艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 第八四話、対潜戦闘回です。


第八四話 ティレニアを黒く染めて 前編

 暫くの間、袖を通してこなかったロングコートを久しぶりに着た時に愛鷹が感じたのは、はっきりと季節が変わった事であった。

 地中海と言えど、一一月になれば多少なりとも気温に変化は出る。冬がヨーロッパに訪れていた。例年よりも一段と冷えた風が欧州全土に寒々とした空気を運び、大都市から中小規模の地方都市に至るまで、冷えた空気が流れ込んでいた。

 海上も例外ではなく、冷気が気温を下げ、半袖では身体が震えだしそうな寒気を醸し出していた。艦娘の制服は半袖仕様が多い事もあり、各々自前のフリースやパーカー、インナーやタイツ等を着用するメンバーも少なくなかった。艤装の防護機能を応用して、機関部の熱を暖房用の熱源として転用する事で一定の暖房効果が得られるが、逆にそれだと今の気温では寧ろ熱くなりすぎるので、艦娘の方で衣服を重ね着して調整していた。

「マティアス・ジャクソン」の艦尾のウェルドックには、ASW部隊のメンバーが勢揃いして、作戦展開の為に艤装を装備する作業に取り掛かっていた。皆長袖を着込んで暖かい恰好で作戦に挑もうとしていた。

 長身の身体をほぼ丸々包み込むロングコートのベルトを締め直した愛鷹の背中で、艤装が艤装装着ベルトに連結される軽い衝撃が伝わって来る。「接続よし!」と作業員が大声で叫ぶ一方、別の作業員がAPUのケーブルを愛鷹の艤装に繋ぎ、艤装の起動準備を始めた。

「補機接続、回転数上昇。50、55、65、70……」

 甲高いAPUの動力音と共に補助機関の回転数が上昇していく。愛鷹の艤装内では機関部妖精が機関部の点火準備の為に機関室内を駆け回り、操作盤に張り付いて計器表示と睨めっこをする。

 既定の回転数に達すると主機に切り替え、起動、点火する。

「機関部正常、補機カット、メインエンジン点火。フロートジェネレーター起動」

 聞き慣れた機関音が響き渡り、愛鷹の艤装の煙突部から薄らとした黒煙が排出される。排煙はウェルドックの換気システムによって瞬く間に吸い取られて、フィルターを通して艦の外へと排出される。APUと繋いでいたケーブルが外され、作業員がケーブルを抱えて下がる。

「ガントリーロック解除、作業員は退避」

 それまで愛鷹の艤装を掴んでいたガントリーロッククレーンがアームを艤装から離し、愛鷹の背中で艤装がフロートジェネレーターの力で浮揚する。

「発艦準備良し」

 HUDで機関部、主機、全て異常なしと確認した愛鷹が宣告すると、ウェルドック内に黄色いランプが点滅し始め、警報と共にウェルドックへ注水が始まり、艦尾のハッチも開き始める。

 スロープを降りていく愛鷹の足元を海水が洗い、ニーソックスの膝が少し濡れるが、直ぐに浮航機能を作動させた主機によってふわりと注水されていく海水の上に愛鷹の身体が直立する。

 注水完了のブザーが鳴り響き、ウェルドックの艦内の風景が艦尾側へと傾いて見える中、ドックの発進口の上にある警告灯が黄色からグリーンに切り替わる。愛鷹の後ろ側ではシャッターが立ち上がって発艦デッキにいる艦娘と作業員を艦娘発艦時の波しぶきから防護する。

 発艦士官がキャットウォークから安全確認をして、艦尾方向、デッキ各部に異常なしを確認すると、発艦して良しの合図となるポーズをとる。

≪ASW部隊旗艦愛鷹、発艦宜し≫

 離着艦指揮所から発艦して良しの許可が出ると、愛鷹は短く「了解」と返すと、発艦申告を告げた。

「ASW部隊旗艦愛鷹、出る!」

 足元の踵から水飛沫が後ろへ向かって勢いよく吹き出し、強速へと一気に加速した愛鷹が地中海の海原へ抜錨した。

 

 一一月二日の地中海の空は鈍色の曇空に覆いつくされていた。寒気が海上に流れ込み、例年より冷えると予想していた気象班の予想通り、肌寒さを感じさせる。曇った空のせいで、海上に差し込む日光は遮られ、水平線上には白いカーテンに覆われたような景色が広がっていた。

 日光が不十分となれば、普段青々とした海原も、紺碧を通り越して黒く広がっていた。その黒い海上を、ASW部隊の艦娘達の白い航跡が軌跡を描く様に長く延びて行き、各艦娘の背中側で快調なエンジン音を響かせる機関部の唸り声が、艦首波の砕ける音と重なってシンフォニーを奏でていた。

 三〇名の艦娘が六人ずつの分艦隊を形成して、ティレニア海に広がっていく。その上空を大鳳、黒鳳、ホーネット、レンジャー、ラングレーから発艦した二式艦上偵察機、SB2C-5が編隊を組んで、各索敵担当方面へと広がっていった。

 夕張、深雪、蒼月、ジョンストン、瑞鳳を従えて海上を進む愛鷹のヘッドセットから、今回の対潜掃討戦に出撃したASW部隊の管制を担うAWACSヴィータから通信が入る。

≪こちら艦娘部隊空中管制機ヴィータ、本作戦参加艦娘の管制を任されている。各部隊、コールサインを名乗れ≫

 は? と思わず愛鷹は声が出かける。各部隊へ割り当てるコールサインなど事前のブリーフィングでも伝達は無かった。今この場でコールサインを決めて名乗れと言うのだろうか?

≪頭管理主義なの? ブリーフィングでそんなもの伝達されてもいない私らに今この場で、深海棲艦の潜水艦に気を配らなきゃいけない今この場で、余計な事に頭のリソースを割けと言うの? そんなもの貴方が決めて割り当てなさいよ!≫

 早速Z57が食って掛かる様に言い返す。それくらいAWACSの仕事だろと言い返す彼女にヴィータはイラっとした声でぴしゃりと言い返す。

≪お前ら艦娘にも脳みそは備わっているだろう、俺の仕事を増やすな、自分で何か考えろ!≫

 癖が強いのか、口が悪いタイプなのか、ヴィータの性格に愛鷹は大きくため息を吐きながら、旗艦である自分が割り当てるべきだと思い直して、ヴィータとの通信を繋げる。

「こちらASW部隊総旗艦愛鷹。本艦が各部隊のコールサインを割り当てます。本部隊のコールサインは『ホワイトハウンド』、駆逐艦キーリング以下の部隊を『グレイハウンド』、重巡青葉以下の部隊を『チェイサー』、英国艦隊を『アールグレイ』、ドイツ艦隊を『レンツァー』、後方の空母部隊は『ドライバー』と命名、以後同コールサインで各部隊は行動するように」

≪ふむ、良いだろう。そのコールサインで以後本機は管制を行う。まったく司令部の奴等、艦娘達にコールサインの伝達もせんとは……≫

 最後毒づきながらもヴィータは承服して、各ASW部隊の艦娘分艦隊に愛鷹が命名したコールサインを書き加えていった。愛鷹のHUDに、更新された友軍情報に彼女が命名したコールサインがそれぞれ反映される。

≪私達のコールサインが『アールグレイ』ね。はぁ、なんだか急にアールグレイが飲みたくなってきた≫

 英国艦隊の艦娘を先導するシェフィールドからやや苦笑いする声と同時に、紅茶への英国人ならではの執着とも言える言葉が出る。

(英国人は紅茶しか飲まないのかしらね)

 自身はコーヒー派である愛鷹が何気なく疑問を思い浮かべた時、見透かしているのか、単にシェフィールドの私語を嗜めていただけなのか、ヴィータから≪私語は慎め、任務に集中しろ≫とにべもない口調で言い渡される。

 

 広大な作戦海域に各部隊が進入すると、ヴィータから「作戦開始」とだけ告げられる。

 口の悪いAWACSとは暫く口をきかなくていい事に、どこか感謝しながら、愛鷹はヘッドセットの機能をソーナーモードに切り替え、海中の眼では見えない音だけが頼りの世界に耳を傾ける。瑞鳳からは天山が発艦し、対潜哨戒に向かい、別働の青葉からも瑞雲が発艦して同様に対潜哨戒に向かう。後方の空母艦娘五人の放った偵察機も対潜警戒についてくれるが、位置の共有は出来ても、対潜攻撃は出来ないのに対し、瑞鳳、青葉の機体は対潜攻撃が可能と言う違いがある。

 潜水艦の掃蕩任務は、はっきりと言えば非常に時間がかかる戦いである。水上艦との戦いと違い、海中に身を潜める潜水艦は潜航中の時は艦娘の方からは目視が基本的にできない分、ソーナーによる聴音で位置の探り合いをずっと続ける事になる。潜水艦も無暗に水上艦である艦娘に打って出る事も無いので、広大な海の中から小さな一つのコインを探し出すかの如くの非常に手間がかかる作戦だった。

「一に忍耐、二に忍耐、三に忍耐」

 早速欠伸交じりに深雪が言う。水上艦と正面切って殴り合う方が気持ちが楽ですらある対潜掃蕩だが、この潜水艦の防衛網を食い破らなければ、本命のアンツィオには辿り着けない。

 

(これだけの数の艦娘が出て来たのだから、深海潜水艦も迎え撃って来る筈……)

 

 ソーナーから聞こえて来る海中の音に耳を澄ましながら、愛鷹は考えていた。三〇名の艦娘が五群に分かれてティレニア海に進出しているのだ。大軍を組めば組むほど、深海棲艦は寄って来る性質を持つ。その性質を逆手に取れば、広大な海の中から小さな一つのコインを探すような作業も、寧ろコインの方から寄ってくる可能性が高い。

 とは言え、深海棲艦の潜水艦も、自分の位置を暴露しながら姿を現すとは考え難い。洋上を進む艦娘達の機関音に紛れて無音潜航しながら密かに距離を詰め、一瞬の隙を突いて魚雷を撃って来る事もありうる。

 代わり映えが無い潜水艦捜索は一分、一秒が一〇倍に引き延ばされたかのような気分になる。時間経過の感覚が狂いそうな任務だ。

 勿論深海棲艦の潜水艦とて原子力潜水艦の様に無限に潜航出来る訳では無い。シュノーケルを海面に上げて吸気を行う必要がある事は、これまでの深海棲艦の潜水艦との戦いで判明している事である。最大潜航深度も艦種によるが、それほど深い訳では無いし、水中速力も速いとは言えない。だからこそ、そのデメリットを如何にして表面化させない戦術を取るかが、ある意味深海棲艦の視点になって考えると重要になる。

 

 

 地中海の空を、瑞鳳から発艦した天山、コールサイン・ターミガン1-1が飛んでいた。空母艦娘と航巡青葉から毛細血管の如く繰り出された多数の偵察機、哨戒機の群れが対潜航空索敵網を形成し、その毛細血管の様な索敵網の血管の一つを成すターミガン1-1は、洋上に航空妖精の二組の眼を向け、MADも駆使しながら海面下に潜む潜水艦の姿を追っていた。

 天山に乗り込む二人の航空妖精は眼下、それと空中の両方に気と目を配りながら、索敵を続けていた。一部の空母艦娘や地上基地で運用されるジェット機やロケット機の乱暴でがさつなエンジン音とは真逆の優しく、心地よさすら感じさせるエンジン音を奏でる天山の火星エンジンに引かれて飛ぶ天山の周囲の空間は鈍色、眼下は黒みがかった濃紺の海が広がっている。今のところ、海上に顔を突き出して空気を吸うシュノーケルや、周囲を見回す潜望鏡は見当たらず、浅深度を潜航する潜水艦の曇りガラスを通して見つめている様な艦影も見当たらない。

 まるで艦娘艦隊の潜水艦狩りを察知しているかのかと疑い掛ける程、潜水艦発見の報告は入らない。AWACSヴィータを経由して、各偵察機にも情報は共有されるから、一機でも潜水艦と会敵すれば、その情報は瞬く間に全索敵機と艦娘艦隊に通知される。今のところ、その手の報告が無いと言う事は、どの機も、どの艦娘も、潜水艦と遭遇していないと言う事だ。

 逆に大規模な対潜掃蕩部隊が出撃して来た事を察知して、潜水艦隊を後退させたのではないだろうか? と言う疑念を愛鷹が考えていた頃、ターミガン1-1のMADのインジケーターにピークが発生した。

「MADに反応あり。反応微弱」

 後席員がMADのコンソールを操作しながら、操縦員に告げる。

「反応があった方角は?」

「面舵に二〇度ほど……」

 後席員の言葉に、操縦員は「ようろそ」と返しながら、軽く操縦桿を倒し、フットレバーを踏み込んで右へと機体を緩やかに旋回させて、進路を変える。

「反応、大きくなる。更に右へ五度程変針を」

 ピークが大きくなるのを見て後席員が言う。操縦員が更に天山の進路を変えると、インジケーターの右に会った波形が、徐々に中央へ寄っていく。波形の大きさも次第に大きくなっていき、MADが捉えた磁気反応に天山が接近している事を示していた。

「やっと潜水艦を見っけたかな?」

「どうでしょうね、海底に沈船が居たらそれにも反応しちまいますし」

「でも、ここらで沈船の情報なんてあったか? 海図にも沈船の表記は無いし」

「海底鉄鋼脈があるなら話は別ですが……まあ、こんなところに鉄鋼脈があるなら、とっくに洋上採掘プラントが出来ていそうですが」

 後席員と操縦員はヘッドセットを介して話しながら、深海棲艦の潜水艦以外のものに反応している可能性を徐々に無くしていく。磁気反応が最大にまで上がると、操縦員は胴体下と翼下に抱いていたソノブイを四本投下する投下レバーを引いた。

 乾いた作動音を立てて、四本のソノブイが投下される。空中でパラシュートを開いて落下速度を大きく減速させながら眼下の海上へ向かって降下して行くソノブイの上空で、天山は緩やかな左旋回に入り、ぐるぐると反時計回りに旋回しながらソノブイからの情報が入るのを待つ。

 海上に水飛沫が四つ、黒い海面に真逆の色の白い飛沫を上げてソノブイが着水し、海中に探信音を響かせていく。カーン、と言う探信音が海中に甲高く響き渡る中、野球のバットでボールを叩き返すような反響音がソノブイのソーナーに返される。

「ソノブイコンタクト。反応三つ。信頼水準高い、方位087、深度二〇、的針232、速力一〇ノット」

「やっとこ見つけたか」

 AWACSに連絡を入れながら、操縦員は計器盤にある時計に目を向けて驚いた。作戦開始からまだ二時間半程度しかたっていない。もうとっくに六時間くらいは過ぎていると思っていたのに。

 

 

 ターミガン1-1からの発見報告を受けて、対潜戦闘配置を発令して前進したのは「アールグレイ」のコールサインで呼ばれる英国艦隊だった。

「右回頭095、最大戦速」

 先導するシェフィールドが続航する五人に回頭と最大戦速への加速を命じる。最大戦速と言ったものの、殿を務めているフラワー級のドッジはシェフィールドやジャーヴィスは元より高速艦のユリシーズと違って二〇ノットも出せない低速艦なので、足の遅いドッジに合わせた「最大戦速」になっている。フラワー級コルベット艦娘の最大速度は一六ノットなので、実質三〇ノットを最大速度とするシェフィールドからすれば、強速程度しか出せない。

 黒い海面に六人が引く白い航跡が六本横に並ぶ形で伸びる中、六人の艤装上では水雷科妖精達が爆雷投射機に爆雷をセットして行く。特に従来のドラム缶状の爆雷だけでなく、ヘッジホッグ爆雷投射機も備えている英国艦隊艦娘の対潜攻撃火力は高い。これに六人の足裏にはHF/DF Type144/147 アズディックソーナーが備わっており、六人のヘッドセットに海中の細かな音を正確に聞き届けていた。海中の微かな騒音から、海底噴流の音、勿論深海棲艦の潜水艦の艤装がきしむ音から、機関音に至るまで。聞こえる音は全て拾ってくれる艦娘の水中聴音機の中では最も高性能なソーナーを彼女達は備えていた。

「ソーナーコンタクト、方位088に敵潜水艦機関音探知。的針232、速力一〇ノット。数三隻」

 対潜艦なだけに最も聴力の優れるドッジが、HF/DFアズディックから聞こえる深海棲艦の潜水艦の音を聞き取って、それを仲間に伝達する。シェフィールド達もソーナー聴音は行っているが、恐ろしく耳が良いドッジの聴力にはかなわない。潜水艦を狩る事に特化した艦娘の耳は、人間離れした超人の域に達している。

「対潜攻撃用意。ドッジ、敵潜の動向から目を離さないで」

「心眼で見ろって言うのかな?」

 ちょっとした冗談を交えながらもドッジは両手をヘッドセットに当てて、目を閉じて聴音に全神経を研ぎ澄ませて向けながら、ソーナーから聞こえて来る深海棲艦の潜水艦の音を脳内に可視化させていた。海中を一〇ノットで進む深海棲艦の潜水艦の姿を脳内でイメージするのと同じだ。

 眼を閉じているので、他の五人の動きも当然目視出来ない筈だが、ドッジはソーナーから聞こえて来る音だけで、シェフィールドら五人の動きも把握していた。目を閉じたまま全員に変針の指示を出し、ドッジの指示に従って五人は舵を切る。横に並んだ六人の航跡が左右に振れる中、ドッジの耳に深海棲艦の潜水艦の機関音が最大にまで大きくなる。最後にドッジが行ったのはそれが深海棲艦の潜水艦の音か、デコイの音か、と言う判別だった。全員に原速へ減速する様指示を出しながら耳を澄まして聞く彼女の耳に、潜水艦が海中の海水と擦れる流体雑音、水切り音が微かに聞こえて来た。ただ潜水艦のふりをして海中をぐるぐると漂うだけのデコイとは聞こえ方が違う。

「潜水艦で間違いなし。攻撃して良し!」

 眼を開けてシェフィールドに言うドッジの言葉に、シェフィールドは頷くと、ジャーヴィス。ジャヴェリンに攻撃始めを発令した。

「攻撃始め。ヘッジホッグ発射始め」

「Roger! 旗艦指示の目標、ヘッジホッグ発射始め! Shoot, Shoot, Shoot」

 ジャーヴィスの幼い少女の声が攻撃開始を叫び、ジャヴェリンと共にヘッジホッグ対潜爆雷を一斉発射した。連射音が二人の艤装から発せられ、二四発の小型の対潜爆雷が〇・二秒間隔で二発ずつ投射され、空中でハート状に広がって海中へと飛び込んでいく。深海棲艦の潜水艦を包み込む様に海中へ沈降して行くヘッジホッグは、海上に着水音多数を聞いた深海棲艦の潜水艦三隻、潜水新棲姫一隻と潜水艦ソ級flagship級二隻、は最大戦速へと加速して、爆雷の群れから逃れようとする。ヘッジホッグは一発でも当たれば他の爆雷が一斉に連鎖して起爆する。逆を言えば当たらなければ一発も爆発しないので、艦娘側からすれば攻撃を外したか、当てたかの判別が付けやすい。

 一見躱す事さえ出来れば、潜水艦にとって普通の爆雷と大差ないように思えるが、潜水艦を包囲するように投射されるヘッジホッグはそう簡単にその包囲網を抜けられる訳でも無かった。ましてや蝙蝠の様に耳の良いドッジが聴音探知した座標に精確に投射されたのならなおの事逃れるのは困難、いや不可能だった。

 海中で連鎖して爆発音が轟く。ジャーヴィスとジャヴェリンの二人合わせて四八発の爆雷が一斉に起爆し、海そのものを吹き飛ばさんとする爆発が海中で炸裂し、海上に白い水柱を白き森の如く突き立てる。その森の如くそそり立つ水柱の幾つかに黒く濁った水柱が混じる。

「海中の爆発音でソーナー聴音不能、回復まで暫し待って」

 幾らドッジの耳が良くても爆雷の爆発音でナイアガラの滝壺の中を聞いているかのようになる爆雷攻撃後の聴音は出来ない。騒音が治まるまでの間、六人は海面に警戒しながら低速で、だがいつでもダッシュをかけられるようスタンバって進む。

 程なくソーナーが回復し、ドッジが聴知した三隻の潜水艦の状況を伝える。

「ソ級二隻の音紋ロスト、艤装崩壊音二、確認。潜水新棲姫は大破した模様。浮上中」

「全艦、砲戦用意」

 淡々とした、冷淡さすら感じさせる口調でシェフィールドは主砲艤装を構え、浮上中の潜水新棲姫に止めを刺すべく砲門を指向する。

 間もなく海面に浮かび上がる大量の気泡と共に潜水新棲姫が姿を現した。著しく損傷したバラストタンク等から流血の如く作動液やエアが漏れており、ヘッジホッグによって致命的損傷を受けている事が伺える。

「Shoot, Shoot, Shoot」

 撃ち方始めを命じるシェフィールドの主砲が火を噴き、中口径主砲の鋭い砲声が響き渡る。遅れてユリシーズの両用砲の砲声が響き、潜水新棲姫の周囲に着弾の水柱を突き立てる。もがく様に潜水新棲姫は回頭して離脱を試みるが、砲弾はそれに追いすがり、艤装上に着弾の火焔を噴き上げる。砲弾が着弾する度に、細かな破片が周囲の海面に飛び散り、潜水新棲姫の断末魔の悲鳴が壊れたラジオを思い起こす程やかましく鳴き立てる。

 至近距離での砲戦なだけに、シェフィールドとユリシーズの二名の砲撃が、砲口から飛び出して、潜水新棲姫の元へ着弾するまでに要した時間は五秒と経たなかった。速射を繰り返す二人の主砲がやがて潜水新棲姫の艤装を抉り、粉砕し、ひしゃげた無機物とも有機物ともつかない塊の醜い集合体と化した時、今だ発射していなかった魚雷などの弾薬に誘爆した潜水新棲姫の艤装が弾け飛ぶ形で火球に代わる。

 目の前に出現した火柱そのものと言える火焔に、シェフィールドとユリシーズが揃って顔を仰け反らせた時、火焔が海水とせめぎ合って急激に水蒸気が形成される音と、浮力を失って沈降して行く艤装から漏れた空気の気泡が弾ける音が潜水新棲姫の最期を告げた。

 

 

 ほぼ同時刻、キーリング率いるアメリカ駆逐艦戦隊(DESRON)グレイハウンド1も、潜水新棲姫一隻とソ級flagship級二隻からなる潜水艦隊と交戦を開始していた。

 一方的な攻撃が行われた英国艦隊と違い、キーリングたちと会敵した潜水新棲姫以下は最大級の得物にして大火力、自身のアイデンティティに等しい兵装である魚雷を用いて波状攻撃を行って来た。

 雷撃深度に浮上して来た三隻に対して、キーリング、キッドが五インチ単装主砲と四〇ミリ四連装機関砲で射撃を行い、水中弾効果を含めて牽制射を仕掛ける中、ヘイウッド・L・エドワーズとマクドゥーガル、シンプソンとフライシャーの四人が二人一組の単横陣を組んで、潜水新棲姫とソ級flagship級二隻に対して爆雷を投下する。ドラム缶状の爆雷が投射機からビール瓶の栓を抜く様な音を立てて射出され、海上に着水して行く。鋭いエッジをきかせて四人が航過した潜水艦の背後で小さな旋回半径のターンを決めて、爆雷が海中で爆発して水柱が立つ海上へと再び戻る。

 海中でくぐもった爆発音が響き、盛り上がる海面が弾ける形で水柱が噴出する。四人が投射した爆雷は各四発、計一六発の爆雷が爆発し、海上に一六本の水柱が突き上がる。海中の潜水新棲姫とソ級flagship級は前後左右から襲い掛かる殺人的水圧の暴力によって、ぐしゃぐしゃに揉まれ、エネルギー量はトンに達する強烈な圧力の破壊によって艤装を潰され、本体が悶え苦しむ声を上げる。

 ソ級の一隻がバラストタンクとベントに甚大な損傷を受けて、激しくエアー漏らしながら沈降を始める。必死に浮上をかけようともがくが、その為の浮上用エアーがとめどなく意味なく流出してしまう状況ではソ級の辿れる道は、深海の底に沈み、圧壊する事しかなかった。

 潜水新棲姫とソ級flagship級の片割れはまだ辛うじて潜航は出来ていたが、魚雷発射管を損傷し、機関部も深海電池がバッテリー漏れを起こして故障している状況では、逃げようにも逃げられない。のたのたと離脱を図る二隻の直上に再度ヘイウッドとマクドゥーガルの二人の靴底が航跡を引きながら通り過ぎると、海面に八つの着水痕が弾け、八つの爆雷がゆっくりと沈降して来る。最大戦速を出せたら、潜水新棲姫とソ級flagship級なら躱せる沈降速度だが、今の二隻が出せる速度は精々三ノット。とても逃げ切れるものでは無い。

 爆雷を投射し、背後を振り返るヘイウッドの視界で空へ向かって灰色に濁った八つの水柱を突き上げる。何かの欠片と思しき物体を交えた水柱が治まった後、聴音を行っていたキーリングから「敵潜撃沈」の報告が入る。

「Three down」

 爆雷が海上へ向けて放った爆発エネルギーによって形成された水柱の飛沫が付着した眼鏡をハンカチで拭きながら、ヘイウッドは呟く。眉間に滲む汗を手袋をはめた右手で拭いながら、ヘイウッドはこの汗は何で掻いたものだろうか、とふと疑問に思った。二発の魚雷をギリギリのと事で躱した時のものか、爆雷が命中するかで気を揉んだ時か、それとも汗と同じ塩分をたっぷり含んだ海水が額に付着して自身の体温で温まったのを汗と誤認したか。

 どうでもいいや、と溜息を吐きながらヘイウッドはキーリングの元へとマクドゥーガルと共に集合しに向かった。

 

≪敵潜水艦、六隻目撃沈を確認≫

 無機質な声でヴィータが二群の深海棲艦の潜水艦部隊撃破を報じる。

「出張って来たわね」

 愛鷹は両腕を組んで海面を凝視しながら言った。足元に目を向けながら、そろそろこちらも会敵する頃合いか? と思いながら、ソーナーのハイドロフォンから聞こえて来る海中の音に耳を澄ます。海中の自然環境音以外、深海棲艦の潜水艦と言う無機物とも有機物ともつかない存在の音らしきものは聞こえて来ない。

 潜水艦がアクティブに動くのではなく、機雷を敷設しているのでは? と言う懸念も考慮して、一回アクティブソーナーの探信音を放っていたが、機雷の反応も無かった。今のところ愛鷹の零式水中聴音機から聞こえて来るものは無い。続航する夕張、深雪、蒼月、ジョンストンの備える四式水中聴音機、HF/DF共に反応に関しては同様だ。瑞鳳の艦載機も今のところ別海域で敵潜を発見はしたものの、愛鷹率いる部隊の進路上には発見していない。

「敵潜水艦の位置、未だ不明」

 込み上げて来る眠気を噛み締めながら蒼月が眠気覚ましも兼ねて、愛鷹に何気ない報告を入れる。この担当エリアには深海棲艦の潜水艦は展開していないのだろうか? と愛鷹が思っていると、ドイツ艦隊が潜水艦会敵を報告して来た。こちらはソ級flagship級四隻からなる潜水艦隊だとの事だった。

 

 ドイツ駆逐艦艦娘の備えるGHG聴音機で補足したソ級にWBG型爆雷を投射し、交戦に移る六人のドイツ駆逐艦娘に対して、ソ級も魚雷を発射して逃げるよりも応戦して生き残る事を選択した。潜水艦娘大国であるドイツ艦隊は、必然的と言うべきか、対潜水艦戦技術にも秀でている国でもあった。特に世界各国で技術共有が行われる現代において、その対潜兵装はより洗練され、精度、信頼性が高められている。

 グレイハウンド1と同じように、二人の駆逐艦娘が四人の駆逐艦娘を聴音探知で支援する、と言う戦術が取られる。Z57と62がソーナーで支援し、Z1レーヴェとZ3マックス、Z68、72が単横陣を組んでソ級四隻に爆雷を投射する。

 射出音が四人の艤装から響き、弧を描いて海上へ着水したWBG型爆雷が調停深度へ沈降すると、信管を作動させ弾頭内に充填された炸薬六〇キロ相当を起爆させる。海中で爆雷の爆発エネルギーが海水を媒体にして前後左右に急激に広まり、海水圧と言う目では見えない破壊の力がソ級を確実に破壊しにかかる。

 四人で各四発を投射し、暫く低速で走りながらソーナーが復旧するのを待ちつつ、リアタックの構えに入る。この時レーヴェとマックスのやや古めの機関部の騒音レベルがZ57の聴音の妨げとなり、彼女を苛立たせた。内心「煩い老朽駆逐艦め」と毒づきながらも、大先輩である二人に面と向かってそれを口にするのは、自己感情の主張が強い彼女も流石にやらなかった。これでもレーヴェとマックスの機関部の騒音レベルは大分改善された方ではある。二人が着任した頃は騒音どころか、その機関部の信頼性まで酷いモノだったのだ。

 レーヴェとマックスの機関部の騒音レベルの大きさに眉間に皺を作りながらも、Z57はソ級の音紋を再確認する。二隻は仕留めた様だが、二隻は辛うじて躱したらしく、更に魚雷発射管注水音が聞こえて来た。聞こえて来た魚雷発射管注水音から魚雷の的針を直ちに逆算し、射線方向に目を向ける。

「リレ、狙われてるわよ!」

「Ja」

 短く返すZ68が海面を凝視しながら警戒を強める一方、彼女を含めた対潜攻撃役の四人は横隊を崩さない範疇でジグザグ航行に移行し、魚雷の射線から逃れようと右に左に舵を切る。ここでもレーヴェとマックスと、Z68、72との艤装の性能と世代の差から生じる旋回性の差が如実に表れたが、衝突と被弾さえしなければ問題は無いと言うのがドイツ駆逐艦娘達の一種の諦めに似た割り切りがあった。

 ジグザグに動く四人に向かって四発の魚雷が、海中から八つの脚をもぎ取らんと疾走して行く。ソ級の魚雷の充填された高性能深海爆薬を駆逐艦が食らえば、一撃大破は免れない。寒冷な北海の海を基本行動範囲とする艦娘にしては、妙に足回りを覆う衣服に乏しいレーヴェとマックスと違い、Z57らはタイツとそこそこ丈のあるスカート履きだが、衣類程度で防御力如何は大して変わる所では無い。機動力を持ってまず被弾しない事を大前提とするのが世界各国の駆逐艦娘に共通する「防御力」であった。

 海面に馳走する航跡を浮かび上がらせながら迫る魚雷四発と正対した四人が互いに間隔を取り、魚雷の弾頭が直撃でなくても作動する磁気信管だった場合に備えて、充分にその飛散して来る破片や衝撃波、火災などから加害範囲からの安全な距離を取る。

 回避運動を取る四人のそれぞれの左右両側を深海魚雷が通り過ぎて行く。黒い海面に、薄らと魚雷の姿が目視出来た、海の色と同化しているので見分けづらいが、黒く塗られた弾頭部も辛うじて視認できる。艦娘の脚を爆薬と言う牙を持って食いちぎらんと迫る鮫を彷彿させる魚雷群は、当の艦娘の脚を捉えることなく、そのまま内蔵燃料が尽きるまで虚無の航海を続ける。

「取り舵一杯! 前進全速! 深海潜水艦に対して突撃! 三〇秒最大戦速で走った後、第一戦速へ減速して爆雷攻撃態勢に移行!」

 先んじて左へと舵を切るレーヴェがマックスとZ68、72に指示を下す。四人の二人ずつ異なる主機から機関部から伝達されて来た推力が、低い唸り声となった低音を立てながら海中に前へ進む力を放出し、四人の靴の爪先で艦首波が形成される一方、踵からは洋上へ向けてパワーが溢れた推力と海中に向けて噴射される推力の両方によって後方へと吹き飛ばされる海水によって生まれた航跡が長く、白く伸びていく。

 レーヴェの言う通り三〇秒間全速力で走った後、四人の艤装からエンジンテレグラフのベルが鳴り響き、第一戦速へと推力を絞り、慣性半分で走りながらZ57と62のソーナー聴音による正確な潜水艦の位置評定を待つ。

 程なくZ62から敵潜補足の知らせが四人に伝達される。

「敵潜補足、参照点より方位001、距離五〇〇メートル」

「面舵一杯、方位065」

 今度は右へと艤装を纏った身体そのものを傾けて旋回半径を小さくしながら、レーヴェ達は方位065へと転進する。最大戦速で走った時の慣性が旋回時のターンで運動エネルギーを失い、四人の速度が急速に落ちていく。対潜攻撃を行う四人の航走音とは別に聞こえて来るソ級の機関音を聞き分けながら、Z57と62の二人は互いでソーナーの探知死角を生まない様布陣しながら、攻撃役の四人にソ級の動向を逐一伝達する。

 潜水艦の行動の肝は「ステルス」にあるが、今のソ級はステルスをかなぐり捨てて、機関音を盛大に鳴らしながら海中を最大速度で走っていた。そうでもしないとドイツ駆逐艦娘の四人から逃れられないし、魚雷の再装填の為の時間稼ぎも出来ない。だが海中で発揮出来る速度は、海中での動きに特化している深海棲艦の潜水艦であっても、洋上の水上艦娘を凌駕する事は出来ない。深海棲艦の潜水艦が全速力で走ったところで、艦娘の発揮可能な第一戦速にすら負けるからだ。

 速力と言う機動性の差に置いて優位にある四人の駆逐艦娘がソ級二隻の直上へと差し掛かる。

「Feuer!」

 中性的な声のレーヴェの攻撃開始の号令が発せられると、コルクの栓を抜く様な音が四人の艤装で鳴り響き、四人各四発の爆雷が急角度で山なりの弾道を描き、重力の法則に従って海面へと着水し、そのまま海中の底へと沈んで行く。計一六発の爆雷は調停深度に達すると信管が炸薬に起爆信号を送り、充填された炸薬が炸裂し、海中を海水を媒体にして急激に破壊的圧力が広がる。上へと逃げたパワーが水柱となって突き上がり、爆雷を投射した四人の背後で壁の如く水柱を林立させる。

 そそり立つ水柱の壁の一角が黒く汚され、細かな破片ともつかない物体を交えながら空へ向かって浮き上がっていた。

「Hast du es getan? (やったかな?)」

 水柱が崩れていく後方を振り返りながら、レーヴェはその一角の破片と油らしき黒いものを含んだ水柱を見て疑問形を口にする。

 そのまま第一戦速で走りながら面舵一杯で反転する四人に、Z57からソーナー聴知の報告が入る。

「圧壊音一、それとは別に漏水音一、敵艦一隻は撃沈、もう一隻は損傷した模様」

「船体に傷を負った以上は、深くは潜れない。浮上砲戦に備え!」

 ベルトで吊っていた主砲艤装を構えてレーヴェは浮上してくる可能性があるソ級への射撃体勢を取る。

「船殻への損傷次第になるけど、深刻でなかったなら潜航したまま離脱もあり得るわね」

 長女と同じ主砲艤装を構えてマックスが言う。

「マックスの言う通りだけど、仮に僕が潜水艦なら浮上はせずとも海上の洋上艦娘からでも目視可能な深度に浮上してくる可能性はあると思うよ」

 コッキングレバーを引いて初弾を砲身に送り込みながらレーヴェが返していると、Z57と62の二人が同時にソ級の浮上を叫ぶ。

「敵潜、浮上する!」

 二人の唱和した声が海面に響いた時、海面が丘状に一瞬盛り上がった後、黒い海面を突き破る様に艤装を著しく損傷させたソ級が浮上する。

 浮上して来たソ級に対して、水上砲戦用意と号令が既に下っていたドイツ駆逐艦娘の四人の主砲が一斉にソ級に対して集中砲火を浴びせ始める。四人のドイツ駆逐艦娘が備える主砲艤装、ヒュフナー・&・ケスティング社製一二・七ミリ単装主砲または連装主砲が発砲音を響かせ、浮上したソ級の周囲に着弾の水柱を突き上げる。何発かは海面を飛び跳ねて跳弾となる中、ソ級の艤装に着弾した誰かの砲弾がぱっと火焔を噴き上げ、ソ級の船体そのものを揺らす。波間を漂うソ級に容赦のない砲撃が間断なく浴びせられ、レーヴェが撃ち方止めを命じるまでに五発の一二・七センチ砲弾を受けたソ級は艤装から油を流出させながら、水泡を残して急速に再び海中へと沈んで行った。

「全艦撃沈を確認。良い狩りだったわね、ただレーヴェとマックスの艤装の機関音がちょっと煩かったけど」

「ごめんなさいね、煩くて」

 忖度も無く、忌憚も無いと言うよりは無遠慮に近い形ではっきりとソーナー聴音時の妨げになった事を述べるZ57に、マックスが仏頂面になってぶすりと答えた。貴女から何か反論の一つでも言ってやって頂戴とマックスは姉のレーヴェにちらりと目配せをするが、レーヴェは右目の脇を右手の人差し指で掻きながら、お茶を濁す様に苦笑を浮かべた。

「まあ、否定はしないね……」

 

「アールグレイ」「グレイハウンド1」レンツァー」がそれぞれ潜水艦撃沈を報告して来る。「アールグレイ」と「グレイハウンド1」は潜水新棲姫とソ級flagship級の混成編成三隻、「レンツァー」はソ級flagship級六隻と交戦し、現状各部隊に被害は無く、敵潜水艦全艦を撃沈していた。

 潜水艦か、と青葉は交戦中の深海棲艦の艦種を成す三つの漢字を脳裏に浮かべて、唇を噛む。今の所属先である第三三特別混成機動艦隊の前身の第三三戦隊の初出動となった沖ノ鳥島海域での偵察作戦で、青葉は深海棲艦の潜水艦の雷撃を受けて大破し、一時後送される羽目になった。

 彼女にとって潜水艦とは絶妙に相性が悪い時がある。かつてソロモン戦線で深海棲艦の泊地へ、第八艦隊の一員として強行突入した作戦では、帰路に射角から加古を狙ったとみられる魚雷が青葉に直撃して、右足の膝から下を失った経験がある。

 艦娘になって初めて当時多用されていた艦娘の高速治療薬である「高速修復剤」の世話になったのがこの時だった。諸に複数初の魚雷が命中して切断された右足の切断面からの出血に、直ちに衣笠が鼠径部を圧迫して抑える中、古鷹がC-A-Tターニケット止血帯を足に締め付けてくれたお陰で失血死は免れ、意識が無い状態で加古に肩を担がれて曳航されてショートランド泊地へと帰投した。青葉はその後泊地に隣接する病院の集中治療室で一週間を過ごし、足が「元通りに生えて来るまで」の間六戦隊の戦列から外された。

 その他に一時期加古と衣笠が揃って予備艦娘へ編入され、六戦隊が一時的に解散状態になった時に出向していた第一六戦隊では、輸送作戦の護衛艦として配属された。そこでは度々民間船舶の護衛中に潜水艦に付け狙われ、何度か死にかけた事すらある。ただ一六戦隊所属時、寧ろ青葉が潜水艦を引き寄せたお陰で、護衛対象の貨物船やタンカーが狙われずに済んだ、と言う評価が海軍内では殆どなので、青葉として反応に困る評価であった。軽巡艦娘の鬼怒が改二になったのはある意味青葉が潜水艦を(意図せずに)引き付けてくれたお陰で、鬼怒自身がハンター役に徹する事が出来て潜水艦狩りを重ねられ、経験を上げたと言う一面もある。

 何にせよ普段は余り青葉自身が語らないとは言え、青葉にとって潜水艦は忌々しさの塊と言っても過言ではない。自分の四肢の一つを奪った相手でもあり、しつこく付きまとって来た相手でもある。もう一つ厄介なのは重巡艦娘である青葉には対潜兵装が艤装には備わっていないので、応戦のしようが無いと言う事だった。青葉に限った事ではなく、重巡艦娘は対潜攻撃可能な水上爆撃機を搭載出来る航空重巡洋艦でもない限り、その役目は機動艦隊に随伴して水上偵察機による索敵、艦隊砲撃戦、艦隊防空であり、対潜攻撃は駆逐艦娘や軽巡艦娘、海防艦娘、護衛空母艦娘の仕事だった。

 一方の艦娘としての青葉とは別の、一〇〇年程前の太平洋戦争の時に「鋼鉄の軍艦」として活動していた方の重巡洋艦「青葉」には、デフォルトで少量ながら爆雷が搭載されていたし、太平洋戦争末期には爆雷投下軌条を設けて対潜攻撃能力を強化していたとも言われているので、艦娘では無い方の軍艦の「青葉」は少なくともその対潜能力の程度を語らなければ、潜水艦を攻撃する兵装は搭載していた。

 今の青葉は昔とは違う。航空重巡洋艦となった事で、瑞雲を用いた対潜攻撃が可能だ。それも、敵潜に接近して、爆雷を投げ込むと言う確実さはあるが、敵に接近すると言うリスクをはらむクロスレンジの戦いではなく、瑞雲の航続距離を生かしたアウトレンジの対潜攻撃が可能だった。一六機搭載する瑞雲、それも夜間作戦も可能にした試製夜間瑞雲の対潜攻撃能力は、本格的な対潜哨戒機と比べれば爆装量で劣るが、装備においては負けてはいない。

「アオバンド3-3及び3-4より入電。敵潜水艦補足」

 ふと背中の艦橋艤装の中にある青葉のCIC妖精から、瑞雲隊から入った潜水艦探知の報告に、青葉は現実に意識を引き戻された。

「どこです?」

 ヘッドセットに手を当てて、CIC妖精に敵潜水艦が居る方向を含めた正確な情報を求める。

「参照点より方位096、距離六〇〇〇。潜水艦ソ級flagship級四隻、単縦陣にて方位236へ向け進行中」

「面舵一杯、方位181へ転進。最大戦速」

「最大戦速、了解」

 先頭を切る青葉が右へと舵を切ると、続けてフレッチャー、綾波、敷波、陽炎、不知火の五人が面舵へと舵を切る。六人の両足の足裏で、踵で舵が左へと振れ、進行方向を右へと変える。同時に六人の機関部が唸り声を高め、回転数を上げた機関部が文字通り重く低い重低音を鳴らしながら六人が増速していく。

「アオバンド3-3、3-4は引き続き潜水艦隊との触接を継続。絶対に逃がさないで下さい。全艦、単横陣に移行、対潜攻撃用意」

 瑞雲隊に引き続き潜水艦との触接を維持する様命じる一方、率いる分艦隊には対潜攻撃用意を発令する。潜水艦との距離は六〇〇〇メートル、つまり六キロ。現在の速度で行けば数分で会敵に至れる。三式爆雷投射機をスタンバる綾波、敷波。陽炎、不知火と、RUR-4Aウェポンアルファ対潜ロケット発射機を構えるフレッチャーが青葉の横に並ぶ。

「ソーナーコンタクト、方位097、距離五二〇〇、深度一二、速力一〇ノット、数四。艦隊正面を西へ向け進行中」

 青葉隊の中でも最もソーナーの性能が良いフレッチャーがヘッドセットに片手を当てて、長距離の聴音で敵潜水艦の動向を他のメンバーに伝達する。

「よく聞こえるわね」

 自身の三式水中聴音機から聞こえるパッシブソーナーの反応とは段違いの性能を誇るフレッチャーのソーナーの感度に、陽炎は感嘆を多めに、妬み四分の一程度交じりに言う。同じ長女同士の存在とは言え、艤装に備えられた装備の性能で言うと対潜と対空においては陽炎含めた陽炎型よりも、フレッチャーと彼女含めたフレッチャー級姉妹に軍配が上がる。陽炎も、今この場にいる次女の不知火共々改二となってからは、艦娘として着任時した時よりも対潜、対空の分野においても艤装性能を強化してはいたが、フレッチャー級駆逐艦娘の高水準には中々及ばないものである。

「青葉さん、何かそちらで補足出来ましたか?」

 綾波の言葉に青葉はヘッドセットから聞こえて来る四式水中聴音機で捉えた海中の様子を、目を閉じて脳裏にイメージする。目を閉じ、光が差し込まない海中の様子を脳裏で描画し、そこにソーナーで聞こえて来るものをイメージで書き加える。今のところ、何か聞こえそうで聞こえてくる気配はない。ソ級の機関音が聞こえて来ない以上は、脳内に浮かべる黒い海中の世界に深海棲艦の潜水艦の姿が浮かび上がる事は無く、真っ黒な海の中だけが再生されるだけだった。

「何も……四式でも聞こえませんね」

 諦めて目を開けて、洋上の光景を網膜に映しながら青葉は綾波に答える。距離は五キロ程だが、この距離でも聞こえないのは日本製艦娘用ソーナー、日本名水中聴音機の性能の限界と言わざるを得ない。

 聞こえないなら、分かる様にすればいい。そう判断した青葉はヘッドセットを通信モードに切り替え、アオバンド3-3に指示を出す。

「アクティブソーナーを備えたソノブイを何個か投下して、アクティブピンで敵潜位置を確認してください」

≪了解、スタンバイ≫

 前方の洋上の空を飛ぶ二機の瑞雲の片割れから、ソノブイが二個投下され、海面に着水の水飛沫を立てる。二個のソノブイからアクティブソーナーの探信音が鳴り響き、ソ級の艤装に反射した探信音がカーン、と言う甲高い音を跳ね返す。

「目標位置を正確に評定。CIC、確実に敵の位置を算出して下さいよ」

 ヘッドセットを再度ソーナーモードに切り替えながら、青葉はCIC妖精にソノブイのアクティブピンで突き止めた敵潜水艦の位置を正確に算出するように念を押す。アクティブピンは引き続きソノブイから発信され、反射音がソ級四隻から跳ね返って来る。

「アオバンド3-3及び3-4から共有されて来た位置情報を参照しつつ、目標座標再特定」

「戦術、ソ級flagship級四隻の位置を確認」

 青葉のCICで装備妖精達がコンソールと向き合いながら正確なソ級の位置を算出し、それを綾波、敷波、陽炎、不知火、フレッチャーの五人の艤装内の装備妖精へと戦術データリンクを介して共有する。

 距離が三〇〇〇を割った時、青葉を含めた日本艦娘全員のソーナーでもソ級の機関音は補足出来る様になった。嫌と言う程聞いて来たソ級の機関音がソーナーを通して全員のヘッドセットのイヤフォンから、鼓膜へと響き渡る。

「攻撃始め。フレッチャーさんはウェポンアルファにて第一目標のソ級を先制対潜攻撃。残る三隻には綾波さんと敷波さんで第二目標、陽炎さんが第三目標、不知火さんは第四目標を攻撃」

「対処します。対潜戦闘、旗艦指示の目標。Open Fire!」

 先行して攻撃を仕掛けるフレッチャーがウェポンアルファを構え、前方に展開するソ級にロケット爆雷を発射する。綾波と敷波の二人が揃って増速をかけて、二人一組で対潜攻撃に移る一方、陽炎と不知火は互いの拳をコツンとぶつけた後、二手に分かれて同じく対潜攻撃の構えに入る。

 ウェポンアルファの爆雷が海面に着水し、海中へと沈降して行くのをソーナーで聞いていた青葉の耳に、ソ級一番艦の魚雷発射管開口音と注水音が聞こえて来た。

「青葉さん、敵潜一番艦が雷撃態勢に! 射線方向に青葉さんが」

「狙って来た……青葉は自艦防衛に入ります。その他は全力で対潜攻撃。ソ級を確実に撃沈せよ」

 了解、の返事が五人から返される一方、青葉は回避運動に入り、自艦防衛行動に移る。

 フレッチャーのウェポンアルファが起爆し、海上に水柱が立ち上がる中、その爆雷の爆発音の残響の中から、一発の魚雷が航走する音が、青葉の四式水中聴音機でも捉えられた。フレッチャーのウェポンアルファの爆雷が爆発する直前、ソ級は一発発射する事に成功していた。

 航跡が海面に浮かび上がりながら、一直線に青葉へと白い筋を伸ばしてくる。

「取り舵一杯、最大戦速!」

 左に舵を切り、最大速度で魚雷の射線から逃れながら、青葉は対潜攻撃を開始する綾波、敷波、陽炎、不知火の方へ視線を向ける。爆雷を投射する発射音が響き、トスの要領で投げられた爆雷が海面に着水し、沈降を開始する。フレッチャーもウェポンアルファの次弾を装填し、第一目標のソ級が健在だった場合に備えて第二射の準備を整える。

「雷跡接近、右舷095度! 雷数一!」

 艤装上で双眼鏡を構えて魚雷の動きを監視する見張り員妖精が叫ぶ。海面の波に影響されたか、それとも予め青葉の回避を読んでか、取り舵回避を取る青葉に魚雷は食いついて来る。

 だが魚雷が青葉を捉える事は無かった。確かに青葉の回避機動を予測して発射された魚雷は青葉の近場まで迫ってきてはいたが、誘導魚雷では無い以上、正確な終末誘導は出来ない。それに最後の最後の所で青葉が一瞬だけ機関部に赤ブーストをかけて、ごく僅かだが突発的加速をかけて現在位置を変えたのが功を奏した。

 すっと音も無く青葉の近くを通り過ぎて行く魚雷の航跡を一瞥し、回避成功を確認する青葉の耳に綾波、敷波、陽炎、不知火の爆雷が爆発する轟音が響いて来た。




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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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