クラス代表決めで連敗するオリ主   作:林太郎

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7話 女

「え、や、やだなぁ、そんなわけないじゃないか」

 

 あははと彼が笑うその一瞬前に、俺はシャルルの顔に焦りが浮かんだことを見逃さなかった。

 

「そうか」

 

 俺は確信してしまって、ただそう呟くことしかできなかった。

 口から漏れたその言葉には我ながら生気がない。

 

 正直、俺は俺が彼女のことでこんなに悩む理由を特定できないでいた。そもそも、シャルルが男だと女だろうと些細な問題であると頭では理解をしているのだ。

 

 では、なぜ詰め寄ったのか。それがわからないのが問題なのだ。

 

 シャルルが男だと偽っていたことを騒ぎ立て、彼女を祭り上げるつもりなどもちろんない。それを盾に脅すつもりもない。不純な行いをしたいわけでもない。

 

 このチャンスを逃したら次はいつ来るかわからない。そう思って言葉をぶつけたものの、そこからどうするかなんて全く考えていなかった。

 

 例えば一夏が、重大な嘘をついていたとして、俺がそれの内容を知ったなら、そのあと俺はいったいどうするのだろう。今と同じように彼に詰め寄るのたろうか。

 

 少し考えて、たぶんそんなことはしないなと思った。いや、絶対しない。何故だ。一夏もシャルルも等しく友人であるはずなのに。

 

 一夏は優しいし、シャルルも優しい。一夏はISを動かすのが上手いし、きっとシャルルもそうなんだろう。一夏は顔がいいし、シャルルもまたしかり。ここまでは同じ。

 一夏は直情的すぎて、シャルルはしっかり考えられる人だ。一夏にはファンがたくさんいるけど、シャルルはそれに比べたら少ない。一夏の言っていることの半分は賛成しかねるけど、シャルルにはだいたいできる。一夏は入学してから一緒にいるけど、まだシャルルとは知り合って一週間も経っていない。一夏は俺の思ってることを無視していたけど、シャルルはちゃんと聞いてくれた。

 

 たったこの程度しか違わない。しかしこんなにも違う。友人として一くくりにはできない。

 

 

 おそらく俺は単純に、一夏よりシャルルの方が好きなんだろう。そして自分がそう思っている相手に嘘をつかれているのが嫌なんだ。

 

 ああ、なんと傲慢な考えをしているのだろう。自分のことは棚にあげて他人にだけ要求するなんて、おこがましいことこの上ない。

 

 それに気がつくと、問い詰めたい気持ちとはぐらかしたい気持ちとが半々になってしまい、次の言葉を遅らせた。

 

 彼女の本心が見えないままでは、見かけ上の友人関係にしかならないのは目に見えている。しかし、今のままでも充分仲良くやっているのも事実。問い詰めることがかえって関係に悪影響を及ぼす可能性も高い。

 

 しかし先人は言う。やってから後悔しろと。

 

「なぁシャルル」

 

 意外にも明るい声が出た。極限までいつも通りの口調に違和感を覚えるはずもなく、シャルルは次の言葉を促した。

 

 伝えるべき言葉を、単語を慎重に選んでから本題にはいる。

 

「俺はお前と一夏以上の友達になるんだろうって、勝手に思ってる」

 

 なんとも気持ち悪いものだ。自分がこんなにも甘ったるい言葉を発する日がくるなんて思いもしなかった。それも作り上げた社交的な自分でなく、むしろ一人のときの自分に近い精神状態の中で。

 

「うん」

 

 相づちは打つものの、シャルルはやはり少し不安そうだ。話が全く見えないからだろう。

 

「ワガママだけどさ、気に入ってる相手に重い嘘をつかれるのはそんなに、いい気分しないんだ」

 

 シャルルは返事も頷きもしない。ただじっと俺の目を見ている。目をそらしたいが、不審に思われてはならないのでこらえる。

 

「お前が男でも女でも正直どっちでもいい。でも、大きな嘘はつかないでほしい」

 

 シャルルは言葉を受けとると、しばらくうつ向いて考え込んだ。表情は全く見えない。うつ向いたまま、もう少し深くこくんと頷くと、顔をあげて、俺に笑いかけた。ぎこちない笑みだった。

 

「ここじゃ話しにくいから、部屋に入れてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね、狭くて」

 

 一人部屋とはいえ、家具も多くなく片付けもできているので狭いという印象はなかなか抱かないだろうとは思ったが、俺は自分のパーソナルスペースに人をいれる際の決まり文句を言った。俺はベッドの端に腰かけたシャルルに、両手に持ったオレンジジュースの入ったコップの片方を手渡して言った。

 

「ううん、気にしてないよ。それにしても...」

 

 シャルルはキョロキョロと部屋のなかを見渡して、そして笑った。

 

「けっこうキレイな部屋だね。散らかってると思ってたよ」

 

「失礼なやつ」

 

 俺はシャルルが座る向かい側にあるテーブルの席につき、シャルルに体の横を向けてオレンジジュースを飲んだ。冷たくて甘かった。

 

 しばらく二人とも黙ったままでいた。俺から話を切り出すのは違う気がするし、シャルルはきっと、どう話すべきか組み立てていたのだろう。

 

「なんで、わかったの?」

 

 静かな声だった。いつもの明るさが損なわれた弱々しい声だった。

 

「着替えんの早すぎるとことか誘っても絶対いっしょにトイレ行かないとことか。あと、あー、うん。そんなもん」

 

 この世の男子高校生が同級生女子と一対一の場面で、生理用品の話ができるというのか。しかしやはり誤魔化し方が下手だったのか、シャルルに追求された。

 

「でもそれだけじゃ確信できないと思う。あと、何なの?」

 

 真面目な顔して詰め寄ってこられたら、さっき自分で言ったこともあるし、答えざるを得ない。

 

「その、箱、だよ」

 

「箱?何の?」

 

 きょとんとして聞いてくるシャルル。出来るだけ遠回しに伝えたいところだ。

 

「ごめん、察してくれないか。とても男の口からは言いにくい箱なんだ」

 

 伝わったようだ。証拠に彼女は顔を赤らめてそっぽを向いた。

 

「ごめん」

 

 きっと気持ち悪かったろうと思って謝る。シャルルは軽く笑って許してくれたが、どこか不安混じりの笑顔だ。そしてやはり俺の方を見てはくれなくなった。気まずいのもあるんだろう。俺だって少しそう思ってる。

 

 彼女の視線の先には本棚があった。俺にとっての逃げ場所が積もったところだ。

 

「本が好きなんだね」

 

 本棚を見たままシャルルは言った。

 

「意外だって言いたいの?」

 

 ばれたか、と言って笑ったが、それはかわいていた。そして再び沈黙が訪れた。お互いに何もしゃべらない。時計の秒針の音が聞こえるほど静かな空間。

 

 きっともう話したくないんだろうと思って、話したくないなら大丈夫だよと言った。彼女がなにも言わないままなので、一夏の部屋に行こうかと付け加え玄関に向かおうとすると、シャルルは後ろから呼び止めた。

 

「もう少し、待ってて。ちゃんと話したいから」

 

 か細かったがそれでいて真っ直ぐな声だった。

 

 返事をして椅子に座り直し、オレンジジュースで口のなかを潤す。まだ冷たかったが、それによってさっぱりとした気持ちになることはなく、甘さだけが舌にまとわりつく。なぜだかそれ以上飲む気にはなれず、ことりと音を立てて机においた。手はそこから離したが、コップに映った照明の暖かい色を眺めた。

 

「僕、妾の子なんだ。二年前にお母さんが天国に行って、お父さんのところに引き取られたの」

 

 唐突に沈黙は破られた。いつの間にか彼女は俺を見ていた。顔はうつむいたまま、目だけで俺を不安そうに見ていた。そして、口ぶりから察するに。

 

「苦手、なんだね。お父さんのこと」

 

 なんでわかったのかと言わんばかりに目を丸くして、そこからやはり目を伏せ、頭を小さく縦にふる。

 

 そこからの彼女の話は、妾の子というキーワードから十分さっせられる内容だった。

 

 血の繋がったお父さんとうまくいっていないこと。当然、家には居場所なんてないこと。居場所を求めていたこと。ISの適正は高かったこと。それ故に男性操縦者のデータ収集を父親に命じられたこと。

 

 少し驚いたのは国家ぐるみで彼女の性別を詐称していたことだ。だが、確かに、IS学園はいくら大きいとは言えひとつの企業が騙しきれるほどの相手ではないだろう。

 

「ごめんね、今まで騙してて」

 

 彼女は膝の上で手に持ったコップに目を落とし、震えた声で静かに謝った。

 

 情けないことに、俺には彼女にかけるべき言葉が見つからなかった。彼女の気持ちはわかる。母親は彼女同様いないが、しかし、父親に愛されている。俺は彼女の気持ちを本当に理解できたのかどうかという問いについては、できていないと答えるより他はない。

 脳裏に一夏がちらついた。彼ならきっと、いま彼女にかけるべき言葉をすぐに見つけられるんだろう。

 

 君は悪くないよ。謝らなくていいよ。ツラいね。気持ち、わかるよ。大丈夫。俺たち、友達が君を支えるよ。嫌な父親だね。何か俺にできることはある?居場所なんてここにあるじゃないか。泣いていいんだよ。

 

 そんな言葉は次々に浮かんでくるが、おそらくこういう言葉は俺が演じている大田亮太郎のものなんだ。そして、きっと彼女にいまかけるべきは、俺のものでなくてはならない。

 

「名前、なんていうんだ?」

 

 え、と声を出し、顔をあげた彼女は不思議そうな顔をしていた。その反応で気づいた。あぁ、違った。よく考えずともわかる。本名を聞かれて何がどう元気付くというのか。不正解だ。これは彼女に今かけるべき言葉ではなかった。

 

 俺は外してしまった恥ずかしさと気まずさから彼女の顔が直視できなくなり、彼女の手の中のコップに目をやった。彼女が答える気配はない。聞き間違いだと思って、言い直すのを待っているのだろうか。仕方なしに、俺はもう一度言った。

 

「名前だよ、名前。シャルルって男の名前だろ?だから、本名。何?」

 

 わずかな沈黙を挟み、彼女は名乗った。

 

「シャルロット。シャルロット・デュノアだよ」

 

 その声が存外に明るいものだから、俺はつい彼女の表情が気になって顔をあげた。

 

 目は少し赤かったものの、目元は優しく笑っていた。

 

 その表情が予想外すぎて俺は無意味に戸惑い、再び顔を伏せ彼女のコップを見た。

 

 あとから嬉しさが上ってきた。ちょっとだけ。

 

 しかしその嬉しさは俺に自分のことをシャルロットに少し打ち明ける決心をさせるのには足りた。

 

「あのさ、シャルロット。正直にいうと、俺、こういうときにどんな言葉をかければいいのか全然わからないんだ」

 

 ちらりと彼女の顔を見ると小さく頷いてくれた。そして、シャルロットがさっきから自分の顔を見て話を聞こうとしていてくれて事を察し、俺ばっかり下を向いていたら失礼だろうなと思って、きちんとシャルロットの顔を見た。

 

「だからこれからかける言葉にシャルロットが傷ついてしまうかもしれない。そうしたら、そうしても、嫌わないでいてほしい」

 

 わかったとシャルロットは答えた。

 

「それとこれから俺は、俺が思うに優しい言葉をお前にかけていくわけだが、口説こうとしているのではない。俺とお前は友達だ。いいね?」

 

 シャルロットはまた頷いてくれた。

 

「まず、はじめてお前が女なんじゃないかとの疑いを持った頃から、きっと情報集めが目的なんだろうと思っていた。そうしなくてはならない理由があるのだろうとも思っていた。実際、その通りだった。だから、謝らなくていい」

 

 シャルロットは否定した。騙していたことに変わりはないし、許されたからといって謝らなくていいことにはならないと。

 

「シャルロットの、認められたいという気持ちには覚えがある。それが行動にどんなに強い影響を与えるかもわかる、つもりでいる」

 

 俺は立ち上がって本棚の側へと寄っていき彼女を振り返った。

 

「やたらと難しい本ばかり並べてあるだろう?」

 

 俺は笑った。ぎこちないものであることはわかっていたが笑った。

 

「父や父の周りの大人たちにもっと自分を見てもらおうと、背伸びして読んだものの累積だ。この本棚は、俺の自己承認欲求の結晶であると言っていい」

 

 もっとも、父が我が学なき場合に俺を愛さなかったかどうかは定かではない。しかし、今のようにほとんど対等に話してくれることは無かったろうと思うのだ。

 

「だから、何が言いたいかというとな」

 

 そこで言葉につまった。落ち着いて、慎重に言葉を選んでいく。

 

「俺もこの気持ちに溺れたことがあるから、今のシャルロットを責めることはできない。これで伝わったか?」

 

 大丈夫だよと、許してくれるのもわかるよと、ありがとうと、シャルロットは言った。そして、けどねと付け加える。

 

「亮太郎と一夏を騙していたことの罪悪感は責任をとらないと拭えない」

 

「責任って、何をするつもりだ」

 

 一呼吸おいて、そして決心したように彼女は言うのだ。

 

「学校を辞めて、フランスに帰るよ」

 

 心のある一ヶ所にとてつもなく冷たい何かが一粒落ちてきて、そこを中心に氷の膜が放射状に張って行く感覚。

 

 意味がわからない。ここでシャルロットに帰られたら本末転倒じゃないか。最悪だ。

 

「待って、考え直してよ」

 

 言葉が震えるのはこっちの番だった。一抹の希望がつまったその言葉は彼女が横に首を振ったことで砕け散った。

 

「僕の意思に関わらず、本国から迎えが来るよ。バレたって報告すれば」

 

「じゃあ報告しなければいいじゃないか」

 

 彼女はまたしても首を横に振る。

 

「演じ続けるのも、騙し続けるのも疲れたんだ。ごめん」

 

 そう言うとシャルロットは俺から目をそらした。どうすれば彼女を引き留められるのか、それだけを考えることに集中する。蕩揺を置き去りにして。

 

「苦痛、だったのか?」

 

 その言葉にシャルロットは動揺を見せた。といってもそれを肯定するのが少し遅れた程度だが。

 

「お前の居場所になれなかったのか?俺と、一夏は」

 

 やはり少しなやんでから頷く。いっこうに、俺の顔を見る気配はない。

 

「ここと家、どっちの方が居心地がいい」

 

 この問いかけにシャルロットが答えるのにはそんなに時間を必要としなかった。ぶっきらぼうな言い方になって家だという。たぶんあらかじめ用意されていた答えだ。

 

 俺はシャルロットに近づいて、正面で腰をおって座っている彼女に目線の高さを合わせた。

 

「目を見て」

 

 そう言うとシャルロットはそれに従ったが目付きは、大分無理をしているのがわかるものだった。睨んでいるとさえ言ってもいい。必死にそれ塞き止めていた。そして俺はこれを決壊させなければ彼女が去ってしまうことをなんとなく理解していた。

 

 俺は言う。

 

「シャルロットはここに居たいの?」

 

 それを聞くとすぐ彼女はまた目を伏せた。そして少しすると鼻水をすすり出して、顔からは大粒の雫を何粒も膝の上に落とした。

 それを確認すると俺はシャルロットに隣り合うようにしてベッドに腰かけて背中をさすった。やはり、言葉は出てこなかった。俺は無言のまま、シャルロットが落ち着きを取り戻すまで背中をなで続けた。

 

 

 

 

 彼女の肩の震えはやがて止まり、彼女は小さくしかしはっきりした口調で、ここに居たいと言った。

 

「じゃあ隠しきらなきゃな。性別のことと俺にバレたってことを」

 

 そうだね、と彼女は笑った。ぎこちなくない笑顔。

 

「一夏にも言うべき、だよね」

 

 なぜかそれを否定したい気持ちが生まれたが、言うべきでない論理的な理由を見つけられず、頷いた。

 

 すると彼女は不安そうな目付きになって、そうだよねと呟いた。

 

「嫌われたらどうしようって思ってる?」

 

 頷くシャルロット。

 

「大丈夫だよ、あいつ女には甘いから」

 

 俺が冗談めかしてそう言うとシャルロットは俺の顔をまじまじと見て、もしかして、と口を開いた。

 

「根に持ってる?この前のこと」

 

「すこしな」

 

 彼女はやっぱりねと笑った。表情はずいぶんほぐれてきた。

 

「うん。じゃあそのうち言うことにするね」

 

 俺はそれから彼女の服装を見て、そういえばご飯もシャワーもまだだったなと思い出す。

 

「シャワー、使ってく?この時間だと一夏は部屋に戻ってるだろ」

 

 そう気遣うとシャルロットはその申し出を断った。単に汗を流したあと、また同じ服を着るのが嫌だからだそうだ。

 

 玄関で彼女を見送るときに、俺はお前を女として見てないし見ることもないから安心しろと念を押しておいた。彼女は笑って、わかってると言い、お休みの挨拶をして玄関を出た。

 

 俺は戸締まりをして、遠ざかっていく足音を聴きながら胸を撫で下ろすのだった。

 そして気づく、正体不明の罪悪感に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めて、昨日つまりシャルルはシャルロットだと判明した夜のことを思い出して俺は頭を抱えた。

 

 なんとまぁ恥ずかしい台詞をあんなに言えたものだ。

 

 しかも、いや可能性はほとんどないが、万が一、俺を男性として見てくるようになったら、絶望的だ。なに一つ良いことなんてない。

 

 さらに恋心とは逆らいたくても逆らえないものであることはこの俺でもわかる。だから、何かの間違いで俺が彼女を意識し始めてしまったらと思うと泣きたくさえなるのだ。

 

 もし、から始まるフレーズは頭のなかを駆け巡る。

 

 小説で恋愛に溺れた男は半数が散々な目に遭っている。自分の道を失ったり、裏切られたり。少なくとも間違いなく勉学の妨げになるものである。だから意図して、女性に心を許すことは避けてきたのだが、男だと思って許してみたら女だった。これは冗談ではすまされない事態だ。

 

 だがまだ取り返しがつく。俺は彼女を意識などしていないし、彼女がそうなるわけでもない。昨日、重ね重ね俺たちは友達だと伝えたのが効を奏しそうだ。

 

 とはいえ。

 

 とはいえ、今俺がシャルロットが女だということで心を悩ましているのも事実。本当に最悪だ。ベッドの中で呟く。

 

「ふざけんなよ、マジで」

 

 

 

 しばらくして端末が通知音を発したので確認すると、シャルロットからのLIMEが入っていた。

 

「こっちの部屋で、今日三人でご飯行こうってなったんだけど来るよね?」

 

「わかった。とりあえずそっちの部屋行くから三十分待って」

 

 手早くそう返信すると、身支度を整える。顔と歯を磨き、髪をセットし(久しぶりに前髪をあげてみよう)服(春らしくベージュのコーチジャケットに白の大きめのシャツ、グレーの柔らかいスラックス)を選んで、財布と端末をもって部屋を出た。

 

 一夏の部屋についた。シャルロットはもう身支度を整えていたが、一夏はまだ部屋着である。

 

「おう、なんかいつもと雰囲気違うな」

 

 些細の変化に気づきこれを指摘する一夏。きっとどうせ女子にも同じことをやるから人気があるんだろう。どうせ、どんな女にもきっと甘い言葉をかけているのだろう。このタラシは。友達と出掛けるときはこんな感じだよと笑っておく。

 

「なんだ、シャルロットの前だから張り切ってるのかと思った」

 

 そんなことを言うものだから俺は腹を立ててしまって、もとい驚いてしまって一夏のほうにバカ野郎と言いながら駆け寄って頭をはたいた。喧嘩にならない程度に強く。ていうかそれよりも。

 

「てかお前、一夏にも言ったんだ」

 

 シャルロットは曖昧に笑った。

 

「言ったというか、バレたというか...」

 

 そして赤面。一夏を見ると彼もまた顔を赤くしている。

 

「えっ、何があったの」

 

 少し嫌な気持ちになった。

 

「き、聞かないでくれ~」

 

 一夏は膝を地面について俺に抱きついてきた。

 

「離れろ、気持ち悪い!」

 

 どうにか拘束を解こうとするがなかなか離れてくれない。

 

「どうにかしろシャルル!それでも男か!」

 

「女だよ!」

 

「ばか、大声だしたら隣の部屋に聞こえるぞ」

 

 これは一夏の台詞。つまり、バレないように隠し続けるという今後の方針も全て伝え終えているようだった。彼もバカでは...いや、簡単に口を滑らせるほどバカではないから心配は無用だろう。

 

 そしてこのやりとり。いつも通りだ。これで全て良い。なんの問題もない。

 

「で、どこに行くのさ」

 

 腹に抱きついている一夏をやっつけることを諦めて、話を進めようとしたとたん、彼はパッと拘束を解いた。そして大真面目な顔をして言う。

 

「ラーメン」

 

「却下で。これからのこととか話すんなら落ち着いたとこの方がいいと思うよ」

 

 するとシャルロットはおずおずと手をあげて言う。

 

「そういえのじゃなくて、普通に遊びに行きたいなぁと」

 

 そしていつもの笑顔を作る。

 

「なら俺、テキトーに食べ歩きしたい」

 

「あ、それいいね」

 

 シャルロットは顔を輝かせた。そもそも、まだ日本に来て日が浅いシャルロットは少し観光めいたことがしたいのではないかとの配慮に基づいた提案だったので、気に入ってくれたことに安心した。

 

 一夏も二人がそうしたいならと賛成してくれた。

 

「となると中華街かな。亮太郎はいったことあるか?」

 

 なんでわざわざそんなことを聞くんだと思ったが笑顔で答える。

 

「まだ小学生だったころに何度か。でもここ数年行ってない」

 

 じゃあ決まりだなというと一夏は出掛ける準備を始めた。部屋の真ん中で上裸になったのである。それを見てシャルロットは赤面し、俺は脱衣所にいけと叫んだ。一夏は悪びれる様子もなく、その格好のままタンスをごそごそとやり、服を取り出してつかんで脱衣所に向かった。

 

 

 

 そのあと、着替え終わった一夏の髪についた寝癖を俺が水とドライヤーでやっつけ、そして三人で部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「熱っ、汁熱っ」

 

 売っていた小籠包を買い、一口齧ると中の汁が俺の舌を襲ったのだ。一夏はそんな俺を肉まんを頬張りながらみる。

 

「ほらな、気を付けろって言っただろ」

 

 一夏のその言葉とやれやれと言いたげな顔になんだか腹が立って、熱いってなってこその小籠包じゃんか、と我ながら訳のわからない反論をした。シャルロットはそれを笑い、どういうことかと追求してきた。

 

「ほら、何人かで小籠包食べると、絶対に誰かが熱いって言うだろ?その文化に則ったの」

 

「どういうこと?」

 

「どういうことだ?」

 

 シャルロットは口角が上がるのを抑えながら、一夏は眉間にシワを寄せあたかも本当に疑問に思っているような顔をして言った。

 

「もう嫌いだわお前ら」

 

 (シャルロットに対して)冗談めかしてそう言うと歩くペースを早めて二人の前に出る。すると後ろから「おい、教えてくれよ」と一夏が言うものだから、俺は踵を返し一夏に歩み寄ると、しつこいと言って頭をはたいた。

 

「お前、イジられるの似合うな」

 

「似合わない!」

 

「ねぇ、なにあれ!」

 

 シャルロットが指差す方向を見る。どうやら甘栗のことを言っているようだ。俺の好物だから買って帰るつもりだったので、一番多く入っている袋を購入し、一つ剥いてシャルロットに渡した。

 

「あつっ」

 

 シャルロットは熱さに声をあげ、目を細めた。

 

「気を付けろって言っただろ」

 

「言ってないよ!」

 

 あまりにも熱かったのか、目には涙がにじんでいる。

 

「で、一夏。美味しい店しらんの?」

 

 彼はうーんと唸り、しらないという結論を出した。

 

「鈴と俺が幼なじみって話は知ってるだろ?あいつの家が中華料理店でさ、そこでばっかり食べてたから他のとこわからないんだ」

 

「そここっから遠い?」

 

 俺の問いに一夏は首を横にふった。

 

「そもそも鈴が中国に帰ったときに店じまいして、それっきりだ」

 

 なんかごめん。そう謝ると一夏は爽やかな笑顔で気にすんなと言った。全く、腹が立つほどイケメンである。そんな風に男の俺が思うほどにはイケメンである。てか、一夏の家はこの辺なのか。

 

 それならと俺は口を開こうとした。ここメインストリートからなん本か外れたところにある、こじんまりとした中華料理店に行きたいと思ったのだ。そこはまだ父さんがピンピンしてた頃に二人で行った店だ。麻婆豆腐、チャーハン、青椒肉絲、そして酢豚。どれも美味しく、そして安かったので父さんが絶賛していたのを覚えている。家にはお金が有り余っているのでそれほど安いことに素晴らしさを見いだせなかったが、確かに旨かった。一般家庭の学生、つまり一夏の財布にも優しかろうとそこに行こうと提案しようとしたが、先にシャルロットがおおー、と感動に満ちた声をあげたのだ。

 

「フカヒレ!フカヒレだって!」

 

 見ると何とも値段の高い料理ばかりがメニューに乗っていそうな店があった。隣で一夏が息を飲む声が微かに聞こえた。

 

「あれ食べたい!」

 

 目をキラキラさせてその店に入店しようとするシャルロット。それを全力で阻止しようとする一夏。

 

「いいかシャルル、フカヒレなんて何千円もして、皿の真ん中にちょこっと置いてあるだけだ」

 

 一夏はシャルロットを説得しようと試みていた。俺は財布の中を見て余裕がかなりあることを確認し、また、フカヒレを最近食べてなかったことを思い出し、そして一夏の財布には余裕がないようだったので、シャルロットの肩を持つことにした。

 

「そうでもないぞ一夏。こういうきちんとしたところなら...」

 

 端末を操作し店の名前で検索をかけると、姿煮の画像が出てきたので二人に提示する。

 

 シャルロットは再び感嘆し、一夏は青ざめた。正確にいうと、俺が乗り気なのとシャルロットがいかにフカヒレを食べたいのかを知って青ざめた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 一夏は人を止めるときのジェスチャーをする。そして辺りを見渡すと、あのラーメン店が美味しそうだとか、どこからか香ばしいチャーハンの匂いがするとか、挙げ句の果てには俺はフカヒレアレルギーなんだとのたまわり、どうにか思い止まらせようとしていた。

 

「嘘つけお前、魚介類食べてたじゃねーか」

 

「サメ限定でなんだ」

 

「えー、そんなことってあるの?」

 

「ないとは言い切れないが問題ないな。ここ、フカヒレ専門店じゃないから」

 

 シャルロットの問いかけにそう答えた俺に一夏は焦った顔をして詰め寄ってきた。

 

「いやいやいや、高校生が入る店じゃないぞそもそも」

 

 普通の高校生ならなと俺は笑った。どういうことかと二人が不思議そうな顔をして言うので俺はまず一夏を指差して発言した。

 

「織斑一夏!世界初の男のIS操縦者。加えてかのブリュンヒルデの実の弟!」

 

 続いてシャルロット。

 

「シャルロ、シャルル・デュノア。世界で三番目の男性IS操縦者。そしてISの大企業、デュノア社の御曹司!」

 

 最後に自分を親指で指す。

 

「そして俺。二番目。どう、わかったでしょ?」

 

 全くわからないと一夏は項垂れる。そもそも金がないならさっさとそう言えばいいのだ。シャルロットはなるほどと手を叩いた。

 

「確かに世界に三人の男性操縦者が三人とも集まって、高級料理店に入っても違和感ないかも」

 

「俺らがインスチャとかツイッチャーに投稿すると店も喜ぶし」

 

 そうかもしれないけどさ、と一夏はまだ項垂れている。金がないなら早く言えよとまたしても思ったがここで恩を売っておくのも悪くなかろう。

 

「一夏の分は出してやる。死ぬまでに返せばいいから」

 

 俺のその言葉に一夏は顔を輝かせ、両手で俺の片手を包み込んで感謝してきた。マジでホモなんじゃなかろうか。フカヒレアレルギーだという設定も忘れたようだ。一夏は上機嫌だった。満面の笑みで店に入り、店員が俺たちに頼んできたサインにも喜んで対応していた。そしてその顔のまま注文を済ませると、どんな味がするんだろうなと心を踊らせていた。ワクワクしているのがシャルロットよりもずっと表に出ていた。

 

 やがて料理が運ばれてきた。ウバザメの排翅、つまりは尾びれだ。形はよく大きく、そして厚みがある。俺たち三人は一口サイズに切ったフカヒレにとろとろしたスープをよく絡ませ、口に、いれた。

 

 その瞬間ふわっと暖かい味わいが口に広がった。豚や鳥からとられているのはわかる。しかしそれだけでない。きっと名前を聞いてもわからないような香辛料を使っているのだろう。口からその暖かさが、じんわりと身体中に広がっていくのを目を閉じながら感じた。

 そして身に歯を立てて、ゆっくりと噛み締めた。スープがその繊維一本一本によく絡んでいた。スープが繊維の間からとろけ出してくる。同時に軟骨魚類特有の優しいゼラチン質の食感にも感動を覚えた。もちろん臭みなんてない。そもそもフカヒレは味がなく、下ごしらえを怠ると臭みが出るという厄介な食材だ。しかしこれに含まれる栄養素は美容や健康、要するに長寿に良い影響を与えるために、その希少性も相まって、こうして高級食材になったのである。味がないのに高価。そう評する人も多いが、俺はこの厄介な食材を美味しく調理する職人の技術と熱意がこもっての値段であるので妥当だと思っている。つまり、フカヒレの値段の大半はフカヒレそのものでなく、その下ごしらえやスープ、もちろんそのものの煮かたなどの、職人の工夫、味付けだと言えよう。その観点から見るならば、五桁円するこのフカヒレも、決して高くはないのだ。

 そう、臭みの全く感じられぬ、かといって食感も損なわれていないフカヒレを口のなかでほどき、転がし、十分に楽しんだうえでゆっくりと飲み込む。

 そして目を開けた。証明に照らされたフカヒレは、琥珀のように煌めいて、まだ白い皿の上にいた。

 俺はまたこれを一口サイズに切り、口に運び味わい、そしてまた口に運び、とそれを繰り返した。

 

 気がつけば皿の中央にはフカヒレの影はなく、ただスープが証明の色を反射しているのみだった。名残惜しく思って、最後にそれをスプーンで掬って口にいれ、ナプキンで口を拭いた。

 

 ふと顔をあげると二人ともすでに食べ終えていた。フカヒレを一度口にしたら、それが腹のなかにおさまるまで、誰もなにも言えなかったようだ。

 

 そしてみんなで静かに手を合わせ、会計をし(一夏は泣いて俺に感謝の言葉を投げかけた)、食べあるきの旅へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局ほとんど歩きっぱなしだったので、帰るやいなやシャワーを浴び、電気を消し、ベッドに入った。なかなかに楽しい日だった。

 

 俺は充実感を覚えながらまどろむ。まぶたの裏に今日の楽しかったことが浮かんでくる。

 

 俺の冗談で二人の顔が綻ぶ。腹立たしいが、一夏が俺をいじり、それをどうにかやっつけて、それを笑うシャルロット。高級店に入る前の一夏のあの慌て様。そしてその直後の急変。それを見てシャルロットは楽しそうに笑ってた。俺が一つあげた甘栗の熱さに目を潤ませるシャルロット。フカヒレを食べ終えた後の満足そうな顔をしたシャルロット。一夏の言葉に笑うシャルロット。

 

 

 

 

 

 

 寝よう。




ヒロインは、鈴です。
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