弥勒は偶然助けた行商人からお礼にと様々な着物を着た人形をもらう。
「懐で一日温め続けると良い事が起こりますよ。ただしその晩は絶対一人でいて下さい」行商人にそう言われた弥勒は忠告通り懐で温め犬夜叉たちとは別に一人夜を過ごすことにする。その夜、物置に一人で寝ている弥勒に……。



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偶然助けた行商人からお礼にと様々な着物を着た人形をもらった弥勒。
「懐で一日温め続けると良い事が起こりますよ。ただしその晩は絶対一人でいて下さい」行商人にそう言われた弥勒は忠告通り懐で温め犬夜叉たちとは別に一人夜を過ごすことにする。その夜、物置に一人で寝ている弥勒に……。




弥勒の女難

 とある村を訪れた犬夜叉(いぬやしゃ)たちは村長から『数日前から妖怪が村に現れ村人を襲い稲や野菜を奪い村は困窮しております。どうか妖怪を退治してください』と懇願され承諾。その日のうちに元凶の妖怪を退治した。

 すぐに旅を再開しようとする犬夜叉たちを村長は『この先には泊まれる宿はなく野宿をするには大変厳しい難所でございます。お礼も兼ねて今日はこの村で休んで下さい』

 その申し出に犬夜叉たちは甘えることにした。

 村に泊まることになった一行は夜まで各自解散となり、弥勒(みろく)は気分転換に林道を歩いていた。

「ん?」

 遠くから聞こえる微かな物音にニコニコとしていた法師の顔が一瞬で真顔に変わる。

「……!」

 ただ事ではないと感じ取った弥勒は音のする方へ駆けた。

 

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「……あれは」

 物陰に隠れ様子を窺う弥勒の視線の先には、

「はぁはぁ……お、お願いです……はぁはぁ、命……ひぃひぃ……命だけは……!」

 大量の汗をかきゼイゼイと荒い呼吸で、大きな(かご)を背負った小柄な行商人風の男が自身を囲む野盗に命乞いをしていた。

「そいつはできねぇな」

 野盗の頭領らしき男がニタニタと笑いながら刀に手を置く。

「俺達は久しぶりに血が見たくてしょうがないんだ。それに物が欲しければお前を殺してから奪えばいいだけだからな」

「ヒィッ!!」

 もう助からないと思った男は恐怖で身体を震わせ、頭を両手で抱えながらその場に(うずくま)った。

「さてと」

 刀を抜いた頭領にならうように、子分も刀を抜く。

「死ねぇ!」

「お待ちなさい!」

 刀を振り下ろそうとする頭領を、様子を見ていた弥勒が止めた。

「誰だ!」

 野盗たちが一斉に突然現れた弥勒を睨みつける。殺気のこもった視線に怖気づくことなく弥勒は言い放つ。

「そのような罰当たりな振る舞いは仏がお許しになるはずがありません。男を解放し、この場から立ち去りなさい!」

「ケッ、バカか!」

 弥勒の言葉に頭領は唾を吐いた。

「仏が怖くて野盗がやってられるかっていうんだ。この説教しか唱えられない似非(えせ)法師が!」

「このムッツリスケベ!」、「エロ坊主!」、「不良法師!」、「強欲野郎!」

 頭領に続いて子分たちが次々に悪口を言い立てる。

「あぁん?どうした法師よ。固まってしまって。もしかして怖くて震えているのか?……だったらこの男が殺されるのを黙って見てるんだな。そして次はお前だ、クソ法師!」

 ハハハと(あざ)け笑う頭領は知らなかった。目の前の法師が数々の修羅場を乗り越えてきた強者であることを。そして行く先々で交渉役を務めることができるほど紳士的で慈悲深い一方、怒らせたら普段の紳士的な態度からは想像も出来ない荒々しい一面を持っていることを。

「……」

 弥勒は心静かな笑みで野盗たちの方へ歩いて行った。

 数分後。

「もう一度、言ってもらっていいですか?」

 仏のような笑みで胸倉を掴む弥勒に、顔の原型が留めていないほどボコボコになった頭領が震える声で言葉をつなぐ。

「……こ、心清らかな気を俺達のような心の(けが)れた野盗にも見えるほど(ただよ)わせた法師様。我々が間違っておりました……今日この日より心を入れ替え(まっと)うに生きます……二度と野盗などの悪行に手を染めません……ですから。どうか、慈悲を……」

 弥勒の足元には頭領同様、原型を留めていないほどボコボコに殴られた子分たちが横たわっていた。

「いいでしょう」

 弥勒が頭領の胸倉を放すと、野盗たちは「ひぃい!」と転がるようにその場から逃げた。

「あ、危ない所を助けて頂き……ありがとうございます、法師様!私は行商人の粕ノ助(かすのすけ)と申します。助けて頂き本当にありがとうございました」

「いえいえ。ご無事でなりよりです。それでは」

「ま、待って下さい。法師様!……どうかこれを!!」

 男に背を向けて立ち去ろうとした弥勒が振り返ると、男が何かを差し出した。男の手には四体の人形。どれも弥勒が見たことのない衣装だったがその内の一体はかごめが着ているセーラー服と酷似した服があった。

(何か(まじな)いに使うものか?)

 怪しむ弥勒だったが男からも、男の持つ人形からも邪気など害を及ぼすものは感じられなかった。弥勒の疑問を察したのか、行商人は説明する。

「これは夢心地(ゆめごこち)という私が心を()めて作った人形です。この人形を懐で温めれば人形の衣装を着た女性が現れるというものです」

「じょ、女性……」

 その言葉に女好きの法師は喉をゴクリと鳴らす。男の言葉が本当なら……と思う一方で弥勒は疑問を口にする。

「し、しかし……これは大事なものでは?」

「はい、大切なものです」

 しかし、と男は続ける。

「物は時間をかければ作れます。ですが命は作れません。法師様が助けて下さらなければ私はこの世にいませんでした。そのことを考えればこれぐらいは当然のことです。さあ、受け取って下さい」

「……わかりました」

 男の本心を聞いて、弥勒は人形を受け取った。

「では法師様」

 男はニッコリと笑いながら説明をする。

「さきほど話した通り、その人形は懐で温めれば人形の衣装を着た女性が現れるというものです。ですので余計な誤解が及ばぬように今宵は一人でいることをお勧めします」

「わかりました。それでは粕ノ助さん。旅の安全を祈っておりますよ」

「法師様も」

 こうして二人は互いに背を向けて歩いて行った。

 

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 その夜。村長の家。

 村長が用意してくれた部屋が犬夜叉と七宝と同室だったため弥勒は

「すまない、今日は一人で考えたいことがあるんだ」

 と言って離れにある物置で寝ることにした。

「どうしたんだ、あいつ……」

「いつものと何だか違うのう……」

 いつもの弥勒らしくないと思う犬夜叉と七宝(しっぽう)は思ったことを口にする。

 覗きや夜這いを警戒した二人だったが、村にはいる若い女性は弥勒好みの容姿ではなかったことと、物置がかごめと珊瑚(さんご)が入っている風呂場から遠い場所であったことからいつもの弥勒らしくないと思いつつも警戒を解いた。

 

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 弥勒が物置で寝てから数時間後。

「先輩」

「……んんっ?」

「先輩ってば!起きて下さい!」

(先輩……なんのことだ?)

 目を擦りながら起き上がると

「先輩、可愛い後輩が起こしているんですから早く起きて下さいよ!」

「え?さ、珊瑚!?」

 そこにはかごめと同じセーラー服を着た珊瑚が女豹のポーズで見上げていた。セーラー服の胸元から形のいい乳房が見えて、弥勒の心臓がドクンと高鳴る。

「ど、どういうことだ!?」

 セーラー服を着た珊瑚が自分を「先輩」と呼ぶことに混乱する弥勒だったが、さらなる出来事が弥勒の混乱に拍車をかける。

「コーチ!」

「え?」

 振り向くとそこには『さんご』とワッペンが縫い付けられた紺色のスクール水着を着た珊瑚が腕に絡みついてきた。

 初めて見るスクール水着と腕に当たる胸の感触に、弥勒の鼓動が更に速くなる。

(ど、どういうことだ?う……喉が!)

「お茶でございます、ご主人様」

「あ、ありがとう!」

 目の前に差し出されたお茶を一気に飲み干した弥勒は

「な、何だ珊瑚!?その服装は!!??」

 白いエプロンに紺色の服、白いカチューシャをつけたメイド服の珊瑚を見て目を大きく見開いた。

「その服装って……メイド服でございますが?ご主人様」

(メイド服?メイド服って何だ!?……それにご主人様って!!??)

「もう、どうしたの?ア・ナ・タ」

 後ろから肩を掴まれ振り返ると、そこには戦国時代では見ることは決してない現代風若奥様の衣装に包まれた珊瑚が頬を赤らめながら見つめていた。

(な、何が!?……何がどうなっているんだ!!??)

 セーラー服以外見たことのない衣装でいつもと呼び方が違う呼び方で自分に接する四人の珊瑚に、弥勒は驚きを隠せなかった。

(そうか、これが粕ノ助さんが言っていた『人形の衣装を着た女性』か!)

「もう先輩、何考えているの~?」

「コーチ、私……もっとうまくなりたいんです。ですからもっとご指導を!」

「ご気分が優れないようでしたら薬を持ってきますよ?ご主人様」

「もう、薬じゃなくて私の手料理が食べたいんだよね?アナタ」

 四人の珊瑚はその衣装にあった雰囲気に合わせて弥勒に接する。

(ふふっ、これはこれで……)

 最初は戸惑いしか見せなかった弥勒も、四人の珊瑚が行商人のくれた四体の人形だとわかり余裕を取り戻した。

 余裕を取り戻した弥勒は普段の珊瑚とは一味も二味も違う珊瑚に堪能する。

「先輩!」

「コーチ!」

「ご主人様!」

「アナタ!」

(おぉっ……これはこれで)

 異なる立場で自分に接する四人の女性に鼻の下を伸ばす。

「申し訳ないがもう一度!」

 その要望に四人の珊瑚は応える。

「先輩!」

「コーチ!」

「ご主人様!」

「アナタ!」

(う~ん、実にいい!)

 ジーンと弥勒は静かに涙を流し、心を震わせる。

「もう一度!」

「先輩!」

「コーチ!」

「ご主人様!」

「アナタ!」

「法師様」

「うんうん……え?」

 声が一つ増えたことに気づく弥勒。増えた声の方を見るとそこには

「何をしてるの、法師様」

 真剣のように細めた瞳で弥勒を見る珊瑚の姿が。その瞳は見る者全てを凍りつかせると錯覚するほど冷たかった。

「……」

 珊瑚は四人の自分に囲まれる弥勒を見ながら、自身の相棒である飛来骨(ひらいこつ)をグッと握りしめる。

「……ッ!?ま、待て!!早まるな、珊瑚!!」

「問答無用!!」

 制止させようとする弥勒の言葉を聞かず、珊瑚は飛来骨を法師目がけて投げ飛ばした。

 

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 翌日。

 旅を再開させた犬夜叉たち一行だったが。

「……な、なぁ、珊瑚。昨日のことだが……あれは……」

「ねぇ、かごめちゃん。今日もいい天気だね!」

「え、えぇ……」

 ゴミを見るような視線で弥勒を一瞥(いちべつ)すると、珊瑚はかごめの腕に絡みついた。

「た、頼むから話を聞いてくれ!珊瑚!!」

「かごめちゃん。この間かごめちゃんが持ってきてくれた『ぷりん』っていうの、あれ美味しかったからまた持ってきてくれないかな?」

「え?あ、うん……いいけど」

 徹底的に弥勒を無視してかごめに話しかける珊瑚。その様子を離れた所で見ていた犬夜叉と七宝は思わず呟いた。

「今日はいつにも増して不機嫌だな、珊瑚」

「確かに。弥勒が珊瑚を怒らせることはいつものことじゃが……今日は一段とひどいのぉ……」

「お願いだ!お願いだから話を聞いてくれ……珊瑚!!」

 必死に呼びかける弥勒。しかし機嫌を直す7日後まで、珊瑚が弥勒に接することはなかった。

 




辻谷耕史さんのご冥福をお祈りします。

粕ノ助。筆先分十郎が書いている涅マユリの秘密道具に登場する葛原粕人の先祖。


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