クラス代表決めで連敗するオリ主   作:林太郎

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2話 疎外

 最悪の目覚めとなった。

 

 

 結局あのまま、ベッドにはいることなく机に突っ伏して眠ってしまったらしい。体のあちこちが痛んだ。

 

 

 唸りながら腕を大きく伸ばしてストレッチをしているとドアが叩かれた。

 

 返事をして、ドアを少し開けて外を見ると制服姿の織斑一夏が立っている。相変わらずの爽やかな表情を浮かべていた。

 

 寝坊してしまったのではないか?そう思って今が何時かを尋ねると、どうやら俺は今日朝御飯を抜かねばならないらしい。一人部屋ゆえのアクシデントだ。

 

 今起きたところだから、先に食べていてくれと一夏に伝えると、大急ぎで服を着替え、顔と歯を洗い、ドライヤーで寝癖を直して前髪を右へ流した。

 

 鏡には少しやつれた自分がいた。

 

 

 授業は簡単だった。

 

 いままで積み上げてきた学力は、世界中のエリート女子中学生が集うこの学園でも十二分に通用するものだった。

 

 理科科目には未習範囲が多かったが、とるに足らない難易度だ。

 

 困ったのは数学だ。教える側の能力が明らかに足りていない。新しい知識が提供されることは無かったが、別にそれは問題ない。期待もしていなかった。高校数学は中学入学前に終わらせていたからである。

 入学前に気になっていたのは、問題に対してのアプローチの仕方を、教師がどのように教えるか、である。

 しかし期待はずれも甚だしかった。教師は暗記させるための板書をしていて、問題解決に必要な柔軟な思考の重要性を、ちっとも理解していないようだった。

 

 もっとも、柔軟な思考を身に付けさせる具体的な方法など無いのだが。

 

 もちろん、彼が扱う問題は有名なものばかりだったので、既に解いたことがあったり、着眼すべき点が分かりやすいものばかりだった。つまり、俺には簡単だった。

 

 

 そう、ISの実技さえどうにかなれば、俺は間違いなく学校一位の能力をもっている。これは自惚れではない。ただISの実技での成績が最も重要なこの学園では他の科目など留年するかしないか程度の価値しか持たないので、それが不得手な俺は良くて上位二十パーセントの成績だろう。克服しなくては大田家の扱いは変わらない。

 

 

 そして今日も俺の嫌いな実技の授業がある。

 

 授業ではISスーツというものを着なければならないのだがそれを着るのはどうも慣れない。体にぴったりとフィットする、締め付けられる感覚が好かんのだ。

 

 付け加えると体のラインが出てしまうこのスーツを女子も着用しているので、目のやり場に困る。成人前の女子にこんな格好をさせるのは、なにか機能的であるという理由だけでない、汚らわしい大人の男の思惑が働いているのではないかと邪推してしまった。

 

 

 織斑先生はまず俺達三人、専用機持ちの生徒に飛行の実演をするするように言った。それに伴ってISを展開させねばならないのだが、セシリア・オルコットは言われるや否や展開、俺と一夏は自機の名前を呼ばなくては展開ができなかった。

 

 余談だが、ISが展開していないとき、待機状態の形体はIS保持者が指定できるものではなく、一夏は銀の籠手、セシリア・オルコットは青いピアス、そしては俺は暗い銀色のバングルである。いままでこういう嗜好のアクセサリーを身に付けたことはないが、なかなか良い見た目をしているので気に入っている。

 

 飛行中はこのISという乗り物も悪くないと思えた。風が頬をくすぐる清涼感、いつもより近い雲は俺の心をなごませた。

 

 織斑先生は一夏に対して速度を上げろと檄を飛ばしたが俺には何も言わなかった。これは俺の機体が二人のISに比べて高速移動に適していないからであると信じたい。

 

 一夏がそううまく飛べるかとぽろりとこぼすとそれをセシリア・オルコットが拾って自分なりの方法を見つけるのが一番だと助言をしていた。急に軟化した彼女の態度に一抹の疑問を抱いた。

 

 可能性は二つ。

 

 一つ目は昨日の戦いで予想以上の抵抗を見せた一夏のことを見直し、同時に己の不遜な態度を恥じた故のことである、というもの。

 

 二つ目は、一つ目の仮説の続きのようなもので、見直して、自分を恥じたあと、必死に立ち向かう一夏の全力が脳裏に刻まれ、男らしさというもの、男の魅力を知って、彼に惚れてしまったという説。

 

 二つ目はおふざけで考えたようなもので、ほとんど、いや、全くその線はないと思っている。こんな説をたてること自体がセシリア・オルコットを侮辱しているようなものだとも思える。もしこれが、的中していたなら彼女は、そう、簡単な女、もっと砕けていうならばちょろい女ということになってしまうからだ。一つ目の説はなかなかいい線を行っていると思う。これがあっているなら俺への態度も次第に軟化していくことだろう。

 

 さて、そんな下らない妄想が一区切りしたときに織斑先生から指示が入った。

 

 急降下、その後完全停止。

 

 セシリア・オルコットがまず地面に向かって加速していって、体勢を立て直し足からエネルギーを逆噴射させて、着地した。うまいと感嘆の声をあげる一夏に俺も心から同調する。実に見事だった。

 

 続いて俺と一夏がほぼ同時に加速していった。地面につくそのわずか数秒の間に、一夏の速度が異常であることを感じた。速すぎる。このままの速度から完全停止をされた日には、俺は劣等感で前を向いて歩けないだろう。どうにか彼より上手く成功させたいものだ。俺は集中した。

 

 不必要な情報をシャットアウトして、地面との距離と自分の速度、つまり到達予想時間を考えることにのみに頭を使った。近づいてくる地面が怖いかと誰かに問われたのならば、俺はなんの躊躇いもなく首を縦に振る。だが今は怖がっている場合ではない。地面にぶつかるのは勿論、ミスを恐れて高い位置で停止してしまっても、どちらにせよ猛省すべき失態である。完璧にこなさねばならない。俺はタイミングを見計らって体勢を立て直そうとしたが、完璧に直立できず、前方に傾いていてしまったので、二、三歩前進してようやく止まった。

 

 だがなかなかの出来ではないか。俺は先生に評価をもらおうと、生徒たちが集まっていた方向を振り返った。

 

 俺の身長の何倍もある高さの大きな砂ぼこりが舞っていた。向こう側にいるはずの人だかりが見えない。だが、不安そうな声と一夏を心配する声だけは聞こえた。会話から一夏が真っ逆さまに落ちていったことがわかった。

 

 煙が晴れると大きなクレーターができていて、覗きこむとクレーターの中心部にいる一夏が、地中に埋まった頭を引き抜こうとしているのが見えた。

 

 

 俺より早く、彼は地上についていたはずなので、彼が落ちた轟音が聞こえないほどに俺は集中していたようだ。

 

 彼に怪我がないようで、俺はほっとした。問題は彼が作った砂のカーテンの向こう側で俺が着地したので、俺のそこそこ上手く言った着地を、恐らくは誰も見ていなかったというところである。

 

 一夏を心配して先生二人と、篠ノ之箒、セシリア・オルコットがクレーターへと向かう。篠ノ之箒は一夏の幼馴染みであり、一夏にとっては特に気を使う必要のない友人の一人である。なお、その類いの友人はいまのところこの学園には二人しかおらず、もう一人は俺である。

 

 さて、そんな友人だと思われている篠ノ之箒が一夏のことを同じように友達だと思っているかというと、そうでもない。

 大切に思っていることは確かであろうが、これは友情とは言い難く、おそらくは恋心であろう。無理もないことである。一夏はその外見も魅力的でありながら、その自覚がなく、誰にも分け隔てなく親切である。

 

 中も外も女性を魅了するに十二分な質を備えているので、彼のファンは多い。

 

 篠ノ之箒は心配して彼に寄って行ったことへの恥ずかしさからかはわからないが、意外にも辛辣とも言える厳しい言葉を一夏に向かって放った。

言い終わるか終わらないかのうちに、セシリア・オルコットが篠ノ之を押し退けてクレーターの斜面を滑り、膝に手をついて目線を下げて、一夏に怪我がないかと声をかけた。

 

 一夏は彼女から、さん付けで呼ばれたことに大きく反応した。念のため保健室につれていこうとするオルコットに対し、クレーターの中に下りてきた篠ノ之がISを展開していて怪我をするわけがないから不用だと反論。するとオルコットは他人を気遣うのは当然のことだと、至極真っ当な返答をした。

 二人はおたがいを睨み付け合い、それが俺にセシリアの気持ちを確信させた。

 

 彼女はどうやら、異性に対して隙の多い女性のようだ。

 

 

 

 その日の夜、織斑一夏のクラス代表就任パーティに参加することとなった。

 

 一夏の両脇を彼に心を寄せる彼女たちが固めていたし、周りが彼を誉めるその視線の端に俺を捉えられるのが嫌だったのもあって、同じ机を囲みはするが、彼から少し離れたところに座った。

 

 すると両脇を布仏さんと相川さんが固めた。谷本さんはそんな二人に頬を膨らませる。男が少ないから、ただ男であるという事だけである程度周りから好かれているのだ。もっとも、彼ほどではないが。

 

 彼女たちは俺が一夏の次に多く話す女子生徒のメンバーである。俺と一夏に対し積極的ともとれる言動をとるが、そのどれをとっても、面倒くさい、しつこい、鬱陶しいなどのマイナスなイメージを抱かせない、分別のあるものなので、一緒に話していて素直に楽しい。

 

 おそらく、彼女たちの好きという気持ちはアイドルに対するそれと同じなのだろう。現に相川さんは織斑派、谷本さんは大田派と豪語しているが、俺と一夏が誰とくっつくのかを予想して楽しんでいる節もある。つまり、本気で落としてやろうみたいとは思ってないということだ。男が一夏しか居ない以上、彼女らのスタンスは楽なことこの上なかった。

 

 誰かが音頭をとって、一斉にクラッカーを鳴らした。何も聞いていなかったのか、一夏は何故自分は負けたのにクラス代表になったのか、という疑問を口にしたのでオルコットが説明する。代表候補生である自分に勝てないのは当然のことなのに、大人気ない行動をしたことを反省、だからクラス代表の座を譲る、というのがオルコットの言い分。つまるところ、惚れた相手を持ち上げたいということだろう。

 

 俺はオルコットが一夏を好きだから代表を譲ったのだろうと思っているから、自分の名前が上がりさせしないことをあまり気にしていなかった。だが、居心地が悪いのだ。一夏を皆で持て囃す様子をにこやかに眺め、たまに俺に話題が振られるとやはりにこやかに返す。

 

 誰が面倒くさいと名指しすることはできないが、この雰囲気は確実に俺にとっての毒をはらんでいた。つまり、恥ずかしいことではあるが、俺は一夏を羨んでいた。

 

 俺は皆に許しをもらって、その場を去り、部屋に戻ることにした。

 

 心配をしてくれている、幾多の視線に気がつかないふりをした。

 

 廊下に出て一人になって、俺はやっとスイッチを切った。機械的なスイッチではない。心の中にある、社交的な大田亮太郎になるためのスイッチだ。この切り替えは幼少の頃、父から学んだ処世術である。俺がどんなに楽しそうに振る舞っていても、奥底で冷静な自分がいるから破目を外したり、大きな過ちを犯さずに済んでいる。人といるときはスイッチはオンになっているが、精神的にかなり疲れる。オフになっている時だけが、本来の自分が表に出てくるのだ。このスイッチの存在を知っているのは、父と俺、もし俺の頭を覗ける者がいればその者だけである。

 

 ところで夜の廊下というのは、電気がついていても独特の不思議な雰囲気がある。どんなに電気で明るく照らしても、窓のすぐ外には深淵の闇がどこまでも続いている。その事実を認識すると何故か少し寒気がした。

 

 

 角を曲がると、一人の女子生徒がこちらに歩いてきていた。制服姿であるが、何故か肩が出ている。そう不思議なことでもない。この学園では度が過ぎない範囲であれば、制服を改造して着ることが許されているのである。

 

 正直、今は全く誰とも話したくはない。部屋に戻ることにしたのは、あの場が居づらかったのもあるが、昨日は夜中まで文書を書いていたので疲れていたのも理由の一つである。早くベッドに入りたい。もし話しかけられでもしたら、面倒なことこの上ない。俺は話しかけないでほしいという意図が伝わるように、女子生徒には一切目をやらず、真っ直ぐに前だけをみて廊下を進み、すれ違おうと思った。

 

「もう一人の男ってあんた?」

 

 急に現実に引き戻される感覚があった。女子生徒はいつの間にか足をとめていた。無視したかったが何故かつられて俺も立ちどまってしまった。

 

 そこではじめて彼女の顔を見た。

 

 小柄な少女であった。綺麗な二重の下に、見ていると吸い込まれそうな緑色をしている瞳を持っていた。先の言動がなくとも、俺はこの目だけで、この女子生徒の気性が激しいことを伺い知ることができた。

 茶色い長い髪をツインテールにしていて、オレンジのリボンでもって結んでいる。前髪はまゆ毛に少しかかっていて、それを左に(俺から見たら右に)流していた。その髪型は彼女の顔によく似合っていて、彼女をより魅力的にしていた。小顔であること、顔の輪郭、パーツが整っているので、俺の好みでは決してないが、かなり可愛らしい少女であることを認めざるを得なかった。

 

 俺がもう一人の男かどうかなんて見ればわかるだろう。見ればわかることをわざわざ聞くなと思った。そして俺を、もう一人の方と彼女は認識していたことにも苛立ちを覚えた。こんな、どこの誰だか知らん女の中でも、俺は二番目だった。

 

「だったらなんだよ」

 

 俺は目を細めて、出来るだけ言葉に刺を持たせて言った。当然、彼女は気を悪くした。こちらを睨み付けるようにしながら口を開く。

 

「別に、ただ聞いただけじゃない」

 

「見ればわかるだろ。女に見えたのか?」

 

 思いきり顔をしかめて、一拍おいて彼女はいう。

 

「性格悪いって言われない?」

 

「むしろ好かれてるよ。おかげさまで」

 

 彼女は大きくため息をついた。そして歩き出す。すれ違い様に、一夏とは大違いねと呟いていた。腹が立ったが、わざわざ呼び止めるのも情けない。俺も部屋へと向かいだした。

 

 

 

 

 部屋で俺は先程の行いを後悔した。この学園では出来るだけもめごとは起こしたくないのだが、あれは引き金に成りかねない。それに、なんと子供っぽい言動だったことか。父にあの現場を見られていたらどんな言葉をかけられていたか。

 

 二度と気を抜かないと決めた。

 

 ここに来てから良いことなど一つもない。だがそれは仕方のないこと。

 

 俺はいつも通り机に向かってもう何周したかわからないISの教科書を読み進めるのであった。

 

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