艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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6月投稿は無理かな、と思ってましたが何とか投稿出来ました……。


第八七話 見えざる破壊

「鳥海二号機より、艦隊各艦へ通知。戦爆連合約一〇〇機、艦隊へ向け接近中。参照点より方位077」

 哨戒に出ていた鳥海の零式水上観測機から、深海棲艦の艦載機群の接近が報じられる。

「来たわね。全艦、対空戦闘用意! 各艦、輪形陣へ移行」

「全艦対空戦闘用意!」

 鳥海の凛と張った声で対空戦闘用意の号令が下され、装備妖精が復唱し、戦闘配置の鐘が鳴らされる。

 伊吹を中心とした輪形陣に陣形を組み返る艦隊構成艦娘の両目がぎらりと空を睨み上げ、対空電探と連動した主砲と対空機関砲の砲身が仰角を目一杯とる。

 防空の要となる摩耶の艤装上では、21号対空電探改二と13号対空電探改の二種類が、空一杯に電波の捜索網を広げ、敵機を捜索する。13号対空電探改が長距離を指向性を持って索敵するのに対して、21号対空電探改二は捜索距離こそ13号に劣るが、全周捜索が可能な電探と言う違いがあり、摩耶はそれを上手く使い分けて、電探探知を行っていた。摩耶の電探探知法は至ってシンプルで、哨戒に出ている味方機からの通報を受けた方向に13号を指向して、次いで21号でより正確な敵機の位置を把握する、と言うものだった。

 摩耶の艤装上で対空電探と連動した高角砲、対空機関砲が敵機の飛来する方向へと、揃って砲口を差し向ける。艦娘摩耶の由来となった重巡「摩耶」では、電探と連動した対空兵装は存在しなかったが、艦娘の重巡摩耶は違う。電子の眼と連結されたハリネズミの如く配置された対空兵装が、電探から送られて来た敵機の高度、速度をリアルタイムで反映して、正確に対空弾を送り込む仕様となっている。

 艦隊が対空射撃を始める前に、防空隊として発艦していた橘花改一二機が深海艦載機群へ向けて、機首を巡らせ、フルスロットルで迎撃に向かう。キーンと言う甲高いエンジン音を残して、虚空の彼方へ飛び去って行く橘花改はたちまち黒い点となって、見えなくなった。

「ジェットってうるせえなあ」

 ヘッドセットである程度は防音出来ているとは言え、それでも鼓膜はおろか、内蔵すら揺さぶりそうなエンジン音に顔をしかめながら摩耶が言う。

「これがフルサイズのジェット戦闘機だったら、もっとうるせえんだろうけど」

「実際、フルサイズの現代戦闘機はかなり煩いですよ。低空を超音速で飛ぶと、誇張抜きに内臓が震えます」

 空母艦娘ならではの航空機に関する実体験を語る伊吹の口振りに、摩耶がひゅーと口笛を吹く。

「鼓膜だけでは無く、内臓までびりびり震わせに来るとは恐れ入ったぜ」

「実際、昔アメリカで艦上戦闘機のあまりの騒音に訴訟問題が起きた程ですからね」

「アメリカでかよ」

 軍用機の騒音には口煩い日本では無く、アメリカで起きたと言うその話に、摩耶を含めた伊吹以外の艦娘が軽く驚きを見せる。

「その点、プロペラ機は騒音が騒音して無いわよね。ジェットエンジンの音は乱暴かつ暴力的な音だけど、レシプロエンジンの音は寧ろ心地よさすら感じるわ」

 ジェット機よりも馴染みのあるレシプロ機のエンジン音を思い出しながら言う陽炎の言葉は、言い得て妙であった。

空の向こう、姿は見えない場所から、空戦が繰り広げられる機関砲の射撃音が風に乗って伊吹隊の七人の所へ届く。先んじて伊吹には無線で編隊長妖精が「ターゲットマージ、エンゲージ」を宣言するのが伝えられていた。

 橘花改の機関砲の連射音と、深海艦載機群の艦上戦闘機の機関砲の二種類の射撃音が入り混じるように聞こえて来る。ヘッドセットの収音機能によって、ある程度遠くの音でも一定の音量へと増幅されて聞ける。ヘッドセットの仕様にもよるが、概ね艦娘が使用するヘッドセットなら六キロほど先の音は拾う事が出来る。

 橘花改の速度と三〇ミリ機関砲の大火力で深海艦載機群を構成する深海猫艦戦、夜復讐深海艦攻、夜深海艦爆が射抜かれ、砕け、空に流星のように破片を散らしながら落ちて行く。迎撃を行う深海猫艦戦を、圧倒的に優位な速度で振り切った橘花改が、フォーメーションを維持したまま再び編隊内に突撃し、低レートの三〇ミリ機関砲の照準を狙いすまして放つ。

「タイタン3-1、ガンズ・ガンズ・ガンズ!」

 航空妖精が叫ぶ声と共に引き絞られた引き金が、機首に内蔵された二門の三〇ミリ機関砲に射撃信号を送り、機首がぶれる程の反動を伴って、三〇ミリ弾が飛び出していく。機関砲と言うよりは速射砲を思わせる発射速度で撃ち出された三〇ミリが、金切り声を上げて夜復讐深海艦攻の胴体を射抜き、飛行能力を失った艦攻が黒煙を引きながら高度を落とす。一二機の橘花改が射撃を行う度に、一〇機未満の深海艦載機群の機体が編隊から脱落して、伊吹隊への攻撃を行う前に果てて行く。

「右の奴は任せろ!」

「タイタン3-3、仰角三〇度で上方の深海猫艦戦を追っ払ってくれ!」

「了解!」

 僚機からの指示を受けて橘花改の一機が機首を引き起こし、エンジンスロットルを開いて上昇に転じる。照準器の向こうに見える深海猫艦戦をレティクルに捉えると、残弾計をちらっと見てから航空妖精は操縦桿のトリガーを軽く引き絞る。照準器が上下左右にぶれる程の反動を伴いながら、橘花改の機首より曳光弾が飛び出していき、その弾幕の中に飛び込んだ深海猫艦戦の機体がずたずたに切り裂かれ、ミンチにされた深海猫艦戦の機体の残骸が空中から投げ落とされていく。

 三分の一に相当する深海棲艦の艦攻、艦爆が撃墜されたが、橘花改に出来たのはそこまでだった。橘花改の三〇ミリ機関砲は、その大火力と引き換えに装弾数が通常の空母艦娘の艦上戦闘機と比べて少なかった為、経戦能力に難があった。どれ程節約した射撃をしても、装填されている弾薬以上の仕事は出来ない。

 最後の一機が、チェンバーから砲口を経て深海艦載機群の夜深海艦爆へと三〇ミリを撃ち込んで、離脱に移った時、深海艦載機群は乱れた編隊を組み直し、伊吹隊への突入コースに戻った。

 

「敵機六七機、進路変わらず急速に接近」

 CIC妖精の報告に摩耶は空一杯に見え始めた黒い点を凝視しながら、主砲の砲口をそちらへ差し向ける。

「右対空戦闘、防空指揮艦指示の目標! 主砲、撃ちー方始め!」

 張りのある声で摩耶が砲撃始めの号令を下すと、彼女の二〇・三センチ連装主砲三号砲三基が火焔を砲口から迸らせた。六つの赤い火焔と黒い砲煙が前後に流れ出る中、飛び出していった六発の三式弾改二が深海艦載機群の鼻先へと飛び込んで行き、最も近い機体にドップラー波を照射させてその反射を検知した弾頭が信管を作動させ、一瞬で無数の対空散弾が空中に現出する。

 散弾の欠片を食らった深海艦載機群の機体が、五、六機程編隊から脱落していくのを見ながら、摩耶は主砲に再度三式弾を装填し、砲弾再装填の為に一旦水平にしていた主砲の砲身の仰角を最大にまで引き上げる。

「てぇッ!」

 鋭い摩耶の叫び声と共に、三基の二〇・三センチ連装主砲が発砲音を轟かせ、対空砲弾を空へ向けて撃ち上げる。回避運動もとらずに愚直に前進して来る深海艦載機群の目前で再度爆発した三式弾が空中に撒いた対空散弾の雨が、深海艦載機群を下方を除く全方位から打ち付け、飛行不能、戦闘不能などの状態異常を与えて、戦列から櫛の歯が欠けて行くように脱落させていく。

(もう一回が限界って事か)

 再装填を行う主砲と、黒い点から既に機影が分かるほどに近づいている深海艦載機群の姿を交互に見て、摩耶は主砲による対空射撃の機会を伺う。摩耶の主砲は仰角が高角砲の様に取れないから、状況から見るに海面すれすれを飛ぶ雷撃機相手に斉射を一回行うのが限界だろう。

「高角砲攻撃始め!」

 空の一点を指さして発令する摩耶の下命を受けて、21号対空電探改二とその電探で得たデータを基に射撃管制を行う九四式高射装置と連動する一二・七センチ連装高角砲が砲撃を開始した。小太鼓を連打するかのような速射音が鳴り響き、対空砲弾を撃ち上げていく。

 高度を取って、急降下爆撃の構えを取ろうとしていた夜深海艦爆の一機が、アッパーカットを食らうかのように機体を跳ね飛ばされ、下方から突き上げて生きた散弾を浴びてバラバラに砕け散る。更に一機、真横から打ち付けて来る散弾を浴びてフックを食らったボクサーのようによろめき、そのまま力を失って倒れていく形で海上へと落ちて行く。

 摩耶改二に備えられた一二・七センチ連装高角砲は、従来の砲術科妖精の手動装填式から自動装填式に装填装置が変わっている事もあり、連射速度は極めて速い。半自動装填式の秋月型の長一〇センチ高角砲並みの発射レートで、文字通り小口径砲の対空弾による弾幕を形成する。

 高角砲の速射で四機の夜深海艦爆が空の塵と化す中、摩耶に続いて伊吹の周囲を固める鳥海、陽炎、不知火、綾波、敷波の五人も対空射撃を開始する。鳥海の一二・七センチ連装高角砲と陽炎達の一二・七センチC型改三主砲とA型改二主砲が最大仰角を取り、対空砲弾を空へ向けて投げ飛ばす。

「さぁ、どんどん寄ってきなさい! 片っ端からゴミカスにしてやるわ!」

「敷波、カバーお願い」

「りょーかい」

 主砲艤装そのものを上方に向けて構えて撃ちながら陽炎が叫び、不知火が無言でその射撃の間に無防備になっている陽炎の死角をカバーする。一方綾波の援護要請に、敷波が間延びした答え方をしながらも、素早い動作で相棒と言える綾波の相互援護に入る。艦娘の防空射撃の時に最も危険なのは、対象深海艦載機への対応に気を取られている隙に、別方向から攻撃を仕掛けて来る敵機に襲われる事だ。故に艦娘の対空射撃の時はエレメント(二隻一組)を組むのが理想とされる。特にこれは対空射撃自身が艦娘本人の手に依存する駆逐艦娘や海防艦娘に求められる要素だ。

 その点、鳥海と摩耶には多数の砲術科妖精と見張り員妖精が乗り込んでいるので、対空射撃中の隙が生まれにくい。特に摩耶は高雄型の中でも防空重巡として対空兵装が増設されているので、尚の事妖精の数が多く、多方向への対応、警戒に優れていた。

 そんな摩耶の艤装にハリネズミの如く設置された二五ミリ三連装機銃が射撃を開始すると、赤い鞭がヤマタノオロチのように幾つもの火箭を伸ばしていき、急降下爆撃に転じた夜深海艦爆に対して弾幕を張る。直撃を意図してはおらず、あくまでも正確な爆撃がしにくい環境を作る事を目的としているので、命中は企図していないが、それでも撃ち出される改良型二五ミリ対空弾は、真っ直ぐな弾道を空へ向けて撃ち上げ、夜深海艦爆のすぐ傍を対空弾が通り抜けていく。

 急降下爆撃に突入していた夜深海艦爆の一機が、対空機銃の火箭に絡め取られ、ダイブブレーキと昇降機舵能を吹き飛ばされて、引き起こしと舷側が不可能になり、飛行音を高々と鳴らしながら、急降下爆撃よりも遥かに速い速度で海面へ突っ込んで巨大な水柱へと転化した。

 僚機の撃墜に構わず、横一列に並んで伊吹へと急降下して行く夜深海艦爆の編隊へ目掛けて、伊吹からも対空機銃の弾幕と、一二センチ三〇連装噴進砲改二が一斉に対空ロケット弾を発射する。近接信管と時限信管の二種類を内蔵した噴進砲の対空ロケット弾が、夜深海艦爆の傍で起爆し、対空散弾の欠片を叩きつけに来る。二機が損傷して、爆弾を投棄、離脱に追い込まれる中、残る四機が爆弾槽の扉を開いた。

「やらせるかってんだ!」

 摩耶が振り向きざまに高角砲を差し向けようとするが、鳥海がそれを制し、空の一点を指さして砲声に負けじと怒鳴り声で摩耶に新たな敵機接近の知らせを告げる。

「二時方向より新たな目標、六機接近! 対処して摩耶!」

「チッ、悪い、伊吹! アタシは援護に回れない、自力で何とか躱してくれ!」

「了解!」

 返事を剛速球で投げ返す様に返した伊吹は既に面舵に舵を切って、四機の爆撃コースから逸れ様と、エッジを利かせた航跡を引きながら右に右にと急旋回を始めていた。

 艦娘配備前に四航戦の伊勢型の二人が史実の戦術を基に組みだした艦娘の回避パターンを基に、状況に応じて適応させながら回避機動を取る伊吹の左舷側に艦爆四機が投弾した爆弾が海中で大太鼓を連打した様な鈍い音を立てる。海面を盛り上げる衝撃が七人の靴底から伝わり、衝撃は四本の水柱となって海面に出現する。

「新たな目標、137度! 仰角七五度!」

 空を見上げて、高射装置を操作する砲術科妖精に下命しながら、摩耶自身も緩いカーブを描きつつ左に転針する。

 その時、左舷見張り員妖精が双眼鏡から目を離して、摩耶の顔に向かって、夜復讐深海艦攻の編隊が接近している事を叫ぶ。

「敵艦攻部隊、左舷二〇度より急速接近中! 数六、本艦に向かってきます!」

「やってやろうじゃねえかこの野郎!」

 左舷側へと振り向きながら、同時に左舷側へ指向可能な二基の主砲を振り向ける。摩耶の身体そのものをその場でターンさせれば、三基の主砲全てが使えるが、それを行うと右への全力旋回を行う際に支障が発生するので主砲を向けるにとどめる。大型艦娘は自身の身体を軸線にする関係上、向きによっては艤装上の全火器を指向しづらくなるのが悩みだった。

「左対空戦闘、主砲、てぇっ!」

 四門の主砲が発砲炎を砲口から吐き出し、三式弾改二を水平撃ちする。低高度に舞い降り、雷撃投下ポイントへと迫る艦攻六機の目の前で、四発の二〇・三センチ三式弾改二が炸裂し、四つの点が四つの面となって六機の艦攻を包み込む。先陣を切る艦攻が最も大量の破片を浴びてバラバラに砕け散り、二機目、三機目、そして四機目も縮れ、細かな断片となった機体の残骸と兵装を海面に投げ込みながら果てて行く。

 残る二機は黒煙を引きながら調子の悪そうな飛行音を立て、適当な所で魚雷を投下して緩やかなカーブを描き、離脱して行く。あの二機の魚雷は問題ない、と輪形陣の後方へと流れる二本の雷跡を見て、摩耶はふっと溜息を軽く吐き出す。

「次、行くぞ!」

 砲術妖精がそれぞれ独自に照準を定めて砲撃を継続する高角砲、対空機関砲の弾幕の砲声に負けない声で、摩耶が叫んだ。

 

 伊吹隊が深海棲艦の空母機動部隊からの空爆を引き付けている間、愛鷹隊は天山の偵察で「アイガイオン」との接触に成功していた。正確には「アイガイオン」を母艦とするコマンダン・テストの搭載機Late298Bと邂逅を果たしたコールサイン・ターミガン2-1が、Late298Bに誘導されて「アイガイオン」との接触を果たした形になる。TF12.2が調査した変色海域の分布状況から凡その位置を割り出していた事もあり、見つけ出す事自体はそれ程難しい事では無かった。

 直ちに青葉から瑞雲が通信リレー機として発艦する。まずは変色海域の分布状況を一方送信し、退路へ導くのだ。

「さて、ここからが難しい所ね」

 戦術タブレットを見つめながら愛鷹はタッチペンで「アイガイオン」の現在位置と、変色海域の内、変色していない海域を見て、迷路の順路をなぞる様にペンでディスプレイを撫でる。

 愛鷹を始め、艦娘は全ての艦娘に共通して特殊塗料で接地面となる靴兼主機に対変色海域防護措置が取られているので最短コースで「アイガイオン」へ直行できるが、「アイガイオン」の船底にはその塗料が塗られていないから、赤く変色した海域に少しで突っ込めば、船体が侵食され自壊してしまう。尚且つ、燃料に余裕がない「アイガイオン」に大回りをさせる訳にはいかない。

 どうしようかと愛鷹が考えていると、ふと瑞鳳が訝しむ声を上げる。青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の五人が何事かと振り返ると、困惑を浮かべた顔を瑞鳳は返した。

「ターミガン2-2が北から接近するワ級一隻を確認したって」

「北、って、具体的な方位は?」

 確認を取る夕張に、瑞鳳はちょっと待って、と答えてターミガン2-2に確認を取る。

「……『アイガイオン』から見て354度ね」

「ワ級が単艦で何をしに……」

 考え込む青葉に、衣笠が彼女なりに捻り出した推論を口にする。

「変色海域の拡大とか?」

「あるっちゃあり得る話だな。でかいその船倉に変色海域の拡大の為のマテリアルをたんまり載せて、そいつを海にばら撒きながら変色海域の面積を広げて、こっちにプレッシャーをかけに来ている可能性はありうるぜ」

 変色海域の拡大説に深雪が相槌を交えて頷く。だが、ターミガン2-2を始めとする偵察任務に就く天山と交信を続ける瑞鳳が、右手で顎を摘まんで異を唱えた。

「どうかしら?」

「?」

 五人からの視線に瑞鳳は天山各機から聞いた話をそのまま伝える。

「そのワ級の存在で変色海域のエリアの分布状況が変化したと言う報告は無いわ。ワ級は補給艦のガワを被っているだけで、様々な特殊任務に就く事が出来る艦だから、今単艦行動中の個体の本質を突き止めるのは難しいけど、北海で対峙した電子戦型だとしたら、厄介な事になるわね」

「電子戦型……」

 北海で初めて確認したサブタイプの存在に、話を聞いていた愛鷹が忌々し気に呟く。通常では考えられない程の通信妨害、電子機器障害を引き起こせる電子戦型はかなり質の悪い方の深海棲艦と言える。

「瑞鳳さん、そのワ級のオーラを確認させる事は出来ますか?」

 念の為に愛鷹はワ級の対空防御力も考慮して、瑞鳳に問う。輸送・補給艦であるワ級だが、中には下手な駆逐艦級や軽巡級よりも対空戦闘能力に秀でているワ級も存在する。迂闊に近づいて撃墜される事は避けたい。

「待ってくださいね……オーラは……青です」

 言葉に震えを交える瑞鳳に、愛鷹は内心で舌打ちを漏らした。電子戦型ワ級か、面倒な事になりつつある。まだ広域に渡る通信妨害を起こしていないのは気になるが、それはともかくとして、戦闘艦タイプの深海棲艦の方が今はマシに思える程、電子戦型ワ級は愛鷹にとって疎ましい事この上なかった。

「ひとまず『アイガイオン』との合流を急ぎましょう」

 後ろから青葉が言う。本来の行動予定を継続するべきだと主張する青葉に愛鷹は頷くと、艦隊に増速を命じた。

「艦隊増速、黒二〇!」

 

 

 赤く染まった海に白い航跡を引きながら前進する愛鷹隊の七人の視界が、見慣れた蒼へと変わり水平線上に微かながら「アイガイオン」のマストが見えて来た。

「変色海域を離脱、通常海域へ戻ります」

 背後を振り返って赤い海を見つめながら青葉が愛鷹に報告する。了解、と短く返した愛鷹のヘッドセットに、国連海軍の通信チャンネルで「アイガイオン」を母艦とする艦娘達から通信が入った。

≪This is Richelieu, This is Richelieu. この回線で聞こえる前方の艦隊へ通知する、貴隊の所属を明らかにされたし。オーバー≫

 用心さと警戒心をたっぷりと含ませた声でリシュリューが呼びかけを差し向けて来る。

「This is Ashitaka, This is Ashitaka. 西部進撃隊所属第三三特別混成機動艦隊第三三戦隊旗艦です。貴隊の救援に参上しました、オーバー」

 フランス人のリシュリューに配慮して、フランス語で会話しようかと一瞬思ったものの、規定通り英語で返答を返す愛鷹に、リシュリューは「アシタカ……?」と聞き慣れない艦娘の名前に呟く様に返しながらも、自身の戦術タブレットに表示される愛鷹達のIFFコードが国連軍のものだと分かると、警戒心を解いた声で再び呼び掛けて来た。

≪そう、じゃあ、あなた達がジャンヌ・ダルクって事ね≫

「どちらかと言うと単なる名も無きガイドの方ですね」

 大層な例えをしてくるリシュリューに、今度こそ彼女にフランス語で返す愛鷹の視界に、リシュリューの姿が見えて来た。後ろにジャン・バール、マエストラーレ、リベッチオ、カール・ガルスター、コマンダン・テストを従えるリシュリューのすらりとした長身が水平線上に現れ、相応の速度を持って愛鷹達の方へ向かって来た。来日経験がある六人全員を認めた青葉が手を振ると、コマンダン・テストが軽くだが手を振り替えした。

 程なく邂逅を果たした愛鷹隊とリシュリューらは、遅れてやって来る「アイガイオン」を待ち、愛鷹隊を先導とする形で再度前進を開始した。

「派手にやられてますねえ」

 持参したカメラで「アイガイオン」を撮影する青葉の口振りは少しばかり重たく感じられた。上部構造物や飛行甲板を著しく損傷している「アイガイオン」を見れば、青葉以外のメンバーも気落ちした。よくぞまあ撃沈されなかったものだとすら感じる。

 シャッターを何枚か切った後、夕張に青葉は外観からの損傷具合を伺ってみる。

「どうです、技術屋として見た感じの『アイガイオン』の損傷具合は」

「そうねえ、ドック入りは確定と言う所かしら。燃料タンクも壊れてるし、艦橋はお陀仏、電子戦ドームも滅茶苦茶だし、なるはやで修理したとしても半年はドック入りってところね。応急修理で何とかなる範疇でもないし、『アイガイオン』の艦娘はこっちの艦娘母艦へ移乗させるしか無いわね」

「よくぞまあ、浮かんでいられますよね、これほど痛めつけられていながら」

 割り込む様に蒼月が言う。後方の「アイガイオン」の損傷具合を見て逆に感心した様な口ぶりに、夕張は苦笑交じりに応えた。

「まあ、流石にあの程度の損傷じゃ、艦の放棄を決定する事にはならないわよ。これが船体側面、喫水線下にも及ぶ直径五メートルの破孔が複数開いているとかだったら、要検討ってとこだけど。

 派手に壊れちゃってるのは結局上部構造物だから、船体そのもののダメージは燃料タンクへ命中した魚雷一発だけだしね」

 それでも充分手痛い損害ではあるが、と内心付け加えながらも、比較的楽観視した見方をする夕張に蒼月はなるほどと頷きながらも、なお不安そうに「アイガイオン」の方を見つめていた。

「そんなにじろじろ見ないで下さいな。何だか恥ずかしいですよ」

 蒼月の視線にカール・ガルスターが苦笑を交えながら言う。訛りはあるが、日本に派遣された時に学んだ日本語で蒼月に語り掛けるカール・ガルスターの苦笑いを見て、蒼月は詫びる様に一礼すると前へと身体と視線を向き直す。 

 一方、愛鷹は戦術タブレットと天山各機からのリアルタイムで送られてくる変色海域の分布状況を確認し、赤い海へ「アイガイオン」を進めない様に、最初の変針を発令した。

「面舵30、新進路250へ。現速度で一〇分前進を。追って変針を通知します」

 彼女の指示は上空の瑞雲を経由して「アイガイオン」のCICへと伝達される。艦橋の操舵システムが破壊されていても、応急操舵を行う舵機室で直接操舵で何とか操舵機能を維持している「アイガイオン」の船体がゆっくりと面舵に舵を切る。少しでも舵を切るのが遅れれば、赤い海へ突っ込んで船も人間も諸共にお陀仏になるだけに、「アイガイオン」の乗員も真剣そのものだった。

 

「第四波、切り抜けました!」

 爆弾の至近弾で右頬を切った綾波が、患部から血を垂らしながら砲口から白煙を上げる主砲艤装を下ろして、飛び去って行く深海艦載機群の機影を見て叫ぶ。

 囮部隊として深海棲艦の機動艦隊の注意を引いていた伊吹隊は既に負傷者が徐々に増え始め、後退も視野に入れ始める頃合いになりつつあった。

「各艦、被害報告」

 飛行甲板の上に散らばる爆弾の破片を払い落しながら、伊吹が随伴艦を務める六人に被害確認を取る。対空戦闘中に悲鳴らしい悲鳴が聞こえなかった気はするが、爆音で聞き取れなかっただけかもしれないので、念には念を入れて仲間の状態を確認する。

「一九駆、無事です」

「一八駆、無事よ。無傷でも無いけどね」

 煤と破片で割かれた患部から血を流しながらも重傷には至っていない綾波と陽炎が、敷波と不知火の様子と自身の状態を確認して報告する。

 摩耶と鳥海も大破には至っていないが、かと言って無傷でも無く、露出の多い制服では庇いきれない生身の肌に至近弾によって受けた切り傷の跡と鮮血を滲ませていた。鳥海は小型爆弾一発が直撃して艦橋艤装の一部が損壊し、水上電探が損傷していた。

 対空防衛の要である摩耶は、対空火器の一部に被弾して、対空機関砲数基が使用不能の損害を受けていたが、尚戦闘継続は可能の様だった。

 幸いにも大破艦は居ないとは言え、流石に消耗が激しい。全員、対空弾の半分以上は既に撃ち尽くしている。伊吹も防空任務に当てた橘花改の内、二機を撃墜されており、対艦攻撃、防空任務共に戦闘能力は下がりつつあった。

「流石に潮時かしらね」

「引き際を見誤ると、ドツボにハマって抜け出せなくなるからな。残弾も乏しいし、引き際かも知れねえぜ」

 顔に付いた硝煙の煤を拭いながら摩耶が伊吹に返す。

 愛鷹隊からの一方通信などは今のところないが、不必要に粘って死傷者が出てからでは遅い。時間的に見て恐らくは「アイガイオン」との邂逅を果たせているだろうし、囮任務は充分果たせたと見て良いだろう。

「撤退します。艦隊全艦、面舵。新進路270へ」

 撤退を宣言する伊吹に、六人が「了解」と疲労を含ませた声を揃って返し、揃って面舵へと舵を切り、母艦へと帰投コースに乗った。

 上空を残存する橘花改に固めさせ、帰路の防空に当てながら伊吹は愛鷹達がいる方へ振り返ると、独語する様に言った。

「後は頼みましたよ」

 

 

「続けて取り舵15度、両舷強速へ減速を!」

 辛うじて「アイガイオン」一隻が通れる程度の幅しかない青い海を正確に、針の穴を通すような操艦指示を下しながら、愛鷹は眉間とこめかみの両方に冷や汗を流しながら、続航する「アイガイオン」の方へ何度も振り返りながら、先導を続けた。

 リシュリュー達には外周警護を頼み、先導役兼直掩部隊として手が離せない愛鷹隊に代わって、リシュリュー達は変色海域内でも行動可能な艦娘の行動力を生かして、主に「アイガイオン」の北側に警戒及び哨戒線を敷いていた。

 変色海域内の行程の半分は既に消化していた。一方で「アイガイオン」の燃料残量は大分乏しくなっており、発電機に回す燃料を機関部に回す為に艦内の不要区画の電源を落とすにまでに至っていた。変色海域内から脱せても最大戦速で西部進撃隊本隊に向かう事は出来ないだろう。良くて二戦速が関の山だ。

 とにかく赤く変色していない青い海を通らなければならないので、真っ直ぐ西部進撃隊本隊へ向かえる進路を取る事が出来ないし、細かな変針を求められる都合上、余り速度も出せられない。俗に言う経済速度以下な時もある為、余計に「アイガイオン」の燃料は消費されていた。

 そして徐々にだが、愛鷹隊と「アイガイオン」は深海棲艦の制圧下にある北アフリカに近づいていた。

(あまり北アフリカに近づくと、同地の深海棲艦陸上軍に反応されてしまうわね……)

 取り舵を指示して進路を北西に切り替えさせながら、愛鷹は胸の中で呟き、進行方向左手の水平線を見つめる。素身長に靴のラダーヒールで嵩増しされた自身の視線でも見通せる距離は六キロにも満たないので、地球の丸みの向こうにあるアフリカの沿岸部は当然見通せない。恐らく「アイガイオン」の艦橋部からでも見えないだろうが、深海棲艦の早期警戒網の事は意識せねばならないだろう。

「はい、はい……了解です。愛鷹さん」

 通信リレー機を担う瑞雲経由で本隊と通信を行っていた青葉が愛鷹を呼ぶ。

「本隊からです、駆逐艦『メイナード・グリフィス』が第三三戦隊の支援の為に変色海域の外側に展開して、待機しているとの事です。万が一、『アイガイオン』が燃料切れになった場合は、同艦が本隊まで曳航してくれるとの事です」

「了解、ご配慮に感謝しますと返しておいてください」

 誰の発案かは知らないが、ルグランジュ提督の配慮だったら素直に感謝したいところだ。自分達は孤独ではない、と言う明るい気力が湧き上がって来る。艦娘の艤装と主機の出力では無理な通常兵器の軍艦の曳航も、同じ通常兵器の軍艦ならこなせる話だ。

 勿論、その手を借りずに済む様にと思いながら、愛鷹は戦術タブレットを見て、変針回数をあと二回繰り返せば、理論上はこの赤と青が混じった海を脱せると言う事に気が付いた。長い様で案外短い行程だったかもしれない。ただ、やはり直線コースで本隊に向かうよりは随分寄り道しているので、やはり時間と距離はかかっているだろう。

 腕時計を見て、リシュリュー達よりも更に北方で囮部隊として深海棲艦の行動を引き付けているであろう伊吹隊の行動を予測する。長距離の無線は封鎖しているので、伊吹隊の戦況は伺い知れないが、恐らくは既に弾薬が払底して撤退している筈だ。後方の艦娘母艦との距離と、伊吹隊が被っているであろう損害を仮定して鑑みれば、再出撃して囮任務に就くのは無理と見るべきだろう。

 だが伊吹隊が稼いだ時間と深海棲艦の注意のお陰で、今のところ愛鷹隊は一切深海棲艦の攻撃を受けていない。電子戦型ワ級が南下して来ていると言う事だけが懸念点ではあるが……。

 

 一〇分後に更に北北西へ変針した愛鷹隊と「アイガイオン」の元へ、リシュリュー達からLate298Bからの偵察情報が共有されて来た。

 電子戦型ワ級がLate298Bの警戒線内に入り込んで来たのだと言う。リシュリュー達からは迎撃に向かうか放置するかで決めかねている様だった。

「妙ね……」

 自身の戦術タブレットやHUDの表示、それに通信ヘッドセットの調子を確認して愛鷹は首を軽くひねる。電子戦型ワ級なら既に彼我の距離的に、広域に渡る電波妨害を引き起こす事は出来ている筈だ。北海での経験からそう断言できる。にも拘らず、電子戦型ワ級は特にアクションと言ったアクションを起こす事無く、不気味な沈黙を纏って、ゆっくりと忍び寄って来る。まるで目撃した者に恐怖を与えながら海を漂う幽霊船の様な不気味さを放つ電子戦型ワ級に、愛鷹は重めなストレスを感じ始めていた。

「何故、電子戦型ワ級はアクションを起こさないんでしょうね。北海での前例から言えば既に電子戦型ワ級は電子妨害を引き起こしていてもおかしくない所に、こちらを捕捉しているのに」

 不思議がる蒼月の台詞に、答えを返せる者は愛鷹を含め居ない。ただ、何かその懐に隠し持った手があると言う確信に似たものだけは全員が感じていた。

≪こちらリシュリュー、皆で話し合ったわ。これより我が隊は電子戦型ワ級を撃沈する≫

 ほんの一瞬の空電音を無線に響かせた後、リシュリューから愛鷹へ宛てて、電子戦型ワ級へ攻撃を仕掛けると知らせが入る。

 やや間をおいてから愛鷹はヘッドセットの通知ボタンを押して、注意だけを喚起した。

「何を隠し持っているか分かりません、充分に警戒を」

≪D’accord. (了解)≫

 

 

 一五分後、最後の変針点を通り過ぎ、「アイガイオン」と共に最後の変針を終えて、青い海へ向かう一本道の様なルートを進む愛鷹達の右手から、リシュリュー達が砲撃を開始する音が風に乗って聞こえて来た。

「一応、相手は動き回れる電子戦型ワ級とは言え、もう標的艦相手の射撃演習と変わらないな」

 さぞ楽な深海棲艦への攻撃だろうと思って言う深雪の言葉に、夕張、衣笠、蒼月、瑞鳳と頷いた時、リシュリューから愛鷹だけでなく、愛鷹隊全員と「アイガイオン」に緊急通知のビープ音が飛んだ。

≪電子戦型ワ級を撃破。だけど、何か様子が……奇妙な帯電の光を放って……≫

 刹那、危険を察知した愛鷹がヘッドセットのマイクを掴んで叫ぶ。

「リシュリューさん、今すぐそこを離れて!」

 直後、艦娘の無線装備が破壊されて通信が途切れるのとはまた違う、通信途絶音ががりがりと音を立ててヘッドセットから鳴り響いた。

「リシュリューさん? ジャン・バールさん? マエストラーさん? リベッチオさん? ガルスターさん? コマンダン・テストさん?」

 全員の名を呼びかける愛鷹の声に、リシュリュー達から返される言葉は無かった。そして異変は音も、視覚的な異変も伴わずに愛鷹達にも押し寄せた。

 バチ、とスパークの閃光を漏らして七人の艤装が突然動力を失った。愛鷹や青葉らの艤装上で電波探知警戒を行っていた電探が旋回を止め、機関部は不気味な沈黙を遂げ、唐突に操り糸が切れた操り人形の如く全ての動力を失って七人は動きを止めた。

「な、なに⁉ 何が起こったの!?」

 瑞鳳のヘッドセットを介したものではない、直に叫ぶ声が海上に響く。とんとんとヘッドセットを叩く愛鷹は耳に付けているヘッドセットすら機能を失っている事に気が付いた。実質海上に艦娘が立つ事を可能とする主機の作り出す浮航力場以外の全ての電子機器を始めとした装備が、機能を失っていた。

 状況を把握しようと夕張が自身の艤装のアクセスハッチを空けて、中の状況を調べていると、唐突にぎょっとしたように顔を上げて、仲間に聞こえる大声で叫ぶ。

「全員、艤装の機関部のヒューズを確認して見て。私のは焼き切れているわ!」

 そうは言っても、愛鷹の艤装は夕張の艤装のように該当箇所を直に見られるものではない。ひとまず装備妖精に確認を取らせると、やはりか夕張の言う通り焼き切れていた。余程の高電流が流されなければ焼き付くはずがない。

 そこでダメコン妖精が懐中電灯を片手にハッチを開けて、愛鷹の元へ身を乗り出して来た。

「全区画において電子装備が軒並み損傷しています。強烈な電磁波を食らった感じですね。今機関部のヒューズだけでも交換して、機関部の再始動を試みています」

「強烈な電磁波……」

 そのワードに愛鷹はようやく自分達が見舞われた事態に気が付いた。電子戦型ワ級を攻撃したリシュリュー達によって電子戦型ワ級は撃破出来たが、その際沈み間際に電子戦型ワ級がEMP(電磁パルス)を放ったのだ。理論上高高度で核兵器を起爆させて引き起こすよりも、海上の様な低高度ではEMPの効果は限定的だ。だから電子戦型ワ級は単艦で距離を詰めて来たのだ。深海棲艦が電子戦型ワ級に随伴護衛艦を付けていなかったのは、自分達もEMPを食らう可能性を考慮していたのだろう。

「くっそ……EMPだなんて、とんでもない手を使ってくれるわね」

 口内にブラックコーヒーを飲んだ時と同じような苦々しさが溢れかえり、それを吐き出す様に愛鷹が口元と顔面をぐにゃりと歪めて吐き捨てる。電子戦装備が軒並み死んだ上に、機関部も一時的に機能停止してしまった以上、操舵も戦闘も不可能な状態だ。当然ながら「アイガイオン」の艦内でもEMPの影響は発生しており、機能を維持していたCICや医療区画は元より、機関室も沈黙し、艦内で乗員達が懐中電灯を手に復旧作業に取り掛かっていた。

「拙いです、海流と風に流されて、『アイガイオン』が変色海域へ近づいています」

 主機を靴底に接続している関係上、ずっしりと重くなっている両足を一歩一歩踏み出して愛鷹の方へ近寄った青葉が、「アイガイオン」を指さして、更なる問題を指摘した。艦娘視点からすれば巨艦である「アイガイオン」の船体が、静かに海流と風に流されて、赤く変色した海へと近づいて行く。

「全員、電子戦装備及び火器各種の復旧は後回し。機関部の復旧を最優先で急いでください」

 浮航力場を発生させる主機までEMPで逝かなかったのは幸いだが、今の愛鷹隊には戦闘はおろか航行の自由も効かない状況だ。せめて機関部だけでも機能を回復させられれば、現在位置からの離脱が可能になる。幸い無線封鎖も相まって深海棲艦に「アイガイオン」の位置を特定された雰囲気はないから、暫くの間は敵襲を考慮しなくても良いだろう。

 風の音が海上に静かに、だが不気味な沈黙を伴って鳴る中、夕張の機関部が最初に息を吹き返した。彼女の予備動力兼機関出力ブースターとして積んでいるディーゼル機関が唸り声を上げ、彼女の背中に位置する艤装の煙突から真っ黒な煙を吐き出す。

「ふう、久々に動かしたわね、ディーゼルエンジン。改二艤装の試運転以来かしら?」

「動けます?」

 第三三戦隊随一のメカニックでもある夕張が艤装の機能を真っ先に回復させたことに、愛鷹がそれまで渋面を浮かべていた顔に明るさを取り戻す。

「戦速発揮と火器管制は無理ですが、動くには動けます!」

「蒼月さんと深雪さん、瑞鳳さんの機関部再始動の手伝いをお願いします」

「了解です」

 愛鷹と青葉、衣笠は艤装の規模が大きい分、ダメコン妖精が多めに乗り込んでいるので自力で機関再始動は出来る見込みがあるが、そうではない蒼月と深雪、瑞鳳には夕張の手助けが必要だった。

 夕張がまず対空防御の要である蒼月の艤装の現場応急修理にかかって機関部の再始動を試みる中、愛鷹の機関部が息を吹き返した。いつもの高出力回転の音では無く、アイドリング似た低調気味な機関音が艤装内から鳴りだし、それまで海面に立つ事以外出来る事が無かった靴兼主機にも微力ながら動力が回り、足元で主機の胎動による飛沫が小規模ながら再び立ち始めた。

「こちらは良いとして、問題は……」

 そう呟きながら愛鷹が「アイガイオン」の方を見ると、それまで力なく漂う様に海上を漂流していた「アイガイオン」の煙突からどす黒い煙が吐き出され、ぶわりと上へ黒煙を噴き上げながら「アイガイオン」の制御が復活した。夕張が艤装の動力をディーゼルエンジンに切り替えたのと同様に、「アイガイオン」もディーゼル発動機を起動させて動力を復旧させたようだ。

「『アイガイオン』の復旧、意外と早いね」

 意外そうに言う衣笠が見つめる先で「アイガイオン」は煙突からディーゼルエンジンの排煙を微かに吹いていたが、まだ足を動かすまでには至っていないようで、尚海流と風に流されていた。

 夕張の艤装の再起動に続いて蒼月、それに青葉が艤装の再起動に成功したものの、電探を始めとする電測機器は軒並み死んでおり、通信も不可能な状況に陥っていた。

「拙いなあ、これじゃあ瑞雲隊の誘導が不可能ですね。EMP攻撃の範囲がどこまで広がっているのか分かりませんが、最悪瑞雲隊や天山隊の各機の電子機器も逝かれて通信と航法機器が使用不能になっている可能性が」

「大丈夫、電子機器が使えなくても、昔ながらのアナログの航法技術でちゃんと帰って来るわよ」

 不安げに空の一点を見上げて、自身の艦載機である瑞雲隊の安否を気にする青葉に、航空妖精の技量を信じている瑞鳳がけろりと返す。航空機運用艦娘としての経験で言えば瑞鳳の方が圧倒的に深いだけに、青葉よりも航空妖精の技量の事は熟知しているからこその台詞ではあったが、瑞鳳とてほんの少しだけ、不安に思わない気持ちがない訳では無かった。ただ、不安を口にするよりはEMP攻撃と言うイレギュラーな事態が起ころうと、必ず野鳥の帰巣本能の如く母艦艦娘の元へ帰って来ると言う確信の方が大きかったから口に出さなかっただけだった。

 程なく瑞鳳、衣笠、そして愛鷹の艤装が予備動力によって再起動を果たしたが、全員の左目にかけているHUDは明滅すらせず、電波警戒を行う電探は沈黙し、本来より大きな動力を持って艦娘を海上に走らせる機関部も沈黙している為、愛鷹隊の挙動は極めて緩慢なモノへ落ちていた。

 通信が死んでいる以上、上空を飛ぶ瑞雲隊や天山隊と連携した早期警戒網も機能しないし。電探も死んでいるから艦娘自身の手での早期警戒も出来ない。変色海域の端に位置している事だけが救いと言えるが、今深海棲艦に襲われたら、第三三戦隊は元より「アイガイオン」の北方で警戒に当たっているリシュリュー達も危ない状態だ。無抵抗のまま殺さるのは艦娘として屈辱的ですらある。

 第三三戦隊随一のメカニックである夕張に向き直り、愛鷹はリシュリュー達の救援に向かうよう頼む。

「夕張さん、深雪さんを随伴としてリシュリューさん達の救援に向かって下さい。恐らくはあまり遠くへは移動していないと思いますが」

「了解です。深雪、聞いたわね、行くわよ」

「りょーかい」

 さぁー、と言ういつもよりも静かな波切音を立てて、二人が第三三戦隊の戦列から離脱し、リシュリュー達が居ると思われる方向へ向かう。

 夕張と深雪が離脱して行った一方、空には燃料に余裕がない瑞雲と天山が念の為に引き返して来るエンジン音が響き渡り始めていた。空の一点に黒点となって表れる各機から発光信号で青葉と瑞鳳へ向けて、着艦許可を求める信号が送られてくる。

 第三三戦隊の航空機運用の統括責任者の一面を持つ瑞鳳が、装備妖精に指示して応答信号を送る。瑞雲は海上に着水すれば後は青葉が拾ってくれるからいいが、天山は瑞鳳の左腕に構える飛行甲板へ一機ずつ着艦しなければならない。

「アオバンド2と4は燃料が無いみたいね。ターミガン2-1、2-2も同じ。でも意外と燃料切れを理由に引き返して来た機体が少ないわね」

 不思議そうに空を見上げて言う瑞鳳の上空でターミガン2-1と2-2が着艦収容アプローチに入る。ぐるぐると旋回して速度を落とす二機の高度を見定めた瑞鳳が、左腕に飛行甲板をセットしてなるべく水平を保つよう意識して二機の天山の着艦を待つ。着艦誘導灯を頼りに進入角度を調整したターミガン2-1がまずふわりと舞い降りる様に飛行甲板へタッチダウンし、機尾のフックが着艦ワイヤーを捉える。

 瑞鳳から少し離れたところでは青葉と衣笠が海上へと着水したアオバンド2と4の機体を拾い上げ、青葉の航空艤装へと戻す作業へ取り掛かっていた。

「お疲れ様。補給が済んだら再出撃頼みますよ」

 片手でひょいと航空艤装へ戻しながら、コックピット内の二人の航空妖精に語り掛ける青葉の隣に、衣笠が瑞雲を両手で大事そうに持って寄って来る。

「はい、青葉」

「ありがとガサ」

「意外と重たいのね瑞雲って」

「そうかな? と言うか、そんな大事に両手で持つ程なモノでも無いけど」

「いや、だって壊したら青葉に怒られそうだし」

「青葉は別に怒らないけど、瑞雲に乗る妖精さんが怒るとは思うね」

「やっぱり怒られるじゃん」

 口元を尖らせながら、ぽんと青葉の航空艤装へ瑞雲を置く衣笠に、青葉の航空艤装妖精が礼代わりに手を振る。その航空艤装妖精ににこやかにウィンクして手を振り返した衣笠は、自分も航巡だったらな、と少しばかり姉の艤装が羨ましく感じられた。

 一方、当の青葉は帰還した二機の航空妖精から、機体が受けたEMP被害について伺う。

「電子機器が逝かれたものの、エンジンや操舵系は構造上電磁パルスで壊し様がないので、飛行は可能でした。ただ、航法関連が昔ながらの天測になるので精度が落ちるし、長距離での通信が出来ないので不便さはありますね」

 両腰に手を当てて飛行甲板から青葉の顔を見上げてアオバンド2の航空妖精が言う。

「電子機器を使わない、昔ながらのやり方なら、任務続航は可能、と言う事ですね?」

「はい。やっている事の技術レベルが第二次世界大戦以前にはなりますが、航空機による索敵・警戒はやれます。瑞雲とて仮にも航空機ですから、万一深海棲艦の水上艦隊を見つけた時はフルスロットルで飛べは余裕で深海棲艦水上艦隊を振り切れますし、第三三戦隊の元へ急報を届けられます」

 航空妖精の言う通りであった。深海棲艦の水上艦がいかに高速艦であろうと、航空機である瑞雲が発揮出来る速度には到底追い付けない。航空機としては低速な瑞雲でも、水上艦艇と比べたら遥かに優速だ。

「補給が済み次第、夕張さんとこちらとの連絡の中継機の役を頼みますよ」

「了解です」

 青葉に向かって敬礼を返して答えた航空妖精は、愛機に向かって戻ると航空艤装妖精の仲間に手伝って貰いながら再びコックピットへと治まった。

 

 リシュリュー達の姿を確認した夕張と深雪が「おーい」と掛け声を上げながら手を振ると、マエストラーレとリベッチオの元気な声と手を振る姿が返された。

 愛鷹の推測通り、下手に動かずその場に留まっていたリシュリュー達の艤装はやはりEMPで沈黙していた。いや下手に動かないと言うよりはEMPの影響で動く事すらできかった、と言うのが正しかった。

 フランス人三人、ドイツ人一人、イタリア人二人でなるリシュリュー達の部隊メンバー全員が日本語を話せるのは夕張にとって奇跡的な遭遇ではあった。日本語を話せなくても国連海軍に属する者同士、英語でコミュニケーションを取れるが、夕張的には日本語で話してくれた方が気が楽であった。

「貴女、深海棲艦が何をしたのか分かる?」

 普段の高飛車気味な口調と振る舞いが鳴りを潜め、純粋に自身の疑問の答えが知りたい様子のリシュリューに、夕張はEMP攻撃であった事を説明する。

「電子戦型ワ級を攻撃した時に、高電磁パルスが放たれて、EMP攻撃が引き起こされたんです。そのせいでこちらの艤装と『アイガイオン』の動力部がダウンしたわけで」

 まず先にリシュリューの艤装の復旧作業を開始しながら、夕張がEMP攻撃について語ると、リシュリューははっきりと舌打ちをして、自身の艤装を軽く殴った。

「ワ級を攻撃したのが裏目に出たと言うの?」

「まあ、結果としてはそうなりますね。しょうがないですよ、電子戦型ワ級なんてめったに見るもんじゃない深海棲艦ですから」

 やり場のない怒りが込み上げて来るリシュリューをなだめながら、工具を手に手早い手つきで彼女の艤装の応急修理を試みる。リシュリューはフランスの艦娘だが、艤装の内装の規格や内部の基盤への注意書きは国連軍の規格に合わせて英語表記だし、全艦娘の規格がヤード・ポンド法規格なので夕張の作業の上で煩わしさは一切なかった。これが各国独自の機械規格に則って構成された装備だったら、夕張も流石にお手上げになりかね勝っただろう。

 機関部の復旧だけに絞って修理を行うだけに、リシュリューが航行能力を復旧するのは早かった。

「有難う。これでまた舞えるわね」

「あー、機関部だけしか修理して無いので、主砲とかの火器は以前死んでます」

「肝心な主砲が撃てない戦艦艦娘は只の標的艦と同じよ、治して頂戴」

 元々些かわがままな性格の一面があるが故に仏頂面になって夕張にやや高圧的に求めるリシュリューだが、夕張も時に頑として譲らない所を見せた。

「今はここから離脱する事が最優先です」

「深海棲艦にこんなところ襲われたらどうするの? 治して頂戴、治しなさい」

「姉さん、ここはユウバリの言う通りよ」

 見かねたジャン・バールが姉を宥めている間、夕張はカール・ガルスターの応急修理にかかる。 

「貴女と顔を合わせるのは随分久しぶりね」

「元気そうで何よりですよ、Frau, Yubari」

「どうも」

 手早く艤装の修理を行いながら、カール・ガルスターの素の背丈に夕張は内心溜息を吐いた。Z1レーヴェリヒト・マースやZ3マックス・シュルツと言った一番日本と縁が深いドイツ駆逐艦娘とよく似た制服ながら、身長はドイツ人女性らしく高めで夕張と大差ないカール・ガルスターの背丈を見るとどちらが駆逐艦で軽巡なのか、分からなくなりそうであった。最も単にカール・ガルスターの背丈がドイツ駆逐艦娘の中では高めなだけで、彼女よりも大柄な駆逐艦娘は他にもフランス艦隊のモガドール級姉妹がいる。

(私はラダーヒールでちょっと見た目が上がっているだけだものね……)

 もうちょっと成長期に運動に精を出していたら、と遅きに失した後悔が夕張に押し寄せて来る。工業科学校に通う所謂ガリ勉タイプで、スポーツよりも学業重視だった余り、艦娘になる前は人並みの運動神経しかない程度の運動しかしていなかった。趣味もインドア系なので、余計に身体を動かさない方だったが、逆に頭を動かすのは得意だった。

 リシュリューの時と同じように手早くガルスターの艤装を再稼働可能に持っていくと、夕張はコマンダン・テストの修理に入った。

 

 その頃、双眼鏡を手に警戒に当たる深雪は今一番見たくなかったものを、レンズ越しに確認していた。

「潜水艦か……」

 海面ににょっきりと突き出される一本の棒状の構造物、潜望鏡を両目でしっかりと確認して呟く。用心棒として夕張について来たとは言え、生憎深雪の兵器管制システムも復旧してはいない。ソーナーそのものは無事だが、そのソーナーで拾った音を耳に届ける聴音システムがやはりダウンしているので、ソーナーによる警戒も出来ない。

「今は五感だけが頼りか」

 心なしか寂しげに言いながら、いつもよりも足並みの遅い速度で対潜警戒の為に周る深雪だったが、潜望鏡を上げてこちらを監視する深海棲艦潜水艦も不気味に沈黙していた。撃つ魚雷が無いのか、それともじっと見つめるだけで、味方に艦娘艦隊の位置情報を送っているのか。後者だとしたら面倒な事になる。

「見逃してくれよ」

 風にかき消される声で深雪が言った時、潜望鏡の向こうの水平線上にうっすらとだが靄がかかり始めるのが見えた。見通せる距離が減衰する気象条件の発生に深雪は嫌な予感を感じ取っていた。視界不良と言う理不尽さ、特に電子機器が軒並み使えない今の深雪にとって、目視で確認しなければならない状況下での天候の不良は文字通り致命的だった。

 靄を介してひしひしと伝わって来る海の底から来るような殺気に、深雪がこめかみに冷や汗を浮かべた時、その靄の向こうからゆらりと丸い船体が姿を現した。

「くっそ……」

 最も今出会いたくない存在、深海棲艦の駆逐艦ニ級後期型一隻の姿を確認した深雪は、全速後退をかけて夕張達の居る方へと戻りながら、対応策について思案を巡らせた。だが、何一つ解決策が思い浮かばない。海上を動く事以外、出来る事がないのだ。火器管制システムは回路が焼き切れているので使えないし、照準システムも似たようなありさまだ。普段自分達がどれほど艤装の電子機器に頼り切った戦いをしているのかが分かった。

 今願う事は、あのニ級が通りすがりの哨戒艦である事願うだけだ。少なくとも後続の主力艦の姿は見えない。最もニ級が後方の深海棲艦の主力部隊に通報したら終わりだ。




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ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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