一〇月二四日の明朝、コルス島、サルディーニャ島の二つの島の沖合に欧州総軍海兵隊を載せた揚陸艦「ディクスミュード」「ファン・カルロス一世」「ヨハン・デ・ウィット」「アルビオンⅡ」「トリエステ」、そして北米方面軍第二四海兵遠征部隊を載せたアメリカ級強襲揚陸艦「ファルージャ」サンアントニオ級ドック型揚陸艦「フィラデルフィア」、タイコンデロガ級ドック型揚陸艦「ヨークタウン」の八隻と、艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」「ズムウォルト」、旗艦空母「ドリス・ミラー」、更には火力支援艦兼護衛として第二四遠征打撃群に随行して来たアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ステファン・ベネディクト」「メイナード・グリフィス」「ジョセフ・オマー」、コンステレーション級ミサイルフリゲート「チェサピーク」の三隻の駆逐艦と一隻のフリゲートまでいた。
揚陸艦八隻、艦娘母艦四隻、空母一隻、駆逐艦三隻、フリゲート一隻の大艦隊の周囲には、主に駆逐艦艦娘達が周囲を警戒しに展開し、対潜防衛網を構築して魚はおろかプランクトンの一つ見逃さない防備を敷いていた。上空には空母艦娘達から発艦した艦上戦闘機が舞い、コルス島、サルディーニャ島上空の制空権を確保していた。
連日の戦略爆撃で陸上型深海棲艦の殆どが沈黙し、両島の陸上型深海棲艦の拠点再建の為の補給物資を積んだ輸送船団も、第三三特別混成機動艦隊の攻撃で物資は全て海の底に無事送り届けられた為、極極少数の砲台小鬼やトーチカ小鬼の抵抗が行われた以外、上陸部隊を迎え撃った陸上型深海棲艦は居なかった。
複合艇で先んじて上陸した先遣隊が上陸地点を確保し、水陸両用歩兵戦闘車EFVやLCAC-100、LCUにLCMと言った上陸用舟艇が海兵隊、機材、車両、装備の揚陸を開始した。欧州総軍海兵隊が上陸を敢行したのはコルス島、アメリカから遠路回航されて来た北米方面軍第二四海兵遠征部隊の総勢約二二〇〇名が上陸を敢行したのはサルディーニャ島だった。
LZ(上陸地点)を確保しにかかる海兵隊に、辛うじて機能していた砲台小鬼とトーチカ小鬼が数基砲撃を開始するが、瞬く間に先遣隊がレーザー照準器やスモークを投げ込み位置をマーキングすると、沖合に展開する「ステファン・ベネディクト」「メイナード・グリフィス」「ジョセフ・オマー」、それに「ヨークタウン」の艦首に設けられているMk.45 五インチ単装砲が艦砲射撃支援を行った。三秒に一回、五インチ砲が発砲し、効力射を島に送り込む。四隻の駆逐艦、揚陸艦の集中的火力投射によって砲台小鬼もトーチカ小鬼も周囲の地面事耕され、掘り返された。深海棲艦が一発撃てば、四倍の砲弾が瞬く間に飛来し、正確に地面事深海棲艦を抉り飛ばした。
沿岸部における深海棲艦の抵抗と言う抵抗が消えた後、続々と揚陸艦と海岸を行き来する揚陸艇やEFVによって兵員、物資、機材が揚陸され、瞬く間に橋頭保が確保されていった。
BLT(大隊上陸チーム)が内陸部へと転進していく中、戦闘兵站大隊が揚陸された物資や装備を整理し、橋頭保を速やかに構築していった。
珍しく上陸作戦支援にも回されず仕舞いの愛鷹は「ズムウォルト」の飛行甲板から北米方面軍第二四海兵遠征部隊の上陸作戦が行われているサルディーニャ島の島影を眺めていた。隣では青葉がカメラを手に上陸作戦の様を先程からずっと撮影していた。
北米方面軍第二四海兵遠征部隊は国連海兵隊のベースにもなっているアメリカ海兵隊の第二四海兵遠征部隊そのものであり、掛け声も「Ooh-rah」と伝統的で米海兵隊らしい掛け声を海兵隊員たちは叫んでいた。欧州総軍海兵隊は北米方面軍海兵隊の様な掛け声は浸透しておらず、上陸作戦に参加する欧州総軍海兵隊構成各国の独自の掛け声を叫んでいた。
因みに愛鷹が聞いたところでは、現在の国連軍の海軍、海兵隊の二軍体制を改めて、国連陸軍、国連空軍の二軍を海兵隊から独立させる方針が進められていると言う。やはり元陸軍将兵からは「海兵隊」と扱われる事への心理的感情が良くないと言うのと、本来「侵攻軍」である海兵隊と違って、任務の内容が「防衛軍」である陸軍としての運用がメインの地上部隊では海兵隊と言う呼び方は「侵略的意味合い」と言う意味で、国連加盟国の政府からも否定的意見が出ていると言う。愛鷹を始めとする日本艦娘艦隊の者達の母国日本はその否定的意見の賛同国だ。陸上自衛隊をほぼそのまま国連海兵隊に編入している日本方面軍海兵隊だが、日本方面軍海兵隊の隊員の多くは「侵攻軍」の名である海兵隊呼びに難色を示していると言う。良くも悪くも「専守防衛」を是として来た国の国防組織が母体なだけに、「侵略」要素の組織名はアレルギー反応を起こす様だ。
また空軍の方も、元空軍将兵から海兵隊として一括りにされる事への反発や、海兵隊航空軍と言う戦術空軍的な呼び方や運用ではなく、担う任務の性質から戦略空軍の意味合いが強い組織なだけに国連空軍としての分離を求める声が非常に強いと言う。
国連軍統合参謀本部としてはこの二軍の新設にはかなり前向きであり、現在の欧州戦役が落ち着き次第、国連陸軍と国連空軍を海兵隊から分離独立させる予定だと言う。一方の海軍は戦力の中心が艦娘になった以外特に名称を変える必要もなく、任務の内容も特段大きく変わっている訳では無い事から改革の予定はない。
「そう言えば聞きましたか愛鷹さん。海軍が揚陸艦の建造計画を縮小するって話」
ふとファインダーを覗き込む手を止めた青葉が愛鷹に話を振り向けて来る。知らないと言う目配せを返す愛鷹に青葉は何処から仕入れたのか、聞いた話を彼女に話す。
「戦車とかの重装甲車輛を揚陸する揚陸艦の建造は維持されますが、海兵隊の歩兵部隊はドロップポッドに収めて、上陸先、と言いますか降下地点で降下させる降下母艦を建造する予定だとか」
「降下母艦?」
聞き慣れない艦種名に愛鷹が聞き返す。
「何でも大出力エンジンを飛行船のエンジンポッドみたいに備えた空中艦だとか……まあ、要するに空飛ぶ揚陸艦って訳です。構想では五〇〇人の地上部隊を載せて、五人乗りの降下ポッドを射出したり、確保した降下地点に直に降下して重装備の空挺部隊を揚陸するとか」
「いよいよSFゲームの世界が現実になりつつあると言う事ですか」
「愛鷹さん、SFゲームやってたんですか?」
意外そうな顔を見せる青葉に、愛鷹は軽く頭を横に振る。
「ネットで見かけたPVです。FPSとかのビデオゲームは私やった事ないです、興味も無いですし」
「そうですかあ……」
残念と言うよりは根本的にそういうゲームをやらないのは勿体ない人生だと言わんばかりの顔で言う青葉に、少しわずらわしさを感じながらも、実際は青葉の言う通りなのかもしれないと言う思いも湧いて来なくはない。ただ、正直な話愛鷹にとって、ビデオゲーム、特に一人称視点のシューティングゲームのあまりにもスピーディーな画面変化に愛鷹の脳が追い付けない、と言う彼女なりの難しい事情がある。見た目こそ二七歳の大和と同じとは言え、中身は八〇歳くらいの大台の乗った老人である。着任時よりも脳の反応速度が低下してきているのは自覚しているから、正直な話以前ス級相手にやってのけていたアクロバティックな動きも今の自分には自分の脳が追い付かなくて出来る自信が無い。刀捌きは寧ろ防御特化に切り替えているので問題になっていないが、攻撃には転用しづらいのが愛鷹の現状だ。
二人の前方、サルディーニャ島の島内から砲声が轟き、海上の艦隊の元にまで音が風と空気に乗って届く。
「海兵隊の戦車が交戦している様ですね」
砲声を聞き分けた青葉が言う。サルディーニャ島に上陸した北米方面軍第二四海兵遠征部隊の戦車はM1A4Dだ。欧州総軍海兵隊が使うM1A5より一世代前のA4型をA5型相当にアップデートした北米方面海兵隊仕様である。何故北米海兵隊がA5型を導入しないのかは愛鷹にも青葉にも分かりかねる。特徴的な一二〇ミリ滑こう砲の砲声が何度か響き、着弾したと思われる爆発音が響く。EFVの三〇ミリ機関砲の射撃音も聞こえて来るので、機甲部隊を用いた地上戦闘が繰り広げられている様だ。
「……戦車の大砲と艦娘の大砲、どっちが威力あるんでしょうね?」
何気ない青葉の一言に、愛鷹は直ぐには返事を返さなかった。彼女自身考えた事も無かったからだ。単純に砲の口径の大きさで言えば、戦車の主砲の方が大きい。射程も交戦距離も凡そ同じだ。よくよく考えて見れば単純に砲撃の火力はM1戦車の方が艦娘の艤装に備えられる主砲を凌駕している筈だ。艦娘の艤装に備えられている「主砲」は、対物ライフルやグレネードランチャー等の歩兵が持てる重火器の延長線上にあると言っていい。所詮は海上で行動する重装歩兵のレベルだから、戦車や軍艦の大砲と比べると実は威力は際立って大きい訳ではない。要は対深海棲艦に対応出来るか否かの違いでしかない。当てられれば軍艦の艦砲でも深海棲艦は撃破出来る、当てられればだが。
北西の空からジェットエンジンの音が群れを成して飛来する音が聞こえて来る。空挺部隊がC-17輸送機に乗ってコルス島、サルディーニャ島へ空挺降下しに参上したのだ。
「第一猟兵落下傘連隊と第六アルモガバルス落下傘軽歩兵旅団のお出ましです」
右手で眉間の辺りに日陰を作って輸送機の群れを見上げた青葉が、空挺降下作戦に参加している部隊の名前を口にする。
「フランスとスペインの空挺部隊ですね」
見上げる愛鷹の視界にも低高度で進入して来る輸送機の胴体に書かれたラウンデルが見えた。制帽を被っているお陰で青葉の様に手で日陰を作る必要が無い愛鷹の眼に、フランスのラウンデルを胴体に描いたC-17がサルディーニャ島へ進入し、後部ランプと機体側面のハッチから定期的に空中を漂うタンポポの芽の様に白い落下傘が舞い降りて来る。
輸送機の群れや降下して来る空挺部隊員を迎え撃つ対空小鬼の砲火は無い。砲台小鬼も先行する地上機甲部隊との戦闘で撃破されたか、応射する様子はない。内陸部に潜んでいたら分からないが、基本的に地上戦となれば艦娘の存在に関係なく通常兵器でも深海棲艦と戦えるし、念入りな戦略爆撃で抵抗勢力の殆どを空爆で潰したと推測されているので明日には全土の制圧が完了する事だろう。勿論深海棲艦が地下要塞を構築していたら、制圧に時間がかかるが、今のところその様な地下施設の存在は確認出来ていない。問題が無ければ明日中には全て終わっているだろう。
明日から第三三特別混成機動艦隊の新たな任務も開始される。ティレニア海の偵察任務だ。
深海棲艦はコルス島、サルディーニャ島の二つの島の防衛を放棄している代わりに、残存戦力の全てをこのティレニア海に結集して艦娘艦隊を迎え撃って来る可能性が高い。激しい抵抗を受けるのは想像に難くない。ス級もまだ四隻残っているが、愛鷹的に深海棲艦が物資の不足に直面し始めているならス級もそう容易に動く事は出来ないのではないかと踏んでいた。確証足る証拠はないが、そうなのでは無いかと言う確信じみたものが胸の中で騒いでいた。
「ス級は出張ってきますかね?」
「まだ何とも言えませんが、私としては向こうから出張って来ないと見ています」
同じ様にス級の存在が気がかりらしい青葉の問いに愛鷹は断言を避けつつも、彼女のなりの推測を返した。無言でその先を促す青葉に、愛鷹は右手で顎を摘まみながら持論を、しかしまだ証拠となる根拠がない事を念頭に語る。
「ス級とは太平洋で何度か対峙していますが、深海棲艦も運用に当たってはかなりの手間暇をかけている事が、これまでの邂逅で薄らと判明しています。深海棲艦が積極防衛に出ず、守勢の中の守勢に回る程物資不足に悩んでいるとすれば、ス級を積極運用するだけの物資も無いと見ます。弾薬は別として燃料不足が深刻になりつつあるのなら、浮き砲台運用している可能性も無くはない。
となれば目下の脅威はス級以外の敵艦艇、と言う事になります。高脅威目標として定められている超巡ネ級改Ⅱや駆逐艦ナ級シリーズ、軽巡ト級flagship級などが主だった脅威になるかも知れないし、潜水艦隊で迎え撃って来るかもしれない」
「物資不足が深海棲艦で深刻になっているのだとしたら、潜水艦隊が出張って来るかも知れませんね。艦娘艦隊の潜水艦隊基準で見た感じではありますけど、潜水艦は水上艦よりも消費物資が少なく済む傾向にあります。限りある資源を用いて効果的に艦娘艦隊を迎え撃つなら、青葉だったら潜水艦隊を積極活用しますね」
青葉の見解は理にかなって入る。水上艦隊はアンツィオとシチリア島、マルタ島に直に貼り付け、物資消費の少ない潜水艦隊を積極的に出して迎撃行動を取る。深海棲艦の潜水艦は単独航行能力が短いと言う分析結果が出ている。行動可能範囲が狭い分、大量の潜水艦を展開させるか、深海潜水艦でも多少は航続距離の長い潜水艦でカバーするかのどちらかだ。補給線の観点から言って、航続距離の短い潜水艦を広く浅く配置すると、補給に手間がかかるから考えにくい。航続距離の長い潜水艦で広く深めにとったカバーを行う可能性がある。
「対潜戦重視、で行きますか」
「それが正解だと思いますよ。欧州は基本的に深海棲艦の潜水艦が盛んな方の戦場ですから」
過去の経験と照らし合わせた自己見解を述べる青葉に、愛鷹は一旦過去の欧州での対深海棲艦戦役の戦歴をもう一度確認してみる必要があるなと感じた。太平洋側も太平洋側で潜水艦の活動は盛んだったが、欧州はまた一味違うのだとすれば、それに対応した策を講じなくてはならない。
それから一週間、たった一週間の内に、地中海とイタリアを巡る国連軍と深海棲艦の戦いはターニングポイントを迎え、国連軍の優勢が確実化しつつあった。
イタリア半島における地上戦、特に北部戦線は深海棲艦の攻勢が攻勢限界点を失い、国連地上軍の反攻作戦が本格的に開始されていた。先日占領されたばかりのサレルノ、ペルージャを奪還し、テルニとペスカラの二大都市の奪還作戦に向けて機甲師団を前衛に続々と北部戦線の前線が押しあがっていると言う。南部戦線でも防衛線の意地に成功し、軍港タラントの陥落は免れた。
また深海棲艦の防衛線に手を焼いていた艦娘艦隊東部進撃隊が深海棲艦の封鎖網の突破に成功し、タラント、クロトーネ、カタンツァロの三つの都市へ至る海路を確保した。オトラント海峡は東部進撃隊が制海権を奪還、確保し、ギリシャ艦隊から派遣されて来た機雷敷設艦が対深海潜水艦機雷網を敷設した事によって深海潜水艦のアドリア海進入を阻んでいる。西部進撃隊と違って、中継地点となる島々が無い分、艦娘達の前線拠点が艦娘母艦しか無い為、攻勢に時間がかかったものの、東部進撃隊の進撃も徐々にペースが上がりつつあった。
イタリア半島の南部戦線では消耗した各部隊の補充戦力として、UNAT(自立起動装甲歩兵)からなる無人機甲大隊が大々的に投入され、血が流れない機械の戦いが陸上部で繰り広げられていた。UNATの太い扁平な四脚の脚が地面を踏みしめ、備えられた火器を放ち、人間と違って恐れを抱く事も無く、人間と違って怪我などの負傷によって動けなくなる事も無い、AIで管理されたUGVが後方のハンドラーとなるUGV操作官の操作の元に戦いを繰り広げた。
東部進撃隊がメッシナ海峡へ進路を取っていた頃、西部進撃隊の前衛を務める第三三特別混成機動艦隊は、母艦「ズムウォルト」から進発して、本隊進撃前の前路掃蕩と偵察に繰り出していた。
「Oh、マジで?」
地が諸に出た口調で偵察機各機からの報告を聞いた瑞鳳が呻き声に似た声を漏らす。
「どうした?」
振り返る深雪に瑞鳳は両手を大きく広げながら偵察機各機からの報告を伝える。
「大艦隊、とんでもない数の大艦隊がアンツィオ沖に展開しているって」
「ざっくりとし過ぎて分かんねえよ。艦種、隻数をもっと詳しく」
「集計しないと分からないけど、深海棲艦が七に海が三ってレベル」
「うーん、その」
「とにかく大勢よ」
数が多いので確実な数の把握が遅れている事と、瑞鳳自身の興奮も混じっている為か、大雑把な反応しか返って来ない。ただ、海よりも深海棲艦の方が多く見えると言うくらいなので、相当な数の水上艦艇が展開している事は確かだ。
「めちゃくちゃな物量の艦隊が控えているってのは分かったけど、それだけの物量があるなら、バレアレス諸島沖海戦にもっと投入していれば、私達を防げたかもしれないのにね」
「それだけ、物資の不足が逼迫しているって事なんでしょう。なけなしの燃料を入れて攻勢に出られたのが、先の海戦での機動部隊であり、現在私達の前方に展開する敵艦隊は、燃料不足で行動を制限されて実質浮き砲台になっているとか」
軽く首をかしげて言う夕張に、蒼月が深海棲艦側の補給事情を交えての考察を口にする。深海棲艦側が物資の欠乏を起こしていると言う事が司令部の分析結果であり、それに基づいて考えるなら、物資不足で中型艦ないし大型艦の行動は制限され、蒼月の言う通り浮き砲台状態で防衛線を構築していると言う所だろうか。
「水上艦艇は動かないとして、問題は足の裏にいる連中よね。どう、青葉」
足元の海中へ視線を転じながら衣笠は瑞雲隊に対潜哨戒にあたらせている青葉に尋ねる。ヘッドセットに右手を当てたまま、青葉は軽く首を横に振る。
「今のところ、どの機体も潜水艦を探知出来ていないよ」
潜航中の姿を空中から目視出来ないのはともかく、MADでも探知出来ていない。もっともMADの探知範囲は通常兵器枠の対潜哨戒機に搭載されるものですら、探知範囲はそれ程広い訳では無い代物だから、妖精が扱うサイズにまでスケールダウンしていると言える瑞雲のMADでは探知範囲が更に狭まっているから無理もない。
実質音を空気よりも遠くからでも速く伝えてくれる海中の音を拾うソーナーが頼りである。しかし海中内の温度の違う変温層を利用して上手く隠れられたら早期探知は難しい。
輪形陣を組んで対潜警戒に徹する第三三特別混成機動艦隊、もとい第三三戦隊の輪形陣の中心で、愛鷹はヘッドセットに手を当て、目を瞑って感度を最大にしたソーナーのハイドロフォンから聞こえて来る音に耳を澄ませる。魚が泳ぐ音すら聞こえて来ない静寂の中に海の世界は沈んでいる。自身の呼吸音すら大きなノイズとなって聞こえてきそうな静寂の中、時間と言う概念が引き延ばされ、時計の針が進むのが何十分の一と言うレベルにまで遅くなった様な時間が永遠に続くかのようにも感じられる。
実際、対潜警戒に移行して、瑞鳳が敵艦隊発見の知らせを告げてから一時間以上は何も起きなかった。潜水艦の微かな痕跡も嗅ぎ取れない、静寂だけが漂う海中だった。定期的に青葉の瑞雲からは定時報告が来たが、潜水艦探知の報告はない。
一方、敵艦隊との触接に成功した瑞鳳の偵察機の方でも動きは無かった。一〇〇隻を超える大艦隊をつぶさに確認していく偵察機の航空妖精が、その陣容に震え上がりそうになりながら、艦隊の構成艦艇をカメラに収めていく。
愛鷹はヘッドセットの感度を落とし、聴音探知モードを通信モードに切り替えて、もう一方の偵察部隊—イントレピッド、鳥海、愛宕、フレッチャー、ジョンストン、陽炎、不知火の七人からなる—の旗艦を務める鳥海に連絡を入れる。イントレピッドの搭載する大量のSB2C-5ヘルダイバーでティレニア海全域に渡る索敵網を形成させており、何か発見していれば報告の一つや二つは返って来るだろう。
「愛鷹より鳥海さん。そちらの状況は?」
≪全く手ごたえ無しです。一隻の水上艦も見当たりません。偵察機の機影は確認されていますが、どれも長距離偵察機なので、空母が近海に展開している可能性はないですね。奇妙なまでに静かな海です。最もアンツィオ沖とシチリア島、マルタ島付近にまでは偵察機を進出させていないので、そこに溜まっているかもしれませんが≫
「了解です。引き続き、索敵警戒を厳に。アウト」
瑞鳳よりも広範囲かつ、濃密な索敵網を張れるイントレピッドの艦爆偵察隊ですら、深海棲艦を確認出来ていない辺り、敵は本当にアンツィオ、シチリア、マルタの三大拠点に艦隊を集結させて、完全に守りに徹しているのかも知れない。
二時間後が過ぎ、三時間が経過しかけた頃、青葉の瑞雲三機からMADと目視による敵潜探知の報が入った。MADで補足した敵潜に対しては、ソノブイを投下して、聴音探知に切り替える。
「敵潜探知。アオバンド1-1、1-2、3-1がコンタクト。敵潜水艦隊、潜水新棲姫及びソ級flagship級を探知。潜水新棲姫一隻を基幹にソ級二隻が随伴する戦隊を組んでいる模様」
搭載機からの報告を青葉が全員に共有する。三機が探知した位置は違えど、敵潜水艦隊の編成は全て同じだ。
「潜水新棲姫にフラソか……」
嫌悪感で口と顔に苦々しさをたっぷりと含ませた顔を深雪が浮かべる。耐久性が高く、雷撃戦火力も高い潜水新棲姫に、深海棲艦の中でも随一の雷撃戦火力を誇るソ級と言う最悪のコンビである。対潜装備が無い艦娘から最も嫌われる深海潜水艦であり、対潜装備を持つ艦娘からも嫌われる、ある種艦娘達から最も憎悪を向けられている潜水艦コンビだ。ス級と違って既存の対潜装備の火力で撃沈自体は不可能ではないが、潜水艦にしては不相応に頑丈と撃たれ強く、それでいて高威力の魚雷を大量に流してくる。
因みに潜水新棲姫はその名の通り比較的新型種の部類であり、以前は潜水棲姫と言う潜水艦がソ級と共に潜水艦隊を組んでいた事もある。艦娘配備以前は、対船舶攻撃用魚雷で軍民問わず多くの艦艇、船舶に被害を与えて来た深海棲艦の一つだったが、艦娘艦隊の配備と、艦娘艦隊の対潜能力の向上に伴って潜水棲姫は陳腐化したと判断されたのか、姿を見せなくなり、代わって潜水新棲姫が大量配備される様になってきたと言う経緯がある。
「私が聞いた話だと、flagship級ソ級によるものとされるだけでも、総計五〇万トンもの艦艇、船舶を喪失したとか……人サイズの艦娘よりも大きな船を屠って来た魚雷を、艦娘相手にも使って来て、もし被弾でもしたら足が一本無くなるどころじゃ済みませんよね」
緊張を張りつかせた顔で言う蒼月に、夕張がヘッドセットの右耳の方を外して蒼月に振り返りながら返す。
「深海棲艦の潜水艦は、対船舶用魚雷と対艦娘用魚雷を使い分けて運用しているから、その心配は無いわ。最も深海棲艦の潜水艦の魚雷が私達の脚に当たったら死ぬほど痛いのは同じだけどね」
「なるほどです」
つまりは地上戦において対戦車地雷と対人地雷を使用する敵に対して使い分けるのと同じか、と蒼月は納得する。同時に、食らったら痛いものは痛いと言う夕張の言葉に、背筋がサッと冷たいものを押し当てたような気分にもなる。やられる前に探し出して躱すかやるしかない、そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払った。
瑞雲三機からの報告から凡そ三〇分後。愛鷹のソーナーに気泡が膨れて、弾ける音が聞こえて来た。
「ん?」
思わず視線を足元に落としながら、聴音を続ける。一つではない、二つ、いや三つ、空気が海中で弾け、泡となって海面へと浮き上がって来る雑音。ヒューと言う口笛の様な音も響き、海中の海水を押しのけながら何かが浮上して来る。流体雑音、即ち水切り音を即座に照合する愛鷹は、数秒後には答えを導き出していた。
「敵潜水艦隊、真下! 直下より浮上中!」
「真下!?」
反射的に揃って足元に視線を落とす青葉と衣笠が、唱和した言葉を返す中、大胆にもカーン、と言う探針音が三つ、海中で音を反響させながら響き渡り、愛鷹を含む第三三戦隊の七人の一対の脚とその足裏や踵に取り付けられている主機やラダーヒールに反響して、同じ甲高い音を発信源に送り返す。
「対潜戦闘、爆雷攻撃用……」
「待って下さい!」
ASW(対潜戦闘)に移行しようとした深雪の号令を愛鷹の鋭い声が遮り、ヘッドセットに両手を当てて、目をぎゅっと閉じて最大感度で海中内から微かに聞こえる音と言う音に全神経を研ぎ澄ませる。真下に遷移している深海潜水艦三隻のアクティブソーナーの探信音が合図となって、気泡が膨れ、弾け、海面へと浮上して来るくぐもった音が半径五〇〇メートル以内から二つ、いや三つ、群れを成して聞こえて来る。
拙いと咄嗟に判断した愛鷹は右手を右側へサッと延ばして回頭と加速を命じる。
「網にかかった! 全艦、最大戦速! おもーかーじ一杯! 全速離脱!」
「おもーかーじ一杯、全速離脱!」
即座に復唱する青葉の声をかき消す程の唸り声が愛鷹の背中の艤装の主動力部から鳴り響き、大型艦娘にしては驚く程のダッシュ力をかけて愛鷹が加速しながら右へと大きく旋回を始める。続けて青葉と衣笠が二回り以上は小さい旋回半径で右回頭を開始し、夕張はそれよりも一回り弱小さい半径で右へと旋回する。深雪と蒼月はほぼその場回頭に近い旋回半径でくるりと進行方向を変える一方、瑞鳳は駆逐艦娘レベルの小柄な体躯の見た目によらず大き目な航跡を引きながら、大き目の、愛鷹と同じくらい、青葉型の二人よりやや大きい旋回半径で右へと舵を切って行く。
最大速度へと加速する七人の足元へ、急速に近づく物体の音を蒼月が真っ先に捉えた。
「聴音探知、魚雷五本、いや六本接近! 方位067、敵針247! 更に探知、方位145より六本来ます! 魚雷群、広がりながら接近中!」
十字砲火を描く形で魚雷群が広がりながら第三三戦隊を正面方向と右手から挟みにかかる。白い航跡が正面と右手から六本ずつ、艦娘を遥かに凌ぐ速さで第三三戦隊の七人の足元を掬わんと迫って来る。静かに、だが確かな殺意を持って迫り来るその姿は、無駄な音を立てる事無くターゲットを確実に排除する暗殺を生業とする殺し屋そのものだ。
ぐっと旋回に伴って振られる艤装の末端部からダイレクトに身体にかかる遠心力を堪えながら、愛鷹は深雪と蒼月に爆雷投射を命じる。
「深雪さん、方位067へ三発投射、蒼月さんは方位145へ三発投射。発射時機は任せます。爆雷の海中爆発の衝撃波で敵魚雷の進行方向を捻じ曲げて下さい」
「あいよ!」
「了解です!」
深海棲艦の潜水艦の放つ魚雷は無誘導魚雷だ。適切なタイミングで爆雷を海中で爆発させ、その爆圧と衝撃波で魚雷の進路を曲げれば、後は曲がった進路へ愚直に魚雷は突き進んでいく。誘導魚雷なら、ある程度は修正も効いただろうが、生憎深海棲艦の潜水魚雷には誘導装置は仕組まれていない。
「調停深度、二メートル。右舷投射機、投射数三発、発射用意!」
爆雷投射用意を命じる深雪の背部の艤装で、爆雷投射機に取りついた水雷科妖精が爆雷を投射機にセットし、用意良し! の掛け声を上げる。
第三三戦隊の足元へと急速に距離を縮めて来る魚雷群との距離を親指を立てて目測し、適切なタイミングを計った深雪が「爆雷投射始め!」と叫ぶと、間抜けた射出音と共に三発の三式爆雷が投射される。投射機で撃ち上げられ宙を暫し舞った後、重力に引かれて海中へと没した爆雷が二メートル沈み込んだ後、海中で爆発して爆雷内に充填されていた炸薬分の爆発の衝撃波を海中内に広げていく。その衝撃波を食らった魚雷六発の内二発が早爆を起こして何も無いところで勝手に爆発し、二発が衝撃波でコースを曲げられて迷走していった。残る二発は無事だったが、直撃コースの乗っていなかった為、燃料が尽きるまで虚しい航走を続けるだけとなった。
深雪が対処した魚雷は防いだ一方、蒼月の担当する魚雷群は蒼月が対応するポジションに付くのがやや遅れた為、深雪より遅れての対応となった。三回、空気が抜ける様な音が響き、三発の爆雷が投射されて海中へ没し、数秒後に海中で爆発を起こす。対魚雷防御のポジションに付くのが遅れた割には、蒼月の投射した爆雷の効果は深雪よりも正確であり、三発の爆雷によって四発の魚雷が早爆を起こし、一発が衝撃波で進路を捻じ曲げられて海底へとまっしぐらに突き進んでいった。残りの一発はやはり直撃コースに乗っていなかった為、無視された。
爆雷によるアクティブな防衛策で何とか一二発に及ぶ魚雷を躱した第三三戦隊だったが、深海棲艦の潜水艦が息を突かせる暇を与える事は無かった。先程と同じ方位から再度六発が発射され、進路と位置を入れ替えた第三三戦隊へ向けてカーブしながら一二発の魚雷が迫る。更に真下から第三三戦隊の七人にアクティブソーナーを打った三隻と、未だに攻撃して来なかったもう一群もそれぞれ六発の魚雷を発射した。
「方位087より六発接近!」
「方位330よりも六発来ます!」
四方向からの魚雷祭りに上ずった声で愛鷹の見張り員妖精が告げる。
「魚雷と追いかけっこね」
三隻一群が四つ展開して、一隻辺り二発ずつ撃っているのだとしたら計算が合う。深海棲艦の潜水艦の艦種は不明だが、発射管が六門だとすれば、あと一回は二四発の魚雷が襲い掛かってくる可能性がある。反転して進路を270度に変えた愛鷹達は迫り来る魚雷群に見張り員妖精の目を動員して警戒しながら回避運動に徹する。
方位330から発射された魚雷群が自分を狙っている事を悟った愛鷹は、射撃グリップを掴むとカーソルボタンを右に押して二基の四一センチ主砲を右舷へ指向した。
「右主砲戦、俯角最大、弱装薬。弾種、三式改二、遅発信管、セット三秒!」
素早く、的確に砲撃指示を下す愛鷹の指示通り、揚弾機が遅発信管で三秒後に起爆するようセットされた三式弾改二を五門の主砲にセットし、弱装薬を後ろから砲身に挿入する。射撃用意良しのブザーが鳴り響き、肩の見張り員妖精が衝撃に備える。
「撃ちー方始め、発砲!」
大太鼓を五回連打した様な砲声が轟き、愛鷹の方へと迫る魚雷六発の目の前に五発の三式弾改二が海中へ飛び込んで、きっちり三秒後に起爆した。海中で爆発する三式弾改二の爆圧と衝撃波が六発の魚雷を叩き、信管に過剰な圧力を加えて早爆を誘発し、それを免れた魚雷も爆圧で直撃コースを逸らされてあらぬ方向へと過ぎ去っていく。
何とか魚雷群を躱した愛鷹の視界の端で、戦隊の隊列を崩して深海棲艦の潜水艦に反撃を試みる夕張が、爆雷を海中へと投射する。四発の三式爆雷が投射され、しばしの沈黙を置いて海中で炸裂し、海面へと逃げた爆圧が四本の水柱となって突き上がる。
「もう一丁!」
夕張のその言葉に遅れてさらに四発の爆雷が投射される。宙を舞って海面へと落ちた爆雷が海中に没して程なく真っ白な水柱が四つ突き上がる。
対潜攻撃を行う夕張の方へソーナーを指向し、聴音を試みる愛鷹の耳に、爆雷の爆発でぐしゃぐしゃに掻き乱される海中の音が聞こえて来る。大瀑布の滝壺の中を想起させる騒音の中で、全くダメージを受けた様子の無い深海棲艦の潜水艦の機関音が聞こえて来る。八発の爆雷を浴びて、ダメージを受けた様子が全くないのはおかしい。ヘッドセットに両手を当てて、聴音に神経を研ぎ澄ます愛鷹の耳に、爆雷の残響に交じって位置は動いていないのに前進する機関音が聞こえて来た。
「夕張さん、撃ち方止め、撃ち方止め。貴女が攻撃しているのは恐らく音響デコイです」
「デコイ? 残念、一杯食わされたかあ……」
悔しがる夕張は水雷科妖精に撃ち方止めを指示して再度ヘッドセットに手を当てて聴音を再開する。
そこへ、四方へ散って対潜警戒に出ていた青葉の瑞雲隊が戻って来た。
「航空支援、来ました!」
見張り員妖精が愛鷹の肩の上で双眼鏡を手に、上空で旋回を始める八機の瑞雲を見上げて言う。その八機のリーダー機を務めるアオバンド1-1から発光信号が送られてくる。
「発光信号、≪こちらアオバンド1-1、航空支援に入る≫です」
アオバンド1、2、3、4の四個小隊各二機の計八機が対潜爆弾を抱えて、上空から深海潜水艦を目視確認で捉える。潜望鏡深度に浮上して、雷撃戦を行う一群を上空から目視で捕捉したアオバンド1-1、1-2が緩降下して対潜爆弾をそれぞれ二発ずつ投下する。紺碧の海面の奥へと沈んで行った対潜爆弾が海中で爆発し、白い水柱と白と黒の濁った水柱を二本ずつ突き上げる。
「ツーダウン」
白と黒の濁り切った水柱を見て青葉が呟く。雷撃戦の為に潜望鏡深度と言う浅い深度に浮上していた不意を突けたお陰で二隻撃沈は確実だ。もう一隻は逃れた様だが、対潜爆弾の爆発が近かったら損傷は免れない。更にもう一群の三隻に対して、アオバンド3の二機が爆撃を行う。こちらは全弾クリーンヒットとなり、三つのどす黒く濁り切った水柱が三つ、そそり立ち、何かの破片と思しき物体が海上に飛び出て、直ぐに水底へと姿を消した。
今だ攻撃を行わないアオバンド2と4は上空で旋回しつつ、獲物を空から探し求めたが、狩るべき目標が見つかったものの、その数は手に余る数に膨れ上がっていた。
≪アオバンド2-1より愛鷹。更に二群の敵潜水艦隊を確認。潜水新棲姫一隻、ソ級elite級二隻と見られる≫
≪アオバンド4-1より愛鷹へ。MADに反応多数。更に複数の敵潜水艦隊の反応あり≫
「ウルフパック(群狼戦術)か」
流石に分が悪い。一群がアクティブソーナーで第三三戦隊の七人の位置を味方艦に教えているから、それを聞きつけた他の潜水艦隊が更にわらわらと集まって来てきりが無くなる可能性が高い。対潜戦を見越して深雪と蒼月には多目に爆雷を装備させて出撃して来たが、キャパシティーを上回る物量をぶつけられては対応し切れない。
「全艦、最大戦速にてこの海域を離脱します。洋上艦であるこっちが全速を出せば、振り切れます」
「了解!」
六人から揃って返答が返され、爆雷投射態勢を維持したまま夕張、深雪、蒼月が主機から全速の航跡と白波を立て、流しながら離脱に移る。
最大速度で戦術的後退を行う第三三戦隊の七人に、深海潜水艦は水中速力で劣るが故に瞬く間に引き離され、やがて第三三戦隊の七人全員が魚雷の射程外へと無事に逃れる事が出来た。
「振り切ったか?」
振り替えって海面を見る深雪が海上に潜望鏡が無いかを双眼鏡を手に探し回る。
「流石にここまで来れば振り切れてるでしょ」
大丈夫だと瑞鳳が言うが、心配な気持ちが治まらないと言うよりは、確信を持って振り切ったと言いたい深雪はソーナーで聴音しながら海上をぐるっと見渡し、石橋を叩き壊すレベルにまで神経質に確認していないと確信を得ると、ようやく警戒態勢を解いた。
「五隻は仕留めた筈ですが、あの様子だとまだまだ何群も居そうですね」
瑞雲隊に回収予定ポイントを指定する連絡を入れた青葉の言葉に、愛鷹は無言で頷く。予期した通りと言うべきか、深海潜水艦が多数、物資不足で動けない水上艦隊に代わって出張って来ている。しかも潜水艦隊の一群を構成する艦種が全て潜水新棲姫一隻とソ級二隻と言う、最悪な組み合わせである。
アンツィオへ向かうにはまず前路掃蕩となる対潜戦が必要になりそうだ。深海棲艦の潜水艦隊の庭と化したティレニア海から潜水艦隊を一掃する大掃除になるのは間違いない。
「直接手が出せない敵はいつ相手にしても厄介ね」
誰と無く呟く愛鷹の言葉はヘッドセットのマイクを介して、六人にも共有された。対潜装備が無い愛鷹の事を考えれば、やりたくても手が出せないその気持ちは分からなくも無かった。特に共感したのは愛鷹と同様対潜装備が無い衣笠だったが、彼女自身は出来ない事は出来ないのだと割り切っているので、それほど悔しく思った事は無い。
静かにだが、苛立ちをジワリと滲ませるその背中に、青葉は汎用性と言うモノを得た自分が言っても慰めになるかは分からなかったが、持論を語った。
「出来ない事に無理に手を伸ばすよりも、出来る事に手を伸ばして、自分に出来る事を極めるのが一番だと思いますよ」
「それは、そうですが」
歯切れの悪い返事に、蒼月が青葉の脇から口を挟む。
「愛鷹さんが出来ない領域を補う為に、私達随伴艦が居るんです。大船に乗った気分で指揮して下さい」
その一言で愛鷹はそれ以上はごねずに黙った。随伴艦ありきな艦種の自分である事を自覚したのもあるが、青葉の言う通り、出来ない事に手を伸ばしてもしょうがないと思ったのもあった。旗艦の立場でも何でもこなせるのは精々軽巡までだ。重巡以上からになると出来る分野にも限りが生まれ始める。愛鷹はその中の一人だったと言う事だ。
潜水艦隊に襲撃された第三三戦隊の七人と違って、鳥海隊は襲撃らしい襲撃を受けず、当初の索敵予定計画を消化し終えると「ズムウォルト」へと帰還した。
海水で満たされたウェルドックに慣れた足取りで着艦してくる七人を先に帰還していた愛鷹が出迎える。ご苦労様です、と一人一人に声をかけて労う彼女に、最後に着艦して来た鳥海が、やや深刻そうな顔持ちで返礼する。鳥海から暗澹とした雰囲気を感じ取った愛鷹は、次席旗艦の青葉もいるブリーフィングルームへと彼女を連れて行き、鳥海隊が持ち帰った偵察結果の報告を聞いた。
「イントレピッドさんの偵察爆撃飛行隊の偵察結果から、アンツィオ沖に展開する深海棲艦の水上艦隊の陣容が判明しました。瑞鳳さんの飛行隊の偵察結果と照らし合わせる必要がありますが、敵は超巡ネ級改Ⅱ、大型駆逐艦ナ級、戦艦棲姫、泊地水鬼、更にはバレアレス諸島沖海戦で確認された新型種の空母棲姫級も確認されました」
「コルス島、サルディーニャ島のどちらにも確認していた筈の新型種の空母棲姫級が居なかったのは、既に更に後方へと退いていたから、と言う訳ですか」
「そうとしか言いようがありません」
一足す一は二である、と言う事と同じくらい自然な事を思わず口にする青葉に、その通りだと鳥海が返す。愚問だったかと青葉が気まずそうに頭を掻くのを無視して鳥海は愛鷹に向き直ると続けた。
「二人の航空妖精が持ち帰った写真を画像化して見ない事には判別しませんが、少なくとも一〇〇隻はくだらない数がアンツィオ沖に展開しています。その中にはやはり未確認の深海棲艦の姿もありました」
「未確認の深海棲艦の直掩に付いている取り巻き艦艇は?」
状況によってはその未確認の深海棲艦に手を出せなくなりかねない事を頭の片隅で思いながら問う愛鷹に、鳥海は険しい顔で答えた。
「陸海の棲姫級深海棲艦がガードしています。集積地棲姫、泊地水鬼、それに飛行場姫も確認出来ています。洋上には直掩艦隊としてタ級を基幹としていると思われる分艦隊が展開していましたが、随伴艦は防空巡ツ級flagship級と大型駆逐艦ナ級後期型flagship級です。最深部に位置するそれらに辿り着くまでに、何重にも敷かれた深海棲艦の分艦隊や連合艦隊を突破する必要があります」
「最高ですね」
皮肉交じりに青葉が苦笑を交えて言う。
「最高……確かに、最高よね。これ程手厚い歓迎準備も中々ないわ」
皮肉交じりの青葉の言葉に鳥海も今度は苦笑いを浮かべる。一方、愛鷹は一切ニコリともせずに鳥海の話に耳を傾けていた。
生硬い顔で話を聞いている愛鷹に気が付いた青葉は、顔に浮かべていた苦笑いをさっと吹き消し、軽く咳払いする。
「ま、歓迎は良いとしても飛んで来るのが殺しにかかって来る弾丸の雨、なのは洒落になりませんね」
「それはそう。私達西部進撃隊の戦力だけでは、厳しいものがあるかも知れないわ。でも、もう一つの友軍艦隊が東から来ているのは大きい事です」
メガネの位置を正しながら、鳥海は東部進撃隊の存在に言及する。一〇〇隻を超えるであろうアンツィオ沖の深海棲艦に、西部、東部進撃隊が東西から挟撃を行えば、物量で拮抗出来る筈だ。東部進撃隊の艦娘には特殊砲撃を備えた戦艦艦娘も居ないし、強力な空母艦娘もいないが、粘り強く戦ってイタリア半島南部にようやく辿り着こうとしている。上手く共同作戦が行える事が出来れば、アンツィオ奪還、それに続いてのシチリア、マルタの奪還も現実味を帯びて来る。
「まずは……」
青葉と鳥海の二人を交互に見ながら愛鷹は制帽の鍔に手を伸ばした。
「航空部隊の偵察写真が現像されるのを待ちますか。偵察写真を詳しく解析すれば、深海棲艦をどう攻めるかの具体的かつ詳細な計画も練り立ちます」
「そうですね」
相槌交じりに頷く鳥海とは別に青葉は両手を腰に当てて、ふっと溜息を吐いた。
一時間後。瑞鳳とイントレピッドの二人の偵察航空部隊の偵察写真の画像がプリントアウトされ、自室で休んでいた愛鷹は直ちにSMCへと出頭した。
入室用のカードキーをインタラクトして、光源と言う光源が抑えられた薄暗いSMCに入ると、レイノルズとドイルが既に回されて来た偵察写真を見て、険しい表情を浮かべていた。二人の表情からして、良いニュースは無さそうだと直感する愛鷹は、ゆっくりとした足取りで二人の元へ歩み寄る。
「偵察写真の結果はどうでしたか?」
「……はっきりと言うが、これは西部進撃隊だけの手には余るだろうな」
SMCの作戦台のディスプレイに表示される偵察写真に視線を落としたまま、レイノルズが答える。艦長の言葉に、やはりな、と想像は付いていた事が現実になっただけだった愛鷹は、驚きも示さず、二人が見る偵察写真が表示されたディスプレイに視線を落とした。
何となくだが予想は出来ていたとは言え、偵察写真に写る深海棲艦の陣容は凄まじいものだった。ある種堂々たる大艦隊と言えなくも無いが、それは最早深海サイドの感想と言える。
「戦艦棲姫四隻、空母棲姫八隻、新型種の空母棲姫級一隻、超巡ネ級改Ⅱ一八隻、その他大中小主力艦艇九〇隻、補助艦艇二〇隻……駆逐艦は半数が大型駆逐艦ナ級シリーズ……水上艦隊だけでもこの陣容ですか」
写真に写っていない潜水艦隊を合わせれば、更に大量の深海棲艦が展開していると言う事になる。
「一つ、良い話がある。これら水上艦艇約一三〇隻は規模の差こそあれど、二群に分かれてアンツィオとシチリアに分散して展開している。総数は確かに多いが、一群辺りの数は平均でその三分の一だ。つまり、各個撃破で仕留められなくもない。問題はス級の艦影が全く見当たらない事だがな」
「全稼働艦艇をアンツィオ、シチリアの防衛に回し、マルタ島防衛戦力をス級に割り振っている、とも考えられなくはないですが」
自分でもかなり両極端な発想だとは思いながらも、深海棲艦が補給不足に陥っているなら、それしか考えられない愛鷹の言葉にレイノルズとドイルも同感だと頷く。一度司令部にもこの偵察情報を共有して判断を仰ぐところだが、最終的にやる事は言われずとも決まっている。問題はそのやる事を実行に移せるか、映すなら何時になるか、であった。
「ここから先、挑む海域は更なる地獄を見る目になるのは想像に難くない。愛鷹、やれると思うか?」
一応確認する様に問うてくるレイノルズの視線に、愛鷹はディスプレイに目を落としたまま、偵察写真をスライドさせて別の写真に切り替えながら、答えた。
「やれるか、やれないか、ではなく、私達はやるしかないのです」
感想評価ご自由どうぞ。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。