最新鋭艦を駆る宇宙海賊シーマ・ガラハウの圧倒的な力の前になす術なく敗れ、乗艦である次元警邏艦『オベロン』を失ったフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
「殺す価値すらない」と嘲笑と共に見逃された屈辱と、命を救えなかった自責の念に押し潰されそうになっていたフェイトだったが、なのはやはやてたち親友の言葉、そして離れて暮らす家族たちとの温かい絆に触れることで、焦りや迷いを振り払い、「指揮官としての真の強さ」を手に入れることを誓う。
一方、ミッドチルダの西部地方にある実家で羽を休めていた副長兼戦術長のチンクもまた、家族の愛情から再び立ち上がるための活力を得ると共に、元管理局員であるシーマが抱く「組織への底知れぬ憎悪」の謎を解き明かす決意を固めていた。
そんな中、図らずも与えられた休暇の中で、フェイトはかつての母艦『ガイア』の設計主任であった造艦技師ヴェルタンと再会する。
彼に案内された辺境の保護世界スプールスの地下ドックには、無能な上層部の目を盗み、技術者たちが極秘裏に建造していた次世代強襲母艦の姿があった。
圧倒的な機動力と艦載機運用能力を誇るその美しい新造艦に、フェイトは「希望」を意味する『ナディア』という名を与える。
新たなる刃を託されたフェイトとチンクは、この幽霊艦を正式な次元警邏艦として表舞台へ引き上げるべく、管理局の監査の隙を突く裏工作へと動き出した。
そして現在、ミッドチルダの首都クラナガン。
とある局員宿舎の一室で、フェイトとチンクは、山のように積まれた電子デバイスとホログラムスクリーンに囲まれ、ひっそりと、しかし熾烈な戦いを繰り広げていた。
「……よし、第35艦隊の余剰資材廃棄リストの改竄、完了。これでナディアのメインジェネレーターの出所は『正規の廃棄手続きを経て再利用されたもの』として処理されます。あとは、艦政部の監査部局のデータベースに、このダミーの艦籍登録コードを紛れ込ませれば……」
チンクの指先が、目にも留まらぬ速さで空中の仮想キーボードを叩き続ける。
彼女の目の前には、管理局の複雑怪奇な規約と監査システムの抜け道を示すデータが、滝のように流れていた。
「お疲れ様、チンク。本当にごめんなさい、こんな面倒な裏工作までさせてしまって……」
温かいコーヒーの入ったマグカップを差し出しながら、フェイトは申し訳なさそうに眉を下げた。
「気になさらないでください、艦長。むしろ、無能な上層部のシステムの穴を突くのは、パズルみたいで案外楽しいですから」
チンクはニヤリと笑い、受け取ったコーヒーを一口すする。
「現在の管理局は、ディンギルとエルトリアでの損失、そして例の量産艦計画のせいで各部署の連携がボロボロです。この混乱に乗じれば、スプールスの地下ドックに眠る『ナディア』を、正規の次元警邏艦としてシステム上に潜り込ませることは十分に可能です」
「ありがとう。チンクがいなかったら、ナディアが正式に次元の海を飛ぶための許可を取るだけで、何年もかかっていたかもしれない」
「私は副長兼戦術長ですから。艦長が戦いに集中できるようにお膳立てをするのが、私の仕事です……で、本題ですが」
チンクは空中のスクリーンをスワイプし、幾つもの顔写真と経歴が並んだ人事ファイルのリストを展開した。
「ハード(艦)の準備の目処は立ちそうですが、問題はソフト……つまり、ナディアを動かす『乗員(クルー)』の確保です。あのシーマの艦に対抗する以上、寄せ集めの素人や練度の低い人員では、オベロンの二の舞になります」
その言葉に、フェイトの表情が引き締まった。
圧倒的な機動力と艦載機運用能力を誇る強襲母艦ナディア。そのポテンシャルを最大限に引き出すには、各セクションが阿吽の呼吸で連動できる熟練のクルーが不可欠だ。
「幹部乗員たち……操舵長や機関長、通信長たちについては、すでに連絡を取り終えています。彼らは全員、二つ返事でナディアへの異動を承諾してくれました」
「えっ……? でも、オベロンの大破で、みんな心身共に深く傷ついていたはずじゃあ……?」
驚きに目を丸くするフェイトに、チンクは誇らしげな笑みを向けた。
「艦長は、ご自身のカリスマ性を少し過小評価しすぎです。彼らは、最初の乗艦であった『イゾルデ』から『オベロン』へ艦を乗り換える際も、あなたを慕ってついてきてくれた連中です。私が『艦長が、あの宇宙海賊をブチのめすための新しい艦を手に入れた。乗るか?』と聞いただけで、『フェイト艦長が新造艦に乗るっていうなら、地獄の底までお供しますよ』って、息巻いていましたよ」
(みんな……)
フェイトの胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
敗北の焦りと恐怖に囚われそうになった自分を、まだ信じて、命を預けてくれる仲間たちがいる。その事実が、彼女に指揮官としての何よりの勇気を与えてくれた。
「……嬉しいな。彼らが各セクションをまとめてくれるなら、こんなに心強いことはないよ」
「ええ。幹部陣はこれで万全です。ですが、問題はその他の一般乗員たちです」
チンクは小さく息を吐き、リストの一部をハイライトした。
「連携を考えれば、極力『イゾルデ』や『オベロン』の時に苦楽を共にしたクルーたちをナディアに引き抜きたいところですが……イゾルデからオベロンに私たちが異動になった後、彼らも多くは別の艦での勤務や、地上施設への配属が決まってしまっています」
「そう……だよね。みんなにも、今の居場所や新しい任務がある」
フェイトは複雑な表情でスクリーンを見つめた。
あの宇宙海賊シーマ・ガラハウを追う任務は、極めて危険で過酷なものになる。すでに新しい配属先で平穏に働き始めている者たちを自分の都合で無理に危険な戦場へと引き戻すことはしたくなかった。
「無理な引き抜きはできない。でも、シーマの乗る『リリーマルレーン』を捕捉し、武装輸送船のような被害をこれ以上出さないためには、どうしても信頼できる練度の高いクルーが必要だわ」
「分かっています。ですから、人事局の配属システムを少しばかり『調整』して、イゾルデ時代のクルーたちに、極秘裏に『異動願いの打診』を送れるように手配しておきます。もちろん、強制ではありません。本人の意思を最優先し、参加を希望した者だけをナディアのクルーとして迎え入れます」
「……チンク、本当に何から何まで……」
「言ったでしょう? 徹夜で裏工作だってやってみせるって」
チンクはそう言って、再び仮想キーボードへと向き直った。
「――よし、これで『イゾルデ』時代の機関科チーフだったドルトン曹長の転属申請、こっそりルートに乗せました」
チンクはホログラムのウィンドウをパチンと弾いて閉じると、深く息をついた。
「ドルトン曹長が……? 彼は確か、オベロンが大破した後、別の巡航艦に配属が決まっていたはずじゃあ……?」
フェイトが驚きに目を見張ると、チンクは小さく笑みを浮かべた。
「ええ。ですが、私の送った極秘の打診メッセージを見た途端、彼は上司からの引き止めも無視して、速攻でこちらに連絡を寄こしてきましたよ。『フェイト艦長が再び旗を揚げるなら、俺の居場所はあっちのピカピカした新造艦より、あの人の隣だ』ってね」
「ドルトン……」
フェイトの胸の奥が、温かい波に打たれたように熱くなった。
かつての母艦『イゾルデ』、そして直近の『オベロン』。
荒海のような次元の海を共に駆け抜け、死線を潜り抜けてきたクルーたち。
彼らにとってフェイトという艦長は、ただの組織上の上官ではなく、命を預けられる絶対的な信頼の象徴だった。
しかし、だからこそフェイトの胸には複雑な葛藤もあった。
「……みんな、家族やそれぞれの生活があるのに。私個人の、シーマを追いたいという我儘に、また彼らを危険な戦場に巻き込んでしまうことになるかもしれないのに……」
俯き、拳を握りしめるフェイトの肩にチンクがそっと手を置いた。
「艦長。それは違います」
力強く、しかしどこか優しいチンクの声に、フェイトは顔を上げた。
「私たちが守りたいのは、自分勝手な復讐や私怨なんかじゃない。あの宇宙海賊シーマ・ガラハウが野放しにされれば、第二、第三の輸送船が襲われ、罪のない人々の命が奪われる。それは、管理局員としての正義であると同時に、私たちが愛する平和な日常を守るための戦いです」
チンクは自身の胸に手を当て、真っ直ぐな瞳でフェイトを見つめた。
「クルーたちもそれを分かっているからこそ、自分の意志であなたの背中を選んでいる。誰かに強制されたわけでも、言われるがままに動かされているわけでもない……私たち全員、艦長の背中が好きなのですから」
「チンク……ありがとう」
部下であり、最も信頼できる戦術長でもある少女の言葉に、フェイトは迷いの霧がすっかり晴れていくのを感じた。
そうだ、一人で背負い込む必要などない。
自分には、同じ痛みを分かち合い、同じ未来を信じてくれる仲間たちがいる。
その絆こそが、どんな強力な武装よりも強靭な、この艦(ナディア)の真のエンジンなのだ。
「一般乗員たちの調整も、これで大体めどが立ちました。すでに配属が決まっていた面々も、人事局のシステム上の『特例人事』と、これまでの功績を背景にした私の裏工作で、順次ナディアへの乗り組みが許可されるように手配済みです」
チンクは端末を操作し、完成間近となったナディアのクルーリストをフェイトに差し出した。
そこに並ぶ名前の一人ひとりが、かつてフェイトと共に戦い、笑い、涙を流した馴染みの顔ぶれだった。
「焦る必要はありません、艦長。ナディアが正式にスプールスのドックを出港するまでに、必ず最高のクルーを揃えてみせます。次こそは、絶対にあの女を逃がしはしない」
「ええ。私も、指揮官として彼らの命を背負う覚悟を、もう一度しっかり固めておく。今度こそ……みんなで、護り抜こう」
フェイトの黄金の瞳には、かつての焦燥は微塵もなく、仲間への深い信頼と、立ちはだかる悪意を断ち切るための静かで力強い決意の炎が揺らめいていた。
艦(ハード)の極秘建造、そして信頼すべきクルー(ソフト)の確保。次世代強襲母艦『ナディア』を起動させるための歯車は、着実に、そして力強く噛み合い始めていた。
時を同じくして、交わることのない別次元の『地球』。
惑星ディスティニーとの歴史的な平和同盟が結ばれたその星では、未来へ向けた熱狂と喧騒が渦巻いていた。
地球 日本 首都・メガロポリス東京。
銀河鉄道を受け入れるための巨大な中央駅とカタパルトレールの建設が進められる中で、都心部の一角でも、もう一つの歴史的な大事業が進行していた。
惑星ディスティニーから赴任してくる駐在大使を迎えるための『ディスティニー大使館』、および大使の護衛や軍事交流を担う駐在武官たちが生活するための『武官用居住区(寮)』の建設現場である。
「資材の搬入、急げ! 基礎の免震構造はディスティニー側の規格としっかりすり合わせたか!?」
現場監督の威勢の良い怒号が飛び交う中、作業員たちは汗だくになりながらも、その顔には晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「しっかしまぁ、まさか異星の大使館をこの地球本土に建てる日が来るなんてな。しかも、こんな立派なものをよ」
「ああ。ディスティニーの建築様式を取り入れたデザインなんだと。完成したら、東京の新しいシンボルになるぜ」
長い戦乱の歴史を経て、ようやく結ばれた平和同盟。
地球の人々にとって、未知の星からやってくる大使や武官たちは、警戒すべき異邦人ではなく、共に未来を歩む「友人」としての歓迎の対象だった。
彼らの顔には疲労よりも、未知の星との交流への期待と、平和な未来を築き上げているという確かな誇りが満ちている。
星と星の絆を形にするための作業に、誰もが誇りを持って臨んでいた。
一方、その同盟のもう一方の当事者である惑星ディスティニー――その中枢を担う『銀河鉄道管理局』の本部ビルでは、重々しい空気に包まれた会議室で白熱した議論が交わされていた。
「――地球に赴任させる『駐在武官』の選定ですが、結論から申し上げて、我々SDF(空間鉄道警備隊)から人員を派遣するほかに道はありません」
円卓の中心に立つ防衛局の幹部が、ホログラムモニターに地球の大使館と武官寮の完成予想図を映し出しながら言った。
「ご存知の通り、我が惑星ディスティニーには、他星で言うところの正規の『軍隊』が存在しません。星間治安維持や軌道上の防衛、要人警護の任は、すべて我々SDFとSPGが担っています。地球側もその事情は理解しており、SDFの部隊を駐在武官として受け入れることに同意しています」
幹部の言葉に、円卓を囲む各部隊の司令や局長たちが重々しく頷く。
ディスティニーの平和を守り抜いてきたSDFの誇り‥‥それを今度は、同盟国である地球との架け橋として示す時が来たのだ。
「問題は、どこの部隊を地球へ派遣するかだ」
銀河鉄道運行局長兼SDF司令官の藤堂平吾郎は腕を組みながら口を開いた。
「地球は、我が星にとって最も重要な同盟国となった。そこの大使館警備と武官の任を任せるとなれば、生半可な部隊では務まらん。地球側の軍や防衛組織とも連携を取らねばならないからな」
「ええ。そこで議題となるのが、地球駐在のための『新たな部隊』を新設して赴任させるか、それとも、実戦経験豊富な『既存の精鋭部隊』をそのまま派遣するか、です」
会議室に一瞬の沈黙が落ちた。
新設部隊であれば、地球の環境や文化に特化した訓練を積ませ、外交的な立ち回りに長けた者を選抜することができる。だが、寄せ集めの部隊では、いざという時の連携や危機対応能力に不安が残る。
一方、既存の精鋭小隊を派遣すれば、戦闘力やチームワークは折り紙付きだ。しかし、彼らはディスティニー本星や銀河鉄道の主要幹線の守りにも不可欠な戦力であり、長期間地球へ出向させることは、こちらの防衛力低下に直結しかねない。
「……私の意見としては、既存の精鋭を派遣すべきと考えます」
沈黙を破ったのは、歴戦の凄みを感じさせる初老の幹部職員であった。
「宇宙には我々人類が未だに理解できない現象があり、凶悪な犯罪者もいる。先の偽ビッグワン事件の宇宙海賊がいい例だ。地球への銀河鉄道乗り入れが始まれば、当然、そこを狙う輩が必ず現れる。武官の任務は、単なる式典の飾りではない。大使を守り、地球の防衛組織と共に最前線で血を流す覚悟と実力を持った『本物』でなければならない」
その言葉に、会議室の空気が一段と引き締まった。
「なるほど……ならば、SDFの中でもトップクラスの空間戦闘能力と、SPGに匹敵する白兵戦能力を併せ持つあの小隊か、あるいは……」
モニターには、SDFを代表するいくつかの精鋭小隊のエンブレムと彼らを率いる歴戦の小隊長たちの顔写真が次々と映し出されていく。
(地球という新たな舞台で、我らの誇りを示すのは誰か――)
星の海を繋ぐレールが敷かれ、異なる次元、異なる世界が交わろうとしている。
ミッドチルダで新たな刃を研ぎ澄ますフェイトたち。そして、地球とディスティニーで未来への扉を開こうとする者たち。
それぞれの場所で動き出した運命の歯車は、やがて来るべき巨大な嵐の中で、一つの巨大な奔流となって激突しようとしていた。
一方、その頃。惑星ディスティニーの市街地では――。
地球から派遣された特命全権大使たちは、いまだ地球本星からの帰還命令を受けていなかった。
そのため、彼らの護衛の要でもある宇宙列車二号の乗員たちも、当面の間はここ、惑星ディスティニーでの逗留を余儀なくされていた。
大使たちが滞在している高級ホテルは、ホテルの警備員とSDF(空間鉄道警備隊)の隊員、そして良馬たち宇宙列車の乗員と随伴の空間騎兵隊員が三交代制で厳重な警備を敷いている。
だが、今日の良馬はその警備担当から外れており、完全な非番であった。
(さて……どうしたものか)
ホテルのエントランスを抜け、ディスティニーの眩しい陽射しを見上げながら、良馬は小さく息をついた。
地球と惑星ディスティニーは歴史的な同盟を結んだばかりだ。同盟国の軍人である自分が街を歩くこと自体に何ら問題はないし、むしろ友好的な交流の一環とも言える。
しかし、いかんせん良馬はこの星の地理に全く不慣れだった。
折角の非番とはいえ、どこに何があるのか分からないまま、宛てもなく見知らぬ異星の街をぶらつくのは気が引けた。
「アレ? 月村さん?」
不意に背後から声をかけられ、良馬が振り向くと、そこには見知った青年の顔があった。SDFシリウス小隊に所属する有紀学である。
彼もまた、今日の朝までのホテル警備任務を終え、これから寮へ戻ろうとしていたところだった。
「ああ、学君か」
「どうしたんですか? こんなところで? どこかへお出かけですか?」
「今日は警備もなく休みなのだが、ディスティニーの地理が不慣れでね。どこに何があるのか分からなくて、出歩くのをためらっていたんだよ」
良馬が苦笑しながら事情を話すと、学は目を輝かせてポンと胸を叩いた。
「じゃあ、俺が案内しますよ! 色々いい店も知っていますし」
「でも、君はさっき仕事上がりだったのだろう? 疲れているんじゃないか?」
良馬は学の顔色を窺い、体力面を心配した。過酷な警備任務の明けだ、まずはゆっくり休むべきだろう。
しかし、学は白い歯を見せて屈託なく笑った。
「平気ですよ。少し寝れば大丈夫です。それに、月村さんを一人で街に放り出す方が心配ですから!さっ、行きましょう!」
その真っ直ぐな好意を無下にするのも悪いと思い、良馬は少しの申し訳なさを感じつつも、彼にガイドを頼むことにした。
学の案内で歩くディスティニーの街並みは、良馬の目にはとても新鮮に映った。
高度に近代化された科学技術が至る所に息づきながらも、決して無機質ではない。
豊かな緑や水路が都市計画に美しく組み込まれており、自然と技術が見事に調和していた。
地球のメガロポリス東京も近代的な大都市だが、ディスティニーの街並みの方が遥かに自然の息吹を身近に感じられる。
駅前の中央広場を歩いていると、売店の前で箒を持って掃き掃除をしている恰幅の良い女性の姿が見えた。
「絹子さーん!」
学が気さくに声をかけると、彼女――売店の店員である温井絹子が振り返った。
「おや? 学ちゃんじゃないか。お仕事の方はいいのかい?」
「ええ、今日は仕事上がりなんです」
二人がたわいない会話を交わしていると、絹子の視線が学の隣に立つ良馬へと移った。
「おや? そちらはお連れさんかい?」
「地球防衛軍所属の月村良馬です。お見知りおきを」
良馬が礼儀正しく頭を下げると、学も「地球から来ている大使の護衛をしている方なんですよ」と絹子に紹介した。
「あらまぁ、地球から! それは、それは遠いところをご苦労様。ディスティニーはいい所だから、ゆっくり楽しんでいってね」
絹子と軽く雑談を交わした後、良馬は学に案内され、生活必需品や食料品を扱う店舗をいくつか回って買い出しを済ませた。
そして昼食時。
「月村さん、ここのお店、すごく美味いんですよ!」
「‥‥」
と、学に連れられて入ったのは――赤いのれんが掛かった『ラーメン屋』だった。
良馬は店内のカウンター席に座りながら、静かに、しかし深く困惑していた。
(ここは地球ではない。別次元の『惑星ディスティニー』のはずだ……)
それなのに、なぜ『ラーメン』という地球(しかも日本)の食文化と全く同じものが提供されているのか?
思えば、不思議な符合は食事だけではない。
目の前で無邪気にメニューを眺めている青年は「有紀学」、先ほど駅前で会った売店の女性は「温井絹子」、そして彼らの上司である銀河鉄道の運行司令は「藤堂平吾郎」。
どう聞いても、地球の『日本人』の名前そのものだった。
注文したラーメンが運ばれてくるまでの間、良馬は何げなく学に尋ねてみた。
「学君……『日本』という国に、何か聞き覚えはないか?」
学はきょとんとした顔で首を傾げた。
「ニホン? いえ……聞いたことありませんね」
「‥‥そうか」
良馬はそれ以上尋ねなかった。
だが、「日本」という言葉を知らない彼らと、日本語そのものを使うこの街の人々‥‥その奇妙な符合は、どうにも胸の奥に引っかかった。
「学君の出身はこのディスティニーなのかい?」
「いえ、俺の出身地は、惑星タビトという星です」
「タビト……?ああ、ヒューベリオンがスピカ小隊の案内の下、この銀河で初めて着陸した星だな」
「えっ?そうだったんですか!?」
自分の故郷に地球の艦が降り立っていたことに、学は目を丸くして驚いた。
それをきっかけに、学はタビトに残している家族のことや、自分の身の上について良馬に語り始めた。
彼の母はタビトで食堂を営んでいること、父は、かつてSDFの先代シリウス小隊の隊長であったこと、そして、兄もSPGの隊員であったこと。
だが――二人とも、その任務の中で命を落とし、殉職してしまったこと。
少しだけ伏し目がちに、しかし誇りを持って語る学の横顔を見つめながら、良馬はふとある思いに至り、静かに尋ねた。
「……君のお母さんは、もしかして君が銀河鉄道(SDF)で働くことを嫌がったんじゃないか?」
その質問に、学は「えっ?」と驚いたように顔を上げ、目をぱちくりとさせた。
「どうして分かったんですか?」
「俺も、昔に似たような感じだったからね……」
良馬は運ばれてきた熱々のラーメンから立ち上る湯気を見つめながら、遠い過去の記憶を辿った。
「俺たちの故郷である地球は、かつて『ガミラス』という外宇宙からの侵略を受けたんだ。大地は焼かれ、海は干上がり……人類は滅亡の縁に立たされた。俺は、その侵略者から地球を‥そして大切な人を守るために、軍に入る決意を固めた」
良馬の真剣な声色に、学は黙って耳を傾ける。
「当時、俺の両親はすでに他界していてね。俺の面倒は、当主である忍さんが見てくれていた。忍さんにとって俺は唯一の肉親だったんだが……ガミラスの圧倒的な猛攻の前に地球防衛軍の艦隊は次々と壊滅し、制宙権は完全に奪われていた。戦況は悪化の一途を辿り、軍に入ることなんて、事実上の『自殺行為』とさえ言われていた時代だ」
良馬はふっと寂しげな笑みをこぼした。
「士官学校に入る時、忍さんから『勘当する』とまで言われたよ」
その言葉に、学は大きく頷いた。
「分かります……俺も、母からSDFの入隊許可証が届いた日、『どうしても行くなら親子の縁を切ります』って言われましたから」
ディスティニーへ向かう列車に乗る日、プラットホームでの母との辛い別れ。
学の脳裏にも、あの日の光景が鮮明に蘇っていた。
親というものは、やはり子供の安否を第一に思ってしまう生き物だ。
夫を失い、長男を失った学の母親からすれば、残された次男の学まで危険な最前線へ送り出すことなど、耐え難い苦痛だったに違いない。
良馬を育ててくれた忍も同じだった。
しかし、人である以上、どうしようもなく夢を抱き、守りたいもののために命を懸けたいと願ってしまう瞬間がある。
「俺の父さんは、その点すごく寛容だったんですけどね……男が夢を追うことを、誰よりも分かってくれていた人でしたから」
少しだけ寂しそうに笑う学の顔を見て、良馬は優しく目を細めた。
「月村さんは確か結婚されているんですよね?」
「ああ、自分で子供を持ってあの時の忍さんの気持ちが分かる気がするよ」
良馬の脳裏に、遥か遠い地球で自分の帰りを待つ妻のギンガ、ユリーシャ、そして愛娘の誉と友莉葉の笑顔が過った。
宇宙という未知の空間は、こうして星と星を繋ぐレールが敷かれるほど身近なものになった。
だがその反面、宇宙はまだまだ人類にとって分からないことだらけの、深く危険な領域でもある。
二人の娘たちも、いずれ成長すれば、自分や目の前に居る青年のように宇宙へ憧れる日が来るのだろうか?
これからは防衛軍だけでなく、この銀河鉄道という新たな道も開かれる。
子供たちの宇宙への興味は、ますます強く、そして深くなっていくに違いない。
(あの子たちが宇宙へ出たいと言い出したら、俺は笑って送り出してやれるだろうか……?)
親としてみれば、なんとも複雑な心境であった。
だが同時に、目の前でラーメンをすするこの真っ直ぐな青年のように、自らの意志で星の海へ飛び出していく若者たちの強さを、良馬はとても眩しく、頼もしく感じていた。
「そういえば、月村さんの奥さんって、どんな人なんですか?」
湯気を立てるラーメンを啜り終えた学が、ふと興味深そうな目を向けてきた。
先ほど、親の心境についての話が出たからだろう、真っ直ぐな瞳には、純粋な好奇心が浮かんでいる。
「ああ、そうだな……ちょっと待ってくれ」
良馬は制服の胸ポケットから、大切に持ち歩いている携帯端末を取り出した。画面を操作し、一枚の画像を表示させて学に見せる。
それは、地球を出発する前に撮った家族写真だった。
良馬の隣には、優しい微笑みを浮かべる紫がかった青く長い髪の女性と透き通るような長い金髪と神秘的な紫色の瞳を持つ女性が寄り添い、彼らの前には元気いっぱいに笑う二人の幼い女の子が写っている。
「うわぁ~可愛いお子さんですね!‥‥ん?」
学は画面を覗き込み、ぱっと表情を綻ばせた。
だが、すぐに小首を傾げる。写真に写っている大人の女性が『二人』いることに気づいたからだ。
「えっと……どちらが月村さんの奥さんなんですか?」
「二人とも、俺の妻だよ。そしてこの子たちが、俺の娘たちだ」
良馬が穏やかな声でそう説明すると、学の顔からスッと表情が抜け落ちた。
「……えっ?」
数秒の空白‥学は一瞬完全にフリーズし、それからぎこちない動きで良馬と端末の画面を交互に見比べた。
「えっ!? で、でも、普通は奥さんって一人なんじゃあ……!?」
無理もない反応だった。
ディスティニーはもちろん、学の生まれ故郷である惑星タビトも一般的な一夫一妻制である。
学にとって、二人の奥さんがいて、それが一つの家族として成立しているという状況は、妙な違和感どころか信じがたいことだった。
良馬は驚く青年の反応を予想していたように、苦笑しながらその背景をちゃんと説明することにした。
「驚くのも無理はないな。俺たちの故郷である地球でも、元々は一夫一妻制だったんだ。だが……さっき話したガミラスだけでなく、彗星帝国、暗黒星団帝国と、立て続けに外宇宙からの苛烈な侵略を受けてね。度重なる戦乱で、地球の人口は激減してしまったんだ」
良馬の瞳に、かつての激戦の記憶が暗い影を落とす。
「このままでは地球人類が滅びてしまう。そこで、種の存続と人口回復のための緊急措置として、地球連邦政府によって『一夫二妻制』が法的に採用されたんだよ。俺の家も、その制度下で二人の奥さんと家族になったというわけさ」
「一夫二妻制……」
学は呟きながら、これまでの人生で全く触れたことのない価値観に戸惑いを隠せなかった。
頭では「そういう歴史と事情があるのか」と理解できても、一夫一妻制の世界で生まれ育った身としては、やはりどうしても違和感が拭えない。
違和感を抱きつつ、学はもう一度、画面に映る家族写真をジッと見つめた。
そこで、彼の視線が金髪の女性――ユリーシャの姿に釘付けになった。
写真越しでさえ隠しきれない、ただ者ではない気品と神秘的な美しさ。
「……あ、あの、この金髪の人、なんかどこかの王族みたいな人ですね」
学が直感的に抱いた感想をそのまま口にすると、良馬はさも当然のように頷いた。
「ああ、そうだよ」
「……えっ?」
あっさりとした肯定に、学はまたもやポカンと口を開けて唖然とした。
そんな学を尻目に、良馬は淡々と説明を続ける。
「さっき話した地球を侵略していたガミラスだが、地球が放射能汚染で滅亡する直前、この前君たちも会った古代君たちが『宇宙戦艦ヤマト』に乗って、大マゼラン雲にあるイスカンダルと言う星まで放射能を除去する機械を取りに行ったんだ。そこで、ガミラスとの戦闘で戦死したと思われていた古代君のお兄さん――古代守さんが、イスカンダルで救出されていてね。彼はそのまま、イスカンダルの女王であるスターシアさんと夫婦になったのさ」
「は、はい……」
一介の軍人が別銀河の女王と結ばれる。
あまりにもスケールのデカすぎる話に、学の頭は処理落ち寸前で良馬の話に相槌を打つのが精一杯である。
「それから約一年後、もう一度イスカンダルに行く機会があってね。その時、二人の間には既に双子の赤ちゃんが生まれていたんだ。その双子の一人が、今の俺の奥さんなんだよ」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」
学は慌てて手を振った。
「その『約一年後』って……計算が合いませんよ! 写真の奥さん、どう見ても俺より少し年上か同じくらいに見えます。それにしては、年齢が釣り合わないような気がするんですけど……?」
「ああ、それはね。イスカンダルの人の成長スピードが特殊なんだよ。赤ん坊から肉体が成熟するまでの期間が物凄く短くて、あっという間に大人の姿になる。だから、実年齢で言えば彼女はまだ若いが、外見と知能はもう立派な大人の女性なんだ」
「へ、へぇ~……宇宙にはそんな人も居るんですね」
見かけは自分たち地球系人類と全く変わらないのに、成長速度が極端に早いという特異体質。
宇宙列車で様々な星を巡ってきた学でさえ、そんな人類が存在したのかと、改めて宇宙の広大さと神秘を実感せずにはいられなかった。
「……とまあ、俺の家族はこんな感じさ。随分と賑やかでね」
良馬は愛おしそうに端末の画面を撫で、電源を落としてポケットにしまった。
それから、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて学の顔を覗き込んだ。
「さて。俺の話ばかりしてしまったな……君の方はどうなの?」
「えっ? 俺、ですか?」
「ほら、同じ隊のルイ君……君たち付き合っているんだろう?」
図星を突かれた学は、顔をボンッと真っ赤にしてむせた。
「ええ、まぁ……その、はい」
照れ隠しに頭を掻きながら、学は視線を泳がせた。
良馬の話を聞き、その家族写真を見たからだろうか?
学の胸の内に、これまで漠然としていた感情がふつふつと湧き上がってきた。
(結婚‥か……)
良馬が家族を想う温かな眼差し。
そして、タビトで食堂を営んで居る母親の姿。
自分を残して殉職した父親の姿。
自分とルイも、このまま共に星の海を駆けていけば、いつかあのように家庭を持つ日が来るのだろうか?
ルイのことは大切に想っているし、彼女といると心から安らげる。
けれど、お互いに日々の任務に追われる中で、「結婚」という形をそこまで強く意識したことは、正直に言えばまだなかった。
(ルイも、俺と同じように感じているんだろうか?)
彼女は自分のことをどう思っているのか?
いつか家族になる未来を、想像したことがあるだろうか?
ふと、そんなルイの本当の気持ちを知ってみたいという思いが、学の心に強く浮かんだ。
「……月村さんみたいに、守るべき家族がいるって、すごく強くなれそうですね。俺の父親もそうでしたから」
「ああ。守るべきものがあるからこそ、絶対に生きて帰ろうと思える。君のお父さんも、きっとそうだったはずだよ」
良馬の力強く優しい言葉に、学は深く頷いた。
昼食を終えた後も、学の案内で良馬のディスティニー繁華街巡りは続いた。
異星の珍しい品々や風景を楽しみながら歩く道すがらも、学の胸の奥では、昼食時に抱いた思いが静かに、だが確実に募り続けていた。
(……夜、ルイに会ったら、少し聞いてみようかな?)
照れくささはあるが、ほんの少しの勇気を出して‥‥
広大な星の海で出会えた大切な人と、どんな未来を描いていけるのか?
それを確かめてみたいと、若き空間鉄道警備隊員は澄み渡ったディスティニーの青空を見上げながら、密かに決意するのだった。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで