星の海へ   作:ステルス兄貴

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三百二話 新たなる出発

宇宙海賊シーマ・ガラハウへの雪辱を誓うフェイトとチンク。

 

二人は次世代型次元航行艦『ナディア』を管理局の正式な次元航行艦として表舞台へ引き上げるべく、管理局上層部の目を盗んで裏工作を進め、かつて死線を共にした信頼できる仲間たちを次々とクルーとして迎え入れていた。

 

反撃の牙は、着実に研ぎ澄まされつつあった。

 

一方、次元を隔てた地球と惑星ディスティニー。

 

歴史的な平和同盟を結んだ二つの星では、互いの首都で大使館や銀河鉄道のインフラ整備が急ピッチで進められていた。

 

ディスティニーの銀河鉄道管理局では、来るべき地球への駐在武官派遣に向けて、実戦経験豊富な「SDFの精鋭小隊」を抜擢する案が浮上する。

 

同じ頃、地球本星からの帰還命令を待ち、ディスティニーでの逗留を余儀なくされていた良馬は、非番の日にSDFシリウス小隊の有紀学の案内で街を巡っていた。

 

異星の「ラーメン屋」で鉢合わせた不思議な縁の中、学は良馬から地球の過酷な戦乱の歴史や、種を存続させるための「一夫二妻制」、そしてイスカンダル王家の血を引く妻・ユリーシャのスケールの大きな生い立ちを聞かされ、宇宙の広大さに圧倒される。

 

過酷な任務の中にあっても、家族を想い、守るべきもののために戦う良馬の姿――。

 

それに触発された学は、自身と同じ部隊で戦う大切な恋人・ルイとの「未来」について、初めて真剣に思いを馳せるのだった。

 

夜のSDF隊舎の食堂は、非番の隊員や夜勤前の隊員たちで賑わい、活気に満ちていた。

 

テーブル越しに向かい合って座る学とルイも、今日のメニューである定食を並べ、他愛のない会話を交わしながら夕食をとっていた。

 

二人は現在、彼氏・彼女として交際している仲だ。

 

同じシリウス小隊に所属し、入隊時期も同じ同期で、過酷な任務を共に潜り抜けてきた戦友でもある。

 

普段なら、仕事の愚痴や次の休暇の予定などで盛り上がるのだが――今日の学は、どうにも落ち着きがなかった。

 

(……)

 

グラスに口をつける仕草、華麗な動きでフォークとナイフを使う指先、咀嚼する時の微かな唇の動き。

 

いつもなら気にも留めないはずのルイの何気ない動作の一つひとつが、妙に目に付いてしまう。

 

どうしても昼間、良馬から聞いた家族の話や、あの家族写真が脳裏をよぎってしまうのだ。

 

(俺とルイも、いつかあんな風に……いやいや、俺たちまだそこまでの話はしたことないし!)

 

(そもそもキスだってまだだった‥‥!?)

 

一人で悶々と考え込み、白米をかきこむ手もどこかぎこちない。

 

不自然なほどジッと見つめてくる学の視線に、さすがのルイも気づいたようだった。

 

「……な、なぁ、ルイ」

 

意を決したように呼ぶと、ルイが食事の手を止め、不思議そうに小首を傾げた。

 

「どうしたの? 有紀君。さっきから私の顔ばっかり見て……髪に何か付いている?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……その」

 

学はゴクリと唾を飲み込み、周囲の喧騒に紛れさせるように少しだけ声を潜めた。

 

「ルイはその……け、結婚とかって、意識した事あるか?」

 

「――えっ? 結婚?」

 

学からのまさかの問いに、ルイは完全に食事の手を止めて目を丸くした。

 

あまりに唐突な言葉に、彼女の頭の中で一瞬、思考が停止したのが目に見えて分かった。

 

「い、いきなりどうしちゃったの?有紀君。熱でもあるの?」

 

ルイは普段の学らしからぬ言葉に彼の体調不良を疑い、心配そうに身を乗り出して、学の額に自分の手を当てようとした。

 

「い、いや! 熱はないよ。大丈夫だから!」

 

学は慌てて顔を後ろに引き、ぶんぶんと首を振った。

 

「実は……昼間、月村さんに街を案内した時に、ちょっと将来設計について考えさせられることがあってさ」

 

「月村さんに……?」

 

訝しげな顔をするルイに、学は昼間の出来事をかいつまんで話した。

 

過酷な戦乱を生き抜いた地球の歴史、人口回復のために採用された「一夫二妻制」、そして別惑星の女王の血を引くというスケールが大きすぎる奥さんの話まで。

 

「一夫二妻制に……異星の王族の奥さん?」

 

話を聞き終えたルイは、学が昼間に見せたのと同じように唖然としていた。

 

「それって、月村さんのご家族の話なのよね……? なんだか、映画か歴史の教科書みたいな話だけど……?」

 

「俺も話を聞いた時は信じられなかったよ。でも、月村さんが家族の写真を嬉しそうに見せてくれた時の顔、すごく優しくてさ。『守るべきものがあるからこそ、絶対に生きて帰ろうと思える』って言っていたんだ」

 

学は少し真面目な顔つきになり、真っ直ぐにルイの目を見た。

 

「それを聞いていたらさ……俺も、少し考えちゃったんだ。俺たちはこうしてSDFで毎日命懸けの任務に就いている。明日どうなるかも分からない日々だけど……だからこそ、ルイと一緒に生きていく『未来』のこと、ちゃんと意識しておきたいなって」

 

学の不器用だが真っ直ぐな言葉に、ルイの頬がポッと朱色に染まった。

 

彼女は少し視線を落とし、手元の湯呑みを両手で包み込むようにしながら、小さく息を吐いた。

 

「……有紀君って、時々本当にズルいよね。そういう大事なこと、何の前触れもなくストレートに言ってくるんだから」

 

「ご、ごめん。やっぱり変だったか?」

 

「ううん、変じゃない」

 

ルイは顔を上げ、優しく微笑んだ。その瞳には、照れくささと共に確かな喜びが滲んでいた。

 

「私もね、考えたことがないわけじゃないのよ。でも、今はSDFの任務で手一杯だし、有紀君も小隊の主力として頑張っている時期じゃない? だから、そういう『先の未来』の話をするのは、もっとずっと後になるのかなって思っていた」

 

ルイは紅茶の入ったカップを置き、そっと学の手に自分の手を重ねた。

 

「月村さんみたいな家族を作りたい、ってこと?」

 

「……そこまで具体的じゃないよ。でも、いつまでもルイと一緒に笑っていられたらいいなって」

 

学の照れ隠しのような、けれど嘘のない真っ直ぐな言葉に、ルイは嬉しそうに目を細めた。

 

「有紀君となら、いつかそういう未来を考えるのも、悪くないかなって……思っているよ」

 

少し上目遣いで告げられたその言葉の破壊力に、今度は学の方が顔を真っ赤にして爆発しそうになった。

 

「ほ、ほら、ご飯冷めちゃうわよ。しっかり食べて、明日の任務にも備えなきゃ」

 

ルイはパッと手を離し、再び箸を手に取って澄ました顔で食事を再開した。

 

しかし、その耳の先まで赤く染まっているのを、学は見逃さなかった。

 

「……ああ、そうだな。しっかり食って、明日も頑張るか!」

 

学は照れ笑いを浮かべながら、残りの定食を勢いよく口に運んだ。

 

まだ遠い先のことかもしれない。

 

しかし、星の海を繋ぐ過酷な日々の中で、隣で笑ってくれるこの手をいつか必ず生涯にわたって守り抜こうと、学は胸の奥で静かに、そして力強く誓うのだった。

 

学とルイが、ささやかながらも確かな未来への希望を共有していた頃――。

 

次元の壁を隔てたミッドチルダでは、運命の反逆者たちが「反撃の刃」を完成させるための、最後の仕上げに取り掛かっていた。

 

 

辺境の管理世界、スプールス。

 

その地下深くに隠蔽された広大な極秘ドックでは、煌々と照らされる投光器の光の中、次世代型次元航行艦『ナディア』がその流麗にして威風堂々たる威容を現していた。

 

「……メインジェネレーターの最終火入れ、および各部スラスターの連動テスト、全てクリアだ。武装管制システムのリンクも正常。これでハード面の調整は、事実上完了したと言っていい」

 

無数の配線が這う足場の上で、油に塗れた作業着姿の造艦技師ヴェルタンが、手元のデータパッドから視線を上げて口の端を吊り上げた。

 

彼の視線の先には、深紅の瞳に静かな熱を宿して新造艦を見上げるフェイトの姿があった。

 

「ありがとうございます、ヴェルタン技師。本当に……こんなに美しい艦を、こんな短期間で形にしてくれるなんて」

 

「俺一人の力じゃない。現場を理解しない上層部のやり方に愛想を尽かし、お前さんの『覚悟』に惚れ込んだ現場の馬鹿どもが、不眠不休で組み上げた結晶さ」

 

ヴェルタンは照れ隠しのように鼻を鳴らすと、手元のデータパッドをフェイトの傍らに控えていたチンクへと放り投げた。

 

「俺が書ける『造艦技師としての正式な証明書』と『機体構造の申請書類』は、その中に全てまとめてある。先日、受け取ったそちらからの裏工作書類とも辻褄を合わせるように部品の出所も、艦隊の余剰資材や廃棄予定だったジャンク品を『再利用』したという名目で完全に辻褄を合わせた。どこの監査が入ろうと、書類上は一点の曇りもない完璧な合法艦だ」

 

「確認しました。さすがは『ガイア』を設計した天才技師ですね。これなら、システムを騙すのは容易いです」

 

チンクは受け取ったデータパッドを自身の携帯端末とリンクさせ、素早くコードを打ち込み始めた。

 

「だが、ここからが一番の難所だぞ」

 

ヴェルタンは腕を組み、ドックの片隅に仮設されたハッキング用のメインコンソールを見やった。

 

「どんなに完璧な書類が揃っていようが、ここは時空管理局だ。最終的に『艦政部』のトップ、あるいは監査局のシステムから『最終承認(デジタル・スタンプ)』が押されなければ、ナディアはただの巨大な違法建造物……撃沈対象の『幽霊艦』のままだからな」

 

「ええ、分かっています。ですから、正面からは行きません」

 

チンクは不敵な笑みを浮かべ、コンソールの前に座り直した。

 

彼女の周囲に、何十枚ものホログラムスクリーンが展開され、目まぐるしい速度で管理局本局の膨大なデータが滝のように流れ始める。

 

「現在の管理局艦政部は、エルトリアでの損失や、シーマ・ガラハウによる襲撃被害の対応、そして新型量産艦の配備計画の遅れで、未曾有の混乱状態にあります。承認待ちの書類は山積みで、AIによる自動監査システムも処理能力の限界を超え、末端のチェックは形骸化しているはずです」

 

チンクの指先が、ピアニストのように仮想キーボードの上を乱舞する。

 

「この『情報の嵐』の中に、ヴェルタン技師長が作成した完璧な書類を、ダミーの艦籍コードに偽装して滑り込ませます。名目は『第35艦隊所属・実験段階における廃棄艦艇の再登録および名称変更申請』……!」

 

「そんな強引な手が通るのか? もし途中のゲートで弾かれたら、俺たちの裏工作が上層部に全てバレるぞ」

 

「弾かせませんよ。私が作ったこの偽装プログラムは、艦政部の監査AIが一番『見落としやすい』承認ルートを自動で選択して進むように組んでありますから」

 

(こういうのはウーノやクアットロが得意であったな‥‥)

 

コンピューターに関するハッキング、工作に関してはかつてのナンバーズのウーノとクアットロが得意とする分野であったが、チンク自身も稼働年月からそれなりに出来る方だった。

 

息を呑むフェイトとヴェルタンの前で、中央のメインスクリーンに『艦政部・最終承認プロセス』のプログレスバーが表示された。

 

『第一監査局・セキュリティゲート……クリア』

 

『技術査定部・構造認証……クリア』

 

『武装管理部・火力規定審査……クリア』

 

チンクの声に合わせて、次々と緑色のランプが点灯していく。

 

しかし、最後のプロセス――『艦政部総責任者・最終決裁』の項目で、プログレスバーが不意にピタリと停止した。

 

「……っ!」

 

ドックに張り詰めた沈黙が落ちる。

 

チンクの額に一筋の汗が伝った。自動承認システムが、本来存在しないはずの特異なデータ量に引っかかり、マニュアル(手動)での確認フェーズへ移行しようとしているのだ。

 

(ここで人間の審査官の目に留まれば、一貫の終わり……!)

 

「チンク……!」

 

フェイトが思わず声を上げた瞬間、チンクはカッっと目を見開き、キーボードを力強く叩き込んだ。

 

「行かせませんよ……! 監査局の別サーバーに、ダミーの緊急エラー警告を大量送信! 審査官の意識をそっちに釘付けにして、そのコンマ数秒のラグの間に、自動承認システムの『承認ボタン』の権限を強制的にローカルへ引き抜く……!」

 

画面上の赤い警告表示が明滅し、次の瞬間――

 

ピローン、という間の抜けたほど軽快な電子音が、ドックに響き渡った。

 

停止していたプログレスバーが一気に振り切れ、画面の中央に、大きく力強い時空管理局の『紋章』と、『最終承認(APPROVED)』の文字が重々しくスタンプされた。

 

「……や、やった……」

 

チンクは大きく息を吐き出し、椅子の背もたれに深く寄りかかった。

 

「完了しました、ハラオウン艦長。今、この瞬間をもって……『次世代強襲母艦ナディア』は、時空管理局のデータベースにおいて、登録上は正式な『次元警邏艦』として認証されました。もう誰にも、この艦を幽霊艦とは呼ばせません」

 

「チンク……! ヴェルタン技師も……本当に、ありがとう……!」

 

フェイトは感極まった声で二人に向かって深く頭を下げた。

 

顔を上げ、再び見上げたナディアの船体は、先ほどまでの「隠された兵器」ではなく、正真正銘、次元の海を征くための「自分たちの家」として輝いて見えた。

 

「へっ。礼には及ばんさ。俺は俺の造った最高の艦が、お前さんのような最高の艦長の下で空を飛ぶのが見たかっただけだからな」

 

ヴェルタンが照れくさそうに頭を掻き、チンクも誇らしげな笑みをフェイトに向けた。

 

艦(ハード)は完成した。

 

クルー(ソフト)たちも、かつての仲間たちが続々と集結しつつある。

 

そして今、この艦を堂々と運用するための大義(ライセンス)も手に入れた。

 

「待っていなさい、シーマ・ガラハウ。貴女が奪った多くの命の分……そして、次元の海の平和を脅かした罪、必ずこの手で裁いてみせる!!」

 

フェイトの深紅の瞳には、かつての敗北の絶望は欠片も残っていなかった。

 

あるのは、仲間たちと共に明日を切り拓くための、静かで鋭い決意の光のみ。

 

反撃の牙は、遂に完成した。

 

次世代型次元航行艦ナディアが次元の海へとその巨体を解き放つ時は、もう目前に迫っていた。

 

無事に最終承認のスタンプが押されたモニターを見届けた後、フェイトは小さく息を吐いてチンクに向き直った。

 

「私はこのままスプールスに残って、ヴェルタン技師たちと出航前の最終的なシステムチェックを続けるわ。チンクはミッドチルダに戻って、待機しているクルーたちの引率をお願い」

 

「了解しました、ハラオウン艦長。乗員たちの移動手段については、予定通り手配が完了しています。……少々、お小言をもらうことにはなりそうですが」

 

チンクが苦笑交じりに言うと、フェイトも困ったような、けれどどこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 

「そうね。後で私から、うんと謝っておかないと」

 

それからしばらくして、ミッドチルダにある次元航行艦発着場。

 

そこに停泊していたのは、八神はやてが艦長を務める次元航行艦『ジャガーノート』であった。

 

巨大な格納庫では、かつての『オベロン』や『イゾルデ』に乗務していた歴戦のクルーたちが、大きな荷物を抱えて続々と乗艦しつつあった。

 

彼らの顔には、再びフェイトの下で戦えるという静かな闘志と喜びに満ちている。

 

そのタラップの入り口付近で乗員たちの点呼と誘導を行っていたチンクの背中に、呆れたような、しかしどこか温かみのある声がかけられた。

 

「ほんまにもう……フェイトちゃんも水臭いんやから」

 

振り返ると、腕を組んで小さくため息をついている八神はやての姿があった。

 

「申し訳ありません、八神艦長。ジャガーノートをこんな強引な人員輸送の足に使わせてしまって」

 

チンクが居住まいを正して頭を下げると、はやてはパタパタと手を振った。

 

「船を出すこと自体はええんよ。丁度、スプールス方面への定期哨戒の予定も組めるところやったし。私が言いたいのは、そういうことやないの」

 

はやては少しだけ唇を尖らせて、ジト目でチンクを見つめた。

 

「フェイトちゃんの新しい艦……『ナディア』やっけ? それを極秘で建造していたこと、親友の私にまで今日この出航直前までずーっと黙っていたことや。完全な情報統制やったみたいやけど、いくらなんでも水臭すぎるんやない?」

 

「そ、それは……」

 

チンクは申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「今回のナディア建造は、艦政部の正規のルートを通さず、上層部の目を完全に欺く形で行われました。もし、総局内で影響力を持つ八神司令に少しでも情報が漏れれば、司令の立場まで危うくしてしまう可能性があったんです。フェイトは、親友であるあなたを共犯者にするわけにはいかないと……」

 

「理屈はわかっとるよ。フェイトちゃんが私の立場を気遣ってくれたんも、痛いほど伝わっている」

 

はやてはふっと表情を和らげ、格納庫へと乗り込んでいく頼もしいクルーたちの背中を見つめた。

 

「オベロンが沈められて、フェイトちゃんがどれだけ自分を責めて、深く傷ついていたか……一番近くで見てきたからね。彼女が立ち直って、また前を向いて戦うための『新しい剣』を手に入れられたのは、本当に……自分のことみたいに嬉しいんよ」

 

そこまで言ってから、はやては再び腕を組み、今度は悪戯っぽく笑った。

 

「せやけど、理屈と感情は別! 親友としては、やっぱり少し寂しいし、不満なんよ! スプールスに着いてフェイトちゃんの顔を見たら、思いっきりハグして、ちょっとだけお説教したるんやから。覚悟しときって伝えてな」

 

「……はい。必ずお伝えしておきます」

 

チンクも釣られて微笑み、深く頷いた。

 

「よし、全員乗艦完了したみたいやね。それじゃあ、出航準備や」

 

はやてはクルーたちの収容完了の報告を受けると、凛とした艦隊司令の顔つきに戻り、ブリッジへと通信を繋いだ。

 

「ジャガーノート、抜錨。これより本艦は、辺境管理世界スプールスへと向かう。フェイトちゃんの待つ、新しい家まで……特急便で送り届けるで!」

 

頼もしい親友の援護を受け、ジャガーノートはゆっくりとミッドチルダの宇宙港を離れ、次元の海へとその巨体を進めていった。

 

フェイトと、彼女の新たな分身たる『ナディア』が待つ星へ向けて。

 

 

辺境の管理世界スプールス。

 

その荒涼とした無人の大地に偽装された巨大なハッチが開き、軌道上に停泊した『ジャガーノート』から発進した大型降下艇が、地下深くの極秘ドックへとゆっくりと降りていく。

 

降下艇のハッチが開き、タラップの先頭を切って降り立った八神はやては、広大な地下空間を見渡した瞬間、思わず感嘆の息を漏らした。

 

「……これは、想像以上やね……すごいわ……」

 

煌々とした投光器の光を浴びて鎮座する、白亜の巨大な船体。

 

かつての乗艦『ガイア』の堅牢な設計思想を受け継ぎつつも、より鋭角的で、一切の無駄を削ぎ落とした流麗なフォルム。

 

巨大な推進器と重厚な装甲を備えながらも、重鈍さを微塵も感じさせないその姿は、まるで次元の海を切り裂く一振りの「研ぎ澄まされた剣」のようだった。

 

最新鋭の魔導力学と、天才技師ヴェルタンの並外れた執念が融合した結晶――次世代型次元航行艦『ナディア』の威容がそこにあった。

 

「はやて!」

 

感嘆に目を奪われていたはやての耳に、懐かしく、そして久しぶりに聞く力強い声が届いた。

 

声の主を探せば、ナディアのタラップを軽快に駆け下りてくるフェイトの姿があった。その表情は出迎えの喜びに満ちており、以前のような深い悲壮感はすでに払拭されている。

 

「フェイトちゃん……!」

 

はやてはスタスタと足早にフェイトに歩み寄ると、チンクへの宣言通り、一切の遠慮なく思い切りフェイトの首元に抱きついた。

 

「うわっ……!? は、はやて?」

 

突然の力強いハグに戸惑うフェイトを逃がさないようにギュッと抱きしめたまま、はやては少しだけ拗ねたような声を耳元で囁いた。

 

「……もう。本当に水臭すぎるんよ、フェイトちゃんのバカ。こんなすごい艦を造り上げるまで、親友の私にずーっと内緒にしてたんやから」

 

「あっ……ご、ごめんなさい、はやて。でも、これは正規のルートから外れた極秘計画だったから。総局で責任ある立場のあなたを、万が一にも共犯者にするわけにはいかなくて……」

 

「理屈はわかっとるよ。フェイトちゃんが私のことを想ってくれたんも、痛いほどね」

 

はやてはふっと腕の力を緩め、フェイトの顔を真正面から見つめた。その瞳には、怒りではなく、深い安堵と慈愛の光が宿っていた。

 

「せやけど、私たちはこれまでどんな絶望的な状況でも、一緒に背中を預け合って乗り越えてきた仲やんか。次は、こんな水臭いことしたら絶対あかんよ?何かあったら、いつでも一番に頼ってな」

 

「……うん。ありがとう、はやて。本当に……ありがとう」

 

フェイトの深紅の瞳に薄っすらと涙が滲む。彼女は小さく頷き、今度は自分からはやての背中に腕を回して、その温もりを噛み締めるように抱きしめ返した。

 

二人の部隊長の温かい再会を、背後で見守っていたチンクやクルーたちも、どこか誇らしげに、そして嬉しそうに目を細めていた。

 

やがて体を離したはやては、改めて見上げるような高さにあるナディアの船体を眩しそうに見つめた。

 

「それにしても、見れば見るほど美しい艦やね。火力も推力も、今の管理局の最新鋭艦を軽く凌駕しているんやない?」

 

「ええ。ヴェルタン技師長が、シーマ・ガラハウの『リリーマルレーン』に機動力でも火力でも撃ち負けないようにって、無茶な要求を全部形にしてくれたの」

 

フェイトの紹介を受け、ドックの片隅で腕を組んでいたヴェルタンが、少し照れくさそうに片手を上げた。

 

「へっ、総局のお偉いさんにまで褒められるとは光栄の極みだな。だが、こいつはただの飾りじゃない。実戦で海賊どもを叩きのめしてこそ、真価を発揮するんだ」

 

「頼もしい技師長さんやね」

 

はやてはクスリと笑うと、次々とナディアへと乗り込んでいく歴戦のクルーたちの頼もしい背中を見送った。

 

「艦も、仲間も揃った。準備は万端やね、フェイトちゃん」

 

「ええ。もう、失われたものを数えて立ち止まったりはしない。私と、この『ナディア』のクルーたち全員で……必ず、あの海賊の凶行を食い止めてみせる」

 

真っ直ぐに前を見据えるフェイトの深紅の瞳には、一切の迷いはなかった。

 

「いってらっしゃい、フェイトちゃん。武運を祈っとるよ」

 

「行ってきます。……次元の海の平和を、必ず守り抜くために」

 

親友との確かな絆を胸に刻み、フェイトは踵を返した。

 

彼女が艦長としてタラップを上り、ナディアの艦内へと消えていく。それを合図とするかのように、地下ドック内に重厚な出航のサイレンが鳴り響き始めた。

 

次元の海を荒らす海賊を討つための反撃の刃が、いよいよ真の目覚めの時を迎えようとしていた。

 

 

此処視点は変わり、次元の壁を隔てたもう一つの舞台、惑星ディスティニー。

 

その中枢である銀河鉄道管理局本部の最上層に位置する特別会議室では、重厚な円卓を囲んで、SDF(空間鉄道警備隊)の上層部および管理局の高官たちによる白熱した議論が、ついに大詰めを迎えようとしていた。

 

議題はただ一つ――歴史的な平和同盟を結んだ異星「地球」へ派遣する、駐在武官兼親善大使となる護衛部隊の選定である。

 

「……以上が、現在候補に挙がっているSDF各精鋭小隊の選考データです」

 

巨大なホログラムモニターに複数の部隊エンブレムと戦歴データを表示させながら、人事局の担当官が説明を終えた。

 

円卓の奥で静かに耳を傾けていた管理局の最高責任者が、深く組んだ手の上に顎を乗せ、ゆっくりと口を開く。

 

「未知の星であり、かつて過酷な戦乱を経験したという『地球』。彼らとの橋渡しとなる駐在武官には、単なる戦闘能力の高さだけではなく、突発的な事態に対する柔軟な対応力と、異文化に対する深い理解度が求められる」

 

高官の一人がモニターの一つを指し示し、力強く発言した。

 

「それらの条件を最も高い水準で満たしているのは、やはり『シリウス小隊』を置いて他にはないでしょう」

 

モニターの中央に、青い星を象ったシリウス小隊のエンブレムが拡大表示される。

 

「彼らの実戦経験の豊富さは今さら語るまでもありません。幾度となく絶望的な状況を打破し、銀河鉄道の安全を守り抜いてきた実績は、他の追随を許さない。それに加え……」

 

高官は手元のデータパッドを操作し、一枚の報告書を円卓のホログラムに投影した。

 

そこには、非番の日にディスティニーの繁華街で、地球本星からの帰還命令を待つ月村良馬の案内役を務めていた有紀学の姿が記されていた。

 

「現在、我が星に滞在中の地球側代表団の一人である月村良馬氏と、シリウス小隊の有紀学隊員が、非公式ではありますが既に良好な個人的親交を結んでいるという報告が上がっています」

 

「ほう……」

 

「ラーメン屋で鉢合わせ、その後も街を案内しながら異文化交流を深めたとか。有紀隊員の持ち前の人懐っこさと真っ直ぐな性格が、警戒心の強い異星の戦士の心を早くも解きほぐしているようです。このコネクションは、地球との今後の関係構築において非常に大きなアドバンテージとなるはずです」

 

会議室内に、納得のどよめきが静かに広がった。

 

武力による抑止だけでなく、人と人との繋がりを構築できる人間性‥‥それこそが、新しい同盟国へ赴く使節団の護衛として最も必要な資質だった。

 

「シリウス小隊を率いる隊長も、冷静沈着かつ部下からの信頼も厚い。未知の宙域での任務を任せるに足る人物だ」

 

「異議なし。彼らならば、必ずや地球との懸け橋としての重責を果たしてくれるでしょう」

 

次々と賛同の声が上がる中、最高責任者が静かに頷き、ホログラムモニターに向けて決裁の認証キーを入力した。

 

「では、決まりだな。地球派遣部隊への抜擢は、SDFシリウス小隊とする。直ちに彼らの乗艦『ビッグワン』の長距離航行用のオーバーホールを命じると共に、小隊全員に正式な辞令を交付せよ」

 

「はっ!」

 

重々しい決定が下され、会議室のモニターに『APPROVAL(承認)』の文字が浮かび上がった。

 

数時間後、シリウス隊長室。

 

窓の外に広がるディスティニーの夜景を背に、シリウス小隊隊長、バルジの手元に届いたばかりの『特命辞令』のデータパッドを静かに見つめていた。

 

「……地球本星への駐在武官派遣、か」

 

決して軽い任務ではない。

 

全く異なる歴史と文化を持つ星へ赴き、銀河鉄道の代表として平和の礎を築く。

 

一歩間違えれば、取り返しのつかない外交問題に発展しかねない、薄氷を踏むような重責だ。

 

しかし、バルジの顔に不安の色はなかった。

 

彼の脳裏に浮かぶのは、日々の過酷な訓練や任務の中で、時にはぶつかり合いながらも確かに絆を深め、成長を遂げてきた頼もしい部下たちの顔だった。

 

(有紀、ルイ、デイヴィッド、ユキ……お前たちなら、どんな未知の星に行こうとも、SDFの誇りを胸に必ず道を切り拓いてくれると信じている)

 

バルジはデータパッドを机に置き、夜空の彼方、まだ見ぬ異星「地球」があるであろう方向へと思いを馳せた。

 

同じ頃、食堂で少しだけ未来についての甘い会話を交わし、顔を赤くして笑い合っていた学とルイは、自分たちの運命を大きく変えるこの特命辞令が下されたことを、まだ知る由もなかった。

 

二つの星の歴史が交差する新たな舞台へ向けて、銀河を駆ける列車の警笛が、今まさに高らかに鳴り響こうとしていた。

 

 

翌朝‥‥

 

惑星ディスティニーのSDF本部、シリウス小隊の専用ブリーフィングルームには、いつもとは違うピリッとした緊張感が漂っていた。

 

招集をかけられ、整列して待機する学、ルイ、デイヴィッド、ユキをはじめとする小隊の面々。

 

やがて、重々しい足取りで入室してきたバルジが、メインコンソールの前に立ち、クルーたちを真っ直ぐに見渡した。

 

「単刀直入に言う。昨晩、銀河鉄道管理局本部より、我々シリウス小隊に特命が下った」

 

バルジが手元の端末を操作すると、背後の巨大なメインモニターに、見慣れぬ青い星のホログラムと、銀河鉄道管理局や地球連邦の紋章が入り混じった公式文書が投影された。

 

「我々シリウス小隊は、これより銀河鉄道、SDFの代表として……平和同盟を結んだ異星『地球』へ派遣される。任務は、駐在武官および親善大使の護衛だ」

 

「ち、地球へ!?」

 

思わず声を上げたのは学だった。

 

隣に立つルイも、そしてデイヴィッドたち他の隊員たちも、一様に目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。

 

「マジかよ……」

 

「俺たちSDFの精鋭小隊が、事実上の外交特使ってことですか……!」

 

隊員たちがざわめく中、学の胸中は驚きと共に、別の熱い感情で激しく波打っていた。

 

(地球……月村さんの故郷……!)

 

昨日、繁華街を案内した際に良馬から聞いた、過酷な戦乱の歴史。

 

滅びの危機に瀕しながらも、大切なものを守るために戦い抜き、種を存続させるための特例制度まで設けて復興へと歩み出している、強く逞しい星。

 

そして昨夜、食堂でルイと語り合ったばかりの「未来」についての会話が、鮮明に脳裏に蘇る。

 

学がハッとして隣を見ると、ルイもまた同じことを思い出していたのか、少しだけ頬を赤らめながら学と視線を交わした。

 

「静粛に」

 

バルジの低く威厳のある声が響き、ブリーフィングルームは再び静寂を取り戻した。

 

「今回の抜擢は、これまで我々が幾多の死線を潜り抜け、絶望的な状況を打破してきた実績が評価されたものだ」

 

バルジはそこで言葉を区切り、かつて共に戦ってきた部下たちへ、深い信頼の眼差しを向けた。そして、学の顔を真っ直ぐに見据える。

 

「そして――有紀。お前が地球側代表団の一人、月村良馬氏と個人的な親交を結びつつあるという報告も、上層部が高く評価した結果だ」

 

「俺と、月村さんの関係が……?」

 

学は目を瞬かせた。あのラーメン屋での偶然の出会いから始まった他愛のない交流が、まさか星と星を繋ぐ大任の決定打になるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「これは単なる警備任務ではない。一歩間違えれば外交問題に発展しかねない、非常に困難で重要な任務だ。だが、お前たちならやれると信じている。どんな未知の宙域であろうと、SDFの誇りを胸に、必ず道を切り拓いてくれるとな」

 

その言葉に、学の心に燻っていた驚きは、確かな「決意」の炎へと変わった。

 

一歩前へ踏み出し、学は力強く敬礼した。

 

「やります、隊長! 月村さんから地球の話を聞いて、俺も……彼らが命懸けで守り抜いた星を、この目で見てみたいと思っていました。シリウス小隊の誇りにかけて、必ず任務を全うしてみせます!」

 

「有紀君……」

 

真っ直ぐに前を見据える学の横顔を頼もしそうに見つめた後、ルイもまた、凛とした表情で一歩前へ出て敬礼を合わせた。

 

「私も有紀君と同意見です。地球との懸け橋となるこの重責、必ずやり遂げてみせます」

 

「おう! 俺たちシリウス小隊のチームワークを、異星の連中にも見せつけてやろうぜ!」

 

デイヴィッドたちも次々と声を上げ、力強い敬礼がブリーフィングルームに連鎖していく。

 

未知なる星への不安よりも、新たな使命への使命感と結束力が、彼らの顔を頼もしく輝かせていた。

 

「……頼もしいことだ」

 

バルジはふっと口元に笑みを浮かべ、全員に向かって力強く頷き返した。

 

「では、これより本小隊は地球派遣任務へと移行する! 各員、直ちに自身の装備を整え、特急列車『ビッグワン』の長距離航行用オーバーホールを急げ。準備が整い次第、地球へ向けて発進する!」

 

「「「了解(アイ・サー)!!」」」

 

新たな歴史の幕開けを告げるかのような、小隊全員の気合に満ちた声が響き渡る。

 

次元を隔てた地球とディスティニー。

 

二つの星の運命が交わる場所へ向けて、シリウス小隊とビッグワンの新たな旅が、今まさに始まろうとしていた。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

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