前進するM1A5エイブラムス戦車の戦車大隊の隊列の前方に、地平線を埋め尽くすほどの戦車小鬼と、その支援に当たる砲台小鬼の姿が見えた。
第一機甲師団第三七機甲連隊第二大隊の先頭を進む大隊長車から大隊全部隊に停止が命じられ、五二両に上るM1戦車と、随伴する第三六歩兵連隊第一大隊のM4IFVの群れが一時足を止める。
≪UAVフィードに接続、UAV操作可能!≫
上空を飛行するステルス偵察ドローンの操作システムに接続した戦車大隊の大隊長が、UAVから送信されてくる深海棲艦陸上軍の陣地を確認する。サーマルで映し出される地上の風景に、戦車小鬼と砲台小鬼の群れが白くハイライト表示される。戦車小鬼はM1戦車は元より、一緒に行動しているIFVの機動歩兵の対装甲火器でも撃破出来るが、後方に布陣する砲台小鬼が厄介である。射程が長く、砲兵隊として戦車小鬼に火力支援を行うので、下手をするとM1戦車ですら撃破されかねない。
≪ブラック6からHQ。敵深海棲艦主力戦車小鬼部隊を確認。支援砲撃求む≫
≪了解、ライン3-1が効力射支援を行う≫
≪FOよりライン3-1。目標は砲台小鬼群。座標は……≫
FO(観測員)からの座標、方位角、射角、気温、湿度と言った様々なデータが後方の砲兵大隊に伝達され、それをUAVの情報と照らし合わせて確認した砲兵隊の自走榴弾砲が、自動装填装置の手で一五五ミリ白リン弾を装填する。
射撃。自走榴弾砲の一両が、弾着位置確認用の白リン弾を発射する。
≪ライン3-1よりブラック6、WP発射……弾着まで一〇秒≫
きっかり一〇秒後、白リン弾が着弾する。戦車小鬼の群れの頭上を飛び越し、砲台小鬼の群れのど真ん中に着弾した一五五ミリ白リン弾が、地平線上に白い煙を立ち昇らせる。
≪FOよりライン3-1、DPICM効力射。敵陸上軍を地面丸ごと吹き飛ばす量を頼む≫
≪了解、諸元同じく、斉射用意≫
M120A1ロングソード自走榴弾砲一八両の車内で、自動装填装置が一五五ミリ弾を長い砲身内部へと装填し、それを砲兵大隊の大隊長車がデータリンクで確認する。全車発射準備完了のGOサインが出ると、大隊長は「撃ち方始め」を発令した。
一八門の一五五ミリ砲が一斉に発砲すると、大地に発砲の衝撃が伝わり、荒野と化している地平線に砲声が殷々と響き渡っていく。
≪TOT(同時弾着)、一〇秒前≫
直ちに自走砲は次弾装填を行い、第二射、第三射の準備を行う。効力射の肝は以下に精確な位置に、大量の砲弾と火力を送り込むかにある。
≪五、四、三、二、弾着、今!≫
地球の丸みの淵の上で、砲台小鬼が同時に出現した無数の土柱と火炎によって宙を舞い、空中でバラバラに砕け散る。地面でなぎ倒された砲台小鬼が自身の中にある弾薬が倒れた衝撃で爆発し、内側から引き裂かれるように爆散する。降り注いだ鉄の欠片の雨に引き裂かれ、切り裂かれた砲台小鬼が爆発四散し、周囲の砲台小鬼を巻き込む。
密集隊形が仇となり、DPICM、クラスター砲弾の散弾の雨を食らった砲台小鬼がダース単位で撃破されていく。一定の時間をおいて降り注がれる一八発のクラスター砲弾の効力射が、砲台小鬼の群れを地上から薙ぎ払い、吹き飛ばし、打ち砕いて行く。容赦のない火力投射が終末の炎となって深海棲艦陸上軍の砲台小鬼の群れを裁いた。
「クラスター砲弾、国際条約では使用を禁止されていますけど、使って大丈夫なんですかね?」
「相手はどっかの国が自国軍と称して運用している輩では無い。寧ろ我々の戦闘は対非正規戦にすらならない、危険度の高い害獣駆除の類いだ。
国際法の適用外の害獣相手に、条約も何もない。相手が人間ではないのなら、使う兵器の運用においても人道に配慮する必要は皆無だ。とは言え、不発弾が残ってしまっては後々、この地を再建する我々人類そのものが困るから、不発弾発生率の低い弾を選んでいるのは確かだ」
双眼鏡で砲兵隊の効力射を眺めながら、戦車大隊大隊長が副官に言う。
待機する戦車部隊の隊員、随伴する機動歩兵の乗るIFVの乗員が、ディスプレイやキューポラから支援砲撃の様を眺める中、後方の砲兵大隊から間もなく支援砲撃完了する、と言う旨の知らせが入る。
「全車、前進用意。仕事の時間だ」
車内に戻り、ハッチを締めながら大隊長は大隊全部隊に指示を伝達する。ぶるりと身を震わせて戦車とIFVがエンジンの唸りを立てて、スタンバイモードに入っていたエンジンを戦闘モードに切り替える。アイドリングの音が高まる中、砲兵隊の最後の効力射が着弾し、残る砲台小鬼の群れを文字通り消し去った。
「全車、全速前進だ。大隊、前へ!」
ガスタービンエンジンの咆哮が大地に木霊し、五二両の戦車が随伴のIFVを従えてイタリア半島の大地を踏みしめながら前進を開始する。
パンツァー・カイルと呼ばれる楔型陣形を取って前進する戦車大隊と歩兵大隊の前に、戦車小鬼が砲台小鬼の加護を失っても尚、立ちはだかる様に主砲の砲身をゆらゆらと揺らしながら前進し、戦車大隊の前面に立つ。その小さいが貫徹力そのものは高い、戦車小鬼の主砲が接近するM1A5の車体を狙うが、それよりも先に、戦車小鬼の主砲の射程外から、M1戦車の各砲手が、大隊長車のデータリンク管制で照準された各戦車小鬼に狙いを定める。多少の薄い壁越しの熱源であれば透視すら可能なサーマルで補足した戦車小鬼を識別した砲手が、「Identify(識別)」と言うと、車長が「砲手、弾種、対榴」と伝達し、砲手はパネルを操作して、対戦車榴弾を選択する。車内の後部の対爆弾薬ドアがスライドして、砲塔後部の弾薬庫がむき出しになる。そこから対戦車榴弾の砲弾を一発掴んだ砲手が、一二〇ミリ滑こう砲の砲身内へ素早く装填し、尾栓を閉じて「Up!」と宣告する。
M1エイブラムス戦車の交戦距離は、戦車小鬼よりもはるかに長かった。そして乗員の練度は高く、先進的電子機器に常に恵まれたM1エイブラムス戦車シリーズの最新世代車両であるA5においてもそれは変わらない。地上においては海戦と違って、深海棲艦が引き起こすとされる電子機器障害もそれほど強くはなく、また対応策も既に確立されている状況下では、砲台小鬼の支援砲撃の傘を失った戦車小鬼は、砲台小鬼を失った時点で退くべきだった。
だが、もう遅い。
「距離良し。全車、撃て!」
一二〇ミリ砲の発砲音が一斉に鳴り響き、地上で衝撃波によって噴き上げられた粉塵、草木の破片が舞う。発砲の反動で砲身が勢いよく後退する中、尾栓からは砲弾の薬莢底部だけが排出される。薬莢本体は発射時の火焔で燃え尽きる焼尽薬莢だから、残るのは底部だけだ。
戦車隊の正確無比な射撃が、戦車小鬼の車体を射抜き、たちまちのうちに五二両に及ぶ戦車小鬼が大破、擱座、または爆散して行く。被弾して、車体の隙間と言う隙間から火焔を噴き出すだけで済んだ個体はまだよく、中には弾薬が誘爆して砲塔部が空高く舞う個体や、車体と砲塔がバラバラに砕け散ってしまう個体もいた。
一瞬で五〇両以上の戦車小鬼がスクラップになるが、まだまだ無数の戦車小鬼が控えていた。第二波、第三波と前進し、国連陸上軍の侵攻を押し返そうとするが、その目論見はM1戦車のアウトレンジ砲撃によって、意志と目論み事打ち砕かれた。M1エイブラムス戦車は発砲する度に、同数の戦車小鬼が燃えるスクラップになって行く。両脇から前進したM4A2フラーIFVの二五ミリ機関砲が三点バースト射撃を行い、戦車小鬼に大口径機関砲弾を叩き込んでいく。
「全車、戦闘照準、三点バースト。目標、戦車小鬼。Fire!」
「降車班、スタンバイ」
IFVが停車すると、即座に後部のハッチが開き、M4に乗車していた七名の機動歩兵が小火器を手に降車して行く。
「行け、行け、行け!」
「対戦車戦闘用意! 重ATM小隊はATM設置、射撃用意!」
戦車小鬼に対して、機動歩兵のM7ライフルの銃火が飛んで行く。六・八ミリ高速徹甲弾が戦車小鬼へとか細いが、無視出来ない威力の弾丸を飛ばし、その動きを牽制する。カールグスタフM5無反動砲を構えた歩兵が、「Fire!」と叫び、トリガーを引くとロケット弾が発射され、戦車小鬼の胴体に直撃の爆炎を走らせ、弾頭の成形炸薬弾のメタルジェットを受けた戦車小鬼が爆散する。
重ATM小隊の隊員がM4から運び出したM110A1重対戦車ミサイルを二人がかりで地上に発射機を設置し、弾薬要員がミサイルを発射機にセットし、射手が重ATMことM110A1の照準器を起動させる。サーマルで確認した戦車小鬼をサークル内に捉え、発射機を設置した隊員が後方クリアの合図に射手のヘルメットを軽く叩く。
「発射!」
M110の発射機から有線誘導の光ファイバーケーブルを引きながら小さな赤ん坊ほどもある大きさのミサイルが飛び出し、射手が操作するグリップの動きをダイレクトにケーブルを介して動き、弾道を戦車小鬼に合わせる。有線誘導のミサイルである分、ジャベリン対戦車ミサイルの様な撃ちっ放し機能は無いし、射程も短めだが、その分深海棲艦の引き起こす電子機器異常に妨げられる恐れはない。
戦車小鬼に命中したM110のミサイルが一撃で戦車小鬼の正面装甲を射抜き、内部で弾頭に充填された炸薬を爆発させる。一瞬の閃光の後、戦車小鬼の砲塔が宙を舞い、砲塔を失った胴体がゆっくりとその行き足を止める。
「次弾装填!」
重ATM小隊の小隊長と分隊長が弾薬手に再装填を命じる中、一旦進撃を停止した戦車大隊は引き続き同軸機関銃や砲塔上部のM2重機関銃も駆使して、戦車小鬼の群れを攻撃する。
「一二時方向に熱源接近、照準!」
「大隊各車、随時撃て! 自由射撃!」
後は、もう戦車小鬼が国連陸上軍を砲撃射程に捉えさせない内に、各集団を撃滅するだけだった。
後方の自走砲も弾薬供給車と連結し、弾薬を補給しながら再度効力射支援を開始する。地面を揺るがす効力射の斉射が着弾し、直撃を、至近弾を受けた戦車小鬼が砕け散っていく。
「アンツィオの本格的奪還作戦を前に、前線を押し上げる全部隊に満足な補給が来れば良いんだがな」
双眼鏡を手に、盛大に発砲し続ける部下の戦車隊や歩兵部隊、そして後方の砲兵大隊から送り出された効力射の雨を見て、戦車大隊の大隊長は呟いた。既に第一機甲師団が自前で持って来た弾薬は使い切っている。今は英国の工業地帯とドイツのルール新工業地帯、ロシア、ウクライナの軍需工場で増産された軍需品が鉄道やハイウェイ、空路を通って、自分達がいる前線へと届けられているが、英国とドイツはともかく、ロシアとウクライナは距離的にも遠く、また欧州とロシアの鉄道の線路の幅が統一されていない事からの貨物列車の荷物の移し替え作業などの手間を考慮すると、補給を担う兵站部隊は前線部隊に負けず劣らずの激務続きだろう。
「美味い飯が食えるのも、あいつら(兵站部隊)のお陰だな」
そう呟く大隊長の言葉は、自身の乗る戦車の主砲発射音にかき消された。
「何だって! それは確かか!?」
ルグランジュが作戦台を叩いて立ち上がる音が「ドリス・ミラー」CDCに響き渡り、オペレーター数名が何事か、と思わず振り返った。
「間違いありません」
驚く艦隊司令官の反応に、そうもなるだろうと言う顔をしつつ首席参謀がタブレット端末を片手に、欧州総軍司令部から送られて来た東部進撃隊の陥っている深刻な状況を読み上げた。
「東部進撃隊は先日メッシナ海峡を突破は出来ましたが、その直後、シチリア島の飛行場姫から発進した中爆が投下した機雷により、メッシナ海峡は完全封鎖。更にリパリ諸島沖北に展開する深海空母機動部隊の空爆で東部進撃隊の艦娘母艦『アイガイオン』も損傷。航行は可能ですが、燃料タンクと艦橋を損傷し、長距離の航行が困難との事です。また艦橋が損傷した為、航法関連でも支障が発生しており、最後に送られて来た通信では天測航法を頼りに航行していると。目下、現在は無線封鎖を敷いて、我が西部進撃隊との合流を目指す旨を暗号通信で欧州総軍に打電の後、二時間前より『アイガイオン』の消息は不明です。一方通信は可能だったので、一応こちらから伝達できる最低限の指示は送りましたが、現在は羅針盤障害の二次障害である電波妨害でデータリンクを含め交信不能です。
また、LRSRGのTF12.2の偵察の結果、マルタ島から一九隻の輸送艦ワ級がシチリア島経由、イタリア半島南部沿岸部を添うルートでアンツィオへ向けて北上中。イリノイの艦載機OS2Uの偵察結果から一八隻は給油ホースを接続しており、西部進撃隊前面に展開する二群の深海棲艦大艦隊に対する最低限の補給を実施すると見られます」
「深海棲艦は既に戦略物資の余剰が無いと見ていたが、まさか……いや、それにしては補給を担うワ級が少なすぎるな」
最初は愕然としつつも、一九隻と言う数に、違和感を覚えたルグランジュが、作戦台のディスプレイに書き込まれたワ級のマークを見つめて呟く。マークの隣には一九隻に上るワ級の隊列が複縦陣を組んで航行している画像も添付する形で表示されている。
「一三〇隻にも上る深海棲艦の機動艦隊に満足いく補給を行うには、いくら何でも一九隻ではな……」
「小官も同感です。恐らくですが、深海棲艦も所謂『帳簿外』の物資をマルタの本拠地からかき集めて、一九隻の輸送艦に託した、と見るべきかと」
作戦参謀が一九隻のワ級が運ぶ物資の中身の実態を推測する。一方、首席参謀が一つ気になる要素を口にした。
「それにしても一九隻、と言うのが気になります。深海棲艦も、我々の艦娘艦隊と同様、六の倍数で艦隊を組むのが定石な存在です。しかし、一九隻は六で割り切れない素数です。深海棲艦の艦隊編成の定石から外れているのが気になります」
「確か、一九隻の内、一八隻が給油ホースを繋いでいるのだったな?」
顎を揉みながら幕僚達に問うルグランジュに、首席参謀がその通りですと頷く。
「一三〇隻全てに補給をするのならば、全艦が給油ホースを接続していてもおかしくは無い。弾薬補給艦、と言う説は浮上するが、今に至るまで一三〇隻に及ぶ深海棲艦と我が西部進撃隊はおろか東部進撃隊ですら一度も会敵していない。つまり弾薬は消耗していないから、弾薬補給艦を回す必要はない。潜水艦隊は撃滅したから、潜水艦隊に対する補給、と言う線も消える。
ここからが本題だ、諸君。問題だ、この残る一隻のワ級は何の役目を担っているのか?」
簡単なクイズ形式で問いかけるルグランジュ提督に、幕僚達は直ぐには答えを返さなかった。勿論ルグランジュも答えを知らないから、回答を出されてもそれが正解だと言い切る証拠も根拠も無い。
「小官が考え付く限りですが」
補給参謀が余り自信なさげにだが、彼なりの答えを口にする。
「ワ級の中でも、艦娘達からは仮装巡洋艦と恐れられるflagship級であり、正規の戦闘艦艇を回す余裕がない中で用心棒として随伴している護衛艦、と言う可能性はどうでしょうか?」
「説として、その線はありうる。ワ級flagship級の火力は巡洋艦級の威力を持つ事が確認されている。コンボイ(輸送船団)の護衛には些か心許なさ過ぎる護衛艦だが、余裕のない深海棲艦が辛うじて回した随伴艦だとするのなら、一応納得は行く」
画像の中にいる給油ホースを繋いでいないワ級の姿を凝視しながらルグランジュは言う。サーマルで撮影された映像のせいで、逆に肝心な深海棲艦の艦種のタイプを見極めるオーラが分からない白黒の画像だが、少なくとも画像ではワ級の船体内に何か怪しい熱源を確認する事は出来ない。同じ輸送艦でも用心棒として随伴している高火力艦のflagship級のワ級であるなら、その胴体の下に中口径主砲を隠し持っている線は充分にありうる。
いずれにせよ、この輸送船団を阻止する手立てはない。深海棲艦の大艦隊が布陣する海域の内側を航行しているから、通商破壊の艦娘艦隊を進出させても、空母棲姫等からの猛烈な空爆を受けて壊滅する可能性が極めて高い。それに、距離的にももう間に合わない。
音が鳴るほどぎゅっと拳を握り締めて、補給を許した自分達の後手を悔やみつつも、ルグランジュ提督は今西部進撃隊が取るべき策を見据えていた。
「輸送船団はどうにもならない。こちらは諦めるとして、東部進撃隊の兄弟たちを諦める訳にはいかん。『アイガイオン』は今、航法システムを損傷すると言う目が見えない状態で赤と青がまだらに混じった不安定な海を航行している筈だ。ルートをミスれば、赤い変色海域に突っ込んで船体を侵食破壊されて、中の乗員、艦娘諸共海の藻屑だ。
大きく戦力を減じているとは言え、東部進撃隊の艦娘艦隊戦力まで丸ごと失う訳にはいかん。『アイガイオン』を安全に、この海域まで脱出させる必要がある。それも変色海域を通らない、かつ『アイガイオン』の燃料が持つ最短のコースで」
「それは……ベッドを既に整え、後は寝るしかない、と言う状況で絶対に寝ないと仰るのと等しいです」
作戦参謀が難しい話です、と言う意味を込めて例え話でルグランジュにその難易度の高さを説くと、ルグランジュは静かに、だが確かな事実を含めて答えた。
「その寝るベッドが、死体を横たえるベッドになってしまっては駄目なのだ」
「で、青葉達にその仕事が回って来たと」
ブリーフィングルームの席のひじ掛けに頬杖した状態で青葉が言った。
「まあ、本来の任務に一時的に戻されたと言いましょうか」
ブリーフィングルームの作戦内容を表示させた大画面ディスプレイを前に、任務内容を解説する愛鷹も、軽く腰に右手を当てて、ラフな姿勢で答えた。
「要は変色海域を避けつつ、最短コースで深海棲艦の展開エリアから艦娘母艦『アイガイオン』を西部進撃隊の進出地点まで脱出させろ。そう言う訳ですか。変色海域の分布状況は幸いTF12.2が収集してくれていたお陰でほぼ分かってはいるとは言え、簡単に言ってくれますね」
変色海域の分布状況が赤で塗りつぶす形で映し出される海図を見て夕張が溜息交じりに言う。
「どこに居るのかも分からないし、おまけに向こうはガス欠間近、とか言うタイムリミット付きとか、難易度爆上がりだよなあ」
わしゃわしゃと自身の髪を掻きながら「アイガイオン」が居ると目される海域の広さを見て、深雪も溜息を交えると、蒼月がタブレット端末で計算した数値を深雪を始め、招集された第三三特別混成機動艦隊のメンバーもとい第三三戦隊のメンバーに見せた。
「もし、『アイガイオン』が経済速度を維持し、サルディーニャ島を目指していたと仮定した場合、燃料タンクを破損している同艦に残された残燃料はあと二日と一八時間が限界かと」
「のんびり、いやじっくりと作戦を練っている暇も無いのね。それに、給油艦仕様のワ級が送られたって事は、深海棲艦も追撃部隊を編成できる余裕は恐らく生まれている筈だし、保有する艦娘艦隊戦力の頭数が低下している東部進撃隊の戦力をこれ以上損耗させたら、西部進撃隊だけでアンツィオ攻略戦に挑まなければならなくなるわね」
冷や汗を眉間に浮かべて衣笠が言う。そう、深海棲艦が補給を受けたと言う事を考慮すれば、追撃部隊を編成して、「アイガイオン」が艦内に抱える東部進撃隊の負傷艦娘や、そもそも地中海での活動をメインとしている関係上航続距離が短いイタリア艦娘ら各国艦娘諸共海の藻屑にしに来る可能性は充分にある。
「『アイガイオン』に通信を送る事は出来ないんですか? 返信は不要の一方通信でなら、無線封鎖をしていても、受信するだけなら自分から通信波を出さない分、位置バレしないと思いますけど」
そう進言する瑞鳳に、愛鷹はゆっくりと頭を振る。
「ルグランジュ提督が既に一方通信を試みましたが、羅針盤障害の二次被害である電波妨害で、全周波数帯で通信不能です。データリンクも止まっていると」
「羅針盤障害の二次障害の電波妨害は確かある程度距離を近づく事で解消できますから、青葉の瑞雲か瑞鳳の天山を通信リレー機とすれば、通信を確保する事は可能になると思います」
瑞鳳のその進言に愛鷹はなるほど、と右手で顎を摘まむ仕草をやりながら頷く。
「瑞雲よりも天山の方が速度において優れるのを考慮すると、『アイガイオン』捜索には瑞鳳さんの天山を、通信リレー機には青葉さんの瑞雲を、と言う感じにしましょう。いつもの航空偵察によって『アイガイオン』の位置を特定、通信リレー機を派遣してまずは変色海域化していない海域の座標を指定し、誘導。しかる後、私達本隊も合流し、随伴護衛に当たり、西部進撃隊本隊展開位置までエスコート。これで決まりですね」
「決めるも何も、毎度の戦術にちょっといつもと違うパターンを書き加えただけだけどな」
つまりはこうなるとまとめる深雪に、確かにその通りだと愛鷹を始め第三三戦隊のメンバーが頷く。
その時、コンコンとブリーフィングルームのドアをノックする音が部屋の中に響き渡った。
「誰か?」
「一八駆陽炎です」
動員をかけていない陽炎の返事に誰何した愛鷹は怪訝な顔をしつつも、入室を許可した。
ブリーフィングルームのドアが開き、陽炎だけでなく、不知火、綾波、敷波、摩耶、鳥海、伊吹がぞろぞろと部屋へ入室して来た。
「動員をかけた覚えはありませんが?」
「愛鷹さん、急な要件がある時、人出が多い方が仕事が片付くのが速くなるって言うのは常識よ?」
差し当たり、いや口振りからして言い出しっぺであろう陽炎が愛鷹の顔を見上げながら、暗に助力を申し出る事を口にする。回りくどい言い方だ、と思いながらも、一応愛鷹は陽炎の目を見据えて問う。
「全員の意思は確認済みですよね?」
「あったり前だろ、アタシも鳥海も、綾波も敷波も不知火も伊吹も、やると乗った話だぜ」
やる気満々の摩耶の言葉に、彼女が言及した五人の艦娘もやりましょう、と言う目で愛鷹を見つめて来た。
摩耶の視線と合わせていた自身の視界を少し他所に逸らして考え込んだ愛鷹は、ならこの手で行こうと決め、改めて七人の顔を見ながら腕を伸ばして、ブリーフィングルームの席に座る様促した。
分かってるじゃない、と言うしたり顔で席に着く陽炎を始め七人が席に着くと、愛鷹は自分の中で立案した作戦案を、当初第三三戦隊だけで進める予定だった作戦案を書き換えた内容を一三人に向かって語った。
最後の砲声が鳴りやんだ後、緩やかに戦車小鬼の残骸が蒸発する様に消えて行くさわさわとした静かな消滅音が辺り一帯に響き渡る中、第三七機甲連隊第二大隊と、第三六歩兵連隊第一大隊は進軍の足を止めて、後続の補給部隊が到着するまでの間の構築した防御陣地内で防御の構えを取っていた。
まさに深海棲艦機甲師団の群れとでも言うべき戦車小鬼の群れの波状攻撃を辛うじて撃退したものの、M1戦車もM4IFVも、果ては歩兵に至るまで弾薬が払底し、攻勢をかけられるだけの弾薬が既になかった。無数、それこそ数えきれないほどの数の戦車小鬼を撃破し、深海棲艦陸上軍の反攻作戦の攻勢を悉く退けて来たとは言え、弾薬が無くては国連海兵隊も前進出来ない。弾薬だけでは無い、各車両の燃料も補充が必要だった。
「補給部隊は二〇分後に到着するとの事です」
双眼鏡で戦車小鬼の死屍累々の荒野を眺める第一大隊大隊長に、脇から大隊の補給参謀が第一機甲旅団戦闘団の補給部隊である、第五〇一旅団支援大隊の到着までの時間を報告する。
「了解した」
双眼鏡を下ろし、自身の目で荒野を見つめながら大隊長は答えた。まるで、浄化されて成仏していくように実体を失っていく戦車小鬼の残骸の山を見つめる大隊長に、逆方向から呼びかける声があった。共に進撃していた歩兵大隊の大隊長だった。
「今日だけで一気に戦線を一〇キロも押し上げたな」
身軽な動作で戦車の砲塔部へとよじ登って来た歩兵大隊大隊長の言葉に、戦車大隊大隊長はまず「ああ」とだけ返した。
被っていたヘルメットを脱いで、丸刈りの頭を撫でながら歩兵大隊の大隊長は戦車小鬼の残骸の山の向こうに見える街並みを見て、大きく溜息を漏らした。二つの大隊は州道二号線に沿って前進し、ローマ市街地目前のA90号線との交差路であるヴィア・カッシアにまで前進を遂げていた。ローマの市街地までは五キロも無い。
「早すぎる進撃は補給が追い付かなくなる。一旦ここでホールドして、部隊を休ませ、補給を済ませよう。他の戦線の部隊の進撃速度とも歩調を合わせなくてはならんからな」
「だな。うちの参謀の話だと、州道一号線に沿って進撃していた第二機甲旅団戦闘団と州道四号線に沿って進撃していた第三機甲旅団戦闘団も、ここと大差のない進撃を出来ているとの事だ。ラクイラは英国方面軍が、テルモリはフランス方面軍が、アベッツァーノなど諸都市はイタリア方面軍が奪還を果たしたとの事だ。現在の進撃速度なら、南北に分断されていたイタリア戦線も再結合できるだろうな」
「海はどうなんだ。艦娘の反攻作戦はどうなっている?」
「遠く東から西進して来た艦隊は、メッシナ海峡を突破後は深海棲艦に後ろのドアを閉じられて、ぼろくそにやられているらしい。サンドイッチにする形で西から進撃している艦隊が、救援に動くとの事だが、あまり詳しい事はこっちにも上がってきていない」
「ふむ……」
「まあ、今の俺達はローマの奪還に全力を注げとのお達しだ。旅団司令部、師団司令部も同じ返答を返している」
再びヘルメットを被った歩兵大隊大隊長はそれで切り上げると、自分の大隊本部が置かれているM4へと戻って行った。
海兵隊陸上軍は戦車小鬼の群れを文字通り粉砕し、踏み潰し、蹂躙しながら前進した結果、ローマ市の北部と北東部、そして東部より進撃路を確保していた。どの部隊よりも先んじてローマ入りを目指していたのは、他ならぬイタリア方面軍であった。首都奪還を目指す彼らの戦いは、苛烈を極めたが、確実に歩を進めていた。
とは言え、深海棲艦もトーチカ要塞棲姫を随所に設け、トーチカ小鬼を無数に配置して強固な防衛態勢を敷いている。これまでのアウトレンジ戦法で一方的に戦車小鬼を屠って来た国連軍の優位も、ローマ市街地攻略戦となれば、今度は一方的に国連軍の地上部隊が撃たれる可能性もある。
航空支援も無論活用はされるとは言え、本場になれば前線から無数の航空支援要請が後方の前線航空基地に届く事になるから、前線の将兵にとっては自分達の戦線へ航空支援を寄こして貰う事は、くじ引きの当たりを引くのと等しい話になるかも知れない。
艦尾ウェルドックから発艦して、艦首方向へと進出して行くリシュリューは、右手に見える母艦「アイガイオン」の惨状を眺めて、唇を軽く噛んだ後、溜息を一つ吐いた。
酷い有様である。艦橋はぐしゃりと潰れ、マストにある電子戦ドームの幾つかは、破孔だらけだったり、そもそも原形を留めない程に破壊されていたりと、艦橋に直撃した爆弾の威力と数を物語っていた。右舷の舷側エレベーターは半分ほどが叩き割られて消失し、その他艦体の随所に至近弾の破孔が穿たれている。中でも魚雷の直撃を食らった燃料タンクからは、まだ流出し切っていない燃料の油膜が、血痕の様に海上に跡を残している。その他にも飛行甲板には甲板上で大破したヘリの残骸が飛び散ったり、飛行甲板そのものへの直撃で傷ついた痕が至る所に残っている。
満身創痍と言っても過言ではない。文字通り「アイガイオン」はボロボロだった。乗員も疲労を深く溜め込んでいるし、艦娘も艦内の応急処置作業に駆り出されたりしていたので、やはり疲れていた。
「アイガイオン」」に乗り込む艦娘には今のところ人的損害は出ていないが、深海棲艦の空爆で「アイガイオン」の艦橋にいたクルーは全滅、その他各部署で発生した乗員の被害を合わせて死者一二名、重軽傷者一〇名と言うのが、東部進撃隊の艦娘母艦「アイガイオン」の負った損害だ。クレタ島を発った時点ではもう一隻の艦娘母艦「プロメテウス」もいたのだが、東部進撃隊が進むにつれて比例する形で負傷し戦闘不能になった艦娘が増え、メッシナ海峡突破戦前の艦隊再編成の際に重傷の艦娘と少数の護衛役の艦娘を移して、「プロメテウス」はタラントへと向かったので、現在の東部進撃隊の艦娘母艦は「アイガイオン」ただ一隻だった。
リシュリューは続航して来るジャン・バール、マエストラーレ、リベッチオ、Z20カール・ガルスター、コマンダンテストの五人の方へちらっと振り返ってから、今度は小さく軽いため息を吐く。フランス艦娘で戦闘可能な艦娘は戦艦艦娘の自分を含めて妹のジャン・バールと水上機母艦艦娘のコマンダンテストの三人だけ。
作戦開始時は他に戦艦艦娘としてダンケルクや空母艦娘のベアルン、ジョッフル、重巡艦娘アルジェリー、軽巡艦娘ラ・ガルソニエール、駆逐艦娘ル・ファンタスクを始めフランス艦娘艦隊だけでもかなりの数が居たのだが、積極的に主力艦隊として戦線に投入された結果、大破、重傷者が続出し、小破以下の者以外全員を「プロメテウス」に託した結果、今の東部進撃隊で戦闘可能なフランス艦隊艦娘は三人っきりになってしまった。
寂しいものね、と言葉通り寂しい顔を浮かべて、リシュリューは哨戒艦隊の旗艦として最前列に立って進みながら思う。あれだけいた栄えある自由と平等と博愛の国の艦娘艦隊、フランス艦娘艦隊も今では戦艦二人と水母一人の三人だけ。
ただ、最後尾について、水上爆撃機や水上偵察機を放って航空索敵を行うコマンダンテストの姿を見ると、この状態もまだいい方だったのかも知れない、とリシュリューは考えていた。艦娘コマンダンテストの元となったフランス海軍水上機母艦「コマンダンテスト」は先の大戦では、トゥーロン港で自沈して無念の最期を遂げたし、自分の前身たる戦艦リシュリューも、妹のジャン・バールも、祖国フランスがかつての第二次大戦でナチ・ドイツの軍門に屈してからは、一筋縄とは言えない艦暦を歩むことになった。
そう言った経緯を考えれば、姿は違えど、かつてのフランス軍艦の記憶を継承する自分達フランス艦娘が、深海棲艦と言う敵と戦って文字通り戦力を摩耗し切ったと言うのは、軍港内で何も出来ずに自沈して終わったかつてのフランス海軍艦隊と比べればまだいいように思えて来る。
ただ、それとは別としてやはり艦娘艦隊戦力が随分擦り減ってしまったのは、寂しさが否めない。とりわけ駆逐艦娘の損耗が激しい。今の東部進撃隊で戦闘可能な駆逐艦娘はイタリア艦娘艦隊のマエストラーレ、リベッチオ、グレカーレ、シロッコ、ドイツ艦娘艦隊のZ2ゲオルグ・ティーレ、Z17ディーター・フォン・レーダー、Z20カール・ガルスター、そして途中補充戦力としてロシア方面艦隊から派遣されて来たタシュケントだけだ。
戦艦艦娘はリシュリューを始め、ジャン・バール、イタリア、ローマ、ガングートの五人だけ、軽巡はアブルッツィとガリバルディの二人だけ、空母はアクィラのみ。重巡艦娘もブリュッヒャーのみ。東部進撃隊の現有艦娘戦力は総勢一八名だ。
そして今の自分達は変色海域に「アイガイオン」を突っ込ませない様に注意を払い、残り少ない燃料の残量と睨めっこしながら、西部進撃隊との合流を目指すしか無かった。
よりにもよって最後に補給艦から給油を行ったばかりの燃料タンクに魚雷を食らうのは、「アイガイオン」艦長のアルフォンソ・ナバロ大佐も想定外だったし、二重底になっている燃料タンクを破る結果になった魚雷二発連続で同一箇所に命中するのは、恐らくは深海棲艦も狙ってやったとは思えない、アンラッキーショットが重なった結果だったと言えるだろう。
あと二日と半日程度でガス欠になってしまう。燃料が無くなれば、機関部を始めあらゆるモノを動かす事が出来なくなる。負傷者を治療する医務室の医療機器は無論、発電機、通信機、空調、艤装工場、果てはトイレにキッチンのオーブンまで。電力を基に動く全ての機械に等しく、「燃料切れ」と言う強制的な活動終了宣告が下される。
そうなる前に、西部進撃隊との合流を目指す必要があった。コマンダンテストからLate298BやLoier130と言った水上機が発艦して、西へと索敵網を形成しているのは、変色海域の分布状況の偵察以外にも、西部進撃隊との一刻も早い連絡網の確立と言う目的もあった。周辺海域には深海棲艦の有力な機動艦隊が展開している事が判明しているし、その艦隊へ多少ではあるが補給が送られたと言う事も判明している。無線封鎖を敷く前に確認出来た情報と照らし合わせれば、補給を受けて活動の自由がある程度効く様になった深海棲艦が東部進撃隊の艦娘母艦を艦娘ごと沈めに来る可能性は充分にあった。
西部進撃隊も指をくわえて見殺しにするとはリシュリューとて思ってもいないが、当面の間は自分達しか頼れる存在はいないと思っておくべきだろう。
「増速、両舷前進強速」
加速を命じるリシュリューに彼女の艤装から返答する様にエンジンテレグラフのベルが鳴った。
発艦士官妖精が射出のGOサインとなる姿勢を取った直後、カタパルトが作動し、ジェットエンジンの甲高い飛翔音を鳴り響かせながら、橘花改二機が空へと飛び出していった。伊吹の航空艤装からカタパルト発艦した二機の橘花改は、胴体下に抱いた徹甲爆弾の重みで少し海面の方へと沈み込みながらも、二基のジェットエンジンの大出力によって押される機体はたちまちの内に空を掴んで行った。
五〇〇キロ爆弾一発を搭載した八機の橘花改と、八〇〇キロ爆弾一発を搭載した八機の景雲改からなる攻撃隊を発艦させた伊吹は、コントレイルを引きながら空の向こうへと飛び去って行く攻撃隊の姿を、目を細めて見送った。彼女の前方には対空防衛艦として摩耶が、後ろには愛宕が、そして左右を陽炎と不知火、綾波、敷波が対潜警戒と対空防御の為に固め、艦隊護衛艦として、空母直掩艦娘としての責務を担っていた。
先んじて進取し、海棲艦の展開エリアと変色海域の分布状況の再確認に当たっている第三三戦隊の瑞鳳の天山偵察隊からの情報では、現状「アイガイオン」に最も近い位置に布陣しているのが、超巡ネ級改Ⅱ一隻、軽巡へ級改flagship級一隻、大型駆逐艦ナ級elite級四隻からなる艦隊だった。下手な下級クラスの深海棲艦戦艦よりも遥かにポテンシャルに優れるネ級改Ⅱが居るのは厄介極まりない。
愛鷹が立案した作戦は、便宜上伊吹隊と呼称される伊吹を中核とした空母部隊を持って陽動攻撃を行い、深海棲艦の注意を引いている間に、第三三戦隊が「アイガイオン」と接触して、安全圏まで誘導を行う、と言うものだった。つまり、必然的に伊吹隊には深海棲艦の集中攻撃が向かって来る事になる。
危険度は高い囮任務だったが、望むところだ、と寧ろ伊吹隊のメンバーは皆意気込んでいた。先日、大破して一時後送される目に遭った摩耶ですら、一切合切臆する事無くやる気に満ちている。愛宕はノリは何時もの事だとして、彼女なりに黒の手袋をはめた両手をコキコキと鳴らしているので、見た目に反して中々に武闘派なのが伺える。
初動はまず伊吹の攻撃隊が深海棲艦の艦隊を一撃して、深海棲艦の艦隊の注意を伊吹隊に向ける事から始めるので、当然ながら全員の電探は最大出力で、深海棲艦に傍受されて下さいと言わんばかりに電波を周囲へぶちまけていた。最も対空電探以外は水平線の丸みで遮られてしまうので、直接深海棲艦が伊吹隊の電波を拾う事は出来ないだろうが、何らかの形で発信源に集って来るのが深海棲艦の特性だ。
「素朴な疑問なんだけどさ、水平線の丸みで深海棲艦には届いていない筈の電探の電波をどうやって奴らは受信してるって言うんだ?」
防空艦として重宝している13対空電探改は元より、22号水上電探改四も起動して捜索、索敵を行っている摩耶の疑問に、伊吹が短めな解説を返した。
「私が聞いたところでは、鳥や魚の群知能に似たものを持っているのではないか、と推測されていますね」
「アタシらは人間だぞ、深海棲艦とは違うだろ」
「……果たして、そうでなんでしょうかね……」
何か意味深さを含ませた口ぶりを返しながらも、伊吹自身明確な答えは持たないし、分からないので、それ以上は言わなかった。
それから程なくして、伊吹が放った攻撃隊が、超巡ネ級改Ⅱ以下の艦隊への攻撃を開始する報告が入る。
防空巡であるツ級程では無いが、正確な対空射撃を行うネ級改Ⅱを援護する形で、大型駆逐艦ナ級が輪形陣を組み、単装両用砲を撃ち放って、空に対空弾の爆炎を花びらかせ、連続して響き渡る砲声と対空機関砲の連射音が、音速で飛び回る橘花改と景雲改を捉えようと追いかけまわす。
中高度から進入した橘花改と景雲改が爆撃投下コースを維持して直進する隙を狙って、深海レーダーによって誘導管制されたナ級の主砲と機関砲が、一六機のジェット機の鼻先に弾幕を張り、接近を阻もうと対空弾を炸裂させる。時速八〇〇キロで進入する橘花改と景雲改の至近距離で対空弾が炸裂し、ぐらりぐらりと爆風で機体が揺さぶられる中、橘花改の二番機が右翼エンジンポッドに被弾し、黒煙を吐きながら錐もみ状態に陥る。時速八〇〇キロから徐々に速度を上げながら眼下の海上へと墜落して行く橘花改のコックピットで、遠心力で操縦席の片側に押し付けられて身体を動かせず、脱出できない航空妖精が目の前に迫った海面を見て断末魔の叫び声を上げた時、橘花改の機体が海面に激突して、白い飛沫を盛大に上げながらバラバラに砕け散る。
一機ロストし、航空妖精一人も失いながらも残る一五機は振り返る事無く、爆撃コースを維持する。爆装を投下しても回避されては粘った努力も無駄になるだけに、肉薄する橘花改と景雲改の編隊に更に激しく、対空弾炸裂の爆風が吹き付ける。
景雲改の最後尾の機体が、胴体に一撃を食らい、機体が破断の悲鳴を上げて胴体が前後に真っ二つに割れる。即座に力無く海面へと落下して行く機体前部のコックピットの後部座席のキャノピーが開いて、航空妖精が脱出したが、操縦席の航空妖精は脱出する事無く、そのまま機体と運命を共にする。
脱出した航空妖精も、パラシュートで降下して行く間に、自分を救助しに来れる味方艦娘も味方機もいない事に気が付き、絶望に沈む表情を浮かべ、操縦席の航空妖精が脱出を拒んだ理由に初めて理解出来た。
一四機に数を減らしながらも、橘花改と景雲改それぞれ七機は爆弾投下を宣言して、次々に爆弾を投下していった。作動音と共にふわりと切り離された爆弾が、眼下の深海棲艦艦隊へと降り注いでいく。爆弾を投下した橘花改、景雲改は自機のジェット噴流で爆弾を吹き飛ばさない様に操縦に注意を払いつつ、緩やかに上昇に転じ、離脱して行き、上空で旋回しつつ爆撃効果確認のフェーズに移行する。
七機の橘花改が投下した七発の五〇〇キロ爆弾は、重防御で知られる大型駆逐艦ナ級四隻の内二隻に、三番艦に一発と四番艦に二発の総計三発が命中した。同格の駆逐艦娘の砲撃ですら容易に撃破し難いナ級とは言え、時速八〇〇キロ以上で投下された五〇〇キロ爆弾の運動エネルギーも加算した破壊の力の前には、無傷とはいかず、三番艦は主砲砲身を爆砕され、レーダーも破損、さらに船体に大破孔が開き、急速に浸水で傾斜し始める。四番艦は救いと言う概念が無く、艤装をごっそり初弾で半分ほど爆発で抉り飛ばされたその破孔から飛び込んだ二発目が弾薬庫に飛び込んで爆発し、閃光と瞬間的に膨張した火焔と黒煙、そして殷々と響き渡る轟音を残して轟沈する。
景雲改七機は三機と四機の二手の複縦陣を組んでネ級改Ⅱに突撃し、へ級改の援護射撃とネ級改Ⅱ自身の対空砲火と合わせて更に一機を撃墜したが、残る六機が投下した八〇〇キロ爆弾が風切り音と共にネ級改Ⅱの頭上から死を降り注いだ。
回避運動で最後の抵抗を試みるネ級改Ⅱの艤装に一発、また一発と、二式八〇番五号Ⅱ型徹甲爆弾が直撃し、ネ級改Ⅱの装甲を貫徹し、内部で炸薬を炸裂させた。内側からの破壊の力に艤装を破壊されたネ級改Ⅱが苦悶の表情を浮かべた時、度重なる被弾による激震でバーベットから外れた主砲搭の僅かな隙間から、偶然と言う現象を味方にした一発が飛び込んで、幾層の甲板を貫き、弾薬庫内で信管を作動させた。
一拍置いてネ級改Ⅱを大きく揺るがす誘爆の炎が主砲搭部から噴き出て、相応の重量がある砲塔が蹴り上げられたボールの様に宙を舞った。最後の一発が奇しくも被弾によって姿勢を崩したネ級改Ⅱを飛び越えて、背後で虚しく着水の水柱を突き上げようが、もはやネ級改Ⅱには関係の無い事だった。誘爆と既に被弾していた爆弾の破壊の力によって、外と内側から打ち砕かれたネ級改Ⅱが左に横転し、再び立ち上がる事無く、そのまま水面の底へとその骸を沈めていく。被弾時に生じた火災の炎がネ級改Ⅱに艤装から漏れた燃料に引火して、海面に火災の火焔を立ち昇らせた。
黒煙だけがネ級改Ⅱが水面の上にあった証拠として残る一方、へ級改とナ級二隻の三隻は大破航行不能のナ級に接近し、救助不能と判断すると、大破したナ級に砲撃を浴びせて、砲撃処分に移行した。
全ての爆装を投下した攻撃隊は、編隊を組み直し、母艦艦娘の伊吹の元へ帰投するコースに乗るが、橘花改一機と景雲改二機の計三機を喪ったと言う事実に、航空妖精は一同に打ちひしがれていた。高速で敵地へ突入して爆撃し、深海棲艦を撃破して、全機帰還を成し遂げていた不敗の伊吹航空団の伝説が破られたと言う現実を直ぐに受け入れられず、自動操縦に切り替えた航空妖精各員は、放心した様に座席の上でぽかんと口を開けて、宙を見ていた。
「敵艦三隻を撃沈、内訳は超巡ネ級改Ⅱ一隻、大型駆逐艦ナ級二隻。なお攻撃隊も三機を喪う……」
とうとう今まで被撃墜機を出して来なかった伊吹航空団も、被撃墜機を出したか、と愛鷹は厳しい現実に唇を嚙み締めた。
伊吹隊に任せた作戦内容を鑑みれば、伊吹の航空団は今後さらに被撃墜機を出す事になるだろう。一個戦隊に攻撃を行った次は、伊吹隊に対する深海棲艦空母機動部隊からの航空攻撃になる筈だ。伊吹が防空任務に回している一六機の橘花改でどれ程防げるか。伊吹だけでなく対空防衛艦として愛鷹が期待している摩耶と、その補助に当たる随伴護衛艦の愛宕以下陽炎、不知火、綾波、敷波の対空戦闘の技量度次第と言う所だろう。
一方の愛鷹隊は未だに「アイガイオン」と接触出来ていなかった。とは言え、変色海域の分布状況は把握出来たし、予想された位置捜索範囲をしらみつぶしに探しているので絞り込みは出来ている。あとはその絞り込みの輪を縮めれば、そこに「アイガイオン」はいる筈だ。
「ワ級が居た?」
不意に天山隊とダイレクトに通信を接続している瑞鳳の訝しむ声が上がった。何事かと瑞鳳へと振り向けられた愛鷹の焦げ茶色の瞳に、小柄な空母艦娘のオレンジがかった瞳が見つめ返す。
「ワ級一隻を確認したとの事です。方位007から的針092へ向けて東進中」
「ワ級が単艦行動を?」
それは流石に何かある、と言いたげな顔で夕張が同様に訝しむ表情を浮かべる中、愛鷹はもしやと感じ、ワ級と接触した天山、フェーザント2-2に対して、ワ級に先んじて方位092に向かうよう指示を下すと同時に、第三三戦隊の進路も方位092度へ変針する様指示を下す。
「ワ級が単艦行動って普通じゃありえませんよね。一体何処からそのワ級は……」
「簡単な話さ、先に発見された深海棲艦の輸送船団から一隻だけ離脱しているんだよ。目的は知らねえけどさ」
疑念を口にする蒼月に深雪が答えを返すが、深雪自身ワ級が単艦行動を取って東へ進んでいると言う事に何か違和感を覚えてはいた。同じ違和感を覚えていたらしい衣笠が、自身なりの推論を口にする。
「爆弾をしこたま詰め込んで、『アイガイオン』に対して自爆攻撃を仕掛けようとでも言うのかしらね」
「可能性としては有り得るよ。でも、それを実行する前に、『アイガイオン』の艦娘艦隊の迎撃で撃沈される可能性が高いね。それを予期出来ない程深海棲艦は馬鹿じゃない。となると、何か奇策を用意している可能性が大きいと見た」
奇策ありと見て妹に答える青葉だが、青葉自身その「奇策」がどう言うモノなのかは想像もつかない。自爆攻撃に使う爆薬の可能性は高いが、戦艦艦娘を複数まだ有している東部進撃隊の火力なら、赤子の手をひねるよりも楽に仕留められる相手だ。では何かの触媒を輸送しているのだろうか? 例えば化学兵器が考えられるし、もしかしたら変色海域の分布状況を一変させる特殊装備かも知れない。
ワ級は輸送艦と言う性質上、手持ちの装備をその艤装内に格納して隠せると言う、地味に厄介な特徴があるだけに、その手の内を読むのは難しい。殊に、今の様な機構をしてきた場合は尚難しい。
「ワ級の船倉から大和さんの主砲と同じ大砲が突き出て来て、ドカンと一発撃ってきたりしないですかね?」
さながらモニター艦の様な運用方法の可能性を提言する蒼月に、愛鷹は「可能性として、一応考えておいて下さい」とだけ返した。
ワ級の奇行と言うのは珍しいが、前例がない訳では無い。愛鷹はかつて北海で対峙した電子戦型ワ級の存在を思い出していた。全無線周波数帯とデータリンクを切断する通信妨害性能を持つ電子戦型ワ級。また居たと確認出来た訳では無いが、日本近海に進出して、幻の空爆を作り出し、日本本土防空部隊の迎撃能力を推し量った張本人もまた電子戦型ワ級であった可能性がある。
先に確認された輸送船団に随行していた「用心棒役」と見られていたワ級が、実は特務を担う特殊作戦艦だった、と言う落ちは考えうる。問題はその特殊作戦の内容が愛鷹達からは候補が多すぎて、先読みが難しいと言う事だった。
では、こうは考えられないだろうか、と愛鷹は今状況で起こって欲しくはない最悪のケースをいくつか頭の中で想定してみる。変色海域の分布状況を書き換えて、「アイガイオン」の進路を絶つか、より広域に渡る通信妨害を生み出して、国連海軍艦娘艦隊は勿論、国連軍そのものの通信網を妨害するか、はたまたBC兵器こと化学兵器を散布して、対化学兵器戦装備の無い艦娘を毒死させに来るか。
(駄目ね、さもありな候補が多すぎるわ……)
有り得そうな候補が多すぎる事に愛鷹は渋面を薄らとその端麗な容姿に浮かべた。
ただ一つ言えることは、何事も起こって欲しくない時に限って、最悪な状況が起こる、と言う事だった。
ふと空を見上げると、空に断雲が幾つかかかり始めているのが見えた。あの雲が暗雲にならなければいいが、そう願わざるを得ない気分に愛鷹は暗澹たる思いを抱いていた。
感想評価ご自由にどうぞ。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。