獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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人としての姿 心 暮らし
戦いを望む限り失い続けるものを 君は知るだろう
僕らは未来を求めた
せめて失われるものが一つでも少ない未来を


生命でぶつかれ

多くの者の運命を弄び続けた邪神に挑むは蒼焔を纏いし英雄と白銀の闘気を纏いし伝説の聖女。物語であればどちらが勝つかは明白だ。物語というのは総てがそうではないにしても、めでたしめでたしで締めくくられるのが()()()なのだから。一体誰が輝く英雄が、不朽の伝説を誇る聖女が、邪神に敗れ去る光景を見たい等と願うだろうか。しかし、現実は物語とは違う。正義が必ず勝つとは限らず、善が報われ、悪には裁きが齎されるなどという保証は存在しない、戦場に於いて勝つのは正しい側ではなく、より強い側なのだから。ならばこそ、広がる光景もある種の必然と言えた。

 

「………ッ!」

 

「クッ……!」

 

「どうしたリィン、リアンヌよ。まさかその程度ではあるまい」

 

 黒の振るう猛威に英雄と聖女、この大陸に於いて最高峰と称するに相応しい使い手である両名は完全に劣勢に陥っていた。黒がその手に持ち振るうは地精がその技術の粋を以て作り上げたもう一つの終末の剣とでも称すべき、大剣。黒の持つ瘴気が凝縮されたその一撃を前にしてはあらゆる防御は意味を為さず、両者は回避を行う以外の術がない。

 だがそれ自体は両名にとって然程難しい事ではないはずであった。ギリアス・オズボーンは正規軍時代に於いても達人の腕前を持ち、黒の起動者となり前世の記憶を完全に思い出したことで理へも至った実力者だ。軍略、政治、謀略、統率ありとあらゆる面において秀でた力を持ち総合力という点に於いて言えばリィンにしてもアリアンロードにしても後塵を拝さざるを得ないだろう。しかし、それでもギリアス・オズボーンは前世に於いては王であり、今生に於いては宰相であって戦士ではない。単純な戦闘の技量という点でいえばリィンとアリアンロードはギリアスの数段上を行くはずなのだ*1。何故ならばギリアス・オズボーンがその辣腕を振るってきたのは指導者としてのものであり、指導者が最前線で自ら剣をとって戦うなどというのは匹夫の勇と称されるようなもの。所属する組織が巨大になればなるほど、成熟すればするほど最高指導者は最前線から遠ざかる事になるのがある種の必然というもの。ゆえにギリアス・オズボーンが剣をとって自ら戦うなどという機会は限られる事となる。

 しかしリィン・オズボーンとアリアンロードの両名は違う。リィン・オズボーンはここに至るまでに同格以上の幾多の強者を打ち破りたどり着き、アリアンロードはこの日の為に200年以上もの間研鑽を重ねてきた。ならばこそギリアスの振るう剣はそうそう両名には届かないーーーそうなるはずだというのに振るわれる剣戟は10年以上も最前線から遠ざかっていたとは思えない程に激烈。

 

「瞬火転身!」

 

 それをリィンは蒼焔を爆発させた急加速を以て躱す。

 そしてこの戦いは一対一に非ず、間隙を縫うかのようにアリアンロードが神速の一閃を放ち、剛撃を掻い潜った蒼焔の騎神が双剣による閃刃を放つ。

 

「往生際ノ悪イ奴ラヨ、汝ラニ勝チ目ナドナイ。イイ加減ニ諦メヨ!」

 

 間髪入れずに黒の騎神よりこの世に存在するありとあらゆるものを蹂躙する虚無の波濤が放たれる。

 必然、それを突破するために両名はその剣と槍を振るい突破するが……

 

「そのような貧弱な一撃で我らを滅ぼすことが出来ると思うか!」

 

 虚無の波濤によって減衰された一撃は黒の装甲を裂きコアに届かせるまでには到底至らず。

 基より黒の騎神の持つ虚無の力、それは製作者たる地精にとっても仕様外(イレギュラー)なものだった。そして黒の騎神イシュメルガはその仕様外(イレギュラー)を抜きにしても騎神の中で最強の存在となるべくして作られた機体。出力、防御力、機動性、再生力ーーーそうしたありとあらゆる面においてこの機体は他の騎神を凌駕している。ならばこそ虚無の力で減衰された攻撃では致命打に程遠く、そしてつけられたほんのわずかな傷はたちどころに修復される。

 

 そして再びギリアスが振るうあらゆる防御が意味をなさない終末の剣の一撃が炸裂する。

 

「一体どこでこれほどの剣技を……!」

 

 振るわれる剣閃の疾風怒濤。

 それは断じて機体の性能だよりのものに非ず。

 200年に及ぶ研鑽を重ねたアリアンロードとさえ伍する程の神域へと至った者のみが振るうことのできる絶技だ。

 

「不思議かね、リアンヌ。私が君たちと伍する力量を有していることがそんなにも」

 

 あり得ない。そうあり得ないのだ。

 ドライケルス・ライゼ・アルノールは確かに万能の天才と称して良い傑物だった。

 だが戦士としての才に於いてリアンヌ・サンドロットの持つそれは決してドライケルスに劣るものではなかった。むしろそれのみを競うのならばリアンヌの側に軍配が上がると言える。

 そしてリアンヌ・サンドロットーーー否、鋼の聖女アリアンロードには200年以上の研鑽が存在する。

 リィン・オズボーンもまたそんなアリアンロードを筆頭とした幾多の同格以上の強者と渡り合ってきた。

 そしてギリアス・オズボーンは政治家として指導者としてその辣腕を振るってきた。

 ならばこそ事単純な戦士としての技量を競い合うのならばギリアス・オズボーンはこの両名に完敗を喫していなければおかしいはずなのだ。

 だというのに目前に広がる現実はどこまで行っても不条理だった。騎神の性能に於いて上を行き、起動者同士の技量に於いても五分。総力を結集して全てを賭して挑み、英雄たちの側に存在する勝ち目は万分の一。ーーーもしもこれが一対一の戦いであればとうに一蹴されて終わりだろう。

 

「確かに私個人の経験を競えば200年に及び研鑽を重ねた君や、幾多の強敵との死闘を潜り抜けた百戦錬磨の我が息子に勝てる道理はない。だがしかし、君たちは一つ重要なことを忘れているようだな。騎神の起動者のみが有するある種の特権を」

 

「まさか……」

 

「そう、騎神の起動者は前任の起動者の記憶を継承することが出来るーーー正確に言えば騎神によって記録された記憶をだがね。そして黒の騎神イシュメルガは諸君の騎神と違い1200年もの間眠りにつくことなくこの帝国の血塗られた歴史をーーー繰り広げられた数多の闘争を克明に記録し続けていた。そしてイシュメルガの起動者となった私をその全てを継承したーーーさすがに一度にやってはこの矮小な身が耐えられない為に10年以上の時間をかけてゆっくりとだがね」

 

 告げられた事実。それを前にアリアンロードは奥歯を強く噛み締める。

 

「そうか……だから貴様はドライケルスを選んだのかイシュメルガ。1200年にも及ぶ莫大な闘争の記憶の継承、そんなものに耐えられるだけの器を持つ存在など彼以外にはいなかったから!」

 

「ソノ通リダ。我ガ起動者足リ得ルハ我ガ宿シ闘争ノ記憶ヲ継承スル事ガ出来ル王ノ器ヲ持ツ者ノミヨ」

 

 勝ち誇るように黒が笑う。

 騎神の中に於いて最上位の性能を持つ自分が、自身の力を真に引き出すことが出来る起動者を手に入れた時点でもはや負ける可能性などあり得ないのだと。確かに状況は絶望的だ。騎神の性能に於いては完全に後れを取り、それを振るう起動者の技量もほぼ均衡している。総力を結集して後先を考えない全力戦闘で以てかろうじて渡り合えている、それが今の現実だ。唯一の福音と言えば、シャーリィ・オルランドが猟兵王を圧倒しているという点だが……

 

「緋の助太刀を期待しているというのならば無駄だ。あちらの決着よりもこちらの決着の方が早い」

 

 振るわれる疾風怒濤の剣戟、放出される虚無の波濤。

 それらが英雄の駆る蒼焔の騎神を、聖女の駆る白銀の騎神を圧倒していく。

 今なお黒を倒さんと必死に術式をフル稼働させている魔女達の心を絶望が覆っていく。

 

「まだだ!」

 

 否、絶望(そんなもの)に屈してたまるものかと英雄が熱き気概を叫ぶ。

 この戦いは文字通りの乾坤一擲、ここで敗北すれば祖国は闇に覆われ、ユーゲント・ライゼ・アルノールの犠牲は無駄になる。

 そんなことを断じて認められるわけがない。勝たなければいけないのだ、何としてでも。勝つこと以外にユーゲントの死に報いる術などないのだから。

 故にさあ今の自分で及ばぬというのならば今この場で更なる飛翔を果たせ。

 超えるべき壁が強大なことなどわかりきっていた事だったのだ。

 魂を燃やせ。先人の積み重ねに後進が勝つためには奇跡の一つや二つ起こして見せねば到底覚束ないことなどわかりきっていた事なのだから。

 そして覚醒のための起爆剤がこの地の底には存在している。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 地の底に充満した瘴気、それを蒼焔の騎神が取り込んでいく。

 本来であればそれはかつて暗黒竜を討った事で呪いと高い親和性を持つようになった緋なればこそ可能な芸当のはずであった。しかし、呪いとの親和性で言うのならばリィン・オズボーンも決して負けてはいない。

 何故ならばリィン・オズボーンこそが真なる贄とでもいうべき存在。16年前のあの日黒の力によって生き永らえたその日からリィン・オズボーンの心臓には常に帝国の呪いが宿り続けていたのだから。

 

 必然強まった呪いが英雄を闇へと堕とさんと猛る。

 リィン・オズボーンを憎む怨嗟と呪詛の声が響き渡る。

 苦痛と絶望。詰問と絶叫。

 婚約を間近に控えた青年がいた。故郷に小さな子供を残した男が居た。主君の為にその身命を捧げた騎士がいた。祖国を守るために命を賭した女がいた。男が居た。女が居た。誰もかれもが皆必死だった。必死に生きていた。譲れない願いを抱いていた。---それらをすべて英雄は容赦なく殺した。やむ得ない犠牲だと嘯いて。己が理想の為に。

 ゆえに彼らは英雄を憎み罵倒する。犠牲に報いると嘯くのなら今すぐに死ねと呪詛を放つ。

 自分たちは死んだのにどうしてお前だけそうして生きているのかと詰問する。

 

「すべては勝利をつかみ、愛する祖国に光を齎す為に!」

 

 自分が理想(エゴ)の為に幾多の人間を殺した咎人であることは百も承知。

 どれだけ大義を掲げようと自分が行ったのが殺人という最大の悪徳であることは事実。

 轢殺された者やその家族には自分を恨み罵倒する正当な権利があるだろう。

 しかし、それらの呪詛をねじ伏せて英雄は更なる高みへと至る。

 己を堕とさんとする闇を燃料へと変えて焔をより強く燃やす。

 愚挙、暴挙ーーーそう呼ばれてしかるべき無謀な行いを英雄のみが為し得る壮挙へと変える。

 

「無理もッ! 無謀もッ! 知ったことかッ!それらをねじ伏せて俺は勝つ!!」

 

 その身に纏う蒼焔が猛り輝く。英雄の命をも糧として。闇を焼き尽くし、滅ぼさんが為に。

 雄たけびと共に振るう双剣が研ぎ澄まされていく。

 1200年の闘争の記憶によって神域へと至ったギリアスと200年の研鑽の果てに至ったアリアンロード。

 こと経験という点に於いてこの場に於いてリィン・オズボーンは両名に全く及んでいない。

 しかしそれは逆に言うならば、未だ伸び代が存在するという事。

 人の成長というのは経験を積めば積むほど緩やかなものになっていく。

 ならばここそ英雄は今この瞬間の経験さえも糧にして己を成長させ続ける。

 それはもはや伸び代が存在しない年長者には真似することが出来ない若輩者なればこそ出来る行為であった。

 

 劣勢だった天秤が徐々に拮抗へと傾き始める。

 依然優勢なのは変わらず黒の側だ。

 それでももはや戦況は一方的なものでは非ず。

 このまま往けば遠からず緋が紫紺を降し、形勢は逆転するだろう。

 

「黒啼獅子王波」

 

 ゆえに当然のように黒は勝負へと打って出る。

 放たれたのはこれまで放っていたものが児戯にさえ思える圧倒的なまでの虚無の波濤。

 それを突破するのは並大抵な攻撃では不可能なことは間違いがなかった。

 

「聖技グランドクロス!」

 

 故に、それを突破するために放たれるのはアリアンロードの最大最強の奥義。

 雷霆纏いし一閃が津波のように押し寄せる虚無の波濤を穿つ。

 

「破邪顕正・神焔の型火産霊神!」

 

 聖女が切り開いた突破口、それを逃すわけにはいかないとリィン・オズボーンもまた己が最大最強の奥義を叩き込む。黒を打倒するには今ここを置いて他にはないと。

 

「黒啼獅子王斬」

 

 しかしそんなことは黒もまた承知の上。

 ギリアス・オズボーンもまた息子の放つそれを自身の持つ最大最強の奥義で迎撃する。

 紅き焔を纏った双剣と虚無を纏いし大剣が激突する。

 

「ガッ……」

 

 

 奥義と奥義の激突、それはあまりにも呆気なく黒の側の勝利で終わる。

 当然だろう、出力に於いても相性に於いても黒ははるか上を往く。

 奥義と奥義をぶつけ合えばどちらが勝つかは最初から見えていたのだ。

 切り伏せられた灰の騎神がその場に沈む。

 自らの身からあふれ出る血の海に沈みながらリィン・オズボーンの口元が孤を描く。

 

「くたばりやがれ!イシュメルガアアアアアアアア!!!」

 

 ならばこそ最初から己が奥義で黒を仕留める気はリィン・オズボーンには非ず。

 ヴァリマールとの融合を解除したオルディーネ、それが無防備になった黒を仕留めるべく空より襲い掛かる。

 聖女が切り開き、英雄が囮となった作りだした千載一遇の好機、それを逃してなるものかと蒼の全霊を注いだ一閃それが黒を貫かんとした刹那

 

「我ハ滅ビヌゥ!」

 

「ガ八ッ……!」

 

 黒の背面に展開されている巨大な爪のような翼、それが蒼を串刺しにする。

 蒼の装甲を容易く貫いたそれはコアにまで達し、クロウ・アームブラストの腹を貫き()()()を負わせる。

 

「まだ……だぁ!」

 

 血反吐を吐きながらも蒼の騎神はそれでも全霊を振り絞る。

 これを逃してしまえば全てが終わると、文字通り最期の力を振り絞って。

 せめて目の前の邪神を道連れにしなければ死んでも死にきれないと。

 

「滅ビヌ……滅ビヌ……滅んでたまるかぁ!」

 

「ガアアアアアアアアアアアア」

 

 しかし、そんな想いは無情にも届かない。

 死力を振り絞って放たれた虚無の波濤、それがクロウの身と魂を蹂躙して蒼の騎神とそして倒れ伏した灰の騎神の双方を吹き飛ばす。

 ゆえに此処に希望は潰える。全てを賭して繰り出した決死の三連撃はもう半手及ばずに。

 

「神槍グングニル!」

 

 いいや届かせて見せる。

 素晴らしき若人達がその命を賭して作り出したこの好機を決して無駄にはしないとアリアンロードが死力を振り絞り、血涙を流しながら突貫する。

 

「終わりです、黒の騎神イシュメルガ!」

 

「馬鹿な我が……全てを統べてこの世の神となるはずのこの我があああああああああああああああああ」

 

 放たれた執念の一閃、それが黒の騎神のコアを確かに貫いた。

 

 

 

*1
無論これはこの両名の技量が余りにも異常というだけであってギリアスが弱いというわけでは決してない




君は知るだろう
本当の悲劇は絶望によって生まれるのではないことを
運命に抗うことで見出される希望
それが僕らを 犠牲へと駆り立てた

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