鷹は傷が深かったため三週間は戦線復帰できない。

まあ、しばらくの間作戦終了後の休暇として過ごしてもらうことになるだろう。

一方で沖ノ鳥島海域に敵の前線展開泊地棲姫の出現、大量の潜水艦隊、敵航空部隊の進出は大きな脅威だった。

これは相当な数の敵がこの地に進出していると見て間違いはないだろう。

そうなるとこの基地にいる艦娘戦力の多くを投入した攻略作戦を展開して、撃滅を目指す作戦を上は選択することは間違いない。

幸いにも一航戦の戦力回復は順調に進んでおり、第三三戦隊の航空支援に出た五航戦も戦力の損耗は無い。

装甲空母大鳳と改大鳳型装甲空母黒鳳型の黒鳳、蒼鳳、赤鳳の四人からなる第七航空戦隊や雲龍型空母雲龍、天城、葛城、笠置の四人からなる第八航空戦隊、改大鳳型陣鳳、雷鳳、剣鳳、海鳳らの第九航空戦隊も国内に展開しているので航空戦力は整っていると言える。

第二航空戦隊、第三航空戦隊、第四航空戦隊は北方、中部太平洋などの海外展開中でしばらくは戻せない。

四航戦の伊勢型航空戦艦伊勢と日向はつい最近に改二へと改装された新鋭装備艦だ。

すでに完熟が終わり作戦行動に入っている。

また日本艦隊統合基地には北米艦隊の空母タイコンデロガ、バンカーヒルの二人も明日赴任することになっている。

マイノット経由で北米艦隊に話を付けて、戦力として借り受ける事も検討するべきだろう。

戦艦部隊は金剛型四姉妹と、昨日呉基地から回航して来た大和型大和、武蔵がこの基地にいるからそれを当てることが出来る。

アラバマを投入するのも手だ。信濃は大事を取りもうしばらくはリハビリだ。

重巡や軽巡、駆逐艦、潜水艦、支援艦の編成準備を考えるといまから計画を立案しても別に問題は無いだろう。

立てた作戦計画を本部が了承すれば、後は艦隊を編成し、作戦内容を徹底周知させて攻略戦だ。

一個航空戦隊が出撃する場合は、各水雷戦隊から直属の艦を二隻(二人)直掩に組み込み、それを戦艦、巡洋艦、駆逐艦などからなる六隻(六人)の艦隊が護衛する。

さらに支援艦防衛の為に六隻(六人)必要だから、最低でも一個航空戦隊が出撃するだけでも一八隻(一八人)の動員が必要だ。

今回は相手が前線展開泊地棲姫と護衛部隊だから、一個航空戦隊では到底事足りない。二個、三個は必要だ。

本土防衛には最低一個航空戦隊は残す必要がある。

練度時間が少し短い第九航空戦隊は更なる訓練と練度向上そして本土防衛に残し、第五、第七、第八航空戦隊、それと再編が済んだ第一航空戦隊の投入する事にする。

第一と第五航空戦隊は一個艦隊で合同運用するとして動員艦隊は三個艦隊。

直掩が六隻、護衛が一八隻。支援艦は比較的大型を二隻、いや五〇〇〇トンクラスならあれば一隻で事足りる。

これに護衛艦隊を六隻……いや念を入れてもう六隻追加するべきかもしれない。

となると動員する艦娘の数は主力で三六隻、支援艦隊で一二隻の四八隻。

四八人か……。

主力部隊の護衛六隻には駆逐艦を四隻、巡洋艦を一隻、戦艦を一隻……いや駆逐艦四隻、巡洋艦二隻又は戦艦二隻……。

直掩は秋月型各一隻と対潜攻撃に駆逐艦を一隻、護衛艦隊には軽空母一隻か護衛空母一隻は最低でも入れたい。

 

各艦隊の攻撃目標、攻撃隊ミング、作戦進行計画、支援艦での交替休息のスケジュール、敵の攻撃に対する対応策、エトセトラエトセトラ。

全ての計画が思い通りに動くとは限らないし、それがうまく行くと全て予測できるのは神様の出来る事だ。

その神のなせる業に一介の人間の武本は近づく必要があった。

しかしこの大計画は自分一人では手が余る。

谷田川と長門、陸奥に連絡を入れて協議するべく、電話の受話器に手を伸ばした。

すると受話器の着信音が鳴った。

何かと思い受話器を取る。

「私だ」

(提督さん、鹿島です。

統合作戦本部から偵察作戦のデータを一週間以内に送れ、と連絡してきておりますが)

 

通信業務中の練習巡洋艦艦娘の鹿島だ。

大淀ではないから大事ではなさそうだ……。

 

「分かった。

報告書をまとめるから、明後日までには上げると返しておいてくれるか?」

(了解です)

受話器を戻し、作戦計画立案前にまずは報告書からか……当然と言えば当然だな、と頷いてパソコンを立ち上げると報告書作成に取り掛かった。

愛鷹の上げた書類を纏めて自分なりの注釈、解釈、進言も添える。

これを普段使っている日本語ではなく、英語で作成する必要があった。

幸い武本は語学には明るいから英文は難なく書ける。

愛鷹の報告書は情報量がたっぷり入っているので、基にする資料としては大変にありがたいものだ。

艦娘には報告書を書くのを面倒がるものが少なくない。

個人からの情報を照らし合わせて、武本がまとめ上げると言う事が多く苦労する話だが、これだけの情報量がある報告書はそうないだろう。

学歴の良さがよく分かると言う物だ。

「まあ、愛鷹くんには朝飯前の事だがな……」

キーボードに指を走らせながら武本はつぶやいた。

 

 

父島の病院で食事中だった愛鷹は突然くしゃみが出て一緒に食事をしていた青葉、スプリングフィールドに驚かれた。

「どうしました?」

スプリングフィールドに聞かれた愛鷹は、「さあ」と近くのティッシュで鼻をかんだ。

「誰かが噂でもしたのでしょう」

「誰かが噂をすると、噂をされた本人がくしゃみをする、と言う話はありますねえ」

そう言って青葉は昼食のお好み焼きを口に入れた。

昼食の時間帯だ。

傷が癒え、リハビリもほとんど終わった青葉は好物のお好み焼きを食べて、愛鷹とスプリングフィールドは質素な病院食だ。

「故郷のビーフステーキが恋しくなるわ」

病院食のパンをかじりながらスプリングフィールドが残念そうに言うと、青葉が興味を示した。

「アメリカの人ってやっぱみんな肉食なんですか?」

「生まれた所にもよりますけど、大体はみんなお肉大好きですね。

私はやっぱりハンバーガーが好きかしら」

「お国柄ですねえ」

「その分、ダイエットにも気を遣う子は一杯いるよ」

苦笑を浮かべるスプリングフィールドに青葉が真顔で頷く。

「分かります。青葉も各基地のグルメリポートをした時ちょっと体重が……」

そこまで言って慌てて口をつぐむと、スプリングフィールドがクスリと笑った。

「あなたと似た感じの戦艦ニューヨークも、同じようなことをして少し太ったことで随分みんなから弄られたって聞いたなあ。

そう言えば愛鷹さんはダイエット経験ありますか?」

「え?」

急に話を振られて愛鷹は箸が止まったが、すぐに元に戻って「ダイエットはしていません」と返した。

すると青葉とスプリングフィールドが一斉に「えぇーっ!?」と仰天した声を上げた。

「ダイエット経験なしぃ⁉」

「本当ですか、愛鷹さん⁉」

二人が身を乗り出して覗き込んでくるのが少し鬱陶しく感じた。

「一度も⁉」

愛鷹が頷くとスプリングフィールドはテーブルに突っ伏した。

「ウソでしょ、本当ですか。

そこまで成長して一度もダイエット経験がない?」

「これはスクープです! それも大スクープですよ。

ダイエット経験一度もなしの艦娘現る。

うん、いいネタですねえ」

そう言って二人はじろじろと愛鷹の体を見て来る。

 

流石に同性と言えど、愛鷹には二人の視線がとても鬱陶しさを超えて目障りだった。

体つきをじろじろと見てくるのは凄く嫌いだ。

昔から、この育ち方を随分と否定されてきたのに。

 

(出来損ないにはお似合いの体型だな、ガリガリの痩せっぽちめ。

いい所は背丈だけだな)

 

嫌味とも侮蔑とも取れるあの声が、胸の奥にしまい込んでいたにもかかわらずよみがえって来た。

自分にはこれ以上の成長はもう望めないから、と随分と落胆していたのに、今度は羨ましがられる? 

全く理解できなかった。

その言葉をあいつらに聞かせてやりたいものだ。

二度と会いたくもないし、あそこには戻りたくないが。

ただ自分の育ちが「特殊」なのは自分の事だからよく分かっているし、人によっては生まれも育ちも違うのだから、この反応は当然のなのかもしれない。

だがそう言うのには全く慣れていない。

これは素直に喜べと言うのか? 

流石に無理な話だ。

 

「今度取材お願いしますよ。愛鷹さん」

「どんな生活習慣すれば、その体系を維持できるか教えてください」

一瞬だが青葉はあの時轟沈して戦死し、スプリングフィールドも既に息絶えていてほしかった、と本気で愛鷹は思った。

そしてそのどす黒い染みの様なものが、自分の心に浮かんだのが愛鷹には恐ろしかった。

日本艦隊統合基地に配属されてこっち、自分でも驚くほど角が取れた感がしていたが、まだ負の心は残っているのか?

すると流石に、愛鷹の気を盛大に害したことに気が付いた青葉が身を乗り出すスプリングフィールドの肩を掴んで押し戻した。

「すみませんでした」

「ごめんなさい」

シュンとしおれる二人を見て、昔の自分が少しかぶさった。

 

流石にいつまでも恨みを持ち続けるのは、根本的な恨みが晴らし切れていない自分でも嫌なので少し尖った口調ながらも、「気を付けてくださいよ」と返した。

 

有能だしいざという時は冷徹な頭の切れがある青葉だが、オフの時の姿には少し辟易とするモノを感じなくもない。

しかしこれだけ自分を認め、慕い、そして心配してきてくれたのは殆どいないから心許せる存在としては愛鷹には青葉はとても大切な存在だった。

 

スプリングフィールドも別に根っからの悪者ではない。

素のアメリカ娘らしい陽気さと、一緒に父島の病院で過ごしてみたら分かったイケイケな性格には、羨ましいところがあった。

自分の生まれ育ちの特異さが、こんなところで……と思うと、柄にもなくため息が出てしまった。

 

話題でも変えよう、と青葉が頬をパンパンと叩いて愛鷹に尋ねた。

「ところで、愛鷹さんが退院したら青葉たちは帰るんですよね?」

「ええ、そうなりますね」

「スプリングフィールドさん達はどうするんですか? 

回航する為の艤装はあるにせよ、武装類はここでは復元不能と聞きましたし」

「日本から多分迎えの船か、艦隊が来ると思いますけど」

「良ければ、何か取材でもさせてもらえませんかねえ?」

「お応えできる範囲でしますよ」

性格に馬が合うところがあるのか、同じ重巡だからか、青葉とスプリングフィールドの付き合いは結構深くなっている。

そこが愛鷹には羨ましかった。

食事中にお喋りするのには、少し感心できないが。

 

 

竿がしなったので、また力加減を上手く変えながら撒き餌をかけた釣り針を上げると、魚が見事にかかっていた。

「よーし、今日は結構釣れるじゃんか」

バケツに釣った魚を入れて、深雪はにやにやと笑った。

「今日は大量ですね。

焼き魚にすると美味しそうです」

バケツの中を見て蒼月が頷いた。

竿を振る深雪に対し、不漁状態なのは夕張と瑞鳳だ。

「釣れないよー」

「おっかしいわねえ。

マニュアルはよく読んだんだけど……」

「へへ、マニュアル通りに従ってやれば上手く行くのが釣りじゃないんだなあ。

コツさえつかんじゃえば、蒼月みたいにそこそこは釣れるんだぜ」

「深雪さん程は、釣れてませんけどね」

「いやあ、初心者にしては釣れてると思うぜ」

 

沖ノ鳥島での偵察での戦いで無傷で済んだ第三三戦隊の面々は、艤装の点検や各々の報告書をこなしてしまうとする事が殆どないので、深雪の誘いで父島の埠頭に繰り出してよく釣りをしていた。

 

「去年の秋秋刀魚漁大会は、曙ちゃんがまた優勝だったわね」

瑞鳳が釣り糸の先を見ながら言う。

「良く釣るわよねえあの子。

元漁師なのかな」

「あたしが前に聞いた話だと、別にそうでもないらしい。

ただ趣味でやってたら上達したんだと」

「やっぱ趣味を極めるとうまく行くのね」

「夕張だって工学を極めたから、メカフェチになったんじゃねぇの?」

「まーね。

理工学系一筋だったから。

艦娘になってからも技術者ぶって、営倉入りしたけどね」

それを聞いて瑞鳳が「え?」と驚いた眼を向けた。

「技術者やってたらイケナイの?」

「悪いわけじゃないと思うわよ。

ちょっと開発資材使い込んで怒られただけ」

「出来たんですか? 

資材使い込んで作ったモノは?」

蒼月に聞かれた夕張は苦笑して返した。

「大失敗。

自分でもなんだか訳の分からないものになっちゃって、明石とあの時の提督にすんごく怒られたわ。

で、営倉に一日放り込まれたの」

「今は営倉なんてないけどね。

提督がいろいろな備品を入れる物置にしちゃったから」

「涼月姉さんが、カボチャ栽培のプランターを作ったのって、営倉の一つだったのかな」

「涼月カボチャ好きだよなあ。

まー、元営倉を私的流用している奴一杯いるけど。

瑞鳳もそーだろ?」

「え、知ってんの?」

ぎくりとした顔を瑞鳳が深雪に向けると、鼻をつついた深雪はにやっと笑った。

「結構臭っているぜ、プラモの臭い。

何機作ったのさ」

「えーっと九九艦爆にJu87シュトゥーカに、零戦に烈風、疾風、鐘馗、紫電、烈風、流星、九七艦攻、飛燕、スピットファイア、P51マスタング、P38ライトニング、P40ウォーホーク、Bf109G、Bf110、マッキMC.205、Re.2005、Yak9、あと瑞雲も作ったなあ。

ああ、あとF104スターファイターとかF86シューティングスターとか……」

「す、すごいですね……モデラーさんですね」

完全に圧倒された顔で蒼月が言う。

「随分お給料使い込んでお酒代無くなっちゃたり、祥鳳姉さんに呆れられたわ」

「ホント呑むよなあ、瑞鳳って。

あたしだったらとっくに泡ふいてぶっ倒れる位の量をよ」

「千歳さん、那智さんあたりもなかなかやるわよ。

ポーラさんも凄いし、ガングートさんも強敵ね。

でもネルソンさんには絶対敵わない」

「あいつ化け物だよな。

みんな真っ赤な顔して沈没して、まだぴんぴんしてるんだから」

「以前、ぐでんぐでんのアークロイヤルさんを担いで宿舎に帰るところ見たことがありますけど、凄い酒臭かったです」

「ネルソンの血液はアルコールだったりして。

調べてみたいわ。

ビッグセブンの名は伊達じゃないわね」

「ビッグセブンどころか、ビッグワンよ」

そう言って瑞鳳が笑うと全員が笑った。

 

そんな釣りを楽しむ一同の元へ、鮎島がやって来た。

「楽しそうにやっているね。

どうだい調子は」

「深雪さんが結構釣れていますよ」

「司令官、私全然釣れないよ」

「私もです」

瑞鳳と夕張が鮎島に言うと「私がレクチャーするよ」、と瑞鳳の竿を借りてあれこれとコツを伝授し始めた。

 

「いやあ、それにしてもあん時の愛鷹は凄かったよな」

「え」

急に話がこの間の出撃の話になったので、蒼月は深雪に振り返った。

「はじめはさ、着任したての実戦経験皆無のインテリが、いきなり艦隊旗艦を務める事にすげえ違和感があったんだ。

おまけにあいつ血反吐を吐くわ、艤装はしょっちゅう故障するわ、頻繁に錠剤飲んでいるわ。

だからさ、この間の決定の時にちょっとキレちゃったんだよな」

「不信感があった、と言う事ですか?」

「ま、そう言うところ。

でも左腕がやられてもあいつは仕事をこなしたし、あたしらもみんな無事でここにいるから、不信感はもう消えて来たよ。

あいつの下で戦っても、大丈夫な気がしてきたんだ」

「あまり出撃してこなかった私の実力を認めて、信頼してくれた愛鷹さんには、私は結構感謝していますよ」

「蒼月は相変わらずお人よしだなあ。

人柄が良けりゃいいって訳じゃないよ。

信頼が大事なんだ」

「そうですね」

「リーダーって、みんなから信頼されてないと誰も付いて来ねえし、安心して指揮棒に従って戦えやしねえ。

いきなり旗艦になった愛鷹には、艦娘の経歴があの時から初めてだったみたいだからな。

あたしとしちゃあ心配だったし、命を預けていい存在なのか疑問だったよ。

でもこの間のあいつのやり方見ていると、その考えが消えて来たんだ」

「信頼を勝ち得るって、そんなにすぐに出来るんですか?」

「そいつの働き、活躍次第じゃないかな」

そう言って深雪は白い歯を見せ笑った。

蒼月もそうですね、と相槌を打った。

 

「うぉ、なんだかデカいのがかかったな!?」

いきなり鮎島が喚いた。

二人が見ると、かなりしなっている竿と鮎島が格闘している。

太い腕で竿を引き寄せているが、かなりの獲物の様で瑞鳳と夕張が体を支えに入った。

「おいおい、どんなのがかかったんだ!?」

深雪が目を丸くして鮎島を見た時、「ぬおぉお⁉」と鮎島が呻いた瞬間、彼の体は竿と共に海に落ちた。

「司令官⁉」

「海に落ちちゃったよ!」

「うっそだろぉ⁉」

瑞鳳、夕張、深雪が頓狂な声を上げた時、蒼月が海に飛び込んだ。

「ちょ、蒼月ちゃん⁉」

「私誰か呼んでくる」

「あたしが呼んでくる、二人は蒼月と司令官が上がってきたら引っ張り上げといてくれ。

まあ海軍軍人の鮎島だから、金槌じゃねえだろうけど」

そう残して、深雪は基地の方へと駆けだした。

 

一方、海に飛び込んだ蒼月は二メートル程潜ったところで、太い腕に首を掴まれて海面に持ち上げられた。

海面に首を出した蒼月の脇には鮎島の顔があった。

鼻に海水が入ったのか、ゲホゲホと咽込んでいるが怪我はないようだ。

「司令官、大丈夫ですか!?」

「……あ、ああ。

だがちょいと拙いことになったな」

「竿は仕方ないと思いますよ」

「いや、違うんだ。

君は見てなかったのかい?」

日焼けた男の真剣な目に見られた蒼月は「いえ」と首を振った。

「なにが見えたのです?」

すると鮎島は海の方を見て、険しい表情のまま答えた。

「深海棲艦の潜水艦だ。

手を伸ばせば届きそうなところにいた。

奴の艤装に竿が引っかかってたよ。

眼があった途端逃げ出しやがった」

 

 

大慌てで基地中のみんなで取り込んだ洗濯物を入れたかごを宿舎に運び終わった時には、雨が本降りになっていた。

気象庁の発表を仁淀が朝に基地放送で「本日は快晴です」とアナウンスしたので、多くの艦娘が洗濯物を干していたのだが、急に天気が悪くなり何人かで取り込んでいたところ降って来たので、手空きのモノ総出で取り込む羽目になった。

 

「あらあら大変。

洗濯物ちょっと濡れちゃったかも」

大慌てで取り込んだとはいえ、少し濡れたらしい上着を見て荒潮が悔しそうに言う。

「常に全力疾走でも、ちょっと疲れたかなあ」

籠を抱えた大潮が廊下にぺたんと座り込んで溜息を吐いた。

その頭を無言で霰がなでる。

別の籠を持った北上と大井も、天気同様曇った顔で濡れた着替えを見る。

「うーん、もういっぺん洗濯するしかないねー」

「北上さんの替えが無かったら、どうぞ私の……」

「んー、大丈夫だよ大井っち」

「もー、私が洗濯すると必ず雨が降るんだからぁッ! 

雨のバカー!」

衣笠が空に向かって悪態を放つ。

彼女が洗濯物を干すと、決まって雨が降るので、雨は全く好きになれない。

 

悪態を吐かれた雲から降る雨が強くなった。

 

「いやー、衣笠。

空に文句言っても意味無いから」

マイペースな北上のツッコミが入る。

「そう言えば、誰か提督さんの洗濯物取り込んだ?」

ふと、籠を抱えていた瑞鶴が、嫌な予感がすると言う顔で全員に言った。

全員が「そう言えば」と顔を上げた。

 

私は男だし洗濯くらいは自分でやれる、と武本は言うが、だからと言って放っておくのも出来ない。

それに仕事に没頭して、何度か洗濯物を取り込むのを忘れる失敗もしている。

 

「様子見て来る」

衣笠が籠を置いて、武本が使っていると言うところに行った。

途中、頭からびしょ濡れの谷田川が悪態をつきながら濡れた洗濯物を持って、男性宿舎の廊下を歩いていくのが見えた。

見たところ、自分の洗濯物を取り込んでいて転んだらしい。

 

武本が使っていると言うところには、既に金剛と熊野がいた。

腕には武本の白い制服や、紺の略装が抱えられている。

「お、衣笠。

テートクの洗濯物ならOKデスよ」

「私たちが取り込んでおきました」

「ふう、よかった」

「まー、テートクは濡れてもスグまた洗うッテ言ってますケドネ」

「おいおい、上着まだだよ」

急に武本の声がして、三人が声のした方を向いた時には武本はいなかった。

しかしばしゃばしゃと走っていく足音が聞こえ、「あー、駄目だこりゃ。洗い直しだな」と、金剛と熊野が忘れた略装の上着を見て嘆く武本の声が聞こえた。

「オーノー、テートクのジャケット忘れてマシター!」

頭を抱え込む金剛に、「自分の洗濯物だから気にしなくていいよ」と濡れた武本が上着を持って戻って来た。

「あら、提督もびしょ濡れですわ。

お風呂に入った方がいいですわよ」

「ああ、風呂はいいよ。

仕事があるんだ、着替えるだけでいいさ」

「え、でも提督風邪引いちゃったら仕事どころじゃないよ。

入っておくべきだよ。

衣笠さんが背中流してあげる?」

「いや遠慮しておくよ。

分かったシャワーは浴びておくから」

「オセンタクは、私たちがやっておきますヨ」

「じゃあ、お願いするよ金剛。

司令部に上げなきゃいけない書類を作らないといけないからね」

「ご苦労様ですわ」

「ありがとう熊野」

濡れた上着の洗い直しを金剛に任せると、武本は司令官室に戻っていった。

戻り際に「勝手に着るんじゃないよ」と残していった。

時々だが、武本の制服はどういうものか気になった艦娘が勝手に着ていることがあった。

 

「それにしても、急に降り出しましたわね」

「うーん。

やっぱり私が雨女なのかな……」

「気にすることナイですよ、ガッサ。

たまたまデス」

顔を曇らせる衣笠をなだめるように金剛が言う。

「そーかなー」

そう言われてもそんな気にはなれない衣笠だったが、金剛は「関係ない。気にしない」と言って、武本の上着を持って去った。

 

「青葉のいる小笠原の方でしたら、快晴だそうですわね。

羨ましくて?」

「そんな気がするかも。

まあ、私がついていったら、雨が降るかもしれないけど」

「気に病むことではありませんわ。

雨が無ければ困る生き物もいる事ですし」

「まあね。

田んぼとかお花は、雨が降らないと枯れちゃうからね」

「ええ。

そう言えば青葉の近況はどうですの? 

被弾して、入院したと聞いてますが?」

「傷はもう治っているって。

リハビリ中で明日には退院。

でも旗艦の愛鷹がまだ退院できないから、しばらくは戻れそうにないって」

「愛鷹?」

「熊野はまだ知らないんだっけ? 

最近着任した艦娘。

一応巡洋艦らしいよ」

「と言いますと?」

「あまり私もよくは知らないけど、超甲型巡洋艦って言うらしいわ。

重巡より、もうちょっと強いのかも」

「そうですか。

一度、お会いしてみたいですわね」

「そうだね。

帰ったら青葉に頼んでみるよ。

じゃ、私は洗濯物が別にあるから」

「私も、提督の洗濯物確認してお届けしてきます。

では」

そこで二人は別れた。

衣笠が戻ると、まだ残っていた仲間に「上着がびしょ濡れだけど、金剛さんが洗いに行ってくれた。他は熊野が取り込んでくれてたよ」と伝えた。

 

 

シャワーを軽く浴びて着替えた武本が部屋に戻ると、デスクトップのパソコンに鮎島から暗号通信のメールが届いていた。

「ん、なんだ?」

鮎島大佐が暗号通信とは。

なんだろう。

タオルで髪を拭きながらメールを開いた武本の表情が、一気に険しくなった。

 

父島のすぐそこにまで深海棲艦の潜水艦が?

 

前線展開泊地棲姫が居座る島の防衛や、哨戒の為に、大量配備されていたと言うあの潜水艦隊の一隻が父島に来たと言うのか。

 

だが、何のために?

 

普通に考えられることは父島への偵察だが、武本にはもっと別の意味で進出してきた気がしていた。

父島がそこに存在することは、向こうも既に知っていることだ。

ならなぜ、今になって潜水艦を近海にまで派遣するのか。

 

第三三戦隊を追尾していた? 

いやそれはベターすぎる答えだし、そうとは考えにくい気がした。

自分たちが小笠原諸島沖ノ鳥島海域に進出していたことを知られるのは、当然向こうには不利な情報であることは間違いない。

しかし、それだけではない気がしてしょうがない。

もっと別の……。

 

「まさか……」

 

一つ思い当たる可能性があった。

 

口封じ。

深海側が、新型巨大艦の姿を直接見た第九二・五任務部隊を、果たしてそのまま放っておくだろうか。

知られたくない情報は、敵の手に渡る前に隠すか、消す。

今でも続く人間同士での戦争でも、当たり前の手だ。

と言う事は、深海棲艦が父島に攻撃を仕掛けてくる可能性がある。

父島には防空戦闘機や対空砲部隊が展開しているが、近辺に展開しているだろう敵機動部隊の数を推測したら、もって数時間で壊滅するだろう。

拙い事態が迫っている。

念の為に、第三三戦隊と第九二・五任務部隊の生存艦娘だけでも、脱出させるべきかもしれない。

しかしインディアナポリス、ダットワース、マクドゥーガルは艤装を失っているから自力航行は不可能だし、ダットワースは最低でもあと一か月は絶対安静だ。

仮に動かせたとしても、三人の艤装は損傷が酷く、修復不能と判断されて廃棄処分になっている。

ただ揚陸艦「しれとこ」が父島にいるから、それに載せて行くのは可能だろう。

護衛には第三三戦隊を付ける事が可能だ。

今すぐここから護衛艦隊を編成して、迎えに行かせることも考慮するべきだろう。

愛鷹は中破状態のまま強引に戻すことになるが、この事には目をつむってくれるだろう。

手遅れになる前に行動を起こすべきだ。

すぐさま、武本は護衛艦隊六隻の艦娘を選抜する作業と、父島の鮎島に「しれとこ」の抜錨準備をさせるように伝えるべく指令文作成にかかった。

しかし……。

 

 

病院の個室で一人ジャズ鑑賞をしていた愛鷹は、基地に響き渡る警報を聞いてぎょっとした。

ヘッドフォンを外すと、警報音が出たため病院内も非常に慌ただしくなっている。

 

(富嶽AWACS「イーグルアイ」から緊急入電。

敵機大編隊方位〇-六-〇より急速に接近中。

総員対空戦闘用意、総員対空戦闘用意。

防空隊は直ちにスクランブル、敵機迎撃に当たれ。

非戦闘員はバンカーへ緊急退避、繰り返す非戦闘員はバンカーへ緊急退避、急げ!)

 

「丘にいる艦娘は、ただの人間か……」

溜息を吐きながら、靴を履いてコートを羽織り、制帽を被る。

そこへドアが激しくノックされた。

「愛鷹さん、起きてますか!?」

青葉の切羽詰まった声が、ドアの向こうから聞こえる。

「今行きます」

そう言ったときには、愛鷹はドアを開けていた。

二人が警報の鳴り響く病院の廊下を走っていると、海辺の埋め立て地に作られた航空基地からスクランブルする紫電改の姿が見えた。

艦娘の空母艦載機とサイズが同じの為、父島の様な小さな島でもそれなりの機数が展開している。

「青葉たちを狙っているのでしょうかね?」

「そうかもしれませんね」

「どいてくれ!」

いきなり二人の後ろから男性の声がしたので、反射的に二人が廊下の端に寄ると、ダットワースを載せたストレッチャーを押す看護師達が二人を追い越していった。

驚いたことに、安静にしている必要がある彼女の顔色が少しいいだけでなく、点滴を受けているだけだったことだ。

「まさか、修復剤を投与したのですか……⁉」

ぎょっとした様に、愛鷹が顔をひきつらせた。

 

艦娘の傷を短時間で治療する時に使われる薬物が「修復剤」だ。

難しい薬物名があるが、専ら「修復剤」と呼ばれている。

重傷を負っても、「修復剤」投与で治療期間を大幅に縮めることが出来るが、短期間に過剰摂取すると命に関わる危うさを持つ、「諸刃の剣」の様な薬物だ。

また個人差があるとは言え、約五日間の内に平均一〇回以上投与した場合、常習性を発症する可能性が指揮されている。

実際戦場で禁断症状を起こし、それにより命を落とした艦娘もいる。

その為、どんなに切迫しているとしても、修復剤の投与は控える事が国連海軍では通達されている。

 

状況を考えると、ダットワースに投与したのはやむを得ないかもしれない。

使用は控える必要がある薬物でも、病院が爆撃を受けたら動けない患者が助かる可能性は低い。

安静にしていなければならないダットワースを、バンカーへ運ぶには修復剤を投与してでも動かせざるを得ない。

そうしないと彼女は病室から動けない。

父島の病院には、重傷患者のベッドを丸ごと動かせるような設備までは無かった。

だが、愛鷹にはそれでも度し難い行為だった。

 

拳を強く握りしめ看護師たちを睨みつける愛鷹の横顔を、青葉は少し分かる気もする思いで見ていた。

昔、自分も接種のし過ぎで軽い中毒になった。

もっとも青葉に限らず艦娘なら、だれでも一度は中毒症状を少しは経験している。

愛鷹が修復剤を投与されたところを見た事は無いが、よくタブレットを飲んでいるのは見ているし、その頻度が初めて会った時より、最近やや増えてきている気がしていた。

愛鷹の服用する薬物がどんなものかは分からないが、青葉が見てきた感じでは、禁断症状とも取れる光景もあった。

あくまでもそう見えただけに過ぎなかいかもしれないが、青葉には何か臭うところがあった。

 

二人がストレッチャーの後に続くような形で病院を出ると、アメリカ艦娘を乗せている救急車が四台止まっていた。

おかしい、と愛鷹は眉間に皺を寄せた。

バンカーはすぐそこだ。

すると高機動車が病院の敷地に入って来て、中から海兵隊員が下り、愛鷹と青葉を呼んだ。

二人が海兵隊員の元へ向かうと、乗るように言われ、取り敢えず二人は荷台に座った。

「お二人を港までお連れします。

そこで青葉大尉は艤装を装備、愛鷹中佐は揚陸艦『しれとこ』に乗艦してください。

すでに第三三戦隊の皆さんも、港に集まりました」

「私は揚陸艦に乗ってどうするのです?」

愛鷹の問いに、海兵隊員は驚くことを言った。

「皆さんには、本土への緊急退避令が出たそうです。

自分が知る限りでは、アメリカ艦娘も揚陸艦に乗るそうで、中佐以外は『しれとこ』の護衛に当たる事らしいです」

「青葉たちだけは揚陸艦で緊急脱出ですか? 

何があったんですか」

「自分は、それ以上の事は分かりません大尉」

その時、砲声が東の方角から聞こえた。

対空砲の砲声だ。

海兵隊員が舌打ちをして、拳でハンドルを叩いた。

「くそ、思ったより早かったな」

「晴れているからよく見えますねえ。

タコヤキが……結構な数です」

「防空隊は何をやっているんだ」

「あの数は多すぎます、この島に配備されている紫電改ではとても防ぎきれません」

 

雲霞のごとく押し寄せて来る敵機の数に、愛鷹は驚きを隠せなかった。

父島を攻撃するには数が多すぎる。

更地にしてもなおお釣りがくる数だ。

地上からの対空砲火が敵大編隊に火球を次々に作り出すが、数が多すぎる。

無誘導の対空ロケット砲まで打ち上げられる。

黒煙が地面を揺るがす音と共に上がった。

真っ黒な黒煙が基地施設から上がる。

爆撃が始まったのだ。

 

「くそう、あれは燃料タンクじゃないか!?

この間補給を受けたばかりなのに」

対空砲が狂ったように弾幕を展開するが、タコヤキは対空砲陣地への空爆も開始した。

真っ赤な火炎と黒煙が上がるや、対空砲の砲火が一つ、また一つと消える。

 

(高射陣地E5-1が沈黙、防空ラインを突破されるぞ!)

(燃料タンクの火災が激しい。

早く消防車を回せ)

(「しれとこ」の出港準備はまだ終わらないのか!?)

(基地東側で負傷者が。

大量の出血だ、緊急搬送を求む!)

(第四倉庫が爆撃を受けている! 

退避しろ、備品が爆発するぞ!)

(宿舎にも直撃、C棟は全壊だ。

奴ら、いったいどれだけの爆弾を落としやがった!?)

 

高機動車の無線機から、混乱した基地の無線があふれ出してくる。

「拙いな……」

海兵隊員が舌打ち交じりに呟いた時、タコヤキが飛んでくる音が大きくなった。

一〇〇メートと離れていない所の建物が木っ端微塵に吹き飛んだ。

大量の爆弾が直撃したのが愛鷹に一瞬見えた。

徹底的に更地にする気だ。

肌がざわりと粟立った時、高機動車が爆発音とともに大きく傾いた。

「うおっ⁉ 

クソッタレ、二人とも何かに掴まっててください。

必ず私がお届けします!」

ハンドルを握る海兵隊員が車を立て直しながら喚いた。

 

また車の近くに爆弾が落ちるが、海兵隊員は巧みなハンドルさばきで躱していく。

爆風や衝撃、破片に乗り上げる高機動車の荷台が、ロデオの馬に乗っているような乗り心地になる。

基地の随所でもうもうとした黒煙が上がっている。

海兵隊員や海軍兵士たちが消火活動や、小銃を手にタコヤキを撃っている。

爆発音がまたしたかと思うと、高機動車の近くを走っていたトラックが炎に包まれて建物に突っ込んだ。

「衛生兵! 衛生兵!」と叫ぶ声が飛び交う。

病院から港までは三分もかからずに着いたが、とても三分のドライブには思えない気分だった。

 

「もうじき……」

海兵隊員が呟いた時、愛鷹は爆弾が落ちてくる音を聞いた。

咄嗟に身構えた時、凄まじい衝撃と爆発音がして高機動車がひっくり返り、愛鷹と青葉は荷台から吹っ飛んで、幌や荷台、椅子に体をぶつけながら車内を転げまわった。

無線機に頭をぶつけて一瞬意識を失った愛鷹だったが、すぐに目を覚ました。

身構えたお陰か、体は無事だった。

左腕のギプスも無事だ。

上下が入れ替わり、備品が散乱する車内に倒れている青葉を起こし、運転席で力なくひっくり返っている海兵隊員をゆする。

返事がない。

嫌な予感がして、首筋に手を当てると何の反応も無かった。

首の骨が折れて、即死してしまったらしい。

何が起きたか分からないまま亡くなったのかは分からないが、せめて苦しまなかったことを祈るばかりだ。

頭をさする青葉と共に高機動車から這い出て、後ろの基地を振り返ると、見慣れた基地は無くなり火の海が広がっていた。

見るに堪えず青葉と共に港へと走る。

 

機銃掃射の銃声や爆発音が耳を聾し続ける。

この間の被弾の時の音がずっと続いているような形だ。

耳がおかしくなりそう、と思った時また爆弾が落ちてくる音が聞こえた。

顔をそちらに向けると、タコヤキが投下した爆弾が一発自分に向かって落ちて来る。

爆弾は大型タイプ。

この間、自分が受け止めた物より一回り大きい。

艤装さえなければ艦娘もただの人間だ。

あの爆弾を食らってしまえば、木っ端微塵になってしまう。

 

「青葉さん、伏せて!」

咄嗟に叫ぶと左腰の長刀を引き抜き、自分に向かって落ちて来る爆弾を見据えた。

そして今だ、と思った時に右手の刀を横にはらった。

鈍い金属音がして爆弾が横に真っ二つに切り裂かれた。

信管が破壊され、二つに切り裂かれた爆弾は地面にドスンと言う音を立てて転がった。

 

「よし」

そう呟いた時、「愛鷹さん、後ろ!」と青葉が叫ぶ声がして、即座に振り返るとタコヤキの戦闘機が自分に向かって突っ込んできた。

短い掃射が放たれて頭をかすめ、愛鷹の姿勢が崩れたところへ、タコヤキは突っ込んできたが、次の掃射には備えられた。

自分に向かって浴びせられてきた緑の曳光弾を、右手だけで長刀を器用に回して弾く。

弾かれた銃弾が立てる細かい金属音が響き、迂闊にも接近してきたタコヤキの隙を突いて、愛鷹は長刀を縦に振るうとタコヤキが縦に分断され、背後で爆発した。

破片は小さいのがコートに当たって弾かれたが、爆風で制帽が飛んだ。

数メートル離れたところに制帽が落ちていたので拾って被りなおすと、刀を鞘に納めて、ぽかんとしている青葉の手を引いて港へと走った。

 

ドック型揚陸艦「しれとこ」は無傷だった。

愛鷹と青葉が車輛ランプから艦内に乗り込むと、即座にランプが閉められタグボートに押されて「しれとこ」は出港した。

広い車輌甲板には救急車と仮設病床が立てられていた。

満載排水量二万五〇〇〇トンもある「しれとこ」は、病床を設置すれば病院船にもなれる。

愛鷹達が後にした父島には、「しれとこ」を病院船にすれば助かる負傷兵が大勢いる。

 

しかし「しれとこ」は引き返すことなく、父島を離れつつあった。

 

 

「CIC、こちら艦長だ。

ウェルドックに艦娘を集めろ、艤装を装備させて出撃だ」

艦橋で指揮を執る「しれとこ」艦長の室井大佐が、CIC(戦闘情報室)の副長に艦内電話で伝えた時、艦橋へ入る水密扉が開きセーラー服の少女が飛び込んできた。

いきなりだったので、艦橋にいた殆どの乗員が驚いて少女を見た。

少女は視線も気にせずに、誰となく艦橋にいる全員に聞こえる声で問いかけた。

「おい、艦長はどこだよ!?」

「誰だ、貴様は」

当直士官の大尉が少女に問うと、少女は早口で名乗った。

「特型駆逐艦の深雪だ。

艦長はどこだよ、話があるんだ」

階級が下の艦娘に、敬語もなしに返された当直士官が顔をしかめた。

艦内電話の受話器を戻した室井は深雪に顔を向けた。

「艦長は私だ。

要件は何かね?」

「要件も何もあるかよ!

艦を戻せよ、あたしらだけ、このデカい艦に載せて帰る気じゃないだろうな!?」

「貴様、相手は艦長、それに大佐だぞ」

当直士官が深雪に厳しい声で言うと、臆することなく深雪が言い返した。

「今そんなことは関係ねーだろ! 

この揚陸艦は、緊急手術病床やICUを設置しての病院船機能があるだろ。

父島には、この艦の力を必要とする奴が大勢いるんだ。

艦を引き返せよ!」

「上官に向かって聞いていい口ではないぞ! 

艦橋から出て行きたまえ」

顔を赤くした当直士官が詰め寄った。

しかし深雪はひるまない。

「オッサンは口を挟んでくるな! 

だいいち直属上官でもないだろ」

「直属に関係なしに、上官に使っていい口の利き方ではない事が分からないのか!?」

ついに怒った当直士官が深雪を怒鳴りつける。

深雪は当直士官には目を向けず、室井の目を見据えた。

「艦長、あんたは島の仲間を見捨てる気かよ、え? 

救える命を見捨てて、あたしらを乗せて逃げかえるのか?」

「本艦が受けた指示は、君たちを本土へ運ぶことだ。

ただ本艦の武装では、深海を相手にするのが難しいから、君たちが本艦の防衛に出てもらわなければならない」

事務的に室井が返すと、言い終えるより前に深雪が口を開いた。

「そんなことは聞いてない! 

今すぐ引き返して負傷者を収容してから、帰るのが当たり前、いや人間として当然だろ」

「……」

「黙ってねえで変針しろよ!」

「いい加減にしろ! 

そこの二人このガキを艦橋から摘まみだせ」

当直士官の怒声が爆発したかと思うと、指示された乗員がやや困惑顔のまま深雪の両腕を抱え込んで艦橋から連れ出す。

 

体格差で負ける深雪がじたばたともがきながら、「離せーッ、この大馬鹿野郎!」喚き散らす声が響いた。

 

「まったく、艦娘とやらはいい気になって。

自分たちでは階級はお飾りでも、それが海軍ではお飾りではない事も分からないのか」

悪態をつく当直士官がそこまで言った時、航海長が「まもなく艦娘の発進予定地点。操舵手減速赤、両舷前進強速。進路そのまま」と操舵員に告げた。

「両舷前進強速、ヨーソロー」

操舵員がスロットルレバーを引くと、「しれとこ」の速度が落ちた。

室井は無言で深雪が連れ出された水密扉をしばらく見つめた。

艦橋内は、気まずい空気が立ち込めてしまっている。

確かに深雪の言う事はもっともだ。

「しれとこ」の輸送能力なら、大勢の負傷兵を乗せて本土へと搬送することが出来る。

だが自分たちが受けたのは、艦娘をこの艦で本土へと連れて帰る事である。

武本がそう指示してきているのだ。

「しれとこ」の速度が強速まで落ちていく。

そこで室井は溜息を吐いて頭を振った。

まったく、連中の言う事にはたまったものじゃない。

 

「航海長、艦娘が発進次第針路を反転。

父島に引き返せ」

それを聞いた艦橋にいた全員が驚いて室井を見た。

室井は紺の略帽を脱いで、白髪をもんだ。

略帽を被りなおした室井は、艦橋にいる乗員からの視線にため息を交えて返した。

「仕方あるまい。

彼女の言う事はもっともだし、女の子の頼みを無下に断るのは海軍人の名折れだ」

「よろしいのですか?」

当直士官が聞いて来る。

「君だって本当は戻るべきだって思っていたんじゃないかな? 

いいさ私が責任とるよ。

武本中将は物分かりのいい人だから分かってくれるさ。

護衛艦隊には、会合予定がずれる事を報告しておこう」

 

 

艦橋に殴り込んでいった深雪が、乗員二人に連れられて車輌甲板に戻って来た。

「馬鹿ねえ。

いくら艦長に直談判しても無理よ」

「なんだよ瑞鳳は。

この間も同じだな、薄情なところが」

「今は今、あの時はあの時でしょ。

私だって引き返した方がいいって思うよ。

でも私たちはこの艦じゃ、ただの海軍軍人。

ただのお客さんよ」

「客だろうが、何だろうが関係ないだろ」

「深雪さん落ち着いて」

 

蒼月が深雪を宥めるのを愛鷹は見ながら、深雪の言う通りだ、と頷いていた。

これだけの余裕があるにも関わらず、その能力を生かさぬまま父島の負傷兵を置いて撤退するのは余りにも酷だ。

しかし瑞鳳の言うとおり、自分たちはこの艦ではただの海軍軍人、お客さんと同じだ。

それでも、だからと見て見ぬふりをするのはとてもつらい。

それは、この艦の乗員も同じのはずだ。

瑞鳳、深雪、蒼月の言い合いが何だか見ていられなくなった愛鷹は、艤装を置いているウェルドックに向かった。

 

 

「刀で爆弾とタコヤキを斬り落として、機銃掃射を弾いた⁉」

「ホントですよ、青葉見ちゃいましたから!」

艤装点検中の夕張の手伝いをしていた時に、愛鷹の長刀でのあの光景を話した青葉に、夕張はかなり驚いた。

「あの長刀、お飾りじゃないんだ。

てか、凄い動体視力いいのね。

凄いじゃない」

「まあ、前に第八艦隊を組んだ天龍さんも同じ事をしていましたが。

でも愛鷹さんは片手、それも指先で刀を回していたかもしれないなあ」

「天龍も眼帯していてよく弾道を見極めているのって思う事はあるけど……機銃掃射をすべて弾いたって話は聞かないわね」

 

刀など儀礼用のものを艦娘の養成課程卒業式典で持ったこと以外は全く縁がない夕張と青葉からすれば、艦娘の中の帯刀者は随分珍しく見えた。

天龍の様な技は一応駆逐艦皐月も出来るが、皐月は両目を使っているのに対し、天龍は左目に眼帯をしているので、片目で敵弾を見極めて刀で弾いていた。

だから愛鷹の技は、一見すると驚くほどのモノには見えない所もあるが、連射される機銃弾を全弾弾き返したという技を見せたのは前例がない。

刀技に挑戦したことなど夕張は一度も無いし、青葉も天龍と皐月に取材をしてどのようにして習得したかを聞き取って、試しに自分も木刀でやって見事失敗している(落とした木刀で足の甲を打ったり、脛を打つ、顔に木刀をぶつけるなど散々であり見ていた衣笠が笑い転げていた)。

そう言えば、あの時爆風で制帽が飛んで愛鷹の無帽姿が後ろだけだが初めて見た。

あの時やはり誰かを思わせるところがあったのを覚えているが、今考えてもそれが誰だかが何故か思い出せない。

 

「てか、その刀何で出来ているのかしらね。

ちょっと気になる」

「ただの鉄じゃあないでしょうね。

何かのレアメタルで出来ているとか」

「斬鉄剣と同じ素材かもね」

「じゃあこんにゃく以外は何でも切れる訳ですか。

でもあのセリフは無かったですね」

「愛鷹さんがそれ言うかしら?」

ありえないと言う目で夕張は青葉を見た。

それに青葉は笑って冗談ですと返した。

 

「それにしても、この艦このまま日本に帰っちゃうの?」

「青葉は何も聞いてませんよ」

「なんか、後ろめたいわね。

この艦なら、沢山の怪我人を収容して治療させられるし、日本の病院に搬送する事だってできるのに」

「そうですねえ。

さっき深雪さんが、艦橋に『話してくる』って行きましたけど」

「深雪ちゃんの事だから、殴り込みね。

この間の出撃の時も救助優先を主張して、愛鷹さんを危うく殴る所だったもの」

「あとでその時の事聞かせてくれませんか。

深雪さんに直に聞くのも何なんですよ」

「あれ、聞かなかったんだ。

なんか意外」

言葉通り意外そうな顔をする夕張に、青葉は少し意外そうに見られることに傷ついた。

確かに深入りし過ぎ、やり過ぎたと思った事は何度かあったが、ゲスな取材方法はした覚えがない。

そうしたら、後でどうなるかは痛い程体験している。

だから青葉なりに、正々堂々と真っ当な取材しているつもりだ。

 

「青葉、みんなからどう見られているんです? 

やっぱり、ゲスなパパラッチと?」

「その自覚があったこともなんだか意外よ。

なんて言うか、無自覚なゴシップネタを追う衣笠型青葉って感じ……」

「夕張さん……青葉、怒りますよ……?」

 

流石に、自尊心がここまで傷つけられると青葉も悔しい。

特に青葉型重巡青葉ではなく、衣笠型重巡青葉と揶揄されるのは結構嫌いでもある。

血縁関係ではないが、衣笠は大切な妹だし、友でありライバルだ。

それだけに、多少は青葉なりに姉のとしてのプライドもある。

 

青葉が真顔で言ってくる所に、本気で怒りそうなものを感じた夕張は「ごめんごめん」と作り笑いを浮かべて謝った。

 

「まあ、でも自覚があるだけまだいい方だと思うわよ。

無自覚なほど、タチの悪いモノってないから」

そう言う夕張にそれはそうですね、と頷いた時ウェルドックへの水密扉が開くと愛鷹が入って来た。

「お、愛鷹さん。

どうしたの?」

「艤装を見に来ただけですよ」

「左腕はどうですか?」

「大丈夫です。

痛みもありませんし、更に骨折した感じもありません」

それは良かった、と二人は安堵の溜息を吐いた。

「夕張さん、私の損傷した艤装はどうですか?」

「全面修理は父島ではやっぱり無理ね。

図面さえあれば部品をプリントして、なんてことが出来たかもしれないけど。

少なくとも電探類は、一部がやっぱり日本で修理しないと無理だけど、治せるものは直したわ。

使用不能の第三主砲の左砲は取り外したけど、一応捨てずにとっておいてあるよ」

「ありがとうございます。

助かります」

「帰ったら色々艤装データ貰えないかしら? 

みんなの艤装にフィードバック出来ないか、試してみたんだけど?」

「……まあ、私がいい、と言うところに限るなら……いいですけど」

やや歯切れの悪い応えだったが、それでも夕張には満足の様だ。

「取材ネタにできませんかね?」

ダメもとで青葉が聞くと、「ダメです」と素っ気なく返された。

そこへ空電音がスピーカーに響いた。

次いで甲板士官の女性の声が、ウェルドックを含む艦内に響いた。

 

(こちら甲板士官、総員へ達する。

艦娘の哨戒出撃の準備を開始せよ。

なお艦娘発進後、本艦は父島に引き返し負傷兵を収容後、日本へ帰還する事を艦長が決定した。

以上)

車輌甲板から深雪の大歓声が聞こえた。

 




ひと時の休息を経て愛鷹くんたちはまた戦場の海へと戻ることになります。
次回はまた派手にやるかもしれません。
ボロボロになってもみんな頑張って戦ってもらいます。
ただし実はツイーターでツイートしてしまっていますが青葉以外の「実装組からも誰かがK.I.Aとなる」事はこの場で予告しておきます。
鮎島大佐はごっつい中年おじさんのイメージで、モチーフには「青き鋼のアルペジオ」の浦上博中将を含んでいるところがあります。

ダイエットネタは実は「アルドノア・ゼロ」と言うSFアニメの一幕がネタになっていたりします。

今回初めて艦これでは外せない存在の(?)金剛と、航空巡洋艦熊野が登場しましたがこの二人は何時とは言えませんが後々第三三戦隊と縁のある仕事をしてもらう予定です。
特に金剛は更なるアップグレードが公式に実装されるので、期を見てそれへとつながるエピソードの執筆を予定しています。
実を言うと陸奥も執筆中に改二が実装されたので登場人物設定でそれを反映。
青葉くんも改二が実装され次第今作でも反映予定(場合によってはオリジナル改二も予定)。
青葉と熊野はイメージ的に縁がなさそうに思えてたのですが、史実では乗員同士が仲良くやっていた(ただし青葉からの「オサキニシツレイ」には熊野乗員は怒ったそうです)と言う事で「実は艦これでも案外仲が良い間柄」としています。
海軍中将の武本がちょっと庶民的すぎる様な描写は彼らしさの描写の一つです。
彼には別の意味での彼なりの苦労を。
愛鷹の帯刀案は初期プロットの段階で既に存在しており、それに劇場版での天龍ネタを加味しさらに愛鷹アレンジがかけられています。
深雪が人命救助に熱くなって階級関係なしに噛みつくところは「艦これの彼女ならこう言う情に厚いところがある」と言う個人設定からです。

ゲストメカの揚陸艦「しれとこ」は個人的にアメリカ海軍のサン・アントニオ級ドック型揚陸艦をモチーフにしています。
特に詳細は考えていませんが旧海上自衛隊からの艦ではなく近年新造された艦と言う程度の設定はあります。

今回の話の中で改二丙(改三)がアナウンスされている金剛と熊野が初登場したのは後々の活躍を考慮しての登場ですが、実は最近改二になった日向や蒼月のセリフに出て来た涼月などこれまでにセリフを含め出て来た名前の艦娘はみんな登場することを(最低限の活躍とセリフも)予定しています。
登場キャラは実はオールスターキャスト狙いでもありますが、あまり出し過ぎるとメインの第三三戦隊と主人公愛鷹の影が薄くなるので「セリフ、活躍無しのモブではないが際立って目立つほどではないモブ(劇場版での衣笠なみ)」となります。
悪しからず。
なお大鳳の仲間に出て来る改大鳳型は実際に計画された空母です(名前は全てオリジナル)。

富嶽AWACS「イーグルアイ」のコールサインはまたも私の好きなエースコンバットネタ(エースコンバットゼロ・ザ・ベルカン・ウォーの友軍AWACSから)。
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