かくて人は、星へ / Ad Astra by nymphxdora ほか   作:ポット@翻訳

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ハリー・ポッター原作最終巻、最終決戦後の話です。時系列上はもうひとつの「かくて人は、星へ」の前のシーンですが、どちらを先に読んでもかまいません。多分。

許可を得て下記の作品を翻訳したものです。

Translation of "Icicles" written by nymphxdora
https://www.fanfiction.net/s/10580798/1/Icicles



氷柱 / Icicles by nymphxdora

 彼女は暗いなか、ひとりで座って、待っていた。

 

 テディは上の部屋にいる。 ニンファドーラがあの子を預けに来て、しばらく面倒を見てほしい、なにがあってもあの子を守ってほしい、と言って出ていってから、何時間も経った。

 

「お母さん……もしわたしが戻らなかったら……この子を……育てて。 健康に、強く育つように。 そしてわたしのことを、わ——忘れないように」 その声は涙でいっぱいで、感情そのものが滲んでいた。顔色は真っ白で、髪はいつもの活力を失っていた。 昔からいつも、あの子は……最初はやんちゃな子どもとして、後には正式な闇祓いとして、さらには騎士団のメンバーとして……あらゆる危険に首を突っこんできた。 だが、あれほどなにかを恐れるニンファドーラを見たことはなかった。

 

 アンドロメダはテディを寝かせるため、揺すってやりながら子守歌を聞かせた。両親は彼を愛していると、起きたら戻ってきてくれると、言って聞かせた。 それが嘘にならなければいいと願うしかなかった。

 

 静寂のなかで小枝が折れる音がして、彼女は戦慄した(ニンファドーラとリーマスが勝利して、無事に戻ってきたのだ、という一縷の望みも浮かぶが、無視しようとした)。 杖を手に、彼女は警戒しつつ立ちあがり、窓のほうへ向かった。

 木々のあいだの、やっと見えるかどうかの白いきらめきをアンドロメダの目は逃さなかった。 震えながら、窓を開けて問いただすと、声が反響する。

「だれ?」

 

 人影が森から、両手をあげて出てくる。

「わたしよ、アンディ」

 

 人影は近づいてきて、女性のすがたをしていることがはっきりと見てとれるようになった。長い首、ブロンドの長い髪、高い頬骨。だれであるかは即座に分かった。アンドロメダはほとんど衝動的に杖を、動く人影の胸部に向けた。

 

「止まりなさい、ナルシッサ」と小声で詰問調になる。

 

「攻撃するつもりはないわ」

 そう言ってナルシッサは杖をポケットから出し、地面に落とした。信頼のサインだ。

「アンディ、もう終わったの。あの人は死んだ。ヴォルデモートは死んだ」

 

 アンドロメダの心臓が一瞬止まった。 戦争が終わった。勝利したのか。 心のかたすみの一縷の望みでしかなかった、ニンファドーラとリーマスが戻ってくる可能性が、ほとんど確実なように思えてきた。

 

 だがナルシッサからもたらされたその喜びも、アンドロメダの疑念を止めはしなかった。

「もし騎士団の側が勝ったなら、なぜあなたがここに? あなたの家族の……交遊範囲からすれば、アズカバン行きか、少なくとも裁判があるまで拘留されると思っていたけれど」

 杖は、ナルシッサの胸に当てたまま。

 

 ナルシッサは悔恨の笑みをした。

「わたしは……乗り換えた、と言えばいいかしら? 少し説明しにくいのだけれど……」 アンドロメダは、いくら難しかろうが知ったことか、納得いくまで説明してもらうまでは信頼してやれるわけがない、という表情をした。 ナルシッサは驚いた様子を見せず、溜息をついて、続けた。 長女はこの三姉妹のうちで、いつも一番頑固だった。

「闇の帝王はハリーを殺した。ところが、実はハリーは死んでいなかった。 あの人はもちろん、そうとは気づかなかった——わたしがそれを確認させられたの。 わたしはハリーに——もちろんこっそりと——ドラコが生きているのか、尋ねた。 最後に聞いたときには、城のなかにいるはずだったから。 ハリーはうなづいた。 わたしは闇の帝王に、ハリーはたしかに死んでいる、と伝えた」

 

 アンドロメダはその情報を慎重に受け止めた。

「ずいぶん勇気がいったでしょうね、シシー」

 

 ナルシッサの顔にかすかに笑みが現れたが、すぐに消えた。

「でもそれを言いに来たわけじゃない」

 

「じゃあ、何のため?」

 

「アンドロメダ……」

 ナルシッサが迷いの表情になった。 アンドロメダは心臓が胸骨を打ち、骨に傷を残すのを感じた。 開心術士ではなくとも、なにかがどうしようもなくおかしいときに、本能的に気づくくらいのことはできる。

 

「ニンファドーラが、死んだ」

 

 その数語を胸に投げつけられ、アンドロメダはよろめいて倒れかけた。指が折れるかと思うほど強く窓枠を握ってとどまった。 涙が目の端から滲んだが、泣きはしなかった——凍りついて氷の結晶になった涙が、寒気を全身に伝えるようだった。 なにか言おうとしたが、声が出ない——のども凍りついた。その表面についた透明な氷で、言葉が通れなくなってしまった。かすかに胃が痙攣しはじめたのに気づいた。これから痛みが少しずつ、少しずつ積み重なり、息もできないほどの苦悶に変わる。

 けれど、テディのために、聞いておかなければ。そう思って何とか言葉を紡ぎ出した。

「リ、リーマスは? あの子の夫は?」

 

 ナルシッサは首を振り、アンドロメダは唇を強く噛み、血を吸った。 これで皆いなくなった。テッド、ニンフィ、リーマス……。テディだけが……可哀想に一カ月にもならないうちに、テディだけが残って、孤児になってしまった。 この子は両親を知らずに育つ。気分によって色を変えるニンフィの髪も、リーマスの静かで知的な雰囲気も、 二人がどれだけ勇敢だったかも知らずに。

 

「アンドロメダ。さぞつらいことだとは思うけれど……」

 

「つらいに決まってるでしょうが」

 歯ぎしりをしながら彼女はそう言った。

「だれ? だれに殺されたの?」

 

 ナルシッサは息を飲み、喉になにかをつかえさせた。

「アンディ、……ニンファドーラは、ホグワーツの門をくぐった直後から、狙われていた」

 

「だれなの、ナルシッサ?」

 

「ベラ。ベラトリックスよ、ニンファドーラを殺したのは。リーマスを殺したのは、ドロホフ」

 

 アンドロメダは凍りついた。 空気が冷たい。とても冷たい。

 

「し——知っていながら?」

 

 ナルシッサはうなづき、アンドロメダは突然怒りが全身を巡るのを感じた。 当然……ベラトリックスは当然、ニンファドーラがアンドロメダの娘であることを知っていた…… ニンファドーラを獲物として狙って殺したのは、何年もまえにアンドロメダがしたことへの仕返しなのだ。

 

「アンディ……ごめんなさい」

 

「黙って、シシー」と言う彼女の声は震え、悲しみと怒りが混ざった。

 彼女はナルシッサの謝罪を許せない。 いつもそうだった。 彼女がテッドと付き合っているのをナルシッサが知って、両親に伝えて、あっさりと家から彼女を追い出したときのことを思い出す。 その一週間後に謝罪しに訪ねて来たナルシッサに、穢れた血と結婚したとしても姉妹として愛していると言われたときのことを思い出す。 アンドロメダはあのとき、取り合おうとしなかった。

「く……苦しまずに死んだ?」

 

 ナルシッサの表情から、そうでないことは分かった。ベラトリックスはニンファドーラが苦痛と恐怖で悲鳴を上げるまで拷問したのだろうということも、 妻を救いに駆けつけたリーマスが返り討ちにされたのだろうということも、分かった。 もしニンファドーラがそのリーマスを見ていたら、クルシアタスの呪いと苦痛とがいっしょになって、忍耐の限界を越えてしまっただろう。そして、普段は不屈で勇敢なあの子も、地面に倒れただろう。

 

「ベラトリックスを殺してやる」

 彼女は自分でも驚くほど険のある声で言った。

「どうなっても殺す。必ず殺してやる」

 

「もう死んだわ。モリー・ウィーズリーが殺した」

 

 二人は沈黙した。声のない嘆きが空気を重くした。

 

「わたしは……ニンファドーラをよく知らなかった」とナルシッサが静かに言った。

 

「そうね」

 

 彼女は実家の人間をだれ一人あの子に近づけようとしなかった。近づきたがる人間がいるとも思わなかった。

 

「ニンファドーラは……あなたとよく似ていた。それにあなたのように……勇敢だった。アンディ、彼女は最後まで戦っていたわ」

 

「わたしなんかより、はるかに勇敢だった」

 

 そう言いながらアンドロメダは自分を嫌悪した。 彼女は不死鳥の騎士団への参加を見送った。迫りくる闇から自分と家族を守る機会を見送った。 家族を危険に晒したくないから、と自分に言い聞かせていたが、本当は恐かったのだ。

 

 その恐れのおかげで、娘は死んだ。孫は孤児になった。

 

 こんな自分に我慢ができない。

 

「去りなさい、ナルシッサ」

 

「でも、アンディ、わたしは……」

 

「早く」

 

 ナルシッサは最後に同情するような眼差しをしてから、バチンという音とともに空中に消えた。 アンドロメダはいつのまにか壁に寄りかかって崩れ落ち、やっと涙に身を任せた。

 

 

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