艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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三月中の投稿は無理かと思ってましたが、何とか最新話お届け出来ました。


第八三話 狩りの前夜

「シップス・レディ、ウェポンズ・レディ、オール・レディ!」

 はきはきとした滑舌の良い、元気な黄色い声が標的を前に叫ぶ。彼女の両足の太腿にセットされた三連装魚雷発射管が回転する作動音を立てて、発射口を目標へと指向する。

「てぇッ!」

 圧搾空気が魚雷を撃ち出す射出音が六回響き、撃ち出された魚雷が海中を突き進む。動かぬ標的へと動力部から排出された窒素で構成された航跡を引きながら魚雷六本が迫る。全弾が正常に発射された事を確認した彼女が腕時計を見ながら魚雷到達までの時間を図る。大して離れていない目標だ、二〇秒も経たずに命中する。

 彼女の計算通り、一八秒後に発射された六発全弾が静止目標に命中し、目標が「轟沈」する。

 標的の「轟沈」が確認されるや、演習場にブザーが鳴り響き、彼女は目元に駆けていた安全ゴーグルを眉間へと押し上げた。

 

「あんな微動だにしない標的相手に、全弾当てて当然です」

 演習場を見渡す管制室で、感心した様子も一切見せずに大井は両腕を組んだまま言い放つ。傍らの鹿島もこれでは評価に値しないと言う顔を浮かべていた。二人の後ろでは鳳翔が硬い表情で演習場を見つめている。

 忌憚も忖度も無しに言う大井に戦略防衛軍の艦娘予備隊の将校は「仰る通りです」と頷くと、演習場に居るJK艦娘との通話を行うヘッドセットを手に取ると、メニュー変更を告げた。

「よし、次は難易度を大きく上げるぞ。いいな、龍波?」

≪はい≫

 JK艦娘の中でもエリートと評価されており、故に珍しく艦名を与えられているJK艦娘の龍波の返事が返されると、艦娘予備隊の将校は部下に指示し、演習場の環境、標的の挙動が一挙に変化する。屋内演習場でありながら、たちまち演習場内にスプリンクラーと造波装置によって悪天候下と同じ環境が作り出される。国連海軍の艦娘なら、行動制限が課せられる程の高波がうねり、たちまち龍波は高波の中にその小さな体を揉まれ始める。

 同じ荒天環境の海面に、先程の標的が今度は不規則に動きながら、龍波の向こう側を航行する。

「彼女の実力をとくとご覧あれ」

 自信たっぷりな表情で艦娘予備隊の将校が大井、鹿島、鳳翔を相手に言う。三人はと言うと、自分達なら出撃はしないレベルの高波が作り出された演習場の水上で巧みな操舵で大波を躱して、標的に再セットされた演習魚雷の照準を合わせる龍波の方へ視線と意識を向けていた。

 再び発射前の号令を下した龍波が、両足の魚雷発射管から六発の熱走魚雷を発射する。国連海軍日本艦隊の艦娘でポピュラーな酸素魚雷を支給されていない戦略防衛軍艦娘予備隊では、アメリカ製のMk15熱走式魚雷が使用されていた。

 高波で前後左右に大きく揺れる中、龍波が放った魚雷は、海面ぎりぎりの海中を、波の影響を受ける深度を進んでいく。めちゃくちゃな軌道を描く魚雷六発だったが、龍波の狙いは正確だった。高波の波長を読み、波そのものを生かして魚雷の軌道を正確にコントロールした龍波の雷撃は全弾が不規則に動く標的に命中した。

 演習終了のブザーが再度響いた時、今度は感心した大井の唸る声が管制室に響いた。

「ネームドのJK艦娘の実力、お分かりいただけましたかな?」

「ええ、確かに」

 にっこりと自信たっぷりな笑みを浮かべて大井、鹿島、鳳翔の三人に言う将校に、鳳翔が三人を代表する形で答える。

「ですが、本来艦娘の運用制限が課せられる環境を想定しての戦闘訓練は称賛に値しません。事故による艦娘の殉職を引き起こしかねない、危険行為に値します」

 練習巡洋艦として、艦娘の訓練課程、教練課程の段取りや内容を協議し、実行する職場に付く身ならではの見解を鹿島が険しい表情で述べる。屋内演習場だからこそと言うのもあるが、龍波の首周りにはネックウォーマー状の簡単な動作で顔を覆いつくすバルーン式浮袋が装備されているし、龍波の各種バイタルや艤装の状態を確認する安全ケーブルが彼女の艤装に接続されているとは言え、演習場で万が一の事があっては元も子もない。

「無論、我が艦娘予備隊でも演習場で実施した荒天下では艦娘の出撃は行いません。意図的に演習場では過酷な環境下を想定したシミュレーションを実施する事で、実戦の環境への耐性を鍛えると言うのがこのシミュレーション訓練の真意です。泣いても笑っても深海棲艦が手加減する事はありませんからね。勿論演習場でのシミュレーション訓練にも細心の安全対策を施しています」

「成程」

 顎に片手をやりながら頷く鹿島の隣から大井が龍波に視線を向けながら、彼女らしい質問を将校に向けた。

「あの、波を利用した不規則な雷撃戦術はどう教えているのですか?」

「それは彼女独自の戦術なので、彼女に聞くのが一番だと思います。最も、彼女の生まれ持った才能、特技みたいなところがあるので、伝授は難しいかと思いますが……。艦娘が生まれ持って軍艦の記憶を受け継ぐ事を許された才能を得ているなら、龍波は人に教えるのは極めて困難な特殊な技を生まれ持って体得している、と言えましょうか」

そう答える将校を見据えて説明を聞く三人の視界の外で、龍波は演習終了、用具収めの号令を担当官から指示され、手早く艤装や演習用具を片付けていく。一度国連海軍の艦娘として志願して、国連軍で海軍軍人としての訓練を受けている経験があるだけに、手付きや挙動、動作に無駄がなく、素人臭さも無い。

「お疲れさん」

 労を労う担当官に龍波は管制室に佇む三人の国連海軍の正規艦娘の姿を見上げながら、担当官に尋ねた。

「国連海軍日本艦隊の秘書艦と重雷装巡洋艦と練習巡洋艦の三方がご来訪とは、何かあったんですか? 誰かを正規艦隊配備にスカウトしにでも?」

「いや、我々艦娘予備隊と言うモノをよく知らない国連海軍正規艦娘が知りたい、と言うだけの理由で視察に訪れただけだ。深い意味は無いだろうさ」

「ふむ……」

 足裏のラダーを外しながら、大人の女性の佇まいを見せる鳳翔と、見てくれからして厳しそうな人格が伺える大井と、素朴な優しさを漂わせる鹿島の三人を見て龍波はふと、自分が艦娘候補生として国連海軍舞鶴基地教育隊に配属されていた時の事を脳裏に思い起こしていた。自分が教育隊に配属されていた時、この三人は舞鶴にはいなかったが、鹿島と概ね同じ制服を着た練習巡洋艦艦娘の香椎が舞鶴基地に在留していたのを覚えている。

 

 舞鶴基地は艦娘になる者なら全員が世話になる日本艦隊艦娘教導団の本部が置かれている練習基地だ。舞鶴基地が面する日本海は深海棲艦の跳梁跋扈を阻めている海なので、敵襲の恐れも無く艦娘の指導教育が行える立地条件だった。また冬は冬で冷える地域なので、寒冷な環境での艦娘の行動教育にも適している。舞鶴基地には海上自衛隊時代に残存していた護衛艦がモスボール保存されており、たまにではあるが、この護衛艦を深海棲艦の棲姫級代わりの標的艦とした艦娘の教育も行われている。

 龍波は第一〇期生として教導団に入隊し、夕雲型駆逐艦娘の候補生として教育を受けたが、艦娘適正が必要値に無いとして落とされ、教導団を退役して以降は日本方面軍海軍予備役に移籍し、地元の大学へ入学すべく受の大学へ入学すべく受験勉強の道を歩んでいたが、艦娘予備隊設立に伴って改めて捨てきれない艦娘への情景から国連海軍を除隊し、JK艦娘として艦娘予備隊へ入隊した。年代で言えばJKと言うよりはJDと言うべき年頃だが、彼女も艦娘固有の外観の成長停止現象に見舞われており、な高校一年生くらいの外見である。龍波と言う名は夕雲型艦娘として配備された暁には名乗る事になっていたかもしれない事の名残で、彼女の本名は深瀬栄子(ふかせ・えいこ)と言う。

 龍波の視線に気が付いた鳳翔が柔らかな、大人の余裕を持たせた笑みを向けて来る。その笑顔に対して、龍波は敬礼を持って応えた。

 

 

 コルス島、サルディーニャ島の奪還作戦を成功させた国連軍は、速やかに両島にあった空港跡を復旧させ、軍用航空基地としての機能を取り戻させた。コルス島のフィガリ・シュド・コルス空港跡、サルディーニャ島のカリアリ、アルゲーロ、オルビアの三か所の空港跡の内、オルビア空港跡に国連軍工兵隊が土木作業機械を駆使して、かつて飛行場姫が存在していた荒野にアスファルトを敷き直し、エプロン、滑走路、仮設の格納庫、燃料タンク、対空火器等の施設、設備を建造していく。一日で二〇〇〇メートル級の滑走路を完成させると、フランスから更に資材、物資、人員、機材を満載したC-17輸送機が飛来し、荒野と化していたコルス島、サルディーニャ島の大地に作られていく国連軍の前線基地をさらに拡大させていった。

 一方、カリアリ港跡に錨泊した空母「ドリス・ミラー」では、次なる攻撃目標たるアンツィオへ対する攻撃作戦についての協議が行われていた。

 現状西部進撃隊の戦力だけでは撃滅困難な数の敵大艦隊がアンツィオ沖に展開しているのが判明している。故に東部進撃隊の助力があってこそだが、東部進撃隊の現在位置はメッシナ海峡の手前で深海棲艦の防衛線を突破できず苦戦を強いられている。

 確認された深海棲艦の数はアンツィオ沖だけで七〇隻にも上る。西部進撃隊の総力をもってすれば数の上では拮抗しているが、問題はアンツィオ沖に展開する深海棲艦の艦種だった。東部進撃隊の方に展開するもう一群はごく普通の戦艦級や空母級で固められている一方、西部進撃隊の前面にいる一群は軒並み棲姫級の戦艦や空母、巡洋艦級に関しても超巡ネ級改Ⅱ、駆逐艦も大型駆逐艦ナ級で固められており、数以上の戦力を有していると言っていい。

 また水上艦隊だけでなく、海中には多数の潜水艦隊が潜伏している事が分かっている。何群かは第三三特別混成機動艦隊との交戦で撃沈されているが、潜水新棲姫一隻を基幹とする三隻編成の潜水艦隊がピケットラインを構築して、西部進撃隊とアンツィオ沖に展開する深海棲艦水上艦隊の間に立ちはだかっている。

 国連海軍側にとってのアドバンテージは現状、補給不足で打って出られない深海棲艦と違い、積極的に艦娘を動かす事が出来ると言う所にあった。

 そこでルグランジュ提督他、西部進撃隊司令部が下した作戦案は、第三三特別混成機動艦隊を中核としたASW(対潜攻撃)部隊を複数編成し、それを正規空母艦娘が広域にわたる対潜哨戒機による索敵網で支援し、深海棲艦潜水艦隊の完全排除を行うと言うモノだった。「ハンターキラー作戦」と命名されたこの作戦は、日本艦隊の大鳳以下第七航空戦隊と北米艦隊のホーネット、レンジャー、ラングレーが索敵及び上空直掩支援にあたり、各艦隊から抽出した駆逐艦戦隊で構成した対潜攻撃部隊が、航空部隊が発見した深海棲艦潜水艦を攻撃すると言う内容だった。

 ASW部隊の総旗艦は第三三特別混成機動艦隊の愛鷹に一任される事となった。愛鷹自身も夕張、深雪、蒼月、ジョンストン、瑞鳳を率いてASW部隊の一翼を担う事となる。司令部要員の間では、艦隊護衛艦である駆逐艦娘をここで消耗する事にならないかと不安視する声が出たものの、潜水艦隊を一掃できれば、対潜警戒と言う重荷を考慮しなくて済むと言う答えから深刻に問題視される事は無かった。

 

 第三三特別混成機動艦隊からは、愛鷹が直卒する五人の他に、青葉を旗艦としてフレッチャー、綾波、敷波、陽炎、不知火からなるASW分艦隊が編成された。この一二人をイントレピッドの航空隊が索敵とCAP(戦闘空中哨戒)で支援する。

 本隊からは駆逐艦娘キーリングを旗艦とした北米艦隊の駆逐艦娘一八名が六隻ずつの三部隊のASW部隊を編成し、英国艦隊からは軽巡艦娘シェフィールド、ユリシーズ、駆逐艦娘ジャーヴィス、ジャヴェリン、ジェームス、それに英国連邦構成国と言う縁からカナダ艦隊より編入したコルベット艦娘ドッジの六名、ドイツ艦隊からは駆逐艦娘Z1レーヴェリヒト・マース、Z3マックス・シュルツ、Z57、Z62、Z68、Z72の六名が参加する事となった。本隊の五つのASW部隊を日本艦隊の大鳳、黒鳳、北米艦隊のホーネット、レンジャー、ラングレーが索敵とCAPで支援する事となる。

 そしてこれらASW部隊を管制する為にマリョルカ島の航空基地からAWACSヴィータが支援の為に上がる事となった。

 

 

 ASW部隊及びその支援に当たる空母艦娘と顔合わせや、艦娘母艦の運用の一元化をしておく必要がある、と言う事から愛鷹や「ズムウォルト」を拠点とする第三三特別混成機動艦隊のASW部隊参加メンバーは、艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」へ一時的に乗艦する事になった。「ズムウォルト」に残る第三三特別混成機動艦隊の事は、艦隊旗艦の経験が深い鳥海に任せ、愛鷹は仲間と共に大型艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」へ迎えに来たMV-38に分乗して、移動した。

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」は、ヴァルキリー級大型支援艦で指摘されていた問題点を諸々改良した艦娘母艦であり、国連海軍で初めて「艦娘母艦」と言う艦種で建造されたマティアス・ジャクソン級艦娘母艦の一番艦でもある。「ユニコーン」と「ケルヌンノス」もマティアス・ジャクソン級の同型艦である。

 艦名の由来は北米艦隊で艦娘艦隊創設に携わったマティアス・ジャクソン少将を冠したものであり、在命の人物にちなんだ艦名でもある。なおマティアス・ジャクソン少将自身は既に海軍を退役して、地元バーモント州で隠居生活を営んでいると言う。

 ヴァルキリー級がワスプ級強襲揚陸艦をベースに開発されたの対し、マティアス・ジャクソン級は一から艦娘母艦として開発設計された事もあって艦影を含めて大きく差がある。同じ空母型と言うのは共通している艦影だが、航空妖精が運用する陸上攻撃機の運用にも対応し、艦娘の母艦機能は最大で六〇名に達する。艦内には三〇床に上る入院設備を有しており、集中治療室、手術室、歯科治療室、更には肉体復元室と呼ばれる負傷で四肢を欠損した艦娘の四肢を復元する特殊な医療設備も有している。

 艦内には艤装整備場、艤装組み立て工場、艤装検査場、修理工場と艦娘の艤装の支援設備がふんだんに盛り込まれており、大破した戦艦艦娘の艤装を最短で三日で完全修理出来るだけの能力を持つ。現にバレアレス諸島沖海戦で大破したネルソン級の二人の艤装も修理が進められていた。

 マティアス・ジャクソン級の乗員は艦の運用に二〇〇名、艦娘支援要員三〇〇名、航空機運用員一五〇名、司令部要員八〇名と大型艦娘母艦に恥じぬ乗員定数を有している。今回の西部進撃隊には旗艦として原子力空母「ドリス・ミラー」が随行しているので司令部機能は生かしていないが、現在の国連海軍には「ドリス・ミラー」の様な大型空母はその殆どが深海棲艦との戦争序盤で失われているので、新造されたマティアス・ジャクソン級などに旗艦機能を盛り込むのが定番となりつつある。

 その他の機能についてはMV-38コンドル輸送機八機、HH-60Kレスキューナイトホーク八機、MH-60T多用途・補給支援ヘリコプター六機、EV-38コンドルアイ三機、複合艇四艘、大型車両五〇両搭載可能と輸送艦としての機能も付与されている。艦娘母艦としての運用以外にも病院船や輸送艦としても運用が可能な一種の汎用性を持たされている。また小規模な改造で強襲揚陸艦にする事も可能な設計になっているが、これは艦娘を用いない戦争、即ち現在の深海棲艦との戦争後の運用も考慮しての設計と言える。

 

 そんな大型艦娘母艦に降り立った愛鷹らは艦娘支援要員の案内で居住区へと案内された。作戦に当たって、「マティアス・ジャクソン」に滞在していた艦娘の一部は他の艦娘母艦「ユニコーン」と「ケルヌンノス」へ移乗させられたとの事だった。

 ここが作戦の拠点となるか、と航空機のハンドリングを考慮してなるべく細身にされ、飛行甲板の右舷側へ寄せて建てられているアイランド(艦橋)を見上げながら、愛鷹は胸中で呟いていた。「マティアス・ジャクソン」のマストには青い国連軍旗が翻り、艦橋には「マティアス・ジャクソン」の固有の紋章も入れられている。自分達艦娘とは違う、本物の、鋼鉄の軍艦だ。飛行甲板の四隅には三〇ミリCIWS、艦体の随所にはRWSやM2重機関銃の銃架が設けられている。艦娘母艦にまで深海棲艦が迫られる局面は想像したくはないが、何事も絶対は無い以上、必要な個艦防御兵装は用意されている。

 艦内の居住区は大型艦娘母艦ならではの広々とした空間が広がっており、素で一九〇センチ近い背丈がある故に、「ズムウォルト」の居住区の寝台では身体を縮めて寝ていた愛鷹でもそれ程窮屈さを感じさせないベッドが存在していた。それでも注意しないと艦内の廊下の天井部にある配管や水密隔壁扉の淵に頭をぶつけそうな所は「ズムウォルト」とは変わらない。背丈が高いと助かる時もあれば、こういった艦艇での生活では困る時があるので、愛鷹として悩みどころの一つではあった。

 階級が中佐と言う事もあり、愛鷹は個室が宛がわれていた。その事に感謝しつつ、愛鷹は宛がわれた部屋へと入った。私物を入れたバッグを置き、部屋をぐるっと見回してみる。「ズムウォルト」と同様、艦内に響き渡る空調や艦底部から響く機関部の轟音は概ね同じだが、比較的それらの騒音は静か目になっている。個室の内装はビジネスホテル程度と言ったところか。

 マティアス・ジャクソン級の艦内の構造は愛鷹も知っている。施設時代に建造中の同艦の設計図を叩きこまれているから、目を瞑っても居住区から艦尾の艦娘発着艦デッキまでいける自信はある。

 

 一時間の休憩時間が与えられているので、それまでの間、自前の軍支給品のノートPCを開いて、世の中の事について詮索をしてみる事にした。青葉に影響された訳では無いが、井の中の蛙のままで生涯を終えるのは勿体ない。

 地上局を通じて、世界各国のニュースを視聴する。欧州戦役とメディアでは呼称されている現在の欧州での戦争が民間に与えた影響はやはり大きい。地中海航路の民間船舶の海上交通路は喜望峰周りを余儀なくされて商船会社は何処も悲鳴を上げている。イタリア半島から深海棲艦の手を逃れる形で難民となった民間人は三〇〇万人余り。イタリアからアドリア海を越えてクロアチアへ逃れたイタリア人は同地で難民キャンプを形成し、国境なき医師団を始めとするボランティア団体や国連の人道支援部隊が難民生活を支援していると言う。

 

 一方で北アメリカ大陸では、深海棲艦に侵略されて長い年月が過ぎた西海岸を奪還する作戦計画が発表されていた。北米地上軍司令官に対する記者会見では、深海棲艦に沿岸部を制圧された三つの州の州兵部隊、すなわちカリフォルニア州兵、オレゴン州兵、ワシントン州兵、それに第七歩兵師団、第四歩兵師団、第七五レンジャー連隊、新設の第八機甲師団からなる大規模な地上兵力が投入されると言う。また北米軍だけでなく、北米方面軍カナダ軍や中南米方面軍のメキシコ方面軍、キューバに逃れていたニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、パナマと言った中南米諸国の連合軍が南米総軍のコロンビア方面軍やエクアドル方面軍、ブラジル方面軍の支援を得て一斉に反攻作戦に出るとの事だった。中南米総軍と呼ばれる中南米諸国の連合軍の最終目標は、パナマ運河の完全なる奪還だった。同地には運河棲姫が居座っており、多数の陸上型深海棲艦も布陣しているので、激戦が予想される。

 北米から中南米にかけての人類生息圏の奪還作戦が成功すれば、サンディエゴやサンフランシスコと言った海軍拠点が復活するだけでなく、パナマ運河を奪還する事で、海上交通路の改善が見込めるし、同時に深海棲艦の太平洋に面する拠点の幾つかが失われる事を意味している。当然、深海棲艦の地上部隊も猛烈な抵抗を見せるだろう。

 少し前に衣笠が国連欧州総軍の兵士間における士気の低さや隣国への配慮の無さを嘆くのを聞いたとはいえ、必ずしもそうでもない国連軍各方面軍の様子には愛鷹も感心する所があった。当然だろうか、現地に住まう彼ら彼女ら国連軍将兵にとっては故郷の奪還となるのだから、意地でも奪還作戦に注力する事になるのだろう。

 

 中南米方面軍の支援に当たるキューバや南米諸国も他人事ではない。深海棲艦が陸上部を伝って侵攻して来れば、南米諸国も無関心を決め込んではいられないし、カリブ海を渡ってキューバ、ジャマイカへと深海棲艦が侵攻すれば、それまで安泰だったメキシコ湾やカリブ海の制海権も失われ、周辺諸国に住まう何百万と言う民間人の生活が脅かされる。貧困層の多い国だから、万が一深海棲艦の侵攻が行われたら、まともな民間人避難誘導が行えるかすら怪しい。政府機関よりも麻薬カルテルやギャングなどのアウトローが影響力を持っている国々だから政府機関よりもそれらアウトローが民間人の避難に尽力するかもしれないが、それでも非正規組織なだけに限界はある。国連はそう言った非正規組織には表向きは支援の手を出していない。

 パナマが奪還されると戦略的に影響力は非常に大きい。二〇二四年にそれまでのパナマックスと言う概念を取り払う第二パナマ運河が開通し、一〇万トン級の大型貨物船のパナマ通行が可能となり、従来の海上交通にブレークスルーを起こした矢先の翌年に深海棲艦の出現によって事実上使用が出来なくなり、二〇二八年にはコイバ島沖でパナマ運河警備にあたっていたアメリカ海軍の二個空母打撃群が深海棲艦に撃滅され、パナマ政府の判断で運河が閉鎖された。

 二つのパナマ運河の閉鎖によって経済に与えた影響や損害は非常に大きく、二つのパナマ運河の閉鎖による経済難で首を吊った会社経営者は少なくない。深海棲艦は経済と言う形で間接的にも人類を殺害していると言えよう。

 

 それから一〇年余り、人類は国連の名の下に連合軍を組んで一大反攻作戦に転じて奪われた故郷の奪還に出ようとしている。

 作戦の支援拠点となるキューバと更にその支援を行うアメリカの国交が改善されているのもある意味大きい。フロリダ半島経由で中南米方面軍はアメリカ東海岸で生産された兵器や装備を受け取れるし、補給路も確保されている。

 これら北米から中南米にかけての一大反攻作戦を「オペレーション・グレート・アメリカンマーチ」と呼ばれると言う。

 

「『大いなるアメリカ行進曲』作戦、か」

 頬杖を突いてPCのモニターを見つめながら愛鷹は呟く。

 

 現在の対深海棲艦戦争は何も艦娘だけで進んでいる訳では無い。艦娘を使わずとも戦える内陸部、艦娘を保有していない国々、そう言ったところへ浸透する深海棲艦と戦うのは、艦娘の様な先天的な特殊さを持たない一般の人間の兵士たちの仕事だ。彼ら彼女らの存在が無くして、地上戦は成り立たない。

 一応艦娘にも陸上戦を専門とする艦娘は居るかと言えば居る。日本艦隊所属の神州丸、あきつ丸、山汐丸は陸戦、白兵戦の心得だけでなく、常日頃から艤装を用いない対人戦の訓練を課されている。海上での艦娘としての活動よりも、艦娘に対するMP(憲兵)任務に就いているこの三人は海上戦闘よりも陸戦の方が得意なまである。無論、彼女らも艦娘なので艦娘艦隊の一人として外洋作戦に駆り出される事もあるのだが、如何せんカテゴリーが補助艦艇に相当するだけに、深海棲艦と正面切って戦う事が苦手な艦種であり、専ら後方支援タイプの艦娘である。

 この他にも一応、白兵戦が出来る通常の艦娘は少なからずいる。だが本職の陸戦部隊と比べると、どうしても経験の分野において大幅に劣る。艦娘個々の兵士としての戦闘能力はともかく、部隊としての戦闘行動の訓練を行っていないから、陸戦に突然放り込んでも簡単に戦える訳では無い。艤装を使えれば、話は別だが艦娘の艤装は陸上部に上がった時点で自動的にセーフティーロックがかかる仕様になっているので、陸上部では火器が使えないのだ。艦娘の艤装に備わった火器は対人戦に置いて非常に強力過ぎるが故に、その様なセーフティーロック機能が備えられているのである。

 キーボードを叩いて、ライブ配信をしているニュース局に切り替える。IWニュースこと「インターナショナル・ワールド・ニュース」がクロアチアのイタリア人難民キャンプから現地クロアチア人報道員の実況を、リアルタイムで英語に吹き替えて配信している。

 

≪ここシベニクのイタリア人難民キャンプでは、不足しがちな燃料と食料の配給に対するイタリア人難民の不満が日増しに高まっている一方、日々流入する大量のイタリア人難民の数にクロアチア国内では周辺諸国へ難民の受け入れ分担を求めるデモ活動が首都ザグレブを始めとする大都市で行われており、国連難民支援機関UNHCRとクロアチア政府が現在隣国スロベニア、ボスニアヘルツェゴビナ等へ難民の受け入れ分担を求める外交交渉が進行中です。

 また今年は比較的例年より早い冬が訪れると予測されており、難民キャンプに身を寄せるイタリア人難民の中には、キャンプの設備で今年の冬の寒さを乗り越えられるのか、と言う不安の声が広がっています。

 世界保健機関は各地の難民キャンプでの医療支援をより一層強化すると宣言していますが、一昨日でもプロチエの難民キャンプで六名が食中毒で死亡するなど、急増の難民キャンプでの衛生環境の悪化は未だ改善出来ていないと言うのが、実情です。

 一方、現在イタリア難民キャンプでは、年齢、性別問わず多くの難民や国連職員までもが犯罪組織に誘拐、拉致されるなどの治安の問題も抱えており、現在の深海棲艦との戦争が長引き、更に難民が流入する事になれば、比例する形で犯罪被害に遭う被害者の数も増えると予想されています。イタリア人難民の間では、現地警察に頼れないとして自警団を結成する動きもあり、事態の悪化を憂慮したイタリアのサントーロ首相は欧州機構及び国連に対して、欧州総軍から治安維持軍の派遣を求める声明を発表しています≫

 ライブ映像ではイタリア人難民キャンプの風景が映し出されていた。お世辞にも良い環境に見えないキャンプに寄り添うように生活しているイタリア人難民を国連職員やクロアチアの現地のボランティア団体が支援している活動風景も映し出される。

 一方でクロアチア国内での難民の流入に抗議するデモ活動の映像も映される。

 食事と寝る場所に困らない国連軍の軍人としての身分を保証されている自分と比べてしまいかける所だが、今そうした所で何か始まる訳でもなく、何かが解決できる訳でもない。寧ろ愛鷹を含む艦娘が一刻も早くアンツィオを奪還すれば、難民は故郷へ帰る事が出来る。

 

「責任重大ね……」

 

 そう呟きながら愛鷹はライブ配信のチャンネルを閉じ、椅子の背もたれに身を預けて軽く目を閉じて仮眠に入った。

 

「マティアス・ジャクソン」の艤装工場を訪れた青葉は、各種設備を手持ちのカメラで撮影しながら、初めて乗艦する艦娘母艦の艦娘艤装支援設備について、手空きの作業員に色々と「取材」を試みていた。様々な機械が並ぶ「マティアス・ジャクソン」の艦娘艤装関連の工場設備は、文字通り青葉にとっては目から鱗が落ちる程のネタの宝庫であった。少佐の階級章がここで生き、艦娘と言う当事者なだけあって、大半の設備を「マティアス・ジャクソン」の艤装整備班長に案内して貰う事が出来た。

 案内された設備の一つでは、機械の内部を見る事が出来る窓越しにプリンターでネルソン級戦艦艦娘の艤装の部品がプリントされる様が見えた。大破したネルソン級姉妹の艤装の部品で損傷が激しく廃棄に至った部品を、新規に製造しているのだ。

 

「艦娘の艤装がプリントされるところを見るのは初めてですか?」

 自慢げな顔で聞いて来る艤装整備長の言葉に、青葉は興味津々の顔で頷く。青葉は無論女性だが、男の子の様に目の前にある複雑で、一定の規則性を持って動く機械のギミックを見ていると謎に心惹かれる所はあった。

「部品のプリンターの技術も、ここ一〇年、二〇年で大きく進化しました。軍用プリンターであれば今なら銃一丁分の部品を全て作る事も可能です」

「発射時に極めて高いジュールがかかるバレルもですか?」

 そう尋ねる青葉に艤装整備長は無論だと頷く。

「勿論です。民間市場に出回っているプリンターはそう言う軍用品を民間人や非正規軍の人間が兵器を製造できない様に機能を制限しているので、作れてグリップやハンドガード程度ですが、軍用プリンターなら文字通り歩兵サイズの装備品なら何でも作れます。強度と精度を落とす事無く、最前線で工場で生産されるものと同じレベルの部品を製造する事が可能です。

 お陰で艦娘の火器、艤装機関部のパーツ、電装品、艦娘の靴に付ける主機のパーツまでとあらゆる軍用パーツを作れるようになりました」

「まるで、錬金術ですね」

「人体は錬成できませんがね」

 ニヤッと笑って言う艤装整備長に青葉はふむと頷きながら、良い所尽くめに聞こえる軍用プリンターの持つデメリットについても質問する。

「これのデメリットなどは?」

「やはり、調達価格そのものですね。青葉少佐の給料の数百年分は余裕でいきます。主力戦車程ではありませんが、装甲車が一台買える位の値段はします。高性能の代償ですね。マティアス・ジャクソン級の建造調達価格が他の艦娘支援艦、母艦と比べて高めになっているのは、こういったプリンターを始めとする艦娘の支援設備にかかる予算が極めて高い事に起因しています」

「つまり、艦娘支援設備を抜けば、マティアス・ジャクソン級の調達価格は他の軍艦と大差ないと?」

「そうなりますね。本艦自体の開発、建造コストそのものはアメリカ級強襲揚陸艦より少し多い程度ですから。旗艦『ドリス・ミラー』よりは建造価格は抑えられていますけどね」

 

 その言葉に青葉はそれはそうだろうなと、内心頷いていた。「ドリス・ミラー」はジェラルド・R・フォード級原子力空母であり、原子力の力で動く全長三三三メートル、排水量一〇万トンを超える巨艦だ。艦が大きいだけでなく、その運用保全に多数の専門的知識を得た人員を要する原子炉で動く原子力艦である。対してマティアス・ジャクソン級の機関はCODLOG、即ち巡航時はディーゼル・エレクトリック方式による電機推進で動き、高速航行(戦速)時はガスタービンエンジンに切り替えて動く通常の内燃機関だ。

 安全ガラス越しにプリントされるネルソン級戦艦艦娘艤装の部品を見て、青葉はおや? と気が付く。青葉も多少は船の部品に関する知識は持ち合わせている。青葉は知る限るでは、今プリントされているのはガスタービンエンジンのタービンブレードだ。

「ここでは艦娘の艤装部品以外も製造しているんですか?」

 そう尋ねる青葉の視線の先にある物を見た艤装整備長が頭を振って、説明する。

「いえ、あれは艦娘の機関部の部品です。ご存じなかったのですか? 艦娘の機関部は基本的にガスタービンエンジンで動いているんですよ。具体的に言うとガスタービンエンジンを発電機とするIEP、統合電気推進なんですがね。なので人サイズのガスタービンエンジンの部品が必要になる訳です。

 無論全ての艦娘が統合電気推進と言う訳ではありません。海防艦やコルベット艦娘は燃費重視のガスタービン・エレクトリック・ガスタービン複合推進方式、いわゆるCOGLAGで動いていますし、潜水艦娘の艤装なら燃料電池で動いています。

 戦艦艦娘は艤装のサイズに余裕があるので、『缶』を増設する際はダッシュ力を重視したCOGAG(コンバイン・ガスタービン・アンド・ガスタービン)を載せる事もありますね」

「ガスタービンエンジンを含めた機関部が、乾電池サイズにまで小型化されていたんですか」

 

 艦娘として海に出る時、その動力源として常に背中に背負って来ていた機関部の真相を知って、青葉は驚きに目を見開く。艦船の機関として大規模な設備となって存在しているのは、何度も軍艦の広報番組で見たことがあったが、人サイズの艦娘の艤装に内部に仕込めるほどに小型化されていたと言うのは一〇年の艦娘人生でも初耳だった。

 

「実現するにはかなりの努力と汗、金がかかったとは聞いていますね。何しろ前代未聞の海上機動歩兵として艦娘が提唱された訳ですから、従来の陸戦部隊の歩兵装備に更に過酷な海上での運用など、様々なハードルの高い条件を課された開発計画をハーバード大学やMITを出るくらい頭のいい学者さん達が頭の知恵を絞ってクリアしたものですから。

 一〇〇年以上前、日本の航空技術者達が日本海軍の無茶な要求を見事達成して、零式艦上戦闘機を世に送り出した経緯がありますが、ある意味艦娘の艤装とその機関部の開発はそれに等しいレベルの偉業です」

 当時の日本の航空産業の限界を現代の科学技術の限界に例えて解説する艤装整備長の語り口に、青葉はふむふむと相槌を交えながら聞く。

「青葉少佐の艤装がお幾らするか、ご存知ですか?」

 ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いて来る艤装整備長に青葉はやんわりと「結構です」と返しつつ、ふと気になった事を尋ねる。

「愛鷹さんの艤装は艤装整備長的にどう見えたのですか?」

「どう、と言われましても……」

 もっと具体性を持った質問で言って欲しいと言う顔を浮かべつつも、率直に自身が感じた感想を青葉に対して答えて行った。

「拡張性と言いますか、単なる航空巡洋戦艦に留めておくには惜しい位の艤装、と言うべきでしょうか。艤装機関部の入れ替えは極めて簡単ですし、艤装そのものが大きいから、艦娘の武装は理論上何でも積めます。ヘッジホッグや試製対潜短魚雷、あー、フレッチャー級駆逐艦娘の一部が載せている対潜装備です、あれだって載せる事も可能ですね。

 航空艤装も備えられるから、誰かが本気で設計図を描けば、今の限定的な航空戦艦モドキに留まらない、翔鶴型空母艦娘並みの艦載機搭載量を誇る空母艦娘にする事も出来るし、より本格的な戦艦艦娘の艤装として改造する事も出来ます。個人的にはただでさえ艦娘最強の火力を誇る大和型を凌ぐ戦艦艦娘の艤装として改造できる余地があると見ていますね。

 結論から言えば、かなり勿体ない使い方をしていますね愛鷹中佐の艤装は。余裕がある設計を生かしきれていない、余白塗れの状態で使っている状態です。もっと例えれば、バラストを充分に充填していないまま航行しているタンカーみたいなものです」

「成程……理想論は超戦艦艦娘艤装ですが、駆逐艦としても空母としても巡洋艦としても使えると」

「ええ、そうなりますね。愛鷹中佐は以前の艦種は超甲巡だったとの事ですが、今の航空巡洋戦艦になったのはある意味で余裕ある拡張性の中で少し、背伸びした程度でまだまだ余裕はたっぷりある感じです」

「ふーむ……」

 その秘めたポテンシャルからして愛鷹と言う艦娘に求められていた「クローン艦娘のこなす任務範囲」が、青葉には朧気ながら見えた気がした。戦艦、巡洋艦、空母、大型駆逐艦と実質補助艦艇と海防艦、潜水艦以外の艦種全てを愛鷹、いや、「愛鷹タイプ」のクローン艦娘が担う筈だったのだろう。愛鷹が以前打ち明けたクローン艦娘製造の理由も、既存の艦種を問わずに戦死した艦娘によって起きた戦力的空白、喪失した艦娘戦力の補填にあったから「愛鷹タイプ」のクローンが、撃沈戦死した艦娘の後釜として据えられる予定だったのかも知れない。

 考え込む青葉の傍らで、艤装整備長が不思議そうに顔を覗き込んで来るのを悟った青葉は案内してくれた礼を述べ、艤装工場を辞した。興味深い事を沢山聞けたのは、取材精神が昂ぶる所でもあり、日本に帰国したら艦隊新聞にまとめるのが楽しみな所でもあった。

 

「でも……」

 

 通路を歩く足をふと止めて、首から下げているカメラに目を落としながら、青葉は何か思い至った様にその場で暫し考えを巡らせ、こくりと頷いた。

 

「愛鷹さん周りの事は、皆には内緒だね。司令官が情報公開しない限りは」

 

 その後、ASW部隊全員を集めた顔合わせと作戦に当たってのブリーフィングが「ドリス・ミラー」で行われる事とになり、各艦娘母艦に分乗していた艦娘達は輸送機で総旗艦「ドリス・ミラー」へと集った。

 ルグランジュ提督の部下の首席参謀が、ASW部隊として参加する三五名の艦娘相手に作戦前の状況説明と情報共有を行う事となった。

 ブリーフィングは特に艦娘側から質問も無く進み、三〇分程の入念な情報共有が行われるとブリーフィングは終了となり、初顔合わせとなる艦娘も多いASW部隊のメンバーの顔合わせや交流会が簡易的ながら行われた。

 この中でも新参の駆逐艦娘であるZ57、Z62、Z68、Z72と愛鷹、蒼月は青葉、夕張、深雪、瑞鳳以外の艦娘達の注目を引いた。

 ブロンドと緑の瞳が特徴的で四人の新参者のドイツ駆逐艦娘ではリーダー格を自然とになっているZ57、愛称エリカが軽く四人を代表して自己紹介をしていく。Z57ことエリカは少し勝気な一面を覗かせており、青葉やホーネットからは日本本国の軍病院に入院中の瑞鶴をふと想起させた。Z62、愛称エルネスティーネは銀髪の髪に尖った鼻が特徴的なドイツ艦娘で心なしか四人の中でも最も年齢層が高そうに見える。Z68、愛称リレは四人の中でも最も背が高い一方、無口であり殆ど「Ja (はい)」としか答えないくらいだ。茶色のポニーテールにやや神経質に左手を通していたZ72、愛称ローザは神経質な性格と言うよりは実戦経験の少なさからの緊張感がありありと現れている様子だ。

 蒼月の紹介は比較的簡単に終わった。あとに控える愛鷹と比べて等身大の艦娘と言う心象が強い蒼月は、直ぐにメンバーと馴染んだ。

 そして一同の注目が愛鷹に向く。蒼月の事は北米艦隊艦娘の中でも来日経験が何度もあるホーネット、レンジャー、ラングレーも見覚えがある程度はあったが、愛鷹の事を始めて見る艦娘は少なくない。キーリング、ジェームス、ドッジの三人はキース島からの撤退戦の際に顔合わせしているので面識があったが、艦隊旗艦として自分達を率いる事になる艦娘が余り見ない顔と言うだけに、否応なしに愛鷹は注目を浴びた。

 まず驚かれたのはその背丈だった。今回のASW部隊の参加メンバーの中で愛鷹に次いで背丈が高いのはホーネットの身長一七九センチで、それでも愛鷹の素の身長よりも一〇センチ低い。ホーネットもラダーヒール靴勢なので素の身長にプラス六センチは目線が上がっているが、それでも愛鷹には及ばない。とにかく図体が大きい愛鷹の事を殆どの艦娘が見上げる形となった。

「何を食べたらそんなに大きくなるかしら?」

 至って素朴な疑問をジャヴェリンがぶつけて来る。それに対して隣のユリシーズがさも当然の帰結と言う様に答えた。

「適度な食事と盛んな運動が彼女の成長期に重なったのだろうさ」

「まあ、そうだと思って置いて下さい」

 体格の大きさは遺伝子複製元の大和譲りなので、愛鷹がどうこうと言う範疇に当てはまらない。正直な話、体躯が大きすぎて困る事もあるので、程よく小さ目な体躯揃いの仲間達が逆に羨ましく思えて来る。

「背丈が高いと、困る事ってありません?」

「結構困りますよ、ベッドで寝る時窮屈になりがちですから」

 唐突に図星を突いて来る大鳳に、愛鷹は比較的深刻な個人的悩みを打ち明ける。その言葉に、背筋を伸ばして背伸びしていたヘイウッドが顔を恥じる様に赤らめて俯いた。

「君も君で随分苦労しているのね」

 両腕を組んで一同の後ろ寄りの位置に立っているシェフィールドが抑揚のある声で言う。

 良いのか悪いのか分からないレベルで注目を集めている自分に、愛鷹は少し恥ずかしさを覚えかけていたが、旗艦を担う以上はここで顔を背けては駄目だと自身を奮い立たせる。

 そんな愛鷹に陽炎が何気ない一言を放った。

 

「なんかさ、ずーっと思ってた事なのだけど愛鷹さんって、大和さんに顔がよく似ている気がするのだけど、私の気のせいかしら……?」

 

 一瞬どきりと愛鷹の心臓が大きく鼓動を打つ。陽炎の何気ない一言に、大和と言う艦娘なら誰でも知る大艦巨砲主義の頂点に立つ艦娘と容姿が似ている愛鷹にほぼ一斉に興味の視線が強まる。悪い事に愛鷹の身長がメンバーの中でも最も高いだけに、目深に被る制帽でも隠し切れない所がある。特に顎の輪郭や髪型などはほぼほぼ大和と同じだ。

「もしかして、彼女の双子なの?」

 意外そうにホーネットが聞く。まさかここで自身の正体を打ち明ける訳にも行かず、愛鷹はぐっと歯を噛み締めて、一同に(正体を知っている青葉達を除き)向き直ると、自分でも少し見苦しさを感じながら答えた。

「個人秘密って事でノーコメントで」

 にべもないその答えに何名かの艦娘が不満そうな顔を浮かべるが、パンパンパン、とラングレーが注意を引く様に手を叩いて不満げな顔を浮かべる艦娘の注意を引く。

「気になるっちゃ気になるけど、あたしら艦娘の生い立ちはお互い詮索しっ子無し、ってのがルールだろ。愛鷹には愛鷹なりの個人的な事情がある。それだけの事さ。それに愛鷹と大和の関係を知ったところで、別にあたしらのこれからの仕事には関係ない」

「それもそうですわね」

 ラングレーの竹で割ったようなさっぱりとした物言いと、それに納得した様に頷くレンジャーの言葉が決め手となって、艦娘達の愛鷹に対する正体に対する興味は薄れ、宜しく頼みますよ、と旗艦を担う愛鷹に大任を任せる事を確約させて一同は解散となった。

 

 

 解散後、再び拠点となる「マティアス・ジャクソン」へ戻った愛鷹は艦尾のキャットウォークに赴いていた。

 火気厳禁指定が無い飛行甲板の艦尾キャットウォークの端で葉巻を加え、ジッポで火をつけ、葉先から煙を燻らせながら一服を入れる。

 さっきはひやりとさせられる一面があったが、ラングレーのさりげない言葉に救われた感じがあった。艦娘同士での素性の詮索は暗黙の了解でやらない事が決まっているから、それに納得した形で収拾がついたものの、明らかに大和似の容姿であると言う認識は持たれた可能性が高い。

 それが原因となって何か面倒な事が起きる、と言うかと言われたら、案外そうでも無いとは思うが、それでも今まで多くの艦娘相手に隠して来た事をあっさりと見抜かれて、暴かれた様な気がしてどうにも嫌な予感が脳裏を過る。

 壁に寄りかかって、夕焼けが水平線上に沈みつつある地中海の海を眺める。海のど真ん中と言う事もあり、周囲に展開する艦艇を除けば、水平線の下に潜っていく太陽の姿がはっきりと見えるのは綺麗な光景であった。

 葉巻を右手で取って口から煙をふうーっと吐いていると、愛鷹が居るキャットウォークへ通じる水密扉が開き、中から陽炎が姿を現した。

「あら、愛鷹さんじゃない。貴女もここで夕涼みってとこ?」

「そんなところです」

 さっき自分の正体の核心に触れた陽炎に内心警戒心を向けながらも、至って平常心を装って愛鷹は葉巻に口を付ける。

 その隣で陽炎も上着のポケットから煙草の箱を出し、一本出して、口に咥えるとライターで葉先に火をつける。意外なところに喫煙艦娘が居るものだと愛鷹が横目で陽炎を伺うと、口からぽっと煙を吐き出しながら陽炎は愛鷹に向けて頭を回して、先の事について謝罪を入れて来た。

「さっきは御免ね。なんか、要らない詮索かけちゃって」

「……」

「……怒ってる……かしら……?」

 流石に気まずそうに愛鷹の横顔を伺う陽炎に、愛鷹は葉巻を咥えて、葉先をチリチリと炙りながら暫し無言を返す。

 やっぱり怒ってるのかな、と陽炎が気まずげに煙草を吸った時、愛鷹が低い声で答えた。

「正直、いつかは誰かが薄々素で見抜きに来るんじゃないか、と思っていた事がありました」

「……ホーネットも言ってたけど、やっぱ大和さんの実の双子だったりするの?」

 陽炎の言葉に、どう答えるか、と少し悩んだ末に愛鷹は曖昧な、しかし聖書の一節を引用した答えを返した。

「それについてはイエスであり、ノーですね」

「『アルファであり、オメガである』の一節の引用ね。意味合いはかなり違うけど、ま、本当の事を答えたくない時には使える言葉ね」

 意外にも自分の引用した一節の元ネタを知っている陽炎に愛鷹が軽く驚きの視線を向ける中、陽炎自身は話題を変えようと、愛鷹が吸っている葉巻について質問を向けて来た。

「それ、銘柄は何?」

「ヌエボ・ペルフェクトスです。昔日本で誕生した葉巻の銘柄ペルフェクトスの新規生産版です」

「ふーん、日本製の銘柄に拘りでもあるの?」

「キューバやバハマ産の様な、世界的に有名かつ高級な葉巻にはそれ程興味は無いので。陽炎さんのそれは?」

「『マティアス・ジャクソン』のPXに売ってたやつを適当に買って来たからよく分んない。これなんて書いてあるか分かる?」

 そう言って、陽炎はポケットから煙草の箱を出して愛鷹に見せる。フランス語で「GITANES」と書いてある。フランスで有名な銘柄「ジタン」だ。

「ジタンですね、フランスで有名な銘柄です。ゴロワーズと双璧を成すレベルの有名品ですね。吸った感じは葉巻に近いとよく言われます。吸った後の火消しは念入りにして下さいね、灰皿のフィルターの中で発火しやすいものですから」

「ふーん、日本で売られている銘柄が無いからテキトーに買ったものだったけど、結構な有名品だったのね」

 丁寧に教えてくれる愛鷹の解説に興味深そうに頷きながら聞きつつ陽炎はジタンを咥えて煙を軽く吸う。

「私、葉巻って吸った事ないんだけど、ジタンって煙草でありながら葉巻を吸っている気分にもなれる一石二鳥の銘柄なのね」

「その葉巻じみた味が、人によって好みが分かれると聞きますけどね」

 そう答えつつ愛鷹も葉巻を吸う。水平線上から夕陽は沈みかけ、紫色の空の遥か上に紺碧の夜空が広がりつつあった。その紺碧の夜空に向かって二人が吐き出す煙がゆらりと立ち昇って、消えて行った。

「ニコチンは身体に悪いけど、やっぱこうしてストレス発症も兼ねて喫煙するのは至福の時間よね」

「そうですね。しかし、陽炎さんが喫煙可能年齢なのは知りませんでした」

「私、今年で二三よ? とっくに喫煙可能年齢は過ぎてるわ。身体は未成年くらいの見た目だけど、中身は歳食ってるのよ。愛鷹さんも二〇歳はとっくに過ぎてるから葉巻吸ってるんでしょ」

「ええ、まあ……」

 やや歯切れの悪い返事に陽炎は少し不思議そうに愛鷹の横顔を見上げ、制帽の下から除く、大和似、いやそっくりな顔立ちに興味がより一層深まった。だが、ラングレーの言った言葉を思い出し、愛鷹に詮索を入れるのは止めておくことにした。陽炎とて一八人いる妹の素性を全て把握している訳では無い。隠している妹だっているし、相棒の不知火の様に逆に教えてくれた妹もいる。

 世界各国に何百人といる艦娘達の中の一人に過ぎない愛鷹には彼女の成りの明かせないパーソナル事情がある、それだけの事だ、と自分自身に言い聞かせ、陽炎はジタンを手に取って口から煙をフーっと吐いた。 




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ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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