本編をどうぞ。
各隊から潜水艦撃沈の報告が入る中、愛鷹が率いる「ホワイトハウンド」隊は未だに会敵せずに居た。
瑞鳳の艦載機、フェーザント2-1が三〇分前にソ級flagship級六隻を探知していたが、触接に失敗し、以降六隻のソ級の行方はしれない。ただ、愛鷹達の航行速度及びソ級を確認した位置から考えるに、そう遠い所へ逃げているとは考えにくかった。二〇キロ圏内の海中に潜んでいる可能性は高い。
「海の中で歌でも歌ってくれたら、直ぐに見つかるのな」
「歌はおろか、呼吸音や作動音すら立てない無音潜航よね」
水上戦闘と違い、時間の流れと己の忍耐力との戦いの一面が大きい対潜戦に深雪が欠伸交じりに言うと、対照的に真面目な顔の夕張がヘッドセットに片手を当てて聴音を継続しながら返す。
海中から聞こえて来る音は、今のところは自分達の機関音以外、魚の泳ぐ音すら聞こえない静けさだ。愛鷹の零式水中聴音機でも有効範囲は二〇キロもカバー出来ないので、どこかしらでソ級に何かしらの奇行をされて居たら、後手に回る事になる。
おもむろに愛鷹は戦術タブレットを取り出すと、ディスプレイに今自分達がいる場所をマークした海図を表示させる。タッチペンと操作ボタンをクリック、タッチして、何か考え込む仕草を取る。愛鷹の左手の親指がタブレット端末の機能切り替えボタンを押す小さな電子音と、タッチペンでディスプレイの表面を軽く突く音が鳴る中、「グレイハウンド2」から敵潜水艦一隻撃沈の知らせが入る。
「一隻だけ? 他にいないのキーリング」
怪訝な表情で夕張が「グレイハウンド1」を指揮するキーリングに聞き返す。キーリング曰く、彼女自身とヘイウッド、キッド、シンプソン。フライシャーの五人も、潜水新棲姫一隻以外の艦影を確認出来ていないと言う。他は雲隠れしたのか、それともそもそも潜水新棲姫が単独行動していたのか。もし後者なら、通常随伴艦を伴っている潜水新棲姫にしては珍しい行動と言える。一応、潜水新棲姫が単独行動している前例はあるから、新発見と言う訳では無いが、宝くじの賞を引き当てる程の確率と言えよう。
「全艦、三〇秒後に面舵一杯に転進。第三戦速で五分走った後、爆雷各自四発投射。対潜爆雷投射の際、左舷後方60度に警戒を」
戦術タブレットと睨めっこしていた愛鷹が、タッチペンをタブレットに戻し、タブレット端末そのものを艤装内に戻しながら、「ホワイトハウンド」全艦娘に指示を伝達する。何か深海棲艦の潜水艦の動きを全て先読みした口ぶりに、ジョンストン以外の全員が即座に「了解」と返す。第三三戦隊の時からの付き合いなだけに、愛鷹の勘を信じる四人だったが、新規に、それも一時的な加入であるジョンストンは愛鷹の意図が汲めず、不思議そうな顔をして返答が遅れた。
「復命は?」
低い声で、短くだが、有無を言わせぬ圧を含めた声で言う愛鷹に、ジョンストンは我に返った顔で「Aye aye」と答え、自身の艤装に備えられているRUR₋4Aウェポンアルファを構える。装備を構えつつ、ジョンストンはもう一度愛鷹の方をちらりと見る。制帽を目深に被った長身の女の顔は正確にどの様な顔なのか伺い知れないが、既に何度か愛鷹とは行動を共にしたことがあるジョンストンは、その顎の輪郭や声色などから第三三特別混成機動艦隊結成時に初めて顔を合わせた艦娘、いや女性では無い気がしていた。
まあ、今は詮索する時では無いとジョンストンは意識の向ける矛先を切り替え、第三戦速へと加速する部隊と足並みを揃える。六人の艤装からエンジンテレグラフの音が鳴り響き、六人の脚元から機関音が唸り声を高め、各々の踵から噴射される推進力を上げる。左斜め後ろへ見張り員妖精の注意を向ける六人のヘッドセットから、気泡が弾け、海面へ向かって音を立てながら浮かび上がる音が入る。同時に何かに海水を注水する音が遅れて聞こえて来る。
「敵潜魚雷発射管注水音! 方位……真正面!」
「ソ級か、ソ級なのか!?」
「機関始動音、音源三! 音紋照合、ソ級flagship級! 発射管開口音聴知、数六!」
爆雷の投射態勢を取る深雪に、聴音探知した蒼月が叫ぶ。緊迫した空気が一同を包む中、一人冷静さを保つ愛鷹がヘッドセットに片手を当てて攻撃開始を命じた。
「攻撃始め。最大戦速、一〇秒走った後機関停止して慣性航法に移行後、爆雷投射始め」
確かな計算と精確な予測に基づく、愛鷹の指揮に四人の艦娘が爆雷投射態勢に入る。一〇秒間最大戦速で走った後、ソーナーの聴音を維持する為に機関を停止し、慣性で進みながら前進する六人に、それぞれのヘッドセットから自分達の足元の直ぐ下に位置するソ級三隻の機関音がはっきりと聞こえて来た。
「she’s trying to slip under us! (敵潜直下!)」
「爆雷投射! てぇッ!」
ソーナーのハイドロフォンが捉えたソ級三隻の機関音にジョンストンが叫び、間髪入れずに夕張の発令が下るや、酒瓶のコルク栓を抜く様な音が響き、夕張、深雪、蒼月、ジョンストンの艤装から各四発の爆雷が射出され、しばし宙を舞う。重力の法則に従って海面へと落ちた爆雷が、海中を沈降して行く間、六人は第一戦速へと加速をかけ直して、爆雷の爆発に巻き込まれない様距離を取る。
単横陣を組む六人の背後で海面が丘状に盛り上がり、一六本にも上る水柱となって突き上がる。海そのものを耕した様な水柱が突き上がる中、三つの水柱にどす黒い油と、何かを構成したと思しき破片が混じる。
背後を振り返りつつ、面舵一杯を命じる愛鷹はそれまでの前後を入れ替えた事で、警戒せよと通達していた左舷後方60度を右舷前方60度に変えて、警戒を続ける。頼みのソーナーは爆雷の爆発音で滝壺の瀑布の様な轟音に覆われており、しばしの間無効化される。とは言え、油と破片を交えた汚れた水柱三本を確認しているから、仕留めている可能性は高い。
六人のソーナーが回復した時、真っ先に反応したのはジョンストンだった。
「Torpedo! (魚雷音!)」
「The trainig smart, bearing range? (訓練通りやりなさい、方位、距離は?)」
先程から母国語で喚き散らしっぱなしのジョンストンに、愛鷹が低い声で、かつ意図的に「Smart(お利口さん)」とジョンストンを呼ぶ。
いけない、と軽く頭を振ったジョンストンは達者な日本語に切り替えて、正確に魚雷音を聞き取った方位と距離を一同に告げる。
「方位043、距離四〇〇、雷数六!」
「ヤードか!? メートルか!?」
アメリカ艦娘と日本艦娘とで度々問題になる距離の数え方、ヤードかメートルかを問う深雪に、ジョンストンは「メートルに決まってるじゃない!」と即座に返す。
「面舵一杯、第三戦速。……四〇〇メートル、雷速次第では既に三五〇メートルかそれ以下ね」
回避運動を指示し、後続の夕張達が即座に右へと舵を切って回避運動に入るのを、航行音で感じ取りながら、愛鷹は微妙に遅れる自身の舵の反応に軽く苛立ちを覚えながら、海面を凝視し、ソーナーモードのヘッドセットで魚雷航走音を聞き取り続ける。緩慢さのある挙動で愛鷹がぐるりと回頭を始める中、その左舷前方に六本の魚雷が愛鷹達の方へ向けて、海上には音も無く、海中にはスクリューと機関部の喧騒を掻き立てながら疾駆してくる。
「航空支援、来ました!」
海面を凝視する愛鷹の肩の上で、双眼鏡を手に艦隊の上空を見上げる見張り員妖精が叫ぶ。対潜哨戒に出ていた瑞鳳の天山二機が戻って来たのだ。一機には対潜爆弾が胴体下に数珠の様に連ねる形で満載されている。
獲物を求めてぐるぐると空を滑空しながら旋回する鳶のようにホワイトハウンド隊の上空を旋回し、MADと航空妖精の目視でソ級の位置を確認した天山が、潜望鏡深度に浮上しているソ級三隻の艦影を確認する。海面に実体のない幽霊のような姿を浮かび上がらせている三隻のソ級の位置を確認した天山が、攻撃アプローチをかけ、低速で対潜爆弾投下高度へと進入する。
爆雷の爆発音の残響が静まったソーナーをリセットして耳を澄ませる愛鷹の耳に、ソ級の艤装に海水が注水され、何かが開かれる作動音が聞こえて来る。同様に艤装内のCICで同じ音を聞いていた水測員妖精が、ヘッドセットのイヤフォンを片方外して、マイクを掴んで愛鷹に警告を発する。
「敵潜三隻、魚雷発射管注水音、数六!」
「聞こえてます、ターミガン4-1、4-2、攻撃始め。夕張さん、深雪さん、ジョンストンさん、最大戦速、方位001へ、ターミガン4が仕留めきれなかった敵潜に止めを」
「了解」
夕張を先頭に三人が最大戦速へと加速してソ級の方へと向かう中、天山が爆撃高度に降下し、胴体下の対潜爆弾を連続投下した。ひょいと摘まみ上げられた様に重量物を切り離した天山の機体が浮かび上がり、対して対潜爆弾は緩やかな弧を描きながら海面へと着水し、ソ級へと沈降して行く。海中の潜水艦に空中にいる天山の機影を確認する術は無い。艦娘の潜水艦娘なら、シュノーケルに備えられた逆探や小型対空レーダー等で探知する事も可能だが、深海棲艦の潜水艦の潜望鏡には、レンズ以外の索敵装備は備わっていない事が分かっている。
大太鼓を海中で叩いたような音が四回響き、海中で爆発が生じて、上へと逃げたエネルギーが水柱となって噴出する。四本の水柱が海上にそそり立つ中、その水柱を見て愛鷹は軽く肩を落とす。潜水艦を仕留めていれば、その水柱には油や艤装の破片などが含まれ、特に前者であれば海水の塊である水柱を黒く濁すのだが、四本の水柱は全て真っ白な純海水であり、何か不純物を交えた黒々としたものでは無かった。
先程三隻の潜水艦を仕留める際に一六発の爆雷を投じた時よりはマシだが、それでも閃光手榴弾が炸裂したかと思わせる程の轟音で潜水艦位置をソーナーで聞き取る事は出来なくなっていた。海中の騒音を愚直に拾い続けるソーナーから調子の悪いラジオが立てる乱雑な電子音の様な音が延々と鳴り響く。
「ターミガン4-1、上からは何か見えますか?」
カチッと騒音しか聞こえないヘッドセットの機能を通信モードに切り替え、上空を旋回するターミガン4-1に上空から潜水艦の状況を確認する様に指示を出す。
双眼鏡を手に、キャノピーを開けて身体を軽く乗り出して海面を凝視する航空妖精の眼に、海中に油を引きながら回頭して離脱を図る一隻のソ級が見えた。
「4-2、そちらでも何か確認出来るか?」
操縦員妖精が操縦桿を左に緩やかに倒して、軽くフットレバーを踏み込み、緩やかな左旋回を続けながら、僚機に様子を伺う。
≪ネガティブ、敵潜確認出来ず。MADにて現在調査中≫
対潜爆弾の爆発の波紋が止まぬ海面をラダーヒールで切り裂きながら進む夕張と、その後に続く深雪、ジョンストンの三人が機関停止して慣性で進んでいると、ジョンストンが怪訝な表情と声を上げて、ヘッドセットに片手を当てた。
「爆雷投射用意。発射時機合わせ」
先に確認出来ている一隻に対して、爆雷投射用意を命じる夕張に、深雪が復命する。
「了解。……ジョンストン?」
「何か聞こえるわ」
「何かって、なんだよ? 新手か?」
はっと気が付いたように深雪が周囲を見回した時、ターミガン4-2から連絡が入る。
≪敵潜三隻を確認、潜望鏡深度に浮上しつつあり。潜水新棲姫一、いや更に三隻を認む!≫
ちっとはっきりと夕張が舌打ちをする。潜水新棲姫は基本的に単艦で動き、それにソ級やヨ級、カ級の強個体が随伴して来るのがセオリーの筈だが、どうやら深海棲艦は戦術を変えて来た様だった。ソ級flagship級も脅威だが、高火力かつ艤装の耐久力では深海棲艦の潜水艦トップクラスを誇る潜水新棲姫が四隻。どこかからASW部隊の中でも一番の大型艦である愛鷹を嗅ぎ付け、各戦域から転進して集結したのか。
恐らくは自分の存在を嗅ぎ付けたのだろう、と愛鷹は上等だと口元に笑みを薄らとだが浮かべる。
「ヴィータ、こちら『ホワイトハウンド』隊の愛鷹。『ドライバー』隊からの航空偵察状況は?」
≪ホーネットとレンジャーの偵察機が貴部隊の北と南にソ級三隻の部隊を一個ずつ発見した。現在、『アールグレイ』と『チェイサー』が対応中だ≫
ディスプレイと睨めっこしながら返して来ていると分かる声でヴィータが答える。後方に控える空母艦娘部隊はその航空索敵能力を存分に発揮している様だった。
「上出来ですね、愛鷹アウト」
通信を切り、ヘッドセットの機能をソーナーモードに切り替える。零式水中聴音機から、最大戦速で離脱を図るソ級一隻と、低速で愛鷹隊のいる戦域に進入して来る潜水新棲姫の機関音が、海中の海水を触媒にソーナーを通して愛鷹の耳に入る。
「ターミガン4-2は潜水新棲姫との触接を継続。4-1はソ級への警戒監視を続行。瑞鳳さんは対潜装備の天山を更に発艦させて下さい」
「瑞鳳、了解。発艦の為に一分下さい。蒼月ちゃんは発艦作業中の間の警戒をお願い」
「了解です」
既にそうなると予期していた瑞鳳が矢を一本、矢筒から引き抜き、弓にかけ、風上に向けて弓矢を構える。しなる弓から乾いた音を立てて矢が放たれ、数メートル飛んだ矢から炎が噴出し、火球の中から天山四機が出現する。対潜爆弾を抱いた四機がエンジンの出力を上げて上昇に転じる中、四機の操縦員妖精が瑞鳳と通信をリンクさせ、瑞鳳の直接管制下に入る。
旗艦である愛鷹の戦術タブレットに瑞鳳の艦載機のマークが新たにハイライトされる。触接を継続するターミガン4-2からは潜水新棲姫の動向がリアルタイムでデータリンクされ、その位置もマップに表示される。複縦陣を組んで戦域へ侵入して来た潜水新棲姫は、二隻ずつの二手に分かれて、分散行動に移行する。
眼が良い見張り員妖精が水平線上、五キロ程先の海面に潜望鏡が二つ連なる様に上がっているのを確認する。
「潜水新棲姫二隻が方位265へ転進、同二隻が187へ転進。前者を目標群アルファ、後者を目標群ブラボーと呼称。フェーザント5-1、目標群アルファへ急行し、敵潜を攻撃。蒼月さん、合図と同時に方位006へ魚雷全弾発射。各本射角二度つけて発射して下さい。調停深度は三メートルで」
「魚雷撃ってどうするんですか? 誘導魚雷じゃありませんから、当たりませんよ?」
不思議そうな顔をする蒼月に、愛鷹はタブレットを見つめながら静かな声で返す。
「潜水新棲姫にプレッシャーをかけるんです」
「ああ、そういう事ですか」
成程と頷いた蒼月が魚雷発射管を展開させ、射線方向を確保する。無誘導とは言え、信管はアクティブだ。ばら撒いた魚雷が当たる可能性は低いとはいえ、絶対に当たらないと言う保証はない。ましてや潜望鏡を上げている潜水新棲姫である。海中では三次元の動きが出来る潜水艦だが、潜望鏡を上げている時は一時的に疑似的ではあるが二次元の動きに制限される。
「魚雷発射始め、てぇっ!」
諸元データを入力した魚雷が上半身を左に捻った蒼月の背中から、魚雷四発が圧搾空気の射出音と共に発射される。海中へ飛び込んだ四発の酸素魚雷は、最初の数十メートルの間だけ航跡を引いた。無航跡魚雷として名高い日本の酸素魚雷だが、始動用圧縮空気で稼働する最初の数十メートルは窒素が排出される為、終始無航跡魚雷と言う訳では無かった。
当てに行く訳では無い、牽制目的のバラマキ雷撃は、高価な魚雷を使いもせずにただ捨てるのに近くもないが、心理的効果を狙っていると言う目的があるだけに、敵を屠るのではなく、ただその自身の航走音で敵にプレッシャーを与え、燃料を使い切ったら海底に突っ込んで自爆するだけの運命の魚雷も少しは報われるだろう。
事実、蒼月の雷撃をソーナーで確認したのか、潜水新棲姫は潜望鏡を下げ、急速潜航に移行した。
「目標群ブラボー、潜航して方位190へ転進。最大戦速へ加速中」
靴の爪先に仕込まれたバウソーナーが拾う潜水新棲姫の機関部が振り絞る機関音を聞き取りながら、愛鷹は戦術タブレットを片手に潜水新棲姫の動向を追い続ける。目標群ブラボーは全速前進で愛鷹の方へと向かって来る。目標群アルファには天山が、先に探知したソ級には既に夕張、深雪が爆雷を投射し、ジョンストンが行方をくらました二隻を捜索している。
「最大速度で私の方へ……真下を通り抜けた後に、反転して雷撃戦に移行するか」
潜水新棲姫二隻の行動を先読みした愛鷹は、ならばと自身も最大速度へと加速し、瑞鳳と蒼月のいる方へと移動する。潜水艦よりも最大速度で勝る水上艦の機動性を舐めて貰っては困る。ましてや自分は大型艦娘の中でも、大和型並みの機動力を持つ。一度舵が反応した時の旋回半径は驚く程に小さいし、足の速さでも大型艦娘でもトップクラスに早い。
「蒼月さん、爆雷戦用意。私を追って転舵して来る潜水新棲姫に死の雨を」
「ひぃぃ、さっきから忙しいですね!」
軽い悲鳴を上げながら、蒼月は即座に爆雷投射機に爆雷をセットして、対潜攻撃の準備に入る。愛鷹の予想通り、水中速力で水上艦の愛鷹に劣る潜水新棲姫は一二ノットで移動しながら愛鷹の後を追って来る。
遠くで雷が落雷した様な音を立てて、夕張と深雪がソ級へ爆雷を投げ込み始めた。一方、ジョンストンは未だに残りの二隻のソ級を見つけられず、うろうろと彷徨う形で海上を右往左往している。
「ジョンストンさん、追撃は一時中断。こちらの援護に」
「了解」
今度は地で日本語で答えながら、追撃を中止したジョンストンが最大速度で愛鷹、蒼月、瑞鳳の方へと急行する。日本駆逐艦娘の対潜兵装として標準的な三式爆雷投射機よりも射程が長いウェポンアルファを構えたジョンストンが、フレッチャー級の快速を発揮する機関部によって、波間を蹴立てながら接近して来る。
愛鷹の持つタブレット端末に「Cleard Hot」の文字が出る。天山隊であるフェーザント5-1と5-2、5-3、5-4が攻撃開始を宣告したのだ。夕張と深雪の背後を通り、目標群ブラボーの潜水新棲姫と共に愛鷹、瑞鳳を挟撃しようと試みていた目標群アルファの潜水新棲姫二隻は、瑞鳳の放った天山四機の対潜爆撃に晒された。
「よーい、てぇっ!」
フェーザント5-1からHUDに共有される潜水新棲姫二隻の艦影を見ながら、瑞鳳が天山四機に爆撃開始の合図を送る。母艦艦娘である瑞鳳とデータリンクで照準を共有していたフェーザント5-1以下の天山四機の胴体下から、対潜爆弾が投下される。小さな金属音が四回鳴り、切り離された対潜爆弾が空気を切りながら海面へと突っ込む。空中を落下するよりも遥かに遅い速度で海中を沈降して行く対潜爆弾一六発が、潜水新棲姫二隻の周囲を囲い込む形で沈降し、最も近い位置に潜っていた対潜爆弾が磁器信管を作動させて起爆する。海中で五発の対潜爆弾が海中で炸裂の閃光を瞬かせると、ぶわりと球状に殺人的爆発の圧力を広げ、近くにいた潜水新棲姫二隻に海中の海水と圧力の二つを武器にして破壊の力を叩き付ける。
フェーザント5-1から共有される映像を見る瑞鳳の眼に、黒い海上に白い斑点が五個噴出し、花弁の荒れた花の様に五本の水柱が噴出した。三本は真っ白な、ただ海水を海上に噴き上げただけの巨大な噴水となるが、二本の水柱が黒く油を含んで薄汚く汚れて海上にそそり立つ。
「どうかな?」
HUDに共有される映像を基に瑞鳳が爆撃効果を確認する。対潜爆弾を投じて身軽になった天山四機も、対潜爆弾が炸裂した場所を中心に、攻撃効果を確認する。対潜爆撃の爆発加害範囲の上空を、エンジン音を鳴らしながら旋回する四機の天山は獲物がまだ啄めるかを空から見定めする猛禽類のそれに似ていた。
程なく、瑞鳳が会心の笑みを浮かべて愛鷹に右手の親指を立てる。よしと頷き返した愛鷹は再びソーナー探知に意識を向け、目標群ブラボーを追跡する。
「敵潜水艦二、方位097へ転進。速力変わらず、深度も同じと見られます」
同じ様に四式水中聴音機で追跡する蒼月が潜水新棲姫二隻の動向を報告する。挟撃が出来なくなった以上、もう潜水新棲姫二隻には正面からの殴り合いしか手段は残っていない。魚雷発射管開口音と注水音が愛鷹と蒼月のソーナーで捉えられたが、愛鷹からのハンドサインを受けたジョンストンがウェポンアルファを発射し、更に追加装備していたヘッジホッグも投射した。やや重みのある発射音一回と連射音二四回が鳴り響き、海中へと対潜兵装が投げ込まれる。
ヘッドセットに手を当てて海中の音を聞いていた愛鷹と蒼月のソーナーに、ウェポンアルファのロケット爆雷とヘッジホッグの投射爆雷が海中で一斉に起爆する音が入る。二人の足先に装備されたソーナーのハイドロフォンを通して、耳に装着するヘッドセットから二人の耳へ入るまでの間に、鼓膜防護の為の音量フィルターが、耳をつんざき、鼓膜を破りかねない海中での轟音を自動的にカットし、若干の騒音程度にまで軽減する。
眼を閉じて聞いていた愛鷹が片眼を開けて洋上を見ると、ウェポンアルファとヘッジホッグが起爆した地点に、見慣れたのを通り越して、もはや見飽きた程目にした爆雷爆発の水柱が突き上がっている。対潜戦は視覚に入る絵面が概ね同じになるのが、少々飽きる所でもある。最も視覚的には飽きても、聴覚的に飽きる事は一切ない。
ウェポンアルファとヘッジホッグ二種類の爆発の残響が治まると、波紋がなお残る海上に潜水新棲姫二隻が海面を破る様に浮上して来た。損傷した艤装を抑えながら、反転して愛鷹達の布陣していない方へと逃れようとする。
「右砲戦、主砲三式弾。装填完了次第、撃ち方始め」
事務的な声で砲戦用意を命じる愛鷹の声が酷く乾いて聞こえた。実際、愛鷹はこの時喉の渇きを覚えていたが。
徹甲弾ではなく、三式弾なのは、潜水新棲姫の手負いの船体には三式弾の散弾でも充分に致命傷を負わせられると言う判断からだった。
装填完了のブザーが愛鷹の艤装右舷側で鳴り響く。発砲用意の警報が鳴り、俯角を取った二基の四一センチ主砲が潜水新棲姫を追尾し、照準を固定する。
「照尺良し! 撃ち方用意良し!」
CICの砲術妖精が用意良しの合図を送って来ると、愛鷹は喉を凛と張らして攻撃を指示した。
「主砲、右水上砲戦! 撃ちー方始めー、発砲! てぇっ!」
発砲遅延装置で微妙にずらされた五門の四一センチ主砲の砲門が、砲口から火焔を迸らせ、いつもの水上砲撃戦よりもやや軽い、マイルドな反動を愛鷹に与える。弱装薬で発射した事もあり、初速は遅く、弾落ちは通常の砲撃戦よりも強いが、それもすべて計算の上で放たれた五発の砲弾は、遁走を図る潜水新棲姫に文字通り背中から散弾の雨を頭上から降らした。
「背中から撃つとは卑怯、と言うまい……そちらから一方的に始めた戦争なのだから……」
鉄の破片の雨に艤装と本体をずたずたに切り裂かれ、蜂の巣にされた潜水新棲姫が無数に開いた破孔からの浸水によって急速に、海面下に姿を消していく。見送りながら、乾いた唇で愛鷹は言った。体液に塗れた憤怒の形相を浮かべる潜水新棲姫が抗うすべなく沈んで行くのを見送った後、愛鷹はさて、と再度意識をソーナーに向ける。
夕張と深雪の追撃によって確認済みのソ級一隻は撃沈確実の戦果を挙げていたが、行方をくらましたソ級二隻の動きが分からない。とは言え、無傷とは考えにくい。夕張と深雪の水測装備だけならまだしも、アメリカ艦娘のジョンストンのソーナーでも正確な位置を特定して、対潜爆雷を投射したのだから、何かしら損傷は受けていてもおかしくない。となればソーナーの聞こえが変化する効果を得られる変温層を利用して、隠れた可能性がある。
長期戦は不利だ、と判断した愛鷹は、直上に展開している航空隊を警戒に張り付かせると、アクティブソーナーの探信音を放った。
「大当たり! アクティブソーナーに感あり。敵潜位置、特定出来ました!」
ヘッドセットに右手をあて、左手で自身の戦術タブレットを見ながら瑞鳳が弾んだ声を上げる。
同じ様に戦術タブレットを見て自身の探信音で判明した敵潜の位置を確認した愛鷹は、表示される深度を見て軽く驚く。
「随分深い所まで潜ってるわね」
カーンと言う反射音を返した敵潜水艦二隻に対して、ジョンストンが先んじて再装填を終えたウェポンアルファを発射し、続いて夕張、深雪からも三式爆雷投射機から爆雷が投射される。二人の艤装上で射出音が鳴り、撃ち上げられた爆雷が海面に着水すると、調停深度へとゆっくりと沈降して行く。潜航深度が深いだけに、起爆までにかかる時間も長い。
爆雷投射後の静けさに全員が違和感めいたものを覚えた時、海中でドンと言う鈍い爆発音が響き、爆雷が爆発する。普段は投射して海中に没してから余り間を置かずに爆雷が爆発していただけに、深深度で爆発する爆雷の起爆までのテンポに、愛鷹でさえ違和感を覚えた。
深い海の底で爆発する爆雷の爆発エネルギーによって、いつもよりもやや小ぶりな水柱が突き上がると言うよりも盛り上がる様にそそり立つ。
水柱と言うべきか迷う規模の海水の噴出に一同が波紋の周囲をぐるぐると旋回して、戦果の確認と対潜警戒に移る中、瑞鳳では燃料切れで帰投して来た天山が三々五々と戻って来て、彼女が右腕に載せる形で展開した飛行甲板へと滑り込む様に着艦し、ワイヤーを捉えて制動をかける。
「お疲れ様。補給が終わり次第、またお願いね」
キャノピーを開けて、一息つける一機一機の航空妖精に労い言葉をかける。甲板上では赤の作業服に身を包んだ兵装要員妖精が対潜爆弾を積んだパレットを押し、緑の作業服の整備要員妖精が甲板上で簡単な再整備を行い、紫の作業服の燃料要員が燃料ホースを担いできて燃料補給を行う。その間ずっと瑞鳳は右腕をなるべく水平に保つ必要があった。一応、制波システムである程度はコントロール出来るとは言え、腕の震えや海上に立つ瑞鳳自身の身体の揺れに対応する程度のものであり、彼女が腕を下に降ろすと言う挙動を行えば、甲板上の航空機や妖精が海上に振り落とされてしまう。
再整備が完了次第、順次黄色の作業服の発艦士官が発艦の合図を送り、天山が発艦して行く。
「頑張って」
空の向こうへと消えて行く天山を見送っていた時、深雪が「油膜だ!」と叫ぶ声が海上に響き渡った。
海上に黒い海とは別の黒々とした液体が、大量に浮かび上がって来る。漆黒の宇宙で光をも呑み込むが故に一層暗黒さが際立つブラックホールの様な黒さの対比が、地中海の海上に広がる中、双眼鏡を手に油膜を確認した夕張がヘッドセットの通知ボタンを押して、「クリア」と吹き込む。
「油膜の量からして、敵潜二隻撃沈を認めます」
「よーし、GGだな」
会心の笑みを浮かべて深雪が頷く。海面に漂うソ級二隻分の油膜を見つめながら、愛鷹は軽く溜息を吐き、制帽の鍔に片手をやる。
ホワイトハウンドだけで潜水新棲姫を四隻、ソ級flagship級六隻の計一〇隻を仕留めた。大物を含め、大漁と言える狩りの具合だが、一方で高い雷撃戦能力を持つ潜水新棲姫とソ級の雷撃で損害が出なかったことに安堵も覚える。かみ合いが良ければ、ワンサイドゲームも可能とは言え、今回は運が良かっただけかもしれない。
いずれにせよ、今は全員無事に深海棲艦の脅威を凌いだ事を喜ぶべきだろう。
ヘッドセットから重要な通信が入るビープ音が鳴り、ヴィータから新たな情報が六人に伝達される。
≪作戦海域全域にて新たな敵性潜水艦隊の反応を確認出来ず。現在、『ドライバー』が索敵機の増備を実施して捜索中。各隊、消耗の激しい部隊は後方の母艦へ一時後退し、補給を行え≫
弾薬の消耗が激しい各隊の支援に、「ズムウォルト」が通常海域と戦闘海域の境界面ぎりぎりまで進出して、補給の為に戻るASW部隊各隊の補給、再整備を行っていた。
愛鷹以下の「ホワイトハウンド」隊も一時爆雷の補充の為に「ズムウォルト」へと後退する。その際に入れ替わる形で補給と簡易整備を終えた青葉率いる「チェイサー」隊とすれ違った。
「ズムウォルト」が展開しているのは、戦闘海域まで一〇キロも無い位置だった。少しでも艦娘の負担を減らせられる様、レイノルズの判断で可能な限りギリギリまで前進していた。
対潜兵装を積んでおらず、尚且つ燃料にも余裕がまだまだある愛鷹だけ、着艦せず、「ズムウォルト」の周囲で警戒に当たる間、夕張以下五人はウェルドックに収容され、直ちに爆雷と燃料の補充作業に移る。
他のメンバーが補給作業を行う間、愛鷹は一人で警戒とヴィータからの情報共有の元、戦況の整理を行っていた。
再出撃した「グレイハウンド」隊が更に三隻のソ級flagship級と三隻のelite級を仕留め、ASW部隊全隊が仕留めた潜水艦の数は三〇隻にも上っていた。「グレイハウンド」隊が合計六隻に上るソ級を仕留めて以降は、対潜捜索索敵網を形成する「ドライバー」隊の大鳳とホーネットから、新規の潜水艦隊探知の知らせは無い。何らかの形で僚艦が次々に仕留められていく事を察知して、航空偵察では探知不能な深深度へ潜航してやり過ごしているのかも知れないが、流石に潜水艦と言えど潜水新棲姫を多数運用していたと言うのなら、深海棲艦の節約状態の補給状況でも運用には負担が大きい。
潜水新棲姫が通常の深海棲艦の潜水艦よりも消費資源が多いと推測される理由は色々あるが、一番分かりやすいのが燃料の搭載量だ。これは深海棲艦の潜水艦全般に言える事だが、撃沈した際に浮かび上がって来る油膜の量が潜水新棲姫の方が圧倒的に多い。無論、潜水新棲姫が艦娘と会敵するまでに消費した分が差し引かれるので、一概に言えない時もあるが、基本的に潜水新棲姫の燃料消費量は多いと見られている。
ソ級も凡そ同じであり、心なしかは潜水新棲姫よりは少ないと見られる程度である。補給物資不足と見られる深海棲艦にとって、潜水新棲姫とソ級、決して兵站上の負荷が軽いとは言い難い。少数ならまだ問題は無かったかもしれないが、今回深海棲艦は大規模に潜水新棲姫とソ級を投入して来ている。仮にまだ残存している潜水艦が居たとしても、深海棲艦の補給能力からするに既に再補給は出来ない状況である可能性が高い。
艦娘艦隊が、大規模な水上艦隊で攻め込んで来る事は深海棲艦も覚悟している事だろう。大損害を負った潜水艦隊の残余に再補給して迎え撃つよりも、温存している水上艦隊に残る物資を全て回して、艦隊決戦を挑むのが現実的と言える。なけなしの補給物資を投入して、残存潜水艦隊を更に無為に失わせるより、確実さは上だ。
そこでふと愛鷹は残存する深海棲艦潜水艦が総力を挙げて、艦娘艦隊の最前線拠点とする「ズムウォルト」に向かって来るのではないか? と言う事に気が付く。深深度に潜航して航空偵察をやり過ごし、しかる後残存全艦で艦娘艦隊の最前線を強行突破して、後方の母艦を攻撃する。「ズムウォルト」は最前線に出て艦娘の支援を行うと言うリスクを冒す事を承知で任務にあたる艦と言う性質上、その船体は駆逐艦だった頃と比べ比較にならない程防御力は強化されている。水雷防御を始め、各部の装甲は各種複合素材によって大幅にパワーアップしているから、深海棲艦の潜水艦の魚雷の一本、二本で沈むようなやわさは無い。だが、一〇本、二〇本と撃ち込まれたら流石に持つはずがない。
「旗艦愛鷹よりASW部隊全部隊に通達。『ズムウォルト』を起点に半径二〇キロ圏内に防衛線を構築。敵潜水艦隊の残余がいる場合、『ズムウォルト』を狙ってくる可能性大と認めます。各艦、ソーナーはパッシブ、アクティブの両方を積極活用して対応を」
愛鷹のその指示に、青葉が直ぐに返事を、ただ彼女なりの疑問を先に返してくる。
≪アクティブを使用した場合、こちらの位置を教える事になりますが?≫
「三〇隻も失っては流石の深海棲艦も、潜水艦戦力の残りをどう有効かつ効果的に使うか考えるでしょう。補給も限られています。その場合、こちらの足元をこっそり潜り抜けて、最前線拠点とする『ズムウォルト』を攻撃して艦娘艦隊の作戦に影響を与える策を取ると見るべきです」
≪なるほど……≫
二つ返事は返さず、青葉なりに暫しの間考え込む様に沈黙を返す。その間、キーリング以下「グレイハウンド」、シェフィールド以下「アールグレイ」と各隊が引き返してきて、愛鷹の指示通り「ズムウォルト」を起点とする二〇キロ圏内に展開し直していく。
第三三戦隊の次席旗艦からの返事が返ってくる前に、レイノルズからの通信が割り込んで来た。
≪ちょっと失礼するよ。こちらのパッシブソーナーが深海棲艦の潜水艦と思われる音源を幾つか捉えた。はっきりと捉えた訳では無いが、深海棲艦の潜水艦と同じ様な音を立てる自然の音は存在しないし、変色海域には魚はいないから、十中八九敵潜水艦だろう。支援艦の艦長としては、本艦を餌に残る潜水艦を吊りだし、一艦残さず殲滅する作戦を提唱するが?≫
「ハイリスクですが、ハイリターンですね。それで行きましょう」
「ソーナー、敵潜の方位は?」
ドイルの言葉にソーナーマンがディスプレイを見つめ、ヘッドセットに両手を当てながら、AN/SQS61高周波数ソーナーで深海棲艦の潜水艦の聴音を試みる。レイノルズも見守る中、ソーナーマンは聞こえて来る音を頼りに、たどたどしさのある言い方で報告する。
「方位……087……094……各三つ……機関音は二種類……恐らくは潜水新棲姫とソ級の混成です」
「充分だ。『ズムウォルト』TAOよりヴィータへ。敵潜を探知した方位をデータリンクで送る、その位置に艦娘艦隊を展開させてくれ」
≪了解した≫
「愛鷹の読みが当たりましたね」
ヴィータとの通信を切ってから、椅子をくるりと回して自身のコンソール席からドイルがレイノルズに言う。
「伊達に彼女だって、中佐の階級に任官されている訳では無いと言う事だ。艦娘は只の前線を担うだけの戦術単位に留まらんよ」
識別帽を被り直しながら、レイノルズは静かに返す。愛鷹と言う艦娘の軍内での過去は余り良く分からないが、少なくとも今の階級にふさわしい活躍と判断力、戦術眼は持ち合わせている事は、これまでの付き合いから分かってはいた。幕僚過程を履修させ、尚且つ艦娘にある昇進制限が解消されれば、もっと上位の階級への昇進も夢ではない存在だろう。ただ戦術眼はあるが、戦略眼まで持ち合わせているかは未知数だ。
「階級制限さえなければ少将や中将になっていてもおかしくは無い艦娘も、既に何人かいるだろうしな」
「艦娘って何故、昇進可能な階級が大佐止まりなんでしょうか?」
ドイルのその問いは暗に職業差別や性差別に該当しかねないのでは? と言う彼女なりの疑問も含まれてはいた。
「俺も詳しくは知らんが、昔、少しだけ関係者から話を聞いた事はある。あくまでも国連海軍としては艦娘は前線で深海棲艦と戦う戦術単位、簡単に言えば兵器であって欲しいのさ。兵器に高い階級は必要ないからな。艦娘が『提督』と言う肩書を得られる将官なる必要はない、と言う訳だ。つまり階級上での差別化を図りたいのさ」
お前の言わんとしている事の通りだ、と目で返しながらレイノルズは締めくくった。
不服そうな顔をするドイルだが、反面納得したような表情にもなる。実のところアンドレア・ドイル海軍中佐が海軍に入隊した理由は、「艦娘になりたかったから」と言うものだった。彼女にも艦娘適性があった。だが、最終的にその適正は完全なものでは無いとして、最終候補生にその座を譲り、ドイル自身は正規海軍士官として国連海軍の道を歩むことを余儀なくされた。
道が違えば、あの海の戦場に立つ者の姿も私だったのかも知れない、とドイルは自身のコンソールのディスプレイにホーネットの写真画像を表示させながら、嫉妬と羨望を交えた眼でその画像を見つめた。
「Hedgehog Ready to lanch (ヘッジホッグ発射用意)」
キーリングの発射準備号令が下るや、単横陣に移行した六人のアメリカ駆逐艦娘の艤装上でヘッジホッグ対潜迫撃砲が前方方向へと矛先を差し向ける。
何も浮かんでいない海上の下に、深海棲艦の潜水艦三隻が機関音を響かせながら、「ズムウォルト」の方へと進んでいく。キーリングの艤装内の水測室で水測員妖精がソーナーで聞き取った機関音が、コンソールのインジケーターに表示される波長にピークを作り、それが次第に大きくなっていくのを見つめる。
「方位087、距離五〇〇ヤード……」
「両舷第三戦速、現進路を維持」
「方位変わらず、距離四五〇ヤード」
ピークがどんどん大きくなり、距離がみるみる縮まっていく。潜水新棲姫とソ級の混成編成は水中で出せる最大速度で海中を漕ぎ進み、「グレイハウンド」隊の直下を通過しようと試みる。キーリング達アメリカ駆逐艦娘の装備がドラム缶状の爆雷だけだったら、立ち回り方次第では突破も可能だっただろう。だが、キーリングらには前方投射が可能なヘッジホッグが積まれていた。
「距離四〇〇ヤード」
「Fire!」
短いが、必要充分な意味を成す一言をキーリングが命じた直後、キーリングとシンプソン、フライシャーの三人の艤装からヘッジホッグが発射された。艤装上で連続した発射音が鳴り響き、少しの発射煙と鋭い射出音を立てながら、七二発の爆雷がネックレスの輪の様な形状を描いて宙を舞い、海面へと落ちていく。ヘッジホッグ爆発の水柱に巻き込まれない様、それぞれ舵を切って回避に移る三人の前で、早速深海棲艦の潜水艦の艤装の磁気を探知した磁気信管が作動して、起爆信号を送られた爆薬が爆発する。連鎖的に二四発の爆雷が炸裂し、二四発分の爆発の衝撃波を潜水艦に叩き付ける。一発一発が重いストレートパンチの一撃に等しいドラム缶状の爆雷と違い、ヘッジホッグは言わば一発一発は軽いが、継続して叩き込む事で得る累計ダメージで勝負するジャブにも近い。
実際周りを囲い込む様にして布陣する二四発の爆雷の爆発を前後左右から受けては、潜水新棲姫やソ級flagship級と言えどタダでは済むはずがなく、金属がひしゃげる音と、けたまましい破損音を上げて、潜水艦一隻が轟沈する。一拍置いて、シンプソン、フライシャーが投じたヘッジホッグの爆発に呑まれた潜水艦が、海水の圧力を武器にした爆雷の爆発によって海の藻屑へと変わる。ぐしゃぐしゃになった三隻の潜水艦の艤装の残滓が海底へと無言の沈降を始め、圧壊深度に達するや、爆発する様な音を立てて艤装と本体がバラバラに砕け散る。
砕け散る潜水新棲姫とソ級flagship級の三隻の圧壊音を聞いたキーリングが口元に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。黒板を鋭利なものでひっかいた音に等しい耳に残り、かつ嫌な気分にしかならない音だ。本来ならソーナーをミュートしてしまうのもありだが、それでは確殺を入れられたかの判別が出来なくなるので、不承不承ながらソーナーで圧壊し、砕け散る深海棲艦の潜水艦の断末魔を聞き届けなければならない。
同じフレッチャー級駆逐艦娘を始め、複数のアメリカ駆逐艦娘を始め、多数の艦娘の命を殺めている深海棲艦の潜水艦、つまりは仲間の仇である存在の断末魔とは言え、聴いていて良い気分になる訳がない。世界のどこかにはもしかしたらこれを聞く事に喜びを覚えるサディスト気質気味な艦娘もいるのかも知れないが、少なくともフレッチャー級駆逐艦娘キーリングことクララ・ロペス海軍大尉には、不快で、耳を塞ぎたくなるような命の終わる音にしか聞こえなかった。
同様の光景は、「アールグレイ」隊でも見られらた。「ズムウォルト」を攻撃目標と定めて接近を試みた深海棲艦の潜水艦の機関音を、HF/DFで確認したシェフィールド以下六人の英国連邦艦娘が単横陣を組み、深海棲艦の潜水艦の直上をすれ違う際に、艤装の後方から爆雷を投射する。一人当たり四発、六人合わせて二四発の爆雷がゆっくりと海中を沈降していき、調停深度に達すると信管が作動し、死を爆発的に広げていく。
爆雷爆発の騒音が治まる頃にソーナー感度を再設定したシェフィールドがヘッドセットに両手を当てて、耳を澄ませると、爆雷の爆発の影響を受けた様子も無いけろりとした機関音が依然として聞こえて来た。ちっ、と軽く舌打ちを挟みシェフィールドは海面を睨む。潜水艦が射出したデコイの音で、本命の潜水艦がどこに居るのか掴めない。
臍を嚙む思いで、散開を命じようとした時、ラングレーから発艦したTBM-3Wと3Sの艦上攻撃機がそれぞれ二機の計四機が飛来した。3W型が艦載索敵装置を駆使して、「アールグレイ」隊の眼をくらまして、対潜攻撃を躱してのけた潜水艦の精確な位置を特定すると、僚機間データリンクでデータを共有された3S型が爆雷を海中へと投下する。艦娘のそれよりやや小さ目な爆発と水柱が突き立つ中、六人の英国連邦艦娘の耳にもはっきりと聞こえる損傷音が三つ鳴り、泣き声とも鳴き声ともつかぬ声を上げながら、三隻の潜水艦が緊急浮上を試みる。
「浮上する気?」
またか? と思いながら主砲を構えるシェフィールドの耳に、途中でタンクのブロー音が途絶え、遠ざかり始める機関音が聞こえて来る。TBMの対潜爆撃で損傷した三隻の深海棲艦の潜水艦は、攻撃を断念し、損傷した潜航耐圧殻に負担がかかり過ぎない程度の深度に浮上し、反転して離脱に移ったようだった。
「逃がさない、追撃よ」
無駄な言葉を使わない、修飾語を多用しない合理さ、悪く言えば人間味の薄いシェフィールドの指示に、ユリシーズ以下五人が「Aye aye」と答え、増速をかける。離脱する潜水艦三隻は、損傷のせいか、英国連邦艦娘の中でも最も足の遅いドッジにすら負ける速度しか出せていない。足を引きずって逃げる手負いの草食動物に、容赦のない追撃を加える肉小動物の如く、単横陣を組んだまま後を追ったシェフィールド達が再度爆雷を投射すると、今度は六人全員にはっきりと手応えを感じた。
その手応え通り、三つの濁り、薄汚れた水柱が海上に立ち上がり、敵潜水艦撃沈と言う明確な事実のピンを海上に突き刺した。
それから日没までの間、「ドライバー」隊の大鳳、黒鳳、ホーネット、レンジャー、ラングレー、それに「ホワイトハウンド」隊の瑞鳳の艦載機も加えて、潜水艦の捜索を徹底的に行ったASW部隊は、最終的に敵性潜水艦隊の全滅を認め、作戦完了が後方の「ドリス・ミラー」に座乗するルグランジュ提督から宣言された。
実に凡そ丸一日かけて行われた対潜掃討戦の結果、艦娘艦隊は潜水新棲姫とソ級flagship級を合わせて三六隻も撃沈し、アンツィオにまで至る海上に、国連海軍艦娘艦隊の進路を阻む存在はこれにて完全に消失した。
また同日、多大な深海棲艦の抵抗を受けて進撃速度が牛歩だった東部進撃隊が、遂にメッシナ海峡を突破し、リパリ諸島へ到達し、シチリア島とイタリア半島南部との深海棲艦の海上交通路を完全に遮断、増援部隊がマルタ島からシチリア島経由で送られてくる潜在的脅威を断ち切る事に成功した。大破、戦闘不能に陥った艦娘は実に艦隊の五〇パーセントにも達したが、轟沈・戦死者は何とか防いでおり、小破以下の艦娘戦力を持って残存艦娘で戦闘可能な艦隊を再編成していた。
潜水艦隊の抵抗を完全に排した国連海軍艦娘艦隊西部進撃隊は、ASW部隊に参加した全作戦参加艦娘とその支援部隊将兵の一時休息と、東部進撃隊の再編成を待ってから、遂にアンツィオ逆上陸作戦へと移行する事となった。
九月の初頭、人類軍を圧倒していた深海棲艦も既にその勢いは無く、国連海軍艦娘艦隊の反攻作戦を押し返す事も出来ないまま、奪い取ったアンツィオの地を奪還されようとしていた。深海棲艦によって赤く染められた海は、その個体数を急速に減らして言った事もあって、元の青い海へと急激に還元されていっていた。
「やっと、ここまで来ましたね」
作戦終了が宣告されたその日の夜、「マティアス・ジャクソン」の艦尾キャットウォークでタバコを吸いながら青葉は、同じように葉巻の煙を燻らせる愛鷹に言った。
青葉が吸う煙草よりも一回り太い葉巻を咥えて、何も見えない視界不良の夜空を見つめながら、愛鷹はその漆黒の闇の中を見つめる眼差しのまま、青葉に短く返した。
「ほぼ休みなしですがね」
「生きている内は、です」
愛鷹と青葉が「マティアス・ジャクソン」のキャットウォークで一服を入れてから約八時間後の一一月三日午前六時四三分。
「時間だ」
北米海兵隊陸上軍第一機甲師団師団長のその一言と共に、同師団第一機甲旅団戦闘団のM1A5エイブラムス戦車のエンジンが一斉にアイドリングの音を響かせ始め、M4A2フラー装甲歩兵戦闘車やCAVブロウラー装甲兵員輸送車に、フル装備の歩兵が乗り込んで行った。
後方から一発の砲声が響き、砲兵隊の試射が最前線へ向けて飛翔して行った。弾着による効果を狙ったものでは無く、事前砲撃の前の着弾位置を確認する射撃だったが、これで深海棲艦陸上軍の戦車小鬼は人類軍の攻勢が始まる事を察知し、即座に防衛態勢に入るだろう。直ぐに深海棲艦の砲兵隊と言える移動砲台小鬼に連絡するかもしれない。
だが、その深海棲艦陸上軍の上空を光学迷彩に身を包み、人間の耳はおろか、聴力に敏感な動物ですら知覚困難なほぼ無音で滞空する偵察ドローンの存在に、深海棲艦が気が付いた様子は無かった。戦術データリンクで送られて来た試射の弾着位置と弾着観測員の報告と合わせて、第一機甲師団の砲兵隊の野戦榴弾砲とM120A1ロングソード一五五ミリ自走榴弾砲を操る砲兵隊へ、修正値が送られる。
「Fire!」
第一機甲師団付きの砲兵隊である第一、第三、第二七野戦砲兵連隊に所属する各砲兵大隊が有する榴弾砲が、修正値を基に精確に導き出した諸元を基に新たな試射を送り込む。
≪FO(観測班)よりFDC(射撃指揮所)、効力射≫
≪効力射、了解≫
しばしの静けさの後、深海棲艦によって荒野の大地と化していたイタリア半島の大地に、国連海兵隊の進撃の合図となる効力射の砲声が、空一杯に降り注いだ。攻撃の火蓋を切ったのは第一機甲師団だけでなく、同じく北米から送られて来た第三歩兵師団を始め、欧州総軍イタリア派遣軍の各前線でも同じ様に事前砲撃の火蓋が切り落とされ、一五五ミリの野戦砲弾が、深海棲艦陸上軍の頭上から、神の下す裁きの鉄槌の如く振り下ろされた。
感想評価ご自由どうぞ。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。