艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 本編と関係ないですが、小説執筆に使っているMicrosoft Wordの調子が悪くて悩みっぱなしです……何度勝手に書いてる最中の文章消されたやら……。


第八八話 合流

 主砲艤装も魚雷発射管も沈黙、今とれる攻撃の手段は……と考えを巡らせる深雪の目に留まったのが、対空機関砲と爆雷だった。

(対空機関砲の対艦火力はPT小鬼相手ならまだしも、ニ級相手じゃ流石に厳しいな。爆雷は一応手榴弾代わりにはなるけど、投擲距離がそんなに長くはないから、こっちから接近しないと駄目だしな……)

 対空機関砲の射撃管制装置自体はEMPによって沈黙しているが、砲術科妖精による手動操作なら使用可能だ。だが深雪の思う通り、ニ級に有効な兵装とは言い難い。そうなるとやはり爆雷を手榴弾代わりにが投げるしかないが、深雪の投擲距離は野球選手よりも劣るから、良くて五〇メートル未満程度が有効距離と言える。つまり最低でも五〇メートルは接近しないと、当てられる見込みはない。

 当然ながら接近すればニ級には気づかれる。今のところ目立ったアクションをしてこないニ級だが、味方へ通報する可能性はありうる。

「やるっきゃないな」

 爆雷一発を投射機から外して、手元に構えながら深雪はニ級を見据えた。

「爆雷、信管設定、触発。起爆タイミング・ゼロ」

 カチッという音を立てて、深雪が指示した通りに爆雷が即爆発できる状態へとセットアップされる。即爆発するインパクトグレネードのような状態になったから、今うっかり落としたりすれば即爆発して深雪自身を吹き飛ばしかねない。

「第三三戦隊深雪、これよりニ級に対して遊撃行動に入る! 両舷前進一二度」

 夕張はまだリシュリュー隊の艤装の再稼働の為の作業に専念している。戦闘の為に艤装が使えるのは実質深雪だけだ。

 何時もよりややゆっくりとした速度で深雪が増速を開始する、普段なら戦速へと加速できるのだが、EMP攻撃の影響から夕張の手で応急的に復旧した機関部では今のところこの速度が限界だ。

 何時もの波を蹴散らして進む、と言うよりは波間を滑る様に進む深雪は右手に爆雷一発を握りしめ、投擲フォームを頭の中でイメージする。普段野球やソフトボールなどの球技をやっている訳では無いので、正直な話をすると精確な遠投には自信がない。運よく当たれば御の字、至近弾を出せれば良し、と言う程度だった。

 前進して接近して来る深雪を確認したニ級は主砲の砲口を差し向けて、深雪の挙動を伺う動きを見せる。靄の影響で深雪の姿を確認するのが遅れたのだろうが、肝心な敵である深雪が主砲を撃って来ない事に、向こうも意図を図りかねているのかも知れない。或いは味方からはぐれていたところをワ級のEMPを受けてニ級も電子機器が使えないか。

 あらゆるパターンを想定して接近する深雪がニ級に近づくにつれ、そのニ級の艤装上にあるレーダーのアレイが動いているのが見えた事で、ニ級もEMPで機能障害を起こしていると言う仮説は否定出来た。電磁パルスの影響は受けていない。即ち通信機器も機能している筈だ。

 味方に通報が行く前に、ケリを付けなければ、と深雪は投擲フォームを取る。野球の投手の様なポーズを頭の中で思い浮かべ、見様見真似で構えた深雪は、右手に構えた爆雷を思いっきり投げ飛ばした。ここだ、と思ったタイミングで爆雷を手から放し、風を切る音を立てて爆雷が飛んで行く。

 靄越しにニ級の手前に爆雷が着水して、爆発音と共に水柱を高々と立ち上げる。爆雷の着弾にニ級の方も戦闘態勢に入り、主砲が発砲炎を瞬かさせた。

「回避、面舵」

 回避機動を指示する深雪の身体がゆっくりと右に振れて行く。一五度右に回った深雪の左手にニ級の砲撃が着弾する。精度は初弾と言う事もあり良くは無いが、修正射を繰り返す事で深雪の傍、深雪の身体へ砲弾を送り込めるようになるはずだ。

 相対距離は五〇メートル未満だが、ニ級も深雪も波の影響と言う自然の現象によって狙いを逸らされている。殊にニ級は波によって揺られる為に主砲砲口が不規則に左右上下に揺れるから、近距離であるにもかかわらず深雪に初弾命中と行く事が出来ない。これが艤装及び本体のサイズが大きい戦艦級の深海棲艦なら波の動揺をある程度打ち消す事で主砲の動揺を抑えられるが、等身大の少女である深雪とほぼ同サイズのニ級は諸に波の影響を受けていた。悪い事に今二人がいる海域の波の動揺が高まっていた。高めの波高が二人を上下左右に揺さぶる。

 深雪自身も波の影響を受けているが、彼女の場合、投げる爆雷は素手でその波の動揺をある程度修正できるので、そこがアドバンテージとなってはいた。問題は深雪自身の投擲練度が低めな事で、ニ級に直撃させられる投擲が出来ていない事だった。

「お互い酷い沼プレイになっちまったな」

 二発目を用意して、再び投げながら、深雪は苦笑を浮かべた。今度の投擲はニ級の右舷に着弾して爆発の閃光を散らしている。

「これで練習になって、次の艦娘野球対抗大会で優勝とか決められたら最高なんだけどなあ」

 艦娘野球対抗大会、二年前に行われて以来音沙汰無いが、第三三戦隊結成前の青葉と衣笠が出場していたのを覚えている。投手として優秀な青葉と、バッターとして優秀な衣笠の対決は艦娘の中でも見どころであった。確か深雪の記憶が正しければ勝率は五分五分だったはず。

「駄目だな、今はあいつ(ニ級)に集中しねえと」

 三発目を用意しながら深雪は、艦娘のレクリエーションの一環として開かれていた野球大会の事を今は忘れようと頭を振って、ニ級を見据える。剛速球の野球ボールをキャッチャーミットが受け止めたような音を立ててニ級が主砲を撃ち放つ。相変わらず射撃精度は波の動揺で高くはない。レーダーを備えているし、黄色のオーラを纏っている所からしてただのニ級では無い。恐らくはニ級改後期型flagship級だろう。

 大型駆逐艦のナ級の猛威に隠れがちだが、ニ級改後期型flagship級とて決して侮れる存在ではない。ニ級改後期型flagship級の特徴は主砲の射程が長く、レーダーを備えている分命中精度も高い、と言う所にあるが、今のところ射程の長さは靄のせいで打ち消され、命中精度も波の高さである程度キャンセリング出来ている。

 とは言えいずれは修正射を深雪の傍に送り込んで来るだろう。ぼやぼやしている暇は無い。

「いっけい!」

 四発目を投げる深雪の手から爆雷が投げ出され、宙を舞う。野球ボールよりもずしりと重い爆雷が五〇メートルほどの距離を飛び、ニ級の傍に着弾する。着弾した爆雷がニ級に水柱の飛沫を打ち付けるのを見て、いい所へ投げ込めたと深雪は感覚を掴み始める。

「もう一丁!」

 一回爆雷を手の中で放って浮かせながら、投擲の弾道を脳内でイメージした深雪はここだとイメージした弾道予測線に沿って爆雷を投げた。

 ニ級の目玉の様な個所にゴンと言う鈍い衝突音が鳴り、直後爆雷が炸裂する轟音が鳴り響く。猛煙と火炎の中にニ級の姿が隠され、砲撃の手が止んだ。

「どうだ……」

 やったか、と言いたいところだが、やりきれた手応えは無い。損傷は負ったが撃沈に至るダメージでは無い感じがする。

 ようやく黒煙が晴れた時、ニ級の艦体は大きく抉れ、主砲の砲身が明後日の方を向いていた。少なくとも主砲を無力化出来た様だ。

「よぉし!」

「敵艦、主砲大破を確認」

 見張り員妖精も双眼鏡を手にニ級の損傷を報じる。

 攻撃続行と五発目の爆雷を掴む深雪に、水雷科妖精が肩によじ登って来て、深雪に警告を発する。

「爆雷の残量は残り一三発です、慎重に狙って使って下さいよ」

「一三発か……」

 特型駆逐艦娘の爆雷装填可能数は一八発がデフォルトだ。任務によっては搭載数も増加するが、今の深雪には一八発が搭載されており、四発を消費し、今五発目を使用しようとしている。主砲弾や魚雷よりも確実さが無い上に、弾数の限りも大きい。これを使い切ったら、本当に残るは機銃しか無くなる。

「ま、それまでに決めりゃいい話よ。決められたら、だけどな」

 五発目を軽く手の中で放ってキャッチしながら深雪は呟く。

 よーく狙って、と投球フォームを構える深雪の視界の端で、ニ級が回頭するのが見えた。反転離脱を試みるようだ、主砲が破壊されたとは言え魚雷兵装がまだある筈だが、ニ級自身はこれ以上の交戦は避けたいようだった。

 とは言え深雪としては主砲の砲撃を浴びせられた、と言う意味でこのまま見逃すのは癪だったし、何より戦域離脱後に味方艦に通報されては尚厄介だ。もう一撃くらいは与えて、航行不能にはしてやりたいところだが。

「いっけえっ!」

 投げる腕が風を切る音を立て、時速に換算して一〇〇キロ程は出ていそうな投球速度でみゆ深雪は爆雷を投げた。野球やソフトボールをやっていないとは言え、格闘技で鍛えているから腕力には自信があった。その細い様でよく見ると筋肉を纏って支えられている深雪の腕から離れた爆雷が、緩やかな曲線を描いてニ級の方へと飛んで行き、まだ回頭中の深海棲艦駆逐艦の直上から直撃した。

 確かな手応えと共にニ級の頂部で爆発が起こる。破砕された艤装の断片が周囲に飛び散り、火焔がニ級を舐める。黒煙が暫しニ級を包む間に、深雪は反転して夕張やリシュリュー達がいる方へと引き返した。手ごたえは確かに感じている、後は放っておいても問題ないだろう。

「しかし、何だなぁ。飛び道具の艤装があるのに、それが使えず、投擲物で戦うなんて。深雪様の知らない内に第四次世界大戦の世界線の話にでもなっちまったかな」

 かつての偉人と讃えられた科学者が残した名言の一節を脳裏に思い浮かべながら言う深雪が、もう一度ニ級の方を振り返ると、頂部をごっそり吹き飛ばされて、全高が大きく減じているニ級の姿が見えた。

「まるで首無し地蔵だな」

 以前ネットで見た頭の無い地蔵の写真を思い浮かべて呟く深雪の視界の向こうで、首無し地蔵状態になったニ級はその姿を海上に立ち込める靄の中へくらまし、やがて姿は見えなくなった。

「ワッチ(見張り員妖精)、どうだ、もう見えないかな?」

「見えないですね」

 双眼鏡を下ろして諦め気味な口調で見張り員妖精は答える。自分よりも視力が遥かに良い見張り員妖精が見えないのなら、物理的にもう目視確認は出来ない。

「引き上げるか、夕張も心配してるだろうしな」

 

 深雪が天測航法を基に夕張達がいる場所へ戻った時、その場には夕張だけが一人、深雪の帰還を待っていた。

「もぉ、どこ行ってたの? 凄く心配したのよ」

「いやあ、な。深海棲艦の駆逐艦が見えたから、ちょっと潰しに行ってただけさ。味方艦隊にチクられて、艦載機がわんさか集まって来られたら厄介だからな」

「今回は何事も無くて済んだからよかったけど、今度はちゃんと行動を起こす前に一言言って頂戴ね。貴女が沈んだら愛鷹さんにも、貴女の家族にも顔向けできないわよ私」

「悪かったよ……リシュリュー達は?」

 過去に如月を失った経験があるだけに、仲間を失う恐れには一種のトラウマを抱えている節を見せる夕張の顔に、素直に詫びを入れてから、夕張が復旧作業を行っていた艦娘艦隊を尋ねる。

「先に『アイガイオン』に返したわ。今の艤装の状態じゃ、戦う事も出来ないからはぐれない様に母艦に戻る様に指示しておいたの」

「なるほど。よし、アタシらもさっさと引き上げるとしよう」

 

 その頃、「アイガイオン」と共に変色海域からの離脱に成功していた愛鷹達は、迎えに来た駆逐艦「メイナード・グリフィス」との邂逅を果たしていた。

 EMPによって大半の電子機器などの生き残っている装備の多くを使用不能にされた「アイガイオン」と違い、「メイナード・グリフィス」は幸いにもEMPの攻撃範囲外に居た事から影響を受けずに済んでいた。変色海域からの離脱時に変色海域に入り込まない様に航路を迂回する事を余儀なくされた結果燃料残量に余裕がない「アイガイオン」に寄り添う様に「メイナード・グリフィス」が随伴して先んじて西部進撃隊本隊へ合流させる為に帰し、一方の愛鷹達は夕張と深雪の帰投を待った。

 瑞雲を飛ばしている青葉の元へ、一機の瑞雲が戻って来ると、信号灯で母艦艦娘である青葉へ信号を送る。

「夕張さんと深雪さんの健在を確認。怪我も無く無事です。こっちに向かって強速で帰投中との事です」

 発光信号を解読した青葉の言葉に、愛鷹はホッと安堵の溜息を洩らした。

「二人が合流するまで、現海域で待機です。レーダーは使えないので、各自目視による警戒を厳に」

「警戒を、と言いましても、こんなところに深海棲艦が出張ってきますかね?」

 そう返しながらも双眼鏡を覗き込み蒼月は言われた通りに警戒監視に当たっていた。

 海上に円陣を組んで全方位警戒に当たる五人にとって、レーダーもソーナーも使用できない今は目視警戒に頼るしかない。

「これで分かった事がありましたね」

 ふと双眼鏡を下ろして水筒に口を付けていた青葉が言う。

「先に確認された一九隻の深海棲艦の輸送船団。一隻は電子戦型ワ級だったと言う事が。道理で数が余る訳でしたよ。補給艦をベースにした派生艦であり補給艦では無いけど、艦娘艦隊に目に見えないダメージを与えられるEMP攻撃の為に配備されていた」

「艦娘母艦一隻とその艦載艦娘をEMPで行動不能にして、赤い海の藻屑にする、か。どうせ使うならこっちの総攻撃に際して使って、艦娘艦隊の全艦隊を無力化すればよかったのに」

 解せないと言う表情で言う衣笠に、愛鷹は右手で顎を摘まんで考え込む。

「深海棲艦の方で対EMP対策が出来ていなかったから、本隊の傍で起爆させられる事が出来ず、結果無駄撃ちに見えるやり方で使うしか無かった、とも考えられなくはないですが……そこのところは深海棲艦に聞くしかわかりませんね」

「何はともあれ、東部進撃隊の稼働可能な艦娘戦力を加える事が出来た訳ですから、これで役者は揃いましたね。あとは東へ、アンツィオへ進むだけです」

 あれこれ枝分かれして考えなければならなかった今までと違い、これからはアンツィオに進むだけ、と言う単純明快な答えに進むだけになった事に安堵と喜びを覚えた顔をする衣笠だったが、愛鷹、青葉、瑞鳳、蒼月は表情をやや硬いままに頷いていた。

 確かに考える事はもう東へ、アンツィオを目指すだけではある。問題はそこに至るまでの道中に展開する大量の高性能艦揃いの深海棲艦と未だ所在が不明な四隻のス級、そしてアンツィオに陣取る正体不明の未知の深海棲艦の存在だった。

「一つ問題が片付けば、もう一つ問題が出て来る……一生この連鎖とループを繰り返すのかしらね」

 今度は溜息の吐息を長く漏らしながら愛鷹は夕張と深雪が来る方向へ双眼鏡を向ける。そろそろ見えてくる頃の筈だが、と思う彼女の視界に二人の姿が水平線上に見えて来た。

 

 

 何故か長く感じられたその日の作戦を何とか終えて「ズムウォルト」へ帰投を果たした第三三戦隊の七人は、帰投する直前に「ズムウォルト」のSMCから「マティアス・ジャクソン」へ向かうよう追加指示が出された。艦娘の前線基地機能代わりでしかない「ズムウォルト」の支援設備では、EMP攻撃で損傷した艤装の修理は出来ないと言う理由からだった。

 サルディーニャ島沖に展開する「マティアス・ジャクソン」へ着艦した愛鷹達七人の艤装は、即座に艤装整備と修理を手掛ける運用科に預けられ、修理が完了するまで「マティアス・ジャクソン」に居座る事になった。

「当面ここに、ですか」

 運用班長からの伝達に愛鷹が溜息交じりに応える背後で、青葉と衣笠がどうしようかと頭を揉む。

「着替えとか、持ってきてないわよね。修理が長引くと結構生活するの不便ね」

「まあ、使い捨て歯ブラシさえあれば最低限は何とかなるけどね」

「青葉、女たるもの歯磨きだけじゃなくて身だしなみも重要よ?」

「ガサも軍人なんだから、ちょっとの生活上の不便にも文句言わないの」

 その会話を背中で聞きながら、愛鷹はと言うと青葉と同じで使い捨て歯ブラシさえあれば、まあまあ私物が無くても過ごせる自信はあった。出撃時に持ち歩く手持ちの荷物など幾らでも替えが効く物ばかりだし、現地調達だって殆どが容易だ。精々、自分の丈に合った制服が今来ている物一着だけになる事が悩みではあるが、自分の背丈なら男性用の一般作業着の余り物さえあれば替えとなるから非常時にはそれでやはり足りる。

「必要ならヘリを借りて、それで『ズムウォルト』に戻れるでしょう。艤装の修理が終わったら、またヘリでこの艦に戻って受領する形、と言う所ですかね」

「何となく煩わしいですけど、それしか無いですね」

 運用科員が差し入れてくれたコーヒーを飲みながら蒼月が言う。同様にコーヒーを飲んでいた深雪が隣で手持ち無沙汰そうにしている夕張に尋ねる。

「今日中に修理終わらないもんなのか?」

「そうねえ、単に被弾してぶっ壊しちゃうよりもちょっと性質の違う損害を受けた訳だから、精密検査込みで長引くと思うわよ。最短で二日とかは行くかもしれないわね」

「二日もやる事なしですかい」

「二日もお休み貰えたと思えばいいのよ」

 役者ぶった口調で返す深雪に夕張はけろりと答えた。

「なるほどねえ、二日ものんびりできるのは最高だな」

「今日の作戦行動の報告書はちゃんと書いておいて下さいよ?」

 にやにやと笑みを浮かべながら二日の休みにふんぞり返ろうとした深雪に、愛鷹が現実という名の釘を刺す。

 三〇分程、ウェルドックで待機を強いられた愛鷹達に、艦内アナウンスで飛行甲板へ来る様指示が伝達された。「ズムウォルト」からの迎えのヘリが来ているとの事だった。

「さて。行きましょうか」

 飲み干したコーヒーカップを置いた愛鷹が先に折り畳みいす椅子から立ち上がる。それぞれゆっくりとしていた青葉達も立ち上がり、七人は揃って「マティアス・ジャクソン」の飛行甲板へと上がっていった。

 広い飛行甲板の一角にMV-38コンドル輸送機が一機駐機されており、既にエンジンは起動済みでいつでも発艦可能な状態だった。色とりどりの作業着を着た航空機運用員のデッキクルーが輸送機の周りを歩き回り、発艦前の確認を行っていた。ティルトウィング式のターボファンエンジンのダウンウォッシュが飛行甲板に吹き付ける中、愛鷹は制帽を抑え、衣笠、深雪、夕張、蒼月はスカートを抑えながら輸送機に乗り込む。

 全員が乗り込んでから程なく、MV-38はターボファンエンジンの音を鳴らしながら「ズムウォルト」へ向けて発艦した。

 

 

「ズムウォルト」に帰還した第三三戦隊のメンバーが居住区へと引き上げる中、愛鷹と青葉は別動隊として行動していた伊吹隊の戦闘結果を纏めた戦闘詳報を伊吹から受け取った。中破以上の被害を受けた者はいないが、無傷とはいかず、大なり小なりとはいかないが、相応の損害は受けていた伊吹隊の被害を記した文面に二人は険しい表情を浮かべた。

「攻撃は四波に及びました。中破は居ませんが、摩耶さんと鳥海さんがそれぞれ爆弾一発を受けて小破、他随伴駆逐艦娘も至近弾による裂傷等の軽傷を負いました」

 被害状況を語る伊吹自身は特に被害らしい被害を受けずに済んだらしく、その身体に白い包帯が巻かれている事は無く、制服も多少硝煙で汚れているが、概ね被弾によって破けたとかのダメージは無い。

「囮部隊としての任を全う出来ていたなら幸いです」

「充分です。お陰でこちらはEMPで艤装の機能の大半が使用不可な状況に陥っても、敵襲らしい敵襲を受けずに済みましたから。深海棲艦の機動艦隊に弾薬等の消耗を強いた伊吹隊の活躍に深く感謝します」

 軽く一礼する愛鷹に、伊吹は少しだけ晴れない表情のまま続けた。

「橘花改三機、景雲改二機の五機を失いました……初めてです、航空戦で艦載機を失うのは」

「航空妖精は?」

 そう質問を向けて来る青葉に伊吹はゆっくりと頭を振る。

「そうですか……」

「もう戻る事ない鍛えたあの宝、です……本音を言うと慢心がありました」

「慢心?」

 静かに聞き返す愛鷹に伊吹は沈み気味な顔を向けて答える。

「ジェットの速さに追いつく深海棲艦無し、そう思い込んで自信過剰になっていた自覚を今感じている所です」

「誰にでも過ちは起こり得るものです。補充機と航空妖精の補充の予定は?」

「予備機と予備の航空妖精は一応この艦に待機させてありますが、それすらも消耗してしまったら、地球の反対側にある日本本土から運ばなければならないので……あまり後がないです」

「伊吹さんの戦線投入には、今後慎重を喫した方がよさそうですね」

 両腰に手を当てて、溜息を吐きながら愛鷹は返した。

 少し重くなる空気を見て、取り繕う様に青葉が努めて明るい声で二人に間に立って朗らかな声を上げる。

「まあ、後はアンツィオに向けて勇往邁進ですからね。気に病み過ぎず、気持ち切り替えていきましょう」

「それを言うならどちらかと言うと直王邁進が近いのでは?」

「どちらも同じ様な意味合いですよ」

 冷静に返す伊吹に、愛鷹が薄らと顔に苦笑を交じえて言った。

 

 それから二日の間、第三三戦隊のメンバーは書類仕事や艦内のジムで筋トレする等の各々の仕事や体力作り、休養を取った。

 愛鷹は刀の剣技教練の為にヘリ甲板の端で一人、イメージトレーニングしながら刀を構え、振っていた。

 刀を持った腕を振ると白刃が陽光を反射して光りながら、風を鋭い音を立てて切り、愛鷹の目と脳裏でイメージする目標、主に自分に向かって飛んで来る深海棲艦の砲撃の飛翔体を刀で切り捨てる。

 小さな掛け声と共に空気を斬り続ける愛鷹が、一息吐きながら白刃を鞘に納める。カチンと音を立てて刀の鍔が鞘に収まると、愛鷹はもう一度、今度は溜めに溜めた様に大きく溜息を吐き出した。

「やっぱり、反応速度落ちたか……」

 ぽつりと零れるその一言は、着任したての頃の自分の剣裁きの速さと比較して、今の自身の剣裁きの速さが鈍った事を嘆く物だった。まだこれでも一級の剣術の腕前はあると判定されるだろうが、愛鷹的にはやはり衰えを感じざるを得ない。特に以前のようにアグレッシブに動いて刀を振るうのは脳の処理が追い付かないのだ。何時だったかス級を相手に錨を引っ掛けて、肉薄して接射攻撃等の近接戦を挑んだ事があったが。今の自分にはそれはもう出来ない気がしていた。体力的には出来そうなのだが、脳が追い付かないのだ。

 

「最近、何だか頭が火照ってる気がするわね……」

 

 心なしか、頭が熱く感じる時があった。熱でもあるのだろうかと思って医務室で体温計を借りて計ったが、常温そのものであり、念の為に「ズムウォルト」の軍医から簡易的な医療検査も受信させて貰ったが何一つ問題ない健康体、と言う結果になった。腑に落ちないが身体は健康だと診断された以上は原因が分からない。詳しく調べるには「ズムウォルト」の医務室では無く、もっと大掛かりな医療施設で精密検査を受けるしかないだろう。

 元から身体が火照りやすい「火体質」なのだろうか? とふと疑念を思い浮かべるが、それにしては頭だけが過熱気味なのはおかしい気がした「火体質」なら身体全体が火照り気味になる筈だが、頭以外の身体そのものは至って普通なのだ。

 うんうん考えても愛鷹には流石に医療分野における高等知識は無い。最前線で必要な応急的な医療知識がある程度で、瑞鳳の様な戦闘救命士の様な蘇生措置もこなすくらいは出来るが、患者を診察すると言うレベルのモノではない。所詮は愛鷹は戦争の最前線で戦う艦娘なのだ。

 

「この戦役が終わって、日本へ帰国したら一度精密検査を受けようかしら」

 

 剣術の教練に当たって事前に脱いでいた靴を履きながら、愛鷹は日本艦隊統合基地の基地施設内に設立された、大規模な医療設備の外観を思い浮かべる。過去に世話になった経験はあるが、どうにもあの消毒液の強い臭いは好きになれなかった。病院食にすら染み込んでいそうな臭いなのだ。艦娘の間でも実際、あの強い消毒液臭を嫌う艦娘は居ると聞く。

 靴を履き、膝下まで覆うジッパーを引き上げ終わると、トントンと爪先で飛行甲板を軽く二、三度蹴って履き心地具合を調整すると、刀を持って艦内へと戻る。

 自室へと戻る途中、「ズムウォルト」のトレーニングルームへ立ち寄って見ると、青葉と衣笠が揃ってランニングマシンで走りながら汗を流していた。頼もしい限りだと姉妹揃って体力研鑽を欠かさない所に感心しながら、自室へと戻る。

 刀をロッカーに置くと、扉を閉め鍵をかける。居ないとは思うが、一応刀を不法に持ち出して使用されない為に施錠は欠かさず行っている。自身の刀はあくまでも自分とその仲間の艦娘を護る為の者であり、誰かを殺傷する為の道具ではない、と愛鷹の中で確たる信念を持って管理している刀だ。自分の素知らぬ所で誰かの命を奪う道具として悪用される事は、絶対に我慢ならない事になる。

 ロッカーの鍵をコートの内ポケットにしまった時、デスクの上の艦内電話が鳴った。直ぐに受話器を取ると、SMCに詰めている通信士官が欧州総軍司令部に居る武本からテレビ通信が入っていると言う通達が入れられた。

「武本提督から?」

(中佐の部屋のPCから直接やり取りできますが、いかがいたしましょうか)

「お繋ぎお願いします」

 PCのスイッチを入れて立ち上げながら受話器を置くと、テレビ通信の準備を手早く整える。タッチパッドを素早くタップしてテレビ画面を開くと、見慣れた、だが暫くリアルで顔を合わせていない武本が画面に映し出された。

(ご機嫌よう愛鷹)

「こんにちわ提督。急にどうかされたのですか?」

 武本の背景には行きかう司令部要員の姿が見えたので、努めて因縁の相手では無く上司と部下の関係の口調で話す。武本もその気で居る様で、口振りからもそれが伺えた。

(単刀直入に言おうか。今の第三三戦隊の戦力で不足、を感じた事は無いか? 逆に今の規模を拡張した第三三特別混成機動艦隊に満足を覚えている所は無いか?)

「はあ……確かに第三三戦隊の自分を入れて七人編成では、課せられた任務を実行するうえで不安はありませんが、頭数の不足を感じた事はありますね。皆さんの個々のスキルの高さが、数の上での不足を十二分に補ってくれているから、露骨に問題化した事がない、とも言えますが」

(ふむ……やはり数の不足は感じるか。私も、君や青葉らに任務を任せている訳だが、任務を伝達する際に第三三戦隊の戦力だけで果たして足りるか、と言う疑念を覚えた事がない訳では無い。

 そこでだ、愛鷹。第三三戦隊の戦力の増強を提案したいのだが、君としてはどう思うかね?)

「増員、をして下さると?」

 意外な提案に愛鷹は軽く驚きを込めて、ディスプレイの向こう、数百キロは離れたところに居る司令部に居る武本に言う。彼女の言葉に頷いた武本は視線を逸らすとキーボードを操作して、愛鷹の見る画面に増強編成の第三三戦隊の編成図を表示させた。

(今のところ、候補者はこちらで選別しておいた。部隊名も『戦隊』からタスクフォースである『任務部隊』へと改変され、第三三任務部隊と改名する事になる。

 現在の第三三戦隊の戦力を第一群として、第二群の戦力として更に六名を追加するつもりだ)

 武本が送って来た編成表を見て愛鷹はふむと鼻を鳴らして両腕を組む。

 

・第三三任務部隊

第一群(旗艦)愛鷹 青葉 衣笠 夕張 深雪 蒼月 瑞鳳

 

第五群 伊吹 摩耶 鳥海 熊野 村雨 天霧

 

「編成方式はかつての海上自衛隊第一護衛隊群の分艦隊形式に倣って、ですか」

(ああ、確かにそうとも取れるナンバーではあるな。まあ、部隊ナンバーに特に意味はない)

 本当かな、と軽く疑問には思いながらも、かつて自分が所属していた古巣の部隊を意識していた訳では無い、と語る武本の口振りには噓偽りはない様に聞こえる。本当にたまたま部隊番号が同じになっただけ、と見るべきだろう。

「一三名に増員、ですか。この第五群の編成で候補者は決定したのですか?」

(一応、村雨と天霧以外に駆逐艦娘の候補者として秋月と竹を予定しているが、この二人は今所属している駆逐隊での任務があるから、外そうにも外せない。ただ任務適正はあると判断しての人選だ。

 秋月は言うまでも無く蒼月の姉。蒼月と言うイレギュラーレベルの射撃の達人を除けば、秋月型姉妹でも突出した射撃の腕前を持つ。ただ、摩耶と言う防空重巡が居る中で更に秋月を配備、と言うのは些か過剰戦力と化すし、艦娘艦隊対空戦闘システムにも競合を起こすので、保留と言う具合だ。

 竹は松型の駆逐艦娘だ。君は知ってると思うが雷撃戦のエキスパートである深雪が大井と共に鍛え上げた雷撃戦のプロの一人だ。先年もオルモック湾での海上交通路防衛戦において、その雷撃戦の腕前で大型駆逐艦ナ級二隻を屠っている。口調はやや粗だが、根はとても良い艦娘だ)

「鳥海さんと摩耶さんを四戦隊から外す事は一旦置いておくとして、熊野さんを編入する事の意味合いとは?」

(鈴谷を失って以来、七戦隊は三人編成になってしまったからな。現在の日本艦隊では重巡艦娘の絶対数の不足から重巡艦娘戦隊の定数見直しを図った。そこで重巡艦娘戦隊の定数は第五戦隊を除き二人、二隻編成とし、七戦隊は最上と三隈で組む事とした。その際、余る事になる熊野を君の所へ預けたいと言う訳だ)

「私は構いませんが、七戦隊からハブられる事になる熊野さんが拗ねたりしませんかね?」

(現段階ではまだ構想の段階で、候補者への意思確認は行っていないから、まだ六人全員が自分達が君の指揮下に入る事を知らない)

「なるほど。艦娘の増員については私的に反対はありません。一応、既存のメンバーにも増員の旨の事を伝えておきますが、宜しいですか?」

(頼む。欧州での戦いは佳境を迎えつつあるが、日本の本土戦ではきな臭い小競り合いが続いているのが現状だ。早急に欧州への派兵を切り上げて、日本本土防衛と警戒に回したいところではあるが……)

「提督、ヨーロッパを深海棲艦の手から救う事は日本を護る事と同義であると小官は考える次第であります」

 やや強めの口調で意見する愛鷹の言葉に、武本は微笑を浮かべて頷いた。

(その通りだな。第三三戦隊の艤装の修理が完了次第、欧州総軍はアンツィオ攻略作戦を実施する予定だ。近々全艦娘艦隊にも通達するが、我が国連陸上軍は既にローマ市街地へ突入してその半分を奪還しているている。ローマを奪還すれば、アンツィオまでは目と鼻の先と言っていい。

 陸上軍の進撃に合わせ、海路からも雪崩れ込む事になる。その先兵となるのが君達第三三特別混成機動艦隊だ。よろしく頼むよ)

「了解です」

 

 最後、互いに敬礼をして通信は終了した。ノートPCの電源を切りながら、愛鷹は椅子の背もたれに寄りかかって大きなため息を吐いた。

 知らない所で国連陸上軍はローマの半分を奪還したのか、と反芻する。艦娘は海上での戦いに特化している分、陸戦には向いていない。だから通常の軍将兵が艦娘並みか、それ以上の活躍を見せられるエリアが陸上での戦いであった。

 

 

「マティアス・ジャクソン」から艤装の修理が終わったとの通知が来た時、その連絡を最初に受け取ったのがウェルドックにいた夕張と居合わせた蒼月の二人だった。

「迎えの輸送機が来るのですかね?」

 そう聞く蒼月に、SMC経由で「マティアス・ジャクソン」からの連絡を聞いた夕張は受話器を置くとくいくいと飛行甲板を人差し指で指さして、蒼月を誘った。

「直ぐに輸送機が来るって。行きましょ」

「はい」

 二人がラッタルを駆け上っていく間に艦内アナウンスで第三三戦隊の他の五人にも伝達が行われ、飛行甲板へ集合の旨が伝えられる。夕張と蒼月に遅れて艦内の各所で愛鷹のハイヒール、青葉のローファー、衣笠のハイヒールサンダル、深雪の短靴、瑞鳳のぽっくりが艦内を駆け、ラッタルを昇る金属音が鳴り響いた

 飛行甲板では航空機運用科のデッキクルーが誘導灯を手に着艦するMV-38の着艦誘導を行っていた。ティルトウィングの翼端のポッド式ターボファンエンジンがVTOLモードへ移行し、ゆっくりと高度を下げて来る。

 デッキクルーの邪魔にならない様、格納庫で待つ七人の見る先で輸送機が飛行甲板に着艦し、ターボファンエンジンの音が急速に小さくなっていく。元々低めのエンジン音が周囲の海上の波間の音と同じレベルにまで静かになり、代わってデッキクルーの作業確認の掛け声が飛行甲板を飛び交った。

 ホットフュエリングで給油作業が行われる間に愛鷹達はMV-38のキャビンに乗り込み、発艦までの間他愛も無い談笑で暇をつぶした。

 五分程度で給油作業が終わり、ホースを担いで離れる紫の作業着のデッキクルーが下がった後、黄色の作業着の誘導員が誘導灯を振って発艦せよ、の合図を輸送機のコックピットに座るパイロットに送り、パイロットとコパイはスロットルレバーを上げて離陸すると、機首を回し、「マティアス・ジャクソン」の方へと頭を巡らせた。

 

「北米方面軍第一機甲師団と第三歩兵師団はローマ市街地の政庁を奪還、バチカン市国全域も奪還しました。欧州総軍陸上軍フランス方面軍第三機甲師団及びイタリア方面軍ポッツオーロ・デル・フリウーロ騎兵旅団及びガリバルディ機甲旅団第一九騎兵連隊とアリエテ機甲旅団第四戦車連隊、英国第三師団第一二、第二〇装甲旅団戦闘団はスベッツァーノ、スルモーナ、カゾリ、サン・サルヴォに渡って戦線を押し上げ、南部からはイタリア半島南部総軍として統合、再編された欧州総軍各国の連合軍がカンボバッソ、ベナフロ、カッシーニまで戦線を押し返し北部と南部の両方から深海棲艦の地上軍を挟み込んでいます」

 作戦参謀の戦況解説を黙って聞く西部進撃隊の司令部要員の顔にはどこか余裕すら見て取れ始めていた。全域に渡って戦線が押しあがり、アンツィオを拠点に押し出て来た深海棲艦地上軍は進出拠点へと押し返されていた。

「地上戦は問題無さそうだな。日数的にあとどれくらいで陸上軍はアンツィオを包囲出来そうだ?」

 作戦参謀に質問の矛先を向けるルグランジュ提督に、作戦参謀は陸上軍との連絡役を担う情報参謀に尋ねる。

「陸上軍司令部の見積もりでは、現在の進撃ペースを維持した場合、五日もあればイタリア半島北部から進行する各部隊はアンツィオを包囲下に置けると見積もっています。南部戦線はまだ時間がかかりそうです」

「五日か。部隊再編と補給等も考慮してだな?」

「はい、そう聞いております」

「となると、我が方の準備が問題になるな」

 ルグランジュは「ドリス・ミラー」の識別帽を脱いで白髪を撫で下ろしながら、首席参謀が纏めた艦娘艦隊の状況を確認する。

「東部進撃隊の母艦『アイガイオン』はドック入りが必要な為、一足先にツーロンへ後送しました。その為、東部進撃隊の艦娘は全員、本艦に移乗し、現在EMP攻撃によって損傷した艤装の修理作業を行っています。明日には東部進撃隊の艦娘の艤装の修理は完了すると、艤装整備長から報告が上がっています」

 首席参謀の報告を聞いたルグランジュら司令部要員は、満足気に頷いて状況の確認を終えると、アンツィオへの攻略作戦についての協議に移った。

「欧州総軍司令部の作戦綱領に基づき、アンツィオへの逆侵攻作戦に入る訳だが、さてどう攻め込むか」

 司令部要員の参謀達と共に大画面のデスク型ディスプレイに表示された深海棲艦の布陣状況を眺めながら、ルグランジュは思案を巡らせた。

 考えを巡らせるルグランジュに首席参謀が最初に作戦案を具申した。

「前衛部隊として東部進撃隊と第三三特別混成機動艦隊の二個艦隊を全力投入して、深海棲艦の防衛網に突破口を突き、そこから主力本隊を突入させ一点突破を図ると言う案と、東部進撃隊と第三三特別混成機動艦隊を用いて陽動作戦を実施し、深海棲艦主力を吊り上げ、その間に主力部隊を突入させ、敵主力の後背より総攻撃を仕掛け、一挙に殲滅する案の二種類が考えられます」

「深海棲艦の全艦艇をここで撃滅しておかねば、後々のマルタ島奪還作戦で敵を増やす事になる。それに敵中一点突破は逆を言えば、後ろのドアを閉じられ、艦隊を分断されて各個撃破の憂き目にあう可能性が高い。

 取るとすれば後者の陽動を用いた総力戦、艦隊決戦だな」

 そう返すルグランジュだったが、陽動作戦を取る事の危険性も充分承知していた。陽動を担うと言う事は、必然的に深海棲艦からの攻撃を一身に引き受ける事になる。陽動部隊が主力かつ主攻と錯覚させるだけの戦力かつ行動を見せる以上は、深海棲艦も艦隊決戦を見越して全力で攻撃を仕掛けて来るに違いない。ここで艦娘艦隊に再起不能の大打撃を与えれば、戦線は膠着し、その間に深海棲艦が戦力の再建を行う時間的猶予が生まれるから、深海棲艦としても艦隊決戦で決着を図る可能性は高いと言えるだろう。

「深海棲艦が艦隊決戦と言う土俵に上がらない場合は考えられませんか?」

 慎重を期して一応進言する作戦参謀に首席参謀が答える。

「ゲリラ戦等の小規模な攻撃に徹する事が出来る程、向こうに余力があるとは思えない。先に給油艦としてワ級が派遣されたとは言え、深海棲艦の展開戦力から言って全面的な補給を行えたとは言い難い。余裕がない以上は、戦力を小出しせず、一回の攻撃に全てを賭けに来ると見るべきだ」

「小規模な分艦隊を多数形成して、こちらの艦娘艦隊を多方向から攻撃して消耗戦にもつれ込む可能性は?」

「深海棲艦の補給面での余裕がない中でその様な戦術はとれないだろう。寧ろ小出しに過ぎて各個撃破されるだけだ。奴等だってそれが理解出来ない程、無能ではない」

 意見を次々に述べる参謀達が静まるまで待ってからルグランジュは識別帽を被り直して、参謀達を見回して作戦案を語った。

「東部進撃隊残存艦娘と、第三三特別混成機動艦隊の全力を持って陽動作戦を実施する。東部進撃隊を編入した第三三特別混成機動艦隊をアンツィオ南部から進撃させ、深海棲艦を南方へ誘引し、その間に北方と西方の二方向から主力艦隊を突入させる。

 ……だが、東部進撃隊と第三三特別混成機動艦隊だけでは、戦力不足が否めない。主攻と誤認させるだけの戦力が必要だ。我が西部進撃隊ドイツ艦隊からフォン・リヒトホーフェン以下の空母機動部隊も編入しよう。随伴護衛艦として軽巡艦娘コルベルク、マインツ、アウグスブルク、駆逐艦娘Z57、62、68、72をつけよう。艦娘艦隊戦力の規定編成を超えるが、今回は寧ろそれを逆用する」

 最新世代のドイツ艦娘を惜しげ無く投入する事を語るルグランジュに参謀の何名かが何か言いたげな顔をする。最新世代の艦娘を最悪失いかねない程に猛攻を受ける事になるであろう陽動部隊に編入するのは如何なものかと。

 だがルグランジュの意思は変わらなかった。

「陽動部隊が南方へ深海棲艦を吊りだした後、主力艦隊は北方と西方より進入、陽動部隊が南部から深海棲艦の側面を押さえている間に一挙に攻勢を仕掛け、深海棲艦地中海艦隊を撃滅する。陸上軍にも要請して、航空支援をいつでも送り込めるよう手筈を整えよう」

「航空優勢を確保出来れば、AC-130ガンシップやQA-10対地攻撃機による空爆を実施出来るでしょう」

 航空参謀の言葉にルグランジュの顔に笑みが浮かぶ。希望は見えていると言う顔だった。

 アンツィオ侵攻作戦に当たっての作戦の煮詰めが進む中、ルグランジュは海兵隊の連絡将校に尋ねる。

「アンツィオ逆上陸部隊の状況は?」

「既に揚陸艦へ機材、物資の積載を終え、後は人員だけとなっています。艦娘艦隊が制海権、制空権を確立次第、揚陸艦隊は出撃しアンツィオ逆上陸作戦を実施する予定です」

「宜しい」

(あとは、我々次第だな)

 再びディスプレイに表示されるマップに視線を戻しながらルグランジュは、胸中で呟いた。

 

 

「オペレーション・メディトレニアン・フリーダム」も終盤となる中、愛鷹はと言うと「ズムウォルト」の艦内食堂で青葉、蒼月、イントレピッド、ジョンストンらとカードゲームに興じていた。

「ストレート」

 自身のカードをテーブルに並べながらジョンストンが手札の名を言う。

 それを見て愛鷹は一ミリも崩さない表情のまま、自身の手札をテーブルに並べた。

「フラッシュです」

「完敗ね。どうやったって貴女には勝てないわね」

 テーブルの上に突っ伏して負けを認めながらも、口振りには少し恨めしさを滲ませながらジョンストンが言う。

「毎度思うんですけど、どうやったら連戦連勝なんて出来るんです?」

 カードをかき集めて器用な手つきでシャッフルしながら青葉は愛鷹に問う。愛鷹との付き合いは長いが、この愛鷹のカードゲームでの異常な強さだけは未だに青葉の中で謎だった。愛鷹自身も分からないと言うから最早どう言う原理なのか、誰にも分からない。イカサマプレイしようにも念入りにイカサマできない様に周囲を確認してもそれらしき痕跡はないし、そもそも愛鷹と言う人柄からしてイカサマをするとも思えない。

「ベガスにでも行けば一夜で一攫千金の大富豪に成るのも夢じゃないわよ?」

 ジョンストン同様愛鷹に敗北したイントレピッドが水を注いだコップを口に運びながら、制帽を目深に被った愛鷹にお勧めする様に言うと、愛鷹は溜息交じりに答えた・

「観光がてら行ってみたいのは山々ですが、別に大富豪に成りたい気持ちは無いので」

「勿体ない」

 残念そうに返しながらも、仕方ないと頷くイントレピッドは水を飲み干したコップを置くと、今度はジョンストンと対戦に入った。

「加減宜しくねレイチェル」

「そっちもね、ルーシー」

 青葉がシャッフルしたカードを渡されたジョンストンがカードを配る中、蒼月が青葉に「レイチェルとルーシーってなんです?」と尋ねる。

「イントレピッドさんとジョンストンさんの本名のファーストネームがそれぞれレイチェルとルーシーことルースなんですよ」

「へえ~。レイチェルとルースですか」

「以前、お二人に取材をした時に教えて貰ったんですよ、間宮さんの甘味処で出されるアイスクリーム券と引き換えに」

「青葉さん、中々に取材する時って狡猾な手を使いますよね。でも艦隊新聞にそのこと書いてあった覚えはないんですけど」

「知りたい事があれば策は尽くしますが、かと言って知り得た情報を艦隊新聞に載せて、何でもかんでも暴露する暴露系動画投稿者の様な真似はしないと言うポリシーはありますよ」

「そこの所の線引きはしっかりしてるんですね、流石です」

 素朴に褒める蒼月に対して両腕を組んで少し得意げな顔を浮かべる青葉を横目で見ながら、それを聞いていた愛鷹も確かに分別はしっかりしている女性だ、と内心青葉の事を褒めていた。探求心は強いが、だからと何でもかんでも暴露して回る迷惑な人間ではないのが青葉の特徴だった。公開するべきではないと思った情報は徹底して秘匿する口の堅さは特筆すべきと言える。

「青葉さんってよくカメラ持って取材してますけど、元からカメラ好きなんですか?」

 そう尋ねて来る蒼月に青葉は面白い質問だと右手も人差し指を立てて答えた。

「青葉の中ではカメラと言うものは被写体を映す道具に過ぎません。価値を発揮するのは被写体とそれによって構成される画面です。良い絵が撮れるならスマホのカメラでもいいし、借り物の高級カメラでもいい。青葉は別にカメラ趣味のカメラ女子と言う訳では無いですから。

 その点カメラ女子なのが磯波さんや浦波さんとかですね。浦波さんは磯波さんに影響されてだとか。あと最近、北上さんもカメラ趣味にハマりだしたとか聞いた事があります」

 磯波の場合は彼女自身が鉄道マニアだから、鉄道風景写真を収めたいが為にカメラ趣味を始めたと言うのが正しい。浦浪は姉に影響されてだし、北上は多趣味の中で新たに始めた趣味分野と言う面がある。彼女達と青葉とではカメラを使う、求める分野が絶妙に違うので一括りに青葉も含めてカメラ趣味艦娘とは言えない。

 

 カードゲームの場から離れて愛鷹はドリンクを飲みに配膳台に歩み寄る。丁度東欧の伝統的な微炭酸、微アルコール性飲料のクヴァスが置いてあったのでそれをコップに注いで口元へ運ぶ。アルコールを直接は体質的に駄目だが、クヴァス程度の微量なアルコールなら飲む事は出来る。ジンジャーエールの様なノンアル系の飲み物も勿論行ける。

 クヴァスの味を味わいながらイントレピッドとジョンストンのカード対決の風景を眺める愛鷹の口元に自然と笑みが浮かぶ。他人のカードゲームの試合風景を眺めるのも一興だ。普段、自分がやっている時の風景ばかり見ているから、第三者視点から見るカードゲームの風景も良い。

 近々アンツィオ逆上陸作戦が実施される。自分も含めて第三三特別混成機動艦隊をその前衛とする事は容易に想像がつく。詳しい作戦内容は後々伝達されるだろうが、恐らくは自分達と数を減らした東部進撃隊を加えて深海棲艦に対する陽動攻撃作戦を実施するだろう。そうなれば本隊の進行を察知されない様に立ち回る事が要求されるし、尚且つ愛鷹達を主攻と判断した深海棲艦からの激しい攻撃を受ける事は必須だ。

 ここを乗り切れば、次はマルタ島……と胸の内で独語しながら口元へ出かけた一言をクヴァスと共に飲み下した。

 




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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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