一夏の部屋を出てから身支度を整え、今俺はやっと床についた。まだ体のあちこちがずきずきと痛む。
ブライドを捨てようと決意してから、人間関係は外見上良くなったと思えなくもない。しかし根本として俺が彼らと同程度の人間だとは思えないのだ。ISを除いて俺が彼らに負けていることなど何があげられようか?
ブライドを捨てようと、彼らにどうにか笑顔で接する時間を増やそうと努めていくにつれ心労も増えた。今日なんか朝部屋を出てから今しがた一夏の部屋を去るまでほとんどが、性格の良い自分を演じていた。
演じたくてそうしているわけではない。その他に道がないのだ。織斑一夏ではなく、もっと学があり、読書家の男がいたら俺は間違いなく、そいつとならありのままの自分で接することができるだろう。織斑一夏と親友になる他に道がなかったからそうした。彼に嫌われると居場所がなくなるから笑顔を振り撒いている。情けないことだとは自分でも思う。
そして今日見えた光明も今や怪しく光っている。
ところで、仲が深まると今まで知らなかった一面を見ることができると言うのは本当のことのようだ。つまり、何が言いたいかと言うと、織斑一夏は俺が当初思っていたほどの大人びた善人ではない、ということである。
彼の言動にはまだそれほどの論理的な道筋が立っておらず、感情に任せた発言が多いと気づいた。
今回のことだって種を蒔いた側が悪いとほとんど一方的に俺を責め立てたのだ。どう考えても俺と凰のやり取りにおいて、罪と罰のバランスがおかしいのに、だ。
俺は彼から一歩引いた関係を心がけるように決めた。そしてこれは疑う余地なく、ブライドの問題ではない。相性の問題だ。俺が彼に不信感を抱いているからそうするんだ。
そう結論付けるとやっと眠気がのぼってきた。明日からはもう少し楽をしようと心に決めてゆっくりと眠気の波に身を任せた。
シャルルが来た翌日なのだが、転校生が来た。
まず目を引くのは髪。腰まで伸びた長い銀髪は確かに綺麗だったがよくみると所々で毛先がまとまっていなかったり、艶がなかったりする。手入れをしていないようだった。
そして左目の黒い革の眼帯。右目のなかには赤く光る瞳があった。そこから延びる視線はどこか無機質なもので、彼女の浮世離れした雰囲気に拍車をかけていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
両先生に言われてやっとした自己紹介はただそれだけで終わった。クラスに気まずい沈黙が流れるも動じない。そして、織斑先生に声をかけられたときの返事から軍人であることがうかがえた。なるほど織斑先生は以前ドイツ軍にいらしたのか。
おずおずと以上ですかと聞いた山田先生に、以上だと告げた。敬語を使わないことに腹が立ったが、そういえば外国人だったので良しとした。
この学校の外国人はみな日本語が上手いので忘れがちだが、母国は決して日本ではない。
つまらなそうにクラスを見ていたボーデヴィッヒだったが、何やら血相を変えて一夏の席にずかずかと歩いていき、彼に平手打ちをした。(俺は心のなかでガッツポーズをした。)
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
そういうとボーデヴィッヒは誰に許可をとるわけでもなく、空いている席に座ってしまった。
教室に漂う雰囲気におされて、生徒の誰もなにも言えない時間が続く。織斑先生が解散を宣言するまでその異様な空気は続いた。
一夏に声をかけにシャルルが彼の席に向かったので俺も続いた。頬を叩かれた理由に覚えはないと言う。ということは転校生は単なる気の狂ったヤツということになる。
シャルルは俺にも声をかけ、湿布のにおいが凄いねと苦笑して、そして返信の有無を尋ねてきた。俺は普段からLIMEの通知を切っているので、確認すると言って端末を操作する。
わかった。とだけ送られてきていた。文字で良いから一回謝れよと思ったが口には出さず、代わりによかったぁと心底ほっとしたように言った。
何て言うか考えたのか、というシャルルの問いかけに頷く。無難な言葉で飾って謝罪するつもりだ。もちろん形だけの。
しかし、簡単に何事もなく済むとは到底思えないのだった。
その日の授業は全て座学。その上全て既習範囲だったので退屈しのぎに机の端に本をおいて密かに読んで過ごした。流石に織斑先生の授業は真面目に受けたが。本を読んでいると時間は早く過ぎて、ふと意識した頃にはもう最期の授業が終わるところだった。
放課後になるとすぐ俺は屋上に出た。
一人で屋上に出ることは初めてだったのでとても新鮮だった。どこで待とうかと迷って、ドアから少し離れてたところの柵にもたれて座った。
待たされる予感がしていたので、念のためにと持ってきた本を開く。授業中に読み進めた結果、残りはあと一章だけになったのだ。実を言うとあまり面白くないから、さっさと読み終えてしまいたいのだ。
風に邪魔されながら何ページかを読んだ。しかしまだ来ない。時計をちらりと見ると放課後になって二十分くらいが過ぎていた。もしかしたら急に教師に呼び出されたのかもしれないと思ってLIMEを確認しても何とも連絡はない。ため息をついて再び活字の上に目を落とした。
結局、読み終えてしまった。退屈になった俺はイライラしながら屋上を歩き回った。
忘れているのだろうか昨日の今日で、とか、俺を待たせるだけ待たせて屋上には行かず、どこかで俺を滑稽だと笑っているのではないか、とか色々考えた。
律儀に待ってやる必要はあるのかと考えると、やはり呼び出したのは俺にだからこればかりは仕方ないとすぐに答えが出たのでまた腹が立つ。
屋上の扉が開いたのはそこからまた五分たってからだった。
不機嫌そうな顔でこちらにつかつかと歩いてきて、遅くなったことを詫びもしない。
「それで、何?」
凰の言葉に皺がよりかけた眉間をどうにかリラックスさせて、眉毛を少し寄せて、俯きがちになって反省している人になった。
「昨日はごめん。女の人に言うようなことじゃなかった」
完璧な声のトーンだったと思う。
凰は何も言わなかった。なにも言わず俺の目をじっと睨んでいる。ここから目線をはずしたら負けな気がして、俺もしょんぼりとした目を維持しながら凰のにわかに緑がかった瞳を見続けた。
顔だけ見れば可愛らしいと言わざるを得ないということに気づき、腹立つ。
「それで?終わり?忙しいんだけど」
マジかこの女。
「ほら、顔に出た。何でこいつ謝ってこないの?って顔よね。ホントに悪いと思ってないんじゃん」
マジかこいつ。
「いやさ、忙しいところ呼んで悪かったなって思っただけだよ」
まだ取り返しが聞きそうなので全力で下手に出る。
「嘘にしか聞こえない」
だってウソだもの。さて、いい加減もう俺の語彙力も不足してきて、なんと切り返せば俺は胸を張って一夏に報告できるようになるか、全く見当がつかなくなった。
そうして生まれた若干の沈黙は、俺のウソがウソだと彼女に露呈させた。いわゆる、沈黙は肯定、というやつである。
ほら見たことか、といいたげな顔をした凰は、踵を返し、屋上から去ろうとした。
たぶん、もう、正直に話す他ないなと思い立ち、凰に声をかけた。
しかし彼女は止まらない。俺は奥の手─というほどのものではないが、それを使うことにした。
「一夏がさぁ!」
案の定、即座に彼女は足を止めた。
「一夏が俺とお前が仲悪いことを気にしてんだ」
これは本当。
「それが何?」
食いついてきた。簡単なヤツで良かった。
「俺らが嫌い合ってるっていう点において、アイツは俺のことをよく思ってない。お前のことも、な」
前半ホント、後半ウソ。いや、尤もウソだと断定はできてないけど。しかし彼女は振り向いた。焦りが顔に出ている。
「俺はアイツと仲良いままで居たいし、お前はアイツに好かれていたい。そうだな?」
凰は分かりやすく動揺した。頬を少し赤らめて否定する。
「別にそういうわけじゃない......いや、なくはないけど.....」
言葉は尻すぼみになっていた。
「俺はお前が嫌いでお前も俺が嫌い。だが、一夏から嫌われたくはない。いいね?」
凰は恥ずかしそうに頷いた。最初の威勢はどこへいったんだ。今は普通の恋する乙に見えるが。
「だから見かけ上は仲良くする。いいね?」
えっと顔をあげたが他に選択肢がないことにはこの馬鹿女にもわかったのだろう。渋々ながら了承した。
「一夏の前なら俺は嫌みを一切言わない。お前も普通にしてろ」
凰が再度頷き、事態が片付いた確認がとれたので、俺はさっさと帰ろうとした。
突っ立ってる凰とすれ違うときに、謝り損だったなと呟いてやる。凰はきっ、とこっちをにらんで少し体を捻って、昨日と同じ二の腕を殴ってきた。それは素手で、しかも、あぁ何か当たったなとしか感想が持てない程度の、手加減された拳だった、とは思うが辺りどころが悪く、痛い。とはいえ手加減を覚えたことを知り、俺は馬鹿も学ぶんだなと思った。
「全く悪いと思ってないわけね?」
「少し思うけどお前の方が悪い」
歩くのを止めて言い返す。
「なんでよ」
彼女は道徳という授業を受けていないのだろうか。受けていてもまともに聞いているやつは少ないと思うが。とにかく、暴力を一方的に振るうことが悪いことだという認識がないのが、もう薄気味悪くさえある。
「ISで生身の人間を殴って傷害を負わせた。これ、重大な法律違反だろ。そもそも許可なしにISを展開ってのも違反じゃん。それを俺が然るべきとこに報告してないことを、うまく誤魔化してやったことを感謝すべきじゃないの?」
事実だ。俺の立場が揺らぐのを恐れて頑張ってこいつのために言い訳をしてる。あのとき屋上にいたメンバーには口裏を合わせるためにその内容をメールしてある。こいつを除いては。
ぐっと押し黙った。その様子を見ると法を知っていて破ったのがわかった。なんてヤツだ。
「シャルルだって許可なしにIS出してたし」
「あれは特例。あとで謝罪文書いてたけど、人命救助だから。先生も納得してた」
凰は再び黙った。感謝するか、謝るか、そのまま立ち去るか悩んでいるようにも見えた。
「なんて言って誤魔化したの?」
往生際が悪い。そんなこと、謝ってから聞けば良いじゃないか。俺は端末を取り出してあのときのメンバーに送信した内容を読み上げた。
「大田亮太郎は昼休みに屋上ではしゃぎ、誤って屋上から転落。動転してISを展開せず。その際三階のベランダに二の腕をぶつけて負傷。下には幸運なことに木があって大事には至らなかったが擦り傷や打撲を数ヵ所に負う。屋上から落ちた友人を助けようと凰がISを展開したが、大田の落ちたところにより近い位置にいたデュノアがそれを制止し彼もISを展開。下に飛び降りる。それを見た凰はISを畳んだ。って報告した」
悪いことをした、もしくは感謝しなければという感情が生まれ、動揺したのが彼女の表情から見てとれた。
言いにくそうに口を開いた。
「あの、ありがとう」
ありのままを報告されていたら、きっとおそらく退学処分だったから感謝せざるを得ないと判断したのだろう。退学は一夏との繋がりが再び絶たれることにも繋がるし。
「俺としてはそんな感謝より謝罪と慰謝料の方がずっと嬉しいんだけど」
正直に感謝してくれたようだから俺も正直になって言った。
ビンタされた。
呆然としている俺をあほと罵ってさっさと屋上から出ていった。怒りをその一歩一歩に込めてるため大きくなった足音が少しずつ遠退いていく。
何故ことばに対して手が出るのだろうか。手を出したら法律上敗けなのに。それが理解できていないのか?
俺は今回の件でアイツにもう少し痛い目を見てもらった方が良かったと後悔した。ほとんどなにも変わっちゃいない。
端末で鏡のアプリケーションを開き、叩かれたところを見ると赤くなっていた。これが引くまで一夏のところに報告にいけない。俺はため息をついた。
遠退いていく足音が止まった。おそらくは階段の踊り場あたりで。数秒間止まりっぱなしだったので、止まったというのは聞き違いでもう遠くに行ったのかなと思っていたら、それが再開した。問題なのはそれがいくぶんか小さい音になって、こっちに近づいてくるということである。
少し待つと、再び凰が何やら神妙な面持ちで屋上の扉の向こうに現れた。
彼女は歩みを止め、少しうつむいたまま数秒黙っていた。やがて少し顔をあげて、しかし目は地面を見つめて
「いろいろごめん」
と言って走り去った。
なんとも恥ずかしいヤツだなと思った。さっき言っておけばわざわざそんな表情をしながら言わなくても良かったのに。
まぁいいやと俺はひとまず納得をして屋上をあとにした。
○
図書室で頬の赤みがとれるのを待って俺は一夏とシャルルの部屋で二人に報告しに来た。
「とりあえずは和解できたよ。仲良くなれるかはまだ不安だけど」
シャルルは安心したように笑い、一夏も納得した様子を見せた。
「お前、週末暇か?みんなで訓練することになってるんだけど」
一夏の誘いを、俺はあいにく、残念ながら、勿体ないことに、断らざるを得ない状況にあった。土曜日は本当に用事がある。
「ごめん、ISを提供してくれたところで色々報告しなきゃなんないから」
そうか、と一夏は少し残念そうに言って会話が終わってしまった。
いつもならこういうとき新たな話題を提供するのは俺の役目なのだが、どうもその気になれない。シャルルが何か面白い話でもしてくれないだろうか。
そんな期待をしていると、シャルルがおずおずと疑問を口にした。
「あの転校生、軍人さんかな?」
よし、良くやった。当たり障りのない、扱いやすい話題だ。
「教官って呼んでたもんな先生のこと」
ちらりと一夏を見る。お前が詳細を話せ、という意図の視線に彼は気づき説明してくれた。
「千冬ねぇ、俺がー、えっと、何か恩があってそのお礼のためにドイツ軍で指導してたらしい。たぶん、その時の教え子だよ、あの子」
隠し事をしてるのはすぐにわかった。下手だなこいつ。しかし概ねの筋書きは正しそうだ。
「ふーん。で、殴られたのはホントに心当たりないの?」
「ない」
「じゃあ、あたおかって事だな」
なにそれ、と二人は聞いてきたが適当にごまかした。知らないネタを説明するのは恥ずかしい。
正直、もっとギクシャクするんじゃないかと危惧していたがそんなことはなかった。俺はそろそろ演技派俳優にでもなれるのではないかと思い始めていた。
○
土曜、朝早く寮を出た俺はそこから一時間くらいで目的の施設へと到着した。
門には向かえの職員がいて、俺が本人だとわかると待ち合わせの場所まで誘導してくれた。
建物のなかに入って、奥まで進むと大きな扉の部屋の前に着いた。誘導はここまでのようで例の職員は道を引き返した。
ノックをして部屋に入る。
入り口に対して縦に長い大きな部屋でそれにあった長方形の長机、その長い辺に四人、それに向かい合って三人(ひとつ空席がある)、そして上座に一人の男。
ISが開発される前、政界を牛耳っていた男たちだ。
失脚に次ぐ失脚。多くの男性政治家は女性に媚びた政策を取り、男性の意見は政治から遠退いていった。しかし、ここにいる彼らはあくまで男女が平等な世の中を、しかしやはりどこか格式ばった男性が働き女性は子供、未来を作るといった世の中を目指し続けた。
しかし男女分業というものが理解される世の中ではなく、痛烈な批判を浴び、身を引いた方々だ。
あれから時間が経ち、みな白髪が目立っていた。しかしだ、目に宿る煌々とした野心は衰えていないように見える。
「お久しぶりです、天方さん」
俺は上座に座る男に柔らかなお辞儀をした。彼はこの場でもっとも偉い。というのも彼は、まだここにいる面々が現役の頃、彼らの頭だったからである。もう髪は黒いところの方が少ない。しかし、毛根はまだ健在のようで故に荘厳な雰囲気を保つことに成功していた。目は鋭く、顔は角張っていて、風貌だけでも大物とわかる。
「挨拶はいい。早く席につけ」
失礼しますと小声で言ってから下座の椅子を引き、ちょうど天方さんと向かい合うようにして座った。天方さんと目が合う。反らせない。
「さて、我々は大田くんに大変な希望を見いだし、あの忌まわしい機体を与えた」
威厳のある声だ。深く重みのある低い声。
「はい。承知しております」
「しかしだ。先のブルー・ティアーズとの、白式との戦闘。いずれも散々な結果に終わった。何か弁明することはあるか?」
「一切ありません。全て、私の能力不足です」
気持ちが暗くなる。彼らの思いがいかに切実なものであるかがわかるから、いっそう暗くなる。
「加えて、学園に乱入した謎の機体。これを止めたのは中国と、またしても倉持だそうだな」
机を拳で殴る低い音が部屋に響いた。その拳の主は俺からみて右側の列、奥から二番目の男。彼はもう髪も大分薄くなり、肌は油でてかてかと光り、全体的にふくよかになって、かつての威厳を(いや昔もこのような感じだったかも知れないが)失っていた。表情は怒気に満ちている。
「いったいどういうつもりかね!?二度だ!二度もあの女性団体に媚を売るような企業の犬に手柄を盗られるとは!答えたまえ、大田くん!」
怒りで顔は赤くなって、ぷるぷると震えている。なんと言おうか迷っていると彼のもう一つ奥の席に座っている相沢さんが彼をなだめた。
「まあ落ち着いてください、岡田さん」
相沢さんは眼鏡の華奢で背の高い人で風貌通りの紳士的な振る舞いをする。髪はキチンと黒く染め、政府の高官らしい、艶のある整髪剤できっちりとしたオールバックにセットしてある。眼鏡の奥できらきらと光る目は天方さんとはまた違った意味合いで大物らしさを感じさせる。顔にシワが出てきたがそれもまた味を出している。俺が高齢になったときにこうなっていたい、という明確なイメージをくれた人だ。
そして岡田さんより相沢さんの方が偉い。そのため岡田さんはおとなしくなる他になかった。
「大田くん」
相沢さんが優しく俺に話しかけた。
俺は彼の目をまっすぐみて返事をした。
「私達が君に、何を求めているか、わかるかな?」
俺は一秒も待たずに答えた。
「織斑一夏や他の女性操縦者を圧倒する功績を出し続けることです」
相沢さんはくすりと笑った。
「違うよ、大田くん。私達は君に、男の代表、象徴になってもらいたいんだ」
「象徴、ですか」
相沢さんは笑顔のまま頷いた。
「そう、象徴。強く、優しく、頭がきれ、決断力もある男。そんな象徴になってほしい」
彼は俺から目を外し、岡田さんの向かいにある空席に視線を移した。
「大田の息子が選ばれたと聞いたとき、本当に嬉しかったんだ。ここにいるみんなが、だ」
なんだか目頭が熱くなるのを感じて俺は目を伏せた。目をつぶってそうしているとそれはだんだんと冷めていった。
「必ずや、ご期待に応えましょう。見苦しい結果を御見せしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
俺は席をたって、全体に深々と礼をした。頭をあげろと天方さんが仰ったのが聞こえたので俺はそうした。
「君に与えし機体、
俺は再び頭を下げそして部屋を出ようとした。
「父親の病状が良くなるよう、我々も祈っているぞ」
振り向くと天方さんが微かに優しく笑っていた。俺は礼を言って部屋をあとにした。
○
俺は施設を出るとそのまま病院へと向かった。父を見舞うためである。
最上階、海の見える特別広い病室。枕元には果物が転がっていて、父はその側の椅子に腰かけてナイフでりんごの皮を剥いていた。
「父さん」
俺が呼ぶとゆっくりこっちに顔を向けて、にっと歯を見せて笑った。
近くに寄って、ナイフとりんごを彼の手からとる。そして父さん代わって皮をむいていく。
「今日、行ってきたのか」
「怒られちゃったよ」
そういうと父はまた笑った。
「誰だ、岡田か?」
俺も笑った。そして父の顔を見る。少しやつれているが問題はないようだ。
「なんでわかったの?」
「怒りっぽいからな、あいつは」
昔からあんな感じなのか。
むきおえた俺は棚から皿を取り出してその上で一六等分する。ベッドに腰かけ、皿ごとそれを父に差し出すと彼は嬉しそうにしゃくしゃく言わせながら食べるのだ。俺も一切れ食べる。柔らかな食感とみずみずしい甘さが口のなかに広がった。
「これ、高いやつじゃないの?」
「わからんが、相沢が持ってきたヤツだ」
「じゃあ高いヤツだね」
りんごはすぐになくなった。
「お前、九個食べただろ」
正直、数えてなかった。
「細かいなぁ父さんは」
「お前、割り算もできないのか。16÷2だぞ」
こういうときの父さんはしつこい。さっさと謝るが吉。
「ごめん」
「え、本当にできないの?」
真面目な顔でそんなことを言う。
「りんご!九個食べたかも!ごめん!」
なーんだ、と父さんは笑った。
「まぁ、九個食べたのは俺なんだけどな」
「いや、どういうボケよ」
いつもより絡みがしつこい。
「普段、人と話してる?」
「談話室があってな、そこでたまに。まぁ、俺が政治家だったって知ってる人が多いから疎外感を感じなくはないが」
やっぱりそうか。寂しかったんだな、父さん。俺はもう少し来る頻度をあげようと決めた。
「お前こそ学校どうなんだ?彼女の一人や二人、もう作っただろ」
「いや二人いたら大問題じゃん。まぁ一人も居ないけどさ」
「できたら連れてこい。見たい」
そのうちねー、と適当な返事をしつつも頭のなかではやっぱ息子の彼女って気になるものなのかなと考えていた。
○
たくさん話した。学校のこと、ISのこと、病院であったこと、そして病状。良くはまだならないが悪くもなっていないようだ。本人が言うには。医者にわざわざ確認しにいくのも野暮なので俺は父さんの言うことを信じた。
もう夕方になった。帰らなくては。
「じゃあそろそろ行くね」
そう言うと父さんは一瞬寂しそうな顔をしたがすぐ笑顔になって、さっさと帰れと言った。
「外出られる日が決まったらすぐ教えて」
「おう」
「じゃあまたね」
俺が言うと彼は手をふって答えた。
病室を出ると中から父さんの声が聞こえた。
「次は彼女つれてこいよー!」
「約束しかねるー!」
扉の向こうまで聞こえるように大声でそういった。内側から微かに笑い声が聞こえる。
そうして俺は帰路に着いた。目の前には雲のない空が美しい赤色に染まり始めていた。
○
学園に帰ってくると廊下を一人で歩くシャルルに会ったので、そのまま部屋へと向かうことになった。
俺が不在の間に一夏とその取り巻き
で訓練を行っていたのだが、例のドイツ人が乱入、そしてその結果、セシリアと中国人が負傷、機体も破損してトーナメントには出られないらしい。セシリアには申し訳ないが、良くやったドイツ人。
階段の踊り場にさしかかった。もう部屋につく。辺りには誰もいない。ここしかないと思い、俺は歩みを止めシャルルの名を呼んだ。
呼びかけられたシャルルは急に止まった俺に合わせて止まった。俺の顔をみてその先の言葉を待つ。
「お前さぁ」
俺は少し迷った。
シャルルは不思議そうな表情をしていた。
「女だろ」
エタってないよ!
ミラクルミラクル、評価バーよ、赤くなぁれっ☆