西暦二〇四八年一一月九日、午前五時五五分。
各艦娘母艦から発艦し、コルス島の南南西のカヴァロ島沖に集結した第三三特別混成機動艦隊は。そこで総旗艦愛鷹を中心に一時集結すると、時計合わせを行った。
「時計合わせ、マルロクマルマルまで後、五、四、三、二、マーク!」
時計合わせを叫ぶ愛鷹の合図と同時に、第三三特別混成機動艦隊に編入された旧東部進撃隊の残存艦隊と、ドイツ艦隊第一航空戦隊併せて総勢三二名=三二隻に及ぶシングル作戦における陽動部隊を構成する艦娘達の腕時計の針が、ぴたりと午前六時を指し示す。
「作戦開始! 所定の手順に従い、各分艦隊は攻撃進出ポイントに展開し次第、陽動攻撃を開始!」
愛鷹の号令が下るや、戦艦戦隊を率いるリシュリュー、第一航空戦隊を率いるフォン・リヒトホーフェン、連合空母打撃群を率いるイントレピッドより「D’accord!」「Alles klar!」「Aye ma’am!」の三者三様の返事が返される。
リシュリューを先頭に立ててジャン・バールとZ20カール・ガルスター、それに負傷離脱が早かった分、ツーロンでの修理と治療が終わり今次作戦への編入が直前で間に合った軽巡艦娘グロワール、駆逐艦娘モガドール、そして水上機母艦コマンダンテストの六名からなる戦艦戦隊が前進を開始し、フォン・リヒトホーフェンを中心にマインツ、コルベルク、アウグスブルク、Z57、62、68、72の七名で輪形陣を組んだドイツ艦隊第一航空戦隊、イントレピッド、伊吹、愛宕、鳥海、摩耶、陽炎、不知火、綾波、フレッチャー、ジョンストンからなる輪形陣を組んだ連合空母打撃群が前進を開始する。
第三三特別混成機動艦隊に隷属する三個分艦隊が行動を開始したのを見て、愛鷹も直属の第三三戦隊を率いて前進を開始する。
愛鷹を総旗艦とする第三三特別混成機動艦隊は、アンツィオ沖南部戦線を構築し、深海棲艦に対する威力偵察と陽動を仕掛けるのが今回のミッション内容だった。
相互支援が可能な一〇キロの間隔を維持して前進する戦艦戦隊、第一航空戦隊、連合空母打撃群とは別に、第三三戦隊は大きく南側からアンツィオ沖へと回り込む様に進撃した。アンツィオ沖南部戦線を構築する第三三特別混成機動艦隊は愛鷹の作戦で更に南西部戦線と、独立行動を取って深海棲艦地中海艦隊への偵察を敢行する第三三戦隊の二手に分かれたのだ。
「さあて、ビッグイベントの開始ですね」
「ワクワクして来たぜ」
欠伸交じりに背を伸ばしながら両手をぐるぐると回す青葉の台詞に、深雪も首をコキコキと鳴らしながら言う。
「今日は瑞鳳もやる事沢山、はきりっちゃうわよ~」
弓と矢をぐるぐると起用に回しながら力む瑞鳳に、その前に布陣する蒼月が無言で軽く体を逸らして、回される弓を躱す。
午前六時一五分、各分艦隊の艦娘達のヘッドセットに着信のビープ音が鳴り響き、支援機である哨戒機とAWACSがそれぞれ名乗り出た。
≪こちら哨戒機シーガル1、第三三特別混成機動艦隊各位に告げる、諸君らは本機の管制下に入った。以後本機が管制、早期警戒を担当する。よろしく頼む≫
≪こちらAWACSトレボー。第三三特別混成機動艦隊の上空警戒を本機が担当する。空の警戒は任せてくれ≫
「了解、シーガル1、トレボー」
全員を代表して愛鷹が返答を返す。
更にそれから一五分後、時計の針が午前六時半を刺すのを確認すると、愛鷹は瑞鳳に偵察隊と制空隊の発艦を命じた。
「旗艦愛鷹より瑞鳳へ下命。偵察隊、制空隊、発艦始め!」
「了解! アウトレンジ偵察隊、発艦!」
弓がしなり、矢を放つ鋭い音と共に、瑞鳳から偵察隊を成す天山一二型甲改八機と、烈風改二からなる制空隊二個小隊八機が発艦した。同時に愛鷹の航空艤装でもアングルドデッキに備えられたカタパルトから烈風改二が連続射出され、同じく二個小隊八機が上がる。
瑞鳳から発艦した天山八機、ターミガン1編隊とフェーザント2編隊の各四機は、所定の偵察エリアに向けて飛行を開始する。火星エンジンのエンジン音が空に響き渡り、四方へと散っていくにつれてその音は小さくなっていった。一方、上空で直掩につく烈風改二のハ43エンジンの唸り声だけがぐるぐると鳶のように周回して、第三三戦隊の直上の守りを固めていた。
「それで、今回も航空偵察だけして、な陰キャプレイに徹するんですか?」
陰キャと言う現代っ子らしい言い方で聞いて来る衣笠に愛鷹は涼しい顔で答えた。
「今回は後ろで腕組して航空偵察の結果待ち、するだけではありませんよ。前線に、戦場に、花火の中に突っ込みます。最大戦速で北上し、敵勢力圏内を突破、深海棲艦地中海艦隊の陣容を把握の後、西へと転進し離脱する強行偵察を実行します」
それを聞いた青葉が懸念を表明する。
「最大戦速を維持したまま、敵艦隊のど真ん中を突っ切っていく、と? 全速を維持し続けると言う事は燃料の消費も増大しますよ、全員の燃料持ちますかね?」
「それに関しては大丈夫よ青葉」
愛鷹と頭を合わせて計算済みだと言う顔で夕張が自信を持って答える。
「艤装の燃料タンクには燃料が最大充填されているから、最大速度で突っ走っても半日は持つわ」
「なるほど、道理で今日の艤装は心なしか重いと感じる訳です」
背中の艦橋艤装へと振り返り、次いで足元に視線を落としながら青葉は頷く。目一杯燃料を積んでいる事もあってか、艤装にも慣性がやや強めに付いている感覚がある。行動している内に燃料も消費されて軽くなるだろうが、今の七人はやや身軽とは言い難い状態だった。
「ところで夕張さんは船足的に追従可能なんですか?」
船足が遅いとよく言われる夕張を心配する蒼月の言葉に、夕張は自信ありげな表情を振り向ける。
「改二特艤装は確かに明らかに低速化しているけど、タービンと缶を増設しているから今の私は結構速く走れるわよ」
そう返しながら右足を上げてタービンと缶を増設して、より高出力の推進力を発揮する自身の主機兼ラダーヒール付きブーツを右手で軽く弾きながら、夕張は明朗に答える。
戦術タブレットを見て間もなく最初の経由地点であるウェイポイント1に差し掛かるのを確認した愛鷹は、タブレットを片手におさらいする様に六人の方へと振り返って、言い聞かせる様に言った。
「最大戦速を維持したまま、アンツィオの南から北へかけてのウェイポイント2及び3を通過、ウェイポイント3を通過後は西に転舵し、一気に敵勢力圏内を抜けゴール地点のウェイポイント4へ向かいます。道中の戦闘は極力避け、敵艦隊の陣容とその戦闘能力の把握、及びやむを得ない攻撃を受けた場合にのみ、応射を認めます。
通信は低出力の艦隊内通信に限定。広域に渡って通信可能な高出力通信は禁じます。レーダーの使用に関しては対空レーダーのみこの制限を課しませんが、必要に応じて水上レーダーを最高出力で走査する時も考慮して下さい」
「了解」
六人の唱和した返事が返される。
やがて七人の前方に赤く変色した海が視界一杯に広がり始めた。青い海と赤い海の境界線が紫に染まって、異様な空間と化している変色海域内との境目を作り出している。この世の終わりの様な赤く染まった海と、不気味に曇天が広がる空はまるで艦娘と言う人間の存在を拒む人外のみ存在を許された世界の様でもある。
赤い海と青い海との境目の紫に染まった線を踏み越えるのは、まるで絶対順守の結解を踏破するかの如くの緊張を与えに来る。
その紫の境目を愛鷹が越え、青葉が、衣笠が、夕張、深雪、蒼月、そして殿艦の瑞鳳が通過すると、愛鷹の凛と張った声が第三三戦隊全員の耳に入る。
「全艦、最大戦速! 増速、黒二〇! 進路300度ヨーソロー!」
「愛鷹の跡、新進路300度ヨーソロー!」
後ろで青葉が復唱するのに続いて、七人の艤装内と足元の両方で最大速力へと加速をかける機関部の唸り声が高まった。同時に七人の踵から後方へと噴射される推力も増加し、七人の爪先から大きく白波が蹴立てられ、靴底の踵から出る噴流共に長い航跡を七人の影よりも更に長く後ろへ延ばしていく。
血の色よりはやや薄い変色海域の中を進むのは視覚的にも良いとは言い難い。直前まで青い海と青い空に慣れていた七人の視覚が一時的に異常を来す。幸い全員が慣れるまでの間、深海棲艦のピケット艦すら姿を見せる事は無かった。
腕時計を見る愛鷹は時計盤の針を見て良しと頷く。間もなく、イントレピッドから偵察爆撃隊と護衛戦闘機からなる第一次攻撃隊が発艦する。
イントレピッドの偵察爆撃隊が偵察を兼ねた攻撃を実施し、発見した深海棲艦の艦隊を伊吹やフォン・リヒトホーフェンにも共有すれば、大々的な航空攻撃が深海棲艦の何群かを強襲する事になる。
更にZ20カール・ガルスターを除く全員がフランス艦娘で固められた戦艦戦隊も、強襲攻撃を実施する。各分艦隊が派手に暴れれてくれれば、それだけ陽動作戦の意味は成せる。
その時、愛鷹のCIC妖精からの報告が低出力通信を介して第三三戦隊の全艦娘へと通知された。
「敵捜索レーダー波検知、逆探感度は低。方位297及び014より発信を確認」
「敵のレーダーピケット艦ですかね」
HUDにも表示されるレーダー波の出力を見て、青葉が言う。
「この辺り一帯に、ポンツァ諸島がありますから、そこに陸上型深海棲艦が進出している可能性はありますね。私が敵の指揮を執るなら、ポンツァ諸島に地上電探警戒棲姫を置いて、艦娘艦隊に対する早期警戒ラインにしますね。あとはナ級をピケット艦として配置して、早期警戒ラインの点と点を繋ぐ事になるでしょう」
「もしポンツァ諸島に地上電探警戒棲姫がいるのだとしたら、厄介ですね。味方の本隊が補足される可能性がある」
懸念を口にする青葉に愛鷹は問題ないと言う顔で返す。
「伊吹さんの航空団がSEAD攻撃で潰してくれるでしょう。対空小鬼や砲台小鬼がいくらか対空防御陣地として構築されているかも知れませんが、重厚な対空防御陣地を構築するにはあの島は小さい。最低限の防衛砲台か、最悪防衛拠点となる深海棲艦そのものが配備されていない可能性すらある。
問題はナ級です、能動的に動けるから追撃して来る可能性もある」
「その時はどうするんです?」
やるのかと問う青葉に、愛鷹は制帽の鍔の縁を掴んで答えた。
「全速で振り切るだけですよ」
「第三三戦隊より一方通信! 『発総旗艦愛鷹、宛、空母伊吹、ポンツァ諸島に対して、SEAD攻撃を実施されたし』」
「出番ね。伊吹、了解! アウル隊発艦開始! 目標、ポンツァ諸島、作戦目標はSEAD攻撃」
機械音と共に伊吹の左舷で航空艤装が展張され、折り畳み式で伊吹の背に背負われていた彼女の背丈よりも長い飛行甲板がアームで航空艤装へとセットされ、エレベーターと接続すると格納庫から景雲改四機が次々に上げられて来た。
航空艤装妖精がカタパルトへと押し行き、ブライドルレトリバーを接続するとエンジン点火作業が始まる。甲高い金属音が鳴り響き始め、ヘルメット内蔵のヘッドセットで確認の掛け声をかける航空艤装妖精達が、それぞれの仕事の為に、飛行甲板を駆け回る。
「アウル1、アウル2。発艦シーケンスに移行。発艦を許可する」
伊吹の艤装内にある航空管制からの発艦許可が出されると、カタパルトにセットされた二機の景雲改に乗る航空妖精が「了解!」と返す。二機の後ろでJBD(ジェット・ブラスト・デフレクター)が立ち上がり、発艦士官妖精が飛行甲板の隅々に散らばる航空艤装妖精が安全な場所にいるか、発艦進路上に障害となるオブジェクトは無いか、風向は問題無いか、伊吹そのものの速力は間に合っているか、を全て確認し、GOサインを出して良し、と判断すると、身を屈めて右手をカタパルトの先端へ向けて伸ばした。
カタパルト要員妖精がそれを見て射出ボタンを押すと、第一カタパルト、続いて第二カタパルトの順に景雲改をカタパルトで射出した。発艦していく景雲改のジェットエンジンの音が、瞬く間に飛行甲板先端部を疾駆し、左右に突き出た主翼が宙を掴む。
「アウル3、アウル4、発艦用意」
短く三番機と四番機に発艦用意を命じる伊吹の左側で、既に航空艤装妖精がカタパルトへとアウル3、4をセットする為に作業を始めていた。
約三分後、一番機と二番機と同じ手順を踏んだアウル3、4がカタパルトの射出音と自らのジェットエンジンの轟音を立てて空へと舞い上がり、先行して発艦していたアウル1、2と合流するとポンツァ諸島へ向けて進路を取って艦隊上空から去って行った。
遠雷の様なジェットエンジンの残響を残して飛び去る四機の景雲改を見送った伊吹の頭上では、Wワスプエンジンの力強い音が、自らの存在を主張をしに来ていた。イントレピッドから発艦したCAP機を務めるF6F-5の一個小隊のエンジン音だ。景雲改と比べ、エンジン出力では劣るが、ドッグファイト(空中戦)を任せるのなら景雲改よりも「地獄の猫」ことF6F-5が適任だ。なおイントレピッドを含めてアメリカ空母艦娘がF6Fの愛称であるヘルキャット(HellCat)を直訳の「地獄の猫」ではなく、スラングの意味である「性悪女」や「意地の悪い女」と言う意味で呼ぶ事は絶対に無かった。ただ、瑞鳳と瑞鶴と葛城だけが彼女達が改や改二以前の頃、まだ自らも航空艤装を操る装備妖精も未熟な頃、日本艦娘艦隊の技術水準からすれば整備性の難しめなF6Fの事を遠回しに嫌がってそう呼んだ事はあった。今では日本艦娘艦隊の技術水準が総じて高まった事もあり、余り思い出したくはない過去の話ではある。
午前七時。日がすっかり上がった地中海の海上を進むドイツ艦隊第一航空戦隊の輪形陣の中心にある空母艦娘フォン・リヒトホーフェンの航空艤装上には、爆装を整えたTa483とMe462、計二四機が発艦の時を待っていた。
両腕を組んで空と海上の両方を凝視するフォン・リヒトホーフェンに代わって、軽巡コルベルクが着信音のビープ音が鳴ったヘッドセットに手を当てて、シーガル1を介して艦娘間データリンク通信で送られて来た深海棲艦の位置情報と敵編成を読み上げる。
「第三三戦隊偵察機より一方通信入りました! 『発、瑞鳳航空団ターミガン1-4、宛、ドイツ艦隊第一航空戦隊。敵機動艦隊発見。敵位置北緯四一度一三分四九、東経一二度五二分二六秒。的針199、的速一八ノット。敵艦隊は空母棲姫一隻、軽空母ヌ級flagship級二隻、防空巡ツ級elite級一隻、大型駆逐艦ナ級二隻。その後方、同じ編成のもう一群の空母機動部隊を認む』です」
「フォン・リヒトホーフェン、了解。第一次攻撃隊、全機発艦始め。さあ、諸君、狩りを始めよう」
「Jawohl!」
航空艤装妖精が敬礼と共にスピーカーに向かって「発艦始め」を吹き込み、航空艤装上で発艦作業が始まる。
既にカタパルトにセットされていたTa483二機が発艦士官妖精の合図と共に射出され、ジェットブラストデフレクターを焦がしながらジェットエンジンの噴射炎を残して二機が発艦し、即座に第二陣のTa483がカタパルトにセットされ、航空艤装妖精が素早く発艦準備手順を整え、艦載機を射出する。このサイクルを繰り返す内に、第一陣の二機の発艦から五分程度で一二機のTa483の発艦が完了する。
更に同じ手順を踏んで一二機のMe462が発艦し、空に二四機のジェットエンジンの音が鳴り響いた。ものの一〇分で二四機全機が空へと上がり、四機一組の編隊を組むと東へと進路を取った。
「素晴らしいものね。貴女とは組んで長いけど、貴女が空母艦娘として配備が始まった当初は発艦したら二、三機はエンジン不調で引き返して来たのに、今じゃ全機不調無しに発艦出来ている」
アウグスブルクが感心した目で、深海棲艦の機動部隊へ向けて進軍を開始する攻撃隊を見送りながら、フォン・リヒトホーフェンに向かって言う。
「技術の進歩は時の流れに比例するものよ」
簡潔にだが自信を持って答えるフォン・リヒトホーフェンの言葉に、アウグスブルクはその通りねと頷いた。
深海棲艦地中海艦隊に属する機動部隊と地上電探警戒棲姫が伊吹とフォン・リヒトホーフェンから発艦した攻撃隊の攻撃を受けたのは、発艦してからそれぞれ約一時間後の事だった。
地上電探警戒棲姫がその巨大なレーダーアレイで伊吹のアウル隊の景雲改四機を捕捉した時点で、既に四機の位置は対空小鬼や砲台小鬼の迎撃圏内の遥か内側だった。保守的ながら効果的な低空からの進入で地上電探警戒棲姫の索敵網を掻い潜った四機に対して、遅れに遅れた迎撃を開始する対空小鬼と砲台小鬼の対空射撃が、景雲改四機を追う。四機の後方で対空弾の炸裂する黒煙が瞬き、青空が黒く汚される。
「大当たり」
アウル隊を率いるアウル1は、空一杯に広がり始める対空砲火の黒点を見て、ほくそ笑む。対空小鬼や砲台小鬼自体の対空捜索能力はそれ程広くはない。少なくとも今ここにいるアウル隊を察知できるほど、目も耳も鼻も良くはない。補足出来るとしたら、地上電探警戒棲姫の様な広域索敵能力に優れた地上型深海棲艦に絞られるし、この低高度を飛ぶアウル隊を補足出来るとなれば、それはもう地上電探警戒棲姫以外考えられない。
高度を上げて、手当たり次第に空へと放たれる対空砲火に留意しつつ、アウル隊はポンツァ諸島の全域を飛び回る。島の最高点であるモンテグアルディアに陣取る地上電探警戒棲姫を目視で確認したアウル1は操縦桿を左右に振って、僚機に向かってバンクすると、爆撃コースのIPへ僚機と共に向かった。
慌てすぎて狙いが正確ではない対空砲火を尻目に、四機の景雲改は爆弾投下コースに乗る。後席員妖精が高度と速度を通知する中、次第に不正確な対空砲火が距離を縮めて来る。
≪対空砲火が掠めやがったぜ!≫
≪囮となって引き付けてくれても良いんだぞ?≫
≪馬鹿野郎、デカいのを食らわすのはこっちだ≫
冷や汗をかくアウル3にアウル2が軽口を叩き、噛み付く様にアウル3が返しながら近距離で炸裂した対空弾で煽られた機体姿勢を正す。
やがて縦一列に並んで突入した景雲改四機の操縦席の航空妖精が「てぇッ!」と叫んだ直後、景雲改の胴体下に抱えられていた八〇〇キロ対地爆弾が切り離され、トスの要領で爆弾が投じられる。
そのまま地上電探警戒棲姫の頭上を航過した景雲改の後から四発の爆弾が音を立てて迫り、二発は直撃、二発は弾頭の近接信管を作動させ、地上電探警戒棲姫の目前で炸裂し無数の散弾となった爆弾の欠片を雨あられと叩き付けた。
空中炸裂(エアバースト)として吹き付けた無数の鉄片によって、地上電探警戒棲姫の最大の得物であるレーダーアレイに無数の破孔が生じ、ずたずたに切り裂かれたレーダーアレイが支えを失って倒壊する。破断した電源ケーブルが火花を散らして地面をのた打ち回る所へ、地上電探警戒棲姫の本体に爆弾二発が突き刺さり、一瞬の間をおいて爆発した。
内側から膨れ、はじけ飛ぶように爆散して果てた地上電探警戒棲姫の上げる黒煙が、空高く上がり、旋回してBDAを確認する景雲改の航空妖精は、爆撃効果「大」と判定し、帰投コースに移った。SEAD攻撃を成功させたアウル1が母艦である伊吹との距離をある程度詰めてから低出力の通信波でポンツァ諸島の地上電探警戒棲姫の無力化を宣告した。
ポンツァ諸島の地上電探警戒棲姫が無力化された事で、深海棲艦地中海艦隊は南部戦線の早期警戒網を喪い、艦娘艦隊に対する警戒の目を喪った。ポンツァ諸島の仲間から空爆を受けた事を知らせる連絡が入った事で、即座に即応、臨戦態勢に移行した深海棲艦地中海艦隊空母機動部隊第一群、第二群がCAP機を発艦させた始めた時、艦隊とは別行動を取るピケット艦を担うニ級から艦娘艦隊の航空部隊接近を知らせが入った。
それこそフォン・リヒトホーフェンが放った二四機の攻撃隊だった。単艦行動を行うニ級を無視して、偵察機が位置情報を送って来た海域へと進出した攻撃隊は、眼下の赤い海面に白い六本の航跡を引く空母棲姫と軽空母ヌ級を中核とする空母機動部隊を発見する。
≪カエサル1より全機、目標ビジュアルコンタクト。カエサル、ドーラ各機、我に続け≫
編隊長を務めるコールサイン・カエサル1のTa483の航空妖精が、Ta483 一二機で構成された中隊を率いて空母機動部隊への攻撃に移行する。ドーラのコールサインで呼ばれるMe462の中隊一二機は、低空へと舞い降り、胴体下に抱いている魚雷投下態勢に移行する。
マリョルカ島沖海戦では制空戦闘機隊として運用されたTa483も、今回は五〇〇キロ爆弾を抱いていた。深海棲艦も対空レーダーで捕捉した攻撃隊に対して、まず先んじて高角砲や主砲による対空射撃を開始する。近接防御の対空機関砲はまだ射撃を始めていない。
流石は空母機動部隊、それも深海棲艦地中海艦隊の中でも高脅威目標(HVT)足り得る脅威度と言うべきか、随伴の大型駆逐艦ナ級、防空巡ツ級の対空射撃は苛烈だ。空一杯に太鼓を連打した様な砲声が轟き、深海対空レーダーで精確に照準を合わさせられたナ級とツ級の砲撃が、Ta483とMe462の傍に対空弾を送り込んで来る。
更にフォン・リヒトホーフェンの放った攻撃隊を深海猫艦戦改がフルスロットルで追撃し、魚雷投下の為に速度を落とさざるを得ないMe462の背後を奪う。Me462の取れる手段は超低空飛行する事だった。低空を飛ぶほど、攻撃にかけられる時間が限られ、連射しずらくなる。必然的に狙いが甘くなりがちだ。
超低空飛行するMe462の航空妖精が高度計を凝視し、敢えて背後を振り向かずに操縦桿を慎重に操る中、後方から射撃音が鳴り響き、銃弾がふらふらと追いすがって来る。攻撃の為の進入角が深すぎた為か、深海猫艦戦改の射撃は短く、早々に引き起こしてリアタックに移行していた。
照準器と高度計を神経質に見やりながらMe462の編隊長、ドーラ1の航空妖精は全機に「被害報告」とだけ告げる。僚機全てから異常なし、被弾無しの返答が返される中、カエサル隊のカエサル12からリアタックして来る深海猫艦戦改の警告が飛ぶ。今度はなるべく高度を落として、射撃可能な時間を長めにとる筈だ。
「全機、一旦魚雷投下態勢を解除、速度を上げて敵艦隊の内懐に飛び込め」
スロットルレバーに手をかけ、軽く押し込みながらドーラ1はヘッドセットに吹き込む。肉を切らせて骨を切る、とでも言うべきか敵の迎撃機を敵艦隊の対空砲火で寄せ付けなくさせる戦術だった。敵艦隊の猛烈な対空砲火は逆に味方の深海猫艦戦改の迎撃を阻害すると言う結果になる。
無論、その弊害はある。速度を上げると言う事は必然的に魚雷投下に必要な安全速度を超過するので、魚雷投下不能になるし、敵艦に接近すればする程、旋回性の悪いLTF5d空対艦誘導魚雷は躱されやすくなる。射程距離一杯から少し余裕を持たせてから投下して低い旋回性と誘導性を補うのがLTF5d魚雷の射撃方法だったが、今回はそれに構っていられない。
≪ドーラ1より各機、目視で精確に雷撃を実施せよ。魚雷の誘導装置は当てにするな≫
照準器を直に覗き込みながらドーラ1妖精は魚雷投下に用いる操縦桿の兵器投下ボタンに意識を向けた。右手の人差し指で安全装置を解除するボタンを押し、親指を兵装投下ボタンに寄せる。対空砲火の衝撃で間違って押し込まない様にまだ指を寄せるに留める。
ナ級とツ級から大口径の対空機関砲が射撃する曳光弾の火箭が飛来し始め、更に空母棲姫、ヌ級の近接防空砲である機関砲も撃ち出す。真っ赤な飛沫がキャノピーの向こうの視界を覆いつくし、右に左に上下に掠めて行く。何時被弾してもおかしくはないが、Me462のドーラ隊は怯まず吶喊を続ける。
≪カエサル1、爆弾投下≫
ヘッドセットから対空砲火を浴びずに済んでいたカエサル隊が爆撃を開始していた。緩降下爆撃で投下、切り離された五〇〇キロ爆弾が落下音を上げながら降り注ぎ、ドーラ隊の雷撃に警戒して回避高度を取っていた空母機動部隊の動きを制限する。魚雷と爆弾、どちらを食らっても損傷は免れない。特にヌ級は装甲が脆いので爆弾一発でも発着艦機能の喪失につながる恐れがある。
爆撃と雷撃の同時攻撃に、どちらを回避すべきかと迷いを見せた深海棲艦空母機動部隊の頭上から、爆弾が着弾する。猛烈な弾幕をドーラ隊に浴びせていたナ級一隻が被弾し、黒っぽい破片と火炎、黒煙を散らして炎上し始め、それまで活火山の如く射撃を行っていた対空機関砲や連射していた主砲が機能を停止する。随伴護衛艦の一隻が無力化された事で、深海棲艦空母機動部隊の対空防御に穴があいた。
結局、もたもたしている内に空母棲姫に五発の爆弾が、残るナ級にも二発の爆弾が命中した。
空母棲姫はその頑強な堪航性で辛うじて耐えたが、ナ級は粉砕された艤装の破片と黒煙を上げて、徐々にその行き足を止めた。
その隙をついて接近するドーラ隊に、ナ級が戦闘不能になった穴を埋める様にツ級が回り込んできて対空射撃を開始するが、既に時遅い。
≪発射!≫
兵装投下ボタンを親指で押し込み、緩やかに機首を上げつつスロットルレバーも緩やかに押し込むドーラ1以下、ドーラ隊の航空妖精が狙いを定めた目標へ一二本のLTF5d魚雷が宙を舞い、海中へ飛び込み、スクリューを回して吶喊する。
洋上に浮かび上がる航跡を目視確認した空母棲姫が艤装と飛行甲板を傾けて急旋回しながら雷撃を躱しにかかる。随伴護衛艦のツ級とナ級、それにヌ級も回避行動を取り、迫り来る白い殺人鬼を躱そうと身をよじる。
魚雷を投下したドーラ隊は戦果確認する前に、まずは離脱を優先していた。深海猫艦戦改に上昇中の無防備な機動力も発揮できない所を狙い打たれる可能性がある。なるべく低空の段階で速度を上げて、上昇時に失う運動エネルギーを少しでも減らす為に、加速をかけるのだ。
速度計がぐるぐると回転し、メーターが数字の数を増やしていくのとバックミラーを見て、頃合いよしと頷いたドーラ隊は上昇に転じる。深海猫艦戦改は尚もフルスロットルで追撃して来るが、瞬く間に高高度へ上昇して行ったMe462の後を追う事が出来なかった。息切れして、ストール(失速)して行く深海猫艦戦改達が機首を海面の方へ反転させた時、ドン、と言う鈍い音と爆発の火焔、そして水柱と共にヌ級二隻にそれぞれ二本、空母棲姫にも二本、魚雷が命中した事を示す水柱がそそり立つ。
紅蓮の火焔がヌ級二隻を包み込み、急激に横転していく軽空母の上げた黒煙に隠れる様に、空母棲姫も左舷に傾き、停止する。カエサル隊の爆弾複数発を既に被弾して、艤装上から火災の炎を上げていた空母棲姫の舷側を二本の魚雷が食い破り、抉り取る。破孔からの大量の海水が空母棲姫の艤装内に雪崩れ込み、徐々に左舷側へと空母棲姫の巨体が傾いて行く。ヌ級の様に即座に転覆はし無さそうだが、傾斜具合から言って艦載機の発着艦は困難になったと言える。
兵装を使い果たしたドーラ、カエサルの二個中隊は、上空で編隊を組み直すと、一路フォン・リヒトホーフェンの方へと帰還の進路を取る。偽装の航路を取らずに、母艦艦娘へ直行する帰路を辿るのは、カエサル、ドーラの二隊が攻撃した空母機動部隊の後方に控えるもう一群の空母機動部隊の注意を敢えて引く為だ。亜音速で飛ぶTa483とMe462の後を、もう一群の空母機動部隊から発艦した深海棲艦偵マーク4が追跡を開始していた。
バックミラー越しに、自分達の背後から深海棲艦偵マーク4の黒点の様な機影が追って来るのを確認したカエサル1は、一抹の不安を感じていた。確かに今回の任務の性質上、深海棲艦の猛攻を受ける事は任務の前提と言えるが、深海棲艦の偵察機に触接されて、その誘導を受けた攻撃隊が波状攻撃を敢行して来たら、一体どれ程防ぎ切れるか。
かと言ってあの偵察機を撃墜する為の兵装も燃料も無い。機関砲は対艦攻撃兵装の為に今回は敢えて搭載していないので、空中戦も出来ない。何より、Ta483とMe462の機動力では深海棲艦偵マーク4の機動力に追従できない。深海棲艦の艦載機各種に対して旋回性で大きく劣っているのがTa483とMe462の実情だ。ジェットエンジンの高速化の恩恵の代償に、この二機種は旋回性を苦手としていた。
早めに帰還して、対空兵装を積んで防空任務に備えられれば、と思いながらカエサル1達は帰路を急いだ。
「フェーザント1-3より入電、新たな敵艦隊確認。超巡ネ級改Ⅱ二隻、軽巡へ級flagship級改一隻、大型駆逐艦ナ級三隻、敵艦隊の展開位置は……」
赤い海の中を進む第三三戦隊の最後尾で、瑞鳳が低出力の艦隊内通信に自身の艦載機が発見して来た深海棲艦艦隊の陣容と位置座標を共有する。現時点で確認出来たのは一二群、内二群は連合艦隊編成の一二隻なので、発見した深海棲艦艦隊の数は七二隻に上る。
発見できた深海棲艦艦隊の位置を戦術タブレットにマーキングしながら、愛鷹はその全ての艦隊に依然としてス級の姿が無いに違和感を覚えていた。ス級が一隻か二隻を中核とした艦隊の一つや二つはあっても可笑しくはない筈なのだが、未だに発見の報は入らない。
最も、第三三戦隊の通ったルートや、瑞鳳の偵察機の飛行コースはいずれもアンツィオそのものへの触接を行っていない。つまり。アンツィオに籠って迎撃の布陣を整えているのだとしたら一応の納得はいく。
「ス級の姿が無いですね……」
怪しむ様に蒼月が言う。巨大艦であり、尚且つ異常なまでの機動力を発揮するあのス級が見当たらないのは不自然だと言いたげな彼女に、愛鷹が慎重な口調で返す。
「深海棲艦地中海艦隊が燃料不足に陥っていると言う司令部の解析に基づくなら、かの巨大艦も燃料不足で自由に動かせない、と考えられます」
「満足に動き回れない程、燃料不足に陥っていて、艦娘艦隊に対する遊撃行動も出来ない、と言う訳ですか」
双眼鏡を覗き込んでいた眼を左腕で擦りながら、青葉が言う。
「やはり考えらる運用法となると、アンツィオ沖、或いはアンツィオの浜辺に座礁して固定砲台になっているとかでしょうか?」
「戦艦の利点を潰してるわよね、それって」
青葉の発言に、真っ当な視点から見た衣笠の言葉に、全員が確かにそうだと頷く。機動力を生かして戦うのがス級の特徴だったはずなのに、もし本当に固定砲台にしているのなら、余程動かす燃料が無いのか、それともアンツィオの守りを確実なものとする為なのか、それともこれまでの艦娘艦隊との交戦で、ス級がHVTと認定されている事を察知して、決戦戦力として温存の方針を取って隠匿されているのか。
偵察部隊として調べておく必要があるだろう。愛鷹は瑞鳳に振り返って、尋ねる。
「瑞鳳さん、アンツィオ沖に向けて偵察機を一機、向かわせる事は出来ますか?」
「丁度補給が終わったターミガン2-1が使えます」
「では、ターミガン2-1をアンツィオ沖へ派遣して敵情把握の実施を」
「了解です」
五分程して、瑞鳳の左腕に構えた飛行甲板を蹴って天山が一機発艦して行った。胴体下に抱いているTARPS(戦術航空偵察ポッドシステム)の重みで少し沈み込みながら空へと乗り出した天山が、火星エンジンの音を鳴らしながら上昇して、南東へと飛び去って行く。
鈍色を通り越して黒くなりかけている空の向こうへと飛び去る天山を見送った愛鷹は、黒くなりかける空と赤く染まる海との境界線に目を凝らす。深海棲艦の素のカラーは黒やダークグレーなので背景となる空に溶け込みやすいが、今この海域に展開する深海棲艦はいずれもelite級やflagship級揃いであり、何らかの固有のオーラを纏っている。これらelite級やflagship級等の固有のオーラは晴天下でもかなり遠目から目視可能な程目立つので、今のこの異様な風景の世界と化した地中海の海でも、視認可能範囲に入れば目視で確認出来るだろう
愛鷹の肩の上でも見張り員妖精が双眼鏡を手に警戒に当たっている。CICではCIC妖精が逆探のスコープを覗き、波長に変化が出ないかを常に確認していた。最も深海棲艦地中海艦隊のど真ん中を航行しているだけあって、既に逆探には拾いきれない程のレーダー波が検知されているので、その荒ぶる波長の中から特に大きく反応するものを確認する作業になっていた。波長が大きくなる程、レーダー出力を大きく逆探知していると言う事になり、それ即ち近い所に深海棲艦地中海艦隊の一群が展開していると言う事になる。
第三三戦隊を先導する愛鷹は航空偵察で判明した敵艦隊と一定の距離を確保するルートを構築しながら、ウェイポイントを設定していた。大まかに事前に設定していたウェイポイントを経由しつつ、進路上に深海棲艦地中海艦隊の一群がいる場合は適宜進路変更を行っていた。あくまでも情報収集が目的であり、戦闘は二の次なのが第三三戦隊の任務だ。
とは言え、航空偵察もすべての海域を網羅出来ている訳では無い。航空偵察で捜索した際は居なかったが、時間差で哨戒艦隊が元の位置に戻って来ていた、或いはその場を離れていて航空偵察で発見出来ていなかった、と言うパターンも充分あり得る。航空機は基本その場に留まり続けるのが難しいから、どうしても固定配置でない限りは見逃す可能性がある。
そろそろウェイポイントを更新しようかと愛鷹が水平線を凝視していた時、右舷前方の水平線上に赤く光るオブジェクトと黄色く光るオブジェクトが見えた。
「右三〇度、水平線上に艦影らしきものを認む。ウォッチ、何が見えます?」
自身も双眼鏡を取り出してレンズを覗き込み、倍率を上げながら見張り員妖精に問うと、愛鷹の見張り員妖精は、短くだが最も分かりやすい一言を叫んだ。
「コンタクト! 右三〇度に軽巡へ級改flagship級一、大型駆逐艦ナ級elite級五を確認。的針223、的速一五から一八ノットとみられる」
「全艦、対水上戦闘用意。右砲雷同時戦用意」
戦闘配置のベルが鳴り、愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月が主砲を構え、砲戦の構えを取る。夕張と深雪、蒼月は更に魚雷発射管もアクティブにして、砲雷同時戦、即ち砲撃戦と同時に魚雷戦も行えるように備える。相対速度が速すぎるので、魚雷を命中させるのは難しい環境だが、砲雷同時戦が下命された以上は備える必要がある。
戦闘配置を発令した愛鷹の右側の主砲艤装で三連装主砲と連装主砲それぞれ一基が、右へと鎌首を回し、へ級改に砲口を差し向ける。
「愛鷹の目標、敵軽巡へ級改」
左目にかけているHUDにレティクルがヘ級改に合わさり、そのレティクルの横に風向、湿度、相対距離、相対速度と言った諸々の諸元が表示される。表示される数字の濁流を素早く読み取って、右手で操作するジョイスティックで砲口の射角、仰角を調整し、親指でマスターアームボタンを押す。レティクルが赤く光り、ロックオンを示す。
二基の主砲塔内では一式徹甲弾改と装薬が弾薬庫から上げられて来て、ラマーで押し込まれ、尾栓が閉鎖されると、発砲用意良しのブザーが鳴り響き、レティクルの赤い縁が二重丸に変わる。主砲装填完了、撃ち方用意良しの表示だ。
HUDに二番艦青葉から六番艦蒼月までの全員が、主砲撃ち方用意良しとデータリンクで準備良しの情報が共有されてくる。全艦砲撃用意良し、と確認した愛鷹は、レティクルを左目で見据えて凛と張った声を発した。
「旗艦指示の目標、主砲、撃ちー方始めぇ! 発砲!」
愛鷹の二基の主砲の砲口が一瞬の閃光と共に目くるめく火焔を迸らせ、砲声と共に第一主砲の右砲と左砲、第二主砲の右砲の砲身が黒い砲煙を吐いて勢いよく後退する。
「青葉、撃ち方始めました」
「衣笠、撃ち方始めました」
「夕張、撃ち方始めました」
「深雪、及び蒼月、撃ち方始めました」
見張り員妖精から後続の五人も射撃を開始した事を告げる知らせが上げられて来る。自身の砲声に隠れて聞こえなかったが、愛鷹の発砲と同時に第三三戦隊の瑞鳳以外の全員が砲撃の火蓋を切っていた。
宙を大中小の砲弾が駆け抜け、空を切り裂いていく。先手を打った艦娘艦隊に反応した深海棲艦艦隊が応射を開始し、水平線上に発砲炎が瞬く。
「砲口炎見ゆ! 右舷三〇度!」
愛鷹の肩の上で見張り員妖精が叫ぶ中、もう一人の見張り員妖精が「だんちゃーく、今!」と叫び、水平線上に浮かぶへ級改の傍に、三つの大きな水柱が突き立つ。一瞬遅れて青葉型の二人、夕張、そして深雪と蒼月の主砲弾が落着し、ナ級の周囲に着水の水柱を立ち上げた。
「全弾、近。修正仰角+三、延伸左に一五」
「修正中」
見張り員妖精が着弾位置を報告し、愛鷹がジョイスティックを慎重に操作して、諸元の修正を行う。機械の作動音、アクチュエーターの稼働音を立てて主砲が微妙に射角、仰角を修正し、未発砲の第一主砲の中砲、第二主砲の左砲がへ級改の未来予測位置へと砲口を向けなおす。
「修正よし、撃ち方用意良し!」
砲術妖精がCICからヘッドセットを介して叫び、再度発砲前のブザーの音が艤装上を駆け抜ける。
「撃ちー方始め!」
二回の砲声が轟き、撃ち出された二発の四一センチ砲弾が、空気を切り裂き、衝撃波のショックコーンを形成しながらへ級改へと飛翔して行く。
入れ替わる様にへ級改の中口径主砲弾が愛鷹の傍に着弾する。散布界はまだ甘いが、強装薬で撃っているのだろうか海中に突っ込んだ時の勢いが中々に強い。海中で爆発して海面へ、上へと逃げた爆発の力が白い水柱となって吹き上がり、飛沫の雨を愛鷹の頭上から降らす。霧雨の様な飛沫を払いのけながら前進する愛鷹の第一主砲の右砲、左砲、第二主砲の右砲が再装填を終えて水平にしていた砲身を再度大きくもたげてへ級改の未来位置を睨みつける。
第二射が着弾するのを見張り員妖精と愛鷹の目が捉える。青葉以下の五人の砲撃がナ級の周囲を囲う様に着弾する中、一際大き目な水柱がそそり立ち、へ級改の前後を挟む。
「挟叉を確認」
「第二射で挟叉は幸先良いわね」
最も第三射も同じ結末にならないと言う保証が無いが、と心の中で付け加えながら、愛鷹は第三射目を放つ引き金を引き絞った。
三発の砲声が鳴り、砲煙と衝撃波が愛鷹の右前面を覆う。衝撃波によって凹まされた赤い海面を通った愛鷹の右脚が沈み込み、軽くだが彼女の姿勢が右に傾く。主砲の砲口から熱く熱された砲身を冷やす冷却水が放出され、再装填の為に砲身が水平へ戻されていく。
へ級改の相次いで飛来するが、第三三戦隊の速すぎるのもあってか、今のところは後追い射撃になっておりその多くが後方手前や奥に着弾している。自分に当たらないのは良いが、自分を狙って外れた一撃が後続の青葉に直撃しないか、そこが愛鷹として気になっていた。いずれにせよその内、後追いの照準も修正されて見越し射角を取って未来位置に砲撃を送り込んで来るだろう。
そう思っていた時、深雪の前面にナ級の砲撃が着弾し、諸に水柱に突っ込んだ深雪が海水を浴びて軽く悲鳴を上げる。
「うわっぷ!? しょっぺえなあ」
発砲時の衝撃を逃がす為に常時開けている口にしこたま硝煙交じりの海水が流れ込み、八割方塩化ナトリウムと塩素を含む海水に噎せ、唾交じりに吐き出しながら、その塩辛さに深雪は渋面を浮かべた。
「海水はしょっぱいものでしょ」
今更何を、と言う顔で瑞鳳が言う。先行して前を進む六人を狙って外れた水柱の飛沫を大量に浴びたせいで、既に瑞鳳は全身ずぶ濡れだった。防護機能である程度の防水性能は発揮しているとは言え、完全防水と言う訳では無いから、濡れる時は濡れる。
「口にしこたまがぶ飲みしかけたんだよ。塩の塊を口に突っ込まされた気分だぜ」
なお口内に残る塩気に苦々しい顔を浮かべながら、深雪は主砲を構え直し、ナ級を狙う。ホロサイト越しにナ級の姿を補足し、ゼロインを調整して人差し指で引き金を引き絞る。先頭で砲撃を行う愛鷹のそれよりも遥かに小さいが、装薬は多目で初速は速く、非常に鋭い砲声を響かせて、深雪の両手に持つ一二・七センチ主砲から四発の砲弾が撃ち出されていく。
照準が次第に洗練されていく愛鷹を覗き、第三三戦隊の砲撃を行う五人の狙いは、何度斉射を放っても中々至近弾を送り込む事が出来ていなかった。速度を落とさずひたすら全速で進んでいる関係上、波の動揺を激し目に受けているから、狙いが余り安定しないのだ。大型艦な分、性能の高いスタビライザーを内蔵する愛鷹の主砲は兎も角として、青葉と夕張、衣笠、そして蒼月、深雪と言う順に砲の安定性は墜ちていた。
最大速度で同航戦を演じる第三三戦隊に対し、有効打を得られない深海棲艦艦隊は苛立ったのか、突如右に旋回を始めた。魚雷発射の挙動だ。へ級改、ナ級の雷撃戦の照準の精度、そして威力は共に高い。一発でも当たれば作戦行動に支障が出るレベルの大損害を被る。
「敵艦魚雷発射! 全速を維持しつつ、各艦適宜回避運動!」
ヘッドセットを左手で押さえながら叫ぶ愛鷹の視界に、恐らくへ級改が放ったであろう雷跡が、海中を疾駆して愛鷹の脚を食いちぎらんと迫って来るのが見えた。
「雷跡確認、的針244、的速四〇ノット! 雷数四!」
「愛鷹、こちらソーナー、聴音探知、見張り員と同じ諸元で魚雷接近中、雷数も同じ」
見張り員妖精とCICの水測員妖精の両方が、魚雷の接近を愛鷹に知らせる。
「見えてる! 舵そのまま、前進一杯!」
航跡を伸ばして来る魚雷を凝視する愛鷹の視界に、白い線が伸びて来て、愛鷹と青葉の中間を一本、二本、三本とすり抜けていく。四本目が青葉から五メートルと離れていない所をすり抜けた時、左に舵を切って回避を試みる青葉の前後をナ級が放った魚雷が挟み込む様にすり抜けていく。同様に左に舵を切った衣笠、夕張、深雪、蒼月とその前後を前後を白い航跡が過ぎ去っていき、何発かは弾頭のセンサーが艦娘艤装を探知して、五人の近くで起爆する。
「置き土産にもう一発!」
その言葉と共に愛鷹の主砲が轟音を放ち、斉射した四一センチ主砲弾が唸り声を上げて、曇天の空を掻き切った。
弾道は緩やかな弧を描いて、へ級改に結び付き、着弾の閃光を放ち、遅れて爆発音を響かせた。二本の水柱がへ級改の前と後ろを挟む様に突き立ち、一方外れ弾にならず、直撃弾となった三発がへ級改の艤装と本体を打ち砕いた。
紅蓮の炎と黒煙、それに吹き千切られた艤装の破片を噴き上げたへ級改が大火災を起こしながら左舷に傾き、行き足を止めて行く。火災が発生した艤装上で早くも誘爆の爆炎が上がり、真っ赤な炎がへ級改の艤装全体を覆い始める。気のせいか、警報音の様なものが聞こえた時、鈍い衝突音が聞こえ、回避が遅れたナ級二番艦が大破炎上するへ級改の艤装に追突していた。
「止めを刺しますか?」
魚雷発射管を右舷に指向しながら蒼月が聞いて来るが、愛鷹から返されたのは「撃ち方止め」の一言だった。
「残存するナ級が近くの機動艦隊に私達の事を通報している可能性があります。増援が来る前に現海域を離脱します」
「青葉了解。意見具申、艦隊の陣形を警戒陣に移行する事を具申します」
次席旗艦らしく戦術的な具申をして来る青葉に、愛鷹は即座にそれを了承した。
「許可します。艦隊、陣形転換。蒼月さんは左翼、深雪さんは右翼へ展開、青葉さんは前衛、衣笠さん、夕張さん、瑞鳳さんは後衛へ展開」
「了解!」
六つの応答の連鎖が返され、即座に陣形が変わる。五番艦と六番艦と後衛についていた深雪と蒼月が愛鷹の両翼に展開し、二番艦のポジションについていた青葉が最前衛に出て、三番艦の衣笠、四番艦の夕張、七番艦の瑞鳳が一番艦から二番艦に変わった愛鷹の後方に布陣する。
「先導します、青葉に付いて来てください」
我に続けのハンドシグナルを左手で回しながら先導に立つ青葉の跡を愛鷹達が続く。愛鷹の艤装内では予備の舵を握る航海科妖精が「青葉の跡、ヨーソロー」と掛け声をかけながら、愛鷹の思考を反映して自動的に動く舵の向きを確認する。
へ級改を撃破、ナ級一隻を衝突損傷させて離脱した第三三戦隊の元へ、アンツィオ沖の深海棲艦の陣容を航空偵察したターミガン2-1から一方通信が入った。
トンツーとモールス信号に変換されて送れらて来た暗号通信の内容を、リアルタイムで解読した愛鷹の顔が、みるみる青ざめて行った。愛鷹の顔面が目に見えて強張り、引き攣るのを察した深雪と蒼月が普段滅多に取り乱さない愛鷹が顔を青くする理由を悟った。
「敵艦隊陣容。駆逐艦級と思われる未確認の棲姫級一隻、その周囲にス級elite級三隻、その前衛に戦艦棲姫六隻、戦艦水鬼六隻。空母棲姫六隻、超巡ネ級改Ⅱ六隻、軽巡へ級改六隻、同ト級flagship級二隻、ツ級flagship級四隻、大型駆逐艦ナ級二〇隻、ニ級改後期型flagship級四隻、PT小鬼群多数。ス級無印型は確認出来ず」
口元を震えさせながらも、展開する深海棲艦の全てを読み上げた愛鷹の言葉に、全員が険しい表情を浮かべた。
「ス級elite級だけでも充分厳しいのに、戦艦棲姫に戦艦水鬼、空母棲姫、超巡ネ級改Ⅱがそれぞれ六隻ずつ。フルコースですね」
「それだけじゃないわ。ト級flagship級が二隻にflagship級のツ級が四隻って事は、それイコール鉄壁の防空艦二隻、それに準ずる防空艦四隻、と言う事よ。恐らくはこちらの航空攻撃はほぼほぼ無力化出来るわね」
こめかみと眉間の両方に冷や汗を浮かべて言う青葉に、航空機運用の専門家からの着眼点からの見識を瑞鳳が述べる。
「ト級flagship級とツ級flagship級、ってどれ程の防空能力なんです?」
実際に会敵した事がない蒼月が聞くと、何度となく対決し、手酷い目に遭わされた経験のある瑞鳳が、己の経験談を基に語った・
「私の航空団なら一隻で余裕で消し飛ばせられるくらいの防空能力よ、文字通り航空隊が溶けるの」
「うわぁ……」
文字通り絶句する蒼月の反応は当然と言えば当然であった、ト級flagship級とツ級flagship級、このコンビが組み合わさった海域に対する航空攻撃は文字通り通用しないと言っても過言ではない。それ程に加減を知らない鉄壁の対空防御網を誇るのだ。加えて対空火力の高いス級elite級も三隻、恐らくは深海棲艦地中海艦隊の総旗艦を担っていると思われる棲姫級の直掩についていると見られる布陣からして、航空攻撃隊を送り込むだけ無駄、と言うレベルだろう。
そうなれば艦娘艦隊が取れる手段は砲撃戦と雷撃戦だが、ス級は無論の事、戦艦棲姫、戦艦水鬼、ネ級改Ⅱ、ナ級とある意味最恐コンボと言える深海棲艦が多数展開しているから、この強固な防衛線を突破するだけで、何隻かの艦娘が脱落する事になるだろう。辛うじて辿り着いた先でも、重装甲のス級やそれに準ずる打たれ強さを誇る棲姫級、水鬼の群れが待っている。
「これが敵に残された最後の艦隊戦力だったら、まだ勝利への賭け倍率は下がったのだけど……」
そう呟く衣笠の言葉は、他にもこれに準じる戦力を有した深海棲艦地中海艦隊の分艦隊が多数、このアンツィオ沖に展開して、本艦隊との艦隊戦を控えていると言う事だった。
その時、何かに気が付いたように青葉が口を開いた。
「そう言えば、無印のス級は? 奴一隻だけ行方が分かりませんよ? あのデカブツは今どこに……」