艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 次のイベント、新規の艦娘は潜水艦艦娘がメインとの事ですが……弊作品ではあまり潜水艦娘活躍していないな、と思い返したこの頃です。


第八一話 デンジャークロース

 第三三戦隊がサルディーニャ島の沖合で深海棲艦輸送船団と交戦している頃、マリョルカ島に再整備された旧パルマ・デ・マリョルカ空港ではAC-130ゴーストライダー対地攻撃機とQA-10スレイヴウォートホッグ対地攻撃機の離陸準備が進められていた。AC-130は無人機であるQA-10の管制機も兼ねている。

 まず一〇五ミリ砲と三〇ミリ機関砲、それにレーザー照準の空対地ミサイルを備えたAC-130、コールサイン・ゴーストライダー3-1がエプロンから滑走路へとタキシングし、管制塔からの離陸許可を待っていた。

≪タワー、こちらゴーストライダー3-1。離陸許可を求む≫

≪タワーよりゴーストライダー3-1。風向一一〇度、風速一八ノット、離陸に支障なし。タワーよりゴーストライダー3-1、離陸を許可する≫

≪了解、テイクオフ!≫

 ターボプロップエンジンの唸り声が高まり、四枚のプロペラが猛然と回転する中、滑走を開始したAC-130が滑走路を駆け抜けていく。STOL(短距離離着陸能力)に優れるC-130輸送機の系譜にある機体なだけに、離陸に至るまでの滑走距離は比較的短い。原形機よりは武装を積んでいると言う意味で滑走距離は長かったが、それでもふわりと浮き上がる様にゴーストライダー3-1は離陸し、マリョルカ島の空へと昇って行った。

 遅れてロケット弾ポッド、クラスター爆弾を満載したQA-10二機が離陸する、管制塔とのやり取りも無く、無人機のAIが管制塔からの離陸してよしのサインを受け取るや無言でターボファンエンジンの騒音を響かせながら編隊離陸していく。

 

 ゴーストライダー3-1の任務は、先んじて深海棲艦輸送船団の随伴護衛艦を攻撃する艦娘艦隊に対する航空支援だ。艦娘艦隊が対空戦闘能力の高い随伴護衛艦を排除し、敵輸送船団上空の制空権を奪取した後、ゴーストライダー3-1とそれに率いられたQA-10が進入し、持てる火力を全て深海輸送船団にぶちまける。先行して交戦している艦娘艦隊第三三戦隊の旗艦愛鷹の艦娘サイズ基準の四一センチ主砲よりも大口径で、装薬、炸薬の量に優れるリアルサイズの一〇五ミリ砲の一撃は、戦艦棲姫等の棲姫級にも有効な大火力だ。またレーザー誘導の手動照準空対地ミサイルは深海棲艦の存在による謎の電子機器以上への耐性をある程度備えた改良型だ。もともと自立誘導のミサイルではない、目視照準のミサイルなら、深海棲艦の謎電子機器障害も受けにくい事が判明して来たので、ゴーストライダー3-1が備える重火器は全てが対深海棲艦攻撃に打ってつけのものばかりである。

 

 QA-10の七〇ミリロケット弾ポッドに装填された徹甲ロケット弾とクラスター爆弾は、文字通り破壊の限りを尽くせる、対深海棲艦攻撃において不足を一切感じさせない火力投射量を誇る。翼下に吊り下げられた爆装だけでなく、機首には有人機の頃から操縦するパイロットや唯一原形機A-10を保有していたアメリカ空軍から全幅の信頼を寄せられたGAU-8アヴェンジャー三〇ミリガトリング機関砲がある。空から毎分三九〇〇発で撃ち降ろされてくる弾丸の豪雨は様々な障害物を容易く撃ち抜き、崩壊させる。元々は押し寄せる旧ソビエト軍の主力戦車を撃ち抜く事を想定して作られたその弾丸が撃ち抜く対象に深海棲艦が加わったのが、今でも運用されているQA-10の実情だった。

 深海棲艦が出現し、艦娘がまだ配備されていない頃、有人機運用されていた頃のA-10の機首の機関砲は、文字通り人類相手に好き勝手暴れまわる深海棲艦に復讐出来る重火器の一つでもあった。

 

≪ゴーストライダー3-1、エアボーン(離陸完了)。ヘディング135(進路135度)、アルティテュード12(高度12000メートル)≫

≪マリョルカ・コントロール、ラジャー。グッドハンティング≫

 管制塔からの良い狩りを、の一言に機長は「サンクス」と答えながら、コ・パイと共に操縦桿を傾けて進路を135度へと変針させた。

 

「撃ちー方始めー!」

 砲撃の号令を下す愛鷹が左手を進行方向へと伸ばす中、反対の右手が射撃グリップのトリガーを引き絞る。入力された射撃諸元に基づいて仰角を取った五門の四一センチ主砲の砲身が発砲の衝撃で細かく震え、砲口からは火焔と砲煙が迸り、徹甲弾をナ級へと飛ばしていく。先んじて交戦を開始している青葉、衣笠、深雪の戦列に加わる愛鷹は、三人とは別の位置から挟撃する形でナ級へと射撃を浴びせる。

 単縦陣を組んで左砲戦で二〇・三センチと一二・七センチの二種類の砲弾を浴びせる青葉、衣笠、深雪に対し、愛鷹は右砲戦を描く形でナ級を攻撃する。ナ級の周囲にそそり立つ水柱に一際大きな水柱が加わり、衝撃波と水柱によって隆起する海面に押されたナ級の艦体が揺さぶられる。

 ナ級も撃たれっ放しではない。単装砲が連射を繰り返し、青葉、衣笠、深雪の周囲に至近弾を送り込む。レーダーによる射撃管制能力を喪失しても、光学照準機能までは失っていない。直接照準と言う電子機器に頼らない昔ながらの砲術で精確に砲撃を送り込むナ級に、青葉達は鍛え上げた経験から来る熟達した砲術の腕で砲弾を撃ち込んでいた。

 先に直撃弾を得たのは青葉だった。ナ級一番艦の艦上に青葉から放たれた二〇・三センチ弾が直撃し、丸っこい艦体の艦上に直撃弾の爆破閃光と火炎、黒煙が噴き出る。大型駆逐艦にカテゴライズされるだけあり、青葉の砲撃が一発当たったくらいで参る様な駆逐艦でもなく、ナ級一番艦は引き続き青葉へ砲撃を行う。

 青葉に遅れて同時に衣笠、深雪がナ級二番艦、三番艦に直撃弾を出す。衣笠の砲撃もやはりナ級を一撃で屠るには至らない。深雪の砲撃に至っては、入射角が悪かったか被弾時の衝撃で軽く揺れた程度であり、実質弾き返されたも同然と言わんばかりの健全さをナ級三番艦は見せる。

 しかし直撃弾を得たと言う事は三人の射撃諸元はもう修正が必要ない、と言う事の証左だ。事実青葉も衣笠も深雪も、修正値そのままに、再装填が終わった主砲弾を放った。

 再度ナ級三隻の艦上に直撃弾の火焔が噴出する。一撃が重い青葉型の二〇・三センチ弾がナ級の艦体を抉り、艤装を弾き飛ばし、火災の手を丸い胴体を包む様に広げていく。ナ級elite級の赤のオーラとは別の赤い炎がナ級の艦体を覆い始め、複数発被弾したナ級の速力が徐々に低下し始める。

 一方深雪と撃ち合うナ級は直撃弾を数発完全に弾いてのけたものの、第四射目の直撃弾が単装砲の基部に命中し、爆発炎とけたたましい破壊音と共にナ級の主砲の砲身がへし折られ、一瞬にして三番艦は砲撃不能に陥る。

「三番艦、主砲砲身損傷した模様!」

 深雪の肩で見張り員妖精が叫ぶ。

「海面に注意してくれ、主砲が使えないなら魚雷を使うかもしれない」

 自身も海面に警戒しつつ、見張り員妖精にも警戒する様伝える。三番艦が取れる攻撃手段は残すは魚雷だが、今の角度からでは相当な偏差を行わないと当てようがない。無論、艦娘の予測進路を算出して、それと交差する様に上手く魚雷の航走パターンを調整すれば、角度に関係なく当てられなくも無いが、それをやってのけるのは曲芸技に近い。それを想定して警戒する雷撃戦のエキスパートの深雪でも、曲芸技に近い雷撃をするには相応の事前準備に時間をかける。

 ナ級三番艦は主砲を喪失して交戦能力を失ったにも拘らず、隊列を崩して離脱する気配はない。寧ろ、いつ魚雷発射の角度を取ってもおかしくない不穏さを漂わせていた。

「砲術長。第二目標、後部魚雷発射管だ」

「魚雷発射管ですか」

「奴に残されている兵装は主砲以外だと対空機関砲と背部の五連装魚雷発射管だけだ、やるぜ!」

「了解、第二目標。敵艦後部魚雷発射管」

 艤装内にいる砲術長妖精に次に狙いをつける目標を指示する深雪に、砲術長は威勢よく答えながら照準アシストをナ級の背部に設けられた魚雷発射管へ合わせる。深雪が両手に持つ一二・七センチ連装主砲の照準が微妙に補正され、ナ級の背部の魚雷発射管に砲弾が届く様に仰角、方位角を調整する。

 深雪が一撃を放つのと、ナ級が右回頭を始めるのは同時だった。ナ級の右側面に小さな水飛沫が五回弾け、最大戦速へと加速したナ級は戦域からの離脱を図る。

「ナ級、魚雷発射!」

「了解だ、全隊に通知。ナ級が魚雷を撃ったぞ! 警戒を厳にしてくれ!」

 双眼鏡を覗き込みながら警告を発する見張り員妖精と同じものを見ていた深雪が、青葉、衣笠の二人に警報を発令する。ナ級の魚雷は雷速が速く、かつ大威力だ。不意に食らったら大損害は免れない。距離が近いと磁器信管で爆発するから中途半端な距離でも被害を受ける。だが、所詮は無誘導魚雷だ、当たらなければどうと言う事は無い。

 動力部から燃焼されずに排出された窒素が作り出す白い航跡を引きながら五本の雷跡が青葉、衣笠、深雪の元へと迫る。急激に距離を詰めて来る魚雷に対し、青葉、衣笠共に主砲を撃ち放ってからは、目標と魚雷を交互に確認し、舵と速力を調整する。散布帯角度が広く取られた五本の魚雷は青葉と衣笠の前後をすり抜け、一発が深雪の方へと迫る。急速に距離を詰めて来る魚雷の航跡を認めた深雪が切れのある左ターンをかけ、白い航跡を右手に躱していく。

 三番艦の離脱によって続航する四番艦が深雪との距離を詰める事となった。既に愛鷹からの砲撃を浴びて、深雪どころではないナ級四番艦は不幸にも三番艦の雷撃を躱す為に、左回頭した結果距離を詰める形となった深雪の右側面に飛び出る事になった。

 右側に砲門を向ける深雪が砲撃の号令と共に射撃を開始する。四門の砲門が火ぶたを切る音が響き、四発の砲弾がナ級の上方より降り注ぐ。下手に動けば愛鷹の四一センチ主砲弾を食らうと言う中、ナ級四番艦は深雪と言う駆逐艦娘の砲撃に気を配らなくてはならなくなった。実質十字砲火を浴びる形となったナ級四番艦が与しやすい深雪に砲門を向けた時、その前面を遮る形で深雪の砲弾が着弾して水柱のカーテンを作り、遅れて飛来した愛鷹の主砲弾がナ級を打ち据えた。

 大型駆逐艦と言えど、戦艦級の主砲弾を食らってタダで済むはずがない。ぐしゃりと四一センチ主砲弾を受けた艦体がひしゃげ、丸みを帯びた形状のナ級の艦体がいびつな形状へと変化する。艤装や主砲、魚雷発射管がぐにゃりと折り曲げられ、巨大な破孔から火焔が吹き上がる。対空機関砲の弾薬に火の手が及んだか、弾ける音が連続してナ級の艤装から鳴り響く。

「撃ちー方止め」

 大破したナ級を見て愛鷹は射撃グリップに駆けていた右手を離した。あれなら深雪に後を任せても問題は無い。それよりも衝突した蒼月と夕張の様子を伺う。

 衝突で気を失った蒼月は意識を取り戻しており、ふらふらとした足取りながら何とか立っており、それを夕張が支えていた。艤装の一部が衝突で潰れているが、彼女の最大の長物である長一〇センチ高角砲含めた火器と射撃管制装置は無傷だ。一応HUDで蒼月のダメコン状況を共有表示させてみると、衝突時の衝撃でエラーを起こした射撃管制装置のトラブルシューティングを行っていると言う。

 周りを見渡せば、大破航行不能になったナ級の残骸と化した艦体が三つ波間に揺られているのが見えた。いずれも消火不能なまでに拡大した火災の炎に包まれており、沈没は時間の問題だろう。三番艦を取り逃したとはいえ、主砲は破壊され、魚雷は撃ち尽くしているから事実上無力化されたに等しい。残るはヌ級一隻だけだ。

「青葉さん、衣笠さん、船団後方に展開するヌ級を掃蕩して下さい」

「了解です」

 二人からの唱和した返事が返され、増速した青葉と衣笠の二人が船団後方に遷移するヌ級を撃沈しに向かう。

 

 青葉と衣笠が向かう先にいるヌ級は艦載機の発艦準備を進めている様子だった。elite級のヌ級で間違いないが、青葉の眼には細部が微妙に通常のヌ級elite級とは異なって見えた。個体差と言うよりは、内装が異なるヌ級と言うべき違いに思える。ヌ級elite級にもelite級とelite級改と二種類の類別方法が存在するが、青葉の眼にはその二種類にも当てはまらない微妙な差から別個体の艦影に見える。

 気になった青葉は艤装内に仕舞い込んでいた自前のデジタルカメラで一枚、ヌ級の写真を撮る。最大ズームで拡大したヌ級の艦影をデジタルカメラのモニター越しに見つめながら、シャッターを切る。

「こんな戦場でも写真撮影?」

 カメラを手早く仕舞い込む青葉に、衣笠がいつもの癖かとやや呆れ気味の口調で聞いて来る。

「いや、何かあのヌ級、既知のヌ級とは少し見た目が違う気がするんだよね……念の為に写真を撮って記録しとこうと思ってさ」

 主砲のフォアグリップを掴み直しながら妹に答えつつ、青葉はふとヌ級の個体差、と言えばどういうモノが挙げられるのだろうか、と疑念にかられる。真っ先に考えられる要素は装甲を含めた耐久性、もう一つは搭載機数だ。速力は一貫して三〇ノットも出ない低速艦であるが、あの新型個体に見えるヌ級は果たしてどうなのだろうか。

 考えを巡らせる青葉の左目のHUDに「Range ON」の文字が表示され、射線方向と弾道予測線が続けて表示される。今目の前にいるヌ級がどう言うモノなのか考えるのは後だ。艦載機を発進させられては厄介である。速やかに片付けるべきだ。

「旗艦指示の目標。撃ちー方始めー!」

 厳密に言えば次席旗艦である青葉の射撃号令が下るや、青葉型二人の主砲が一斉に砲口から火を噴いた。二人合わせて計一〇発の二〇・三センチ主砲弾がヌ級の周囲に降り注ぐ。驚くべき事に、その様な状況下でもヌ級は艦載機の発艦を強行した。黒いタコヤキの様な外観の夜復讐深海艦攻が一機発艦する。

(待って、夜復讐深海艦攻……?)

 再装填中の主砲艤装のサイトから目を離して、発艦した夜復讐深海艦攻の姿を見て青葉は疑念をさらに深める。ヌ級elite級種に夜復讐深海艦攻を艦載する個体はこれまで確認されていない。flagship級ならいたかもしれないが、elite級では艦載されていない事が確認されていた筈だ。

 もしや新型種? その思いが浮かび上がる。再びサイトを覗き込んで更なる艦載機発艦前に第二射を衣笠と共に撃ちこむ。第一射、第二射共に至近弾となったが、直撃は無い。とは言え、距離が距離なだけに第三射目では命中弾を期待出来るだろう。

 作動音を立てて青葉の右肩に担ぐ主砲艤装の主砲の砲身が仰角を調整し、砲塔が旋回して射角を微妙に変える。

「てぇっ!」

 短い射撃号令と共に青葉の主砲と、衣笠の主砲が発砲し、二人の主砲が発砲の反動で勢いよく後退し、駐退機がそれを水圧でしっかりと受け止める。瞬間的に後退する砲身とは逆に、勢いよく飛び出していった砲弾が真っ赤に焼け赤く光りながら宙を飛翔して行き、轟音を立ててヌ級の艤装上に着弾する。命中は青葉、衣笠共に一発ずつだったが、直撃のダメージはヌ級に即座に影響を与えた。二機目が発艦しようとしていたところを直撃したのだ。

 艦載機発進口周りで火災の炎がどっと噴き出し、ぐしゃぐしゃになった夜復讐深海艦攻の機体の残骸が吐き出す様に発進口からこぼれ堕ちる。ヌ級とてflagship級でもない限りは重巡艦娘二人の砲撃を受けて、平気でいられる耐久を持ち合わせている訳では無い。修正値をそのままに第四射が青葉、衣笠から飛来し、今度は三発が命中し、艤装上の火災の勢いが強まる。

 第五射を撃ち込んだ時にはヌ級の行き足は止まり、燃える松明とかして海上に制止していた。

 一機だけ発艦に成功した夜復讐深海艦攻は沈黙する母艦の姿を見て、帰る場所を失ったのを察するとサルディーニャ島へと進路を取った。飛行場姫の滑走路はB-21の爆撃でボロボロだが、夜復讐深海艦攻が着陸出来るだけの平らな場所はあるだろう。最も再補給して離陸するだけの余裕は残っていないだろうが、燃料切れで海に着水してそのまま藻屑になるよりはマシだ。

 

 

 輸送船団はまだ見える所に居るが、大分距離を取られている。長い貨物列車の様に水平線上にずらりと並ぶワ級の列は最後尾が丁度青葉と衣笠からすぐそこに位置にいる所だった。低速の輸送船と言えど、護衛艦隊との交戦中も一定の速度で進めば、当然それだけ彼我の距離差は開いて行く。

 蒼月の状態上復旧にはもう少しかかるだろうし、その為に夕張と瑞鳳は残しておくべきだろう。青葉と衣笠はヌ級を始末しに向かわせたから、マリョルカ島からの航空支援に対する目標指示役、いわゆる統合末端攻撃統制官(JTAC)の役割は自分が行うしかない。

 

「最大戦速、取り舵一杯」

 

 左に大きくカーブしながら、機関出力を上げた愛鷹が単身最大速度で輸送船団の前方へと向かう。快速を誇る愛鷹の主機が海上に白波を蹴立てて後方へ長い航跡を伸ばしていく。

 程なくしてターボプロップエンジンの重低音とターボファンエンジンのキーンと言う甲高いエンジン音が愛鷹の耳に聞こえて来た。

≪第三三戦隊旗艦愛鷹へ、こちらゴーストライダー3-1。一機のAC-130と二機のQA-10で進入中。北西3オスカー、現在地ダガー、当機は一〇五ミリ砲と三〇ミリ機関砲、空対地ミサイル八発を実装。QA-10はハイドラ70ロケット弾、CBU-97クラスター爆弾を実装。オーバー≫

 接近して来るAC-130からの無線にすぐには答えず、愛鷹はHUDでワ級の群れを捉えて現在の座標を特定する。HUDに「252-171」の六桁の数字が表示された。五〇隻のワ級の中心の座標だ。そこを中心に何でも爆発物を放り込めばワ級は搭載物資に引火して爆沈するだろう。

「ゴーストライダー3-1、こちら愛鷹。目標座標はグリッド252-171、五〇隻の輸送艦です。全部まとめて漁礁にしてください」

≪了解した、これより攻撃進入に移る。そちらの戦隊各艦の艤装から発せられる位置マーカーをマーキングした≫

 頭上で響くターボプロップエンジンの音が、獲物の上でぐるぐると旋回して狩りに最適なタイミングを見計らう鳶の様に旋回を始めるのが分かった。

 念の為に愛鷹は事前に持って来た赤外線ストロボでワ級の群れをマーキングする。

 

「Fire mission danger close. Cleard hot!」

 

 攻撃開始を指示する愛鷹のヘッドセットの向こうから、AC-130のファイヤーオフィサーが短く「ラジャー」と返すのが聞こえた。

 弾けるような音が空から響き渡り、三〇ミリ機関砲の徹甲榴弾が降って来る。三点バースト射撃がAC-130から撃ち降ろされ、海上のワ級に徹甲榴弾を突き立て、外郭を貫いた徹甲榴弾がワ級の内部に詰まれた積み荷を誘爆させる。三点バースト射撃で三隻のワ級を纏めて撃ち抜く様はさながら海神ポセイドンの武器三叉槍トリアイナで三つの獲物を同時に貫く様なものだった。

 三〇ミリ機関砲の規則正しい三回の射撃音が響き、三点バースト射撃で放たれた徹甲榴弾がワ級を空から一方的に屠っていく。flagship級のワ級に対してはレーザーが照射され、空対地ミサイルが発射された。照準誤差はレーザーで直接照準して、ミサイルが着弾するまでの間ファイヤーオフィサーが直接ジョイスティックで操縦しているだけあって正確無比だった。ワ級のflagship級の艦上でミサイルが炸裂し、爆発炎が頑強なワ級flagship級の艦体を舐める。主力戦車すら屠る空対地ミサイルだったが、ワ級flagship級は辛うじて耐えた。吹き飛んだ分厚い外郭の下からは中口径主砲と小口径主砲の二種類が損壊した状態で姿を見せる。  

≪ゴースト1、2、現在進入中。一〇秒後に機銃掃射を開始する≫

 AC-130に乗るUAVオペレーターの通達が入ると同時に、遠くからQA-10が攻撃ポジションへと移動していくエンジン音が聞こえて来る。主力戦車の砲塔上部すら射抜く三〇ミリガトリング機関砲が、深海棲艦相手に使ったらどうなるか。結果は想像に難くは無いが、愛鷹とて実際に見たことがある訳では無いので、三〇ミリガトリング機関砲の威力をこの目で見てみたいと言う欲が湧いて来る。

≪IPを確認。攻撃開始≫

 事務的な口調で告げるUAVオペレーターの声がヘッドセット越しに聞こえた時、猛牛の唸り声の様な轟音が頭上で響き渡り、海上に無数の水柱が一枚の壁となってワ級の縦列に迫り、金属を引き裂く甲高い音、海水を弾き飛ばす着水音、それら様々な音が大合唱をした後、黒煙がワ級flagship級二〇隻を包んだ。一隻当たり数百発が降り注いだ三〇ミリ弾はワ級flagship級の装甲を容易く射抜き、内部の兵装、艤装を徹甲榴弾である弾丸で粉砕し、運動エネルギーの勢いに任せて船体の上半分をごっそりと抉り飛ばした。

「凄い……」

 余りの威力に愛鷹の眉間を冷や汗が滴り落ちる。愛鷹の四一センチ主砲は艦娘の艤装基準で言う四一センチであり、実際に主砲の口径が四一センチある訳では無い。砲の口径で言えばGAU-8アヴェンジャーガトリング機関砲と大差はない。QA-10の機銃掃射はそれ即ち、愛鷹の主砲をガトリング機関砲にして撃ち込んでいるのに等しい。毎分三九〇〇発で撃ち出される自分の主砲弾と同威力と言える銃弾の雨だ、破壊力は尋常ではない。

 機銃掃射したQA-10が旋回して再攻撃の為に新たな攻撃位置に付く。AC-130のUAVオペレーターが攻撃してよしの信号を送ると、QA-10のAIが機関砲のレティクルをワ級の縦列に定め、射撃を開始する。発射の噴煙が機首から機体後部に駆けて流れて行き、逆に機首から撃ち放たれた曳光弾と目視不能な徹甲榴弾の豪雨がワ級を襲う。けたたましい破壊音と共に二〇隻のワ級が一瞬にして艦体の上部を吹き飛ばされ、ボロボロに縮れた艦体下半分が晒し出される。何隻かは積み荷に引火して火災の手が上がり、燃え上がる物資の異質な匂いが海上に立ち込める。

 航空優勢さえ確保してしまえば、QA-10の文字通り空飛ぶ重戦車と言える圧倒的火力で蹂躙出来るその様に、愛鷹は感心していた。自分の主砲と凡そ同威力のガトリング機関砲が弾を一分間に数千発ばら撒くだけで深海棲艦が文字通り溶けていく。理解ある人間に羨望の念すら湧かせに来るその火力が生み出す破壊はもはや芸術の域に入っている。

 二機のQA-10が機首を引き上げて上昇離脱に移った後、海上にはもうもうとした黒煙に包まれるワ級の残骸が残されていた。まだ何隻かのワ級が生きており、撃破された味方艦の上げる黒煙を煙幕代わりに、サルディーニャ島を目指そうとするが、空からの一〇五ミリの一撃がそれを阻んだ。三〇ミリ機関砲のそれよりも大きな砲声が響き、鋭い落下音を立てながら一〇五ミリ弾がワ級を頭上から打ち据える。一定の間隔を置いて四尺玉が炸裂したかのような轟音が空で響き、砲弾がワ級を強打し、文字通り破砕する。砕け散った艦体の破片が周囲の海上に飛び散り、しばし波間に揺られたのち水底に沈んで行く。

 深海棲艦輸送船団の上空をぐるぐると旋回しながらAC-130の射撃は続く。装填主が重い一〇五ミリ弾を砲身尾部に装填し、発射用意良しの合図を上げると、ファイヤーオフィサーの見るモニターに装填完了の緑のマークが表示される。射撃管制グリップを操作して、カーソルをワ級に合わせ、トリガーを引くと機内に砲声が轟き、機体左側面ににょっきりと突き出す一〇五ミリ砲が発砲炎と共に徹甲榴弾を発射する。発砲した一〇五ミリ砲の砲尾から排莢された薬莢が大きな音を立てて機内の床に転がる。

 ファイヤーオフィサーの見つめるモニターの向こう、海上ではワ級が空から降り注いだ一〇五ミリ弾を食らって爆散し、飛び散った破片が周囲の海上にぽつぽつと着水の飛沫を立てる。

 最後のワ級を一〇五ミリ弾が打ち据え、一瞬の間をおいて昼間の太陽を思わせる大爆発を起こす。凄まじい閃光と、空爆に備えて安全距離を保っていても吹き付けて来る衝撃波に愛鷹が反射的に目を細め、左手で顔を覆う。

≪ゴーストライダー3-1より愛鷹。目標への攻撃終了、BDAは最大。攻撃完了、帰投する≫

「了解、支援に感謝します。アウト」

 ワ級の残骸、いやもはやワ級だった何か、が波間に浮かぶだけの海上を見渡しながら愛鷹はヘッドセットの向こうのAC-130の乗員に礼を述べた。破壊の限りを行使された輸送船団は文字通り全滅し、深海棲艦が運ぼうとしていた物資は全て海の藻屑となった。恐ろしいまでの火力投射量にただただ感嘆した愛鷹は、吐息を吐きながらマリョルカ島へと帰投していくAC-130とQA-10の機影を見送った。

 静けさを取り戻した海上ではヌ級を始末した青葉と衣笠、愛鷹と同じように遠くから空爆を見守っていた深雪、瑞鳳、意識を取り戻し、状態異常も治った蒼月と付き添う様に並んで航行する夕張が、愛鷹を中心に再集合に移っていた。

 

 輸送船団を失った事で、戦略爆撃で受けた損耗を復旧させるための補給物資も失ったコルス島とサルディーニャ島の深海棲艦は、即日実施された更なる戦略爆撃で組織的抵抗能力を急激に失っていった。

 欧州総軍司令部で開かれた会議の場で、コルス島、サルディーニャ島の深海棲艦を爆撃するB-21が撮影した空撮写真が、爆撃効果を表した図と共に出席した高官達の間で共有されると、会議室の場に満足げに頷く者達から弛緩した空気が溢れた。

 そんな中で会議に出席していた武本が挙手して、首席参謀に質問を向ける。

「深海棲艦が第二、第三の輸送船団を送り込んできて、再建を図る可能性は?」

「可能性としては無ではありませんが、深海棲艦の戦力供給も限界が訪れている可能性の方が上だと分析しております」

「戦力供給の限界、と言う見解はどういう根拠に基づくものだね?」

 コベレフ大将の言葉に、首席参謀はそう言う質問も来るだろうと思って予め用意していた図を、会議室の大画面モニターに表示させた。

「これは深海棲艦が過去に大規模攻勢の際に動員した艦隊戦力の総計とその必要物資量の推定値です。深海棲艦の今回の大規模攻勢と同規模の構成は過去に例があり、必要補給物資量はワ級に搭載可能と推定されるトン数で割りだした数値です」

 攻勢の規模に応じてグラフ化された深海棲艦の推定補給物資量が表示される。大規模攻勢、中規模攻勢、小規模攻勢、陽動、その他の五種類に応じて算出された推定値が棒グラフとなってモニターに表示される。この内大規模攻勢の所に現在の攻勢を示す棒グラフが並べられ、赤い棒と青い棒が半々の比率で描き出される。

「先の輸送船団撃滅により深海棲艦は輸送船三〇隻分の戦略物資を喪失しています。既にこれまでの戦闘で消費した物資も含めれば、深海棲艦の攻勢に応じて用意しているとされる物資の備蓄は半減している可能性大です。深海棲艦の戦略物資の備蓄は過去の攻勢から分析するに、攻勢に必要な量を何らかの形で備蓄した後、再度の攻勢に出るまでは攻勢期間中は物資の備蓄と言う事自体をしないと推定されています。

 今回の欧州に対する攻勢では深海棲艦の海上戦力は寧ろ陸上部隊の攻勢を支える為の戦力と言う一面が強いと分析されております。主攻は陸上型、海上部隊は陸上部隊の補助、または我が方の戦力分散を図るモノと。現にイタリア本土に上陸した陸上型深海棲艦の勢いは押されている海上部隊と違って未だに衰えず、イタリア半島で攻防戦が日夜続いています。

 現在最前線となっているコルス島とサルディーニャ島の防衛に艦隊を展開させていない事が、何よりの証拠です。艦隊を維持出来るだけの陸上型深海棲艦施設が存在しながら防衛艦隊は一隻もいない」

「つまり、深海棲艦は陸上部隊優先の補給線のせいで、サポートの海上戦力はじり貧になり始めていると言う事か。輸送船団を壊滅させられたのはある意味思わぬ僥倖だったと言うべきか」

 ロックウッド提督が両腕を組んで言う。

「無論、深海棲艦が今回も同じ行動を取っていると言う保証はありません。今この瞬間にも戦略物資の再備蓄を行って、それを基に戦力を補充している可能性すらあります。第二、第三の輸送船団がコルス島、サルディーニャ島へ今度は大規模な護衛戦力を付けて送り込んでくる可能性は否定出来ません」

「そうなる前に、あの二つの島を再確保する必要があると言う事か」

そう言うコベレフにロックウッドが質問の矛先を彼へと向ける。

「アメリカから来る海兵隊遠征打撃群は今どこに?」

「第二四ESGは現在ブレストに入港している。一週間あれば、揚陸艦に乗る部隊は地中海へ回航完了するだろう」

 二つの島を攻略するとなると、マリョルカ島に一部戦力を守備部隊として残す必要がある関係上、マリョルカ島上陸作戦に投入した海兵隊戦力をそっくりそのまま両島の奪還作戦に投入する事は出来ない。それに二つの島を攻略するとなれば、必然的に戦力を分散せざるを得なくなる。コルス島もサルディーニャ島も大きな島だから、艦娘艦隊の艦砲射撃支援にも限界があるだけに、上陸する事になる地上部隊の数を減らす事は出来ない。少し時間がかかっても上陸部隊となる海兵隊の戦力結集を待って、コルス島、サルディーニャ島上陸作戦を実施するべきだ。

「バレアレス諸島沖海戦での艦娘艦隊の損耗復旧はどの程度進んでいるか?」

 高官の一人の問いに、首席参謀は現時点で把握している状況を報告する。

「ネルソン型の二人は今少し復帰に時間がかかります。ウォースパイト、摩耶の両名は間もなく完全復帰出来ます」

「戦艦二隻が暫く使えないのは痛いな」

 誰かが悔やむ様に言った。その声に頷きつつ、首席参謀は戦況報告の内容を切り替える。

「続いて、東部進撃隊ですが、現状レジョディカラブリア沖のギガフロートの前面に展開する深海棲艦の大艦隊に行く手を阻まれて前進困難な状況です。東部進撃隊は空母艦娘が少ない為、どうしても敵空母棲姫の爆撃を防ぎ切る事が出来ず、またイタリア半島のアンツィオに進出したと思われる飛行場姫の長距離爆撃で艦隊の損耗が激しく、前線を上げる事が出来ていません」

「東部進撃隊に戦力が集中している今、西部進撃隊がファーストダウンをかける好機なのだがな」

 それをやるにはコルス島、サルディーニャ島に橋頭保を築かないと補給線が長くなって逆に不利になる事を分かった上で、だからこそ今は反転攻勢に出れらないもどかしさを隠しきれない様にロックウッドが言う。他の高官や参謀達ももどかし気な顔をしているが、アンツィオまでもう少しの所まで来ているのは確かだった。

 アンツィオを海から攻撃、逆上陸作戦を敢行して深海棲艦の陸上部隊の補給路を完全に遮断し、返す刀でシチリア島、マルタ島を完全制圧し、地中海の制海権そのものを完全に奪還し、人類の支配権を更に奪還していく。これが現在進行中の反攻作戦の骨子だ。北アフリカに展開する陸上型深海棲艦は北アフリカ各国の地上軍に任せるから、海を完全に奪い返せば人類と深海棲艦とでの優位不利の立場は完全に逆転する事になる。

 アメリカから回航中の海兵隊部隊が到着するまでの間、第三三特別混成機動艦隊を中心にコルス島、サルディーニャ島へ至る海路の警戒監視が再度求められる事となった。またマリョルカ島にも哨戒機や無人偵察機を進出させて艦娘だけでなく通常兵器航空戦力でも哨戒網を張る事が決定した。

 

 一週間後に第二四海兵遠征打撃群を加えた国連海兵隊によるコルス島、サルディーニャ島両島への同時上陸作戦が実施されると言う話は、「ズムウォルト」で一時の休息を取っていた愛鷹達にも伝達された。

 ブリーフィングルームに集った第三三特別混成機動艦隊のメンバーを前に、司令部からの知らせを伝達する愛鷹に、青葉が一抹の不安を口にする。

「それまでに、深海棲艦が反転攻勢に出て来ないと良いんですがねえ」

「司令部としては、深海棲艦もこれまでの戦闘で戦力も物資も消耗して、再攻勢に出られるだけの余力が無いと分析している様ですね。勿論、現在の陸上部隊に割り当てているリソースを、海上部隊に割り振って、再攻勢に出る可能性もゼロではないとも言っていますが」

 タブレット端末に表示される司令部の戦況分析の報告書の文面を読みながら、理にかなった解析だと愛鷹は頷いていた。深海棲艦とて無限の戦力、補給物資を持つ訳では無い。事前に準備した物資が切れれば、深海棲艦も動けなくなるし、用意した個体が失われれば攻勢に出るだけの艦隊も組めなくなる。

「それで、今後の私たちの作戦行動予定は?」

 今後の行動予定について質問して来るフレッチャーに、愛鷹はメンバーと向かい合う形で置かれている席に腰かけ、長い足を組みながら答えた。

「以前組んだ哨戒任務のローテーションを今後一週間継続する事になります。司令部から新たな作戦指示が入らない限りは、本隊前衛部に置いて、深海棲艦の行動に目を光らせつつ、当面の間待機に入る事になります。必要に応じて、コルス島、サルディーニャ島への威力偵察も行う事になるかも知れませんが、それ以外は当面の間お休みです」

 その言葉に第三三特別混成機動艦隊のメンバー全員が安堵の溜息を吐く。休みなしの作戦行動が命令されるよりは、休める期間が設けられているだけ儲けものだ。今のこの場にいる者の中には過去に休みなしのブラック企業並みの連続出撃を強いられた事もある艦娘も中にはいるだけに、一週間はローテーションを組んで哨戒任務に出る以外、戦闘らしい戦闘をしなくて済むのは一安心出来る状況と言えた。  

「何だか、意外と呆気なかったですね。もっと深海棲艦の防衛艦隊の激しい抵抗を受けると思っていましたが」

 張り合いがないとでもいいたげな顔で伊吹が言う。何人かの艦娘が同感だと頷く。実際のところ愛鷹自身も、八割方はB-21レイダー爆撃機の戦略爆撃でコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦を機能不全に追い込んで終わりそうだと言う事に、腑抜ける思いもしなくはない。コルス島、サルディーニャ島を巡っての海戦は、対潜戦と先の輸送船団攻撃以外、起きていない。水上艦隊はおろか、潜水艦隊すら活動が低調なのは何か意味があるのかと勘ぐってしまう。単純に深海棲艦の戦力が低下して、進撃して来る西部進撃隊に対する反攻作戦が出来ていないだけだし、東部進撃隊は逆に深海棲艦の防衛線突破に手間取って、前進速度は牛歩のそれだ。

「結局、バレアレス諸島沖海戦以外、大規模な艦隊戦も起きず仕舞いだし、東部進撃隊の苦戦と比べたら、アタシらの方は比較的ヌルゲーだよね」

「ヌルゲーはちょっと違うと思いますけど……」

 敷波の何気ない一言に対し、綾波が軽く首を横に振る。第三三特別混成機動艦隊は確かに大損害を負った訳でもないし、正面切っての艦隊戦闘に投入された訳でもないから敷波として実感が湧きにくいのも無理はないが、空母棲姫級を中核とする空母機動部隊やス級と交戦しただけでも西部進撃隊も中々の抵抗を受けたと言うのが正しい。

「空母棲姫やス級と戦闘した時点で西部進撃隊の戦闘はヌルゲーとはいかないけど、少なくとも私達(第三三特別混成機動艦隊)は比較的楽は出来ているってところよ」

 自分の座る席から敷波と綾波の方を振り返りながら陽炎が言う。鳥海が何か言いたげな顔で三人を横目で見やっていたが、敢えて何も言わずに眼鏡を位置を正すと一週間後の更の後の事に言及する。

「コルス島、サルディーニャ島を奪い返したら、次はいよいよアンツィオですね」

「そうなりますねぇ。いやあ、長かったなあ」

 相槌を打つ青葉の視線が、ブリーフィングルームの壁に掛けられているカレンダーに向けられる。今日が一〇月一七日だから一週間後と言う事は、一〇月二四日に上陸作戦開始と言う事になる。いよいよ一一月が近づいて来ている。一一月が過ぎれば年末の一二月に入る。

「クリスマスまでには、この欧州での大規模戦役も終わると良いんですけどね」

「ちょっと青葉、フラグよそれは」

 クリスマスまでに、と言う定型ネタに対する条件反射を口にするジョンストンに、青葉はにこっと笑みを浮かべて返す。

「でも、クリスマスまでに欧州での戦乱が治まれば、ヨーロッパの人々は穏やかなクリスマスを過ごせるじゃないですか。それに青葉達にも達成したい目標があると言うのは悪い事じゃありませんよ」

「そういう事なら、そうかも知れないわね」

 青葉の言葉にそういう意味でなら大丈夫かもね、とジョンストンは頷いた。

 クリスマスまでに欧州での任務が片付けば確かに気が楽になるかも知れないと思う一方、愛鷹の中では日本本土方面での戦況のきな臭さを耳に挟んでいるだけに、楽観視はしていなかった。欧州での任務が終わった直後に日本本土防衛戦に駆り出されて、また休む間も無い戦いに身を投じる事になるかも知れないのだ。愛鷹自身生まれ持って戦いの為に生み出された存在であるから、戦いが続く事は自身の存在価値を安定して見出す機会が常にあると考える事が出来るとは言え、他の艦娘達にとっては死と隣り合わせの日々が常に続くと言う意味で、心境的に穏やかでいられないだろう。

 今目の前にいるメンバーも顔には出さないが、十中八九起こるであろう日本本土戦の事を考えないようにしている者もいるかもしれない。

 艦娘達の戦いそのものが果たしていつ終わるのか。それこそいつの年のクリスマスまでに終わるか。それは愛鷹にも分からなかった。

 

 

 日が暮れる前に、フレッチャーとジョンストンの二人が哨戒任務の為に出撃したのを見送った愛鷹は夕食前にシャワールームへ向かい、その日の汗をシャワーの温水で流した。地中海からくみ上げた海水を「ズムウォルト」の機関部で電気分解した真水が使われているシャワーで身体が流した汗を洗い落としていると、シャワールームにもう一人入って来る音が聞こえた。

「お、愛鷹か。先に入ってたのか」

 深雪だった。バスタオルを身体に巻き付け、洗面具を小脇に抱えて愛鷹の隣の個室へと入り、シャワーの蛇口をひねる。

「今日もいい汗かいたよなあ。な?」

「汗をかくのが私達の仕事ですからね」

 シャンプーとリンスで洗った長い髪を再度温水で落としながら答える愛鷹に、深雪は同じようにシャンプーを付けたショートボブの髪をわしゃわしゃと揉みながら軽く苦笑を漏らす。

「その通りではあるけど、ちっとその物言いは相変わらず愛鷹っぽい堅苦しさがあるよなあ」

「……そう言われましてもね」

 これしか答え様がない、と言う顔をする愛鷹を見ずに深雪は話題を変える。

「それにしても今日の空爆凄かったよな。特にQA-10の三〇ミリ。あんなの食らっちゃなんでもかんでも粉砕できるって言う自信が湧き上がって来るよな」

「昔から、『大抵の事は火力で何とか出来る』とも言いますからね。それだけ、火力は正義、って言う格言は時代問わず通用する概念と言いますか、事実なんでしょう」

「んー、そういう小難しい話じゃなくてさ、対地攻撃機のブワァァァ、って言う音と共にドカーンってぶっ飛ぶ深海棲艦見てると胸がすくよな、って話だよ」

「それはそうでしたね。爽快感すら感じさせる様でした」

 ただ単純に脳筋に「凄かった」と簡単に言えない感性と語彙力の自分にほんの少し苛立ちながら、愛鷹としては簡素に抑えた感想を深雪に返す。どうにも小難しい話にしてしまいがちなのが自分の悪い所だ。もっとシンプルイズベストな反応が出来るようになればいいのだが、生まれつきそう言う質でもない。

「ま、愛鷹の小難しい感想も別に間違っちゃいねえけどな。火力こそが正義、そんな発想が無かったら艦娘の艦種として重巡や戦艦が今の時代の海軍に復活する事なんざなかっただろうからな」

 見透かしているのか、愛鷹の考えている事を予期してフォロー入れようと思ったのかは分からないが、小難しい感想に対しても理解を示してくれる深雪に今度は何だか申し訳ない気持ちが湧いて来る。隣でタオルで背中をごしごしと拭く音が聞こえてくる中、愛鷹は髪を洗い終わるとシャワーでざっと身体をもう一度洗い流して、蛇口を捻り温水のシャワーを止めた。「ズムウォルト」の機関部で電気分解で豊富に真水を作り出しているとは言え、軍艦内でやはり真水は貴重品だ、無駄使いしない様心掛ける必要がある。

「お先に失礼しますよ」

「あいよ」

 先に上がる愛鷹の背中を見送りながら、深雪はデカいなあと普段は制服を纏っていて見えない愛鷹の身体と、靴を脱いでも尚ひょろりと高い背丈に少しばかり羨ましいものを感じる。見送る愛鷹のその背中に、何かの傷跡が遺っているのが見えたが、あれは何だろうか? と深雪の中で軽い興味が湧くが、愛鷹の生い立ちを思い出して詮索しようとする自分を止めた。

 静かな音を立ててシャワールームへのドアが閉まった後、シャワーで身体を又洗い落とす深雪の鼻歌が小さく個室内で響いていた。

 

 静けさが広がるマリョルカ島近海の海上に停泊する艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」の艦内のバーで、楽器演奏が趣味の乗員達で演奏されるバラード曲を聴きながら大和は一人カクテルを注いだグラスを片手に曲を聞き入っていた。彼女の他にも乗員が何名か、ビールなどの酒類を片手に演奏を聞き入っている。

「あら、大和。貴女も今夜はここで?」

 自分の名を呼ぶ声に視線を向けると、隣にブランデーを注いだコップを片手に矢矧が自分の隣に立っていた。

「ちょっと黄昏るのも良いかな、って思った感じよ」

「なるほど。こうして気を抜くも悪くないわね」

 カウンターバーに左肘を預けながら矢矧はコップを口に付ける。普段から何かと生真面目な矢矧がこうしてバーで寛いでいる姿も比較的珍しい。阿賀野型の中でも一番ストイックな性格の彼女だが、今はかなり気を緩めているのか、普段しっかり締めているネクタイもやや緩めている。

「矢矧がここまで気を緩めているのも珍しいわね。どうかしたの?」

「別に、私だって気を抜くときは徹底的に抜いているだけよ。四六時中張り詰めていたら最新鋭軽巡と言えど、オーバーヒートするわ」

 意外と思われる事自体が本人にとって意外だと言う顔で矢矧は答える。彼女と共に艦娘艦隊を組んで随分経つが、オフの姿は余り見ないだけに少しばかり新鮮さがある。実際、矢矧はオフの姿を他の艦娘や海軍将兵に見せないタイプなので、珍しく見えるのも少しばかり仕方ない面はあった。

「いい曲ね……」

 そう呟く矢矧に大和は相槌を打つ。ピアノが奏でる曲調が何とも言い難いロマンティックさを醸し出している。海軍人としてではなく楽団に所属しても食べていけそうな技量だ。

 ブランデーが頭に回って少し上機嫌なのか、バラード曲に合わせて矢矧が鼻歌を奏でる。実は矢矧の歌唱力は艦娘達でも上位に入るレベルである。何度かレクリエーションの場で歌唱大会が日本艦娘艦隊で開かれた事があるが、矢矧は大抵一位、二位を争うレベルに上手い。安定した歌唱力の上手さでは三隈や伊168などにかなわない事もあるが、それでも上級者を名乗っていいレベルではある。

 大和もグラスを口に運ぶと、からんと氷が揺れる音が鳴った。

 何気なさはあるが、それでも至福の一時と言えなくもない。心穏やかに音楽を聴き、酒を口にする。ほろ酔いアルコールが二人の頭を包んだ。




 矢矧の歌唱力―「月夜海」の矢矧Verが素晴らしかったと言う個人的感想からです。

 感想評価ご自由にどうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。

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